億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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アインズと同じ(エクリプス)を有するプレイヤーが現れたら、というベタなネタに敢えて挑んだ長編全10回。いつものように3日おきに連投します。


新11話 (エクリプス) vs(バーサス) (エクリプス)
1.(エクリプス)持ち、来たる


 ユグドラシル、サービス最終日。

 公知されたサービス終了時刻、日本時間午前0時まであと僅かのとき。

 

 一人のプレイヤーが自身のギルド拠点の玉座の間にあって、独り静かに冒険の日々の終焉を迎えようとしていた。

 

 性格的に社交に向かず、最盛期は三十人に近かったギルドの仲間たちと必ずしも情誼相通(あいつう)じていなかったこのプレイヤーにも、数人の打ち解けた友はあった。極自然に、そういったギルメンに対して、

 

「ユグドラシル最終日、玉座の間で落ち合えないか?」

 

と発されたメールにほとんど応答はなく、唯一受け取ったそれには、

 

(ひま)なら払い戻し(キャッシュバック)を。

 後日、それを種銭(たねせん)に一杯やろう。」

 

とだけ書かれていて、オフ会などに参加経験がなく、何なら相手が<現実(リアル)>の誰であるのやら承知すらしていないこのプレイヤーを、深く落胆させた。

 

 暇なら、とは随分と酷なことを言ってくれたものだ。

 確かに、他の誰よりも時間的余裕に恵まれているのは事実だ。富裕な両親の元に生を()け、年の離れた兄が両親の事業を独占後継することを認める代わりに()う寝る遊ぶに困らない(かね)だけは保証された身の上。ずっと自分は、(せい)の実感を得ないままに無為な(とき)を過ごしてきたものだ。

 

 仮想世界ユグドラシルだけが、それが所詮紛い物に過ぎないことは承知の上で、それでも、生きているという感覚を与えてくれた。

 

 ここ数年は、仲間はもちろん敵方(ライバル)たちも目に見えてログインしてくる頻度が下がり、<運営>から提供されるキャンペーンシナリオも絶えて無聊を(かこ)っていたのは紛れもない事実ではあるが、PvPやイベント制覇のみがユグドラシルの楽しみであるわけでもなし。原野(フィールド)を巡って彷徨う魔物(ワンダリングモンスター)を狩り、人気(ひとけ)のない他所(よそ)のギルド拠点に侵入し、放逐されたNPCたちを攻略し残された宝物を漁って自身を慰め続けてきた。

 

 その世界も、今夜を境に雲散霧消する。

 明日から、いったい何を心の()()に生きていこうか。

 

 と、プレイヤーは呻吟した。

 

 兄が引き継いだ事業は噂に聞く分には順風満帆で、(かね)が尽きる恐れだけはない。だが、それがなんだというのか。自分には、ユグドラシルに代わる、自分が生きていると実感できる何かが必要だ。が、たちまちには何も思い浮かばない。

 

「ひとまずは自棄酒(やけざけ)か。

 今夜はとっておきのアレを開けるとするか。」

 

 あと数秒で訪れるであろうサービス終了に伴う強制ログオフの(のち)には、醒めやらぬ仮想空間(ヴァーチャル)酔いを名残惜しく覚えながら、兄から贈られて呑む機会もないまま死蔵させていた年代物(ヴィンテージ)()けて憂さを晴らそう。

 そんな益体もないことを独り嘯きながら、プレイヤーは本来自身の席ではない玉座に深く腰掛け、心の中で終焉への秒読みを開始した。

 

 

 

「……ん?」

 

と、思わず声が漏れる。

 

 プレイヤーが疑問に思ったのは、強制ログオフされると思っていたにも関わらず自身がしっかと玉座に座っていて、何なら冷ややかなその座り心地すら感じることもさることながら、ついさきほど自身が呟いた、

 

 今夜はとっておきのアレを開けるとするか。

 

の、とっておきのアレ、が何であるのかわからなくなったことだ。

 確かに、自分がそれをとても楽しみに感じていたような気がするのに、それが何であるか思い出せないなんて、そんなことがあり得るだろうか?

