1.友有り遠方より来たる
(アインズ様。)
ん?
ナザリック地下大墳墓
時刻は現地時間の深夜。独りで
「ニグレドか、どうした?」
(ナザリック東方約五十キロに高速移動体を検知。)
「高速移動体?こちらに向かって来ているのか?」
(いえ、同じ場所で円を描いてくるくる走り回っています。総数4、うち
……なんだ、この
骨の手が
毎朝日課で確認する、最低限常に意識しておくべきこちらの世界での知識を大雑把にまとめた
「あぁ……なんとなく理解した。
急変がなければ無視で構わん、ありがとうニグレド。」
(恐れ入ります。)
ぷつっ、と彼女からの<
「<
……あ、オレだ。夜中にすまんが、ちょっと頼まれてくれるか。三十分ほどしたら取りにいくから。」
*
ナザリック地下大墳墓の鎮座する地点から真東へ向かうと、向かって左、北側には云千年に渡ってナザリックを支え続けてきた実りを生み出すトブの大森林の南端があり、逆に右、南側は東から伸びてきた山嶺がカッツェ平野との間を遮って、やがてこの山並みが真正面へと反って来て行く手を阻んで行き止まりとなる。
今、ナザリックの目ニグレドが
その、これといって何もない平原に、ニグレドの言葉通り、こちらの世界の住人とは思えない速度で円を描いてぐるぐると走る四人の黒装束の姿があった。うち一人はすらりと背が高いが、他三人は子どもと言って通るような背丈。
正方形の四隅にそれぞれ陣取って、その対角線の交わる点が円の中心になるような軌道を無言のまま走り続けている。やがて、その円の中心に禍々しい気配が立ち昇るや、煌めく光と共に空間が裂けて口を
<
まさにこれこそが、彼女たちがこの儀式で以て呼び出さんとしたそれ、そのものであった。
「……何やってんだ、おまえら?」
その<
何故かその右手には、<
「あぁ!アインズさん、すまない。こんなところに呼び出したりして!」
くるくると走り回っていた四人は骸骨の出現を認めて、ピタ、とその足を止めた。
アインズに呼び掛けてきたのは小柄な三人のうちの一人、金髪の少女だ。
「バターにでもなるつもりなのか?」
「……バター?」
「あ、いやいい、忘れてくれ。
……用があるならナザリックまで
事も無げにそう言う骸骨姿の大魔王に、少女は慌てて諸手を振る。
「いやいやいや!
流石に私たちもシャルティアとかち合うのは御免被りたいので。」
彼女、奇縁の
「……まぁ、それはそれで一理あるわな。
こんな方法でオレを呼んだ、ということは火急、というわけでもないんだろ?」
そう言いながら、アインズは運んできた岡持ちを地面に置いて側面の蓋を
「あ、あぁ。確かに、緊急事態、というわけじゃない。」
「なら、まずはこれでも食ったらどうだ。
ナザリック謹製、ドラゴンリブボーンステーキだ!」
「「……はぁ?」」
追って歩み寄ってきたキーノの参謀兼愛人、眷属クレマンティーヌともども、想像外の骸骨姿の大魔王の言葉に呆気にとられて間抜けな声が漏れる。
「おまえらの好みに合わせて血も
「「……」」
「遠慮はいらんぞ、どうせ
パカリ、と骨の口を
キーノとクレマンティーヌは恐る恐るそれを受け取った。遅れてまったく同じ顔をした二人の少年忍者クゥイア、クゥイナも合流し、無遠慮に皿をアインズから奪い取る。
……元は同じなんだからさもありなんだが、こいつらもシズちゃんズ同様に礼儀がなっとらんな!
