「きゃははは!
楽しいですわー、アインズ様ァ!」
「あいつ……楽しそうだな。」
と、平板な声でつぶやく大魔王。
「左様で……御座いますな。」
諦め気味の口調で同意を示す、額に二本角を生やした骸骨。
ナザリック地下大墳墓南方、現地人が古くよりカッツェ平野と呼び習わす不毛の荒野。
その無人の野を征く一行の姿がある。
金糸銀糸に縁取られた豪奢な漆黒の装束を纏い、中腹に鮮血を思わせる深紅の玉を抱くその姿は、ナザリック地下大墳墓の主にしてこの世に並び立つ者なき我らが大魔王、アインズ・ウール・ゴウン。
供するは、最古図書館司書長にしてナザリックの知の番人、額に二本角を生やした骸骨の魔法使いティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスと、その助手として同じく骸骨の魔法使い司書J。取り立てて戦闘能力を有しない二人の護衛に、戦闘メイドの首無し騎士ユリ・アルファ。
そして、以上四人からの冷ややかな視線を浴びつつ、今この瞬間も高笑いを発しながら荒野の骸骨を得物を振るっては斬り飛ばし殴っては砕き潰す鮮血の戦乙女、真祖吸血鬼シャルティア・ブラッドフォールン。
この一見奇妙な人選は、本作戦の詳細を議した三賢者会議において、守護者統括アルベドがアインズの随行員の第一にティトゥスを推挙したことに端を発している。
大陸東方の人間の村において、大陸西方との往来再開を目指しカッツェ平野北端、回廊平原に血路を開かんとする動きが起こり、その事前調査の過程で人間たちは、送り込んだ人員が決して戻っては来ない領域の存在に気づいた。言わずもがな、そこにあるのは我らがナザリック地下大墳墓である。
これが、偶然の積み重ねを経て本百年紀の来訪者の知るところとなり、それがナザリックであることを知らぬまま進み来る途上、白金の竜王ツアーの係累に並んでアインズが友人と認めるところの真祖吸血鬼キーノ・インベルンとの間で戦端が開かれ、これにアインズが救援に割って入って来訪者は殲滅された。
一連の事件をきっかけに、アインズは「ナザリックの探索としてカッツェ平野を制する」と宣言したものだが、アルベドはこれが、ナザリックの戦力を以てカッツェ平野の不死者を殲滅する、と同義ではないことにもちろん気づいていた。
アインズが求めているのは、カッツェ平野が何故今こうであるのか、を理解することであり、結果的に不死者を駆逐することはあり得るにせよ、それは選択肢の一つでしかない。
そしてアルベドは、自身を含むナザリックの意思決定を担う三賢者が、高い知性を有しつつもその知性が基本的には、未確定の未来にどう対すべきか、その意思決定に説得力ある仮説を提示することに特化したものであり、ともすれば観察対象を操作して自身の仮説に都合のよいように変化させてしまう手腕にも優れていることから、必ずしもただそこにある事実のありのままの理解、解釈に向いてはいないことに自覚があった。
かくして、創造主から学術探求の才を与えられ、事物を科学的、客観的に分析しありのままを評価するに優れたティトゥスが推挙されたのだが、そのティトゥスもまたアルベドの意を深く理解した上で、本作戦の供回りを不死者のみとすることを提案した。
曰く、明確な指揮命令系統が存在する場合を除き、カッツェ平野に見られるような低位不死者は特段の行動指針を持たず、ただ邂逅する者に応戦するのみの存在である。ここにどのような形であれ生者の属性を有する下僕を投じれば、否応なく彼らは生者の気配に引き寄せられ、常とは異なる行動を示すだろう。つまり、観察者が観察対象に影響を与え、あるがままを観察する機会を自ら失するの愚を犯す恐れがある。
ナザリックの派する探索隊が不死者のみで組成されていれば、こちらから仕掛けない限りは向こうは反応を示さないはずで、局所的な戦闘は起こるにせよ、低位不死者は互いに連絡を取って増援を求める、といった戦術を弄さないので観察対象に与える影響を最小限に留めることが叶うはずだ、云々。
アインズは全面的にティトゥスのこの言を容れて以て今回の顔触れが選ばれた……のだが。
