想定外の邂逅に至ったため、そもそも自分が何を目的に出掛けたのか、すっかりわからなくなってしまった大魔王アインズ・ウール・ゴウンなのではあるが、ともかく、その日のアインズは、何かを語らおうと不意に思い立ち、エイヴァーシャーの森に潜む魔女、
彼女が常に佇む居室に無遠慮にも<
一方が、
が、もう一方は、背丈ではややコニーに劣るものの、黒光りするふんわりとした
先にアインズの出現に気づいたのはコニーの方だった。
「お訪ねの際は事前に
コニーとてアインズの物覚えの悪さは承知しているので、その口調は
「あー、そうだったな、すまんすまん!
で……誰それ?」
その視線は自然ともう一人の黒装束の女性へと向かうが、そちらの視線もまた、背筋をピンと伸ばしたまま訝し気に同じく黒装束の骸骨姿の大魔王を捉えており、意外なことに
「あー、アインズさんは会うのは初めてじゃったかの?
母上じゃ。」
「母上……お母さん?
と言うことは……ツアーの嫁さん!」
口パカ、ペカペカ!
「母上、こちらが噂の……」
執り成そうとしたコニーを、凛とした強い意志を感じさせる言葉が遮った。
「あぁ、言わずともわかる。
アインズは過去に一度だけ……もちろん当人は憶えていない……<
こうして漸く
思わず
「あ、どうも。初めまして、ナザリックの大魔王、アインズです。
いつもご主人にはお世話になってます。」
「?」
会社員口調でそう言われたドラウディロンは、何を言っているんだこの骸骨は?と大きく首を傾げた。
その問いは、アインズではなくコニーへ向かう。
「コニー、この
口パカパカ、ペカペカペカペカ!
「アインズさんは言葉を理解するぞな。」
コニーにそう応じられてもドラウディロンは引き続き訝しげだ。
「されば、竜王国女王なり、と名乗った
彼女に、これを冗談で言っている様子はない。
無理もないことだが、本気で問うているのだ。
対するコニーは、存外アインズの人となりを理解しているので、
「あぁ……アインズさんが言うておるのは父上のことじゃて。」
さらりとそう返したが。
「
苛立たしげに応じるドラウディロン。
既にアインズは蚊帳の外だ。
「
口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!
「ふむ……人間種でもあるまいに面妖なことよの。」
コニーの説明に得心がいかないのか、ドラウディロンは片手を顎にかけて頭を
逆にアインズは、自身が愛妃の尻に敷かれている、と言わんばかりのコニーの物言いに……反論の余地はまったくないにせよ……ドラウディロンの王者
「で……どうしてドラウがここに?」
ツアーが会話の中でそう呼ぶので、自然とアインズの口から彼女の
そのドラウの目が一瞬、ギロリ、とアインズを睨むが睨まれた側はそれに気づかない。
「母上は
そう応じながらコニーはアインズにも席を勧め、アインズは素直に従って二人に向かい合う簡素な椅子に腰かけた。
「アインズ・ウール・ゴウンが余を安く見るは面白くないゆえ、そのような物言いは控えよ。」
否定、はしないんだな。
ま、母娘仲良くて結構、とアインズは
「して、アインズ・ウール・ゴウンよ。」
とドラウ。
「アインズ、で構わんぞ。」
このアインズの言いにドラウは反応を返さず、ひたすらに自身の
「機会があれば
「……答えられることであれば何でも訊いてくれ。」
これ以上
「
「……はぁ?」
「母上、アインズさんはそういう
呆れ声でコニーが横から茶々を入れたが、ドラウは、
「コニーに問うてはおらぬ。
余はアインズ・ウール・ゴウンに問うておる。」
と、さらりと言う。
「
そう問うドラウディロンの口調にはまったく迷いがなく、当然の相手に当然の事を尋ねている、と言わんばかりの
「おまえは……」
と、アインズ。
「ん?」
「いや、ドラウ自身はどうなんだ?
