億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の物語、遂に完結。
そしてデミウルゴスから、大魔王アインズ・ウール・ゴウンとて逃れられぬ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の宿命が語られる。


6.攪乱必須(ディスターバンス)

 大陸南西アベリオン丘陵のどこか。

 誰の目に()まることも憚らず、その堂々たる巨躯を陽光に晒す白銀の鎧武者がある。

 

 (いな)

 

 そは鎧に(あら)ず。

 金属の光沢を放つ外骨格に身を包み、その胴から生えた腕は四本。

 鞘に納めた野太刀を一振り、大地に突き立てて佇んでいる。

 

 彼、ナザリック地下大墳墓の斬り込み隊長、蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスは、ここしばらく週に一度くらいの頻度で当地を訪れ、こうして何をするでもなく、隠蔽(コンシール)措置を採るでもなく、一日(いちにち)ぼーっと立ち尽くしている。

 

 親友であり、ナザリックの知恵袋でもある狡知の参謀、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスからそうしろ、と言われたからだが、どうしてそうなのか、についてはコキュートス自身はあまり関心がない。

 彼はデミウルゴスの知恵と判断に全幅の信頼を寄せており、デミウルゴスの指示するところはたとえその瞬間にその意味がわからずとも、須らく至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの御為(おんため)に益あること、と承知しているからだ。

 

 何に出会うこともなく終わる日もないではないが、人間種、亜人種が()り混じって数多く暮らす丘陵のことではあるし、デミウルゴスの勧めに従って常に見晴らしの良い丘の上に陣取ることもあって、その糞目立つ姿は存外在地の者に気づかれる。

 その総数こそ(おお)かれど、コキュートスの姿を認めた者がどう応じるかは、概ね次の三通りしかない。

 

 第一に、たちまちに恭しくその場に膝をついて伏礼を執り、

 

「いつもお見守りいただきありがとう御座います。」

「どうか(わたくし)どもを(まこと)の正義へお導きください。」

御蟲様(おむしさま)のご加護の永遠(とわ)ならんことを。」

 

と唱えられる言葉は銘々にいささか異なれど、決まって、

 

「「「御蟲(ヴァーミン)。」」」

 

の聖句で締めくくられる祈りを捧げる者たち。

 これにコキュートスはそこはかとなくこそばゆい思いを覚えこそすれ、とりたててどうこうする要を感じないのでそのまま一瞥を与えて見守れば、やがてそそくさと、来たときよりも心なしか弾んだ力強い歩みで立ち去っていくので、彼はただそういった(もの)たちを黙って見送った。

 

 第二には、対照的に無遠慮に彼に歩み寄って来る者たちで、決まって武装しているが(みな)薄汚れて疲弊した(てい)で、一言でいえば落ち武者の様相。こちらも口にする言葉は銘々にいささか異なれど、

 

御蟲様(おむしさま)、どうかご助勢を!」

「不届き者たちを御征伐あれ!」

「神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国に楯突く愚か者に鉄槌を!」

 

などなどと声高にがなり立てながら迫ってくる。

 これが十数人周囲を取り囲んだ時点で一閃のきらめきが走り、すぱぱぱっ、と居並ぶ間抜(まぬ)(づら)がそれを載せていた胴と泣き別れになる。次の瞬間には、既にコキュートスの野太刀は鞘に収まっていて、丘に転がる間抜(まぬ)(づら)には恐怖の色すら浮かんでいないので、おそらくは斬られた側は斬られたことに気づいてすらいまい。

 コキュートスとしては、みだりに口にすべからざる至高の主の御尊名を原住民(ごと)きがけしからん!というだけのことで、どうしてこの連中がそれを知っているのか、などにまったく関心はなかった。

 

 そして第三に。

 

 只今コキュートスの左手には、ナザリックの下僕(しもべ)は外征に際して必ず<伝言(メッセージ)>を習得した助手を伴い事態急変の報告に備えるべし、の(ルール)に従って戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマが控えているが、その逆側、右手には、彼が大地に突き立てた野太刀に共に手を添えて佇む女の姿がある。

 

 どうしたことかその身体は半透明に透き通って、向こうの景色が見て取れる。

 ナーベラルにはこの(もの)の姿が見えぬようで、知らぬ顔の半兵衛だ。

 

 そして。

 当の本人は穏やかな表情でコキュートスを見上げているものの、紛うことなき剛の(もの)、そのコキュートスであっても悪寒を禁じ得ない(ひど)目付き(ジト目)

