億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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前話とは別の意味で不穏な状況(シチュエーション)から<黒の百合(ゆり)>登場。


3.わかりやすい敵

 コン、コン。

 

「……ん?誰か訪ねてきたぞ。

 クゥイア、一旦離れ……くはぁ!……ってさらに突いてどうする!

 ちょ……クレマンティーヌも変なところを……あ!あ!

 おまえらちょっと……むぐ!……クゥイナまで何だ、どさくさにどこに()れ……あっ!あーーーっ!、()めないで!もとい、や、()めろーーー!」

 

 扉の前で待たされる客は、漏れ聞こえる声にいささか不安を覚える。

 有徳(うとく)の冒険者、無暗(むやみ)に恐れる要のある存在ではない、と聞かされてはいたが、さりとて訪ねた相手は人外、永遠の(とき)彷徨(さまよ)い歩くという不死者(アンデッド)だ。

 

「先触れもなく失礼いたします。

 第二軍団にて伍長(ウンターオフィツァ)を拝命しておりますクスクル・カーベイン、と申します。

 キーノ・インベルン殿(どの)にお願いの儀があって参上いたしました。」

 

「あー、私がキーノだが、すまんがちょっとだけ待って……いや、だからおまえら()めろって……あっ!あーーーっ!、いやーーー!()めないでーーーっ!」

 

 何が……起こっているんだろうか。

 生真面目な若者、クスクルには思い及ばない。

 

 待つことしばし。

 

「はぁ、はぁ……待たせて済まなかった、私がキーノ・インベルンだ!」

 

 小屋の扉を中から()けたのは、クスクルから見れば幼気な容姿であるにも関わらず、寝乱れた衣服が似つかわしからぬ妖艶な色香を漂わせる少女だった。彼自身は噂にこそ聞いていたものの相見(あいまみ)えるのは初めてのことなので。

 

「あ……貴女(あなた)が、キーノ・インベルン……殿(どの)?」

 

 恐る恐るそう尋ねるも、問われた側は特に意を察することもなく。

 

「キーノで構わない。用件はなんだ?」

 

と、手招きしながら(すで)に背を向けて小屋の中へと戻っていく。クスクルは、言われるがままに(あと)に続き、勧められるままに着座した。

 

「おまえは軍人だな。言うまでもないが、私たちは人間同士の勢力争いについては、どのような事情があろうとも加勢することはないぞ。」

 

 開口一番、冒険者の不文律で釘を刺しにかかるキーノに、クスクルは慌てて諸手を振った。

 

「それはもちろん承知しております。が、本日お願いの儀は、その辺りとまったく無関係、というわけでもないのは認めざるを得ません。」

 

 真正直(ましょうじき)なクスクルの申し(さま)に、返ってキーノは興味をそそられる。

 

「……ひとまず、聞こうか。」

 

 対してクスクルはこう言った。

 

「ご足労で申し訳ないのですが、これから熊の湖(ベルナーゼー)(ほとり)までご同道いただけますでしょうか。事情については道すがらご説明いたします。」

 

 

 

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)率いる冒険者集団(チーム)仮称<黒の百合>は、あいも変わらず大陸のあちらこちらを、触れ得ざる者、すなわち百年毎にこの世界を訪れる来訪者(ユグドラシルプレイヤー)についての知識を有志に伝え語るべく活動してきた。

 数年前、カルサナス平原から大地溝帯を越えて大陸東部、遥か昔バハルス帝国と呼ばれた辺りに戻って来た彼女らは、その時点で明らかに対立気運(ムード)(あら)わにしていた南部、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)の両陣営が睨み合う経路(ルート)()け、その最初期の開拓に(だい)なり小なり加勢した縁もあった新興村、熊の高地(ベルナーオーバーラント)仮初(かりそめ)の居を構えた。

 貨幣経済が廃れて久しい当地では、宿屋(やどや)、などという(あきな)いも存在しないので、彼女らは一言(ひとこと)断りを入れた上で、村の外れの放逐された廃屋に住み着いた。ここを足掛かりに、語らうに足る有志を求めて歩き、ときに村人が抱える難事に冒険者として助力する、という暮らしをここしばらく続けている。

 

「お願いしたいのは、ある男の見定め、ということになります。」

 

 熊の高地(ベルナーオーバーラント)の村外れから徒歩で半日、かつてはその(ほとり)に湖の名に因んだ城塞都市をも擁した熊の湖(ベルナーゼー)へ向かう傍ら、クスクルは仔細を語った。