 

 それに。

 

 無意識のうちに視線が彷徨(さまよ)い、玉座の肘掛けに載っていた自身の左右の手へと向かうが、血の気なく蝋のように青白く透き通ったそれは、疑いなく自分自身の手の平のように感じられ、強く握りしめてみれば爪が手の平に当たる感覚がある。

 

 そんな馬鹿な!

 これは化身(アバター)のそれであって、これまでそんな体性(たいせい)感覚への応答(フィードバック)はなかったはずだ。それに、視野の三分の一を占めていたはずの各種の状況(ステータス)表示のアイコンの類は何処へいったんだ?

 

 だが。

 

 プレイヤーには、そういった疑問についてゆっくりと考える(いとま)は与えられなかった。

 

「……ははは。そういうこと?

 (くそ)<運営>も随分なことをやってくれる!」

 

 第一義的には戦闘者であるプレイヤーの鋭敏な知覚は、自身へと降り注ぐ(おびただ)しい憎しみ(ヘイト)を感じ取っている。

 それを発しているのは、玉座の間に集めていたギルドのNPCたちだ。

 

 そう!

 名残惜しさに(つい)に処分することが出来なかった自身の装備を除き、ギルドの仲間たちの装備は苛立ち紛れに換金(シュレッド)済みで、そうして得られたユグドラシル金貨はすべて昨夜のうちに自身の<現実(リアル)>の口座へ払い戻し(キャッシュバック)済みだ。

 ユグドラシル時間正午を過ぎた今、本日分の維持資金を欠いたギルド拠点は崩壊し、NPCの忠誠を繋ぎ止めていたギルド武器の秘密鍵の力も失われたに違いない……にしては、コンソールから何の警告も発されなかったのは妙ではあるが、それを言ったら、サービス終了したはずのユグドラシルがこうして継続していること自体が異常だ。

 何を目的にそんなことをやっているのかは不明だが、きっと<運営>は、ギルド維持資金の払い戻し(キャッシュバック)を煽っておいて、サービス終了を延長して、最後の瞬間までログインし続けたプレイヤーに自身のNPCと対峙する延長戦を供したのだ。

 自分はそうではないが、聞くところによれば自身で生み出したNPCに我が子に向けるような愛情を(いだ)くプレイヤーも少なくなかったそうだから、<運営>の悪辣さ、ここに極まれりといったところか。中にはこの延長戦を勝敗いずれにせよ終わらせてログオフした後、激昂して<運営>への刀杖沙汰に及ぶ(もの)すらあるかもしれない。

 

 などと、百レベル(カンスト)数体(すうたい)を含むNPCに包囲され絶体絶命のこのプレイヤーが存外呑気に構えているのは、この窮地を脱する切り札を有しているからだった。

 これを習得した際、ギルドの仲間たちからは、やれ二番煎じだ、猿真似だ、と揶揄されたものだが、このプレイヤーはそんな物言いを気にしてはいなかった。自分がそうありたいと考え、自分の意思で贖ったもので、決して誰かを真似たり、ましてやその人物になりきりたくて修めた属性(クラス)ではない。よもやこんな局面で役に立とうとは思いもしなかったのは事実だが、これは運命、とでも言うべきものであるのだろう。

 

 やおら、プレイヤーは玉座から立ち上がり、まさに襲いかからんとするかつての忠実な下僕(しもべ)たちを睥睨しながら、蝋人形のような青白い手の平を(ひら)いて、漢字の八の字のように両腕を左右に広げた。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 機械仕掛けの時計がプレイヤーの後背に突如出現し、満願成就への秒読み(カウントダウン)を刻み始める。

 

 ゴーーーン!

 

「<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>!」

 

 ゴーーーン!

 

 プレイヤーは、残り十秒の防戦のため、所持品(インベントリ)から愛用の(ロッド)を引き抜いた。個々の火力はともかく、大した知性を有さぬ哀れなNPCの力押しを凌ぐにはこれで十分だろう。

 

 ゴーーーン!

 

 素早く飛びかかってきた悪魔彫像(ガーゴイル)の上空からの一撃が(ロッド)で薙ぎ払われる。

 もっとも、致命的な毒を有するその鉤爪がかのプレイヤーを捕らえたとて、何を為すでもないのではあるのだが。

 

 ゴーーーン!

