億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国三部作完結編を、2話全7回、三日毎の連投にてお届けします。今話は幕間劇、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーと新王サミュエルの対話で御座います。


新9話 戴冠の旅
戴冠の旅


 北方アーグランド評議国のさらに北西、岩肌剥き出しの険しい峰々が連なる合間に、少し拓けて見渡す限りの牧草地が広がる長閑(のどか)な村がある。

 

 その一面の緑野に、今、南から飛来した何者かの小さな影が落とされた。

 

 鷲頭天馬(ヒッポグリフ)

 騎乗するは、棚引く長髪に見え隠れする長耳(ちょうじ)から森妖精(エルフ)であるのは明らかだが、その肌浅黒く筋骨隆々として並の森妖精であろうはずもなく、騎獣の脇に提げた得物はこれまたらしからぬ重厚(じゅうこう)戦斧(バトルアクス)

 

「どうどぅ!」

 

 馬上の偉丈夫が手綱を引けば、鷲頭天馬(ヒッポグリフ)は大きく翼を開いて返し(フレア)の姿勢を取り、速度を落としながら螺旋を描いて村の一角へと降りていった。

 

「ヴァイシウーへようこそ!」

 

 飛来する存在に気づいて待ち受けていた独りの羊頭小人(ラムキンドワーフ)が、歓迎の言を発しながら素早く騎獣の(くつわ)を取る。

 

「ありがとう!

 早速だが、ヴァイシオン卿はご在城だろうか?」

 

 鷲頭天馬(ヒッポグリフ)が御者に素直に従うのを認めて森妖精(エルフ)はひょいとその背から飛び降りつつそう問うたが、返って来た答えは、

 

「そんなのわかるわけありませんよ!

 ヴァイシオン卿をお訪ねになられる(かた)なら、ご承知のことでしょう?」

 

といったにべもないもの。

 

「ふふ、おまえさんの言う通りだ。

 三日ほどこいつを預かってくれ。携行糧食も三日分ほど頼む。」

 

 羊頭小人(ラムキンドワーフ)の言葉に同意を示しつつ、宝石の入った革袋を投げ渡せば、

 

「毎度、ありがとうございます!」

 

と喜色の返事。

 

 此処(ここ)ヴァイシウー村は、その名の通りアーグランド評議国永年評議員ツァインドルクス・ヴァイシオン卿の直轄領と定められた村で、公務にせよ私事にせよ彼を訪ねる来客は(みな)当地に立ち寄ってここまでの道中の足となった騎獣を預け、以降は徒歩でその居城を目指すのが常だ。

 もっとも、そうせねばならぬ、そうでなければ竜王(ドラゴンロード)に対して非礼にあたる、といった(のり)があるわけではない。陸行(りっこう)するものにせよ空行(くうこう)するものにせよ、いかな騎獣も竜王(ドラゴンロード)の放つ気配に怖じけてこれ以上先へ進むのを拒むからである。

 在住の羊頭小人(ラムキンドワーフ)は、食は自給自足しつつ他の自治区(ポリス)から何某(なにがし)かを調達する際の(つい)えを、ヴァイシオン卿を訪ねる人々への支援の謝礼で得ている。

 

「宿はご入用(いりよう)ですか、荷運び(ポーター)の御用は御座いませんか?」

 

 ここから永年評議員の居城へは、普通の亜人であれば早朝から歩き始めて日没に達すれば上々の道のりとなる。基本、評議国の代議員である来訪者の多くはヴァイシウーで一泊するし、途上の糧食を自ら担いだりはしないものだ。

 

「いや、無用だ。ご覧の通り、頑健な肉体(からだ)だけが自慢でね。」

 

 筋骨隆々とした森妖精はそう(おど)けて見せる。

 太陽はまだ南中してはいないが、並の(もの)であれば明るいうちに城までは辿り着けまい。が、森妖精が自ら嘯いてみせたように、村のどの熟達(ヴェテラン)荷運び(ポーター)よりも健脚に見えるこの男であれば問題はないのだろう。

 

「承知しました、どうぞ道中お気をつけて。」

 

