億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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シャルティアが湖底に見つけた眠る(ドラゴン)の正体を探るべく、アインズは無二の友を呼び寄せる。


カッツェ平野を征け(2)

「……どうだ?」

 

と問う、黒衣の骸骨。

 

「うーん。」

 

と、握った拳に顎を載せ、鏡を覗き込みつつ唸る白金(プラチナ)の鎧武者。

 

「アインズ様ァ!」

 

 シャルティアから声が掛かって、アインズは慌ててそちらを振り返った。

 

「こいつは問題ない、オレの友達だ。」

 

 思いがけない発見に、<伝言(メッセージ)>を飛ばして白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの来訪を乞うたアインズではあったが、記憶に難があるナザリックの下僕(しもべ)たち、なかんずく本質的にポンコツなシャルティアは、たちまちには突如恐るべき速度で飛来した白金(プラチナ)傀儡(くぐつ)……色違いなだけで外見はアインズの漆黒の英雄(モモン)姿と瓜二つ……が、至高の主の無二の友人であることがわからない。

 そしてツアーにはアインズに敬語を用いる習慣がないので、これに立腹した下僕(しもべ)が突然襲い掛かるということはこれまでにもしばしば見られたものだ。

 

「いえ、そこではありんせん。」

 

 だが、シャルティアの関心事は、これが何者であるか、ではないらしい。

 

「じゃ……(なん)なんだ?」

 

 シャルティアの指先は、先程来ツアーが熱心に覗き見ている鏡へ向かう。

 

 <遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>。

 ツアーの飛来を待つ間にアインズが自らナザリックに取りに戻ったもので、そこにはアインズが召喚し湖底に向かった集眼の屍(アイボール・コープス)が覗き見るところの眠る(ドラゴン)の姿が映し出されている。

 

「それができるのでありんせば、あちきがこの格好で潜る必要はなかったのではありんせんか?」

 

 この至極もっともな彼女の抗議に、はーっ、と身勝手な骸骨は吐く理由もない溜息を吐いた。

 

「読者サービス、だ。」

 

「……はぃ?」

 

 シャルティアは目を真ん丸にして、わけがわからない、と言いたげ。

 

「水着回だ!」

 

と、身も蓋もない返しのアインズ。

 だが、シャルティアはこれに追い縋った。

 

「本作は小説でありんすえ!」

 

 しかしアインズも言い返す。

 

「世の中にはな、スクール水着姿のシャルティア、という文字(づら)だけで(はかど)る連中も存外多いんだ。少なくともおまえの創造主、ペロロンチーノさんもそうだった!」

 

「!」

 

 自身の創造主の名を出されたのが嬉しかったのか、シャルティアは頬を赤く染めて両手の平をそこに添え、くるくると回りながら小躍りする。

 

「なるほど、そこはわからなくもない。」

 

と、唐突に同意を示すツアー。

 

「水中戦用装備、なんだったかな?

 ボクも<傾城傾国(チャイナドレス)>よりはこちらの方がシャルティアには似合っているように思う。何なら常にその姿でもいいくらいじゃないかい?」

 

 この言葉に、ツアーが何者であるかも思い出さぬままにシャルティアは大喜びだが、アインズとしては、

 

 よもや、おまえもそっちの()があるのか!

 

とドン引きだ。

 

「……という冗談はさておき。」

 

 冗談かよ!

 長い付き合いになるが、竜王(ドラゴンロード)冗談(ジョーク)感性(センス)は相変わらずよくわからんなー。

 

「本題に入って構わないかな?」

 

「あー、すまんすまん、呼び出しておいていきなり脱線したな!

 で……心当たりがあるか?」

 

 殊更論じるまでもなく、アインズがツアーを呼び出したのは、湖底に眠る(ドラゴン)がただのそれとは思われず、ツアー同様の竜王(ドラゴンロード)である、と直感的に確信したが(ゆえ)である。

 

「事実のみを言えば、ボクは彼女を知らない。」

 

「彼女?(めす)なのか?」

 

 もちろんアインズは外見から竜王(ドラゴンロード)の雌雄を見分けることは叶わない。

 

「……まぁ、そこはどうでもいいのだけれど。」

 

と、常にも増して言葉を濁し気味のツアー。

 

「直接の面識はないが……心当たりはある、といったところのようだな。」

 

「流石はアインズ、察しがいいね。」

 