 

 続いて、取り巻くNPCの最後衛からいくらかの前衛を巻き添えにして強烈な雷撃が放たれるも、プレイヤーは伝説(レジェンド)級の外套(マント)を翻しこれを受け止めた。この稀有な魔法の品(マジックアイテム)には、あらゆる魔法による被害(ダメージ)を、皆無にこそは出来ないものの概ね本来のそれの三分の一に食い止める永続防御効果がある。

 

 ゴーーーン!

 

 雷撃の射線(しゃせん)上になかった幾体かの鋳鉄動像(アイアンゴーレム)長槍(ランス)をプレイヤー位置に突き入れるも、その姿は既にそこにはない。ふわりと舞ったプレイヤーは宙返りをうって玉座の背凭(せもた)れの上に片足で着地した。

 

 ゴーーーン!

 

 嗚呼、この戦いこそが生きている実感だ!

 

 ゴーーーン!

 

 はて。

 と、プレイヤーは思う。

 

 ゴーーーン!

 

 ユグドラシル最後の(とき)をログインしたまま迎えたプレイヤーが(みな)、今自分が陥っているのと同じ状況に晒されているのだとしたら。

 

 ゴーーーン!

 

 かつて、自身が二番煎じ、猿真似と仲間に笑われたところの原典(オリジナル)、ユグドラシル非公式ラスボスと謳われた彼……男性だろう、と思ってはいるものの、その中の人が果たして本当に男であったのか否かは知る(よし)もない……彼もまた、今自分がこうやっているのと同様に、彼のギルド、ナザリック地下大墳墓のNPCを相手に、満願成就の十二秒を防戦しているものだろうか?

 

 ゴーーーン!

 

 非公式ラスボスの中の人の為人(ひととなり)など知ったところではないが、おおよその想像はつく。

 自身がそれを為したからこそ知るところだが、(エクリプス)属性(クラス)は生半可な(かね)時間(じかん)で得られるものではなかった。

 

 ゴーーーン!

 

 きっと非公式ラスボスの中の人もまた、(かね)時間(じかん)を持て余し、<現実(リアル)>に失われた現実味(リアリティ)を求めてユグドラシルに耽溺した、<現実(リアル)>においては自分とは似た者同士の……

 

 ゴーーーン……カチリッ!

 

 光の粒と化して飛散し消えゆくかつての忠実な下僕(しもべ)たちを見送りながら、プレイヤーは愕然としつつ独り呟いた。

 

「<現実(リアル)>の私は……何処(どこ)の誰なんだ?」

 

 

                    *

 

 

「ふ……ふぇくしょぃッ!

 ……風邪でもひいたかな?」

 

「風邪とは、呼吸器にウイルスが感染して引き起こす症状の俗称で、それらを(ことごと)く欠く父上がよもや」

「んなこたーわかってるわい!

 ……誰かがオレの噂でもしてるのかな?」

 

「それは古代日本人がくしゃみを不吉なものと捉え、他者からの呪術的な力によって引き起こされるものと迷信したものであって」

「それもわかっとるわ!

 ……いや、今のはオレが悪かった、意地悪が過ぎた。そういじけてくれるな!」

 

 手づから生み出したNPC、パンドラズ・アクターの触手が平机(テーブル)の隅をすりすりするのを認めて、慌てて大魔王アインズ・ウール・ゴウンは骨の諸手を突き出しながらそう言ったが、同時に、愛妃アルベド、狡知の参謀デミウルゴスの「親子仲睦まじくてよろしゅう御座いますなぁ」と言わんばかりの生暖かい視線を覚え、これまた慌てて簡易玉座に深く座り直し、ない威厳を保とうとした。

 

 毎度お馴染みナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 二乃至三ヶ月に一度、ナザリックの誇る知の下僕(しもべ)三名を召して交わされる雑談……もとい、ナザリック地下大墳墓の最高意思決定会議は、三賢者会議(トリニティ)と呼ばれている。

 

「……で。

 何の話をしてたんだっけ?」

 

と、アインズ。

 