 

 はて。

 本日帰投の(のち)、バーナザリックにて落ち合った際にはデミウルゴスにいったいぜんたいこれはどういった趣向によるものか、と尋ねてみよう、とコキュートスは思うものの、結局毎度適当にはぐらかされて真相を知らぬままにいる。

 

 かくして。

 アベリオン丘陵の現地人の間から、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名は忘却されていった。

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 何をするわけでもなく、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に深くかけて物思いに耽っていた。

 

 ふと斜め上に視線を向ければ、居並ぶ絢爛豪華な装飾が施された柱の一つ一つに、かつての仲間、ギルド、アインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の個人紋章(パーソナルエンブレム)があしらわれた旗が掲げられている。遥か昔、アインズ・ウール・ゴウンと名乗ることを決めた折、自ら破却した自分自身のそれ、モモンガの紋章旗のみがそこにはない。

 ユグドラシルからこちらの世界へ渡り来た者の宿命として、ギルドの<日誌(ログブック)>に刻まれた記憶だけは鮮やかだが、それ以降、こちらの世界で見聞きした事柄は次々と短期記憶から揮発し、(とど)め置くことが叶わない。自身の紋章旗を破壊した記憶も今のアインズにはないが、何故そうなのかは自ずと思いが至る。

 

 今の彼は。

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンであって、決してモモンガではないのだから。

 

 既にナザリック地下大墳墓はこの世界で数千年の歴史を刻み、その記録はデミウルゴスが欠かさず物す彼の日記に蓄えられてこそいるものの、アインズ自身の主観としては、ほんの四、五年ほど前までは、これらの紋章旗が指し示すギルドの仲間たちとユグドラシルでの黄金時代を過ごしていたように思い出される。

 

 あぁ……オレもよくやってるよな、本当(ほんと)に。

 

 と、長きに渡って愛すべきナザリックを守り通してきた自分を褒めてひとときの安らぎを覚えるも束の間、玉座の間の荘厳な扉が(ひら)き何者かが歩み来るのを認めて、その心はかき乱された。

 

 真っ赤な紳士服(スーツ)

 丸眼鏡で隠された視線。

 三日月型に不遜な笑みを浮かべる口許(くちもと)

 

 ナザリックの参謀、狡知の悪魔デミウルゴスである。

 どうしてあいつはいつもあんなに楽しそうなんだろう。

 なんなら後背に(しな)る装甲された尾の揺れ方すら楽し気だ。

 

 この時点でアインズの不安は最高潮(クライマックス)だ。

 例によって例の如く、個々の事例などまったく憶えてはいないが、一人でいるときに笑顔満面のデミウルゴスがやって来るときは、決まって碌でもない話に違いない、という揺るがぬ確信がアインズにはある。

 

 なのでアインズは、ナザリック地下大墳墓の(あるじ)である自分がこんなことをするのは本質的におかしい、ということを承知の上で、ポンッ、と手を打ち、不意に何かを思い出した(ふう)を装って立ち上がり、転移の指輪を扱って(とん)ずらしようとしたその瞬間!

 

「あぁ、アインズ様!こちらにおられましたか!」

 

と、まだ玉座の間の半ばにも達していないデミウルゴスから大きな声で呼びかけられて、チッ、と骸骨頭が舌を欠くにもかかわらず舌打ちをした。

 

 捕まってしまったか……。

 っつーか、こちらにおられましたか、って、わかってて来たんだろ、お・ま・え・は!

 

「あ、あー、デミウルゴスか。どうした、何かあったか?」

 

 内心苛立ちを覚えつつも、鷹揚な支配者を演じ続けざるを得ないのもまた、アインズが数千年に渡って背負い込む羽目となった宿命である。

 

「アインズ様のお耳に入れておきたい儀が御座いまして。」

 

 ますます楽しそうな笑みを浮かべながらデミウルゴスが近づいて来て、アインズは腹を括った。

 仕方がない。きっと碌でもない話だが……聞こう。

 

「お、おまえが無用なことをオレに告げることはない、と承知している。

 き、聞かせてもらおう……かにゃ。」

 

 か、噛んだ!

 

「されば。」

 

 と、玉座の階下直前に至ったデミウルゴスは、折った手を自身の胸に当てる礼を執りつつこう告げた。

 

「大陸西方の王、サミュエルが森妖精(エルフ)を王妃に迎えた(よし)、で御座います。」

 

 ……ん?

