億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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(コクーン)のジャムはキーノ・インベルンに何を告げたのか。これを我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンはどう受け取るのか。


3.涅槃(ニルヴァーナ)からの(いざな)

「触れ得ざる者……だったか?」

 

 大陸の東の果て、城塞都市オークネイスの市庁舎貴賓室で、姿勢正しく背筋を伸ばしてキーノに向かい合った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、自称ジャムは、開口一番そう切り出した。

 

「キーノが随分なことを言い広めてくれたお陰で、豚鬼(オーク)たちの警戒心を()くのに手間を要したものだ。」

 

 この物言いに、キーノのみならず並んで座るクレマンティーヌもまた背筋に冷たいものを覚えていた。

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンとその一党は、何者かに打ち倒されぬ限りは永遠に続く時間の大半を、こちらの世界の住民たちに、触れ得ざる者、に対する心構えを説くことに費やしてきたものだ。

 その目指すところは、双方にとって無用な衝突を回避することであって、必ずしも来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を撃退したり追い詰めたりすることでなかったのは自ら認めるところだが、(いま)ジャムが言うように、語られる側からすれば迷惑だ、などといったところまでは正直なところ思い及んではいなかった。

 

 その意趣返しに、わざわざ呼びつけたものだろうか?

 

「誤解しないでくれたまえ、私にキーノを責めるつもりはない。」

 

 俄かに強張った表情から何かを察したものか、ジャムはそう取り繕う。

 

「オークネイスの(もの)たちとの関係構築に想像以上の労力を要したのは事実だが、むしろ、キーノたちが下地を作っていてくれたがために、ひとたび私と協調することが彼ら自身の利に繋がると理解さえされれば、その(あと)は話が早かった。」

 

 キーノは、はて、このプレイヤーは本心を語っているものだろうか、との疑念を(いだ)く。

 そこを見定めようとジャムの視線を探るが、ここに至って初めて気づいたものだが、最初に挨拶を交わして以降、ジャムはずっと目を閉じたままだ。そもそも表情に乏しいことも手伝って、その内面はなかなかに測り難い。

 

「そして、キーノの遺した足跡(そくせき)は、少なからず私のこの世界(ワールド)の実相の理解の一助となった。そういう意味で、私はキーノたちには礼を言うべきなのだろう。」

 

 ちょっと予想していなかった話の流れにキーノは戸惑った。

 言葉通りに受け取れば、ジャムはまさにキーノたちが永劫の旅の中で(こいねが)ってきたところを正しく受け取ってくれた初めての来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、ということになろう。そのことは手放しに喜ばしく思われこそするものの、流石のキーノも無警戒にそう信じるほど能天気ではない。

 実際、キーノがそうなることを案じたものか、さきほどからクレマンティーヌのしなやかな指先がジャムからは死角になっているであろうキーノの後ろ腰に触れて、何かを訴えている。安易に(ほだ)されるな、と警告してくれているものだろうか、私もそこまでお人好しじゃないぞ!とキーノは嬉しくも苛立たしい。

 

「私たちは為すべきことを為してきただけで、感謝されるほどのことではない。

 それよりも、不躾なことを尋ねるがジャムは……目が不自由なのか?」

 

 この問い掛けに、表情の乏しいジャムであっても一瞬、ほんの一瞬ではあるが虚を衝かれたかのような様子を見せたことがキーノにもわかった。

 

「キーノは……」

 

と、ジャム。

 

「心根が優しいのだな。」

 

「……えっ?」

 

 逆にキーノが、これまた予想していなかった返しに狼狽える羽目になったが、ジャムは事も無げにこう言う。

 

「目を閉じているのは私の属性(クラス)視覚効果(エフェクト)がそうさせているものでそれ自体に意味はない。私は心眼で事物を見ているので懸念は無用だが、その心遣いには感謝しておこう。」

 

 こういった気さくな物言いに、キーノは大魔王アインズ・ウール・ゴウンに通じるものを感じる。少なくともこの人物は問答無用の破壊や略奪を嗜む(もの)であるようには見えない。

 一方でアインズが、今まさにこの話を聞く彼がそうであるように、地べたに胡坐(あぐら)()いて猫背気味の姿勢であるのに対し、ジャムは椅子に背筋をピンと伸ばして腰かけ、両手も膝の上にまっすぐ指先を揃えていて極めて対照的だ。

 いや、ジャムが今しがた言ったように、その見た目自体にはさしたる意味はないのだろうか?

