億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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デミウルゴスの献策に従い、キーノ・インベルンは来訪者(ユグドラシルプレイヤー)(コクーン)のジャムとの再会見に臨む、のだが。


4.置き去りの運命(さだめ)

「い……胃が痛い。」

 

吸血鬼(ヴァンパイア)でもそういうことがあるものなのですか?」

 

「……いや、そんな気がするだけだ。気遣いは無用に頼む。」

 

「では先を急ぎましょう。至高の主を無為にお待たせすることは、(わたくし)も望むところでは御座いませんので。」

 

「……はぁ。」

 

 大陸を大きく東西に隔てる大地溝帯を越える、道なき道を黙々と歩む六人の人影。

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン、その愛人兼参謀の眷属クレマンティーヌに双子忍者のクゥイアとクゥイナはいつもの<黒の百合(ゆり)>の顔触れであるが、これに加えて、布で覆った何やら大きな荷物を肩に担いだ白髪の老執事と、はち切れそうな豊満な肉体を拘束着(ボンテージ)(ふう)女給(メイド)服に包んだ金髪縦巻き髪(ロール)の美女が共にある。

 

「じゃぁ、ソリュシャンちゃんもここしばらくは活きのいい食事にありつけてないのねん?」

 

「食べなければ()せ細って死ぬ、というわけでも御座いませんから困ってはおりませんのですよ。

 でも、生活に潤いが足りない、のは事実ですわ。」

 

「あぁ、わかるわーーー!ワタシもキーノちゃんの手前、手当たり次第に(ちー)吸って歩く、ってわけにもいかないもんだからさーーー!」

 

「今回の任務を無事やり(おお)せたら、至高の主にご褒美としておねだりしてみましょうか。際してはクレマンティーヌの分もお願いしてもよろしくてよ。」

 

「いやーん、ソリュシャンちゃんってば気が利くのねーーーん!」

 

 人間に対する嗜虐趣味、という妙なところで意気投合し、和気藹々と語らいながら歩むクレマンティーヌ、戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンに対し、ナザリックの誇る爆砕執事セバス・チャンが、気配封じの指輪を装備してもなお周囲にだだ漏れさせる異様な気配に、存外繊細な神経の持ち主であるキーノは、道中ないはずの胃痛が()まらずにいた。

 

「こいつらと一緒に東方へ向かい、害のない場所でジャムを呼び出せ。」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンにそう依頼……事実上の命令だよな、これ?……されたがためのこの仕儀ではあるが、これが何を企図したものなのかの説明は例によって欠いているので、キーノとしては、そんなことはあるまい、とは思いつつも、いつ何時(なんどき)突然キレてこちらの頭を吹き飛ばしかねないセバスとの旅路に、ひたすら神経をすり減らしていた。

 

「……この辺りかな。

 ソリュシャン、あちらに連絡を取って、この辺で大丈夫か聞いてくれるか?」

 

 漸く大地溝帯を越えて、遥か彼方にオークネイス麾下西端(せいたん)第四都市(クアルタチッタ)が見えるか見えないかの何もない原野に至り、キーノは連絡役として随伴したソリュシャンにそう声をかけた。

 たちまちに意を(かい)したソリュシャンは片手を耳に当てて<伝言(メッセージ)>を扱い、ややあって妖艶な笑顔を浮かべながらキーノにOKサインを返した。既にレベル九十を超えたキーノにとって、ソリュシャンは決して恐ろしく感じる相手ではないが、アインズの(めい)によるとはいえ必要以上に愛想がよいのが返って薄気味悪い、とキーノは感じている。

 

「じゃぁ、腹を括って取り掛かるか。」

 

 キーノは旅の途中、塵の滝(シュタウプバッハ)の村に預け置いたものを回収してきた、ジャムから渡された巻物(スクロール)(ほど)いた。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 ……あ、聴こえるか?キーノ……あぁ、そうだ。会見の準備が……えっ?あ、いやちょっと……」

 

「どうしました、キーノ?」

 

 巻物(スクロール)が塵と消え去ると同時に、傍らにあって周囲に鋭い眼光を走らせていたセバスが問う。

 

「いや……ジャムにはつながったんだが。

 場所はわかったから十日ほどここで待て、だと。」

 

 それだけ告げて、<伝言(メッセージ)>は向こうから一方的に切られてしまった。

 

「はなはだ礼儀を欠く人物のようですな。これで至高の主がここに同行なさっておれば、問答無用に無礼討ちにしてくれるところですが。」

 

「あーいやいや、セバス!そういきりたたないでくれ!

