億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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引き続き、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国三部作の続編を、2話全7回、三日毎の連投にてお届けします。今話は幕間劇、本作では都度話題になりつつも自身は初登場となる竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスの物語で御座います。


新7話 女王(ドラウ)のうなじ
女王(ドラウ)のうなじ


 想定外の邂逅に至ったため、そもそも自分が何を目的に出掛けたのか、すっかりわからなくなってしまった大魔王アインズ・ウール・ゴウンなのではあるが、ともかく、その日のアインズは、何かを語らおうと不意に思い立ち、エイヴァーシャーの森に潜む魔女、紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライス、ことコニーの住まう植物の宮殿を訪ねた。

 

 彼女が常に佇む居室に無遠慮にも<転移門(ゲート)>を(ひら)いたアインズは、たちまちにお目当ての姿を認めるが、どうしたことかそこには、草編みの寝座椅子(ソファー)に並んで腰かけて語らう二人の人型の女の姿がある。

 一方が、(たお)やかな体線(ボディーライン)から女性であることはわかるが凹凸(おうとつ)少なく細身(スレンダー)着流し(アオザイ)を纏ったコニー、であることは、その容姿を必ずしも正しく記憶していないアインズとは言え、光を受けずとも自ら光沢を放つ紅色(べにいろ)髪でわかる。

 が、もう一方は、背丈ではややコニーに劣るものの、黒光りするふんわりとした七分丈(ブリオー)越しにも愛妃アルベドに勝るとも劣らない豊満な肉体(ナイスバディ)を誇ることが一目でわかる、見るからに気位の高そうな女。

 

 先にアインズの出現に気づいたのはコニーの方だった。

 

「お訪ねの際は事前に一声(ひとこえ)掛けておくれや、と申したであろうに。

 (わらわ)森妖精(エルフ)の愛人と(まぐわ)っておれば(なん)とする?」

 

 コニーとてアインズの物覚えの悪さは承知しているので、その口調は(あき)れ気味ながらも決して詰問するものではない。言われたアインズは、あぁ、そうだったっけ?とバツ悪そうに後ろ頭を掻く。

 

「あー、そうだったな、すまんすまん!

 で……誰それ?」

 

 その視線は自然ともう一人の黒装束の女性へと向かうが、そちらの視線もまた、背筋をピンと伸ばしたまま訝し気に同じく黒装束の骸骨姿の大魔王を捉えており、意外なことに怖気(おじけ)る素振りはまったくない。

 

「あー、アインズさんは会うのは初めてじゃったかの?

 母上じゃ。」

 

「母上……お母さん?

 と言うことは……ツアーの嫁さん!」

 

 口パカ、ペカペカ!

 

「母上、こちらが噂の……」

 

 執り成そうとしたコニーを、凛とした強い意志を感じさせる言葉が遮った。

 

「あぁ、言わずともわかる。

 其処許(そこもと)がアインズ・ウール・ゴウンか?

 ()は竜王国女王、黒鱗の竜王(ブラックスケイルドラゴンロード)ドラウディロン・オーリウクルスである。」

 

 アインズは過去に一度だけ……もちろん当人は憶えていない……<(めぇ)(なく)く七日間>の直後にドラウディロンを訪ねたことがあったが、そのときはアインズが召喚した黒い子山羊ちゃん二匹を片付けて熟睡していた竜形(りゅうぎょう)の彼女をしばし呆然と眺めたのみで(つい)に言葉交わすことが叶わなかった。

 こうして漸く相見(あいまみ)えてみて、正直なところアインズの第一印象としては、単純な強さ、という意味では女王ドラウディロンは、ツアーはおろかコニーに対してもかなり格下と感じさせるものであったが、それを補って余りある傲岸不遜かつ堂々たる態度に威圧されてしまった。

 

 思わず()の鈴木悟の声色でこんなことを言ってしまう。

 

「あ、どうも。初めまして、ナザリックの大魔王、アインズです。

 いつもご主人にはお世話になってます。」

 

「?」

 

 会社員口調でそう言われたドラウディロンは、何を言っているんだこの骸骨は?と大きく首を傾げた。

 その問いは、アインズではなくコニーへ向かう。

 

「コニー、この(もの)はこちらの世界の言葉を(かい)すのではなかったのか?」

 

 口パカパカ、ペカペカペカペカ!

