億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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キーノ・インベルンの語る、驚愕の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との邂逅の回想。


2.鉄路は続くよ何処(いずこ)まで

「やぁ、久しぶりだね。」

 

 くねくねと、でありながらなるべく平坦なところに敷かれた鉄路にそって谷間に入っていくと、大昔の採掘によって切り拓かれたと思しき広場に至り、そこでキーノたちは共にある半人半馬(セントール)の若者のいずれかと面識があるらしい人間の男から声をかけられた。

 

「生憎と精錬済みの地金は切らしているんだが、何か入り用だったかい?」

 

 そこは、キーノの知識としては随分と昔に見たリ・ロベルの港の荷出し場を想起させる光景だった。雨露(あめつゆ)を凌ぐ壁のない屋根が鉄路に沿って続いていて、その下に、鉱物の原石であろうか、たくさんの石塊がところ狭しと積み上げられており、ちらほらと山の方から猫車をえっちらおっちら押してやってくる人間、豚鬼(オーク)がさらにその数を積み増している。

 半人半馬(セントール)は金属の入り用がある場合、ここを訪れて一旦炉で融かして精錬された地金を手に入れるらしい。見れば奥手の方には煉瓦積みの煙突構造が見え、あれが炉であるに違いないが、対して積み出しを待っているそれは素人目にはただの岩で、しかも炉の設備はこれほどの量の原石を処理できるような規模には到底及ばなかった。

 

「いや、今日はそういうわけじゃないんだ。

 こちらは大地溝帯の西から遥々旅をしてきなさった客人でね。」

 

 半人半馬(セントール)の若者の一人が、そうキーノたちを紹介する。伝説の予言者、吸血姫(きゅうけつき)と三人の小人(こびと)だ、などと大袈裟なことを言われたら面倒だな、と考えていなくもなかったキーノはひとまず安堵の息を吐く。

 

「キーノ……インベルンだ。」

 

 そう片手を差し出せば、日中の日差しを避けるべく魔法の外套(マント)を頭からすっぽり(かぶ)ったキーノに対し、何を疑問に思うでもなく人間の男も片手を差し出して握手に応じた。

 

「キーノさんが、しゅまんどふぁ、をご覧になりたい、と仰るので案内してきたというわけさ。」

 

 若者がさらり、とそう言えば、男の(ほう)も特に何の感慨もなく、

 

「あぁ、それはご苦労だったね。あと四五日のうちにはやって来るはずだ。

 生憎と客人に逗留してもらえるような建屋はないんだが。」

 

と返す。

 どうやら彼等にとっては、しゅまんどふぁ、あるいは<鉄の大蛇>は既に日常の一部であり、特に外部の者に対して秘密にするようなものではないし、それを珍しがってわざわざ人里離れた僻地まで見に来る者など想定していないのだな、とキーノは得心した。

 

「訊いてもいいか?」

 

と、キーノ。

 男が「私でわかることならば」と気安く応じたのを受けて、キーノは歩いてきた方向、鉄路の向かう先を指さした。

 

「これは……何処まで続いているんだ?

 こちらの端はこの鉱山だろ?もう一方の端には何がある?」

 

 問われた男は首を傾げて「さぁ?」と間抜けな声を漏らし、キーノが答えを待っているようなので慌ててこう付け加えた。

 

「私も行ったことはないので詳しくは。オークネイスのさらに東まで続いている、らしい。多分、ここにあるよりももっと大きな炉があるんじゃないのかな。ここから送り出すのは原石だけだからね。」

 

 どうやら男自身は、そして黙々と鉱石を積み増す鉱夫たちも、雇われ人としてこれに加わっているのみで、キーノからすれば気宇壮大に思われるこの試みの真意には関心がないらしい。

 改めてキーノは東へ続く鉄路に目を向けた。<鉄の大蛇>とやらが途中から空を飛んだりするのでなければ……よもやそんなことはあるまい……これに沿って東へ向かえばいずれは逆側の終点に至るはずだ。そして、そこには只今のところはまったく不明な真意、の答えがあるに違いない。

 

 かくしてキーノたち一行は、帰路第三都市(テルツァチッタ)に寄っていくと言う半人半馬(セントール)の若者たちに謝意と別れを告げ、自分たちは鉄路に沿って東進することにした。

 

