億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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いつものように大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、結果的に自分が何をやったことになるのかわからないご様子。


6.新王推戴(プロモーテッド)

「……ちょっと待ってくれ、デミウルゴス。

 まったく……意味がわからんのだが。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 

 守護者統括兼愛妃アルベドと共にナザリック運営の諸々の雑事をこなしていたアインズを、助手ナーベラル・ガンマを伴ったデミウルゴスが訪ねて来た。

 何か報告したいことがあると告げるデミウルゴスに、アルベドが「残る書類仕事は(わたくし)が引き受けますので」と勧めるので、アインズはデミウルゴスとナーベラルを三人掛けの寝座椅子(ソファー)に誘い、自身は対面する一人掛けの椅子に腰かけた。

 

(サン)クウェールにおいて、サミュエルソン・エルキュルハウゼンが王位を受諾する旨を表明いたしました。」

 

 開口一番、さも楽し気にそう言うデミウルゴスに、アインズは深く首を傾げるしかなかった。

 

 誰それ?

 何処それ?

 オレと……何か関係あんの、それ?

 

(サン)クウェールは、王都としてリ・エルキュリーゼと改名される(よし)に御座います。」

 

 咀嚼し終える前に固有名詞を増やしてくれるな!

 

「すべて御身の思惑のままで御座います!」

 

 と、デミウルゴスは諸手を振り上げて見せるが、これを聞かされるアインズとしては、

 

 オレの?

 ……おまえの、の間違いじゃね?

 

 と()で思っていて、実際のところそれが真実だ。

 

「やっぱりわけがわからんのだが……」

 

「ご冗談を、アインズ様!

 かの(もの)の命を狙う暗殺者(アサシン)から、お守りあそばしたのは他ならぬ御身で御座います!」

 

 ……あの後先考えない馬鹿の話か?

 でもアレは、おまえが「ここで待っとけ」と言った場所で待ち受けていたらいきなり仕掛けて来た馬鹿を返り討ちにしてやっただけじゃねーか!

 

「これで、恐れ多くも御身のご尊名を騙った阿呆共も進退窮まり、遠からず神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国などというふざけた名前も忘れ去られていくことで御座いましょう!」

 

 そこは……わからないでもない。

 今回の一連の作戦が、前回の<百年の揺り返し>の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、アインズ・ウール・ゴウンを上辺だけ模倣したギルド、アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()の中学生三人組が組織したギルド維持資金集金機構、その名も神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を、そのまま乗っ取ったと見える本百年紀の未だその名もわからぬ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の企図をくじき、以て神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を有名無実化することを目指していたのは承知している。

 

 承知してはいるが。

 それと王がどーのこーの、という話がどうつながるのかが……さっぱりわからない。

 

 ところが、困惑し続けるアインズを余所(よそ)に、デミウルゴスはさらに輪を掛けてわからないことを言い始めた。

 

「しかも、かの白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)に貸しをひとつくれてやったことになりますれば、まさに御身の深慮遠謀もここに極まれり、と申し上げる他御座いません!」

 

 ……はぁ?

 口パカ、ペカペカ。

 

「なんで……」

 

「……はっ?」

 

「いや、なんでそこでツアーが出てくるんだ?」

 

 あちらが先に気づいて声を掛けてきた場合はともかくとして、よほどの難敵でもない限り、それこそ無闇に借りを作るのは望むところではないので、来訪者を捉えたとていちいちアインズはその旨をツアーに知らせることはない。今回の件もそうだったはずだ。

 

「またまたご冗談を、アインズ様!」

 

 これ、本気でそう思って言ってるのか?

 それとも……オレをおもちゃにして遊んでるのか?

 

「あー、駄目だ。降参だ!」

 

 アインズは骨の諸手を振り上げながら、捨て鉢にそう言う。

 

「いつも言ってるように、オレの知恵はおまえには遠く及ばん。

 もう降参でいいから、頼むからわかるように話してくれ!」

 

 言われたデミウルゴスは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

 

 いやいや……そりゃ嘘だろ、おまえ!

 

「どうにもアインズ様の真意は測り兼ねるので御座いますが。」

 

 測ってくれなくて結構!

 オレがわかるようにさえ説明してくれればそれで十分(じゅうぶん)だ!

 

「リ・エリュキュリーゼ王国の王に推されておりますサミュエルソン・エルキュルハウゼンなる混血森妖精(ハーフエルフ)は、ツアーのお気に入りで御座います。」

 

「……そうなの?

