億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話最終回、大魔王アインズ・ウール・ゴウン絶体絶命の危機。


10.新探索(クエスト)宣言

 さて、と。

 どうしよう……かな?

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間、の前の廊下。

 

 当地の絶対支配者であるはずの向かうところ敵なしの大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、豪奢な装飾が施された柱の陰から少しだけ顔を覗かせて、玉座の間の様子を……これまた荘厳な両開きの扉に阻まれて中は見えないのだが……伺っている。

 

 時刻は現地時間の午前二時過ぎ、草木も眠る丑三(うしみ)(どき)

 

 何故、ナザリックの(あるじ)である自分が自身の居処(きょしょ)、玉座の間の前でコソコソせねばならんのだ、という思いがないではない。

 

 が。

 

 この時間であれば、アインズが個室に呼んで(とぎ)を申し付けていない限り、彼女はあの分厚い扉の奥、玉座の間でナザリック全体の統括業務に従事しているはずだ。そして、姉ニグレドを通じて今宵の顛末が既に知られてしまっていることは確認済み。

 結果的に本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)と思しき真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)の殲滅は叶ったものの、その補足を誰にも知らせず、いずれの下僕(しもべ)にも諮らず、自身で(ルール)として定めた近衛の随伴も伴わず単騎迎撃した事実が、ことナザリックの運営については糞真面目な守護者統括の逆鱗に触れるのは明白。

 

 エラいことに……なってしまった。

 

 未だ物理的に何処に存在しているのかよくわからない脳をフル回転させて言い訳の構築を試みるアインズ。何なら知の下僕(しもべ)の助けを仰ぎたいところだが、今回(こんかい)ばかりはそれもままならない。

 

「何をしておいでなのですか、アインズ様?」

 

 不意に背後から掛かった声に応じるアインズ。

 

「あぁ、おまえも一緒に言い訳を考えてくれ、アルベド。

 ……アルベドーーーッ?

 

 作戦を構築する前にラスボスに出会(でくわ)してしまった!

 

「な、な、何でこんなところに?」

 

「執務室に書類を取りに戻っておりました。」

 

 何でもない様子でそう答えながらアルベドは、手にしていた書類の束を小脇に抱えながらスッ、と跪礼を執る。

 

「鮮やかなご戦勝をお寿ぎ申し上げます。」

 

 あーーー、ヤバい反応だ……。

 

「わ……わ……(わたくし)が……」

 

 バサッ、と書類が床に落ち、アインズは背筋が凍る。

 

「どれほど心配したか……おわかりになりますか?」

 

 俯いたまま放たれたその務めて平板な口調に、大慌てでアインズは自らも膝を折ってアルベドの肩に手をかけた。

 

「す、すまん、アルベド!

 いや、何というか、こ、今回は緊急、ということもあって……」

 

「御身のご判断に嘴を挟むつもりは毛頭御座いませんが、供の一人も伴わずにプレイヤーと対峙されるなど……」

 

「そ、そ、それはだな!

 今回の相手はオレと同じ(エクリプス)持ちでな!万が一にも下僕(しもべ)を巻き込むわけには……」

 

 あの瞬間そこまで考えていたわけでは決してないが、下僕(しもべ)を真に危険な目には遭わせないを大原則とするアインズはこう応じるも。

 

「御身ご自身は構わない、と仰せですか?」

 

 アルベドの問いは、アインズがこちらも大原則となる危機管理(クライシスコントロール)を無視した行動を採ったことを的確に衝く。慌てたアインズは、さきほどの自身の発言と真っ向から矛盾することをペラペラと捲し立てた。

 

「い、いやいや!オレも何も考えてなかったわけじゃにゃいぞ!

 敵の<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>は発動済みで、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>の詠唱に立ち会ったわけじゃないから、仮に満願成就に至ってもオレ自身に効果はなかったはずだ!……と思うぞ、多分。」

 

「……多分?」

 

 真正直(ましょうじき)に確信はなかったことを吐露してしまったアインズと、そういったところは決して聞き逃さないアルベド。

 

「あー、いやいや!流石にそんな状況(シチュエーション)試したことないし、フレーバーテキストにもこの必殺(コンボ)の効果域に(あと)から飛び込んだらどうなるか、なんて阿呆なことまでは書いてないから実際のところはよくわからんのだが……と、とにかくだ!

