億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ナザリックの迷親子コンビが、前人未到の難事件に挑む一発ネタ。


第13話 ナザリック殺人事件
ナザリック殺人事件


「お呼び立てして申し訳御座いません、父上。」

 

 毎度お馴染みナザリック地下大墳墓。

 その、何処(どこ)とも物理的には繋がっていない宝物殿で、至高の主であり自身の創造主でもある大魔王アインズ・ウール・ゴウンを出迎えた宝物殿領域守護者、二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクターは、まずは恭しく(あるじ)の来訪に礼を捧げた。

 

「いや構わん、パンドラズ・アクター。

 それより本題に入れ。おまえがオレを此処へ呼び出すのは余程のことがあってのことだろう?」

 

と、これに鷹揚に応じるアインズ。

 

 ユグドラシルにおいて、銘々のギルドが擁するギルド拠点はそれぞれに個性的でこそあれ、いくつかの必ず満たすべき構造上の要件があった。その第一がギルドの心臓部となる玉座の間、ギルドメンバーの初期設定(デフォルト)でのログイン時出現地点となる円卓の間、ギルド維持資金を蓄える宝物殿を備えること、になる。

 このうち玉座の間については、ギルド拠点の入口と少なくとも一本の経路を通じて繋がっていなければならない、という規定があり、これは迷宮(ラビリンス)からの帰還を一本の糸に託した逸話(エピソード)で知られるギリシア神話にちなんでシステム・アリアドネと呼ばれたが、円卓の間、宝物殿についてはこの限りではなかった。

 特に、毎日ユグドラシル時間の正午に拠点規模に応じたユグドラシル金貨を消費する宝物殿は、必然的にその保管庫を兼ねることとなる。ここに、単純に外部侵入者の到達可能性があると、防御側から見れば絶対に死守すべき玉座の間と宝物殿に戦力を二分する必要が生じてしまう。

 これを嫌ったギルド、アインズ・ウール・ゴウンは、地下墳墓ナザリックの攻略直後、その時点では第三階層に存在した元の宝物殿を破棄し、重課金でのみ入手可能な別空間隔離された宝物殿を新たに造営した。ここへの出入りには、合わせて相応の課金を以て錬成されたギルドの指輪(リング・オブ・アウンズ・ウール・ゴウン)を用いる他に手段はない。

 そして、只今その指輪を常時所持しているのは至高の主アインズ・ウール・ゴウンの他には、宝物殿の領域守護者でありナザリックの財務責任者を務めるパンドラズ・アクターしかいない。そのパンドラズ・アクターが、自ら出向くのではなく、戦闘メイド(プレアデス)の誰かに言伝を託して敢えてアインズを宝物殿に呼び寄せるのは。

 

 ナザリックの他の面々に決して聞かれたくない話をする場合、に限られる。

 

「ご明察です、父上。」

 

 パンドラズ・アクターは軍帽を脱いで振り下ろす礼を執ってそう応じる。

 こういう芝居がかった所作は真に緊急の事態であれば省かれることはよくよく承知しているので、ひとまずアインズは内心安堵しつつやはり鷹揚に問うた。

 

「で……何なんだ?」

 

「立場上、大変申し上げにくいことではあるのですが。」

 

と、ここに至ってもじもじした様子を見せるパンドラズ・アクター。

 既に一大事ではない、と割り切っているアインズは、骨の手の平をはらはらと振りながら「そういうのはいいからさっさと話せ、オレも暇じゃないんだ」などと、本当は暇で暇でしかたがない癖に嘯いて見せた。

 

「実は。」

 

 ふむふむ。

 

「宝物殿のユグドラシル金貨に、一部使途不明のまま消えたものが御座います。」

 

 ……はぁ?