 

「アインズさんは言葉を理解するぞな。」

 

 コニーにそう応じられてもドラウディロンは引き続き訝しげだ。

 

「されば、竜王国女王なり、と名乗った()の主人、とは如何(いか)に?

 異世界(ユグドラシル)では王の上にさらに何者かがあるか?」

 

 彼女に、これを冗談で言っている様子はない。

 無理もないことだが、本気で問うているのだ。

 

 対するコニーは、存外アインズの人となりを理解しているので、

 

「あぁ……アインズさんが言うておるのは父上のことじゃて。」

 

 さらりとそう返したが。

 

何故(なにゆえ)、ツァインドルクスが余の主人となる?」

 

 苛立たしげに応じるドラウディロン。

 既にアインズは蚊帳の外だ。

 

異世界(ユグドラシル)夫婦(めおと)は我らとは異なり結びつきが深い。アインズさんの妻は甲々斐々(かいがい)しくアインズさんに尽くすし、アインズさんはアルベドに頭が上がらぬ。」

 

 口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!

 

「ふむ……人間種でもあるまいに面妖なことよの。」

 

 コニーの説明に得心がいかないのか、ドラウディロンは片手を顎にかけて頭を(ひね)っている。

 逆にアインズは、自身が愛妃の尻に敷かれている、と言わんばかりのコニーの物言いに……反論の余地はまったくないにせよ……ドラウディロンの王者(ぜん)とした態度も相まって調子(ペース)を狂わされまくりだ。

 

「で……どうしてドラウがここに?」

 

 ツアーが会話の中でそう呼ぶので、自然とアインズの口から彼女の愛称(ショートネーム)が漏れる。

 そのドラウの目が一瞬、ギロリ、とアインズを睨むが睨まれた側はそれに気づかない。

 

「母上は極稀(ごくまれ)にではあるが、(わらわ)に国政の愚痴を(こぼ)しにおいでじゃ。」

 

 そう応じながらコニーはアインズにも席を勧め、アインズは素直に従って二人に向かい合う簡素な椅子に腰かけた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンが余を安く見るは面白くないゆえ、そのような物言いは控えよ。」

 

 否定、はしないんだな。

 ま、母娘仲良くて結構、とアインズは(わら)う。

 

「して、アインズ・ウール・ゴウンよ。」

 

 とドラウ。

 

「アインズ、で構わんぞ。」

 

 このアインズの言いにドラウは反応を返さず、ひたすらに自身の調子(ペース)で言葉を続けた。

 

「機会があれば其処許(そこもと)に問うてみたかったことがある。」

 

「……答えられることであれば何でも訊いてくれ。」

 

 これ以上調子(ペース)を狂わされることを嫌ってか、強いてアインズは鷹揚にこれに応じたが、たちまちに口パカ、ペカペカに陥る羽目になった。

 

何故(なにゆえ)、アインズ・ウール・ゴウンはこの世界を支配しようとせぬ?」

 

「……はぁ?」

 

「母上、アインズさんはそういう(がら)ではないぞな。」

 

 呆れ声でコニーが横から茶々を入れたが、ドラウは、

 

「コニーに問うてはおらぬ。

 余はアインズ・ウール・ゴウンに問うておる。」

 

と、さらりと言う。

 

其処許(そこもと)は、ツァインドルクスを除けば居並ぶ(もの)なき強者。そのような(もの)が、数千年に及び世界征服に着手せぬ、その真意を問いたい。」

 

 そう問うドラウディロンの口調にはまったく迷いがなく、当然の相手に当然の事を尋ねている、と言わんばかりの(てい)だ。

 

「おまえは……」

 

と、アインズ。

 

「ん?」

 

「いや、ドラウ自身はどうなんだ?

