億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴501年。
異世界転移以降ナザリック史上最大規模の来訪者との全面対決が勃発。


第6話 転移歴501年 水晶の塔
11.水晶の塔(1)


 転移歴400年代を通じて新たな来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が捕捉されることはなく、穏やかな日々が続いた。

 

 かねてより想定されていた通り、ユグドラシルプレイヤーはこちらの世界に渡り来て後、ギルド拠点を維持したまま何らかの活動開始に到れること、それ自体が稀な事象なのではないかとの仮説にますます信憑性を与えることになったのだが、その楽観的な見通しは転移歴500年を迎えてたちまちに打ち消されることになった。

 

 カルサナス都市国家連合のほぼ中央、広大な平原地帯のさらにその中央に、突如として高さ百メートルほどの水晶の塔が出現したからである。

 

 恐怖公の眷属から第一報がもたらされた時点で、ナザリックの下僕(しもべ)たちは銘々口にこそはせぬものの、久々の戦いの予感に、ユグドラシル由来の存在の誰もが本能的に有する渇望を刺激されて沸き立ったものだが、たちまちにそれは実現しなかった。

 

 水晶の塔は沈黙したままで、何も起こらなかったからだ。

 

 三賢者会議(トリニティ)は、今回の水晶の塔は人知れず消滅していく類型(パターン)の亜種ではないか、と論じた。

 つまり、外見からは拠点レベル二千前後、ナザリック地下大墳墓には及ばないが決して侮れないそれは、であるがゆえにその維持に大量のユグドラシル金貨を必要とするのであり、転移直後たちまちに枯渇が生じてプレイヤーは忠誠心を失ったNPCに弑され、そのNPCたちはやることもなく拠点内に閉じこもっているのであって、たまたまそれが極めて目立つ場所に出現したに過ぎない、との解釈である。

 これに探査や威力偵察を試みることはやぶ蛇になる公算が高いと判断したアインズたちは、引き続き恐怖公眷属(ゴキブリ)による遠目の監視は継続するものの、しばらくは様子見でよかろうとの結論に達した。

 

 幸いなことに、現地勢力もたちまちには余計な手出しをしなかった。

 水晶の塔が出現したのは、カルサナス都市国家連合の中でもその名に反して自身は都市を形成せず、他都市から専有が認められた大平原を数年毎の過分に儀礼的な闘争によって縄張り分けすることを旨とする半人半馬(セントール)が暮らす領域だった。

 只今の半人半馬の族長は、彼ら自身は「触れ得ざる塔」と呼んだそれについて、自族についても連合の他都市についても固く接近を戒め、自らは哨戒の一団を率いて塔に対する無用の介入を阻んだ。元より、連合においては他の都市国家内の出来事に対して何らかの実力行使をおこなうことは、領域を実効支配する者の同意なくしてあるべからず、の法が徹底されていたため、しばらくの間は平穏が維持された。

 

 実は半人半馬の族長が下したこの決断には、遡ること五十年ほど前に当地を訪れ、かの族長の父と情誼を交わして語らった真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンの影響があった。

 仲間四人で流しの冒険者として世界を旅し続ける彼女は、この者は、と見込める現地で知り合った者に対しては、あくまでも触り程度ではあるが、この世界にはしばしば触れ得ざる者が現れること、それは恐ろしく強大であると同時に理解不能であること、多くの場合触れ得ざる者自身はこちらに無関心であること、ゆえに、万が一にも巡り合ってしまった場合の最善手は第一に無視であり、仕掛けられた場合は取り急ぎ逃げることだ、と説いた。

 (げん)半人半馬族長の父は、目前で全長十五メートルにもなった巨大毒蛇(ギガントパイソン)を事も無げにとてつもない雷撃で片付けて見せたキーノが、取り急ぎ逃げろと語る触れ得ざる者の物語に熱心に耳を傾け、それは次に到来が予想される時期を含めて息子に語り継がれた。父から語られた物語を記憶に留めていた息子は、賢明にも塔の隔離の一手を講じたものである。

 

 ちなみに。

 

 連合諸都市にこの施策を説明するに際し、現族長は「触れ得ざる塔は、五十年前に当地を訪れた予言者、吸血姫(きゅうけつき)と三人の小人(こびと)、によって予言されていたものであり、その賢人たちの遺命に従って我らは隔離の一手を講じるものである」と宣じたのであるが、はて、これを当の本人キーノ・インベルンが聞いたらどんな顔をしたものか、見てみたいものだ。

 

 事によれば半人半馬の国は()()()()()いたやも知れぬ。

 

 

 

 俄に動きが生じたのはこの状態が一年と少し続いてからのことで、意外にもきっかけになったのはバハルス帝国であった。

 

 転移歴400年代を通してバハルス帝国も再びの中央集権化を果たしつつ穏やかな繁栄のときを享受していたものだが、反面、動乱のない時代が人々の心を次第に弛緩させていくことは避け難かった。

