億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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国王サミュエルの問いに、女森妖精(エルフ)ドロレスはどう応えるのか?


5.入内立后(インストレーション)

「その様子からすると。

 アインズ・ウール・ゴウン、に心当たりがあるのだな?」

 

 よもやこの世界(ワールド)の住人から口にされようはずもない名を聞かされて狼狽えるドロレスに、サミュエルは落ち着いた口調でそう尋ねた。

 

「……あるわ。」

 

と、ドロレス。

 

「それは……訊いて構わないものだろうか?」

 

 神妙にサミュエルは、問う行為、それ自体の妥当性を問うた。

 彼の念頭に、世界北方を()べる竜王(ドラゴンロード)からその名について探求することを遠回しに戒められた逸話(エピソード)があろうなどと、ドロレスに知る由はない。

 

「それは……ユグドラシルでは、知らない者のなかった超有名ギルドの名よ。」

 

「ドロレスのそれが闇の中へ(イントゥーダークネス)、であるような……か?」

 

 サミュエルは自身の理解を試みるべくそう問う。

 

「その理解は正しいけれど、引き比べるのも馬々鹿々しくなる連中だわ。

 私たちも、ヴァナヘイムではちょっとは知られた存在ではあったけれども、アインズ・ウール・ゴウンの名はユグドラシルの九つの世界(ワールド)に知れ渡っていたもの。」

 

「それは……強い、ということなのかな?」

 

「個々の強さで言えば、別に私らと大して変わらないわ。同じ百レベルだし。」

 

 聞き慣れぬ()に、サミュエルは目を丸くした。

 

「百レベル?」

 

「ユグドラシルではプレイヤーの強さは一から百の数値で示されるの。

 最大が百レベル。これ以上はないってことね。」

 

 ふと、サミュエルは不安を覚える。

 

「……参考までに訊いておきたいんだが。

 そのレベル、とやらで言うと……俺はどれくらいになるんだ。」

 

「正確にはわからないけれど、三十と少し、といったところかしら。

 ちなみにレベルと実際の強さの関係は正比例よりはむしろ指数関数だから、単純に私が貴方(あなた)の三倍強い、って意味じゃないからね。」

 

「それは……参ったな。」

 

 必ずしもドロレスの言の正確な意味を(かい)したわけではないサミュエルではあったが、自ずと言わんとするところに思いを馳せ、(ひたい)に浮かんだ汗を拭う。

 

「そういう意味では、私たち闇の中へ(イントゥーダークネス)とアインズ・ウール・ゴウンに差はない、という言い方はできる。でも彼らはそういう次元じゃなくて、戦略、戦術の面で突き抜けてたの。誰にも予想できない戦い方をして、誰にも気づかれないままに目的を遂げ、終わってみれば常に勝者の側にいる。そういう連中よ。

 単に総戦力の数字上の比較だけならアインズ・ウール・ゴウンよりも強いとされるギルドはいくらかあったけれど、その存在感では頭一つ抜きん出ていた。」

 

「ドロレスはその……アインズ・ウール・ゴウンとやらの誰かと面識が?」

 

「あるわけないじゃない!あまりに有名だからこちらが一方的に知ってただけ。

 あちらさんはこちらの存在すら知るはずがないわ。」

 

 実際のところ、このドロレスの発言は謙遜が過ぎた、ということになる。

 

「とにかく破格だったのよ。中でもユグドラシルを震撼させたのが千五百人の襲撃事件ね。百レベルプレイヤー千五百人がつるんで連中の拠点ナザリック地下大墳墓を襲った、って話なんだけど、アインズ・ウール・ゴウンはこれを撃退して見せた挙げ句、そのギルド長は死屍累々の中で……」

 

と、ここでドロレスの言葉が途切れる。

 

「……ん?ドロレス、どうした?」

 

「モモンガさんだわ!」

 

「も……もも?」

 

 レベル、にも増して意味不明の音韻にサミュエルは戸惑いを示すも、ドロレスは声高にがなり続けた。

 

「モ・モ・ン・ガ!

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名よ!」

 

「その、モモ……が、何なんだ?」

 

貴方(あなた)機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を倒したの……誰だと言った?」

 

「……髑髏(ドクロ)様。」

 

「それよ!