 と言うか、なんでおまえがそんなことを知ってるんだ?」

 

「本人が申しておりましたので。」

 

「……その森妖精(エルフ)が言ってるの?」

 

「まさか!

 ツアーが申しておりました。」

 

「……いつ?」

 

「ツアーが傀儡を飛ばしてナザリックを訪れ、アインズ様に神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の一件を報じたときで御座います。」

 

 ……?

 

「このときツアーが、本題に触れるのを躊躇って話題にしましたアーグランド評議国の代議員(ロゴクラポス)がこの混血森妖精(ハーフエルフ)なので御座いますなぁ。かの(もの)がこちらの世界の第三者の話題を御身に語るは極めて稀なことに御座いますれば、これはツアーのお気に入り、と考えて間違いありますまい。」

 

「……いや、ちょっと待て。」

 

「はっ?」

 

「なんで……。なんで、おまえがそんなことを知ってるんだ?」

 

「ですから先程来申し上げておりますように本人が……」

「そこじゃない!」

 

と、アインズは声を(あら)らげる。

 

「もちろんオレは顛末を何一つ憶えてないが、傀儡のツアーがナザリックにやって来たんだとすれば、最初は地上で二人で話したはずだ。よほどの一大事でなければおまえらを呼ぶことはないし、ましてや神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と聞いてオレは真っ先におまえのイタズラを疑ったはずだから、ツアーを帰した(あと)は一人でおまえのところへ乗り込んで、またおまえの仕業か!、と問うたはずだ。違うか?」

 

 今この瞬間、同じことが起こったら間違いなくそうする、その確信からアインズは問うた。

 

「仰せの通りで御座います。」

 

と素直に認めるデミウルゴス。

 

「そして、どう考えてもオレが、本筋とは無関係なその、何とかいう森妖精(エルフ)の話をおまえにしたわけないよな?」

 

「はい、されませんでした。」

 

 バン、と座卓(テーブル)を叩くアインズ。

 

「じゃ、おかしーだろそれ!

 なんでおまえが、オレとツアーが二人で話した内容、しかもオレが関心すら持たなかった話題を知ってる!」

 

 デミウルゴスが恐怖公眷属、さらには彼等が情誼を通じた現地産ゴキブリを通じて自身の言動を盗み見、盗み聞きしていると知って以来、アインズは何をするにしても細心の注意を払ってそれに対策してきた……つもりだ。

 ましてやナザリック地上部ともなれば他のいかなる魔法的手段を以てしても盗撮、盗聴は不可能なはずなのに、目前の頼もしくも小憎(こにく)らしい我が右腕(みぎうで)、狡知の参謀は、それを事も無げに為した、と自慢しているようにしか聞こえない。

 

「ですから先程来申し上げておりますように本人が……」

 

 ここまでとまったく同じ言い訳をしようとするデミウルゴスに、アインズは身を乗り出してその胸ぐらを掴んだ。

 

「あーん?デミウルゴス。

 言い訳に芸がないじゃないか、同じことを二度繰り返すだなんておまえらしくもない!」

 

 そこに勝機を見出したアインズは、一気に畳み込まんと強気(つよき)に攻め込んでみたのだが。

 

「ご失念か、とは思いますが。」

 

と、胸ぐら掴まれたまま、やはり顔色一つ変えないばかりか、むしろ楽しそうなデミウルゴス。

 

「ツアーと面識ある<伝言(メッセージ)>の使い手は、御身のみでは御座いません。」

 

 ……はぁ?

 口パカパカ、ペカペカペカペカ!

 

「こちらに控えますナーベラル・ガンマも、ツアーに<伝言(メッセージ)>することが叶います。」

 

 と、デミウルゴスが(しな)やかな指先で差す先には、先程来(さきほどらい)彼の隣に座ったまま胡乱な視線を僚友に注ぎ続ける戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマの姿がある。

 

「そう……なのか、ナーベラル?」

 

 辛うじてアインズがそう問うと。

 

「デミウルゴスがそうせよ、と申しますので、御身とツアーが語られました(あと)には、必ずあの獣に<伝言(メッセージ)>して仔細を尋ねております。」

 

 ナーベラルもまた、デミウルゴス同様に悪びれもせず復命する。

 

「御身の失念対策のためアインズ様との会話内容を承りたい、と告げますと、いつもあの獣は一言一句(いちごんいっく)包み隠さず語りますが……アインズ様はご承知ではなかったのですか?」

 

ふぁーーーーーーーー!

