億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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自身が物語の主人公ではない、と悟って打ちのめされる女森妖精(エルフ)ドロレスは、意識の変容を迫られる。


4.化鳥成鳳(イマージェンス)

 地元漁師に目撃され、国王サミュエルの耳に届いた大陸西の沖合に出現した巨大な黒い(たま)、ギルド拠点吸入口(インテイク)の顛末を聞き終えたドロレスが、大粒の涙を(こぼ)しながら地に膝をついて泣き崩れるのを見て、語ったサミュエル、彼女を王に引き合わせたゲン、共に途方に暮れている。

 ゲンは不意に視線を覚えてサミュエルの方に目を向けるが、

 

(おまえが連れて来たんだからな!何とかしろ!)

 

と、顔で言っている兄貴分に溜息を一つ。

 

 なおもサミュエルは顎をしゃくって、ほれ!それ!と指図するので、やむなくゲンはドロレスの傍らに歩み寄って自身も片膝をつき、恐る恐る彼女の震える肩に大きな手を掛けて、

 

「大丈夫カ?」

 

と問うてみるも返事はない。

 そもそもゲンは、ここまでゲンたちに対するのに何事にも横柄で余裕綽々に構えているように見えたドロレスが、どうして急にここまで感情をかき乱されたものか、まったく見当がつかなかった。

 

 一方、案じられたドロレスは、自身の心の中に巻き起こった情動に整理がつかずにいた。

 

 彼女は、自身のかつての仲間との思い出のギルド拠点が失われたことを嘆いているわけでは決してなかった。

 はっきりと顛末を記憶こそしていないものの、こちらの世界(ワールド)にやってきてから拠点の維持に失敗したのであろうことは予想していたし、なればこそ、かつての下僕(しもべ)機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の始末を自らつけることに腹は括っていたつもりだ。

 

 が。

 

 その機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)、生み出すところの吸入口(インテイク)が、サミュエルたちから数千年に渡って髑髏(ドクロ)様の名で知られる不死者(アンデッド)によって消滅させられたのだとしたら、その意味するところは何だ?

 

 それは……。

 

 ドロレスはこの世界(ワールド)の主人公ではない。

 主人公は髑髏(ドクロ)様とやらで、自分はただ髑髏(ドクロ)様に新たな逸話(エピソード)を加えるべく配された……

 

「私自身も……端役(モブ)だったなんて。」

 

 思わず口からそう漏れる。

 サミュエルの話を聞くまで、ドロレスは自分がこの物語(ストーリー)の主人公であり、(ぎょ)し損ねた機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を調伏することで、失われたすべてを取り戻す大団円(ハッピーエンド)を迎えるのだ、と信じて疑わなかった。否、自分にそう言い聞かせていた。

 だが、自分が主人公ではなく手の届かぬところで進行する物語(ストーリー)端役(モブ)に過ぎないのであれば、望外な奇跡など望むべくもない。

 

 であるとすれば。

 見知らぬ世界(ワールド)で記憶も覚束ない自分はこれからどうすればいいんだ?

 そもそも、今の私は何者なんだ!

 

「そこに気づけたのなら、良かったじゃないか。」

 

「何ですって!」

 

 サミュエルからそう言われ、感情の高ぶりもあってドロレスは、相手が自身に比べれば雑魚レベルでありつつも曲りなりにも王を名乗っていることを忘れて怒鳴りつけた。

 が、サミュエルにそれを気にする様子はない。

 

「ゲンはそれを心配していたんだ。ドロレスは自分自身を英雄譚(サーガ)の主人公のように言っていて、その真偽はともかくああいう背負い込み方はきっとドロレスを追い詰めるから何とかしてやりたい……俺に届いた報せにはそう書かれていた。」

 

「……えっ!」

 

 驚いたドロレスは、先程来自身の肩にそっと大きな手をおいて慰める(てい)を採っていた……この時点で彼女は初めてゲンがそうしてくれていることに気づいた……ゲンの顔に目を向ける。ゲンは頬を赤らめ、バツ悪そうに目を逸らした。

 

