「そもそも人を呼びつけておいて無作法をやったのはそっちが先だからな。
オレのこの招き
洞窟の広間のように広がった空間にジャムに背を向けたまま踏み込みながら、大魔王アインズ・ウール・ゴウンはそう言った。
それはまったく事実なので、元よりそこに反論するつもりはジャムにはなかった。
むしろ、この招き
モモンガは、自分の目指すところが<
加えて、オークネイス市当局を介して冒険者へ向けて発した
正直なところ、ジャムは自身がアインズ・ウール・ゴウンのモモンガを甘く見ていたことを認めざるを得なかった。
「困らんとは言え、真っ暗闇の中で野郎二人で向き合っている、というのもアレだな。
……<
振り返った骸骨の指先が差した岩肌が俄かに光輝き、その身に燃え盛る炎を纏った
この一連の
「思った通り、おまえはまともなヤツのようだな、ジャム。
あぁ、おまえは自ら名乗ってはくれなかったが、もちろんおまえの名はキーノから聞いた。偽名でなければそうなんだろう。改めて名乗らん限りジャム、と呼ぶが、それで構わんな?」
鷹揚にアインズがそう告げると、ジャムはやや肩の力を抜いて軽く両手の
「流石は非公式ラスボスと謳われたアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ。
名乗らなかった非礼は詫びよう。既に承知かとは思うが、私は
アインズはジャムの問いには直接応じず、こうのたもうた。
「こちらに来てからはアインズ・ウール・ゴウン、と名乗っている。
アインズ、と呼んでくれ。」
「ギルドの名を自身の名に?」
「あぁ、その辺りは追々話すことになる。お互いつっ立ったままでも疲れん
そう言いながらアインズは、ちょうどいい具合に地面から一段高い岩場を指差した。
ジャムは一瞬その真意を疑うような仕草を見せたが、自ら先に腰かけ、手を差し出してアインズにも席を勧めた。
「よっこいせ、と。
わかっていると思うが、こういう形でおまえを招いたのは、こうすれば必ずおまえ自身で出張って来てよもや拒むまい、と思ったからだ。
つまり……おまえと少し話してみたかったから、ということになる。」
「用件を聞こう。」
「ジャムの目指すところが<
会話を成立させるには、害のないところはこちらから
「アインズは……」
自分以外のプレイヤーから求めたままに、アインズ、と呼ばれるのは結構新鮮だな、とほくそ笑む大魔王。
「アインズはポアソン・バベルと面識があるのか?」
「なんだそりゃ?……あぁ、エドモン・ウェルズのプレイヤー名か。」
ここに至って、初めてジャムは体を、ぴくり、と動かして驚きを示した。
「エドモン・ウェルズの名を知っていたのか。日本人のみからなるアインズ・ウール・ゴウン……これはおまえを言っているのではなくギルドのことだが、アインズ・ウール・ゴウンが英字誌を購読していたとは驚きだ。」
ふふふ、とアインズは笑った。
「おまえは本当に頭がキレるんだな。」
そう言いながら、
「おまえも、こちらに渡って来たユグドラシル由来の存在が記憶に難を抱えることには気づいていて、何か対策しているだろう?オレはおまえと話すつもりである程度予習をしてきたが、おまえはそういうつもりで来たわけじゃないだろうから、後で慌てるくらいなら準備しておいてくれて構わないぞ。」
そう言いながらアインズは、取り出した紙束を骨の手の平の中で
ジャムはしばし呆気に取られたのか固まっていたが、ややあって、自身も
「では、遠慮なく。」
「なんだ……オレよりも随分と
と軽口で応じるアインズは、もちろん、ナザリックの誇る
「それはともかくさっきの話だが。
この世界の言葉が日本語に自動翻訳されることはやって来てすぐに気づいたが、何故そうなのかを考えたりしたことはなかった。日本人だしな、そこは察してくれ。