 キーノたちは少なからず帝国領内も旅して、カルサナス都市国家連合の有志に対して積み上げてきたような働きかけをおこなっていたのだが、あくまでも都市、村落に隠れる賢人に対するそれに留まっており、専制が安定するにつれ末端との乖離を生じつつあった帝国中央にその声は届かなかった。

 そして、現皇帝ジルクニフⅪ世の御代もそう長くはあるまい、と誰もが薄々感じ始めていた時分になって大地溝帯を越えてカルサナス都市国家連合から伝わってきた触れ得ざる塔出現の噂は、次代皇帝への推挙を競う者たちをいたずらに刺激した。

 

 幸か不幸か彼らの手元には、再びの帝国統一を成し遂げたジルクニフⅥ世以来近衛に継承されてきた、彼ら自身からすれば向かうところ敵なしの帝国の至宝、装備者の能力強化(エンチャント)武器破壊(ディスアーマメント)に加えて雷撃(ライトニング)すら放つ魔法の小剣(ショートソード)二百振りがあった。これが彼らの判断を狂わせたことは否めない。

 

 無論、帝国軍人が誰も彼も好戦的向こう見ずであったわけではなく、無用な出兵を戒める声もないではなかったが、皇帝選挙が事実上の人気投票になりつつあったこの時代、そういった真っ当な見解は、やれ度の過ぎた慎重論よ臆病者よ、と揶揄する声に掻き消され、声高な目立ちたがり屋が一旦主導権を握ってしまえば最早その流れを止めることは、他ならぬ皇帝ですらも叶わなかった。

 かくして「大遠征」と称し、主力となる魔法剣団二百に重装歩兵八百を加え、輜重隊等を含めて総数一万と号する大軍団が二ヶ月を費やして大地溝帯を通過したのが転移歴501年の初頭。当然、彼らの行軍経路に近い連合都市は、これを迎え撃つ軍こそ出しはしないものの、過去八百年に渡って不文律としてあり得ざることと観念されてきたバハルス帝国軍到来の真意を糾問する使者を派した。

 対して帝国側は、自分たちの大遠征は触れ得ざる塔を調査するためのものであり、連合に敵意あってのことではないと弁明の上で、手土産に持参した帝国の物産を大盤振る舞いすることで応じた。半人半馬族長の周辺封鎖の初動が早かったこともあり、必ずしも塔に対する直接の危機感を共有していなかった連合側は、帝国軍が各連合都市に対し行軍半日以内の距離に立ち入らないことを条件にその通過を黙認した。

 

 一方、触れ得ざる塔の所在を自身の事実上の領土……といった観念は本来彼ら自身にはないのだが……とする半人半馬たちは、突如押し寄せた帝国軍に対し一旦は部族を糾合して対陣し、一触即発の気配を見せた。

 (いき)り立つ自族の若者たちを辛うじて抑えた族長は、繰り返し触れ得ざる者の危険性を説いて、無用な災いを呼び込むべきではないと帝国軍に対して訴えたが、そもそもこの知識自体彼の経験に由来するものではなく、いささか説得力を欠くことは他ならぬ族長自身が承知していたことだ。

 やがて甲斐のない板挟みに精根尽き果てたものか、ついには、

 

「この試みによってもたらされる災いはおまえたち自身が(こうむ)るがよい。」

 

との、呪いとも取れる言葉を発して帝国軍の自領内行軍をしぶしぶ認め、自身の部族に対しては大平原南端への一時退避を命じた。

 

 そして、果たせるかな災厄が溢れ出ることになる。

 

 

                    *

 

 

「起こってしまえばさもありなん、では御座いますが、よもやこちらの世界の弱者たちが強いて寝た子を起こすとは……いやはや思いもよりませんでした。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 いつものようにアインズは三賢者の面々と今回の事態の対処について協議している。

 

 デミウルゴスが(ひたい)を抑えながら、かつ、さも愉快げに発したその言葉に、

 

 嘘つけ!

 おまえがそれを事前に読み切らぬはずもなく、ひょっとしなくとも裏であの馬鹿共を煽ったのもおまえなんじゃねーのか?