「まぁ……シャルティアが楽しいのであれば、止める必要もないけど。
それにしても……酷いな。」
ナザリックの百レベルの階層守護者のうち、不死者はシャルティアだけだ。彼女が前衛に選ばれたのは「至高の御身に下賤の不死者を振り払う役目をお願いするのは忍びない」とティトゥスが畏れ入った、ただそれだけの理由からだったのだが、当のシャルティアは、索敵範囲内に不死者を認めるや、命じるまでもなく、諌めるのも聞かずに飛び出して高笑いしながら粉砕する、を繰り返していた。
普段はナザリック地上部の哨戒を主な業務とする彼女に代わって、只今は蟲王コキュートスと執事セバス・チャンが日替わりでこれに当たっていた。また、最上位の<転移門>を扱い得るアインズとシャルティアの双方を欠くことから、トブの大森林を守護するアウラ、マーレ一族を除き、他の面々の外征は自粛されている。
ちなみにこのときのシャルティアはお気に入りの<傾城傾国>姿で、主に骸骨系からなるカッツェ平野の不死者に刺突系武器は相性がよくなかろう、という理由から、愛用の吸血槍ではなく、漆黒の英雄姿のアインズが用いるところの両手剣を借り受けこれを両手に一本ずつ握って振り回していて、これも彼女が無闇に上機嫌であることの一因であったものだが、力任せに剣の側面、鎬で不死者を叩き潰すその姿に、武器の相性なんて関係なくね?とアインズはペカり気味だ。
「お陰で私どもの調査も捗りまする!」
と、司書J。
彼等は周辺調査も兼ねて、ナザリックから真っ直ぐ南へ徒歩で進み来たものだが、カッツェ平野とされる領域に至る以前から、ティトゥスと司書Jがしばしば歩みを止めて地面から土を採取し、これを薬瓶か何かに詰めてごにょごにょとやっていたことにはアインズも気づいている。
「何か……わかったのか?」
アインズとしては、正直なところ彼等を含む最古図書館員司書たちの倦まず弛まずの研究姿勢には、純機械的かつ天文学的なデミウルゴスの日記の検索を顔色一つ変えずに請け負うシズ・デルタの性向同様に、ちょっと……付き合いきれんぞ!と思うところがなくもなく、こうして声を掛けるに際しても、実は自分の理解が彼等には遠く及ばない、ということが露見することを恐れる余り、いささか遠慮気味だ。
「概ね事前に予測はされておったもので御座いますが、今のところの測定結果はそれを肯定するものとなって御座います。」
恭しく復命するティトゥスの、言わんとするところがアインズにはよくわからない。
「で……どういうことなんだ?」
「聖水、が御座いますわな?」
それはわかる。
ユグドラシル的には、普通の水に<聖別>を加えたもので不死者に対し忌避効果を有する。一般的な初心者プレイヤーの序盤において不死者は難敵たり得るので、その救済措置として設けられている仕様だ。もちろん、アインズを含むナザリックの上位不死者は皆何らかの形でこれに対する耐性を得ているが、この知識がこちらの世界の現地人にも広く知られていることはアインズたちも承知していた。
「ユグドラシルにはこれに対応する概念はなかったので御座いますが、カッツェ平野に入って以降、土壌からその逆の存在……何か名前をつけませんと不便ですので仮に、穢水、とでも呼ぶことにいたしますが、そういったものが検出されるようになり、進むほどに濃度が増しております。」
ティトゥスがこれが検出されるだろう、と予測した理由は、原住民の間に文化圏を問わず仲間の遺体に聖水をかけて不死者化を防ぐ、という観念が広く受け入れられていることからの類推だった。
ユグドラシルにおいては、死体が勝手に不死者化する、という現象は存在せず、そこには動因となる魔法なり魔法の品なりの介入が必須となる。これは、敗死したプレイヤーのゲーム続行には、生者の方向にであれ不死者の方向にであれ、必ず外的な力によって<死>の状態の解除を要する仕様とも整合する。
対して、こちらの世界の原住民は放っておけば死体は不死者化して災いをもたらすかもしれない、との懸念を抱いており、その防止に聖水が一定の効果を示したからこそその知識は語り継がれてきたものに違いない。では、この奇妙なズレの背景にあるものは何だ?
