億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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謎多き来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を巡ってナザリック地下大墳墓が、そして原住民たちが、それぞれの思惑で動き始める。


5.オークネイス攻略軍結成

「皆の者、忠誠の儀を!」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターの三賢者(トリニティ)を筆頭に、主だった面々が(つど)って跪礼を捧げている。

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 (みな)の歓呼に骨の手を軽く挙げて応じた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、早速本題に入った。

 

「本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が補足された。なかなかどうして癖のある相手だ。今日は、そいつに対してわかっているところを(みな)で共有し、これをどう遇してやるかについて議したい。

 まだ不明な点も多く、正直なところオレ自身どうすべきかについては迷いがある。多少的外れであっても構わないから、(みな)、思うところがあれば自由に発言してくれ。」

 

「「ははっ!」」

 

 と、集った下僕(しもべ)たちが呼応した(のち)、まず、守護者統括アルベドが至高の主に一礼を捧げながら立ち上がった。

 

(わたくし)からは、姉ニグレドが探査(スキャン)した、(コクーン)のジャム、なるプレイヤーの詳細についてご報告いたします。」

 

 うむ、とアインズが頷いたのを認めてアルベドが語り始める。

 

「ジャム、は百レベル(カンスト)の人間種男性。修行僧(モンク)で水、土系魔法を操る徒手の魔法戦士。破壊力こそ見劣りしますが格闘戦能力は我らのセバスに匹敵します。」

 

 おぉ!と下僕たちから驚嘆の声。

 そのセバスは、コニーのところからまだ戻ってはいない。

 

「特筆すべきは絶対中立(アブソリュートニュートラル)を貫くことで修めることが叶う涅槃(ニルヴァーナ)属性(クラス)。これはユグドラシルにおいては忌々しくもアインズ様の(エクリプス)と並んで語られたもので、その技能(スキル)<仏の顔も三度まで(Everyone has own breaking point)>は俗に三手番殺し(スリーターンキル)と称される剣呑なもの。また属性特典(クラスボーナス)として不老があるため、寿命で死ぬということがありません。」

 

 これまでにも、ナザリックが存在を把握した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)について、人間種、亜人種であるがゆえの寿命の制約があり、放っておけばいずれ死ぬのだから、という理由で放置した事例(ケース)はままあるが、アルベドの報告は、ことジャムについてはそれが成り立たないことを意味していた。

 

 続いてパンドラズ・アクターが、敵ギルド拠点についてわかっているところを述べる。

 

(コクーン)は鉱山からの採掘で以て拠点維持資金を贖っておるようで御座いますが、その輸送に用いる鉄道の積載量、および運行頻度から推定して拠点レベルは最大でも八百。実際には六百を超えることはなかろう、と(わたくし)は見積もっております。」

 

 この辺りの推定はナザリック財務責任者の独壇場である。

 

「加えまして、採掘、鉄道の運行、いずれもが現地人に任されておるところを鑑みますに、(コクーン)は、少なくとも我らの自然湧き骸骨(ポップスケルトン)のような単純労働力を欠いており、また、プレイヤーであるジャムが常に単騎で現れるところを見ると、おらぬはずのない拠点NPCたちも我らのような個々人で戦略行動が採れるような知性を有してはおらぬものと推測されます。」

 

「まぁ、戦力比でいえばオレたちの敵ではないわな。」

 

 アインズは敢えて軽い口調でそう応じたが、これに対してパンドラズ・アクターは、否々(いないな)、と触手を振った。

 

「油断は禁物で御座いますぞ、父上。

 これもあくまで推測に過ぎませんが、ニグレドが探査(スキャン)したジャムの属性(クラス)からは一切生産職に相当するものが検知されておりません。となりますと、連中が敷設した鉄道、走らせておる蒸気機関車は誰が作ったのか、という問題が残りましょう。拠点に籠もるNPCがそれを為した可能性もなくは御座いませんが、おそらくはもう一名、生産職のプレイヤーが背後に(ひそ)()る、と考えるのが妥当ではないか、と。」

 

 このパンドラズ・アクターの言葉に集った(みな)が俄にざわめいた。

 戦力、という観点において、プレイヤーとNPCの間に本質的には差はないが、戦術行動が読み易いNPCに対し、<現実(リアル)>の中の人の趣向に由来する個性が現れるプレイヤーは、実効戦力としてはNPCの三から四倍と見積もるのがナザリックの流儀である。

