「その様子からすると。
アインズ・ウール・ゴウン、に心当たりがあるのだな?」
よもやこの
「……あるわ。」
と、ドロレス。
「それは……訊いて構わないものだろうか?」
神妙にサミュエルは、問う行為、それ自体の妥当性を問うた。
彼の念頭に、世界北方を
「それは……ユグドラシルでは、知らない者のなかった超有名ギルドの名よ。」
「ドロレスのそれが
サミュエルは自身の理解を試みるべくそう問う。
「その理解は正しいけれど、引き比べるのも馬々鹿々しくなる連中だわ。
私たちも、ヴァナヘイムではちょっとは知られた存在ではあったけれども、アインズ・ウール・ゴウンの名はユグドラシルの九つの
「それは……強い、ということなのかな?」
「個々の強さで言えば、別に私らと大して変わらないわ。同じ百レベルだし。」
聞き慣れぬ
「百レベル?」
「ユグドラシルではプレイヤーの強さは一から百の数値で示されるの。
最大が百レベル。これ以上はないってことね。」
ふと、サミュエルは不安を覚える。
「……参考までに訊いておきたいんだが。
そのレベル、とやらで言うと……俺はどれくらいになるんだ。」
「正確にはわからないけれど、三十と少し、といったところかしら。
ちなみにレベルと実際の強さの関係は正比例よりはむしろ指数関数だから、単純に私が
「それは……参ったな。」
必ずしもドロレスの言の正確な意味を
「そういう意味では、私たち
単に総戦力の数字上の比較だけならアインズ・ウール・ゴウンよりも強いとされるギルドはいくらかあったけれど、その存在感では頭一つ抜きん出ていた。」
「ドロレスはその……アインズ・ウール・ゴウンとやらの誰かと面識が?」
「あるわけないじゃない!あまりに有名だからこちらが一方的に知ってただけ。
あちらさんはこちらの存在すら知るはずがないわ。」
実際のところ、このドロレスの発言は謙遜が過ぎた、ということになる。
「とにかく破格だったのよ。中でもユグドラシルを震撼させたのが千五百人の襲撃事件ね。百レベルプレイヤー千五百人がつるんで連中の拠点ナザリック地下大墳墓を襲った、って話なんだけど、アインズ・ウール・ゴウンはこれを撃退して見せた挙げ句、そのギルド長は死屍累々の中で……」
と、ここでドロレスの言葉が途切れる。
「……ん?ドロレス、どうした?」
「モモンガさんだわ!」
「も……もも?」
レベル、にも増して意味不明の音韻にサミュエルは戸惑いを示すも、ドロレスは声高にがなり続けた。
「モ・モ・ン・ガ!
アインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名よ!」
「その、モモ……が、何なんだ?」
「
「……
「それよ!
アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガさんは
「
「それ以外、あり得る?」
そんなこと言われても俺に判断できるわけないだろう、とサミュエルは苦々しい表情を浮かべたが、同時に
「私らが
「実は……」
と、サミュエル。
「俺の調べた文献記録上、確かにそうだろうと思われる
「……はぁ?よ、四千年!」
「他にも、ユグドラシルからやって来た者が引き起こしたと疑われる大事件はいろいろと記録されている。
世界を滅亡の一歩手前まで陥れたと伝わる八欲王。十三英雄が挑んだ魔神。東方カルサナスの平原に現れたという触れ得ざる塔。西海岸の台地に今もその痕跡を遺す
いずれもそのまま世界が滅んでいてもおかしくない大事件だったが、都度、これらの災厄は何らかの力によって食い止められてきた……ようにしか思えないんだ。」
その含意にドロレスの表情が強張った。
サミュエルの語る歴史の中に、
「そもそも、俺やゲンたちトブの森の民が
「……全部、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんの仕業だと?」
「そういうことになるんじゃないか?
加えて俺自身の国王即位だ。」
「……はぁ?」
目の前の王もまた、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガと関わりがあることを匂わせるその発言に、ドロレスは驚きの声を漏らした。
「ゲンから聞いているかと思うが、俺はこの辺りの民に無理な貢納を求めてきていた破落戸を追い払ったことで王位に推されたんだが、これに助勢すると共に、裏で民を煽って俺の王位推戴を図った何者かの存在を、俺はずっと疑っている。」
「いくらなんでも……それは考えすぎじゃない?」
そんな馬鹿な、とドロレスは問うが、サミュエルは確信を
「ドロレスは、どうして俺がアインズ・ウール・ゴウンの名を知っていると思う?」
「……どうしてなの?」
「俺が追い払った破落戸どもが、アインズ・ウール・ゴウンを名乗っていたからだ。」
「ふぁ?」
「正しくは、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、だがな。」
「……えっ?