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガさんは死の支配者(オーバーロード)。まさに黒衣を纏った骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)なのよ!」

 

髑髏(ドクロ)様の正体が、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガだと?」

 

「それ以外、あり得る?」

 

 そんなこと言われても俺に判断できるわけないだろう、とサミュエルは苦々しい表情を浮かべたが、同時に竜王(ドラゴンロード)が言葉を濁して語ったところの真の意味が見えてきつつあった。

 

「私らが機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)を倒したときはアレに辿り着けた十一人掛かりで、しかも勝利したときは満身創痍だった。髑髏(ドクロ)(さま)がアレを倒したと聞いていったいどうやって、と思っていたけれど、モモンガさんならあり得るわ。あの人、トンデモない必殺技を持ってたから。」

 

「実は……」

 

と、サミュエル。

 

「俺の調べた文献記録上、確かにそうだろうと思われる髑髏(ドクロ)様についての伝承は四千年ほど前まで遡れるんだ。」

 

「……はぁ?よ、四千年!」

 

「他にも、ユグドラシルからやって来た者が引き起こしたと疑われる大事件はいろいろと記録されている。

 世界を滅亡の一歩手前まで陥れたと伝わる八欲王。十三英雄が挑んだ魔神。東方カルサナスの平原に現れたという触れ得ざる塔。西海岸の台地に今もその痕跡を遺す鬼顔城(きがんじょう)。そして三百年ほど前、これは俺自身見聞きしたことになるが、大陸の機械文明を灰燼に()した<(めぇ)()く七日間>。

 いずれもそのまま世界が滅んでいてもおかしくない大事件だったが、都度、これらの災厄は何らかの力によって食い止められてきた……ようにしか思えないんだ。」

 

 その含意にドロレスの表情が強張った。

 サミュエルの語る歴史の中に、()()()()()()()()()が含まれているのは御愛嬌だ。

 

「そもそも、俺やゲンたちトブの森の民が髑髏(ドクロ)様の名を知っているのは、髑髏(ドクロ)様こそが四千年前に俺たちの始祖にあたる森の英雄に導きを与えた、と言い伝えられているからだ。髑髏(ドクロ)様は<(めぇ)()く七日間>の(のち)にも出現して、大災厄から森へ逃げ込んだ人間たちの平原への帰還事業を指揮したと言われていて、これにはゲンの親父が参加している。」

 

「……全部、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんの仕業だと?」

 

「そういうことになるんじゃないか?

 加えて俺自身の国王即位だ。」

 

「……はぁ?」

 

 目の前の王もまた、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガと関わりがあることを匂わせるその発言に、ドロレスは驚きの声を漏らした。

 

「ゲンから聞いているかと思うが、俺はこの辺りの民に無理な貢納を求めてきていた破落戸を追い払ったことで王位に推されたんだが、これに助勢すると共に、裏で民を煽って俺の王位推戴を図った何者かの存在を、俺はずっと疑っている。」

 

「いくらなんでも……それは考えすぎじゃない?」

 

 そんな馬鹿な、とドロレスは問うが、サミュエルは確信を(いだ)いている様子だ。

 

「ドロレスは、どうして俺がアインズ・ウール・ゴウンの名を知っていると思う?」

 

「……どうしてなの?」

 

「俺が追い払った破落戸どもが、アインズ・ウール・ゴウンを名乗っていたからだ。」

 

「ふぁ?」

 

「正しくは、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、だがな。」

 

「……えっ?

 待って!ちょっと待って!」

 

 ドロレスは大慌てで自身の所持品(インベントリ)を探り一冊の手帳を取り出した。

 サミュエルは、そういえば初めてあったときにもドロレスはそんなものを取り出して何か言っていたな、と思うも、その時点では中に書かれた内容については聞かされていない。

 

「これ見て!」

 

 開かれたのは最後の(ページ)

 自分の筆跡であるのは確かなのに書いた記憶のない見開きだ。

 

「……ユグドラシルの文字か?