 今回の戦術は、ユグドラシル時代から万が一オレと同じ技能(スキル)を使える奴とかち合ったらやろう、と思っていたものの一つで、もちろん試したことはなかったが、オレにとって勝利は自明だったのにゃ!」

 

 しどろもどろに強弁するアインズに漸くアルベドは顔を上げたが、その表情は見るからに胡乱なものだ。

 自身、ナザリックの戦術原則(ドクトリン)を無視して投機的な強襲をやらかしたことに自覚はあるので、このままではいずれ襤褸が(ボロ)が出る、と判じたアインズは話題()らしを試みる。

 

「それに……何だ!アレだ!

 敵が<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>してるのはわかってたから、已む無くシャルティアの馬鹿力での突入となったが、半分はあいつ自身のせいだが、流石に全裸で放置したのはマズかった!反省してる!」

 

「それは別に構いませんが。」

 

 構わんのかい!

 

「加えて……そうだ!アレだ!

 アルベドだって、オレが友人の危機(ピンチ)に見て見ぬ振りをするような男だったら幻滅するだろ!」

 

 言ってしまってから、こいつはそんなこと気にせんわな、と身も蓋もないことに思い至る大魔王。だが、愛妃の関心はそこではなかった。

 

「……ツアーが来ていたのですか?」

 

 アルベド的には、アインズの友人、と言えば白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアー、しか思い浮かばない様子。

 

「いや、違うけど。っつーか、あいつがオレが割って入らないとマズいようなことにはどー考えても陥らんだろ、常考(じょーこー)?」

 

「ではツアーの……娘?あるいは妻?」

 

 問う声色に少し苛立ちが混じるのを感じて、アインズの背骨しかない背筋に寒気が走る。

 しまった。マズい方向に話が流れている!

 

「いや……コニーも嫁さんも関係ないけど。」

 

 さりとて嘘のつけないアインズ。

 

「他に……こちらの世界にアインズ様のご友人が?」

 

 何かその、オレがめっちゃ寂しい奴みたいな言われ方、引っ掛かるなー!

 などと思いつつ、アインズは細心の注意を払いながら告げる。

 

「ツアーの……古い知り合いの……吸血鬼(ヴァンパイア)だ。レベル90台の魔法詠唱者(マジックキャスター)と60台の戦士(ファイター)、こちらの世界の奴にしてはなかなか出来る連中だ。あと、オマケにシズちゃんズみたいな忍者が二人。」

 

 この(あるじ)の言葉に、アルベドはしばし人差し指を唇に当てて考え込む様子を見せたが、やがてぽそり、と。

 

「……何か。」

 

「何……か?」

 

 不安げに復唱するアインズ。

 

「何か……意図的に隠しておいでではありませんか?」

 

 ギクッ!

 

「種族、レベル、職業(クラス)……」

「あー、ハイハイ!そうです、お察しの通り女です!

 でも魔法詠唱者(マジックキャスター)はシャルティアみたいなつるぺたで、アルベドさんとは比べるも馬鹿らしい……」

戦士(ファイター)は?」

 

 馬々鹿々しくもたちまちに土下座に転じる大魔王。

 

「すいません!結構な……ボインちゃんです。オレ好み、かもです!

 いや!でも、誓って浮気とか、そういうのじゃないです!信じてください!本当にただの友達なんです!」

 

 平身低頭から、チラ、と愛妃の表情を伺えば、いつの間にやら跪礼を()いて凛と立ち尽くすアルベドから、冷ややかな視線が注がれている。()ぇーよ!

 

(わたくし)は……」

 

と、アルベド。

 

「アインズ様の(わたくし)のみに捧げられる愛を、疑ったことなど微塵も御座いません。」

 

 ……だよな、そうだよな!

 

「が!」

 

 心臓ないのにドキッ!