 

 遡ること半月ほど前、湖に暮らす漁師から村に報せがあった。曰く、遭難者と思しき一団を保護したのだが、手に余るので郷士(ランツクネヒト)の来訪を乞う、というもので、これに差配されたクスクルは、自身の伍隊(トルップ)を率いて向かった。

 

「漁師たちが手に余る、と言ったのも無理のない話で、身なりぼろぼろ息も絶え絶えの遭難者の一人(ひとり)は、自分は融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)だ、と名乗ったんです。」

 

「……はぁ?」

 

 思わずキーノの口から間抜けな声が漏れる。

 世間知に疎いキーノとは言え、総統(フューラー)、というのが只今の大陸東部で村人たちから自分たちを統率する(もの)として推戴される最高権力者であることくらいは承知している。行き倒れにも見えた遭難者が、自らをその権力者である、と名乗るのは確かに奇妙な話だ。

 

「もちろん、これだけの話であれば頭のおかしい迷い(びと)がいた、というだけなんですが、これに前後してその融水谷(ツィラータール)から急使がありまして。」

 

 クスクルは、融水谷(ツィラータール)を発して熊の高地(ベルナーオーバーラント)の二人の執政(コンスル)……熊の高地(ベルナーオーバーラント)はその誕生の経緯もあって、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)それぞれを源流とする血閥(けつばつ)から一名ずつの同権の首長を推戴していて、これは総統(フューラー)と区別するために執政(コンスル)(しょう)される……を(おとな)った使者が語ったところを告げた。

 それによれば、融水谷(ツィラータール)は前の総統(フューラー)エムヤー・ウズルスを、人類の敵、と認定し罷免するとともに追放刑に処し、新たな総統(フューラー)としてキャラバッシュ・ペシュメルを擁立した、とのこと。

 

「人類の敵……とは。また随分と剣呑な物言いだな。」

 

 もちろんキーノはエムヤー、という人物を直接には知らない。が、要するに、村と呼ぶには随分と大きくなってしまったとはいえ、村の(おさ)として推されただけの人物が、人類の敵、などと名指しされることに違和感を覚える。大魔王アインズ・ウール・ゴウンを以てそう呼ぶほうが、まだ理解もできよう。

 

「エムヤーは、部下に命じて松脂谷(キエンタール)という塵の滝(シュタウプバッハ)傘下の小村(しょうそん)を、あろうことか村人諸共に焼き討ちにした……融水谷(ツィラータール)の急使はそう言ったそうです。」

 

「そいつ、ワタシとは気が合いそうね!」

 

と、冗談のつもりなのだろうが空気を読まない相槌を打つクレマンティーヌに、その意を(かい)さぬでもないながらも、はぁー、とため息をつくキーノ。

 

「……で、私に頼みたいこと、というのは?」

 

 概ね察しつつも敢えてキーノはそう問うた。

 返された答えは想像した通りだ。

 

「不躾ではありますが、吸血鬼(ヴァンパイア)の力で事の真偽を、かの遭難者がエムヤー・ウズルス本人であることの確認を含め、お願いしたいのです。」

 

 

                    *

 

 

 デミウルゴスがアインズに語ってみせたように、熊の高地(ベルナーオーバーラント)の開拓が始まったのは今から百五十年ほど前の話で、当時はまだ勃興期にあり村の拡大発展、という共通の目標を有していた融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)は、鉱山開発にもっとも有望と(もく)された当地にそれぞれほぼ同数の移民団を派して村の開拓が着手された。

 幸いにして目論見は当たり、古代バハルス帝国時代に何らかの事情で遺棄された鉱山はまだまだ埋蔵量が豊富で、派遣元両村からの糧食支援を受けつつ村は順調な滑り出しを見せた。このときたまたま立ち寄ったキーノたちもまた、普通の人間では立ち入ることが危険な廃坑の調査や、不意に何かに追われたかのように……まぁ、きっと()()の気まぐれの狩りか何かだろう……アゼルリシア山脈から飛び出す魔物の(たぐい)を撃退したりと、その立ち上げに少なからず貢献したものだ。

 

 風向きが変わったのは、この開拓を最前線(フロント)にせよ後方支援(バッグエンド)にせよ共に経験した世代が概ね世を去った時分のことで、最成長期に達した融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)に、熊の高地(ベルナーオーバーラント)を植民地として下に見る風潮が蔓延り出してからのことだ。