 

「それが御心(みこころ)に反していたとなれば死んでお詫びを……アインズ様?」

 

 素早く抜刀したナーベラルが刃を自身の首に当ててそう迫るも、言われた本人は奇声を発しながら椅子ごと仰向けにひっくり返っていて、ナーベラルからは装束(ローブ)の裾とそこから天井へ向かって突き出した骨の足しか見えていない。 

 

「そこまで派手な反応(リアクション)をお示しあそばされるとは!

 お楽しみいただけたようで幸いで御座います、アインズ様!」

 

 デミウルゴスはひっくり返った至高の主に手を差し出すでもなく、感極まった声色でそう叫んで立ち上がり、

 

此度(こたび)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)のギルド拠点想定地点周辺の監視は引き続き恐怖公眷属が、新王国の動向把握は(わたくし)めが滞りなくあい務めさせていただきますれば、どうかご懸念なきようお願い申し上げます。

 さぁ、行こうか、ナーベラル!」

 

と言うが早いか、すたすたと執務室から出て行ってしまった。

 呼ばれたナーベラル・ガンマも、一瞬ひっくり返ったままの至高の主を顧みて躊躇う素振りを見せたものの、結局そのままデミウルゴスの(あと)を追う。

 

 カリカリカリ……。

 

 しばし執務室には、何事もなかったかのように事務仕事を続けるアルベドの筆の音だけが続いた。

 

「ア……アルベド。」

 

 と、ややあってアインズの声。

 

「はい、アインズ様。」

 

 書き仕事を続けたままに応じるアルベド。

 

「今の話……聞いてたか?」

 

「聞いておりましたが……それはともかく。」

 

 ぴた、とアルベドの筆の音が止まる。

 

「お(たわむ)れもそのあたりにして玉体(ぎょくたい)を起こされてはいかがでしょうか?

 そのままでは(わたくし)も、目のやり場に困りますので。」

 

 執務机(デスク)のアルベドからは、座卓(テーブル)越しにひっくり返ったまま天井へ向かって突き出した骨の足だけが見えている。

 

「……そ、それもそうだな。」

 

 アインズはもそもそと起き上がり、ひっくり返った椅子を起こして座り直した。

 アルベドも執務机(デスク)を離れて歩み寄り、向かい合う寝座椅子(ソファー)に嫋やかに腰掛ける。

 

「で……さっきの話だが。」

 

「お考えの通り、ツアーはそんな話には関心を持ちませんでしょう。」

 

 涼し気にアルベドはそう応じるが。

 

「いや、そこじゃなくて。」

 

「はぃ?」

 

「いや、ツアーはそんなこと気にしないだろう、というか、伝えたところで、誰それ?になる、ってのはオレもまったく同意だが、それはデミウルゴスだって同じだろう?

 だとしたら……アイツは何を狙ってこんなことをやってるんだ?」

 

 自身に絶対の忠誠を誓う下僕(しもべ)……だよな?そーだよな!……に対してこんな疑問を抱くことの馬々鹿々しさについては百も承知のアインズではあるが、であればこそ、そこが気になるのもまた事実。

 対して問われたアルベドは、やはり涼し気な表情を崩しもせず。

 

「あぁ、そこで御座いましたか。

 おそらくあの(もの)が考えておりますのは……」

 

 

 

「デミウルゴス。」

 

 丁度同じ頃、まったく同じことを問おうとする(もの)がある。

 

 デミウルゴスは、助手ナーベラル・ガンマを伴ったままにナザリック第七階層(溶岩)を、第六階層(ジャングル)への登り口を目指して歩いていた。デミウルゴスと言えど、ナザリック内の移動は地道に徒歩で進むしかなく、外界へ出掛けるに際してはシャルティアの<転移門(ゲート)>を当てにしている場合であっても彼女の居る第二階層までは自力踏破するほかない。

 もっとも彼は、これを面倒に感じたり不満に思ったりすることはなかった。至高の主アインズ・ウール・ゴウンがそうであるように、彼デミウルゴスもまた、ナザリックのあらゆるすべてを愛しているからだ。

 そのデミウルゴスの名を、背後からナーベラルが呼んだ。

 

「どうしたね、ナーベラル?」

 

 振り返りもせずにデミウルゴスが問う。

 

「さっきの……どういうこと?」

 

 デミウルゴスの歩調は緩むことがないが、それでも。

 それでも微かに口角の端が吊り上がり、その内面の喜びを漏らす。

 

「ツアーのことはよく知らないし知りたいとも思わないけれど、あの獣が、お気に入りの森妖精(エルフ)が王になった、と聞いて無邪気に喜ぶ(がら)でないことぐらい私にもわかるわ。」

 

「そうかね?

