夜を日に継ぐ   作:百三十二

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この話を描かないと今後やりたいお話が出来ないので、強引にも思いますが挟みます


計り知れぬ悪意

 

 

 結局、私と日菜の二人はレベリングの傍らに、情報屋として本格的に活動し始めたアルゴさんの手伝いをして生計を立てていった。カストールさんたち程では無いが、情報屋に情報の提供と確認を行い対価を貰うというのは実に理に適った行動だった。

 

 アルゴさんとはお互い女性であるということや、日菜と知り合いだったことから貴重な信頼できる相手でもあった。第一層の攻略が芳しくないということもあって、出来る限りのことをしようと思えば必然的に情報提供という形になっていった。

 

 レベリングを主体に置いていたこともあって、最高効率とまでは行かないものの日菜共々レベルは12に上がっていた。この辺りになると敵とのレベル差が開きすぎて経験値効率がガタ落ちする様で、より強い敵と戦おうとするならば同階層の《迷宮区》へと赴かなければならないらしい。

 

 なお、ゲーム開始1週間が過ぎた頃にはそれなりの人数が活動をし始め、2週間が経った今でははじまりの街に引きこもる人とそうでない人の差が明確になったそうだ。はじまりの街を拠点としているアルゴさんの目には、大なり小なり現実を見据えて動き始めた人と絶望して震えるだけの人とで生気が違って視えるのだとか。

 そして2週間が経過した時点で活動している人々は全体の3割に至ると聞いた。人数にしておよそ三千人である。しかし活動し始めた人の割合であって、積極的に最前線の攻略をしようとする人たちは1割は疎か1%にも満たない。故に先程述べた迷宮区は未だ発見されず、レベリングは事実上の頭打ちになってしまっていた。

 

 βテスト経験者の日菜がいるのだから、多少のリスクを背負ってでも迷宮区捜索に精を出すか否か。悩ましくはあったものの、どうにも踏ん切りがつかなくてカストールさんたちの真似事に甘えていた、そんな矢先に

 

 

「落ち着いて聞いて欲しイ。カストールとポルクスの二人が消えタ」

 

 

 アルゴさんから、二人の訃報を聞かされた。

 

 デスゲーム開始から15日が経過した、11月21日の正午の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

「それは、どういうっ」

 

 

 はじまりの街の東地区、中央に立派な噴水が設けられている広場にて、フードを目深く被った女性プレイヤーが隅っこに三人固まっていた。その内の一人である私は動揺を隠せるはずもなく、口が震えるのを自覚しつつ問い質した。隣に立つ日菜も唐突な報せに目を見開き、言葉が出ない様だった。

 

 

「言葉通りダ。二人のHPがゼロになってゲームオーバーになったらしイ。この世界でそうなるということは、現実世界における死を意味していル。そうダロ?」

 

 

 ここではそれがルールだろうと、自身にも言い聞かせるような言い方をするアルゴさん。その表情はフード越しでも分かりやすいくらいには冴えず、受け入れ難いのだと伝わってくる。

 

 

「一体何が、起きたのですか」

 

「……オレっちもその瞬間をこの目で見た訳じゃなイ」

 

 

 そう前置きしたアルゴさんが言うのには

 

 情報屋としての依頼を二人に取り付けようと思い、フレンドリストを開いた時だった。当然、この方のフレンドリストは限られており、私たちやキリトさんの様な知己と、カストールさんたちの様な人として信頼出来るごく一部の協力者しか登録されていない。だからリストを開いた時、すぐさま異変に気がついたのだと言う。

 

 異変とは、極めて分かりやすいものだった。リストに載っている二人の名前が《連絡不可》を示す消えてしまいそうな薄い色になっていたのだ。

 

