「皆の者、忠誠の儀を!」
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターの
「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
「本百年紀の
まだ不明な点も多く、正直なところオレ自身どうすべきかについては迷いがある。多少的外れであっても構わないから、
「「ははっ!」」
と、集った
「
うむ、とアインズが頷いたのを認めてアルベドが語り始める。
「ジャム、は
おぉ!と下僕たちから驚嘆の声。
そのセバスは、コニーのところからまだ戻ってはいない。
「特筆すべきは
これまでにも、ナザリックが存在を把握した
続いてパンドラズ・アクターが、敵ギルド拠点についてわかっているところを述べる。
「
この辺りの推定はナザリック財務責任者の独壇場である。
「加えまして、採掘、鉄道の運行、いずれもが現地人に任されておるところを鑑みますに、
「まぁ、戦力比でいえばオレたちの敵ではないわな。」
アインズは敢えて軽い口調でそう応じたが、これに対してパンドラズ・アクターは、
「油断は禁物で御座いますぞ、父上。
これもあくまで推測に過ぎませんが、ニグレドが
このパンドラズ・アクターの言葉に集った
戦力、という観点において、プレイヤーとNPCの間に本質的には差はないが、戦術行動が読み易いNPCに対し、<
続いて立ち上がり、いつものように
「いくつかの状況証拠から、かの
かくしてこの場には二人の姿はなく、入れ替わりに撤収してきた、かれこれ四千年近くの
「あー、念のために言っておくが。
おまえらの力量を疑って呼び戻したわけじゃないからな。既に向こうにはオレが
おまえたちには不本意かもしれないが、まぁーなんだ。幾千年に渡って<翻訳の神秘>を護り通してくれた働きに対する特別休暇だと思ってしばらく
アインズが、よもや気にしてはいまい、と思いつつも気遣ってそう声を掛けると、案の定何とも思っていない彼等はただ「望外のお言葉を賜り、ありがたき幸せ!」と一斉に深々と伏礼を執った。この
ジャムが、アインズが
「線路を辿って行けばいずれギルド拠点に行き着くのでありんしょう?
なれば蹂躙あるのみ、でありんす!」
アインズが
「シャルティアがそう言い出すのは先刻承知だが。
いいか?四千年に及ぶナザリックの歴史の中でも、稼働中のギルド拠点を真正面から攻略したことなどごく僅かだ。それは何故だ?殊更言うまでもなく、拠点攻略は決して容易なものではないし、ましてや今回は敵方の陣容は、ジャム、というプレイヤーを除いてはまったく知られていない。そんなところへオレが、何よりも大切なおまえたちを送り込むわけないだろ?」
相応の益が見込まれない投機的な攻略はしない、それでもなお価値ある攻略であっても損益分岐点を然るべく見定めた上でないとやらない、はユグドラシル時代以来のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの鉄則であり、ましてや今回に限っていえば、ジャムが<
「その鉱山とやらをぶっ壊しちゃえばいいんじゃないでしょうかァ!」
カラリ、とそう言い切ったのは当代のアウラである。
「な、なんなら、そのままナザリックの資金源として接収してしまっても……」
どもりがちに当代のマーレも姉に同意する。
「それは一理ある。」
と、アインズ。
「敵の搦め手、すなわち拠点維持資金の源を断つ、というのは至極真っ当な戦略で、アウラたちに日々トブの大森林の守りを怠らぬよう任せているのもそれが理由だわな。
が、今回について言えば、
