億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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想像の斜め上の事態に、パカパカペカペカ状態の大魔王。


王太子サミュエルソンの失恋(3)

 ペカペカ、と神々しい緑色の光を放って夜の森を照らす我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

「失礼ながら随分と驚いておいでの御様子ですが、何か(わたくし)可怪(おか)しなことを申し上げましたでしょうか?」

 

 真顔で問う王太子サミュエルソン・ドロローソ・デルキュリーゼ。

 

 ……いや、そりゃおかしいだろう。

 ベロから聞いた話の通りだとすれば、こいつはとんでもない勘違いをしてることになりはしないか?

 

「念のために訊くが。」

 

 なんでオレがこんなことに気を遣わにゃならんのだ、と疑問に思いつつ、それでもアインズは慎重に言葉を選びながら尋ねた。

 

「おまえの言う兄君(あにぎみ)、というのは……細面(ほそおもて)ざんばら髪だったりするか?」

 

「当然と言えば当然でしょうが、髑髏(どくろ)様は精霊(フェアリー)さんたちとご面識がおありで?」

 

 サミュエルソンの関心が意図とずれていくのを感じてアインズは苛立ちを覚えるも、それをこんな小僧にぶつけるのもいくらなんでも大人気(おとなげ)なかろう、と踏みとどまる。

 

「まぁ、あいつらは……家族、みたいなもんだ。」

 

「なんと!」

 

 対するサミュエルソンは目前の骸骨と闇妖精(ダークエルフ)に見える精霊(フェアリー)さんが家族だ、という話に素直に驚きを示した。

 

「で……どうなんだ?」

 

 確かめるまでもないか、とは思いつつも自身の問いへの回答を求めるアインズ。

 

「はい、凛とした気品漂う御方ですね。叶うものであれば(わたくし)にもあんな弟があれば、と思います。」

 

 何の疑問もなくそう答えるサミュエルソン。

 ますますアインズは頭を(かか)え込みたい気分になる。

 

「姉だ。」

 

「……はぃ?」

 

「おまえが兄だ、と思っているのは姉だ。」

 

「……えっ!

 これは失礼いたしました、とんだ勘違いをしていたようでお詫び申し上げます!」

 

 ペコリ、とサミュエルソンは頭を下げるも、そんなことを詫びられてもアインズとしては嬉しくもなんともない。というか、この先が真の問題だ。

 

「本人には言ってないよな?」

 

「……はぃ?」

 

「いや、ベ……ざんばら髪に、兄君(あにぎみ)、とか言ってないよな!」

 

 名前を出しそうになって慌てて呑み込んだアインズの問いは恫喝に近いものになった。

 

「あ……いえ、それは……言っていません。(わたくし)の勘違いは、髑髏(どくろ)様の胸一つに納めていただければ幸いです。」

「当たり前だ!

 ……口にしなくて幸いだった。あいつは今のレベルこそややおまえに劣るが、使役する魔獣はおまえなんぞ丸呑みできるから、言ってたらおまえ、よくて胃の中、悪けりゃ糞になってるぞ!」

 

「……」

 

 アインズのこの物言いにサミュエルソンは目を真ん丸にして固まっているが、むしろ本題はここからだ。

 

「これも念のために訊くが……王太子、というくらいだから、おまえは男の子だよな?実は女の子で、国を継ぐ都合で王子のふりをしてる、なんて漫画みたいな話じゃないよな!」

 

「そんなことあるんですか!

 と言うか、まんが、って何ですか?」

 

 うーむ、と唸るアインズ。

 残る可能性としては、一見異性愛者(ノンケ)に見えるこいつが実はそっちの()がある、というものがあるが、これを本人に真正面から問い質すのは大魔王アインズ・ウール・ゴウンとて倫理規範(コンプライアンス)に反するような気がしなくもなく、(つい)にアインズは、そこには触れずに真相に触れることを決した。

 

「おまえが、(うるわ)しの(きみ)、と思いを寄せているのは……ぽっちゃり顔おかっぱ頭の精霊(フェアリー)さん、なんだな?」

 

 問われたサミュエルソンは、頬を赤らめながらコクコク、と頷く。

 

 ……この阿呆め!

