億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ぶつかり合う大魔王アインズ・ウール・ゴウンと奇縁の吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルン。その辿り着く先は如何?


6.試行錯誤(トライアンドエラー)

 大陸南西、かつてのローブル聖王国王都ホバンスにほど近い、されど人気(ひとけ)のない山中に開口した洞窟の奥深く、アインズ・ウール・ゴウンの模倣(コピー)ギルド、アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()の拠点、ナザ()ック地下墳墓の玉座の間において、大魔王アインズ・ウール・ゴウン、今回の来訪者、フンバルト・アライヤン・ヘーデル、ケロロンチー、タッチューの三人組に加え、両者の衝突を未然に防ごうと馳せ参じた<黒の百合>の四人、キーノ・インベルン、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナが車座になって語らっている。

 

 もっとも、実際に話をしているのはアインズとキーノ、これを心配そうに見つめるクレマンティーヌで、フンバルトたち三人組は、当所の(あるじ)であるにもかかわらず既に蚊帳の外だった。

 

「なぜ、オレがアレをやったか、と問うか?」

 

 平板な口調のままそう言うアインズは、ある意味、その問いを自分自身にも向けていた。

 

 言わずもがな、既にアインズの頼りないことこの上ない記憶には、今から遡ること二百五十年ほど昔、只今キーノに問われるところの<(めぇ)()く七日間>、超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>を放って云百万の人々の命を奪い、以て召喚された黒い可愛い子山羊ちゃんたちにこの世界の文明を灰燼に()さしめた経緯は何一つ残ってはいない。

 はっきりしているのは、自分が何かやらかしてしまったこと、それに対する忸怩たる思い、ただそれだけだ。

 

 さきほど垣間見た書付(かきつけ)には、その発端となったデミウルゴスの息子、皇子アレインの自身の生命を賭した暗躍の記録があり、常に自身がデミウルゴスにそうされるが如く、アレインに手玉に取られていいように操られたのであろうことをアインズは理解している。

 一方で、アインズ自身の決断なしにアインズの望外な魔力が解き放たれることは決してなく、また、デミウルゴス、そしてその息子であるアレインが自身を使嗾することは、悉くアインズが心の何処かで乞い願いつつも自覚されていなかった何かの具現化に過ぎないこともまた、アインズは承知している。

 

 つまるところ、今この瞬間はアインズ自身、なんでオレはあれほどツアーの言葉を気にしていたのにこの世界(せかい)(けが)すような真似をしてしまったんだろう、と馬々鹿々しくも思われてしまうにもかかわらず、でありながら、その瞬間は、それこそがアインズが望み自ら決断した行為であったに違いない、ということだ。

 

 その理由を涙目でオレに問うとは……。

 ツアーの舎弟は、随分と(こく)なことをオレに求めてくれるもんだな。

 

「それは、だな。」

 

 キーノは変わらず潤んだ瞳でアインズをみつめていて、傍らにあるクレマンティーヌは、ゴクリ、と息を呑んだ。

 

「わからん!」

 

「「……はぁ?」」

 

「二百五十年も前のことを唐突に聞かれて、んなもんわかるかーーー!」

 

 アインズは、床に胡坐(あぐら)を掻いたまま、両手を振り上げてじたばたとして見せる。

 

「いやいや、アインズさん!」

 

とキーノ。

 

「あなたにそういう事情があるのは承知している。

 が、それがあなたの決断であるからには、そこにはあなたがそもそも何をしたいからそうだったのか、そう決したのか、が背景にあるはずだろう?二百五十年前の仔細を憶えていなくとも、アインズさんに、そこにブレがあるとは私には思えない!」

 

 こいつ……なかなか鋭いところを突いて来るじゃないか!