「あぁ、ありがとう。」

 

 森妖精はそう言いながら(すで)に背を羊頭小人(ラムキンドワーフ)に向け、片手を軽く上げて会釈しつつ足早に山道へ歩き始めていた。

 腰には護身用の脇差し(ショートソード)のみがあって、得物の戦斧(バトルアクス)は騎獣に提げたままだ。もっとも、騎獣がこれ以上先へ進むのを拒むのと同じ理由により、道中彼を襲う獣や魔物などあろうはずはない。

 

 

                    *

 

 

 神聖帝国を名乗る南方亜人勢力の無法な貢納要求を、(サン)クウェールの村人を組織して編成した槍隊、トブの森からの義勇軍を率いて撃退した(こう)を以て王位を(すす)められた混血森妖精(ハーフエルフ)サミュエルソン・エルキュルハウゼンは、二ヶ月をかけて自身に王位を(すす)めて忠誠を誓った村々に答礼の行幸をおこなった。

 途上、いくらかの南方勢力の残党との邂逅があったが、百名ほどのよく訓練された槍隊と、森の猛者妖巨人(トロール)ゲン・ガンを連れた一軍に戦いを挑む(もの)はなく、(みな)すごすごと逃げ去るか、中には(くだ)って新王への忠誠を誓う(もの)すらあったほどだ。

 立ち寄った村々でその自称領主、またはその名代(みょうだい)を隊列に加え、一行(いっこう)は大陸西部中央をぐるりと巡って、(サン)クウェール、改め、新王の姓に(いにしえ)の王都への憧憬(オマージュ)を加えてリ・エルキュリーゼ、と称することになった村へ戻った。

 

 村々の代表を前に、新王国の樹立と国王即位を宣言する儀式を執り行うためである。

 

 帰参した頃には、昔からの彼の部下とリ・エルキュリーゼの村人たちが仮宮(かりぐう)の建設を終えていた。

 これは、この行脚の出立(しゅったつ)直前にサミュエルソンとその部下たち、村人たちの合議で建設が決まったもので、敢えて元の(サン)クウェールの村の中ではなく、結果的に新王国樹立のきっかけとなった、村の南端、彼等が神聖帝国を迎え撃った原野の、丁度サミュエルソンが陣屋を張った辺りに設けられた。

 現時点のそれは、彼のために用意された私空間(プライベートスペース)と彼を訪ねる(もの)を接遇する謁見室だけが備わった簡素なものだ。サミュエルソンは「天幕(テント)だけ張っておけばそれでいいだろう!」と嘯いたものだったが、部下と村人……彼の臣民たちがそれは許さなかった。

 

 こうしていよいよ即位の儀か、となった折、サミュエルソンは、

 

「勝手を言って済まないが、七日ほど待ってくれ。」

 

と言い出した。

 

 王となる前に、どうしても済ませておかねばならないことがある、と。

 

 これに単騎で出向くのだと主張するサミュエルソンに臣下たちは色めき立ったが、

 

「これを許してくれぬのなら即位はなしだ!」

 

と譲らないサミュエルソンに、遂に(みな)が折れた。よもやこの御仁が、この()に及んで怖じけて逃げ出すことはあるまい。

 

 かくしてサミュエルソンは、独り鷲頭天馬(ヒッポグリフ)に騎乗して北へ向かった。

 行く先は誰にも告げられなかったが、彼の部下の中でも古参の中にはその意を察する(もの)が少なからずあった。

 

 我らが王は。

 王となる旨の許しを得るべく、アーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)を訪ねるのに違いあるまい。

 

 

 

 永年評議員ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城に辿り着いた時分にはすっかり日も暮れていて、自ら火を起こした簡素な松明の(あか)りを頼ってサミュエルソンは急峻な崖に聳え立つ城の中へ足を進めた。

 評議国の他の竜王(ドラゴンロード)には、自身を訪ねる評議国代議員の便宜を図る目的で居城に家政機関を設け、執事や召使を置く(もの)もあったが、ことヴァイシオン卿に限ってはそういったことがなく巨大なこの城に独居している。