 後で知ったことだが、SAOにおいて連絡不可という状態になるには、特殊なダンジョンや罠によって外部との連絡を完全に閉ざされてしまった時か、ログアウトしていてSAO内に存在しないかの二択だという。そして現在において連絡不可になると言うことは、この第一層にその様な未知のエリアが存在する可能性を除けば……ログアウト状態、つまりは体力を散らし強制的にゲームから退去させられ、アルゴさんの言う通り現実世界における死を意味していた。

 

 茅場晶彦の言っていたことが真であるとするならばではあるが、とても嘘を言っている様には感じなかった。

 

 

「二人は《黒鉄宮》にある石碑は知ってるカ?」

 

「ベータの時、何の為に用意されてるのか判明しなかった黒曜石の壁のこと?」

 

 

 話を整理していると、アルゴさんの問いかけに日菜が答えた。何やらそんなものがゲーム内に実在するらしいが、私は見たことが無いので口を挟まない様に徹する。

 

 

「実はナ……あの石碑には、全プレイヤーの名前が刻まれているのサ」

 

「全プレイヤーって、一万人分の!?」

 

「一人残らず例外は無い、みたいだヨ」

 

 

 日菜は驚愕を口にし、今度は私が目を見開いて表情で同意した。

 

 

「でダ。石碑に刻まれたプレイヤーネームだが、どうやら死ぬと該当者の名前に横線のキズが走るみたいだヨ。裏も取った、確かな情報サ」

 

「それって……!」

 

「察したナ? ……そういうことだヨ」

 

 

 アルゴさんに聞かされた情報を踏まえると、彼女の言いたいことが自ずと導き出される。信じたくない日菜の嘆きと、信じざるを得ない私の沈痛な表情が何よりの答えだった。

 

 

「カストールとポルクス……二人の名前に、線が刻まれていたんダ」

 

「「……っ」」

 

 

 現実だと認めなければならない。そんな思惑からか、アルゴさんは避けられない事実を態々口にした。当然ながらその表情や態度は重苦しく、ここ2週間の間柄とはいえ接してきた人が死んでしまったというのは間違いなく堪えるだろう。

 

 結局、私と日菜が必要以上に他人と接触しようとしなかったのもあってカストールさんたちとはあれきりだったが、少なからず恩義を感じていた相手だけに悲嘆に暮れた。

 そして双子に縁のある名前だっただけに、まるで私たちまで引き裂かれてしまったのではないかと錯覚した。日菜も同じ感覚なのか、右手で胸元を握りしめていた。

 

 

「仇討ち、だなんてつもりは無イ。何で死んじまったのか分からないんだからナ」

 

 

 不意に、アルゴさんがそんなことを言った。三人の間に流れていた暗い雰囲気を少しはマシにしようと思ったのか、どこか茶化した様な言い方だった。

 

 しかしその目は、紛うことなく本気だった。

 

 

「可能な範囲で構わなイ。原因を調べようと思うんだガ……手伝ってくれないカ?」

 

 

 仮に何らかの罠にかかってしまったなら、それを後発に知らせる必要がある。そうでなくとも、僅かでも付き合いの合った人の死というのは簡単に納得できるものではない。

 

 アルゴさんの提案は、納得を見つけにいくお誘いだった。それに対し、私と日菜はお互いに確認するまでもなく

 

 

「「勿論です(だよ)」」

 

 

 そう、即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 紗夜と日菜の二人は、アルゴへの協力を誓うとまずは黒鉄宮へと案内された。アルゴの言う黒曜石の壁を確認し、カストールとポルクス両名の名に傷がついていることを悔やみ、自分たちやキリトの名前が綺麗に残っていることに安堵した。

 

 三人は黒曜石の壁を去る前に黙祷を捧げ、それから黒鉄宮を後にした。去り際、黒鉄宮の奥の方から嫌な空気を感じ取った日菜が身震いしたが、アルゴ曰く奥に行っても行き止まりになっていると聞かされて首を傾げていた。

 

