億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴338年。
来訪者(ユグドラシルプレイヤー)カーター・ツィマーマンのヤチマとの邂逅がもたらすもの、とは。


9.黒の百合(3)

「それでは、記念すべき第五千回三賢者会議(トリニティ)(プラス)獣を開催いたします。」

 

「キミたち、あのねぇ……」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、その(あるじ)が日常微睡む謁見の間に、守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターのいわゆるナザリック地下大墳墓の三賢者と、彼らが絶対忠誠を誓う大魔王アインズ・ウール・ゴウンが集っている。

 

「常識的に考えて……こういうのを他人(ひと)の家でやるときは、事前に約束(アポ)を取らないかい?」

 

「オレが建てた城でオレが何をやろうとオレの勝手だ。」

 

 突然下僕(しもべ)を引き連れて現れたアインズが事も無げにそう応えたので、先代の城を木っ端微塵に吹っ飛ばしたのはそもそもキミじゃないか!と喉まで出かけたツアーは危うくそれを吞み込んだ。今更そんなことを持ち出してこの勝手気儘な骸骨と揉めても益はないし、そもそも本人は疾うにすっかりさっぱり忘れてしまっていることだろう。

 

 嗚呼、なんて羨ましい便利な空っぽ頭なんだ!

 

「本日は、追ってアインズ様が個別にお話しになられるのも時間の無駄かと思いましたので、この世界の守護者を自認しておいでのツアーにも同席いただいておりますが、これについて異議は御座いませんね?」

 

 大アリだよ、人の昼寝を邪魔して!

 でもキミたちは……ボクの異議に聞く耳はもたないよねぇ。

 

 逆にこれでナザリック勢に異議を唱える奴がいたら竜の吐息(ドラゴンブレス)でも浴びせかけてやろうか、とツアーは思うが、幸か不幸か異議を唱える者はなかった。

 

「それではアルベドから掻い摘んでここまでに判明していることを。」

 

「では。」

 

 デミウルゴスとアルベドは、ツアーの苛立ちを知ってか知らずか、まるでないものかのように議事を進める。そういう態度を取るなら此処でそれやる必要あるの?とツアーは思うが、乗りかかった船だ、と割り切って、日常アーグランド評議国代議員からの議会報告に耳を傾けるとき同様、微睡みの姿勢を取った。

 

「バハルス帝国にユグドラシル由来が疑われる大量の魔法の武具の存在が確認されました。これを所持する自称皇帝の所縁(ゆかり)の街の調査途上、ユグドラシルプレイヤーからの接触(コンタクト)を受けました。この者はカーター・ツィマーマンのヤチマと名乗っており、未特定ではありますが、そのギルド拠点はアゼルリシア山脈北東部の険阻な山岳地帯にあることはほぼ確実と考えられています。」

 

 なるほど、そういう話か。とツアーは得心しつつも、何やら引っ掛かりを覚えている。

 

「ヤチマはレベル九十八の多くの生産技能(スキル)を有する土鬼(ノーム)で、問題の武具を製造、提供したのがこの者であることもほぼ確実視されておりますが、本人は(わたくし)どもを含むユグドラシル由来の者が抱える短期記憶の問題に思い至っておらず、武具供与についても既に失念している模様。

 本日の議題は、かの者をどう扱うか、帝国が所持する武具をどうするか。加えまして、かの者はこれまで想定されてきた来訪者(プレイヤー)類型(パターン)からいささか外れておりますので、今後に備えた戦略についても更新を要するものかと。」

 

 アルベドは事前に整理しておいた情報と課題を過不足なく列挙してみせた。

 可怪(おか)しな()ではあるが、アインズの伴侶に収まっているだけあってこういうところだけは流石だな、とツアーは思うも、やはり心のどこかで引っ掛かるものがある。

 

「詰め材が……不足して御座いますな。」

 

と最初に発言したのはパンドラズ・アクターだった。

 

「守護者統括殿がご説明くださったことは、概ね真実を突いてはおるのでしょうが、いささか状況証拠に依拠する部分が多御座います。この上は皇帝を捕縛するなり、武具調達を取り次いだがゆえに謀殺されたと聞き及ぶ冒険者の個人情報(プロファイル)を特定の上で父上の力を以て<蘇生(リザレクション)>し、尋問する必要があるのでは?」

 

「パンドラズ・アクターの言うところは(もっと)もではあるが、我々は何も公正な裁判をおこなおうとしているのではないだろう?そこまでの手間をかける必要があるとも思えないがね。<蘇生>に要する魔法の品(マジックアイテム)も有限の資源(リソース)であることだし。」

 

「参謀殿のおっしゃり様も一理御座いますが、何事を判ずるにも正確な状況把握を以てすべし、とする父上の常日頃のご教導に噛み合わぬものではないか、と。」

 

 対して噛み付いてかかったデミウルゴスとの問答を聞いて、改めてツアーは、ナザリックの下僕(しもべ)たち、なかんずく三賢者と称される彼らが、銘々に個性的ではあれども生真面目さにおいて一貫していることを感じる。

 本人たちは自身の(あるじ)であるアインズのために良かれ、と知恵を絞っているつもりなのだろうが、この世界の人々からすれば、よもや雲上の者たちがかくも勤勉にこの世界のために手を尽くしてくれているものか、と感銘すら覚えるかも知れない。

 

 先程来感じる引っ掛かりの種は……これか。

 

「ツアーは……どのようにお考えですか?」

 

 アルベドにそう問われ、はて、どうしたものか、とツアーはひととき頭を捻った。

 無論、この一件についての自分なりの見解は既になくはない。が、それは本質ではないように思われる。

 