 

「本題に入ろう。」

 

 やはり何の感情も伝わってはこない口調でジャムがそう言う。

 これまた、常に冷静沈着でありながらある一面で野放図に()けっ広げなところがあるアインズとは対照的だ、とキーノは思いつつ、黙って頷いて見せた。

 

「まず私の理解しているところを話そう。

 キーノの知見と異なるところがあれば追って補足してくれたまえ。」

 

と、断りを入れてジャムは語り始めた。

 

「オークネイスの民との語らいを通して、この世界(ワールド)の歴史の中にしばしば私同様のユグドラシルプレイヤーが現れ、少なからぬ破壊や混乱をもたらしたのだ、というところは概ね理解している。

 一方で、沈黙する触れ得ざる塔、西からやって来た破滅からオークネイスを護り抜いたと聞く骸骨聖騎士(スカルホーリーナイト)の伝承は、この世界(ワールド)の民の側に立って戦ったプレイヤーも存在したことを示唆している。あっているか?」

 

 その理路整然とした言葉に、キーノのみならずクレマンティーヌもまた思わず息を呑んだ。

 この男は間違いなく頭が切れる。そして、<百年の揺り返し>の時宜(タイミング)から考えれば既にこちらの世界で二十年ほど過ごしているはずのジャムがこれを滔々と語り得る、ということは、ジャムは自ら自身の記憶の制約の問題に気づき、ナザリック同様にそれを補完する何らかの手立てを講じていることを意味している。

 

「あぁ……ジャムの言う通りだ。」

 

 キーノが簡潔にその言を認めると、こくり、と頷いたジャムはさらに言葉を重ねた。

 

「そして直近……もっとも当時を直接知る者は、キーノたちを除けば誰一人生きていようはずもないほど昔の話ではあるが、オークネイス上空をも通過したという空中戦艦の逸話(エピソード)だ。キーノたちもこれに関わりあったことは、豚鬼(オーク)たちから伝え聞いて承知している。」

 

 何を思ってかアインズ・ウール・ゴウンとの対決を望んだプレイヤー、水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフの一件か……と想起しつつキーノもまた、こくり、と頷いて見せれば。

 

「東の沖合の海底で、大破着底(ちゃくてい)しているそれを見つけた。」

 

「「な!」」

 

 流石にこのジャムの発言には、キーノもクレマンティーヌも驚きを隠すことができなかった。

 クリフ……この名も騙られたそれを真に受けているだけで正しくはないのだが……がアインズに返り討ちになっていたのであろうことは薄々わかってはいたが、触れ得ざる塔で実見した空飛ぶ船のその後については何も知らなかったからだ。

 

「その様子からすると、空中戦艦がどうなったかは承知してはいなかったようだな。」

 

「あッ!いや、その……」

 

 それを自分たちが知らなかった、と(かい)されることの含意に自ずと思い当たったキーノは、慌てて腰を浮かせて取り繕おうとするが、

 

「慌てなくてもよい。」

 

と、変わらず平板なジャムの声に制される。

 

「キーノは決して弱くはないが、ギルド拠点、ましてや機動力を有する空中戦艦を撃破する力はあるまい。なれば、それを為した(もの)は他にいるはずだ。」

 

 まさにそれは、キーノがジャムに思い至っては欲しくなかったところを言い当てていた。

 キーノが反応(リアクション)を返すよりも先に、確信に満ちた声色のジャムが問う。

 

「キーノは、その(もの)と知己があるな。」

 

 むぐぐ、とキーノは言葉を詰まらせた。

 よもや状況証拠だけからここまで詰め寄られるとは思いもしなかったことだ。

 

 この、一見理知的に見える男もまた、水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフ同様に、闘争を嗜むユグドラシルプレイヤーの本性に従って大魔王アインズ・ウール・ゴウンとの対決を望み、その在所を我らに問おうと呼び寄せたのか!