 

「気を確かに聞けよ。

 ……弟だ。」

 

「……?」

 

細面(ほそおもて)ざんばら髪が姉で、ぽっちゃり顔おかっぱ頭は……弟だ!」

 

「……!」

 

「いや、恋愛の()(よう)は人それぞれでこうあらねばならない、なんてことはないから、おまえ自身がそれで満足だ、というのであればオレがどうこう言う筋合いのことじゃないんだが……」

 

 何を思ってか政治的妥当性(ポリコレ)に配慮しつつそういう大魔王が、途中から相槌が返ってこなくなったことに気づいてサミュエルソンに視線を向けると、サミュエルソンは胡坐(あぐら)()いて座ったまま、白目を剥いて気絶している。

 

「……ありゃりゃ。」

 

 困ったな。どうでもいい、っちゃーどうでもいい話ではあるが。

 このまま放置して万が一こいつが死にでもしたら、オレは王太子暗殺犯じゃねーか!

 

「<伝言(メッセージ)>!

 ……あぁ、ルプーか?オレだ!今から拾いにいくから出れるように準備しといてくれ。

 あ!これは他の(みな)には内緒だ、いいな!」

 

 

 

 自らナザリックに迎えに跳んだ戦闘メイド(プレアデス)ルプスレギナ・ベータが治癒魔法を用いれば、たちまちにサミュエルソンは正気を取り戻した。

 

 所持品(インベントリ)に少なからず忍ばせている治癒薬(ポーション)の一本でも頭からかけてやれば済む話、ということは百も承知でありつつも、こんなしょーもないことに最低位のそれとはいえアイテムを消費したくないのは、この世に居並ぶことなき貧乏性の大魔王アインズ・ウール・ゴウンの面目躍如、といったところ。

 結局そのために、僅かな時間とは言え気を失っているサミュエルソンと供の小鬼(ゴブリン)の安否を気遣って最上位不死者(アンデッド)を召喚し、<転移門(ゲート)>、ギルドの指輪、再び<転移門(ゲート)>と中継してルプスレギナを連れてくる手間を惜しまないのは、アインズの吝嗇(けち)ぶりが最早病気の域に達していることを(あかし)して余りある。

 

「……うーん。

 あれ?も、申し訳ありません!気を失ってしまっていたようで!」

 

 意識を取り戻したサミュエルソンは大慌てで平服したが、

 

「いや、構わん。オレも同じ目に遭ったら多分そうなる。」

 

と、鷹揚な大魔王。

 

「ちょっと……衝撃(ショック)が大き過ぎて。」

 

 ここまで王太子として礼を踏まえた言動を徹していたサミュエルソンであったが、流石に(こた)えたものか、しゅん、と項垂(うなだ)れている。

 その横で、こいつ何なんだろう?という顔をしていたルプスレギナが何かに気づいて鼻を、ピクピク、と動かした。狼女(ワーウルフ)の彼女は鼻が利く。

 

「この子……いい匂いがするっすねぇ。」

 

「匂い?」

 

 そう言えば、ベラもこの小僧に出会ったとき鼻をひくひくさせてた、とベロも言ってたな、とアインズは思う。

 

「坊主は何か獣を飼ってたりするっすか?」

 

 ルプスレギナがそう言いながら無遠慮に近寄って自身の首筋近くまで顔を寄せて鼻をくんくんさせるので、その野性味(やせいみ)溢れる色気を感じてサミュエルソンは顔が真っ赤になる。

 

「あ、あ、あ……それは、ミルゥ、だと思います、多分。」

 

「?」

 

 何それ、という顔でルプスレギナに覗き込まれ、サミュエルソンは長い耳の先まで真っ赤だ。

 

「ヒ、ヒ、鷲頭天馬(ヒッポグリフ)です!ボ、ボ、ボクの乗騎の!」

 

 なるほど、とアインズは得心した。

 ベロの観察は決して間違ってはいない。ベラはこの小僧の体に染みついた騎獣の体臭に反応していたのだ。わかってしまえばさもありなんだが、これに嫉妬したベロもお疲れ様だなー。

 

「可愛い子っすねー。

 筆おろししちゃっていいっすか?」

 

 たちまちにアインズにギロリ、と睨みつけられ、ルプスレギナは「いやだなー、冗談すよ!」と舌を出した。

 一方のアインズは、これまたそんなことを気にする要がないことは百も承知の上で、ルプスレギナの色気にかくも初心(うぶ)な反応を返すくらいだから、ベロを女の子と思い込んで(いだ)いた恋心も思春期の熱病のようなもので、存外聡明に見えるこの小僧がそれを引き摺ることなどあるまい、と安堵している。

 

「ま、まったくお恥ずかしい限りで……」

 

 引き続き恐縮するサミュエルソンに、

 

「今宵のオレとの出会いも含めて……忘れることだな。」

 

と、返すアインズ。

 

「……仰せの通りです。」

 

 サミュエルソンは改めて深く伏礼を捧げながら、母を含め異世界からやって来た(もの)たちの極度の忘れっぽさと強さは、表裏一体のものなのだろうか、と思いを巡らせた。

 

 

                    *

 

 

「ふわーーーっ!