「キミたちがわざわざ此処を会議場に選んだのは、ボクの識見を期待してのことだと理解しているので、不興を被ることを覚悟の上で敢えて言わせてもらうよ。」

 

とツアーは断りを入れた。

 

「もとよりだ。」

 

とアインズ。

 

「おまえたちも、ツアーの申し様が気に入らんからといって、無作法な真似はしてくれるな。」

 

「「「ハッ!」」」

 

と三人の聡明な下僕(しもべ)が即座に復命したのを受けて、ツアーは語り始めた。

 

「アルベドはこれを、想定されていた来訪者の類型から外れる、と言ったがボクは必ずしもそうだとは思わない。こちらへの転移からこれだけ月日が経っているということは、既に彼らはユグドラシル金貨とやらを調達する手段を得ているのだろう?」

 

「ご推察の通り、ヤチマなる者の下僕(しもべ)イノシロー……具体的にどのような者であるかは判明してはおりませんが、これが独自に取り仕切ってギルド拠点維持を差配しているとか。おそらくは鉱山採掘でしょう。」

 

 問いに応えたアルベドに一瞥を送った後、ツアーは続ける。

 

「であればなおのことだ。

 彼らにもっとも似るのは、他ならぬキミたちナザリック地下大墳墓じゃないか。」

 

 嗚呼。

 

 とアインズはひとりごちる。

 

 流石はツアーだ。

 たちまちにそこに思い至るとはな。

 

「ツアーの言に、(わたくし)も賛同せぬわけでは御座いませんが。」

 

と続けたのはパンドラズ・アクター。

 

「ヤチマなる者は、父上がこちらの世界の諸々に対して死を与え給うことも含め慈愛深き関心を抱いておられるのに比し、そのような感性を持ち合わせぬ者のように御座いますれば、似て非なるもの、と評すべきか、と。」

 

「パンドラくんの言うところは正しい。」

 

 ツアーは一旦パンドラズ・アクターの言葉を受け入れた。

 

「が、それはボクに言わせれば本質ではない。」

 

 アインズの視線が強くツアーに惹きつけられる。

 こいつ……オレたちの巻き込み方が無作法だったせいもあるだろうが、今日はエラく踏み込んでくるな、と。

 

「不愉快かとは思うが、敢えてアインズに問おう。

 大丈夫かい、キミ?」

 

「……え?」

 

 ツアーが唐突に、かつ、本当に心配そうに言ったので、不意を突かれたアインズは変な声を出してしまった。

 

「どういう……意味だ、ツアー?」

 

 何を気遣われたものか解せないアインズは逆に問うた。

 ツアーは微睡みの姿勢を崩さぬままに語る。

 

「本性……キミたちの言うところの(カルマ)かな……元来悪のキミにこんなことを言うのも可笑(おか)しいが、集う三賢者諸君も含め、キミたちには最善を尽くし過ぎようとする悪癖があるようにボクには見える。」

 

「な!」

 

「誤解しないでおくれよ、アインズ。ボクはキミも含め、諸君が常にそうであることを嬉しくは思っているんだよ。ほら、ボクは生来怠惰だからね。キミたちほど物事に熱心にはなれないんだ。そして、キミたちがそれを楽しんでやっている分にはとやかく言うつもりもない。

 が、ボクにはアインズが、いささか頑張り過ぎて疲れているように見えるんだ。だから訊いたんだよ、大丈夫かい、とね。」

 

「だ、だ、だ、大丈夫に決まっているだろ!

 オレを誰だと思っている!」

 

「……そうかな?

 キミはユグドラシル時代の楽しい思い出をたくさん語って聞かせてくれたが、それを通して知ったのは、キミが驚くほど繊細に、キミのかつての仲間たちが誰一人不快にならぬよう、愉快に日々を過ごせるよう、明に暗に自身の言動に心配(こころくば)っていたことだ。今以てナザリックの仲間たちに対し供されるそれは、キミの大魔王らしからぬ美点と言えるだろう。

 が、それを無分別に他のユグドラシル由来の存在や、この世界の遍くすべてに拡張するのは、流石にキミと言えども無理がある。そうは思わないかい?」

 

 何てことだ……とアインズは嘆息した。

 よもやこんなことを獣に諭されようとは!

 

「キミはよく見えるしよく考える。だから今回の来訪者についても、さしたる危険性はないと承知しつつも、キミ自身、その本質が自身に似ると気づいているがゆえに不安が払拭できず、あらゆる可能性に対して虱潰しにしようと考えたものかとは思うが、それはボクから言わせればあまりにも欲深と言うものだ。

 そもそもこの一件について、調査をしたこと自体そうだ。キミたちのことだから上手くやってのけたのだろうが、来訪者が暴れ出して騒ぎが起きてから考えるでも構わないじゃないか。少なからずこの世界の者たちに被害が生じることもありはするだろうが、これも本質的には彼らの命運は彼ら自身の努力でどうにかするもので、キミが庇護すべきものでもあるまい。いくらか死んだところでどうせすぐに増えるんだ、死滅さえしなければね。

 

 アインズ、アルベドを見てご覧。」

 

 唐突にそう言われて、アインズは傍らにあった愛妃に視線を向けた。

 

「職務に精励しているから凛とはしているがね、その瞳の奥底にキミの過労を案じる色が出ている。パンドラくんもそうだ。彼が敢えていたずらに結論を先延ばしする提案をおこなうのは、そうすることでキミがもっとも負担に感じる決断の瞬間もまた先に延びることを知っているからだ。」

 

 え、そうなの?と思いつつパンドラズ・アクターに視線を転じると、息子はどこかバツが悪そうに触手で頭を掻いている。

 

「そして、デミウルゴスに言っておきたい。」

 

