億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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あわやナザリック勢初の犠牲者となりかけたユリ、ソリュシャン。そして、彼女らを手にかけんとした暗殺者(アサシン)プレイヤーの反撃が始まる。


4.刺客襲来(ペネトレーション)

「あ、オレだ。

 

 ……ぬゎんだとぉーーーーーーー!」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)闘技場(アリーナ)

 当代のベラ、ベロ姉弟、御年(おんとし)百余歳とその近接戦の師である(じぃ)ことコキュートスの訓練を兼ねた模擬戦を、やんや、やんや、と手を叩きながら上機嫌で観戦していた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、ナザリックの目ニグレドからの<伝言(メッセージ)>を受けるや素っ頓狂な声で叫んだ。

 (みな)既に帰投ずみで関係者は玉座の間に(つど)って至高の主の沙汰を待っている、と聞かされ、大慌てで<諸王の玉座>の前に跳んでみれば、対面する階下に五人の男女が正座して待ち構えていた。

 

 戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、ソリュシャン・イプシロン、に加えて、ナザリック狡知の参謀、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴス。

 

 至高の主の出現に気づくや、五人は深々と土下座をした。

 

此度(こたび)の不始末はすべて不肖(わたくし)めの采配の誤りによるものに御座いますれば、どうか戦闘メイド(プレアデス)(みな)はお許しいただけますよう()してお願い申し上げます。」

 

 いやに殊勝なデミウルゴスの言上に、ユリの詫びが続いた。

 

「栄えある常勝不敗のナザリックに、一時(いっとき)とは言え敗北の汚名を(こうむ)りましたことはボ……(わたくし)の油断によるところ。首級(くび)一つにてお納めいただければ幸いです。」

 

と、取れたままの自身の頭を差し出す。

 対するアインズは、転移出現するや玉座に着座することもなく、そのまま階下に居並ぶユリとソリュシャンに駆け寄って膝をついた。

 

「はぁ……よかった、無事だったか!

 おまえたち大丈夫か?痛かったり苦しかったりすることはないか?」

 

「「ア、アインズ様ァ……」」

 

 一敗地に(まみ)れた自分たちを譴責するでもなく、その身を案じて膝までついて寄り添ってくれる至高の主に、ユリ、ソリュシャンは感涙を浮かべ、ルプスレギナ、ナーベラルまでもが思わずもらい泣き。

 

「いやいやいや、泣いてくれるな!

 本当に済まなかった。これはオレの油断だ。おまえたちに怖い思いをさせてしまったオレをどうか許してくれ。」

 

「滅相もない!

 いずれにせよ、ナザリックに敗北の汚名を着せたる罪は疑いようも御座いません。どうかボ……(わたくし)に罰をお与え下さい。」

 

 床に置かれたユリの頭がそう叫ぶも、

 

「いやいやいや!

 ユグドラシル時分にはオレが敵にあわやまで追い詰められて、おまえの創造主やまいこさんに一命を救われたことだってあったものだ。ましてやおまえたちは、ニグレドが敵を追跡(トレース)する時間を稼いでくれたそうじゃないか。それは決して敗北じゃないし、むしろ戦略的勝利、と言うものだ!」

 

 アインズは膝をついたまま大袈裟に諸手を挙げてユリ、ソリュシャンを褒め称えた。

 

「「恐れ入ります。」」

 

「とりあえず……なんだ!アレだ!

 目のやり場に困るからユリは頭を拾え!

 ソリュシャンも千切(ちぎ)れそうな首を(つな)げ!」

 

 二人はバツの悪さも手伝って、今この瞬間まで未知の敵の不意打ちを受けたままの姿でいた。

 

「なんともはや!」

 

 正座したままのデミウルゴスが、こちらもさらに大仰に諸手を振り上げて快哉を叫ぶ。

 

「お見事で御座います、アインズ様!」

 

 その言葉に、ギロリ、とアインズの視線はデミウルゴスへと向かった。

 

 元より戦闘メイド(プレアデス)(せき)を問うつもりはなかったが、今回の作戦を差配したのはデミウルゴスで、丸投げで任せたのは他ならぬアインズ自身だ。油断したのは自分自身であり、デミウルゴスのみを責めるつもりもないが、言いたいことがないでもないのもこれまた事実。