 

 続いて立ち上がり、いつものように(みな)に向けて大きく両手を左右に(ひら)いて語るのは参謀デミウルゴス。

 

「いくつかの状況証拠から、かの(もの)の狙いが<翻訳の神秘>をこの世界全域に行き渡らせている世界級(ワールド)アイテム<巫女(ヴォルヴァ)の布告>であることはほぼ間違いがない。万全を期すべく、コキュートス、ナーベラル・ガンマには既にエドモン・ウェルズ拠点遺構へ出向いてもらった。」

 

 かくしてこの場には二人の姿はなく、入れ替わりに撤収してきた、かれこれ四千年近くの(なが)きに(わた)り<ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>の守護の任を務めてきた地下聖堂の王(クリプトロード)、その率いる骸骨(スケルトン)軍団が居並んでいる。

 

「あー、念のために言っておくが。

 おまえらの力量を疑って呼び戻したわけじゃないからな。既に向こうにはオレが死の支配者(オーバーロード)であることは知られてしまっているから、不死者(アンデッド)の気配を手がかりに<巫女(ヴォルヴァ)の布告>を探す、という可能性が少なからずある。

 おまえたちには不本意かもしれないが、まぁーなんだ。幾千年に渡って<翻訳の神秘>を護り通してくれた働きに対する特別休暇だと思ってしばらく()休めしてくれ。ありがとう、ご苦労だったな。」

 

 アインズが、よもや気にしてはいまい、と思いつつも気遣ってそう声を掛けると、案の定何とも思っていない彼等はただ「望外のお言葉を賜り、ありがたき幸せ!」と一斉に深々と伏礼を執った。この()、一見して性別のわからない骸骨(スケルトン)たちが(みな)揃ってスパリゾート・ナザリックの女湯に押し寄せ一悶着(ひともんちゃく)引き起こしたのは御愛嬌だ。

 ジャムが、アインズが不死者(アンデッド)を配して<翻訳の神秘>を守護していると考えるのではないか、との懸念もデミウルゴスからの進言を()れたもの。特に、これはまったくの偶然と考えられてはいるが、鉄路の終端にあるであろう(コクーン)のギルド拠点比定位置は、<巫女(ヴォルヴァ)の布告>が眠るエドモン・ウェルズ拠点遺構とは目と鼻の先、と言って差し支えない距離しか離れていないのでなおさらだ。

 

「線路を辿って行けばいずれギルド拠点に行き着くのでありんしょう?

 なれば蹂躙あるのみ、でありんす!」

 

 アインズが(みな)の考えを問うよりも前に、能天気な口調で鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンがそう言い放ち、まぁ、そりゃコイツはそうなるわな、と思いつつもアインズは軽い目眩を感じた。

 

「シャルティアがそう言い出すのは先刻承知だが。

 いいか?四千年に及ぶナザリックの歴史の中でも、稼働中のギルド拠点を真正面から攻略したことなどごく僅かだ。それは何故だ?殊更言うまでもなく、拠点攻略は決して容易なものではないし、ましてや今回は敵方の陣容は、ジャム、というプレイヤーを除いてはまったく知られていない。そんなところへオレが、何よりも大切なおまえたちを送り込むわけないだろ?」

 

 相応の益が見込まれない投機的な攻略はしない、それでもなお価値ある攻略であっても損益分岐点を然るべく見定めた上でないとやらない、はユグドラシル時代以来のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの鉄則であり、ましてや今回に限っていえば、ジャムが<巫女(ヴォルヴァ)の布告>を狙っているかも知れない、という潜在的危機の排除以外にナザリックには何の益も生み出さない敵だ。

 

「その鉱山とやらをぶっ壊しちゃえばいいんじゃないでしょうかァ!」

 

 カラリ、とそう言い切ったのは当代のアウラである。

 

「な、なんなら、そのままナザリックの資金源として接収してしまっても……」

 

 どもりがちに当代のマーレも姉に同意する。

 

「それは一理ある。」

 

と、アインズ。

 

「敵の搦め手、すなわち拠点維持資金の源を断つ、というのは至極真っ当な戦略で、アウラたちに日々トブの大森林の守りを怠らぬよう任せているのもそれが理由だわな。

 が、今回について言えば、(コクーン)とやらが拠点内部に如何程ユグドラシル金貨を蓄えているかは不明瞭だから、資金源を()ったとてたちまちの拠点崩壊には至らず、むしろ新たな資金源を求めての想定外の反動を引き起こす恐れもあるだろう?