 サミュエルソン自身は伝聞によってそれを知るのみであるのだが、竜王(ドラゴンロード)はときに<永い眠り>とよばれる数百年に及ぶ睡眠を取ることがあるらしい。際しては、さしものヴァイシオン卿も不用心を覚えてか、周囲に屈強な不死者(アンデッド)を侍らせて身を守るのだ、私は確かにそれを見た、と初めての代議員(ロゴクラポス)となったサミュエルソンを当地に案内した先任者から聞かされたことがある。

 

 その(あるじ)が在城中は常に微睡む謁見の()を除き、城内の他の居室は来訪者の勝手に使うことが許されているので、サミュエルソンは適当な一室に松明を差して手早く持参した糧食で食事を済ませた。咎められはしまいが、流石に日没以降に竜王(ドラゴンロード)の寝所に踏み入るのは礼を失するだろう。今宵はここで過ごそうと決める。

 通常、ここを訪れるのは評議国の代議員(ロゴクラポス)が定例の議会報告をおこなうべくそうするのみだ。それ以外の(もの)が立ち入ってはならぬ、という法はないし、これから法を超越する存在へと名乗りを上げようと意を決した彼には、仮にそのような取り決めがあったとて従う理由はない。そこを憚るのであれば、そもそもその決意自体が論外だ、ということになろう。

 それでもサミュエルソンには、今なお少しの迷いがあったのも事実だ。ヴァイシオン卿に面会し、これから自分がやろうとしていることを告げる、そのすべてが果たして許されることなのであろうか、との呻吟が彼の眠りを浅くして、はっ、と気づけば東の空が(しら)み始めていた。

 

 慌てて身支度を整えたサミュエルソンは、脇差しも部屋に残し、徒手空拳で謁見の()を目指して歩き始めた。

 どのような技術で以て建造されたものであるのか、ヴァイシオン卿の居城の石材は恐ろしく規格が揃っていて、すべてがぴたりと噛み合って僅かな隙間もない。無人静寂の城内に、彼の革靴が立てる音だけが、かつん、かつん、と木霊する。

 謁見の()は巨大な立坑になっていて、その最下層から入室して来たサミュエルソンには上層へと続く九十九折(つづらおり)の階段だけが見えている。これを昇りきった壇上に、ヴァイシオン卿が微睡む玉座がある。既に森妖精の長耳(ちょうじ)は、そこから微かに聞こえる寝息を捉えていた。幸いにして目指す(あるじ)はそこにあるようだ。改めて深呼吸したサミュエルソンは、静かに階段を昇っていった。

 

 果たして、最上層に至った彼の視線が目当ての竜王(ドラゴンロード)の姿を認めた。

 曇り一つない白金(プラチナ)の輝く巨体が、更に一段高い玉座の上にあって、背を丸め自身の尾に頭を載せて微睡んでいる。初めてその姿を目の当たりにしたとき、サミュエルソンは、こんな存在がこの世にあるものか、と随分と深い感銘を覚えたものであるが、その感動は今なお色褪せることはない。

 

 玉座の前まで進んだサミュエルソンは、そこに据え置かれた簡素な木製の椅子に腰掛けた。評議国代議員(ロゴクラポス)は、ここに腰掛けて竜王(ドラゴンロード)がこちらに気づくのを待つのが作法だ。本人からは「用があれば遠慮なく起こしてくれ」と言われているのは承知しているが、言われた通りそうする(もの)などいなかったし、ましてや私事でここを訪れている自分がそれをすることなどあり得まい。

 

 そして。

 半刻ほど経た頃だろうか、ゆっくりと、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の瞼が(ひら)かれた。

 

「……?」

 

 その視線が無言のまま自身を捉えたのに気づいて、サミュエルソンは席を立って跪礼を執った。

 

「先触れも立てずの訪問の無礼、深くお詫び申し上げます。」

 

「その声は……エルキュルハウゼンかい?」

 

 忝なくも、代議員(ロゴクラポス)を離任して久しい自分を、かの竜王(ドラゴンロード)は憶えていてくれたようだ。

 

「左様で御座います、ヴァイシオン卿。」

 

 跪いたままにサミュエルソンがそういうと、漸く竜王(ドラゴンロード)の大きな頭が少し持ち上がった。

 

「……久しいね、元気だったかい?