「おまえさんが闇の中へ(イントゥーダークネス)のドロレス、と名乗った時点で、ゲンは黒い(たま)事件と何か関りがあるんじゃないか、とは踏んでたんだよ。」

 

「……そうなの?どうしてその時点で言ってくれないのよ!」

 

 思わずドロレスはゲンにそう噛みついて、言ってしまってから流石に勝手に過ぎるか、と目線を逸らす素振りを見せた。

 

「私モ確信ガアッタワケデハナイシ、私ヨリモ強ク見エルオマエガ信ジテイルコトデアレバ、ソレガ正シイノカモシレヌ、ト考エテイタノデナ。」

 

 ゲンはドロレスの物言いを咎めるでもなく、率直に応える。

 

「まー、なんだ。」

 

とサミュエル。

 

「這いつくばったまま話すのもアレだから一旦腰を降ろさんか?

 マイシューマツ、フーライトル、もう一杯茶を淹れてくれるか、さっきのは旨かった。」

 

「「へい、ただいま!」」

 

 先に立ち上がったゲンが手を差し伸べると、ドロレスは自然にそれを取って立ち上がった。

 

 

 

 ドロレスは改めて自身の理解しているところを語った。

 自分が九つの世界(ワールド)を有するユグドラシルの冒険者であったこと。ヴァナヘイムが九つの世界(ワールド)の一つであること。自分を含めて十七人の仲間で機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を打ち倒しギルド拠点にしたこと。その仲間たちと共にたくさんの冒険に身を投じたこと。だが、いつしか黄金の日々も過ぎ去り、仲間たちと顔を合わせることが少なくなっていって、そしてある日ユグドラシルが終わることを知ったこと。

 

「終わる?」

 

 そもそも理解に余る話なのでサミュエルは黙って頷きながらドロレスの話に耳を傾けていたが、流石にそこは聞き流せなかったようで敢えてそう尋ねた。

 

「そう、ユグドラシルは終わったの。私はそれ以降は<現実(リアル)>という名のまた別の世界(ワールド)で生きていかなくちゃならない、と考えていたことは憶えているのだけれど、正直、その意味するところは私自身よくわからないわ。」

 

 うーむ、とサミュエルとゲンは腕を組んで顔を見合わせた。

 さりとて、それで何がわかるわけでもなし。

 

「でも実際には、私はここに来た。来てしまった、と言うべきかしら。」

 

「ドウヤッテ?」

 

 ゲンは素直な疑問を口にするが、無論ドロレスはその答えを持ち合わせてはいない。

 

「わからないの。そればかりか、こちらの世界に来てしばらくのことは何も憶えていない。ただ、多分その頃に自分で書いたらしい書付(メモ)が残っていて……」

 

と、所持品(インベントリ)から手帳を取り出す。

 

「私が機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を御する(すべ)を失うまいとしていたことだけはわかるのだけれど、それからどうなったかが思い出せないの。それ以降の出来事も、どんどん忘れていってるような気がするわ。

 はっきりとわかるのは、半年ほど彷徨(さまよ)い歩いた挙句、ゲンたちに出会って、ゲンが王様の親友だと聞いて、私には意図せず連れて来てしまった機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を打ち倒す使命(ミッション)が課せられたんだ、それを果たせばすべてが丸く収まるんだ、と……思い込んだこと。」

 

「なるほど。」

 

と、サミュエルは深く頷く。

 

「正直なところドロレスの話にオレの理解は及ばん。が、おまえさんがそう考えたことは無理もない、と思うし、それはおまえさんが決して邪悪な者ではないことを(あかし)してもいような。」

 

 その言葉に慰められつつも、ドロレスは視線を落としてこう呟く。

 

「でも違ったの。

 私も、もっと大きな物語(ストーリー)端役(モブ)でしかなかった。」

 

「「否!」」

 

 サミュエルとゲンから同時に異議が申し立てられ、ドロレスが再び視線をあげると、サミュエルとゲンがお互いを視線で牽制して「どっちが(はな)すんだ?」と相談していた。どうやらサミュエルが請け負った模様。

 

「それは違うと思うぞ。人は銘々の人生の主人公であって端役(モブ)なんてない。」

 

「それは貴方(あなた)が王様だからそう言えるのよ。」

 