 

 ジャムは、キーノが是とも否とも応じぬ前からこう言った。

 

「そこでキーノに依頼したいことがある。」

 

「……依頼?」

 

 変わらず平板で、かつ、さらに物腰柔らかな言葉にキーノは意表を衝かれた。

 

「キーノは冒険者なのだろう?

 だから依頼(クエスト)を出そう、というのだ。無論、相応の報酬は払う。」

 

 穏便な話ではあるが、クリフとて初手は同様だったことを思えば安心するのはまだ早い。

 

「……ひとまず聞こう。」

 

と応じたキーノに、やはりさらりとジャムは言った。

 

「私と、キーノの知るプレイヤーの会見を設定(セッティング)してもらいたい。」

 

()……を、おまえのところに連れて来い、と?」

 

 辛うじて口にすべからざる名を漏らすことを(こら)えたキーノだが、きゅっ、とクレマンティーヌに尻の肉をつままれた。

 

「そのプレイヤーは男なのだな?」

 

と、ジャム。

 クレマンティーヌの注意喚起するところは、どれだけ注意しようとも言葉の端々から情報が洩れるので、余計なことは可能な限り口にするな、といったところらしい。

 

()には彼の事情があろうから、連れて来い、とは言わぬ。

 これをキーノに。」

 

 ジャムはそれまで、ぴくり、とも動かさなかった手を挙げて中空をまさぐり、手品のように一本の巻物(スクロール)を取り出して見せる。

 

「第九位階魔法を操るキーノであれば、使い方はわかろう。」

 

 有無を言わさぬ勢いで差し出されたそれを、キーノは()()ずと受け取るしかなかった。

 

「彼が指定した地点から()()で呼んでくれれば、こちらから出向こう。」

 

 最早この依頼を断ることは叶うまい、とキーノは観念した。

 

「……わかった、善処を約束しよう。」

 

 キーノがそう言うと、用は済んだ、とばかりにジャムは立ち上り、

 

「私の客人、と告げればこの街では如何(いか)な便宜であれ図られるだろう。ゆっくり骨休めしてから出立してくれたまえ。」

 

とだけ告げて立ち去ろうとする。

 これをキーノは慌てて呼び止めた。

 

「待て!

 一つだけ……訊かせてもらってかまわないか?」

 

()に会ってどうするのか、か?

 キーノが案じる必要はない。教えを乞いたいことがあるだけだ。道中の無事を祈っている。」

 

 そしてそのままジャムは、振り返ることすらなく貴賓室から出て行ってしまったのであった。

 

 

                    *

 

 

「……で。その巻物(スクロール)はここにあるのか?」

 

と、アインズが問う。

 

「まさか!

 自分で鑑定してみれば案の定<伝言(メッセージ)>が封じられているだけだったが、それが送り狼でない保証はないからな。ここへ至る旅の途中の村の信頼のおける(もの)に預けてきた。」

 

と、応じるキーノ。

 

「同じ理由で、いつぞやの二の舞は御免だからな。敢えて<脱出(エヴァキュエイション)>は使わずに陸路で、若干の遠回りをしながら帰って来たんだ。だから(いま)話したジャムとの邂逅も、かれこれ三ヶ月ほど前のことになる。

 以降、クゥイア、クゥイナは何も感じていないようだったから、よもやジャム配下のNPC(しもべ)に追跡された、ということもないはずだ。」

 

「……やるじゃん!」

 

 キーノのユグドラシル戦術上も実に理に適った物言いに、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは感心してみせる他なかった。

 

「なかなかに、興味深い話じゃないか!」

 

と、アインズは上機嫌だ。その様子が返ってキーノを不安にさせる。

 

「確かに……ジャム、というのは決して(よこしま)(もの)には見えなかったが……」

「クレマンティーヌ!」

 

 キーノのジャム評を遮って、アインズはキーノの参謀兼愛人の名を唐突に呼んだ。

 

「えっ?ワタシぃ?」

 

 呼ばれた(ほう)は、忘れっぽい、というか、そもそも自分の名を覚えているとは考えてもみなかった骸骨から名を呼ばれて驚きの声をあげる。

 

「そうだ。キーノも決して阿呆ではないが、人を見る目、という点ではクレマンティーヌの(ほう)が一枚上手(うわて)だ、とオレは思っている。」

 