ティトゥスが出した結論は、こちらの世界には死体を不死者化する何らかの要素……これが仮に「穢水」と呼ばれたものになる……が以前から存在し、聖水にはこれを中和する効果があるからではないか、というものだ。おそらくは、カッツェ平野西に国家を構えた六大神と呼ばれたプレイヤーの中に技能として<聖別>を有した者があり、この効果を見出して現地人にその知を与えたものではないか、とティトゥスは楽しそうに語った。
これを聞かされるアインズはティトゥスに対して、常日頃デミウルゴスに感じている怖さ、とは次元の異なる別の怖さを感じている。
「な、なるほどー!
流石はティトゥスだ!」
とりあえず褒めておけば不満はあるまい、とアインズは大袈裟気味に骨の諸手を振り上げて知の下僕を称賛するも、
「ここまでは御身もおそらくはご推察なさっておられたものか、と。
残念ながら私めには、この穢水が何に由来し、どうして当地に限って存在するのかまではわかりません。アインズ様はいかがお考えでしょうか?」
と返されて、アインズは、しまった!踏み込むべきでないところに踏み込んでしまった!と慌てた。
「そ、そ、それはだな!
どっかで……湧いてんじゃね?」
ひとまずそう応じてみれば。
「アインズ様もそのようにお考えで御座いましたか。
デミウルゴスの調査によれば、カッツェ平野に面して暮らして居る現地人の間では、カッツェ平野から風が吹く季節……これは概ね当地の夏になるようで御座いますが、その季節風が強い年には町村の墓所から<不死者>が現れるやもしれぬ、との観念が、やはり文化圏を跨いで存在しておったようで御座いますれば、御身のご推察の通りではないかと愚考する次第で御座います。」
そこまで言えるならオレを巻き込んでくれるな!と身勝手なことを考えつつ、流石にこれは口にしない大魔王。
「お手間では御座いますが、ニグレドに座標確認をお願いできますでしょうか?」
と、ティトゥスから声がかかって、アインズは言われたままに<伝言>を飛ばす。
ご多分に漏れず、アインズ一行の行程はナザリックの目ニグレドの航法支援を受けている。
ところどころに大きな岩が転がってはいるものの、全体としては平らな乾いた荒野でしかないカッツェ平野では、中を歩む者の主観としてはこれといった目印がなく、自身の位置や進む方角を把握し続けるのが困難だ。
アインズたちは、一見無作為ながら結果的にカッツェ平野を隈なく目視しきれる一筆書きの順路を事前に策定していて、定期的にニグレドにその通りに歩めているかの追認を依頼していた。戦闘などで生じた誤差がここで修正されると共に、同じく定期的におこなっている土壌の採取と……
「ではユリ。またお願いしますよ。」
そう声が掛かって地面に膝をついた戦闘メイドユリ・アルファが、左手の平を大地に当てて右手を深く引き、続いて握りしめた右の拳を目にも止まらぬ速さで地面に突き当てれば、ピシリッ、と乾いた音がして地面にひびが入り、ややあって水が染み出して来た。
カッツェ平野がほとんど植生を欠きつつも砂漠化する様子を見せないことから、地下に何某かの水脈があるのではないか、というのは、これも最古図書館組の間では以前から囁かれていたことのひとつで、実際、こうしてユリを掘削機代わりに使っておこなわれる調査が、しばしばこれを引き当てた。
が、これは常に当たりにはならない。
「つまるところ、地下にはいくつかの水脈があるものの一様に平野を満たしておるわけではなく、おそらくは何処かから放射状に幾筋かのそれが広がっておるもので御座いましょう。土壌から検出される穢水濃度との相関も明らかに御座いますれば、アインズ様のご推察の通り、どこかに穢水の沸きだす起点があるのは間違い御座いますまい。流石はアインズ様で御座います。」
と、ティトゥスは畏まっているが、アインズとしては、それ、本気で言ってる?オレ、関係なくね?と思っていなくもなかった。
*
ナザリックのカッツェ平野調査隊一行は、率いるアインズを含めて皆不死者である。
