「ねぇ、ハロルド!遊ぼうよー!」
「ハロルド、あの木の上に持ち上げてー!」
「待テ待テ、今、キーノ
「いや……だからその、
「「きっとだよー、
駆け去っていく子どもたちに微笑む
「可愛イ子タチダ。
モットモ、孫娘タチトハ比ベヨウモナイガナ。」
と、八重歯を見せて破顔した。
彼の名はハロルド。当地への到着に際しキーノたちを迎えたゲオルグにとっては叔父に当たる人物になる。ゲオルグが第一子に男児を得たのに対し、ハロルドの息子ハロルドソンは女児が三人続いて最後に男児を得た。
「兄ノヨウニ、ナントカ
ヨモヤノ、キーノ
「だからその
と、キーノは溜息をひとつ。
さきほど駆け去った子どもたちがハロルドの言を憶えていて、あの子たちが老成した時分に当地を再訪する自分をキーノ
ハロルドが言うには、彼と彼の甥ゲオルグの一族は、婚姻適齢期を迎えた子女があればその父親が、ときの
先程ハロルドが、人間たちの子どもも可愛いが自身の孫娘とは比べるべくもないと評した娘たちも、上の二人はハロルドソンが森の然るべき若者を見出して送り出したのだという。
自身、永遠の
「……それで。
ゲオルグにも訊いたんだが、ハロルドの現
ひとしきりの雑談の
ハロルドは、キーノが何故それを自身に問うのか、には関心がないようで、素直に思うところを述べた。
「キャラバッシュ、ハ、ブライア、トハ、マッタク似テイナイ。ガ、コレマデニ見タペシュメル一族ノ中デハ、一番ブライアニ似テイル、トモ言エルナ。」
古老らしい含蓄ある物言いでハロルドはそう応じた。
「……その心は?」
ハロルドの知る最晩年のブライア・ペシュメルは、老いてもなお陽気で多弁な男で、最後の実子を得た時点で七十に近かった絶倫の人でもあったらしい。対してキャラバッシュは陰気、とまでは言わないまでも寡黙な男で、五十を越えても独身のまま、決して強者ではないが
一方、ハロルドは他のペシュメル一族には見られなかったこの二人の共通点も見出していて、それは、何かを常に独りで抱え込んでいるような秘密主義的な一面であり、ブライアに限って言えば、周囲にそれを気取られないために無理に明るく振る舞っているようにさえハロルドからは見えていた。
対してキャラバッシュは、自身の姪を中心に数人の股肱の臣を
そして、両者ともにそうでありながら、村人多数に語るに際しては、平易で明るい言葉遣いを好み、
「如何セン、私ハ頭ガ回ランノデナ。自身マダ若カッタ時分ノ、ブライア、ハモチロン、ペシュメル、ニ対シテモ、ソンナニ抱エ込ンデ大丈夫カ、モウ少シ肩ノ力ヲ抜ケ、ト、言ッテヤリタイハ山々ダガ、彼等ニハ彼等ノ考エガアルノハ私ニモワカルカラ、
キーノ、ガ、キャラバッシュ、ヲ気ニ掛ケテクレルノナラ、何カ
キーノは、生来
頭ではわかっているつもりではありつつも、キーノ自身はこの世界で触れ合う有象無象を、ともすれば善悪二元で考えがちな性向の持ち主だ。村人を率いる立場にありながら村人に明かせぬ秘密を
自身の眷属であるクレマンティーヌ、特に個人としてどうこうしたいという明確な意思を有していないように見える双子忍者クゥイア、クゥイナのみを従える彼女は、そういった人と人との煩わしい駆け引きにかかずらうことのない存在だ。
そんな彼女であっても、大昔、いっときナザリック地下大墳墓の食客に甘んじた時分は、何を考えているのやら……何も考えていないのかもしれないが……よくわからないシャルティアとの付き合い方には随分と気を
そのアインズも、おそらくは下僕には明かせず抱え込んでいることが山程あるはずだ。思えば、アインズはキーノやクレマンティーヌと語らった僅かな時間のうちにも、常のそれとはえらく異なる軽い口調で喋り始めることがしばしばあった。アレが彼の押し隠した
程度の違いはあるにせよ、ブライアもキャラバッシュも同じような立場にいるからこそそうなのだ、と考えれば、これはある意味において、支配者、統率者の