 

とアインズは思わないでもなかったが、今更そんなことを論じても意味のないことは百も承知だ。

 

 こちらの世界の人間たちが原則として位階魔法を軍事利用しないことについて、ナザリックの面々は早い段階で気づいていた。

 アルベドとデミウルゴスが論じたところによれば、一部例外があるもののこちらの人間が扱い得る魔法がせいぜい第三位階までであること、肉体容量の限界からMP(魔力)もたかが知れており継戦能力に欠けることがその要因であろう、とされている。最も積極的にこれを活用した旧スレイン法国についても、基本的には特殊部隊での運用に限られており、その戦術原則(ドクトリン)はおそらくは六大神から学んだのであろう、ユグドラシルPvP戦術の誤解(まみ)れの模倣から成っていた。

 およそ百七十年前に、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)カーター・ツィマーマンのヤチマの無思慮からバハルス帝国にもたらされた二百振りの魔剣については、その性能がアインズたちの目から見れば屁のようなものであったため、ナザリックは特にこれを問題視せず放置したものだが、位階魔法の軍事利用に馴れない人々が、かの武具から自身の能力の(ほど)を見誤った上に、よりにもよって来訪者相手に暴発する、というのは、起こってしまえばさもありなん、ではありつつも、事前予測するのは難しかった。

 

「恐怖公眷属からの報告によりますと、バハルス帝国軍が水晶の塔に(くだん)の魔剣を用いて雷撃を試みるや否や、権天使(プリンシパリティ)率いる天使の群れが六方に放たれ帝国軍はたちまちに潰走、天使の群れの一部は進路上にたまたまあった都市に無差別攻撃を仕掛けていることが確認されております。」

 

 守護者統括アルベドが簡潔に状況を要約した。

 

 天使の群れは直接対峙したバハルス帝国軍に対するそれを筆頭に、きっかり六十度ずつ方位を(わか)った六隊が放射状に進撃を開始したらしい。

 そのあまりに機械的な対応に、アインズは当初想定された通り、プレイヤーは既に落命しているか少なくともギルドの指揮を掌握しておらず、さほど高い知性を与えられていたでもなくただ機能停止した拠点内に閉じ籠もっていた(あるじ)なきNPCたちが、突然の外敵に反射的に対応開始したものであろう、と確信している。

 さりとてアインズは事態を楽観しているわけでは決してなかった。六方に散ったそれぞれの一団と対応するものかと推測されるが、塔の頂上付近に六方位を()めつけたまま中空に留まる六体の熾天使(セラフ)が視認されているからだ。恐怖公眷属の視覚による観察のみではそのレベルまでは特定できないが、アインズでさえ直接の対決を躊躇うそれが百レベルに達している可能性は大いにある。

 

「この際、愚かな行為で最悪の事態を招いた者たちに、超位魔法を以て懲罰の鉄槌をお(くだ)しおあそばしますのが、よろしいのではないでしょうか?」

 

 やめてくれ!これ以上事態をややこしくしてどうするよ?

 んなことしたら、まるでオレがすべてを裏で糸引く大魔王じゃねーか!

 

「無用だ。そもそも既に潰走したという愚か者たちも、よもや帰国は叶うまい。

 ましてや、その……なんとか帝国を殲滅したとて何の益がある?」

 

 アインズはアルベドの提案をさらりといなした。

 

「放置するわけにも参りますまいが、六方分散したものの各個撃破はいささか面倒で御座いますな。」

 

と口を挟んだのはパンドラズ・アクター。だが、これに対しアインズは、その発言を予期していたかのように受け流した。

 

「パンドラ。わかった上で問うてるんだろう?

 ズバリ訊こう。おまえの見積もりでは何時間いける?」

 

「二十四時間は裕に全力稼働可能ですが、三時間のうちに(かた)は付くものかと。」

 

 アインズとパンドラズ・アクターの意味深な会話にアルベドが目を見開きつつ問うた。

 

「アインズ様……まさか(ルベド)を?」

 

「パンドラの見積もりは、もちろんガルガンチュアを含んでのことなのだろう?」

 

 アインズはそれには直接答えず、息子に念のための確認をおこなった。

 

「無論で御座います。今回の状況ではかの者を用いねば意味は御座いますまい。」

 

 ルベド、ガルガンチュアともに、ナザリックの一員でありこそすれ、彼らはパンドラズ・アクターやアルベドのようなNPCではない。武器、兵器の(たぐい)であり、ユグドラシルにおいては課金を前提とした戦力強化(ブースト)手段であった彼らの稼働は、稼働時間に応じたユグドラシル金貨の消耗を伴う。

 パンドラズ・アクターの見積もりとは、ナザリックの収支、各種の非常事態に備えた予備も踏まえた上で、残る余剰金貨でいかほど彼らを稼働させることが叶うかを計算したものであった。

 

「アルベドが()()の稼働を躊躇うのも無理はない。設定上はおまえの妹であるし、稼働させることがナザリックに災いをもたらすと考えるのは至極もっともだ。」

 

 ユグドラシル時代、その性能をギルドの皆に披見すべくたっち・みーとの模擬戦に望んだルベドは、世界最強(ワールドチャンピオン)の<次元断切(ワールドブレイク)>の直撃を受けてもそれをものともせず、あわやたっち・みーを一敗地に(まみ)れさせんとするかにまで迫ったが、宝物殿金貨蕩尽の恐れが生じて急遽緊急停止させられた。このときの稼働時間は僅か五分で、ギルド有志が慌てて課金してこれを補ったのは、今となっては笑える思い出だ。

