億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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目当ての総統(フューラー)キャラバッシュと落ち合ったキーノは、危険な旅へと導かれる。


7.地獄(ナザリック)へ向かって追え

「一命を救っていただいたことに厚く御礼申し上げる、キーノ・インベルン殿(どの)。」

 

「キーノ、と呼んでくれて構わない。

 私の勝手でやったことだ、気にしないでくれ。」

 

 赤い村(ロートハイム)で女吸血鬼(ヴァンパイア)に廃屋に閉じ込められ、あわやのところを駆けつけた<黒の百合(ゆり)>に救われた融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)、キャラバッシュ・ペシュメルは(うやうや)しく礼を執ってキーノに謝意を示したが、キーノは敢えてこれを軽く受け流した。

 

 キャラバッシュの姪エリカを含む部下たちは延べ四日に及んだ籠城戦に疲労困憊で、夜明けと共に赤い村(ロートハイム)の有志の家に運び込まれ、軽い食事を摂った後は泥のように眠りに落ちた。村人に対しては、マラトンが彼女らを、我らが総統(マインフューラー)吸血鬼(ヴァンパイア)から四日四晩守り抜いた勇者、と吹聴して歩いたので、おさおさ粗略には扱われなかった。

 キーノはキャラバッシュにも一休みするよう勧めたが、当人は事情を説明する義務があるとこれに応じず、ついにはキーノが折れて双子忍者に万能薬(エリクサー)を差し出させた。

 

「これは……恐ろしい効き目だな。

 濁りきっていた思考が澄み渡っていくのを感じる。」

 

「トブの大森林の南端に村があって、そこで造られているものだ。要を覚えるのであれば自分たちで交易するといい。もっとも、良く効く薬は同時に劇薬でもある。これに頼る癖がつけば返って寿命を縮めることにもなるだろう。」

 

「……キーノの言う通りだ。

 生涯に一度の稀有な体験、として記憶に刻むに(とど)めることとしよう。」

 

 このやり取りを通してキーノは、キャラバッシュが極めて理知的であり、かつ、分を知って欲深でないことを確信した。元よりゲオルグ、ハロルドの語った人物評を通して承知していたことではあるが、直接相対(あいたい)して初めてわかることも多いのは事実だ。

 そして、キャラバッシュが最初に話題にしたことは、キーノからすれば意外なものだった。

 

「窮地を救っていただいてこんなことを言うのも何だが。

 あの名も知らぬ女吸血鬼(ヴァンパイア)には……気の毒なことをした。」

 

「……?

 マラトンから、あいつがおまえに何か執着していたらしいことは聞いているが。

 何か心当たりがあるのか?」

 

 そこはキーノも道すがら、妙だ、とは考えていたところだった。

 自身がクレマンティーヌに対してそうであるように、高位の吸血鬼(ヴァンパイア)が獲物となる相手に情愛的な執着を示すことがままある一方、下位の眷属は、自身の主人から命じられたのでなければ特定個人からの吸血にこだわることはないはずだ。

 彼女の主人であったろう黒服の男が、わざわざキャラバッシュ一人であれば身を守り得る護符(アミュレット)を残して立ち去ったことを思えば、この人物が彼女にキャラバッシュ殺しを命じたとは思えない。男は、血の盟約に際して彼女がキャラバッシュに執着するであろうことを承知していたからこそ、敢えて護符(アミュレット)を残してキャラバッシュがどう応じるかを試みたのだ、というキャラバッシュ自身の考えにキーノは同意している。

 

 では……彼女がキャラバッシュに執着した理由は何だ?

