ペカペカ、と神々しい緑色の光を放って夜の森を照らす我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウン。
「失礼ながら随分と驚いておいでの御様子ですが、何か
真顔で問う王太子サミュエルソン・ドロローソ・デルキュリーゼ。
……いや、そりゃおかしいだろう。
ベロから聞いた話の通りだとすれば、こいつはとんでもない勘違いをしてることになりはしないか?
「念のために訊くが。」
なんでオレがこんなことに気を遣わにゃならんのだ、と疑問に思いつつ、それでもアインズは慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「おまえの言う
「当然と言えば当然でしょうが、
サミュエルソンの関心が意図とずれていくのを感じてアインズは苛立ちを覚えるも、それをこんな小僧にぶつけるのもいくらなんでも
「まぁ、あいつらは……家族、みたいなもんだ。」
「なんと!」
対するサミュエルソンは目前の骸骨と
「で……どうなんだ?」
確かめるまでもないか、とは思いつつも自身の問いへの回答を求めるアインズ。
「はい、凛とした気品漂う御方ですね。叶うものであれば
何の疑問もなくそう答えるサミュエルソン。
ますますアインズは頭を
「姉だ。」
「……はぃ?」
「おまえが兄だ、と思っているのは姉だ。」
「……えっ!
これは失礼いたしました、とんだ勘違いをしていたようでお詫び申し上げます!」
ペコリ、とサミュエルソンは頭を下げるも、そんなことを詫びられてもアインズとしては嬉しくもなんともない。というか、この先が真の問題だ。
「本人には言ってないよな?」
「……はぃ?」
「いや、ベ……ざんばら髪に、
名前を出しそうになって慌てて呑み込んだアインズの問いは恫喝に近いものになった。
「あ……いえ、それは……言っていません。
「当たり前だ!
……口にしなくて幸いだった。あいつは今のレベルこそややおまえに劣るが、使役する魔獣はおまえなんぞ丸呑みできるから、言ってたらおまえ、よくて胃の中、悪けりゃ糞になってるぞ!」
「……」
アインズのこの物言いにサミュエルソンは目を真ん丸にして固まっているが、むしろ本題はここからだ。
「これも念のために訊くが……王太子、というくらいだから、おまえは男の子だよな?実は女の子で、国を継ぐ都合で王子のふりをしてる、なんて漫画みたいな話じゃないよな!」
「そんなことあるんですか!
と言うか、まんが、って何ですか?」
うーむ、と唸るアインズ。
残る可能性としては、一見
「おまえが、
問われたサミュエルソンは、頬を赤らめながらコクコク、と頷く。
……この阿呆め!
「気を確かに聞けよ。
……弟だ。」
「……?」
「
「……!」
「いや、恋愛の
何を思ってか
「……ありゃりゃ。」
困ったな。どうでもいい、っちゃーどうでもいい話ではあるが。
このまま放置して万が一こいつが死にでもしたら、オレは王太子暗殺犯じゃねーか!
「<
……あぁ、ルプーか?オレだ!今から拾いにいくから出れるように準備しといてくれ。
あ!これは他の
自らナザリックに迎えに跳んだ
結局そのために、僅かな時間とは言え気を失っているサミュエルソンと供の
「……うーん。
あれ?も、申し訳ありません!気を失ってしまっていたようで!」
意識を取り戻したサミュエルソンは大慌てで平服したが、
「いや、構わん。オレも同じ目に遭ったら多分そうなる。」
と、鷹揚な大魔王。
「ちょっと……
ここまで王太子として礼を踏まえた言動を徹していたサミュエルソンであったが、流石に
その横で、こいつ何なんだろう?という顔をしていたルプスレギナが何かに気づいて鼻を、ピクピク、と動かした。
「この子……いい匂いがするっすねぇ。」
「匂い?」
そう言えば、ベラもこの小僧に出会ったとき鼻をひくひくさせてた、とベロも言ってたな、とアインズは思う。
「坊主は何か獣を飼ってたりするっすか?」
ルプスレギナがそう言いながら無遠慮に近寄って自身の首筋近くまで顔を寄せて鼻をくんくんさせるので、その
「あ、あ、あ……それは、ミルゥ、だと思います、多分。」
「?」
何それ、という顔でルプスレギナに覗き込まれ、サミュエルソンは長い耳の先まで真っ赤だ。
「ヒ、ヒ、
なるほど、とアインズは得心した。
ベロの観察は決して間違ってはいない。ベラはこの小僧の体に染みついた騎獣の体臭に反応していたのだ。わかってしまえばさもありなんだが、これに嫉妬したベロもお疲れ様だなー。
「可愛い子っすねー。
筆おろししちゃっていいっすか?」
たちまちにアインズにギロリ、と睨みつけられ、ルプスレギナは「いやだなー、冗談すよ!」と舌を出した。
一方のアインズは、これまたそんなことを気にする要がないことは百も承知の上で、ルプスレギナの色気にかくも
「ま、まったくお恥ずかしい限りで……」
引き続き恐縮するサミュエルソンに、
「今宵のオレとの出会いも含めて……忘れることだな。」
と、返すアインズ。
「……仰せの通りです。」
サミュエルソンは改めて深く伏礼を捧げながら、母を含め異世界からやって来た
*
「ふわーーーっ!