この双子忍者は、元を質せばユグドラシルの八人一組の課金支援
「もぐもぐ……やだ!これ、無茶苦茶美味しいッ!」
一口齧ったクレマンティーヌがたちまちに喜色の声をあげて、アインズは満足そうに頷いた。
元よりナザリックで供される食事が天下一品であることを承知しているキーノもこれを頬張る。確かに文句無しに旨い。
アインズが自分たちをこちらの世界における友達だ、と見做して以降、これまでにもしばしば食事に誘われたことがあったような気がするが、アインズ自身はともかくナザリックの
「……アインズさんってば、毎日こんなもの食べてんの?」
僅かな肉片も残すまいと骨に牙を立ててこそげ取りながら、事も無げにクレマンティーヌがそう問う。
「いや。」
と、応じたアインズは、より一層大きく骨の口を
「オレは食えないんだ、ご覧の通りの骨だからな。」
「「えっ!」」
流石に悪いことを訊いたか、と言ったクレマンティーヌ、横でこのやり取りに興味深く耳を傾けていたキーノ共々に息を呑んだが、アインズには気にする様子はない。
「あー、気にせずにやってくれ。オレとしてはおまえらがナザリックの凄さをわかってくれたらそれで満足だから。」
ひょいひょいと骨の手の平を振りながらそう言うアインズの言葉に、嘘はないようだった。キーノとしては、そんなことしてくれなくてもあんたらの桁外れ度は重々承知している、と思わないでもなかったが、本人がそれで楽しんでいるのであれば強いて反論することでもあるまい。
「すまない、アインズさん。すっかりご馳走になってしまって。」
自然とキーノたちは、草原に胡座を掻いて座り込んだアインズを囲んで車座になった。
「気にするな。友有り遠方より
と、変わらずアインズは上機嫌。
既にキーノは、ユグドラシルでは元はモモンガといったこの骸骨姿の大魔王が、無二の友たちとの離別を経てこちらの世界にやって来たことを理解している。一見何も思いのままにならぬことのない絶対強者に見えるこの人物も友の不在だけは
「で、本題を聞こうか。」
唐突にそう問われてキーノの思索は断ち切られた。
「……あぁ、そうだな。
実は……
「……はぁ?」
先程までとは別の意味で、パカリ、と
「よもや、とは思うが!」
「あー、ないない、それはない。もちろんアインズさんの名は出していない!」
アインズの問いの意をたちまちに察したキーノは諸手を振ってその疑念を振り払った。
「彼は、既にこちらの世界に自分以外にもユグドラシルプレイヤーがあることに思い至っていて、私たちがそれ……つまりアインズさんのことになるが……と知己があると見抜いて取り次ぎを頼んだものだ、と思う。教えを乞いたいことがある、と言っていた。」
うーむ、と唸りながらアインズは骨の手を握りしめてそこに自身の顎を載せた。本人無自覚なままに、親友、
正確なところはナザリックに戻って
とすると、このプレイヤーはナザリックが誇る早期哨戒網に二十年も掛からないまま潜伏していたことになる。もしギルド拠点が健在であるならば、十二分に警戒すべき存在であるし、ましてや、自ら自分たち以外のプレイヤーの存在を確信し、キーノがそれに面識あることに気づいて取り次ぎを依頼してきた、となればその知性は決して舐めてかかれるものではない。
「もう少し……詳しく、そいつとの出会いの経緯も含めて話してくれるか?」
冷静にそう問う骸骨に、キーノは「もちろんそのつもりで来た」と言う。
「私自身、彼がどういう存在であるのか、よくわからずにいる。なので、この際は仔細をアインズさんに話すのが一番だろう、と考えてこうして不躾ながら呼び出させてもらった次第だ。」
キーノはそう告げて早速本題に進もうとするが、これは差し出されたアインズの骨の手に
「いやいや、ちょっと待ってくれ!
流石に込み入った話になると、オレ一人で聞くのは心許ないからな。」
と、妙なところで謙虚な大魔王。
「<
あ、アルベドか?オレだ……そう、今、キーノたちと落ち合っている。」
相手は玉座の間に控える愛妃アルベドである模様。
「……あぁ、そうだ。
どうやらナザリックの
となれば、残りは一人しかいない。
「あー、すまんなキーノ。もう少しだけ待ってくれ。
<
……あ、オレだ。今忙しいか?忙しいならいいんだが……え、とっても暇?……じゃぁ、おまえでいいよ……いや、気にするな!……そう、迎えに行くから地上で待っててくれ……はっ?別にいつもの格好でいいよ!余計なことは考えてくれるな!……うむ、じゃ、
この骸骨姿の大魔王の一人芝居に、キーノたちは不安げな視線を送っている。
「ちょっともう一人連れてくるからこのままここで待っていてくれ。」
そう言い残してアインズは<
「なんかアインズさんは……今から連れてこようって御仁を本当は連れてきたくない口振りだったわさ。」
と、クレマンティーヌ。
「たしかにそんな感じだったな。物騒なヤツでなければいいんだが、物騒でないはずないわな。」
と、半ば諦め気味のキーノ。
ややあって再び<
((薄気味悪いやつ!))
