億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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長編としてはシリーズ最後となる全10回、いつものように3日おきに連投します。


新15話 仏の顔も三度まで
1.友有り遠方より来たる


(アインズ様。)

 

 ん?

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 時刻は現地時間の深夜。独りで寝台(ベッド)の上に寝そべって考え事をしていた……我らが大魔王の名誉のために申し述べれば、のべつ幕無し愛妃アルベドといちゃついているわけでは決してないのだ……アインズは、二十四時間体制で監視の目を光らせているニグレドからの<伝言(メッセージ)>を受け取った。

 

「ニグレドか、どうした?」

 

(ナザリック東方約五十キロに高速移動体を検知。)

 

「高速移動体?こちらに向かって来ているのか?」

 

(いえ、同じ場所で円を描いてくるくる走り回っています。総数4、うち魔法詠唱者(マジックキャスター)1、戦士1、詳細不明2、推定レベル総計270から350、脅威度中。)

 

 ……なんだ、この既知感(デジャヴ)

 

 骨の手が寝台(ベッド)(ぎわ)の調度の上に無造作に散らばった紙束へと伸ばされる。

 毎朝日課で確認する、最低限常に意識しておくべきこちらの世界での知識を大雑把にまとめた書付(メモ)だ。

 

「あぁ……なんとなく理解した。

 急変がなければ無視で構わん、ありがとうニグレド。」

 

(恐れ入ります。)

 

 ぷつっ、と彼女からの<伝言(メッセージ)>が途切れるのを認めた(のち)、ふぅーっ、と吐く必要もない溜息をひとつついて、アインズは行動を開始する。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 ……あ、オレだ。夜中にすまんが、ちょっと頼まれてくれるか。三十分ほどしたら取りにいくから。」

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓の鎮座する地点から真東へ向かうと、向かって左、北側には云千年に渡ってナザリックを支え続けてきた実りを生み出すトブの大森林の南端があり、逆に右、南側は東から伸びてきた山嶺がカッツェ平野との間を遮って、やがてこの山並みが真正面へと反って来て行く手を阻んで行き止まりとなる。

 今、ナザリックの目ニグレドが()()()()()を検知したのが丁度その辺り、二百二十年ほど前に、東からやって来た名前も知られていない真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を大魔王アインズ・ウール・ゴウン自ら迎え撃って葬った地点になる。

 

 その、これといって何もない平原に、ニグレドの言葉通り、こちらの世界の住人とは思えない速度で円を描いてぐるぐると走る四人の黒装束の姿があった。うち一人はすらりと背が高いが、他三人は子どもと言って通るような背丈。

 正方形の四隅にそれぞれ陣取って、その対角線の交わる点が円の中心になるような軌道を無言のまま走り続けている。やがて、その円の中心に禍々しい気配が立ち昇るや、煌めく光と共に空間が裂けて口を(ひら)いた。

 

 <転移門(ゲート)>!

 

 まさにこれこそが、彼女たちがこの儀式で以て呼び出さんとしたそれ、そのものであった。

 

「……何やってんだ、おまえら?」

 

 その<転移門(ゲート)>を潜り抜けて姿を現したのは、金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒の装束(ローブ)(まと)い、その中腹に鮮血を想起させる深紅の(ぎょく)を抱きかかえた骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 何故かその右手には、<現実(リアル)>の中華料理店が出前に用いたような岡持ちが握られている。

 

「あぁ!アインズさん、すまない。こんなところに呼び出したりして!」

 

 くるくると走り回っていた四人は骸骨の出現を認めて、ピタ、とその足を止めた。

 アインズに呼び掛けてきたのは小柄な三人のうちの一人、金髪の少女だ。

 

「バターにでもなるつもりなのか?」

 

「……バター?」

 

「あ、いやいい、忘れてくれ。

 ……用があるならナザリックまで()りゃいいのに。」

 

 事も無げにそう言う骸骨姿の大魔王に、少女は慌てて諸手を振る。

 

「いやいやいや!