 そう応じられて、サミュエルはふー、と溜息をつく。

 

「それは、俺にとってはたまたま自分の手が届いてやれることが目下(もっか)の王様業だったから、に過ぎん。

 俺の国には今この瞬間も、次の世代のために良かれと信じて、荒れ果てた野を開墾し少しでも多くの実りを得よう、と奮闘している民がたくさんいる。(みな)がそれぞれの人生の主人公だ。そして、俺が王を名乗ってドンと腰を据えていることが、民たちが日々の営みに挑むに安心感を与える、と信じればこそ、俺は王様業を引き受けた。俺と民の間に、立場の差こそあれ、どちらが主人公でどちらが端役(モブ)だ、などということはないだろう?」

 

 サミュエルを見つめるドロレスの瞳が大きく見開(みひら)かれ、理解してくれるか、とサミュエルは期待を膨らませたが、それよりも、何故か隣でゲンが同じような目でこちらを見ているのが気になる。

 

「……どうした、ゲン。何か言いたいことがありそうじゃないか。」

 

「イヤ……サミュエルノ言ウ通リ、ダトハ思ウガ。」

 

「思うが……何だ?」

 

(アニィ)ハ全然、ドン、ト腰ヲ据エテナイジャナイカ。コンナトコロマデ飛ンデ来テ。」

 

「な!」

 

 ぷっ、とドロレスが吹き出す。

 

「……聞いたかドロレス、このゲンの王を王とも思わぬ物言い。

 王様、などと言っても所詮はこの程度のものだ。」

 

「知っているわ。ゲンは、サミュエルのことを、王らしからぬ王、と言っていたもの。」

 

「ハハッ、それは言い得て妙だ!」

 

 サミュエルも愉快気に笑い返す。

 そして、やおら真面目な表情になって神妙に問うた。

 

「で、ドロレス。これからどうする?」

 

 問われたドロレスも、急に現実に引き戻されて息を呑む。

 

「今の話からすると、ヴァナヘイムへの帰還の当てはないもの、と思う。あっているか?」

 

 こくこく、とドロレスは頷いた。

 

「では、俺からの提案なのだが。」

 

 ごくり、と息を呑んでドロレスは身を乗り出す。

 

「俺の……ところに来ないか?」

 

「「「……ハァ?」」」

 

 サミュエル以外の全員が同時に素っ頓狂な疑問の声をあげた。

 

「……そんなに可笑(おか)しなことを言ったか?」

 

「いや旦那!」

 

と、フーライトル。

 

「ドロレスの(あね)さんが器量良しなのはあっしも認めるところですが、口説くにしてももう少し順序ってもんがあるんじゃねーですかぃ?」

 

「失敬なことを言ってくれるな。俺はちゃんとドロレスのことを案じてこれを言ってるんだ!」

 

と、サミュエルは頬を膨らませて抗議する。

 

「……と言っても半ばはこちらの都合だ。

 第一には、ドロレスの話の通りなら、このまま別れてしまえばドロレスは今ここで語らったことも忘れてしまう恐れがあるだろう?そして、明らかにおまえさんは俺たちの誰よりも強い。そんな奴に記憶を失ったまま俺の国をうろつかれては物騒で敵わん、というのがまずある。

 共に暮らして日々顔を合わせていれば、仮に今日の話を忘れてしまったとしても関係は維持できるだろ?つまり、ドロレスには落ち着いた居場所が必要だ、ということだ。」

 

 ほー、とゲン、マイシューマツ、フーライトルが揃って、存外このおっさんは真面目にものを考えているんだな、という顔をするので、サミュエルは、いったいおまえらは俺を何だと思ってるんだ!と苛立ちを隠せない。

 

「第二には、俺には目下(もっか)、相談役となる者がここにあるゲンたちくらいしかおらず、しかも(みな)、残念ながら俺よりも先に寿命を迎えることがわかっている。ドロレスならば俺よりも若く、ここまでの話を聞いた限り聡明であることもわかるから打って付けだ。」

 

 これにはゲンが、うんうん、と頷いて見せる。

 