 まぁ、こう言っちゃなんだが、ツアーやコニーに比べればドラウは強い、というわけでもなさそうだが、それでもこの世界のほとんどの住人からすればトンデモない化け物だ。そのおまえとて、一国の王で満足して世界征服なんかしてないじゃないか。」

 

 アインズとしては、極めて理に適った反論をしたつもりだったが、ドラウはこれに事も無げにこう返した。

 

「余は竜王(ドラゴンロード)、力ありとてそのような(よう)はない。」

 

「ならオレだってそうさ。」

 

 さらりとそう言うアインズに、ドラウはこれを否定して見せる。

 

(いな)其処許(そこもと)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)何某(なにがし)かの財を得るを要するはツァインドルクスから聞いて承知しておる。我ら竜王(ドラゴンロード)はさにあらず。我らは完全独立した個にして、在るために他者から何かを得るを必要とはせぬ。

 他者から何かを得ねばならぬものが自身の存立を期するとき、自らを養うに足る領域の支配を以てこれに当てるは物の道理にて、その欲するところに際限なきもまた(しか)り。求めるところ少なき人間、亜人は言うに及ばず。少なからぬ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がそれを試み、いくつかはツァインドルクス、そして其処許(そこもと)(はば)まれた。」

 

 ほぅ。

 と、アインズは鼻白んだ。

 

 これまでツアーから……それこそ半ば愚痴交じりに聞かされたドラウについての話から、てっきり彼女もまた他の多くの普通の竜王(ドラゴンロード)同様に、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)やこの世界の出来事全般に強いて関心を示さない存在なのだろう、と思い込んでいたが、どうやらそういうわけでもないようだ、と。

 まぁ、曲がりなりにも彼女は人間種の国家の元首を請け負っているわけだし、そもそも彼女が軒並みな竜王(ドラゴンロード)……というのも可笑(おか)しな語法だ……であれば、あのツアーが自身の配偶者に選ぼうはずもなかろう。

 

「ツァインドルクスを憚ってのことか?」

 

 ドラウディロンがいちいちツアーの真名、しかも個人名(ファーストネーム)を口にするので、アインズは調子(ペース)を乱される。

 彼女は、自身の配偶者が<百年の揺り返し>に備え続けてきたところの功績を確認したくてこれを問うているのだろうか。そこに気遣ったわけでも決してなかったが、

 

「それがまったくない、とは言わんさ。」

 

と話を合わせた。

 そしてこう言う。

 

「実際のところ、ツアーが居なければオレがもっと(ひど)いことになっていた可能性はある。」

 

 一方、それがすべてではないことにも、他ならぬアインズ自身、自覚があった。

 

 決して仔細を記憶してはいないが、こちらの世界へやって来た直後、おそらくアルベド、デミウルゴスが何の迷いもなくこの世界の征服を至高の主に勧めたであろうことは想像に難くない。初代アウラ、マーレもまったく悪意なく在地の(もの)たちを屈服させることを望んでいたろうし、正義を標榜するセバスですらこちらの世界の存在に対しては何の遠慮もなかったろう。何なら今もデミウルゴスは、隙あらばそれを狙ってはいるはずだ。

 そうでありながらナザリック地下大墳墓が今日(こんにち)もこちらの世界の住人の大半からは知られざる存在であり続けているのは、(ひとえ)にアインズがそれを望み、ともすれば暴発しそうな下僕(しもべ)たちを制してきたからに(ほか)ならない。

 それを続けることが出来たことにツアーの果たした役割は小さくなく、そういう意味でさきほどドラウに語ったことは決して嘘ではないが、かと言って、ツアーが居たから自分はそうだったのか、と問えば、それは(ちが)った。ツアーと知り合う以前から、確かに自分はそういう(もの)だった……はずだ。

 

「……が、ドラウの問いへの答えとしては、おまえ同様に、オレにもそもそもそんな要はない、になるかな。」

 

 面倒臭いからな、と軽い気持ちでアインズはそう応じたがドラウは納得がいかない様子でこんなことを言い始めた。

 