 流石に私たちもシャルティアとかち合うのは御免被りたいので。」

 

 彼女、奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンは、二百二十年前、まさにこの場所で来訪者(ユグドラシルプレイヤー)からあわやのところまで追い込まれ、急遽救援に駆けつけた……と言うか、シャルティアに投げ飛ばされて来たアインズに一命を救われたのであるが、その経験から、この場所でこちらの世界の住人とは一線を画した自分たちの力量を示せば、ナザリック地下大墳墓の哨戒網がこれを捉えてアインズと連絡がつくだろう、と考えたものである。

 

「……まぁ、それはそれで一理あるわな。

 こんな方法でオレを呼んだ、ということは火急、というわけでもないんだろ?」

 

 そう言いながら、アインズは運んできた岡持ちを地面に置いて側面の蓋を(ひら)き、中から何かをいそいそと取り出し始めた。

 

「あ、あぁ。確かに、緊急事態、というわけじゃない。」

 

「なら、まずはこれでも食ったらどうだ。

 ナザリック謹製、ドラゴンリブボーンステーキだ!」

 

「「……はぁ?」」

 

 追って歩み寄ってきたキーノの参謀兼愛人、眷属クレマンティーヌともども、想像外の骸骨姿の大魔王の言葉に呆気にとられて間抜けな声が漏れる。

 

「おまえらの好みに合わせて血も(したた)生焼け(レア)だ。熱いうちに食え!」

 

「「……」」

 

「遠慮はいらんぞ、どうせ無料(ただ)だしな!」

 

 パカリ、と骨の口を()けて……笑ってるんだよな、きっと……問答無用に白磁の皿に乗った巨大な骨付き肉を押し付ける大魔王。

 キーノとクレマンティーヌは恐る恐るそれを受け取った。遅れてまったく同じ顔をした二人の少年忍者クゥイア、クゥイナも合流し、無遠慮に皿をアインズから奪い取る。

 

 ……元は同じなんだからさもありなんだが、こいつらもシズちゃんズ同様に礼儀がなっとらんな!

 

 この双子忍者は、元を質せばユグドラシルの八人一組の課金支援部隊(ユニット)であり、残る六人は、こちらも奇縁を経て只今は、ナザリックの記憶の検索を司る戦闘メイド(プレアデス)シズ・デルタの助手を務めている。アインズ、ナザリックではなくシズ・デルタ個人に忠誠を誓う六人、通称シズちゃんズは、他の下僕(しもべ)たちとは異なりアインズに対しても無作法に振舞うが、クゥイア、クゥイナの所作は、アインズにまさに彼らを想起させるものだった。

 

「もぐもぐ……やだ!これ、無茶苦茶美味しいッ!」

 

 一口齧ったクレマンティーヌがたちまちに喜色の声をあげて、アインズは満足そうに頷いた。

 元よりナザリックで供される食事が天下一品であることを承知しているキーノもこれを頬張る。確かに文句無しに旨い。

 アインズが自分たちをこちらの世界における友達だ、と見做して以降、これまでにもしばしば食事に誘われたことがあったような気がするが、アインズ自身はともかくナザリックのNPC(しもべ)たちに強いて関わりたいとは思えないキーノは都度これを謝絶していた。何も憶えていない癖に妙なところには執着するんだな、この大魔王は、とキーノはいささか呆れ気味だ。

 

「……アインズさんってば、毎日こんなもの食べてんの?」

 

 僅かな肉片も残すまいと骨に牙を立ててこそげ取りながら、事も無げにクレマンティーヌがそう問う。

 

「いや。」

 

と、応じたアインズは、より一層大きく骨の口を(ひら)いて、自身の骨の人差し指で口の中を指し示した。

 

「オレは食えないんだ、ご覧の通りの骨だからな。」

 

「「えっ!」」

 

 流石に悪いことを訊いたか、と言ったクレマンティーヌ、横でこのやり取りに興味深く耳を傾けていたキーノ共々に息を呑んだが、アインズには気にする様子はない。

 

「あー、気にせずにやってくれ。オレとしてはおまえらがナザリックの凄さをわかってくれたらそれで満足だから。」

 

