億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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自ら死地に飛び込むキーノたちを驚くべき展開が待ち受ける。


8.黒の百合(ゆり)絶体絶命

「お待ちください、どうかこちらを!」

 

 キャラバッシュに(いとま)を告げて駆け出さんとするキーノたちを呼び()める声がする。

 振り返れば、融水谷(ツィラータール)から共に長駆した……当人は椅子に縛り付けられ担がれていただけだが……マラトンが、何かを盆の上に運んで駆けて来た。

 

 見ればそこには、赤黒い液体を並々と湛えるグラスが……何故か四つ。

 

「今朝、村で屠られた仔山羊(こやぎ)の血です。こんなものしかなくて申し訳ないんですが。」

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)であるキーノたちを(ねぎら)わんと用意してきたものらしい。

 キーノ自身は血の(したた)る肉は喰らうが血液そのものを飲む習慣はなく、双子忍者に至ってはそもそも吸血鬼(ヴァンパイア)ですらないのだが、その気持ちは嬉しかった。

 

「ワタシとしては……マラトンちゃん、でもいいんだけどなーーー!」

 

 と、おもむろに牙を晒して妖しげな笑みを浮かべるクレマンティーヌの後頭部を、

 

 ポカリッ!

 

 キーノの拳骨(げんこつ)が襲う。

 

(いた)ッ!

 もー、キーノちゃんたら!冗談に決まってるじゃなーーーい?」

 

「まったくおまえときたら……

 ゴホッ……マラトン、ありがとう。頂戴しよう。」

 

 敢えてキーノは普段口にしないそれを一息に飲み干した。

 悲しいかな、旨い。と同時に、常ならぬ力が漲るのを感じる。節を曲げて敢えてこれを飲んだのは、マラトンの思いに応えるのみならず、これから立ち向かわんとする相手が、決して容易な(もの)でないことを承知しているため、でもあった。

 

「双子ちゃんは要らないよねー?」

 

無用(ノンメルシー)。」

 鼻を(つま)身振り(ジェスチャー)

 

 ひょいひょい、とグラスを取ったクレマンティーヌが立て続けにそれを三つ(から)にする。

 

「くぅーーー!やっぱコレだわ!

 んじゃ……()っきまっすよーーー!」

 

 

 

 キーノたちは、日中は()の差さぬ雑木林の中の水平道(トラバース)を駆け、日が暮れれば直線路となる谷底へ()りて、未だ残る瓦礫の山や足を取る低木を物ともせずにひたすら西へ進んだ。この調子(ペース)で進めば、三日でカッツェ平野を望む谷の出口に至るはずだと踏んでいる。

 追う黒服の男は丸四日先行していることになるが、読み通りであれば、取り立てて急ぐ必要のないその(もの)は日中の強行軍は避けているだろうし、日没後にキーノたちと同等の速度で移動していると仮定しても、目的地の少し手前で追いつけるはずだ。

 加えて、黒服の男は目指す先に自身同様の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が潜んでいることを前提としているはずだから、目的地に近づくにつれて速度を落とし慎重を期すに違いない。おそらく邂逅点はそれよりもやや東、谷の出口の西側の連山を越えて問題の未踏破の平原に入ってすぐ辺りになるだろう。

 

「連中……は気づいてるのかな?」

 

 闇夜を疾走しつつ、クレマンティーヌがそう問う。

 これまでにも、キーノたち<黒の百合(ゆり)>が連中……ナザリック地下大墳墓の下僕たちに先んじて来訪者(ユグドラシルプレイヤー)と接触を果たしたことはしばしばあったが、いずれの場合もすぐ後ろから彼等は追って来ていた。

 

「それは……どうだろうな。」

 

 キーノの念頭には二つの引っ掛かりがある。

 これまでにキーノたちが捕捉した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、いずれも自分たち以外に同様の(もの)がいることを想定していたように見えず、直接的にせよ間接的にせよ自分たちの存在の隠蔽に失敗していた。黒服の男は、どういった考えからかは明らかではないが強いて目立つような動きは避け、知られている範囲では眷属に迎えた女を除きこちらの世界の(もの)を手にかけた様子がない。キーノたちがその存在を知り得たのは、まったくの偶然によるものだ。