「そして、これは本当に俺の勝手な都合になるんだが。

 実は恥ずかしながら俺は……生まれの特殊さもあって(たね)無しでな。」

 

「……はぃ?」

 

 唐突な告白に、ドロレスから変な声が漏れた。

 

「俺を王に推した連中には最初に断りを入れてはいるが、国民全員にこれを周知する、なんてことは無理だし、そもそもそんな恥ずかしいことをしたくもない。さりとて民は世継ぎを期待するから、俺が独り身でいると、頼みもしないのに縁談を持ち込むお人好しが現れる。実は今日も、はっきりとそうとは言わないがそれを匂わせる領主との約束(アポ)があって逃げてきた。」

 

(アニィ)モ大概ダナ……」

 

「ほっとけ!

 ともかく、だ。ドロレスが俺の王宮にあってくれればそういう話もなくなるし、王妃候補に祭り上げられて迷惑を(こうむ)女子(おなご)も未然に防げる、というわけだ。」

 

「そ、そ、それって……私を、王妃にする、って言ってるの?」

 

「形だけのことだ。ドロレスならば誰も文句は言うまい。

 よしんば、フーライトルが茶化したように俺に(よこし)まな思いがあったとして、おまえなら寝込みを襲われたとて俺を組み伏せれよう?」

 

「な、な、な……」

 

 余りに突飛な話にドロレスは言葉を詰まらせた。

 ゲン、マイシューマツ、フーライトルは、わかってはいたが、やはり我らが王はどこかが狂っている、と苦笑を禁じ得なかった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと……考えさせてくれる?」

 

 ドロレスが困惑しながらそういうと、満足そうにサミュエルは頷いた。

 

「もちろん構わんよ。既に第四の理由、自分以外の誰かを自分と(おな)()に遭わせてやりたかった、は果たされたから、答えが是であろうが非であろうが、俺は構わん。いや、記憶を失ったおまえにうろつかれたくない、は乞い願うところだが。」

 

 

                    *

 

 

「受け入れの準備をしておくから、おまえらはゆるゆると王都に向かってくれ。」

 

 自身の申し出が断られることなどあるはずがない、といった(てい)を示して、サミュエルは鷲頭天馬(ヒッポグリフ)を駆って北へと飛び去ってしまった。

 

「あなたの兄貴分は、本当(ほんと)、大概な人ね。」

 

「ヨモヤアンナコトヲ言イ出ストハ私モ思ッテハイナカッタ。

 ドロレスニハ……スマナイナ。」

 

 呆れた口調でボヤくドロレスに、ゲンは本当に申し訳なさそうに頭を下げたが、

 

「やめて、やめて!ゲンには感謝してるの!」

 

と、諸手を振るドロレス。

 

「確かにサミュエルは王らしからぬ王、だけど。

 でもアレは……王の器だわ、間違いなく。」

 

「ドロレスモ、ソウ思ッテクレルカ?

 実ハ私モダ。」

 

 そう言い交わして二人は笑った。

 

 王都への道すがら、ドロレスはゲンにいろいろなことを語った。

 以前に語られたのはユグドラシルで彼女がどんな冒険をしていたかについてだったが、今語られる主な話題はユグドラシルにおける彼女の仲間たちについての思い出だ。ゲンは、ドロレスなりに心の整理をつけるべくこれを話しているのだろう、と考え、ただ黙って頷きながら耳を澄ました。

 

 ギルド長だった戦士アンジェロ、ドロレスがもっとも仲の良かった錬金術師(アルケミスト)のエレイン、あまり馬が合わなかったがユグドラシル最後の日に顔を合わせた暗殺者(アサシン)ジョン、などなど。十七人の仲間に関する逸話(エピソード)は、笑いあり、興奮あり、涙ありの、ゲンにとってもとても興味深いものだった。

 

「気分ヲ害サンデクレルトイイノダガ。」

 

と遠慮気味なゲン。

 

「構わないわ、何?」

 

「ソノ……機械仕掛ケノ神(デウス・エクス・マキナ)、ナル強大ナ怪物ニ共ニ立チ向カッタホドノオマエタチガ……疎遠ニナッタ、トイウノガヨクワカラン。何カ、キッカケニナルヨウナ出来事ガアッタノダロウカ?」

