さて、と。
どうしよう……かな?
ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間、の前の廊下。
当地の絶対支配者であるはずの向かうところ敵なしの大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、豪奢な装飾が施された柱の陰から少しだけ顔を覗かせて、玉座の間の様子を……これまた荘厳な両開きの扉に阻まれて中は見えないのだが……伺っている。
時刻は現地時間の午前二時過ぎ、草木も眠る
何故、ナザリックの
が。
この時間であれば、アインズが個室に呼んで
結果的に本百年紀の
エラいことに……なってしまった。
未だ物理的に何処に存在しているのかよくわからない脳をフル回転させて言い訳の構築を試みるアインズ。何なら知の
「何をしておいでなのですか、アインズ様?」
不意に背後から掛かった声に応じるアインズ。
「あぁ、おまえも一緒に言い訳を考えてくれ、アルベド。
……アルベドーーーッ?」
作戦を構築する前にラスボスに
「な、な、何でこんなところに?」
「執務室に書類を取りに戻っておりました。」
何でもない様子でそう答えながらアルベドは、手にしていた書類の束を小脇に抱えながらスッ、と跪礼を執る。
「鮮やかなご戦勝をお寿ぎ申し上げます。」
あーーー、ヤバい反応だ……。
「わ……わ……
バサッ、と書類が床に落ち、アインズは背筋が凍る。
「どれほど心配したか……おわかりになりますか?」
俯いたまま放たれたその務めて平板な口調に、大慌てでアインズは自らも膝を折ってアルベドの肩に手をかけた。
「す、すまん、アルベド!
いや、何というか、こ、今回は緊急、ということもあって……」
「御身のご判断に嘴を挟むつもりは毛頭御座いませんが、供の一人も伴わずにプレイヤーと対峙されるなど……」
「そ、そ、それはだな!
今回の相手はオレと同じ
あの瞬間そこまで考えていたわけでは決してないが、
「御身ご自身は構わない、と仰せですか?」
アルベドの問いは、アインズがこちらも大原則となる
「い、いやいや!オレも何も考えてなかったわけじゃにゃいぞ!
敵の<
「……多分?」
「あー、いやいや!流石にそんな
今回の戦術は、ユグドラシル時代から万が一オレと同じ
しどろもどろに強弁するアインズに漸くアルベドは顔を上げたが、その表情は見るからに胡乱なものだ。
自身、ナザリックの
「それに……何だ!アレだ!
敵が<
「それは別に構いませんが。」
構わんのかい!
「加えて……そうだ!アレだ!
アルベドだって、オレが友人の
言ってしまってから、こいつはそんなこと気にせんわな、と身も蓋もないことに思い至る大魔王。だが、愛妃の関心はそこではなかった。
「……ツアーが来ていたのですか?」
アルベド的には、アインズの友人、と言えば
「いや、違うけど。っつーか、あいつがオレが割って入らないとマズいようなことにはどー考えても陥らんだろ、
「ではツアーの……娘?あるいは妻?」
問う声色に少し苛立ちが混じるのを感じて、アインズの背骨しかない背筋に寒気が走る。
しまった。マズい方向に話が流れている!
「いや……コニーも嫁さんも関係ないけど。」
さりとて嘘のつけないアインズ。
「他に……こちらの世界にアインズ様のご友人が?」
何かその、オレがめっちゃ寂しい奴みたいな言われ方、引っ掛かるなー!
などと思いつつ、アインズは細心の注意を払いながら告げる。
「ツアーの……古い知り合いの……
この
「……何か。」
「何……か?」
不安げに復唱するアインズ。
「何か……意図的に隠しておいでではありませんか?」
ギクッ!
「種族、レベル、
「あー、ハイハイ!そうです、お察しの通り女です!
でも
「
馬々鹿々しくもたちまちに土下座に転じる大魔王。
「すいません!結構な……ボインちゃんです。オレ好み、かもです!
いや!でも、誓って浮気とか、そういうのじゃないです!信じてください!本当にただの友達なんです!」
平身低頭から、チラ、と愛妃の表情を伺えば、いつの間にやら跪礼を
「
と、アルベド。
「アインズ様の
……だよな、そうだよな!