 加えて。キャラバッシュに示された十指の魔法の指輪の一つが彼の血の渇きを防いでいるものであるとして、他九つの中には、しばしばナザリックの下僕が装備して現れる<能力隠蔽の指輪>が含まれている可能性が高い。実際、キャラバッシュたちは当初は女眷属の(ほう)(あるじ)であると勘違いしていたようだが、これは、黒服の男がキャラバッシュたちに気づけるような強者の気配をまったく(はな)ってはいなかったことを示唆している。となれば、その存在はナザリックの防衛網にも掛からない可能性はあるだろう。

 

「むしろ、私たちが連中の関心を惹いてしまう恐れもあるな。」

 

 二百五十年前、偽手紙に釣られた覇王、血塗れのエンリネを追ってトブの大森林を全力疾走した際、キーノたちは双子闇妖精(ダークエルフツインズ)アウラとマーレにたちまちに捕縛された。現時点でその確証はないが、読み通り目指す地にナザリック地下大墳墓が鎮座しているとすれば、これへ向かって全力疾走する自分たちに連中が気づかない道理はない。

 

「それでも……敢えて行くの?」

 

 心配そうにそう尋ねるクレマンティーヌの言葉に、キーノは一瞬迷いを覚えた。

 考えてみれば、自分たちは数千年に渡ってたくさんの人々に、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、触れ得ざる者に不用意に関わるな、と説いて歩いて来たにもかかわらず、今、自らそれを追い、しかもその行手(ゆくて)には、最凶最悪の大魔王が待ち構えている公算が高いのだ。

 

 だがしかし。

 キーノは最早退()くことはできなかった。

 

 彼女は、運命、などというものを信じる(くち)では決してなかったが、それでも、奇妙な偶然からその存在を知った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、自身と同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)の真のところを自ら見定めずして、これより先に進むことはできない。これに目を瞑って大魔王アインズ・ウール・ゴウンに委ねれば、我が身に危険は及ばずとも、これからも続く永劫の旅路を後悔を(かか)えたまま歩んでいくことになるだろう。

 

 そして彼女は。

 もう、決して後悔を残して先には進まない、と堅く(おのれ)に誓っていたのである。

 

「もちろん行くさ。たとえ何が待ち受けていようともな!」

 

「……素敵よ、キーノちゃん!」

 

 揺るがぬ決心を告げるキーノの言葉に、クレマンティーヌもまた迷いを振り払い敢えて軽口でそう応じ、改めて愛する(あるじ)に闇夜を駆け抜ける歩調を合わせた。

 

 

                    *

 

 

 谷の出口から西へ向かって強引に山を越え、目指す閉ざされた平原を望む斜面を下っている中途で背後から夜明けを感じたので、黒服の男は頃合いの岩陰を見つけて、そこで日中の日差しを避けることにした。

 

 百レベル(カンスト)真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)である彼は、そうしようと思えば日中の日差しの(もと)で行動できないわけではない。無対策であればじりじりとHP(生命力)を失うことになるが、これを防ぐ魔法の品(マジックアイテム)もないではない。

 一方で、自身の潜在能力(ポテンシャル)が最大限発揮できるのが夜間であるのは疑いようもない事実であり、自慢の伝説(レジェンド)級アイテム、敵の魔法攻撃威力を三分の一に食い止める外套(マント)は、日差しを避けるアイテムとの併用は叶わない。

 

 なので彼は、ユグドラシル時代においても専らユグドラシル時間の夜間に行動するのが常だった。当然のことだ。彼は吸血鬼(ヴァンパイア)闇夜の徘徊者(ナイトストーカー)、なのだから。

 

 所属していたギルドの仲間は、逆に日中に行動する(もの)がほとんどで、しかも午後になれば早々に()()()ことが多かった。当時はその理由を理解していたような気がするのに、この名も知らぬ世界(ワールド)彷徨(さまよ)うようになって以来、思い出すことができない。