 ひょいひょいと骨の手の平を振りながらそう言うアインズの言葉に、嘘はないようだった。キーノとしては、そんなことしてくれなくてもあんたらの桁外れ度は重々承知している、と思わないでもなかったが、本人がそれで楽しんでいるのであれば強いて反論することでもあるまい。

 

「すまない、アインズさん。すっかりご馳走になってしまって。」

 

 自然とキーノたちは、草原に胡座を掻いて座り込んだアインズを囲んで車座になった。

 

「気にするな。友有り遠方より()たる、(また)楽しからずや、だ!」

 

と、変わらずアインズは上機嫌。

 既にキーノは、ユグドラシルでは元はモモンガといったこの骸骨姿の大魔王が、無二の友たちとの離別を経てこちらの世界にやって来たことを理解している。一見何も思いのままにならぬことのない絶対強者に見えるこの人物も友の不在だけは如何(いかん)ともし難く、ツアーやキーノたちにその穴埋めを求めているものなのだろうか。

 

「で、本題を聞こうか。」

 

 唐突にそう問われてキーノの思索は断ち切られた。

 

「……あぁ、そうだな。

 実は……来訪者(ユグドラシルプレイヤー)からアインズさんとの会見の場を設けて欲しい、と頼まれた。」

 

「……はぁ?」

 

 先程までとは別の意味で、パカリ、と(ひら)かれた骨の口。

 

「よもや、とは思うが!」

「あー、ないない、それはない。もちろんアインズさんの名は出していない!」

 

 アインズの問いの意をたちまちに察したキーノは諸手を振ってその疑念を振り払った。

 

「彼は、既にこちらの世界に自分以外にもユグドラシルプレイヤーがあることに思い至っていて、私たちがそれ……つまりアインズさんのことになるが……と知己があると見抜いて取り次ぎを頼んだものだ、と思う。教えを乞いたいことがある、と言っていた。」

 

 うーむ、と唸りながらアインズは骨の手を握りしめてそこに自身の顎を載せた。本人無自覚なままに、親友、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの操る傀儡の癖が伝染(うつ)ったものだ。

 

 正確なところはナザリックに戻って三賢者(トリニティ)に諮問しないと憶えてはいないが、本百年紀の<揺り返し>の時期は既に二十年ほど前のことで、少なくとも只今のアインズは下僕(しもべ)たちから来訪者(ユグドラシルプレイヤー)発見、またはそれが疑われる事象の報告を受けた記憶がない。

 とすると、このプレイヤーはナザリックが誇る早期哨戒網に二十年も掛からないまま潜伏していたことになる。もしギルド拠点が健在であるならば、十二分に警戒すべき存在であるし、ましてや、自ら自分たち以外のプレイヤーの存在を確信し、キーノがそれに面識あることに気づいて取り次ぎを依頼してきた、となればその知性は決して舐めてかかれるものではない。

 

「もう少し……詳しく、そいつとの出会いの経緯も含めて話してくれるか?」

 

 冷静にそう問う骸骨に、キーノは「もちろんそのつもりで来た」と言う。

 

「私自身、彼がどういう存在であるのか、よくわからずにいる。なので、この際は仔細をアインズさんに話すのが一番だろう、と考えてこうして不躾ながら呼び出させてもらった次第だ。」

 

 キーノはそう告げて早速本題に進もうとするが、これは差し出されたアインズの骨の手に()められた。

 

「いやいや、ちょっと待ってくれ!

 流石に込み入った話になると、オレ一人で聞くのは心許ないからな。」

 

 と、妙なところで謙虚な大魔王。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 あ、アルベドか?オレだ……そう、今、キーノたちと落ち合っている。」

 

 相手は玉座の間に控える愛妃アルベドである模様。

 

「……あぁ、そうだ。来訪者(ユグドラシルプレイヤー)出会(でくわ)したらしい。で……え?デミウルゴスは出払ってるのか……おまえは?……あぁ、そう……いや、ちょっと気が進まないんだが……あぁ、そうだな。オレから直接話す。すまんがしばらく頼んだぞ。」

 

 どうやらナザリックの三賢者(トリニティ)のうち、狡知の参謀デミウルゴスは別件で出掛けたまま戻っておらず、守護者統括アルベドは何か手が離せない用事を抱えているらしい。

 

 となれば、残りは一人しかいない。

 

「あー、すまんなキーノ。もう少しだけ待ってくれ。

 <伝言(メッセージ)>!