 俺には読めない。」

 

「こうして言葉が通じるのに?」

 

「あぁ、それは<翻訳の神秘>だ。地域や種族によって用いている文字はまったく違うが、何故だか会話は通じる。大昔からずっとそうで、ほとんどの者は強いて疑問にすら思っていない。

 で……何が書いてあるんだ?」

 

「ここ。」

 

 と、ドロレスは見開きの右下、ここに書かれた中で唯一数字でない箇所を指差す。

 

「これ、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と書いてあるのよ、私の筆跡で。」

 

「どういう……ことなんだ?」

 

 サミュエルはまったく意味するところに思いが及ばず深く首を傾げた。

 

「私も意味がわからずにいたの。少なくとも私にはこれを書いた憶えがないのよ。

 他は全部数字なんだけどね。ここにある数字、これはギルド拠点を維持するのに……つまり、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)(ぎょ)し続けるのに必要な一日当たりの金貨の数なの。ここに百八十が掛けてあって、半年分の金貨が計算されてる……わかる?」

 

「ドロレスは、憶えてはいないが、半年間に必要な金貨の数を見積もっていた、ということか?

 以前に言っていた、その何とかいう化け物を御する(すべ)を失うまいとしていた、というアレだな?」

 

「そう!

 で、その横に並んでいる数字は、何なのかはわからないけれど何かを<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込んで……」

 

「<換金箱(エクスチェンジボックス)>?」

 

「あぁ、そこから説明がいるわよね。

 ユグドラシルの魔法の品(マジックアイテム)で、放り込んだものの価値に応じて金貨に替えるの。それがすべてじゃないけど、ヴァナヘイムにいたときはこれに冒険で手に入れた宝物を放り込んでギルド維持費を得ていたのよ。」

 

「なるほど、続けてくれ。」

 

「この一連の数字は、何かをいくらか<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込んだらこれだけの金貨が得られる、を意味しているように見えて、合計が半年分のギルド維持費にほぼ一致しているから、これで何とかしようと試みたんじゃないか、と思うの。

 でも、同じ数字の上にそれぞれ五割(まし)の数字が(あと)から書き加えられていて、実際に得られた金貨が足りなかったか、あるいは余裕がないことが心配になって……」

 

「いや、待て待て!」

 

 攻守交代。

 

「今……何と言った?」

 

「……だから、金貨が足りなかったか、あるいは」

「そこじゃない!

 五割(まし)……と言ったか?」

 

「そうよ。それがどうかした?」

 

 ふーっ、とサミュエルは深い溜息をつく。

 

「俺やゲンがリ・エルキュリーゼ……その時点(じてん)では(サン)クウェールといったこの村に馳せ参じたのは、破落戸どもが突如貢納の五割(まし)の額を突きつけて、村人がそれでは立ち()かぬ、と救援を求めたからなんだ。」

 

「……えっ?

 つまりそれって……」

 

「俺たちが立ち向かった神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の黒幕は。

 実はおまえだった……ということにならんか?」

 

 この指摘にドロレスの目が点になる。

 

「もしそうだとすると得心のいくことがある。

 実は俺は、国王即位を宣じるにあたり、世界北方を統べる竜王(ドラゴンロード)に許諾を請うている。白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン卿は、俺が戦ったアインズ・ウール・ゴウンは、その名を騙った偽物であろう、と事も無げに語った。

 ドロレスがそれだ、と考えると納得がいく。それに、俺たちは破落戸どもを追い払った(あと)、帝国の再襲来を防ぐべく交渉相手を求めたが、梨の礫だった。これは、ドロレスが記憶を失って彷徨(さまよ)っていたからだ、とすれば説明がつく。」

 

「そ……そんな馬鹿な!

 とにかく何にも憶えていないから是とも否とも言い難いんだけど……仮に私が破落戸たちを使ってギルド維持費を得ようとしたんだとしても、アインズ・ウール・ゴウンの名を騙る、というのは、ちょっと考えにくいんだけど。そもそもそんなことをする必要がないし、だからこそ私は、手帳に残された神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、という言葉の意味がわからなかったのよ。」

 

 うーむ、と腕を組みながら唸る二人。

 ほんの一年と少し前、丁度今二人が向かい合っているこの場所で激突した両軍の将が、顔を合わせつつ、何がどうしてこうなったんだ?と思い悩んでいる摩訶不思議な絵面(えづら)だ。

 

「いや……何となく見えてきたぞ。」

 

と、サミュエル。

 

「おまえのギルド、とやらに不死者(アンデッド)が居たか?

