億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴351年。
キーノ・インベルンが踏み込むべからざる道へ踏み込んでから13年後の幕間劇。
二代目マーレ、アウラは二百十四歳。


第5話 転移歴351年 父娘馬鹿(おやこばか)
10.父娘馬鹿(おやこばか)


「ほ、本物だ!

 今度は……本物だ、ひーーーっ!」

 

と、我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンはのたもうた。

 

 二代目アウラが双子を出産、の報を受けての話である。

 

 彼らを産んだ初代アウラ、マーレは、姉弟ではあったがあくまでもそれはフレーバーテキストに記述された設定であり、直接の生みの親はギルドの粘液盾ぶくぶく茶釜なのであって、そして彼女が二人を出産したわけでは決してない。

 対して、今新たに双子の誕生を告げてきた二代目マーレ、アウラは、初代アウラの腹から産まれて来た正真正銘の血を分けた兄妹である。

 

 無論、自身が人間鈴木悟をその源流におきつつも、こちらの世界で顕現して以降は人間では決してない、ということを自覚して久しいアインズは、自身や下僕(しもべ)たちが人間の倫理観に拘泥する必然性などまったくないことを理解していたし、実際、死の支配者(オーバーロード)としての本性に由来する彼の日々の行動は大きく人間の倫理観からは逸脱している。

 また、彼の依って立つ<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>が告げるところによれば、彼女ら自身がよもやナザリック地下大墳墓が四百年にも及ばんとする歴史を歩むことになろうとは夢にも思ってはいなかったにせよ、ギルドの腐女子紅三点が自らの被造物たる双子に禁断の愛の体現者たれ、と願っていたのは疑いようもない事実なのであって、つまりこれはアインズが今のアインズであるのと同様に、デミウルゴスとセバスが決して和解できないのと同様に、避けがたい宿命的なものなのだ、ということもまたアインズは理解している。

 

 が。

 

 理解していること、と湧き上がる感情は別物であり、有り体に言えばアインズは、表面上は祝福の言辞を弄しつつも闇妖精双子(ダークエルフツインズ)第三(サード)世代(ジェネレーション)誕生の報にドン引きしていた。

 

 生まれた順に姉ベラ、弟ベロ、となった双子は、性別こそ初代と揃ったが、二代目がああであった以上元の設定に綺麗にそのまま回帰するとは思えず、今度はぼんやりした性格の森祭司(ドルイド)の能力を引き継いだ姉ベラを、しっかり者で魔獣使い(ビーストテイマー)の弟ベロが「姉貴、しっかりしろよ!」と叱咤することになるのだろう、とアインズは予想し、長じてのちにその予測が正しいことが判明する。

 だが、アインズにとってはそんなことはどうでも良かった……というのはいささか語弊があるが、三代目が二代目同様ナザリックの貴重な人材、戦力となることは、彼らがどのような性格、能力を発揮しようとも確定事項なのであってそこに疑いを挟む余地などなく、むしろこの時期のアインズの最も願ったことは、ふと気を抜く都度に耳元で聞こえてくる、

 

(お兄ちゃん、中に出して!)

 

という、ぶくぶく茶釜の声色による幻聴を誰か止めてくれ!というものだった。

 

 とまれ、よもや至高の(あるじ)がそんなことに頭悩ませていようなどとは思いもよらないナザリックの勤勉かつ冒進気味の下僕(しもべ)たちは、黙々とこの事態に対応した。

 例によって例の如く、両親であるところの二代目マーレ、アウラはこれまた清々(すがすが)しいまでに育児養育に興味関心を示さず、ペストーニャ・ワンコとユリ・アルファが多忙ながらも充実の日々を過ごすこととなった。そしてそれ以上に、再びナザリックの目ニグレドと、(じぃ)ことコキュートスの熱狂(フィーバー)の季節が訪れたのであり、それは必然的に、ナザリック外苑防衛の責を担う鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンが外界をうろつく機会を増やしたのである。

 

「おんやー、でありんす!」

 