 

「この時宜(タイミング)にキーノが現れたのは、よもや偶然ではなかろう。」

 

と、キャラバッシュ。

 

「それもマラトンから聞いた。おまえは件の吸血鬼(ヴァンパイア)たちを私だと思って訪ねたそうだな。もう少し早く私たちが融水谷(ツィラータール)に辿り着いていれば、おまえたちを危険な目に遭わせることもなかったのに悪いことをした。」

 

 キーノはそう応じるも、キャラバッシュは「いや、そうではない」とキーノを制した。

 そして端的に一言(ひとこと)

 

「……ウズルスに行き合ったか?」

 

 キャラバッシュがその職を奪ったと知る前総統(フューラー)、自身が熊の高地(ベルナーオーバーラント)でその真贋の判断を依頼された男の名が出て、一瞬、むっ、と押し黙るキーノ。

 

「いや、立場上明言し難いのは察せるのでそれは構わない。」

 

 ほほほーん、と、キーノから一歩下がって二人の会話に聞き耳を立てるクレマンティーヌは、このおっさん、想像以上になかなかのキレ(もの)じゃーん!と(よこしま)な笑みを浮かべている。

 キャラバッシュはそれに気をやるでもなく、真摯な口調でこう続けた。

 

「確証があるわけではないが、あの女吸血鬼(ヴァンパイア)は、ウズルスが失脚に至った(いくさ)で焼き討ちに遭った村の出身であったようだ。」

「……えっ?」

 

と、()で驚くキーノ。

 

「つまり、彼女には私を恨みに思う正当な事由があった、ということだ。

 無論、私には私で為すべきことがあるから、黙して彼女に討たれるつもりはなかったし、なればこそできる限り抗ったものだが、キーノの来援がなければ今こうして語らえていようはずもなく、実際私は、一瞬とはいえ彼女に討たれてもやむなし、と観念したし、生き残れたのは私の力ではなく、ただただ偶然に助けられたものだ。

 だから……彼女には気の毒なことをした、と思っている。」

 

 自身を(すんで)のところまで追い詰めた不死者(アンデッド)への憐憫を示す器の大きさと、それ以上に、懸念していた<松脂谷(キエンタール)の惨劇>の黒幕であることを告白したかのような物言いに、キーノは呆気にとられるも、この人物にそれを難じたとて何の意味があろうや。

 

「それに、キーノたちが繰り返し、触れ得ざる者には安易に触れるべきでない、と警告してくれていたにもかかわらず、私は自身の力量を過信してそこに手を出し、挙げ句にこの(ざま)だ。」

 

 キーノ自身はキャラバッシュと面識を得るのはこれが初めてだが、キャラバッシュはキーノが三百年に渡って村々を巡って語り歩いた警句を、伝え聞いて育ったものであるらしい。

 

「黒服の男……だったか?

 それが、触れ得ざる者、であると?」

 

 キャラバッシュはこの問いには直接に答えず、これまた予想外のことを語り始めた。

 

「キーノは、我が始祖、ブライア・ペシュメルと面識がおありか?」

 

 古老ハロルドの語りにもその名が現れたブライア・ペシュメルに対し、キーノは直接の知己を有してはいないが、その名は知っている。

 二百五十年前、ナザリックの参謀デミウルゴスに使嗾され、保護を試みたトブの大森林の覇王、血塗れのエンリネは、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)クリフ……キーノたちは今なお、NPCルーシェンが騙った創造主の名で彼を記憶している……が届けた偽の手紙に釣られて奸計に落ちたが、この偽手紙の差出人の名がブライアだったからだ。

 逆に言えば、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)クリフはブライアの名を知っていたのであり、かつ、ブライアがエンリネの訪問を請う手紙を書いてもおかしくはない間柄であったことまで承知だったのだ。

 つまり、ブライアとクリフの間には何らかの交流があったことを示唆している。

 無論、すべてが片付いた後に大魔王アインズ・ウール・ゴウンからエンリネの無事のみを知らされたキーノは、その仔細までは知る由もない。当時のキーノたちはその真のところを、既に融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)として頭角を現していたブライアを問い質しに訪ねる、という判断を敢えてはしなかった。

 

 そんなことを思い返しながら黙ってキーノが(いな)と首振ると、キャラバッシュはこう続けた。

 