「よせよせツアー、デミウルゴスでもあるまいに。」

 

 軽口を返しつつも、既にアインズはツアーがいつになく乗り気でないことに気づいていた。

 

「オレたちは、この荒野で不死者(アンデッド)を生み出しているこの湖の湛える水を、穢水(えすい)、と呼ぶことにしたんだが。」

 

「……あぁ。これまでそんなことを考えたこともなかったが、キミたちがそう言うのであればそれはその通りなんだろう。」

 

他人(ひと)を外見で判断するのは決して好むところじゃないんだが、湖底で眠る竜王(ドラゴンロード)の容姿からして、彼女、がその源で間違いなかろう、と思うが……どうだ?」

 

 鏡に映し出される眠れる竜王(ドラゴンロード)は、はっきりと(ドラゴン)であるとわかる形状を保ってこそいるものの、体中のあちらこちらが(うみ)ただれ一部には骨格が剥き出しになった腐乱死体の(てい)であった。見るからに穢水(えすい)の源、そのものだ。

 

「そうだね、そこにも異論はない。」

 

「で……心当たり、というのは?」

 

 やや遠慮がちにアインズが問うと、意外にもツアーはさらりと名を口にした。

 

「キュアイーリム・ロスマルヴァー。」

 

「……なんだ、知ってんじゃねーか。」

 

 呆れた口調でアインズがそう言うと、ツアーの傀儡は片手をあげてひらひら、と振った。

 

「いや、直接の面識があったわけじゃないんだ。

 彼女のことは、父から聞いていた。」

 

「父?おまえの……親父さん?」

 

 確か、ナザリックよりも先にこちらの世界にやって来た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に殺されたんだっけ?と思い起こしつつ、さりとて、そこを気遣って遠慮している、と思われるのを嫌って敢えてアインズもさらりとそう返す。

 

「あぁ。父の話から想定される彼女の姿が、湖底の竜王(ドラゴンロード)に一致するように思う。」

 

「なるほど、わかった!」

 

 パン、と骨の手を打つアインズ。

 

竜王(ドラゴンロード)にも世界を(けが)(もの)はあった、ということだな!」

 

「……?」

 

「とぼける必要はないだろう?

 おまえの親父さんのことだ。きっとおまえ同様に世界を護る(もの)気取りで、この禍々しい美女を始原の魔法(ワイルドマジック)で片付けた。この火口(クレーター)はそのときにできたものだ!

 ……どうだ?」

 

 がくり、と白金(プラチナ)の傀儡が肩を落とす。

 

「全然違うどころか掠ってすらいないよ、アインズ。」

 

 身勝手にも、むっ、とする大魔王。

 そこに特に関心のないツアーは問われず語りに(ひと)()ちる。

 

「父の話によれば、本来の彼女、キュアイーリム・ロスマルヴァーは気高く美しい光輝く竜王(ドラゴンロード)だったそうだ。」

 

「なるほど、わかった!」

 

 再び、パン、と骨の手を打つアインズ。

 既に、疑わし気な視線が傀儡から注がれているが、大魔王はそんなことは気にしない。

 

「ズバリ、キュアちゃんはおまえの親父の浮気相手だ!」

 

「……はぁ?」

 

「おまえのおふくろさんも、おまえのおふくろさんであったくらいだから相当ヤバい女傑であったに違いない。浮気がバレることを恐れた親父さんは思い詰めてキュアちゃんを手にかけ、これを恨みに思ったキュアちゃんは憐れにもこうして穢水(えすい)を垂れ流している……どうだ?」

 

 ガクリ、と膝をつく傀儡。

 

「え?……図星だったか?いや別におまえの親父さんを責めてるわけじゃ……」

「違うよ。」

 

 即座に否定した傀儡が立ち上がる。

 

「あまりの(くだ)らなさに眩暈がして、傀儡の制御が切れたんだ。」

「な!」

 

 実のところアインズは、ツアーの父が話題に上った時点で湿っぽい話にならないよう彼なりに気を(つか)っていた面もないではないので、これが返って虎の尾を踏んだか、と(あせ)ったが、ツアーは立腹しているわけではなかった。

 ひょい、と傀儡の人差し指を立てて曰く。

 

「第一に、父が世界を護る(もの)を自認していたに違いない、とアインズは言うが、そんなことはまったくない。父はボクが(あと)を襲ったアーグランド評議国永年評議員の職責にあったが、人間、亜人にはまったく関心がなかった。ボクが存外熱心にこの職務をこなしているのは……」

 

 ……熱心?