 ……あ、オレだ。今忙しいか?忙しいならいいんだが……え、とっても暇?……じゃぁ、おまえでいいよ……いや、気にするな!……そう、迎えに行くから地上で待っててくれ……はっ?別にいつもの格好でいいよ!余計なことは考えてくれるな!……うむ、じゃ、(あと)で。」

 

 この骸骨姿の大魔王の一人芝居に、キーノたちは不安げな視線を送っている。

 

「ちょっともう一人連れてくるからこのままここで待っていてくれ。」

 

 そう言い残してアインズは<転移門(ゲート)>に消えてしまった。

 

「なんかアインズさんは……今から連れてこようって御仁を本当は連れてきたくない口振りだったわさ。」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「たしかにそんな感じだったな。物騒なヤツでなければいいんだが、物騒でないはずないわな。」

 

と、半ば諦め気味のキーノ。

 ややあって再び<転移門(ゲート)>が(ひら)けば、そこから姿を現したのは大魔王アインズ・ウール・ゴウンと、キーノたちにはまったく馴染みのない不思議な服装を纏った無表情……というか、目と口が点でしかないのっぺらぼう。服の袖からは手ではなく、左右それぞれ数本の触手が覗いていてうねうねと動いている。

 

((薄気味悪いやつ!))

 

 互いに口にこそ出さないものの、キーノとクレマンティーヌの第一印象はまったく共通していたのであるが、その印象に反して、のっぺらぼうの第一声はやたらと愛想がよかった。

 

「お会いするのは初めてですかな?いや、お嬢さん(がた)のお噂はかねがね父上より承っておりましたので、ことさら初めてお会いする感じ、もしないのですが。」

 

「「……父上?」」

 

 慌てて割って入ろうとするアインズを余所(よそ)に、威勢よく「左様!」と応じるやその場でいつものようにくるくると踊り子回転(ピルエット)を披露するパンドラズ・アクター。ピタリ、と()まるや(はす)に構えて、

 

「ナザリック地下大墳墓の御曹司、パンドラズ・アクターです!」

 

 ビシッと敬礼!

 やおら片腕、ならぬ触手が肩口からゆったりと振り下ろされ、

 

「よろしく……お見知り置きのほどを。」

 

と、気障(きざ)な礼が執られる。

 

「「ア、ア、アインズさんの……息子?」」

 口パカ、ペカペカ!

 

 綺麗に唱和し(ハモっ)て驚きを示す吸血鬼主従と、激しくペカる大魔王。

 

「あー、こいつはユグドラシル時代にオレが手ずから創造したNPCだ!

 パンドラも、余計なことはするな、と言わなかったか?言ったよなーーー!」

 

(わたくし)の挨拶に一切の無駄はなかった、と考えておる次第ですが……何か不足しておりましたでしょうか、父上?」

 

 すべてが余計だよ!とアインズは思うも、込み入った話を一人で聞き通す自信がない後ろめたさもあって、これをぐっと呑み込む。

 

「ゴホンッ!

 あー、見るからにおかしなヤツではあるが、こう見えて存外頭はキレるんだ。」

 

 キーノたちからすれば、それはあなたと何が違うんだ、という気がしないでもない。

 その微妙な空気を感じ取ったものか、改めてする必要もない咳払いをするアインズ。

 

「ゴホ、ゴホッ!