 ……え?……あれ?

 あーーーーーっ!あっし、寝入っちまってましたかい?若ッ、面目次第も御座いませんですーーー!」

 

 翌払暁。

 目を覚ました小鬼(ゴブリン)野伏(レンジャー)キュージコージは、自身の傍らで焚火の番をしているサミュエルソンに気づき、たちまちに飛び上がって土下座をした。

 

「ホラッ、おまえも起きろ!」

 

 ポカッ、と相方の頭をはたけば。

 

「……ゲロゲロ?

 ゲロゲーローーーッ!」

 

と、やはり飛び上がって土下座に転じるミギコージ。

 

「あぁ、気にしなくていいよ。ちょっと考え事をしていただけだから。」

 

 森の中で野営するに際しては、火の番を立ててこれを絶やさないことは、不意の獣の襲撃を避ける基本中の基本だ。本来は道先案内(ガイド)を請け負っているキュージコージ、ミギコージが交代でその任に当たって然りなので、二人のこの慌てぶりは至極当然なものだった。

 もっとも、当人たちは気づいてはいないが、二人を魔法の力で眠らせたのはサミュエルソンなのだから、彼にはこれを責めるつもりなど毛頭ない。

 

 簡単な食事を済ませて歩き始めてからも、二人はサミュエルソンに詫びっ(ぱな)し……もっとも、ぐだぐだ詫び口上を語るのはキュージコージで、ミギコージは相変わらずゲロゲロ言っているだけなのだが……だったが、その言葉は、昨夜の思いもよらぬ稀人(まれびと)との邂逅を反芻するサミュエルソンの頭には入ってこない。

 

 今宵のオレとの出会いも含めて忘れることだ、と告げるや髑髏(どくろ)様は、お供の妖艶な女性を連れてそのまま<転移門(ゲート)>へと姿を消してしまった。

 思い起こせば存外気安い人物に見えた髑髏(どくろ)様に、訊いてみたいこと、尋ねてみるべきだったことはいろいろあったような気はするが、あの時点では常識の埒外の存在の不興を買わぬよう気配りするのが精一杯で、自分から何かを問うなどということは叶わなかった。ましてや、()()()()()を知らされた(のち)は、頭の中が真っ白になってしまって何を為せたはずもなし。

 

 それにしても……だ。

 頭を冷やして考えてみれば、そもそもどうして髑髏(どくろ)様は突然自分の前に現れたのだろう?

 

 きっかけが、自身の精霊(フェアリー)さんに対する名乗りだったのは間違いない。髑髏(どくろ)様は精霊(フェアリー)さんのことを、家族みたいなもの、と言った。精霊(フェアリー)さんから自分のことを聞いた髑髏(どくろ)様は、どういった理路によるものかはわからないが、自分に会う要を覚えて姿を現したのだろう。

 

 それは……何だ?

 

 第一には母ドロレスだ。

 自分が他の(みな)とは少し異なる存在……魔法や技能(スキル)の習得速度において異様な(もの)であることにはもちろん自覚がある。おそらく精霊(フェアリー)さんの話から自分がそのような存在だ、と気づいた髑髏(どくろ)様は、その来歴を問い質すべく……正しく言うならば、予想される来歴通りの(もの)であるかを確かめるべく現れたのだ。

 そして髑髏(どくろ)様は、母ドロレスのことを知っていた。これは父王から、髑髏(どくろ)様に問われても決して母については真を話すな、と含められていたこととも符合する。が、父王は明らかに髑髏(どくろ)様が母にとって危険な存在である前提で話していたように思われるのに対し、髑髏(どくろ)様は母の只今を気遣い、無事息災を喜ぶ素振りを見せた。この微妙なずれは、何を意味しているのだろう?

 

 加えて。

 髑髏(どくろ)様は、髑髏(どくろ)様が母が元気でいることを喜んでいる、と本人には伝えるな、と言った。本人のためにならない、と。

 母の名前を中空から取り出した紙束に求めた髑髏(どくろ)様は、おそらく母同様の極度の健忘症であるに違いない。とてつもない力を有しているにもかかわらず、異世界からやって来た人々にはそういう弱みがあるのだろう。実際母は、父王との出会いも含めて今日(こんにち)に至る経緯をまったく把握していないし、そもそもそこに興味関心がないように見える。

 一方で、紙束から母の名や所属したギルド名を引き出す髑髏(どくろ)様は、続かぬ記憶を記録で補っている存在だ、ということになる。母はその辺りを完全に父王に依存していて、父王は、母が思い出すべきでない事柄については敢えては触れない。母に対しても髑髏(どくろ)様の話は決してするな、と命じられたのも同じ目的によるものだ。母が髑髏(どくろ)様のことを思い出すべきでない、という点において、父王と髑髏(どくろ)様はまったく同じ判断をしている、ということになるが、これはどういうことなのだろう?