 居眠りばっかじゃねーか!

 

「……父の紋切り型な対応を垣間見て、いくらなんでもそれはないんじゃないの、と思っていたからだ。母はそういった職責にあったわけではないが、この世の有象無象に関心がない、という点では同じだった。

 何か……言いたそうだね、アインズ。」

 

「あ、いや!何もないぞ!……続けてくれ!」

 

 ……だとしたらおまえは誰に似たんだ?

 いや……竜王(ドラゴンロード)の親子は似たりしないんだっけか?

 

「……まぁ、いい。

 第二に、竜王(ドラゴンロード)が雌雄の契りを交わすのは、次代を現世に招くに必要な儀式としてあるだけで、キミたちのような、いわゆる性欲、といったものはないんだ。そんな存在に、浮気、なんてあるわけないだろ?」

 

 ……だとしたらお前の娘、コニーの随分なご乱行はどうなんだ?

 アイツの毒牙にかかったエイヴァーシャーの若い森妖精(エルフ)がどんだけいるか知ってんのか?

 まぁ、言ってるオレも現場に出会(でくわ)したことはないけどな!

 

「そして、父がボクに語って聞かせた彼女、キュアイーリム・ロスマルヴァーは、竜王(ドラゴンロード)としては稀な、人間、亜人に深く関心を寄せ、その社会に積極的にかかわる性向を備えた(もの)、であったらしい。」

 

 ……やっぱりキュアちゃんは親父の浮気相手で、おまえの母ちゃんがキュアちゃんじゃねーのか?いや、逆ならともかく、卵生とはいえ雌性(しせい)が自分の産んだ卵を間違えることはないだろうから、母ちゃんは母ちゃんのはずだよなぁ。

 

「だが、彼女は虚無に陥った。」

 

「……ん?」

 

 唐突なツアーの断言にアインズは、たちまちにその意味するところが呑み込めなかった。

 

「なんだ、その……虚無、というのは。竜王(ドラゴンロード)(かか)る病気か(なに)かか?」

 

「わからない。」

 

「はっ?」

 

「父はただ、キュアイーリム・ロスマルヴァーは虚無に陥った、とだけボクに語った。ボクが知るのはそれだけで、その意味するところはボクにもわからない。」

 

 うーむ、とアインズは骨の腕を組んで頭を捻っている。

 思った以上にややこしい話になってしまった。見ず知らずの、でありながら一見して物騒なやつだとわかる竜王(ドラゴンロード)が眠りこけているから、ツアーを呼べば何者であるかわかる、と安易に考えていたのに、どうにも随分と深い因縁が隠されているようだ。

 常日頃から面倒臭いことには自ら踏み込むまい、と細心の注意を払って暮らしているつもりなのに、そのど真ん中へ思い切り飛び込んでんじゃねーか、オレ。これじゃぁ、たっちさんを(わら)えないわな。

 

「仮説、はなくもない。聞くかい?」

 

 ……なんか、聞いたら絶対後悔しそうな気もするが。

 

()かいでか!」

 

 空元気(からげんき)でそう応じたアインズの真意を知ってか知らずか、ツアーは淡々と語った。

 

「まず不死者(アンデッド)だ。」

 

と、ツアー。

 

「?」

 

「キミたちが分析したように、彼女の朽ちた肉体から漏れ出す何かが水に溶けて、これが不死者(アンデッド)化の原因である点は疑いない、とボクも思う。が、それはカッツェ平野に満ちる不死者(アンデッド)の原因の半分でしかない。」

 

「……不死者(アンデッド)になった死体はそもそもどこから来たのか、か。」

 

「そういうことだ。

 ボクの知る限り、ここはずっとこうだ。だから、ここはそういうものなんだ、と特に疑問にも思っていなかったが、見方を変えれば当地は見渡す限りの平原で、今は(みな)途中で枯れてしまっているが少なくない河川の流入もあるから、適度な植生があって保水が叶えば、本来は人間、亜人が暮らすには条件のよい場所だ。

 そしてボクは、キミより(すこ)しばかり長くここに暮らしているが、原初からここにあったわけではない。ボクが生まれる以前の世界、というものもあったはずだよね。実際、ボクの父はそこに暮らしていたわけだから。」

 