 

「が、これが今回の状況に対する最適解だ、とオレは確信しているし、繰り返してきた机上演習(シミュレーション)からも制御不能の事態に陥ることはまずあるまい。どうせいつかは試すことにはなったんだ。これもよい機会と割り切るのが一番、と思うが、どうだ?」

 

 それでもアルベドは一抹の不安を払いきれない様子を見せたが、異論はないようだった。

 重ねてアインズはデミウルゴスに問う。

 

「デミウルゴス、オレの考えに抜けがあれば遠慮なく言ってくれ。」

 

 デミウルゴスはお決まりの両腕を左右に大きく開いた姿勢(ポーズ)で陶酔の表情を浮かべ、

 

「よもやそのようなものなどあろうはずもなし……と愚考する次第で御座います。」

 

と右腕を斜めに振り下ろして恭しく同意の礼を執った。

 

「では決まりだ。

 アルベド、外に出ている者は他にはいないな?」

 

「はい、今回の事態発覚を受けて撤収を完了させております。」

 

「重畳だ、早速銘々準備に取り掛かってくれ。

 作戦開始は現地時間の日没とする。敢えて現地人にこの祭りを見物させてやる必要もあるまいよ!」

 

「「「ハッ!」」」

 

 足早に退出していく三賢者を見送ったアインズは、次なる一手に着手する。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 

 ツアー、オレだ。

 今から言う場所で日没に落ち合おう!」

 

 

                    *

 

 

 突如!

 

 半人半馬の平原の地平線に夕日が沈むや、突如として水晶の塔の前に出現した身の丈三十メートルを越える戦略級攻城動像(ゴーレム)に、六方に散った天使とは別に少なからず塔周囲の警戒に当たっていた天使たちが俄に騒ぎ出した。

 

 戦略級攻城動像ガルガンチュアは、他の多くのナザリックの下僕(しもべ)たちとは異なり、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルメンが手づからに生み出したNPCではない。とある探索(クエスト)の戦利品としてギルドの手に落ちたもので、以来扱いに困って第四階層の地下湖に沈めていたものだ。

 ユグドラシルの規約(ルール)上、対ギルド拠点用攻城兵器を敵対ギルドの目前に転移させることは本来は不可能で、一定距離の自力走破を求められる設定であったが、アインズの読み通り既に運営資金蕩尽を迎えている水晶の塔にはこれを阻む力はなかったものと見える。

 

 シャルティアが開いた<転移門(ゲート)>を通って姿を現したガルガンチュアは、即座に強烈な正拳突きを水晶の塔の壁面に対して喰らわせた。落雷のような轟音が鳴り響き、ガルガンチュアの拳の着弾点を中心に塔の側面にひび割れが走った。

 もっとも、たちまちに水晶の塔の構造を突き崩すことがガルガンチュアに期待されていたわけでは決してない。遠目にも悪目立(わるめだ)ちするこの巨人は、敵方の憎しみ値(ヘイト)を惹き付ける、という特性がある。果たせるかな、すぐさまアインズの元にエントマ・ヴァシリッサ・ゼータを介して「六方に散った天使の群れが(きびす)を返して水晶の塔に向かったことを恐怖公の眷属が確認しましたぁ」との報告が届く。

 

 狙い通りだ。

 

 ガルガンチュアに群がる、敵方NPCにより随伴戦力として召喚されたと思われるレベル三十前後の天使の群れは、攻城兵器であるがゆえに膨大なHP(耐久力)を誇るガルガンチュアにとっては殊更反撃を要するものではない。そもそもガルガンチュアは天使のような彼に比して小さくちょこまかと機動するものを撃ち落とす機敏さには恵まれてはいなかった。が、ガルガンチュアは事前にアインズによって命じられた通り、天使の攻撃を無視してひたすらに塔の壁を殴り続け、以て天使たちの憎しみ値(ヘイト)を惹き付け続けた。

 ついに、頂上付近に浮遊していた六体の熾天使がこれに気づき、殲滅せんと静かに下降を開始するが、ガルガンチュアの影から飛び出してこの前に立ち塞がる者がある。

 

 血を想起させる赤黒いドレス。

 素足に徒手空拳。

 

 (つの)を欠くその顔は姉アルベドと瓜二つだが、そこに表情と呼べるものはまったく存在しない。

 

 熾天使の一体が先行して御使いの剣(エンジェリックソード)にて一撃を試みた。アインズですら直撃を被ることを憚るそれは彼女の華奢な身体を確かに捉えたように思われるが、彼女はそれをものともせず表情一つ変えずにそのまま熾天使の懐深くへ突き進み、その肩口に手刀を叩き込んだ。途端、その肩から生えた熾天使の腕の一本が吹き飛ぶ。