 ポリス・ウロヴァーナの代議員(ロゴクラポス)に欠員でもでたのかな?」

 

 どうやら評議員閣下は、サミュエルソンが代議員(ロゴクラポス)に再選されてその挨拶にやって来たもの、と考えている様子だ。

 

「いえ、そのようなことはありません。

 本日は……不躾ながら私人(しじん)としてヴァイシオン卿をお訪ねいたしました。」

 

「……?」

 

 竜王(ドラゴンロード)は、私用で自身を訪ねてくる(もの)、にピンとこないようで、しばし呻吟する様子を見せたが、

 

「まぁ、楽にしてくれたまえ。」

 

と、サミュエルソンに着座を勧める。

 サミュエルソンは素直にこれに従った。

 

「では、用件を聞こう。」

 

 まだ完全に覚醒しきってはいないのか、とろんとした目付きのまま組んだ両前脚の上に顎を載せた竜王(ドラゴンロード)は、鷹揚にそう言う。

 サミュエルソンは、単刀直入に切り出した。

 

此度(こたび)、奇縁がありましてポリス・ウロヴァーナより南の中原(ちゅうげん)で王を名乗る運びとなりました。本日はその旨のご挨拶にお伺いした次第です。」

 

「……はぁ?」

 

 ぱかり、と竜王(ドラゴンロード)の口が(ひら)き、眠気の吹き飛んだ(まなこ)もまた大きく見開(みひら)かれた。

 

「やはり……ヴァイシオン卿におかれては、慮外のことと呆れられますか。」

 

 居を正したまま不動の姿勢で、竜王(ドラゴンロード)の不興を覚悟のサミュエルソンはそう問うたが、

 

「いやいやいやいや!」

 

 やおら巨体を起こした竜王(ドラゴンロード)が諸手を振りながらそういうので、さしものサミュエルソンも、ひっくり返りこそはしないものの、驚きの余り着座したままに椅子を少し後ろに動かしてのけぞった。

 

「急な話で少し驚いただけだよ。」

 

竜王(ドラゴンロード)

 

「で……どうしてここに?」

 

 不思議そうにサミュエルソンを覗き込む。

 

「曲がりなりにもポリス・ウロヴァーナの民として閣下の庇護を受けておりました(わたくし)が、隣国を構えるに当たっては一言ご挨拶申し上げるが礼に叶うもの、と考えました。」

 

「……その言いようからすると、既に意は決しているのだね?」

 

「はい。御身(おんみ)からすれば若輩者(じゃくはいもの)(たわむ)れに見えるものかとは存じますが、不退の決意で臨む覚悟で御座います、ヴァイシオン卿。」

 

「……ツアー、と。」

 

「はぃ?」

 

 唐突に文脈不肖の言葉を投げかけられて、極度の緊張の(なか)対峙していたサミュエルソンは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 

「いや……ボクのことはツアー、と呼んでくれればいい。」

 

「そ、そんな!」

 

 もちろんサミュエルソンは、評議員閣下の真名がツァインドルクス・ヴァイシオンであることを承知しているが、その名、ましてや音韻からすれば愛称(ショートネーム)であるに違いないツアー、で以てこの白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)に呼び掛けるなど、想像の埒外の仕儀だ。

 

 が、ツアーは事も無げにこう言った。

 

「いや、キミは王になるのだろう?であれば、ボクらは対等じゃないか。

 ツアー、でいいよ。

 キミのことは……サミュエルソン、と呼んでいいかな?」

 

 なんと……。

 破格の竜王(ドラゴンロード)であることはもちろん知っていたし、なればこそ居並ぶ評議員の中でもこの人物を建国の挨拶の相手に選んだものだが、ここまで懐深い対応を受けることになろうとはまったく思いも及ばなかったことだ。

 

 げに……。

 げに、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは。

 

 端倪すべからざる竜王(ドラゴンロード)であらせられる!