 鉄路は、時折丘の勾配を避けて南北へ迂回したりはするものの、大枠においては真っ直ぐ東へと原野の中を貫いていた。疲れを知らないキーノたちは、日中は駆け足で、夜間はほぼ疾走に近い速度でひたすら東へと変化に乏しい旅を続けた。

 退屈紛れにキーノは鉄路を観察してみたが、まばらな間隔で横に渡された木材に対し、恐ろしく均一な幅で打ち付けられた左右二本の鉄の棒が延々と続くのみで特に面白味はない。もう一つキーノの関心を惹いたのは、これは鉱山からずっとそうだが、鉄路にそってやはりまばらな間隔で……概ね横木五十本に一本くらいの割合だろうか、木の柱が立っていて、綱のようなものが柱に渡されて、こちらも鉄路同様に延々と続いていることだった。これも、しゅまんどふぁ、とやらの一部、なのだろうか?

 

 そうこうするうちに二昼夜が過ぎ去り、三日目の昼前に、キーノたちは前方から聴こえてきた物音に気づいて一旦歩みを()めた。

 ゴトゴト、と何か重い物を引きずるような地響きが次第に大きくなり、続けて、シュッシュッシュッ、と何かが吹き出すような音が軽快な拍子(テンポ)で聴こえてくる。やがて、鉄路の先に大きな黒い何かがこちらに向かって来るのを認めるとほぼ同時にあちらから、カンカンカン、と鉄の鐘を打ち鳴らす音。

 

 あれが……<鉄の大蛇>であるに違いない。

 

 半人半馬(セントール)の若者は、初めてこれを見たとき、それに(くわ)えられた豚鬼(オーク)を助けようと矢を射た、などと言っていたがさもありなん。向かって来るそれの先頭には確かに豚鬼(オーク)の姿が見え、彼がこちらを見ながら鐘を打っている。若者たちの話を事前に聞いていなければ、キーノも彼を助けるべく咄嗟に魔法を放っていたに違いない。

 鉄路の脇へ避けて<鉄の大蛇>を待ち受けていると、表情もわかる距離に至った鐘を打つ豚鬼(オーク)は笑顔を浮かべていて、キーノたちに軽く手を振った。キーノたちは互いに顔を見合わせた(あと)、他にどうしようもないので皆で愛想笑いを浮かべて手を振り返したのだが、丁度その時宜(タイミング)豚鬼(オーク)を乗せた先頭部がキーノたちのすぐ横を、彼女らの駆け足ほどの速度で通り過ぎた。豚鬼(オーク)が満足げに、うんうん、と頷いたのがわかった。

 豚鬼(オーク)が大蛇に(くわ)えられているように見えたのは、彼の乗っている部分には屋根があって、露台(バルコニー)のように前に突き出して開いた部分に彼が立っていたからだ。おそらくは<鉄の大蛇>の進行方向を視認するための構造なのだろう、ということはキーノにもわかる。

 キーノは無駄に優れた吸血鬼(ヴァンパイア)の視覚で観察を続けた。豚鬼(オーク)が乗っていた先頭部に続くところには屋根がなく、進行方向に長い鉄製の箱のような構造になっていて、まばらに樽や木箱が積まれている。鉱山にはかなりの人数の鉱夫が詰めていたようだから、きっとこれらは彼等の生活物資なのだろう、とキーノは当たりをつける。積み荷は鉱石で復路が空荷になるのは無駄が多いから、これはこれで合理的なやり方だ。

 <鉄の大蛇>と聞かされていたので、キーノは断面の丸い寸胴の何か、を思い描いていたのだが、実物を目にしてみれば印象はかなりそれとは異なる。屋根を欠く胴の部分は背が低く、これが言葉通り蛇なのであれば、随分と腹を空かせてぺしゃんこになっているものだな、とキーノはほくそ笑んだ。

 箱型の荷台の下には前後にやはり鉄製の車輪が一つづつあって、キーノたちがずっと沿って歩いてきた鉄路と噛み合っている。なるほど、鉄の棒がぴたりと等間隔で敷かれていたのはこの車軸の幅と合わせるためか、とキーノは感心する。連なる荷台同士は鎖か何かで繋がれているようだ。

