億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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秒刻みの最終決戦!


9.(エクリプス) vs(バーサス) 超蝕(スーパーエクリプス)

(アインズ様。東約五十キロにこちらへ向かってくる高速移動体を検出。総数4、うち魔法詠唱者(マジックキャスター)1、戦士1、詳細不明2、推定レベル総計270から350、脅威度中。)

 

「……わかった。今からそちらへ行く。

 映像の準備をしておいてくれ。」

 

 

 

 少し時間を遡って、ナザリック地下大墳墓第五階層(氷河)の一室。

 ナザリックの目、ニグレドからの前以て想定されていた一報を受けて、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは<ギルドの指輪>の力でそこへ跳んだ。

 

 こちらの世界の住人の中にナザリックの所在を掴みつつある(もの)がある、とのデミウルゴスからの注進を受けてアインズが打った一手は、月並みながらニグレドの探査(スキャン)範囲をその侵入が想定されるナザリック東方に集中させること、加えて、本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がこれに乗じる可能性にデミウルゴスが触れたことから、アインズ自身はそれを真に受けてこそいなかったものの、万が一に際して自身の認識範囲外で戦端が(ひら)かれることを憚って、ナザリック外苑防衛の(せき)を負う鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンに対しては、当面の出撃自粛が言い渡されていた。

 ニグレドの報告は、まさにその予期されていた事態の発生を告げていたが、彼女が推定するレベル総計は、明らかにこの一団がこちらの世界の並みの住人ではないことを示唆している点が予想外である一方、たちまちには何であるか思い出せないが、アインズには、ニグレドのやたらと推定レベルに幅がある戦力分析に既知感(デジャヴュ)があった。

 

 アインズがニグレドの傍らに姿を現した時点で、既に彼女が覗き見る侵入者の様子が<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>に映し出されていた。総数4、と聞いていたのに、画面内には四人に加えてこれに向き合う黒衣の人物がもう一人ある。

 が、アインズの注意を惹いたのはその人物ではない。

 

「……なんでシズちゃんズが居るんだ?」

 

 戦闘メイド(プレアデス)シズ・デルタの配下にあってデミウルゴスが日記に蓄えたナザリックの記憶の検索を請け負っている六つ子自動人形(オートマトン)忍者、通称シズちゃんズは、元を質せば、アインズたちよりも遥か昔にこちらの世界へ渡り来た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が所有していた課金NPCであり、本来は八体一組で販売されていたものだ。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 あ、シズ?そう、オレオレ!念のために訊くんだけどさー、シズちゃんズを外に出してる?……だよな、んなワケないよな。あー、ゴメンゴメン、またねー!」

 

 <黒の百合(ゆり)>の双子忍者、クゥイアとクゥイナはその残る二体の成れの果てだが、そんなことを承知していないアインズの初手は、的確でありつつもどこかズレている。

 

「もう一体は詳細不明。何らかの偽装アイテムを使用中と思われ補足が叶いませんでした、申し訳御座いません。」

 

 皮膚を欠くおどろおどろしいニグレドの顔が、しゅん、と項垂れつつそう釈明するが、アインズは骨の手をひょいひょいと振って「気にするな」と受け流した。

 

「それにしても……どうにもワケがわからんな。」

 

 その骨の手を改めて顎に当てて首を捻りながら、アインズは食い入るように鏡を覗き込んだ。

 挙動と装備から見て、詳細不明の黒服の男はプレイヤー、しかも真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だ。

 

 珍しい。

 

 と、アインズは思う。

 夜間は絶大な強化(バフ)を得る一方、その利点を相殺して余りある弱体化(デバフ)を日中に被る吸血鬼(ヴァンパイア)は、その知名度に比してプレイヤーの選択する種族としては超少数派(マイナー)だ。何故なら、ユグドラシルのゴールデンタイムとなる日本時間の午後八時以降はユグドラシル時間では午前八時となり、真っ当な中の人は同十四時くらいまで遊んで落ちるのが普通で、この時間帯に野外で全力を発揮できない種族を敢えて選ぶ理由はない。