 

「俺の……」

 

 本当の意味で彼が腹を括ったのは、まさにこの瞬間だったのだろう。

 

「どうか、俺のことはサミュエル、と呼んでください、ツアー。

 親父の種族の流儀に倣って、サミュエルソンの名はいずれ選ぶことになる王太子に与えようと思っています。」

 

「なるほど。」

 

 とツアーは、即座にサミュエルの意を看破した。

 

「それは、サミュエルの既に亡き御父君、祖父君も喜ばれることだろう。」

 

 評議国の他の竜王(ドラゴンロード)代議員(ロゴクラポス)として訪ね来る(もの)の人となりなどに関心を払うことはなかったが、ツアーだけは、好奇心からか国事の合間の雑談にこれを聞き出すことを好む性向を有していた。

 それに応じて自身のいささか数奇な来歴を語ったサミュエルも、ツアーの深い理解に対し素直に感謝の言葉が漏れる。

 

「望外なお言葉、痛み入ります。」

 

 これに、ツアーも満足そうに頷いて見せた。

 あぁ、この御方(おかた)を、自身の決意を告げる相手に選んだ自分は間違ってはいなかった。と、サミュエルは思う。

 

 そして、改めて意を決して、叶うものであれば問おう、と考えていた話題へ駒を進めた。

 

「ツアーのご厚意に甘えて、今少しお伺いしたいことがあります。」

 

 ツアーは無言のままに頷いて続きを促した。

 

「俺が今回王位に推されたのは、中原(ちゅうげん)の村々に無法な貢納を求めていた南方の勢力を、結果的に俺が追い払ったからです。」

 

「ほぅ。」

 

 何処かで聞いた話だな、とツアーは思いつつ相槌を打った。

 

「ご記憶か、とは思いますが、同じ連中がかつてポリス・ウロヴァーナにも貢納を求めて来たことがあって、この変事を代議員(ロゴクラポス)としてツアーにお知らせしたのは、奇遇にもこの俺でした。」

 

「あぁ、そんなことがあったね、憶えているよ。」

 

「これを迎え撃つ軍備を主張した当時の統治官(アルコーン)をツアーが窘めたことは、シュトックハウゼンから聞いています。」

 

「窘めた……つもりはないんだけれどね。」

 

「これは……失礼しました。

 ともかく、俺は何故ツアーがポリス・ウロヴァーナの軍備に賛同しなかったのか、については理解はしているつもりです。ですが、竜王(ドラゴンロード)の庇護に全面的に甘んじることを潔しとも思えず、以て()(くだ)って、いざ事あるときに動員の叶う兵を養うべく警備を生業とする一団を立ち上げました。

 その時点ではよもやこんな顛末になるとは思ってもみませんでしたが、結果的にその備えが中原を守ったのは事実だ、と考えています。」

 

「あぁ、それはそれで自然な心情だ。そこを咎めはしまい。むしろ……」

 

 ひととき、ツアーは言葉を切って呻吟する様子を見せた。

 そしてこう続ける。

 

「サミュエルには承知のこととは思うが、政治(まつりごと)(いくさ)も、ある一面においては悪魔の(わざ)だ。」

 

 一瞬、ツアーの脳裏に端倪すべからざる親友の腹心の姿が浮かんで消える。

 そんなことには思い及ばないサミュエルは、ただただツアーの真摯な口調に表情を引き締めて傾聴する。

 

「だが同時にそれは、誰かによって常に為されねばならぬもの、でもある。

 太古の(むかし)諸島(アーグランド)の人々はその悪魔の(わざ)に自ら手を染めるを忌避して竜王(ドラゴンロード)に礼を尽くして迎え、それを委任した。これが今なお続く評議国の始まりだ、と伝え聞いている。ボクは必ずしもこれを最善だ、とは考えてはいないが、次善ではあると信じてこの任を永く務めてきたものだ。ボクには、それをするに足る力があるからね。」

 

 その重い言葉に、サミュエルは敢えて目を逸らさず、じっとツアーを見つめたまま耳を澄ました。

 