 

「アインズ様が、(わたくし)のみを愛してくださっている、との(あかし)を立てることをお望みとあらば、受けるに吝かでは御座いませんわよ。」

 

「あー、ハイハイ!やらせていただきます!是非やらせてください!」

 

 そう応じたアインズが恐る恐る顔を上げてみれば、自身に向けて差し出されるアルベドの手の平。白魚のようなたおやかな指が、でありながら一切の妥協を許さぬ意思を漲らせて、五、と告げている。

 

 い、五日(いつか)

 

 アインズは思わず身体(からだ)を引き攣らせるが、たちまちにそれを見抜いたアルベドの緩みつつあった目元が再び強張るのに気づいて、最早交渉の余地がないことを悟った。

 

「ハイハイ!喜んで百二十時間耐久出血大奉仕(サービス)相務(あいつと)めさせていただきますとも!」

 

 ここに至ってアルベドは、サッ、と身を翻し、

 

 くふっ!

 

と獣の笑い声をあげると、

 

「参りますわよ、アインズ様!」

 

と、第九階層(ロイヤルスィート)への登り口を目指して意気揚々と歩き始めた。

 アインズの部屋に向かうだけなら<ギルドの指輪>で跳んだ方が早いのに敢えて徒歩で向かっているのは、この時間でもいないわけではない他の下僕(しもべ)たちに、アインズを伴って愛の巣籠もりへと向かう自分を見せつけたいからだ。腰の翼のピコピコがそれを(あかし)して余りある。

 

 オレは……嵌められたんだろうか?

 

 などと今更悔いても詮無き事。既に約された奉仕の撤回は最早叶うまい。

 

 もそもそ、と立ち上がったアインズは、ナザリックの(あるじ)としての最低限の責務を果たすべく、いささか気恥ずかしく感じつつも<伝言(メッセージ)>を飛ばす。

 

「……あ、パンドラ?オレだ。

 ちょっとやんごとなき事情で五日ほど籠もるからその(あいだ)……あぁ、アルベドも一緒だ……いや、父上もお盛んで、は余計だ!っつーか、おまえも大凡(おおよそ)の事情は掴んでるな?だよなーーー!」

 

「急いで、アインズ!」

 

「あ、ハイハイ!只今参ります!

 いや、とにかくもう行かないとマズいから……あぁ、(あと)で埋め合わせはきっとする。後事は任せたぞ……あぁ、無事を祈ってくれ……じゃーな。」

 

 はて、本当にオレはナザリック地下大墳墓の(あるじ)なのだろうか?

 なんならオレは、アルベドのみならず、ナザリックの有象無象すべてに仕える下僕(しもべ)なのではないのか?

 

 そんな自虐的な妄想を(かか)えつつ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、危険も顧みず女友達の救援に駆けつけた(とが)で、第九階層(ロイヤルスィート)引き回しの上、百二十時間耐久愛の出血大奉仕(サービス)(けい)に処されたのであった。うらやましいことこの上ない。

 

 

                    *

 

 

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる<黒の百合(ゆり)>の四人が、カッツェ平野北東部の実地検分を終えて融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)キャラバッシュ・ペシュメルを訪ねたのは、一ヶ月と少しを経てからのことになる。

 

「件の吸血鬼(ヴァンパイア)の脅威は既にない、と思ってくれていい。」

 

 キャラバッシュとの面談に及んだキーノは、開口一番、敢えて仔細は告げずにそう伝えた。真のところを察したか否かはともかくキャラバッシュもそこには深入りを避け、ただ頷いて了解を示したのみだった。

 

「で……おまえたちの計画についてなんだが。」

 

と、キーノが自分たちの検分の成果に触れるよりも前に、キャラバッシュの方から「先にこれを見て欲しい」と示されたものがある。

 

「?」

 

 それは、小さな箱に収められた香木だった。

 

「キーノが西へ向かってしばらくしてから、私を訪ねてきた森妖精(エルフ)の客人があってな。」

 

「森妖精?」

 

 意外に感じたキーノがそのままに問い返すと、キャラバッシュはいささか自信なさげに続ける。

 