 そう!多分……だが、ジャムはアインズさんやシャルティアのように<転移門(ゲート)>を扱えないんだと思う。彼がオークネイスにいるとして、街道をずっと全速力で駆けてくる、と考えると、十日というのは納得のいく時間だ!」

 

 俄に表情が険しくなったセバスに、その暴走を恐れたキーノは大慌てで宥めにかかった。

 

「……なるほど、そういう考え方もできますね。

 キーノは、流石は我が至高の主が友と認めただけあって、なかなかに聡明とみえる。感心いたしました。」

 

と、腹に折った手を当てて執事の礼を執るセバスは、キーノにしてみれば不気味の極みだ。これ以上胃痛が広がる前に、話題を転じてしまうが(きち)だろう。

 

「クゥイア、クゥイナ、長丁場になりそうだ。

 とりあえず日除けを建てようか。」

 

小母(おば)さん!」

 両手の指で牙を作る仕草(ジェスチャー)

 

 

 

 かくして六人はやることもなく待ちぼうけとなったのであるが、誰一人として食事も睡眠も必要としない顔触れ。ナザリックの面々やそもそも自発的な意思の乏しい双子忍者はともかく、キーノには(こた)える()だ。

 クレマンティーヌはすっかり打ち解けたソリュシャンと、アインズから褒美に生きた人間を賜ったらどういう具合に料理してやろうか、などという物騒極まりない話題で盛り上がっていて取り付く島もない。必然的にキーノの隣には、無言のままのセバスが皺ひとつない執事服姿で、鉄筋でも仕込んでいるのかと問いたくなるようなピンと伸ばした背筋で立ち尽くしていて気まずいことこの上なかった。

 

 今回の旅に出立した直後、キーノはアインズからの妙な<伝言(メッセージ)>を受け取ったことを思い出す。

 

(よもや、とは思うが、セバスに気をつけておいてくれ。)

 

「それはどういう?彼が暴走しても私には到底()められないぞ。」

 

(いや、そういう意味じゃない。

 あいつがはぐれないように目を光らせてくれるか。)

 

「……はぁ?

 爆砕執事がよりによって迷子になる、っていうのか?」

 

(いやだから、そういう意味じゃない。

 ……デミウルゴスだ。)

 

「……?。すまないアインズさん。さっぱり意味がわからないんだが。」

 

(意味がわからんのはオレも同じだーーーッ!

 あ、いやすまん、今のは八つ当たりだったな。

 セバスに何か仕事を与えて外に送り出すと、決まって何処かに置いてけぼりにしようと企む困ったヤツがいる。)

 

「……デミウルゴスが今回の旅を妨害すると?」

 

(いや、それはない。被害を受けるのはセバスだけだ。)

 

「……なんでまたそんなことに?」

 

(それが説明できるくらいなら苦労せんわーーーッ!

 あ、いやすまん、今のも八つ当たりだったな。

 とにかく隙あらばデミウルゴスはセバスを何処かに置き去りにしようとするから、そうならないように気をつけてくれ。)

 

「いやー、ちょっとそれは……」

 

(別に期待はしてないからいいよ、そうなったらそうなったで何とかするから。そうなるとわかってて黙って送り出すのもどうかと思うんで、キーノには駄目元で伝えただけだから。)

 

「何というか……本当(ほんと)、あんたも苦労性だなぁ。」

 

(そう思ってくれるか?わかるよな?そうだよな?

 ……とにかく頼んだぞ。旅の無事を祈っている。)

 

 これから未だその真意定かでない来訪者(ユグドラシルプレイヤー)接触(コンタクト)しようという折に、最大の懸念事が身内の足の引っ張り合いとは、何事につけても破天荒なナザリックらしい、と思いはするが、私を巻き込まないでくれ!とキーノは思わなくもなかった。

 

「なぁセバス。少し話せるか?」

 

 日除けの下に立つ自身の斜め少し前で、ジャムがやって来るであろう東方を瞬き一つせず凝視したまま仁王立ちしている爆砕執事に呼び掛けてみるも反応は皆無だ。

 

「……はぁ。」

 

 思わず溜息を漏らせば。

 

「聞いておりますのでどうぞ。」

 

 と、セバス。意外にも会話に応じる気がないわけではないらしい。

 不器用なキーノは、単刀直入に関心事を告げた。

 

「おまえ……デミウルゴスと折り合いが悪いのか?」

 

「かの者は(わたくし)同様、至高の主に絶対の忠誠を誓う(もの)。その狡知と力を(わたくし)は高く評価しております。」

 

「……あぁ、訊き(かた)を変えよう。

 セバスは、デミウルゴスが嫌いなのか?」

「嫌いです。」

 

 迷いなく即答かよ!