 戦闘メイド(プレアデス)エントマ・ヴァシリッサ・ゼータと共にナザリック地上部周辺の哨戒に当たっていたシャルティアは、見渡す限り草原の地平線の彼方にあろうはずもない人影を見つけて声をあげた。

 

 シャルティアは、ナザリック近傍の哨戒中については、難敵でない限りどのように処理してもお構いなしの特免をアインズから与えられている。

 これは、哨戒中の彼女に対して常にニグレドの目が光っていることを前提としていて、三代目双子の誕生を受けてニグレドが超ポンコツ化している今にあってはその役目を補うべくエントマが伴っているのではあるが、エントマがシャルティアと共に人間、亜人を貪り喰らうことこそあれ抑止力になるなどとは誰も思ってはいないので、エントマに期待されているのは、何はさておき想定外の事態については緊急連絡をおこなえ、というものになる。

 

 そのエントマにしても、目下の事態は緊急、という言葉が想起させるそれとは程遠かった。

 まだ遠いが、それでも確実にこちらに真っ直ぐ向かって歩いて来るのは光沢を発するピンク色の仕立ての良い上下一続き(ワンピース)姿の女の子、その容姿はシャルティアのそれよりもさらに幼く見えた。状況としては面妖でありこそすれ、二人揃って「これは久々のご馳走」との邪まな思考で頭がいっぱいになってしまったのもむべなるかな。ともにルンルン気分で向かい来る女の子へと歩みを進めた。

 

 が、不意にピタとシャルティアが歩みを止めたのでエントマもそれに倣う。

 

 シャルティアは、熱狂(フィーバー)状態のニグレド以上のポンコツではあるが、戦闘者としては超一流ではある。その彼女の本能が、肉眼視で得られる情報とは真逆に、前から来るのは、決して負けはしないだろうが、お気に入りの<傾城傾国(チャイナドレス)>を纏った現行装備では勝てもしない化け物だと告げていたからだ。

 

「そこのおんし、何者でありんすえ?」

 

 普段なら決してそんなことはしないが、シャルティアは、彼女らが歩みを止めてもなお立ち止まろうとしない少女に声をかけた。そして返って来た言葉はエントマに要緊急連絡を決断させるに余りあるものだった。

 

「あら!あなたがシャルティアね。」

 

 

 

「何の冗談だ?」

 

 ナザリック地下大墳墓にほど近い無人の野原。

 慌てて駆け付けたアインズが、シャルティア、エントマと謎の少女を待たせたまま独り言を呟いている。

 

 事件の発生を知ったアインズは、取り急ぎ自ら<転移門(ゲート)>を開いてシャルティアたちに合流した。すると、にこにこしながらシャルティアを品定めしていた少女が俄にアインズの出現に気づき、駆け寄って来て開口一番こう言ったのだった。

 

「あなたがアインズね。

 いつも父がお世話になっています。」

 

と。

 

 至高の(あるじ)を事も無げに呼び捨てる(さま)にシャルティアが飛び掛かろうとするのを寸でのところで制し、アインズは少女に正体を問うよりも前に<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 

(……なんだいアインズ、藪から棒に?)

 

 無論相手は、アインズのこちらの世界唯一の友人にして腐れ縁の白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーである。

 

「ひょっとしておまえ……娘がいるか?」

 

(いるよ。ボクをいくつだと思ってるんだい?)

 

「そんな話、聞いたことはなかったように思うが。」

 

(何も憶えていないキミにそんなことを問われる筋合いはないし、そもそもキミはアウラ、マーレが子どもをもうけたときに知らせてくれなかったじゃないか!)

 

 ……え!

 まさかこいつも、コキュートスやニグレドと同じ病気持ちなのか?

 

「そ、それはそうだが……そうだ!

 実はそのとき生まれたマーレ、アウラにもまた双子が生まれてな。

 見たいのなら……見に来ても構わんぞ。」

 

(……まぁ、気が向けばそのうち。)

 

 なんだ!特に興味ねーんじゃねーか!

 

「……それはともかく、おまえの娘らしいのが来てるんだが。」

 

(ああ……。で?)

 

「で?

 じゃないだろ!