 暗殺者(アサシン)の即死攻撃は不死者(アンデッド)には効かないし、自身暗殺者(アサシン)であり粘体(ショゴス)でもあるソリュシャンは応じる(すべ)を有していたが、これがルプスレギナ、ナーベラル組を強襲していたら、万が一の事態がなかったとは言えない。

 

 今回は……運が良かっただけだ。

 心底アインズはそう思う。

 

 もっとも。

 ルプスレギナ、ナーベラル組がこの敵に邂逅していたとすれば、ルプスレギナはともかくナーベラルは相手の存在を認めた時点で深い考えなしに最大級の雷撃を放ったに違いなく、瞬殺こそ叶いはしなかったろうがユリたちとは違った顛末を辿ったことは疑いないのではあるが。

 

 一方デミウルゴスは、はじめこそ殊勝な態度を示していたが、今は構ってもらえるのが嬉しくてたまらない犬の表情を浮かべ、

 

「どうぞ!ご遠慮なくお説教を!」

 

と声を踊らせる。

 

 ……はぁ?

 

 なんでここに至ってオレが、おまえに()()()をくれてやらにゃならんのだ!

 

「無用だ!」

「ア、アインズ様ァ!」

 

 憤りつつアインズが言下にそう告げると、デミウルゴスはたちまちに捨てられる犬の表情を見せた。

 相手にしてられるかーーー!

 

「……ともかく、だ!

 ルプスレギナもナーベラルもご苦労だったな。ひとまず本作戦は完了とする。

 デミウルゴス、三賢者(トリニティ)を招集して総括と、特にニグレドが得た情報の分析だ。」

 

「「ハハッ、すべては至高の主の思し召しのままに!」」

 

 改めて居並ぶ五人は深く伏礼を執り、それよりも深くアインズは溜息をついた。

 

 

                    *

 

 

標的(ターゲット)はそのまま南へ徒歩で移動し、かつてリ・ロベルと人間どもが呼び習わした都市廃墟の港で姿を消したそうで御座います。姉さん(ニグレド)が申しますには、恐らく敵ギルド拠点は港湾の水面下ではないか、と。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 三賢者会議(トリニティ)は、守護者統括アルベドによる姉ニグレドからの報告要約で始まった。

 

 ニグレドは比類なきナザリックの目ではあるが、決して万能ではない。

 探査(スキャン)に際し、彼女自身が在るナザリックを起点とした到達距離限界があるのは当然として、その範囲内であっても、意図的な魔法による防御を筆頭に彼女の視線を遮り得る防壁はいくつかあって、その一つが水中だ。

 もっとも、今回の事案(ケース)に限って言えば、標的(ターゲット)が敢えてそこから彼方遠くまで潜航して去ったのでなければ……ニグレドは、その挙動から考えて相手が探査(スキャン)に気づいたことは絶対にない、と断言した……拠点位置は特定したも同じことだ。

 

「会敵時点で既に標的(ターゲット)は欺瞞の兆候を見せていたため、逆撃(カウンター)を警戒して能力値把握を避けたと聞いておりますが、外形観察からの推測では人間種またはそれに類する者、男性、暗殺者(アサシン)、そして……百レベル(カンスト)はほぼ確実、とのことで御座います。」

 

 灘の一つ灯(アンファー・シュルラナダ)における戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファ、ソリュシャン・イプシロンと来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の不意の遭遇戦に際し、敵の挙動からたちまちにこれを暗殺者(アサシン)と看破したニグレドは、ユリとソリュシャンに「不本意でしょうけれど」と断った上で、擬死(タナトーシス)で応じることを勧めた。

 不死者(アンデッド)のユリ、粘体(スライム)のソリュシャンに対し、その正体に気づいていない暗殺者(アサシン)の必殺の一撃が無効となることを見越した上で、敵に油断させその隙に追跡(トレース)して拠点位置を探ることを企図して、である。

 

 無論ニグレドは、死んだ振りをしている二人に追い討ちがかかる場合に備えて、シャルティアとコキュートスに救援に割って入らせる備えも怠らなかった。

 