「ペシュメル家には、ブライアが書き遺した膨大な書付が伝わっている。それは故意に含意がわかりにくいように知識の断片があちこちに散らばるような書き方がされていて、我が一族の中でも敢えてその読み解きに挑む(もの)は皆無だったが、やはり偶然から幼少の時分よりこれに親しむ機会を得た私は、独りその読み解きを進め、今では、始祖ブライアは、キーノたちの言うところの触れ得ざる者との間に、何らかの情誼を通じていたもの、と確信している。直接のその旨の言及はないが、そう考えないと説明がつかない知識がブライアの書付には含まれている、と言うべきか。」

 

「なるほど……その辺りは私が承知しているところにも通じている。」

 

 キーノがそう相槌を打つと、キャラバッシュは核心に触れた。

 

「黒服の男が語った言葉の端々に意味不明瞭な()があったが、これがブライアの書付に登場するやはり意味不明なそれと一致するのだ。」

 

 思わずキーノは、その愛らしい瞳を見開(みひら)く。

 

「主だったものを挙げれば……。

 <ジェネレータ>、<フィールド>、<パーティー>、<レベル>、<ギルド>。」

 

「……今、<レベル>、<ギルド>と言ったか?」

 

 それは、まさにキーノにも聞き覚えのある言葉!

 しばしば、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの口から語られたユグドラシルの言葉で、それぞれ強さを数値で示したもの、ナザリック地下大墳墓のようなプレイヤーとNPCからなる一団、を意味することはもちろんキーノは理解している。

 

「キーノには意味がわかるようだな。であれば、あの男はまさにキーノの言う、触れ得ざる者、ということになるのではないだろうか?」

 

 となれば、黒服の男が来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であるのはほぼ間違いない。そしてこれが自分と同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるということは、要するにナザリックの恐るべき鮮血の戦乙女、シャルティア・ブラッドフォールンに準じる存在だ、ということだ。

 しかも、シャルティアが力こそ強大であれども存外ポンコツで単純明瞭な思考の持ち主であるのに対し、黒服男は、おそらくは嗜虐心(しぎゃくしん)から故意に眷属の<血の支配(ドミネーション)>を解き、それがキャラバッシュを襲うことを承知の上で敢えて身を守る護符(アミュレット)を与えて試みる性向の持ち主だ、ということになる。

 さらに加えて、これを先祖伝来の書付から得た知識と、限られた対話の片言隻句(へんげんせっく)から見抜いてみせたキャラバッシュの知性もまた、キーノを少なからず驚かせていた。

 

「そいつはちょいとヤバいやつさね。」

 

 ここまで黙ってキーノとキャラバッシュの会話に聞き耳を立てつつ、正しくその意を追っていたクレマンティーヌが、ぽそり、とそう漏らす。

 

「まったくだ。そいつが喉の渇きを癒やすべく村々を襲い始めたら、私たちでも太刀打ちできるかどうか……」

 

「いや、そこは心配ない、と思う。」

 

「「……なんで?」」

 

 キャラバッシュがキーノとクレマンティーヌの懸念をあっさりと否定して見せたので、不意に女主従は疑問を唱和し(ハモっ)た。

 

「理由は二つ。

 第一に、彼は、我々のような弱い者を狩っても楽しくないと言い、血の渇きはこれで満たされると指一杯に嵌めた魔法の指輪を示してみせた。私には、これは嘘には聞こえなかった。

 実際、彼はやろうと思えば我々を容易に皆殺しにできたはずだが、私の姪の不適切な命令に従って<死霊退散(ターンアンデッド)>を放とうとした魔法詠唱者(マジックキャスター)の他に殺められた(もの)はないし、その反撃も、姪を辱めるべくおこなわれたもので必ずしも彼自身の要であるようには見えなかった。」

 

「ワタシ、ちょっとそいつと気が合うかも!」

「おぃ!……で、第二の理由は?」

 

 唐突におかしな共感を表明する(いと)しの眷属を窘めつつ、キーノは、おそらくそちらがより核心なのであろう、と予期しつつ続きを問う。

 

「そもそも、あの男の態度が豹変したのは、我々が地図を示してからの話だ。」

 

「地図?」

 

 キーノは、マラトンから、キャラバッシュたちが何か教えを乞うべくキーノと思い込んだ吸血鬼(ヴァンパイア)を訪ねて窮地に陥ったことは聞き及んでいたが、そもそも彼等が何について教えを乞うたのかまでは承知していなかった。