これに気づいたのは……そう、オーストラリア人のプレイヤーで、厳密にはそいつのNPCにおまえみたいに頭のキレるのがいて、そいつがおまえの言う英字誌に行き当たってからくりに気づいたという寸法だ。随分と昔の話で、そいつらは
「アインズは、所在を承知しているのか?」
「もちろん。からくりに気づいたのはそいつらだが、見つけたのはオレだ。
<
と、骨の手の平を左右に
「それを譲ってもらうわけには」
「
アインズもまた、ここまでの能天気なお喋りが嘘であるかのように、大魔王然とした威厳でジャムの言葉を遮る。
「元はエドモン……いや、ポワ……ゴホッ、とにかくそいつのものだったにせよ、所有者が死んで放置された
「だが……なんだ?」
「おまえがそれを必要とする事情によっては考えてやらんでもないさ。」
「それが用件、ということだな?」
「先に言っておくが、おまえも既に語らったキーノ・インベルンの他にも、オレにはこの世界にいくらかの友人がいる。そいつらと言葉が通じなくなるのは困る、と言うか面倒臭いから、ジャムに<
が、おまえがそれを使ってやりたいこと……よもや
「……そんなことをして、おまえに何の得が」
「おとぼけは
アインズの真意を窺おうとするジャムの言葉を、アインズの一喝が遮った。
「オレがここで何をしてきたか……だいたいのところは理解してるんだろう?
あぁ、勘違いしないでくれよ。オレはこの世界の守護者を気取ってるわけじゃないからな。この世界はオレのお気に入りの
この恫喝に近い物言いに、さしものジャムも言葉を詰まらせる。
「だが!」
と、アインズ。
「オレはまったくの狂人でもないからな!
同じユグドラシルから来た
ジャムは押し黙ったまま両手を膝の上に握りしめて、アインズのこの物言いの真意をひたすら考える様子を見せた。矢継ぎ早にアインズは追い打ちをかける。
「そして、おまえの真の狙いについても、概ね察しはついている。
……聞きたいか?」
おまえが素直に話すのであれば先に話を聞こう、といった
が、その一言目で、ジャムは
「おまえ……<
「……」
「図星のようだな。
アインズが指摘するところは、その習得に自身の
だが、こと
そこで登場するのが、効果範囲内の存在の
「おまえの故国ではどうかは知らないが、日本人が今のおまえの
膝の上に握り締められたジャムの手が、ぎりり、とより強く閉じたことに、もちろんアインズは気づいている。
「が、おまえはそんなことをする狂人には見えん。
となれば鍵は、おまえがこの場には敢えて伴わなかったもう一人のプレイヤーだ。」
アインズ自身、もし、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間の誰かが共にこちらの世界に渡り来ていたとしたら、誰であるかにもよるがきっと碌でもないことをしでかして、自分はその抑え役に回ったことだろう、という思いは、自分自身の常の行状を棚上げした上で少なからずある。
「……参ったな。」
ぽそり、とジャムがこぼす。
「ユグドラシル非公式ラスボスの二つ名は、伊達ではないのだな。」
「それほどでもあるさ。」
と、おどけるアインズ。
だが、その口調はやおら真摯なものに転じる。
「善悪どちらの方向にかは知らんが……そこまで
そう問われたジャムは、そのまま俯き加減に黙り込んでしまった。
アインズもまたしばらくは黙って返事を待ってみたものの、早々に痺れを切らしたものか、
「あ、
と、言葉尻こそ優しいが事実上の最後通牒を突き付けた。
それでもジャムはしばし沈黙したままだったが、やがて覚悟を決めたものか、これまでの平板なそれとはやや異なった、上擦った口調で語り始めた。
「奇妙な巡りあわせだが、それは、いささかアインズ・ウール・ゴウンとも関わりのある話になる。」
「オレ?なんで?」
「おまえじゃない。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンだ。