まぁ、こう言っちゃなんだが、ツアーやコニーに比べればドラウは強い、というわけでもなさそうだが、それでもこの世界のほとんどの住人からすればトンデモない化け物だ。そのおまえとて、一国の王で満足して世界征服なんかしてないじゃないか。」
アインズとしては、極めて理に適った反論をしたつもりだったが、ドラウはこれに事も無げにこう返した。
「余は
「ならオレだってそうさ。」
さらりとそう言うアインズに、ドラウはこれを否定して見せる。
「
他者から何かを得ねばならぬものが自身の存立を期するとき、自らを養うに足る領域の支配を以てこれに当てるは物の道理にて、その欲するところに際限なきもまた
ほぅ。
と、アインズは鼻白んだ。
これまでツアーから……それこそ半ば愚痴交じりに聞かされたドラウについての話から、てっきり彼女もまた他の多くの普通の
まぁ、曲がりなりにも彼女は人間種の国家の元首を請け負っているわけだし、そもそも彼女が軒並みな
「ツァインドルクスを憚ってのことか?」
ドラウディロンがいちいちツアーの真名、しかも
彼女は、自身の配偶者が<百年の揺り返し>に備え続けてきたところの功績を確認したくてこれを問うているのだろうか。そこに気遣ったわけでも決してなかったが、
「それがまったくない、とは言わんさ。」
と話を合わせた。
そしてこう言う。
「実際のところ、ツアーが居なければオレがもっと
一方、それがすべてではないことにも、他ならぬアインズ自身、自覚があった。
決して仔細を記憶してはいないが、こちらの世界へやって来た直後、おそらくアルベド、デミウルゴスが何の迷いもなくこの世界の征服を至高の主に勧めたであろうことは想像に難くない。初代アウラ、マーレもまったく悪意なく在地の
そうでありながらナザリック地下大墳墓が
それを続けることが出来たことにツアーの果たした役割は小さくなく、そういう意味でさきほどドラウに語ったことは決して嘘ではないが、かと言って、ツアーが居たから自分はそうだったのか、と問えば、それは
「……が、ドラウの問いへの答えとしては、おまえ同様に、オレにもそもそもそんな要はない、になるかな。」
面倒臭いからな、と軽い気持ちでアインズはそう応じたがドラウは納得がいかない様子でこんなことを言い始めた。
「
余とて、竜王国女王たるは
「では逆に訊こう。
世界の有象無象に関心の薄い
それこそアインズ自身にそれを問う
この問いに対するドラウの答えは、こうだ。
「
「……?」
思いもよらないドラウディロンの答えに、思わずアインズは骸骨顔を彼女に向って、にゅっ、と突き出す。彼女もまた、その意味するところをたちまちに察してこう続けた。
「何を驚く?