「いや、本当に森妖精であったかどうかについては正直なところ自信がない。耳が尖っていたのでエイヴァーシャーの森の一族か、と思ったものだが、美しいがまったく無表情な、何ならこちらにゴミでも見るかのような冷ややかな視線を注ぐ人間の女の従者を連れていて、森妖精は森妖精らしからぬ……丁度(ちょうど)キーノの連れている従者のような三日月型の妖しげな笑みを浮かべて話す男だった。」

 

 この言葉に、キーノとクレマンティーヌは互いに顔を見合わせた。

 どちらも口には出さないが、それはナザリックの赤服悪魔(デミウルゴス)ではないのか?と疑っている。

 

「その男が、我々のやろうとしていることに役立つものだから要があればエイヴァーシャーの森と交易して求めるとよい、と置いていったのがコレなのだが。キーノには意味するところがわかるだろうか?」

 

 そう問われてキーノは小箱を手に取った。

 

「<道具鑑定(アプレイザルマジックアイテム)>。」

 

してみれば、なるほど、低位の不死者(アンデッド)の接近を完全に、ではないが妨げる効果がある。

 が、いささか()せないのは、効果はそれのみではなく、生者に対しては催淫効果があって男女ともに性欲を亢進させる、とある。

 

 ……どういうことだろう?

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、先の別れ際に「対策はこっちで考える」と言ったが、これがそうなのだろうか。

 不死者(アンデッド)に対する忌避効果は確かにキャラバッシュたちの計画に資するものではあるだろうが、アインズの打った手にしてはいささか迂遠に過ぎる感がなくもないし、そもそもアインズが求めているのは大陸東部の人間の関心がナザリック地下大墳墓の所在地に及ばないことであって、必ずしも彼等がカッツェ平野北の回廊平原を生者の手に取り戻すことを支援する理由はないはずだ。

 それに加えて、単なる副作用であるのかもしれない……天然自然の薬草、香木が複数の効果を有すること自体はままあることだ……が、人間たちの性欲を刺激して、ナザリックの(とく)になることなんてあるだろうか?それともあの悪魔(デミウルゴス)の個人的な趣味?

 

 ひとしきり考えたのち、キーノはキャラバッシュたちに有益な効能のみを告げた。

 

「どうしてあの森妖精は、それが私の計画に役立つことを知ったものだろうか?」

 

「ゴホッ……確たるところは私にもわからないが。私たちの他には件の吸血鬼(ヴァンパイア)が知るのみだから、彼が悪ふざけが過ぎたと反省して詫び代わりに残したものだ、とでも思っておけば……いいんじゃないだろうか。」

 

 苦し紛れにキーノがそう言うと、キャラバッシュはやはり怪訝な表情を浮かべつつも強いて反論はしなかった。

 

「私の理解としては、だ。」

 

 キーノは自ら歩いたカッツェ平野の様子に触れつつ、キャラバッシュの関心事について語る。

 

「おまえたちは三百年前の大災厄以降、カッツェ平野の不死者(アンデッド)が勢いを増して回廊平原に進出したもの、と思っているようだし、同様のことはトブの大森林の南端にある村の住人からも聞いたことがあるが、これはおまえたちの誤解だ。」

 

 彼女がその悠久の旅の中で見聞きしてきた限り、時代によって若干の変動こそあったものの回廊平原は一貫して不死者(アンデッド)の勢力下にあったもので、これを大陸東西の交流路として回廊()らしめていたのは、常に生者側の努力であった。

 長く回廊西寄りの要衝として栄えた城塞都市エ・ランテルは、まだ権力基盤が脆弱だった時分のヴァイセルフ王家が自身の威信を高めるべくかなり無謀な動員をかけて築かれたものだった。一旦これを得た(のち)は、目的を果たした王家はその防衛に関心を失ってそれは専ら冒険者の矜持に委ねられることとなり、結果的にエ・ランテルは冒険者の街として賑わうことになった。