 しばらく同じような構造がずっと連なって、キーノがこれまでに見たどんな大蛇でもこの長さにはならないだろう、と思っていた頃合いに終端が見えてきた。こちらにも先頭同様に屋根があって、先頭よりもその部分が三倍は長い。そこに煙突らしき構造があって、シュッシュッシュッ、と小気味の良い音を立てながら白煙を吹き上げている。ここまでの部分と比べると足元の構造が複雑で、やはりすべて鉄で出来ているように見える往復運動する棒や歯車が、こちらは耳障りな音を立てているのがすれ違う際に聴き取れた。

 

 最後部には先頭同様の露台(バルコニー)があって、そこに立っていた豚鬼(オーク)からも手を振られ、軽く手を挙げてこれを見送りつつキーノは深い感銘を覚えていた。

 無闇に長い時間を旅し続けてきたキーノであるが、こんなに大きな物が陸の上を走っているのを見たことなどただの一度たりともない。彼女の知識の中でもっとも巨大な動くもの、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの巨躯であっても、胴の太さはともかくその全長は今走り去った<鉄の大蛇>の四分の一ほどだろう。

 

 しかもこれは、巨大な怪物、などではなく、あくまでも人の操る道具なのだ。

 それは、人の分をいささか超えるものではないのか、との畏れにも似た感情がキーノの脳裏に浮かぶ。

 

Le tacot(ル・タコ)!」

 

 常に情動に乏しい双子忍者の片割れ、クゥイアが珍しく目をまん丸にして嬉しそうにそう言ったのが聞こえた。例によってキーノには意味するところがわからないが、ユグドラシル生まれの忍者はやはりアレが何であるのかがわかるらしい。

 

「……どう思う、クレマンティーヌ?」

 

 どうにもざわざわとした気持ちが落ち着きを欠くので、キーノは傍らの参謀兼愛人の感想を求めた。

 

「まー、びっくりはさせられたわさ。あんなもの、見たことないしねー。」

 

と、こちらも呆れた様子のクレマンティーヌ。

 実のところ、<(めぇ)()く七日間>直前の大陸西部には、これと似たような電気で走る貨物列車が運用されていた時代があるのだが、丁度その頃はアーグランド評議国を旅していた彼女たちはそれを知らない。

 

「でも、豚鬼(オーク)たちの様子を見る限り、これを供した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に、悪意、みたいなもんは感じないよねー。鉱山の連中も含め、みんな仕事として楽しんでるようだしさー。」

 

 それはキーノも感じていたところだ。

 クレマンティーヌの言う通り、この技術(テクノロジー)の背後に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が存在するのはほぼ間違いないだろうが、少なくともそいつらが、当地の豚鬼(オーク)や人間たちを奴隷のように使って何かをさせている、という感じはしない。

 一方で、既に二千年近く昔の話になるが、大陸西端の辺境で(ぎょく)をユグドラシル金貨に替えていた来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の事例においても、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)自身の企図するところはこれに応じた現地人にはまったく理解はされておらず、自由都市群への無分別なユグドラシル金貨流出を招いていたものだ。

 そのときと異なるのは、(ぎょく)は希少でこそあれ所詮は磨いて愛でるのみの装飾品でしかなかったのに対し、<鉄の大蛇>が東へ大量に運んでいる鉱物は疑う余地なく戦略物資足り得る点だ。鉱山で語らった男が言ったように、東の果てに巨大な炉があって、精錬した金属から無数の武具を生み出し、以て大陸全土の征服に備えている、ということだってあり得なくはない。

 

「問答無用の略奪者、というわけではないようだし。

 話が通じる相手であれば、まずは語らってみる一手か。」

 

 自分自身に言い聞かせるようにキーノがそう言うと、クレマンティーヌもこくこく、と頷きながら、

 

「少なくともナザリックの連中よりはまともなんじゃね?」

 

と、笑ってみせた。

 いや、それは比較対象がまともでなさ過ぎるだけで、そこまで楽観的に考えるのはどーよ、と思わなくもないキーノではあったが、いずれにせよ、この鉄路の先に待つ者との対峙は避けられまい、と意を固めたのであった。

 

 

 

 そこからまたしばらく、退屈な道のりが続いた。

 この鉄路は、オークネイスを発した旅人が西へと麾下の城塞都市へ向かう街道とは随分と北に離れて敷設されているようで、既にキーノたちはそれらの街々との位置関係がよくわからなくなっている。あと七日も東へ進めば、距離的にはオークネイスに最接近するはずだ、といった雑な見積もりが関の山であった。