「だが、力の有無は本質ではない。(こころざし)(おな)じくする(もの)が自ら並び立つことを、ボクは拒みはしないし、むしろ歓迎するさ。キミがそうであるように、ね。」

 

 竜王(ドラゴンロード)の表情の意味するところなどサミュエルにはわからないが、それでも彼には目前のツアーがそう言いながら、ニッ、と笑ったように見えた。

 

「ありがとうございます、そのお言葉でなお一層、不退の決意が定まりました。」

 

と改めて簡潔に謝意を示し、そしてもっとも問うてみたかったところへ踏み込む。

 

「その上で、ひとつご教示を賜りたいのですが。」

 

「うむ、なんだね?」

 

「アインズ・ウール・ゴウン。」

 

 ゲホ、ゲホ、ゲホ!

 

「以前俺が、南方からやって来てポリス・ウロヴァーナに貢納を求めた軍勢の名乗りを告げたとき、ツアーは今と同様に咳き込まれましたが。」

 

「そ、そ、そうだったかな?」

 

 思わず、らしからぬ狼狽を現じるツアー。

 その意味するところを察する様子はサミュエルにはない。

 

「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国に見えるアインズ・ウール・ゴウン、とは。

 ……いったい何なのでしょうか?」

 

 やはりサミュエルには竜王(ドラゴンロード)の表情の意味するところはしかとはわからない。

 が、明らかにツアーの目は、面倒臭い話を持ち出しやがって、と言っているように彼には見えた。

 

「俺は中原(ちゅうげん)の人々と共に南方の軍勢を追い払いましたが、その後は何の音沙汰もなく、帝国とやらは実体を欠くものに思えてなりません。その一方でこの戦い、さらには俺に王位を推めた人々の背後には、それが何であるとははっきりと言えないものの、何者かの意思が介在していたのを感じています。」

 

 あー、アインズから「片付いた」と聞かされてすっかり忘れていたが、まだ何か(くすぶ)っていたのか。

 聡明にもサミュエルは何かに気づいている様子だ。よもやアインズが企図して彼の王位を画策した、などということはなかろうが……デミウルゴスならば。

 

 やりかねないな。

 

「ツアーには……何かお心当たりがおありなのでしょうか?」

 

 うーむ、困った。どうしよう?

 

「……いいかい、サミュエル。」

 

 ツアーは優しく諭すように語り始める。

 

「この世界には、ボクやサミュエルとはいささか異なる形でこの世界に関わる存在がある。」

 

「その(もの)の名が、アインズ・ウール・ゴウン、であると?」

 

「まぁ、そう結論を(あせ)らないでくれ。

 まず、キミが対峙した神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国。これは、その名を騙った(もの)であってその(もの)自身ではない。これが、初めてボクがキミからその名を聞かされたときに咳き込んだ理由だ。」

 

「なんと!」

 

 そう言いながら、それまで敢えて椅子に座したまま姿勢を正していたサミュエルは思わず立ち上がった。

 

「ボクも確たるところまではわからないが、真のアインズ・ウール・ゴウンは、名を騙った連中をどうにかしたはずだ。此度キミが迎え撃った(もの)たちは、こういっては何だがその残滓、余韻といったところではないか、と思う。サミュエルが実体がない、と感じるのもその辺りの事情によるのだろう。」

 

「では、真のアインズ・ウール・ゴウンとは……?」

 

 そう言いながら、サミュエルは身を乗り出す。

 対して、ツアーは大きな手を(ひら)きながら差し出してこれを制する。

 

「そこだよ、サミュエル。」

 

 ひょいひょい、と大きな手の平が振られて着座を促し、サミュエルは一礼を返しながら改めて腰を()ろした。

 

「ボクの古くからの友人に、アインズ・ウール・ゴウンを指して、触れ得ざる者、と呼ぶ者がある。言い得て妙、とボクも思う。」

 

「俺にも……敢えてそこには触れるな、との仰せですか?」

 