今のところ、連中にオレたちと明確に対立する様子は見えないんだから、不要な攻勢で追って火消しの手間を背負い込むくらいなら、焦った仕掛けは避けるが
こういう言い方をしてしまえば敢えて至高の主の言に異議を申し立てる
「此度は吾輩の不手際も御座いまして誠に申し訳ない限りではあるのですが。」
と、本当に申し訳なさそうに語り出したのは、ニグレドに並ぶナザリックの情報収集の
「あぁ、おまえの
やはりアインズは下僕の気持ちを気遣ってさりげなく助け舟を出すが、恐怖公はハラハラ、と四本のか細い手を振り乱してこれを謝絶した。
「お心遣い痛み入りますが、どうか
恐怖公はそう言うが、既にそれは十二分になされていた。
アインズとジャムの
その結果わかったのは、第一に、蒸気機関車に用いられているのと同様の蒸気機関、少なくとも五台がオークネイスに提供されており、まだ十全に活用されているわけではないものの、うち一台が、長年オークネイスを悩ませていた都市域への水供給の問題を改善すべく、
この蒸気機関が、現地人からは「水を注げば動くもの」と観念されていることから、おそらくその内部には
第二には、でありながら、オークネイスは必ずしも一枚岩ではなく、そもそも互いに微妙に利害の異なる商人たちが拮抗する政体であることから、
「吾輩の見ますところ、遠からずオークネイスには何らかの騒ぎが起こるは必定。これを速やかに捉えると共にその本質を見抜くことで、敵勢力の虚を衝く好機を献じ、以て名誉挽回とさせていただきたく存じまする!」
「あ……あぁ、そうだな。」
既に遠回しに、面倒臭いのであまり関わりたくない、という意向を吐露したつもりのアインズとしては、恐怖公の前のめりなヤル気にはいささか引き気味だ。さりとて「面倒臭いから放置でいいよ」と、そこまで真正直には言えない大魔王。
「きょ、恐怖公の手腕に期待するところ大である!
が、くれぐれも
いい事言ったつもりなのに……。
か、噛んだ!
「我が眷属にまでお心遣いいただき恐悦至極、一族郎党を挙げてこの任を果たさせていただきまする!」
うーん、わかってくれたのかな。
「あ、それからシャルティア!」
「はい、アインズ様ァ!」
忘れないうちに言っとかないと。
「絶対にオレは忘れるからおまえに頼んでおくんだが。
二三日したらコニーのところにセバスを迎えに行ってやってくれ。」
チッ、と舌打ちが聴こえてそちらに目を向けて見れば、案の定のデミウルゴスだ。
シャルティア自身は、アインズの言うことであれば特に疑問はないらしい。
「仰せ、承知したのでありんす。」
「きっとセバスは精も
最後に残った懸念に手を打ったアインズは、いささか消極的に過ぎるか、とは思いつつも、総論としてはしばらくの様子見を下僕たちに命じた
そのことに忸怩たる思いがないでもないが、それでもまだ記憶に新しい本百年紀の
アレは……。
決して舐めてかかれる相手、ではないはずだ。
*
「……えらく物々しい雰囲気だが。
何かあったのかな?」
大魔王アインズ・ウール・ゴウンと、未だその真意定かならぬ
集落のあちこちに刀剣や束ねた矢が積まれていて、行き交う
そんな中に、一見して同族ではなく、かつ、尋常ならざる強者であることが自ずと伝わるキーノたちが踏み込んだことで、
「待て待て!私はおまえたちの族長と知己があって、頼まれていた調査の結果を報せに立ち寄ったものだ。決して敵ではないから、ひとまずは族長に引き合わせてくれ。」
と、キーノは大慌てで釈明し、それは辛くも受け入れられた。
「数日前、オークネイスから使いがあって状況が変わった。」
族長は開口一番そう言った。
「どういう……ことなんだ?」
事情が呑み込めずたどたどしく問うキーノに、族長は以前にも増して苦々しい口調で曰く。オークネイスの反市長派を自称する
「いや、待て待て!