 

 どういうことだ!ナザリックのことを話したのか!」

 

(キミだってまかり間違えて子どもが出来たら、幼い時分は寝かしつけるのに至高の四十一人の話くらいするだろ?)

 

「そ、それはそうかも知れないが……所在まで教えるのはいかんのじゃないか?」

 

(いや、会いたければ探してごらん、とは言ったかもしれないが、教えてはいないよ。

 あの子はボクに似ず物事に熱中するきらいがあるから本当に探し当てたんだね。

 なかなかどうして大したものだ。)

 

「大したもんだ、じゃないだろ!

 速攻迎えに来い!」

 

(……なぜ?)

 

「どうしても何も、おまえの娘だろ!」

 

(巣立った雛のことなんか知らないよ。気に喰わないなら屠ってもらって結構。)

 

「……はぁ?」

 

(……)

 

「……」

 

(……)

 

「……どうした、ツアー?」

 

(……むにゃむにゃ)

 

「コラッ!寝るな!」

 

(……うーん、人の昼寝の最中に突然呼び掛けてきておいてその言い草はないだろう?)

 

 そういう問題じゃないだろ!

 どこの世界に己の娘を気に入らんなら殺せと言いつつ居眠りする父親がいる!

 

 何てことだ。

 マーレ、アウラといい、ニグレド、コキュートスといい……この世でまともなのはオレだけなのか!

 

 モモンガさん。あのタブラさんや、るし★ふぁーさんですら、存外自分を常識人だと考えていて、僕たちを見て「なんてあいつらは常識がないんだ」と腹を立てていたりするものなのですよ。人は皆、自分自身を基準にしか物を考えられませんからね。

 

 不意に耳元に聞こえた、自他ともにギルド一番の()()人と認めた死獣天朱雀……彼もまた、この名乗り(ハンドルネーム)にいささか常識外れな面を垣間見せてもいようが……の声にアインズは溜息をつく。むしろ、四十一人分の常識を土台(ベース)に物を考えることが出来る自身は稀な存在であるのかも知れない。

 

(……ともかく、だ。巣立った雛についてキミにとやかく言われる筋合いはない。さりとてボクとて子の親だ。生かして(かえ)すのであればたまに顔を見せるよう伝えてくれるかい。父はおまえを大切に思っている、と。)

 

 嘘つけ!

 

 これ以上この獣と論じても時間の無駄だ、と悟ったアインズは通話を切った。

 振り返れば、興味深げにピンク色の少女が自身を見上げている。

 

「お茶……」

 

「ん?茶がどうした?」

 

「こちらはお茶も出ませんの?」

 

 はぁ?

 ……親子してどういう頭の構造をしてるんだ、こいつらは!

 

「……お茶も何も。

 飲めるのか?」

 

「はぃ?」

 

「いや、それ……」

 

 アインズの目から見れば、こめかみの辺りから一対の(つの)が生えていることを除けば、少女はシャルティアを人間と仮定した場合と同じ年の頃の人間の女の子に見えた。

 

傀儡(くぐつ)だろ、親父さんとは随分違うけど。」

 

「傀儡……あぁ、父の悪趣味なアレですか?」

 

 ……よもや、とは思うが。

 コイツ、わかってて喧嘩売ってんじゃねーだろーな!

 

「これは私の身体(からだ)です。」

 

 え……ツアーって、人間の女に子ども産ませたの?

 そんなこと出来るの?それも獣姦っていうの、この場合?

 っつーか、なんでオレの周り、こんな奴ばっかりなの?

 オレ、呪われてるの!