意味するところは、彼らは食事も睡眠も必要としないので、誰かが……この場合、アインズ以外にあり得ないが……ここらで一旦休憩しよう、と提案しない限り、延々と探索をし続けることになり、実際そうなった。
真祖吸血鬼であるシャルティアだけが、日中の強行軍に際しては彼女の総耐久力からすれば屁のようなものながら被害を受ける可能性があるが、その彼女にしても日中はお気に入りの日傘でそれを防ぎ、でありつつも、ひとたび彷徨う骸骨と邂逅するや、日差しなど気にするでもなく日傘を放り投げて飛び出していき、結果、敵から一撃も喰らっていないにもかかわらず僅かながら消耗して戻って来るのであるが、アインズがちょっと<絶望のオーラ>を放てばそんなものはアッという間に回復してしまうし、むしろそれはシャルティアがアインズに寄り添う口実にもなったので、彼女は終始上機嫌であった。
そんなこんなで、カッツェ平野北部で繰り返された標本抽出から穢水の源の方角が特定されつつあった五日目の出来事。
「……ん?」
地面に拳骨でひび入れたユリが、おやっ、と首を傾げ、その首がポロリ、と落ちた。
「あーぁ。」
と、アインズがそれを拾い上げ、骨の手の平の上のユリの頭が言う。
「申し訳御座いません、アインズ様!至高の御身にこのようなお手間をおかけしてしまって……」
「いや、別に構わんけど、とりあえず胴の上に戻ってから喋れ。」
ポン、とユリの頭が大地を殴りつけたままの姿勢で固まっていた身体の上に戻されるや、
「妙な手応えがありました。
地下に何かあります。」
と、ユリ。
実のところ、これもティトゥスは事前に予測していたことで、主に北側からカッツェ平野に向かって流入する川筋がいくつか存在しているのに、それらはすべて中途で枯れてしまっている一方、その流れが形作っていておかしくない谷がほとんど見られないことから、カッツェ平野が現在のようなほとんど降雨のない環境となる以前に形成されたそれらの多くが既に風化によって埋め尽くされており、何かがそこに埋もれている可能性は少なくない、というもので、掘削が敢えて素手で殴る、という乱暴な手段によったのも、まさにユリであればその手応えから何かに気づき得る、と考えられていたからだ。
「では、手筈通り迎えに行って参るのでありんす!」
と、<転移門>に消えたシャルティアを待つことしばし。再び開いたそれから、妙齢の美しい貴婦人に手を引かれてシャルティアが戻って来た。
手を引いているのは当代のフィオーラ。闇妖精双子の一族は、生まれた直後は幼名としてベラ、ベロを名乗り、長じて百レベルに達するか達さないかの時点でアウラ、マーレの名を襲名する。このとき、既にアウラ、マーレを名乗っていた世代は隠居して……実際にはまったくおとなしくはしていないのだが……フィオーラ、フィオーレを名乗り、更に上の世代は長老として敬意をこめてシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレと贈り名されるのが習わしだ。
若い祖母が孫の手を引いているかのような絵面に、思わずアインズの頬が緩む。
「うっわ、凄い日差し!
シャルティアってば大丈夫なのー?」
時刻はほぼ南中。<転移門>から現れたフィオーラは空いた手を頭上に翳し、心配そうにシャルティアの方に向かってそう言ったが、肌のあちこちから、プス、プス、と音を立てて煙を上げる案じられた本人は。
「チビ助は何もわかっておらんのでありんす。
こんなもの、アインズ様の愛のオーラの力で一瞬で回復するのでありんす!」
絶望の、だよ!
内心つっこむアインズをどこ吹く風、性格は初代アウラのカラリとしたそれを引き継ぎつつ、発揮する力は初代マーレに準じるフィオーラが森司祭の力を振るえば、たちまちに大地が割り裂け、ユリが存在を感知したところの何かが姿を現した。
「……何、じゃこりゃ?」
覗き込むアインズが呆れた声を漏らす。
それは外形的には巨大な円柱。もっとも、高さに比して径の方が途轍もなく大きいので、形状としてはアインズの知識のうちでは低レベルプレイヤー向けの携帯糧食、平たく言えば缶詰、がもっとも近い。
「これは……ギルド拠点?