 途中、唯一あった変化は、鉄路と直交する大きな川に突き当たったことだった。ここまでの行程で鉄路が可能な限り勾配を避ける方針で敷設されているらしいことは理解されていたので、川はどうやって渡るんだろう、とキーノはここに至って初めて疑問を(いだ)いたものだが、驚いたことに、やはり鉄で造られた橋が架けられていた。

 石造りの足が何本か川面から突き出していて、その上に、鉄路のそれよりもかなり太い鉄材で組んだ三角形が上下交互に組み合わさった構造で鉄路の左右に並んでいる。

 

「鉄でこんなもの造るなんて考えたことなかったけど、縄で吊り橋を造るやり方に似てるわさ。」

 

とは、クレマンティーヌの言。

 数日前にすれ違った<鉄の大蛇>が折り返してくるにしても、速度ではキーノたちのそれと対して変わらないし、むしろ夜間はキーノたちはその数倍の速さで疾走するので追いつかれる心配はまずない。そう納得して彼女らは鉄の橋の上をそのまま歩いて渡った。

 対岸側には揚水水車を備えた小屋があり、人間と豚鬼(オーク)の男が一人ずつ、何か作業をしていた。

 

「この橋を歩いて渡ってくるなんて、(あね)さんたちはいい度胸をしてなさるね!」

 

 キーノたちに気づいた男たちから声がかかって、キーノは「おまえたちの橋を勝手に使って悪かった」と詫びたが、男たちにそれを気にする様子はなかった。

 

「度胸試しに西から、しゅまんどふぁ、に沿って歩いて来る(もの)は稀にあるけれど、大抵はこの橋で怖気(おじけ)て引き返すもんですわな!」

 

 確かに、鉄路を支える梁と横木の下を覗けば、川面に向かって普通の人間であれば落ちたらただでは済まない高低差があって、クレマンティーヌと双子忍者は器用にひょいひょいと渡ってみせたものの、キーノ自身はちょっと怖いので途中から<飛行(フライ)>の魔法で通り抜けたものだ。

 

「おまえたちはここで何を?」

 

 好奇心からキーノがそう問えば、特に隠し立てすることでもないのか男たちはこう応える。

 

「ここは()()の水飲み()ですぜ。」

 

「「たこ?」」

 

 キーノたちには意味がわからない。

 いや、そう言えば<鉄の大蛇>と行き違った折、クゥイアがあれを、タコ、と呼んだような気がしなくもないな。

 

「まぁ、ご存知ない(かた)にゃ不思議に思われても無理ないでしょうが、ここを走る()()は湯を沸かして走るんですわな。ですんで、丁度中間点になるここで水を飲ませてやるんです。馬だって牛だって、水もやれば飼葉も与えましょう?同じようなモンですわな。」

 

「それだけのためにここに詰めているのか?」

 

「いやいや、アレを走らせるには何やかやと手間がかかりましてね。らいゆ、の手入れだとか、いろいろと仕事はあるもんですわな。それでも、あれだけの荷物を一時(いちどき)に運べることを思えば、(やす)いものだと思いませんかい?」

 

 駄目元でキーノは、鉱山でも尋ねた疑問を口にしてみる。

 この鉄路の向こうには何があって何をやっているのか、と。

 

 やはり男たちは「はてさて」と首を傾げて、

 

「日々の御飯(おまんま)にありつけるなら、この先に何があろうが私らの知ったことではないですわな。」

 

と、おどけて見せるのみだった。

 

 男たちに別れを告げて東進することさらに数日。

 距離的には既に城塞都市オークネイスの北辺りまでは来ているはずだ、と考えた矢先、キーノはあろうはずもない上空からの視線に気づいて歩みを()めた。

 日中の光の(まばゆ)さに目を細めて見上げれば、大きな翼を(ひら)いて滑空する何かがあり、目が合ったわけでもなかろうが、それまで直線的に飛んでいたそれが俄かに弧を描きつつ下降してくるのを認めて、反射的にキーノは魔法による迎撃の構えを取った。

 

 が。

 すっ、と差し出されたクレマンティーヌのしなやかな手に制される。

 

「待って待って、キーノちゃん。飛竜(ワイバーン)だわさ、きっと騎獣よん。」

 

 なるほど確かに、その均整のとれた美しい容姿(フォルム)がはっきりと見て取れる高度まで降りてきたその背には、風除け眼鏡(ゴーグル)をかけた何者かの姿がある。

 以前にもこんなことがあったな、と思い出したキーノは、ややあって傍に静かに着地した飛竜(ワイバーン)に歩み寄り声をかけた。

 

「ひょっとして……オークネイスの代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)の者か?」

 

 この問い掛けに、よっこいしょ、と竜の背から降りた豚鬼(オーク)はたちまちに破顔一笑した。

 

「弊社の名を記憶に(とど)めていただけておったとは、光栄の極みですわな!