 只今は奇しくも、ユグドラシルからその最期の(とき)をログインしたまま迎えたプレイヤーがこちらの世界へ渡り来るとされる<百年の揺り返し>の(とし)の晩秋に当たる。

 来訪者に先にこちらの存在に気づかれるを憚って、年明け以降ナザリックの面々は、恐怖公眷属(ゴキブリ)を除いて不要不急の外出を控えた厳戒態勢を維持してきたものだが、幸か不幸か、今日(こんにち)までそういった気配は一切探知されておらず、有り体に言って彼らは暇を持て余していた。

 

 ある意味、アインズがさきほど放ったくしゃみは正しく来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を捉えたものだった、と言えなくもないが、パンドラズ・アクターの指摘を待つまでもなく、それを以てそうだと考えるほど、この面々は阿呆ではない。

 

「デミウルゴスが把握しておりますところの、ここ数十年の大陸東部の下等生物どもの社会の動向の報告で御座います、アインズ様。」

 

 アルベドが、涼やかな笑みを浮かべながらそう助け舟を出すと、

 

「あー、そうだった!そうだったな!

 話の腰を折って悪かった、続けてくれ!」

 

と、骨の手の(ひら)をひょいひょいと振りながらアインズは応じる。

 

 応じつつも、実のところ、あまり興味はない。

 基本的にこの大魔王は、幾度となくこの世界を無分別な来訪者(ユグドラシルプレイヤー)から守り抜いてきた割には、そこに暮らす個々の有象無象が何をしているか、には関心が薄く、むしろ、自分がそこに関心を(いだ)くことを……きっと碌でもないことになるに決まっている、という身も蓋もない理由から、忌避すらしている(くち)である。

 

「それでは憚りながら。」

 

 と、話し始めるデミウルゴス。

 いつものことだが無暗矢鱈と楽し気なその様子が、アインズを不安にさせる。

 

「只今の大陸東部は三国(さんごく)鼎立の(てい)にて、さながら<現実(リアル)>で申しますところの三国志にも似た様相を呈して御座います。」

 

 そう言われて、自身ギルドの諸葛亮孔明(こうめい)と称して憚らなかった軍師ぷにっと萌え、正しくは彼の遺した言葉を<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>を介して己の存立基盤とするアインズは、少しだけ興味を惹かれた。

 

 もちろんデミウルゴスは、そうなる、とわかっていて敢えてこの言辞を弄んでいるのであるが。

 

「アインズ様がご神慮とお慈悲で以てご差配なされました帰還事業の時点で、大陸東方において注目に値する人間、亜人社会としては、中央山麓南の融水谷(ツィラータール)、東の大地溝帯手前の塵の滝(シュタウプバッハ)に加え、紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コニーが庇護するところのエイヴァーシャーの森があるのみで御座いました。このうち、エイヴァーシャーの森妖精(エルフ)どもは森に籠ってコニーのご機嫌取りに終始しておりますれば論じるには(あたい)いたしません。」

 

 ユグドラシル由来のすべての存在に宿命的に課せられたところの短期記憶(ワーキングメモリ)の制約、さらにましてそもそも関心のない固有名詞を記憶することが苦手なアインズは、既にこの時点で話から振り落とされそうだ。

 辛うじて。三国(さんごく)鼎立、と言われたわりには、論じるに値しないと評されたコニー周辺を除いてしまうと、二勢力しか残らないじゃないか、ということはわかる。

 

「今から遡りまして百五十年ほど前の話になりますが。」

 

 そんなアインズの様子を余所(よそ)に、デミウルゴスは変わらず楽しそうに滔々と語った。

 

 曰く、大陸東部の二大勢力、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)は、それぞれ金属資源を太古の城塞都市廃墟からの収拾に依存していたが、これが頭打ちになった。

 と言うのも、それを利用していたのは彼らのみではなく、三百年前にやって来た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、知性振り切り(カンスト)のNPCに率いられナザリックと種々の激闘を演じたギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)もまた、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの奸計に陥って虎の子の<換金箱(エクスチェンジボックス)>を失うまではそれを当てに廃品回収に(いそ)しんでいたのであり、その枯渇は時間の問題だったのだ。