 アインズの印象としては、それでも吸血鬼(ヴァンパイア)であるプレイヤーは、<現実(リアル)>では夜職で糊口をしのいでおり、ログインしている(もの)の少ない日中のみ個人(ソロ)で狩りを楽しむカジュアルプレイヤーか、ギルドに参加していたのであれば……そうでないとこちらの世界にはやって来ないはずだが……四六時中(しろくじちゅう)ユグドラシルで遊ぶことが可能だった暇人、ということになる。

 そして、(いま)鏡に映し出される黒服の男がこれみよがしに十指に嵌めた魔法の指輪や魔法威力軽減の力を有する外套(マント)はいずれもかなり高価な課金アイテムで、ここから導かれる結論は、この吸血鬼(ヴァンパイア)の中の人は、働かずとも食って遊ぶに困らない裕福な家庭に生まれた穀潰し、だ。

 

 まぁ、そういうこともあるわな。以前もあった……ような気もするし。

 

 それはともかく、さらに輪をかけてよくわからないのは、問題のプレイヤーとニグレドが最初に検知した四人のうち、やはり吸血鬼(ヴァンパイア)と思われる女二人が男と口論に及んでいることだった。人の家(ナザリック)の庭先で口喧嘩、とは、どういう了見なんだ?

 

「ニグレド、音声を拾えるか?」

「ただいま。」

 

 ザザザッ、と雑音(ノイズ)が混じった後に、アインズの脳内に現場の音声が届き始める。ニグレドが自身の探査(スキャン)能力で拾ったそれを<伝言(メッセージ)>でアインズに向けて中継したものだ。

 

(……四十そこそこ、てめぇで汗水流して働いたことのない世間知らずの坊っちゃん、ってところか。どうだ?)

 

 ……はぁ?

 

 いきなり聴こえてきた妙に平板で、でありながら確信犯的に相手を煽っているような女の声に、さらにアインズは困惑する。いったい何の話をしてるんだ。

 だが、続く言葉を聞いて女が、さきほど自身思い描いた男吸血鬼(ヴァンパイア)の中の人の群像推定(プロファイリング)と同じことをやっているのだ、と気づいたアインズは、その内容が概ね自分が出したそれと一致することに、パンッ、と骨の手の平を打って(わら)った。

 

(口だけ達者なおまえみたいなヤツは、夜郎自大ってんだよ!)

 

 いやー、きっついわー!オレだったらへこむわーーー!

 多分、まったくこの女の言う通りだけど、ユグドラシルにハマッた奴にそこまで言うのは反則だわーーー、(むご)いわーーー。

 

と、苦笑いを浮かべながら何故か男の方に同情するアインズ。

 続いて、(おな)じ女の声で耳を疑う台詞が聴こえてくる。

 

(おまえは……アインズ・ウール・ゴウンの足元にも及ばねー。)

 

 ……はぃ?

 なんでオレの名前がでてくるわけ?

 おまえはオレの友達かよ!

 

 この時点でアインズの記憶にないだけで……友達なのである。

 

 これに対する、そう言われた男の返しがアインズの興味を惹いた。

 

(私はあの連中を恐れてはいないのだ!)

 

 ……ま、そりゃ別に構わないよ。

 と言うか、ユグドラシル時代からちょっと怖がられ過ぎ、と思ってなくもなかったから。

 

と、存外淡白な大魔王。

 そもそもアインズ、鈴木悟の理解としては、ユグドラシルにおいては、高い能力値(ステータス)も、特殊な技能(スキル)魔法の品(マジックアイテム)も、つきつめれば(かね)さえ積めば誰にでも手に入るものでしかなく、逆に、それを鼻にかけて偉ぶるプレイヤーの心理が理解できなかったものだ。

 

(非公式ラスボス、などと呼ばれたあのモモンガでさえ、私の敵ではない!

 何故なら、私は奴と同じ必殺技を持っている。)

 

 ……ほぅ。

 それは面白い!

 

(そして、奴はそのことを知らん。)

 

 残念、今知ったぞ!

 

(先制すれば私の勝ちだ!)

 

 んなわけあるかい。

 自分が使える手段は相手も使えるかも知れない、と備えるのは基本中の基本。

 (エクリプス)持ちへの対策なんて、腐るほど考えとるわ!

 

(<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!)

 

 おぉ!

 他人がやるのを見るのは結構新鮮だなーーー。

 

 ……え?

 

エェェェェーーーーーッ!