……え?……あれ?
あーーーーーっ!あっし、寝入っちまってましたかい?若ッ、面目次第も御座いませんですーーー!」
翌払暁。
目を覚ました
「ホラッ、おまえも起きろ!」
ポカッ、と相方の頭をはたけば。
「……ゲロゲロ?
ゲロゲーローーーッ!」
と、やはり飛び上がって土下座に転じるミギコージ。
「あぁ、気にしなくていいよ。ちょっと考え事をしていただけだから。」
森の中で野営するに際しては、火の番を立ててこれを絶やさないことは、不意の獣の襲撃を避ける基本中の基本だ。本来は
もっとも、当人たちは気づいてはいないが、二人を魔法の力で眠らせたのはサミュエルソンなのだから、彼にはこれを責めるつもりなど毛頭ない。
簡単な食事を済ませて歩き始めてからも、二人はサミュエルソンに詫びっ
今宵のオレとの出会いも含めて忘れることだ、と告げるや
思い起こせば存外気安い人物に見えた
それにしても……だ。
頭を冷やして考えてみれば、そもそもどうして
きっかけが、自身の
それは……何だ?
第一には母ドロレスだ。
自分が他の
そして
加えて。
母の名前を中空から取り出した紙束に求めた
一方で、紙束から母の名や所属したギルド名を引き出す
格下の
それって……本当に凄い御方なんじゃないのか、あのちょっと面白
そう、そこだ。本当にわからないのはそこなのだ!
そんな御方が……。
どうしてわざわざボクが恋をした
「若ッ……若ッ!」
自身に呼び掛けるキュージコージの声に、サミュエルソンは思索を断ち切られた。
「えっ?」
「いやー、若様がまったく心ここにあらずのご様子なんで心配になりやして。何か深いお考え事をなすっていた途中であったのなら、これまた申し訳ないことでは御座いやすが……やはり
もー、思い出させないでよー!
「決して常に、じゃ御座んせんが、こうして
もちろん事情を知らないキュージコージは善意でそう言うも。
「いや……もういいんだ。」
「……はぃ?」
「ゲロゲーロ?」
よもや恋した相手が実は男の子だった、などと、それが判明した経緯も含めて彼等に語れるはずもなし。
「ゴホンッ!
元より、キュージコージもミギコージも、王太子とはいえ森の
「まぁ……若様にお似合いの姫君候補は五万とおりましょうよ。なんならあっしが、綺麗どころを求めて世界中を旅して参りましょうか?」
「ゲロゲーロ?」
「それは困る。」
と、サミュエルソン。
「旅に出るなら……ボクも一緒でないと。」
片八重歯を見せて笑う王太子に、
その途上、サミュエルソンたちは協力して大きな鹿を一頭狩った。騎獣を預けた宿への土産にするためだ。宿への支払いは王国の金貨でおこなわれているが、
「ありがとうね、キュージコージ、ミギコージ。
次の旅の目処が立ったらまた<
「えぇ、お待ちしておりますとも。若様も今夜はゆっくりお休みになって、明日もどうぞ恙無く王都を目指しておくんなさいまし!」
「ゲロゲーロ!」
こうしてサミュエルソンは、街に戻って以来、何処かから自分を監視する視線が注がれていたことに気づかないままに宿で深い眠りに落ちたのである。
そして翌朝。
「……<
あ、母上ですか。」
(あら、ドロローソが私に<
「……今、どちらにおいでです?」
(藪から棒に何よ。)
「母上ですよね?」
(……何のことかしら?)