 あるいは、おまえたちは不死者(アンデッド)を使役できるか?」

 

「いないけど……どうして?」

 

「そもそも俺が神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名を知った最初のきっかけは、五十年ほど前にそいつらが当時俺が官吏として仕えていたアーグランド評議国にその名を名乗って貢納を求めてきたことだ。そして、俺は(あと)からゲンに聞かされて知ったことになるが、連中はトブの森にも同じことを試みて、断られた腹いせに慮外な力を有する不死者(アンデッド)を持ち出した。これを髑髏(ドクロ)様が撃退した場面にゲンは立ち会っている。」

 

「どう考えても……それは私じゃないわよ。」

 

「俺もそう思う。

 さっきの五割(まし)、の話な。その半年前、貢納の要求額は突如として以前の四十倍に跳ね上がったと聞いている。おそらくドロレスがあの破落戸どもを掌握したのはその時点だろう。」

 

「それって……」

 

「あぁ、俄には呑み込み難い話ではあるが、ドロレスよりも前にやって来た他のユグドラシルからの来訪者があって、そいつらが何を思ってかアインズ・ウール・ゴウンを騙って破落戸どもを組織した。その動機は、そいつらのギルドの維持以外あるまい。これを後からやって来たドロレスが、やはりギルドを維持しようと乗っ取ったんだろうな。

 そして、破落戸どもが神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、などと名乗っていることを不思議に思ったドロレスがその名を手帳に書き留めた……といったところじゃないか、真相は?」

 

「そんな……まさか……」

 

「こう言いながら俺自身、よもやそんなことが、と思わないでもないが、状況証拠はこの考えを支持するし、ドロレスが記憶に難を抱えているのであればさもありなん、とも思う。」

 

 そう言われて、しばしドロレスは視線を落として呻吟する様子を見せたが、やがてぽそりと、

 

「……ごめんなさい。」

 

「ん?」

 

 サミュエルは顔を突き出して、意外だ、という表情を見せる。

 

「あなたも含め、こちらの皆さんにトンデモない迷惑をかけてしまったようで……」

 

「詫びる必要などあるまい。」

 

 申し訳無さそうにするドロレスを、片手を差し出したサミュエルが制する。

 

「どういった事情があってのことかはわからないが、元居た世界から見知らぬこちらに放り込まれて、金貨を喰わさねば暴れ出す化け物の(せき)を負うたのだろう?これを(ぎょ)そうとするのは引いては当地に暮らす民草のことを思ってやってくれたことだ。そして、(ぎょ)し損ねた穴埋めに、俺に危機を伝えるべく馳せ参じてくれたのだから、礼を言うことはあっても咎めはせんよ。」

 

「違うの!」

 

と、ドロレスは反論する。

 

「憶えてはいないけれど、貴方(あなた)の言う通り私がギルドの維持を試みたのだとすれば、その動機はただただ機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)が恐ろしかったからで、貴方(あなた)たちを守るためでは決してないわ。

 貴方(あなた)を訪ねようと考えたのも、ユグドラシル時代の考え方に縛られて、物語(ストーリー)の主人公である私が王の知己を得て難敵に立ち向かうのは至極当然、と考えただけのことで、誰かを守ろうなんて考えてもいないし、そもそも私はゲンたちのことを端役(モブ)と呼んで蔑んだのよ。」

 

 そう叫ぶように訴えながら、ドロレスは瞳を潤ませた。

 が、これにサミュエルは諭すように優しくこう応じる。

 

「構わんじゃないか。」

 

「……え?」

 

「おまえ自身の動機はどうあれ、いずれの行動も結果的に俺たちを守ることにつながっていたのは事実だろ?」

 

「それは……そうかも知れないけれど。」

 