 一方で、順調な人口の増加に伴い、二勢力におけるそういった資源の需要(ニーズ)は増す一方だった。そのとき、どちらからともなく共同での鉱山開発計画(プロジェクト)が提案され、十年の探索期間を経て……もっとも彼らのそれは、僅かに残った文献記録から(いにしえ)の帝国時代の鉱山跡を辿ったものだったのだが……有望と(もく)された新天地へ双方からそれぞれ人口の一割ほどが入植した先が、デミウルゴスの言う三国鼎立のもう一極。

 

「そこは、かつて来訪者(ユグドラシルプレイヤー)からもたらされた魔剣でバハルス帝国再統一を果たした人間の皇帝の発した地、熊の湖(ベルナーぜー)からアゼルリシア山脈へとつながる高地で、只今は熊の高地(ベルナーオーバーラント)と呼ばれて御座います。」

 

と、デミウルゴスは一旦話を締めくくる。

 無論、ここで少し()を置かないと、指摘するも憚り多きことながら、彼の至高の主が話についてこれずに振り落とされることを承知しているがゆえである。

 

「……なんで?」

 

 じわじわと話の筋がありもしない脳に染み渡って、ぽそり、とアインズが素直な疑問を呈す。

 

「その……新しい土地は……何とかいう二大勢力が共同で開拓したんだろ?

 それがその……どうして三国志になるんだ?」

 

 どちらか一方が独占的にそれを開発したのであればともかく……かく言うギルド、アインズ・ウール・ゴウンも、ユグドラシル時代に希少な鉱石を産する鉱山を独占して、数多(あまた)敵対(ライバル)ギルドと一触即発となったことがあったものだが、共に開拓したものであれば得られる資源を等しく分け合って(みな)ハッピーでよくね?というのが、自身の過去の行状を棚上げしてのアインズの()の感覚だった。

 

「そこがそうならぬのが下等生物の下等生物たる所以(ゆえん)で御座いましょう。」

 

と、口を挟んだのは愛妃アルベド。

 その守護者統括としての職責を果たすべく与えられた政治感覚(センス)に優れた知性が、デミウルゴスがまだ語らずにいるところを喝破してみせる。

 

「地勢から考えれば、熊の高地(ベルナーオーバーラント)とやらは当初食料を二大勢力に依存していたのでしょう?あらかた、北方の冷涼な気候でも需要を満たす作物が見出されて独立の機運が高まった、というところかしら?」

 

「流石はアルベド、ご明察だよ!」

 

 デミウルゴスは、諸手を挙げて無邪気に三人掛け寝座椅子(ソファー)に隣席する同僚を称賛した。

 この様子を眺めるアインズの脳裏を一抹の不安が(よぎ)る。

 

「……またおまえか?」

 

 アインズの視線は明らかにデミウルゴスに向かっており、これに気づかぬわけのないデミウルゴスは、自分自身を指差して不思議そうな表情を浮かべた。

 

「何のことで御座いましょう?」

「とぼけるな!

 その……何だ、どうせ何食わぬ顔で熊、とやらの集落の近くに寒さに強い作物の種でも撒いて、これは善意の緑化事業でこちらの世界の住民に影響力を行使したわけじゃない、と嘯きながら、そのくせ戦乱の火種を仕込んでる……だよな!そーだよなー?」

 

 だが、わかってはいたことではあるが、デミウルゴスは至高の主のこの詰問に、顔色一つ変えはしなかった。

 

「まさか!

 よもやそんなことは身に憶えが御座いません……と思います。」

 

 だからーーー!

 言下に否定しろよなーーー!

 余計に不安になるじゃねーかーーー!

 

「ご懸念はごもっともですが、デミウルゴスが一時的に、とは言え結果的に下等生物の福利に貢献するようなことをするとも思えませんが。この(もの)は腐っても悪魔、なのですよ。」

「腐っても、とは、守護者統括殿(どの)は辛辣だね!」

 

 アルベドから擁護(フォロー)になっているようでなっていない感がなくもない言葉が発され、デミウルゴスはなお増して愉快そうだ。不安に駆られて詰問したアインズ自身、気になりこそすれ、仮に懸念通りだったとしてどうだというのか、今更どーしよーもねーじゃねーか、などと思わないでもなかったので。

 

「ゴホンッ!」

 