 今振り返れば、ギルドの他の連中は、自分ほどにはユグドラシルに熱心ではなかった。連中は、口ではギルドのため、仲間のため、としばしば口にはしたが、実際のところ彼等にはユグドラシル以上に大切な何かがあったのだ。だから、ユグドラシル最期の日、とされた、何故かはっきりと思い出せるあの日の朝、誰一人として円卓の間に出現しなかったのだ。

 

 結局……(みな)そうなのだ。

 

 不死者(アンデッド)であるがゆえに眠ることのない彼だが、最早戻れるはずもない過去に向かって呪詛を吐いているうちに、居眠りでもしていたかの(ごと)く時間が過ぎて、日が傾き始めていることに気づく。

 所持品(インベントリ)から、大言壮語を吐いた人間の男から取り上げた羊皮紙の地図を取り出して、改めて一瞥を加えてみた。ここから真っ直ぐ西へ向かえば問題の空白地へ至る。その気になれば今夜のうちに辿り着けるだろうが、そこに何者かのギルド拠点、あるいはそれに相当する何かがあるのだとして、意図して接近する人間を皆殺しにしているものであれば、それを察知する何らかの哨戒網があることを疑うべきだ。ここからは速度を落として慎重に進まなければならない。

 西進を始める直前、彼は一昼(いっちゅう)を過ごした高台から進路を見渡してみた。向かって左手、南側には昨日越えた山地の続きが西へ連なっていて、逆方向北の奥には深い森が広がっている一方、それに挟まれた進行方向はほぼ真っ平らな何もない草原だ。

 その遥か彼方、手元の地図で空白になっている辺り、目下(もっか)目指すところの目的地は、ここから望む限りは不自然な小山(こやま)が散在していて、かつ、夜目の効く彼の視覚をも遮る深い霧に包まれている。その(さま)はいよいよ彼に、そこにそれが何であるにせよ()()があるに違いない、と確信させるに十分(じゅうぶん)だった。

 

 知覚の大半を索敵に割きつつ、斜面を下って草原へ降り立ち歩むこと二刻ほど、不意に彼は何者かの気配を覚えた。それは巧みに偽装されていて、たちまちには何であるかがわからない。そしてほぼ同時に、

 

 ぴゅぃーーー!

 

と響く指笛を聴いた。

 どうやら自分は、行手(ゆくて)に待ち受ける何者かの哨戒網に掛かったようだ。想定よりも随分と早いし、それが前方からではなく後方から自身を追って現れたことは意外ではあるが、それは別に構わない。果たせるかな、指笛に呼ばれたと思しき(もの)が自分を取り囲むように集まってくることを悟る。

 

 総数四、レベル合計概算二百台後半。

 最初に気づいた気配と似た(もの)がもう一体。今なお仔細が不明瞭なところを見ると、暗殺者(アサシン)系の属性(クラス)を有するか、あるいは忍者か何かだ。生命反応が感じられないのは、これも欺瞞の可能性もあるが、ひょっとすると自動人形(オートマトン)(たぐい)であるかもしれない。その軌道は不規則ながらも極めて機械的で、NPCであることを示唆している。

 他二体は不死者(アンデッド)。自分と同じ吸血鬼(ヴァンパイア)だ。この辺りに不死者(アンデッド)が出る話は地図を奪った人間から聞いていたが、たしかあの人間は、南から現れる不死者(アンデッド)骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)が主で吸血鬼(ヴァンパイア)ではない、と言ったはずだ。

 となれば、こちらはプレイヤーである可能性が高いが、彼はユグドラシルにおいて自分以外に吸血鬼(ヴァンパイア)を選択したプレイヤーと邂逅したことがなかった。行動時間帯の制約から不人気だったからで、ユグドラシルにおける吸血鬼(ヴァンパイア)の大半は、小規模シナリオのボスかギルド拠点防衛NPCだったものだ。

 はて、いったいどれほどのプレイヤーが巻き込まれているものやらわからないこのユグドラシル延長戦の中で、最初に邂逅するプレイヤーが自分と同じ吸血鬼(ヴァンパイア)だ、などという偶然があり得るものだろうか?