「もし、この者が村々の様子に異変あることを前以て知っていて、その背景を調べるべく行動していたと仮定いたしますと、倒したと思い込んだユリ、ソリュシャンを検めもせず立ち去ったことと整合いたしません。

 むしろかの者は、ユリ、ソリュシャンを通じて初めて配下の破落戸どもの敗走を知ったものであって、愚かしくもその苛立ちを二人にぶつけたもので御座いましょう。」

 

完璧(パーフェクト)だ!」

 

 アインズは、しばし簡易玉座で視線を落としたままアルベドの言葉に耳を傾けていたが、やおら、俯き加減のままに力強くそう応じた。膝に乗せた骨の手が、ぎりりっ、と握り締められる。

 

 殊更論じるまでもなく、戦闘メイド(プレアデス)四人が二組に分かれて大陸西方の村々を巡り、先の(サン)クウェールの戦勝を吹聴して歩いたのは、村々の南方勢力からの離反を促し、背後に潜む来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の反応を引き出すことを目的したものだった。

 そして、アインズを含むナザリックの面々は(みな)揃って、期待される敵方の反応は、五十年前に中学生三人組がシャルティアを模倣したNPCを繰り出したように、(サン)クウェールや他の村々に対してなされる、と思い込んでいた。これを捉えさえすれば、ナザリックは無脅威(ノーリスク)でその戦力を知ることが叶う、と。

 こういう事態に至ってしまえばさもあらん、とは思われるものの、でありながら、その戦闘メイド(プレアデス)が偶然邂逅した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に先制攻撃を受けるというのは想定外だった。

 

 実のところアインズ自身は、この作戦が着手された時点ではセバス・チャンを戦闘メイド(プレアデス)に同行させ、万全を期する着想を持っていた。が、それはそれでセバスが先走って戦端を(ひら)いてしまう危険(リスク)があり、それ以上に、デミウルゴスの差配にセバスを充てると大抵碌なことにならない、という思いもある。

 その辺りを勘案した上で、戦闘メイド(プレアデス)四人に任せる判断を下したのはアインズ自身であり、だからこそ余計に、想定外の展開を読み損ねた自身に対する苛立ちが募る。

 

「父上!

 ……ご不興を覚悟で申し上げますが。」

 

と、パンドラズ・アクター。

 アインズは反応を返さない。パンドラズ・アクターは続ける。

 

(わたくし)は、反対で御座います。」

 

「……オレは何も言ってないぞ。」

 

 俯き加減のままにアインズはそう応じたが、パンドラズ・アクターは食い下がった。

 

「言われずとも父上が何をお考えかはわかります。

 ですが、この(もの)の行動は、かの三人組の集金体制(システム)を乗っ取った者にしてはあまりに直裁的、衝動的で群像分析(プロファイリング)と一致いたしません。おそらくはこの(もの)の他に、今少し冷静な思考力を有したプレイヤーがもう一人潜んでおる、と考えるのが妥当で御座いましょう。」

 

 ここに至ってアインズは顔を上げ、じっとパンドラズ・アクターを見つめた。

 ポッ、とパンドラズ・アクターの頬が朱に染まる。

 

「加えて。言上するも憚り多きことながら、此度の事態は我々の側の油断に起因するものにて、かの来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を殲滅する積極的な理由は御座いません。ましてや、ニグレドの見立て通りかの(もの)が人間種ならば、強いて何もせずとも次の<百年の揺り返し>までには寿命を迎えるのです。そんな者に、父上がかかずらう必要が御座いましょうや?」

 

「それは……いや、確かに。

 そこはまったくパンドラの言う通りだ。」

 

 一時(いっとき)躊躇う様子を見せたアインズではあったが、パンドラズ・アクターの進言に同意を示し、先程来いからせ気味であった肩を落とす。

 

 言われるまでもなく、パンドラズ・アクターの言っていることが理に適っていることは、もちろんアインズはわかっている。

 本来ナザリックが企図していたことは、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を嘯いた中学生三人組の拠点維持資金確保手段をそのまま継承したと考えられる本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の全容を把握することであって、その殲滅ではない。