余はこの世に並び立つ
「いや、でもツアーは……」
人型には変化しないだろ、と問おうとしたアインズの言葉は、ドラウの自身の配偶者に対する冷めた言葉で
「ツァインドルクスは、口では世界を護る、などと言うが、アレは趣味に過ぎぬ。」
「……ふぁ?」
ドラウの身も蓋もない断言に、思わずアインズは間抜けな声を漏らした。
彼女の言が理解できなかったわけではない。むしろ、世界に居並ぶ
一方で、どうやらドラウには、アインズも少なからず感じている
しかもその彼女の口から、アインズからすればその立ち位置に共感がないわけでもないツアーを評して、アレは趣味、との酷評……なのだろうか?……が飛び出して、軽い眩暈をアインズは覚えている。
「余からすれば、ツァインドルクス、そしてアインズ・ウール・ゴウンもまた、その
ドラウの物言いは、ツアー、アインズにもまた、自身同様にこの世界において王として振る舞え、と言わんばかりだ。アインズとしては余計なお世話、としか言いようのない話だが、ここまで毅然と言い放たれると「そんなの面倒臭いから」と応じるのも憚られる、と言うか、それはドラウの指摘をそのまま認める形になっていささかバツが悪い。
「ツアーがどうか、は別にして、だ。」
アインズは、自分の中で何か思考
有り体に言えば、かつての友、
「正直なところ、オレ自身、その辺りをこれまであまり深く考えたことがなかったのは認めざるを得ん。」
と、一旦ドラウの言に理があることを素直に認めた上でアインズは続ける。
「が、オレ……そしてこちらの世界へやって来るユグドラシルプレイヤーについては、ドラウたち
「ほぅ。それは
アインズの言はドラウの関心を惹いたようだ。
「おまえは、
基本的にプレイヤー同士はまったく対等で、
ドラウ、そして傍らにあったコニーも、興味深げに沈黙したまま続くアインズの言葉を待っている。
「そういう馬鹿も決していなかったわけじゃないが、プレイヤー同士の関係は
決戦に及ぶのは、その
こくり、とドラウが頷くのを認めてアインズは続ける。
「では、その中で最良最適の戦略は何だ?
オレは……オレとオレを含む四十一人の仲間たちはそれを模索し続け、それが正解であったかどうかは今以てわからんが、ある答えに至った。」
「……それは?」
と、問うたのはドラウだろうか、コニーだろうか。
「相手がこちらの存在を意識どころか、知りもしないのに、結果的にすべてがオレたちの望むままに進む、のが一番だ、とな。
もっとも、オレはユグドラシルにおいて非公式ラスボスの二つ名を贈られた有名人ではあったんだが、
それが本当に最良最適であったか、は今となっては知る由もない。が、実際、オレたち、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを知らぬ
事実上、オレたちはユグドラシルを構成した九つの世界の一つ、ヘルヘイムの支配者だったが、誰もオレたちが支配者だと考える
ギルドの黄金時代に思いを馳せ、いつしかアインズの視線はどこか遠く中空を
ふと我に返ったアインズは、改めてドラウにこう告げる。
「ドラウの言う通り、オレたちもまた、こちらの世界の諸々の存在に比すれば並び立つ
少なくともオレにとって、王だの何だのとこの世界の
「なるほど。」
「いや待て、ドラウ。」
納得の相槌を打つドラウの言葉を待たず、アインズはこれを制した。
「オレの話は終わってない。
理屈としては今のが全部だが、これはオレのかつての友の一人、今ではオレの一部となったギルドの軍師からの受け売りで、常にそう考えてやっている、というわけじゃないんだ。」
「……では。
実のところは……どうなのだ?」
結局何なんだ、と言いたげに顔を突き出してそう問うドラウにアインズは言う。
「要するに……オレはこういうのが好きなんだ。ただそれだけさ。
ドラウがツアーを趣味だ、と言うのであれば……。
オレも趣味だ、ということになるな。」
ここに至って、それまで一切感情を
「かのツァインドルクスと気が合う、と聞いて、
と、いささか口調に棘がなきにしもあらずのドラウ。
「さにあらんや、と言うべきか。
アインズ・ウール・ゴウンよ、
言われたアインズは含意を気にするでもなく、
「それが唯一の取り柄だ。
それすらなかったら、オレはただの死を撒き散らす化け物だろうよ。」
と、おどろおどろしげに両手を振り上げて
加えてこう言う。
「オレも、ツアーが配偶者に選んだドラウはどんな
アインズとしては、最大級の賛辞としてこれを言ったつもりだったが、言われた側はあまり嬉しそうではない。
「……まっこと、アインズ・ウール・ゴウンは面白い。」
と呟くのみであった。
*
「コニーのところでおまえの嫁さんに会ったぞ。」
結局、何をしにコニーのところに出掛けたのか思い出せないままナザリックに戻ったアインズは、忘れないうちにこの邂逅を話そう、と思い立ち、唐突に大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある
開口一番、挨拶もなしに切り出したアインズに、
「……はぁ?」
ツアーは欠伸混じりの間抜けな声を返す。
「いや、だから。ドラウに会ったんだよ。」
「……突然現れて何を言い出すかと思えば。
で、どうしたんだい?よもやとは思うが殺してはいないよね?」
……おまえ、いったいオレを何だと思ってるんだ!