 

「かの(もの)は、こちらの世界の人間、亜人にあまりに(なさ)けがない。」

 

 かつて、リ・エスティーゼ王国の小悪党(こあくとう)どもの頭を問答無用に(ことごと)く吹き飛ばして歩いた御仁がどの口でそんなことを言うんだ、と思わないでもないキーノだが、流石にこれは口にはしなかった。言っている当の本人も、自身の所業など()うの昔に忘れ去っていることだろう。

 

(わたくし)(かたじけ)なくも我が創造主より、正義を執行してから悔やむ男たれ、と望まれた(もの)なれば、かの(もの)もまた(わたくし)を、蛇蝎の如く嫌っておるので御座いましょうな。」

 

「うーん、デミウルゴスは悪魔だから、そこは仕方がないんじゃないか、という気もするなぁ。それに、こちらの人間、亜人に情け容赦ない、という点で言えば、その……おまえの至高の主も大差ないんじゃないのか?デミウルゴスもアインズさんも、共に(カルマ)(イビル)に全振りなんだろう?」

 

「アインズ様は、死を給うにも慈悲を以てなされる御方なれば、キーノの言うところはいささか的外(まとはず)れかと。」

 

「……そうかなぁ?」

 

 キーノは、自身随分と危うい崖っぷちを進む真似をしていることを自覚しつつも、存外話の通じる爆砕執事との会話に引き込まれていた。

 

「殺された(ほう)からすれば、殺した側が何を考えてそうしたか、なんて関係ないだろ?あー、いやいや、セバス!誤解しないでくれ。私は何もアインズさんに()がある、と唱えているわけじゃないんだ。殺しの数だけでいえば、何の自慢にもならないが私もアインズさんには負けてない。かつて私は、国堕(くにお)とし、なんて二つ名を捧げられたものだ。」

 

 それまで、じっと東の方角を見つめたままだったセバスが不意に振り返り、その鋭い眼光をキーノに注ぐが、不思議とキーノは殺気の(たぐい)は感じなかった。

 

「どう言ったら良いのか私も正直なところよくわからないんだが、デミウルゴスが人間、亜人に何をするか、と、おまえがデミウルゴスを嫌うことの間には、本当は何の関係もないんじゃないのか?だってそうだろ?アインズさんだってやってることは大概だぞ、それに付き従うおまえ自身の所業も含めて、だ。」

 

「……キーノはどうしてそんなことを(わたくし)に?」

 

 隠すことでもないだろう、と考えたキーノは、真正直(ましょうじき)に今回の旅の出立直後にアインズから受け取った<伝言(メッセージ)>越しの無茶振りを語った。

 

「私自身、本来(カルマ)(イビル)だ、と思う。少なくとも、私は既成の秩序に膝折ることを好まないし、何か目的があるときは人殺しも厭わない。なるべくそうしないようにしたい、とは思ってはいるが、これは私の美学としてそうなのであって、やむなし、となれば平気で人を殺められる私は、生来の(さが)(イビル)なんだろう、と思う。

 セバスは私が嫌いか?忠誠を誓ってはいるが、アインズさんが実は嫌いだったりするか?」

 

「まさかそのようなことは。」

 

「なら、デミウルゴスとも仲良く……は無理にしても、なんとかならないものなのかな?

 まぁ、私から見てもデミウルゴスにはちょっとなぁ、と思うところは多々ある。その点ではおまえは正しい。が、それを言ったらアインズさんにも可怪(おか)しなところはちょいちょいあるし、ましてやセバスとデミウルゴスは同じ(あるじ)に忠誠を誓う仲間なんだろ?」

 

「ふふ。」

 

 それまで表情のなかったセバスの口元から微かな笑みが(こぼ)れた。

 

「キーノは……」

 

「ん?」

 

「キーノは……心根が優しいのですね。」

 

「ハハッ!」

 

 思わずキーノは笑ってしまう。

 

(いま)ここで共に待ち受けているプレイヤー、ジャムからも同じことを言われたよ。私自身にそんなつもりはないんだがな。

 だが、自分で思っている以上に余計なことに気を遣う、遣ってしまう、という点では、こういう物言いはおまえにとっては不本意か、とは思うが、私と……おまえの至高の主の慈悲とやらは通じている、と思っている。」

 

「確かに、許されざる不遜な物言い、かとは存じますが。」

 

と、セバス。思わずキーノは息を呑む。

 

「流石、我が至高の主が友と認めた御方は面白いことを仰る、とも思いますな。」

 