 こういう空気は否応なく見下される側にも伝わって、さりとて食糧自給の叶わなかった彼らは当面は唯々諾々と従ったものだが、問題意識を持った有志が冷涼な当地でも相応の安定した収量が見込める麦の品種を見出して、たちまちに独立独歩の気運が高まった。

 この時点で既に融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)出身者の婚姻は極当たり前に進んでいて、どちらか一方の血筋のみからなる家族の方が少数ではあったが、それでもちょっとした言葉遣いや所作、習慣の差異から、村人それぞれにどちらを自身の由来(ルーツ)と見るかは二分されていたし、純血を誇るいくつかの血族が実権を握りがちだったのも事実で、実際それらは()()とは利害関係においても少なからず繋がっていた。

 結局、下風に立つを潔しとせず、の世論が勝ちはしたものの、そういった辺りへの配慮があって、熊の高地(ベルナーオーバーラント)は、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)双方の派閥から一名ずつの執政(コンスル)を選出し、何事もこの二人の合議で以て決する体制を採った。よく言えば自主中立、悪く言えばどっちつかず路線、ということになろうか。

 以来熊の高地(ベルナーオーバーラント)は、以前は糊口を押さえられていたがゆえに言い値で応じる他なかった鉱物資源の提供に、入札を以て応じるようになった。対する融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)は、そもそも成長が頭打ちになりつつあったこともあってこれを受け入れると共に、この状況を招いた責を互いに押し付け合って小競り合いを繰り返すようになった。

 

 このような背景があったので、真偽のほどはともかく、自分は融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)であり、不当にその地位を追われた者である、と主張する亡命者の出現は、微妙な均衡(バランス)(もと)で成り立っている熊の高地(ベルナーオーバーラント)の政治を混乱させる恐れがあった。

 これが、発見されたエムヤーが湖の(ほとり)の漁師小屋に事実上軟禁され、これを見定めるべく派遣されたキーノ・インベルンとの対面に至った経緯、ということになる。

 

「あぁ、キーノさん!

 何て……何て貴女(あなた)は素敵な(かた)なのでしょう!」

 

 好きにさせておくと気が触れたように暴れだすから、という理由で椅子に縛りつけられていたエムヤーは、入室してきたキーノ一行に対しても随分な罵詈雑言を浴びせたものだが、キーノがその妖しげな光を発する瞳で顔を覗き込めば、たちまちに、とろん、とした目付きに転じて口調も柔らかくなった。

 

 <魅了の魔眼(まがん)>!

 

 本来は吸血鬼(ヴァンパイア)である彼女が、獲物となる人間、亜人に自身に対する偽りの好意を植え付け、以て如何様にも操ることを可能とする技能(スキル)である。

 やろうと思えば、キーノはこの力でもってエムヤーにどのような荒唐無稽な作り話であっても真実のように語らせることも可能ではあり、本質的にその影響下で為された証言には第三者から見た信憑性は皆無だ。一方で、キーノ自身が魅了されたエムヤーに問う分には、エムヤーは自身の知る真実しか語ることができなくなる。

 

 ただいまの依頼者(クライアント)、クスクル・カーベインの求めるところはそれで十分だ。

 

「私はエムヤー・ウズルス。キーノさんのような(かた)に誇れるようなことではありませんが、融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)をやっております!」

 

 いちいち目を輝かせて多感な乙女のような口調でそう応じる薄汚い中年男に、既にキーノはうんざりな気分を覚えていたが、こうして名乗るところを見るとこの男がエムヤー本人である点は疑いないようだ。

 

「お恥ずかしながら、信を寄せていたキャラバッシュ・ペシュメルに(おとしい)れられ、総統(フューラー)の座を奪われた上に今は追放刑の身。どうぞ、笑ってやってください!」

 

 キャッハッハッ、とクレマンティーヌが笑い、キーノの冷たい視線がそちらを振り返る。

 

「……本人が笑ってくれ、って言ったじゃなーい!」

 

 キーノは軽くこれを無視して、エムヤーに核心を問うた。

 

「おまえが無辜の村を村民諸共に焼き討ちにしたのでそういうことになった、と聞いているんだが……そうなのか?」

 

 これにエムヤーは、変わらず穏やかな表情でこう答える。

 

「そんなことをしたら、本当に戦争になるじゃないですか。そんな馬鹿なことはしませんよ。」

 