「こっちは朝から大騒ぎになってますよ!」
(それはお騒々しいことで。)
「とぼけないでください!
七人もの無頼の
(たまたま気づいちゃったんだから……仕方がなくない?)
「せめて遺体を宿の門前に放置する、というのは何とかならなかったんですか?」
(こちらの生き物は死んでも消えないから面倒よね。
ドロローソは、王妃に死体の片付けなどという汚れ仕事をさせるつもりなの?)
「それを言うなら普通、王妃は
……私ももう子どもではありませんので、自分の身は自分で守れます。」
(母の愛は素直に受けるものよ。)
「そこには御礼を申し上げますが。
念のために伺いますが……よもや森でも私の
(まさか。それはサミュエルが
どうやら最悪の事態は避けられたようだ、とサミュエルソンは安堵した。
「……ともかく。火消しをしてから戻りますので、帰着は明晩になるものとご承知おきください。」
(そんなの
「こっちは王国じゃないんです!
私が旅する都度こんなことが起こっていたら、そのうち私のみならず王国の民までもが受け入れてもらえなくなりますよ。」
(大丈夫よ、誰もそんなややこしいことまで考えないから。)
「考えないのは母上だけです!
ともかく……こちらの顔役たちには一通り話をつけてから帰りますので。では!」
はぁーーーっと深い溜息を吐くサミュエルソン。
「こんな無茶苦茶な両親のもとに生まれて、良識人に育っている自分を褒めてあげたい気分だ。」
そう独り言ちたサミュエルソンは、騒ぎの後始末に
*
カポーーーン!
ナザリック地下大墳墓
「あ、ア、アインズ様ァ!」
湯船につかった大魔王アインズ・ウール・ゴウンを見つけた
「待て待て、ベロ!」
と、慌ててこれを制するアインズ。
「忘れたか?大浴場内は走るのは禁止だ。
「あっ……そ、そうでした!」
言われたベロはたちまちに掟を思い出して歩みを緩め、それでもやや早足気味にアインズのつかる浴槽に、ちゃんとかかり湯を済ませてから入って来た。
唯一の例外が男湯、女湯に分かれたここスパリゾートナザリックであり、アインズは事前に自身の専属三助、
「あー、ベロよ。」
さて。事の顛末をどうこいつに伝えたものか、とアインズは内心頭を捻っている。
ベロが、王太子だとかいう小僧をベラが気に入ったとやきもちを焼いたこと、その王太子がベロを女の子だと思いこんで恋をしていたこと、すべてが勘違いだが、思い込み激しいベロは、ただ「それは勘違いだ」では納得してくれないかも知れない。
「な、なんですか、ア、アインズ様ァ?」
至高の主の苦悩も知らずに、ベロは気持ちよさそうに湯船につかっている。
ベロが女の子だと思われていたことはともかく、ベラが王太子を気に入っていたわけではなく、単に身体に染み付いた獣の匂いに惹かれていただけだ、という話は、変に気遣うよりも事実をそのまま伝えるのが一番だろうか?
「この前聞いた話だが。」
「?」
どうやらベロは、たちまちにはアインズが何の話をしようとしてるのか
ナザリック地下大墳墓の
「その……なんだ。ベラが森で出会った王子とやらを気に入った、とか、そんな話だが。」
「あ!
ア、アレはもういいです!」
「……はぁ?」
骨の口がパカリ。
「あ、あれからお
「……何を?」
「あ、あんな感じの、お、王子様がいいのか、って。」
……なら、最初からそうしろよ!
「で……どうなったんだ?」
「そ、そしたら、お、お
「ふむふむ。」
「ワ、ワタシがだ、大好きなのは……ベ、ベ、ベ、ベロだけだよって!」
そりゃ……そうだろうよ。
「そ、そう言いながら……ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ」
「ちょっと落ち着け!窒息するぞ!」
「す、すいません、ア、アインズ様ァ!
お、お
この会話に、衝立一つ隔てた
うーむ。
アインズ様は、
はて、どうしたものか。いささかベタではあるが、ここは一つ
<
まぁ……
嗚呼、
……ん?