「それに、俺だって偉そうなことは言えん。

 俺が王を引き受けたのは、表向きは民の求めに応じて、ということになるが、俺自身の動機は、子を成すことが叶わなかった俺が、父母が望んだ名を後世に(のこ)すを果たすのに最良の手段だと判じたからだ。」

 

 もっとも。

 

 ドロレスには知る由もないことではあるが、彼の名、サミュエルは、元を質せば彼の父グランボルグのさらに父、彼からすれば祖父になる大鬼(オーガ)が、自身の命の恩人の名を子に()がしめたがために継承し損ねた名であり、姓エルキュルは、グランボルグの名の物語に強い共感を示した母が、後世に伝えたいと願った夭折した前夫の姓だ。

 サミュエルが父母の思いを継いでこれを後世に残したいと願ったのは、父母それぞれにいささか異なるところはあれども、銘々が敬愛を捧ぐ故人(こじん)を慮って伝えることを願った純粋利他の思いで自身に伝えられたものであることを承知していたからであり、彼にとってもまたこの名の継承は、決して利己の思いに発するものではなかった。

 

 王となって以降の彼は、この背景を他者に語ることがなかったと伝わる。

 

「そもそも俺は、アーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)たちが、自国を攻める構えを見せた帝国に対し、強大な力を誇るにもかかわらず掣肘を加えないことに義憤を(いだ)き、持って()(くだ)って私兵を養い、機を得てそれを晴らしたに過ぎん。要するに、民がどうこうなどは俺の眼中には元々なくて、ただ竜王(ドラゴンロード)たちに対しての嫌味のつもりで始めた私戦(しせん)だったんだよ。」

 

 そう語るサミュエルを、じっとドロレスが見つめている。

 

「誰の思惑あってか民たちから王に推された折も、その時点で帝国が実体を欠いているなどということは思いも及ばなかったから、俺の念頭にあったのは、俺が推戴を断れば逆切れした民が帝国と謀ってポリス・ウロヴァーナに攻め(のぼ)るかもしれない、という危惧だ。万が一そんなことになれば、在野の(もの)とはいえ元執政官が勝手に始めた戦いに巻き込まれたとあっては、竜王(ドラゴンロード)の逆鱗に触れて俺が処断される可能性もあった。

 つまり、俺にはあれを断ることなど(はな)からできるはずもなかった……ただそれだけなんだ。」

 

 今にも泣き出しそうだったドロレスの表情が落ち着きを取り戻したのを認めて、サミュエルはこう続けた。

 

「誤解して欲しくないから言っておくが、俺は自身を卑下してこれを言ってるんじゃないからな。むしろ逆だ。

 民は俺の内実などどうでもよくて、民から見て民草を庇護してくれる英雄に見えさえすれば、誰でもいいんだ。その証拠に、連中は担ぐ相手をトブの森、帝国、そして俺と恥じることもなく転々としてきたんだからな。俺も、俺を王と仰いでくれるのであれば、その内実なんぞ問うまいよ。

 そして、少なくとも俺やゲンから見たドロレスは、自身の失われつつある記憶に不安を感じぬでもあるまいに、俺たちに危機あることを報せるべく駆けつけてくれた異世界の友だ。それ以上、何を求める?」

 

貴方(あなた)……本当に王様、なのね。」

 

と、ドロレス。ユグドラシルにも王を名乗るNPCは数多あったが、それらはただそれらしい台詞を定められた通りに吐き出す人形でしかなかった。

 

 この男は。

 まさに王気を纏っている!

 

「最初からそう言っていたつもりだが、漸く納得したか。」

 

と、サミュエルはニヤリ、と笑う。

 ドロレスも一旦微笑み返すが、たちまちにその表情は悲壮なものに転じた。

 

「私は……貴方(あなた)たちから去らなくちゃいけないわ。」

 

「どうして?」

 

「アインズ・ウール・ゴウンの諜報能力は抜きん出たものだった。機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)の暴走開始をたちまちに捉えて即時殲滅したくらいだから、私の動向も捕捉されてると考えるべきでしょ?私とモモンガさんの闘争にサミュエルや貴方(あなた)の民を巻き込むわけにはいかないわ。」

 

「そこだよ、ドロレス。」

 