 これを切り取って新領土(ノイエラント)に加えたバハルス帝国は、抱える帝国軍団(ライヒスレギオン)の訓練を兼ねて回廊平原の不死者(アンデッド)間引きに尽力し、なんなら領土奪取は武力制圧ではなく、その実績から王国、スレイン法国に暗黙の了解を引き出したものだった。そして、この領土拡大もまた、それ自身を目指したものではなく、帝権の安定に伴い行き場を失いつつあった臣民の力の捌け口を求めてのものだ。

 帝国解体の(のち)、西方自由都市群によって回廊南端に東西に連なる輸送路を兼ねた防壁が築かれたが、直接の動機は逼迫した木材需要を東方からの輸送で賄うこと、加えて、爛熟した自由都市経済圏が新しい投資先を求めてのことであり、不死者(アンデッド)からの回廊防衛は、結果的に得られた副産物でしかない。

 

「私の知る限り、不死者(アンデッド)の撃退自体を目標として掲げた国家はなかったから、その記録もそういう語り方をされなかったものだろうと思うが、実際には人間たちの努力によってカッツェ平野の不死者(アンデッド)たちはカッツェ平野に押し止められていたものだ。

 大災厄以降これをする(もの)がいなくなったがために不死者(アンデッド)の勢いが増したように見えるだけで、実際には昔から何も変わってはいないんだよ。」

 

 キャラバッシュは、黙ったままキーノの話に耳を傾けている。

 

「聡明なおまえのことだから私の言わんとするところは理解してもらえている、と思う。つまり、おまえがやろうとしていることは昔からずっとおこなわれてきたことで、かつ、一定の成果があったものだ。だから、おまえたちにそれがやれない、という理屈はない。

 一方で、これをやっていた王国には問答無用の権威があったし、帝国には臣民を陶酔させる皇帝があり、自由都市には(みな)を踊り狂わせる(かね)の力があったのも事実だ。おまえたちに、それに相当する何か強みがあるだろうか?」

 

 キーノの思いとしては、キャラバッシュの策の有無を尋ねた、というよりはむしろ、覚悟のほどを問うたものだ。

 歴史について語ったところに嘘はないが、これらの試みが常に多大な犠牲を払っておこなわれてきたこともまた事実なのであり、少なくとも永遠の時間を旅するキーノの視点から見れば、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)や、比すれば随分と格が落ちるが賊に蹂躙されることと、大義の贄に供されることの間に(たい)した差はない。

 

 これに応じるキャラバッシュの言葉は、一聴して無関係にも思われる語りから始まった。

 

「初代総統(フューラー)ブライア・ペシュメルの書付に<いくら兵卒を失おうとも、最後に敵本陣を突き崩すことが叶うのであれば、それは疑う余地なく勝利なのだ>という言葉が遺されている。」

 

 その剣呑な含意にキーノは一瞬眉を顰めるも、キャラバッシュはそれに気づいてか気づかずかそのまま続ける。

 

「続けてこうある。

 <この考え方は、知に優れ、その優れた知ゆえに自滅の道を辿った(とも)から学んだもので、これは短期的な戦術としては誤っている。一方で、命限りある我らの長期的戦略としては希望でもある。自らの生涯を賭してもなお成し遂げられぬ課題であっても、(こころざし)を継ぐ(もの)ある限り、勝利の可能性は潰えないものだ>と。

 私の存命中に、大陸西方へ向けての道のりを拓くことが叶うなどとはゆめゆめ考えてはいないが、只今のキーノの言葉を承って、我々の子孫がこれを成し遂げてくれるもの、と確信した。決して容易なものである、と侮ってはいないが、それでも私は、自身の生涯をそこへ向けての地均しに捧げるつもりだ。そして、我が思いを継ぐ者は必ず現れるだろう。

 強いていえば、これを知ることが私の強み、ということになろうかと思うが……いかがだろうか?」

 

 キーノは、自分からすれば赤子の如き若造に過ぎないこの初老の男に、素直に感銘を覚えた。彼の語るところは、キーノ自身が(おのれ)に課した使命と何ら変わるところがないものだ。儚くも短い人間の一生を通じて同じところに辿り着く(もの)が目前にあるという事実、これこそがキーノにとっても……。

 