 やおらツアーは微睡みの姿勢を崩し、前足で立ち上がってデミウルゴスを睥睨する(てい)を取る。対するデミウルゴスは平然とその姿を見上げている。

 

「キミ自身はもう忘れてしまっているかも知れないが、百年前の<揺り返し>に際し、キミはボクに『あなたは虫酸が走るほどに優しいが、それはアインズに比べるべくもなく、アインズは身の毛がよだつほどに優しい』と言った。ボクはこの言葉の意味を随分と考えたよ。」

 

 デミウルゴスは変わらずツアーを見上げているが、さきほどまで浮かべていた薄笑いがない。

 

「ボクは、動像(ゴーレム)の処分を即断したアインズが、世界を(けが)す者を好まぬボクを気遣って無理していると誤解したが、実際には、アインズは最早抜け出すことの出来ない隘路にある動像を憐れんで即断したんだ。」

 

 アインズは、ツアーの言に興味深く耳を傾けている。

 語られる自身の過去の言動はもちろん記憶にないが、その場合、自分は確かにそうであったろう、ということはわかる。

 

「が、アインズは動像を自身の意思で処分することに心痛めてもいたんだ。ボクはその時点では見落としていたが、デミウルゴスはもちろんそれに気づいていた。だから、アインズに対しそれは処分に及ばずと告げることで、結果的に決断の全責任をアインズに丸投げすることになったボクを皮肉ったのだろう。

 だがこれも、キミの真意にはほど遠い。

 

 まさに、あれはボクにこのことを気づかせ、本日この場で、随分と無理を背負い込んでいるアインズにボクが諫言するよう誘導するための伏線だったんだ。そうだろ?」

 

 チィッ!

 と舌打ちが聞こえてアインズは身じろぎ一つしないものの内心大層驚いていた。

 

 え!

 それってデミウルゴスが……真意を見抜かれて憤ってる……ってことだよな?

 

「一見冗談のようなボクの家での急な会議開催も同様だ。

 どうせ発案者はデミウルゴスだろう?こうすれば昼寝を邪魔されたボクが、常の迂遠な物言いを避け一足飛びにここへ至ると読み切ってのものだ。

 

 その差配お見事としか言いようもないが、ボクからすれば、紛うことなき悪魔であるデミウルゴスにこんなことを言っても無駄なのは百も承知ではあるものの、こうしてアインズと同様に、あるいはそれ以上にすべての矛盾を誰に悟られることもなく解こうとするデミウルゴスにも、大丈夫かい?と問いたくなるさ。

 

 ボクもデミウルゴスのことを……好いているからね。」

 

 デミウルゴスが、ぷいっとツアーから視線を逸したのに気づいて、通るはずもない無茶を通そうとしてたっち・みーに逆撃を受けたウルベルトが、しばしば不貞腐れてまったく同じような素振りを見せていたことをアインズは思い浮かべていた。

 

 こいつら。

 本当に……本当にオレの仲間は最高だ!

 

「ボクからは以上だ。

 納得したのなら続きは帰ってやってくれないかい、本当に眠いんだよ!」

 

 再び微睡みの姿勢に戻ったツアーは如何にも鬱陶しげにそう言うが、それが獣にも似合わぬ照れ隠しであることにもちろんアインズは気づいている。

 

「あぁ、そうだなツアー。邪魔をして悪かった。

 <転移門(ゲート)>!」

 

 即座に帰路を開いたアインズは、下僕(しもべ)たちを先に通し、続いてそれを潜らんとして最後に振り返って言った。

 

「ありがとうツアー、少し楽になったよ。」

 

 微睡みかけていたツアーは、片目だけを開いてこう応えた。

 

「キミには随分と世話になっている。お安い御用さ。」

 

 

                    *

 

 

「真夜中にすまないが入るぞ!」

 

 ド・クロサマー王国……実態としては辺境の閑村の外れの天幕(テント)に、見窄らしい姿の行き倒れを抱えてキーノ・インベルンは駆け込んだ。

 

「ン……ソノ声ハ、キーノ小母(おば)サンカ?

 構ワンヨ!」

 

と応えたのはガ・ギンと義兄弟の契りを交わしたゲ・ガンの息子、妖巨人(トロール)ギ・ガンだ。

 

 幼少の時分からキーノによく遊んでもらったギもまた……キーノ自身にとっては度し難いことながら……彼女をキーノ小母(おば)さんと慕っており、共に旅することこそないがキーノにとっては数少ない友人の一人、ということになる。

 本性としては獣の一面をも有する妖巨人たちは睡眠からの覚醒も早く、真夜中の来訪であってもさして苦には感じない。無論、キーノもそれを承知した上で彼を頼ったものだ。

 

「行き倒れ……だが幸いまだ息はある。」

 

 ギは気を利かせて毛織物一枚と、気付けにと村特産の度数の高い酒を奥から持って来た。

 

「出テイタホウガ、イイカ?」

 

 どのような事情あってかわからないが、キーノが運び込んだ年の頃三十前後の人間の女性は、薄手の外套(マント)一枚の下は全裸だった。少なからずガ・ギンの薫陶と影響も受け、見た目に似合わず繊細な感覚の持ち主のギはこれを憚ったものだが、

 

「おまえの家だ、気にすることはないさ。」

 

 その友人の気遣いを心地よく感じながらもキーノはギを制した。結局ギは、用を足しに行く(てい)でその場をしばし離れたのだが。それを気にするでもなく、キーノはギが用意してくれた気付けの酒を一口含み、行き倒れに口移しで与えた。

 ややあって、土気色気味だった行き倒れの頬に俄に血の気が戻り、ややあってその目がゆっくりと開かれる。

 

「……んー……え!