 では今後は、ツアーについてわからないことがあればナーベラルに聞くことにしよう!」

 

 振り向かぬまま諸手を振り上げてそう言うデミウルゴスに、ナーベラルのいささか怒気を孕んだ言葉が投げかけられる。

 

「はぐらかさないで!

 私は貴方(あなた)を詰問しているのよ。」

 

「詰問……とは、穏やかでないねぇ。」

 

「アインズ様に真意を隠して何か為そうとしているのであれば、看過はできないわ。」

 

 ふふふ。

 

 と、やはり足並み軽やかに進むデミウルゴスから微笑みが(こぼ)れる。

 嗚呼、ポンコツな彼女でも、こうして忠義の道に励もうとするものか!

 

「隠しているわけではないさ。

 すべてはアインズ様の御為(おんため)のささやかな仕込みに過ぎないのだよ。」

 

「どうして森妖精(エルフ)に王の地位を与えることがアインズ様のためになるの?」

 

 ここでやはり歩みは緩めぬままにデミウルゴスの右腕(みぎうで)がすっと上がって、その肩越しにナーベラルからは立てられた二本の指が見て取れた。

 

「秩序、というものには二面性がある。

 わかるかね?」

 

 そのあまりに唐突な問いに、一瞬ナーベラルの足が()まる。

 

 

 

「秩序の二面性?」

 

 アルベドから唐突にそう言われて、まったく意味がわからないアインズは、そのままに()の抜けた口調で復唱することしかできなかった。

 

「大陸西部の下等生物どもは、自らの拠って立つ秩序を外部権威に依存するきらいが御座います。」

 

「まー、そうなんだろうな。

 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、なんて茶番に付き合ってたくらいだから。途中から中身が入れ替わったのにすら気づかんなんてお(わら)(ぐさ)だ。」

 

 とりあえずアインズは、自分はちゃんと話についていけているぞ、と示すべくそう言ってみる。

 対するアルベドの表情は、見るからに、いえ、そこではなくて、と言いたげだ。

 

「恐れ多くも御身の御尊名(ごそんめい)を騙った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)もそうですが、それ以前に連中が頼りとしたトブの大森林の勢力も、彼等にある種の安心感こそ提供はいたしましたが、秩序そのものは提供いたしませんでした。来訪者(ユグドラシルプレイヤー)はただギルド維持資金の確保にのみ関心があり、トブの森の民はそもそもそういう発想を欠いているからで御座います。」

 

 アインズはふと気づく。

 余計な相槌を打つと……襤褸(ぼろ)が出るばかりだ、と。

 

「あー、なるほど。アルベド。続けてくれ!」

 

 骨の手をひょいひょいと振って続きを促せば、その辺りは愛妃にはすっかりお見通しのようで、しばしその猫の目は胡乱な色合いで愛する至高の主を見つめていたものだが、ややあって何か割り切ったのか説明が再開された。

 

「下等生物どもは、外部権威に貢納を捧げることで秩序を得た、と思い込むので御座いますが、実際にはそれは得られてはいなかったのです。が、それでも連中は秩序を欲します。ですから、自ら秩序を成すので御座います。」

 

「……?」

 

「ここしばらく、大陸西部に狩りにお出ましになられたこと……御座いませんでしょう?」

 

「あー……しかとは憶えていないが。

 ここしばらく狩りと言えば、ベラ、ベロと遊ぶついでの森での獣狩りばかりだな。」

 

「つまるところそれは、御身が狩りの獲物としてお楽しみあそばしますところに頃合いの悪党が皆無であった、ということで御座います。下等生物どもはありもしない秩序を求めることに汲々として、御身をムカつかせるような余裕がなくなるので御座いましょう、残念なことです。」

 

 はぁ、とため息をつきつつ、アルベドは本当に残念そうにそう言った。

 対するアインズの、

 

「……はぁ?」

 

は、残念だから漏れたものでは決してない。

 

 

 

「そこに、だ。」

 

 ここに至って、ここまでまったく、ナーベラルが歩みを()めてもなお立ち止まることのなかったデミウルゴスが、ぴた、とその足を()めて左右に(おお)きく両の手を広げながらナーベラルを振り返った。

 

「目に見える秩序として、森妖精(エルフ)の王を放り込んでやったら……どうなるかね?」

 

 その口元は、割れ裂けんばかりに三日月型に歪んでいる。

 問われたナーベラルは、どう応じたものやら見当もつかない。

 

「彼等は与えられた秩序に満足し、その秩序の中で自らを律する(もの)となるだろうか?