「が!」
心臓ないのにドキッ!
「アインズ様が、
「あー、ハイハイ!やらせていただきます!是非やらせてください!」
そう応じたアインズが恐る恐る顔を上げてみれば、自身に向けて差し出されるアルベドの手の平。白魚のようなたおやかな指が、でありながら一切の妥協を許さぬ意思を漲らせて、五、と告げている。
い、
アインズは思わず
「ハイハイ!喜んで百二十時間耐久出血大
ここに至ってアルベドは、サッ、と身を翻し、
くふっ!
と獣の笑い声をあげると、
「参りますわよ、アインズ様!」
と、
アインズの部屋に向かうだけなら<ギルドの指輪>で跳んだ方が早いのに敢えて徒歩で向かっているのは、この時間でもいないわけではない他の
オレは……嵌められたんだろうか?
などと今更悔いても詮無き事。既に約された奉仕の撤回は最早叶うまい。
もそもそ、と立ち上がったアインズは、ナザリックの
「……あ、パンドラ?オレだ。
ちょっとやんごとなき事情で五日ほど籠もるからその
「急いで、アインズ!」
「あ、ハイハイ!只今参ります!
いや、とにかくもう行かないとマズいから……あぁ、
はて、本当にオレはナザリック地下大墳墓の
なんならオレは、アルベドのみならず、ナザリックの有象無象すべてに仕える
そんな自虐的な妄想を
*
奇縁の
「件の
キャラバッシュとの面談に及んだキーノは、開口一番、敢えて仔細は告げずにそう伝えた。真のところを察したか否かはともかくキャラバッシュもそこには深入りを避け、ただ頷いて了解を示したのみだった。
「で……おまえたちの計画についてなんだが。」
と、キーノが自分たちの検分の成果に触れるよりも前に、キャラバッシュの方から「先にこれを見て欲しい」と示されたものがある。
「?」
それは、小さな箱に収められた香木だった。
「キーノが西へ向かってしばらくしてから、私を訪ねてきた
「森妖精?」
意外に感じたキーノがそのままに問い返すと、キャラバッシュはいささか自信なさげに続ける。
「いや、本当に森妖精であったかどうかについては正直なところ自信がない。耳が尖っていたのでエイヴァーシャーの森の一族か、と思ったものだが、美しいがまったく無表情な、何ならこちらにゴミでも見るかのような冷ややかな視線を注ぐ人間の女の従者を連れていて、森妖精は森妖精らしからぬ……
この言葉に、キーノとクレマンティーヌは互いに顔を見合わせた。
どちらも口には出さないが、それはナザリックの
「その男が、我々のやろうとしていることに役立つものだから要があればエイヴァーシャーの森と交易して求めるとよい、と置いていったのがコレなのだが。キーノには意味するところがわかるだろうか?」
そう問われてキーノは小箱を手に取った。
「<
してみれば、なるほど、低位の
が、いささか
……どういうことだろう?