 と、アインズはたじろいだ。

 

「あなたが私の理解など必要としていないのはわかっているつもりだ。

 が、だからこそ私は、なぜあなたが、自ら世界を滅ぼしながら、その滅ぼした世界の復興に尽力したり、今こうしてここにやって来たように、新たな来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が無分別な行動をおこさぬよう釘を刺しに現れる、その理由(わけ)が理解したいんだ!」

 

 キーノの言いたいことはわからないでもない。

 この()の視点からすれば……いや、この世界のほとんどすべての者たちの目線から考えれば、この世界には気儘に世界を滅ぼしたり救ったりする骸骨がいて、しかもそれが何かをやり始めたらそれを押し留めたり抗したりする手段も現実的にはまったく存在しないのだから、そもそも骸骨がいったい何を基準に考え、決し、行動しているのかを知っておきたい、と考えるのは当然、と言えば当然だ。

 

 だがしかし。

 何か釈然としないものを感じるのは……どうしてなんだろう?

 

 

 

 皆さん、ご存じですかな?

 古来、神を語る言説には大きく二つの潮流があって、一方は神を擬人化して我ら人間同様の感情や葛藤があるように描き、もう一方ではそうすること自体を堅く戒める、ということが起こるのですが、面白いことに、この二つの潮流はある地域や文化圏でどちらか一方が優勢になるのではなく、往々にして同じテキストがある時代は前者の視点で、ある時代は後者の視点で読み解かれる、ということが交互に起こるのですなぁ。

 畢竟、神が擬人化して語られるとき、人は本質的には支配不可能な世界の実相を自ら制御したい、と欲張っておるのです。神が如何に考え振る舞うのかを理解できれば、前以てこれに備え、これに(へつら)ったり(あらが)ったりできましょう?いや、実際にそんなことが出来るか、は問題ではないのですぞ。わかった気分になって、神の機嫌取りの儀式や生贄を捧げさえ出来れば、人は自身の行為に納得するものなのです。

 ですがこれは同時にまったく不毛な試みなのでもありまして、それは、人間(ごと)きに神を理解など出来るはずがない、などという話ではなく、そもそも我々は己の女房のことも理解できず思いのままに操ることなど叶わないのに、神については何をか言わんや、というだけのことなのですぞ。

 さりとて我らが状況を支配したい、と乞い願うのは根源的な欲望で歯止めが効かぬのも事実ですので、ここに冷や水を浴びせるべく、神は擬人化したり描画したり記述したり出来るものではないのだ、という正反対の潮流が生じるのですが、(しお)に満ち引きあるが如く、(みな)が擬人化の弊害をすっかり忘れ去った頃に、訳知り顔で神は斯々然々(かくかくしかじか)なりと語る阿呆が現れて、元の木阿弥となるのですなぁ。とまぁ、これを理解しておると、たっちさん、ウルベルトくんと付き合うのにいちいちイライラせんで済むのですよ。ではご機嫌よう。

 

 

 

「じゃーさ!じゃーさ!キーノはさぁ!」

 

 唐突にアインズは子供っぽい()の声を発した。

 キーノもクレマンティーヌも一瞬、今のは誰の声だ?と左右をキョロキョロ見回し、それが目前の大魔王が言っているものだと気づいて唖然とする。

 

「キーノは説明できんの?なんでここに来てこんなことしてるか!」

 

「えっ?

 いや、それは……そう!アインズさんがこいつらを問答無用に片付けてしまわないか……」

「なんで!」

 

「……えぇ?」

 

「だからー。オレがこの糞餓鬼どもを一網打尽にして何が悪いの?」

 

 三人組が、ビクリッ、と肩を竦ませる。

 

「いや、その……巻き込まれて難儀するこちらの世界の者が……」

「んなヘマ、オレがするか!いや、やったかも、だけど……。

 それに、こちらの世界の住人が多少死んだから何なの?キーノと関係あるの?