 はじまりの街の大広場へ戻ると、まずはカストールたちの足取りを掴むために、出入り口の門を通る比較的活発なプレイヤーに聞き込みを行った。彼らの行動パターンとしてはアルゴの手伝いであちらこちらへと行ったり来たりを繰り返していたはずなので、はじまりの街周辺へ駆り出そうものなら必ず通る出入り口の門で見かけた人がいても不思議では無いと踏んだからである。

 フードを被った情報屋が、これまたフードを被った二人を引き連れて聞き回る姿は些か奇妙に思われたが、茶化す気配が一切感じられない真剣さに気圧されて、事情聴取に付き合わされたプレイヤーの中に適当なことを言う不届き者はいなかった。

 

 尤も、いたずらに嘘を告げて情報料を巻き上げようとしたところでアルゴの審美眼と日菜の勘の前では看破されてしまい、逆に迷惑料を取られてしまうだろうが。幸い、そんな地雷を踏む輩が現れなかったこともあり、当日のカストールたちの行方についておおよその目星をつけることが出来た。

 

 

「第三者が居た、ということですか?」

 

「その可能性は高いだろうナ」

 

 

 その過程で、三人は興味深い話を聞くことが出来た。二人が消滅する前に誰かと会っていたというものである。

 

 

「誰かのクエストでも手伝ってたんじゃないの?」

 

「そうだとは思うゾ。ただ問題は、そいつが一緒に死んじまったのかどうかダ」

 

 

 生きているのならば、何があったか話を聞くことくらい出来るだろう。この時の三人はそう考えていた。

 

 故に、見かけただけの目撃証言よりも、一時とはいえ同行していたらしい第三者の行方を追うことにした。最低でも二人は男性の、自分たち以外の三人組に条件を絞って捜索すること1時間弱……遂に有力な足跡を掴むことに成功した。

 

 

 足跡というのは、背の高い男性一人が戦い、それを眺める残り二人の姿というものだった。

 

 姉妹はカストールがポルクスをあまり戦わせようとしていなかったことを思い出し、年上らしき男性ということもあって戦っている男性がカストールであると当たりをつけた。とすれば、その足跡を辿っていけば二人が消えた場所の近くに行けるだろう。

 

 良くも悪くも、二人の結末に近づいている気配を感じる三人だった。はじまりの街を出てから多少高低のある草原を歩き続け、トールバーナやホルンカの村が近くなってきたのか木々が点在するようになり始めた頃

 

 

(っ!!)

 

 

 瞬間、日菜の全身が危険信号を発して硬直した。

 

 原因は判明している。彼女の索敵に引っかかったモノがそうだ。

 

 

「日菜?」

 

「おい、どうかしたのカ──」

 

「ま、待って……!」

 

 

 突然静止した日菜を慮って紗夜とアルゴが振り返って声をかけた。しかし日菜のただならぬ、それでいて押し殺したような声に何らかの異常事態だと察して咄嗟に三人固まり、互いに背中を預ける形で臨戦態勢を取った。進行方向向かって紗夜が正面、日菜とアルゴが斜め後ろを陣取る形だ。

 

 

「あなた、何を視たの?」

 

 

 決して周囲への警戒を怠らず、紗夜は言葉だけを日菜へと送る。あの双子の片割れが尋常でない態度を取ったことに苦虫を噛み潰しつつ、努めて諭すように訊ねた。

 

 

「落ち着いて聞いてね……《オレンジプレイヤー》だよ」

 

「「!」」

 

 

 幾らかの恐怖を抑えて日菜が告げた名前は、紗夜とアルゴを強張らせるのに十分なインパクトがあった。

 

 オレンジプレイヤーとは、直接的な《PK》や罪のないNPCを襲うなど、現実世界に置き換えるならば犯罪行為をしたプレイヤーを指す言葉である。SAOにおいては、犯罪行為をしたとシステムに認められたプレイヤーのアイコンがオレンジ色の表記に変更されることからついた名前である。