 嘘!キーノちゃん?」

 

「ああ、キーノ・インベルンだ。」

 

「う、う、うわぁーーーん!」

 

 行き倒れはたちまち身を起こしてキーノに抱きつき泣きじゃくったが、不意にその体から力が抜けた。

 

「もう大丈夫だから少し休むといい、話はそれからだ。」

 

 キーノのその声に安堵したものか、行き倒れはギが用意した毛織物に包まれて静かな寝息を立て始める。

 その様子に安心しつつ、キーノは深く……ただ深く首を傾げた。

 

「二百年も前に生き別れたクレマンティーヌが……何故ここに?」

 

 

 

 夜が明けて。

 

 本当にそうなのか、引き続き気を(つか)ってかはわからないが、ギは、狩りの約束があるから、と出掛け、双子忍者も久しぶりに立ち寄った村で情報収集をおこなうものか出払い、キーノとクレマンティーヌのただ二人だけがギの天幕で向かいあっている。

 

「二百年……今度は二百年かぁ。はぁーーー!」

 

とクレマンティーヌは深い溜息をついたが、キーノからすると、クレマンティーヌがそのことにさして驚いていないように見えるのが訝しかった。

 

「キーノちゃん、以前言ったよね?

 吸血鬼(ヴァンパイア)は、死なないんじゃなくて死ねないんだ、これは呪いなんだ、って。」

 

 栗色髪のおかっぱ(ボブヘアー)は、なかなかに真意を見抜き難い表情でそう問うた。

 

「ん……あぁ、そんなことを言ったかも、知れないな。」

 

「そういう意味では私も呪われちゃってる身の上、ってわけなのよ。」

 

 どうにもキーノには、クレマンティーヌの言わんとするところがわからない。

 

「あの……あの……」

 

 クレマンティーヌは、何か言いたいことがあるが言い淀む風を見せる。

 そして突如、

 

「あの……骸骨野郎が!

 うわぁーーーーーーーーー!」

 

と叫びながら立ち上がり、天幕の隅に駆け込むと、ひぃーーー!と奇声を発しながら頭を抱え込んだ。

 

(おいおい、ギの天幕で暴れてくれるなよ。)

 

 半ば呆れつつも、期せずして現れた、骸骨野郎の鍵語(キーワード)にキーノは閃いた。

 そう、たしかエ・レエブルで甘味女子会(デート)を開いた折、髑髏(どくろ)様に話題が及んでクレマンティーヌが突如困惑し始め、食べていた白玉をぽこぽこと吐き戻しながら気絶したことがあった。

 

 これは……間違いなく勝手気儘な大魔王アインズ・ウール・ゴウンが絡んでいる!

 

 しかし。

 どういうことなんだ?

 

 クレマンティーヌは再びの狂乱状態で事情を訊くにも聞き出せたものではなかった。

 キーノは彼女の傍らに寄り添って、いささか馬々鹿々しさを覚えつつも、よしよし、とクレマンティーヌを宥めながら正気……何がクレマンティーヌの正気、であるのかもいささか不安ではある……が戻るのを待った。

 

 クレマンティーヌがやや平静を取り戻した頃には昼を過ぎていて、この間にギを訪ねて来ていた人間の老婦人が「おや、キーノ小母(おば)さんじゃないか、お久しぶり!」と二人に気づき、何で私は見た目は年上の彼女からまでも小母(おば)さん呼ばわりされねばならんのだ、と若干の苛立ちを覚えつつも事情を話したキーノは、クレマンティーヌの昼食にと(ポリッジ)を届けてもらっていた。

 これをガツガツと食べながら……おまえなぁ、なんでここでガツガツ、なんだ?……断片的かつ躊躇いがちにクレマンティーヌが漏らした話を聞いて、漸くキーノにも事情が呑み込めてきた。

 

 二百三十年ほど前にエ・レエブルで知り合った時点では思いもよらなかったことだが、クレマンティーヌが生まれたのは今から三百五十年以上昔のことで、スレイン法国漆黒聖典に所属していたのもその時分の話であるらしい。

 なんやかやあってアベリオン丘陵で骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)と一戦交えた彼女は、抗する術なく意識を失った。次に気づいたときには薄暗い地下の玄室にいて、しかも自身は全裸でかの骸骨に抱きしめられており、問答無用に鯖折りで絶命させられた。

 

「キーノちゃん……読者サービス、って何かわかる?

 位階魔法か何か?」

 

 呆れたことに骸骨は、蘇生魔法を交えてこれを数度繰り返した後、彼女をリ・エスティーゼ近郊の何処かに打ち捨てたらしい。

 キーノに出会ったのはそれから三年経ったか経たないかの時分で、白玉気絶事件を通してキーノがあの骸骨の知り合いかも知れない、と恐怖に駆られた彼女は出奔したが、()()に参加していたところを漆黒の甲冑を纏った骸骨に……鯖折りの感覚がそっくりそのままだったので、クレマンティーヌは同一人物だと確信している……儚くも殺害された。

 そして、自身の記憶としては十日と少し前、やはり突然全裸で骸骨に抱かれた状態で意識を取り戻し、鯖折り、蘇生、鯖折り、蘇生、鯖折り、蘇生……

 

「ひぃーーーーー!」

 

 ここで再び奇声を発したクレマンティーヌが天幕の隅に縮こまってしまったため、話は途切れたが、続きは聞くまでもない。ド・クロサマー王国につながる街道沿いに打ち捨てられた彼女は、野草や泥水を啜りながら人心地つける場所を求め、歩いては休み、泣いては休み、を繰り返しながら当地に至ったものらしい。

 

 何てことだ!