待って!ちょっと待って!」
ドロレスは大慌てで自身の
サミュエルは、そういえば初めてあったときにもドロレスはそんなものを取り出して何か言っていたな、と思うも、その時点では中に書かれた内容については聞かされていない。
「これ見て!」
開かれたのは最後の
自分の筆跡であるのは確かなのに書いた記憶のない見開きだ。
「……ユグドラシルの文字か?
俺には読めない。」
「こうして言葉が通じるのに?」
「あぁ、それは<翻訳の神秘>だ。地域や種族によって用いている文字はまったく違うが、何故だか会話は通じる。大昔からずっとそうで、ほとんどの者は強いて疑問にすら思っていない。
で……何が書いてあるんだ?」
「ここ。」
と、ドロレスは見開きの右下、ここに書かれた中で唯一数字でない箇所を指差す。
「これ、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と書いてあるのよ、私の筆跡で。」
「どういう……ことなんだ?」
サミュエルはまったく意味するところに思いが及ばず深く首を傾げた。
「私も意味がわからずにいたの。少なくとも私にはこれを書いた憶えがないのよ。
他は全部数字なんだけどね。ここにある数字、これはギルド拠点を維持するのに……つまり、
「ドロレスは、憶えてはいないが、半年間に必要な金貨の数を見積もっていた、ということか?
以前に言っていた、その何とかいう化け物を御する
「そう!
で、その横に並んでいる数字は、何なのかはわからないけれど何かを<
「<
「あぁ、そこから説明がいるわよね。
ユグドラシルの
「なるほど、続けてくれ。」
「この一連の数字は、何かをいくらか<
でも、同じ数字の上にそれぞれ五割
「いや、待て待て!」
攻守交代。
「今……何と言った?」
「……だから、金貨が足りなかったか、あるいは」
「そこじゃない!
五割
「そうよ。それがどうかした?」
ふーっ、とサミュエルは深い溜息をつく。
「俺やゲンがリ・エルキュリーゼ……その
「……えっ?
つまりそれって……」
「俺たちが立ち向かった神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の黒幕は。
実はおまえだった……ということにならんか?」
この指摘にドロレスの目が点になる。
「もしそうだとすると得心のいくことがある。
実は俺は、国王即位を宣じるにあたり、世界北方を統べる
ドロレスがそれだ、と考えると納得がいく。それに、俺たちは破落戸どもを追い払った
「そ……そんな馬鹿な!
とにかく何にも憶えていないから是とも否とも言い難いんだけど……仮に私が破落戸たちを使ってギルド維持費を得ようとしたんだとしても、アインズ・ウール・ゴウンの名を騙る、というのは、ちょっと考えにくいんだけど。そもそもそんなことをする必要がないし、だからこそ私は、手帳に残された神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、という言葉の意味がわからなかったのよ。」
うーむ、と腕を組みながら唸る二人。
ほんの一年と少し前、丁度今二人が向かい合っているこの場所で激突した両軍の将が、顔を合わせつつ、何がどうしてこうなったんだ?と思い悩んでいる摩訶不思議な
「いや……何となく見えてきたぞ。」
と、サミュエル。
「おまえのギルド、とやらに
あるいは、おまえたちは
「いないけど……どうして?」
「そもそも俺が神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名を知った最初のきっかけは、五十年ほど前にそいつらが当時俺が官吏として仕えていたアーグランド評議国にその名を名乗って貢納を求めてきたことだ。そして、俺は
「どう考えても……それは私じゃないわよ。」
「俺もそう思う。
さっきの五割
「それって……」