 

 このとき、アインズの未だその実態が何処にあるのかよくわからない脳裏に稲妻が走った。

 今自分が考えていてやろうとしていることが馬鹿げていることは百も承知。

 なんなら愛するアルベドには(あと)からトンデモなく叱られるであろうこともわかっている。

 

 が。

 

 最早アインズには。

 そうする以外の選択肢はなかったのである。

 

 たちまちにアインズは<ギルドの指輪>の力で第二階層のシャルティアの居室に跳んだ。

 

「なん……じゃこりゃ!」

 

 アインズの目に飛び込んできたのは、全裸で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)たちにあんなところやこんなところを()め回されながら恍惚によがるシャルティアの姿だった。ナザリック外苑への出撃を禁じたのはアインズだが、よもやこんなことをして(ひま)を潰していようとは!

 

 だが、アインズには呻吟している猶予がない。

 無理やりはぎ取った敷布(シーツ)にシャルティアを(くる)んで(かか)え、再び<ギルドの指輪>の力で跳べば、その反動で吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)たちが何が起こったのかもわからないままに(はじ)き飛ばされる。

 

 次の瞬間、アインズは指輪の力で跳べるギリギリ限界、ナザリック地下大墳墓上空の東の端にいた。

 

「ア、ア、アインズ様ァ?」

 

 わけがわからないのは全裸のまま連れ出されたシャルティアも同様で、素っ頓狂な驚きの声を上げるも、カッ、と東へ向けて俯角で差し向けられる骨の指先。

 

「シャルティア、オレをありったけの力であそこへ投げつけろ!」

 

と、命じれば。

 

「合点承知の助でありんす!」

 

 至高の主の(めい)とあれば、どんな状況下にあってもどんな命令であっても……たとえその行為が命じた至高の主の玉体をあらぬ方向へ投げつけろ、などという無体なものであっても、忠実な下僕(しもべ)シャルティアは何の迷いもなく即座に実行する。

 

「えいやッ、でありんす!」

 

 骨の足先を前に向けて投槍のように全力で投擲するシャルティア。

 その速度は音速を軽く凌駕し、衝撃波がシャルティアを(くる)んでいた敷布(シーツ)を引き千切って吹き飛ばした。

 

「いやーーーん、なのでありんすーーー!」

 

 股間と隠しても詮無い胸に手を当ててナザリック地上部目掛けて落ちていく()(ぱだか)のシャルティアを余所(よそ)に、光の矢と化したアインズは超音速で飛んだ。アッという間に目的地が近づいてくる。

 

 敵の出方によっては可哀想なことになるが……何を今更だ!

 

 アインズは、場合によっては元は同じ人間であった何者かを永劫の苦しみの中に閉じ込めかねない切り札中の切り札、の使用を既に決断していた。

 

「<明日はもうやって来ない(Tomorrow is not another day)>!」

 

 (エクリプス)の隠し技能(スキル)が発動しアインズの後背に機械仕掛けの時計が出現したのと、猛烈な速度で接地したアインズの足が地面に突き立って轟音と共に土煙を巻き上げたのはほぼ同時だった。

 

 

 

「セーニョ!」

 

 土煙の中から意味不明の言葉を聞いた黒服の男は、それが何であるのかを見極めようと少し身を乗り出すような姿勢を取ったが。

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>、<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 続けて回避不能の最強攻撃魔法の詠唱が聴こえて、大慌てで魔法の外套(マント)で自身の身体を覆い隠した。次の瞬間、立て続けにすべてを切り裂く魔法の(やいば)三連撃(さんれんげき)外套(マント)越しにではあるが喰らって、ゴソッ、と自身のHP(生命力)が奪われたのを感じた。

 

 ゴーーーン!

 

 が、こんなものは問題ではない。最充填時間(リキャストタイム)を考えれば、満願成就までに同じ攻撃を受けることはあり得ない。あと五秒で自分の勝利は確定されるのだから。

 

 このとき、彼は<現断(リアリティスラッシュ)>が吹き払った土煙の中に黒衣の人物があることに気づいた。

 金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒の装束(ローブ)(まと)い、その中腹に血のように妖しく輝く真紅の(ぎょく)(かか)え込んだ骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 ゴーーーン!

 

 あ……あれは?

 非公式ラスボスと謳われた、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ?

