「……どうだ?」
と問う、黒衣の骸骨。
「うーん。」
と、握った拳に顎を載せ、鏡を覗き込みつつ唸る
「アインズ様ァ!」
シャルティアから声が掛かって、アインズは慌ててそちらを振り返った。
「こいつは問題ない、オレの友達だ。」
思いがけない発見に、<
そしてツアーにはアインズに敬語を用いる習慣がないので、これに立腹した
「いえ、そこではありんせん。」
だが、シャルティアの関心事は、これが何者であるか、ではないらしい。
「じゃ……
シャルティアの指先は、先程来ツアーが熱心に覗き見ている鏡へ向かう。
<
ツアーの飛来を待つ間にアインズが自らナザリックに取りに戻ったもので、そこにはアインズが召喚し湖底に向かった
「それができるのでありんせば、あちきがこの格好で潜る必要はなかったのではありんせんか?」
この至極もっともな彼女の抗議に、はーっ、と身勝手な骸骨は吐く理由もない溜息を吐いた。
「読者サービス、だ。」
「……はぃ?」
シャルティアは目を真ん丸にして、わけがわからない、と言いたげ。
「水着回だ!」
と、身も蓋もない返しのアインズ。
だが、シャルティアはこれに追い縋った。
「本作は小説でありんすえ!」
しかしアインズも言い返す。
「世の中にはな、スクール水着姿のシャルティア、という文字
「!」
自身の創造主の名を出されたのが嬉しかったのか、シャルティアは頬を赤く染めて両手の平をそこに添え、くるくると回りながら小躍りする。
「なるほど、そこはわからなくもない。」
と、唐突に同意を示すツアー。
「水中戦用装備、なんだったかな?
ボクも<
この言葉に、ツアーが何者であるかも思い出さぬままにシャルティアは大喜びだが、アインズとしては、
よもや、おまえもそっちの
とドン引きだ。
「……という冗談はさておき。」
冗談かよ!
長い付き合いになるが、
「本題に入って構わないかな?」
「あー、すまんすまん、呼び出しておいていきなり脱線したな!
で……心当たりがあるか?」
殊更論じるまでもなく、アインズがツアーを呼び出したのは、湖底に眠る
「事実のみを言えば、ボクは彼女を知らない。」
「彼女?
もちろんアインズは外見から
「……まぁ、そこはどうでもいいのだけれど。」
と、常にも増して言葉を濁し気味のツアー。
「直接の面識はないが……心当たりはある、といったところのようだな。」
「流石はアインズ、察しがいいね。」
「よせよせツアー、デミウルゴスでもあるまいに。」
軽口を返しつつも、既にアインズはツアーがいつになく乗り気でないことに気づいていた。
「オレたちは、この荒野で
「……あぁ。これまでそんなことを考えたこともなかったが、キミたちがそう言うのであればそれはその通りなんだろう。」
「
鏡に映し出される眠れる
「そうだね、そこにも異論はない。」
「で……心当たり、というのは?」
やや遠慮がちにアインズが問うと、意外にもツアーはさらりと名を口にした。
「キュアイーリム・ロスマルヴァー。」
「……なんだ、知ってんじゃねーか。」
呆れた口調でアインズがそう言うと、ツアーの傀儡は片手をあげてひらひら、と振った。
「いや、直接の面識があったわけじゃないんだ。
彼女のことは、父から聞いていた。」
「父?おまえの……親父さん?」
確か、ナザリックよりも先にこちらの世界にやって来た
「あぁ。父の話から想定される彼女の姿が、湖底の
「なるほど、わかった!」
パン、と骨の手を打つアインズ。
「
「……?」
「とぼける必要はないだろう?