 この言葉を最後に、再びセバスは東の方角を睨んだまま不動の姿勢を取った。

 

 

                    *

 

 

「……現れたようですな。」

 

 きっかり十日目。

 元から鋭いセバスの眼光がさらに鋭さを増せば、ほぼ同時にソリュシャンが<伝言(メッセージ)>を受け取ったようで、手話(ハンドサイン)で会敵を告げた。

 キーノの視覚がそれを捉えたのはそれからもう少し経てからのことになるが、地平線の彼方から恐ろしい速度で歩んでくる何者かがある。セバスもかくあらんが如く背筋をピンと伸ばし、ほとんど上下動しないその歩みは滑稽ですらあった。

 

 問うまでもない。

 アインズとの会見を求めたプレイヤー、(コクーン)のジャムである。

 

「キーノ・インベルン。」

 

 キーノたち一行から五十歩ほどの間合いを空けて、ピタ、と立ち止まったジャムはキーノの名を呼んだ。

 

「新しい顔が二人増えているが、いずれもNPCだ。

 話が違うようだが。」

 

 これにはキーノではなくセバスが応じた。

 

(わたくし)は至高の主の執事を務めておりますセバス・チャン、と申します。

 此度(こたび)は我が(あるじ)名代(みょうだい)として参上いたしました。」

 

 その声色は堂々としたものだが、キーノは、それでもセバスの微妙な姿勢の変化に、彼が若干身構えていることを感じている。爆砕執事を以てしても、目前のプレイヤーは難敵と認めるに吝かでない相手であるらしい。

 

「私はプレイヤーと(じか)に語らうことを望んでいる。」

 

 対するジャムにも、セバスを恐れる様子はまったくない。

 無警戒、というわけでは決してないのだろうが。

 

「あなたの望みは叶えられるでしょう。」

 

 セバスはそう言いながら、道中ずっと肩に担いでいて、今はキーノたちが張った日除けの下に東面して置いてあった荷を覆う布を、バッ、と取り払った。

 

 現れたのは。

 <遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>!

 

「さぁ、あなたたち。出番ですわよ!」

 

 数歩下がって控えていたソリュシャンが両手を左右に(ひら)いて豊満な胸を晒せば、そこがガバッと裂けて中から二体の魔物が飛び出し、鏡の上に並んで()まった。

 

 集眼の屍(アイボール・コープス)九官鳥の遺骸(マイナ・カーカス)

 いずれも、アインズが召喚した中位の不死者(アンデッド)である。

 

 ややあって。

 

(あー……マイクテスッ、マイクテスッ。聴こえてるか?)

 

と、九官鳥の遺骸(マイナ・カーカス)の口からどこか()の抜けた声が届く。同時に、<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>に何かが映し出されるが。

 

「近過ぎだ、肋骨しか見えてないぞ!」

 

(えっ、そうなの?

 ちょっと待てよ……これくらいでどうだ?)

 

 キーノに突っ込まれて立ち位置を変えた声の(ぬし)の姿が、今度は全身映し出された。

 

 金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒の装束(ローブ)(まと)い、その中腹に鮮血を想起させる真っ赤な紅玉(こうぎょく)()いた骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

「はじめまして。あなたの知己を得るのは大いに喜ばしい。」

 

 ジャムはたちまちに意図を察したようで、キーノとの最初の語らいがそうであったように、姿勢を正したまま、礼を執るでもなく、ただそう言った。

 

「確認するまでもないが……アインズ・ウール・ゴウンの、モモンガ、だな?」

 

 これまでの多くの来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がそうであったように、ジャムもまた、その姿を見て鏡に映るプレイヤーが、ユグドラシル非公式ラスボスと謳われた(もの)であることに気づいたようだ。

 

(あぁ、オレのことをご存知でしたか。

 生憎とオレはあなたのことを知りません。名を伺っても?)

 

 鏡の中のアインズは、非礼にならないように、でありながら鷹揚にそう問うた。

 ひとまず無難な滑り出しになったか、とキーノはない胸を撫で下ろした。

 

 のだが!

 

「用は済んだ。名乗る必要もない。」

(……はぁ?)

 

 ジャムは既に背を向けて歩み出していて、アインズの口からはなお増して間抜けな声が漏れる。

 

「キーノ・インベルン、謝礼だ。」

 

 背を向けたまま、肩越しにキーノに向けて革袋が一つ投げられて、キーノは慌ててこれを受け()めた。重みからすれば百枚以上の金貨が入っている様子。

 

(おい、ジャム!ちょっと待て!

 何か訊きたいことがあったんじゃないのか?)