互いに口にこそ出さないものの、キーノとクレマンティーヌの第一印象はまったく共通していたのであるが、その印象に反して、のっぺらぼうの第一声はやたらと愛想がよかった。
「お会いするのは初めてですかな?いや、お嬢さん
「「……父上?」」
慌てて割って入ろうとするアインズを
「ナザリック地下大墳墓の御曹司、パンドラズ・アクターです!」
ビシッと敬礼!
やおら片腕、ならぬ触手が肩口からゆったりと振り下ろされ、
「よろしく……お見知り置きのほどを。」
と、
「「ア、ア、アインズさんの……息子?」」
口パカ、ペカペカ!
綺麗に
「あー、こいつはユグドラシル時代にオレが手ずから創造したNPCだ!
パンドラも、余計なことはするな、と言わなかったか?言ったよなーーー!」
「
すべてが余計だよ!とアインズは思うも、込み入った話を一人で聞き通す自信がない後ろめたさもあって、これをぐっと呑み込む。
「ゴホンッ!
あー、見るからにおかしなヤツではあるが、こう見えて存外頭はキレるんだ。」
キーノたちからすれば、それはあなたと何が違うんだ、という気がしないでもない。
その微妙な空気を感じ取ったものか、改めてする必要もない咳払いをするアインズ。
「ゴホ、ゴホッ!
あー、待たせて悪かったな。じゃぁ、話を聞かせてもらおうか。」
そう言いながら、再びアインズが腰を降ろし、その隣にのっぺらぼうも従ったのを見届けて、本当に大丈夫なんだろうか、と疑問を
「私たちは大地溝帯の向こう、かつてカルサナス都市国家連合、と称していた辺りを旅して来たんだが……」
*
ナザリック地下大墳墓が鎮座する辺りから東を望むと、丁度ニグレドの探査範囲の限界に当たる辺りに大陸を東西に分断する深い渓谷が南北に貫いていて、これは大昔から、大地溝帯、と呼び習わされ、極一部の例外を除けばこれを越えておこなわれる人間、亜人種の交流はほとんど存在していない。
大地溝帯の東側にはだだ広い平原が広がっていて、
キーノたち<黒の百合>が当地を訪れるのはほぼ二百年振りのこととなり、彼女たちはまず、平原のほぼ中央部の草原地帯、
「はっきりとしたことは言えないのだが。」
只今の
「オークネイスの
そもそも、カルサナスの平原に暮らす異種族間の関係は、決して良好とは言えないものだ。
かつて都市国家連合、と呼ばれたそれも、城塞都市や諸部族が連合して何かを為す、といった性格のものでは決してなく、互いに本質的な不信感を抱えた異種族間で
そうであっても、数百年前、キーノたちも直接の知己を得た
「
キーノは笑い話にするような口調で族長を窘めたつもりだったが、対する族長は神妙な表情でこう応じた。
「そういう意味で言っているわけではないんだ。
実際連中は、ここ十年ほどおかしな動きを見せている。」
オークネイスがその人口増加に伴い、西へ向けての拡大傾向にあることは二百年前の訪問時点でキーノたちは気づいていた。当時、西へ向けての街道整備が始まったのみであったそれは、徒歩半日毎に小さな宿場町を設けつつ、オークネイスから近い順に
だが、族長が問題視しているのはこの都市建設ではなかった。
「
「<鉄の大蛇>?何だそれは?」
族長からさらりと口にされた謎の言葉の真意をキーノは尋ねたが、族長自身も伝聞で知ったのみでその実は知らないそうだが、何でも煙を吐き上げながらたくさんの荷を運ぶ鉄の
「我々がそこを訪ねても金属を売り渋られるわけではないから、連中が資源の独占を図っているのでないことは承知している。が、あの
キーノたちは、永きに渡って各地を
その第一義的なところは、こちらの世界の住民が
この実体験が部族の伝承と化し、彼等は触れ得ざる
一方で、キーノたちの真に説くところには別の側面もあって、触れ得ざる
キーノたち自身は、その仔細こそ承知してはいないものの、オークネイスが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが引き起こした大災厄に際し、縁のあった骸骨姿の
こういった原体験の差から、オークネイスの有力者たちが新たにやって来た
「そういうことは避けたい、と私自身は考えているが、部族の中には、