其処許(そこもと)に要のあるなしを問うてはおらぬ。

 余とて、竜王国女王たるは(おのれ)の要に(あら)ず。」

 

「では逆に訊こう。

 世界の有象無象に関心の薄い竜王(ドラゴンロード)であるドラウが、敢えて竜王国女王なんぞを引き受けているのは……どうしてなんだ?」

 

 それこそアインズ自身にそれを問う()は必ずしもなかったが、それでも、以前から竜王(ドラゴンロード)全般が、世界に対して独立した個であるが(ゆえ)に、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を含む世界の出来事全般に押しなべて無関心であることに気づいていたアインズは、その例外事例の最たるものである友ツアーについては概ねその動機を理解しているつもりでありつつも、ツアーに近い性向を持つ他の竜王(ドラゴンロード)は、また異なる事情を(かか)えているのであろうことも予想はしていた。

 

 この問いに対するドラウの答えは、こうだ。

 

高貴たるものの義務(ノブレス・オブリージュ)。」

 

「……?」

 

 思いもよらないドラウディロンの答えに、思わずアインズは骸骨顔を彼女に向って、にゅっ、と突き出す。彼女もまた、その意味するところをたちまちに察してこう続けた。

 

「何を驚く?

 余はこの世に並び立つ(もの)のおらぬ竜王(ドラゴンロード)にして、竜形(りゅうぎょう)と人型を使い分ける力をも有しておる。そのような(もの)が、下々の求めに応じて王を演じるは当然であろう。」

 

「いや、でもツアーは……」

 

 人型には変化しないだろ、と問おうとしたアインズの言葉は、ドラウの自身の配偶者に対する冷めた言葉で上書(うわが)かれた。

 

「ツァインドルクスは、口では世界を護る、などと言うが、アレは趣味に過ぎぬ。」

 

「……ふぁ?」

 

 ドラウの身も蓋もない断言に、思わずアインズは間抜けな声を漏らした。

 

 彼女の言が理解できなかったわけではない。むしろ、世界に居並ぶ(もの)なき力を有する自身には相応の(せき)が伴う、という考え方自体は、アインズ自身の根幹にもドッカと居座る観念であり、云千年に渡ってナザリック地下大墳墓を暴走させることなく安定存続させてきた原動力、とすら言えるかも知れない。

 一方で、どうやらドラウには、アインズも少なからず感じている()()、を果たすべく女王をやっている自覚があるらしい。その責任のゆえに自分自身とナザリックのこちらの世界の住民一般に対する露出を控え続けてきたアインズとしては、ちょっと虚を衝かれた感もある。

 しかもその彼女の口から、アインズからすればその立ち位置に共感がないわけでもないツアーを評して、アレは趣味、との酷評……なのだろうか?……が飛び出して、軽い眩暈をアインズは覚えている。

 

「余からすれば、ツァインドルクス、そしてアインズ・ウール・ゴウンもまた、その(せき)を、まったく果たしておらぬ、とまでは言わぬが、敢えて果たそうとせぬ(もの)、に見えなくもない。この儀、如何(いか)に?」

 

 ドラウの物言いは、ツアー、アインズにもまた、自身同様にこの世界において王として振る舞え、と言わんばかりだ。アインズとしては余計なお世話、としか言いようのない話だが、ここまで毅然と言い放たれると「そんなの面倒臭いから」と応じるのも憚られる、と言うか、それはドラウの指摘をそのまま認める形になっていささかバツが悪い。

 

「ツアーがどうか、は別にして、だ。」

 

 アインズは、自分の中で何か思考様式(モード)が切り替わったのを感じた。

 有り体に言えば、かつての友、ギルドの軍師(ぷにっと萌え)が、何か言いたげにうずうずしているのを覚えた。

 

「正直なところ、オレ自身、その辺りをこれまであまり深く考えたことがなかったのは認めざるを得ん。」

 

 と、一旦ドラウの言に理があることを素直に認めた上でアインズは続ける。

 

「が、オレ……そしてこちらの世界へやって来るユグドラシルプレイヤーについては、ドラウたち竜王(ドラゴンロード)と少し事情が異なる、と言うべきだろうな。」

 