 そもそもキーノも吸血鬼(ヴァンパイア)で、何なら血を吸いまくって殺しまくってもいいわけじゃん!」

 

「いやいや、よくはないだろ!」

 

「だから何で!」

 

「……」

 

 勢いで問い詰めたアインズの口調が俄に柔らかくなる。

 

「いや、別にキーノにそれを説明しろ、って言ってるんじゃないんだよ。

 キーノが同じことをオレに求めるから、おまえは答えられるのか、って訊いたんだよ。」

 

 キーノは、ハッ、とした表情を浮かべて口を噤んだ。

 

「キーノが何でこんなことしてんのか、は、わからなくもないんだよ、むしろ、よくもまぁ飽きも凝りもせず、危険も顧みずによくやるなーって感心すらしてるけど、でも、本当にオレがキーノのことをわかってるか、って言えばそれは何とも言えない、っつーか、わかるわけないわな。」

 

 クレマンティーヌもまた、いつでもキーノを庇える位置を保ったまま、その視線がアインズの骸骨顔に釘付けになっている。

 

「キーノだって、オレが何でこんな感じなのか、何となくはわかってるだろうけど、本当のところはわからないだろ、っつーか、わかるわけないわな。だって当の本人も何で自分がこうなのかよくわかんないんだから。」

 

 ここでアインズは、すっと背筋を正して、ゴホンッ、と一つ咳払いをし、口調を常の大魔王(ぜん)としたそれに戻した。

 

「オレの昔の仲間に、ウルベルト・アレイン・オードルがある。

 そこにいる山羊頭のフンバルトが真似た相手だ、見てくれだけ、だけどな。」

 

 言われたフンバルトは、バツが悪そうに後ろ頭を掻く。

 

「キーノたちには実感が湧かんだろうが、ユグドラシルの背後にあった<現実(リアル)>は、今思えばさして悪くもなかった、と思えなくもないが、それでもやはり碌でもない世界だった。たくさんの人間が、朝から晩までやりたくもないことばかりやって、死んだ魚のような目をして暮らしている世界だった。」

 

 何気(なにげ)に三人組がこのアインズの物言いに、うんうん、と頷いているが、おまえらは学校に行きたくなかっただけだろ?と思わないでもないアインズ。

 

「正直なところ、オレ自身は別にそんなことにはまったく関心がなかったが、ウルベルトさんはそんな世界を評して、人間が人間としてあれない世界などいっそのこと滅んだ方がいい、と言った。」

 

 このアインズの言葉にクレマンティーヌの目が見開(みひら)かれる。

 それは、そのものズバリではないものの、まさに、まだ人間であった時分以来、自身が自分の生まれ育った国や世界全体に対して(いだ)いていた思いを代弁されたように感じたからだ。

 それとまったく同じでこそないものの、<(めぇ)()く七日間>直前の大陸の文明社会に、何とも明言し難い違和感を覚えていたキーノもまた、納得こそしはしないもののこの言葉の意味するところを悟る。

 

「オレは、必ずしもウルベルトさんの言葉に完全に共感はしないし、ウルベルトさんがどこまで本気でそう言っていたのかもよくわからない。が、今のオレは……アインズ・ウール・ゴウン、と名乗る今のオレにとっては、ウルベルトさんの言葉は最早自分自身の一部でもある。」

 

 語りながらアインズの視線は、どこか遥か遠く彼方を見つめるかのように彷徨(さまよ)った。

 

「……と、オレ自身にわかるのはそこまでだ。

 オレはキーノと、えーっと、ごめん、誰だったっけ?……あぁ、そうそうクレマンね!……違う?クレマンティー?……クレマンティーヌな、そうだったな!……で、何だったっけ?

 あ!そうそう。

 オレはキーノとクレマンティーヌの理解も共感も必要としないから、わかって欲しいとも思わないし、オレのやったことにムカついて許せないから戦いを挑む、というのならいつでも受けて立ってやるさ。」

 

 アインズはそういってニヤリ、と(わら)うが、以前であればこれを受けて震え上がったキーノもクレマンティーヌも、ただただアインズをじっと見つめたままその言葉に耳を傾けていた。

 

「だが、何故おまえはそうなんだ、説明しろ!とオレに迫るのは勘弁してくれ。

 おまえらもそうであるように、オレだってオレ自身の考えがすべて言葉で説明できるわけじゃないし、(カルマ)が悪に全振りのオレが言うのも可笑(おか)しいが、何時(なんどき)も常に最善(ベスト)な決断をしよう、と努めてはいるつもりだ。が、それが常にそうであるとは限らないし、むしろ可怪(おか)しなことをやっていることの(ほう)が多いような気もするが、それでも、オレはまだ歩みを()めるつもりは毛頭ないし、そうしていくしかない存在であって、その点でもおまえらと何ら変わるところはない、と思っている。」

 

 キーノとクレマンティーヌが、何も言わずに自分をみつめているので、不意にアインズは不安になる。

 

「……オレ、可笑(おか)しなこと言ったか?言ってないよな?」

 

「いや!そんなことはない!