 

 口パカ、ペカペカ。

 

「そんなこと……あり得るか?」

 

「仰せの通り、父上が(わたくし)に命じて持ち出させるか、あるいは、父上が黙って持ち出されるか以外に宝物殿のユグドラシル金貨が失われることはない、と断言できます。」

 

 むむ。ちょっと引っかかる物言い。

 

「ゴホンッ……で、如何程(いかほど)なんだ?」

 

「それが……。」

 

 パンドラズ・アクターが言い淀む。

 

「きっかり金貨五億枚でして。」

 

「な!」

 

 二速へ(ギアアップ)

 口パカパカ、ペカペカペカペカ。

 

「それって……アレか?」

 

「左様で御座います、父上。

 ユグドラシル金貨五億枚を要することとなれば、死亡したナザリックの下僕(しもべ)無罰則(ノーペナルティ)の復活以外ありませんが……父上にはお心当たりがおありでしょうか?」

 

「あるわけないだろ!

 ……いや、しかし。」

 

「えぇ、そうです。

 憶えていないだけ……と考えるべきでしょうな、この場合。」

 

 むむむ、とアインズは考え込んだ。

 

 アインズを含むナザリックの面々、ひいてはこの世界で血肉を得たすべてのユグドラシル由来の存在は、ユグドラシルの隠し機能<ギルドの日誌(ログブック)>に記録されたところの化身(アバター)とその設定値(パラメータ)設定書き(フレーバーテキスト)、および玉座の間と円卓の間で交わされた会話から構成されている、と理解されている。

 <ギルドの日誌(ログブック)>の記述は永続的なもので、そこに刻まれたギルドの記憶はこちらの世界へ転移して以来既に数千年を経てもまったく色褪せない一方、こちらの世界にやって来て以降の記憶は、ユグドラシルのキャラクターが動作上の便宜に有していた短期記憶(ワーキングメモリ)に由来していて、その容量に制約がある。銘々のおつむの酷使具合にもよるが、長くて三年、思考密度が高い時間を過ごしていると二ヶ月も経たぬうちに古い記憶、再利用されない記憶から順に消えていってしまうのが常だ。

 敵対ギルドとの闘争などの特別な事態に陥っていない限り、宝物殿に籠もってナザリックの財の管理をおこなっているパンドラズ・アクターは、変化の乏しい日常をおくっているため平均すれば概ね二年程度の記憶は保持している。対してナザリックの(あるじ)であるアインズは、その背負った責務の重さ、それ以上にそもそも思考様式に無駄が多いことも(あい)まって、長くて一年、少し慌ただしい時期が続けば三ヶ月よりも前の記憶は消え失せて、それ以前はユグドラシル最後の日、アルベドのフレーバーテキストにちょっとしたイタズラをおこなったあの瞬間に記憶が繋がってしまう。

 つまるところ、既にこちらの世界で数千年に渡って君臨してきたにも関わらず、アインズの主観においては、去年まで自分はユグドラシル中毒(ジャンキー)の底辺被酷使(ブラック)会社員鈴木悟だった、という記憶に縛られており……これとて、ユグドラシル時代のナザリック地下大墳墓においてそのように自ら語っていた、また、他のギルメンからそう言われていた記憶がそのように思わせているだけで、アインズ自身に<現実(リアル)>についての一切の記憶はないのであるが……好かれ悪かれそのことが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンに、傲慢我儘勝手でありつつも慎重かつ謙虚で()るを知る、安定した人格を与えている点は否めない。

 

「帳簿……はどうなってる?」

 

 パンドラズ・アクターが宝物殿金貨の管理を、そういった頼りない記憶に頼ることなくこまめに帳簿で管理していることを承知しているアインズは、無意味だろうな、とは思いつつそう尋ねてみる。

 

 彼ら自身の記憶がそういった性格のものである一方で、それが帳簿であれ書付(メモ)であれ、物理的に記録した事柄については、記録しているという事実を失念してしまわない限りは振り返りが可能になる。

 パンドラズ・アクターの帳簿がまさにその好例であるが、ナザリック地下大墳墓のこちらの世界に渡り来て以降の歴史、新たに得た知識についても、これを日記の形で几帳面に記録し続けてきたデミウルゴス、さらにそれをデータベース化するシズ・デルタの努力により保持されてきた。

 

「それが……帳簿には記録が御座いません。

 年に一度の金貨現物と帳簿の勘定照合をやっておってこれに気づきました。」

 

 パンドラズ・アクターの復命は、アインズの予想した通りだった。

 

 意味するところは明白だ。

 この支出は意図的に帳簿に記録されなかったものであり、去年の勘定照合時点でその経緯を記憶していたパンドラズ・アクターはこれを問題視しなかった。が、時間経過とともにその記憶が彼から失われた結果、こうしてアインズに報告されたものだ。

 

「……やるだけ無駄だ、とは思うが、念のため確認してみるか。

 <伝言(メッセージ)>!