おまえ同様に、ユグドラシル全域に名を馳せた錬金術師がいたろう?」
「……タブラさん、だな。」
このジャムの唐突な切り出しに当惑しつつもアインズはそう応じる。
「彼は……こちらに来てはいないのか?」
「恐ろしいことを言ってくれるな!」
と、骨の手の平をジャムに向かって突き出すアインズ。
「おまえは知らんだろうが、あいつはトンデモない蘊蓄魔でな。まぁ、今となってはあいつに聞かされた益体もない蘊蓄に幾度となく救われたこともあるから感謝していなくもないが、それでも四千年もあいつの蘊蓄に付き合わされるなんて、いくら好きでも考えたくもない!」
ジャムはアインズの、身も蓋もないタブラ・スマラグディナ評には特に関心がないようで、ぽそり、とこう続けた。
「マルタンは、そのタブラの……
彼を真似て、彼のようになることを目指していた。」
重苦しく告げられたこの言葉の真意を、たちまちにアインズは悟る。
「
ジャムもまた、言わずもがなにアインズの懸念を理解した。
「その
マルタンは
「……なるほど。」
アインズは曖昧に相槌を返しつつ、確かあったはずだ、と骨の手に束ねた
ナザリック転移歴604年に邂逅した、<
ジャムの
「承知かとは思うが、オレも
どうにも自分らしからぬことを口にしようとしているな、とアインズは思う。
ジャムはただ黙って続く言葉を待っている様子。
「その本能の趣くところに従って、これまでに殺めた命の数は万では利かない。無論、無分別に殺しまくればこの世界を壊してしまうから、それなりに自重してやってきたつもりではあるんだが……」
「言わんとするところはわかるしその気持ちはありがたいが、そういう問題じゃないんだ。」
と、ジャム。
「一度味を知って歯止めが効かなくなったらしい。よりにもよって、好んで子どものそれを頭蓋を割って
「マルタン……だったか?
そいつ自身、未成年なのか?」
過去にも、中の人の幼さを引き摺ってやって来たがゆえに隘路に陥ったプレイヤーは少なからずあった。
「十七歳だ。こちらに来て以降、万能感に酔って自制を失っている。
ギルド拠点を離れようとしないのが唯一の救いだ。」
「それを
「それも言わんとするところはわかる。
が、マルタンは、記憶の問題に自身気づいていないようなのに私の意図だけは見抜いていて、一箇所に
あぁ、とアインズは内心深い溜息をついた。
こいつにとっては無駄にキレる頭が。
返って不幸だったんだな、と。
「まー、なんだ。」
と、らしからぬ同情を覚えつつ、アインズは躊躇いがちな口調で言う。
「おまえが決して遊び半分でないことはよくわかった。
だからこそ敢えて言うが。
おまえのことだから既に自分で気づいてるだろうが、ここでは
……手に余るようならいっそのこと自慢の
「馬鹿を言うな!」
それまで、微かに肩を震わせ手を握りしめる他にはまったく情動を外へ向けて示さなかったジャムが、大声で叫びながら立ち上がった。流石のアインズも少しだけ驚いて身を仰け反らせる。
だが、本当にアインズを驚かせたのは。
……続くジャムの言葉の方だった。
「俺は彼を……愛しているんだ!」
「……はぁ?」
いつものように大魔王の骨の口が、パカリ、と
*
奇縁の
決して騒然としていたわけではなく、むしろ各戸の鎧窓は固く閉じられ、事情のわからぬ一般市民が固唾を
市街乱戦ともなれば収拾がつかなくなることは
幾度となく
目下の戦略目標、オークネイス市長の身柄を捉える、のみであれば、魔法で不可視化した自分が忍び込んでやってしまうのが手っ取り早いし、そうすれば無駄な怪我人や死人を出さずに済む。
だが、安易にそれをしてしまえば、オークネイス市民からすればそれは何の脈絡もなく唐突に下される天からの裁きのようなものだ。クレマンティーヌはこの戦いは「落としどころをみつけるための儀式」だと評したが、互いに知らぬ間柄でもない市民、同じカルサナスの地に暮らす部族が、命を賭して市長、ひいてはその背後にある触れ得ざる者に異議を申し立てている、その