「ほぅ。それは如何様(いかよう)なことか?」

 

 アインズの言はドラウの関心を惹いたようだ。

 

「おまえは、竜王(ドラゴンロード)はこの世に並び立つ(もの)がないが(ゆえ)高貴たるものの義務(ノブレス・オブリージュ)を負う、と言うが、オレたちユグドラシルプレイヤーは、ユグドラシルにおいては、この世界における竜王(ドラゴンロード)がそうであるような特別な地位にあったわけじゃない。

 基本的にプレイヤー同士はまったく対等で、(かね)さえ積めば誰でも(おな)(ちから)を発揮することが出来たし、後は銘々の知恵比べがすべてだ。そして、互いに競い合うことのない竜王(ドラゴンロード)とは異なり、オレたちは互いが好敵手(ライバル)だった。」

 

 ドラウ、そして傍らにあったコニーも、興味深げに沈黙したまま続くアインズの言葉を待っている。

 

「そういう馬鹿も決していなかったわけじゃないが、プレイヤー同士の関係は力尽(ちからず)くでないことがほとんどだ。戦略的、戦術的に決定的な優位を確保していない限り、ユグドラシルプレイヤー同士の戦いはどちらにとっても敗北、そして伴う損失の危険(リスク)を常に孕む。

 決戦に及ぶのは、その危険(リスク)を甘受してもなお余りある利益が見込める場合だけで、だからこそまともな頭を有したプレイヤー間の日常的な力比べは示威と情報戦になる。(カルマ)が極悪のオレが言うのもおかしいが、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり、というやつだ。わかるか?」

 

 こくり、とドラウが頷くのを認めてアインズは続ける。

 

「では、その中で最良最適の戦略は何だ?

 オレは……オレとオレを含む四十一人の仲間たちはそれを模索し続け、それが正解であったかどうかは今以てわからんが、ある答えに至った。」

 

「……それは?」

 

 と、問うたのはドラウだろうか、コニーだろうか。

 

「相手がこちらの存在を意識どころか、知りもしないのに、結果的にすべてがオレたちの望むままに進む、のが一番だ、とな。

 もっとも、オレはユグドラシルにおいて非公式ラスボスの二つ名を贈られた有名人ではあったんだが、(じつ)のところ(みな)が知っているつもりになっている非公式ラスボスとしてのオレは、オレたちの巧みな欺瞞工作で形作られた虚像、幻影に過ぎず、本当のオレがどんなで何を考えているのか知る(もの)など皆無だった。逆に、その虚像を操ることで、結果的にオレたちの望む方向へ状況が推移するよう細心の気配りを怠らなかったものさ。

 それが本当に最良最適であったか、は今となっては知る由もない。が、実際、オレたち、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを知らぬ(もの)などユグドラシルにはいなかったし、決して定量評価においてオレたちは最強のギルドではなかったが、それでも世界級(ワールド)アイテム保持数ではぶっちぎりの首座で、まともな戦略眼(せんりゃくがん)を有した連中に無作法な喧嘩を売られることなど皆無だったし、喧嘩を売って来る阿呆はそもそもオレたちの敵じゃなかった。

 事実上、オレたちはユグドラシルを構成した九つの世界の一つ、ヘルヘイムの支配者だったが、誰もオレたちが支配者だと考える(もの)はいなかったし、むしろ、(はた)から見るアインズ・ウール・ゴウンは、常に予想外の戦略、戦術を弄びつつ、事が終わってみればいつも(みな)の期待に応えた上で自分たちの利益だけは確実に押さえている、摩訶不思議な存在に思えたことだろう。」

 

 ギルドの黄金時代に思いを馳せ、いつしかアインズの視線はどこか遠く中空を彷徨(さまよ)っていた。

 ふと我に返ったアインズは、改めてドラウにこう告げる。

 