 

 ゲンのその問いは余程彼女の心に突き刺さったのか、しばしドロレスは黙り込んでしまった。

 

「アァ、スマン。思イ出スノガ(つら)ケレバ、無理ニ語ッテクレナクテモイイ。」

 

 ドロレスは、ゲンの強面に似合わぬその気遣いは嬉しかった。

 

「構わないわ、もう……昔の話だもの。

 でも、正直なところ、私自身も理由はよくわからないの。」

 

「ソウ……ナノカ?」

 

 どう言えばこれがこの聡明(そうめい)なれども決して文明人ではない妖巨人(トロール)に伝わるものだろうか、と呻吟しつつ、ぽつり、ぽつり、とドロレスは語る。

 

「ゲンにはピンとこない、とは思うのだけれど、ユグドラシルは私の人生の……半分でしかなかった。」

 

「半分?」

 

「そう、半分。もう半分を、私は<現実(リアル)>というもう一つの世界(ワールド)で過ごしていたはずなのよ。どうしてだか、その世界(ワールド)での出来事をほとんど思い出せないんだけど。」

 

 ゲンはもちろん、ドロレスも承知していないことにはなるが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの理解によれば、こちらの世界に渡り来るユグドラシルプレイヤー、NPCは、こちらの世界に顕現する瞬間、その存在、記憶をギルド拠点の<日誌(ログブック)>に依存している。

 ギルド拠点で語られなかったことは<日誌(ログブック)>にも記録されず、そこに拠って立つ今のドロレスには元からなかったことになる。つまり、ギルド闇の中へ(イントゥーダークネス)の十七人は、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)攻略戦をはじめとした自分たちの冒険を振り返って語り合うことはあったが、ユグドラシルの外側、<現実(リアル)>の出来事をユグドラシル内で語らう習慣を持たなかったのだ。

 

 わからないなりに、ゲンは理解を試みる。

 

「ソレハ……夢、ノヨウナモノカ?

 モシ、毎夜続イテイク夢ヲ見ルノダトスレバ、ソレハ人生ノ半分、トイウコトニナル。」

 

 ドロレスは素直にゲンの発想に感心した。

 無骨な外見には似合わぬ見識だ、と。

 

「ゲンの言うところは当たらずとも遠からず、ね。実際、私自身、<現実(リアル)>は夢だったんじゃないか、と思わないでもないのよ。ただ決定的に違うのは、まず、ユグドラシルでギルド拠点の維持、つまり機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を従え続けるには金貨が必要だったのね。」

 

機械仕掛ケノ神(デウス・エクス・マキナ)、トイウノハ……金貨ヲ喰ラウノカ?」

 

「それも当たらずとも遠からずだわ。そして、私達はその金貨を、もちろんヴァナヘイムでの冒険で得ることもあったけど、多くの場合は<現実(リアル)>で買ってたのよ。どうやって、かまでは思い出せないんだけどね。」

 

「金貨ヲ……買ウ?」

 

「あぁ、そこもゲンからすれば違和感はあるでしょうね。

 とにかく、<現実(リアル)>を夢に擬えるゲンの発想は大きく外れてはいない。でも、夢がただ記憶にあるだけで目覚めている世界(ワールド)に影響を与えないのに対し、ユグドラシルと<現実(リアル)>には相補性があった。

 

 ユグドラシルは<現実(リアル)>のためにあり、<現実(リアル)>はユグドラシルのためにある。

 

 そして、十七人の仲間の(あいだ)で揉め事が起こるときは、決まって<現実(リアル)>から調達する金貨の多寡が原因だった……ような気がするわ。」

 

 その意味するところをどこまで解したか定かではないが、

 

世知辛(せちがら)イモノダナ。」

 

と、呟くゲン。

 

「ヴァナヘイム、ユグドラシル、トイウノハ。

 ……神仙ガ住マウ世界、カト思ッテイタ。」

 

「やめてよ、私は神様でも仙人でもないわ!」

 