 今のところ、連中にオレたちと明確に対立する様子は見えないんだから、不要な攻勢で追って火消しの手間を背負い込むくらいなら、焦った仕掛けは避けるが(きち)、とオレは思うが……(みな)はどうだ?」

 

 こういう言い方をしてしまえば敢えて至高の主の言に異議を申し立てる(もの)などあるまい、とアインズは考えているが、それでもナザリックの(みな)で議し決断したのだ、という体裁を必要とする彼は敢えてそう問うた。

 

「此度は吾輩の不手際も御座いまして誠に申し訳ない限りではあるのですが。」

 

と、本当に申し訳なさそうに語り出したのは、ニグレドに並ぶナザリックの情報収集の(かなめ)、恐怖公である。

 

「あぁ、おまえの眷属(ゴキブリ)が基本的には人口密集地の出来事しか補足できないのは仕方のないことだからそこは気にする必要はないぞ。」

 

 やはりアインズは下僕の気持ちを気遣ってさりげなく助け舟を出すが、恐怖公はハラハラ、と四本のか細い手を振り乱してこれを謝絶した。

 

「お心遣い痛み入りますが、どうか(わたくし)共に汚名返上の機会をお与えください。」

 

 恐怖公はそう言うが、既にそれは十二分になされていた。

 アインズとジャムの遠隔会見(リモートミーティング)の試みに並行して、恐怖公は、城塞都市オークネイスに少なからず潜伏する麾下の眷属(ゴキブリ)に過去に見聞したことも含めて、情報の総浚いを命じていた。

 その結果わかったのは、第一に、蒸気機関車に用いられているのと同様の蒸気機関、少なくとも五台がオークネイスに提供されており、まだ十全に活用されているわけではないものの、うち一台が、長年オークネイスを悩ませていた都市域への水供給の問題を改善すべく、揚水(ポンプ)の動力源に用いられていることが既に判明していた。これは、(コクーン)が、オークネイスに対して互恵関係を結んでいることを意味している、と(かい)された。

 この蒸気機関が、現地人からは「水を注げば動くもの」と観念されていることから、おそらくその内部には(コクーン)のNPC、低位の炎の精霊(ファイアエレメンタル)(たぐい)が封じられていて、これが湯を沸かして蒸気機関を駆動しているものと考えられている。

 第二には、でありながら、オークネイスは必ずしも一枚岩ではなく、そもそも互いに微妙に利害の異なる商人たちが拮抗する政体であることから、(コクーン)がもたらす恩恵に漏れた非主流派があって、何やら不穏な空気が漂い始めていることを、既に恐怖公は捉えていた。

 

「吾輩の見ますところ、遠からずオークネイスには何らかの騒ぎが起こるは必定。これを速やかに捉えると共にその本質を見抜くことで、敵勢力の虚を衝く好機を献じ、以て名誉挽回とさせていただきたく存じまする!」

 

「あ……あぁ、そうだな。」

 

 既に遠回しに、面倒臭いのであまり関わりたくない、という意向を吐露したつもりのアインズとしては、恐怖公の前のめりなヤル気にはいささか引き気味だ。さりとて「面倒臭いから放置でいいよ」と、そこまで真正直には言えない大魔王。

 

「きょ、恐怖公の手腕に期待するところ大である!

 が、くれぐれも眷属(ゴキブリ)たちに無理はさせるな。ギルド拠点への潜入、強行偵察などもってのほかだ。人間、豚鬼(オーク)の街でおやつを貪りながら聞き耳を立てる、その程度で充分だ。いいにゃ?」

 

 いい事言ったつもりなのに……。

 か、噛んだ!

 

「我が眷属にまでお心遣いいただき恐悦至極、一族郎党を挙げてこの任を果たさせていただきまする!」

 

 うーん、わかってくれたのかな。

 

「あ、それからシャルティア!」

「はい、アインズ様ァ!」

 

 忘れないうちに言っとかないと。

 

「絶対にオレは忘れるからおまえに頼んでおくんだが。

 二三日したらコニーのところにセバスを迎えに行ってやってくれ。」

 

 チッ、と舌打ちが聴こえてそちらに目を向けて見れば、案の定のデミウルゴスだ。

 シャルティア自身は、アインズの言うことであれば特に疑問はないらしい。

 

「仰せ、承知したのでありんす。」

 