 キーノ・インベルン様の名は、弊社では代々語り継がれておりますので。」

 

 こちらから名乗るまでもなく、キーノたちが何者であるかは承知している様子。

 ぺこり、と一礼しつつ、いつぞやのように一枚の名刺(カード)が差し出される。

 

  <信頼と歴史の代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ) コンコンチキ>

 

「で……おまえは私たちを探していたのか?」

 

「へぇ。キーノ様たちが、しゅまんどふぁ、に沿って東へ向かっておられることは、てれぐらふ、で(しら)せが御座いまして。」

 

「てれぐらふ?」

 

 またも耳馴染みのない言葉が飛び出してキーノは戸惑った。

 キーノたちの移動速度を追い越してその到来をオークネイスに(しら)せたとなれば、<伝言(メッセージ)>のような魔法だろうか?

 

「しゅまんどふぁ、に沿って歩いて来られたのであれば、アレにそって綱を渡した柱が点々と立っておったのをご覧になりましたでしょう?」

 

 コンコンチキは何でもない、といった様子で逆にそう問う。

 

「あの綱を通して符牒を伝える(わざ)が、てれぐらふ、で御座います。」

 

 なるほど、とキーノは得心した。

 タコ、とやらの速度は馬の疾走には及ばないものだったが、鉱山にせよ水飲み()にせよ、それがやって来ることを予め知っておきたい(ニーズ)はあるはずだ。これを、てれぐらふ、とやらが担っているものか。とすれば、鉱山の者か水飲み場の者か、あるいはその双方が、しゅまんどふぁ、に沿って東へ向かうキーノ一行をオークネイスに一報していた、ということなのだろう。

 

「それで。わざわざ飛竜(ワイバーン)を駆って私たちを追って来たのは、どういうことなんだ?」

 

 思えば、ナザリックの連中はいつ何時(なんどき)もキーノたちの動向をいち早く捉えること巧みだ。鉄路の先に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が待ち受けているものであれば、てれぐらふ、とやらの連絡でそれを知ったプレイヤーがこうして先手を打って使いを派した、というのはあり得ることだろう。

 一方で、ナザリックの連中が好き勝手な場所に<転移門(ゲート)>を(ひら)いて乗り込んで来るのと比べれば、随分と迂遠な手段のような気もするし、プレイヤーやNPCではなく、在地の豚鬼(オーク)が使い走りに派された、というのは妙と言えば妙だ。

 

「へぇへぇ。大変恐縮では御座いますが、キーノ様にはご同道をお願いしたく。」

 

 畏まった口調で、揉み手をしながらコンコンチキはそう言う。

 

「このまま東へは進むな、ということか?」

 

 十中八九この鉄路の東端(とうたん)に存在するであろうギルド拠点にキーノたちが立ち入るのを嫌ってプレイヤーが介入したものと疑って、キーノは訝し気にそう問うも、コンコンチキは「いえいえ、滅相もない!」と諸手を振った。

 

「表向きはオークネイス市長からの招き、ということになりますが、キーノ様との面会を望んでおいでなのは……」

 

と、コンコンチキは一旦言葉を切って、続けてこう告げた。

 

「他ならぬ、触れ得ざる者、で御座います。

 こう言えばキーノ様はおわかりになるだろう、と承って参りましたのです、ハイ!」

 

 

                    *

 

 

「えーーーっ!」

 

と、キーノの話を遮って大魔王アインズ・ウール・ゴウンは素っ頓狂な声を上げた。

 

「じゃぁ……ギルド拠点までは行かなかったのかよ!」

 

 この突っ込みに、うーん、と困った顔をするキーノ。

 