 

「母の血です。母も竜王(ドラゴンロード)の姿と人の姿を使い分けることが出来ますので。」

 

 ……あー、びっくりした。いや、それもびっくりだけど。

 

 胸を撫で下ろしたアインズは、馬々鹿々しくは思いつつも<伝言(メッセージ)>で執事セバス・チャンに簡単な茶会の用意を命じた。見た目は愛らしい少女とはいえ、真意正体不明の化け物の前に自身のメイドを晒す気にはなれなかったからだ。

 ややあって<転移門(ゲート)>が開く。第九階層(ロイヤルスィート)まで戻ったシャルティアがあちらから開いたものだが、簡素ながら品悪からずの二組(ふたくみ)の椅子と脚高机(ハイテーブル)をえっこらやっこらと運ぶ骸骨(スケルトン)を先頭に、続いて茶器と形ばかりの茶菓子を載せたワゴンを押してセバスが姿を現した。

 

 手際よく用意を整えたセバスは、まず少女を手招いて椅子を引き着座を勧めたが、そのあたりから少女の様子が見るからに可怪(おか)しくなった。手と足が揃って前後し、目が真っ直ぐ前をみつめたまま瞬き一つしなくなっている。いったいどうしたというのか?

 

 そんな必要はまったくないのは承知の上で、形式上のこととアインズも着座してセバスが注いだ紅茶を勧めるが、自分で要求しておいて少女はそれには手を出さず、俯いたまま何やらモジモジしている。何しに来たんだよ、コイツ!

 

「あ……アインズさん!」

 

 何なんだ、こいつ?初対面は呼び捨てだったくせに!

 

「……何か?」

 

「こ、こ、こちらの(かた)は?」

 

 少女は躊躇いがちに傍らで直立不動を保つセバスに視線を向けた。

 正直予想していなかった展開にアインズは、

 

「あ、うちのセバスです、執事の。」

 

と、やや鈴木悟の()に近い口調で応じたが、それを聞いた少女の関心はもはやアインズにはなく、その視線はセバスに釘付けになった。そして……

 

「セ、セ、セ、セバス……様とおっしゃるのですね!」

 

と頬を赤らめる。

 

 えっ!……何なのこの流れ?

 

「わ、わ、わ、私は白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンが一女、紅水晶の竜王(ローズクォーツ・ドラゴンロード)コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライスと申します。」

 

 長い(なげー)よ!憶えれるかァーーー!

 

「こ、こ、こ、コニーとお呼びください!」

 

 最初からそう言えーーー!

 

 内心突っ込み吹き荒れるアインズに対し、セバスはまったく無表情のまま、常の(あるじ)に対して無礼あれば即座に誅殺する、と言わんばかりの強い視線を浴びせかけながらその様子をみつめていたが、続くコニーの言葉にふと目元が緩んだ。

 

「わ、わ、わ、私と……そのぉ……あのぉ……お付き合いいただけませんか!

 た、た、た、た、た、た、卵を……温めることを前提に!」

 

 ふぁーーーーーーーーーーーーッ!

 

 アインズは、もしそれが熱を発するものであれば周囲数平方キロを焼き尽くさんばかりの神々しい緑色の光を放ったが、当の本人(セバスとコニー)たちにはこれを意に介す様子はない。

 

「セニョリータ・コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライス。」

 

 ややあって、セバスが無闇に長たらしいその名に未婚女性への敬称を冠して呼んだ。

 

お嬢様(セニョリータ)より頂戴したそのお言葉、(わたくし)といたしましては大変に光栄で御座いますが、如何せんお嬢様はまだお若くていらっしゃる。まだまだ学ばねばならぬこと、鍛えねばならぬことなど多々ありましょう。それらを通じて、男を見る目もまた、変わっていくことで御座いましょう。」

 

 そう語るセバスをコニーはジッと潤んだ瞳でみつめている。

 

「お嬢様が立派な淑女(セニョーラ)になられたとき、それでもまだ私をお慕いくださる、ということであれば喜んでお相手を務めさせていただきますが、今はまだ、学びと育ちに日々をお過ごしいただければ幸いです。」

 

 右手を肩口からスッと斜めに振り下ろす礼を執ってセバスがそう言うと、コニーは肩を落として見るからに気落ちした様子を見せたが、ややあってぷいと身を起こすと、ぱくぱくと茶菓子を(つま)み、ぐぃっと紅茶を飲み干して、

 

「アインズさん、ご馳走様でした。

 もう少し大きくなってから出直します。」

 

と言うが早いかちょいと飛び上がると、中空(ちゅうくう)で光と共に薄紅色の石英の輝きを放つ竜に転じてそのままとてつもない速さで飛び去った。

 

「アインズ様、今のは……何だったので御座いましょう?」

 

 オレに訊いてくれるな!