「きっとセバスは精も(こん)も尽き果てていようが、そこはそっとしておいてやれ。」

 

 最後に残った懸念に手を打ったアインズは、いささか消極的に過ぎるか、とは思いつつも、総論としてはしばらくの様子見を下僕たちに命じた(てい)となった。

 そのことに忸怩たる思いがないでもないが、それでもまだ記憶に新しい本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムから受けた印象がそれを相殺する。

 

 アレは……。

 決して舐めてかかれる相手、ではないはずだ。

 

 

                    *

 

 

「……えらく物々しい雰囲気だが。

 何かあったのかな?」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンと、未だその真意定かならぬ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムの会見を仲介してから二週間。再びカルサナス平原中央の半人半馬(セントール)の縄張りを訪ねた奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンとその一行は、四ヶ月前の牧歌的な空気とは異なる張り詰めた空気を敏に感じ取って当惑していた。

 集落のあちこちに刀剣や束ねた矢が積まれていて、行き交う半人半馬(セントール)を覗えば、常は身につけていない額金(ヘッドガード)胸甲(プラカート)脛当て(レガース)を装備している(もの)も少なくない。どう見てもこれは(いくさ)の準備だ。

 そんな中に、一見して同族ではなく、かつ、尋常ならざる強者であることが自ずと伝わるキーノたちが踏み込んだことで、半人半馬(セントール)たちは俄に色めき立った。今にも襲いかかって来そうな向こう見ずな若者たちに、

 

「待て待て!私はおまえたちの族長と知己があって、頼まれていた調査の結果を報せに立ち寄ったものだ。決して敵ではないから、ひとまずは族長に引き合わせてくれ。」

 

と、キーノは大慌てで釈明し、それは辛くも受け入れられた。

 

「数日前、オークネイスから使いがあって状況が変わった。」

 

 族長は開口一番そう言った。

 

「どういう……ことなんだ?」

 

 事情が呑み込めずたどたどしく問うキーノに、族長は以前にも増して苦々しい口調で曰く。オークネイスの反市長派を自称する豚鬼(オーク)、人間混成の一団が集落を訪れ、オークネイス解放の戦いへの支援を求めた、云々。

 

「いや、待て待て!

 私たちもオークネイスには立ち寄って来たものだが、平和そのものだったぞ!」

 

と、キーノは自身の知る事実で抗弁するも、族長は、

 

「表面上はそうなのだろう。」

 

と応じる。

 どうも込み入った事情がありそうだ、と解したキーノは更なる仔細の説明を求めた。族長は「出陣はオークネイス側からさらに一報あってから、の予定なのでまだ語らう猶予はある」と剣呑な前置きをして語り始めた。

 

「そもそもの発端は路上児童(ストリートチルドレン)だ。」

 

 意外な語り出しにキーノ、クレマンティーヌ共に目を丸くしたのを受けて、そこから説明が必要だろう、と族長は前提知識に立ち戻る。

 

「オークネイスは大陸きっての、そして唯一の大都市だ。決して貧困に喘ぐ地ではないが、(やまい)や不慮の事故で命を儚くする(もの)は少なくないから、相応に孤児が生じる。かの地の豚鬼(オーク)、人間は薄情ではないから、そういった路上児童(ストリートチルドレン)が邪険にされることはなく、むしろ日銭稼ぎの手段はたくさんあって、中には能力を見出されて子のない家門に迎え入れられる(もの)もあったが、そんなものは例外中の例外だ。そして、いくら情が厚かろうとも限りはあるから、身寄りのない子どもたちは常にぎりぎりのところで生をつないでいたものだ。」

 

 こう言われて漸くキーノは、オークネイスを訪れたときに覚えた、以前に比して何かが欠けている、と感じたのが、まさに子どもであることに思い至った。

 オークネイスは無闇矢鱈にたくさんの子どもたちが闊歩している街で、コンコンチキが連れていた飛竜(ワイバーン)のような傍目に目立つ騎獣などがあれば、たちまちに噛みつかれる危険も顧みずにたくさんの子どもに囲まれたものだが、今回の訪問に限ってはそれがなかったのだ。

 

「キーノは、オークネイス市長と(くみ)している、触れ得ざる者、と会ったのか?」

 

 不意に族長にそう問われて、キーノは簡潔に「あぁ」と応じた。

 