「よ、よしてよ、アインズさん。デミウルゴスでもあるまいに!」

 

と、引き気味のクレマンティーヌだが、ここでデミウルゴスの名を出したことはアインズを喜ばせたようで、骨の口がカチカチと噛み合って笑うが、キーノたちからすれば不気味極まりない光景だ。

 

「で、クレマンティーヌの見るところ、ジャム、というのは……どうだ?」

 

 そう問われて、うーん、とクレマンティーヌは唸った。

 

「悪い奴に見えなかった、という点ではキーノちゃんと同意見ではあるんだけど。」

 

「……あるんだけど?」

 

 本当にアインズは、クレマンティーヌには一家言あるもの、と期待しているらしい。

 そしてその期待は決して間違ってはいなかった。

 

「とても老成した印象で、下手すりゃアインズさんよりも大人びてたかも知れないけれども。」

 

「ふふ、言ってくれる。」

 

「あー、別にアインズさんが子どもっぽい、だなんて言ってないからね!

 ……それでもあいつは、腹の中に何か隠してるのは間違いないわさ。アインズさんとの会見を設けてそこで不意打ち喰らわそう、とか、そういう単純なやつじゃなくてもっと複雑な……何か、だと思う。」

 

 最初はおどけた調子で喋っていたクレマンティーヌの表情から、次第に笑顔が消えて真顔になっていくのを見て、キーノも、そしてアインズも、彼女の見立てに誤りはあるまい、との印象を得た。

 

「パンドラはどうだ?」

 

 同席した息子に目を向ければ、(のち)のアルベド、デミウルゴスとの情報共有に備えてか、パンドラズ・アクターは熱心にメモを取っている途中だった。

 

「あ、失敬。もう終わりま……(いま)終わりました。

 おそらくかの者は、既に在地の者と協業しての鉱山採掘で、その永続については疑問が残るものの、短期的には安定した拠点維持が叶っておるもの、と見受けられますれば、強いて我らを含め他のプレイヤーに敵対行動を採る必然性は御座いますまい。」

 

「そこはオレもそう思う。キーノの話通りの人物像であれば、絶対中立(アブソリュートニュートラル)っぽいしな。」

 

「……なんだ、それ?」

 

 アインズの物言いに疑問を感じたキーノがぽろりと問う。

 秘密にするほどのものでもないだろう、とアインズは鷹揚に応じた。

 

(カルマ)には秩序(ローフル)混沌(カオス)の両極がある。これはわかるな?」

 

 こくこく、と頷くキーノ。

 

「実際には、完全な秩序(ローフル)、完全な混沌(カオス)、というのはオレたちのような例外を除けばそうそうはない。誰しもがこの両極をつなぐ線上のどこかにある。

 この線上にあって唯一特殊なものが絶対中立(アブソリュートニュートラル)だ。つまり、秩序(ローフル)でも混沌(カオス)でもまったくない、善にも悪にもまったく肩入れしない、という立ち位置だな。これを維持するのは、善悪いずれかを貫くのと同様に存外難しく、ゆえに相応の特典(ボーナス)がある。」

 

「父上もそうお考えでしたか。」

 

と、パンドラズ・アクターが楽しそうに割り込んできて、アインズは「そりゃそうだろう!」と骨の手の平を、ポン、と打った。

 

「ユグドラシル時代もお目にかかったことはないが、そいつの外見上の特徴は間違いなくアレだ。」

 

「アレ……とは?」

 

 心配げにキーノが問う。

 対照的にアインズは、ひたすら愉快げに語った。

 

「昔まさにここで、オレとかち合ったプレイヤーをおまえらは覚えてるだろう?」

 

「あぁ、窮地を救ってもらったときだな。私と同じ真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だった。」

 

「あぁ、そうだったかな?言ってるオレは自分でブチ殺しといて憶えてないんだけどな!

