「あ、オレだ。
……ぬゎんだとぉーーーーーーー!」
ナザリック地下大墳墓
当代のベラ、ベロ姉弟、
至高の主の出現に気づくや、五人は深々と土下座をした。
「
いやに殊勝なデミウルゴスの言上に、ユリの詫びが続いた。
「栄えある常勝不敗のナザリックに、
と、取れたままの自身の頭を差し出す。
対するアインズは、転移出現するや玉座に着座することもなく、そのまま階下に居並ぶユリとソリュシャンに駆け寄って膝をついた。
「はぁ……よかった、無事だったか!
おまえたち大丈夫か?痛かったり苦しかったりすることはないか?」
「「ア、アインズ様ァ……」」
一敗地に
「いやいやいや、泣いてくれるな!
本当に済まなかった。これはオレの油断だ。おまえたちに怖い思いをさせてしまったオレをどうか許してくれ。」
「滅相もない!
いずれにせよ、ナザリックに敗北の汚名を着せたる罪は疑いようも御座いません。どうかボ……
床に置かれたユリの頭がそう叫ぶも、
「いやいやいや!
ユグドラシル時分にはオレが敵にあわやまで追い詰められて、おまえの創造主やまいこさんに一命を救われたことだってあったものだ。ましてやおまえたちは、ニグレドが敵を
アインズは膝をついたまま大袈裟に諸手を挙げてユリ、ソリュシャンを褒め称えた。
「「恐れ入ります。」」
「とりあえず……なんだ!アレだ!
目のやり場に困るからユリは頭を拾え!
ソリュシャンも
二人はバツの悪さも手伝って、今この瞬間まで未知の敵の不意打ちを受けたままの姿でいた。
「なんともはや!」
正座したままのデミウルゴスが、こちらもさらに大仰に諸手を振り上げて快哉を叫ぶ。
「お見事で御座います、アインズ様!」
その言葉に、ギロリ、とアインズの視線はデミウルゴスへと向かった。
元より
今回は……運が良かっただけだ。
心底アインズはそう思う。
もっとも。
ルプスレギナ、ナーベラル組がこの敵に邂逅していたとすれば、ルプスレギナはともかくナーベラルは相手の存在を認めた時点で深い考えなしに最大級の雷撃を放ったに違いなく、瞬殺こそ叶いはしなかったろうがユリたちとは違った顛末を辿ったことは疑いないのではあるが。
一方デミウルゴスは、はじめこそ殊勝な態度を示していたが、今は構ってもらえるのが嬉しくてたまらない犬の表情を浮かべ、
「どうぞ!ご遠慮なくお説教を!」
と声を踊らせる。
……はぁ?
なんでここに至ってオレが、おまえに
「無用だ!」
「ア、アインズ様ァ!」
憤りつつアインズが言下にそう告げると、デミウルゴスはたちまちに捨てられる犬の表情を見せた。
相手にしてられるかーーー!
「……ともかく、だ!
ルプスレギナもナーベラルもご苦労だったな。ひとまず本作戦は完了とする。
デミウルゴス、
「「ハハッ、すべては至高の主の思し召しのままに!」」
改めて居並ぶ五人は深く伏礼を執り、それよりも深くアインズは溜息をついた。
*
「
ナザリック地下大墳墓
ニグレドは比類なきナザリックの目ではあるが、決して万能ではない。
もっとも、今回の
「会敵時点で既に
無論ニグレドは、死んだ振りをしている二人に追い討ちがかかる場合に備えて、シャルティアとコキュートスに救援に割って入らせる備えも怠らなかった。
「もし、この者が村々の様子に異変あることを前以て知っていて、その背景を調べるべく行動していたと仮定いたしますと、倒したと思い込んだユリ、ソリュシャンを検めもせず立ち去ったことと整合いたしません。
むしろかの者は、ユリ、ソリュシャンを通じて初めて配下の破落戸どもの敗走を知ったものであって、愚かしくもその苛立ちを二人にぶつけたもので御座いましょう。」
「
アインズは、しばし簡易玉座で視線を落としたままアルベドの言葉に耳を傾けていたが、やおら、俯き加減のままに力強くそう応じた。膝に乗せた骨の手が、ぎりりっ、と握り締められる。
殊更論じるまでもなく、
そして、アインズを含むナザリックの面々は
こういう事態に至ってしまえばさもあらん、とは思われるものの、でありながら、その
実のところアインズ自身は、この作戦が着手された時点ではセバス・チャンを
その辺りを勘案した上で、
「父上!