「オークネイスからやって来た反市長派の(もの)たちが言うには、触れ得ざる者、がもたらしたものは大きく三つある。

 第一に、我らが<鉄の大蛇>と呼ぶ例のあれ。第二に、<鉄の大蛇>にも用いられているという、水を与えれば強大な力を発揮する機関。そして第三に……路上児童(ストリートチルドレン)の受け入れだ。」

 

「触れ得ざる者が、子どもたちを受け入れた?」

 

「私とて伝聞で知ったのみで仔細はわからぬ。が、触れ得ざる者は、たちまちに路上児童(ストリートチルドレン)がオークネイスの大きな負担になっていることに気づき、触れ得ざる者の、ぎるど、とやらの下働きに迎え入れたのだそうだ。食料は無尽蔵にあるから任せておけ、と大見得を切ってな。」

 

「な!」

 

 この想像外の話にキーノは衝撃を受けると同時に、大魔王アインズ・ウール・ゴウンがやたらとキーノたちに美味しいものをご馳走したがることを思えば、ジャムも同じようなノリなんだろうか、と能天気な感想を(いだ)いてもいた。

 

 この時点では!

 

「だが、反市長派が言うには、触れ得ざる者には、招き入れた子どもをよりによって。

 ……喰らっている疑惑がかかっている。」

 

「「はぁ?」」

 

「今は、オークネイスの富裕な市民に直接の係累のない孤児を喰らうに(とど)まっているに見えるが、その食指が一般市民の子に向かわぬ保証はないし、なんならオークネイスを溢れ出して、我が縄張りの仔馬(こうま)たちに及ばぬとも限らぬ。」

 

「いや、待て待て!それは確かな話なのか!反市長派が権力闘争の具にする流言(デマ)ではないのか!」

 

 思わず強い口調でキーノはそう食って掛かったが、

 

「貴女のような(かた)にこんなことを説くのは憚られるが。」

 

と、冷静な声色のまま族長はこう続けた。

 

「それが事実であるか否かは本質ではない。

 子どもたちが喰われているやも知れぬ、と(おそ)(おのの)(もの)があれば、事態は動く。違うか?」

 

 ぐっ、とキーノは言葉に詰まる。

 

「さらに言えば。

 キーノたちは吸血鬼(ヴァンパイア)。本来は人間、亜人を喰らう(もの)だ。それを承知の上で、我らは、それでも貴女(あなた)たちは信頼に値する、と信じているからこそこうして語らうことが叶う。」

 

 呼吸を必要しないはずのキーノの口が、ぱくぱく、と何かを求めて引き攣った。

 

「そんな我々が、オークネイス市長と結ぶ触れ得ざる者は信頼に値しない、と判じている……その意味を考えていただきたい。豚鬼(オーク)たちが言うには、少なくとも、一旦オークネイスを離れた路上児童(ストリートチルドレン)に戻った(もの)が皆無であることは揺るがざる事実だ。」

 

「うーん!」

 

 絞り出すようにキーノは唸った。

 

「私はオークネイスでその触れ得ざる者と会って話をしてきたんだ!

 彼……は確かに底知れぬ人物ではあったが、存外理知的で話せる男で、喰らうために子どもを連れ去る(もの)とは俄に思えなかったのだが。」

 

「それを言うならば、私はこうして目前にあっても、キーノが吸血鬼(ヴァンパイア)であるとは俄に信じられない。我らの部族の歴史に繰り返し現れるからこそ、その信じ難い事実を受け入れているものだ。」

 

 族長は至って怜悧にそう告げる。

 

「キーノが、我らが触れ得ざる者に無用の手出しをすることで窮地に陥らぬよう、尽力し続けてきてくれたことは承知している。実際我々は、我々が縄張りへのこだわりを捨てることで対峙を避けられる場合はキーノの警告に従ってきたし、それで災厄から幾度も救われている。そのことには深く感謝している。

 だが、我々は、カルサナスの民の中に、子どもを贄に触れ得ざる者に(おもね)り、己の富貴のみを満たそうとする(もの)があるを看過するほど、臆病でも恥知らずでもないのだ。」

 

 あぁ、そうだ!