 一度オレンジアイコンになったプレイヤーは、犯した罪を悔い改める専用のクエストをクリアしなければアイコンの色を元に戻すことが出来ない。

 

 日菜とアルゴはβテストの知識から、紗夜はSAOの利用規約を読んだ時にこの仕様を記憶していた。

 

 そして一度死んだら終わりの世界で犯罪者と遭遇することの危険性も、よく理解していた。

 

 

「数は?」

 

「一人」

 

「距離は?」

 

「あたしの索敵範囲ギリギリ。スキルの熟練度的に相手より下だとは考えにくいから、あたしたちの接近には気が付いてないと思う」

 

「近づいて来る?」

 

「いや……それどころか微動だにしてない。待ち伏せしてるのかも」

 

 

 紗夜が日菜に問いかけ、状況の把握を行った。

 

 

「下がるわよ。視線を逸らさずこのまま後退するの。アルゴさんもいいですね」

 

 

 そして紗夜は即座に後退を決断した。迷う暇があるなら撤退することを決めていたのもあったが、アルゴが頷いたのを横目で見ながら下がり始めた。

 

 

 相手が動いていない()()()()、紗夜は即断即決を決めた。

 

 

 日菜が待ち伏せを危惧していたが、もしそれが正しかった場合、このオレンジプレイヤーは明確な悪意を持っている可能性が跳ね上がることを意味していた。

 

 オレンジアイコンは犯罪行為をやってしまった者への烙印でもあると同時に、一時的な間違いやオレンジプレイヤーでない者からのPKに抵抗した場合でも容赦無くアイコンが変化してしまう融通の利かないものでもある。つまりは不可抗力の可能性も捨てきれないのだ。

 しかし今回の場合は、オレンジアイコンが明らかに自分たちを待ち伏せしている。どんなに都合良く捉えたところで、友好的だとは考えにくかった。

 

 知りたいことがこの先にあるかもしれない。だからといって、むさむざと悪意に曝されるつもりもない。紗夜の判断は的確かつ迅速で、妥当だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手が普通であれば、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。逃げるのはねぇだろ、なァ?」

 

 

 

 

 

 絶句──とはまさに今の三人のことを言うのだろう。

 声をかけられたことに対する驚きや向こうから寄ってきたことへの怖さ、或いは気が付かれていたとは思ってもみなかった甘さか。それら全てがぐちゃぐちゃに混ざり合って、形容し難い感情を形成していた。

 

 そして何より、現時点で最前線と言っても差し支えないはずの日菜の索敵スキルと同等がそれ以上の察知力を、オレンジプレイヤーが有していることへの絶望感。眼前に現れた、柄の悪い男が只者では無いと嫌でも理解させられていた。

 

 その身に纏う死の気配は、特別勘の鋭い日菜でなくとも感じ取れてしまうくらいには濃密なものだった。

 

 

(これが、悪意の塊……!?)

 

 

 語るまでもない、見ただけで分かる悪意を目の当たりにした紗夜の足は非日常に対応しきれず完全に止まっていた。それと同時になりふり構わず逃走を図るべきか決めあぐねてもいた。

 

 

(何処からどう見ても危険人物……そんな相手に背中を向けて良いのかしら……。そうでなくとも、索敵範囲の外側に仲間がいて囲まれないとも限らないのに。私が殿を務める……アルゴさんはともかく日菜が従ってくれるとは思えないわね)

 

 

 最悪、アルゴを走らせて応援を呼ぶことまで視野に入れつつ、妹が自分を置いて逃げてくれるか想像が付かなかった紗夜は思考をフル回転させ続けた。

 

 死の匂いを漂わせる男がゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてきていることに焦りを感じつつも生き残ることに注力した。気圧されつつも少しだけ戻った理性が働き、すかさず再度後退するべく足を動かそうとした矢先

 

 

「オイオイ、逃げるのはねぇだろと言ったはずだぜ?」

 

 