 

 シズちゃんズ2号か?オレだ。

 ……あぁ、そうか、おまえらはわからないんだったな。

 シズ・デルタの(あるじ)のアインズだ……あぁ、そうだ、わかってくれたか。」

 

 アインズは、ナザリック第十階層最古図書館(アッシュールバニパル)に交代で詰めてデミウルゴスの日記に蓄えられたナザリックの歴史の検索サービスを提供している六つ子忍者自動人形(オートマトン)の一人に<伝言(メッセージ)>を飛ばした。

 他ギルドの遺品として鹵獲され紆余曲折あってナザリックに迎えられた彼らは、戦闘メイド(プレアデス)シズ・デルタに個人的に忠誠を誓っている存在である。シズには及ばずとも機械的な情報処理能力に優れた彼らが今日(こんにち)の数千年に及ぶナザリックの記憶の検索効率を維持しているが、彼らはアインズを自身の主人とは認識していない。

 

「よもやない、とは思うが……直近五年のうちに、ナザリックの下僕(しもべ)が死亡してこれを復活させた記録はあるか?

 ……あぁ、やはりそうか。いや、おまえの言う通りだ……あぁ、もちろんわかっている。じゃぁな!

 

 そんなことあるわけないだろ、気でも触れたのか!……と言われた。」

 

「相変わらず礼儀のなっておらん連中ですなぁ。」

 

 パンドラズ・アクターはそうボヤくも、そんなことをシズちゃんズに求めても詮ないことは彼とて承知している。

 ちなみにアインズが最後に「もちろんわかっている」と応じたのは、シズちゃんズ2号に「シズちゃんはおまえのことが大好きだからもっと構ってやれ」と求められたためだ。

 

「もう慣れっこだ……いや、まったくムカつかんわけでもないが。

 それはともかく、おまえの帳簿だけならともかく、デミウルゴスの日記にも記録がないとなれば、これは明らかにオレが記録するなと命じたから、と考えるべきかと思うが……どうだ?」

 

「誠に遺憾ながら、それ以外にあり得ませんでしょうな。」

 

 パンドラズ・アクターの同意を受けて、アインズは頭を抱え込んだ。

 邂逅した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であれ、よもやあるまいがこちらの世界の原住民であれ、これにナザリックの誰かが害されたものであればその記録を敢えて抹消する理由はない。むしろ将来への教訓として記憶に(とど)め再発防止に努めて当然だ。それがなされていない、ということは。

 

 誰が被害者で誰が加害者か、はともかく、そのいずれもがナザリックの一員であればこそ、この一件は記録されることがなかったのだ、と考えるべきだろう。

 

参謀殿(デミウルゴス)なれば、公式の記録とは別に仔細を控えておるやも知れません。」

 

 パンドラズ・アクターの至極もっともな助言にアインズは激しく(かぶり)を振った。

 

「馬鹿を言え!

 被害者、加害者、いずれにせよその可能性が最も濃厚な本人に訊いてどうする?

 そんなことあり得んだろう、常識的に考えてーーー!」

 

「……左様でしょうか?」

 

「一番あり得るのは、デミウルゴスの悪戯(いたずら)に遂にキレたセバスが……というパターンだ、と思わんか?」

 

 遅かれ早かれそういう日が来てもおかしくない、と考えていなくもなかったアインズはそう言うが。

 

「デミウルゴスにせよセバスにせよ、その奇行にキレた父上が()っちゃった……ということも考えられましょう?」

 

 さらりとパンドラズ・アクターが言う。

 

「うーむ、そんなことは絶対にない!

 ……と言い切れんのが我ながらどーかとは思うが、何にせよ、今の時点でデミウルゴスにこの一件を知られるのはマズいだろう?絶対に碌でもないことになるに違いない!」

 

 この一点については、逆説的ではあるがアインズはデミウルゴスを深く信頼している。

 溜息混じりにパンドラズ・アクターも首肯した。

 

「まぁそこは……父上の仰せの通りでしょうなぁ。」

 

「あとは……そう!