「あぁ、俄には呑み込み難い話ではあるが、ドロレスよりも前にやって来た他のユグドラシルからの来訪者があって、そいつらが何を思ってかアインズ・ウール・ゴウンを騙って破落戸どもを組織した。その動機は、そいつらのギルドの維持以外あるまい。これを後からやって来たドロレスが、やはりギルドを維持しようと乗っ取ったんだろうな。
そして、破落戸どもが神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、などと名乗っていることを不思議に思ったドロレスがその名を手帳に書き留めた……といったところじゃないか、真相は?」
「そんな……まさか……」
「こう言いながら俺自身、よもやそんなことが、と思わないでもないが、状況証拠はこの考えを支持するし、ドロレスが記憶に難を抱えているのであればさもありなん、とも思う。」
そう言われて、しばしドロレスは視線を落として呻吟する様子を見せたが、やがてぽそりと、
「……ごめんなさい。」
「ん?」
サミュエルは顔を突き出して、意外だ、という表情を見せる。
「あなたも含め、こちらの皆さんにトンデモない迷惑をかけてしまったようで……」
「詫びる必要などあるまい。」
申し訳無さそうにするドロレスを、片手を差し出したサミュエルが制する。
「どういった事情があってのことかはわからないが、元居た世界から見知らぬこちらに放り込まれて、金貨を喰わさねば暴れ出す化け物の
「違うの!」
と、ドロレスは反論する。
「憶えてはいないけれど、
そう叫ぶように訴えながら、ドロレスは瞳を潤ませた。
が、これにサミュエルは諭すように優しくこう応じる。
「構わんじゃないか。」
「……え?」
「おまえ自身の動機はどうあれ、いずれの行動も結果的に俺たちを守ることにつながっていたのは事実だろ?」
「それは……そうかも知れないけれど。」
「それに、俺だって偉そうなことは言えん。
俺が王を引き受けたのは、表向きは民の求めに応じて、ということになるが、俺自身の動機は、子を成すことが叶わなかった俺が、父母が望んだ名を後世に
もっとも。
ドロレスには知る由もないことではあるが、彼の名、サミュエルは、元を質せば彼の父グランボルグのさらに父、彼からすれば祖父になる
サミュエルが父母の思いを継いでこれを後世に残したいと願ったのは、父母それぞれにいささか異なるところはあれども、銘々が敬愛を捧ぐ
王となって以降の彼は、この背景を他者に語ることがなかったと伝わる。
「そもそも俺は、アーグランド評議国の
そう語るサミュエルを、じっとドロレスが見つめている。
「誰の思惑あってか民たちから王に推された折も、その時点で帝国が実体を欠いているなどということは思いも及ばなかったから、俺の念頭にあったのは、俺が推戴を断れば逆切れした民が帝国と謀ってポリス・ウロヴァーナに攻め
つまり、俺にはあれを断ることなど
今にも泣き出しそうだったドロレスの表情が落ち着きを取り戻したのを認めて、サミュエルはこう続けた。
「誤解して欲しくないから言っておくが、俺は自身を卑下してこれを言ってるんじゃないからな。むしろ逆だ。
民は俺の内実などどうでもよくて、民から見て民草を庇護してくれる英雄に見えさえすれば、誰でもいいんだ。その証拠に、連中は担ぐ相手をトブの森、帝国、そして俺と恥じることもなく転々としてきたんだからな。俺も、俺を王と仰いでくれるのであれば、その内実なんぞ問うまいよ。
そして、少なくとも俺やゲンから見たドロレスは、自身の失われつつある記憶に不安を感じぬでもあるまいに、俺たちに危機あることを報せるべく駆けつけてくれた異世界の友だ。それ以上、何を求める?」
「
と、ドロレス。ユグドラシルにも王を名乗るNPCは数多あったが、それらはただそれらしい台詞を定められた通りに吐き出す人形でしかなかった。
この男は。
まさに王気を纏っている!