 

「実物は彼が持ち去ってしまったので手元にはない。少し待ってくれ。」

 

 キャラバッシュは懐から紙と筆を取り出し、素早く記憶に基づいて略図を(えが)いてみせた。

 

「これは……カッツェ平野の北東端?」

 

 たちまちにキーノは地図が指し示す箇所を読み解く。

 

「流石だな。意外にも彼はまったく理解を示さなかったのだが。

 これは私の二十年越しの腹案で、我ら融水谷(ツィラータール)のみならず、塵の滝(シュタウプバッハ)熊の高地(ベルナーオーバーラント)を誘って回廊平原に血路を開き、大陸西部との交流を人類の手に取り戻すべく調査してきた成果だ。」

 

「「な!」」

 

 この気宇壮大な言に、キーノのみならずクレマンティーヌまでもが驚きの声を上げた。

 

「それじゃぁ、乞うた教え、というのは?」

 

「お察しの通り、カッツェ平野から滲み出る不死者(アンデッド)を駆逐して安全な経路(ルート)を確保する案の是非を問うたものだ。彼には、我々の力量では土台無理だ、と鼻で(わら)われたよ。だが彼は、我々がまったく考えていなかった別のところに関心を示したのだ。」

 

と、キャラバッシュはさきほど描いた略図に丸を一つ()き加える。

 

 キーノとクレマンティーヌが揃ってこれを覗き込むが、たちまちには含意がわからない。彼女らの認識としては、そこはいわゆるカルネ村から真東に普通の人間の足なら一日かそこら進んだ場所になるが、特に何もない草原だ。

 が、不思議とそこに立ち入った記憶はない。理由は簡単で、そこは特に行く理由のない場所だからだ。そのまま東に進んでも連山に行く手を阻まれるのみ。<(めぇ)()く七日間>の以前は、そんな無駄はせずに一旦南に下って回廊平原を貫く街道を通るのが常だったし、大災厄の(のち)は東西いずれに向かうにせよ、トブの大森林経由で蜥蜴人(リザードマン)の集落、竜牙(ドラゴンタスク)詣でを兼ねるのが常態化していた。

 

「彼は、我々の地図でこの部分が白地になっている意味を問うた。私は正直に、三度(みたび)調査に赴かせたものの誰も帰還しなかったからだと応じたが、これを告げた途端、彼は態度を豹変させたのだ。」

 

「「!」」

 

 やおらキーノとクレマンティーヌは顔を見合わせた。

 互いの表情に、どうやら同じ事……最凶最悪の事態を考えている、と気づく。

 

 どうして今の今までこんな簡単なことに気づけなかったのだろう。

 思えば、()()の最初期の蠢動の成果の一つがカルネ村、すなわちド・クロサマー王国だったではないか!

 これまでに知己を得た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)(みな)揃ってこちらの世界についての事前知識を欠いていた。それは連中だってそうだったはずで、土地勘のない彼らが最初に何かをやった場所が、彼等の居所のすぐ(そば)だ、ということは大いにあり得るじゃないか!

 そして……連中は今なお、トブの大森林の守護者を自認し、広大な果樹園を経営すらしているじゃないか!

 

 目前にあるキャラバッシュの耳を憚って、二人は敢えてその語るべからざる名を口にはしなかったが、何も言わずとも、互いの意は通じていた。

 対するキャラバッシュはそこに気づいてか気づかずか、そのまま自身の最大の関心事を口にする。

 

「おそらく彼はそこへ向かったのではないか、と私は考えている。そもそも、第一の理由でも述べた通り、彼は本質的に我々に関心がないようだった。彼が残した眷属は哀れではあったが、キーノによって彼女が滅ぼされた今となってはたちまちの脅威はないと私は判じている。

 むしろ私は、彼に教えを乞うたのと同じところをキーノに問いたいのだが。」

「待て!」

 

 キーノは片手をキャラバッシュに向けて突き出し、強い口調で告げた。

 

「おまえの求めるところは理解したし、そこに協力するのは吝かでない。」

「では……」

 

 再びキーノは強い口調でキャラバッシュの言葉を遮る。

 

「待て!