 調査の過程で思わぬ反撃を受けたからとて、これに感情的に応じるのは得策ではないし、ましてや、ユリたちを襲った者を速攻で屠ったとて、他にプレイヤーと健在なギルド拠点があるのであれば、いたずらにこちらの存在を相手方に知らせるのみの結果にもなりかねない。

 

 一方で、そういった理屈とは無関係に、ユリ、ソリュシャンをあわやの目に遭わせた敵を完膚なきまでに踏み潰してやりたい、という激烈な感情もまた、アインズの中には(くすぶ)っていた。

 

「パンドラズ・アクターの(もう)(よう)も、もっともでは御座いますが。」

 

 これまたやはり、無闇に楽しげなデミウルゴスが言う。

 

「こと、此度(こたび)のプレイヤーに限って言えば、特にご懸念には及ばぬものか、と。」

 

 アインズには意味がわからない。

 

「どういう……ことだ?」

 

「またまた、御冗談を!」

 

 デミウルゴスは、至高の主はすべてお見通しの上で敢えてとぼけて見せているのだ、とでも言いたげ。アインズとしてはまったく身に覚えはなく、むしろ勘弁して欲しいくらいだ。

 

「あのなぁ、おまえ……」

 

 最終的な決断を下したのはアインズ自身だが、元はと言えばデミウルゴスの考えた作戦の考慮漏れじゃないか!という思いが、責任転嫁であることは百も承知の上で、それでもまったくないわけではないアインズは苦言の一つでも、と口を(ひら)くも、デミウルゴスはそれを待たずに捲し立てる。

 

「すべては御身のお望みのままに進むことで御座いましょう!

 かの(もの)は一人で、待ち構える御身の前に姿を現します。屠るも(さと)すも、どうぞ思し召しのままに。」

 

 やはりアインズには意味がわからない。

 

「なんで……そうなる?」

 

「……(わたくし)めをお試しになる、と?」

 

 はぁ……。

 本当(ほんと)、こいつは話聞くだけでHP(生命力)削られるわ。

 

「ゴホッ……あ、ああ、そうだ!その通りだ!

 オレはおまえが、オレが思った通りのことを考えているか、こ、試みているのにゃ。」

 

 か、噛んだ……。

 

「あぁ……ありがたき(しあわ)せ!」

 

 デミウルゴスは、至高の主の困惑など気にする様子もなく、恍惚とした表情を浮かべ、アインズが考えもしなかったことを滔々と語る。

 

「悪魔である(わたくし)が悪魔である(さが)から逃れられないように。

 女淫魔(サキュバス)であるアルベドもまた、女淫魔(サキュバス)(さが)にそうであるように!」

 

 ……何言ってんだ、こいつ?

 

「そして、並べて語るは憚り多きことながら、御身もまた死の支配者(オーバーロード)であらせられるところの(さが)にかくあられるように!」

 

 パンドラズ・アクターは、自分に振ってもらえなかったことに少し寂しげ。

 

「かのプレイヤーもまた、分不相応にも全能感を(いだ)いた暗殺者(アサシン)の、逃れ(がた)(さが)に従うことで御座いましょう!」

 

 ……駄目だ、さっぱりわからん!

 

 アインズの視線は助けを求めて愛妃アルベド、御曹司パンドラズ・アクターに向けて彷徨(さまよ)うも、二人ともにうんざりとした表情を浮かべて応じる気配がない。

 

 おまえらまで諦めたら、オレはこいつをどうすればいいんだ!

 

「どうか舞台設定(セッティング)はこのデミウルゴスにお任せください!

 必ずやアインズ様のご期待に応える、最上の演出をご用意いたしましょう!」

 

 今までに何度もその誘いで、わけのわからん事態に突き落とされ続けてきたような気がするのは気のせいだろうか、と疑問に思いつつも、さりとて他にどうしようもないアインズは、結局そのお膳立てに乗っかる羽目になる。

 

 

                    *

 

 

 アゼルリシア山脈から西側の大陸は、一部に連山、台地、河川による分断が見られこそすれ、基本的には見渡す限りの平原である。

 <(めぇ)()く七日間>以降も、そこは巨視(マクロ)的には何ら変わることはなかったが、微視(ミクロ)的、すなわち、そこを行き交う人々の視点から見れば、それはまったく平原ではない。