「……はぁ?」

 

 自身の力でエムヤーが嘘をつけない、とわかっているキーノなればこそ、エムヤーのこの物言いには首を傾げざるを得ない。

 

「本当の戦争……って。

 そもそもおまえは兵を率いて塵の滝(シュタウプバッハ)と対していたんじゃないのか?」

 

「ええ、そうですよ。」

 

「おまえがやっていたのは、戦争、じゃないのか?」

 

 この問い掛けに、エムヤーはキーノが思ってもみないことを言い始めた。

 

「キーノさんのような聡明なお(かた)には申し上げるまでもないこと、とは思いますが、村人、というのは、基本的には阿呆ばかりです。」

 

 何なんだ、唐突に?

 キーノは困惑の表情を隠せないが、元よりそれに気づく感性を封じられているエムヤーはぺらぺらと持論を語った。

 

「黙って野良仕事に精を出していれば何不自由なく暮らせるものを、暇に任せてつまらぬ欲や見栄に取り憑かれて無意味な揉め事を起こすのが常。そんな連中に平穏無事な暮らしをさせるには、目に見えてわかりやすい敵を示してやるのが一番です。つまり塵の滝(シュタウプバッハ)の連中ですが、あちらも事情は同じでしょう。」

 

 ぽかん、と口を()けたままのキーノ。

 

「おまえたちの暮らしの取るに足らない不満の原因はあいつらだ、と指し示し、軍団を派して小競り合いを演じ、ちょっとした勝利を見せつけてやれば、村人たちは自分たち自身では成しえない大きな力への一体感を得て満足します。それで十分なのですよ。

 敵方の村を焼き討ちになどすれば、その怨嗟は丸々こちらに跳ね返り、否応なくこちらもそれに応じることになって際限がありませんから、そんなことは百害あって一利もなし。互いに専業(プロ)同士が大怪我をせぬようぶつかり合って一進一退しておれば、それぞれの村人もまた一喜一憂して、夕べ不満に感じていたことなどすっかり忘れて一件落着、とまぁ、そんなものです。」

 

 恍惚とした表情を浮かべながら、エムヤーは一息にそう言い切った。

 キーノとしては、エムヤーが<魅了の魔眼(まがん)>に魅入られていることもさることながら、長く他者に決して語られることのなかった本心を吐露する機会を得たればこそ、その解放感からこの表情になっていることがわかるので、より一層困惑が深まる。

 

「まぁ、ありがちな話ではあるわさー!」

 

と、ニコニコ顔のクレマンティーヌ。

 

「今は懐かしい法国も、終始そんな感じだったもんさね。」

 

 遥か昔に雲散霧消した大陸西部の雄、スレイン法国において、情報戦や謀略の(たぐい)を一手に引き受けた特殊部隊漆黒聖典に席次を得ていた彼女にとっては、エムヤーの言は共感するところ大であったらしい。

 

「念のために言っておくけど。」

 

 クレマンティーヌの言に渋い顔をしているキーノに、不意に真顔になったクレマンティーヌが告げる。

 

「キーノちゃんが腹を立てる話じゃないわよ。

 国、政治、ってのは(だい)なり小なりこういうもんで、このエムヤーちゃんも、そりゃ、褒められたもんじゃないし政争に負けちゃってる時点で駄目ダメだけどさー。でも、それを責めたら流石に気の毒だわさ。馬々鹿々しい話ではあるけども、結局は誰かがやらなきゃなんない仕事だしねー。」

 

 まさに、心の底から沸々と湧き上がる怒りの感情と、一方で、いや、それはちょっと違うんじゃないか?という理性の板挟みになっていたキーノは、もっとも頼りとする相談役のその言葉に、ひきつらせつつあった目元を緩ませた。

 

「あぁ……いや。それは確かに……クレマンティーヌの言う通り、かもしれないな。」

 

「んでさー、クスクルちゃん!」

 

「……あ!え?はい、何でしょう?」

 

 ここまで言葉交わすこともなく、有り体に言えば無視されていた感もあったクレマンティーヌから突然名指しされて、呼ばれた士官が慌てて反応を返す。

 

「こいつ……どうすんの?」

 

 変わらずエムヤーは、うっとりとした目でキーノを見つめていた。

 俄かに口元をどこぞの悪魔のように三日月形に歪めた笑みを浮かべるクレマンティーヌ。

 