 キーノは溜息をついた。

 

 クレマンティーヌは自身を「呪われちゃってる身の上」と称したがさもありなん。

 どうやらこの薄幸の女はかの我儘気儘な骸骨アインズ・ウール・ゴウンから三百年に渡って、ヤりたいときに()れる都合のいい女、扱いを受けてきたらしい。

 

 同時に、あのアインズが訳もなくそんなことをしようはずもなく、また、元よりクレマンティーヌに何やら可怪(おか)しい性癖が見え隠れすることには気づいていたので、そもそもクレマンティーヌにアインズを招き寄せる何らかの要因があって、それがよほど気に入ったのかアインズにおもちゃにされてきたのであろうことは容易に想像がついた。

 

 しかし……もう十分だろ、コレ?

 壊れちゃってるじゃん!

 

 再び泣きじゃくるクレマンティーヌを膝の上に載せて、よしよし、と宥めれば、泣き止みはしたものの目を血走らせてキーノを見つめ、

 

「私、死ねない!

 死んだら、またあの骸骨から鯖折り蘇生の三連(コンボ)を喰らうの!

 こんなの耐えれない、私壊れちゃう!」

 

 内心キーノは、もう十分壊れてるし、壊れてるのは元からじゃないのか、と思いもしたのだが、それでもまだこうして生への渇望を……聞くところによれば蘇生魔法は呼び戻される魂魄の側からは拒絶できるとか……見せる彼女の胆力、というか往生際の悪さが(いと)おしくも思われた。

 

 そうか。

 私には彼女をこの呪いから救い出す手立てがあるのか。

 

 とキーノは思い至る。

 

 アインズ自身はキーノに、好きな男はいないのか、と無遠慮にも問うたものだが、ひょっとするとアレは、実はこの場面がいずれ訪れることを承知の上で盛られた毒だったのかも知れない。

 そもそも記憶に難のあるアインズは、一旦書付(メモ)か何かに、どうしても気が晴れないときはコイツを()る、みたいな備忘をしてしまうと、それを自ら修正するきっかけがないはずだ。これを止めて欲しくてあの話をしたのか……いや、そんなことはあるまい。

 

 むしろ。

 止めてやって意趣返しする方がキーノとしては清々(せいせい)しよう。

 

 いや、違うな。

 

 こんな阿呆なことを考えている理由は明らかだ。

 

 自分は、このどうしようもなく愚かで憐れで救いようのない女に、それでも何らかの魅力を感じて傍に居て欲しい、眷属に迎え入れたい、この(なま)めかしい首筋に牙突き立てて血を吸ってやりたい……と(おぞ)ましくも思ってしまっていて、それを誤魔化したくてこうなんだ、と。

 

「クレマンティーヌ。」

 

とキーノはその名を呼んだ。

 

「私には、おまえのその呪いを解いてやる手立てがある。」

 

 血走った目線が再びまっすぐにキーノを捉える。

 

「だがそれは、おまえにとっては新たな呪いの始まりだ。」

 

 クレマンティーヌは黙ったままキーノを見つめている。

 

「それを受け入れるか否かを、敢えておまえには問うまい。

 私はおまえの血を欲する。我が眷属となって永遠(とわ)の旅の供となれ!」

 

 不意に、あれほど惑乱していたクレマンティーヌの表情が水を打ったように穏やかなものとなり、静かにその目が閉じられた。

 

 嗚呼、魅力的だ!

 頑なに拒んだ吸血鬼(ヴァンパイア)(さが)だが、この魅惑には抗えない。

 

 一息にキーノは、クレマンティーヌ自身が無言のままに曝け出した首筋に牙を立て、続いて襲い来た想像を超える陶酔に酔った。よもや……よもや、自身の確固たる意思で眷属を迎える行為が、ここまで心地よいものであったとは!

 

 

                    *

 

 

「三人の少年忍者?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 鎮座するアインズの傍らには守護者統括アルベド、参謀デミウルゴスが控え、階下に対面しているのは今回の作戦に従事した執事セバス・チャンと戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンである。

 

 ツアーの諫言があったこともあるが、たちまちの危険性がないことはアインズ自身も承知はしていたので、カーター・ツィマーマンのヤチマに対するこれ以上の詮索は沙汰止みとなった。

 それはそれとして、いろいろと問題がなくもなかった作戦の総括は必要であろう、という意味で設けられたのがこの場であるが、アインズとしては殊更にセバス、ソリュシャンの失態を(あげつら)うつもりは毛頭なかった。

 というのも、振り返ってみて今回の人選を勧めたデミウルゴスの真の動機が、三百年楽しみ続けたセバスお説教動画(ビデオ)の更新にあったことに、どこかの時点で気づいたからだ。

 

(これ以上踊らされてたまるかよ!)

 

 出頭した時点のセバス、ソリュシャンは随分とバツの悪そうな様子ではあったが、開口一番アインズに、

 

「経緯はどうあれ目的が達せられたのはセバス、ソリュシャン両名の活躍によるところだ!」

 

と上機嫌に称揚されたため、(つい)にデミウルゴスの目論見は達せられなかった。まぁ、遅かれ早かれ実現されるのは疑いないのではあるが。

 

 そういったこともあって、一旦は埋もれるかに見えた幕間の瑣末事が、こうして正しくアインズの耳に入るに至ったのだが、お気づきの通り、一部正しくない部分を含んでいる。

 

「セバスに聞きたい。

 その()()の黒装束の()()忍者、とやらが、カーター・ツィマーマンの下僕(しもべ)である可能性はあると思うか?」

 

「確たることは申せませんが、(わたくし)の判断と致しましては直接の関係はないものかと。極々短い会敵時間では御座いましたが、忍者たちの振る舞い様と、ヤチマと申す土鬼(ノーム)のそれはあまりに異なったように思います。」

 

 アインズの下問にセバスが答えると、これにソリュシャンが続いた。

 