 

 大陸東部の人々とは異なり、西部の人々は舗装された街道を整備する思想を(つい)ぞ持たなかった。

 無論、彼等はその利便性を承知しており、雷電瓶(らいでんびん)が知られて以降は電気車が走行する石組みの高架すら建設されたのであるから、能力的にそれが出来なかったわけでは決してない。

 西部の地勢は、こと人馬が行き交うのみであれば舗装は必要とはしなかっただけの話である。

 

 かの大災厄以降はいささか話が変わってしまった。

 

 文明社会を灰燼に()した黒い可愛い子山羊ちゃんたちは、かつて五大自由都市を繋ぐ街道が通ったあたりをこれでもかとその巨躯で踏み散らしたため、丁度よい具合に耕された平原は、絶え間なく行き交う人馬に踏み固められていた地面に繁茂を妨げられていた植生に、絶好の大躍進の機会を与えた。

 結果、大地が全体として平らであることは変わらないものの、人がそこを通ろうとすれば、たちまちに今なお残る子山羊ちゃんの足跡や、そこに繁茂した低木に足を取られる荒野(あれの)となって、馬車はもちろんのこと、荷馬(にば)単騎の通行も決して不可能でこそないが容易ではなくなっている。

 理屈の上では開墾が叶わぬわけでもなかろうが、今の大陸西部では、それぞれの村落はいずれも自身の村落の維持が精一杯で、村と村の間を繋ぐ道を整備する、などという余裕はなく、それ以前に誰もそんな発想は持たなかった。

 

 さて。

 

 今ここに、かつては王都リ・エスティーゼがあった辺りを北へと黙々と歩む旅人、八人の姿がある。

 そのような事情で騎馬を用いることが叶わないので(みな)徒士(かち)だ。護身用の刀剣を身につけている者もあるが、いわゆる冒険者の(たぐい)ではない。荷物を運ぶ、職業的な旅人である。

 

 徒歩の八人で運べる物資など多寡が知れている、と思いきや、存外この集団は多くの荷物を運んでいた。八人のうち六人は、自身の身長の倍ほどはある巨大な籠のようなものを背負っている。

 無論、六人が恐るべき怪力の持ち主、などということはなく、これはかつての大陸文明の副産物、とでもいうべきものになるが、石造りの高架の上を走った電気車牽引の貨物列車が荷重(かじゅう)軽減のために多くの第(ゼロ)位階魔法詠唱者を必要とした結果、大陸西部には今なおその使い手が少なからずある。

 荷駄を免れた二名がまさにそれで、他六名の荷物に一定時間毎に重量軽減の生活魔法を施し、以て、荷馬が使えぬ不利を補っているのだった。

 

「ん?」

 

 その一行の先頭に立っていた男……荷を背負わぬところからすれば魔法使いであろう……が、意外なものを視野に捉えて声を漏らした。歩みを()めて振り返り、今一人の魔法使いの追認を求めると、求められた者もその認識を是認する。

 

「「おーぃ!」」

 

 二人は認めたその者に届くよう、揃って大きな声で呼びかける。

 それは、一人で歩いている男であった。

 

「あんた、どうしたね?

 見たところ何の荷も持っちゃいないようだが、仲間とはぐれたのかい?」

 

 掛け声に応じて歩み寄ってきた男に、最初に気付いた魔法使いが問う。

 旅をするのに必ずしも荷を背負っていなければならない、という法はない。実際問う男は軽装だが、それは彼が要するものも含め、糧食その他を運ぶ仲間があるからだ。どんなに近くにあっても少なくとも三日以上はかかる村と村の間の移動に際し糊口を凌ぐ備えは必須であり、それらしき荷すら持たない男は、きっと仲間からはぐれて途方に暮れていたに違いない。

 

 にしては。

 男には特に行き詰まった様子も、八人組に声を掛けられて九死に一生を得た感慨も見えないのであるが。

 