 しかしおまえも……大概だな。

 

 結局ツアーの言伝は伝えそびれてしまったが、伝えたところであのじゃじゃ馬がそれに従うはずもないだろう、とアインズは再び溜息をついた。

 

 

                    *

 

 

 アインズは、アルベドを後ろから静かに抱きしめている。

 何を憚ってか薄い敷布(シーツ)を纏っているため外からはわからないが、二人は共に全裸だ。

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 寝台(ベッド)の上で二人が身を寄せ合っている。

 

 アルベドは幾度となく達しつつもその頂点を極めるとすやすやと寝入ってしまうのが常なので、少し二人で話したいことがあるときは、今そうしているように、アインズがアルベドを背後から包み込むように抱きながら語らうことがしばしばある。

 こうでもしないと、一瞬でアルベドに組み伏せられて主導権を奪われるからだ。

 

「聞いたか、その……ツアーの娘の話?」

 

 突如の謎の少女(コニー)襲来に際し、たまたま勤務(シフト)を外れていたアルベドは、アインズからはまだ直接には仔細を聞かされてはいなかった。

 

「伺いました、セバスから。」

 

「セバスから?」

 

 アインズ自身はもちろんいちいちに記憶しているものではないが、しばしばセバスがアルベドの助言を当てにすることがあるのは承知している。はて、たっち・みーもタブラ・スマラグディナに対してそうであったりしたものだったろうか。

 

「もし、自分がツアーとやらの娘を娶ることになるとすれば、自分はツアーに挨拶にいくべきだろうか、とあの者らしい真面目な顔で尋ねられました。」

 

 思わずアインズは吹き出しそうになるが、そこはグッと堪えた。

 

「で……おまえはセバスにどう応じてやったんだ?」

 

貴方(あなた)は仔犬を拾うのに親犬(おやいぬ)の承諾を()にいくのか、と。」

 

 ひっでー!

 まぁ、ツアーの娘に対する態度を考えれば、あながち間違っちゃいないわな。

 あいつだってセバスに「娘さんを下さい」なんて迫られたら困るだろーよ。

 

 いや……それはそれで面白いな!

 

「アインズ様。」

 

とアルベドの手の平がアインズの骨のそれを包み込む。

 

「手が……止まって御座いますぅ。」

 

 アルベドはアインズを背もたれのようにして目を閉じて寄りかかっているが、肩越しにアルベドを抱くアインズの手は丁度アルベドの豊満な胸の上にあり、こうして語らうに際しアルベドはアインズに胸を揉まれ続けることを好んだ。

 

 が、ついさきほどそうであったように、アインズの思考が益体もない着想に囚われると不意にその手が止まってしまい、こうして甘えた声で求められる、という寸法だ。

 

「すまんすまん、つい、な。」

 

「あのツアーの娘で御座いましょう?

 幼いゆえにかような戯言を申したものでしょうが、長じればまた変わっても参りましょう。()に受けて悩むセバスもセバスですわ。」

 

 ま、それはオレもそう思うわ。

 

「しかし……あのツアーに娘がいようとは考えもしなかった。

 どうにも、アルベドに申し訳なくて……な。」

 

(わたくし)に……で御座いますか?」

 

 アルベドが金の猫の目を大きく見開き、アインズの方を振り返る。

 

「その……なんだ。オレは……その……ナニもないので……アルベドを身籠らせてやることも出来ん。」

 

 もごもごと口籠りながらアインズがそういうと、アルベドは優しげな笑みを浮かべた。

 

「お心遣いは有り難く存じますが、私はそんなことは望んでおりませんよ。」

 

「いや、しかし……」

 

「お考えください、そもそも何故(なにゆえ)に子は欲されるもので御座いましょうか?」

 

「うーん、愛の……結晶、とか?」

 

 口にしながらアインズの中で「自分で言っといて()っずいわー!」などと心の叫びが生じていることは、アルベドにはお見通しだ。

 