おまえの親父さんのことだ。きっとおまえ同様に世界を護る
……どうだ?」
がくり、と
「全然違うどころか掠ってすらいないよ、アインズ。」
身勝手にも、むっ、とする大魔王。
そこに特に関心のないツアーは問われず語りに
「父の話によれば、本来の彼女、キュアイーリム・ロスマルヴァーは気高く美しい光輝く
「なるほど、わかった!」
再び、パン、と骨の手を打つアインズ。
既に、疑わし気な視線が傀儡から注がれているが、大魔王はそんなことは気にしない。
「ズバリ、キュアちゃんはおまえの親父の浮気相手だ!」
「……はぁ?」
「おまえのおふくろさんも、おまえのおふくろさんであったくらいだから相当ヤバい女傑であったに違いない。浮気がバレることを恐れた親父さんは思い詰めてキュアちゃんを手にかけ、これを恨みに思ったキュアちゃんは憐れにもこうして
ガクリ、と膝をつく傀儡。
「え?……図星だったか?いや別におまえの親父さんを責めてるわけじゃ……」
「違うよ。」
即座に否定した傀儡が立ち上がる。
「あまりの
「な!」
実のところアインズは、ツアーの父が話題に上った時点で湿っぽい話にならないよう彼なりに気を
ひょい、と傀儡の人差し指を立てて曰く。
「第一に、父が世界を護る
……熱心?
居眠りばっかじゃねーか!
「……父の紋切り型な対応を垣間見て、いくらなんでもそれはないんじゃないの、と思っていたからだ。母はそういった職責にあったわけではないが、この世の有象無象に関心がない、という点では同じだった。
何か……言いたそうだね、アインズ。」
「あ、いや!何もないぞ!……続けてくれ!」
……だとしたらおまえは誰に似たんだ?
いや……
「……まぁ、いい。
第二に、
……だとしたらお前の娘、コニーの随分なご乱行はどうなんだ?
アイツの毒牙にかかったエイヴァーシャーの若い
まぁ、言ってるオレも現場に
「そして、父がボクに語って聞かせた彼女、キュアイーリム・ロスマルヴァーは、
……やっぱりキュアちゃんは親父の浮気相手で、おまえの母ちゃんがキュアちゃんじゃねーのか?いや、逆ならともかく、卵生とはいえ
「だが、彼女は虚無に陥った。」
「……ん?」
唐突なツアーの断言にアインズは、たちまちにその意味するところが呑み込めなかった。
「なんだ、その……虚無、というのは。
「わからない。」
「はっ?」
「父はただ、キュアイーリム・ロスマルヴァーは虚無に陥った、とだけボクに語った。ボクが知るのはそれだけで、その意味するところはボクにもわからない。」
うーむ、とアインズは骨の腕を組んで頭を捻っている。
思った以上にややこしい話になってしまった。見ず知らずの、でありながら一見して物騒なやつだとわかる
常日頃から面倒臭いことには自ら踏み込むまい、と細心の注意を払って暮らしているつもりなのに、そのど真ん中へ思い切り飛び込んでんじゃねーか、オレ。これじゃぁ、たっちさんを
「仮説、はなくもない。聞くかい?」
……なんか、聞いたら絶対後悔しそうな気もするが。
「
「まず
と、ツアー。
「?」
「キミたちが分析したように、彼女の朽ちた肉体から漏れ出す何かが水に溶けて、これが
「……
「そういうことだ。
ボクの知る限り、ここはずっとこうだ。だから、ここはそういうものなんだ、と特に疑問にも思っていなかったが、見方を変えれば当地は見渡す限りの平原で、今は
そしてボクは、キミより
「ここに、大規模な人間社会か何かがあったはずだ、と言っているか?」
「でないと、尽きることなく湧き出す
「……なるほど。続けてくれ。」
「ここまでは状況証拠のみに依拠しつつもほぼ確実だ、と思う。
ここからはあくまでも、父がボクに語ったことからの類推でしかないが、まず、父が自分以外の
「まぁ……
逆に言えば、キュアちゃんはおまえの親父さんにとって、おまえに語り遺す意味のある存在だった、ということになるわな。」
「まさにそこだよ、アインズ。おそらく父は、敬意、ではないだろうし、ましてや情愛であるはずもないが、それでもキュアイーリム・ロスマルヴァーに対して何か特別な感情を
彼女については、人間、亜人らに強い関心を持つ稀有な
自身、この世界の人々に比してあまりに強大な力を有してしまっているがゆえに、この世界の人々と積極的にかかわることは敢えて避けてきたアインズとしては、ツアーのこの物言いにはいささか複雑な心境だ。
アインズとて、人間、亜人に興味関心がまったくないわけではなく、むしろ、しばしば観察してその思いもよらない賢さ、愚かさ、美しさ、醜さに魅了されることはままある。が、それをありのままに楽しむためには、その中に自ら乗り出していくのはあまりに悪手だ。
だから、キュアイーリムが人間、亜人となんらかの関係を結んでいただろう、とするツアーの想定に対しては、いや、オレみたいな立ち位置だってありえるんじゃね?と思わなくもないものの、アインズにこれが可能なのは、決して彼から離れていくことのないナザリックの仲間たちが共にあればこそだ。
キュアイーリムが、当時も稀な
「以下は、具体的な根拠を欠く大胆な仮説に過ぎないものだが、父の言う彼女が陥った虚無、とは、失望、だとか、絶望、だとか、そういう
アインズは、自分がそれに陥らぬよう常に支えてくれる
「きっかけが何であったかはわからないが、何かが彼女を深く失望させ、以て彼女は
うーむ、と改めてアインズは腕を組んだまま唸った。
カッツェ平野探索に乗り出した時点では、よもやこんな話を引き当てようとは夢にも思わなかったことだが、確かにツアーの仮説は、まったくの仮説でありつつも相応の説得力があった。
しかし……どうしよう?