 

 だが、その姿は再びの意味不明の言葉「ダルセーニョ!」と共に視界から消失した。

 

 どういうことだ?何が起こっている!

 と、呻吟するも束の間。

 

 ゴーーーン!

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>、<現断(リアリティスラッシュ)>!」

「馬鹿な!」

 

 こんな高火力の、ましてや<三重最強化(トリプレットマキシマイズ)>された攻撃魔法をこんな短時間に連射する方法などないはずだ。だが、魔法の(やいば)は疑いなく、さきほどチラとアインズ・ウール・ゴウンのモモンガの姿が見えた位置から飛んで来る。

 男は大慌てで再び魔法の<外套(マント)>でこれを受けた。いくら威力が軽減されるとはいえ、これ以上は受け流せない。

 

 ゴーーーン!

 

 あと一秒だ、と男はほくそ笑むも。

 

 ゴーーーン!

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>、<現断(リアリティスラッシュ)>!」

何の冗談だーーーッ!

 

 魔法の<外套(マント)>で自身を再び覆いながら、男は後背にある機械仕掛けの時計を一瞬顧みるが、何故かその時針は残り四秒を指していて計算が合わない。そして襲い来る三連撃(さんれんげき)。最早HP(生命力)は残り僅か。もう一発いいのを喰らったら一巻の終わりだ。

 

 そして男は悟った。

 信じ難いことではあるが、自分は循環(ループ)する時間に閉じ込められている!

 

 だが。

 ここに至っても男には、今一つの切り札が残されていた。

 使い切りアイテムの消費は惜しいが、背に腹は代えられない。

 

 ゴーーーン!

 

 男は十指に嵌めた指輪の一つを抜き、握りしめて機能発動を宣言する。

 

「<沈黙の指輪(リング・オブ・サイレンス)>よ、<現断(リアリティスラッシュ)>を封じよ!」

 

 同一戦闘に限り、特定魔法の詠唱を無効化する伝説(レジェンド)級の指輪が眩い光を放ちながら弾けて消えた。

 

 ゴーーーン!

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>……」

 

 成功だ!

 指輪の力で封じられた<現断(リアリティスラッシュ)>は発動しなかった。

 

 ゴーーーン!

 

 突如として場の空気が転じ、男は攻撃を封じたことによって循環(ループ)する時間からの脱出が叶った、と確信した。再びチラリと後背の機械仕掛けの時計に目を向ければ、満願成就までの時間はあと三秒。

 

「勝ったぞ!」

「帰って来てくれて安心したよ。」

 

 勝利を確信した男の勝鬨(かちどき)を、突然目の前に現れた黒衣の骸骨の言葉が上書く。

 見れば、最上段に振り上げられた打杖(ストライキングスタッフ)が、まさに自分目掛けて振り下ろされようとしているではないか!

 

「させるか!」

 

 男は両手で掴んだ(ロッド)を頭上で水平に構えて、骸骨が振り下ろした打杖(ストライキングスタッフ)を受け止めた。両手に衝撃が伝わるが被害(ダメージ)はない。

 

 今度こそ勝利だ!

 

 男は勝ち誇ってやろうと骸骨を見上げるも、骸骨の(ほう)はこちらを見ておらず、あらぬ方向へ視線が向かっている。自然と男もまたその視線の赴く先を追うが、そこには、さきほど自分を偉そうにコキおろしてくれた女と、そちらに向かって、チョイチョイ、と合図を送る骸骨の()いた左手の骨の指先がある。

 

 なんだと!

 (はな)からそこまで読んでいたのか!

 

 ゴーーーン!

「あいよ!」

 

 残り二秒を告げる鐘の音と同時に、たちまちにアインズの意を察したクレマンティーヌは、自ら一閃の矢と化して男の胸元に飛び込んだ。両手を振り上げて防戦した男のそこはがら空きで、かつて漆黒聖典において疾風走破を贈り名されたクレマンティーヌに対し、男には手番(ターン)行動権(イニシアティブ)がない。

 クレマンティーヌの刺突剣(スティレット)は、(あやま)たず男の急所、(しん)(ぞう)を突き貫いた。

 

「まだまだ終わりじゃないんだよぉ!」

 

 得物を男の胸に残したまま、猫のような身軽さで飛び退()いたクレマンティーヌが叫ぶ。

 

「キーノちゃん、とどめ!」

「お、おぅ!<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>!」

 

 ゴー……どじゃーーーーーん!