「アァ、ソウダナ。ドロレスハ強イ……ガ、他ハ我々ト同ジ、思イ、悩ミ、笑イ、悲シム存在ダ。

 ナレバコソ、私ハ改メテ、ドロレスヲ歓迎シヨウ。

 我々ノ世界ヘヨウコソ。オマエガ失ッタモノヲ埋メ合ワセルコトハ叶ワヌダロウガ、此処ハ此処デ……」

 

 ニッと八重歯を見せて笑うゲン。

 

「……悪クハナイ。」

 

「そうね、あなたの言う通り。

 本当にゲンに出会えてよかったわ、ありがとう。」

 

 旅の半ば、ドロレスが弓の腕前を披露する機会があった。

 マイシューマツが、彼らが進む原野の彼方に数頭の鹿の群れをみつけたからだ。

 

「一頭狩っていきやすか?王宮の賄方へのいい土産になりまさーな!」

 

「……美味しいの?」

 

 とドロレス。

 うんうん、とフーライトルが頷くと、

 

「任せて。」

 

と、ドロレスはその場で背にしていた長弓(ロングボウ)を構えて矢をつがえた。

 この時点でゲンたちは、目測千メートルは先にいる鹿が射れるはずもないので、ドロレスが冗談でこれをやっているのだ、と疑わなかったが、えい!と彼女が矢を射ると、ゲンたちが見たことのないとてつもない初速で放たれたそれが一直線に鹿へと向かい、しばらくしてマイシューマツが、

 

「あ、本当(ほんと)に当たった!」

 

と、驚きの声をあげた。

 

「失礼しちゃうわね、この距離なら外さないわよ。」

 

と嘯くドロレスの言葉の通り、馬鹿げたことに放たれた矢は、鹿の眉間を(あやま)たず貫いていた。

 その常識の埒外の腕前に、三人は顔色を失った。なるほど、我らが王の言う通り、この(ひと)を野放しにするのは物騒極まりないな、と。

 

 こうして狩られ、小鬼(ゴブリン)二人組が頭を落として血抜き処理した鹿の肢体を肩に背負っていたため、王宮に辿り着いたドロレスを、先々王妃に据えるべく招かれた女性だ、などと考える王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)、かつてのサミュエルの子飼いの部下たちは誰一人としていなかった。

 ゲンたちが一緒だったこと、美しいながらも野趣溢れるその姿から、トブの森の古い馴染が親分を尋ねて来たものだろう、といった辺りが(みな)の理解だ。

 

 サミュエルの性格からして事前に触れなどしてはいまい、とゲンは思っていたが、では颯爽と飛び去るに際して言われた「受け入れの準備」とは何なんだ、と思いきや、呆れたことにサミュエルは、部下たちに仔細を説明せぬままに自ら日曜大工と化して王宮裏手の建屋に手を加え、ドロレスのための部屋を用意していた。

 

「事情を話すと、やれ祝宴だ何だ、と騒ぎになるからな。

 こういうのは既成事実にしてしまうに限る。」

 

 事も無げにそう言ってドロレスたちを出迎えたサミュエルに、(みな)ただただ呆れて溜息を一つ。

 王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)の連中は、王宮の壁を戦斧(バトルアックス)でぶち抜く王を見て怪しまなかったのだろうか。否、その程度でいちいち怪しんでいては、この破天荒な王には付き合いきれまい。

 

 (いにしえ)の有徳の封建君主に因んで(サン)クウェール、と名乗った村、現在の王都リ・エルキュリーゼの南端、周囲をなだらかな丘と村の農地に囲まれた野原にサミュエルの王宮は建っている。

 王宮、とは名ばかりで、村の建物と同じ技法で造られた建屋は存外簡素なものだ。政務、謁見のための南面する本殿と、その北側に設けられた王の私的空間(プライベートスペース)としての寝殿から成っていて、本殿が内壁を欠く大広間になっていることを除けば基本構造はほぼ同じ、外見は少し大きめな村の山小屋(シャレー)と変わりはない。

 寝殿には、王の寝所、訪問者のための客間複数、賄方を含む食堂、召使のための部屋があって、サミュエルは自室に一番近い客間に自室につながる扉を設けると共に、他客室との間に新たな間仕切りを造ってドロレスの部屋に当てた。

 