 彼女……ニグレドとアルベドの設定上の末の妹ルベド、はガルガンチュア同様にNPCではないが、紛れもなくアインズ・ウール・ゴウンの稀代の錬金術師、タブラ・スマラグディナの手になる被造物であり、そしてユグドラシルの仕様の間隙を突いた不正行為(チート)すれすれの代物であった。

 

 ユグドラシルの最盛期、その運営者たちはギルド間抗争を超えるギルド集団間の戦争のゲーム化を夢想した。が、云千人のプレイヤーが一堂に会しておこなう戦闘を処理するのは処理落ち(レイテンシ)障害(ダウン)の恐れもあって実際には困難だった。

 そこで、三千人以上が一丸となって行動する際の特別な処理系(ルール)が後付けされた。これは、集団の戦闘能力を束ねて評価するとともに、被害(ダメージ)もまた個々に処理するのではなく、複雑な計算式を以て算出されたそれを、陣形上の被攻撃率に勘案して一部の個が代表して受ける、といったような便宜上の処理の集合だったのだが、実際には利用されることがなかった。

 ユーザー数の頂点(ピーク)を迎えたユグドラシルでは、必ずしも戦闘を嗜まないお気楽(カジュアル)プレイヤーが多数派(メジャー)化し、そのような処理を適用すべき局面が(つい)ぞ生じなかったからである。

 が、実装された処理系は、利用されないままにユグドラシルの奥底に眠り続けた。ここに、ユグドラシルの画期を為したメジャーアップデート、いわゆる「ヴァルキュリアの失墜」で実装された自動機械(オートマトン)を組み合わせることでルベドは実現されている。

 

 集団戦用拡張処理が未だユグドラシル上で生きていることに目聡く気づいたタブラ・スマラグディナは、自動機械のアルゴリズムに従って自律的に挙動する小さなユニットを三千個以上連動させることにより、集団戦処理を励起可能であることを見出した。

 そして、一時はアインズ、当時のモモンガを困惑させた大量のデータクリスタル浪費によって、それ以上に、タブラ・スマラグディナ以外では到底なしえようもない複雑怪奇なアルゴリズムを組み上げて、総計一千六百万余……ユグドラシルの仕様上、連動可能な自動機械の理論上の上限数……の自動機械が連動して一体の殺人兵器の如く振る舞うそれに、お気に入りの愛娘(アルベド)の姿を与えた。

 

 こうして生まれたのが魂なき緋色(ひいろ)殺人姫(さつじんき)、ルベドである。

 

 つまるところ彼女は、個としてのルベドとして存在するのではない。

 無数の意思もたぬ機械の粒がアルゴリズムに従って振る舞うことにより生じる幻影……。

 

 それこそがルベドなのだ。

 

 徒党を組んだ百レベル級プレイヤーがナザリックを襲った「千五百人の大襲撃」においても、ほんの数分ほどの稼働ではあったが、ルベドは第八階層に至ったプレイヤーを駆逐するべく投入されている。これを生き延びた者は直後にモモンガ玉の力を解放したアインズによって悉く葬られ戦いは決したのであるが、このとき、少なくないプレイヤーが「あれは不正(チート)ではないのか」とユグドラシル運営に迫った。

 が、そもそも使われなくなった集団戦処理を撤去しないままに放置していたのが他ならぬ運営であったこと、それ以上に、事前予告された大襲撃に備えて一時的にサーバーを増強し、生中継に広告枠(スポンサーシップ)を設けてひと稼ぎした運営が二匹目の泥鰌に期待していたこともあり、これは不問にふされた。実際には、この実況の印象が強すぎて以降ナザリック攻略を挑むプレイヤーは皆無となり、二匹目の泥鰌は釣れず、アインズ・ウール・ゴウン自身は箱庭ギルド色を強めていくことになったのだが。

 運営側も、自動機械の仕様に従って個数に適用アルゴリズム(ステップ)数を乗じたユグドラシル金貨を単位時間毎に散財するこれを、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンがよもや無分別に多用して物議を醸すことなどあるまい、と踏んでいたのももちろんある。

 

 とまれ、さきほどルベドが被った熾天使からの一撃は、もしルベドが他のNPC同様に一体の個であったならば、HPの大半を削られていたか、あるいは一瞬にして塵と消えていてもおかしくないものであったが、一千六百万余の個からなる集団であるルベドは、陣形上の一部、すなわち御使いの剣の接触を受けた部分の微小な自動機械が代表してこの被害(ダメージ)を受ける。むろん、耐久力など無いに等しいこれらはたちまちに消滅するが、それは全体からすればほんの一部でしかなかった。

 逆に、ルベドから放たれる一撃は、それぞれは小さいながらも一千六百万余の集団の総計として算出され、しかも自身の被害を勘案する必要なきがゆえに超近接して放たれる無属性純粋物理攻撃の威力は、特殊攻撃への備えに傾きがちな高レベルプレイヤー、キャラクタに対しては必至の一撃となり得た。