(わたくし)どもが聞き取りをおこなったかの街の人間たちの語るところによれば、少なくない周辺諸勢力が皇帝とやらの所有する武具に関心を示し、しばしば間諜の(たぐい)を送り込んでいることについての証言を得ておりますので、その少年忍者もそれだったのではないでしょうか?」

 

「いやソリュシャン、それはないと思いますよ。」

 

とセバス。

 

「私は、少年忍者の一人が『レベル』と口にするのを確かに聞きました。

 かの者は、御下賜いただいた<能力隠蔽(コンシール)の指輪>によってレベル1と擬態された私の力量と、私の目の印象の乖離から私を只者ならずと判じたようで御座いました。この点については、私と致しましても反省するところしきりで御座います。」

 

 この言を受けて、流石のアインズも「そりゃそうだわな」と考えざるを得なかった。

 むしろ、その微かな手掛かりを見逃さなかった少年忍者の力量こそ注意すべきところだろう。

 

「つまるところ、その忍者たちはユグドラシルからの来訪者であるか、少なくともユグドラシルについて何らかの知識を有したこちらの世界の者、ということになるな。特に後者については、そういう者の存在を想定したことはなかった、と思うが。」

 

 アインズがデミウルゴスを振り返りながらそう問うたが、デミウルゴスはいつものように事もなげに応じた。

 

「シズ・デルタの手にかかれば、私が過去三百有余年に渡って書き残した日記から何らかの手掛かりが得られるものか、と愚考する次第です。」

 

 ところが。

 

 一点の誤謬……セバスがつるぺたキーノを少年、と見誤った誤謬により、これは果たせなかった。

 少年、が他ならぬキーノとの、三人、が<翻訳の神秘>の施工者エドモン・ウェルズが遺した自動人形(オートマトン)との一致(マッチング)を阻んだがゆえである。

 

 かくして、ユグドラシルの知識を有する三人組、については恐怖公に申し送りがなされ、世界各地に展開する眷属に「怪しい三人組に気づいた際は報告せよ」と厳命されるに至ったのだが、以降、これに対して成果が上がることはなく、いつしか忘れ去られていくことになった。

 

 なぜなら、この間に三人組は()()組になっていたからだ。

 

 

                    *

 

 

「そりゃおまえ、無理だろうよ!」

 

 トブの大森林の一角。

 

 立ち並ぶ木々の隙間をS字に抜けて刺突剣(スティレット)で標的とした果実を貫こうと試みたクレマンティーヌは、途中低木に足を取られてすっ転び、すり抜けようとした幹に顔面から突っ込んでのたうち回った。

 

 真に眷属たれかし、とキーノに望まれて吸血されたがゆえか、クレマンティーヌは貴族吸血鬼(ヴァンパイアロード)として不死者(アンデッド)の道を歩み始めることになったが、ここに至るまであまりにアインズから無茶苦茶な扱いを受けてきたためか身体能力(ステータス)がぐちゃぐちゃで、かつて自分にはこれが出来たはずだ、という勘だけは残っているものの、ほとんどそれを思い浮かべる(イメージ)通りに再現することが叶わなかった。

 

 キーノは、人格破綻気味とは言え自身の眷属となったクレマンティーヌが今後は人様に迷惑をかけるようなことはすまい、と考えているが、さりとてド・クロサマー王国に彼女を一人残して三人で旅に出るのは、いろいろな意味で村に迷惑だろう、と考え、少なくともクレマンティーヌが三人の足手まといにならない程度に回復成長するまでは当地に留まろう、と決めた。

 

「てへへ、やっぱまだ駄目よねー!

 スッ、といってドスッ、を決めれるようになりたいわー。」

 

 頭を掻きながら立ち上がるクレマンティーヌは、キーノから見ると可愛い妹のように思えるのが不思議だ。

 

 眷属と(えにし)を結ぶ吸血は、キーノの力を分け与えると同時に、クレマンティーヌの一部をキーノに取り込むことも意味している。これを通して、朧気に、ではあるが、キーノはクレマンティーヌが細部は異なれども自身とよく似た来歴をもつ者であることを理解した。

 彼女は、後に同じく漆黒聖典の一員となる兄を持ち、そこにかなり無理をしてついていったことが(あだ)となって、幼少期を虐待の嵐の中で過ごしていた。その反動を快楽殺人者となって相殺したことに同情するつもりは毛頭ない……同じくまともな人格形成期を有さぬキーノではあるが、キーノは快楽殺人者にはならなかった……が、その罪は大魔王アインズ・ウール・ゴウンのおもちゃに饗されることで(あがな)われた、とキーノは考えている。

 

 そう考えて悪い理由はあるまい。

 自覚の有無を別にすれば、屠った人間の数はキーノの方が桁違いに多いのだから。

 

 一方で、一つ納得のいかないことがある。

 

「あ、キーノ小母(おば)さん、クレマンの(あね)さんもおいででしたか!」

 

と声をかけて来たのは、森で出会った村の小鬼(ゴブリン)の一団だが、何がきっかけになったものかよくわからずにいるのだが、いつしかクレマンティーヌはその容姿となかなかに予測し難い支離滅裂な言動もあって村の人気者となり、特に村に集う亜人種の男たちからは(あね)さん、(あね)さんと慕われるようになった。

 

 なんであいつが(あね)さんで、

 私は小母(おば)さんなんだ?