と、咳払いを一つ。

 これを、話を進めろの意と解したものか、やおらデミウルゴスが再び語り始めたのだが。

 

「大陸東部の人間どもは、生意気にも<現実(リアル)>で申しますところの民主主義、を重んじておりますれば」

「……はぁ?」

 

 たちまちに()の抜けたアインズの声に腰を折られた。

 

「いかがなさいましたか、アインズ様?」

 

 やはり不思議そうな表情のデミウルゴス。

 

「いや……民主主義って。

 んなわけないだろ?」

 

 この世界を見た目の雰囲気から似非中世(なーろっぱ)と考えがちなアインズには、たちまちにはデミウルゴスの言い(よう)が呑み込めなかった。

 

父上(ちちうえ)(おっしゃ)りたいところはわからぬでも御座いませんが。」

 

 自身の創造主の性向をよくよく承知しているパンドラズ・アクターが割って入る。

 

「<現実(リアル)>において歴史上の中近世が兎角(とかく)、封建社会あるいは絶対王政社会として語られがちであったことは事実で御座いますが、それは語っておった(もの)の憧憬や蔑視、あるいは羨望が混じっておったからで御座いまして、実際には発現の姿は様々なれども民主制、共和政体は、中世はおろか古代にまで遡る、むしろ人間種に普遍的な社会体制の一つと申しても過言ではないので御座います。」

 

「左様。恐れ多くも至高の方々を(かろ)んじて憚らなかった<現実(リアル)>の支配者たちが民主主義を、さも人類の歴史が試行錯誤の末に辿りついた理想の政体であるかのように語ったのは、(ひとえ)にそれが彼らの権力維持に都合がよかったからであって真実ではなく、むしろ日本国の実態は貴族寡頭制、あるいは一党独裁共産主義(ボリシェビキズム)と評すべきものだったのだからね。」

 

 知の鞘当てを交わして互いに顔を見合わせ、ニッ、と笑うパンドラズ・アクターとデミウルゴスに、ぶっちゃけアインズはついていくことが出来ない。

 アインズ、その中の人であった被酷使(ブラック)会社員鈴木悟の理解としては、民主主義、というのは選挙で政治家を選ぶこと、それ以上でも以下でもなく、当の本人は投票になどいく暇があったらユグドラシルで冒険していた(くち)で、<現実(リアル)>で暮らした日本がそういう国であったらしいことを知識として知っているのみだ。

 

「すまんが、もう少しわかるように話してくれんか?」

 

 この問いに応じたのは御曹司パンドラズ・アクターである。

 

「思いますに父上は、民主主義、と聞いて選挙を思い浮かべられるものか、とは思いますが。」

 

と、彼の言はアインズのありもしない脳内を見透かしている。

 

「その通りだ、多分()ったことないけどな。」

 

「選挙は民主主義の一形態に過ぎず、特定個人の恣意よりも衆議が重んじられるのが本来の意味で御座います。

 大陸東部に限って(もう)しますれば、当地の人間どもは何を決するにも(みな)(つど)い、発議されたことに対して歓呼がなされることを以て総意とする伝統があり、我らがこちらへ渡って参りました直後、父上がお気に入りであった皇帝(ジルクニフ)、なる(もの)も、そうやって(みな)に推されて権力を得た(もの)で、その皇帝にしても何をするにも衆に対して意を問い、歓呼を得ねば何事も為せなかったので御座います。」

 

 そう言われて、漸くアインズは腑に落ち始める。

 

 思えばユグドラシル時代のギルド、アインズ・ウール・ゴウンでも、何をするにせよ、必ず円卓の間に(つど)ったギルメンに対し、アインズ、すなわち当時のモモンガが、事前に銘々のギルメンと利害調整を図った上で組み立てた方針を「今回はこれでいこうと思いますが、いかがですか?」と問うて、これに(みな)が「おぅ!」と応えることでギルドとしての意を決していたものだ。

 アインズ自身は必ずしもそれを、民主主義、だと思ってやっていたわけではなく、一癖も二癖もある強者揃いのギルドを運営していく上で他に手がなかったからやっていたことではあるが、当地の人間たちも同じようなことをやっているのだ、と言われれば、なるほど、と思わなくもなかった。

 