 

 無論、そんなルベドにも弱点がないわけではない。

 

 ルベドはそれ自体は知性を持たない自動機械多数の集合であるがゆえに、敵味方の識別能を持たず、ただただ自身に攻撃を加えてくる者を反射的に殲滅する存在だ。どちらかと言えばそれは(トラップ)に近い。

 ガルガンチュアに天使への反撃が命じられていないのは、万が一ガルガンチュアの攻撃がルベドを掠めでもしようものなら、ルベドはガルガンチュアをも敵と見做して殲滅してしまうからである。ガルガンチュアが塔の壁面破壊のみに集中し続ける限り、そのような事態はまず起こらない。

 守りの点においては、実はルベドにはいくつかの比較的容易な攻略方法がある。その最たるものは非物理系の範囲攻撃魔法であり、個々の自動機械の耐久力は微々たるものであり魔法に対する抵抗もさしたるものではないので、十分に高い位階のそれであれば攻撃は通る。

 一方で、相手の視点からは究極最強の()に見えるルベドに対し、総火力としては単体攻撃魔法に数段劣る範囲攻撃魔法を選択するものはまずいない。ルベドの危険性に気づいた者は、まず自身の有する最大火力の単体攻撃魔法を試みる。が、仮にそれが大抵のものを焼き尽くすことが可能な第九位階魔法<朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)>であったとしても、ルベドの体表を占める一部の自動機械を焼くのみで、効果は事実上薄皮一枚を剥ぐのみだ。そして大火力魔法に付き物の発動後の待ち時間(クールダウンタイム)を課せられた術者に、ルベドの続く一撃に備える(すべ)はない。

 (あるじ)既になく、単純なギルド防衛戦力としてのみ創造され、火力最優先で十二分な知性を配分されず、そして何より、個性を発露させるほどの愛情の籠もったフレーバーテキストを欠く熾天使たちに、それを見抜く機は与えられなかった。

 

 

 

「あの()は、見た目はアルベドとそっくりなのに愛らしさがまったくないね。」

 

白金(プラチナ)の甲冑が呟く。

 

「気が合うな、ツアー。オレもそう思う。

 あれはタブラさんの悪趣味の極北が為せる技だ。」

 

と、金糸銀糸をあしらった豪奢な漆黒の装束(ローブ)に身を包むアインズがそう答えた。

 

 二人は、水晶の塔の直上千メートルで落ち合い、上空から戦況を伺っている。

 この距離と各々の隠蔽能力(コンシール)があれば、天使たちからは察知されまいと承知の上での観戦、文字通りの高みの見物、である。

 

「ルベドは、物の見た目そのものには意味などない、というこの世の真理を象徴している。」

 

「なかなかに含蓄深いね。

 あ、また一体熾天使を屠ったよ。エゲつない強さだが、あれ、いったいどうやっているんだい?」

 

「おそらく説明してもおまえには理解不可能で、そもそもオレにも説明は出来ん。タブラさんが得意げに円卓の間で語ったアレのからくりについての蘊蓄をオレは一字一句(たが)わず復唱できるが、そもそもそれが何を言っているのかが今以てさっぱりわからん。」

 

「……自分でもわからないものを戦場に投入していると?」

 

「ツアーらしからぬ可笑(おか)しなことを言う。

 それを言い出したら位階魔法も何故そうあるのか意味不明だし、おまえだって<始原の魔法(ワイルドマジック)>が如何なるからくりで生命を力場(りきば)に変化させるものか説明できまい。」

 

「うーん、そう言われてしまえばその通りだね。」

 

()りと()、さえ押さえていれば、途中が理解できていなくても大概のものは使いこなせる。位階魔法も<始原の魔法>も、そしてルベドも、そういうものの一つに過ぎん。

 所詮は道具だ。

 そして、道具そのものの性能の多寡に溺れることなく、それを如何に用いるかこそが本質であることを忘れない限り、恐れるものなどない。」

 

「キミのそういう冷徹さがときどき怖くなるよ。」

 

「冗談はよせ、ツアー。

 オレに言わせれば、何人(なんぴと)も正気のままでは正視しかねるルベドを笑いながら観戦し、自分であればこうして制するだろうと既に当たりをつけているからこそ余裕綽々で喋っているおまえの方がよほど怖いさ。」

 

 疑う余地なく世界最強の二人はそう言って笑い合った。

 が、眼下でルベドに蹂躙される熾天使もそうであるが、彼らの最強も、敢えて不利な相手や、そうでなくとも勝算(かんば)しからぬ相手との戦いに臨まねばならないようなことは事前に回避している、ことも含めての最強であることは、他ならぬ彼ら自身がよく承知している。

 

「……思ったよりも早く片が付きそうだ。」

 

 ルベドが、最後に残った熾天使に飛び蹴りを加えたのを確認したアインズがそう言う。

 

「オレはルベド回収のために一旦ナザリックに戻らねばならんが、その間に万が一想定外のことが起こるようであればよろしく頼む。間違っても天使を蹴散らそうなんて思わないでくれよ。ガルガンチュアが一身に憎しみ(ヘイト)を惹きつけている意味がなくなるからな。」

 

「無論、それは承知している。」

 

「あ、終わったな。

 わかってはいたことだが、熾天使六体を九十分と少しとは……。

 呆れた化け物だなアレは。

 

 <伝言(メッセージ)>!