 紗夜たちが再び後退する気配を感じ取ったのか、機先を制して男が言葉で咎めてきた。三人の動きを手玉に取るがごとく、完璧なタイミングでの釘刺しにいよいよもって足が竦み始めてしまう。

 

 男と正対してる紗夜はもちろんのこと、周囲の警戒とは言いつつも本能的に男から目が離せないのか日菜とアルゴも横目で捉えていた。だがそれが悪手だったのか、男から逃げるよりも視界の端で捉えて置かなければならないという方の危機感が勝ってしまい、足が止まる要因になってしまっていた。

 

 男の機微は聡く、逃げようとしても追いつかれては背中から刺される未来が過ぎる。明らかに荒事に慣れてる相手を前に、その様な経験が皆無に等しい面々では、打開策の浮かばない苦しい展開となっていた。

 

 

 この危険人物を殺し、断罪という免罪符で正当性を得ようとは考えられなかった。特に紗夜は理性が強いタイプの人間であり、それを為してしまえば日常に戻れなくなってしまう恐れを抱いていたからだ。

 

 アルゴは戦って勝つという選択肢をそもそも持たない。故にどう逃げるかを常としており、PKを返り討ちだなんて不可能だと思っているタイプである。

 

 だが日菜は違った。

 

 最初こそ感じたことのない悪意に足が止まったが、三人の中では比較的早く正気を取り戻していた。それはメンタルが強いからと言うよりは、単にこの様な場面を前もって想定していたからである。

 

 この様な場面における日菜にとっての理想は、誰も殺さずに相手を無力化できる強さを身につけることと、そんな風に対応できるよう対人戦の経験を積んでおくことだった。

 しかし想像よりもかなり早く遭遇してしまったが為に、彼女の思惑よりも実際の姉の経験値はずっと低い。震えて何も出来ないということは無いだろうが、日菜以上に悪意を経験したことがない姉が開き直れるかどうかは確証が持てなかった。

 

 

(誰かを残しておねーちゃんが逃げることは絶対にない。だからあたしが撤退することもない。そもそもシステムよりも索敵範囲が広くて、こっちの機微に敏い不審者……絶対まともな人じゃないよね)

 

 

 勘に頼らずとも、日菜の全身が警鐘を鳴らしている。とはいえただ逃げるだけの一手は打ちづらい。

 

 故に彼女は、一つの賭けに出た。

 

 

「ネズちゃん、先に逃げて誰か呼んできて」

 

「ハ!? 何のつもりダ!?」

 

 

 日菜が紗夜の隣に立ち、男の正面を向く。そしてアルゴに指示を出すが、納得の行かない彼女は声を荒らげた。

 

 

(日菜……?)

 

「ほう?」

 

 

 突然のことに紗夜は訝しみ、面白がっているのか近付いて来ていた男の足が止まり様子をうかがい始めた。これ幸いと日菜はアルゴの説得を続ける。

 

 

「今ここで固まってても良いことなんて無いよ。それに戦えないネズちゃんがいても正直邪魔なんだよね。だから先に逃げて、応援呼んできてくれない? それまでおねーちゃんと二人で耐えるからさ」

 

 

 日菜のあけすけな物言いに、アルゴはつい言い返してしまいそうになった。しかし間髪入れず、妹の考えを理解した姉が被せた。

 

 

「私からもお願いします。二人で守りに徹すれば時間稼ぎ程度にはなるでしょうから、その間に応援を呼んできて欲しいんです。大丈夫ですよ、私たちが戦えるのは先日見たでしょう? ですからここは任せて、早く行ってください」

 

 

 相手の感情を逆撫ですることなく、諭すように告げる。これによって冷や水を浴びせられた気分になったアルゴだったが、二人からの決死のお願いということが決め手になったのか、非常に、非常に不服ではあるが、日菜の提案を飲んだ。

 

 

「死ぬんじゃねーゾ、絶対ダ」

 

 