 あー、待たせて悪かったな。じゃぁ、話を聞かせてもらおうか。」

 

 そう言いながら、再びアインズが腰を降ろし、その隣にのっぺらぼうも従ったのを見届けて、本当に大丈夫なんだろうか、と疑問を(いだ)きつつもキーノは語り始めた。

 

「私たちは大地溝帯の向こう、かつてカルサナス都市国家連合、と称していた辺りを旅して来たんだが……」

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓が鎮座する辺りから東を望むと、丁度ニグレドの探査範囲の限界に当たる辺りに大陸を東西に分断する深い渓谷が南北に貫いていて、これは大昔から、大地溝帯、と呼び習わされ、極一部の例外を除けばこれを越えておこなわれる人間、亜人種の交流はほとんど存在していない。

 大地溝帯の東側にはだだ広い平原が広がっていて、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーと来訪者(ユグドラシルプレイヤー)八欲王の戦いの(のち)に、カルサナス都市国家連合と称する城塞都市国家と遊牧民のゆるやかな連合体が栄えた。これが大魔王アインズ自ら引き起こした大災厄、<(めぇ)()く七日間>によって豚鬼(オーク)の城塞都市オークネイスを残して滅び去り、只今はそこからの復興期にある。

 

 キーノたち<黒の百合>が当地を訪れるのはほぼ二百年振りのこととなり、彼女たちはまず、平原のほぼ中央部の草原地帯、半人半馬(セントール)の部族が縄張りとする領域を目指した。彼等とは、遥か云千年前にナザリックに殲滅された来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、触れ得ざる塔の一件以来の縁があり、もちろん直接の知己のある(もの)など誰一人として存命はしていないが、キーノたちの存在は彼等の間で、吸血姫と三人の小人(こびと)、として語り継がれており、実際、以前と変わらず牧歌的な狩猟採集を旨とする暮らしを営む彼等と落ち合ってみれば、たちまちにキーノたちが伝承の予言者であると気づいた半人半馬(セントール)たちから大いに歓待を受けた。

 

「はっきりとしたことは言えないのだが。」

 

 只今の半人半馬(セントール)の族長は、言葉を濁しつつキーノに告げた。

 

「オークネイスの豚鬼(オーク)どもは、何やらよからぬ企みをしているものでないか、と考えている。」

 

 そもそも、カルサナスの平原に暮らす異種族間の関係は、決して良好とは言えないものだ。

 かつて都市国家連合、と呼ばれたそれも、城塞都市や諸部族が連合して何かを為す、といった性格のものでは決してなく、互いに本質的な不信感を抱えた異種族間で(いくさ)が起こることがないよう、相互不可侵を保証する目的で形成されたものであり、特に、質実剛健な暮らしを好む半人半馬(セントール)と、いささか欲深で(あきな)い事に精を出す豚鬼(オーク)は相性がよくなかった。

 そうであっても、数百年前、キーノたちも直接の知己を得た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)水晶の夜(クリスタルナイツ)の空中戦艦が触れ得ざる塔上空に姿を現した事件に際しては、これを恐れてオークネイスへ逃れた半人半馬(セントール)豚鬼(オーク)たちは手厚く保護したものだ。そのことは只今の族長も知らぬはずはないが、その彼がこうして豚鬼(オーク)に対する不信感を顕わにすることに、キーノは関心を惹かれた。

 

豚鬼(オーク)が利に聡く腹黒いのは今に始まった話でもあるまいし、そもそも悪意あってそうだ、というわけじゃないだろ?」

 

 キーノは笑い話にするような口調で族長を窘めたつもりだったが、対する族長は神妙な表情でこう応じた。

 

「そういう意味で言っているわけではないんだ。

 実際連中は、ここ十年ほどおかしな動きを見せている。」

 

 オークネイスがその人口増加に伴い、西へ向けての拡大傾向にあることは二百年前の訪問時点でキーノたちは気づいていた。当時、西へ向けての街道整備が始まったのみであったそれは、徒歩半日毎に小さな宿場町を設けつつ、オークネイスから近い順に第二都市(セコンダチッタ)第三都市(テルツァチッタ)と名付けられた城塞都市が建設され、最西端の第四都市(クアルタチッタ)半人半馬(セントール)たちの暮らす草原の北端と境を接しているらしい。