「……それは重畳だな。私も手勢を率いて後詰しよう。
後は任せるが、大丈夫だな?」
彼らは族長を、十数年に一度の非殺傷武具を用いておこなわれる過分に儀礼的な
候補者たちは定められた随員を率いて野戦を戦い、最終的にそれは二名の猛者に絞られる。最後は族長候補二名が互いに七本の
実際、
このようにして育まれる彼らの結束は矢鱈滅法強靭なもので、互いの利害得失に
「キーノ・インベルンにも同行をお願いしたい。」
族長が言うには、ほぼほぼ思惑通りに事が進んだようで、オークネイス市長を含む主だった有力者は市庁舎に囲まれ、その門前で双方百人ほどの主流派、非主流派の
この事態に族長は、自軍から三十騎を割いて自ら赴く決断を下した。ついてはキーノにも見届け人として同行を求めたい、とのこと。
「懸念されていた冒険者の介入はなかったそうだ。当地では名の知られた
道すがら、族長は緊張の面持ちこそ解かぬものの、心持ち穏やかな笑みを浮かべてキーノにそう言った。
「あぁ……おまえの言う通りだと私も思う。」
そう返したキーノは決して族長に阿ったわけではなく、これは彼女自身、永い旅路を通して心の底から実感されるところだった。
大昔、まだ幼かった彼女は、少なからず秀でた力を有する自身が何事をも捻じ伏せねばならぬ、それが、顕現に際して幾万の命を吸い上げた罪深き
同時にそれは、彼女自身もまた、彼女だからこそできること、彼女にしかやれぬことを以て、永い旅路の中で彼女を支え、そして先に去って逝った人々への報恩とすべきであることを意味していよう。
既に
辿り着いてみればその場を包む空気はひりひりとした殺気立ったもので、門前で整列不動のままに睨み合う双方の
蹄の音も高らかに
キーノは、何か自身に事態を動かす一手が為せないものか、と思案はしてみたものの、何をやっても乱戦に陥るオチしか思い浮かばす、そうなってしまえば民同士の戦いには無介入と族長に誓った言葉も嘘になってしまうのでたちまちに為す
さりとてこのまま放置すれば、遅からず最悪の事態に至るも必定。何とかならないものか、と呻吟することしばし。
「「ん?」」
野次馬たちの発する騒めきの向こうに、キーノとクレマンティーヌの
誰もに先んじて音源の方向に視線を向けた二人は、やはりほぼ同時に、建物の隙間を縫うように翼を
「「「うおぉ!」」」
睨み合った
「クレマンティーヌ!」
「あいよ!」
キーノは愛する眷属の名を呼び、視線を交わして気脈を通じた
「
と、<
だが、その静止も虚しく、三十騎の一斉射が放たれ、その場で大きく宙返りをうった
「チッ!」
一瞬出遅れたことを悔やみつつも、キーノは
「<
渦巻く風が
「ほいよっと!」
「あらよっと!」
無言……。
阿吽の呼吸で飛び上がったクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナが銘々の得物で矢を
「うわっ!」
幸か不幸かクレマンティーヌの下敷きになった
「あらいやん!ごめんあそばせ!」
と、クレマンティーヌが飛びのけば、
そうこうする間にも、キーノによって一斉射を免れた
「キーノ・インベルン様!」
「市長の身柄は押さえましたぜ!」
「やはりコンコンチキか!無茶をする!」
キーノはそのままコンコンチキとその
「勝負はあった!双方、武器を置いて三歩引き下がれ!」
振り返って階上を仰ぎ見、自分たちの依って立つところであった市長が
一瞬遅れて、決して元々は僚友であった目前の部隊とぶつかりたい、とは思っていなかった反主流派の
最後に、第二射に備えていた
かくして、オークネイス市庁舎制圧戦は、ほぼ無血開城に近い形で幕を下ろしたのである。