 アルベドとシャルティアがオレを巡って遂に、とか!」

 

「……まさか。彼女らもそこまで阿呆では御座いますまい。

 むしろ、父上の興が昂り過ぎてアルベドを悶絶昇天死させた、などと考えた(ほう)現実味(リアリティ)があるものか、と。」

 

「……」

 

「他には、父上が」

「ちょっと待て、パンドラ!」

 

 アインズの骨の手の平が強く差し出されてパンドラズ・アクターの発言を封じる。

 

「……はっ?」

 

 封じられた当人は、何故そうなのかがわからない様子。

 一方、アインズは肩を(いか)らせてパンドラズ・アクターに迫った。

 

「さっきから黙って聞いていればなんだ!

 なんでおまえの話は全部オレが犯人になるんだ!」

 

「いや、(わたくし)はただ、論理的に考えてもっともあり得る可能性を申し上げておるだけで」

「だ・か・ら!

 なんでそれがオレなんだよ!」

 

 アインズの骨の相貌が接吻せんかの如くパンドラズ・アクターの目前にまで至り、何を勘違いしたものかパンドラズ・アクターは頬を、ポッ、と朱に染める。

 

「ナザリックの下僕(しもべ)はギルドへの忠誠に縛られて御座いますので、いくら同僚の言動に腹を立てたとて、ギルドの戦力低下につながる行為に着手することは、まずあり得ないので御座います。」

 

 この至極ごもっともなパンドラズ・アクターの言に、俄にアインズは冷静さを取り戻す。 

 

「……オレならそれをやる、と?」

 

「父上はナザリックの(あるじ)で御座いますからして、下僕(しもべ)の生殺与奪は思し召しのままで御座いましょう?こちらをご覧ください。」

 

 と、唐突にパンドラズ・アクターは、中空(ちゅうくう)を探って自身の所持品(インベントリ)から何やら小箱を取り出して見せる。

 

「……(なに)それ?」

 

 無言のままにパンドラズ・アクターが箱を()けると、そこには干からびた(するめ)のようなものが数本収まっていた。

 

「父上が何かの拍子に斬り飛ばした(わたくし)の触手で御座います。」

 

 一気に最上段(トップギア)

 口パカパカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカペカペカ!

 

「な、な、な!」

 

「よもや父上はご記憶では御座いませんでしょうし、かく申す(わたくし)めも仔細はまったく憶えてはおりませんのですが。」

 

 と、パンドラズ・アクターは箱を蓋してひっくり返して見せる。

 その底面には、

 

 <父上の三重最強化(トリプレットマキシマイズ)した現断(リアリティスラッシュ)で斬り飛ばされた触手>

 

と書いてある。

 

「なんでそんなモンを後生大事に取ってるんだ、おまえはーーーーー!」

 

「何事にせよ、初めて……は、大事にしとう御座いましょう?」

 

と、更に頬を赤く染めるパンドラズ・アクター。

 

 その大いに誤解を招く表現、勘弁してくれーーーーー!

 激しく緑と紫の光を()り混じらせながらペカるアインズ。

 

「殺されたのは実は(わたくし)、ということもあり得ましょうなぁ。」

 

ふぁーーーーーーーーー!

 

 だが、創造主にして至高の主のこの様子に、パンドラズ・アクターは取り立てて感慨を示さなかった。

 

「誤解のないように申し添えますれば、仮にそうであったとしても(わたくし)は、父上に(とが)ありと申し上げているわけでは御座いません。先程も申し上げました通り、ナザリックの下僕(しもべ)、ひいてはこの世界の有象無象の生殺与奪は父上(ちちうえ)の思うがまま、で御座います。何人(なんぴと)がその(せき)を問うことなどできましょうや?」

 

 ……まぁ、そこはおまえの言う通りではあるわな。

 だからこそオレは、そのすべての(せき)を一身に背負う羽目に陥ってるわけだが。

 

「うーむ……仮に、だ!