 

 四方八方から呼び集められた雷撃が男の胸に突き立つ刺突剣(スティレット)被雷(ひらい)し、雷鳴が必死への秒読みの鐘の音を上書いた。

 

 儚くも黒服の男の身体(からだ)(はじ)けるように内側から破裂し、バラバラに砕け散ったその肉片はたちまちに灰となって闇夜に霧散した。

 

 残り一秒。

 満願成就を告げる最後の鐘の音は……ない。

 

「た、助かった……のか?」

 

 実のところキーノ自身は、あまりにも現実味(リアリティ)を欠く十二秒間の余命宣告を必ずしも()に受けてはいなかったのだが、それでもプツと緊張感の糸が切れて、その場にへにゃり、とへたり込んだ。

 見れば、こちらに背を向けて得物を振り下ろした姿勢のままでいた大魔王が、やおら手にした打杖(ストライキングスタッフ)を地面に突き立てるや振り返り、骨の両手の平をこちらに向けて骸骨口を、パカリ、と()けている。

 

 ……(なん)なんだ?

 

 キーノはその意図がわからずに呆然とそれを見上げていたが、先に意を察したクレマンティーヌが、さささっ、と駆け寄ってその骨の手の平を、パンッ、と叩いた(ハイタッチ)

 すると骸骨はキーノに視線を向け、クレマンティーヌに叩かれた方の手の指で、()いた手の平を指差している。

 

 そ……そういうこと?

 

 怖ず怖ずと立ち上がったキーノは、遠慮気味に歩み寄り、そっ、と差し出された骨の手の平に軽く触れた。

 

「見事な連携攻撃(コンビネーション)だったぞ!」

 

と、上機嫌な声色の我儘気儘な大魔王。

 

「で……。」

 

 ……ん?

 

「おまえら……誰?」

 

 ズコッ!

 

 肩透かしを喰らってずっこけつつも、キーノはその意味するところを自ずと悟った。

 この陽気な大魔王、アインズ・ウール・ゴウンの秘中の秘、記憶を極短期間しか保持できないという問題をキーノは大昔に本人から聞かされて承知しており、何なら邂逅する都度、こちらの存在を思い出さないままのアインズに殲滅されることを覚悟の上で臨んでいたものだが、呆れたことにこの能天気な大魔王は、こちらが何者であるかわからぬままに、それでもとてつもない勢いですっ飛んできて……<飛行(フライ)>で出せる速度とは思えなかったが、いったいどうやったんだろう?……キーノたちの一命を救ったのである。

 

「キーノ……キーノ・インベルンだ。

 書付(メモ)か何かを残しておられたものか、と思う。」

 

 キーノが感銘を受けつつそう応じると、アインズはごそごそと中空からいくつか紙片を取り出して()めつ(すが)めつしていたが、やがて何か悟ったものか、

 

「……あぁ、ツアーの舎弟か。

 いや、舎弟はいくらなんでも失礼だよな。(ひど)いこと書いてるな、昔のオレ。」

 

などと独り言ちている。

 

「すまない、どうやら助けてもらったようだ。」

 

 キーノは深く頭を下げて詫びるも、骸骨にそれを気にする様子はない。

 逆にこんなことを言い出す。

 

「いや、詫びるのはむしろこっちの方だ!

 実は……途中から覗いてたんだ。」

 

「「……はぁ?」」

 

と、驚くキーノとクレマンティーヌ。

 

「ど……どの(へん)から?」

 

 顔から血の気……なんてそもそも彼女にはないのだが……が引いたクレマンティーヌがそう問えば、

 

「おまえがあの男の痛いところを突き出した辺りかな。

 いやぁ、アレはなかなか痛快だった!」

 

と、アインズは骨の手を、パンッ、と合わせる。

 

「あいつがオレと同じ(エクリプス)技能(スキル)持ちだ、と言い出した時点でヤバいな、とは思ってたんだが、まさかいきなり使うとは思ってなかったもんで、後手に回りつつも居ても立っても居られなくなってすっ飛んできた、というワケさ。

 まぁ、おまえらも覚悟の上でやってたんだろうから万が一()られていても悔いはないんだとは思うけど、気づいていながらあわやのところまで放置プレイだったのは、我ながらあんまりだ、とは思う。本当にすまん。」

 

 大魔王のこの物言いにキーノは目が点だが、クレマンティーヌは直立不動のまま固まっていた。

 

「あ、そう言えば!」

 

と、再び骨の手の平を、パンッ、と打ち合わせるアインズ。

 

「クレマン……だっけ?いや、違うな。クレマンティー?あ、クレマンティーヌな、そうだな?そうだよな!