そんなことを考え込んでいたキーノの視界に、今在る広場に沿った小道を大慌てで走る
「探しましたよ!大変なことになりました、一緒に来てください!」
<
広場に急を知らせに来た男の
ただならぬことが起こっているのはわかるものの、どう応じたものか誰にも思案がない。
「クゥイナちゃん、とりあえず
クレマンティーヌがそう告げると、双子忍者の沈黙担当が黙ったままへたりこんだ男に近づき、やおら懐から取り出した薬瓶の封を切って、
供した当人には何の益もなく、キーノ、クレマンティーヌにとっては劇薬にもなるそれは遥か昔、ド・クロサマー王国建国に関わった
「うっ……え?……はぁーーー。」
突然乱れた呼吸が整って、当の本人が驚きと安堵の声を漏らす。
男の手から紙片を奪ったキーノが、凛とした口調で問うた。
「仔細は道すがら聞こう。私たちは地理に不案内だから道先案内を頼む……いやいや、心配ない。おまえは舌を噛まないように気をつけながら椅子に座っているだけでいい。
この場の
キーノの問いに浅黒い肌の士官が挙手で応じる。
これに対してもキーノは、厳たる口調でこう言い放った。
「軍団で我々の後を追うか否かの判断は任せた。
私たちは、おまえたちの
「駆ける、と言っても……
「私たちなら一昼夜だ。
クレマンティーヌ、準備はできたか?」
「あいよ!」
振り返れば、素早くその意を察したクレマンティーヌが、先程まで息絶え絶えだった件の男を椅子に縛り上げ、これを双子忍者、クゥイア、クゥイナが
「んじゃ、
「
胸に丸みを作る
「え!……これ大丈夫なんですか?」
椅子に縛られた男の問いは軽く受け流された。
「走っている間は黙っていろ、舌を噛むぞ。
いざ、出発!」
キーノの気勢を合図に、四人+椅子上の一人は、土煙を後方へ靡かせながら風のような速さで視界の彼方へと消え去った。
*
コン、コン。
黒服男と連れの女が立ち去ってしばし。
キャラバッシュたちは呆然と小屋の中で、さてどうしたものか、と呻吟していたが、不意に
「待て!
と、キャラバッシュの発した怒声に、
「伝え聞くところによれば、
この言葉に、マラトンの
その間にも、戸外からは不自然なまでに平板な女の声。
「すいません、道に迷った
さきほどまで語らっていた女と同一人物には聞こえないが、さりとて、この
コン、コン。
ゴンゴン!
ドンドンッ!ドンドンッ!
次第に扉を叩く音が大きくなっていて、キャラバッシュたちは戸外の
「
色を失いそうになった部下たちに、キャラバッシュの一喝が飛んだ。
「思った通り、この
「そんなの、夜明けを待って逃げるに決まってるじゃないの!」
間髪入れずに彼の姪、エリカが金切り声をあげるが、キャラバッシュは片手を挙げてこれを制する。
「それは得策ではない。」
「どうして!」
キャラバッシュは、立ったままだった部下たちに、無駄に体力を消費せぬよう銘々
「日差しの
それに、日が落ちたあとは屋内に籠もる、とすれば、どれだけ急いでも
エリカは、伯父の言葉に唇を噛んだ。
「幸いなことに。」
と、キャラバッシュ。
この状況下で、幸い、とはこれ
「私の読みでは、戸外で我らを恫喝しているのは女、従僕であった方の
「彼女は、私が
そして、これだ。」
と、その黒服の男から投げ渡された十字形の
「あの男はこの
「
またも、貴方は気でも狂ったのか、と言わんばかりの声色でエリカが叫ぶが、キャラバッシュはやはり片手を挙げてこれを制する。
「エリカは化け物と言うが、アレは終始理知的で、私が乞うた教えに対しても、態度はどうあれ真摯に答えた、と私は見ている。確かに信のおける
一方で、明らかにあの男は我々を見下し、そして、只今我々がおかれているこの状況を予見し、それを思い描いて楽しむような素振りだった。つまりこれは、あの男からすれば余興なのだ。この
淡々とそう話すキャラバッシュに、誰も返す言葉がない。
「だから私は、敢えてあの
「そ、それは……どのような?