それにしても、随分と埋もれていたもののようで外装に腐食も進んでおりますれば、疾うの昔、おそらくは我らがこちらの世界へやって参る以前に崩壊した遺構、のようで御座いますな。」
ティトゥスの冷静な分析にアインズは頷いて同意を示し、試みにいくつかの探査魔法を自ら用いてこれを追認した。内部からプレイヤー、NPCの気配は一切感じられない。ギルド拠点としては崩壊済みで、本来あるはずの自己修復機能が働かなくなったためか、缶の表面に開いた穴から土砂が流れ込んで容易に中には入れそうにない。
「少し付き合ってくれるか、フィオーラ。」
「お任せください、アインズ様ァ!」
「拠点遺構の調査であれば、御身自ら赴かずとも、パンドラズ・アクターを呼び寄せればよろしいのでは?」
ティトゥスは、こちらも事前に打ち合わされていた拠点遺構発見時の対応手順を念押しするが、
「もちろんそうするさ。が、その前に自分の目で見ておきたい。
既に本来の住人は……死に絶えているようだしな。」
少し寂し気な口調でアインズがそう告げれば、もちろんティトゥスに異議などあろうはずもなし。
「どうぞ、御身の思し召しのままに。」
フィオーラの森司祭の力は、火・水・風・土の四大精霊支配下の要素の中でも、水・土に属するそれを自在に操作することが叶う。決して緻密に詰まっていたわけではないが、それでも拠点内への侵入を阻むに十分なくらいには遺構に入り込んでいた土砂は、アインズを迎え入れるように脇に逸れて道を作った。
「これ、千年とかいうレベルじゃないですね。」
先を進むフィオーラがさらり、とそう言う。彼女は、はっきりとではないものの、自身が支配下においた土、水の来歴を感じ取ることが出来る。それらは気の遠くなるような長い時間、ここに閉じ込められていた、と語っていた。
外形こそ奇妙であれ、缶の内部はごく普通の地下迷宮の造りだった。
こちらの世界にやって来た直後、白金の竜王ツアーを通して、百年毎に自分同様の来訪者が渡り来ることを知ったアインズは、ユグドラシル最終日にログインしていたプレイヤー総数など多寡が知れているので、そのうち最後の一組がやって来て終わりになるだろう、と考えていた。
が、実際にはつい最近もアインズは、こちらにやって来ると同時に拠点を失い、当てもなく彷徨ってナザリック近傍までやって来た吸血鬼プレイヤーを屠ったばかりだ。いったいこれは、いつまで続くんだろう。
しかも、今踏み入ったこの拠点は、どう考えてもナザリック以前にこちらにやって来て崩壊し、おそらく異形種を含まなかったであろうプレイヤー、NPC皆が寿命を迎え、そのまま土中に埋もれて今日まで顧みられなかったものだ。
「多分こっちですねェ!」
何を命じられたわけでもなく、フィオーラは積もった土砂を押しのけながら先へ進んでいった。
他のナザリックの下僕たちとは異なり、こちらの世界生まれの彼女は短期記憶の制約を受けておらず、既に数十世代を数える祖先たちから引き継がれた知識から、このような状況下でアインズがまず何処を目指すのかを正しく理解しており、元来地下探索の専門家である彼女は自身の本能の告げるままにそこを目指している。
もっともアインズは、そこに辿り着く前にある程度の結論を得ている。さきほどから、決して希少価値の高いものではないものの、彼の知覚は無造作に転がるユグドラシル由来の魔法の品を少なからず検出していたからだ。
「あ、ここです、アインズ様ァ!」
辿り着いたのは言わずもがなの宝物殿。
「この類型……は初めてじゃないか?」
「そうですね、ワタシもそう思います!」
宝物殿には、聖遺物級を含むかなりの数の魔法の品が遺されていた。
「そして、ここにコレがある、ということは。」
アインズが指差す先には、ある意味において来訪者にとって最も重要なそれ、ナザリック自身も鹵獲品を予備として大切に保管する<換金箱>がある。
「ここの連中は、ワタシたちのような自給自足に成功してた、ってことになりますねェ!」
これまでにも、それが転移以前であれ以降であれ、所蔵していた魔法の品を片っ端から<換金箱>に放り込んで拠点維持資金に換えた拠点遺構は発見されていた。それがまったく手つかずだったものはこれまでに知られておらず、それはとりもなおさず、このギルドは在りし日に、ナザリックがそうであるような、所蔵の魔法の品を悉く換金せずとも拠点維持が可能なほどのユグドラシル金貨獲得手段を有していたことを意味している。