 格下の(もの)の方からそんな気の遣いかたをするなどあり得ないから、おそらく髑髏(どくろ)様は、馬鹿げた化け物である母よりも更に格段に強いのに違いない。髑髏(どくろ)様は、異世界からやって来た(もの)の多くが自滅の道を歩む、と言ったが、母もまた、髑髏(どくろ)様のことを思い出せば彼に対して無謀な戦いを挑む、ということか。そして、髑髏(どくろ)様自身はそれを決して望んではいないのか。

 

 それって……本当に凄い御方なんじゃないのか、あのちょっと面白可笑(おか)しい骸骨は。

 

 そう、そこだ。本当にわからないのはそこなのだ!

 髑髏(どくろ)様は、間違いなく父王の即位を祝ったと聞く北方を統べる竜王(ドラゴンロード)に匹敵する雲上の存在であり、同じ異世界からやって来た(もの)として、母を気遣ってくれさえする懐の深い御方だ。

 

 そんな御方が……。

 どうしてわざわざボクが恋をした精霊(フェアリー)さんが、実は男の子……あぁ、駄目だ。改めて思い出すと恥ずかしいやら悲しいやらで眩暈がしてくる……だ、などという、そんなクソしょーもないことを知らせるためにボクの前に稀有なその姿を晒したのだろう?

 

「若ッ……若ッ!」

 

 自身に呼び掛けるキュージコージの声に、サミュエルソンは思索を断ち切られた。

 

「えっ?」

 

「いやー、若様がまったく心ここにあらずのご様子なんで心配になりやして。何か深いお考え事をなすっていた途中であったのなら、これまた申し訳ないことでは御座いやすが……やはり(うるわ)しの(きみ)のことを思っておいででいらっしゃる?」

 

 もー、思い出させないでよー!

 

「決して常に、じゃ御座んせんが、こうして竜牙(ドラゴンタスク)詣でを続けておりますれば、御尊顔を拝する機会も自ずと増えましょうよ。」

 

 もちろん事情を知らないキュージコージは善意でそう言うも。

 

「いや……もういいんだ。」

 

「……はぃ?」

「ゲロゲーロ?」

 

 よもや恋した相手が実は男の子だった、などと、それが判明した経緯も含めて彼等に語れるはずもなし。

 

「ゴホンッ!

 精霊(フェアリー)さんは森の(みな)のものだ、ということが身に沁みてわかったからね。これを独り占めしよう、なんてのは分不相応というものさ。」

 

 元より、キュージコージもミギコージも、王太子とはいえ森の精霊(フェアリー)さんに恋をするとは、破天荒な父王の血は争えないものだ、と思っていなくもなかったので、これ以上この話題に深入りすることはなかった。

 

「まぁ……若様にお似合いの姫君候補は五万とおりましょうよ。なんならあっしが、綺麗どころを求めて世界中を旅して参りましょうか?」

「ゲロゲーロ?」

 

「それは困る。」

 

と、サミュエルソン。

 

「旅に出るなら……ボクも一緒でないと。」

 

 片八重歯を見せて笑う王太子に、小鬼組(ゴブリンコンビ)もニパッ、と屈託のない笑みを返した。

 

 森の玄関口(アントレ・デラフォレ)への帰路は、行きよりも一日(いちにち)長い五日を要した。

 その途上、サミュエルソンたちは協力して大きな鹿を一頭狩った。騎獣を預けた宿への土産にするためだ。宿への支払いは王国の金貨でおこなわれているが、森の玄関口(アントレ・デラフォレ)が王国から何かを調達する、ということはそうそうないので、金貨は形式的に受け取っているに過ぎず、こういった現物の方が謝礼として喜ばれる。人間、亜人の食用としては硬すぎて好まれない(ネック)(シャンク)は、切り分けてもらった上でおとなしく(あるじ)の帰りを待っていたミルゥへのご褒美になった。

 

「ありがとうね、キュージコージ、ミギコージ。

 次の旅の目処が立ったらまた<伝言(メッセージ)>するよ。」

 

「えぇ、お待ちしておりますとも。若様も今夜はゆっくりお休みになって、明日もどうぞ恙無く王都を目指しておくんなさいまし!」

「ゲロゲーロ!」

 

 こうしてサミュエルソンは、街に戻って以来、何処かから自分を監視する視線が注がれていたことに気づかないままに宿で深い眠りに落ちたのである。

 

 

 

 そして翌朝。

 

「……<伝言(メッセージ)>!