 

 そんなことをしても何の意味もないのに、あちら側の集眼の屍(アイボール・コープス)に駆け寄ったがためか骸骨顔だけが大映(おおうつ)しになったアインズが呼び掛けるも、ジャムは振り返りもせずに片手だけを挙げ、

 

「会見に応じてくれたことには感謝する。御機嫌よう。」

 

とだけ告げて歩みを()めなかった。

 俄に、ギリリ、と握りしめたセバスの(こぶし)に力が入ったことに気づいたキーノは慌てるが、

 

(待て、セバス!一旦撤収だ!)

 

 それに気づかないはずのないアインズからも声がかかって、あわやの事態は避けられた。

 そうこうするうちに、現れたとき同様の滑稽な早歩(はやある)きに転じたジャムの姿は既に地平線の彼方。

 

「敵が一定距離離れた後に<転移門(ゲート)>を(ひら)くのでそのまま待て、との仰せです。」

 

 ()()()()からの<伝言(メッセージ)>を受けたソリュシャンにそう告げられては、セバスもキーノも何もできようはずもなかった。

 

 

 

 ややあって予告された通り<転移門(ゲート)>が(ひら)かれ、セバスを殿(しんがり)に残して招かれるままに(くぐ)り抜けて見れば、そこは巨大な真円形の湖の畔だった。

 

「ちゃんとセバスはついてきたか?」

 

 あぁ、この()に及んでもセバスが置いてけぼりにされるのを気にしているのか、とキーノは可笑(おか)しく思うも、やっている本人(アインズ)にとっては極当たり前の手順の一つであるに過ぎないようで、立て続けにまた何処かに向けて<転移門(ゲート)>が(ひら)かれる。

 キーノにとって、ナザリックの作戦行動に同行するのは今回が初めての体験となるが、もちろんキーノは、これがさきほど邂逅したプレイヤーが万が一にも追跡を試みている場合に備えての欺瞞措置であることを承知しているものの、これをさも当然のように粛々と進めるアインズの徹底振りには呆れを越えて感銘しかなかった。

 

「ほんに、そなたらはいつも(せわ)しないのぉ。」

 

 いくつかの中継地点を経て辿り着いたのは今回の旅の出発地点、エイヴァーシャーの森(ふか)くに鎮座するかつての森妖精(エルフ)の王の植物の宮殿、只今は紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コニーの塒で、その(あるじ)から呆れ声の出迎えを受けた。

 これまた対プレイヤーの欺瞞措置で、遠隔会見(リモートミーティング)を開くに際し、敵側逆探知を受けてもナザリック地下大墳墓の所在が割れぬよう、コニーの塒を作戦本部として提供させたものであった。

 

 そこにあるのは狡知の参謀デミウルゴス、その助手として戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマ、加えてキーノたちには知己のない、皮膚を欠く筋肉剥き出しのおどろおどろしい表情をした黒髪長髪の女が一人。女の周囲には、先程まで燃えていたやにみえる魔法の(ふだ)が無数に散らばって(くすぶ)っていた。

 もちろんその女はナザリックの目、情報収集特化型魔法詠唱者(マジックキャスター)ニグレド。ナザリックに在るままでは、その探査範囲(スキャンレンジ)は大地溝帯を東に越えることがない。一方、今回のように敵方プレイヤーが現れる位置が事前に特定されているのであれば、この期にその能力を活用しない理由はない、とばかりに当地に駆り出され、実際現れた(コクーン)のジャムの探査(スキャン)に際しては、大魔王アインズ・ウール・ゴウン自らが反撃魔法(カウンターマジック)に対する盾となって守っていたものである。

 結局のところジャムにそういう意図はなかったようで、それらの備えは空振りに終わったのであるが、アインズにとっては代えがたいナザリックの守りの(かなめ)であり、愛するアルベドの姉に当たるニグレドが僅かなりとも傷つくなどということは慮外の仕儀でこれを怠る理由はない。

 

「見事に想定外だったな。あいつ、どういうつもりなんだ?」

 

と、アインズ。

 

「私たちが見抜けていないだけで、今もジャムの追跡(トレース)を受けてるなんてことは……」

 

 そんなことはよもやあるまい、と思いつつ、他に何も思いつかないキーノは不安げに口にしてみるも、

 

「オレの防護措置は完璧で、おまえが受け取った謝礼の金貨も帰路の途中で検疫したが何も出なかっただろ?これで追跡(トレース)されているものなら、ナザリックの所在は()うの昔に露見していて然りだ。」

 

と、アインズに断言されて、そこに異議の余地はなかった。

 