 希望、であった。

 

「おまえに……会いに来てよかったよ。」

 

と、握手を求めるキーノ。その見た目だけは幼い手を、既に皺が目立つ手で力強く握り返しながらキャラバッシュはこう付け加えた。

 

「敢えてキーノたちの助力は求めない。

 ただ、一つだけ願うことが叶うのであれば、我々の遠い末裔が、私のこの思いを忘れて道を誤るようなことがあれば、どうか本日の対話を語らって(さと)してやって欲しい。」

 

「必ずそうする、任せておいてくれ!」

 

 ない胸を張ってそう応じる永遠の(とき)の旅人に、終始感情を抑えた表情で語っていたキャラバッシュは、初めて少年のような無垢な笑顔を返した。

 

 

 

 晩年のキャラバッシュ・ペシュメルは、精力的に塵の滝(シュタウプバッハ)熊の高地(ベルナーオーバーラント)を訪ね歩いて、大陸東方の民を糾合する新たな目標として、カッツェ平野を望む谷の出口への植民地建設と、それを橋頭保としての大陸西部への交通路の確保を訴えた。

 彼自身予測していたように、それは決して順風満帆な道のりではなかったが、それでも大勢(たいせい)はゆっくりと、でありながら確実に彼の目指すところへと進んでいった。

 太古のバハルス帝国の砦跡を再利用する形で、既に後進に融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)の座を譲ったキャラバッシュを名誉顧問(エーレンベラータ)に据えた移民団が谷の出口へ進出した時点で彼は齢七十に至っていたが、並行して確立されたエイヴァーシャーの森の森妖精(エルフ)との交易で安定確保されるようになった不死者(アンデッド)()けの香木の効能もあってか、決して皆無にこそならなかったものの不死者(アンデッド)による被害を最小限に抑えたまま町とさらにその西側を守る防壁の建設が進み、遂には北の連山の南斜面に自給自足を賄うに足る農地の開墾も叶った。もっとも、香木の副作用で城塞都市の人口は増加の一途を辿ったため、食料需給は常に逼迫気味ではあったものの、返ってそのことが大陸東部の谷の村々との相互依存を深めることにもつながった。

 八十を目前にしてキャラバッシュが惜しまれつつも世を去ると、それまでただ、砦、とだけ呼ばれていた谷の出口に拓かれた町に、人々はその遺徳を偲んで彼の名を贈り名した。

 

 城塞都市カラバッシュブルク。

 

 三百余年に渡って禁忌とされた平地への都市建設を敢えて成し遂げたこの街は、以降長く大陸東部の人々の西方を窺う橋頭保として栄えていくことになる。彼らがその目指す先、大陸西方エルキュル王国と()()するのは、まだ幾分か先の話であった。

 

 

                    *

 

 

「皆の者、忠誠の儀を!」

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 

 守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターの三賢者(トリニティ)を筆頭に、主だった面々が(つど)って跪礼を捧げている。対する大魔王アインズ・ウール・ゴウンも、百二十時間耐久出血大奉仕(サービス)、加えて延長戦十二時間を経て、気分爽快、三賢者(トリニティ)もびっくりの賢者モードでこの場に臨んでいた。

 

「事後報告になって済まないが、ここ二年ほど行方を知られていなかった本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、オレの方で勝手に屠らせてもらった。おまえたちに活躍の機会を用意できなかったオレを許して欲しい。」

 

 鷹揚に構えたアインズがそう告げるや、

 

「「流石はアインズ様!」」

「「すべては御身の思し召しのまま、お気遣いなど不要です!」」

 

と、やんややんやの大喝采。

 

「際しては、あちきもアインズ様の勝利に貢献したのでありんす!」

 

と、至高の主を投げ槍のようにブン投げて戦場へ届けた鮮血の戦乙女、シャルティア・ブラッドフォールンがない胸を張って誇れば、(つど)下僕(しもべ)たちは、

 

「「お見事、シャルティア!」」

「「シャルティアにあやかりたいものだ!」」

「「()(ぱだか)でナザリック地上部に転がってたのはどうして?」」

 