 と、キーノは観念した。

 

 彼ら半人半馬(セントール)は、キーノたちの力量からすればか弱い(もの)でしかないが、その高潔さ、誇り高き信念においては、他人種の追随を許さぬところがある。そんな彼らが目下の事態にこのような態度を示すのは、当然と言えば当然なのだ。

 

路上児童(ストリートチルドレン)を街から連れ出すに際しては、無数の鬼火(ウィスプ)がこれを先導したそうだが、常には触れ得ざる者は奇矯な姿の男が一人あるのみと聞く。

 我らとて、無為に触れ得ざる者の返り討ちに遭うは望まない。オークネイスの同志が、男が街を長く離れる気配を見せたら報せを届ける手筈になっている。これに呼応して外からは街を囲み、内には市長の身柄を押さえてオークネイスの権を掌握するのが目指すところだ。事の真偽の詮索はそれから、ということになるだろう。」

 

 それはそれで理に適った戦術だ、とキーノは思うも、手放しには認め難い。

 ジャムがオークネイスの防衛にこだわるとも考え難いが、これまで従順であったにみえた現地人にあからさまに足元を掬われて、黙って引き下がるはずもなし。

 

「ここまで話したからには確認しておきたいのだが。」

 

と、族長。

 キーノの力ない視線が自身を捉えたことを認めて、彼はこう問うた。

 

「キーノは我々の味方なのか……それとも?」

 

 

 

()っときゃいいんじゃねーの?」

 

 半人半馬(セントール)の族長から、よもやそんなことはあるまいが、無言のまま姿を消せば敵対したものと見做(みな)す、と凄まれて、たちまちに身動きの取れなくなったキーノたちは、集落の傍らに日除けを立てて佇んでいる。その間にも、戦争の準備は着々と進んでいるようだった。

 

 これを茫然自失と眺めるキーノに、クレマンティーヌは軽い口調でそう言った。

 

「族長ちゃんは、キーノちゃんの思いもちゃんと理解した上で、それでも一本筋の通ったことを言ってたわさ。覚悟の上でやる、ってんならワタシらがしゃしゃりでる話じゃないでしょー?」

 

「それは……クレマンティーヌの言う通りだが……」

 

「そ・れ・に!」

 

 と、クレマンティーヌの弾む言葉は続く。

 

「連中が喧嘩売ろうって相手は、ジャムちゃんじゃなくてオークネイスの市長ちゃんでしょ?

 冒険者、ってのは国家、勢力の抗争にはいずれにも(くみ)しない、が建前なんじゃなくて?」

 

 クレマンティーヌらしからぬ良識的なところを問われて、キーノは何も言い返すことができなくなった。

 もちろん愛する(あるじ)の欲するところに敏感なクレマンティーヌは、まったく困ったもんさね、とボヤきながら助け舟を出す。

 

「今更だけどさー。」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「キーノちゃんがどう思ってんのかは知らないけど、冒険者の中立、ってのは冒険者に課された(ルール)じゃないでしょ?」

 

「……そうなのか?」

 

 おいおぃ、我が愛しの(あるじ)ながら頭の具合は大丈夫かよ?とクレマンティーヌは溜息をつく。

 

「仮にそうだとしても、キーノちゃんがそれに反することをやったとして、誰がそれを見咎めて文句言えるってのよ?文句言われたから何だってのよ?」

 

「いや、でも昔からずっとそうだったことにはそれなりに意味があるんじゃないのか?」

 

「国家間の紛争に冒険者が関わらない、ってのは、冒険者に関わるな、って言ってんじゃなくて、権力争いをする連中は冒険者に頼るな、が本当の意味よん。わかる?」

 

「それ……何が違うんだ?」

 

 おいおぃ、しっかりしてくれ!

 

「個人主義で一騎当千の冒険者の力を当てにしたら、目前の戦いに勝ったとして、その(あと)そいつをどう(ぎょ)すんだ、って話になるでしょ。つい最近も西の方で、揉め事に一丁噛(いっちょか)みした挙げ句、当人望んでもないのに王様に推されちゃった森妖精(エルフ)の話、聞いたじゃない。」

 

 最近、と言いつつも、寿命のない彼女らの言うそれは既に三百年近く前の話にはなるが、エルキュル王国国王サミュエル・エルキュルハウゼンの登極に至る物語は彼女らも知るところとなっていた。幸か不幸か、<黒の百合(ゆり)>の面々は、王サミュエル、その妃である来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ドロレスとの直接の知己を得ていない。

 