私は、どのようなことであっても、
恐る恐る、でありながら、誓いを立てつつマラトンが問えば、キャラバッシュは、うんうん、と満足そうに頷いて、やおらこう宣じた。
「まず、私はここに残る。」
「「「馬鹿な!」」」
一斉に全員から異議の声があがるが、キャラバッシュは意に介さない。
「あの女の狙いは間違いなく私だ。私がここに居座る限り、他に被害が及ぶことはない。」
「それは……そうでしょうけど。」
エリカが不服そうな声色でそう言うも、キャラバッシュは迷いなく断言する。
「あの男の酷薄さからすれば、おそらくこの
あの男は、実りを自ら得ることが決してなかろうとも為すべきことをただ始めるだけ、と語った私の真を問うておるのだ。大口を叩いておいて、窮地となれば自分一人助からんと
だから私は……」
そして、彼は
「……敢えてその逆を採る!
マラトンに
これより遮二無二
「な!」
マラトンは返す言葉が口から出ない。
「
「わ、わ、私を……お信じくださる、と?」
どうして貴方は、私が
マラトンは震える声でそう問うが、キャラバッシュはその手を強く握りしめた。
「許せ、マラトン。おまえはこの任で
マラトンは、熱い涙を流してその手を握り返した。
決してこの
「エリカ、簡潔に状況を記し来援を請う書面をマラトンに持たせよ。
「我ら……ということは、私たちはここに
そう問うエリカに、ここまで、口調こそ強くあれども感情を
「流石に私も……一人は心細いのでな。」
この言葉に、誰もが絶望的な状況を感じつつも、それでも微かに笑みを浮かべた。
「……といった次第で、私が一人駆けてきたのです。」
双子忍者に椅子ごと担がれたマラトンは、キーノたちの猛烈な移動速度にしばしうめき声をあげていたが、やがて、
その間もキーノたちは駆けに駆けること半日、その日の日暮れ頃にマラトンが目を覚ましたのに気づいて小休止をとり、彼に食事を与えながら事の顛末を聞き出した。
不眠不休で火急を知らせるべく長駆した男の名がマラトンとは。
なんならその業績を称える
などと、キーノが思ったかどうかはともかくとして。
「<
マラトンから差し出された
一方で、その女を連れ、
マラトンの話をそのまま信じる限り、キャラバッシュたちを押し込めているのは女
「今夜はここで野宿されるんですか?
日は暮れてしまいますが、もう少し進めば村が……」
簡単な食事を終えたマラトンが至極常識的な問いを発するも、
「私たちが本領発揮するのはこれからだ。」
と応じるキーノ。マラトンはわけがわからずに鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をしている。
「あぁ、まだ言ってなかったか。
私はキーノ・インベルン。おまえたちが面会を求めていた
「……えっ!」
なおまして困惑するマラトンを
「その間抜けな口を閉じていろ、ここからの行軍速度は日中の比ではなくなるからな。目的地が近づいたら双子のいずれかの肩を叩いて知らせろ。
クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ、準備はいいか。時短のため、以降すべて谷は飛び越えるぞ!」
「あいよ!」
「任せておけ、
「お……
「そこは聞き流せ!口を閉じていないと本当に死ぬぞ!」
闇夜を吹き抜ける一陣の風と化した<黒の
*
そろそろ限界に近いな、と、腕を組んで目を閉じたまま泰然不動を貫くキャラバッシュ・ペシュメルは思った。
マラトンを救援要請に送り出して既に四日。糧食は尽き、水分はこの状況下では無駄に上等な
想像通り、女
日中、そういった陽動は収まるのでひと眠りしようかとするも、不意に投石か何かが屋根に飛んできて叩き起こされる。どうやら
「マラトンは一人で逃げちゃったんじゃないの!」
苛立たし
若干の身贔屓はあるやもしれないが、女に生まれてなお剛胆な
「そもそもは!」
と、エリカの部下の一人が上官を
「
その視線は、黒服男の見たことも聞いたこともない邪悪な魔法で一瞬で殺された法服の
「無用の言だ。」
と、キャラバッシュ。
「エリカが何をせずとも、あの男は彼を手にかけたことだろう。むしろ、エリカのせいで我らが
これを自身への助け舟と
「無用な言はおまえもだ!