 あ、母上ですか。」

 

(あら、ドロローソが私に<伝言(メッセージ)>だなんて珍しいこともあるのね。母が恋しくなったのかしら?)

 

「……今、どちらにおいでです?」

 

(藪から棒に何よ。)

 

「母上ですよね?」

 

(……何のことかしら?)

 

「こっちは朝から大騒ぎになってますよ!」

 

(それはお騒々しいことで。)

 

「とぼけないでください!

 七人もの無頼の(やから)の、寸分(たが)わず眉間を射抜ける使い手なんて他にいるわけないでしょ!」

 

(たまたま気づいちゃったんだから……仕方がなくない?)

 

「せめて遺体を宿の門前に放置する、というのは何とかならなかったんですか?」

 

(こちらの生き物は死んでも消えないから面倒よね。

 ドロローソは、王妃に死体の片付けなどという汚れ仕事をさせるつもりなの?)

 

「それを言うなら普通、王妃は狙撃手(スナイパー)を兼ねませんよ!

 ……私ももう子どもではありませんので、自分の身は自分で守れます。」

 

(母の愛は素直に受けるものよ。)

 

「そこには御礼を申し上げますが。

 念のために伺いますが……よもや森でも私の(あと)を追っておられたわけではないですよね!」

 

(まさか。それはサミュエルが(おこ)るもの。)

 

 どうやら最悪の事態は避けられたようだ、とサミュエルソンは安堵した。

 (いな)、むしろこのいささか過保護気味な母に髑髏(どくろ)様の存在を思い起こさせ、行動の自重(じちょう)を促すべきだろうか?……駄目だ、駄目だ!その程度でこの人がおとなしくなるはずもない。

 

「……ともかく。火消しをしてから戻りますので、帰着は明晩になるものとご承知おきください。」

 

(そんなの(ほう)って帰ってきなさいよ。)

 

「こっちは王国じゃないんです!

 私が旅する都度こんなことが起こっていたら、そのうち私のみならず王国の民までもが受け入れてもらえなくなりますよ。」

 

(大丈夫よ、誰もそんなややこしいことまで考えないから。)

 

「考えないのは母上だけです!

 ともかく……こちらの顔役たちには一通り話をつけてから帰りますので。では!」

 

 はぁーーーっと深い溜息を吐くサミュエルソン。

 髑髏(どくろ)様は異世界にいた時分の母をご存知の口振りだったが、存外こういう母の性分をご承知で、そこを案じてくださっておいでだったのやも知れない、と頭を(かか)え込む。

 

「こんな無茶苦茶な両親のもとに生まれて、良識人に育っている自分を褒めてあげたい気分だ。」

 

 そう独り言ちたサミュエルソンは、騒ぎの後始末に森の玄関口(アントレ・デラフォレ)の実力者、有力冒険者を巡る準備を始めた。

 

 

                    *

 

 

 カポーーーン!

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)大浴場、スパリゾートナザリック。

 

「あ、ア、アインズ様ァ!」

 

 湯船につかった大魔王アインズ・ウール・ゴウンを見つけた闇妖精(ダークエルフ)ベロが、嬉しそうな声を上げて駆け出そうとするのを認めて、

 

「待て待て、ベロ!」

 

と、慌ててこれを制するアインズ。

 

「忘れたか?大浴場内は走るのは禁止だ。獅子像(レオゴーレム)にお仕置きされるぞ。」

 

「あっ……そ、そうでした!」

 

 言われたベロはたちまちに掟を思い出して歩みを緩め、それでもやや早足気味にアインズのつかる浴槽に、ちゃんとかかり湯を済ませてから入って来た。

 

 双子闇妖精(ダークエルフツインズ)は、アインズが特別に命じない限りは常に同世代二人一組で行動するので、どちらか一方だけを捕まえ、かつ、相方にそれを気取られないのは容易ではない。

 唯一の例外が男湯、女湯に分かれたここスパリゾートナザリックであり、アインズは事前に自身の専属三助、蒼玉の粘体(サファイアスライム)の三吉君から、ベロが入浴に訪れる時間を聞き出し、それを狙って待ち受けたものだ。

 

「あー、ベロよ。」

 