 おまえ、オレの名前を出して啖呵を切ってくれたな?まぁ、今回はオレの出足が遅れた詫びもあるし、何より最高に面白かったから見逃してやるが……次はないと思えよ。」

 

「ひ、ひぃーーー!」

 

 アインズに向かってペコリ、と頭を下げる眷属の姿に、思わずキーノの頬が緩んだ。

 元より言っている大魔王本人も、クレマンティーヌが自身の名をプレイヤーの前で口にしたことに本気で腹を立てている感はない。その証拠に、無造作に後ろ頭を掻きながら、

 

「とりあえず毎度のことながらわけがわからんのでちょっと事情を訊きたいんだが。」

 

と、ボヤくアインズ。

 

「もちろんだ。そもそも事の起こりは……」

 

 ない胸を張って語り始めようとするキーノを「待て待て!」と骨の手の平が制する。

 

「何も言わずに飛び出してきたからちょっと連絡を入れさせてくれ。

 

 ……<伝言(メッセージ)>!

 

 あ、オレだ!いや、すまん、ちょっと緊急で飛び出してしまったが片付いた……あぁ、大丈夫だ、何も問題はない。で、すまんがおまえの妹(アルベド)には……えっ!もう話した?……あぁ……まぁ、そうなるわな。いや、おまえは何も悪くない、気にしないでくれ。このまま何処かに逃げ去りたいくらいヤバいが……いや、おまえは悪くない!……そう、こっちで何とかする!

 あと、多分地上の何処(どこ)かに全裸のシャルティアが転がってると思うから……あぁ、もう気づいてた?……そう、戦闘メイド(プレアデス)の誰かに服を届けさせてやってくれ……あぁ、オレも(あと)で直接本人に言うけど、オレがシャルティアに詫びてた、と伝えといてくれ……あぁ、そうだ。帰投まではもう少しかかりそうだ……じゃ、あとでな。

 

 ……すまん、待たせたな。」

 

 ニグレドへの通信を切って再びキーノに視線を向ければ、待っていたのは、いったいアンタ何をやってるんだ?と言いたげなキーノの胡乱な視線。

 

「……そんな目で見てくれるな!こっちはこっちで……いろいろあるんだ!」

 

 このアインズの投げ遣りな返しがツボに入ったのか、アハハ、とキーノは笑い、釣られてアインズも、ワハハハッ、と高らかに笑った(のち)、ペカペカと神々しい緑色の輝きに(つつ)まれた。

 

 

                    *

 

 

「なるほど……とすると、アイツは既にギルド拠点を失ってた(くち)だな。」

 

 ナザリック地下大墳墓から東へ数十キロの取り立てて何もない平原。

 夜空の下、大魔王アインズ・ウール・ゴウンと<黒の百合(ゆり)>の四人は、車座になって語らっている。

 

 キーノからここに至る顛末を聞き出したアインズは、開口一番そう言った。

 

「ギルド拠点を失う、なんてことがあるのか?」

 

「あー、キーノには話してなかったっけか?」

 

 アインズは掻い摘んで、この世界で行き当たる来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が大きく二種の類型(パターン)に分かれることを語った。

 第一にはナザリック地下大墳墓がそうであるように、ギルド拠点がプレイヤー、下僕(NPC)と共に健在である場合。このとき、プレイヤーたちの行動は原則としてギルドの維持、具体的にはそのために必要となる財の獲得を目指すものとなる。

 第二にはどこかの時点でギルド維持資金が尽き、ギルド拠点が崩壊済みである場合。こうなるとプレイヤーは下僕(NPC)の忠誠を失い、互いに殺し合ってどちらか一方のみが生き残ることが多い。そして、生き残ったものにはこれといって行動の指針となる目標がないことになる。

 