 仮にオレが()っちまったとして、どう考えてもオレがそれをナザリックの歴史から抹消するとは思えん。おまえらの誰かが来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の手にかかった場合もそうだが、むしろ、ちゃんと記録に(とど)めて再発防止に努めるだろう?

 ……だよな?そーだよなーーー!」

 

 自信なさげに、まるで自分自身に強弁するかのようにそう言うアインズに対し、パンドラズ・アクターはしばし訝しげな視線を注いでいたが、

 

「確かに。そこは仰せの通りで御座いますな。叡智際限なき父上にはあり得ぬことでは御座いますが、ご自身の失態を隠蔽するかの如き小細工は、およそ父上には似つかわしくは御座いますまい。」

 

と、返ってアインズの心を抉る言葉で納得を示す。

 隠蔽はともかく、失態については思い当たる(ふし)がありまくりの言われた(がわ)は、再びの口パカ、ペカペカだ。

 

「とりあえず。」

 

と、パンドラズ・アクター。

 

「父上の(めい)なしに(わたくし)が帳簿への支出記載をすっぽかすとは俄に思えませんので、これは父上が記録に残すな、とお命じになられたことに違いがないのでは御座いますが……記録して、宜しゅう御座いますな?」

 

「……まぁ、そうしておかないと、オレたちは再来年にまた同じ話をする羽目になるわな。」

 

 即座に息子の言わんとすることを見抜いてアインズはそう応じつつ、実は一昨年にも、さらにもう一昨年にも同じ会話をしたんじゃないだろうか、と不安になりつつある。

 

 いやいや!

 そんなはずはあるまい!

 

 パンドラズ・アクターが今こうして帳簿記載の許可を求めているということは、一昨年にも同じことを求められたはずだ。それを拒む理由はアインズにはないから、これが初めてのはずだ、そうに違いない。

 

 そうでないと……やってられるかーーー!

 

「あー、そうだ、おまえの言う通りだ!

 ひとまずは……やんごとなき出費金貨五億枚、不問に付す、とでも書いておけ!」

 

「ハッ!」

 

 忘れぬうちに、ということだろうか、復命するや素早くパンドラズ・アクターは、さきほどの自身の斬り飛ばされた触手を収めた小箱と入れ替わりに所持品(インベントリ)から帳簿を取り出し、電光石火の速記でアインズに言われた通りのことを書き留めた。

 

「はぁーーー、これで解決……」

 

 なワケないよな。

 

「しかし……何があったのかは、気になるな。」

 

「被疑者どころか被害者不詳で、しかもその被害者が今は生きておる殺人事件の捜査……で御座いますか?」

 

 傍目には黒い穴でしかないパンドラズ・アクターの目と口が、ぷるぷると震えながら一回り大きくなる。

 

「それは……面白う御座いますな!」

 

「まぁ、可能性としては面白がっているオレたち自身が加害者、被害者のいずれかである可能性すらあるが。仮にそうであっても何か減るワケでもなし……いや、ちょっとショックだが……それでも、この気になり具合は何とかせんと収まらんぞ!」

 

(わたくし)、喜んで捜査の助手を務めさせていただきます!」

 

 敬礼!

 

「うむ。

 しかし……どこから手をつければいいんだ?」

 

 いきなり暗礁に乗り上げる捜査。

 だが今のアインズには、無駄に振り切り(カンスト)知性を割り当てられた頼もしい助手がある。

 

「仮に、で御座いますが。」

 

 ふむふむ。

 

「仮に、只今同じような殺人事件がナザリック内で起きた、とお考えください。」

 

「やめてくれ!

 これ以上話をややこしくしてどうする!」

 

 頭を抱えて飛び跳ねる大魔王。

 だが、助手は至極冷静である。

 

「いえ、そうではなくて。

 仮に……具体名を挙げねば想像し(にく)う御座いましょうから、仮にセバスがデミウルゴスを殺めて、これをアルベドが目撃しておった、といたしましょう。」

 

 口パカパカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカペカペカ!