「殺しちゃう?」

 

 間髪入れず双子忍者が、

 

首ちょんぱ(ギロチン)!」

 首を掻っ切る仕草(ジェスチャー)

 

 ……おまえら、妙なところで息が合うよなー。

 と、呆れるキーノ。

 

 だが、生真面目なクスクルは、くすりともせず、

 

「私は一介の伍長(ウンターオフィツァ)に過ぎませんので確たるところは申せません。

 正直申しまして、この哀れな御仁がエムヤー・ウズルス本人なのであれば、後々の災いを防ぐため死んでいただくしかない、と考えていたのは噓偽りないところではあります。」

 

 これに対して屹っとした鋭いキーノの視線が突き刺さるも、本人もそれには気づいていて、慌てて諸手を振った。

 

「で、ですが!

 さきほどクレマンティーヌ殿(どの)(おっしゃ)ったことは、まさに真を衝いているようにも思います。キーノ殿(どの)の術が()ければまた暴れ出すでしょうから、流石に自由気儘を許すことは叶わないでしょうが、ご本人が境遇を受け入れられるようになるまでは、どこかで幽閉に甘んじていただくのが妥当ではないか、と思います。私が決められることではありませんが、そうなるよう努力することをお約束します。」

 

 ここまで真正直(ましょうじき)に言われては、さしものキーノも何も言い返すことはできなかった。

 むしろ、一時(いっとき)のウズルス氏への憐れみから、熊の高地(ベルナーオーバーラント)の政治に自身が介入することが悪手である、とわからないほどキーノも幼くはない。

 

 エムヤーはキーノの力で眠らされ、馬上に乗せられて村まで運ばれることになった。その処遇は、追って熊の高地(ベルナーオーバーラント)執政(コンスル)とその官僚たちの間で議されることになるのだろう。

 数人共にあったエムヤーの部下たちは、()総統(フューラー)への義理からここまで付き従うことになりはしたが、忠誠を誓った相手が既に正気を失ったに見える今となってはどうしようもなく、十二分に義理は果たせたし、さりとて今更融水谷(ツィラータール)へ帰参したいとも思わないので、熊の高地(ベルナーオーバーラント)で余生を過ごしたい、と希望した。

 クスクルは、余計なことを村で公言せぬことの宣誓は求められるだろうが、決して貴殿らの悪いようにはならないだろう、と応じた。元より若い伍長(ウンターオフィツァ)であるクスクルは、彼らが武運こそ拙かったものの経験豊かな郷士(ランクツネヒト)であることは一見して承知していたものだ。何なら村への帰路は、肩を並べて歩き、先任者に対する礼を執って熱心に語られるところに耳を傾けていた。

 

「謝礼はどのようにさせていただくべきでしょう?」

 

と、これまた生真面目に問うクスクルに対し、

 

「……気が向けば子山羊でも一匹届けてくれ。」

 

と気のない返事を返したキーノは、図らずも巻き込まれたこの騒動を反芻し、考え込んでいた。

 

「キーノちゃんが考えてるほど単純な話でもないと思うんだなー、ワタシとしては!」

 

 頭の後ろに手を組んで斜め上に視線を向けながら、キーノの隣を歩いていたクレマンティーヌがおもむろにそういう。

 

「……私が考えてるほど、とは、どういう意味なんだ?」

 

 キーノは訝し気に問う。

 

「言葉通りの意味よ。

 キーノちゃんってば、エムヤーちゃんを陥れた新しい総統(フューラー)、とやらは、トンデモない悪人だ、とか考えちゃってるでしょ?」

 

 図星かよ!と内心悪態をつくキーノ。

 

「いや、確かに私には政治のことはよくわからないから、エムヤーがそうであったように、新総統(フューラー)とやらも何か郷土のために良かれと思うところがあってこれをやっているのかもしれないが、それにしても、その目的のために焼き討ちにされた村の連中は浮かばれまい。」

 

「そこよ。

 その焼き討ちも、新総統(フューラー)がやらせたものかどうか、定かじゃないわさ。」

 

「え!

 そう……なのか?」

 

 やれやれ、と両手の平を天に向けるクレマンティーヌ。

 

「そりゃ可能性だけ言えばいくらでもあるでしょうよ。エムヤーちゃんを恨んでた誰かが仕組んだことかもしれないし、エムヤーちゃんの配下に不届き(もの)……ワタシが言うのもなんだけどさ……そういうヤツが紛れ込んでいて勝手に暴れたのかもしれないし。」

 

 逆にキーノは目を真ん丸にしてクレマンティーヌを見上げている。

 

「なるほど……確かにそうだな!」

 

「……その納得の仕方も単純に過ぎるけどさーーー!