 

 誰だ、それ?

 

 というか、それ。

 オレと(なん)か関係ある?

 

 だがしかし。

 

 王、森妖精(エルフ)、王妃なるキーワード、これを笑顔で語るデミウルゴス。

 心の底から巻き起こるこの不安は……気のせいだろうか?

 

「よ、よもや、とは思うがデミウルゴス!」

 

 仔細を問う前に、デミウルゴスはこう即答する。

 

「ご冗談をアインズ様。さしもの(わたくし)めも、当人の同意なくして百レベル(カンスト)プレイヤーを手籠(てご)めにすることは叶いません。」

 

 口パカパカパカパカ!

 ペカペカペカペカペカペカペカペカ!

 

「おやおや、アインズ様。今回はまた、大盤振る舞いで御座いますな!」

 

「……デ、デ、デミウルゴス!」

 

 アインズは、自身の右腕(みぎうで)の名を呼び返すので精一杯だ。

 対してデミウルゴスは、至高の主に名を呼ばれるだけで恍惚とした至福の表情。

 

「はっ、アインズ様!」

 

「つ……つ……」

 

「つ?」

 

「つっこみどころが多すぎて、どこからつっこんだらいいか迷うぞ!」

 

「お褒めに預かり光栄で御座います。」

 

「褒めてなんかないわーーーッ!

 まず、その、百レベル(カンスト)プレイヤー、ってのは(なん)だ!」

 

「……ユグドラシルにおいて百レベル(カンスト)に至って渡り来たプレイヤー、で御座いますが。」

 

「んなこたー、わかっとるわ!

 で、何だ?オレはまだ何も言ってないのに手籠(てご)めがどーのこーのってのは!」

 

「ですから、アインズ様は(わたくし)が王妃を寝取って子を産ませ王国の権力を簒奪することをお望みかと拝察いたしましたが、生憎とその王妃が百レベル(カンスト)プレイヤーで御座いますので、残念ながらそれは叶いそうに御座いません、と申し上げました。」

 

「み、(みな)まで言うなーーー!」

 

と、自分で訊いておいて勝手なことを言い出す大魔王。

 

「あと、人聞きが悪いから、オレがそれを望んでいるかのように言うのもやめろーーー!

 それはおまえがしたいことだろ?違うか?そうだよなーーー!」

 

「いぇ、そんな面倒なことをせずとも簒奪の手段ならばいくらでも……」

 

「あー、やめてくれ!

 おまえの話を聞いていたら、ないはずの脳が沸騰して壊れてしまいそうだ!」

 

「お褒めに預かり」

「褒めてなんかないわーーーッ!」

 

 口パカパカパカパカ!

 ペカペカペカペカペカペカペカペカ!

 

 精神をかき乱された大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、俄に正気を取り戻した。

 

「とりあえず、だ。聞き捨てならん部分は確認しておこう。

 百レベル(カンスト)プレイヤー、というのは……どういうことなんだ?」

 

「先にアインズ様が手づから殲滅なさいました吸入口(インテイク)の残党、で御座いますな。」

 

 あー、なんかそんなことあったんだっけ?

 

「つまり……何だ、アレだ。」

 

 言葉に詰まる至高の主を、言わずもがなにデミウルゴスが補う。

 

「左様で御座います、アインズ様。この者はギルド拠点の維持に失敗し、それは取りも直さずかつて自身が調伏したところのレイドボスとの再戦を意味いたしますれば、これを恐れて無責任にも逃げ出したので御座います。」

 

 左様……の部分に引っ掛かりを覚えなくもないアインズではあるが、言いたかったのがそれだ、という点に誤りはない。

 

「で……その無責任野郎が?」

 

「いえ、王サミュエルは至って普通(ノーマル)に御座いますれば、王妃に迎えられたその者は女森妖精(エルフ)で……」

「んなこたー、どーでもいいわ!」

 

と、ひたすら調子(ペース)をかき乱されるアインズ。

 

「どうでもよくは御座いますまい。それともアインズ様はかの王が男色に走ることをご希望でしたか?であれば早速然るべく取り計らいまして……」

「なんでオレがそんなことを希望すると思うんだよ!

 っつーか、いったい何を然るべく取り計らえばそれが実現するんだーーー?」

 

「あぁ、それはこうで御座います。まず……」

「そんな説明要らんわーーー!