……ご不興を覚悟で申し上げますが。」
と、パンドラズ・アクター。
アインズは反応を返さない。パンドラズ・アクターは続ける。
「
「……オレは何も言ってないぞ。」
俯き加減のままにアインズはそう応じたが、パンドラズ・アクターは食い下がった。
「言われずとも父上が何をお考えかはわかります。
ですが、この
ここに至ってアインズは顔を上げ、じっとパンドラズ・アクターを見つめた。
ポッ、とパンドラズ・アクターの頬が朱に染まる。
「加えて。言上するも憚り多きことながら、此度の事態は我々の側の油断に起因するものにて、かの
「それは……いや、確かに。
そこはまったくパンドラの言う通りだ。」
言われるまでもなく、パンドラズ・アクターの言っていることが理に適っていることは、もちろんアインズはわかっている。
本来ナザリックが企図していたことは、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を嘯いた中学生三人組の拠点維持資金確保手段をそのまま継承したと考えられる本百年紀の
調査の過程で思わぬ反撃を受けたからとて、これに感情的に応じるのは得策ではないし、ましてや、ユリたちを襲った者を速攻で屠ったとて、他にプレイヤーと健在なギルド拠点があるのであれば、いたずらにこちらの存在を相手方に知らせるのみの結果にもなりかねない。
一方で、そういった理屈とは無関係に、ユリ、ソリュシャンをあわやの目に遭わせた敵を完膚なきまでに踏み潰してやりたい、という激烈な感情もまた、アインズの中には
「パンドラズ・アクターの
これまたやはり、無闇に楽しげなデミウルゴスが言う。
「こと、
アインズには意味がわからない。
「どういう……ことだ?」
「またまた、御冗談を!」
デミウルゴスは、至高の主はすべてお見通しの上で敢えてとぼけて見せているのだ、とでも言いたげ。アインズとしてはまったく身に覚えはなく、むしろ勘弁して欲しいくらいだ。
「あのなぁ、おまえ……」
最終的な決断を下したのはアインズ自身だが、元はと言えばデミウルゴスの考えた作戦の考慮漏れじゃないか!という思いが、責任転嫁であることは百も承知の上で、それでもまったくないわけではないアインズは苦言の一つでも、と口を
「すべては御身のお望みのままに進むことで御座いましょう!
かの
やはりアインズには意味がわからない。
「なんで……そうなる?」
「……
はぁ……。
「ゴホッ……あ、ああ、そうだ!その通りだ!
オレはおまえが、オレが思った通りのことを考えているか、こ、試みているのにゃ。」
か、噛んだ……。
「あぁ……ありがたき
デミウルゴスは、至高の主の困惑など気にする様子もなく、恍惚とした表情を浮かべ、アインズが考えもしなかったことを滔々と語る。
「悪魔である
……何言ってんだ、こいつ?
「そして、並べて語るは憚り多きことながら、御身もまた
パンドラズ・アクターは、自分に振ってもらえなかったことに少し寂しげ。
「かのプレイヤーもまた、分不相応にも全能感を
……駄目だ、さっぱりわからん!
アインズの視線は助けを求めて愛妃アルベド、御曹司パンドラズ・アクターに向けて
おまえらまで諦めたら、オレはこいつをどうすればいいんだ!