 アインズさんの言うことは、わかった、とは言えないが、わかる……つもりだ。」

 

 キーノは諸手を突き出して振りながらそう応じた。

 気のせいだろうか、さらに増して大魔王アインズ・ウール・ゴウンとの距離が縮まったようにキーノは感じている。

 

「それはよかったよ。」

 

とアインズ。

 

「心配してくれなくても、二度と同じことにはならない……ようにするつもりだ。

 ツアーも、そこには協力する、と言ってくれているしな。」

 

 そして。

 

「それに、こうしておまえらも気遣ってくれるんだ。

 オレはいい友人に恵まれた(しあわ)(もの)だよ、本当(ほんと)に。」

 

「「!」」

 

「……なんだよその顔は!

 よもや、オレがおまえらの友人じゃない、とでも言うつもりなのか?」

 

「「いやいやいや!」」

 

 今度はクレマンティーヌも加わって大慌てで手を振った。

 

「アインズさんに……そう言ってもらえるのは光栄だ!」

「いや本当(ほんと)に!これで金輪際鯖折りはないんだなんて、もう最高!」

 

「?

 ま、いっか。」

 

 不意にアインズは視線を、この会話を横で座って聞いていた三人組へと転じた。

 

「フンバルト……と、あと二人は……」

 

「ケロロンチーです!」

「タッチューです!」

 

 こちらも大慌てで応じる。

 

「あー、そーだったな。ぺロロンチーノさんにケロロンチー、たっち・みーさんにタッチューだったな。」

 

 アイソズ・ウーノレ・ゴウソのメンバーでこちらの世界に渡り来たのがこの三人だ、ということは既に理解しているアインズの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。

 

 はて。

 オレの模倣(コピー)は居たのだろうか?

 

 ……。

 

 いてもいなくてもショックだから、訊くのは()めとこう。

 どうせ……忘れるしな。

 

「で、フンバルトにケロロンチーにタッチュー、おまえらに問う。

 おまえらは、オレ、キーノ、クレマンティーヌと対等に語らえるか?」

 

 この唐突な問いに、三人は互いに顔を見合わせた。

 そして誰からともなく、

 

「無理です。」

「すいません、ついていけません。」

「ぶっちゃけ、ちょっと引き気味です。」

 

と答えた。

 

「正直で結構。」

 

 そう言いながらアインズは、スッ、と立ち上がる。

 

「オレはおまえらの保護者になんかなってやるつもりはないから、友となり得ぬ者に用はない。

 おまえらがこれからいくらか経験を積んで、アインズ・ウール・ゴウンの模倣(コピー)ではなく、おまえたち自身のギルド、アイソ……ほにゃららの名を胸を張って名乗れる日が来れば、そのときは相手をしてやろう。」

 

 そう言いながら、アインズは、おそらく自身で記憶の問題に思い至ることのないこの連中に、そんな日はやって来ないだろう、とは見切っている。

 

「出来れば、不必要に広まった、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、の名前の火消しはやっといてくれ。期待はしてないがな。」

 

 だからといって、こいつらをこの場で皆殺しにする必要もあるまい。

 キーノやクレマンティーヌのように、こいつらだって成長する可能性はゼロではないだろう。

 

「オレは先に引き上げさせてもらうが、おまえらはどうする?