「自ら王に名乗りを上げたサミュエルに、何かをせよ、何かをするな、と命じる権はボクにはない。強いていうならば、これは友人としての助言だ、と思って聞いて欲しい。」

 

 そう言われたサミュエルは、この言葉をどう受け取るべきかたちまちには呑み込めないようで、難渋な表情を浮かべた。サミュエルがツアーに対してそうであるように、ツアーもまた、必ずしもサミュエルの表情からそれが読み取れるわけではなかったが、それでも握りしめられた(こぶし)、それまでまっすぐこちらを見つめていたのにやや俯き加減の視線、小さく震える肩から察せるところは少なからずある。

 

「たとえば、だ。」

 

 ツアーは指を一本立ててサミュエルの注意を惹いた。その視線が再び自身をまっすぐ捉えたのを認めてこう続ける。

 

「空を見上げれば太陽がある。それは昨日も昇り、今日も昇ったから明日もそうだろう、と(みな)思っているが、実のところ明後日(あさって)もそうであるかは誰にもわからない。ましてや、太陽が何を思ってそうしているかなど知る由もない。だが、それを知らずとも(みな)生きているし、むしろ、そんなことを思い悩む(もの)の方が稀だ。

 評議国の民のほとんどはボクのことを言葉の上でだけ知っているか、あるいは知りもしない。サミュエルをはじめ、ごく僅かな(こころざし)ある(もの)だけがボクの前まで至って国事を議するが、その中にあってもキミのようにボクと心まで通じる(もの)は稀だ。それでも(みな)、何不自由なく生きているだろう?」

 

 語っているツアー本人も、いささか詭弁だな、と思っていなくもないが、一方でそれは真理でもあった。

 

代議員(ロゴクラポス)であったキミは、ポリス・ウロヴァーナの民に対して、自分が竜王(ドラゴンロード)について(せき)を負う、などとはゆめゆめ考えなかったはずだ。同様に、サミュエルが中原(ちゅうげん)の王として立つからといって、その民に対して太陽について(せき)を覚える要はない。

 少なくともサミュエルにとって、アインズ・ウール・ゴウン……はそのようなものだ、と思っておくことだ。むしろ、そう考えておくことが、よもやあるまいとは思うが、それでも絶対の権力を手中に収めることでキミを惑わせるやも知れぬ様々(さまざま)な陥穽に備える歯止めともなろう。」

 

 これを聞いていたサミュエルは、はじめのうちこそ訝しげな顔をしていたが、次第にその瞳に輝きを宿し、最後には何かを悟った様子で深く頷いた。

 

「最後の迷いが晴れました。ツアーのご教示に深く感謝します。」

 

 この謝辞に、ツアーもまた深く頷き、

 

「それはよかった。サミュエルの国造りがうまくいくことを祈っているよ。」

 

と世辞を返しつつ、あの骸骨に釘刺しておく必要はあるかもな、などと考え始めていた。

 

 

                    *

 

 

中原(ちゅうげん)諸村(しょそん)の推戴により、()、サミュエル・エルキュルハウゼンは、国王への即位とエルキュル王国の成立をここに宣言し、求める民を庇護することを誓う。この言葉真実ならざるときは、何人(なんぴと)にこの首級(くび)()られ(つみ)(ただ)されようとも、甘んじて受けよう。」

 

 数日後。

 帰国したサミュエル・エルキュルハウゼンは、リ・エルキュリーゼ南端の仮宮(かぐう)前の広場で南面し、南中した太陽を仰いで差し向かう衆に対し、即位と建国を宣言した。

 

 自身が王に相応しからぬおこないをなすときは遠慮なく討て、と言わんばかりの物言いは彼一流の矜持の為せるところであったが、彼自身、少なからぬ驚きを以て受け止められると予期したこの即位宣言に対し、(つど)った衆は(みな)、ぽかん、と口を()けて言葉を失い、目を見開(みひら)いて身動(みじろ)ぎひとつもしない。

 いくらなんでもそこまで驚かなくとも……と思うサミュエルであったが、よくよく見れば(みな)の視線が自分、ではなく、少し高い上空へ向かっていることに気づいて慌てて振り返り見れば、そこには中空(ちゅうくう)に音も立てずに巨躯を浮かべる白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の姿があった。