大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、先の別れ際に「対策はこっちで考える」と言ったが、これがそうなのだろうか。
それに加えて、単なる副作用であるのかもしれない……天然自然の薬草、香木が複数の効果を有すること自体はままあることだ……が、人間たちの性欲を刺激して、ナザリックの
ひとしきり考えたのち、キーノはキャラバッシュたちに有益な効能のみを告げた。
「どうしてあの森妖精は、それが私の計画に役立つことを知ったものだろうか?」
「ゴホッ……確たるところは私にもわからないが。私たちの他には件の
苦し紛れにキーノがそう言うと、キャラバッシュはやはり怪訝な表情を浮かべつつも強いて反論はしなかった。
「私の理解としては、だ。」
キーノは自ら歩いたカッツェ平野の様子に触れつつ、キャラバッシュの関心事について語る。
「おまえたちは三百年前の大災厄以降、カッツェ平野の
彼女がその悠久の旅の中で見聞きしてきた限り、時代によって若干の変動こそあったものの回廊平原は一貫して
長く回廊西寄りの要衝として栄えた城塞都市エ・ランテルは、まだ権力基盤が脆弱だった時分のヴァイセルフ王家が自身の威信を高めるべくかなり無謀な動員をかけて築かれたものだった。一旦これを得た
これを切り取って
帝国解体の
「私の知る限り、
大災厄以降これをする
キャラバッシュは、黙ったままキーノの話に耳を傾けている。
「聡明なおまえのことだから私の言わんとするところは理解してもらえている、と思う。つまり、おまえがやろうとしていることは昔からずっとおこなわれてきたことで、かつ、一定の成果があったものだ。だから、おまえたちにそれがやれない、という理屈はない。
一方で、これをやっていた王国には問答無用の権威があったし、帝国には臣民を陶酔させる皇帝があり、自由都市には
キーノの思いとしては、キャラバッシュの策の有無を尋ねた、というよりはむしろ、覚悟のほどを問うたものだ。
歴史について語ったところに嘘はないが、これらの試みが常に多大な犠牲を払っておこなわれてきたこともまた事実なのであり、少なくとも永遠の時間を旅するキーノの視点から見れば、
これに応じるキャラバッシュの言葉は、一聴して無関係にも思われる語りから始まった。
「初代
その剣呑な含意にキーノは一瞬眉を顰めるも、キャラバッシュはそれに気づいてか気づかずかそのまま続ける。
「続けてこうある。
<この考え方は、知に優れ、その優れた知ゆえに自滅の道を辿った
私の存命中に、大陸西方へ向けての道のりを拓くことが叶うなどとはゆめゆめ考えてはいないが、只今のキーノの言葉を承って、我々の子孫がこれを成し遂げてくれるもの、と確信した。決して容易なものである、と侮ってはいないが、それでも私は、自身の生涯をそこへ向けての地均しに捧げるつもりだ。そして、我が思いを継ぐ者は必ず現れるだろう。
強いていえば、これを知ることが私の強み、ということになろうかと思うが……いかがだろうか?」
キーノは、自分からすれば赤子の如き若造に過ぎないこの初老の男に、素直に感銘を覚えた。彼の語るところは、キーノ自身が
希望、であった。
「おまえに……会いに来てよかったよ。」
と、握手を求めるキーノ。その見た目だけは幼い手を、既に皺が目立つ手で力強く握り返しながらキャラバッシュはこう付け加えた。
「敢えてキーノたちの助力は求めない。
ただ、一つだけ願うことが叶うのであれば、我々の遠い末裔が、私のこの思いを忘れて道を誤るようなことがあれば、どうか本日の対話を語らって
「必ずそうする、任せておいてくれ!」
ない胸を張ってそう応じる永遠の
晩年のキャラバッシュ・ペシュメルは、精力的に
彼自身予測していたように、それは決して順風満帆な道のりではなかったが、それでも
太古のバハルス帝国の砦跡を再利用する形で、既に後進に
八十を目前にしてキャラバッシュが惜しまれつつも世を去ると、それまでただ、砦、とだけ呼ばれていた谷の出口に拓かれた町に、人々はその遺徳を偲んで彼の名を贈り名した。
城塞都市カラバッシュブルク。
三百余年に渡って禁忌とされた平地への都市建設を敢えて成し遂げたこの街は、以降長く大陸東部の人々の西方を窺う橋頭保として栄えていくことになる。彼らがその目指す先、大陸西方エルキュル王国と
*
「皆の者、忠誠の儀を!」
「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターの
「事後報告になって済まないが、ここ二年ほど行方を知られていなかった本百年紀の
鷹揚に構えたアインズがそう告げるや、