 (きっ)とサミュエルがドロレスを指差す。

 

「俺がドロレスを招いた最大の理由は、まさにそこを測るためだ。」

 

「じゃぁ!」

 

「待て、最後まで聞け。」

 

 手の平を(ひら)いて強く訴えるサミュエルに、ドロレスは素直に耳を傾けた。

 

「俺がおまえから一番聞き出したかったのは、アインズ・ウール・ゴウン、その中でもこちらに来ていると思われるモモンガについて、俺がその考えを推し量ることが叶うかについてだ。」

 

「……?」

 

 ドロレスには、サミュエルが言わんとするところがたちまちには()せない。

 

「実は、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ヴァイシオン卿からは、アインズ・ウール・ゴウンについては深入りを戒められている。太陽が何を考えて我々を照らしているか、思い悩むなど無駄なことだ、と彼は言った。」

 

「またそれは……すごい(たと)えね。」

 

「だがヴァイシオン卿は、さきほども話したように神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国がその名を騙った偽物だと断言したし、明らかに本物のアインズ・ウール・ゴウンと知己がある様子だった。

 つまり彼は、自分がそこは保証してやるから、俺はアインズ・ウール・ゴウンについては敢えて考えなくていい、むしろそこを覗き込むとその闇に呑まれるぞ、と警告したわけだ。わかるか?」

 

 こくこく、とドロレスは頷く。

 

「一旦は俺もそれで納得した。相手は世界を統べる竜王(ドラゴンロード)で、ましてやヴァイシオン卿は王の(せき)を自ら背負い込むことを決めた俺を忝なくも友と呼び、あろうことか、ツアー、と愛称で呼ぶことを許してくれた。その言葉を疑う必要などなかろうよ。だが……」

 

とサミュエルは不意に言葉を切って、ドロレスの注意を惹きつけた。

 

「俺は王だ。

 王は己で決するからこその王であり、上位の何者かに何らかの保証を求めるは癪に触る。」

 

 ドロレスの目が改めて大きく見開(みひら)かれ、頬が仄かに(しゅ)に染まる。

 

「俺が最も不安に感じていたことは、アインズ・ウール・ゴウンなる存在の理解可能性だ。

 アーグランド評議国の官吏となった時点の俺は、竜王(ドラゴンロード)を理解不可能な存在だ、と考えていた。今でも一部の竜王(ドラゴンロード)はそうだが、少なくともツアーはそうじゃない。こちらが然るべく覚悟を決めて臨めば然るべく(こた)えてくれる存在だ。が、アインズ・ウール・ゴウン、髑髏(ドクロ)様がそうであるかはわからん。そこに迷いがあった。

 だが、ユグドラシルから来たドロレスがアインズ・ウール・ゴウンを知っていて、強さの差こそあれ同じユグドラシルの者だ、と伝えてくれて迷いが晴れた。ドロレスがこちらにやって来て自分がどうあるべきか考え行動したように、モモンガとやらもそう考えに考えて数千年を過ごして来たに違いない。

 ドロレスが打ち明けてくれたように、内実が俺たちからして好ましいか否かはともかく、髑髏(ドクロ)様としてのその所業は、俺の目には、こちらの世界の民を慈しみ、機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)のような無分別な破壊をもたらす存在からこの世界を守る盾の役割を自ら買って出ているようにしか思えん。」

 

「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんがこの世界(ワールド)の……。

 主人公だ、って言ってる?」

 

 このドロレスの問いに、サミュエルは訝しげな目線を返した。

 その意を察してドロレスは慌てて手を振る。

 

「ごめんごめん、そういう意味じゃないって。言葉の綾だって!

 もう誰が主人公だ、端役(モブ)だ、なんて間抜けなことは言わないわよ!