「ドラウの言う通り、オレたちもまた、こちらの世界の諸々の存在に比すれば並び立つ(もの)がない。だから高貴たるものの義務(ノブレス・オブリージュ)を負う、というのもわからんでもないが、それ以前にオレはユグドラシルから渡り来たユグドラシルプレイヤーであり、そして今なおそうでもある。

 少なくともオレにとって、王だの何だのとこの世界の(もの)たちの前に名乗りを上げて威を誇るのは、その利益が皆無でもなかろうが、危険(リスク)ばかりが高くて合理的な戦略になり得ん。むしろ、自分たちの存在を秘匿し、でありながら、誰に知られるでもないままにオレたちの得る利益が最大化される戦略を採るのが最良最適で、実際、それがオレたちがやっていることだ。」

 

「なるほど。」

「いや待て、ドラウ。」

 

 納得の相槌を打つドラウの言葉を待たず、アインズはこれを制した。

 

「オレの話は終わってない。

 理屈としては今のが全部だが、これはオレのかつての友の一人、今ではオレの一部となったギルドの軍師からの受け売りで、常にそう考えてやっている、というわけじゃないんだ。」

 

「……では。

 実のところは……どうなのだ?」

 

 結局何なんだ、と言いたげに顔を突き出してそう問うドラウにアインズは言う。

 

「要するに……オレはこういうのが好きなんだ。ただそれだけさ。

 ドラウがツアーを趣味だ、と言うのであれば……。

 オレも趣味だ、ということになるな。」

 

 ここに至って、それまで一切感情を(おもて)に出すことなく淡々と語ってきた女王ドラウディロンの目元が微かに……相変わらず王としての威厳を保ちつつではあるものの、微かに緩んだ。アインズがそれに気づく様子はないが、コニーは、母上らしからぬ顔をしておいでじゃ、と口にこそ出さぬもののこれを面白がっている。

 

「かのツァインドルクスと気が合う、と聞いて、如何(いか)(もの)かと思っていたが。」

 

と、いささか口調に棘がなきにしもあらずのドラウ。

 

「さにあらんや、と言うべきか。

 アインズ・ウール・ゴウンよ、其処許(そこもと)は……面白い。」

 

 言われたアインズは含意を気にするでもなく、

 

「それが唯一の取り柄だ。

 それすらなかったら、オレはただの死を撒き散らす化け物だろうよ。」

 

と、おどろおどろしげに両手を振り上げて(おど)けて見せた。

 加えてこう言う。

 

「オレも、ツアーが配偶者に選んだドラウはどんな竜王(ドラゴンロード)か、と思っていたが、さもあろう、と納得したよ。」

 

 アインズとしては、最大級の賛辞としてこれを言ったつもりだったが、言われた側はあまり嬉しそうではない。

 

「……まっこと、アインズ・ウール・ゴウンは面白い。」

 

と呟くのみであった。

 

 

                    *

 

 

「コニーのところでおまえの嫁さんに会ったぞ。」

 

 結局、何をしにコニーのところに出掛けたのか思い出せないままナザリックに戻ったアインズは、忘れないうちにこの邂逅を話そう、と思い立ち、唐突に大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、その謁見の間に微睡むツアーの鼻先に転移した。

 

 開口一番、挨拶もなしに切り出したアインズに、

 

「……はぁ?」

 

 ツアーは欠伸混じりの間抜けな声を返す。

 

「いや、だから。ドラウに会ったんだよ。」

 

「……突然現れて何を言い出すかと思えば。

 で、どうしたんだい?よもやとは思うが殺してはいないよね?」

 

 ……おまえ、いったいオレを何だと思ってるんだ!

 

「んなことするわけないだろ!」

 

「彼女は気位がやたら高いからね。キミを怒らせたんじゃないか、と。」

 

 仮にそうだとしても、そんなことで友人の女房を(あや)めるほどオレは短絡的でも無情でもないぞ、とアインズは憤る。

 

「と言うか……その気位の高さがおまえにはいいんじゃないのか?