 さて。事の顛末をどうこいつに伝えたものか、とアインズは内心頭を捻っている。

 ベロが、王太子だとかいう小僧をベラが気に入ったとやきもちを焼いたこと、その王太子がベロを女の子だと思いこんで恋をしていたこと、すべてが勘違いだが、思い込み激しいベロは、ただ「それは勘違いだ」では納得してくれないかも知れない。

 

「な、なんですか、ア、アインズ様ァ?」

 

 至高の主の苦悩も知らずに、ベロは気持ちよさそうに湯船につかっている。

 ベロが女の子だと思われていたことはともかく、ベラが王太子を気に入っていたわけではなく、単に身体に染み付いた獣の匂いに惹かれていただけだ、という話は、変に気遣うよりも事実をそのまま伝えるのが一番だろうか?

 

「この前聞いた話だが。」

 

「?」

 

 どうやらベロは、たちまちにはアインズが何の話をしようとしてるのか(かい)さない様子。

 ナザリック地下大墳墓の(あるじ)にここまで気を遣わせておいてその態度はどーよ?とアインズは思うも、まだ幼いベロにそんなことを求めるのも無茶振りだろう、と割り切る。

 

「その……なんだ。ベラが森で出会った王子とやらを気に入った、とか、そんな話だが。」

 

「あ!

 ア、アレはもういいです!」

 

「……はぁ?」

 

 骨の口がパカリ。

 

「あ、あれからお(ねぇ)ちゃんに、じ、自分で訊いたんです!」

 

「……何を?」

 

「あ、あんな感じの、お、王子様がいいのか、って。」

 

 ……なら、最初からそうしろよ!

 

「で……どうなったんだ?」

 

「そ、そしたら、お、お(ねぇ)ちゃんが。」

 

「ふむふむ。」

 

「ワ、ワタシがだ、大好きなのは……ベ、ベ、ベ、ベロだけだよって!」

 

 そりゃ……そうだろうよ。

 

「そ、そう言いながら……ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ」

「ちょっと落ち着け!窒息するぞ!」

 

「す、すいません、ア、アインズ様ァ!

 お、お(ねぇ)ちゃんは、ワ、ワタシが大好きなのは……ベ、ベ、ベ、ベロだけだよって言いながら、ボ、ボ、ボ、ボクのおでこに……チュッ……ってしてくれたんですーーー!」

 

 (なんー)……じゃそりゃ。

 

 

 

 この会話に、衝立一つ隔てた朽棺の竜王(エルダーコフィンドラゴンロード)の湯に浸かりながら、密かに聞き耳を立てる悪魔が約一名。

 

 うーむ。

 アインズ様は、森妖精(エルフ)の王子()()()()()男色に走るはお喜びにならない……か。

 

 はて、どうしたものか。いささかベタではあるが、ここは一つ父親殺しの王妃奪い(エディプスコンプレックス)でも使嗾して……いやいや、駄目だ駄目だ!

 <現実(リアル)>において生母との死別を経験しておいでのアインズ様は、こと母親にまつわるネタは、如何に文学的な趣向を凝らしたとしても諧謔(ユーモア)冗談(ジョーク)とは受け取って下さらず、烈火のお怒りを(こうむ)る恐れこれあり……いや、それもいいな!いやいや、駄目だ駄目だ!本当に殺されてしまっては返ってアインズ様がお苦しみあそばすことにもなりかねぬ。ブチ切れギリギリを狙うのが肝要。我らが至高の主のお好みは、繊細にして深淵なのだ!

 まぁ……(あせ)る必要はない。時間は無限にあるのだから、アインズ様のご期待に沿う機会はこれからも未来永劫いくらでもあろう。

 

 嗚呼、()()忠節(おちょくり)(ネタ)()きまじ!

 

 ……ん?

 誰だ、私の内なる声に不敬極まりない読み(ルビ)を振ったやつは!

 

 

                    *

 

 

(たの)モウッ!」

 

 大陸西方、王都リ・エルキュリーゼ。

 マグヌッソン、と名乗る大鬼(オーガ)がやって来て、王の座を賭けて国王サミュエルとの一騎打ちを所望する、と申し出たことを受けて、俄に王宮は色めき立った。

 

「陛下!」

 

 建国当時、サミュエルの警備会社の部下からそのまま組織された王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)では王サミュエルを、陛下、などと呼ぶ(もの)は皆無で、大抵は親分だの兄貴だのと言っていたものだが、それを知る世代は(みな)死に絶え、村々の槍隊からこの(もの)は、と推挙される逸材から選抜されるようになった今日(こんにち)王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)は、サミュエルを「陛下」と呼ぶ。