 私には、おまえの求めに応える前に……すべきことがある。」

「ちょ!待って待って!」

 

と、割り込んだのはクレマンティーヌ。

 

「まさかキーノちゃん!」

 

「そのまさかだ。黒服の男を追うぞ!

 そいつに強いて急ぐ理由はないはずだから、存外のんびりと向かっているに違いないし、おそらく日中は足止めされているはずだ。今から追えば追いつけなくはあるまい!」

「いや、そこじゃなくて!」

 

と、クレマンティーヌは食い下がる。

 

「気が合うかも、とは言ったけどさー。

 そんな、てめぇの眷属を放り出していくような糞野郎、放っておけばいいじゃん!

 返り討ちに合うのに任せておけば……」

(いな)!」

 

 再びキーノは、今度はクレマンティーヌの言を強い口調で遮った。

 

「何?同じ吸血鬼(ヴァンパイア)(よしみ)で助け船を出そうってーの?」

 

「それも違う。むしろ逆だ。」

「……逆?」

 

「その男が吸血鬼(ヴァンパイア)であることはほぼ疑いなかろうが、他については私たちには何もわからない。違うか?」

「いやー、それはキャラバッシュちゃんの話で推して知るべし、じゃないのかなー?」

 

「推して知ることと、知っていることは別だ。

 実際、ウズルスを通して知ったキャラバッシュ、ゲオルグ、ハロルドから聞かされたキャラバッシュ、そして実際にこうして相見(あいまみ)えたキャラバッシュはそれぞれにまったく異なる、と私には思える。それは、その黒服の男についても同じであるはずだ。」

 

「そりゃぁ……そうでしょうけどぉ。」

 

「これまで私は、存在を知った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対しては、真正面から向き合って、可能であれば彼等が自滅の道へ進まぬよう心掛けてきたつもりだ。実際のところ、まったく実りがなかったのは事実だが、それでも私はこれを諦めるつもりはないし、伝聞がその(もの)が救援に(あたい)しない糞野郎だ、と告げていたとしても、それを理由に見て見ぬ振りをすることは私には出来ない。」

 

「じゃ、やっぱり助け船を出すと?」

 

「それも違う。逆だ、と言ったろ。

 私は一人の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)として、今わかっているところの男の振る舞いについては断じて許せん。自らこれを問い質し、真に心得違いの吸血鬼(ヴァンパイア)であるのならば、これを始末するのは私の責務だ!」

「あちゃーーー!」

 

 クレマンティーヌは(ひら)いた手の平を自分の顔に当てて諦念を示して見せたが、だが同時に、最愛の(あるじ)キーノ・インベルンの、いささか無鉄砲ながらも、それでも(いと)しむべき闇の中に燦然と光輝くその矜持に、自分が改めて惚れ直していることも自覚していた。

 

「んじゃ……行っちゃいますか?」

 

「すまない、クレマンティーヌ。

 いつも通り、トンデモないことに巻き込むことになるが……」

「何を今更、よ!言ったでしょ!」

 

 申し訳なさそうなキーノの肩を、クレマンティーヌがバンバン、と叩く。

 

「ワタシはキーノちゃんの眷属。

 ワタシの力はキーノちゃんの力。

 ワタシはキーノちゃんの剣、キーノちゃんの盾。

 

 双子ちゃんも、覚悟はいいわね?」

 

小母(おば)さん!」

 左手で片目を釣り上げ(イビルアイ)、右手は斜め上に振り挙げて敬礼(ジークハイル)

 

 この様子を、ぽかん、とした様子で眺めるキャラバッシュがぽつりと一言(ひとこと)

 

「お……小母(おば)さん?」

「そこは聞き流せ、キャラバッシュ!

 

 ゴホッ!ゴホッ!