 そう言ってアルゴは、決心したからには脇目も振らずに走り去っていった。瞬間男に咎められるかと身構えた姉妹だったが、先程までの機先の制し具合とは裏腹に何かをしてくる様子は無かった。

 

 それどころか男と向き合う姉妹それぞれの顔を、より正確にはフード越しだが目を見ていた。じろじろと観察されて悪寒が走ったのか紗夜は盾を持つ手に力が入り、日菜は利き足を踏み直した。

 

 

「あー、コイツは一発でアタリを引いたか?」

 

 

 すると満足したのか、男は徐ろに笑ってみせた。腹が立つ程に屈託のない笑い声が響き渡った。

 

 訳が分からないと困惑する姉妹をよそに、一頻り笑ってすっきりしたのか男が話し始める。

 

 

「悪ぃな。隠蔽スキルを使ってたはずなのに気取られた気がしてよォ。何故かと思って確認してやろうかと思って出てきたんだが……思ってたよりも出会いがあって幸運を感じていたところだぜ」

 

 

 男の語りに、二人は反応を示さない。それが面白くなかったのか、男の機嫌が少し悪くなった。

 

 

「少しくらい会話してくれたって良いじゃねーか。それとも何だ、犯罪者とは口を利きませんってか? ハッ、お利口さん過ぎて反吐が出るな、オイ」

 

 

 悪態をつき、姉妹を嘲笑う。それに飽き足りず、男は尚も語る。

 

 

「アンタらあの兄弟よりは賢そうだな。少なくともその辺で平和な馬鹿面引っ提げてる間抜けな猿共よりはマシな女か」

 

「「!?」」

 

 

 その男の言葉に、紗夜も日菜も明確な反応を示してしまった。それを見逃さない男ではなく、探りを入れてくる。

 

 

「あん? 女だとバレたのが驚きか? ……いや違ぇな。フードを被って身バレを避けてはいるが、今の反応はそれより前だったはずだ」

 

 

 身構える二人に対して、常に自然体な男。姉妹から見て武器も持たずに悠々と思慮に耽っている姿は、この男が頭の回る人間であることを嫌でも認識せざるを得なかった。

 

 

「馬鹿にされたことでもねぇな。オレがオレンジだと知っても冷静でいようとする肝の据わった小娘が、そんくらいでキレる訳がねぇ。なら……ああ、なるほどな、色々と繋がったぜ。

 ──アンタら、カストールとポルクスの知り合いだな?」

 

「「……」」

 

「今度の沈黙は肯定と取るぜ。ならここを通った理由も察しがつく。消えた二人を探しに来たってとこだろ? そこにオレンジのオレがいて警戒する、と……賢いねぇ、実に賢いなアンタら」

 

 

 一人で得心したのか、愉快そうに手を叩く男。

 

 

「そんな賢いアンタらなら想像ついてんだろ? 消えた連中の近くにオレンジの不審人物だ。分からない訳ねぇよなぁ!!」

 

 

 何とか冷静さを保とうとしている二人に向かって煽る男。下卑や下衆とは違った、狂人の類か。煽りに釣られることは無いものの思考は冷静に、されど怒りは静かに、姉妹の武器を握る手が無意識に力を込めた。

 

 

(認めたくはないけれど、カストールさんとポルクスさんが消えた理由は目の前の男性が関わっているとしか思えないわね)

 

(この言い草、間違いなく二人を意図的にPKしてる。オレンジアイコンになってるから直接手を下してもいる。許せないけど、だからってあたしたちに出来ることが無い)

 

(その上、態々こちらを挑発するような物言い……誘っている? でも何を? 一方的な虐殺ではなく、スリルを味わいたい狂人なのかしら)

 

(人数の上ではこっちが勝ってる。どんなに強くても、現時点で二人も一気に倒せる武器もスキルも無いはず。ならこの人の狙いは……揺さぶりかな? それも多分、精神的なやつ)

 

 