 黒幕として陰謀の一番の受益者を疑う、ってのはイロハのイ。まぁ、総統(フューラー)なんぞに推されて(とく)なのか、は過分に疑わしいんだけど、だからこそむしろワタシとしては、新総統(フューラー)がこれからどうすんのか、の方が気になるわ。」

 

「どういう……ことなんだ?」

 

 キーノには、クレマンティーヌの言わんとするところがよくわからない。

 

「エムヤーちゃんも言ってたでしょ?

 村人には、わかりやすい敵、が必要なんだ、って。」

 

「それは……哀れなエムヤー、がそうなんじゃないのか。

 人類の敵、だっけ?」

「んなわけあるかい!」

 

 キーノのこれまた単純な解釈に、クレマンティーヌは即座に突っ込んだ。

 

「エムヤーちゃんがさ、ふてぶてしくも熊の高地(ベルナーオーバーラント)に乗り込んで、我こそは正統なる融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)、我に助力し権力奪還の暁には、汝らにも相応の富貴を分け与えん……とか嘯く(たま)ならそういうこともあるでしょうけど、実際には飼い犬に手を噛まれた時点で子飼いの部下からすら正気を失った、って評されちゃってんだから、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)の共通の敵、としては明らかに役者が足りてないよね。せいぜい、数十年いがみ合ってた両村の仲直りの出しに使われただけ。そして新総統(フューラー)とやらは、エムヤーちゃんがせいぜいその程度の(うつわ)だ、ってことを百も承知の上でこれを仕掛けてるはず。」

 

「な、な、な、なるほど!」

 

 正直なところ、キーノはクレマンティーヌが思い描くところについていくことが叶わない。

 

「つまり、新総統(フューラー)融水谷(ツィラータール)のみならず、エムヤーちゃんを出しに関係改善される塵の滝(シュタウプバッハ)も含めて、付き従う皆に指し示して見せる共通の敵……まぁ、皆が夢中に取り組めることでさえあれば敵でなくても構いやしないんだけどさ、とにかく何かそういう当てがあればこそ、敢えて(しち)面倒臭い権力簒奪に乗り出した、って考えるべき。」

 

 いつの間にか、クレマンティーヌの表情から常の締まらない笑みが消え去り、無表情に遥か彼方を見据えるような視線があてもなく彷徨(さまよ)(さま)を見せる。

 

「それはいったい……何なのか?」

 

 ゴクリ、とキーノは息を呑む。

 

「まさか、とは思うけど。

 骸骨姿の大魔王さん……じゃなきゃいいけどねー。」

 

「……おいおいおぃ、よせよクレマンティーヌ!縁起でもない!」

 

 思わぬクレマンティーヌの言葉にキーノは顔色を失いながら突っ込みを入れるも、突っ込まれた側はただ一言(ひとこと)「冗談よ」と返したもののニコリともせず、返ってキーノは不安を煽られたのだった。

 

 そして。

 

 恐るべきことにこのクレマンティーヌの冗談は、

 さほど的外れでもなかったのである!

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)バーナザリック。

 蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスと最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスの二人が、しばしばここで酒を酌み交わしつつ語らうのは、既に広く知られている。

 

「今日は少し、趣の異なるものを試してみないかね?」

 

 デミウルゴスが取り出したのは、ナザリックのものにしては造りが粗末な酒瓶。

 

「……現地人ノ手ニナルモノカ?」

 

「察しがよくて幸いだ。先だって原住民集落を視察に歩いた際、失敬してきたものさ。

 無理には勧めないが、どうだね?」

 

「……試シテミヨウ。」

 

 パチン、とデミウルゴスが指を鳴らせば、阿吽の呼吸で茸生物(マニコイド)のバーテンダーが二人が差向(さしむか)うテーブルにワイングラスを二つ置いた。

 

「ありがとう、ピッキー。」

 

 簡潔に謝辞を告げつつ、デミウルゴスは指で()まんで(コルク)を引き抜き、ポンッ、と心地よい音が響いて、ぷん、と獣のそれにも似た野性味ある芳香が漂う。

 

「香りは……及第点のようだね。」

 

 左手の平で瓶の底を掴んだまま、鼻先で少し回してそれを確かめたデミウルゴスは、まず自身のグラスに、続いてコキュートスのそれに血液のように赤い液体を、とくん、とくん、と、これまた小気味よい音を立てながら注いだ。

 

「慈悲深きアインズ様が、もったいなくも愛してやまぬ原住民たちに。」

「取ルニ足ラヌ者タチニモ御心配(おこころくば)リアル、慈愛(あまね)キ至高ノ主ニ。」

 

「「乾杯!」」

 

 チーーーン!