「ここに、大規模な人間社会か何かがあったはずだ、と言っているか?」

 

「でないと、尽きることなく湧き出す不死者(アンデッド)に説明がつかなくはないかい?そして、それらの大半が骸骨(スケルトン)であることにも説明がつくよね。骨だけは残るのだから。」

 

「……なるほど。続けてくれ。」

 

「ここまでは状況証拠のみに依拠しつつもほぼ確実だ、と思う。

 ここからはあくまでも、父がボクに語ったことからの類推でしかないが、まず、父が自分以外の竜王(ドラゴンロード)について何か語ったことなど他にはないんだ。」

 

「まぁ……竜王(ドラゴンロード)がそういう感じだ、というのは想像がつく。

 逆に言えば、キュアちゃんはおまえの親父さんにとって、おまえに語り遺す意味のある存在だった、ということになるわな。」

 

「まさにそこだよ、アインズ。おそらく父は、敬意、ではないだろうし、ましてや情愛であるはずもないが、それでもキュアイーリム・ロスマルヴァーに対して何か特別な感情を(いだ)いていたものだろう、と思う。彼女が虚無に陥った、と語る父は、どこか(つら)そうだったからね。

 彼女については、人間、亜人らに強い関心を持つ稀有な竜王(ドラゴンロード)であった、ということが知られるのみで、何をやっていたかがわからない。少なくともアーグランド評議国歴代評議員の中に彼女の名はないが、そういった肩書があったかどうかはともかく、なんらかの形で関係を結んでいた可能性は高いだろう。」

 

 自身、この世界の人々に比してあまりに強大な力を有してしまっているがゆえに、この世界の人々と積極的にかかわることは敢えて避けてきたアインズとしては、ツアーのこの物言いにはいささか複雑な心境だ。

 アインズとて、人間、亜人に興味関心がまったくないわけではなく、むしろ、しばしば観察してその思いもよらない賢さ、愚かさ、美しさ、醜さに魅了されることはままある。が、それをありのままに楽しむためには、その中に自ら乗り出していくのはあまりに悪手だ。

 だから、キュアイーリムが人間、亜人となんらかの関係を結んでいただろう、とするツアーの想定に対しては、いや、オレみたいな立ち位置だってありえるんじゃね?と思わなくもないものの、アインズにこれが可能なのは、決して彼から離れていくことのないナザリックの仲間たちが共にあればこそだ。

 キュアイーリムが、当時も稀な竜王(ドラゴンロード)だ、と他の竜王(ドラゴンロード)たちから思われていたのであれば、孤独な存在であったことは容易に想像がつく。そんなものが、自身を拒絶する(すべ)のない人間、亜人と情誼を交わす誘惑に囚われたとて、誰がそれを非難することができよう。

 

「以下は、具体的な根拠を欠く大胆な仮説に過ぎないものだが、父の言う彼女が陥った虚無、とは、失望、だとか、絶望、だとか、そういう(たぐい)のものだったのではないか、と思う。自分以外のすべての存在に対しての、だ。」

 

 アインズは、自分がそれに陥らぬよう常に支えてくれる下僕(しもべ)たち、記憶の中の四十一人の仲間たちに感謝を捧げつつ、こくこく、と頷いた。

 

「きっかけが何であったかはわからないが、何かが彼女を深く失望させ、以て彼女は始原の魔法(ワイルドマジック)で当地に栄えた何者かを滅ぼし、その痕跡としてこの火口(クレーター)を遺した。以来、その底で<永い眠り>を貪っているが、彼女が(かか)え込んだ虚無は、今なお穢水(えすい)として彼女が滅ぼした人々を不死者(アンデッド)化し続けている……と考えると、すべての説明がつく。」

 

 うーむ、と改めてアインズは腕を組んだまま唸った。

 カッツェ平野探索に乗り出した時点では、よもやこんな話を引き当てようとは夢にも思わなかったことだが、確かにツアーの仮説は、まったくの仮説でありつつも相応の説得力があった。

 

 しかし……どうしよう?