 

「待たせておけ。(あと)で相手をしてやる、とな。」

 

 サミュエルは傘下の村の一つ、赤の入植地(コロン・ラ・ルージュ)の領主を迎えて村の経営の相談に応じているところだった。領主は恐縮して切り上げを提案したが、王は「そんな奴をいちいち優先対応していたらキリがない」と取り合わなかった。

 

「あ、ドロレスには知らせるな。そいつが死ぬ。」

 

 謁見室から出て行こうとした騎士にサミュエルがそう言うと、

 

「その……王妃様は……」

 

「手遅れだったか?」

 

「いえ。王妃様はその大鬼(オーガ)に茶を供し、陛下が追ってお相手くださるゆえしばし待て、と(さと)しておいでで御座います。」

 

 ……あいつも随分と丸くなったものだ。

 あるいはサミュエルソンの差し金か?

 

 サミュエルは、ひょいひょい、と手を振って善きに計らえと騎士に指示しつつ、差し向かう領主に問いかける。

 

「何の話だったかな?いや、大丈夫、わかっている。灌漑用水路の整備に人手が足りない話だったな。俺に妙案があるんだが……乗るか?」

 

 

 

「待たせたな。」

 

 半刻ほどの(のち)、王宮前の庭で得物の金砕棒(スパイクドクラブ)を地面に突き立て腕組みしていた大鬼(オーガ)マグヌッソンの前に、徒手空拳のサミュエルは姿を現した。

 

「得物ハドウシタ?」

 

「おまえ(ごと)小童(こわっぱ)相手に、そんなもん要らんわ。」

 

「ヌカセ、老イボレ!」

 

 サミュエルの傲岸不遜な態度にいきり立ったマグヌッソンは、たちまちに大きく振りかぶった金砕棒(スパイクドクラブ)をサミュエルに向けて振り下ろすが、サミュエルは(かわ)す素振りも見せず、むしろマグヌッソンに向かって踏み込みながら間一髪で()けて懐へと飛び込み、

 

「ふんっ!」

 

と、気合一閃の一本背負い。

 

 二回り近く大きいマグヌッソンの身体(からだ)が宙を舞い地面に、ドンッ!と叩きつけられる。

 

「グハッ!」

 

 と、息を詰まらせるマグヌッソン。応じる()もなくサミュエルに組み伏せられ、観念の声を漏らした。

 

「カクナル上ハ、磔ナリ獄門ナリ好キニシロ!」

 

「……はぁ?なに馬鹿なことを言っとるんだ、おまえは。

 それより一杯付き合え。いい酒があるんだ!」

 

 マグヌッソンから離れたサミュエルが片手を挙げて騎士の一人を呼ぶと、木の椀二つと何やら(ラベル)の貼られた酒瓶が届けられ、

 

「ほれ、()いでやろう!」

 

と、押し付けられた椀に王自ら酌されれば、マグヌッソンに抗う(すべ)もなし。

 一方のサミュエルは、自らもう一つの椀に手酌して乾杯を交わすでもなく、グビ、っと一息に中身を煽る。

 

「くぅーーーっ、一仕事(ひとしごと)終えた(あと)はまた(たま)らんなぁ!

 どうした?遠慮せずに呑め。」

 

 わけもわからぬままにマグヌッソンは、恐る恐る、でありながら、一息に()がれた酒を飲む。

 

「……(うま)イ。

 処刑ニ先立チ末期(まつご)ノ酒、トイウコトカ?」

 

「さっきからおまえは何を馬鹿なことを言っとるんだ?そんな益体もないことをするわけないだろ、()れ者め。それよりもおまえに耳寄りな話がある。聞くか?もちろん聞くよなーーー!」

 

 問いかけつつも、サミュエルに返事を待つ様子はまったくない。

 

「おまえにうってつけの仕事がある。三食昼寝つきで、しかも現場はさきほど馳走した酒の産地でうまく立ち回れば呑み放題だ。叶うものなら代わって欲しいくらいだが、乗るよな?乗らないわけないよな?だっておまえは俺の(さかずき)を受けた子分だものな?親分の勧める仕事を断れるわけないよなーーー!」

 

 問答無用の押しに、マグヌッソンは、

 

「ハ……ハァ。」

 

とだけ呟くも、これを言質とみたサミュエルは、

 

「ではおまえの雇い主を紹介しよう。ついて来い!」

 

と身を翻した。

 

「父上は父上で……相変わらず無茶苦茶だなぁ。」

 