 滔々と語る男から視線を逸らさずに、紗夜は今回の件について憶測を伸ばし、日菜は男の狙いを見極めようとした。

 

 

(でも揺さぶってどうするんだろう? 戦うにしても人数差が覆らない以上は良くて相討ちくらいでしょ。誰かを殺めといて自殺するためにちょっかいかけるとは考えにくいし)

 

 

 男の真意が読めず、結論が出せない日菜。

 

 それもそのはず、度々闇が深いと揶揄される芸能界に身を置く彼女とて、この男の様な悪意に出会ったことは無い。

 

 物語に登場する崇高な目的を持った敵役などという、そんな生易しい悪ではない。もっと自己中心的な、心の底からどうしようもない存在など出会うことも無かった人生だったのだから。

 紗夜も含め、日菜にとって文字通り知らない人間との邂逅は、彼女たちの見識では測り切れない悪だった。

 

 

 一向に乗ってこない姉妹を見て、男は更に笑った。まるで与えられた玩具をどう使って遊ぼうかと悩む子供のように、混じり気のない純粋な悪意が興奮という名の熱量を持って発露した。

 

 壊しがいのある玩具を見つけたと言わんばかりの、興奮度合いだった。それが今、明確な言葉となって牙を向き始める。

 

 

「怯えるどころか更に考え始めやがった! いるじゃねぇか! この腐った世界の腐った猿共の中にも、壊しがいのある骨のある奴らがよォ!!」

 

「なっ、何てこと言うんですか! 人の命を玩具感覚で扱うつもりですか!!」

 

「その通りだぜ優等生。オレにとっちゃどいつもこいつもアホ面引っ提げた猿だ。人間サマが猿をどうしようと勝手だろう? 動物園で見世物にされるか、野生で出てきて駆除されるかだ。常日頃から生殺与奪を握っているのは人間なのさ。屠殺される家畜のように、必要なら人間以外の動物を人間がどう扱おうと誰も咎めねぇんだよ!!」

 

「人を猿に例えたり、例え猿だとしても一個人がそれを自由に出来るはずないでしょう! まともな倫理観を有していないのは諦めるとしても、この世の生命を好き勝手する必要性が何処にあるんですか!」

 

「オレにはあるのさ、その必要性ってのがなァ!」

 

「世迷い言を……っ!」

 

「綺麗な世界を生きてきたアンタらには分からんだろうが、表面を取り繕ったとしても少し蓋を開けてやりゃゴミやドブだ。環境によって蓋の厚さは変わるが、全部剥がしちまえば誰一人として例外無く本物が出てくる。反吐が出る偽物じゃねぇ、正真正銘の反吐そのものだ。

 ──オレはその化けの皮を剥がし、偽物を本物に変えてやるだけさ。その方が嘘偽りのない人間味があって素敵だろうがよォ」

 

「……理解出来ません。人は誰しも大なり小なり抱えているものがあって、人様に無闇矢鱈と見せつけないために嘘をつきます。それを唾棄すべきモノだと決めつけてしまえば、人と人の関係性は非常に窮屈なものとなってしまい、支え合って生きていくことが困難になっていき、やがて孤独を経て緩やかな滅びを迎えてしまいかねません! そうなれば貴方とて死んでしまうのですよ!?」

 

 

 もし相手が紗夜の言を是とした場合、それは目の前の男が傍迷惑な他人を巻き込む破滅主義者であることを意味する。道連れという奴だが、ニュースを見ていれば少なからず心中の報は耳にすることもある。まだ現実的な範囲と言えた。

 

 しかし男はニヤリと笑みを浮かべると、そうであって欲しいという願望を抱えた少女を嘲笑う。

 

 

「どうでもいいぜ、そんなこと」

 

 

 そう言って、男は踵を返して立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「はっ……くっ……!!」

 

「おねーちゃんっ!?」

 

 