 背は高からず低からず、太ってはいないが痩せてもいない。醜くはないが、さりとて男前でもなく、決して粗末ではないが、取り立てて特徴のない七分丈(チュニック)洋袴(ズボン)姿。これといって印象に残らない……後になって「どんな男だった?」と問われても自分たちは答えに窮するだろう、と二人は思っている。

 

 唯一(ゆいいつ)印象に残るのは。

 男が腰から下げた、一風(いっぷう)変わった形状の短剣(ダガー)

 

「おまえら……何処へ向かっている?」

 

 無愛想極まりなく、何なら命の恩人ともなるこちらに対して礼儀のない奴め、と二人は思うも、あわや行き倒れだった男にそんなことを求めるのも酷に過ぎよう、と、これを軽く聞き流す。

 

「ワタシらはここから北へあと五日ほど、新しい王がお立ちになられたと聞く(サン)クウェールへ向かっているところだ。アンタがはぐれたお仲間もそうじゃないのかい?」

「無理強いはせんが、糧食には余裕があるから同道しても構わんが……一緒に来るかね?」

 

 もっとも二人は、男に拒むことなど出来ないだろう、と考えている。

 このまま一人歩めば、待っているのは飢え死にだ。

 

 だが男は、

 

「酒はあるか?」

 

などと、ふざけたことを言う。

 

「……なくはないが。アンタ、自分の置かれてる状況がわかってないのか?」

「酔いつぶれるようなら置いていっちまうぞ!」

 

 呆れ声で二人は男を嗜めるも、言われた男にそれを気にする様子はない。

 属性(クラス)技能(スキル)解毒(デトックス)を有する男はいつでも好きなときに酔いを醒ますことが出来るからだが、もちろん彼は敢えてそれを口にすることはなかった。

 

 黙ったまま列の最後尾に従った男をつれて、都合九人連れとなった一団は前進を再開した。

 やがて日も傾き、今日はここで野営しよう、という時分。

 

「たいしたものはないが贅沢は言わんでくれよ。」

 

 気のいい旅人たちは、道中拾った男に温かい麦粥の入った椀を差し出して焚火の(そば)へ誘うが、

 

「食事は要らん。酒をくれ。」

 

と、にべもない男。

 

「……酒は分けてやらんでもないが、ならば明日は荷物を担いでもらわないと。」

 

 魔法使いの一人がそう言うと、

 

「よせよせ。」

「魔法の助けがあるとは言え、アレはアレでちょっとしたコツがあるんだ。」

「素人さんには無理さ。」

 

と、荷運び(ポーター)たちが口々に言う。

 酒を求めた男はそれには何の反応も返さず、黙って並べて置かれたやたらと背の高い籠へ歩み寄った。

 

「あー、触らないで!」

「もう魔法は解けてる、腰をいわすぞ!」

 

 だがしかし。

 男は、本来は背中で負う籠を片手で抱え上げ、そのまま数歩歩いて見せた。

 

「「「……!」」」

 

 荷運び(ポーター)たちは言葉を失う。

 

「酒をくれ。」

 

 無言の荷運び(ポーター)の中でも最も年嵩の男が「明日、ワシの分を背負ってくれるなら、ワシの酒はアンタに譲ろう」と言い出して、すんなりと話はまとまった。

 もっとも、男は酒が欲しくてこの一団に加わったわけでは……それがまったくないわけでもないのだが……ない。王が立ったと聞く(サン)クウェールへの道がわからなかったので、渡りに船、と相乗りしただけのことだ。

 

「……悪く、はないな。」

 

 決して旨くもない酒を手渡された小瓶から煽って男は呟く。

 終わらない悪夢の中をずっと歩んでいる男からしてみれば、一時(いっとき)気を紛らわせてくれる酒精(アルコール)でさえあれば何でもよかった。

 

 昔は。

 ほんの半年前までは、この体で何を飲んだとて味や香りを感じるでもなく、ただ能力値(パラメータ)に効能に謳われた変化が生じるだけだったのに、今はこうして酒に酔うことが出来るのは幸いだ。が、男は今覚えている軽い酩酊が、<現実(リアル)>で感じたそれと同じものなのか、それとも似て非なるものであるのか、確信が持てずにいる。