 何処か行きたい場所があったら<転移門(ゲート)>で送るぞ。」

 

 そう声を掛けられて、キーノは床に座ったまま手を挙げて謝意を示した。

 

「仰せは有難いが、私は今少しケロロンチーたちと語らってみたい。

 お節介ついでに、彼らの今後の一助となる何かを残してやりたいと思う。」

 

「ふふ、おまえも好きだな。」

 

 そう言いながら背を向けたアインズに、

 

「それはお互い様だ……アインズ。」

 

 キーノはかなりの勇気を振り絞って、敢えてさらりとそう口にしてみたが、大魔王は片手を軽く挙げて応じたのみで、振り返ることもなく玉座の間の出口へ向かい、そこで待ち受けていたデミウルゴスとシャルティアの礼を受けてそのまま歩み去っていった。

 

「思いもよらない展開になったわね、キーノちゃん!」

 

 興奮冷めやらぬ様子でクレマンティーヌがそう言う。

 

「あぁ……まったくその通りだ。

 クレマンティーヌもありがとう。よく私を支えてくれた。」

 

「そんな……そんなこと言ってくれるなんて!

 ワタシ、嬉しいーーー!」

 

 感極まったクレマンティーヌはそのまま隣に座っていたキーノを押し倒し、唇を奪った。

 キーノもただ、それを素直に受け入れる。

 

 のだが。

 

 バタ、バタ、バタ、と続けて何かが倒れる音がして、慌ててそちらに目を向ければ。

 

()ぇ……!」

(とうと)ぃ……!」

百合(ゆり)ぃ……!」

 

 フンバルト、ケロロンチー、タッチューが鼻血を垂らしながら仰向けにひっくり返っていた。

 

 

                    *

 

 

「概ねアインズ様がお考えになられた通りであったか、と愚考する次第です。」

 

 ナザ()ック地下墳墓についての調査結果を報告し終えた狡知の参謀デミウルゴスは、そう言いながら片手を胸の前で折って深々と礼を捧げた。

 

 ナザ()ック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 三賢者会議(トリニティ)の場で、改めて五十年を経て把握された本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()について議論されている。

 

 アインズがプレイヤー三人組、キーノ、クレマンティーヌとナザ()ック地下墳墓の玉座の間で語らっている(あいだ)、デミウルゴスは同じく円卓の間にあって、既にフンバルトの命に従って抵抗の意思を示さなかったナザ()ックのNPCたちから事情聴取をおこなっていた。

 さきほどデミウルゴスからなされた報告は、それを踏まえて再構築されたアイ()ズ・ウー()()・ゴウ()のこの五十年の歩み、ということになる。

 

 ナザリックの下僕(しもべ)のうち対外的に知られていた者を模倣して創造されたNPCは四体あって、コキュートスに対応する金色(こんじき)の蟲武者コンチュータス、レベル六十五を筆頭に、アウラ、マーレ姉弟に対応する少年闇妖精(ダークエルフ)アリャリャとその妹コリャリャ各レベル五十五……フンバルトたちは初代アウラ、マーレの性別をその衣装から判じたものらしい……そして、シャルティアに対応するところの既に敗死した少女吸血鬼アリンス・ブラッディーレイン、レベル五十。

 結果的にナザリックで言うところのアルベド、すなわちNPC全体のまとめ役、およびパンドラズ・アクター、すなわち宝物殿とギルド維持資金の管理をおこなっていたのは意外なことにコンチュータスで、現地人の地回りやくざとの折衝も彼が受け持っていた。

 コンチュータスは、流石にユグドラシル由来の存在が抱え込む記憶の問題の本質には思い至ってはいなかったが、実務上の必要性からかいつしか、我らがコキュートスがしばしばそうするように自身の甲殻に書付(メモ)を残す癖を身につけていて、結果的にナザリックにおけるデミウルゴスの役割まで担っていた。

 そもそもの記録がそのような性格のものであるがゆえに正確なところまでは追えないものの、デミウルゴスが再構築してみせた転移後のギルド、アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()の五十年は概ね以下のような具合である。

 