「いや、アインズさんの期待していたところはわからないでもないが。

 でも、そのギルド拠点を擁すると思しきプレイヤー本人から招かれて、いや、こちらから勝手に乗り込んでやるから首を洗って待ってろ、と応じるわけにもいかないだろう?」

「父上、そこはまったくキーノの言う通りかと。

 この場面でキーノたちに、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対し敵意があるかのような振る舞いをとることは叶いませんでしたでしょう。」

 

 キーノが的確に言い当てたように、本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)のギルド拠点規模、その陣容の話が始まるのを(いま)(いま)かとわくわくしながら待っていたアインズは、キーノの弁明にさもありなん、と納得しつつも、間髪入れずにパンドラズ・アクターが割り込んでキーノの立場を擁護したため、返って振り上げた(こぶし)の振り下ろし先を見失ってしまった。

 

「そ、そもそもだな!

 敵ギルド拠点へ向かって進軍中に何の隠蔽(コンシール)措置も取っていない、というのは……どうなんだ!」

 

 自身無茶振りだと承知の上でついついそんなことを言ってみれば、

 

「いやいや!アインズさんはともかく、私たちはプレイヤーに対しては、まずは対話を試みることを常としているんだから、そんな戦闘に準じる行為は……」

「これまたキーノの言う通りで御座いますぞ、父上。」

 

と二人に揃ってやり返されて立つ瀬がない。

 

「……せめて双子忍者だけでもギルド拠点に向かわせるとか!」

 

「アインズさんのところの(みな)とは違って、こいつらは私に絶対の忠誠を誓っているわけじゃないから……」

「父上、それは無茶振りが過ぎましょう。」

 

「さ、さ、さっきからなんだ、パンドラ!キーノの肩ばかり持って!

 おまえはオレの下僕(しもべ)だよな?そーだよなーーー!」

 

「いやいや父上。そもそも父上が、(わたくし)をキーノたちに晒すことを気恥ずかしく感じつつも同席を求められたのは、こういう脱線に陥って話が進まなくなることを防ぐため、ではないのですか?」

 

 ……おまえの中では話が進まなくなる想定要因の第一はオレかよ!

 っつーか、おまえを晒すのを恥ずかしく思ってる、ってのは何だ!

 そもそもオレが恥ずかしがる理由は……()()()じゃないか!

 

 脳内で激しく突っ込みながら、口パカ、ペカペカの大魔王。

 

 ふと視線を向ければ、クレマンティーヌが頬をパンパンに膨らませ、顔を真っ赤にして笑いを(こら)えているのが見えて、遂にアインズの心が折れた。

 

「もういいよ!あぁそうだ、キーノが正しい!オレが言ってるのは身勝手な話だ!」

 

「いやいや、アインズさん。あなたを責めてるわけじゃ……」

「左様ですぞ、父上。父上の我儘は今に始まった話では……」

 

「もういいから本題に戻ってくれ!」

 

「ぶほッ!」

 

 (こら)えきれなくなったクレマンティーヌが両手で口を抑えたまま盛大に鼻水を吹き散らかす。

 

「……何やってるんだ、おまえ?」

 

 無作為にアインズたちと演じた小芝居(コント)が結果的に最愛の眷属を窮地に陥れたことにまったく思い至らないキーノが、ぽかん、と首を傾げるも、

 

「いいから続きを!」

 

と、アインズに怒鳴りつけられて、何がどうなってるんだ?と疑問に感じつつも、キーノは自身の体験の残りの部分を語り始めた。

 

 

                    *

 

 

 騎獣の手綱を引いて歩むコンコンチキの(あと)にキーノたち一行は続いた。

 コンコンチキの話によれば、現在位置は城塞都市オークネイスのほぼ真北、徒歩の時間距離にして二日ほどであるそうだが、途中に道らしきものがまったくなく、がために飛竜(ワイバーン)を駆る自身にキーノ一行補足が命じられたものだ、と彼は笑って見せた。彼自身、ここからどうやってオークネイスを陸路目指すかには確信はなく、コンコンチキはしばしばキーノたちを待たせたまま乗騎で上空へ舞い上がり、行く先の道のりを確認して再び進む、を繰り返した。

 

 そんなことを繰り返しつつも、その日の日暮れから少しした時点で、彼等はオークネイスを北西に発して第二都市(セコンダチッタ)へ結ぶ街道への合流を果たし、日付が変わる前に宿場街に辿り着いた。