「なぁ、ツアー。」
と、アインズ。
ずっと真っ青な湖面を見つめたまま語っていた
「本来オレがどうこうする話ではない、とは思うんだが、こうして知ったのも何かの
既にツアーは、アインズが何を言い出そうとしているのかは承知している
「……楽にしてやるべきだろうか?」
「本来ボクがどうこういう話ではない、とは思うんだが。」
ツアーは、アインズの言葉を丸々ひっくり返した前置きでこう応じる。
「放置、でいいんじゃないかい。」
「……そう、なのか?」
「彼女が苦しんでいるのではないか、と考えるキミの大魔王らしからぬ優しさはよくわかる。
が、寿命のない
ましてや、遠い将来気紛れに目覚めた彼女がこの世界の大災厄となることがあったとして。」
がしゃり、と傀儡の腕をアインズに向けて突き出すツアー。
「ボクらに出来ぬことなど何もない。」
ふふ、とアインズは微笑みをこぼす。
「……おまえの言う通りだ。」
アインズもまた握りしめた骨の
「知らせてくれてありがとう。
彼女がここに眠っていることは記憶に
ツアーは、そう簡潔に謝辞を述べた。
アインズは軽く骨の手をあげて、なぁに、どうってことないさ、と返す。
ツアーは、自身がキュアイーリム・ロスマルヴァーについて知るところは何一つ隠さずに話したが、敢えてアインズに伝えなかったことがある。
(おまえはキュアイーリムにどこか似ている。
せいぜい気をつけることだ。)
父はこれを言わんがためにキュアイーリムについてツアーに語ったのだが、当時のツアーはそのことは理解しつつも父の真意にまでは思い至らなかったものだ。今は、痛いほどに父が言いたかったことがわかる。
「よもや、とは思うけれど。」
とツアー。
「余計なことをして騒ぎを大きくしないでくれよ。」
釘を刺されたアインズは憮然とした様子で、
「おまえはオレを何だと思ってるんだ!」
と凄んで見せた。
そしてもう一つ。
ツアーがアインズに敢えて語らなかったことがある。
種族の本性には抗えず、ときに<永い眠り>に堕ちるツアーが。
何よりも惰眠を愛するツアーが、それでもキュアイーリムのように眠り続けることなく目を覚ますのは。
「端倪すべからざる大魔王にして我が友、アインズ・ウール・ゴウンだろ?」
それを楽しみに待っている骸骨の友人がいるからだ、という
*
いつものように途轍もない速度で飛び去ったツアーの傀儡を見送ったアインズに、ツアーとアインズの語らいの間、特にそれに関心を示すでもなく何やら議論していた骸骨司書、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスから声が掛かる。
「こういう具合でいかがでしょう?」
指差す地面を見れば、司書Jと一緒に描いた何やら複雑な図面がある。
「この
あぁ……おまえも確かに、ブループラネットさんの創造物なんだなぁ。
と、感慨深く思う大魔王。
「いや……それは
「よろしいので御座いますか?」
なおも食い下がるティトゥスに、アインズは意外を覚える。
「……逆に訊くが。どうしてオレがそうしたがる、と思うんだ?」
ティトゥスの返答は身も蓋もないものだった。
「デミウルゴスから、当地の
口パカ、ペカペカ!