 ともかく、私たちには先にやるべきことがある。必ず追って訪ねるので、おまえはおまえの()すべきことに注力してくれ。」

 

 そう言われてはキャラバッシュにキーノを引き止める言葉はなかった。

 むしろ、キーノたちが何やら自身には思い及ばぬ巨大な何かに立ち向かわんと誓っていることは、仔細のわからぬ彼にも理解できる。

 

「どうか、ご武運を。」

 

 深々と一礼を捧げそう言うキャラバッシュにキーノは、

 

「ありがとう、おまえに会いにきてよかったよ!」

 

と、微笑み返した。

 

 本当によかった、と言えるかどうかは現時点ではまったく未知数だ。

 そして、待ち受ける出来事は、まさに驚天動地のそれだったのである。

 

 

                    *

 

 

「お耳に入れたき儀が。」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 特にこれという理由もなく独り佇んでいたところに、この上なき頼れる右腕(みぎうで)、でありながら、同時に常に厄介事を運び込む疫病神でもある狡知の参謀、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスから声がかかり、否応なく大魔王アインズ・ウール・ゴウンは身構えた。

 

 今度は……何だ!

 

「お、おまえが無用なことをオレに告げるとは思っていにゃい。」

 

 いきなり噛んだ!

 

「されば。

 現地人の中に、我らが栄えあるナザリック地下大墳墓の所在を掴みつつある(もの)が御座います。」

 

「……はぁ?」

 

 いつものようにパカリ、と骨の口が(ひら)く。

 馬々鹿々しくもこの時点でアインズの脳裏を占めたのは、

 

 ヤベッ!今週の幻術(イリュージョン)当番忘れてすっぽかしたか?

 

という、狡知の悪魔に比して頼りないことこの上ない自分自身への疑惑だった。

 

 こちらの世界にやって来て以降、物理的には見晴らしの良い野原に剥き出しになっているナザリック地下大墳墓の地上部は、初代マーレの森司祭(ドルイド)の能力を引き継いだ子孫たちに加え、アインズ自らが展開する種々の欺罔手段によって、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を含むすべての外部存在からの認知を妨げている。

 数年毎に大掃除的に施される<大地の大波(アースサージ)>による地勢の再形成を除けば、概ね効果時間一日(いちにち)の各種幻惑手段は、マーレの子孫とアインズが日替わり当番で担当していて、アインズに順番が巡ってくるのは週に一度あるかないかだ。そして、そこはかとなくポンコツではありつつも双子森妖精(ダークエルフツインズ)が、こういった業務を疎かにすることはまずありえない。

 ユグドラシル時代から欠かさぬ習慣である毎朝の防御系強化(バフ)に比べると、こちらの世界にやって来てからのお約束であり、かつ、頻度の低いそれは、何かの拍子に抜け漏れがあってもおかしくないし、本質的に、極度の面倒臭(めんどうくさ)がりであるわりに気の多いアインズとしては、心当たりがありまくりだ。

 

「いや……その……すまん。きっと何かの拍子に失念したもの、だにゃ!」

「……はっ?」

 

 再び噛みながらしどろもどろになる至高の主に対し、今度はデミウルゴスが口をポカン、と開けて、この骸骨は何を言っているんだ?という顔をしている。

 

 え?

 オレのやらかしじゃないの?

 

「浅学不才の(わたくし)めには、叡智尽きることなき御身の深遠なお言葉の真意は測り兼ねるので御座いますが。」

 

 ……いちいちこちらの精神を抉ってくれるな、オマエは!

 HP(生命力)MP(魔力)が削られるわけでもないのが唯一の救いだよ。

 

「シャルティアが現地人の冒険者集団をナザリック近傍で討ち取る、といったことが、ここしばらくの(あいだ)に三度ほど立て続けに起こって御座います。」

 

「……ん?」

 

 デミウルゴスの続く言葉に、どうやら自分のミスについての話ではない、と気付いたアインズは、やおら常の冷静な思考を取り戻す。が、長続きはしない。

 

「シャルティアの活躍。

 ご関心がおありですかな?」

 

 いや別にどうでもいいよ、と言うのもどんなものか、とアインズが返答を保留している(あいだ)にそれは始まった、始まってしまった。

 

「シャルティアは侵入者のうちの男は速やかに屠り、女は助命を餌に服従させて互いの秘所を舐め合わせたり、糞尿を食すことを強いるので御座いますなぁ。やがてそこにシャルティア自身も加わりまして、()んず(ほぐ)れつの目眩(めくるめ)く倒錯の世界!」

 

 口パカ、ペカペカ!