 おまえ、故意に(わざと)話をひっちゃかめっちゃかにしてるよなーーー?そうだよなーーー!」

 

「まぁ、本質的にはつまらない話で御座いますから、少しは面白くいたしませんと。」

 

「……いや、つまらなくはないだろ!

 曲がりなりにも百レベル(カンスト)プレイヤーが現地人の王に(くみ)するとなれば、最大の警戒を要するんじゃないかぁ?」

 

 漸く話の流れを取り戻したに見えるアインズは、極めて常識的なところを問う。

 のだが。

 

「いえ、それが本当につまらない話で御座いまして。」

 

「……?」

 

「つまるところこの女森妖精(エルフ)こそが、件の中学生三人組、アイ()ズ・ウー()()・ゴウ()がギルド維持資金確保のために組織した神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国を横取りした張本人なので御座いますが、例によって我らが宿命的に背負うところの短期記憶の問題に自ら思い至らなかったこの者は、記憶を失って彷徨(さまよ)っておりましたところを、王の一党に拾われました。

 この王がこれまた面白くもなんともない男で御座いまして、この馬鹿女の(とが)を責めるでもなく、失われた記憶の間の出来事を読み解いて聞かせまして、女も逆上することもなく前非を悔いて随分としおらしくなりまして、我らに捕捉されるに王たちを巻き込むを案じて身を退()こうとする始末!

 ツアーから我らの存在を匂わされておりました王は、これまた身勝手にもアインズ様がこの女を無暗(むやみ)に手にかけることなどあり得まいと判じてこれを引き()め、あろうことか二人の間には愛が芽生えたので御座いますなぁ。

 こんな月並みな安っぽい三文芝居を見せつけられた(わたくし)が、どれだけ退屈さに悶え苦しんだか、おわかりいただけますでしょうか?」

 

 あーーー。

 (あい)も変わらず理解困難な思考だ。

 

 現れて以来ずっと笑顔を絶やさなかったデミウルゴスの表情が、これを語るに際しては本当に苦渋のそれに転じたのを見て、アインズは思う。

 

「まぁ……その王、とやらに見透かされた(てい)なのはいささか苛立たしくなくもないが、そんな連中どーでもいい、というのは事実だわな。」

 

「で御座いましょう!」

 

とデミウルゴスは同意を求めるも、アインズとしては何に同意を求められているのかよくわからない。

 

 そもそも、この話を喜色満面に語りだしたのはおまえじゃないか!

 

「で……何なんだ?」

 

「……はっ?」

 

 真意を問うたアインズに、デミウルゴスは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をする。

 

「いやだから。おまえはこの話をオレの耳に入れて、どうしろ、と言うんだ?」

 

「いえ……話は以上で御座います。」

 

「……はぁ?」

 

「これこれこういうつまらぬことが御座いました、というご報告で御座いますが、随分ペカペカとお楽しみいただいたように拝察して御座いましたが……お気に召しませんでしたか?」

 

と、真顔で尋ねるデミウルゴス。

 

 本当(ほんと)、何千年経ってもオレは未だにおまえの疑うべくもない忠誠心がまったく理解できんよ!

 

「あのなぁ、デミウルゴス。」

 

と、呆れ声のアインズ。

 

「オレの関心事はただただ我らがナザリック地下大墳墓の永続、それだけであって、こちらの世界の有象無象が何をしようが、ナザリックの不利益にならない限り遅れてやって来たユグドラシルプレイヤーが何をしようがオレの知ったこっちゃない。」

 

 アインズは至極正論を述べているつもりでそう断言するも、たちまちにデミウルゴスは表情を曇らせた。

 

「いや、おまえがオレをおちょくって楽しい、ということなら、それはそれで構わんのだが……」

「アインズ様、それは違います!」

 

と、突如として、まるで誤った道へ陥ろうとする主君に命懸けの諫言を捧げるかのような真摯な口調でデミウルゴスが叫んだ。

 流石のアインズも、その様子には驚かされて首を傾げざるを得ない。

 

「どういう……ことなんだ?」

 

「アインズ様が、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を含むこの世の有象無象に対して関心を失う、などということはあってはなりません!」

 

 対してデミウルゴスは、ここまでの調子(ノリ)が嘘であったかのように真顔でそう言う。

 