 

「思ったよりも……悪くはないものだね。」

 

 とは、デミウルゴスの言。

 コキュートスもまた、いっとき口内で転がして曰く。

 

「正直言エバ、ナザリックニテ供サレル酒ノ方ガ(うま)イ。

 ガ、コレニハコレニシカナイ……野趣、トデモイウベキ何カガアルナ。」

 

 フフフ、と笑みを交わす二人。

 

「口直しといこうか。

 ピッキー!シャトー・オー・ブリオン、(ルージュ)……2129年を!」

 

 バーナザリックで供される酒は、元を質せばこの分野にも一家言あったバーの設計者にしてピッキーの創造主、自然愛好家ギルメン、ブループラネットが課金で調達した万能酒造機(マルチディスペンサー)に由来している。

 内臓されたデータベースに<現実(リアル)>において銘酒とされるものはあらかた登録されていて、ピッキーが然るべく操作すれば、只今デミウルゴスが求めた特定年次の熟成葡萄酒(ヴィンテージワイン)であっても、それはたちまちに適切な容器に封入された状態で出現する。

 ユグドラシル時代のそれは、単にフレーバーテキストに「シャトー・オー・ブリオン、赤、2129年」と記載された、容器や銘柄表示(ラベル)、色味だけを<現実(リアル)>の現物に似せた無味無臭の液体でしかなかったが、フレーバーテキストの記述が理屈抜きにかくあるべきもの、として現実化するこちらの世界においては、それはまさに職務の合間にデミウルゴス、コキュートスに一時(いっとき)の安らぎを与える銘酒、そのものと化すのである。

 

 ちなみに。

 万能酒造機(マルチディスペンサー)は、ナザリック地下大墳墓においては各種(トラップ)同様のギルド拠点に組み込まれた仕掛け(ギミック)の扱いであり、これを稼働状態にしていると日々消費されるギルド維持費が相応に増えることになる。

 この世界においては過ぎた防衛力である、との判断から、(おも)に第一から第三階層に所狭しと展開されていた(トラップ)の大半は、少しでもギルド維持費を抑えるために非稼働となっているが、この万能酒造機(マルチディスペンサー)をはじめとして、大食堂、大浴場など、一見ナザリックの存続に直接寄与するわけでもないのに転移以来稼働し続けている仕掛け(ギミック)は存外多い。

 これは大魔王アインズ・ウール・ゴウンの、下僕(しもべ)たちに福利厚生が行き届かないナザリックならばいっそ滅んでしまえばいい、という、微笑ましくも褒め称えるにはいささか疑問がなくもない判断によるものだ。

 

「先ダッテ、アウラ、ニ問ワレタノダガナ。」

 

 新しいグラスに注がれたシャトー・オー・ブリオンを一口含み、その一分(いちぶ)の隙もなく調和した芳醇な味わいに満足げに頷いたコキュートスが語り出すと、デミウルゴスもまた、席にゆったりと身を委ね酒を煽りながら片手を差し出して続きを促した。

 

「コチラノ世界デ生ヲ享ケタ、アウラ、マーレ、ノ一族ハ、ギルドノ忠誠ノ鍵ノ縛リヲ受ケテハイナイガ、自ラノ意思デ、アインズ様ニ忠誠ヲ誓ッテイル。」

 

 うんうん、と頷くデミウルゴス。

 

「アウラガ言ウニハ、実際ニアインズ様ガ自ラ何カヲ彼女ラニ命ジルコトハ稀デ、専ラソレハ、アルベド、アルイハ、デミウルゴス、カラ差配サレルモノダ、ト。」

 

「まったくもってその通りだね。」

 

「アウラガ案ジルノハ、モシ、アルベドノ命令ト、デミウルゴスノソレガ、互イニ相反(あいはん)シテイタトキ、ドウスルベキダロウ、トイウモノダ。」

 

「……なるほど、面白い疑問だ。

 問われたキミは、どう答えたのかね?」

 

「私ハソンナコトハ考エタコトモナカッタノデナ。

 宿題トシテ持チ帰リ、今コウシテ、オマエニ相談シテイル。」

 

 デミウルゴスは、コキュートスを小馬鹿にした態度に見えぬよう気遣いつつ、それでも楽し気に(わら)った。

 あぁ、我が友のなんと実直、誠実なことか!