 ゴホンッ……ともかく、だ。そいつ、そしてオレが修めている属性(クラス)(エクリプス)。これを得るためには完全に混沌(カオス)であることが求められ、そこに至る道のりは、自分で言うのもなんだがそうそう容易なものじゃない。そして、であるがゆえに、(エクリプス)を得たものは問答無用に敵を葬り去る強大な力を操れる、というわけだ。」

 

「ジャム、は……それに準じる存在、と?」

 

「そういうことだ。

 おそらくそいつは、習得に絶対中立(アブソリュートニュートラル)が求められる特殊属性(クラス)涅槃(ニルヴァーナ)、を極めた百レベル(カンスト)プレイヤーだ。これとかち合って無傷で帰ってきた、というだけでも、おまえらはなかなか大したもんだぞ!」

 

 骨の両手を振り上げて、自慢話なのか、それとも本気でキーノたちを褒めているのかよくわからないことを叫ぶ骸骨にキーノたちは溜息を漏らすも、呆れられた本人にそれを気にする様子はない。

 

「もっとも絶対中立(アブソリュートニュートラル)だからこそ、無碍におまえらを傷つけたりはしなかった、とも言えるだろうがな。

 そんなことより、パンドラ。こいつにどう対応するか、については、三賢者(トリニティ)を集めての協議を要するな。」

 

「そこは父上の仰る通りかと。」

 

 改めてアインズはキーノに向き直った。

 

「何らかの形でジャムとやらには応じることになるだろう。ためにはおまえらには足労をかけるが……」

「元よりそこはそのつもりだ。」

 

と、即答するキーノ。

 

「だが、相手が並みの相手でないことは明白だから、オレと言えど即断即決は避けたい。ちょっと待ってもらうことになるが……おまえらはナザリックには」

「あーーーッ、それは遠慮させてくれ!

 私たちは一旦村……アインズさんが大昔にド・クロサマー王国を造ったあの村に立ち寄っているから、方針が決まれば<伝言(メッセージ)>ででも呼んでもらえれば。」

 

 うんうん、とアインズは頷く。

 

「ジャム、じゃないけど、キーノたちには何か謝礼を用意しないとな。」

 

 さらりとアインズがそう言うので、キーノ、クレマンティーヌ共に諸手を振って謝絶を示した。

 

「よしてくれ、アインズさん。

 私は……その……友人、には謝礼は求めない主義だ!」

「ドラゴンステーキもご馳走になったことだしね!」

 

 ふふ、と微笑むアインズ。

 

「そうだな。まぁ……追って何かオレの気持ちは贈らせてもらうさ。

 じゃぁ、村とやらで少し待っていてくれ。」

 

 漆黒の装束(ローブ)を翻して立ち上がったアインズは、<転移門(ゲート)>を(ひら)くやパンドラズ・アクターを連れて一瞬にして消え去った。

 

「連中……どうするつもりなのかな?」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「さぁ。」

 

と、ホッと一息吐くキーノ。

 

「穏便なものであればいいんだが。」

 

 

                    *

 

 

……かくして奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる<黒の百合(ゆり)>の一党は、英知溢れ慈愛普き大魔王アインズ・ウール・ゴウン様の下知を得るべく、一路ナザリック地下大墳墓を!……目指したので、ごーざーいまーすーーーぅッ!

 

 ババンバンバンッ、バンバン、バババンッ!

 

 以上、黒の百合(ゆり)(コクーン)のジャムに出会うの段。ご清聴、ありがとうございました。

 

 バババンッ!

 

 

 

 並んだまま、ぽかーん、と仲良く口を()けたアインズとアルベド。

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 キーノから聞かされた東方での来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との出会いの物語が、これを生真面目に書き()めたナザリックの講談師パンドラズ・アクターから、座卓(テーブル)を触手で張扇(はりせん)よろしくバンバン叩きながら語られるのを聞かされた結果がこれだ。

 

「申し訳ありません、遅くなりました。」

 

と、そこへ、何処かへ買い物にでも出掛けていたかのように紙袋を抱えた狡知の参謀、最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスが姿を現す。

 

三賢者会議(トリニティ)に遅参するだなんて貴方(あなた)らしくもない!」

 

と、アルベドはお(かんむり)だ。

 が、噛みつかれた当の本人は気にする様子もない。

 

「すまないがパンドラズ・アクター、今一度最初から聞かせてくれるかね。」

 

「……だそうだ。パンドラ、もう一回頼む。バンバンなしで。」

 

「少し……休ませていただいてから、でよろしいでしょうか、父上?」

 

「……疲れるんだろ?疲れるんだよなぁーーー!