 もちろん、そんなわけはないのだよ。それは与えられたものであるがゆえに、自ら秩序を維持する苦行から解き放たれた(もの)の中には、必ずそこに胡座(あぐら)()いて野放図に振る舞う阿呆が現れるのだ。秩序なきがゆえに秩序が生まれ、秩序が与えられたがゆえにその秩序から逸脱する(もの)もまた現れる。実に愉快だとは思わないかね!」

 

 辛うじてナーベラルはこう言う。

 

「デミウルゴス……が楽しそうなのは、わかるわ。」

 

 その言葉に満足したものか、再びデミウルゴスは彼女に背を向けて歩き始める。

 

「我らがこちらの世界にやって来た直後、何とかいった間抜けな王国が大陸西部を支配していた時代、あそこはアインズ様の狩りの獲物に捧げるに相応しい阿呆どもが、それこそ雨後(うご)(たけのこ)のように狩っても狩っても()えてくる桃源郷だったものだ。」

 

 そんなこと、私はもちろん、貴方(あなた)だって憶えてはいないでしょうに。

 と、ナーベラルは思う。

 

「私はね、ナーベラル。

 今一度、あの素晴らしい世界を我らが至高の主に捧げたい、と、こう考えているわけさ。」

 

「どうして。」

 

 不意にナーベラルが問う。

 

「ん?なんだね?」

 

「どうしてデミウルゴスは、貴方(あなた)の狙いがそうだ、とアインズ様にご説明しないの?」

 

 もっともな疑問だ。

 が、このナーベラルの問いをデミウルゴスは鼻で(わら)う。

 

「キミは、アインズ様が我が(けい)をお見通しではない、などと本気で思うのかね?」

 

「……アインズ様はご承知であられると?」

 

「当然だよ!

 でなければ、場合によっては来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に討ち取られる恐れがなくもない作戦の最前線に、キミたち戦闘メイド(プレアデス)を送り込むことをお許しいただけたはずがないだろう?

 アレは、百レベル階層守護者をその任に当てては、その(もの)自身が王に推されることを憚ってのご判断だ。実際、コキュートスは今なお大陸南西の一部で神として崇められているが、そこでは同じ力学が働いて世情が安定してしまっている。そこに暮らす者たちからすれば幸いなことではあろうが、私からすれば退屈極まりない、と評さざるを得ないものだよ。」

 

 既にナーベラルは目が点だ。

 

「対して、此度(こたび)キミたちの蠢動で以て王に推された混血森妖精(ハーフエルフ)は、ツアーのお気に入りではあっても所詮は現地人だ。まだ中年の彼には三百余年の治世があるが、その(かん)に彼が施すであろう中途半端な秩序は、必ずや大陸西方の民の精神を弛緩せしめて(よこしま)な部分を励起し、かつての腐った王国がそうであったような、アインズ様の贄に捧げるに相応しい逸材を続々と排出する孵卵器と化すことだろう!

 すべて、アインズ様の深慮遠謀の為せる御業(みわざ)だ。我々はそれを実現()らしめる道具に過ぎないのだからね。むしろそこにこうして参画させていただける我が身の栄誉に感謝申し上げるべきさ!」

 

 こいつ……。

 とナーベラルは思う。

 

 さきほどデミウルゴスは、彼女に「アインズ様がお見通しではない、と本気で思うのか」と問うたが、今のナーベラルはまったく逆のことをデミウルゴスに問いたい気分だった。

 

 デミウルゴス。

 貴方(あなた)はアインズ様がまったく同じことを考えている、と本気で思っているのか、と。

 