 キーノたち自身はともかく、コンコンチキに休みなしの行軍を強いるのは無理があるし、彼を置いてオークネイスへ向かったとしても、今度は何処の誰を訪ねてよいやらわからなくなってしまう。

 誰が言い出したわけでもなく彼等はそこで一泊の宿を求めることになった。宿泊費はコンコンチキが「いただくべきものは経費込でいただいておりますので」と支払いを譲らず、キーノも黙ってこれに従った。

 

 その支払いはこの辺りで通用している金貨でおこなわれたのだが、その様子にキーノは「表向きは市長の招き」と語ったコンコンチキの言葉に嘘はないのだろう、と判断した。プレイヤーが直接に差配したものであれば、いつぞやのようにその費用はこちらの世界の金貨とは比べようもない高い鋳造精度と金純度を誇るユグドラシル金貨で賄われたものだろう。

 逆に言えばコンコンチキのこの振る舞いは、少なくともオークネイス市長がキーノたちの招聘を自分たちの財布で賄う程度には、問題のプレイヤーと懇意であることを(あかし)していることになる。

 

「いよいよこれは、六大神の再来かもねー!」

 

 一夜明けて、やはりコンコンチキと飛竜(ワイバーン)を先頭に歩きながら、同じところに思いを馳せていたクレマンティーヌがそんな軽口を叩いた。

 彼女は、ユグドラシルプレイヤーが建国し神と崇められたスレイン法国の出身であり、建国のプレイヤーは彼女が生まれた時点では既に滅び去って伝説上の存在でしかなくなっていたが、それでも同国は神であるところのプレイヤーの遺志を継ぐ体裁で運営され続けていたので、それが当たり前の世界で幼少期を過ごした彼女にとって、プレイヤーがこちらの世界の住民を支配する社会、というものに対してはあまり違和感がない。むしろ、強大な力を誇る彼等が力無き民の上に君臨する構図の方が、クレマンティーヌにとっては自然にすら感じられる。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、やろうと思えばそれが容易にできるのに、どうしてそうしないんだろう?と不思議に思うほどに。

 

「うーん、それはどうかな?」

 

 対するキーノは、逆にクレマンティーヌの発言に違和感を覚えていた。

 (いな)。プレイヤーの中に、力任せにこちらの世界の住民の支配や略奪を何の疑問も(いだ)かずにおこなう(もの)があることについては疑義はない。だが、今回のプレイヤー、オークネイスでキーノを待っていると伝え聞くプレイヤーがそれに該当するか、には疑問がある。

 極僅かな顔触れでこそあるものの、ここまでに出会い言葉交わした在地の(もの)たちからは何者かに力尽くで支配されている、といった気配はまったくなく、(いま)共にあるコンコンチキを含め、相手がどんなであるか理解こそしてはいないものの(みな)自ら進んで、触れ得ざる者に協力するかの如き言動を取っているようにキーノには見えていた。

 キーノの知る限りにおいて、ここまで自然にこちらの世界の社会に溶け込んだかに見える来訪者(ユグドラシルプレイヤー)はいなかった。ナザリックの連中にしても、それが決して容易に立ち行かぬことを承知しているがゆえに、敢えてこちらの世界の普通の人々と関係を結ぶことは忌避しているではないか。

 

 であるとすれば。

 今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、歴史に画期を為す(もの)、であるのかも知れない。

 かの端倪すべからざる大魔王アインズ・ウール・ゴウン、以上の!

 

 そんなことを考えながら、その日の夕刻前には一行は城塞都市オークネイスへと辿り着いた。

 西に向かって屹立する骸骨聖騎士(スカルホーリーナイト)の巨像は健在だ。彼の存在がなければ、今、こうしてオークネイスの人々が来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との間に築きつつある新たな関係もあり得なかったわけで、キーノはそこに深い感慨を覚えている。

 飛竜(ワイバーン)の手綱を引いたままコンコンチキが街路を歩いても、少なからずある往来の人々は特に何の反応も返さなかった。これに騎乗するものは、稀ではあるが決して皆無ではない。当地の人々には慣れっこなのだろうか、と思うものの、キーノは、はっきりと自覚は出来ないものの何か引っ掛かりを感じていた。既に随分と昔のことになるが、かつて当地を訪れた際にはあった何かが欠けている、そんな直感。

 

「話は通っておりますので、こちらに入ってお名前を告げてくださいまし。然るべく待ち人のところへ案内されるものかと存じます。」

 

 決して華美ではないが歴史と伝統を感じさせるオークネイス市庁舎の前に至り、コンコンチキにそう告げられてキーノの思索は断ち切られた。

 

「あぁ、わかった。世話になったな、ありがとう。」

 

 簡潔に謝辞を述べれば、

 

「何と嬉しいことを仰ってくださいます!