 

 そんなことを考えながら、ひとまず会敵してみようと腹を括った彼が歩調を緩めて待ち受ければ、果たせるかな、自身の進路に四人の人影が立ちはだかった。

 その中にあって、もっとも小柄であるにもかかわらず、覚知される力は突き抜けて最大のそれが、やおら、何も持たない両手の平をこちらに向けて(ひら)いて示しながら、何か叫んでいる。

 

 

 

「たちまちにおまえと事を構えるつもりはない!」

 

 キーノは、敵意がないことを示すべく徒手空拳を示して目前の黒服の男に呼びかけた。

 視覚でその存在が判然としている以外には、不死者(アンデッド)のそれも含めて何の気配も感じられないので、これがキャラバッシュの言っていた吸血鬼(ヴァンパイア)である確信はないが、この何もない夜間の草原を一人歩む男が、ただの通りすがりであるはずはない。

 キーノの呼びかけに、男はただ黙って足を()めた。

 

「私はキーノ・インベルン。

 わかるか、とは思うが、おまえと同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だ。」

 

 名乗ってはみたものの答礼はない。

 もっとも、キャラバッシュ、マラトンから伝え聞いた男は、自身関心のある話題が現れるまで寡黙だったということだから、これは予想されていたことでもある。

 

「私は、おまえたちユグドラシルからやって来る(もの)と、こちらの世界に暮らす人々、その双方が無用な衝突によって不幸に陥らぬよう努めてきた(もの)だ。」

 

 キーノは簡潔に自身の立ち位置を告げる。少なくとも問答無用の略奪者でないプレイヤーであれば、こちらの言に耳を傾けなくはなかろう、との思いあってのことだが、やはり目前の男は沈黙したままだ。何であれば、この男の琴線に触れるのだろうか。

 

「そして只今は、おまえに危険があることを知らせるべく声を掛けさせてもらった。

 決しておまえの力を侮るわけではないが、それでもおまえの目指す行手(ゆくて)には、おまえであっても決して太刀打ち敵わぬ恐ろしい存在がある。何も知らぬままに突き進めば、おまえは必ずその(もの)に討ち取られるだろう。」

 

 この言葉に、ほんの一瞬ではあるが男が眉を顰めたことにキーノは気づいた。どうやら聞く耳がないわけではないようだ。が、変わらず男からは何の返答もなかった。

 キーノは、危険を覚悟の上で、この男の真を測るべく敢えて問う。

 

「それを理解してもらった上で、一つおまえに問いたいことがある。」

 

 やはり男は立ち尽くしたままだ。

 キーノは続けた。

 

「こちらの世界の女を一人、眷属に加えたな?

 これの<血の支配(ドミネーション)>を故意に解いて……放置したのは何故だ?」

 

 ここに至って、漸く男が反応(リアクション)を示した。

 片手を顎に当てて首を捻り、何か思案している様子。

 

 やがて何かに納得したかのように頷いた男は、突然、ハハハハハッ!と哄笑を放った。

 

「おまえが有徳(うとく)吸血鬼(ヴァンパイア)か。」

 

の第一声。

 キーノは、キャラバッシュたちが当初、自身とこの男主従を混同していたことを踏まえて申し訳なさそうに言う。

 

「キャラバッシュ・ペシュメルから、おまえを私であると勘違いして接触した件は聞き及んでいる。それがおまえにとって迷惑だったのであれば、それについては詫びておこう。」

 

 存外キーノは心底そう思いつつ言ったつもりだったが、その意図したところはまったく男には伝わらなかった。

 

「それで……」

 

と、男。

 ん?とキーノは顔を突き出す。

 

「それで、私がおまえを有徳(うとく)吸血鬼(ヴァンパイア)だ、と認めると思っているのであれば、随分とおめでたいやつだな。」

 

「!」

 