 

「やがてあちらの方もこちらの方も十二分に満足いたしましたシャルティアは、恍惚とした女二人を重ね合わせまして、これを雑巾のように絞り上げまして、血液、愛液、その他諸々を一滴残らず飲み干すので御座います!」

 

 ……絶対に故意(わざと)だ。こいつはわかっていてオレに精神攻撃をかましていやがる!

 もっとも、死の支配者(オーバーロード)であるアインズにとって、シャルティアの悪趣味な凄惨劇自体は……決して好むところでもないが……さほど(こた)えるわけではない。これを語るデミウルゴスがまるで洗練された詩句を吟じるかのように、明るく朗らかであることが繰り返される軽打(ジャブ)のように、地味に効いてくる。

 

 口パカパカ、ペカペカペカペカ!

 

「この集団は、すべて五人一組で、明確な統率者があり、装備の水準が揃っている等の共通点を有することから、いずれも同一の勢力から組織的に送り出されたものであろう、と(もく)しております。」

 

 一方のデミウルゴスは、まともな報告に転じた辺りからあからさまに口調が平板、退屈そうになった。

 相変わらずわかりにくい……いや、ある意味わかりやすい悪魔だよ、おまえは。

 

「なるほど、そこはおまえの言う通りなのかも知れん。が、シャルティアが現地人(げんちじん)(ごと)き討ち漏らすはずもないから、生還した(もの)は皆無なんだろ?何が問題なんだ?」

 

と、自分のせいでない、と踏んだ途端に能天気になる大魔王。

 

「いえいえアインズ様。むしろそこが問題で御座いまして。」

 

「?」

 

「それぞれ独立した(まよ)(びと)を始末する分には仰せの通りで御座いますが、これらの集団を送り出したものが組織的にこれをやっておるといたしますと、ナザリック近傍を目指した(もの)のみが帰還せぬことになり、結果的に我らの所在が明らかになります。」

 

「!」

 

 なるほど、とアインズは虚を衝かれた気分だ。

 正しく言えば、ユグドラシル時代、またこちらの世界にやって来て以降を通じて、目標(ターゲット)の正確な所在がわからないからとりあえず絨毯爆撃してみる、という桁外れの継戦能力を有するナザリックであるがゆえの身も蓋もない戦略はしばしば採用されてきたものであり、それ自体に意外性はない。

 が、逆にナザリック地下大墳墓自身がそういった戦略で炙り出される、などという事態について、正直なところアインズはその可能性すら考えたことがなかった。

 

「し、しかし、だ!」

 

と、アインズ。

 

「そうやって、なんかこの辺がヤバいぞ、と気づく(もの)があるとして、だ。

 だからどうだ、というんだ?やってる側からしたら、ここはヤバそうだから近寄らないようにしよう、になるんじゃないか、常考(じょーこー)?実際、トブの森のオレたちの果樹園に、敢えて仕掛けてくるヤツなんて皆無じゃないか?」

 

 一見筋が通ったことを言うアインズの脳裏は、ただただ面倒臭いので関わり合いになりたくない、という思いで占められていた。

 

「そこも問題で御座いまして。」

 

 問題だ、問題だ、というわりに、その問題を語る都度、当のデミウルゴスが無闇に楽しそうであるのがアインズの不安をこれでもか、と煽る。

 

「侵入者の力量、装備から、この(もの)たちの発地が大陸東部、三国(さんごく)鼎立を呈しておりますいずれかの村であることは間違いないと考えられまして、しかも近頃、村同士の不毛な対立に終止符を打たんとする政変(クーデター)が起こったことを確認しております。」

 

「……だから?」

 

「……(わたくし)をお試しになる?」

 