 伝説のキーノ・インベルン様の道先案内を務めたことは、子々孫々に誇れる語り草。御礼を申し上げるのはこちらの(ほう)で。」

 

 待ち人の用件が混み入ったものでなければ、是非追って弊社にもお立ち寄りください、昔と同じ場所でやっておりますので……そんなことを言いながら、コンコンチキは飛竜(ワイバーン)を連れて雑踏の中へ去って行った。

 

「……さて。

 腹を括って、触れ得ざる者、との面談に望むか!」

 

 自らを奮い立たせるかのように敢えてそう口にして市庁舎の入り口へと歩むキーノに、こくこく、と頷きながら、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナが続く。受付らしきところでコンコンチキに言われた通り自らの名を告げれば、

 

「承っております、どうぞこちらへ。」

 

と案内された先は、市庁舎の貴賓室か何かであるらしい。

 やはり華美でこそないものの、風格溢れる調度品が居並ぶ部屋に通されて、キーノは随分と場違いなところへ招かれてしまったものだ、と苦笑い。

 

 だが、そんな思いは部屋の奥で背を向けて着座していた人物が立ち上がり、こちらへ振り返りながら声を掛けてきたことでたちまちに吹き飛んだ。

 

「キーノ・インベルンだな。」

 

 極めて平板な、何の感情も読み取れない声色で話しかけて来た人物は一見して人間種の男性。

 だが、随分と風変わりな(なり)をしている。

 

 粗末に見える黄褐色の布を片方の肩で結んで掛けていて、洋袴(ズボン)は履いているがその他は素肌が見えていて、足元は指剥き出しのつっかけ(サンダル)。引き締まった肉付きではあるが全体としては貧相に細身だ。無論、ユグドラシルから来た(もの)であればその見た目自体には意味はなく、恐ろしい魔力を秘めているのかも知れない。

 特にキーノの目を惹いたのは、こちらの世界ではあまり見ない髪型だ。青味(あおみ)がかった黒髪の一本一本がくるくると巻き上がっていて、パッと見た感じ、たくさんの巻き貝を頭にのせているかのように見え、後ろ髪は()っているのか、頭頂からやや後ろに向かって(まり)のよう。何の冗談か、(ひたい)、眉間のほぼ中央からも、こちらは白い巻き毛が一本ちょろりと生えている。

 

 プレイヤーが、こちらから名乗りを上げる前からこちらの名を知っている、というのも妙な感じだ。少なからずある心の動揺を押し隠すかのように、敢えてキーノはない胸を張って堂々と応じた。

 

「私がおまえに招かれたキーノ・インベルンだ。

 こちらは私の旅の仲間、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ。お気づきかと思うが……」

 

「あぁ、言わずともわかる。」

 

と男。

 

「ユグドラシルNPCを連れている、というのは意外ではあった。」

 

 これで、この人物がユグドラシルプレイヤー、あるいはNPCであることはほぼ確実だ。

 そしてこいつは……存外知的だ。

 

「おまえの名前を訊いても構わないか?」

 

「知りたいか?」

 

「……叶うものであれば、語らう相手の名は知っておきたい。」

 

 ふふ、と男は微かに、だが、確かに笑った。

 そして簡潔に一言(ひとこと)

 

(コクーン)のジャム。」

 

(コクーン)、というのがギルドの名で、おまえの名がジャム……であっているだろうか?

 おまえのことは、ジャム、と呼べばいいか?」

 

「キーノの好きにするがいい。立ち話もなんだから掛け給え。」

 

 そう言いながら自身が先に着座したジャムの様子に、こいつは良くも悪くもこれまでに出会った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の中では、突き抜けてまともな頭の持ち主だと悟る。

 

 そして。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンがまさにそうであるように、まともなプレイヤー、というものがこちらの世界にとって最も警戒すべき厄介な存在であることは、キーノにとっては問うまでもない自明の真理であった。

 

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