 一日休んだゲンたちが水源谷(オーシヴァル)への帰路につくに当たり、ドロレスはゲン、マイシューマツ、フーライトルに抱擁(ハグ)を与えて名残を惜しんだ。

 

「ジャン、アラン、ローランにもよろしく伝えてね。

 私、態度が失礼だったと思うから。」

 

「あいつらは(のち)(あね)さんが王妃になったと聞いて、名誉に思うことはあってもそんなことは気にしませんでしょうよ!」

 

 ドロレスの柔らかい身体(からだ)の感触に頬を赤らめながらフーライトルがそう言うと、(みな)、さもあろう、さもあろう、と屈託のない笑みを浮かべた。

 最後に今一度ゲンを強く抱きしめたドロレスは、

 

「本当にありがとう。」

 

と言葉(かず)は少ないながらも深い謝意を示した。

 ゲンは強く頷いてドロレスの肩をぽんぽん、と叩き、八重歯を見せた笑顔で応じた。

 

 

 

 こうしてドロレスのサミュエルの王宮での生活が始まったのであるが、数日のうちは特に何ということもなかった。

 王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)、リ・エルキュリーゼの村から派されている使用人の(たぐい)は、出入り勝手を許されている女森妖精(エルフ)を、ただただ王の客だ、とだけ考えて何も疑わなかったからだ。ドロレス自身も、流石に騒ぎを起こすのはまずいと考えたものか、時折気まぐれに王宮の周囲を散策しつつ大人しく過ごしていた。

 サミュエルは、基本的には午前中を政務、謁見に当てる暮らしをしているようで、存外真面目に王として働いているようだった。もっとも、ふらりと騎獣を駆って出て行ってしまうこともしばしばで、王宮の人々は既に、我らが王はそういうものだ、と割り切っているようで、サミュエルが数日行方を晦ましても誰も気になどしていないように見えた。

 

 流石に十日を超えた辺りから、使用人の中でも鼻の効く年配の女性を中心に噂が立ち始めた。彼女らは数日おきに北の村へ帰って交代するので、その頃から王宮での出来事は村人の間でも話題になり始める。

 遂に村の領主の使いを名乗る者が王の謁見を求めて現れ、

 

「陛下におかれては……ひょっとしてお妃様をお迎えで?」

 

と、恐る恐る尋ねてみれば。

 

「あ、言ってなかったか?」

 

と、応じるサミュエル。

 たちまちに使いは「挙式を!祝宴を!」と騒ぎ始めたが、

 

「無用だ。」

 

 王の返しは取り付く島もない。

 

「おまえたちが村々で祝いたいのであれば勝手にやってくれて結構。

 祝い酒を届けてくれる分には歓迎する。」

 

 この話が徐々に広まって、王の身も蓋もない性格を既によく承知している民たちは、余計なものを献上すると返って不興を買うことになる、と、素直に各地の自慢の酒のみを王宮に送り届けてきて、あっという間に寝殿の食料庫は酒瓶で一杯になった。ドロレスは、自分を迎えた真の理由は実はこれではないのか、と疑ったほどだ。

 

 そんなある夜のこと。

 

 自室の扉がコンコン、と打たれて、

 

「ちょっといいか?」

 

と、サミュエルの声。

 ドロレスは、珍しいこともあるものだ、と扉を開いて出迎えれば、王が酒瓶と酒坏(グラス)を二つ持って立っていた。

 

「やるか?」

 

 手酌で()ぎながらそう問うサミュエルに、ドロレスは首を横に振った。

 仔細は思い出せないままにいるが、何故か酒には嫌な印象がある。

 

 これは、こちらに渡り来てしばらくの(あいだ)共にあり、(のち)に単独行動中にアインズの手にかかった暗殺者(アサシン)ジョンが、彼女が諌めるのも聞かずに酒に溺れる日々を過ごしていた断片的な記憶によるものなのだが、既に経緯を思い出せない彼女にその自覚はない。

 

「では勝手にやらせてもらおう。親父の血のせいか、こればかりは()められんのでな。」

 

 そう言いながらサミュエルは、美味そうに酒を煽った。

 

「こう見えて俺は存外真面目に王様業をやっているのでな。ここしばらく招いておいて放置であったことは申し訳なく思う。」

 

 いや、そんなこと気にしなくても、とドロレスは手を振って示すが、酔っているのかいないのか、サミュエルは真顔だ。

 

「よもや拒まれまい、とは思うが。」

 

と、言われて、ドロレスは強い自身の拍動を覚えた。

 対するサミュエルは、ドロレスが固く身構え頬を赤らめるのを見て慌てる。

 

「あー、待て待て!