 自身山羊人(バフォルク)であり、生来の番長気質もあって在地の山羊人(バフォルク)愚連隊をいち早く掌握したフンバルトに、比較的冷静な思考能力を有していたタッチューがこれを使嗾して構築されたところのギルド維持資金用の上納金が定期的に届けられる体制は、転移後のかなり早い時点で確立され、以降はコンチュータスがこれを取り回し、三人組は早々に外界への関心を失ったものと見られている。

 ここに変化が生じたのは十年と少し経ってからで、付き従う在地勢力の頭数(あたまかず)、種族が増えるに従っていささか不行状な方向に悪知恵の巡る者が混じってきて擬似的な軍閥のようなものが形成され、王都ホバンス周辺で行動する者たちとは別に、北へ向けて膨張政策を採り始めたことによる。

 この試みは、大陸西中央部の極端な日和見傾向との相性もあって、およそ三十年をかけてそれまでトブの大森林に向かっていた彼らの依存心をアベリオン丘陵南方に振り替えることに成功したのであるが、軍閥が世代交代を迎えるに至ってその後継者選定を巡っていざこざがあり、その中でも最右翼の連中が、ただただ自分たちの優位を主張するためだけにアーグランド評議国、およびトブの大森林の併呑を主張し、そして実際に能天気にも着手した結果が今回の騒ぎに至ったようだ。

 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、の名は、おそらくは軍閥が形成されていく過程の中で気紛れにこれに関わったフンバルトが勢いで発したもの、と見られ、そこに特に深い意味はなかったのだろう、とデミウルゴスは結論した。

 

「捨て置いて……よろしいのですか?」

 

と問うたのは守護者統括アルベドだ。

 もっともその口調は、三人組の殲滅を勧めるそれ、ではなく、あくまでも至高の主の企図の念押し、といった感じである。

 

「餓鬼共のいたずらに、オレたちが本気(マジ)になるのも大人気(おとなげ)ないだろう?」

 

 アインズはこれを軽く()なしたが、続いてパンドラズ・アクターが食い下がる。

 

「その点は私も父上と同じ考えです。

 が、曲がりなりにも父上のご尊名が大陸の人間社会で独り歩きしておる点には注意が必要かと。」

 

「パンドラの言い様はもっともだが。」

 

 と、アインズの視線がデミウルゴスへ向かう。

 

「誰かさんのお陰で、今に始まった話じゃない。」

 

 デミウルゴスが、不思議そうな表情を浮かべて自分自身を指差す。

 あー、便利な空っぽ頭だな、この野郎(ヤロー)ッ!

 

 強いてアインズは話題を転じた。

 

「確かに、次の<百年の揺り返し>でやって来る来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がそれを嗅ぎつけて……というのはあるだろうが、むしろこれを避雷針みたいなもんだ、と考えてればいいんじゃないか?

 結果的にあの餓鬼共が生贄になる可能性もあるだろうが、それはそれで連中の運命、自己責任だ。オレたちはその成り行きを覗き見て、余裕をもって対策を講じることができる。(メリット)だけがあって(デメリット)はない。」

 

 実際のところ五十余年の(のち)、この時点でアインズはない、と判じていた(デメリット)が実はあったことがわかるのだが、自身がこういうことを言い切ったことを憶えていないアインズは、特に後悔などすることはなかった。

 キーノに語ってみせたように、彼は、何時(なんどき)も常に最善(ベスト)な決断をしよう、と努める……努め続ける……そうとしかしようがない、そんな存在なのである。

 

「まったくもってご慧眼で御座いますアインズ様!

 故意に害のない来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を泳がせて、続いてやって来る者を釣り出す餌に供するの計は、今後も応用が効きそうですな!」

 

 デミウルゴスが、やはりいつものように三日月型の笑みを浮かべ、諸手を振り上げてそう歓喜を叫ぶのを聞いて、これまたいつものようにアインズの脳裏を一抹の不安が(よぎ)るが、それも何を今更だ。

 

「デ、デミウルゴス!

 それはそれとして、今後やって来る来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を唆して強いてアインズ・ウール・ゴウンを騙らせる、なんてのは無しにしてくれよ!」

 

 チッ!

 

 ……おぃッ!