 

 いや、納得がいかないことはまだある。

 

 キーノはクゥイア、クゥイナを、見た目こそ少年ではあるが、一時(いっとき)とは言え初代マーレに心惹かれて後に肝を冷やした経験も手伝い、本質的にはユグドラシルに連なる化け物の(たぐい)だ、と考えている。がために、そもそも彼らを男として考えたことがなかった。何なら長期遠征の最中、一緒に全裸になって川で行水をしたこともあるし、その際も双子忍者は、それこそマーレよろしく顔色一つ変えなかったのである。

 

 ところがだ。

 

 仲間だ、と二人を紹介されたクレマンティーヌは大層この少年忍者を気に入ったらしく「この子たち可愛いー!」と無遠慮に自身の胸元に抱き寄せたのだが、際してクゥイア、クゥイナは、ポッと頬を赤らめたのだった。

 

 おい、ちょっと待て!

 おまえらそういう感性あるのか?

 だとしたら、私に対する今までの振る舞いは何だ?何なんだ!

 

などと、この何を考えているやらさっぱりわからぬ忍者を詰問しても意味のないことは先刻承知。

 

 以降クゥイアはクレマンティーヌを呼ぶに際し、

 

「レテテ。」

 

とキーノにとっては意味不明の音韻を発するようになった。

 無論これが彼ら本来の母語(フランス語)において「おっぱい」を指す幼児語だ、などキーノには知りようもなかったのだが、相方クゥイナがこれに続いて、

 

 胸元に丸みを作る身振り(ジェスチャー)

 

となったのだから、その意味するところは一目瞭然だった。

 

 おうおぅ、いい度胸してんなおまえら!

 クレマン共々、漸く扱えるようになった<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>でこんがり焼いてやろうか!

 

などとキーノがキレ気味に思ってしまうのも無理のなからぬところ。

 

 それから……おい、結構あるな。

 もちろん、不満ばかりではないのだ!

 

 戦闘の相方(バディ)としてクゥイア、クゥイナはまったく申し分のない存在ではあったが、彼らは語らう友としての才覚はまったく欠けていて、ギンの墓碑の前でそうであったように彼らなりにキーノの心中を慮ってくれることがあるのは承知はしているものの、相談などといったことの出来る相手では決してなかった。

 対して、クレマンティーヌはエ・レエブルで知り合った時分同様に、いや、眷属となり主人への愛情を注いでくれるようになったゆえに、キーノが長く飢えていた最良の相談役となったのである。

 

「それは……ヤバいわ。」

 

 日常は気さくで意図的なものか()なのか笑いすら振りまくクレマンティーヌであるが、不意に冷徹無感情な表情を見せることがあって、そこがまた可愛いとキーノは思っていたりもするのだが……いかん、いかん、私は踏み込むべからざる世界へ足を踏み入れつつあるのやも知れん!……眷属であるがゆえに秘密を他者に漏らす恐れのないクレマンティーヌに、キーノは概ね自身の承知しているアインズを含めた来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に関する知識を徐々にではあるが伝えている。

 最初、クレマンティーヌはアインズに関する話を聞くことを頑なに嫌ったが、吸血鬼となった自身が<蘇生(リザレクション)>で鯖折りに召し出されることは最早決してないのだ、ということを理解して後は、むしろ仇敵の情報を欲するが如く熱心に耳を傾けるようになった。おいおい、間違っても喧嘩をふっかけてくれるなよ!

 

 クレマンティーヌが表情を転じたのは、彼女の故国、国号も変わって最早何の所縁(ゆかり)も感じることの出来なくなったスレイン報国に、国号変更のきっかけとなったシロクロを送り込んだのが、プレイヤーを神と崇める法国を厭うたアインズ・ウール・ゴウンであることに話が及んだときである。

 

「ヤバい……かな?」

 

 キーノとしては、スレイン報国はいろいろと怪しく感じる部分もなくはないし強いて立ち寄りたいとも思わない領域であるが、周辺を旅して調べた限りでは評判上々で、偽悪的なアインズはド・クロサマー王国建国のきっかけを作ったとき同様に、彼自身がどこまで自覚的であるかはともかく、彼なりにこの世界の民を思いやっての行為なのだろう、などと考えていたのだが、クレマンティーヌは違うらしい。

 

「そりゃ激ヤバでしょ!

 キーノちゃんの話を聞く限り、あの骸骨野郎は国家統治なんかを直接やるような柄じゃないよね?」

 

「ん……まぁ、そうだな、そういう感じじゃないな。」

 

「絶死絶命……キーノちゃんの知るシロクロちゃんも、民草の暮らしなんざに関心を持つような(たま)じゃねー。ありゃ、以前の私も足元にも及ばない化け物で、どっちかってーと、わたしらよりも来訪者(プレイヤー)寄りなの。実際、神の血を引く、って言われてたしね。」

 

 クレマンティーヌは既に、自身の故国が神と称していたものがユグドラシルプレイヤーであり、そしてそれが実際には神ではなく、異世界からやって来た力こそ強大ではあるが中身は自分たちと同じか劣ることすらある知性の持ち主で、かつ根本的に価値観が異なるのだ、ということを理解している。

 

「そんなシロクロちゃんとその息子……ちょっと顔見てみたいような気もするけど、そいつらが統べてる国がまともなわけねーじゃん。そりゃ、法国も大概おかしな国で、だからこそわたしも出奔したんだけどさー、より可怪(おか)しくなることはあっても、周辺諸国が称賛する地上の楽園になるわけないっしょ!」

 

 正直、そういう視点で考えたことがなかったキーノは、このクレマンティーヌの発言には面食らわざるを得なかった。

 

「特に薄気味悪いのはその息子の方よねー。皇子アレイン……だっけ?

 よーくよく考えてみ?勝手に親衛隊ができる、なんてのが美談なはずねーだろ?