「いやだから。いつも言って聞かせているように……多分そうしてきたはずだが、オレはこの世界の神様になんざなるつもりは……」

「それは存じ上げております。

 (わたくし)はただ御身の為に、そのようなことはあってはならぬ、と諫言申し上げておるので御座います!」

 

 どうにもアインズにはデミウルゴスが言わんとするところがわからない。

 一方で、デミウルゴスが悪ふざけで言っていることと、真面目にナザリックとアインズのためを思って訴えていることは見分けがつく……つもりではある。

 

「すまんが、もう少しわかりやすく説明してくれないか?」

 

 後になって思えば、ここでデミウルゴスが、ニヤリ、といつもの三日月型の不穏な笑みを口に浮かべた時点で、おや?、と気づくべきだったのだが、幸か不幸かアインズはそれを見落とした。

 

「では、憚りながらご説明を。」

 

と、デミウルゴスは懐から何か取り出す。

 

 小箱が四つと、同じく宝石が四つ。

 この用意周到さにもアインズは警戒心を(いだ)くべきだったのだが、やはりそれは見落とされた。

 

「こちらに小箱が四つ、宝石が四つ御座います。」

 

「……そうだな。」

 

 じわり、じわりと不安に包まれる大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

「お考えください。それぞれの箱に、宝石を入れるか入れないかする、といたしまして、その組み合わせは何通り御座いますでしょうか。」

 

「……え?

 うーむ……は、八……通り……かにゃ?」

 

「アインズ様がお望みになることであればそれを実現するに吝かでない(わたくし)では御座いますが、数理については如何(いかん)ともし難く、謹んで無力をお詫び申し上げる次第で御座います。」

 

 ……間違ってるんだな。

 

「……で、何通りなんだ?」

 

 ズブズブ、とデミウルゴスの調子(ペース)に呑まれる大魔王。

 

「十六通りになります。」

 

「あー、そうだな、十六通りだな。いやー、うっかり間違えちゃったにゃ!

 で……それが何なんだ?」

 

 やはりアインズには、デミウルゴスがどこへ自分を導こうとしているのか、さっぱり想像がつかなかった。

 

「ここに何らかのルールを加えて変化を起こさせる、とお考えください。これは言いを換えますと、(ゼロ)から十五の数値になんらかの計算をおこない、結果が(ゼロ)を下回れば十五に、十五を超えれば(ゼロ)になるものと等価になります。」

 

「……で?」

 

「同じ計算を繰り返して、組み合わせが元に戻るのに要する最長の回数は何回になりますでしょう?」

 

 アインズ的には、既に何を訊かれているのか、がよくわからない。

 が、素直にそう言うのも癪に障るので、とりあえず適当に答えてみる。

 

「うーん……百回、くらい?」

 

「アインズ様がお望みになることであれば……」

「あー、わかった、わかった!間違ってるんだな!

 ちょっと精神に(こた)えるからズバリ正解を教えてくれ!」

 

「僅か十六回、で御座います。

 実際にそれを満たすにはいくつかの条件があり、多くの場合はその半分以下になります。」

 

 ふーん、そうなんだ、とアインズは思うも、やはり含意がわからない。

 対してデミウルゴスは、事も無げにこう言った。

 

「この箱は、我らがナザリックのすべての存在、至高の御身を含めて、を象徴して御座います。」

 

「……はぁ?オレが箱?んなわけないだろ!」

 

「いえ、最古図書館(アッシュールバニパル)の司書たちの研究と実験を通じ、元を質せばユグドラシルを構成した電脳(コンピュータ)上の情報(データ)(たん)を発する我々は、その存在の基底に離散(デジタル)を有しておることが判明しております。」

 

「まぁ、そりゃ元はゲームなんだから……そうなんじゃね?」

 

と、軽口を叩くアインズ。

 だが、デミウルゴスの訴えるところはもっと深刻な問題を孕んでいた。

 

「つまり、我らの在り様は、つきつめれば延々と連なる小箱にそれぞれ宝石があるかないか、の組み合わせと同じなので御座います。無論その箱の数は容易に数え上げることが叶うものではありませんが、されどたかだか有限!」

 

 たかだか有限……って、ちょっと格好いいな。

 と、アインズの発想はここに至ってもどこか中二病(ちゅうにびょう)的な一面がある。

 

「従って、我らがナザリックの内に籠り、その中でのみ相互作用を繰り返す場合、遅かれ早かれ循環(ループ)に陥るので御座います。四つの小箱が多くても十六手で元に戻るように。」

 

「……な!」

 

 漸くアインズは、デミウルゴスが言わんとするところの一端に思いが至る。

 

「一方で、これも司書たちが明らかにしたところで御座いますが、この世界の存在は連続(アナログ)で御座いまして、腹立たしいことでは御座いますが、自然数と実数に無限の濃度の差のあるが如く、その豊かさにおいてはこの世界の存在が勝るので御座います。」

 

「オレたちが……実数、ということか?」

 

「アインズ様がお望みに……」

「あー、だからそれは精神に(こた)えるから()めてくれ!