 今回の作戦は、(コクーン)のジャムの言う「教えを乞いたい」に応じる(てい)でその実力と真意を探ることを目的としていた。前者はニグレドによってほぼ果たされはしただろうが、後者については、そもそもジャムが何を知りたがっていたのかを含めてわからないことだらけだ。

 

 もちろん、アインズはある程度の事前予測をした上で本作戦に臨んでいた。

 キーノが見聞してきた情報からその可能性は低い、とは考えられつつも、過去に少なからぬ遅れてやって来たプレイヤーたちに問われた、何が起こっているのか、この世界はいったい何なのか、といった質問に対する耳障りのよい回答は用意していたし、拠点維持資金貸付の準備も整っていた。

 加えて、ジャムは既に記憶の制約の問題に自ずから気づいて何らかの対策を採っているように思われ、自分よりも先にやってきたプレイヤーたちの間に闘争があって、その一部……つまりアインズたち、であるが……が、こちらの世界の側に立って無分別なプレイヤーを殲滅したことにも思い至っている様子であったことから、もし、ジャムがその真意はともかくアインズ同様の立ち位置を取り得るのであれば、大地溝帯を境に東側をその手に委ね相互不可侵を約せば面倒事が一挙に解決するじゃないか、などという夢想すらアインズは(いだ)いていた。

 これをジャムの目前で議するのはあまりに格好がつかないので、どの辺りまで譲っても問題ないか、三賢者(トリニティ)とは合意の上でこの会見に臨んだものだが、そのすべてが見事に空振りに終わって、実のところアインズは途方に暮れていた。

 

「お見事で御座います、アインズ様ァ!」

 

 と、両手を高々と振り上げたデミウルゴスが、恍惚とした表情で叫ぶのを見て、アインズは、

 

 ……またいつものそれかよ!

 んなわけねーだろ、想定外だよ、想定外!

 

と内心憤りを覚えたのであるが。

 

「敵方の狙いが明らかになったからには、早急にナザリックに帰投し(みな)で対策を練りませんと!」

 

「「……はぁ?」」

 

 と、間抜けな声で唱和す(ハモ)るアインズとキーノ。

 

「デミウルゴス、ふざけるのもほどほどにしろよ!アレでいったい何がわかったって言うんだ!」

「アインズさんは名を尋ねただけじゃないか?」

 

と、揃って疑問を呈するも。

 

「えっ?」

 

「「……えっ?」」

 

 デミウルゴスに「どうしてこんな簡単なことがわからないんだ?」という顔で返されて再び唱和す(ハモ)る仲の良い二人。

 

「そういう小芝居(コント)は帰ってからやってくれんかえ?」

 

 只今は人型を採って鬱陶しそうに草編みの寝座椅子(ソファー)に転がるコニーから茶々が入るが、それが、速やかに邪魔者を追い払って()()()()()()()()()()がために言われていることを承知のアインズは軽く無視する。

 

「いや待て待て、デミウルゴス。

 おまえ……いったい何に気づいたんだ?」

 

「えっ?」

 

「いや、だからそーいうのはいいからさ。」

 

(わたくし)めを」

「そーだよ、試してんだよ!わかったならさっさと言え!」

 

と、どこまでも我儘勝手な大魔王。

 

「<()()()()()>、で御座いましょう?」

 

「「……はぁ?」」

 

 三度(みたび)アインズとキーノが唱和す(ハモ)る。

 流石に可笑(おか)しかったのか、互いに顔を見合わせ今一度の……はぁ?

 

「よろしいですか?」

 

 ようやく真面目に説明する気になったのか、デミウルゴスが指を一本立てて(みな)の注意を惹いた。

 

「かの(もの)は、アインズ様の、あぁ、オレのことをご存知でしたか。生憎とオレはあなたのことを知りません。名を伺っても?の言葉だけを聞いて満足して立ち去りました。」

 

「……あぁ、そうだな。それで?」

 

「つまり、そこにかの(もの)が知りたかったことがすべて含まれておるのです。」

 

 やはりアインズには意味がわからない。

 

「すまん……それであいつに何がわかったっていうんだ?」

 

「えっ?」

 

「いや、頼むからさー!それ()めてくれないかー。

 おまえが思ってる以上に(こた)えるんだよ!」

 

「……はぁ。

 まず、アインズ様も()うにお気づきのこととは存じますが……」

 

「だからー!

 それが(こた)える、ってさっきから言ってんだろがよ!」

 

「……はぁ。

 まず、かの(もの)の<現実(リアル)>における中の人はフランス語話者です。」

 

「はぁ?