 なら要らんだろ、あのバンバンは!

 

 先にこっちの言い分を聞こうか。デミウルゴスは何をやってたんだ!」

 

「ご下問とあらばお答えせぬわけには参りません。」

 

 むむ、これは嫌な流れではないのか?

 と、下僕(しもべ)に対して馬々鹿々しくも身構える大魔王。

 

 そんな至高の主を余所(よそ)に、デミウルゴスは紙袋から数本の粗末な瓶を取り出し、さきほどまでパンドラズ・アクターが触手でバンバン叩いていた座卓(テーブル)の上に並べた。

 

「これを手に入れに出ておりました。」

 

「「……葡萄酒(ワイン)?」」

 

 アインズと愛妃アルベドが唱和す(ハモ)る。

 

「東方に赤い村(ロートハイム)なる人間種の村がありまして、これがなかなかどうして優れた熟成物(ヴィンテージ)(さん)します。(わたくし)、そしてコキュートスがこれを愛好しておりまして、たまにこうして手に入れて参ります。」

 

 ぽかん、と、パンドラズ・アクターの講談を聞かされていたときよりもさらに大きく口を()けて呆れるアインズとアルベド。

 

「お、おまえ……また勝手なことを!」

 

「アインズ様におかれましては何か誤解なさっておるようで御座いますが、(わたくし)めはその村にこれを求めたわけでは御座いません。在地の人間とも接触はしておりませんでして。」

 

「……?」

 

「かの村を含む人間たちは、カッツェ平野北部の開拓の都合でエイヴァーシャーの森に産する不死者(アンデッド)避けの香木を必要としており、その交易によってこの葡萄酒(ワイン)が森へ届けられ、その一部はコニーの元へ至るので御座いますな。」

 

「コニーだぁ?」

 

 コニーとは、エイヴァーシャーの森の大昔の森妖精(エルフ)の王の宮殿跡に住み着いている紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)、ツアーの娘、コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライスのことである。

 

「で、この交易がうまく回り出したことを喜んでおるコニーは、(わたくし)とコキュートスの分を取っておいてくれる、といった次第でして。」

 

「コニーのところに()ってたのか?

 よもや、とは思うが……おまえ、まさか!」

 

「ご冗談を、アインズ様。

 (わたくし)が、よりによってセバスと穴兄弟になることを望むなどとお思いですか?」

 

 口パカパカパカ、ペカペカペカペカペカペカ!

 

 コニーは、自ら望んでナザリックの執事、竜人セバス・チャンとの間に一子、正義白鉻の竜王(ジャスティスクロームドラゴンロード)タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチ、ことタッチを得た。タッチは、ツアーとセバスの創造主たっち・みーの孫、ということになる。

 

「失礼いたします。」

 

 アインズが正気を取り戻してデミウルゴスへの反撃を図る前に、本日のアインズ様当番フォアイルが入室してきたため、アインズはその機を逸してしまう。

 

「デミウルゴスに頼まれたグラスを持って参りました。」

 

 彼女が押して来た配膳車(ワゴン)の上には(グラス)が五つある。

 

「よい機会なので、(みな)もひとつ試してみないかね?」

 

 誰の返事も待たずにデミウルゴスは、瓶の(コルク)(くわ)えて、ポンッ、と小気味のよい音を立てて抜き、手際よく五つの(グラス)に自ら注ぐ。

 

「ひとつ多くありませんか?」

 

と尋ねたのは、それを配って歩いたフォアイルだ。

 

「何を馬鹿なことを。最後に残ったそれはキミの分じゃないか。」

 

「よろしいんですか?」

 

「よくないわけがないだろう?役得だと思えばよいのではないかね?」

 

と、瞬き(ウィンク)を送るデミウルゴス。

 

「我らが端倪すべからざる至高の主に、乾杯ッ!」

 

と音頭を取られては、これに乗らないのは至高の主に対する忠誠を疑われる無作法だ。

 

「あら!」

 

 最初に声をあげたのはフォアイル。続いてパンドラズ・アクターも、

 

「喉が渇いておったせいやもしれませんが……意外に悪くないものですな!」

 