一方で、パッと見たところ端のそれはあるものの、まとまったユグドラシル金貨は遺されていない。ということは、彼らが開発した金貨獲得手段を遂行する者がいなくなったからこの拠点は崩壊を迎えたのだ、ということになる。
「こういうこともあり得るだろう、というのは理屈ではわかっていたが、実際に目の当たりにすると……何とも言えない気分になるな。」
と、アインズ。
「そりゃぁ、アインズ様ほどの御方がなければ、遅かれ早かれみんなこうなる運命ですよォ!」
カラリ、とそう言い切るフィオーラの感性が、アインズとしては少し羨ましい。
「……詳細調査は専門家に任せるか。」
この場に長く留まることを望まないアインズはフィオーラをそっと抱き寄せ、頬を赤く染める彼女を微笑ましく感じながら一息にシャルティアたちが待つ外へと跳んだ。
*
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの面々は、それぞれにかなり異なり互いに嚙み合わない性向の持ち主たちではあったが、何事にも事前計画を綿密におこなう、という点では一貫していた。
たかがゲームであるユグドラシルに挑むに面白味に欠く姿勢のようにも思われるがさにあらず。彼らからしてみれば、少し考えればわかって当然のことに備えもせず、投機的な行動に打って出るなどというのは馬鹿のやることであり、そうならないように万全に備えること、人事を尽くしてもなお事前に読み切れなかったことに対しては、素直に驚きを示して一旦退くことは、彼らにとっては至極当然のことであって恥でもなんでもなかったのだ。
一見、行き当たりばったりの脳筋にも思われた世界最強たっち・みーですら、実に精緻な計算に基づいて戦闘をおこなっていることにアインズ、当時のモモンガはもちろん気づいていた。彼は、その知見を他人と共有することを極度に苦手にしていただけなのだ、と。ペロロンチーノ……はさておこう。
そのような彼らの性向を、良くも悪くも丸々継承した只今のナザリック地下大墳墓もまた、自分たちの力がこちらの世界の大半の存在を軽く凌駕してしまっていることを百も承知の上で、それでもなお、綿密な事前計画に基づいて行動することを旨としている。
これまでほとんど無視していたカッツェ平野の詳細調査をおこなえば、崩壊済みのギルド拠点が発見されるかもしれない、ということは、極々当たり前の可能性として意識されていた。当地は恐怖公眷属を以て掃討するにはあまりに不毛で、着手すれば共食いを糧とすることが自明であり、これまで試みられたことがなかったからだ。
そして、仮にそういうものに行き当たったとして、目下のアインズの戦略目標は、何故カッツェ平野は不死者に満ちているのか、の謎解きであり、その途上で必然的に発見に至るであろうギルド拠点遺構は、あって当然のものであって目標自体とは関係がない。なので、そういう発見に至れば、別動隊をナザリックから呼び寄せ、アインズたち自身は探索を続行するのだ、というのは既定方針であった。
「はい、皆さーん。こっちですわよー。」
シャルティアが再びナザリックに向けて開いた<転移門>から、戦闘メイドソリュシャン・イプシロンに導かれて、自然湧き骸骨の大集団が姿を現す。ナザリック名物、戦利品回収班である。
「では父上。こちらは私が引き継ぎますので、心置きなく探索をお続けください。」
ピシッ、と敬礼を捧げる御曹司パンドラズ・アクターに後事を託し、アインズたち一行はさらに先を目指すことになった。アインズとフィオーラが遺構内部の様子を伺っている間に、ティトゥスと司書Jは周辺の土壌調査をおこない、ここが穢水の濃度勾配の中途にあってその源ではあり得ない、という結論を得ていたからだ。
もっともこの時点で、彼らは概ね目指すべき場所の特定を終えていた。
大雑把に調べて歩いた総面積はカッツェ平野全体からすればその二割にも届いてはいないが、それでも各所で計測された穢水濃度からその源泉と思しき方角へ仮想線を引けば、概ねそれらはカッツェ平野中央からやや南西に寄った一地点に収束していた。
そしてそこには、これまで何の関心も呼ばなかったものの、疑いの目を以てこれを見れば、あからさまに怪しい構造があったのだ。
「……見えてきたな。」
と、アインズ。
そうであっても彼らは、敢えて一直線にそこを目指すのではなく、既定の方針に従ってゆっくりと駒を進めていて、パンドラズ・アクター率いる戦利品回収班と別れてから既に四日が経過している。この間に観測された穢水濃度、不死者との邂逅率は、目指す地点を源泉とする仮説と矛盾していない。