 

「なぁ、ツアー。」

 

と、アインズ。

 ずっと真っ青な湖面を見つめたまま語っていた白金(プラチナ)の傀儡が、骸骨姿の友人に視線を転じた。

 

「本来オレがどうこうする話ではない、とは思うんだが、こうして知ったのも何かの(えん)だろう、とは思う。」

 

 既にツアーは、アインズが何を言い出そうとしているのかは承知している(ふう)だ。

 

「……楽にしてやるべきだろうか?」

 

「本来ボクがどうこういう話ではない、とは思うんだが。」

 

 ツアーは、アインズの言葉を丸々ひっくり返した前置きでこう応じる。

 

「放置、でいいんじゃないかい。」

 

「……そう、なのか?」

 

「彼女が苦しんでいるのではないか、と考えるキミの大魔王らしからぬ優しさはよくわかる。

 が、寿命のない竜王(ドラゴンロード)にとって、<永い眠り>からの目覚めは常に任意のものだ。眠気には逆らえないが、当人に目覚めの意思がある限り必ずいつか目を覚ます。彼女はボクが生まれる以前からこうして眠っていたものだろうから、睡眠が大好きなボクとしては羨ましいくらいの存在だが、彼女は眠りたくて眠っているのだから、憐れむ必要はないさ。

 ましてや、遠い将来気紛れに目覚めた彼女がこの世界の大災厄となることがあったとして。」

 

 がしゃり、と傀儡の腕をアインズに向けて突き出すツアー。

 

「ボクらに出来ぬことなど何もない。」

 

 ふふ、とアインズは微笑みをこぼす。

 

「……おまえの言う通りだ。」

 

 アインズもまた握りしめた骨の(こぶし)を突き出して、ツアーのそれに、ズン、とぶつけた。

 

「知らせてくれてありがとう。

 彼女がここに眠っていることは記憶に(とど)めおくよ。」

 

 ツアーは、そう簡潔に謝辞を述べた。

 アインズは軽く骨の手をあげて、なぁに、どうってことないさ、と返す。

 

 ツアーは、自身がキュアイーリム・ロスマルヴァーについて知るところは何一つ隠さずに話したが、敢えてアインズに伝えなかったことがある。

 

(おまえはキュアイーリムにどこか似ている。

 せいぜい気をつけることだ。)

 

 父はこれを言わんがためにキュアイーリムについてツアーに語ったのだが、当時のツアーはそのことは理解しつつも父の真意にまでは思い至らなかったものだ。今は、痛いほどに父が言いたかったことがわかる。

 

「よもや、とは思うけれど。」

 

とツアー。

 

「余計なことをして騒ぎを大きくしないでくれよ。」

 

 釘を刺されたアインズは憮然とした様子で、

 

「おまえはオレを何だと思ってるんだ!」

 

と凄んで見せた。

 

 そしてもう一つ。

 ツアーがアインズに敢えて語らなかったことがある。

 

 種族の本性には抗えず、ときに<永い眠り>に堕ちるツアーが。

 何よりも惰眠を愛するツアーが、それでもキュアイーリムのように眠り続けることなく目を覚ますのは。

 

「端倪すべからざる大魔王にして我が友、アインズ・ウール・ゴウンだろ?」

 

 それを楽しみに待っている骸骨の友人がいるからだ、という小っ恥(こっぱ)ずかしい事実について、これをツアーは口にできようはずもなかった。

 

 

                    *

 

 

 いつものように途轍もない速度で飛び去ったツアーの傀儡を見送ったアインズに、ツアーとアインズの語らいの間、特にそれに関心を示すでもなく何やら議論していた骸骨司書、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスから声が掛かる。

 

「こういう具合でいかがでしょう?」

 

 指差す地面を見れば、司書Jと一緒に描いた何やら複雑な図面がある。

 

「この火口(クレーター)湖の周囲に高さ二十メートルほどの鋼鉄製の板を埋めて囲めば、穢水(えすい)の流出のほとんどは食い止めることが叶いましょう。(あと)は、ナザリックで精製した聖水をくまなく噴霧すれば、三百年とかからずカッツェ平野を不毛の地から、かつてそうであったやもしれぬ沃野へと復活させることが可能で御座います。」

 

 あぁ……おまえも確かに、ブループラネットさんの創造物なんだなぁ。

 

と、感慨深く思う大魔王。

 

「いや……それは()めておこう。」

 

「よろしいので御座いますか?」

 

 なおも食い下がるティトゥスに、アインズは意外を覚える。

 

「……逆に訊くが。どうしてオレがそうしたがる、と思うんだ?」

 

 ティトゥスの返答は身も蓋もないものだった。

 

「デミウルゴスから、当地の可住化(テラフォーミング)を図り、以てアインズ様に捧げる人間牧場を建設するのだ、と聞いておりましたので。」

 

 口パカ、ペカペカ!