私たちもオークネイスには立ち寄って来たものだが、平和そのものだったぞ!」
と、キーノは自身の知る事実で抗弁するも、族長は、
「表面上はそうなのだろう。」
と応じる。
どうも込み入った事情がありそうだ、と解したキーノは更なる仔細の説明を求めた。族長は「出陣はオークネイス側からさらに一報あってから、の予定なのでまだ語らう猶予はある」と剣呑な前置きをして語り始めた。
「そもそもの発端は
意外な語り出しにキーノ、クレマンティーヌ共に目を丸くしたのを受けて、そこから説明が必要だろう、と族長は前提知識に立ち戻る。
「オークネイスは大陸きっての、そして唯一の大都市だ。決して貧困に喘ぐ地ではないが、
こう言われて漸くキーノは、オークネイスを訪れたときに覚えた、以前に比して何かが欠けている、と感じたのが、まさに子どもであることに思い至った。
オークネイスは無闇矢鱈にたくさんの子どもたちが闊歩している街で、コンコンチキが連れていた
「キーノは、オークネイス市長と
不意に族長にそう問われて、キーノは簡潔に「あぁ」と応じた。
「オークネイスからやって来た反市長派の
第一に、我らが<鉄の大蛇>と呼ぶ例のあれ。第二に、<鉄の大蛇>にも用いられているという、水を与えれば強大な力を発揮する機関。そして第三に……
「触れ得ざる者が、子どもたちを受け入れた?」
「私とて伝聞で知ったのみで仔細はわからぬ。が、触れ得ざる者は、たちまちに
「な!」
この想像外の話にキーノは衝撃を受けると同時に、大魔王アインズ・ウール・ゴウンがやたらとキーノたちに美味しいものをご馳走したがることを思えば、ジャムも同じようなノリなんだろうか、と能天気な感想を
この時点では!
「だが、反市長派が言うには、触れ得ざる者には、招き入れた子どもをよりによって。
……喰らっている疑惑がかかっている。」
「「はぁ?」」
「今は、オークネイスの富裕な市民に直接の係累のない孤児を喰らうに
「いや、待て待て!それは確かな話なのか!反市長派が権力闘争の具にする
思わず強い口調でキーノはそう食って掛かったが、
「貴女のような
と、冷静な声色のまま族長はこう続けた。
「それが事実であるか否かは本質ではない。
子どもたちが喰われているやも知れぬ、と
ぐっ、とキーノは言葉に詰まる。
「さらに言えば。
キーノたちは
呼吸を必要しないはずのキーノの口が、ぱくぱく、と何かを求めて引き攣った。
「そんな我々が、オークネイス市長と結ぶ触れ得ざる者は信頼に値しない、と判じている……その意味を考えていただきたい。
「うーん!」
絞り出すようにキーノは唸った。
「私はオークネイスでその触れ得ざる者と会って話をしてきたんだ!
彼……は確かに底知れぬ人物ではあったが、存外理知的で話せる男で、喰らうために子どもを連れ去る
「それを言うならば、私はこうして目前にあっても、キーノが
族長は至って怜悧にそう告げる。
「キーノが、我らが触れ得ざる者に無用の手出しをすることで窮地に陥らぬよう、尽力し続けてきてくれたことは承知している。実際我々は、我々が縄張りへのこだわりを捨てることで対峙を避けられる場合はキーノの警告に従ってきたし、それで災厄から幾度も救われている。そのことには深く感謝している。
だが、我々は、カルサナスの民の中に、子どもを贄に触れ得ざる者に
あぁ、そうだ!
と、キーノは観念した。
彼ら
「
我らとて、無為に触れ得ざる者の返り討ちに遭うは望まない。オークネイスの同志が、男が街を長く離れる気配を見せたら報せを届ける手筈になっている。これに呼応して外からは街を囲み、内には市長の身柄を押さえてオークネイスの権を掌握するのが目指すところだ。事の真偽の詮索はそれから、ということになるだろう。」
それはそれで理に適った戦術だ、とキーノは思うも、手放しには認め難い。
ジャムがオークネイスの防衛にこだわるとも考え難いが、これまで従順であったにみえた現地人にあからさまに足元を掬われて、黙って引き下がるはずもなし。
「ここまで話したからには確認しておきたいのだが。」
と、族長。
キーノの力ない視線が自身を捉えたことを認めて、彼はこう問うた。
「キーノは我々の味方なのか……それとも?」
「
これを茫然自失と眺めるキーノに、クレマンティーヌは軽い口調でそう言った。
「族長ちゃんは、キーノちゃんの思いもちゃんと理解した上で、それでも一本筋の通ったことを言ってたわさ。覚悟の上でやる、ってんならワタシらがしゃしゃりでる話じゃないでしょー?」
「それは……クレマンティーヌの言う通りだが……」
「そ・れ・に!」
と、クレマンティーヌの弾む言葉は続く。
「連中が喧嘩売ろうって相手は、ジャムちゃんじゃなくてオークネイスの市長ちゃんでしょ?