「どうか
必ずやアインズ様のご期待に応える、最上の演出をご用意いたしましょう!」
今までに何度もその誘いで、わけのわからん事態に突き落とされ続けてきたような気がするのは気のせいだろうか、と疑問に思いつつも、さりとて他にどうしようもないアインズは、結局そのお膳立てに乗っかる羽目になる。
*
アゼルリシア山脈から西側の大陸は、一部に連山、台地、河川による分断が見られこそすれ、基本的には見渡す限りの平原である。
<
大陸東部の人々とは異なり、西部の人々は舗装された街道を整備する思想を
無論、彼等はその利便性を承知しており、
西部の地勢は、こと人馬が行き交うのみであれば舗装は必要とはしなかっただけの話である。
かの大災厄以降はいささか話が変わってしまった。
文明社会を灰燼に
結果、大地が全体として平らであることは変わらないものの、人がそこを通ろうとすれば、たちまちに今なお残る子山羊ちゃんの足跡や、そこに繁茂した低木に足を取られる
理屈の上では開墾が叶わぬわけでもなかろうが、今の大陸西部では、それぞれの村落はいずれも自身の村落の維持が精一杯で、村と村の間を繋ぐ道を整備する、などという余裕はなく、それ以前に誰もそんな発想は持たなかった。
さて。
今ここに、かつては王都リ・エスティーゼがあった辺りを北へと黙々と歩む旅人、八人の姿がある。
そのような事情で騎馬を用いることが叶わないので
徒歩の八人で運べる物資など多寡が知れている、と思いきや、存外この集団は多くの荷物を運んでいた。八人のうち六人は、自身の身長の倍ほどはある巨大な籠のようなものを背負っている。
無論、六人が恐るべき怪力の持ち主、などということはなく、これはかつての大陸文明の副産物、とでもいうべきものになるが、石造りの高架の上を走った電気車牽引の貨物列車が
荷駄を免れた二名がまさにそれで、他六名の荷物に一定時間毎に重量軽減の生活魔法を施し、以て、荷馬が使えぬ不利を補っているのだった。
「ん?」
その一行の先頭に立っていた男……荷を背負わぬところからすれば魔法使いであろう……が、意外なものを視野に捉えて声を漏らした。歩みを
「「おーぃ!」」
二人は認めたその者に届くよう、揃って大きな声で呼びかける。
それは、一人で歩いている男であった。
「あんた、どうしたね?
見たところ何の荷も持っちゃいないようだが、仲間とはぐれたのかい?」
掛け声に応じて歩み寄ってきた男に、最初に気付いた魔法使いが問う。
旅をするのに必ずしも荷を背負っていなければならない、という法はない。実際問う男は軽装だが、それは彼が要するものも含め、糧食その他を運ぶ仲間があるからだ。どんなに近くにあっても少なくとも三日以上はかかる村と村の間の移動に際し糊口を凌ぐ備えは必須であり、それらしき荷すら持たない男は、きっと仲間からはぐれて途方に暮れていたに違いない。
にしては。
男には特に行き詰まった様子も、八人組に声を掛けられて九死に一生を得た感慨も見えないのであるが。
背は高からず低からず、太ってはいないが痩せてもいない。醜くはないが、さりとて男前でもなく、決して粗末ではないが、取り立てて特徴のない
男が腰から下げた、
「おまえら……何処へ向かっている?」
無愛想極まりなく、何なら命の恩人ともなるこちらに対して礼儀のない奴め、と二人は思うも、あわや行き倒れだった男にそんなことを求めるのも酷に過ぎよう、と、これを軽く聞き流す。
「ワタシらはここから北へあと五日ほど、新しい王がお立ちになられたと聞く
「無理強いはせんが、糧食には余裕があるから同道しても構わんが……一緒に来るかね?」
もっとも二人は、男に拒むことなど出来ないだろう、と考えている。
このまま一人歩めば、待っているのは飢え死にだ。
だが男は、
「酒はあるか?」
などと、ふざけたことを言う。
「……なくはないが。アンタ、自分の置かれてる状況がわかってないのか?」
「酔いつぶれるようなら置いていっちまうぞ!」
呆れ声で二人は男を嗜めるも、言われた男にそれを気にする様子はない。
黙ったまま列の最後尾に従った男をつれて、都合九人連れとなった一団は前進を再開した。
やがて日も傾き、今日はここで野営しよう、という時分。
「たいしたものはないが贅沢は言わんでくれよ。」
気のいい旅人たちは、道中拾った男に温かい麦粥の入った椀を差し出して焚火の
「食事は要らん。酒をくれ。」
と、にべもない男。
「……酒は分けてやらんでもないが、ならば明日は荷物を担いでもらわないと。」
魔法使いの一人がそう言うと、
「よせよせ。」
「魔法の助けがあるとは言え、アレはアレでちょっとしたコツがあるんだ。」
「素人さんには無理さ。」
と、