 シャルティア、ルベドを回収しオレが行くまでコキュートスとセバスと共に押さえつけておけ。

 

 じゃぁツアー、あとで。」

 

 見境なく潜在敵の排除を試みるルベドを停止させる手段は、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを以て命じるしかない。ルベドの本来の運用は、ナザリック地下大墳墓の特定階層または領域に侵入してきたギルドの一団を封じ込め、そこへ投入することが企図されていたため問題がなかったものだが、まさかギルド拠点の命運と一心同体のかの至宝を戦場に持ち出すわけにはいかないので、アインズは正式の停止命令発効までの間、三人の百レベルNPCでルベドを捕縛しておくことを命じていた。

 もっとも、これが可能なのは只今のルベドが最弱の様態(モード)で稼働しているからに過ぎない。見た目アルベドに似る人型隊形の絶対維持命令を解除すれば、(かすみ)の如く行動するそれは最早捕縛すら不可能になるだろう。

 

 すぐの再会を約して<転移門(ゲート)>に消えた骸骨を見送りつつ、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーはアインズの真意に思いを巡らせていた。

 

 アインズに、手の内を他者に晒すことを偏執的に避けるきらいがある一方で、こうしてツアーに対してはまるで自慢でもするかのように開けっぴろげに見せびらかすことがあるのは随分と前から気づいていた。存外自身がユグドラシル時代のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの逸話(エピソード)に通じているのも同じ理由によるものだ。

 万が一想定外のことが起こるようであればよろしく、とアインズは言ったが、彼自身、そのようなことがあり得ると考えているようには到底見えなかった。そして、暴走し隘路へと迷い込んだ来訪者(ユグドラシルNPC)を処理することを、逐一ツアーに知らせて寄越す必然性がこれといってないのも明らかだ。

 

 では、どうしてアインズはこうして自分をここへ呼び、この光景を目の当たりにさせているのだろうか。

 

 自分の力を誇示するため?

 否、今更アインズにそんなことをする理由があるとも思えない。

 

 であれば、ツアーにはその理由は一つしか思い浮かばない。

 

 折に触れてツアーにナザリック地下大墳墓の秘密を見せつけるアインズの真の狙いは、万が一にもアインズを含むナザリックの面々がこの世界を(けが)す者と成り果ててしまったとき、ツアーにそれを阻む機会を与えるため、であろうと。

 

「何を言っても無駄だとは思うが……相変わらずの背負い込み(ぐせ)はどうにもならないものだね。」

 

 無数の天使に群がられつつ黙々と水晶の塔を殴り続け、既にいくつかの大穴を壁面に穿った巨人(ガルガンチュア)を眼下に眺めながら、ツアーはふーっと深い溜息をついた。

 

 

                    *

 

 

(恐怖公より言伝てですぅ。

 散開していた天使の最後の一群がガルガンチュア迎撃に加わったのを確認したとのことぉ。)

 

 エントマからの<伝言(メッセージ)>を受けて、アインズは「最後の仕上げだな」と呟いた。

 

「連中がすこぶる単細胞だったのは幸いだ。」

 

 それを横で聞くツアーとしては、他に事態収拾の手立てがないことは承知しつつも、少なからずアインズが自身の決断と行為に心痛めていることを知っているだけに、強いて偽悪的に振る舞う大魔王に同情せざるを得ない。

 

 さりとて、アインズに投げかけるべき言葉も思い浮かばない。

 

「ではそこで見ていてくれ。

 巻き込みたくはないから(たわむ)れにもついて来てくれるなよ!」

 

 言うが早いか、アインズは真下へ向かって急降下を開始した。

 身体を包み上げる風圧を感じながら、両の骨の手を大きく左右に振り上げる。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 頃合いを見て最後の一手を講じる。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 シャルティア、ガルガンチュアを回収しろ!」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 三拍空けて天使(まみ)れで塔を殴り続けていたガルガンチュアが突如姿を消した。

 シャルティアが見た目にそぐわぬ馬鹿力で<転移門(ゲート)>に引き込んだからだ。

 少なからず巻き込まれた天使もあったろうが、それらは転移先、ナザリック地下大墳墓地上部で待ち構えるコキュートス、セバスに漏れなく掃討されることになるだろう。

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 風切り音の背後に何処からともなく聞こえる秒読みの鐘の音。