 彼女の知性はこれをうまく言葉で表現する(すべ)を持たないが、直感的にナーベラルは、アインズの絶対的支配者としての力に対しては何の疑問も(いだ)いてはいないものの、有する理解力については、デミウルゴスと自分とであればむしろ自分の(ほう)に近いものだ、と親近感すら覚えている。流石にそれを口にすることは憚られるのであるが。

 そんなアインズが、こんなややこしくも迂遠な陰謀を巡らせているとは到底思えない。何となく思いつきでやったこと、やってしまったことが、結果的にナザリックの益に繋がっている、と考える(ほう)が納得がいくし、それを為してしまう力こそが至高の主を至高の主()らしめているのだ、と彼女は考えていて、それを目前の男、デミウルゴスが理解しないはずはなく、だとしたら、今語られた支離滅裂な説明は何なんだろうか?

 

 そしてナーベラルは思った。

 至高の主の真意はともかく、これを言わずもがなにデミウルゴスにやらせていること、それこそが至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの端倪すべからざる真の力なのではないか、と。

 

 そして、それまで無表情なままであった頬をやや緩ませ、

 

「確かに……身に余る栄誉だ、という点はまったく同意だわ。」

 

と微笑むのであった。

 

 

 

「……といった辺りがデミウルゴスの狙いではないか、と。」

 

 大陸西部に新たな王をもたらすことで、(いにしえ)のリ・エスティーゼ王国がそうであったような怠惰と腐敗に満ちた世界を現出させ、以て至高の主の贄に捧げるに相応しい人材を得ることがデミウルゴスの目指すところである……と喝破して見せるアルベドに、アインズは言葉を失っていた。

 

 口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!

 

「お気づきでは御座いませんでしたか?」

 

 気づくわきゃねーだろ!

 っつーか、おまえ、それ。本当(ほんと)にオレが気づいてる、と思って聞いてるか?

 なわけねーよな?そーだよなー!

 

「し、し、しかし……何だな。

 デ、デミウルゴスのやることだからそうだ、と言ってしまえばそれまでだが、これまた、ず、随分と気の長い話だな!」

 

 アインズは、ところどころで言葉を詰まらせつつも辛うじて相槌を打つが、

 

「ほんの二、三百年のことで御座います。

 (わたくし)どもにとっては、(またた)()の出来事かと。」

 

と、どこまでも涼やかなアルベド。

 漸くにして話が呑み込めてきたアインズではあるが、自身が考えも及ばない謀略をデミウルゴスが勝手に巡らせることなど既に慣れっこのその脳裏は、別の懸念に占められつつあった。

 

 なるほど、大陸西部に新しい王を立ててやれば、大昔にそうであったような堕落と腐敗に塗れたそれに落ち着いて、アインズの嗜む小悪党(こあくとう)狩りが捗る、という理屈は、その迂遠さはさておきわからないでもない。

 一方でそれは、決してその王とやらをナザリックが擁立したわけでも使嗾したわけでもないものの、結果的にアインズの利益に資する国家を大陸西部に間接的に打ち立てたことを意味している。

 

 それは名実ともに。

 ……神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、ってことになるんじゃないのか?

 

 アルベドがデミウルゴスの真意をいとも容易(たやす)く見抜いてみせたくらいだ。どこか一本抜けたところがあるとはいえ、存外聡明なところもあるツアーもまた、同じところに思いを馳せる可能性はある。

 お気に入り云々は別にして、その王に推された……相変わらずアインズは、ツアー一党の愛称(ショートネーム)を例外に、こちらの世界の存在の固有名を憶えることができずにいる……何とかいう森妖精(エルフ)はツアーと知己があるようだから、よもや建国に気づかないなどということもあるまい。

 

 うーむ。

 またぞろ世界を(けが)す云々、と言われてしまうだろうか?

 

 そんなことを考え込んだアインズの様子にその意図を誤解したものか、アルベドは猫撫で声でこんなことを言い出す。

 

「デミウルゴスの策がお気に召さぬとあれば、その新たな王とやらをお手にかけるのも……よろしいのではないでしょうか?」

 

 おいおいおい!

 その王、とやらはツアーのお気に入りだったんじゃ……なかったかぁ?

 

「冗談はよしてくれ、アルベド!