 なんでおまえにそんなことがわかる?」

 

「えっ?」

 

「だからーーー!」

 

「……失礼しました。

 キーノの話によれば、カルサナスの地の原住民は、かの(もの)が敷設した鉄道を、しゅまんどふぁ、そこを走る機関車を、たこ、と呼んでおるようですが、これはそれぞれ鉄道と蒸気機関車に対応するフランス語で御座います。どちらもこちらの世界に対応する言葉があろうはずも御座いませんから、原住民にこれは何かと問われてかの(もの)が応じた音が、<翻訳の神秘>を介さずそのまま原住民に受け入れられたものでしょう。」

 

「……だから、ジャムはフランス人だと?」

 

「フランス語を話すからと言ってもフランス人とは限りません。たとえば……」

「そういう脱線はいい!」

 

 自身の思い至らぬところに教えを乞いつつも、どこまでも傲慢な大魔王。

 

「わかった、わかった!フランス人かはわからんがフランス語話者なんだな、そうだよな?

 で……何なんだ?」

 

「えっ?」

 

 ギロリ!

 

「あー、失礼いたしました。

 かの(もの)は御身をアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ様、と理解しました。なれば、モモンガ様の中の人が日本人であったことも承知であったはずですな。」

 

「そりゃ……そうだわな。で?」

 

「ですがジャムには、アインズ様のお言葉がフランス語で聞こえるわけです。」

 

「……でも、それはキーノたちの言葉だってそうじゃね?」

 

「いえいえ、そういうことではなくて。

 ジャムからすれば、こちらの原住民がフランス語で話しても、元からフランス語が通用しているのか、それとも翻訳されているものかは判断がつきません。」

 

「ふむふむ、それで?」

 

「明らかに日本人であったはずのモモンガ様、目前のアインズ様が流暢なフランス語で語るのを見て、初めて、翻訳がおこなわれていることを確信するので御座います。」

 

「あー、なるほど。言われてみれば確かにそうだ、ちょっと想像(イメージ)しにくいけど、理屈の上ではそういうことになるわな。」

 

「そして、既にご記憶ではないかとは存じますが、この世界に<翻訳の神秘>をもたらしたプレイヤー、<現実(リアル)>での名をエドモン・ウェルズといった人物はフランス人で御座いました。」

 

「ほぅ!」

 

「ユグドラシルにフランス語話者などそうそうはおりませんから、ジャムはエドモン・ウェルズと知己があり、何をしておったか承知であったと仮定しても無理はありませんでしょう?」

 

「……まぁ、そうだな。」

 

「となれば、かの(もの)の視点から見て残る(パズル)欠片(パーツ)はただ一つ。

 つまり、アインズ様がフランス語で話すのを聞いて彼は確信したわけです。

 

 この世界のどこかに、世界級(ワールド)アイテム<巫女(ヴォルヴァ)の布告>があるに違いない、と。」

 

「「「「おぉ!」」」」

 

 アインズ、キーノに加えて、クレマンティーヌ、コニーまでもがデミウルゴスの推理に唸り声をあげた。

 

「つまりアレか?あいつは、こちらに来て以降、自分の言葉が通じることを不思議に思っていたが、キーノに託せば自分以外のプレイヤーと接触(コンタクト)できることを知って、相手のプレイヤーの国籍が割れればエドモンの<ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>の力がこの世界全域に及んでいることを確認できると考えた……ということか?」

 

「流石で御座います、アインズ様!」

 

 だからーーー!

 そこで、さすアイはないだろ、さすアイは!

 

 んなもん、わかるかーーーーーッ!

 

「つまり、ヤツの狙いは……」

 

「左様です。

 日本人でないかの(もの)が、ギルド維持資金獲得手段を確立してしまって以降の現地人との会話成立にこだわるとも思えませんから、何か別の領域(フィールド)効果を有する魔法の品(マジックアイテム)に<巫女(ヴォルヴァ)の布告>を充てがって、以て己の欲するところを叶えるのがかの(もの)の目指すところ、と愚考する次第です。」

 

「そうじゃないか、とは思ってたんだ。」

 

 今なお高々と諸手を振り上げて「流石はアインズ様!」と悦に入るデミウルゴスを余所(よそ)に、キーノがアインズにそう話しかけた。

 

「アレ、を憶えているのは私たちの他にはツアーくらいしかいないんじゃないかと思うが……」

 

 云千年に及ぶこちらの世界に渡り来て以降のナザリック地下大墳墓の歴史の中ではその最初期、と呼んでもおかしくない転移歴107年、一夜にして<翻訳の神秘>が失われ、種族や出身地、出自階層の異なる人々の間で会話が通じなくなる大事件、(のち)の世に<バベルの災厄>と呼ばれることになった変事があった。