 

「ツ、ツアー!」

 

「我はアーグランド評議国永年評議員、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン。

 我が友、サミュエル・エルキュルハウゼンの国王即位に当たり、ささやかな贈り物を捧げて賀したいと思うが、受けてくれるか?」

 

 この言葉に、サミュエルは無言のままに衆に背を向けて跪礼を執った。

 ツアーは指先で自身の鱗を一枚引き抜き、

 

「<特級呪物錬成(とっきゅうじゅぶつれんせい)>。」

 

 何やら呪文を唱えると、たちまちに鱗は白金の冠(プラチナムクラウン)に転じる。

 それはツアーの指先を離れ、ふわふわと宙を舞ってサミュエルの頭上に収まった。

 

「貴国の民と新国王の御世(みよ)つつがなけれ、と祈念申し上げる。」

 

 そう告げるや、光り輝くその身体(からだ)は、アッ、と言う()に北へと飛び去って見えなくなった。

 

 しばしの沈黙。

 そして。

 

「……万歳(ヴィブレ)!」

 

 誰かが口火を切れば、

 

「「サミュエル王万歳(ヴィヴレ・ロワ・サミュエル)!」」

「「エルキュル王家に栄光あれ(グロワール・オアラメゾン・デルキュリーゼ)!」」

 

 サミュエルを背後から熱烈な喝采歓呼が包み込んだ。

 これに気恥ずかしさを覚えながらサミュエルは、おそらく自身の生涯最後となる跪礼を、既に遥か彼方に飛び去った友に捧げた。

 

 

 

「何……やってんだ、アイツ?」

 

 と呟くのは大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

 毎度お馴染みナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 

「面白い見世物が御座います!」

 

と勧めるデミウルゴスに従って、ナザリックの三賢者(トリニティ)と共に<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>で、さして関心もない混血森妖精(ハーフエルフ)の国王即位を欠伸をしながら覗き見ていたアインズは、突如現れた白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの、御曹司パンドラズ・アクターもかくやあらんの芝居がかった振る舞いに、感じ入るやら呆れるやらだ。

 ツアーに、その有する規格外の力に反し、存外引っ込み思案な一面があって、特にその巨躯を衆目に晒すことを極端に恥ずかしがるきらいがあることを承知していたアインズとしては、そのツアーがここまでのことをやったことにただただ驚かされるのみ。

 

 あの森妖精(エルフ)がツアーのお気に入りだ、って話は……本当(マジ)だったのかよ!

 

 これが、こうしておけば少なくともアインズは余計な介入を新王国に対して当面はすまい、と考えたツアーが敢えてやったことだ、といったところには、アインズの思いは及ばない。

 

 ツアーの振る舞いが予想外だったのは愛妃アルベドも同様の様子で、可愛らしい猫の瞳をまん丸に見開(みひら)き手を口に当てて固まっている。

 デミウルゴスは、いつものように口の(はし)を軽く歪めた曰く有りげな笑みを浮かべて何やら思いを巡らせている模様。

 

「父上。」

 

と、声を最初に発したのはパンドラズ・アクターだった。

 

「……なんだ、パンドラ?」

 

 その呼び掛けにアインズが応じると、もじもじと遠慮気味にパンドラズ・アクターが言う。

 

「あの王冠、(ほし)……」

駄目(だめ)ーーー!」

 

 骨の両手を交差させ(おお)きなバツ印を作りつつ、アインズは息子の言葉を遮った。

 

 

                  新10話へ続く

 

 




<次話予告>

神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国三部作完結編。
虚構の帝国を引き継いだ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の正体が明らかとなる。

「こいつは驚いた。吸入口(インテイク)だ。」
「アインズ様はアレをご存知で?」

 億劫のオーバーロード新10話『神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の亡失』

「あー、やめてくれ!
 おまえの話を聞いていたら、ないはずの脳が沸騰して壊れてしまいそうだ!」
「お褒めに預かり」
「褒めてなんかないわーーーッ!」
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