 

「そんなものは簡単なことだ!」

 

 デミウルゴスは両手を左右に大きく振り広げて即答する。

 

「元より我らナザリックの下僕(しもべ)(あいだ)に序列はない。

 さりながらアルベドは、恐れ多くも至高の四十一人の方々より、守護者統括を拝命したる身。

 アインズ様を別にすれば、その命令はすべてに優先されて然りだろう!」

 

 ん……?

 と、コキュートスが、見るからに友の真意を疑う(てい)で、黙ったまま、(はた)から見る分には秘めたる感情を伺うことが叶わぬ複眼をデミウルゴスへ向けている。

 

「……何か言いたそうじゃないか、コキュートス?」

 

 もちろん、これに気づかぬはずのないデミウルゴスは顔を斜めに傾けながら、いささかおどけた様子でコキュートスにそう問うた。

 

「デミウルゴスノ言ウトコロハ、モットモダ。」

 

と、コキュートス。

 

「ダガ、コト対外戦略、戦術ノ面ニオイテハ、決シテアルベドヲ(あなど)ルモノデハナイガ、デミウルゴスニ長ジルトコロガアルノモ事実。構ワヌノカ?」

 

「構わないも何も!」

 

 ハッ、と(わら)うデミウルゴス。

 

「要はアルベドが、私の思い描く戦略戦術に矛盾することを言い出さぬようにすればよいのだろう?そんなことは簡単で、彼女は私にそうされたことにすら気づかないだろう!」

 

 マッタク……。

 コノ悪魔ハ困ッタヤツダ、と表情を欠くコキュートスであっても思っていることが顔に出る。

 

「ソコモワカラヌデハナイ。

 ガ、アルベドトテ知性値最大(カンスト)。オマエガソウ考エテイルノデアレバ、彼女モマタ同ジコトヲ考エテイルノデハナイカ?」

 

 コキュートスとしては、自信過剰な友人が勢い余って虎の尾を踏まぬよう窘めたつもりでそう言ったのであるが。

 

「彼女がそう考えるとき、そう考えさせているのは他ならぬ私さ!」

 

 そう三日月型の笑みを浮かべて断言したデミウルゴスは、グラスに残ったシャトー・オー・ブリオンを一息に煽った。

 

 コキュートスは思う。

 デミウルゴスは、(なに)を以て、今交わしているこの会話が、実はアルベドによって演出されたものだ、という可能性を排除しているのだろう、と。

 

 だが、そんなことは問うだけ無駄だ。

 アルベドもデミウルゴスも互いに、余人(よじん)には気づけようもない思考誘導、洗脳合戦を日々繰り返していて、ある瞬間に主導権を握っているのがどちらであるか、など判じることなどできようはずもなく、そもそも、本人たちは主導権になど(はな)から興味などあるはずもない。

 

 すべてはアインズ・ウール・ゴウン様の為に!

 

 この一点だけは、アルベドもデミウルゴスも完全に(おな)じことを目指していて、至高の主のお役に立つことでさえあれば、どちらがそれを主導したか、などということは些末な問題でしかない。

 

 敢えて問題があるとすれば。

 この不動の(ことわり)を、アルベドもデミウルゴスも完全に理解しているはずなのに、決して(おおやけ)には認めようとしないことだ。デミウルゴスの態度がこれを(あかし)して余りあるし、コキュートスは、同じ問いをアルベドに発して同じ回答が返ってくることを強いて確かめたい、とは思わなかった。

 

 ふと思い立って、捨てずに置いていた、デミウルゴスの土産の現地産ワインを再び一口含んでみる。

 洗練されず、種々の雑味がぶつかり合って、でありながら、それが野趣ある味わいとなったそれは、シャトー・オー・ブリオンよりは、アルベドとデミウルゴスの織り成す混沌(カオス)調和(ブレンド)に近いな、とコキュートスは思った。

 

 言い返されると面倒臭いので、口にはしなかった。

 

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