 それがかくもお目出度く慈愛の次代国家元首様、なんて謳われてたら、いったいどんだけトンデモないこと企んでんだよ、とか思わない、フツー?」

 

 キーノとしては、クレマンティーヌ現役時代の漆黒聖典が陰謀の総合商社(デパート)だったことを知っているだけに、これは彼女が鍛え上げられた組織の思考様式に今だ引き摺られて妄想していることなのか、であればこそ真実を喝破したものなのか、判断することが出来なかった。

 

「一度様子を見に行ってみたいところだけども、今のわたしじゃキーノちゃんたちの足手まといだもんね。今しばらくは修行に専念させてもらうわー。」

 

とクレマンティーヌは笑った。再会した折の様子を思えば、彼女がこうして笑顔を見せるようになったことをキーノはとても嬉しく思った。

 

 こうして、クレマンティーヌに見合う黒装束を調達した彼女らは三人組改め四人組忍者としてこの世界で暗躍していくことになるのだが、それはもう少し先のお話。

 そして、ド・クロサマー王国における穏やかな暮らしの中で、ついにキーノは踏み込むべからざる世界へ、越えるべからざる一線を越えてしまう羽目にもなるのだが、それがどのような様相であるか、はてさてどちらがタチでどちらがネコか、あるいはリバか、などといったことについては読者諸兄の想像にお任せするのがよろしかろうて、にゃんにゃん。

 

 

                    *

 

 

 その後しばらくのバハルス帝国の様子を見ておいても無駄ではあるまい。

 

 アインズたちがカーター・ツィマーマン無視を決め込み、ヤチマが図らずもバラ撒いた武具についても関心を失ったので、かのお気楽極楽な化け物どもの介入を辛くも逃れた皇帝ジルクニフⅥ世を擁する真バハルス帝国は、徐々に再びの中央集権へと舵を切っていったのだが、発端が棚ぼたの武具であり、後々の整備(メンテナンス)のことも顧みずに入手を取り次いだ冒険者の口封じをして入手元の把握を怠った程度の知性の持ち主たちであるからして、少なからぬ反目の芽を残すことになってしまった。

 

 数年の後、ついにトブの大森林を後背に抱える東バハルス帝国西端の都市、その名もトブヴァルトにバハルス帝国正統皇帝を自称する者が現れ、国家を二分して争う構えを見せた。ここに、かつての西バハルス帝国三個軍団を源流とする集団の一部も合流したため、烏合の衆でこそあれ数の上では互角以上となり、遅かれ早かれ決戦か、という機運が高まりつつあった頃、この正統皇帝側が大きな下手を打った。

 

 正統皇帝軍は、数の優勢……あくまでも彼ら自身が都合よく自認したものなので正確さは欠くが、一時は真帝国に対し三倍と号した……こそあるものの、真帝国軍近衛が揃って装備すると聞く魔法の秘められた武具については周知となっていたため、口先でこそ、いざ決戦、偽皇帝何する者ぞ、と血気盛んなものの、どう攻めるかという具体論になれば来歴の異なる師団同士が、お先にどうぞ、いや一番槍の栄誉はそちらに、と譲り合う体たらく。

 これに業を煮やした正統皇帝とその側近は、我らにド・クロサマー王国の加勢あり、と宣言した。これはもちろん真帝国側の動揺を誘うと同時に自軍の士気を鼓舞するための欺罔宣伝(プロパガンダ)だったのだが、これで漸く軍士が皆その気になり、いざアーウィンタールへ攻め上らん、となった折に事件が起きた。

 

 まさに進発せんとする軍団の後背に、ただ一騎の素肌の武者が現れたのである。

 

「ヤァヤァ我コソハ、

 ド・クロサマー王国ニ、ソノ名鳴リ渡リタル()ノ息子。名ハ()、家名ハ(ガン)

 虎ノ威ヲ騙ル野狐ドモニ、イザ、懲罰ヲ加エント欲ス!」

 

と名乗りを上げるや、あろうことか騎乗したまま両手持ち剣(バスタードソード)を片手に振り上げ、まさに集結した陣へと殴り込んだ。

 実際には、ギは剣を振り回すだけでほとんど振り下ろさなかったのだが、大混乱に陥った正統皇帝軍は総崩れとなり、逃げ散って多くはそのまま帰陣しなかった。なお、このときギが騎乗していたのはもちろん馬などであろうはずもなく、何やら「ござるよ!ござるよ!」と奇っ怪な声で鳴く巨大絹毛鼠(ギガントハムスター)だった、と伝えられている。

 

 果たせるかな数日後、トブヴァルトの街に大量の日持ちのする果実を満載した巨大な空飛ぶ網籠が現れ、怪我人のお見舞いと、次はないものと思え、とのド・クロサマー女王陛下の慈悲深くも有難い言伝てが黒衣の魔法詠唱者(マジックキャスター)によって申し下され、以てバハルス帝国正統皇帝の命脈は潰えた。

 一方、過去の経験から外征は決しておこなわないものと思い込んでいたド・クロサマー王国がこのような奇行に及んだことに、対する真バハルス帝国中央も混乱に陥り、やや拙速気味であった中央集権化の試みは穏やかなものに修正されていくことになる。

 

 とまれ、以降、真バハルス帝国は順調に版図の掌握に務め、世襲ではない代替わりも経ていつの間にやら自称から真も取れてバハルス帝国が名実共に復活するのだが、こうして継承されていった魔法の武具が、ここに至る経緯をまったく知らぬ後の世代に至って災厄の種になることを、この時代の人々は知る由もなかったのである。




<次話予告>

ナザリック地下大墳墓に現れる謎の少女。

「あら!あなたがシャルティアね。」

億劫のオーバーロード第5話『父娘馬鹿(おやこばか)

女淫魔(サキュバス)の技に溺れれば、アインズ様はこの部屋に籠もったまま一歩も外に御出にならぬこととなりましょう。」
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