誰だ、私の内なる声に不敬極まりない
*
「
大陸西方、王都リ・エルキュリーゼ。
マグヌッソン、と名乗る
「陛下!」
建国当時、サミュエルの警備会社の部下からそのまま組織された
「待たせておけ。
サミュエルは傘下の村の一つ、
「あ、ドロレスには知らせるな。そいつが死ぬ。」
謁見室から出て行こうとした騎士にサミュエルがそう言うと、
「その……王妃様は……」
「手遅れだったか?」
「いえ。王妃様はその
……あいつも随分と丸くなったものだ。
あるいはサミュエルソンの差し金か?
サミュエルは、ひょいひょい、と手を振って善きに計らえと騎士に指示しつつ、差し向かう領主に問いかける。
「何の話だったかな?いや、大丈夫、わかっている。灌漑用水路の整備に人手が足りない話だったな。俺に妙案があるんだが……乗るか?」
「待たせたな。」
半刻ほどの
「得物ハドウシタ?」
「おまえ
「ヌカセ、老イボレ!」
サミュエルの傲岸不遜な態度にいきり立ったマグヌッソンは、たちまちに大きく振りかぶった
「ふんっ!」
と、気合一閃の一本背負い。
二回り近く大きいマグヌッソンの
「グハッ!」
と、息を詰まらせるマグヌッソン。応じる
「カクナル上ハ、磔ナリ獄門ナリ好キニシロ!」
「……はぁ?なに馬鹿なことを言っとるんだ、おまえは。
それより一杯付き合え。いい酒があるんだ!」
マグヌッソンから離れたサミュエルが片手を挙げて騎士の一人を呼ぶと、木の椀二つと何やら
「ほれ、
と、押し付けられた椀に王自ら酌されれば、マグヌッソンに抗う
一方のサミュエルは、自らもう一つの椀に手酌して乾杯を交わすでもなく、グビ、っと一息に中身を煽る。
「くぅーーーっ、
どうした?遠慮せずに呑め。」
わけもわからぬままにマグヌッソンは、恐る恐る、でありながら、一息に
「……
処刑ニ先立チ
「さっきからおまえは何を馬鹿なことを言っとるんだ?そんな益体もないことをするわけないだろ、
問いかけつつも、サミュエルに返事を待つ様子はまったくない。
「おまえにうってつけの仕事がある。三食昼寝つきで、しかも現場はさきほど馳走した酒の産地でうまく立ち回れば呑み放題だ。叶うものなら代わって欲しいくらいだが、乗るよな?乗らないわけないよな?だっておまえは俺の
問答無用の押しに、マグヌッソンは、
「ハ……ハァ。」
とだけ呟くも、これを言質とみたサミュエルは、
「ではおまえの雇い主を紹介しよう。ついて来い!」
と身を翻した。
「父上は父上で……相変わらず無茶苦茶だなぁ。」
この様子を王宮の一室の窓を通して伺っていた王太子サミュエルソンは、そう呟きながら深い溜息をもらした。
もっとも、呆れ果てつつも父王の振る舞いに理があるのは承知している。
ともすれば、
前者はときに果断な誅伐を要することがある一方、後者に同様に対すれば、遅かれ早かれ
只今の王国の統治は過分にその天性に依存していて、その証拠に、
父王は、母の没後に備えて相当する手段を考えておけ、などと能天気にのたもうたものだが、それ以前の問題だ。自分には、父の真似は出来ない。少なくとも、こういったことを考える前に自然にやってのける父王に対し、自分はこうしてこれを呻吟してしまっている時点で器が違う。だから、父王のやり方をそのまま真似るのは得策ではないし、母に代わる強力な抑止力を探し求める、などというのも筋違いの話だ。
自分は自分なりのやり方を見出すしかない。
まずは
父王のいう、王国秩序維持の切り札、は一聴の価値はあるが、それを求めるのは自身の分を超える、とサミュエルソンは考えている。図らずも邂逅した
むしろ切り札、などというものを必要とする事態がそもそも生じないような体制を目指すべきだ。それは
天衣無縫の創業の王、サミュエル・エルキュルハウゼンの名を継ぐ
これから百五十年の
もっともそれは形式的なものであって、余りに偉大であった建国の王の名で呼ばれることを憚った彼は
勃発必定の嫁姑戦争を恐れて、母が身罷るまで
完
<次話予告>
「
つまり、かの
過去最強の
迎え撃つナザリック地下大墳墓、大魔王アインズ・ウール・ゴウンに勝機はあるのか?
億劫のオーバーロード新15話『仏の顔も三度まで』
ピン、とアインズの背筋が伸びる。
「
翌一月吉日公開予定。