 

 

                    *

 

 

(……とまぁ、そういう次第だ。

 そんな具合で、おまえの国に神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、とやらが再び因縁を吹っかけて来る、なんてことはない、と思うぞ、多分、きっと。)

 

「……。」

 

(おい、何とか言えよツアー、オレが厄介事を片付けてやった、というのに!

 まさかおまえ……居眠りしてるんじゃあるまいな!)

 

「聞いてるよ!

 ……今ちょっと他人(ひと)の耳目があって応じ難いんだ。」

 

「ヴァイシオン卿、いかがなさいましたか?」

 

 アインズからの<伝言(メッセージ)>に囁き声で応じたツアーを訝しく思ったものか、ポリス・ウロヴァーナの統治官(アルコーン)森妖精(エルフ)のシュトックハウゼンから声がかかってツアーは慌てる。

 

「いやいやいや!何でもない!何でもないさ!」

 

(……何やってんだ、おまえ?)

 

 引き続き脳内には気儘な骸骨の能天気な声が聴こえてくるが、ツアーとしては、人の気も知らずに好き勝手なことを言ってくれる!と苛立たしい。

 

(ま、いいや。じゃーな!)

 

と、アインズからの<伝言(メッセージ)>が途切れて、はぁーーーっ、とツアーは深い溜息をついた。

 

「では、国境守備隊編成の決議をおこないたく思いますが。」

 

 折しもリ・ウロヴァールの政庁では、統治官(アルコーン)三名とツアーが円卓を囲み、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国対策の一環として、常設の国境守備隊を編成するや否やの決議がおこなわれるところだった。

 ここしばらくをシュトックハウゼンを(とも)にポリス・ウロヴァーナの視察に時間を費やしたツアーは、それを否む積極的な理由こそないものの、さりとて永遠に自身が南からの脅威に備えて当地に常駐するわけにもいかないので、従来存在しなかった現地人による一軍を組織し、万が一に際してもこれを以て一旦相手方を牽制し、その間にツアーを含むアーグランド評議国本土側からの来援を待つ、というシュトックハウゼンから示された対策素案を概ね受け入れつつあった。

 

 そして。

 その決議の直前になって、大魔王アインズ・ウール・ゴウンから、そんなものは必要なし、の報を届けられた(てい)だ。

 

 困ったな……どうしよう?

 

「あー、最後にちょっと……いいかな?」

 

 正直なところ面倒臭いな、と思いつつ、ツアーは傀儡の籠手(こて)を挙手して円卓に(つど)う生真面目な森妖精(エルフ)統治官(アルコーン)三名の注意を惹いた。

 元より、彼らにアーグランド評議国、永年評議員閣下の言を無視する筋はない。

 

「各自治区(ポリス)の内政については、それが(ほか)に悪影響を与えない限りにおいては統治官(アルコーン)諸君の専権であることは言うまでもない。そして、キミたちが自身の領域を外部の脅威から自らの努力で以て防衛せん、とするところも、それはそれで自然な心情だ。」

 

 円卓の三人は、然り、然り、とツアーの言に頷いて見せる。

 

「一方で、成文法では決してないが、古来より評議国においては対外的な脅威に備えるは評議員たる竜王(ドラゴンロード)(せき)()するところとされてきた。無論これは、ボクらが処理するのがもっとも話が早いからだ、ということもあるが、いくつかの(おろそ)かに出来ぬ意義あるもの、と考えている。」

 

「是非、承らせていただきたく。」

 

とシュトックハウゼン。

 

「第一に、力の拮抗する者同士の力による睨み合いは、その当初こそ互いを牽制して衝突を抑止するに見えるが、最初の緊張感を乗り越えるや不毛な軍拡競争に陥るのが常だ。相手方もまたどこからか連れて来た竜王(ドラゴンロード)を持ち出すならば(つゆ)知らず、ボクらが矢面に立っている限りそれはない。普通に考えれば対抗のしようがないからね。」

 

 ツアーは、両の手をお手上げ仕草(ジェスチャー)に構えながらさらりとそう言う。

 