 この様子を王宮の一室の窓を通して伺っていた王太子サミュエルソンは、そう呟きながら深い溜息をもらした。

 もっとも、呆れ果てつつも父王の振る舞いに理があるのは承知している。

 

 ともすれば、(よこしま)さと(おろ)かさは混同されがちではあるが似て非なるものだ。

 前者はときに果断な誅伐を要することがある一方、後者に同様に対すれば、遅かれ早かれ(たみ)は萎縮しお(かみ)の顔色を伺うだけの阿呆ばかりになってしまう。サミュエルソンは、父王は必ずしもその理屈を理解の上でやっているのではなく、あの振る舞いは天性によるものだ、と考えていた。

 

 只今の王国の統治は過分にその天性に依存していて、その証拠に、王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)は父王の命に従順で勤勉に務めはするものの、父王と同じ視点で自ら判断することはなく、そもそもそういった発想をまったく欠いている。王国においてその役割を果たしているのは母ドロレス、ただ一人であり、かつ、母は単騎でそれを如何様(いかよう)にも実行する力を有しているが(ゆえ)に、父母は車の両輪となってこの国の秩序を維持してきた。

 父王は、母の没後に備えて相当する手段を考えておけ、などと能天気にのたもうたものだが、それ以前の問題だ。自分には、父の真似は出来ない。少なくとも、こういったことを考える前に自然にやってのける父王に対し、自分はこうしてこれを呻吟してしまっている時点で器が違う。だから、父王のやり方をそのまま真似るのは得策ではないし、母に代わる強力な抑止力を探し求める、などというのも筋違いの話だ。

 

 自分は自分なりのやり方を見出すしかない。

 

 まずは王国騎士(シュヴァリエ・ロワイヨム)の改革だろう。今の彼等は忠実な兵士ではあるが有能な官僚ではない。自分には、言わずとも意を察して能動的に判断し、必要に応じて王の裁可を乞う分別を有した幕僚が必要だ。各村の槍隊士卒から見込みのある(もの)を選抜する今のやり方では、そういった人材を得ることは難しい。その辺りから着手していかざるを得まい。

 父王のいう、王国秩序維持の切り札、は一聴の価値はあるが、それを求めるのは自身の分を超える、とサミュエルソンは考えている。図らずも邂逅した髑髏(どくろ)様と何某(なにがし)かの(えにし)を結び、いよいよの際にその力を当てにする、という考え方は極めて魅力的ではあるが、髑髏(どくろ)様が母同様に記憶に難を(かか)える不安定な存在であることを思えば、それは採算の合わない諸刃の剣だ。母には父王、そして自分という安全弁があるが、髑髏(どくろ)様にはそれがない。そんなものを当てにするのは本質的に間違っている。

 むしろ切り札、などというものを必要とする事態がそもそも生じないような体制を目指すべきだ。それは如何(いか)なる脅威にも反撃可能な国家の構築よりも、なお一層困難な道のりではあろうが、なればこそ、一世一代の課題として取り組む価値もあろう、というものだ。

 

 天衣無縫の創業の王、サミュエル・エルキュルハウゼンの名を継ぐ運命(さだめ)(もの)としては、そのくらいの努力は惜しむものでもあるまい。

 

 

 

 これから百五十年の(のち)、父王サミュエル・エルキュルハウゼンの薨去に伴い、王太子サミュエルソン・ドロローソ・デルキュリーゼがその(あと)を襲ってサミュエル・デルキュリーゼを名乗った。

 もっともそれは形式的なものであって、余りに偉大であった建国の王の名で呼ばれることを憚った彼は二世(ドゥジエム)と名乗ることを好み、ドロローソの幼名を用い続けた母ドロレスを例外に(みな)からそう呼ばれるようになった。

 

 勃発必定の嫁姑戦争を恐れて、母が身罷るまで二世(ドゥジエム)は独身であったという。

 

 

 

                    完

 

 

 




<次話予告>

(エクリプス)に比肩し得る稀なる属性(クラス)で、父上の必殺(わざ)に相当する技能(スキル)として、俗に三手番殺し(スリーターンキル)、と称される剣呑な術を弄します。
 つまり、かの(もの)と対峙した(もの)は、ニ手のうちにこれを葬らねば、三手目と同時に問答無用に絶命させられる、という反則(チート)すれすれの大技で御座いますな。」

過去最強の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)現る。
迎え撃つナザリック地下大墳墓、大魔王アインズ・ウール・ゴウンに勝機はあるのか?


 億劫のオーバーロード新15話『仏の顔も三度まで』


 ピン、とアインズの背筋が伸びる。

()めてくれ、オレはノンケなんだ!」


翌一月吉日公開予定。
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