 これは、ナザリックよりもさらに千年近く前にこちらに渡り来たプレイヤー、エドモン・ウェルズが、自身がユグドラシル時代に開発した万能翻訳機<ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>と、領域(フィールド)効果を有する魔法の品(マジックアイテム)の力を全世界へ波及させる世界級(ワールド)アイテム<巫女(ヴォルヴァ)の布告>を組み合わせることで実現されていたそれが、事情を知らない現地盗掘者(トレジャーハンター)によって意図せず解除されたことによって起こったものである。

 この時点で帝国自由都市エ・レエブルで冒険者稼業についていたキーノは、自身、<バベルの災厄>による混乱に巻き込まれると共に、当時の仲間、<(あけ)の薔薇>のリキウス・アインドラ、ガ・ギンと協力してこの変事が真の災厄に至らぬよう尽力し、その渦中、(のち)に永遠の伴侶となるクレマンティーヌとも知り合ったものだが、その時分から、この事変、そして、数カ月の(のち)の自然回復に大魔王アインズ・ウール・ゴウンが何らかの形で関わっているのではないか、との疑念をキーノは(いだ)いていた。

 

「……アインズさんが関わっていたんだな。」

 

とキーノ。

 ふふ、とアインズは(わら)う。

 

「念のために言っておくが、オレは元に戻しただけだぞ。ツアーと話が通じないと困るからな。」

 

 もちろん、記憶能力に致命的な制約を負っているアインズはその仔細を憶えてはいない。が、自身がツアーとの意思疎通(コミュニケーション)を維持するために、元に戻す、という形でこそあれこの世界に恣意的な改変を加える決断を下したことは、毎朝日課で読み返す書付(メモ)に刻まれた憶持(おくじ)の記憶であり、こうして語ることが叶う。

 

「ちょっと想像の埒外だったのは事実だが、デミウルゴスがそう言うのなら多分そうなんだろう。

 オレたちはナザリックに戻って今後の対策を考えるが、キーノたちはどうする?どうせ何箇所か適当に転移して帰るから、何処にでも送ってやるぞ。」

 

 問われたキーノは一瞬考える素振りを見せた(のち)

 

「カルサナス平原へ送ってくれるか?」

 

「……わかってるとは思うが」

「あぁ、そこは承知している!」

 

 アインズの懸念を察したキーノは断言する。

 

「ジャムのギルド拠点に乗り込む、なんてことはしないさ。デミウルゴスの推理が的を射ているにせよいないにせよ、たちまちに彼がカルサナスの民を蹂躙する、ということはなさそうだから、むしろ半人半馬(セントール)の部族が暴発しないように一声(ひとこえ)かけてやりたいし、オークネイスの代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)にも顔を出してやりたい。」

 

「そうか……おまえがそうしたいのならオレには()める理由はないさ。

 あのプレイヤーにたちまちの危険がない、というおまえの読みには同意するが、あいつは想像以上に頭がキレるようだから、決して油断はするなよ。」

 

「あぁ、わかっている。」

 

と、ない胸を張るキーノに、アインズは握った骨の手を差し出した。何か受け取れ、ということらしい。

 

「気配封じの指輪だ、キーノとクレマンティーヌの分。双子忍者はそもそも生得の技能(スキル)でそうだから要らんだろう。今回の仕事の謝礼だと思ってくれ。」

 

「……ありがたく頂いておこう!」

 

と、受け取るキーノ。

 

「ニグレドが気づかなくなるから、この前やったグルグルの儀式でオレを呼び出すときは外せよ。」

 

「ふふ、そうだな。憶えておくよ!」

 

「じゃぁ、行くか。すまんコニー、騒がせたな。

 <転移門(ゲート)>!」

 

 アインズが骨の手を振ってデミウルゴス、ナーベラル、ニグレド、の順に下僕(しもべ)たちを送り出し、続いてキーノたち一向に手招きをする。

 

「ん?セバスは?」

 

 きょろきょろ、とキーノは周囲を見回すが、何故かセバスはコニーの横に立っていて、片腕をセバスに色っぽく絡ませたコニーは笑顔満面だ。

 

「アレはいいんだ、そういう約束だ。

 すまんな、セバス。楽しんでくれ!」

 

 この作戦を起草したのはデミウルゴスに違いないが……結局セバスがここに置き去りにされるのならデミウルゴスの思う壺じゃないか!と、キーノは(わら)うも、これも流石に口には出さなかった。

 

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