酒を求めた男はそれには何の反応も返さず、黙って並べて置かれたやたらと背の高い籠へ歩み寄った。
「あー、触らないで!」
「もう魔法は解けてる、腰をいわすぞ!」
だがしかし。
男は、本来は背中で負う籠を片手で抱え上げ、そのまま数歩歩いて見せた。
「「「……!」」」
「酒をくれ。」
無言の
もっとも、男は酒が欲しくてこの一団に加わったわけでは……それがまったくないわけでもないのだが……ない。王が立ったと聞く
「……悪く、はないな。」
決して旨くもない酒を手渡された小瓶から煽って男は呟く。
終わらない悪夢の中をずっと歩んでいる男からしてみれば、
昔は。
ほんの半年前までは、この体で何を飲んだとて味や香りを感じるでもなく、ただ
だが、そんなことはこの際どうでもいい。
邪魔者は排除するのが彼の流儀であり、それが、手下の敗走を嬉々として吹聴する馬鹿女であろうが、新たに立った王であろうが、そんなことは彼の知ったことではないのだ。
ただ、唯一の懸念は。
その新たに立ったという王とやらが、自分同様の存在である可能性だ。
半年前、問答無用に首を掻っ切ってやったプレイヤー三人組とそのNPCたちは、いずれもレベル八十に満たない
そして、そうした理由はただただギルド拠点維持資金獲得手段をそいつらから奪うためだったのであり、問題の新しい王、とやらが、同様の意図を有したプレイヤーである可能性はある。
だが。
幸いにして、その王とやらは噂に拠れば
自分は……
*
日当たりのよい耕作地となっている緩やかな傾斜面を下り終わってなだらかな丘が散在する平野部との接点、
一旦の勝利を得たものの、サミュエルソンたちは帝国、とやらがこれで村からの収奪を断念するとは考えておらず、悪くて今一度の侵攻か、良くて何らかの交渉の使いが派されてくるだろう、と構えていた。
サミュエルソンの子飼いの部下が
能天気な村人たちは、既に自分たちは南方勢力に勝利したのだ、と浮かれていてその関心は日常の農事に振り向けられていた。サミュエルソンの注意喚起により辛うじて数隊に分けて三日に一度の訓練はおこなわれているものの、彼ら自身に村を防衛する意識は希薄だった。
かくして、ゲンと共に
「新たな王がお立ちになられたことをお
「ささやかな祝いの品をお納めください!」
「我らは新たな王に忠誠を誓います!」
などと告げて来ることに、
元より、西方の民がおしなべて権威に弱く依存心が強いことは誰もが承知していた。
決してトブの森
「マタ……来タヨウダナ。」
身長差から付き従う
サミュエルソン
そう
無理もない。
西の平野の民からすれば、こちらは見慣れぬ居丈高な
「アー、
ゲンは旅人たちに大きな声で呼ばわった。
「私ハ、森カラ
南方帝国カラ再ビ侵攻アルニ備エテ、コノ辺リヲ哨戒シテイル。」
この言葉に安堵したものか、しばし顔を見合わせて何か言い交していた旅人たちが前進を再開し、やがてゲンたちの前までやって来た。
「新たな王がお立ちになられたことを……」
「アー、ソレハ村デ言ッテクレ。」
必ずしも新たな王を担いでいるつもりのないゲンは、そう言って戦勝祝賀を述べ出した隊の先頭の男の聞きたくもないし既に聞き飽きた言葉を遮った。
「あんたらは……何処から?」
さしてそこに興味があるわけでもないし、地名を聞かされたとてたちまちにそれが実際に何処であるかを知る手段があるわけでもないのだが、半ば社交辞令でマイシューマツがそう問う。
これに応じたのは、やはり祝賀の挨拶をゲンに遮られた男だ。
「
思った以上に
いったい、どうやって?
「八人もの大所帯では道中大変だったろう?
ゲンさん、あっしが村までこいつらを先導しやすよ!」
フーライトルがゲンを見上げてそういうが、何故か旅人たちは再び互いを見合わせてキョロキョロし始める。
これを見逃すはずもないゲンが問うた。
「……ドウシタ?」
「いえねぇ。今朝歩き出したときはもう一人居たんですが。
おーい、誰か!あの御仁がどうなったかわかる者はいないかい?」
問われた残り七人は、やはり当惑の表情のまま互いの顔を見合わせている。
「途中で一人
マイシューマツが訝しげにそう尋ねる。
隊の先頭の男が応じるところによれば、道中、自身の仲間と
「今朝まで一緒だったのなら、行き倒れはせんだろーが……。
ゲンさん、この連中を村へ送るついでに、サミュエルソンの旦那のとこの騎兵につないでおきまさーな!」
彼の言う騎兵とは、
「……ウム。差シ当タリ、ソウスルガヨカロウナ。」
ゲンは、一瞬躊躇った
「おいらについて
片手を威勢よく振り上げ旅人たちを手招きするや、足早に北進を始めたマイシューマツ、続く八人の旅人たちを見送りながら、ゲンはやおら野太い腕を組んで大きな頭を軽く傾げた。
どうにも嫌な予感がするのは……何故だろう、と。