「第二に、軍団を組織してそれに実用的な決裁権を与えれば、当然そこには政庁にあって権を掌握するところの諸君とは別の実力者を生じせしめることとなり、これは軍閥の温床となるものだ。決して諸君の統制力を疑うわけではないが、古来、多くの人間、亜人国家が、対外防衛を口実に身中に巣食った弑逆者によって内破(ないは)の憂き目を(こうむ)ってきたのも事実であり、一方で、幸いにして評議国ではそういう話は聞かない。理由は言うまでもなかろう。

 そして最後に。」

 

 改めて注意を喚起せん、としてか、ツアーは足を組み直す。

 

「二百五十年前の大災厄に際し、ポリス・ウロヴァーナはたちまちに駆け付けた我が盟友、青空の竜王(ブルースカイドラゴンロード)スヴェリアー・マイロンシルクによって守り抜かれた。」

 

 ボクは寝てたんだけどね。

 

「世界を灰燼に()した災厄に対してすらそうであったのに、たかだか遥か南方の一領域に虚勢を張る愚連隊に対し、諸君が評議国の慣例を破ってまで備える理由があるだろうか?」

 

 シュトックハウゼンが何か言いかけるのをツアーは片手を挙げて制する。

 

「あー、シュトックハウゼン!誤解しないでくれたまえ。

 ボクは何も、評議員の権で諸君にかくあれ、と命じるつもりはないんだ。それらのことを承知の上で、それでもやはり、自分たちの領土を自分たちで守る営みは大切にしたい、と諸君らが考えるのであればそれはそれで構わない。

 ただ、キミたちよりも少しばかり長く生き続けてきたボクの知見を承知の上で結論を出してもらいたい、そう願っているだけだよ。わかってくれるかい?」

 

 改めて、三人の森妖精(エルフ)統治官(アルコーン)は深く頷き、自分たちが強大、聡明にして公明寛大な庇護者を有する(さいわ)いに謝意を捧げた。

 

 対するツアーは、実際に問題になることはあるまい、とは思いつつも、ポリスの主要種族が外部から統治官(アルコーン)を招く弊害に思いを馳せていた。

 もし、ポリス・ウロヴァーナを当地の人間種たちが統べていたならば、彼らは評議国評議員に素直に防衛を丸投げして、よもや自分たちで領土を守るのだ、などという発想は持たなかっただろう。森妖精(エルフ)たちがこれを考えたのは、外部から招かれて領土を預かる身であることに対する責任、加えて、決して自覚はしていまいが、実際に戦うのは自分自身に連なる者では決してない、という()責任ゆえだ。

 さりとて、それを(あげつら)って何の益があろうか。完璧最良の国家体制、などというものはあり得ない。それは無数の失敗と試行錯誤の繰り返しで陶冶されていくものであり、そして、その道のりに到達点(ゴール)はないのであって、逆説的ではあるが、失敗と試行錯誤の繰り返しが許容されること、それこそが国家、社会のあるべきところだ。

 そして、この理念を体現することが出来るのは自らそこに思い至った(もの)のみであり、それを(ほう)として申し下されたり、他者から教示されるのみの存在には成し得ないことは、ツアーにとっては自明だった。

 

 おそらくは……。

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンもまた、まったく同様の考えを有しているからこそ、今回の騒ぎを引き起こした来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に敢えて何もせず、為るに任せるを選んだのだろう。いや、単に面倒くさかったからだろうか?

 

 

 

 こうして、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名と共に出来した事変は一旦の閉幕となったのだが、これから半世紀の(のち)に、これまた思いもよらない事態を引き起こすに至るのである。

 

 

                  新7話へ続く

 

 

 

 




<次話予告>

「あ、どうも。初めまして、ナザリックの大魔王、アインズです。
 いつもご主人にはお世話になってます。」

 億劫のオーバーロード新7話『女王(ドラウ)のうなじ』

期せず相対(あいたい)したアインズとドラウは何を語らうのか。

「ツァインドルクスは、口では世界を護る、などと言うが、アレは趣味に過ぎぬ。」

「……ふぁ?」


七月吉日公開予定
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