 

「まったく……油断も隙もないやつだな、あいつは。

 それはデミウルゴスの夢想であってオレの計画じゃない。そうだな……せいぜい北部に少しばかり聖水をばらまいて不死者(アンデッド)の進出を抑えるで十分だ。そうすれば人間どもが回廊平原を足早に行き来するようになって、山一つ越えてまでナザリック近傍に立ち入る(もの)もいなくなるだろう。」

 

「承知いたしました、すべては至高の御身の思し召しのままに。」

 

 ティトゥスは恭しく礼を執ってこれを主命と受け取ったようだ。

 考えてみれば、これを決めるのにわざわざカッツェ平野を旅する必要もなかったのではないか、と思われなくもない結論ではあるが、それでもこの探索の以前には不死者(アンデッド)発生の真因は理解されていなかったのだから、アインズとしてはそこに特に不満はなかった。

 

「……ん?」

 

 ここまで来たついでだから、さらにもう少し南方も見て歩くか、と火口(クレーター)湖の斜面を下りだした頃になって、アインズは<伝言(メッセージ)>を受信した。

 

「あぁ、わかった。折り返す。」

 

 発信者は先に発見したギルド拠点遺構の調査と残留品接収に当たっていた戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンで、用件は、パンドラズ・アクターが折り返しの<伝言(メッセージ)>を求めているのでかけてやってくれ、というものだった。

 

「何かあったのかな……<伝言(メッセージ)>!

 ……あ、パンドラ。オレだ。何か問題か?」

 

(あぁ、父上。お手数をおかけして申し訳御座いません。

 遺品回収は滞りなく進みまして、とりたてて目ぼしいものも御座いませんでしたが、予備の<換金箱(エクスチェンジボックス)>をさらに一つ得たことはナザリック地下大墳墓の盤石な経営に資するものか、と考える次第で御座います。)

 

 アインズは、遠い空の下でいつものくるりんパッ仕草(ポーズ)をとっているであろう息子を想起する。

 

「それは重畳だが……わざわざこうして連絡を求めたのは何かあったから、じゃないのか?」

 

 只今パンドラズ・アクターから告げられた内容は帰投後の報告で済む話で、こういう場合、追ってアインズに接収品目録が届けられるのが常だ。それでも敢えて折り返しの<伝言(メッセージ)>が求められたのは、火急にアインズの耳に入れるべき、とパンドラズ・アクターが考えた何かがあったのに違いない、と判じたアインズは、やや心配げな声色で問うた。

 

(そこで御座います、父上。

 父上が進発なさいました(のち)に、フィオーラにお願いして拠点遺構の周囲の土砂をすべて取り除き、仔細に外部を調べたので御座いますが……)

 

「あぁ、言い忘れていたな。調査終了後は埋め戻しておけよ。後々(のちのち)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の目に触れたら面倒だからな。」

 

(それはもちろん承知しております。

 その上で、奇妙な発見が御座いまして。)

 

 アインズの未だ物理的に何処に存在するのかよくわからない脳裏に、期待と不安が()()じった何かが浮かぶ。

 

「……ひとまず聞こうか。」

 

 敢えて鷹揚に構えて続きを促せば。

 

(発見時点で予想されていたことで御座いますが、ギルド拠点の外形は完全な背の低い円柱形(えんちゅうけい)、強いて例えれば缶詰型で御座いました。)

 

「あぁ、それはオレもそうだろう、とは思っていた。珍しくはあるがさほど特殊でもないだろう?」

 

(実は……本当に缶詰だったので御座います。)

 

「……はぁ?」

 

(しかも、フィオーラが側面を綺麗に掃除して初めて気づいたのですが……過分に模式化された猫の(イラスト)が描かれておりまして。)

 

「だから……何なんだ?」

 

(……お気づきになりませんか?)

 

「……何に?」

 

猫缶(ねこかん)なので御座います、これ。)

 

「いや、だから……何なんだ?」

 

(お忘れで御座いますか?現地人は当地をカッツェ平野、と呼んでおるので御座いますぞ。)

 

「……だから何なんだーーー!」

 

 意味がわからずに短気に雄叫びを上げる創造主に、パンドラズ・アクターが真意を告げる。

 

(カッツェ、は、独逸(ドイツ)語で、猫、の意で御座います。)

 

 プツッ。

 そんなもん、どーでもいいわーーーーー!