 先程まで対話していたと思えば、突然去っていた男。何故男が急に去ったのか、何を目的としていたのか、そして男の考えに至るまで二人は何一つ理解出来なかった。

 

 が、男が去ったのも事実だった。死を運んでくる死神に視えた男が消えた、そのことを脳が理解した瞬間に紗夜は剣を地面に突いて片膝で立ち、呼吸を乱して喘いだ。結局は男の妄言に耐えきれず反論してしまったが、今になってようやく目の前に迫る死に抗っていたことを自覚し、解放された反動が表面化したのだ。

 

 勇敢か蛮勇か、姉がムキになって口論に乗ってしまったことで却って冷静で居続けられた日菜は、そんな紗夜の苦しそうな態度にあたふたした。武器を仕舞い、姉の手を握ると異常なまでの冷たさを感じた。

 日菜に比べると体温の低い紗夜ではあったが、ここまで低く感じたことは無いだろう。彼女の態度とこの冷たさが、否応なしに現実を突き付けてくる。

 

 

「駄目ね……どうにもっ、腹が立ってしまって……っ!」

 

「喋っちゃダメ! 先に呼吸を整えてってば!!」

 

 

 何かのラインを超えたのか、言葉が止まらない紗夜を無理矢理落ち着かせようとして日菜が怒った。普段紗夜に対して明確な怒りを露わにすることがほとんど無い日菜だが、尋常ではない姉の様子に不安が募り、語気を強める形となった。

 

 そんな日菜を見て今度は紗夜の方が冷静になった。滅多にない妹の態度のおかげか自身がこんなにも荒んでいたことに気が付き、一旦リセットするために何度か深呼吸を繰り返し始めた。1分にも満たない時間だったが、無心で呼吸を整え、いつの間にか起きていた身体の震えを治めることに徹した。その甲斐あってか、呼吸が安定した頃には平常心を取り戻すことに成功し、立ち上がることが出来るまでに回復した。

 

 

「ごめんなさい……かなり取り乱したわ」

 

「ううん……仕方ないよ。あんな人、見たことも聞いたこともないし」

 

「そうね……」

 

 

 日菜の慰めに、紗夜の表情が翳る。

 

 

「……何か気になることとかあった?」

 

「何も無いわよ」

 

 

 それを見逃さない日菜だったが、瞬時に隠す紗夜に誤魔化されてしまう。

 

 

「アルゴさんに連絡入れてから合流するわよ。知りたかったことも、多分知れたから」

 

「うん、そうしよう」

 

 

 死が隣り合わせの世界にて、死を振りまく存在との邂逅は姉妹の心に陰を残すこととなった。

 

 紗夜は経験したことのない悪意に突き刺され、男の言葉に引っ掛かるものを感じてしまう。

 

 日菜は自身の想定が甘かったことを悔やみ、姉が何かを悩み始めたことを察知して問い質そうとするも躱される。

 

 

 この出来事をきっかけに起こる事件は、まだ遠い先の話になる。それは姉妹にとって、これまでの関係性を大きく変えてしまう程の出来事であり、多くのプレイヤーを巻き込んだ一大事件へと発展する。

 

 それを知る者は、あの男を含め誰一人として居ない。例え茅場晶彦であろうとも、だ。

 

 

 

 

 

 







男の正体は前話で言ってた公式HPを閲覧しに行けば分かります

日常系のキャラがとんでもない相手と出会った時、どう反応するか描けてれば良いんですけどね……自分ではこれが限界です

アルゴが応援を呼びに行ってますが、この男の狡猾さを考えると引き連れてくる前に撤退する気満々です。周囲に人がいないのも確認済みで、今回は寄ってきた獲物を見定めるだけの予定でした。気に食わなければその場でPKしてましたが、姉妹どちらかを気に入ったので玩具ゲットです。原作ではキリトが狙われてましたが……

あと黒鉄宮にある生死確認用の板ですけど、たぶん黒いし素材は黒曜石ってことにしてます。特に意味は無いです
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