と、こちらも大喝采。

 これを、骨の手の平を下へ向けて抑えたアインズは本題に入る。

 

「今日集まってもらったのはほかでもない。

 先にオレが片付けた来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、まっすぐ我らがナザリック地下大墳墓へ向かって来ていた。デミウルゴスが事前にその兆候を捉えてくれていたから容易に迎撃が叶ったものだが……」

 

 ここで再びデミウルゴスへ向けて大喝采が起こり、当のデミウルゴスが(みな)に向かって片手を胸に当てて一礼。

 

「ゴホンッ……そもそもの事の起こりは、現地人がナザリック南方の不死者(アンデッド)彷徨(さまよ)荒野(こうや)を制さんと調査する過程で、ナザリック近傍に立ち入った(もの)が立て続けにシャルティアに討ち取られたことから、そこに何かがある、と悟られたものであることがわかっている。」

 

「じゃぁ、そもそもはシャルティアのせいじゃなーい!」

 

と声を上げたのは当代のアウラ。

 

「で、でも、シャルティアはナ、ナザリックの防衛の(せき)を負ってるんだから、そ、それは当然だと思うよ。」

 

 おずおずと妹の言を(いさ)めたのは兄となる当代のマーレである。

 

「マーレの言う通りだ。」

 

と、これを追認するアインズ。

 

「オレとマーレが定期的にナザリックを隠蔽する欺瞞工作をやっているが、これはあくまでも遠目に視認したり関心を惹くことを抑えているだけで、確信犯的に向かって来る(もの)に対しては効果がない。

 むしろ、これまで数千年の長きに渡ってナザリックが現地人の関心を呼ばなかったのは、第一には人間たちがカッツェ平野と呼ぶ荒野(こうや)の脅威が連中にとって際立っていたこと。第二に、カッツェ平野とナザリックの(あいだ)に広がる、これも人間たちの言いを借りれば回廊平原、が長く連中の街道として利用されていて、彼らは足早にそこを抜けることを好んだこと。第三には、ナザリックがトブの大森林の南東端の外れに位置し、大半の現地人たちからは森と合わせて踏み込むべきでない地、と考えられていたことに依存している。」

 

 珍しく理路整然と話しているが、これはもちろん、これから(みな)に諮らんとするところを意識して事前に予習をしてきたからだ。

 

「トブの大森林を挟んでの大陸の東西の交流が絶えて既に三百年。これに再び挑まんとする(もの)があれば、回廊平原の踏破に挑むこととなり、南から不死者(アンデッド)の圧がかかれば経路が北に逸れてナザリックの近くをかすめる、というのは至極当然の話で、シャルティアが侵入者を屠ろうが屠るまいが、遅かれ早かれ起こり得た話に過ぎん。

 むしろ今回は、結果的にオレが単騎で迎撃する、という想定外がありはしたものの、何の被害もなくこの問題に気づけた、というだけで御の字だろうよ。」

 

 再び下僕(しもべ)たちの「「おぉ!」」「「流石はアインズ様!」」とのどよめき。

 これを軽く()なしたアインズは、玉座に立てた片手の拳に顎を載せて(みな)()う。

 

「そこで、だ!」

 

 一瞬の静寂。

 

「これからどうするか、という話になるわけだが。」

 

 ここで、スッ、と立ち上がったデミウルゴスがアインズに一礼を捧げて報告する。

 

「今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)接近の直接の原因となりました大陸東方の村につきましては、(わたくし)の方で然るべく手を打っておりますれば、たちまちには問題にはならぬものか、と愚行する次第です。」

 

「うむ、流石はデミウルゴス!」

 

 ()いた方の手で、バンッ、と玉座のひじ掛けを打ってアインズは簡潔に称賛を示す。

 実のところ、デミウルゴスが何をやったのかについては、きっと碌でもないことに違いないから聞きたくない、が本音なのだが、これに気づいてか気づかずか……まぁ、気づいていないわけはないのだが、

 

「お褒めに預かり光栄で御座います!」

 