 

 阿呆らしくなったアインズは中途で<伝言(メッセージ)>を切ってしまった。

 

 

                    *

 

 

「……あら?

 思った以上によいわね、これ。」

 

 カポーーーン!

 

「だから言ったでありんしょう?

 百聞は一浴(いちよく)()かず、なのでありんす!」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)大浴場スパリゾートナザリック。

 守護者統括アルベドとシャルティアが仲良く湯船に浸かっている。

 

 通しほぼ一ヶ月をかけてカッツェ平野をその南端まで探索し終えたアインズ一行は、特にそれ以上の発見をすることなくナザリックに無事帰還した。

 最古図書館(アッシュールバニパル)組は持ち帰った観測結果(データ)から地下水脈地図(マップ)を作成すると共に、その北部の浄化作戦を立案中だ。パンドラズ・アクターはギルド拠点、仮称猫缶(カッツェフッタードーゼ)からの接収品目録の整理に忙しく、デミウルゴスはアインズからツアーと語らった湖底に眠る竜王(ドラゴンロード)キュアイーリム・ロスマルヴァーの物語を聞き出してその仔細を日記に書き留めた。

 

 これらとは別に、今回の探索(クエスト)の戦利品としてナザリックに加わったものがある。

 それが、只今アルベドとシャルティアが気持ち()さげにその裸体を浸すところの……

 

  <朽棺の竜王(エルダーコフィンドラゴンロード)の湯>

 

と、名札(なふだ)された人工温泉。

 

 そもそもの発端は、スク(みず)姿でキュアイーリムの眠る火口(クレーター)湖に潜ったシャルティアが、その水質の意外な心地よさに気づいたことだった。

 これを旅の間の雑談で記憶に(とど)めた司書Jは、後日アインズの許可を得て数万リットルに及ぶ採水を実施、これを沸かして風呂にしてみたところ、(カルマ)が悪よりの面々に限られるものの優れた入浴効果を示すことがわかった。

 この結果に気分をよくした司書Jは、これまた無駄な器用さを発揮して循環濾過(リサーキュレーション)システムを開発、スパリゾートナザリックの一角に据え付けたところ、特に女性陣から美肌によいと大人気になった。もちろん、元を質せば失意の竜王(ドラゴンロード)の腐った肉体に由来する、などという話は伏せられていて、これを直に検分したはずのシャルティアですら()うに忘却の彼方……いや、まだ彼女の短期記憶の中にその事実は存在するはずだが、幸いにして彼女には記憶の中から有用な情報を引き出す知性が欠けていて、ただ、あの湖の水は心地よかった、という印象だけが残っていたものである。

 

 もっとも、守護者統括という職責から、今回のカッツェ平野探索の全貌を承知しているアルベドはそのことを理解している。

 

竜王(ドラゴンロード)の絶望が(わたくし)たちの美肌によい、というのも皮肉な話よね。ツアーを痛めつけたら、もっといいお湯が得られるのかしら?」

 

「うししっ、そのうち試してみるのでありんす!」

 

 などと妙なところで意気投合していて物騒極まりないのであるが。

 

「冗談よ、シャルティア。ツアーはアインズ様の大切なご友人なのだから、(わたくし)たちの美肌のため、とはいえ、そんな無作法は許されないわ。」

 

 そう言いつつも、頭の片隅で、あるいはその娘、あるいは孫であればよろしいのではないでしょうか、などと考えていなくもないアルベドなのであった。

 

 

 

 大陸東方からカッツェ平野へ至る谷の出口に城塞都市カラバッシュブルクが築かれるのはこのときから十数年(のち)のこととなるが、背後にこういったナザリック勢の暗躍があったがゆえに想定していたよりも不死者(アンデッド)の攻勢が僅かであったことを、(つい)ぞ人間たちは知らぬままだったのである。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「被疑者どころか被害者不詳で、しかもその被害者が今は生きておる殺人事件の捜査……で御座いますか?」

 傍目には黒い穴でしかないパンドラズ・アクターの目と口が、ぷるぷると震えながら一回り大きくなる。

「それは……面白う御座いますな!」


 億劫のオーバーロード新13話『ナザリック殺人事件』


「さっきから黙って聞いていればなんだ!
 なんでおまえの話は全部オレが犯人になるんだ!」
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