 少し話しただけだが、確かにあれはなかなかの人物……いや、竜王(ドラゴンロード)だ。

 おまえが惚れるのもさもありなん、と感心させられた。」

 

 アインズとしては、これまた賛辞半分、冷やかし半分でそう言ったのだが、ツアーは変わらず眠たそうな視線を向けてくるのみで、今ひとつ響いてはいない様子。

 

「どちらだった?」

 

「……何が?」

 

 ツアーの唐突の問いの意味がわからずアインズは訊き直す。

 

「いや、彼女は竜形(りゅうぎょう)のみならず、コニー同様に人型を……それも複数の人型を使い分ける。アインズが会ったのはどのドラウだ?」

 

 複数の人型?

 そんなことがあるのか、驚きだな!

 

 そういう能力の高さも、ツアーが彼女を高く買うところ……なのだろうか?

 

「人型だったぞ。アルベドに勝るとも劣らぬ豊満な肉体(ナイスバディ)で……」

「なら、ボクが何故彼女を選んだのかは理解できまい。」

 

「……なんで?」

 

 やはりアインズは自身としては最大級の賛辞のつもりで、ドラウを愛妃アルベドに(なぞら)えてそう告げたのだが、ツアーは言下にこれを否定した。やはりアインズには意図がわからない。

 

「どんな姿をしていようと、中身は同じドラウだろ?」

 

「そうだよ。」

 

「じゃぁ、どうしてオレが理解できないことになるんだ?」

 

「?」

 

 ツアーは引き続き、ぽかん、とした顔をしている。

 

「すまない、アインズ。キミが言っていることがまったくわからない。」

 

 逆にアインズは、ツアーの物言いが(かい)せずにいる。

 

「わけがわからないのはこっちだぞ、ツアー。

 ……まさか、また<翻訳の神秘>に何かあったか!」

 

「いやいやいや!」

 

 云千年前の騒動でありながら、その顛末もあってアインズに強烈な印象を残す<バベルの災厄>が頭を(よぎ)り、再びそこに何事かあったか!と色めき立つアインズをツアーが制する。

 

「そこは問題ない。ちゃんとキミの言葉は理解できている。」

 

「……じゃぁ、何がわからないんだ?」

 

「そもそも。」

 

 俄にツアーが気怠そうに石床に降ろしていた大きな頭を持ち上げて、アインズの方へ向けた。

 

「キミは、竜王(ドラゴンロード)が何処に色気を覚えるのか……わかるのかい?」

 

「……色気?

 いや、まーそりゃ、オレにとっちゃアルベドの方が好みだが、おまえもなかなかいい趣味をしているな、と。」

 

「別に人型を採ったドラウに興味はないよ。」

 

 ま……言われてみれば、そりゃそうだわな。

 こいつ、獣だし。

 

「じゃぁ……何なんだ?」

 

 不思議そうに尋ねるアインズに、ツアーは持ち上げた顔を横に向け、大きな前脚の先の爪で自身の首の後ろ辺りを指差して見せる。

 

「うなじだよ。」

 

 口パカ。

 

「ドラウのうなじはとても艶っぽいんだ。」

 

 ペカペカ!

 

「後ろから押さえつけてそこを甘咬(あまが)みしたときに彼女の上げる嬌声たるや……」

 

 ペカペカペカペカ!

 

「……<転移門(ゲート)>。」

 

「ん?アインズ?」

 

 身勝手な大魔王はツアーが呼び止めるのに振り返りもせず、そのまますごすごと消えてしまった。

 

「……まったく。」

 

と、悪態をつくツアー。

 

「自分は大好きな癖に。

 冗談のわからない骸骨だなぁ。」

 

 こうしてアインズは結局のところ、女王ドラウディロン・オーリウクルスの何が友人の心を射止めたのかわからずじまいだったのであった。

 

 

                  新8話へ続く

 

 




<次話予告>

異世界転移以来云千年。
遂にナザリック勢に犠牲者が?
そして、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の命運は?

 億劫のオーバーロード新8話『神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の動乱』

「どうか、王への即位を宣言なさり、我らを安堵ください。
 永遠の忠誠をお誓い申し上げます。」

「俺は……どう考えてもそんな(がら)じゃないんだがなぁ。」
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