 この世界の連中の方が天然自然だから自然数の方か、と思ったが……逆だったか。」

 

「その含意するところは、聡明なるアインズ様には既にお気づきのこととは存じますが。」

 

 嘘つけ!

 んなこと思ってねーだろ。

 

 いや、待てよ。

 

 皆さんご存知ですかな。ゲオルグ・カントールなる人物がおりまして、己の思惟のみから無限に大小があることに気づき、これを証明してみせた……

 

 あー、タブラさん、もーいいです。

 タブラさんの蘊蓄、一言一句(いちごんいっく)(あやま)たず思い出せますけど。

 思い出せる……だけですから!

 

 アインズが一人脳内会議に陥っていると見抜いたものか、デミウルゴスから核心を突く言葉が発せられた。

 

「よもや(わたくし)めが、アインズ様が永遠に同じところをぐるぐると巡る無限循環(ループ)へと陥ることを、望むなどとお考えでしょうか!」

 

 うーむ。

 

 と唸るアインズ。

 

 いや、言わんとすることはわからなくもない。

 ごもっとも、と思わなくもないし、そこまで気遣ってくれるデミウルゴスの愛の深さはありがたくは思う。

 

 が。

 

 デミウルゴスが譬えたようにナザリックが四つの小箱であるならともかく、事実上無限の……たかだか有限、なんだったか?……設定値(パラメータ)から成るオレたちが陥る無限循環(ループ)とやらは、どれだけ控え目に見積もってもオレたちの短期記憶の長さと比べれば馬鹿げた桁の時間であるはずだ。

 つまり、仮にデミウルゴスの言う通りそこへ陥ったとしても、オレたちはそれに気づけないんじゃないだろうか。大昔にやったことと(おな)じことをやっているとして、その大昔のことをすっかり忘れていれば、それは新しい冒険と何ら変わらない。

 いや、デミウルゴスのことだ。きっと定期的に自分の日記を読み返して、そこに陥っている兆候がないかの確認くらいはさも当然にやってるんだろうなぁ、ご苦労なことだ。本人が好きでやる分には()める必要もあるまい。

 

 いずれにせよ、だ。

 自身、気づけるはずもない無限循環(ループ)を。

 

 忌避する理由……あるか?

 

「ですから(わたくし)めには、アインズ様のご関心をこの世界の有象無象に振り向け、忌々しくも我等より濃い濃度の多様性を持ち得るこの世界からの揺らぎを取り込んで、アインズ様を真に無限大たらしめる責務があるので御座います!」

 

 アインズの能天気な思惟を余所(よそ)に、デミウルゴスは両手を高々と振り上げて感極まった声でそう叫んだ。

 

 結局。

 おまえが楽しいから言ってるだけじゃね?

 

 と身も蓋もない印象を(いだ)く大魔王。

 

「それともアインズ様は、水車(すいしゃ)小屋の鼠のように、同じところでくるくると走り続けることをお望みですか!」

 

 そう問われては、流石のアインズも「はい、それで満足です」と答えることは……いや、実際のところはナザリックが平穏無事でさえあれば彼自身は別にそれでも構わない、と思っていなくもないのだが……躊躇われた。

 

「ゴホンッ!いや、ん-、そーだな、デミウルゴスの言う通りだ!

 おまえの、その常軌を逸した……もとい、ナザリックの未来永劫を見通した深慮遠謀、感心したぞ!」

 

 他にどうしようもないので、とりあえずアインズは、悪手とは承知の上でデミウルゴスを称賛する。

 いや、こいつは、そうなることも織り込み済みでこの話をオレにしたんだよなー、本当(ほんと)(たち)が悪い!