「アインズ様、また手が止まって御座いますぅ。」

 

 慌ててアインズはアルベドの胸を再び優しく骨の手の平で包み込もうとするが、焦ったこともあってついついアルベドの敏感な部分を強くつついてしまった。

 

「アンッ!」

 

と頬を赤らめながら声を上げたアルベドは俄にガバッと立ち上がり、

 

「よぉっしゃぁーッ!参りますわよ、アインズ様!」

 

と、見る人が見れば寝技で相手を捻じ伏せんとする組み討ち(レスリング)戦闘態勢(ファイティングポーズ)としか思えない構えを見せたので、アインズは敷布(シーツ)で身を隠しながら、つつつーと後退(うしろずさ)った。

 

「待って!待って!アルベドさん!待って!

 もうちょっと……もうちょっとお話ししよう!」

 

 アインズとしては、期せずしてアルベドの口から発せられた、何故に子は欲されるものか、との言葉の続きが聞きたかった。ここでアルベドがあちらの方に火がついてしまえば、これを聞き出す機会は失われるかも知れない。

 

 取って喰らわんかの如く目を血走らせ立ちはだかるアルベドと睨み合うことしばし。

 

 不意に憑き物でも落ちたかのように日常の表情を取り戻したアルベドは、すっとしゃがみこみながらアインズへ背を向けて、

 

「だっこ。」

 

とせがむ。

 

 アインズが、任意の姿勢で固定できる自身の骨格を彼女が身体を預けるに丁度よい具合に調整すれば、アルベドはそこにころん、と転がり込んだ。すぐにアインズの左右の手を引いて自身の胸の上に添えさせ、心地良さげにもたれかかって目を閉じる。

 

 あー、可愛い……たまらんなぁ!

 

 アインズは、守護者統括として怜悧な采配を(ふる)い続けてきた彼女が自分の前でだけこの身も蓋もない痴態を晒して見せることに、ある種の優越感を覚えていることを自覚している。

 

「で……さっきの話の続きを聞かせてくれないか?」

 

「……何故(なにゆえ)に子は欲されるものか、の話で御座いますか?」

 

「そう、それそれ。」

 

 アルベドは、目を閉じたままアインズに深く身を委ね、ややあって語り始めた。

 

「人であれ何であれ、己の命に尽きるときが来ることを自覚する程度の知恵を持つ者は、無意識のうちにその生命を……思いを継ぐものを求めます。ですが多くの場合、継ぐ者を己のみで得ることは叶いません。」

 

「ふむふむ。」

 

「本来的にその欲求は利己的なもので御座いましょうが、知恵ある者は知恵あればこそ、自身の本能的な要求にそのままに従うことを忌避する傾向を見せます。が、従わねば子は得られません。

 

 そこで愛が語られます。」

 

「アルベドが言わんとするのは、愛あるゆえに子が欲されるのではなくて、子が欲されるがゆえに愛が語られる……ということでよいのかな?」

 

「手が止まって御座いますよ。」

 

「あ、すまんすまん。

 ……こんな感じ、でいいか?続けてくれ。」

 

「……アインズ様は、おそらくはお(たわむ)れから、ではありましょうが、子は愛の結晶、などと申されましたが、そのように考える者は少なからずおりましょうけれども、それは己が直視を忌む自身の本能を美辞麗句にて覆い隠すために言われることであって、決して事実ではないのです。」

 

「愛、などというものは存在しない、と?」

 

「そうは申しません、むしろその逆で御座います。

 順序から言えば子が先で愛が後、であることは揺るがぬ事実では御座いますが、愛、というものが語られるようになって以降、独り歩きを始めたこともこれまた事実。ですが、多くの者はこの真実に思い至らぬがゆえに、ときに相手を、ときに己自身を傷つけも致しましょう。あらゆる戦略戦術において手段と目的の混同が敗北必至であることは殊さらに論じるまでも御座いませんが、それが愛、というものなので御座います。

 

 ですが。」

 

 アルベドはゆっくりと背後のアインズへと振り返る。

 

(わたくし)とアインズ様は違います。」

 

 その猫の目に捉えられて、思わずアインズは息を呑んだ。

 

「アインズ様も私も共に異形種、尽きる生命を持たぬ者。

 そもそも子を欲する理由が御座いませんでしょう?