苦々しげに族長はそう言った。
「なるほど、おまえの立場もよくわかる。むしろ、私たちの来訪までよく皆を抑えてくれたものだ。その点については私が感謝したいくらいだよ。」
キーノが何の
「同じ部族の中に我が意を
と、族長は苦笑を浮かべた。
「百聞は一見に
キーノは族長にそう告げて、
「なんなら俺の背に乗るかい?」
「
言うまでもなく、騎乗に誘われたのはキーノではなくクレマンティーヌなのだが、そんな軽口を叩くいささか
「おまえたちも、先手を討って
キーノの単刀直入の問いに、二人の若者は顔を見合わせて、
「「まさか!」」
と応じた。
そういうのは、街への使いを若い衆に任せて実際には自身で
「もちろん俺も、連中が草原を
「あいつらは街でなきゃ暮らせないよ。そういうオイラたちも街暮らし、なんてのは御免被りたいけどね。」
総じては、
「でも、あの<鉄の大蛇>が草原に入ってくる、ってのはゾッとしないね。」
「……おまえは<鉄の大蛇>とやらを見たことがあるのか?」
一方の若者の言に驚いたキーノが問えば、彼は事も無げに、
「
と言う。
「それどころか、後ろの口に
聞かされたキーノにはまったく意味がわからない。困惑しつつ頼りの知恵袋、クレマンティーヌに目を向けて見るも、彼女もまた、なんのこっちゃ?と首を傾げている。
「あれをどう説明したものか、俺も部族の
そんなことを言い交わしながら北東へ歩き続けること
地面が、草原と呼ぶには貧弱な植生に転じて最早
「
双子忍者の会話担当クゥイアが、不思議そうに地面を見ながらぽそり、と意味不明の言葉を呟いた。
なんだ?とキーノ、クレマンティーヌも視線を足元に落とせば、長い鉄の棒が二本、地面に落ちている。
いや、落ちている、というのはおかしい。
と言うのも、その棒はどちらの端も見当たらないほどに長く、一方は
これは、落ちているのではなく、意図的にこのように置かれているものだ。
「<鉄の大蛇>はこの棒の上を通るんだ。」
と、
「
「あれ、知ってたのかい?」
と、
「……どういうことだ?」
キーノが問えば、若者の曰く、鉱山の
「キーノちゃん!」
と、唐突にクレマンティーヌが
「あぁ、言わずともわかる。
クゥイアの言葉が<翻訳の神秘>にかからずに私たちの耳に届く、ということは、それは翻訳のしようのないもの、クゥイアは知っているが、私たちには何であるかがわからないもの、ということだ。つまり……」
ゴクリ、とキーノは息を呑んだ。
「これは……こちらの世界には本来存在しない、ユグドラシル由来の何か、だ!」
*
「
キーノの話に共に耳……らしき構造は彼の顔には存在しないのだが、それを言ったら創造主アインズ・ウール・ゴウンにもそれはない……を傾けていたパンドラズ・アクターが、唐突に双子忍者に声を掛け、以て一旦キーノの語りが遮られた。
問われたクゥイア、クゥイナはしばし互いに、きょとん、とした様子で顔を見合わせていたが、やがてクゥイア
「
と返して、パンドラズ・アクターは点でしかない目と口を大きく
「父上!」
「鉄道だろ!それはわかってるよ!」
無論、アインズに
話の流れの必然で理解しただけで、むしろパンドラズ・アクターが、大嫌いな独語でなど応じようもはずもない本来仏語話者の双子忍者に独語で問い掛けたのが余計だっただけだ。
「「てつどう?」」
やはりキーノ、クレマンティーヌには意味がわからない。
「あー、無理もないな。おまえの推測は半分正しく、そして半分間違っている。
それはユグドラシルではなく、その背後にあった<
なんと!
キーノは目を丸くして驚いているが、アインズは特にそこには興味を示さなかった。
「はっきりとは憶えていないが、以前にこちらの世界でも何度か、似たようなものを造った連中はあったように思う。だが、枕木に
隣で、こくこく、とパンドラズ・アクターが頷いてみせる。
「……ふふ。」
と、アインズ。
俄に骸骨頭に口
「面白くなってきたじゃないか、キーノ!
さぁ、続きを聞かせてもらおうか!」
この時点でキーノは、真正直にこの話をアインズに持ち込んだことを、いささか後悔し始めていなくもなかった。