 だが、族長が問題視しているのはこの都市建設ではなかった。

 

第三都市(テルツァチッタ)の北に、大昔から採掘が続いている鉱山があって、我々も金属の入り用があれば稀に訪ねることがあるものだが、豚鬼(オーク)たちは近年そこに随分と執心していて、<鉄の大蛇>を使って大量の鉱石を運び去っている。」

 

「<鉄の大蛇>?何だそれは?」

 

 族長からさらりと口にされた謎の言葉の真意をキーノは尋ねたが、族長自身も伝聞で知ったのみでその実は知らないそうだが、何でも煙を吐き上げながらたくさんの荷を運ぶ鉄の身体(からだ)の大きな蛇があって、豚鬼(オーク)と人間たちがそれを使って、かつてなかった規模の勢いで鉱石を運び出しているのだとか。

 

「我々がそこを訪ねても金属を売り渋られるわけではないから、連中が資源の独占を図っているのでないことは承知している。が、あの(もの)たちの用いる尋常ならざる手段は、否応なく我々に、貴女(あなた)がたが警告するところの、触れ得ざる(もの)、を想起させるものだ。そうは思わないか?」

 

 キーノたちは、永きに渡って各地を彷徨(さまよ)い歩き、縁あった(もの)たちに来訪者(ユグドラシルプレイヤー)への備えを説き続けてきた。

 

 その第一義的なところは、こちらの世界の住民が来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の力量を理解せぬまま不要な刺激を与えて殲滅の憂き目に遭わないようにすることを目的としていて、実際、半人半馬(セントール)たちは、今もその廃墟が彼等の縄張り内に残る触れ得ざる塔、さらにはそこに突如飛来した空中戦艦を、たちまちに来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、キーノたちの言うところの、触れ得ざる(もの)、と(かい)して難を逃れている。

 この実体験が部族の伝承と化し、彼等は触れ得ざる(もの)を文字通りの、決して触れてはならない(もの)、絶対的な禁忌(タブー)と見做している口振りであった。

 

 一方で、キーノたちの真に説くところには別の側面もあって、触れ得ざる(もの)は、とてつもない力を誇りこそするものの、同時に、こちらの世界の住民同様に、感じ、考え、どうしようか、何とかならないか、と藻掻(もが)いているという点では同等の存在であり、相応の覚悟を以て(のぞ)めば語らえない相手では決してない、というものだ。

 キーノたち自身は、その仔細こそ承知してはいないものの、オークネイスが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが引き起こした大災厄に際し、縁のあった骸骨姿の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の命を賭けての防衛で今日(こんにち)にその命脈を繋いだことを知っている。ブルーノ、というそのプレイヤーの遺徳は、オークネイスの街外れで西面屹立する立像で今尚偲ばれているはずだ。

 こういった原体験の差から、オークネイスの有力者たちが新たにやって来た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対し、半人半馬(セントール)たちのような絶対的な忌避感を(いだ)くことなく、むしろキーノたちの教えに素直に従って、自分たちの常識が一切通用しないことを前提に慎重に友好関係を築き上げる、といったことは、言われてみればないとは言えない。

 

「そういうことは避けたい、と私自身は考えているが、部族の中には、豚鬼(オーク)どもが我らが領域を(おか)すなり、触れ得ざる(もの)と無用に関わって大災厄を引き起こすなりする前に、先手を討って誅伐すべし、の声があるのも事実なのだ。」

 

 苦々しげに族長はそう言った。

 

「なるほど、おまえの立場もよくわかる。むしろ、私たちの来訪までよく皆を抑えてくれたものだ。その点については私が感謝したいくらいだよ。」

 

 キーノが何の(てら)いもなくそう応じると、

 

「同じ部族の中に我が意を(かい)してくれる(もの)がないというのに、永遠の(とき)彷徨(さまよ)い人である貴女(あなた)からそう言われるのは、正直、心中複雑だな。」

 

と、族長は苦笑を浮かべた。

 

 

 