 

 案の定、デミウルゴスは、

 

「ご理解いただけましたようで幸いで御座います!」

 

とひとまず再び片手を胸の前に振り下ろして形ばかりの礼を執った(のち)、アインズの想像のさらに斜め上のことをぺらぺらと語り始める。

 

「とまれ、王国につきましてはご説明申し上げました通り(たね)植えは終わりました。これが花(ひら)き、爛熟の実りを得ますには少々の時間を要すもの、と考えておりますが、長命とはいえ所詮は寿命のある森妖精(エルフ)。三百年もすれば王は死に、王妃と迎えられたプレイヤーも五百年かそこら。

 そして、かの王は既に稀代の名君となる兆しを見せておりますが、名君を得た国家が三代目辺りで腐り始めますのは歴史の必然に御座いますれば、六百年のうちにはアインズ様好みの、怠惰と堕落に満ちた桃源郷を必ずや現じましょう。」

 

 またまた気の長い話を。いや、オレたちにとっては瞬く間の話か。

 っつーか、オレ好み?……おまえのだろ!

 

「さりとてその間、御身を退屈させますのもいささか興を欠くものと申し上げざるを得ません。東方に目を転じますれば、西方の者たちとはまた違った、質実剛健を好み己の力量も顧みず武を好む阿呆どもが勢いを増しつつ御座いますれば、ここへ戦乱の火種でも投げ込んで傲慢と憤怒の嵐を巻き起こし、以て御身の無聊を慰めたく存じますが……如何でしょうか!」

 

 はぁーーー。

 おまえは本当(ほんと)に……いつも楽しそうだなぁ。

 

 いっそのことアインズは「好きにしてくれ!」と投げ出したいところだが、そんなことをすればデミウルゴスは本当に好き勝手をやって碌でもないことになるのは明らかだ。

 

「お、おまえの考えはよくわかったし、いつもいろいろ考えてくれてありがたいと思っている。」

 

「恐れ入ります、アインズ様。」

 

 恐れ入っているか?本当(ほんと)に?

 

「だが、ナザリックの掟は忘れてくれるな。

 現地人に対する直接干渉はオレの許可がない限りは厳禁だ、いいな。」

 

「もちろん承知しております。現地人に対する直接の干渉をおこなわぬ範囲で、誠心誠意努めさせていただく所存です。では失礼!」

 

 ……微妙にオレの求めるところとおまえの努めるところは噛み合っていないような気もするが。

 まぁ、何を今更だわな。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、意気揚々と玉座の間を後にする、最も頼りにする腹心にして、同時に最も彼を困惑の窮地へと常に追い込む悪魔の後ろ姿を、ため息混じりに見送った。

 

 

                    *

 

 

 かくして王妃ドロレスを迎えたエルキュル王国は、我儘気儘な大魔王の襲撃を受けることもなく平穏な日々を過ごすことが叶った。

 

 否。

 

 すべての厄介事を一身に背負った王サミュエルのみは、必ずしも心穏やかではなかったかも知れないが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンもまた、結局のところその境遇を楽しんでいる、というか、そういう境遇しか楽しめないのと同様に、彼もまた似たような病気(びょーき)持ちである、という見解もあるだろう。

 

 そして。

 

 (とき)の流れは無情にして、老兵(ヴェテラン)妖巨人(トロール)ゲン・ガン、その相棒、小鬼(ゴブリン)野伏(レンジャー)マイシューマツ、フーライトルが天寿をまっとうし、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の名も、サミュエルの即位の経緯も、直接に知る者は当の本人以外には誰もが世を去った頃。

 

 エルキュル王国は、王太子サミュエルソンの誕生に沸き返ることとなるのであるが、これはまた別のお話。

 国母ドロレスは、それまで夫を記憶の錨としていたが、以降は、愛息サミュエルソン・デルキュリーゼを(よすが)に、続かぬ記憶を繋ぎ止めながら生き抜いていくこととなったのである。

 

 

                    完

 

 

 




<次話予告>

「非公式ラスボス、などと呼ばれたあのモモンガでさえ、私の敵ではない!
 何故なら、私は奴と同じ必殺技を持っている。
 そして、奴はそのことを知らん。先制すれば私の勝ちだ!」

 億劫のオーバーロード新11話『(エクリプス) vs(バーサス) (エクリプス)

「アインズ様は、いささか御身の()()()()()を過小評価なさり過ぎではないか、と愚考する次第です。」

 ……おまえ。
 遠回しに、すべてはオレのせいだ、と言ってないか?


十月吉日公開予定。
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