 

 私たちの愛は、フレーバーテキストに愛していると刻まれ、<日誌(ログブック)>にそれを刻んだと記録されたこと、に始まった愛であるがゆえに、ただただ純粋に愛、なので御座います。」

 

 ゆっくりと身体を捻ってアインズに向き合ったアルベドは、

 

「ですからアインズ様は、私を身籠らせられぬ、などということにお心を傷めずともよろしいのです。

 アインズ様と(わたくし)の愛は、ただただお互いのみを求め、(おもんぱか)り、(いつく)しみ、そして(むさぼ)る純粋至上の愛なれば、それでよろしいのです。よろしいのではないでしょうか?」

 

と楽しげに言いながら、アインズの頬に軽くキスをした。

 

 よろしいですかな、皆さん。近代的な愛、というものは中世欧州の騎士道に端を発するという説があるのですよ。吟遊詩人が語り歩いた物語は、決まって誇り高き騎士が自身の主君の奥方や姫君たちといった高嶺の花に思いを馳せ、情欲としては実らぬ愛に殉じて戦う姿を美しく謳い上げたものですが、もちろんそんなものが実際にあったはずもなく、これは同時に全欧を席巻したキリスト教が掲げる建前上の道徳律と、今日(こんにち)の我々と何ら変わらぬか、あるいはより趣くままに発露された欲望の折り合いをつけるべく騙られたものに過ぎないわけです。

 一方で、他ならぬ我々が遊戯(ゲーム)に過ぎぬユグドラシルにかくも心奪われるのと同様に、否、それ以上に、そういった物語は人々の心を捉え、実態としては存在しようはずもない愛が実際にあるのだ、あるに違いない、そうありたい、あるべきだ、という共同幻想を育みもしたわけでして、これが今日(こんにち)の我々にも伝わったものがいわゆる特定個人の間に芽生え神聖犯すべからざるものと観念しつつ、実際にはどこにも存在しない愛、の正体なのです。

 そのような意味において、かのアーサー王伝説における円卓の騎士ランスロットが、実際にはあるべきでない主君の奥方グィネヴィアへの横恋慕をあろうことか成就させてしまい、でありながら、その不道徳を責められるでもなく英雄性が損なわれるでもなく、かくも美しく謳い継がれたことなどには深い意味合いがあるもの、とお思いにはなられませんかな。おっとそういえば、我らが姫君あんころもっちもち嬢に約束していた秘薬を届けねばならんのでした、それでは皆様ご機嫌よう。

 

「凄い!

 やっぱりアルベドは凄いよ!」

 

 自身が聞かされたものか、他の誰かの記憶を辿ったものかはわからないが、不意に脳裏を走ったギルド迷物タブラ・スマラグディナの蘊蓄開陳が重なって、アインズは、ついつい懐かしさのあまり鈴木悟に由来する()の口調でそう言った。

 

「流石、あのタブラさんの娘だ!」

 

 そう言いながらアインズはアルベドを強く抱き寄せたので、(つい)ぞアルベドが一瞬その美しい顔に浮かべた不穏な表情に気づくことはなかった。

 抱き寄せられたアルベドはややあってその表情を、情欲に満ち溢れた獣のそれに変じた。

 

「スズキサトル様がお顔をお出しになられたのであれば是非もなし。」

 

 恐るべき膂力で骨の身体は寝台に組み伏せられ、上をアルベドに取られてはアインズには抗う(すべ)もない。

 

「どうかそのままで何もお考えになることなく、すべてを(わたくし)にお委ねくださいまし。」

 

 解き放たれた女淫魔(サキュバス)の力は、一瞬であっても()の自分を曝け出していたアインズをたちまちに呑み込み、彼は、一切の自我境界を破壊された己の全存在が溶け出し、混じり合い、受け入れられる幻想に酔った。

 

「あぁアルベド、凄いよ!」

「アインズ、愛しているわ!」

 

 

 

 ふと気がつくと、アインズは身体を丸めてアルベドの膝枕に横たわっていた。

 ぽん、ぽん、と彼女の手が背に触れてくれるのが心地よい。

 

 え?