 どこまでも噛み合わない二人はしばし互いに、ポカン、とした顔で見つめ合っていたが、デミウルゴスが先に痺れを切らして話を進めた。

 

「対立する勢力を糾合すべく、外部に共通の敵を措定するは情報謀略戦のイロハのイ、で御座います。」

 

 それは……わからないでもない。

 なんなら、デミウルゴスの創造主ウルベルト・アレイン・オードル、そして何時(なんどき)もウルベルトと衝突するのが常だったたっち・みーの不毛な鍔迫り合いを制し、むしろその無駄にダダ漏れするエネルギーを有効活用すべく二人に共通の敵を充てがったことは一度や二度ではない。そして、共通の敵に立ち向かっている限り、ウルベルトとたっち・みーは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの面々の中でも特に優れたコンビの一組でもあったものだ。

 

 考えてみれば。

 

 無駄に啀み合うデミウルゴスとたっち・みーの忘れ形見、爆砕執事セバス・チャンについても、共通の敵を充てがって、というのも妙案では……いやいやいや!

 比べるのもどうかと思うが、デミウルゴスは、陰湿でありつつも単純明快なカラリとした一面も備えていたウルベルトほど(ぎょ)(やす)い者ではない。デミウルゴスとセバスを共闘させたとして、おそらく完膚なきまでに充てがった敵を蹂躙しては見せるだろうが、きっとセバスはその過程、あるいは結果として想像を絶する(ひど)い目に遭うか、良くて何処かに置き去りにされるのがオチだ。

 

「流石で御座います、アインズ様!」

 

 勝手に脱線して脳内会議に陥っていたアインズに、突然デミウルゴスは諸手を振り上げ賛辞を投げかけた。

 褒められている(ほう)は、何に感心されているものやらさっぱりわからない。

 

 セバスと共闘……したいの?

 

 だが、続いてデミウルゴスから発された言葉は、アインズからすれば想像の埒外も甚だしいものだった。

 

「ご懸念の通り、未だ足跡掴めぬ本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がこの現地人どもを通じて我らの所在を知る、という可能性も皆無(ゼロ)では御座いません!」

 

 ……?

 

 んなこと心配してねーよ!

 っつーか、おまえが仕込まん限り、そんなことがあってたまるかーーー!

 

 と、内心つっこみ吹き荒れつつも、それを素直に口に出せないアインズ。

 何でもない(ふう)に、敢えて鷹揚に構えて見せる。

 

「お、おまえの言う通りだが、い、いくらなんでも。

 そんな作劇上のご都合主義極まる偶然なんて……ないだろ?ないよにゃ!」

 

 いかん、また噛んだ!

 

 だがデミウルゴスは、嫌に神妙な様子で眼鏡の(ブリッジ)に人差し指を当てつつこう返す。

 

「アインズ様は、いささか御身の()()()()()を過小評価なさり過ぎではないか、と愚考する次第です。」

 

 ……おまえ。

 遠回しに、すべてはオレのせいだ、と言ってないか?

 

「とまれ、そういった種々の危険(リスク)も鑑み、この際アインズ様の広大無辺の御慈悲でもって大陸東方三勢力を一息に殲滅なさるも一興かとは存じますが、如何(いかが)いたしましょうか?」

 

「んなことするかーーー!

 あ……いや、おまえの話はよくわかった。オレの方で善処はするから一旦捨て置け!」

 

「……よろしいので?」

 

 何を問われているのか既によくわからんが、オレは、天文学的に(レア)な出来事を避けるために世界を滅ぼすほど臆病じゃないぞ!

 

「あぁ!よろしい!大いに結構だ!報告ご苦労だった!

 頼むから……余計なことだけはしてくれるな!」

 

 ただただ逃げ出したい思いで捨鉢にアインズがそう告げるや、デミウルゴスは折った右腕(みぎうで)を腹に当て、

 

「……ははっ!

 すべては我らが至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!

 

と深く叩頭の礼を執る。

 

 アインズは敢えて口には出さず、心の内で、

 

 (うそつき!)

 

と呟いた。

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