「まったく……油断も隙もないやつだな、あいつは。
それはデミウルゴスの夢想であってオレの計画じゃない。そうだな……せいぜい北部に少しばかり聖水をばらまいて
「承知いたしました、すべては至高の御身の思し召しのままに。」
ティトゥスは恭しく礼を執ってこれを主命と受け取ったようだ。
考えてみれば、これを決めるのにわざわざカッツェ平野を旅する必要もなかったのではないか、と思われなくもない結論ではあるが、それでもこの探索の以前には
「……ん?」
ここまで来たついでだから、さらにもう少し南方も見て歩くか、と
「あぁ、わかった。折り返す。」
発信者は先に発見したギルド拠点遺構の調査と残留品接収に当たっていた
「何かあったのかな……<
……あ、パンドラ。オレだ。何か問題か?」
(あぁ、父上。お手数をおかけして申し訳御座いません。
遺品回収は滞りなく進みまして、とりたてて目ぼしいものも御座いませんでしたが、予備の<
アインズは、遠い空の下でいつものくるりんパッ
「それは重畳だが……わざわざこうして連絡を求めたのは何かあったから、じゃないのか?」
只今パンドラズ・アクターから告げられた内容は帰投後の報告で済む話で、こういう場合、追ってアインズに接収品目録が届けられるのが常だ。それでも敢えて折り返しの<
(そこで御座います、父上。
父上が進発なさいました
「あぁ、言い忘れていたな。調査終了後は埋め戻しておけよ。
(それはもちろん承知しております。
その上で、奇妙な発見が御座いまして。)
アインズの未だ物理的に何処に存在するのかよくわからない脳裏に、期待と不安が
「……ひとまず聞こうか。」
敢えて鷹揚に構えて続きを促せば。
(発見時点で予想されていたことで御座いますが、ギルド拠点の外形は完全な背の低い
「あぁ、それはオレもそうだろう、とは思っていた。珍しくはあるがさほど特殊でもないだろう?」
(実は……本当に缶詰だったので御座います。)
「……はぁ?」
(しかも、フィオーラが側面を綺麗に掃除して初めて気づいたのですが……過分に模式化された猫の
「だから……何なんだ?」
(……お気づきになりませんか?)
「……何に?」
(
「いや、だから……何なんだ?」
(お忘れで御座いますか?現地人は当地をカッツェ平野、と呼んでおるので御座いますぞ。)
「……だから何なんだーーー!」
意味がわからずに短気に雄叫びを上げる創造主に、パンドラズ・アクターが真意を告げる。
(カッツェ、は、
プツッ。
そんなもん、どーでもいいわーーーーー!
阿呆らしくなったアインズは中途で<
*
「……あら?
思った以上によいわね、これ。」
カポーーーン!
「だから言ったでありんしょう?
百聞は
ナザリック地下大墳墓
守護者統括アルベドとシャルティアが仲良く湯船に浸かっている。
通しほぼ一ヶ月をかけてカッツェ平野をその南端まで探索し終えたアインズ一行は、特にそれ以上の発見をすることなくナザリックに無事帰還した。
これらとは別に、今回の
それが、只今アルベドとシャルティアが気持ち
<
と、
そもそもの発端は、スク
これを旅の間の雑談で記憶に
この結果に気分をよくした司書Jは、これまた無駄な器用さを発揮して
もっとも、守護者統括という職責から、今回のカッツェ平野探索の全貌を承知しているアルベドはそのことを理解している。
「
「うししっ、そのうち試してみるのでありんす!」
などと妙なところで意気投合していて物騒極まりないのであるが。
「冗談よ、シャルティア。ツアーはアインズ様の大切なご友人なのだから、
そう言いつつも、頭の片隅で、あるいはその娘、あるいは孫であればよろしいのではないでしょうか、などと考えていなくもないアルベドなのであった。
大陸東方からカッツェ平野へ至る谷の出口に城塞都市カラバッシュブルクが築かれるのはこのときから十数年
完
<次話予告>
「被疑者どころか被害者不詳で、しかもその被害者が今は生きておる殺人事件の捜査……で御座いますか?」
傍目には黒い穴でしかないパンドラズ・アクターの目と口が、ぷるぷると震えながら一回り大きくなる。
「それは……面白う御座いますな!」
億劫のオーバーロード新13話『ナザリック殺人事件』
「さっきから黙って聞いていればなんだ!
なんでおまえの話は全部オレが犯人になるんだ!」