 ツアーはナザリックの所在を知ってるんだぞ。」

 

「そうなればなったで、我らは全力を以て歓迎申し上げるのみ、で御座いますわ!」

 

 そう微笑みながら応じるアルベドの表情に、これを冗談……だよな?そうだよな?……と判じたアインズは、ひょいひょいひょい、と骨の手を振りながらふんぞり返りつつ引き続き思いを巡らせる。

 

 死の支配者(オーバーロード)であるアインズは、その本性として()きとし()ける者に死を与える衝動から逃れることは叶わない。

 一方で、遥か云千年前……主観的な記憶としてはほんの一年と少し前まで、自分は極普通の何処にでもいる人間だった、という自己認識も併せ持つアインズは、自身が既に人間ではなく死の支配者(オーバーロード)なのだ、という事実を受け入れつつ、それでも人間、鈴木悟としての感性も色濃く引き継いでいた。

 その折り合いをつけるべく、人間、またはそれに準じる種族を狩るに際しては、狩りの対象を()()()()()に限定してきた。それは、あくまでも彼自身の内面の整合のために続けられてきたことであって、それ以上でもそれ以下でもない。が、結果的にそれがこちらの世界の秩序の維持に貢献して()()()()いることは、何度となくデミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターから指摘されてきたので理解しているつもりだ。

 

 だから、ツアーの言う、世界を(けが)す、が、この世界の秩序の破壊を指すのであれば、むしろ自分は、こちらの世界の存在にとってそもそも不可避である死を通して秩序をもたらす(もの)なのであって、決して世界を(けが)(もの)であろうはずはない、という思いも少なからずある。

 が、だからといって、自分こそがこの世界に秩序をもたらす(もの)なのだ、と胸を張って誇るつもりもアインズにはなかった。つきつめればこれは自分の我儘なのだ。そしてそれは、きっとツアーだってそうだろう。

 

「正直に言って。」

 

とアインズ。

 

「デミウルゴスの度を逸したお節介には頭が痛いばかりだが……何を今更だわな。」

 

 アルベドは、うふふ、と笑って、

 

「すべては至高の主にして(わたくし)の愛する御方、アインズの思し召しのままで……よろしいのではないでしょうか?」

 

と、猫の目を細めながら可愛らしく首を傾げて見せる。

 

 おまえはそう言うが。

 存外オレの思し召しのままにならんことの(ほう)が多いような気もするぞ!

 

 そう思いつつ、アインズは敢えてそれは口にはしなかった。

 

 

                    *

 

 

「サミュエルソン(アニィ)。」

 

と、妖巨人(トロール)ゲン・ガンが呼び掛ける。

 (サン)クウェール、改め王都リ・エルキュリーゼの広場近くに張られたままのサミュエルソンの天幕(テント)の中。ふらふらと外を出歩くと道行く人にいちいち最伏礼を執られるのを厭うて、ここしばらくサミュエルソンはそこに籠もっていた。

 ナザリック地下大墳墓で既に見たような会話が交わされていたが、サミュエルソンはこの時点ではまだ王の名乗りを正式に()げていたわけではなく、村人たちからの求めに対し回答を保留している状態だった。

 

「私ハ、(アニィ)ガ王トナルノハ誰ニトッテモ喜バシイコトダロウ、トハ思ウ。」

 

 自分から酒が呑みたい、と口にしてしまうとトンデモないご馳走が届けられてしまうことを憚って遠慮していたサミュエルソンに、ゲンは対価を支払って入手した村の酒を手土産に持参していた。これを木の椀に注いで差し出しながらゲンはまずそう言った。

 

「ガ、(アニィ)自身ニトッテ良イコトカ、ト問エバ、苦労バカリガアッテ良イコトガナイヨウニ思ワナイデモナイ。貴方(あなた)ガ私利私欲ヲ欠ク人ダ、ト知ッテイルカラ尚更ダ。」

 

 差し出された酒をチビチビと煽りながらこれを聞いていたサミュエルソンは、

 

「よせよせ、俺はおまえが考えているほど立派な(もの)じゃない。」

 

(かぶり)を振る。

 

「富貴に関心がないのはおまえさんの言う通りだが、そんな俺にも欲はある。」

 

 ン?と不思議そうにゲンの顔が突き出された。

 

「知っての通り、俺の親父は自身が継がなかった実父の名を、お袋は儚くも夭折した前夫の姓を俺に与えてくれた。何故だかわかるか?」

 

 この文脈を無視した物言いに、なおましてゲンは困惑しつつも、

 

「……名ヲ、(のこ)シタカッタカラ、ダナ。」

 

と応じて見せる。

 この返しに満足気に頷きながら酒をもう一煽(ひとあお)りしたサミュエルソンはこう続けた。

 