「されど。」

 

と、やはり呻吟する愛する(あるじ)のありもしない脳内を見透かすアルベド。

 

「我らがナザリックに、至高の方々の思いを汲み上げ神慮で以てギルドの意思となす、叡智尽きることなきモモンガ様……アインズ様があられたのとは異なり、ほとんどの場合、人間社会はそういった聡明な存在を欠きますので、民主主義は、衆愚と表裏一体なので御座います。

 そういうことよね、デミウルゴス?」

 

 望外な持ち上げられ方に思わずペカってしまうアインズを余所(よそ)に、デミウルゴスは渡って来た振り(ボール)を喜々と受け止めた。

 

「まったくもって貴女(あなた)の言う通りだよ、アルベド。

 植民地に甘んじていた熊の高地(ベルナーオーバーラント)が自主独立の気運を見せ始めた時点で、三つ巴の勢力拮抗の緊張感に耐えられなかった連中は、銘々に衆にわかりやすい、でありながら、長期的には非合理的な言辞を弄び始めた。」

 

「まさに貴方(あなた)好みの状況、ということね?

 さしずめ、資源枯渇の(いん)を他勢力に押し付けて討伐を訴えたり、あるいは逆に、他勢力が自分たちを狙っているかのように不安を煽ったり、といったところかしら?」

 

「事前に私の日記を盗み読みでもしたのかね?」

 

「まさか!

 歴史は繰り返す。政治の基本よ。」

 

 今度はアルベドとデミウルゴスが鞘当てを始めて、本当(ほんと)こいつらも好きだよなー、などと思いつつ、やはりアインズは、かつてのギルド、アインズ・ウール・ゴウンに思いを馳せていた。

 

 至高の四十一人は、何事も事前計画を重んじ投機的な冒険を好まない、という点では概ね共通していたが、それ以外については存外異なる性向を抱え込んだ面々だった。

 敢えてこれを派閥として語るならば、まず、何事にも戦闘行為自体に至上の価値を見出す武闘派、その筆頭に武人建御雷(ぶじんたけみかづち)弐式炎雷(にしきえんらい)獣王(じゅうおう)メコン川、ペロロンチーノ。意外にも、無闇に正義を声高に叫んだたっち・みーも、アインズ的にはここに分類されている。

 第二に、戦闘を好む点では共通しつつも、戦闘行為そのものよりも、その勝利を確実()らしめる戦略、戦術の陶冶に重きを置いた(もの)たち。ここにはぷにっと萌え、ベルリバー、フラットフット、ガーネットらが含まれ、敢えて呼ぶならば過激知性派。

 対して穏健知性派……その顔触れには穏健でない面々が多いような気がしないでもないが……すなわち、目的が達せられるのであればその方法は戦闘である必要はなく、むしろ情報戦や謀略を嗜んだのは、死獣天朱雀(しじゅうてんすざく)、ブループラネット、タブラ・スマラグディナ、そしてウルベルト・アレイン・オードルなどなど。

 

 ギルドの対外的な活動は、概ねこれらの三派閥のいずれかから何らかの思惑で発議されるのが常だったが、際しては、どこまで当の本人たちが意識してそうしていたのかは定かでないが、自身の発案が如何(いか)に妥当であるかを主張する、いささか粉飾し過ぎな煽り言葉が伴われることが多かった。

 何故なら、彼らは強い動因は有しつつもそれぞれはギルド内の小派閥に過ぎず、実のところ最大勢力は、アインズ、すなわちモモンガを含む無党派、よくも悪くもこだわりがなく、放っておけば際限なくナザリック地下大墳墓に籠もってメイドと(たわむ)れていればそれで満足だ、と言わんばかりの付和雷同の面々だったからだ。

 彼らは、一度(ひとたび)これがギルド、アインズ・ウール・ゴウンの方針だ、と決すれば(みな)意欲果敢で頗る頼れる味方ではあったが、その気にさせるまでに無闇に手間がかかった。逆に、一度ある方向へ走り始めると容易には立ち止まってはくれない。