「百聞は一見に()かず。自分の目で、おまえの言う<鉄の大蛇>とやらを見定めて来る。何か実りがあれば、帰路立ち寄って報告することを約束しよう。」

 

 キーノは族長にそう告げて、第三都市(テルツァチッタ)を目指すことにした。際しては、金属の調達で同市に往還した経験のある半人半馬(セントール)の若者二人が同道してくれることになった。

 

「なんなら俺の背に乗るかい?」

(あね)さんが(うし)ろからオイラにしがみついて、その柔らかい胸をオイラの背に押し当ててくれたら最高だけどね!」

 

 言うまでもなく、騎乗に誘われたのはキーノではなくクレマンティーヌなのだが、そんな軽口を叩くいささか配慮(デリカシ)を欠く二人とたちまちに打ち解けたキーノは、道すがら、彼等の識見についても問うてみた。

 

「おまえたちも、先手を討って豚鬼(オーク)を征すべし、の(くち)なのか?」

 

 キーノの単刀直入の問いに、二人の若者は顔を見合わせて、

 

「「まさか!」」

 

と応じた。

 そういうのは、街への使いを若い衆に任せて実際には自身で豚鬼(オーク)や人間と付き合うことの稀な中高年の物言いであり、若者の多くは、豚鬼(オーク)たちのやり方を興味深く思っている、というのである。

 

「もちろん俺も、連中が草原を(おか)そう、ってんなら弓を取るさ。」

「あいつらは街でなきゃ暮らせないよ。そういうオイラたちも街暮らし、なんてのは御免被りたいけどね。」

 

 総じては、豚鬼(オーク)や人間たちと生き方の違いはあるだろうが、相互不可侵が守られる限りは互いを尊重すべきであるし、学ぶべき点があればそれは素直に参考にすべきだ、といったところで、この二人が特別にそうであるにせよ、彼等は決して阿呆ではなかった。

 

「でも、あの<鉄の大蛇>が草原に入ってくる、ってのはゾッとしないね。」

 

「……おまえは<鉄の大蛇>とやらを見たことがあるのか?」

 

 一方の若者の言に驚いたキーノが問えば、彼は事も無げに、

 

豚鬼(オーク)(くわ)えていたから、助けてやろうと一矢射たがまったく()が立たなかった。」

 

と言う。

 

「それどころか、後ろの口に(くわ)えられてた豚鬼(オーク)からは、危ないぞ馬鹿野郎、と罵られたもんさ。まったく連中は無作法極まりない。」

 

 聞かされたキーノにはまったく意味がわからない。困惑しつつ頼りの知恵袋、クレマンティーヌに目を向けて見るも、彼女もまた、なんのこっちゃ?と首を傾げている。

 

「あれをどう説明したものか、俺も部族の女子(おんなこ)どもに何度か試みてはみたものの、うまく伝わったことがないんだ。十日(とうか)に一度くらいは現れるから、実物を見た(ほう)が話は早いさ。」

 

 そんなことを言い交わしながら北東へ歩き続けること五日(いつか)ほど。

 地面が、草原と呼ぶには貧弱な植生に転じて最早半人半馬(セントール)の領域ではないことを告げだした頃、進行方向左、北の方角に以前は見た憶えのない城塞都市があることにキーノたちは気づいた。あれが第三都市(テルツァチッタ)であるらしい。

 半人半馬(セントール)は「街に立ち寄っても構わないが<鉄の大蛇>は鉱山にしか現れない」と言うので、一行はそのまま北東へ向かった。やがて険しい山々が進行方向に見えてくる。言われずとも、あれが鉱山であることはキーノたちにもわかる。さらに二日(ふつか)進んでいよいよ鉱山の麓に至ろうかという時分に、

 

Les rails(レライユ)?」

 

 双子忍者の会話担当クゥイアが、不思議そうに地面を見ながらぽそり、と意味不明の言葉を呟いた。

 なんだ?とキーノ、クレマンティーヌも視線を足元に落とせば、長い鉄の棒が二本、地面に落ちている。

 