さきほどの、
さしもの強気の彼女もこの指摘は
キャラバッシュは
そのとき。
コン、コン。
と、
そろそろ夜も白み始める時分、しばらく外から物音がなかったので今宵は早々に引き上げたものか、と思いきや、飽きもせず女
だが、続いて外から男の声がする。
「マラトンです!今、増援を連れて到着しました!」
「お、遅かったじゃないの!私はあなたを疑ってなんかなかったわよ!」
俄かに喜色を浮かべたエリカが立ち上がり、足早に扉に駆け寄って取っ手を掴む。
さきほど、部下と姪に気を吐いたためか、自身疲労困憊のキャラバッシュは反応することが叶わなかった。
「私も……おまえが招き入れてくれることを疑っていなかったさ。」
「な!」
エリカが勢いよく開いた扉の外に立っていたのは、件の女
先の会見に際しては、異様に肌が青白いほかは至って普通の外見であったにもかかわらず、只今の彼女は、真っ赤に血走った瞳を滾らせ、口元には鋭い牙が
万全のときであればともかく、食も睡眠も足りないエリカは、無駄覚悟の抜刀すら叶わず後ろへ倒れ込んだ。ほかの部下たちも、応戦する気力すら起こらぬ様子。ただ一人キャラバッシュだけは、腕を組んだまま強い意志を秘めた目で
「どうやって嬲り殺して、焼き討ちされた村の仲間たちの恨みを晴らしてやろうか。」
女
この女は……。
元は
と。
そうであれば、自身に向けられた殺意も無理のないものだ、とキャラバッシュは悟る。
だが。
こうして
自身が背負った人間集団の義と、一人ひとりの人間の利は必ずしも一致せず、ときに前者は容赦なく、悪気すらなく、それを為したことに気づくこともなく後者を踏み潰す。確かに自分はそれをやってしまったのだ。踏み潰された死体の中から復仇を誓ってやってきたこの
「これまで……だな。」
キャラバッシュは、逍遥と目を閉じた。
……まさにそのとき!
開かれたままの戸口から一陣の風が吹き込んだかと思いきや、それはキャラバッシュの前で二つの
「……なんと!」
驚いて再び目を開いたキャラバッシュの視界には、自身の前に立ちはだかって
「クゥイア、クゥイナ、よくやった!」
少女、と言ってよい幼げな、でありながら、随分と老成して度胸が据わって聞こえる声が、おそらくは自身を身を挺して守った二人の少年を戸外から称賛するのが聴こえて、キャラバッシュは立ち上がった。
「大丈夫、マラトンちゃん?」
キャラバッシュを救命するに際し、双子忍者から椅子ごと投げ捨てられて転がるマラトンにクレマンティーヌがそう声をかける。結果的にこれが、キャラバッシュに真の来援到来を確信させた。
「マラトンなのか!」
なおも目前に立ちはだかる女
「
と、こちらも大声で返答。
「!」
告げられた来援者の名に、キャラバッシュはさらに目を
そうこうするうちにも、クゥイア、クゥイナは、じりじり、じりじり、と女
「女、私がわかるか?
私は
キーノは名乗りながら、廃屋の前で前後を挟まれて狼狽する女
返事はない。
なんてことだ!
と、キーノは
この女の主人は、おそらくはマラトンの話に登場した黒服の男であろうが、こともあろうにこの男は、
こうなれば、クレマンティーヌのような生前からの特異な精神の持ち主であるか、あるいは、今もキーノが悔いている「理性的であれ」のみの縛りを与えて自由にさせたラナー王女のような場合を除き、
それは……。
キーノとしては、断じて許しがたい仕儀だった。
「クレマンティーヌ、これは私の仕事だ。」
背後で既に
かつて。
キーノは、大魔王アインズ・ウール・ゴウンから自身の器をこんな問いで試みられたことがある。
<この世界が
初めてこれを問われたとき、キーノは困惑していたこともあって「そんな
「まともな
であれば。
これに始末をつけるのは、心得のある他の
「今、悪夢を終わらせてやる。」
優し気に、そして何処か悲し気にキーノは呟き、右手を天に向けて高く振り上げた。
攻撃意図を悟ったのか、獣がこちらへ向かって駆けてくる。
「<
哀れな血に飢えた獣、シーアンは、一瞬で燃え上がって灰と崩れ去った。