 すまん、今のは俺の言い方が悪かった!そういう意味じゃない!」

 

 その様子に、ドロレスは安堵と、少しだけの残念さが()り混じった溜息を吐いた。

 

「ユグドラシル、だ。」

 

と、サミュエル。

 

「まだおまえに伝えていなかった、おまえを王宮に招き入れた真の理由がある。」

 

 常ならぬ真剣な面持ちでサミュエルがそう言うので、自然とドロレスも居を正すことを迫られた。

 

「前にも話したかとは思うが、こう見えて俺は存外勉強家だ。ポリス・ウロヴァーナの統治官(アルコーン)を任されていた折は、休日はリ・ウロヴァールの図書館に籠もったものだ。

 俺はずっとこの知識を、御伽噺の(たぐい)か、あるいは古人の知恵を伝える寓話か何かだと考えていた。が、今こうしてドロレスを目の前にして、考えを改めざるを得ない。」

 

 ドロレスには、今一つサミュエルの言わんとするところがわからなかった。

 

「おまえだけじゃないんだ。」

 

「……どういうことかしら?」

 

「無論、すべてがすべて言葉のままに信じられるかどうかはわからん。が、大陸のここ数千年の歴史を遡ると、おまえ以外にも、ユグドラシルからやって来た者がいる、と考えると得心のいく逸話(エピソード)が散在しているんだよ。」

 

「!」

 

 ドロレスの目が見開(みひら)かれる。

 

「でも……それって、おかしくない?

 私の憶えている限りでは、ユグドラシルは半年だか一年くらい前に終わりを迎えたの。そしてユグドラシル自身の歴史はたかだか十数年のもので、何千年も前からあったものじゃない、と聞いているわ。」

 

 常識的に応じるドロレスの物言いに、サミュエルが怯む様子はない。

 

「そもそもが異なる世界からやって来る、などという無茶な話だ。ユグドラシルの終わり、とやらを起点に、それがこちらの歴史のあちこちへと繋がっている、と考えて悪い理由もあるまい。」

 

 ドロレスはハッ、と息を呑んだ。

 この破天荒に見える王は、思っていた以上に頭がキレる。そして、そのことに今の瞬間まで気付けなかったことが、この男の底知れなさを(あかし)もしている、と。

 

「で、私にユグドラシルについて語れ、と?」

 

「有り体に言えばそういうことになるな。

 俺には王として民を守る義務があるから、今後もあるかも知れないユグドラシルからの来訪者について知っておくことは有用だ。(みな)(みな)ドロレスのように話が通じる相手とも限らないからな。」

 

 なるほど、とドロレスは得心した。

 サミュエルの言うことが本当なのだとすれば、確かにそれは彼らにとって脅威であるのかも知れない、と。

 

「でも……どこから話したものかしら?」

 

 ドロレス自身、ゲンと語って改めて自覚に至ったことではあるが、そもそもユグドラシルとは何であるのか、その背後にあった<現実(リアル)>とは何であるのか、どうして今自分はここに居るのか、わからないことの方が多い。何を話せば、この王の求めに応じることになるだろう?

 

「では、一つ尋ねたいことがある。」

 

と、サミュエルは言う。

 

「ある言葉、についてだ。」

 

「言葉?」

 

「そう。俺にはまったく意味がわからんのだが、おそらく一つの鍵になる言葉だ。ドロレスならば、その意味するところがわかるやも知れん、と思っている。」

 

「……期待に応えられるかはわからないけど、とりあえず聞かせてちょうだい。」

 

 そして、サミュエルから発せられた言葉は、大いにドロレスを驚かせた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン……とは、何だ?」

 

「……何ですって!」

 

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