「そういう連中を(ぎょ)すには、スレイン法国がそうだったように問答無用にそいつらを蹂躙できる絶死絶命、シロクロちゃんみたいなのを囲うか、初代ジルクニフがそうだったようにガチガチに情誼で縛るかが必要で、普通のヤツにそんなこと出来るはずもない。そもそも日常的な関係を結ぶのが困難だからこその冒険者なんであって、そういうヤツを都合のいいときだけ利用しよう、なんて成り立たない、って話よ。」

 

 そう言われながらキーノは、その理屈に納得しつつ、奇妙な入れ子構造のようなものを感じていた。

 クレマンティーヌの言うところはもっともで、冒険者というものが、能力の有無をいっているのではなく、普通の人々との関係性維持が困難であるがゆえに能力を発揮する人々であるのだとすれば、実はそれは……ユグドラシルプレイヤーもそうなのではないか、と。

 

「これを、なので怖いので冒険者は使いません、なんて言っちゃうと権力者は面目丸潰れでしょ?だから、冒険者は中立であれ、っていう冒険者側の内的規範に読み替えて折り合いをつけるってわけよ。

 さりとて、キーノちゃんがこれを完全に無視していいか、って言えば手放しに、はいどーぞ!と言い難いのも事実。それは(ルール)どうこうじゃなくって、束で事に当たるしかない連中に加勢するのはいいとして、その(あと)どうすんの、って話。王様になる?サミュエル王とやらみたいに?」

 

「い、いや、それは……」

 

「でも、キーノちゃんのほとんど来訪者(プレイヤー)寄りの力で助けられちゃったら、もう連中自立できないよん。それを(あと)から梯子(はず)して放り出すつもりなら、(はな)から手出ししないのが(きち)じゃなくね?」

 

 そう詰め寄られて、キーノは押し黙ってしまった。

 すかさずクレマンティーヌが言う。

 

「……ってのは理屈だわさ。

 キーノちゃんの……好きにすればいいんじゃね?(はな)から()めれる、とも思ってねーし。」

 

「クレマンティーヌ……」

 

「キーノちゃんがやれ、って言うならワタシは構わないわさ。そもそも人殺し、好きだし。」

おっぱい万歳(ヴィヴレテテ)!」

 立てた指を横に振って首掻っ切るぞ、の仕草(ジェスチャー)

 

「お、おまえら……」

 

 仲間たちの返しに喜びを覚えつつも、よくもまぁこの三人を引き連れて、数千年もの(あいだ)再びの国堕(くにお)としの汚名を被ることなくやってこれたものだな、と苦笑いを浮かべるキーノ。

 

 (いな)

 今が……そのときなのかもしれない。

 

「お願いだからさー。オークネイスの兵士を()ろうってワタシの背中から<結晶散弾(シャードバックショット)>、ってのは勘弁してよね。死にゃしないけど、痛いし。」

 

と、おどけるクレマンティーヌ。

 

「すまない、クレマンティーヌ。いつも勝手ばかり言って。」

 

「いいんじゃねーの?

 アインズ・ウール・ゴウンも言ってたじゃん。できるヤツには自由気儘に飛び回ってもらいたいって。まぁ、アイツはアイツで勝手気儘が過ぎるような気がしないでもないけどさー。でも……」

 

 まるでかの悪魔(デミウルゴス)がそうするような、三日月型の笑みを浮かべるクレマンティーヌ。

 

「ありゃ、疑いなく箴言だわさ!」

 

 かくして、キーノ・インベルンは腹を括った。

 半人半馬(セントール)の族長に、次の条件を示して従軍を願い出たのである。

 

 第一に、キーノたちは最後方(さいこうほう)にあって、人間、亜人同士の戦いには手出ししないこと。

 第二に、触れ得ざる者、またはそれに類する力を振るうものが現れた際は、自分たちが殿(しんがり)を務めるので、族長には(みな)を連れて即時退却の指揮を執って欲しいこと。

 

 族長はこの申し出を()れ、部族の若者たちには「我らには伝説の吸血姫(きゅうけつき)と三人の小人(こびと)の加護がある」と士気を煽り、以てキーノたちの退路もまた断たれた。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンから譲り受けた<気配封じの指輪>をクレマンティーヌ共々装備したキーノは、ひとまずこれでたちまちにジャムに自身がこの軍勢に加勢していることは、直接対峙しない限りは悟られまい、と踏んでいる。

 

 問題は……ナザリックの連中がどう出て来るか、だが。

 

「どーせ想像の斜め上なんだろーなぁ。はぁ……」

 

 気持ちを昂らせつつも、キーノは軽い溜息を吐いた。

 

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