 水晶の塔の頂上からの距離が数十メートルを切ったところで、

 

「<魔法効果拡大化(ワイデン・マジック)>、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>!」

 

 これで仕込みは終わりだ。

 眼下の天使たちはもちろん、既にガルガンチュアによって穴だらけにされた塔に潜む者たちにも、嘆きの妖精(バンシー)の絶叫は例外なく響き渡った。

 

 ゴーン……ゴーン……

 

 俄に憎しみ(ヘイト)の対象を見失いその場に取り残されて動きを止めた天使たちのほぼ中央、水晶の塔の目前に、ズンッ、と土埃を巻き上げながら、機械仕掛けの時計を背負ったアインズが降り立ったのは満願成就の一秒前。

 

「これも運命(さだめ)だ……大魔王アインズ・ウール・ゴウンの手にかかることを誇りに思え!」

 

 ゴーン……カチリッ!

 

 水晶の塔は、アインズの必殺連続技(コンボ)を受けて光の粒と化した天使に照らされ、まるで炎上したかのように光輝いた。

 

 

 

 これを見届けたツアーの傀儡(くぐつ)は、何も言葉発することなくいつものように恐るべき速度でその場から飛び去った。

 アインズもこれまたいつものように、ソリュシャン率いる戦利品回収班を動員し、夜明けまでに水晶の塔からあらゆるユグドラシル由来の品々を接収するよう命じた。目的とするところは、現地人の手にそれらが渡って後々の災いの芽となることを防ぐためで、本来のギルド内における所在を失ったそれは若干の情報価値の低下を招きもしようが、詳細な検分は持ち帰ってからで構わない。

 

 合わせて、シャルティア、コキュートス、セバスに、こちらも夜明けまで三方に分かれて残敵の索敵をおこなわせた。

 

「戦いを挑む者は即時殲滅。

 ただし会話が成立するようであれば捕縛して連れ帰れ。」

 

 コキュートス、セバスはともかく、シャルティアにそんな器用な真似が出来ようはずもないが、仮に落人(おちうど)が存在したとして、シャルティアとかち合ったそいつには運がなかったと諦めてもらうしかなかろう。

 

 南へと向かったセバスは、ほどなくして前方から(ひづめ)の響き高らかにやって来た一団と邂逅することとなった。バハルス帝国軍の凶行に一時退避していた半人半馬(セントール)の族長が、アインズたちによる殲滅戦によって平原に鳴り響いた轟音に驚き、様子を見るべく手勢を率いて戻ったものだ。

 彼らはセバスの発するただならぬ気配に立ち止まった。

 

「脅威は、慈悲深い至高の御方により取り除かれました。」

 

 事前の打ち合わせ(ブリーフィング)において、彼らが当地の実効支配者であることを承知していたセバスは簡潔にそう告げた。合わせて、

 

「夜明け以降は皆様の縄張りに自由にお戻り頂いて差し支え御座いませんが、それまでは遠慮なさるが賢明かと存じます。」

 

とも。

 この一見丁寧な言葉遣いながらも傲岸不遜な物言いは、一部の血気盛んな半人半馬の若者をいきり立たせもしたが、それは族長に抑えられた。言わずもがな族長は悟ったからである。

 

 この者こそが……

 伝え聞いた、触れ得ざる者、とはまさにこの者である。

 

 こうして、半人半馬の一族は辛くも一族存亡の危機を乗り越えた。この顛末がキーノ・インベルンの耳に届くことはなかったが、もし知れば、自分の試みは決して無駄ではなかった、と満足したことであろう。

 

 対して北西に向かったシャルティアは、天使の群れに追われ潰走したバハルス帝国軍に追いついた。総勢一万余と号した威容は最早跡形もなく、彼らの誇った魔法の武具もその大半は折れて屑と化していた。

 

「戦いを挑む者ではありんせんが……会話が成立する者でもありんせんなぁ。」

 

 真正直にシャルティアは荒れ地に呆然と座り込む幾ばくかの生存者に話し掛けてはみたものの、誰の目の焦点もシャルティアを捉えることはなく、皆ぶつぶつと意味不明の独り言を呟くばかり。惨劇の記憶を反芻しているものか、はたまた、思い上がりに端を発した己の愚行を呪ってのことか。

 

 だがしかし。

 真の恐怖はこれからだ。

 

「捨て置いても詮もなし。美味しく頂戴するでありんす!」

 

 そして。

 

 北西へ向かったコキュートスは、本来目的としていた敗残兵に突き当たり、これを(あるじ)の言いつけ通り捕縛した。もっともこの場合、アインズの言いつけなどというものにさしたる意味はなかった。相手はレベル二十に満たない小物で、コキュートスの姿を認めるやたちまちに投降したがゆえである。

 

 それは、翼を生やした全裸の半陰陽、射手の天使(キューピッド)だった。

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