 三日月形の笑みを浮かべたデミウルゴスは、歓喜の声を上げて腰を折る。

 これに骨の手を振って「まぁ、落ち着け」と促したアインズは、自身の関心事について語り始めた。

 

「それはそれとして、だ。

 今回のことがあって、オレは改めて過去の記録からカッツェ平野とやらについて調べなおしてみたんだが、ここには不死者(アンデッド)しかおらず、オレたちに役立つ資源も特に見つかっていないことから長い(あいだ)無視してきたものだが、考えてみれば、オレたちがこちらに渡って来た時分から今に至るまで、絶えることなく不死者(アンデッド)が湧き続けている、というのは、妙と言えば妙な話だ。」

 

「これが、我らがナザリックの沸き骸骨(ポップスケルトン)同様、ギルド拠点の仕掛け(ギミック)に由来するものであれば、()うにそのギルドと我らは何らかの邂逅を果たしておるはずですものなぁ。」

 

と、相槌を打ったのは御曹司パンドラズ・アクター。

 

「少なくともニグレドの目は、カッツェ平野にギルド拠点、その遺構、プレイヤー、NPCのいずれも捉えた記録はない。ここがユグドラシルであれば発生器(ジェネレータ)の存在を疑うところだが、こちらも、いずれかのギルド拠点と紐づくことのないユグドラシル由来の事物が過去に見つかったことはないから、この際は無視しても構うまい。」

 

 もちろんアインズは、自身が屠った真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)のプレイヤーが現地人に発生器(ジェネレータ)の可能性を語ったことなど知る(よし)もないが、実のところそれは、転移直後のナザリックでも疑問視されて、ニグレドの目による徹底した探査(スキャン)を経て否定されたものであった。

 

「そこでオレは、この際ナザリックの探索(クエスト)として、カッツェ平野を制することを提案したい!」

 

 おぉ!と三度(みたび)のどよめき。

 ここで、凛とした涼やかな声が響く。

 

「お考えごもっともでは御座いますが、至高の御身が現地人を利することにお心遣いなさることはないのではないでしょうか?」

 

と問うたのは、もちろん守護者統括にしてアインズの愛妃である女淫魔(サキュバス)アルベドである。

 これにアインズは、ハハハッ、と笑い声をあげた。

 

「別にオレは、現地人が闊歩しやすいように不死者(アンデッド)を片付ける、なんてことを言ってるんじゃないぞ、そんなことしても面白くも何ともないしな。」

 

 対するアルベドは、ニコリ、と微笑んで「これはご無礼を」と膝折礼(カーテシー)を捧げて謝罪する。アインズはこれにも片手をひょいひょいと振って、気にするな、と告げ、改めて(つど)うすべての下僕(しもべ)に自身の真意を語った。

 

「オレが言いたいのは、だ。」

 

 改めて玉座の間が、至高の主の言葉を一言一句聞き逃すまいとする静寂に包まれる。

 

「ナザリックの目と鼻の先に、なんでそうなのかわからないものがわからないままにある、というのが気に食わん、という話だ。オレは、この世界最強の存在なんだからな!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 たちまちに大喝采が乱れ飛び、以て、カッツェ平野を制する、が次なるナザリックの戦略目標として正式に採択されるに至った。もっとも、アインズがそうしたい、と考えた時点でそれは決まっていたようなものであるが、何事を決するにしても、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは仲間たち(みな)に諮って賛意を得ることを好む、きわめて民主的な大魔王なのである。

 

 この時点の彼らは、このアインズの思い付きが思いもよらぬ事実を彼らに知らしめることなど、予期していようはずもなかった。

 

 

                  新12話へ続く

 

 




<次話予告>

「女子の着替えですので、殿方はあちらへ。」

特殊装備でカッツェ平野の真相へ迫るシャルティアを待つ運命とは?


 億劫のオーバーロード新12話『カッツェ平野を()け』


「ボクも<傾城傾国(チャイナドレス)>よりはこちらの方がシャルティアには似合っているように思う。何なら常にその姿でもいいくらいじゃないかい?」

 よもや、おまえ(ツアー)もそっちの()があるのか!


十一月吉日公開予定。
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