「「流石はアインズ様!」」
「「すべては御身の思し召しのまま、お気遣いなど不要です!」」
と、やんややんやの大喝采。
「際しては、あちきもアインズ様の勝利に貢献したのでありんす!」
と、至高の主を投げ槍のようにブン投げて戦場へ届けた鮮血の戦乙女、シャルティア・ブラッドフォールンがない胸を張って誇れば、
「「お見事、シャルティア!」」
「「シャルティアにあやかりたいものだ!」」
「「
と、こちらも大喝采。
これを、骨の手の平を下へ向けて抑えたアインズは本題に入る。
「今日集まってもらったのはほかでもない。
先にオレが片付けた
ここで再びデミウルゴスへ向けて大喝采が起こり、当のデミウルゴスが
「ゴホンッ……そもそもの事の起こりは、現地人がナザリック南方の
「じゃぁ、そもそもはシャルティアのせいじゃなーい!」
と声を上げたのは当代のアウラ。
「で、でも、シャルティアはナ、ナザリックの防衛の
おずおずと妹の言を
「マーレの言う通りだ。」
と、これを追認するアインズ。
「オレとマーレが定期的にナザリックを隠蔽する欺瞞工作をやっているが、これはあくまでも遠目に視認したり関心を惹くことを抑えているだけで、確信犯的に向かって来る
むしろ、これまで数千年の長きに渡ってナザリックが現地人の関心を呼ばなかったのは、第一には人間たちがカッツェ平野と呼ぶ
珍しく理路整然と話しているが、これはもちろん、これから
「トブの大森林を挟んでの大陸の東西の交流が絶えて既に三百年。これに再び挑まんとする
むしろ今回は、結果的にオレが単騎で迎撃する、という想定外がありはしたものの、何の被害もなくこの問題に気づけた、というだけで御の字だろうよ。」
再び
これを軽く
「そこで、だ!」
一瞬の静寂。
「これからどうするか、という話になるわけだが。」
ここで、スッ、と立ち上がったデミウルゴスがアインズに一礼を捧げて報告する。
「今回の
「うむ、流石はデミウルゴス!」
実のところ、デミウルゴスが何をやったのかについては、きっと碌でもないことに違いないから聞きたくない、が本音なのだが、これに気づいてか気づかずか……まぁ、気づいていないわけはないのだが、
「お褒めに預かり光栄で御座います!」
三日月形の笑みを浮かべたデミウルゴスは、歓喜の声を上げて腰を折る。
これに骨の手を振って「まぁ、落ち着け」と促したアインズは、自身の関心事について語り始めた。
「それはそれとして、だ。
今回のことがあって、オレは改めて過去の記録からカッツェ平野とやらについて調べなおしてみたんだが、ここには
「これが、我らがナザリックの
と、相槌を打ったのは御曹司パンドラズ・アクター。
「少なくともニグレドの目は、カッツェ平野にギルド拠点、その遺構、プレイヤー、NPCのいずれも捉えた記録はない。ここがユグドラシルであれば
もちろんアインズは、自身が屠った
「そこでオレは、この際ナザリックの
おぉ!と
ここで、凛とした涼やかな声が響く。
「お考えごもっともでは御座いますが、至高の御身が現地人を利することにお心遣いなさることはないのではないでしょうか?」
と問うたのは、もちろん守護者統括にしてアインズの愛妃である
これにアインズは、ハハハッ、と笑い声をあげた。
「別にオレは、現地人が闊歩しやすいように
対するアルベドは、ニコリ、と微笑んで「これはご無礼を」と
「オレが言いたいのは、だ。」
改めて玉座の間が、至高の主の言葉を一言一句聞き逃すまいとする静寂に包まれる。
「ナザリックの目と鼻の先に、なんでそうなのかわからないものがわからないままにある、というのが気に食わん、という話だ。オレは、この世界最強の存在なんだからな!」
「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
たちまちに大喝采が乱れ飛び、以て、カッツェ平野を制する、が次なるナザリックの戦略目標として正式に採択されるに至った。もっとも、アインズがそうしたい、と考えた時点でそれは決まっていたようなものであるが、何事を決するにしても、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは仲間たち
この時点の彼らは、このアインズの思い付きが思いもよらぬ事実を彼らに知らしめることなど、予期していようはずもなかった。
新12話へ続く
<次話予告>
「女子の着替えですので、殿方はあちらへ。」
特殊装備でカッツェ平野の真相へ迫るシャルティアを待つ運命とは?
億劫のオーバーロード新12話『カッツェ平野を
「ボクも<
よもや、
十一月吉日公開予定。