 オレ……寝てた?

 

 そしてアインズは不意に真実に思い当たった。

 

 神々しい緑色の光、死の支配者(オーバーロード)の感情抑制の力があるとは言え、あれはあくまでも感情の乱れが思考をも掻き乱すことを妨げるのみで、自身が四百年にもならんとするこちらの世界のナザリックの歴史の中で、一瞬の微睡みもないまま常に下僕(しもべ)たちを守り抜かねばならんと誓う緊張感に如何に耐え続けてきたものか、とアインズは不思議に思っていた。

 

 が、実は違ったのだ。

 

「ア、アルベド……その……もう一度……」

 

「いけませんよ、アインズ様

 女淫魔(サキュバス)の技に溺れれば、アインズ様はこの部屋に籠もったまま一歩も外に御出にならぬこととなりましょう。それを……お望みでは御座いませんでしょう?」

 

 慈母の如き微笑みを浮かべながらアルベドが優しく諭す。

 一方でその(ひたい)はやや汗ばみ火照っており、内より湧き上がる己の本性……愛する者をこのまま捉えていっときたりとも離すまじ、とする魔性を抑えているようにも見えた。

 

 思った通りだ。

 これがよもや三百云十年を通して初めてのことであろうはずもない。

 

 アルベドはこうしてしばしばアインズを癒やしてくれていたのだ。

 だから、自分はここまで耐えて来られたのだ。

 そして、それを自分が如何なる形であっても記憶していないのは、アルベドの思いを汲んで敢えて記憶に留めず、常に新鮮な驚きを以てこの愛を受け止めたいと自分が願い続けてきたからだ。

 

 嗚呼、何て嬉しいことだろうか!

 

「ふふ、そうだったな。

 

 では、今度はオレの番だ。

 女淫魔(サキュバス)の技には遠く及ばぬ稚拙なものには過ぎないが、アルベドに心からの奉仕をさせて欲しい。」

 

 アインズがまだしっとりと濡れたアルベドの秘所に優しく骨の指を伸ばしながらそう言うと、アルベドは静かに自身の身体を寝台に横たえ、頬を朱に染めた。

 

「優しく……してくださいませ、アインズ様。」

 

「無論だ、愛しているよアルベド。」

 

 すぐさまにアルベドは可愛らしい嬌声を上げて身を捩らせた。

 その耳元に顔を寄せ、アインズは囁く。

 

「アルベドはオレの宝だ。

 おまえに少しでも辛い思いをさせる者があれば、オレは必ずそいつを八つ裂きにしてやるだろう。」

 

「嗚呼、アインズ、嬉しいわ!」

 

 アインズの気づきは正しく、そしてそれはやがて忘れ去られ次なる驚きの愛交の機会までお預けとなる。

 

 が、このときのアインズは一つ見落としをしていた。

 

 アルベドが、不意にアインズが見せた鈴木悟の一面に、常であれば死の支配者(オーバーロード)の強固な精神力に阻まれる己の魔性を以てアインズにいっときの癒やしの時間を与えたのは間違ってはいない。

 

 が、アルベドの真意は別にあった。

 あれ以上、創造主タブラ・スマラグディナについてアインズから語られることを忌々しく思えばこそ、彼女はアインズを淫乱の魔術で陶酔へ導いたのだった。

 

 (わたくし)は、決してタブラ・スマラグディナの思いを継ぐ者にはなりますまい。

 

と彼女が誓い続けていることを、アインズが知るのはまだまだ大分と先の話となる。




<次話予告>

遂に勃発するナザリック地下大墳墓と互角な来訪者(ギルド)との全面対決!

「アインズ様……まさか(ルベド)を?」

億劫のオーバーロード第6話『水晶の塔』

「あの()は、見た目はアルベドとそっくりなのに愛らしさがまったくないね。」
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