「んなことするわけないだろ!」
「彼女は気位がやたら高いからね。キミを怒らせたんじゃないか、と。」
仮にそうだとしても、そんなことで友人の女房を
「と言うか……その気位の高さがおまえにはいいんじゃないのか?
少し話しただけだが、確かにあれはなかなかの人物……いや、
おまえが惚れるのもさもありなん、と感心させられた。」
アインズとしては、これまた賛辞半分、冷やかし半分でそう言ったのだが、ツアーは変わらず眠たそうな視線を向けてくるのみで、今ひとつ響いてはいない様子。
「どちらだった?」
「……何が?」
ツアーの唐突の問いの意味がわからずアインズは訊き直す。
「いや、彼女は
複数の人型?
そんなことがあるのか、驚きだな!
そういう能力の高さも、ツアーが彼女を高く買うところ……なのだろうか?
「人型だったぞ。アルベドに勝るとも劣らぬ
「なら、ボクが何故彼女を選んだのかは理解できまい。」
「……なんで?」
やはりアインズは自身としては最大級の賛辞のつもりで、ドラウを愛妃アルベドに
「どんな姿をしていようと、中身は同じドラウだろ?」
「そうだよ。」
「じゃぁ、どうしてオレが理解できないことになるんだ?」
「?」
ツアーは引き続き、ぽかん、とした顔をしている。
「すまない、アインズ。キミが言っていることがまったくわからない。」
逆にアインズは、ツアーの物言いが
「わけがわからないのはこっちだぞ、ツアー。
……まさか、また<翻訳の神秘>に何かあったか!」
「いやいやいや!」
云千年前の騒動でありながら、その顛末もあってアインズに強烈な印象を残す<バベルの災厄>が頭を
「そこは問題ない。ちゃんとキミの言葉は理解できている。」
「……じゃぁ、何がわからないんだ?」
「そもそも。」
俄にツアーが気怠そうに石床に降ろしていた大きな頭を持ち上げて、アインズの方へ向けた。
「キミは、
「……色気?
いや、まーそりゃ、オレにとっちゃアルベドの方が好みだが、おまえもなかなかいい趣味をしているな、と。」
「別に人型を採ったドラウに興味はないよ。」
ま……言われてみれば、そりゃそうだわな。
こいつ、獣だし。
「じゃぁ……何なんだ?」
不思議そうに尋ねるアインズに、ツアーは持ち上げた顔を横に向け、大きな前脚の先の爪で自身の首の後ろ辺りを指差して見せる。
「うなじだよ。」
口パカ。
「ドラウのうなじはとても艶っぽいんだ。」
ペカペカ!
「後ろから押さえつけてそこを
ペカペカペカペカ!
「……<
「ん?アインズ?」
身勝手な大魔王はツアーが呼び止めるのに振り返りもせず、そのまますごすごと消えてしまった。
「……まったく。」
と、悪態をつくツアー。
「自分は大好きな癖に。
冗談のわからない骸骨だなぁ。」
こうしてアインズは結局のところ、女王ドラウディロン・オーリウクルスの何が友人の心を射止めたのかわからずじまいだったのであった。
新8話へ続く
<次話予告>
異世界転移以来云千年。
遂にナザリック勢に犠牲者が?
そして、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の命運は?
億劫のオーバーロード新8話『神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の動乱』
「どうか、王への即位を宣言なさり、我らを安堵ください。
永遠の忠誠をお誓い申し上げます。」
「俺は……どう考えてもそんな