「なかなかに壮観で御座いますなぁ。」
と、ティトゥス。
彼らの行く手には、全体としては真っ平らなカッツェ平野にあって、例外的に盛り上がった広い台地状の地形が見えている。おおよそ五キロほどの左右への広がりがあるだろうか。ここから見る限りその上部はほぼ平坦で、平野部からの標高差は二百メートル弱といったところ。
存外急な斜面を一行は黙々と登った。ところどころにちょろちょろと湧き水があって、司書Jが言うには、ここまでで最高濃度の穢水であるらしい。いよいよ源泉がここであることは間違いない。
そして、登り切って視野に現れた光景に、それを事前にニグレドから伝え聞いていたにもかかわらず、アインズたちは思わず息を呑んだ。
直径五キロ、ほぼ真円形の火口湖。
湛える水は恐ろしく澄んでいるが、底が深いのか、波一つない真っ青な鏡のような水面が広がっていて、上空を当てもなく飛ぶ無数の骨の竜がその影を落としている。当地が現地人たちの伝承や文献に登場しないのもむべなるかな。並みの者には近寄ることすら叶うまい。
「これが源泉であるのは間違い御座いませんでしょう。こちらの世界の並みの生者を即死させるに足る高純度の穢水を湛えて御座います。」
そんなことは、ティトゥスに言われずともアインズもわかっている。
問題は、これが何であるのかだ。
「潜水調査を要するな。」
そういうアインズの、のみならず他の面々の視線がシャルティアへ向かう。
「……あちき、でありんすかえ?」
「水中戦装備の用意はあるんだろ?」
「どうにも……気が進まんのでありんすが、主命とあれば是非もないのでありんす。」
一般に、吸血鬼は流れる水を好まない、とされるものだが、百レベルの彼女にとってその弱体化は無視できる程度のもので、しかもシャルティアは、創造主から水中戦用の特殊装備を与えられていた。
「女子の着替えですので、殿方はあちらへ。」
ユリ・アルファがそう言いながら所持品から適当な長柄武器を二本取り出し、これを地面に突き立てて布を張って簡易な更衣室を用意した。
あちらへ行け、と言われた、アインズ、ティトゥス、司書Jは、そんなこと言われなくても、どちらが胸でどちらが背かわからないシャルティアの裸になんか興味ない、と思わなくもなかったが、万が一彼女が臍を曲げると話が進まなくなるので、敢えて口にはしなかった。
「準備が整いましたので、振り向いていただいて結構です。」
別に見たいわけでもないけど、と思いつつアインズたちが振り返ると、そこには、鈴木悟の在世時の<現実>の日本にあっても既に過去の遺物で一部の好事家の知るところでしかなかった、紺色のスクール水着姿のシャルティアがあった。
ご丁寧に腹のところに白地のゼッケンが貼られていて、彼女の創造主ペロロンチーノの辛うじて読み取りが叶う酷い筆致で<しゃるてぃあ>と揮毫されている。
「そんな熱い視線を注がれると……恥ずかしいのでありんす。」
と、シャルティアは頬を朱に染めているが、やはりアインズ、ティトゥス、司書Jにこれといった感慨はない。むしろ滑稽な姿だ、とすら思っているのだが、それを感じ取ったものかシャルティアが胡乱な表情を浮かべるので、
「いや!素晴らしい!可愛らしいぞ、シャルティア!
流石ペロロンチーノさんが与えた魔法の品だ、似合っているぞ!」
と、アインズが大慌てで誉めそやせば、たちまちに、パァ!と表情が明るくなり、
「では、行って参るのでありんす!」
ドボン、とシャルティアは水中へ消えた。
「いかがお考えですかな、アインズ様。」
と、ティトゥス。
「ペロロンチーノさんの趣味をどうこう言うつもりはないんだが、いくらなんでも……」
「いえ、そこではなくて。」
「?」
「シャルティアが何を見つけるか、についてで御座います。」
「……あぁ。そりゃぁ……何も出てこない、なんてことはないんじゃないか?」
と、アインズ。
聖水が、どこにでもある水を<聖別>することで得られるように、この穢水もまた、皆無なわけではない自然な降雨でここに溜まった水が何らかの作用によって穢水に転じた、と考えるのが妥当だろう。
とすれば。
この水中、おそらくは中央底に、水を穢水に転じる何か、があることになる。
そしてその何かが何であるのか、ほどなくして水面から顔を覗かせたシャルティアから告げられた。
「水底で……大きな竜が寝ておるのでありんす。」