 まったく予想していなかった男の返しにキーノは言葉を詰まらせた。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)が、(みな)が不幸に陥らぬよう努めてきた、とは聞いて笑わせてくれる。生き血を啜る吸血鬼(ヴァンパイア)は、忌み嫌われ(おそ)(おのの)かれる闇夜の徘徊者(ナイトストーカー)だぞ。そうやって(うわ)(つら)有徳(うとく)を気取って、くだらぬ承認欲求を満たしてきたのか?」

 

「な……いや、そ、そんなつもりは。」

 

「あの男に何を聞いてきたのかは知らないが、あの男も、人類のために今為すべきことを始めるだけ、などと偉そうなことを言っていたが、つまるところ、それが自分の地位を安泰にするから言っているだけのこと。おまえもそいつに取り入って、何らかの益を得ようとしているだけだろうよ。」

 

「ん、ん、んなわけあるか!」

 

「それに。」

 

と、男はいわくありげに妖しげな笑みを浮かべつつ腕を組む。

 

「眷属がどうのこうの、と言ったか?

 あの女は生前の恨みで男を殺したがっていた。私はただあの女の望みを叶えてやっただけ。しかも私は、筋違いに恨まれた男を憐れんで、身を守る護符(アミュレット)まで与えてやったんだぞ。私の(ほう)がおまえよりもよほど有徳(うとく)吸血鬼(ヴァンパイア)ではないか。」

 

「むぐぐ……」

 

 最初は黙り込んでいた黒服男に突然理屈で畳み込まれて、キーノはたちまちに言い返すことが叶わなかった。男の物言いに釈然としないものは多々あるが、どう切り返せばよいものやら思い浮かばない。

 

「それに、眷属と言えばおまえも犬を一匹連れているじゃないか。」

 

「ワタシはどっちかってーと、キーノちゃんの猫なんだけどにゃん!」

 

 何を思ってか、クレマンティーヌが猫の手真似をしつつ(おど)けて見せる。

 何故か双子忍者クゥイアとクゥイナが左右に並んで同じ仕草(ポーズ)

 

「なればなおのことだ。吸血鬼(ヴァンパイア)は血の(ちぎ)りで眷属を隷属するもの。私は敢えてそれを(いさぎよ)しとせず、女の好きにさせてやったものだ。(おのれ)の好き勝手に扱える猫を連れておいて、よくもまぁ私の眷属の扱いに口が出せたものだな。しかも、あの女の気配が既に消えたところをみると、滅ぼしたのはおまえだろう?人間に(おもね)るために私が解き放ってやった同族を手にかけておいて、その上私に詰問するとはどういう了見だ?」

 

 キーノは、思いもよらなかった男の言葉に口をあんぐりと開いておろおろするばかり。

 だが。

 

「オッサン、そのへんにしとけや。」

 

 さきほどまで猫の仕草(ポーズ)で空気を読まずに愛嬌を振りまいていたクレマンティーヌが、突如として常ならぬ感情をまったく出さぬ平板な表情、口調でぽそり、と吐き捨てた。

 

「内心の狼狽が透けて見えてるぞ。」

 

「……(なん)……だと?」

 

 ここまで言葉尻は痛烈ながら、理路整然と喋っていた黒服男が、いささか苛立ちを感じさせる声色でクレマンティーヌの言に応じた。逆にクレマンティーヌは、落ち着き払った口調で続ける。

 

「歳はいくつだ?」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「歳?」

 

 黒服男は、唐突なこの問いの意味がわからぬ様子。

 

「ユグドラシルプレイヤーの中身の年齢が見た目と関係ない、ってのは知ってんだよ。当ててやろうか?四十そこそこ、てめぇで汗水流して働いたことのない世間知らずの坊っちゃん、ってところか。どうだ?」

 

 このクレマンティーヌの断言に、意外なことに黒服男は押し黙った。

 隣でキーノが目をまん丸にして驚いている。

 

「何故わかるか知りたいか?