 険しい表情のまま、見るからに嫌々口にしたアルベドまでもが、俄かに目元が綻んでいる。

 

「何とも雑な香りだな。」

 

と、正直な感想を放ったのは、ただ一人、これを呑むことが叶わない大魔王アインズ・ウール・ゴウン、その人である。骨の手の平に載せた(グラス)を鼻の前でくるくる回しながら、

 

「互いに調和しない個性的で雑な香りが、せめぎ合っているようだ。」

 

 言葉尻穏やかではないが、(グラス)を振る骨の手は()まることがなかった。

 

「知っての通りオレは呑めないから実のところはわからんが。」

 

と、アインズ。

 

「それぞれの要素が完璧に調和した香りはそれはそれで価値があろうが、それぞれに主張する粗削りな香りが絶妙に拮抗するこれも悪くはない。いや、むしろオレはこれが好きかもしれない。

 そう、強いて例えるならばこの葡萄酒(ワイン)は……」

 

 ニヤリ、と骨の相貌が(わら)う。

 

「オレたち、ナザリック地下大墳墓のようだ。」

 

「実は、コキュートスが同じことを申します。」

 

と、デミウルゴスに囁かれて、なおアインズは愉快げに笑った。

 

「では座興はこのへんにして。

 喉が潤ったところで改めて話を聞かせてもらおうか、パンドラズ・アクター。

 バンバン、は抜きで頼むよ。」

 

「では、(わたくし)は失礼いたします。

 デミウルゴス、御馳走様。」

 

 (グラス)を片付けたフォアイルは、配膳車(ワゴン)を押しつつ振り返ってデミウルゴスに瞬き(ウィンク)を送った。デミウルゴスは視線を向けるでもなく、片手を挙げて軽く会釈する。

 

 この……いい恰好しいめ!

 と、先程の自身の(にわ)目利き(ソムリエ)ぶりを棚上げしてアインズは思うものの、この一見無意味な余興が、新たに補足された来訪者(ユグドラシルプレイヤー)への対処を検討するに当たり、ともすれば思考が前のめりになりがちな自身に一時(ひととき)の息抜きを与え、より柔軟で的確な判断が下せるように、との配慮からなされたものであることにアインズは気づいていた。

 

「まことにもって遺憾ながら、己の不明を恥じいる他御座いませんな。」

 

 改めてパンドラズ・アクターから、一切の演出を廃して簡潔に語られたキーノの体験談を聞き終えた(のち)、デミウルゴスはまず苦々しげにそう言った。

 

「まぁ、そこは仕方がないんじゃないか?

 実際オレたちは、大地溝帯よりも東にはほとんど関心を払ってなかったわけだしな。」

 

と応じるアインズは、デミウルゴスの言わんとしたところを正しく理解している。

 

 ここ二百年来に渡ってのカルサナスの地における都市拡大傾向を、ナザリック地下大墳墓の知的種族動向把握を担当するデミウルゴスはもちろん正しく把握していた。

 一方で、ナザリックの目ニグレドの探査範囲(スキャンレンジ)を大きく越えるかの地において、諜報活動の大半は恐怖公眷属(ゴキブリ)に依存していて、彼らの食糧調達の都合からその監視域は人口密集地に偏るきらいがある。そこから大きく外れて敷設された鉄道の存在にデミウルゴスは気づいておらず、そもそも都市拡大と<百年の揺り返し>の時宜(タイミング)に相関がみられなかったことから、キーノの実地見聞がもたらされるまでそんな可能性を疑ったことすらなかったのが実情であった。

 

「にも関わらず、密かにキーノ・インベルンたちを派して来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を捕捉せしむるとは……今更ながらアインズ様の深慮遠謀にはただただ驚嘆させられるのみ。まさに端倪すべからざる、の言葉がお似合いで御座いますとも!」

 

 ……またそれかよ。

 んなわけねーだろ!っつーか、おまえ。本当はそんなこと思ってないよな?そーだよなーーー!