 

「父上、お気を確かに!」

「いや、大丈夫だ。衝撃(ショック)が強すぎて返って正気になった。」

 

「……仮にそのようなことが起こったとして、父上が何をなさるか、を考えるので御座います。」

 

「そりゃぁ、セバスに小一時間(こいちじかん)……」

「いえ、ですからそういうことではなくて!」

 

 ?

 

「まず、デミウルゴスを復活させますでしょう?」

 

「……そりゃそうだろう。」

 

「金貨が五億枚消えて、帳簿が合わなくなることを覚悟で(わたくし)に不記載をお命じに……」

「もうそんなことはせんぞ!」

 

「いえ、ですからそういうことではなくて!」

 

 ?

 

「もちろん今の父上はそんなことはなされますまいが、今般問題になっております事件に際しては、何か相応の事情があって父上はそうお決めになられたのに違いないので御座います。」

 

 ……あぁ、なるほど。

 と、漸くアインズの思考は頼もしい助手が何をしようとしているのかに追いついてきた。

 

「この場合、当人が被害者で復活に際して前後の記憶を失いましょうからその必要はありますまいが、デミウルゴスが生きておれば、父上は日記へ記載すべからず、とお命じになるでしょうなぁ。」

 

「そうやって何が起こったのかを辿る、というわけだな!」

 

「流石は父上、ご明察で御座います。」

 

 いやここでそう言われると……返って恥ずかしいわ!

 

「ここまでは、今(わたくし)たちの目前にある状況で御座いますわな。

 では、次に父上であればどうされるでしょうか?」

 

「……そりゃぁ、セバスに小一時間(こいちじかん)

「いえ、ですからそういうことではなくて!」

 

「いや、すまん。今のは冗談だ。

 仮にそうしていたとして、その痕跡は当然のこと、セバスもそんなこと憶えてないから意味ないわな。」

 

「左様です。

 が、何かしら、それだけを見ても含意がわからずとも、今の(わたくし)どもが振り返れば辿れる手がかりを残す何かがおこなわれた可能性を探ればよろしいのです。」

 

「……おまえ、頭いいなーーー!」

 

 と、()で感嘆の声を上げる能天気な大魔王。

 再びパンドラズ・アクターの頬が、ポッ、と朱に染まる。

 

「……で、父上ならどうなさいますか?」

 

「うーむ……そうか!」

 

 パンッ、と骨の手の平が打ち鳴らされる。

 

「セバスとアルベドの記憶をいち早く押し流す何かをするな!」

 

「……その何か、とは?」

 

「うーむ……オレなら、とっとと忘れたいことがあるときは……わかった!

 <伝言(メッセージ)>!」

 

 唐突にアインズは誰かに呼び掛ける。

 

「あぁ、オレだ!

 ちょっと調べてくれ。過去三年くらいの範囲で、意味不明な蔵書の閲覧履歴はないか?

 

 あぁ、いやそのー……そう、大したことじゃない!ちょっとした興味だ!

 そうだ!(なん)でそんなこと調べてるんだろうー、とかそういうのはいいから!」

 

 どうやら相手は最古図書館(アッシュールバニパル)司書長、二本(づの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスであるらしい。

 

「……お、あったか!二年半前?推定犯行日時に符合……いや、こっちの話だ!

 で、誰が……はぁ?……え?……ふむふむ……なん、じゃそりゃ?

 

 ……あー、いや、すまん。つまらんことで手間をかけた。

 あとはこっちで推理するから……いや、こっちの話だ、おまえもそれを読んで今の話を忘れろ!」

 

 ぷつっ。

 

 と、<伝言(メッセージ)>が切れる。

 

「記憶を押し流すには小難(こむずか)しい本を読ませるのが一番、ということで御座いますな、父上!

 で……いかがで御座いましたか?」

 

 問われたアインズは、骨の口を半開きにして斜め上の虚空を見つめ応答がない。

 

「父上!父上!お気を確かに!」

 

「……あー、すまん、パンドラ。」

 

 と、漸く反応を返すアインズ。

 

「ちょっと想像の斜め上過ぎて意識が飛んだ。軽い臨死体験をしたぞ。」

 

「縁起でもない!