 おまえみたいなヤツは、飽きるほど法国で見て来たんだよ。親の七光で分不相応な国官(こっかん)の地位だけ得てな。何が出来るわけでもなく自分の考えなんて何もないくせに、他人を貶める言葉だけは随分と饒舌なんだよ、相手が反撃できないと(たか)を括ってるときに限ってな。だからワタシは、その期待を裏切って随分とブチ殺してやったもんさね。法国には、そんな糞にも素直に従う犬っころ(番外席次)がいたせいで、皆殺しにはできなかったんだけどな。」

 

 醒めきったクレマンティーヌの冷たい視線が、抉るように黒服男をジッと睨み続けている。

 

「おまえの物言いはあの(くそ)どもとまったく同じだ。本当は自分が他人から(かしず)かれたいくせに、敬意を向けられて当然のことをやってる誰かを、内面は自分と同じだ、と声高に蔑んでるだけ。だが実際には、おまえ自身はキーノちゃんの器の大きさにビビッて、屁理屈捏ねて強がってるだけじゃねーか。

 これまで出会ったユグドラシルプレイヤーは、それぞれに差はあれど、辿り着いちまったこの見知らぬ世界でどうしようか、と全力で足掻いてたもんさね。あんたはただ状況に流されてただけ。闇夜の徘徊者(ナイトストーカー)が聞いて笑わせるわ。口だけ達者なおまえみたいなヤツは、夜郎自大ってんだよ!」

 

「ず……随分と好き勝手なことを言ってくれるじゃないか、猫風情が!」

 

 苛立ちを(あら)わにした黒服男が、蔑んでいるつもりなのかそう吐き捨てるが、クレマンティーヌは意に介さない。

 

「キーノちゃんと同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のユグドラシルプレイヤーだ、ってっから期待しないでもなかったのに当てが外れて残念だわさ。これじゃ、真似っ子三人組(アイソズ・ウーノレ・ゴウソ)の餓鬼どもの(ほう)がまだマシさーね。ましてやおまえは……」

 

 ここに至って、初めてニッ、と笑うクレマンティーヌ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの足元にも及ばねー。」

「おぃ、クレマンティーヌ!」

 

 口にすべからざる名を口にした眷属の裾を引いてキーノは窘めようとするが、何かが心の琴線に触れて吹っ切れたクレマンティーヌは、まったく気にする様子がなかった。

 対して、黒服男は、

 

「今……アインズ・ウール・ゴウン、と言ったか?」

 

 クレマンティーヌの言葉に狼狽の様子すら見せていたところから転じて、興味なのか、(おそ)れなのか、その名の真意を確かめようとした。

 

「おうよ!

 おまえが行こうとしてた先にはアインズ・ウール・ゴウンがいるんだよ!糞とは言え、何も事情がわかってないおまえがアインズ・ウール・ゴウンに瞬殺されちゃ気の毒だ、って気遣ってキーノちゃんが追って来てくれたのに、恩知らずにもほどがあるぞ、おまえは!」

 

 もうそのへんにしとけ、と後ろから裾引くキーノを引き摺りつつ、クレマンティーヌは片足を前に、バンッ、と踏み出して啖呵を切った。双子忍者が左右の脇に立ち、身体(からだ)を斜めに傾けて手の平をクレマンティーヌの傍らでヒラヒラと振り、輝き(キラキラ)を演出する。

 

 だが。

 

「ク……ククク……ワハハハハハッ!」

 

 クレマンティーヌに詰め寄られて一時は狼狽える様子さえ見せていた黒服の男が、再び哄笑を放った。

 

「くだらん!実にくだらん!」

 

と、断言する男。

 

「おまえは猫ではなく、狐だったか!」

 

「「……はぁ?」」

 

と、首を傾げるキーノとクレマンティーヌ。

 

「虎の威を借る狐、を知らんか?