 いや、落ちている、というのはおかしい。

 と言うのも、その棒はどちらの端も見当たらないほどに長く、一方は(いま)向かっていた鉱山の方へ、もう一方は東の方角へと伸びていたからだ。さらにその棒は、棒とは直交する木の板に鉄の釘で()められていて、この木の板は棒が続く限り延々と等間隔に敷き詰められているように見える。

 

 これは、落ちているのではなく、意図的にこのように置かれているものだ。

 

「<鉄の大蛇>はこの棒の上を通るんだ。」

 

と、半人半馬(セントール)の若者が言うと、やはりクゥイアが馴染みのない音韻をぽそり。

 

Chemin de fer(シュマンドファ)。」

 

「あれ、知ってたのかい?」

 

と、半人半馬(セントール)の若者。

 

「……どういうことだ?」

 

 キーノが問えば、若者の曰く、鉱山の豚鬼(オーク)や人間たちの中にも皆が皆でこそないが<鉄の大蛇>を、しゅまんどふぁ、と呼ぶ(もの)があるのだそうだ。

 

「キーノちゃん!」

 

と、唐突にクレマンティーヌが(あるじ)の名を呼ぶ。

 

「あぁ、言わずともわかる。

 クゥイアの言葉が<翻訳の神秘>にかからずに私たちの耳に届く、ということは、それは翻訳のしようのないもの、クゥイアは知っているが、私たちには何であるかがわからないもの、ということだ。つまり……」

 

 ゴクリ、とキーノは息を呑んだ。

 

「これは……こちらの世界には本来存在しない、ユグドラシル由来の何か、だ!」

 

 

                    *

 

 

Meinst du die Eisenbahn(マインスト・ドゥ・ディ・アイゼンバーン)?」

 

 キーノの話に共に耳……らしき構造は彼の顔には存在しないのだが、それを言ったら創造主アインズ・ウール・ゴウンにもそれはない……を傾けていたパンドラズ・アクターが、唐突に双子忍者に声を掛け、以て一旦キーノの語りが遮られた。

 

 問われたクゥイア、クゥイナはしばし互いに、きょとん、とした様子で顔を見合わせていたが、やがてクゥイア()()()()が、

 

Oui oui(ウィウィ), le chemin de fer(ル・シュマンドファ).」

 

と返して、パンドラズ・アクターは点でしかない目と口を大きく(ひら)き痙攣させる。

 

「父上!」

「鉄道だろ!それはわかってるよ!」

 

 無論、アインズに(ドイツ)語、(フランス)語がわかったわけではない。

 話の流れの必然で理解しただけで、むしろパンドラズ・アクターが、大嫌いな独語でなど応じようもはずもない本来仏語話者の双子忍者に独語で問い掛けたのが余計だっただけだ。

 

「「てつどう?」」

 

 やはりキーノ、クレマンティーヌには意味がわからない。

 

「あー、無理もないな。おまえの推測は半分正しく、そして半分間違っている。

 それはユグドラシルではなく、その背後にあった<現実(リアル)>という世界の技術だ。」

 

 なんと!

 キーノは目を丸くして驚いているが、アインズは特にそこには興味を示さなかった。

 

「はっきりとは憶えていないが、以前にこちらの世界でも何度か、似たようなものを造った連中はあったように思う。だが、枕木に線路(レール)を固定するやり方は偶然の一致にしては出来過ぎだし、ましてや現地人が……しゅまん、なんだっけ?……とにかく、<現実(リアル)>側の呼び名でそれを認識しているとなれば、ユグドラシル由来のもので間違いないわな。」

 

 隣で、こくこく、とパンドラズ・アクターが頷いてみせる。

 

「……ふふ。」

 

と、アインズ。

 俄に骸骨頭に口(ひら)く二つの眼窩が燃えたぎるような鈍い赤い光を放つ。

 

「面白くなってきたじゃないか、キーノ!

 さぁ、続きを聞かせてもらおうか!」

 

 この時点でキーノは、真正直にこの話をアインズに持ち込んだことを、いささか後悔し始めていなくもなかった。

 

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