「本当のところどうだったのかは最早誰にもわからんし、下手をすれば本人(ほんにん)すら憶えていなかったかもしれないが、クレマンティーヌが喝破してみせたあのプレイヤーの群像推定(プロファイリング)には、オレも概ね同意だ。

 何をすればよいかわからぬままにこの世界を彷徨(さまよ)った挙句、偶然、他のプレイヤーのギルド拠点、結果的にそれがオレたちのナザリックだった、ということになるが、それが存在する可能性に気づいて、ともかくそこを目指す衝動にかられたんだろうな。オレたちとやり合うつもりだったのか、それとも助けを求めてのことだったのかもやはりわからんが、まぁ、垣間見えた性格から考えればあまり褒められた訪問目的ではなかったろうさ。」

 

 いつになく饒舌なアインズに、キーノは不安げな表情を浮かべた。

 それに気づいたアインズは「どうした?」と問うが。

 

「いや、私がそんな話を聞いてしまって……よいものだろうか、と。」

 

 初めて知り合った……あちらはこちらを憶えておいてはくれないのだが……時分以来、アインズが自身の能力、ナザリックの全貌を含めて、あらゆる情報の漏洩に神経質であったことはキーノもよく承知していた。

 だが、アインズは事も無げにこう応じる。

 

「キーノたちはオレが思っていた以上にプレイヤーに肉迫(にくはく)するからな。ある程度知っておいてくれた方がこっちとしても安心だ。」

 

 続けてアインズは骨の指を一本立てて、キーノの注意を惹いた。

 

「いいか?総戦力で言えば、その配分は様々だが最低でもレベル総計300にはなるはずのギルド拠点と共に在るプレイヤーの方が脅威だ。が、その行動は拠点の維持、という大目標の縛りを受けるから存外読み易い。

 むしろ(たち)が悪いのは拠点を既に失ったプレイヤー、NPCの方で、無論個人差はあるだろうが、こいつらは本質的に虚無、今回の男も含め、わけもわからぬままにこちらの世界に放り込まれ孤立している存在だから、何をするかは読み難い。」

 

「にしては、奴の手の内はすべてお見通しであったように思えたが?」

 

 キーノは素直に自身驚きを隠せなかったアインズの対応への感想を述べるも、アインズは骨の口をパカリと(ひら)いて、何言ってんだおまえ?と言わんばかりの顔をしている。

 

「戦略と戦術、はまた別物だろ?

 ユグドラシルの戦術でオレの右に出れる奴はそうはいない。が、そんなオレでも、プレイヤーの戦略目標がはっきりするまでは迂闊には手を出したりはしないさ。今回は流石に緊急事態だったし、あのアホはおまえらにペラペラと手の内を語って聞かせていたからな。例外中の例外だ。」

 

と、嘯くアインズ。

 

 この物言いに、常にそういった視点でキーノに助言を与えてくれるクレマンティーヌが冗談交じりに告げた「ワタシは、あのアインズ・ウール・ゴウンと気が合うような気もする」の言は、存外的外れでもないのかもしれない、などとキーノは考えていた。

 クレマンティーヌだけではない。融水谷(ツィラータール)の古老大鬼(オーガ)ハロルドの語ったブライア、キャラバッシュ両ペシュメルの人物像もまた、まったく次元を異にするものでありながら、それでも(いま)目前にあるアインズのそれと、キーノには重なって見えた。

 付き従う(もの)たちを守り導く、という大きな(せき)を背負い込んだ彼らは、わかる(もの)(はた)から見る分には秘密主義者、独裁者であるように見えるし、実際、彼らは不用意にその(せき)を他者と分かち合おうとはしない。が、潜在的にはその機会に飢えていて、この(もの)は、と思えば、惜しみなく自身の理解を語ってみせるのだ。

 (いま)まさに大魔王アインズ・ウール・ゴウンが自分に対してそうしているように。そしてそれは、キーノ自身が世界のあちこちを巡って、触れ得ざる者に対する心構えを語って歩いていることと、本質的にはまったく同じなのだ。

 

「キーノは、プレイヤーとは対話が可能だ、と信じているだろう?