 でも……モモンガさんがそういうつもりで行動してるように見える、というのは同意だわ。」

 

 これに納得したのか、サミュエルは微笑みながらこう問うた。

 

「ましてや髑髏(ドクロ)様は、ゲンに、ゲンの遠いご先祖とは友であった、と告げたそうじゃないか。」

 

 彼は、その髑髏(ドクロ)様が別の髑髏(ドクロ)様であることを知らない。

 

「そんな存在が、敢えてドロレスに何か仕掛けてくると思うか?」

 

「……まぁ、そもそも関心すら(いだ)かないでしょうね。」

 

「ふふ、それはいささか卑下し過ぎだと思うがな。

 (なに)せ相手は、数千年に渡ってこの世界で暗躍しつつ、伝説にこそ名を残しているがその実態を、ツアーを除いて一度たりともこちらの世界の住人に把握されたことのない存在だ。万が一、ドロレスがアインズ・ウール・ゴウンについてペラペラと語って歩くようなことがあれば、大いに注目されるだろうよ。」

 

()めてよ、縁起でもない!」

 

 二人は顔を見合わせて笑った。

 一頻(ひとしき)り笑った(のち)、ゴホンッ、と咳払いを挟んでサミュエルが言う。

 

「そこで一つ提案だ。」

 

「何?」

 

「手帳を処分しろ。」

 

「……はぁ?」

 

 ドロレスは、理解できた気分になる都度、理解不能なことを言い出すこの王に、最早戸惑いを隠せない。

 彼女が本気を出せば容易に組み伏せ叩き潰せる存在であるにもかかわらず、それでもサミュエルは、ドロレスから見て恐ろしく強く見えた。アインズ・ウール・ゴウンがそうであったように、レベルの多寡は、一要素であってすべてではない。

 

「正しく言えば、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と書いた(ページ)だけでいい。それがなければ、仔細を承知している俺が問わない限り、ドロレスがアインズ・ウール・ゴウンについて思い出すこともあるまい。そしておまえさんは、幸いにして今交わした会話もきっと忘れるんだ。」

 

「あなたは……どうするのよ?」

 

「何もせんさ。ツアーの言う通りだ。太陽が何を考えて我々を照らしているか、思い悩むなど無駄なことだ。ドロレスのお陰で、少なくともその太陽は、気まぐれで世界を破滅させる狂人ではなさそうだ、ということがわかった今、俺には強いてツアーの助言に背く理由もない。」

 

 はて。

 サミュエルのアインズ・ウール・ゴウン理解は……正しいのだろうか?

 

 一方、ドロレスは不意に心配そうにサミュエルの顔を覗き込む。

 

「それって……サミュエルだけが(つら)くない?」

 

 この問い掛けに、一瞬サミュエルは虚を衝かれたような表情を浮かべたが、ややあって常の調子を取り戻し、敢えて鷹揚にこう言った。

 

「何度も言わせるな、俺は王だ。

 王は、民に明かせぬ秘密の一つや二つは(かか)えて、おまえたちが案ずることなど何もない、と嘯くものだ。そうだろう?」

 

 うふふ、とドロレスは屈託のない笑みを漏らした。

 自分はこの世界(ワールド)の主人公ではなかったが、女主人公(ヒロイン)ではあるのかも知れない。

 

「<物品破壊(ブレイクアイテム)>!」

 

 やおら手帳を摘まんで掲げたドロレスは、魔法を詠唱しそれを塵のように消し去った。

 

貴方(あなた)の王様業に協力するわ、サミュエル。」

 

 サミュエルはその様子に満足そうに頷きながら、一息に語って乾いた喉を潤すべく酒盃(グラス)に手酌で酒を注ぐ。

 

「私も……一杯いただこうかしら。」

 

と、蠱惑的な笑みを浮かべつつ身体を傾けるドロレス。

 

「……無理に付き合う必要はないんだぞ。」

 

「あら、私を仮の王妃に立ててせしめた祝い酒でしょ?

 私にもいただく権利はあるのじゃなくて?」

 

「それもそうだな。」

 

 ドロレスは酒盃(グラス)を手に取り、サミュエルが注ぐ酒を受けた。

 恐る恐る一口含んで、

 

「……はぁーーー、美味しいわ!」

 

と熱い吐息を(こぼ)しつつ一言(ひとこと)。その頬がさらに上気して朱に染まる。

 

「それはよかったよ、遠慮せずにやってくれ。」

 

 この夜、この(あと)二人の間で何があったかを覗き見るは、無粋というものであろう。

 

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