 だが、そんなことはこの際どうでもいい。

 邪魔者は排除するのが彼の流儀であり、それが、手下の敗走を嬉々として吹聴する馬鹿女であろうが、新たに立った王であろうが、そんなことは彼の知ったことではないのだ。

 

 ただ、唯一の懸念は。

 その新たに立ったという王とやらが、自分同様の存在である可能性だ。

 

 半年前、問答無用に首を掻っ切ってやったプレイヤー三人組とそのNPCたちは、いずれもレベル八十に満たない(かす)だった……ような気がする。既に、それが具体的にどんな連中であったかの記憶は曖昧だが、百レベル(カンスト)に達した男にとって、屁でもない相手であったことは確かだ。

 そして、そうした理由はただただギルド拠点維持資金獲得手段をそいつらから奪うためだったのであり、問題の新しい王、とやらが、同様の意図を有したプレイヤーである可能性はある。

 

 だが。

 幸いにして、その王とやらは噂に拠れば森妖精(エルフ)であるらしい。仮にそいつも自分同様に百レベル(カンスト)であるのだとしても、そいつが()()()さえいれば、そんな奴は自分の敵ではない。どれほどの弓の名手であろうとも、如何ほどの魔法を弄ぼうとも、それに着手する前に間合いに入って首を掻っ切ってやるだけのことだ。

 

 自分は……暗殺者(アサシン)なのだから。

 

 

                    *

 

 

 (サン)クウェールの村は、北と西を小高い山々に囲まれ、トブの大森林を遥か東に望む(がわ)には深い渓谷があって、妖巨人(トロール)ゲン・ガンたち義勇の士が強行踏破した多勢の通行に不向きな谷越えを除けば、到達路(アクセスルート)は南にしか(ひら)かれていない。

 日当たりのよい耕作地となっている緩やかな傾斜面を下り終わってなだらかな丘が散在する平野部との接点、混血森妖精(ハーフエルフ)サミュエルソン・エルキュルハウゼン率いる(サン)クウェール勢が南方の帝国軍を打ち破った戦場ともなった辺りが村への入り口になるが、その日はゲンとその脇侍を務める小鬼(ゴブリン)マイシューマツ、フーライトルの三人が、そこを哨戒に歩いていた。

 

 一旦の勝利を得たものの、サミュエルソンたちは帝国、とやらがこれで村からの収奪を断念するとは考えておらず、悪くて今一度の侵攻か、良くて何らかの交渉の使いが派されてくるだろう、と構えていた。

 サミュエルソンの子飼いの部下が鷲頭天馬(ヒッポグリフ)を駆っての偵察飛行は続けられているが、それは多くて日に一度、上空からの俯瞰とはいえ所詮は村の南方を大きく八の字を描いて巡回するに過ぎず、必ずしも万全とは言えない。

 能天気な村人たちは、既に自分たちは南方勢力に勝利したのだ、と浮かれていてその関心は日常の農事に振り向けられていた。サミュエルソンの注意喚起により辛うじて数隊に分けて三日に一度の訓練はおこなわれているものの、彼ら自身に村を防衛する意識は希薄だった。

 かくして、ゲンと共に森の玄関口(アントレ・デラフォレ)からやって来た義勇軍が、数人の組に分かれて日替わりで村の南端での哨戒を請け負っているのだが、想定された帝国からの反応(リアクション)がまったく見られない一方で、数日毎にどこかの村からの戦勝祝賀の使いがやって来て、口ぐちに、

 

「新たな王がお立ちになられたことをお寿(ことほ)ぎいたします!」

「ささやかな祝いの品をお納めください!」

「我らは新たな王に忠誠を誓います!」

 

などと告げて来ることに、(みな)、困惑を通り越してうんざりしつつある。

 

 元より、西方の民がおしなべて権威に弱く依存心が強いことは誰もが承知していた。

 決してトブの森(がわ)から求めたことではなかったが、かの帰還事業以来、長く西方の民は森への付け届けを欠かさない時代があり、いつからかその対象が南方の帝国に入れ替わって、それを(サン)クウェールの軍勢が打ち破ったと聞きつければたちまちにサミュエルソンを王と呼んで鞍替えとは……無節操にもほどがある!と思いはすれども、誰から強制されるでもなく、人々が自然とそうなってしまうことを阻む手立てはない。

 

「マタ……来タヨウダナ。」

 

 身長差から付き従う小鬼(ゴブリン)たちよりも一足早く南から歩み来る集団に気づいたゲンは、そう呆れ声を漏らした。やたらと背の高い籠を背負った十名弱。間違いなく籠の中は、()()()()への捧げものだろう。

 

 サミュエルソン(あに)ィ、ハ……ドウスルツモリナンダロウ?