 

 と、突っ込んでもどうせ聞いてもらえないので、心の中だけでアインズは叫ぶ。

 

「して……いかがなさるおつもりですか?」

 

 そう問うたのは愛妃アルベドである。

 

「まぁ、教えを乞いたい、と言って来てるヤツを敢えて無視する理由はないわな。」

 

 鷹揚にそう応じたアインズに、アルベドの胡乱な視線が突き刺さる。

 

「よもや、とは存じますが!」

 

 もちろんアインズは、彼女の言わんとするところも正しく察知していた。

 

「いやいや待て待て、アルベド!単騎でキーノたちと会見に臨む、なんてことはしないぞ、流石に!

 今回のプレイヤーの実力、ギルドの戦力規模、いずれも現時点では不明瞭だ。ましてや、オレの想像が正しければ、そのジャムとかいうのは涅槃(ニルヴァーナ)技能(スキル)持ちだ。そんな物騒なヤツの、真意もわからないままに接触するほどオレは無鉄砲じゃないさ。」

 

涅槃(ニルヴァーナ)?」

 

 意味するところがわからず言葉のままに復唱して問うたアルベドに、応じたのはアインズではなく、共にキーノの話を聞いてアインズと同じ懸念を(いだ)いていたパンドラズ・アクターである。

 

守護者統括殿(アルベド)はご存じなかったようですが、(エクリプス)に比肩し得る稀なる属性(クラス)で、父上の必殺(わざ)に相当する技能(スキル)として、俗に三手番殺し(スリーターンキル)、と称される剣呑な(じゅつ)を弄します。

 つまり、かの(もの)と対峙した(もの)は、ニ手のうちにこれを葬らねば、三手目と同時に問答無用に絶命させられる、という反則(チート)すれすれの大技で御座いますな。」

 

 聞かされたアルベドは、黙ったままに指を折った。

 

技能(スキル)発動に<心臓掌握(グラスプハート)>、の二手でアインズ様の勝ち、ではなくて?」

 

「サシ、ならばアルベドの言う通りになるだろうね。

 だが実際には、アインズ様の攻撃が成就するには十二秒を要する。」

 

 と、割り込んだのはデミウルゴス。

 

「なるほど……その技能(スキル)は本来一撃必殺に用いられるものではなく、集団戦において敵方最大火力の運用を封じるところに意義があるわけね。」

 

「ご明察だよ、アルベド。

 無論、満願成就まで(十二秒間)我らがアインズ様の盾となりさえすれば我らの勝利ではあるが、不用意に多数でこれを囲めば、敵が標的(ターゲット)するのは必ずしもアインズ様とも限るまい。仮にそうなれば、(かたじけな)くも我ら下僕(しもべ)(あや)められるを決してお望みにはならぬアインズ様からすれば、人質を取られたも同然の状況となる。」

 

「……そんな使い方もあり得るのね。確かに油断ならない相手だわ。」

 

「そういうことだ。」

 

 知の下僕(しもべ)たちの我が意を得た議論に、満足そうに頷くアインズ。

 

「幸いにして敵ギルド拠点の位置特定手段は既に割れている。キーノたちが沿って歩いたと言う線路の先にそれはあるはずで、拠点そのものがそこになかったとしても、連中が鉱山からの資源をユグドラシル金貨に換えているのであれば、少なくとも<換金箱(エクスチェンジボックス)>はそこにあるはずだから、これを押さえてしまえばオレたちの勝ちだ。」

 

「ですが……」

 

と、言葉を加えようとしたデミウルゴスをアインズの骨の手が制する。

 

「そう……そんなことはジャム、とやらも先刻承知だろうから、当然あちらにはそうした事態に対する鉄壁の備えがあるか、あるいは、自身の搦手を晒してもなお成し遂げる価値のある何らかの目的がある、ということになる。

 となれば、まず最優先はジャムの真意を把握することで、あちらが会見を求めて来ているからにはひとまずこれに乗ってやるのが話が早い、というのがオレの考えだが……どうだ?」

 

「流石は父上、お見事です!」

「それで、よろしいのではないでしょうか!」

「そういうことであれば……」

 

 三賢者(トリニティ)はたちまちに賛同を示し、最後にデミウルゴスがこうアインズに耳打ちする。

 

「……このように取り計らうのがよろしいかと。」

 

 その提案を聞いてアインズは、バンッ、と膝を打ったが、続いてぽそりとこう漏らした。

 

「名案だが……キーノは嫌がるだろうなぁ。

 ま、いっか。」

 

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