「最初からそう言っていたつもりだが、漸く納得したか。」
と、サミュエルはニヤリ、と笑う。
ドロレスも一旦微笑み返すが、たちまちにその表情は悲壮なものに転じた。
「私は……
「どうして?」
「アインズ・ウール・ゴウンの諜報能力は抜きん出たものだった。
「そこだよ、ドロレス。」
「俺がドロレスを招いた最大の理由は、まさにそこを測るためだ。」
「じゃぁ!」
「待て、最後まで聞け。」
手の平を
「俺がおまえから一番聞き出したかったのは、アインズ・ウール・ゴウン、その中でもこちらに来ていると思われるモモンガについて、俺がその考えを推し量ることが叶うかについてだ。」
「……?」
ドロレスには、サミュエルが言わんとするところがたちまちには
「実は、
「またそれは……すごい
「だがヴァイシオン卿は、さきほども話したように神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国がその名を騙った偽物だと断言したし、明らかに本物のアインズ・ウール・ゴウンと知己がある様子だった。
つまり彼は、自分がそこは保証してやるから、俺はアインズ・ウール・ゴウンについては敢えて考えなくていい、むしろそこを覗き込むとその闇に呑まれるぞ、と警告したわけだ。わかるか?」
こくこく、とドロレスは頷く。
「一旦は俺もそれで納得した。相手は世界を統べる
とサミュエルは不意に言葉を切って、ドロレスの注意を惹きつけた。
「俺は王だ。
王は己で決するからこその王であり、上位の何者かに何らかの保証を求めるは癪に触る。」
ドロレスの目が改めて大きく
「俺が最も不安に感じていたことは、アインズ・ウール・ゴウンなる存在の理解可能性だ。
アーグランド評議国の官吏となった時点の俺は、
だが、ユグドラシルから来たドロレスがアインズ・ウール・ゴウンを知っていて、強さの差こそあれ同じユグドラシルの者だ、と伝えてくれて迷いが晴れた。ドロレスがこちらにやって来て自分がどうあるべきか考え行動したように、モモンガとやらもそう考えに考えて数千年を過ごして来たに違いない。
ドロレスが打ち明けてくれたように、内実が俺たちからして好ましいか否かはともかく、
「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんがこの
主人公だ、って言ってる?」
このドロレスの問いに、サミュエルは訝しげな目線を返した。
その意を察してドロレスは慌てて手を振る。
「ごめんごめん、そういう意味じゃないって。言葉の綾だって!
もう誰が主人公だ、
でも……モモンガさんがそういうつもりで行動してるように見える、というのは同意だわ。」
これに納得したのか、サミュエルは微笑みながらこう問うた。
「ましてや
彼は、その
「そんな存在が、敢えてドロレスに何か仕掛けてくると思うか?」
「……まぁ、そもそも関心すら
「ふふ、それはいささか卑下し過ぎだと思うがな。
「
二人は顔を見合わせて笑った。
「そこで一つ提案だ。」
「何?」
「手帳を処分しろ。」
「……はぁ?」
ドロレスは、理解できた気分になる都度、理解不能なことを言い出すこの王に、最早戸惑いを隠せない。
彼女が本気を出せば容易に組み伏せ叩き潰せる存在であるにもかかわらず、それでもサミュエルは、ドロレスから見て恐ろしく強く見えた。アインズ・ウール・ゴウンがそうであったように、レベルの多寡は、一要素であってすべてではない。
「正しく言えば、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と書いた
「あなたは……どうするのよ?」
「何もせんさ。ツアーの言う通りだ。太陽が何を考えて我々を照らしているか、思い悩むなど無駄なことだ。ドロレスのお陰で、少なくともその太陽は、気まぐれで世界を破滅させる狂人ではなさそうだ、ということがわかった今、俺には強いてツアーの助言に背く理由もない。」
はて。
サミュエルのアインズ・ウール・ゴウン理解は……正しいのだろうか?
一方、ドロレスは不意に心配そうにサミュエルの顔を覗き込む。
「それって……サミュエルだけが
この問い掛けに、一瞬サミュエルは虚を衝かれたような表情を浮かべたが、ややあって常の調子を取り戻し、敢えて鷹揚にこう言った。
「何度も言わせるな、俺は王だ。
王は、民に明かせぬ秘密の一つや二つは
うふふ、とドロレスは屈託のない笑みを漏らした。
自分はこの
「<
やおら手帳を摘まんで掲げたドロレスは、魔法を詠唱しそれを塵のように消し去った。
「
サミュエルはその様子に満足そうに頷きながら、一息に語って乾いた喉を潤すべく
「私も……一杯いただこうかしら。」
と、蠱惑的な笑みを浮かべつつ身体を傾けるドロレス。
「……無理に付き合う必要はないんだぞ。」
「あら、私を仮の王妃に立ててせしめた祝い酒でしょ?
私にもいただく権利はあるのじゃなくて?」
「それもそうだな。」
ドロレスは
恐る恐る一口含んで、
「……はぁーーー、美味しいわ!」
と熱い吐息を
「それはよかったよ、遠慮せずにやってくれ。」
この夜、この