 で……いかがで御座いましたか?」

 

 しばしアインズは呻吟し、頭の中を整理するかのような素振りを見せる。

 

「グレッグ・イーガン……って、わかるか?」

 

「……はぁ?」

 

「<現実(リアル)>の二十一世紀初頭に活躍した読者を置いてけぼりにするハードSFの大御所らしいぞ。ティトゥスが言うには、オレたちの短期記憶(ワーキングメモリ)をすっ飛ばす麻薬的な効果があるらしい。」

 

「なんでそんな物騒なものが最古図書館(アッシュールバニパル)に?」

 

「んなことオレが知るかーーー!

 ……いや、ベルリバーさんか、意外にヘロヘロさんあたりが好きだったのかも。」

 

「仔細はともかく、事件関係者の記憶を飛ばすために小難(こむずか)しい本を読ませた、という推理は当たりだったので御座いますな!で、読んだのは誰なんです?」

 

「それが……」

 

 と、言い淀むアインズ。

 

「……ひょっとして、(わたくし)も含まれておりました?」

 

「いや、そうじゃないんだが。

 ……四十一人もいて。」

 

「はっ?

 メイド衆……で御座いますか?」

 

 はぁーーー、と深い溜息をつく大魔王。

 

「そういうことだ。

 ティトゥスによれば、メイド全員を引き連れたオレがやって来て、そのグレッグなんとかの読書会をやったらしい、五日間ぶっ続けで。終わったときには(みな)無言で、表情皆無のまま出ていった、と閲覧履歴に記録されてるそうだ。」

 

「……父上、それって。」

 

 (みな)まで口に出さずとも不思議と心通じる父子の愛。

 

「あぁ、そういうことだ。こいつらが全員加害者だ、多分。」

 

「ということは、被害者は。」

 

「それもそういうことだ。

 なんで五億枚も使ったんだ、と思ったが、()()()はレベルが足らなくて普通の<蘇生(リザレクション)>だと消えちまうだろ?かと言ってあの馬鹿に<真なる蘇生(トゥルーリザレクション)>はもったいなくて使わんだろ、常考(じょーこー)?さりとて、死んだままはあまりに不憫だ。」

 

「トブの森ある限り、金貨はいずれ貯まりますからなぁ……。」

 

「「はぁーーーーー」」

 

と、計ったかの如く綺麗に同期(シンクロ)する溜息。

 

「わかってしまえばしょーもないことだったな。というか、むしろ何千年もやってきて、今の今までこれが起こらなかったことの方がむしろ奇跡、と言うべきかもしれん。」

 

 いや、本当にこれが初めて……なのだろうか?

 

「まこと……左様で御座いますな。」

 

 そう応じつつも、今から遡ること三百年ほど前にも、戦略費、と、今となっては仔細がよくわからない名目で帳簿に記録される支出、やはり金貨五億枚……何故かその数年後に若干目減りして戻ってきている……があることを知るパンドラズ・アクターは言葉を濁す。

 

「逆に言えば、これから四千年後にまた同じことがあるとしても……要らんだろ、再発防止策?」

 

 ……するだけ無駄、で御座いますわな!

 

「御意。」

 

 しばし、親子顔を見合わせてどんよりと無言の時間。

 

「ティトゥスが言うには、だ。」

 

と、アインズ。

 

直交宇宙(オーソゴナル)とかいう三部作が特に効くらしいぞ。」

 

「……気は進みませんが、他にどうしようも御座いませんわな。」

 

「行くか?」

 

「参りますか?」

 

 かくして碌でもない父子は、再び無言のまま最古図書館(アッシュールバニパル)へ跳んだ。

 

 

                    完

 

 

 




<次話予告>

追いつめられる双子闇妖精(ダークエルフツインズ)マーレの子ベロ。

「ボ、ボクは……。
 お、お(ねぇ)ちゃんに、み、見限られちゃうかもしれません!」

 ……はぁ?


 億劫のオーバーロード新14話『王太子サミュエルソンの失恋』


「当たり前だ!
 ……口にしなくて幸いだった。あいつは今のレベルこそややおまえに劣るが、使役する魔獣はおまえなんぞ丸呑みできるから、言ってたらおまえ、よくて胃の中、悪けりゃ糞になってるぞ!」
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