冒険者、ってのは国家、勢力の抗争にはいずれにも
クレマンティーヌらしからぬ良識的なところを問われて、キーノは何も言い返すことができなくなった。
もちろん愛する
「今更だけどさー。」
と、クレマンティーヌ。
「キーノちゃんがどう思ってんのかは知らないけど、冒険者の中立、ってのは冒険者に課された
「……そうなのか?」
おいおぃ、我が愛しの
「仮にそうだとしても、キーノちゃんがそれに反することをやったとして、誰がそれを見咎めて文句言えるってのよ?文句言われたから何だってのよ?」
「いや、でも昔からずっとそうだったことにはそれなりに意味があるんじゃないのか?」
「国家間の紛争に冒険者が関わらない、ってのは、冒険者に関わるな、って言ってんじゃなくて、権力争いをする連中は冒険者に頼るな、が本当の意味よん。わかる?」
「それ……何が違うんだ?」
おいおぃ、しっかりしてくれ!
「個人主義で一騎当千の冒険者の力を当てにしたら、目前の戦いに勝ったとして、その
最近、と言いつつも、寿命のない彼女らの言うそれは既に三百年近く前の話にはなるが、エルキュル王国国王サミュエル・エルキュルハウゼンの登極に至る物語は彼女らも知るところとなっていた。幸か不幸か、<黒の
「そういう連中を
そう言われながらキーノは、その理屈に納得しつつ、奇妙な入れ子構造のようなものを感じていた。
クレマンティーヌの言うところはもっともで、冒険者というものが、能力の有無をいっているのではなく、普通の人々との関係性維持が困難であるがゆえに能力を発揮する人々であるのだとすれば、実はそれは……ユグドラシルプレイヤーもそうなのではないか、と。
「これを、なので怖いので冒険者は使いません、なんて言っちゃうと権力者は面目丸潰れでしょ?だから、冒険者は中立であれ、っていう冒険者側の内的規範に読み替えて折り合いをつけるってわけよ。
さりとて、キーノちゃんがこれを完全に無視していいか、って言えば手放しに、はいどーぞ!と言い難いのも事実。それは
「い、いや、それは……」
「でも、キーノちゃんのほとんど
そう詰め寄られて、キーノは押し黙ってしまった。
すかさずクレマンティーヌが言う。
「……ってのは理屈だわさ。
キーノちゃんの……好きにすればいいんじゃね?
「クレマンティーヌ……」
「キーノちゃんがやれ、って言うならワタシは構わないわさ。そもそも人殺し、好きだし。」
「
立てた指を横に振って首掻っ切るぞ、の
「お、おまえら……」
仲間たちの返しに喜びを覚えつつも、よくもまぁこの三人を引き連れて、数千年もの
今が……そのときなのかもしれない。
「お願いだからさー。オークネイスの兵士を
と、おどけるクレマンティーヌ。
「すまない、クレマンティーヌ。いつも勝手ばかり言って。」
「いいんじゃねーの?
アインズ・ウール・ゴウンも言ってたじゃん。できるヤツには自由気儘に飛び回ってもらいたいって。まぁ、アイツはアイツで勝手気儘が過ぎるような気がしないでもないけどさー。でも……」
まるで
「ありゃ、疑いなく箴言だわさ!」
かくして、キーノ・インベルンは腹を括った。
第一に、キーノたちは
第二に、触れ得ざる者、またはそれに類する力を振るうものが現れた際は、自分たちが
族長はこの申し出を
大魔王アインズ・ウール・ゴウンから譲り受けた<気配封じの指輪>をクレマンティーヌ共々装備したキーノは、ひとまずこれでたちまちにジャムに自身がこの軍勢に加勢していることは、直接対峙しない限りは悟られまい、と踏んでいる。
問題は……ナザリックの連中がどう出て来るか、だが。
「どーせ想像の斜め上なんだろーなぁ。はぁ……」
気持ちを昂らせつつも、キーノは軽い溜息を吐いた。