 

 そう(ひと)()ちつつ眺めていると、その集団が、ギョッとした様子で足を()めた。

 

 無理もない。

 西の平野の民からすれば、こちらは見慣れぬ居丈高な妖巨人(トロール)で、肩に担いだ得物は挽肉器(ミンチメイカー)だ。無遠慮に近づいて来れる(ほう)可怪(おか)しかろう。

 

「アー、怖気(おじけ)ンデクレ!」

 

 ゲンは旅人たちに大きな声で呼ばわった。

 

「私ハ、森カラ(サン)クウェールノ救援ニ馳セ参ジタ者ダ。

 南方帝国カラ再ビ侵攻アルニ備エテ、コノ辺リヲ哨戒シテイル。」

 

 この言葉に安堵したものか、しばし顔を見合わせて何か言い交していた旅人たちが前進を再開し、やがてゲンたちの前までやって来た。

 

「新たな王がお立ちになられたことを……」

 

「アー、ソレハ村デ言ッテクレ。」

 

 必ずしも新たな王を担いでいるつもりのないゲンは、そう言って戦勝祝賀を述べ出した隊の先頭の男の聞きたくもないし既に聞き飽きた言葉を遮った。

 

「あんたらは……何処から?」

 

 さしてそこに興味があるわけでもないし、地名を聞かされたとてたちまちにそれが実際に何処であるかを知る手段があるわけでもないのだが、半ば社交辞令でマイシューマツがそう問う。

 これに応じたのは、やはり祝賀の挨拶をゲンに遮られた男だ。

 

水源谷(オーシヴァル)、といいまして、ここから南に七日ほどのところに御座います。」

 

 思った以上に(サン)クウェール戦勝の噂は素早く広まっているようだ。

 いったい、どうやって?

 

「八人もの大所帯では道中大変だったろう?

 ゲンさん、あっしが村までこいつらを先導しやすよ!」

 

 フーライトルがゲンを見上げてそういうが、何故か旅人たちは再び互いを見合わせてキョロキョロし始める。

 これを見逃すはずもないゲンが問うた。

 

「……ドウシタ?」

 

「いえねぇ。今朝歩き出したときはもう一人居たんですが。

 おーい、誰か!あの御仁がどうなったかわかる者はいないかい?」

 

 問われた残り七人は、やはり当惑の表情のまま互いの顔を見合わせている。

 

「途中で一人(はぐ)れた、にしちゃー妙な物言いだね?」

 

 マイシューマツが訝しげにそう尋ねる。

 隊の先頭の男が応じるところによれば、道中、自身の仲間と(はぐ)れた男に行き逢い、我々同様に当地を目指していると聞いたので同道を許したものだが、よほど旅慣れぬのか、今朝までは一緒にいたのに姿が見えない、とか何とか。

 

「今朝まで一緒だったのなら、行き倒れはせんだろーが……。

 ゲンさん、この連中を村へ送るついでに、サミュエルソンの旦那のとこの騎兵につないでおきまさーな!」

 

 彼の言う騎兵とは、鷲頭天馬(ヒッポグリフ)を駆って村の南を哨戒飛行している者たちのことだ。

 

「……ウム。差シ当タリ、ソウスルガヨカロウナ。」

 

 ゲンは、一瞬躊躇った(のち)、深い考えはなくマイシューマツの言葉に同意を示した。

 

「おいらについて()てくんな!」

 

 片手を威勢よく振り上げ旅人たちを手招きするや、足早に北進を始めたマイシューマツ、続く八人の旅人たちを見送りながら、ゲンはやおら野太い腕を組んで大きな頭を軽く傾げた。

 

 どうにも嫌な予感がするのは……何故だろう、と。

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