 そうやって、アインズ・ウール・ゴウンの名を騙って他のプレイヤーは恫喝できたものだろうが、生憎と私はあの連中を恐れてはいないのだ!」

 

 威を借りて、って……。

 どちらかというとアインズには(ひど)い目に遭わされた方が多いんだけどな、とキーノ、クレマンティーヌ共に思っているが、黒服の男は自分の調子で語り続けた。

 

「非公式ラスボス、などと呼ばれたあのモモンガでさえ、私の敵ではない!」

「「えぇっ!」」

 

 流石にこの発言にはキーノ、クレマンティーヌが再び唱和し(ハモっ)て驚きの声をあげる。

 

「何故なら、私は奴と同じ必殺技を持っている。

 そして、奴はそのことを知らん。先制すれば私の勝ちだ!」

 

 よもや来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の中に、その真偽はともかくアインズに勝てると公言する(もの)があろうなどということを考えたこともなかった二人は、ごくり、と息を呑んで引き攣った顔を見合わせた。

 同時に、それまで何に備えるでもなく直立不動のまま喋っていた男が、やおら十指に備えた指輪の一つに触れた。

 

「これはマズそうだ、<脱出(エヴァキュエイション)>!」

 

 速やかにそう判断したキーノは、カルネ村につながる転移門(ゲート)(ひら)こうと試みるが。

 

次元封鎖(ディメンジョナルロック)だと!」

 

 形成されるかに見えた光り輝く転移門(ゲート)は、硝子が砕かれるような音を立てて雲散霧消した。

 男は、さきほどの操作の以来、妖しい輝きを放つ指輪の一つを示してみせる。

 

「そんなものはお見通しだ。」

 

と、さきほどまでとは打って変わって余裕の表情を浮かべる黒服男。

 

「随分なお説教の礼に教えてやろう。私の(エクリプス)技能(スキル)は、いかなる即死魔法に対する耐性も無効化する。<不死者(アンデッド)>のおまえらも、その小賢しい自動人形(オートマトン)忍者とてその例外ではない。」

 

「「な、なんだって!」」

 

 ここに至っても仲良く唱和す(ハモ)るキーノとクレマンティーヌ。

 

 果たせるかな、それは初手からの詰みだった。

 

「猶予時間は十二秒だ。せいぜい無駄な足掻きで私を楽しませてくれ!」

 

 ババッ、と男の青白い手が左右に八の字に開かれる。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

「「!」」

 

 突如、男の後背に機械仕掛けの時計……それが何であるかはキーノ、クレマンティーヌ共に知る由もないのであるが……が出現し、その針が十二分された盤を一つ進んで、

 

 ゴーーーン!

 

と、何処からともなく不気味な鐘の音が響き渡る。

 

「<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>!」

 

 耳をつんざく悲鳴と共に、男の足元から凄まじい冷気が放射状に放たれてキーノたちの横を吹き抜けていった。キーノたちはもちろんこの範囲殲滅即死魔法についての知識を持たないが、周囲に漂う濃厚な()の気配から、自分たちにとって致命的な危機であることを自ずと悟る。

 

 ゴーーーン!

 

 やおら男は中空から(ロッド)を取り出して構えた。

 

「どうした、まだ十秒あるぞ。かかってこないのか?もう諦めたか?」

 

 決して諦めたわけではなかったが、それでもキーノ、クレマンティーヌ共にたちまちにどうすればよいのかは思い浮かばない。

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

 虚しく両者睨み合い、残り六秒に至らんとしたそのとき!

 

 ゴーーー(キーーーン)スガンッ!

 

 耳をつんざく風切音と共に何かが西の空から飛来し、黒服男とキーノたちの間の地面に轟音と共に突き刺さり、辺り一面に猛烈な土煙が沸き立った。

 

「「「なッ!」」」

 

 キーノたちはもちろん、黒服男も驚きの声を漏らすが、続く残り五秒を告げる鐘の音と同時に、この場の誰にも意味のわからぬ言葉が土煙の中から聴こえる。

 

 ゴーーーン!

「セーニョ!」

 

 衝突の衝撃波で早くも吹き払われつつある土煙の中に。

 キーノは、両足から斜めに地面に突き刺さる、漆黒の装束(ローブ)姿の骸骨を見た!

 

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