 それはオレも否定はしない。そもそもオレからすれば、プレイヤーは元は(みな)、共に<現実(リアル)>を生きた人間だったんだからな。が、今のオレが元の人間そのものではまったくないのと同様に、こちらの世界にやってきたプレイヤーが元のそれそのものではなく、むしろ、種々の制約を受けて予測不可能な存在になってしまっているのも事実だ。

 オレは、キーノがやっていることに、危ないから()めておけ、なんて口出しするつもりは毛頭ないが、それでも、おまえらが今回も含めて随分と危ない橋を渡って来たのもこれまた事実だと思う。だからこの話を、余計なお節介とは承知の上でさせてもらった。まぁ、半分くらいはオレの耳元でペロロンチーノがそうしろ、と(うるさ)いからだが。」

 

「お節介だなんてトンデモない!

 忠告は胸に刻み置く。」

 

と、ない胸を自らバンッ、と叩いてキーノは応じた。

 それにしても、耳元で(うるさ)いペロロンチーノ、とは何だろう?それが、幼女愛好癖(ロリコン)のアインズの旧友の名だ、などとキーノには知る由もない。

 

「今回の、名も所属ギルドもわからんままの阿呆が本当のところどういうつもりだったのか、については、<蘇生(リザレクション)>して強引に本人から尋問する、という手がなくもないが……」

 

 やはり事も無げにそう言うアインズに、キーノは困った表情を浮かべた。

 

「……どうした?最低位の蘇生魔法を使うから、レベルダウンに伴って(エクリプス)技能(スキル)も失うし何の心配もないぞ。」

 

「いや、そうではなくて。」

 

「?」

 

 意外にもキーノの真意を察する様子のないアインズに、キーノはぼそぼそ、と躊躇いがちに思うところを語る。

 

「あのプレイヤー……彼は、決して善良な(もの)ではなかったし、同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)として看過できない性向の持ち主だったのも確かだ。が、クレマンティーヌが看破して見せたところが事実なのだとすれば、愚かしくも憐れな男でもある。そんな彼を、結局こちらの世界に順応できないがために改めて滅ぼすこともありえる、と承知の上で現世へ呼び戻す、というのは……少なくとも私には賛同しかねる。」

 

 このキーノの言葉にしばしアインズは沈黙していたが、

 

「……おまえの言う通りだ。

 せっかく終わった悪夢に、もう一度放り込んでやる必要はないわな。」

 

と、簡潔に同意を示した。

 

「キーノが聞いてきてくれた話のおかげで人間たちの事情もだいたいわかったしな。対策はこっちで考えるからキーノも適当に、お得意の、触れ得ざる、でも何でもいいから、人間たちが不用意にこの辺りに立ち入らんよう言いくるめておいてくれ。

 おまえらも、概ねナザリックの位置はわかったものだろうが、訪ねてくるのは勝手だが、普段はナザリック近傍はシャルティアが一人で哨戒(パトロール)していて、さしものオレも四六時中(しろくじちゅう)あいつを監視できてるわけじゃないから、五体満足でいたければ不用意に立ち入らんことだ。」

 

 そもそもアインズとしては、極稀に、ではあるが、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが遠目にも糞目立つ巨躯を晒して無遠慮に飛来することから、現地人にナザリック地下大墳墓の所在が漏れるのは時間の問題だ、と考えていなくもなかったので、そこはさしたる問題ではなかった。

 むしろ、人間たちの企図が大陸西方への道のりを拓くことにある、とわかったからには、それを可能にさえしてやれば、意図してナザリック近傍へ向かう(もの)も、皆無にこそなるまいがそうそうは現れまい。アインズとしてはそれで十分だった。

 

「今ならオレが一緒だから大丈夫だぞ。何ならナザリックに寄って行くか?何でも食べたいものをご馳走するぞ、どうせ無料(タダ)だしな!」

 

 気安くそう言うアインズに、キーノたちは謝絶で応じた。

 アインズのみならいざ知らず、ナザリックの下僕(しもべ)たちに囲まれての会食など正気の沙汰ではない。

 

「ここまで足を延ばしたついでに、自分の目でカッツェ平野の現況を確認して一旦東へ戻るつもりだ。」

 

 そう応じるキーノを、アインズは、

 

「おまえは相変わらず苦労性だな!」

 

(わら)った。

 

「一命を救われておいて言うのもなんだが、それはお互い様じゃないか……アインズ?」

 

 キーノが遠慮気味にそう言うとアインズはなお愉快げに笑い、やがて神々しい緑色の光に包まれた。

 

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