「俺をややこしい境遇に産み落としてくれた両親に思うところがないでもないし、それはおまえら自身のせいじゃねーか、と思わないでもないんだが、それでも、俺は両親が望んだ名の継承を果たさんと努めた。が、子を得ることが叶わなかった。

 親父のそれを王の名として、お袋のそれを王家、王都の名として遺してやれば、よもや泉下(せんか)の二人も俺を不肖の子と蔑みはすまいよ。」

 

(アニィ)……」

 

 ゲンは兄貴分の心情を慮ってそう呟くが、サミュエルソンはそれに気づいて慌てて諸手を振った。

 

「あー待て待て、ゲン!別に俺は、やっても意味のない死者への孝養のために己を捧げる、なんて殊勝なことを言ってるわけじゃないんだ。もちろん、俺自身に益あってのことだ。

 俺は、ずっと子を()せない自分の存在価値を思い悩んできたものだが、そんな俺に、この辺りの村の連中に希望を与えてやることができるのだとすれば、俺はずっと()いたままだった心の穴を埋めることが叶う。」

 

 ゲンは黙ってサミュエルソンの椀に酒を()ぎ、無言の同意を示す。

 

「俺の子分たちや村人たちは、みな素直で善良な性分だが、なればこそ、自身に安堵を与える王を得れば(たが)が外れて迷走することもあろう。

 幸か不幸か、あいつら自身が言ったように、俺には今ある連中が死に絶えてもなお続く寿命がある。それを使って、皆の子孫たちがそういうところへ落ち込む危険(リスク)を少しでも減らせるような仕組み(づく)りに取り組んで、あぁ、建国の王はまっこと稀代の名君であった、と永遠(とわ)に語り継がれるを目指すのも悪くはない。

 とどのつまり、これは俺自身の……」

 

「……(アニィ)ノ?」

 

「俺自身の……我儘なんだよ。」

 

 クク、と思わずゲンは笑いをこぼした。

 王に登るを己の我儘と評するこの男は、まことに王に相応しかろう、と!

 

「余計ナ気ヲ遣ッタヨウデ、返ッテ礼ヲ欠イタナ。」

 

 そう言いながらゲンは大きな後ろ頭を掻いたが、サミュエルソンに気にする様子はない。

 

「なんのなんの、おまえさんの心遣いには感謝しているさ。

 そして、おまえさんに臣従なんぞを求めるつもりは毛頭ないが、願わくは俺の友として、今(すこ)し助力してもらえると助かる。」

 

(ことわ)ル筋ハ、アルマイヨ!」

 

 ゲンは、差し出されたサミュエルソンの手を強く握り返し、そう応じた。

 この会話が後世に残ることはなかったが、これが新生エルキュル王家の事実上の誕生の瞬間となった。

 

 

 

 これからしばらくの後、サミュエルソンは村の槍隊の半数と、ゲンをはじめとする残留を決めた森の義勇兵数人を率いて、新王擁立を謳った村々を巡った。第一義的には対神聖帝国の戦勝を祝してくれた村々への答礼だが、同時にそれはサミュエルソンが村々の求めに応じて王位に登ることを受諾する旨を報せる宣撫の旅だ。

 特に明言はされなかったが、サミュエルソン自身は未だその()の去就の知れぬ神聖帝国残党への牽制を意識していた。実際、一部の村に居座って搾取を続けようとしていた少数の南方亜人があったが、新生王国軍の到来を知るや(みな)南へ向かって逃散するばかりで、立ち向かってくる(もの)はなかった。

 

 こうしてたちまちの懸念を払拭したサミュエルソンは、国王即位を宣言するに当たり、最後に通すべき筋を果たすべく独り旅に出ることになるのだが、それについては次回の講釈で。

 

 

                  新9話へ続く

 

 




<次話予告>

政治(まつりごと)(いくさ)も、ある一面においては悪魔の(わざ)だ。
 だが同時にそれは、誰かによって常に為されねばならぬもの、でもある。」

 混血森妖精(ハーフエルフ)サミュエルソン・エルキュルハウゼンが、国王即位の最後の試練に立ち向かう。

 億劫のオーバーロード新9話『戴冠の旅』

「父上。」
「……なんだ、パンドラ?」
「あの王冠、(ほし)……」
駄目(だめ)ーーー!」


八月吉日公開予定
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