 なのでアインズ、つまり彼らを束ねるギルド長の(せき)を担った当時のモモンガは、三つの派閥のいずれかが無党派を一方的に煽ってあらぬ方向へ暴走させることを警戒しつつ、それでもギルドの原動力に違いない各派閥の利害関係を調整し、誰もの面子(めんつ)が立つようにお膳立てし、四十一人全員が納得尽くで参加の叶う大方針の立案に余念がなかったものだった。

 

 もっとも、当時のモモンガはそれを意識的に考えていたはずもなく、ただただそうする他なかっただけだ、というのは今のアインズなればこそ苦々しくも誇らしく思い返されるところであるが、図らずもアルベドから称賛された通り、自分がそれをやっていたからこそギルド、アインズ・ウール・ゴウンの黄金時代は存在した、とアインズは考えているし、そういった役割を担える、というか背負い込める(もの)が自分以外にそうそうはいないだろう、というところも想像はできるので、先程来デミウルゴスが語るところの大陸東部の三つ巴勢力が、それぞれに社会的に危うい状況に陥りつつある、というところも、なんとなく、ではあるが理解はできる。

 

 理解はできるが、興味はない。

 だって、面倒臭そうだもの。

 

「とまぁ、そのような次第で御座いまして。」

 

と、やはり無闇矢鱈に楽しげなデミウルゴス。

 

「既にいくらかの小競り合いは繰り返されておりますものの、今のところは軍団(プロ)同士の示威行為に留まっておりますが、(たが)が外れるのは時間の問題かと。そうなりますれば、御身が玉体をお運びあそばされまして、無辜の民の平穏をご慈愛で以て安んじるべく愚か者どもに如何様(いかよう)な死を賜おうとも、それに感謝する(もの)こそあれ、誰に憚る必要も御座いますまい!」

 

 結局、行き着く先はそこなのね、と内心溜息をつくアインズ。

 

「あー、ひとまず話はわかった!興味深い報告だった!流石だ、デミウルゴス!」

 

 アインズとしては、話のそこかしこに漂う面倒臭そうな雰囲気から逃げ出したい一心でひとまずそう言うも。

 

「お褒めに預かり光栄で御座います、アインズ様!」

 

 言われた当人は、まったく至高の主の真意を忖度してくれる様子がない。

 なんでおまえは、何でもお見通しなのにそこだけ見落とすわけ?

 

「念のために言っておくが」

「成るに任せ、介入はいたしません。ギルドの掟は十分に承知しております。」

 

 本当(ほんと)かよ?

 

「ですが、アインズ様。」

 

と、ここまでとは異なりいささか心配そうな声色でアルベドが言う。

 

「折しも<百年の揺り返し>の時節で御座いますので、そういった情勢に乗じて本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が暗躍する、といったことも考えられます。警戒だけは怠るべきでないものか、と。」

 

 愛妃のこの進言に、アインズはアハハと笑って見せた。

 

「アルベドの言うところはもっともだ、とは思うが。

 そんな器用な真似ができるヤツがやって来るとしたら、むしろするに任せていいんじゃないか?」

 

 アインズの念頭には、百年前にやって来て自拠点を失った(のち)、紆余曲折あって大陸西方に王の名乗りを挙げた混血森妖精(ハーフエルフ)の妃の座に収まった女森妖精(エルフ)……例によって名前は憶えていない……がある。

 アレがその後何か騒ぎを起こした、という話は聞かないし、むしろ献身的に王を支えて暮らしている、という話だから、そういうプレイヤーであれば、歓迎こそしないし強いて関わりたいとも思わないものの、拒むこともまたあるまい、と。

 

「それは……父上の存在以上に奇跡的な確率でしか起こり得ますまい。」

「ご寛容であられることは結構ですが、パンドラズ・アクターも申します通り、楽観視は禁物で御座います。」

「……なるほど、そういうことで御座いますね、アインズ様!」

 

 彼自身、さして深い考えもなく発した言葉に三人の知の下僕(しもべ)は銘々に思うところを返し、特にデミウルゴスのそれは再びアインズに一抹の不安を覚えさせもしたものだが、その来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の気配すら捉えられていない時点では何をどうこうできるわけでもなく、この日の三賢者会議(トリニティ)はこれにてお開きとなった。

 

 実際に騒ぎが起こるのは、これから二年の(のち)の話となる。

 

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