億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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大胆不敵にも単騎で(コクーン)のジャムの前に立ちはだかった大魔王アインズ・ウール・ゴウン。二人の語らいが、意外な真実を炙り出す。


7.思いがけぬ告白(カミングアウト)

「そもそも人を呼びつけておいて無作法をやったのはそっちが先だからな。

 オレのこの招き(かた)が気に入らん、などと今更言ってくれるなよ。」

 

 洞窟の広間のように広がった空間にジャムに背を向けたまま踏み込みながら、大魔王アインズ・ウール・ゴウンはそう言った。

 

 それはまったく事実なので、元よりそこに反論するつもりはジャムにはなかった。

 むしろ、この招き(かた)が意味するところに心が向かう。

 

 モモンガは、自分の目指すところが<巫女(ヴォルヴァ)の布告>であることに気づいており、当然のことながらそれが何であり、この世界に対してどのような意味を持っているかも承知している。

 加えて、オークネイス市当局を介して冒険者へ向けて発した探索(クエスト)に応じる(てい)を採ったことは、とりもなおさず彼らが相応の諜報網をオークネイス、他の諸都市に張り巡らせていることを(あかし)している。

 

 正直なところ、ジャムは自身がアインズ・ウール・ゴウンのモモンガを甘く見ていたことを認めざるを得なかった。

 

「困らんとは言え、真っ暗闇の中で野郎二人で向き合っている、というのもアレだな。

 ……<炎の精霊、召喚(サモン・ファイアエレメンタル)>!」

 

 振り返った骸骨の指先が差した岩肌が俄かに光輝き、その身に燃え盛る炎を纏った蛇身(じゃしん)の精霊が腕組みした姿を現し、自ずから発する光で洞窟の壁と、骸骨、向かい合う痩せ身の男が照らし出される。本能的に精霊は、召喚者に対峙する仮想敵を、じりり、と睨みつけた。

 

 この一連の流れ(プロセス)に、ジャムは眉一つ動かさず微動だにしない。

 

「思った通り、おまえはまともなヤツのようだな、ジャム。

 あぁ、おまえは自ら名乗ってはくれなかったが、もちろんおまえの名はキーノから聞いた。偽名でなければそうなんだろう。改めて名乗らん限りジャム、と呼ぶが、それで構わんな?」

 

 鷹揚にアインズがそう告げると、ジャムはやや肩の力を抜いて軽く両手の(ひら)を左右に開いてみせた。

 

「流石は非公式ラスボスと謳われたアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ。

 名乗らなかった非礼は詫びよう。既に承知かとは思うが、私は(コクーン)のジャム。用件を聞こう。」

 

 アインズはジャムの問いには直接応じず、こうのたもうた。

 

「こちらに来てからはアインズ・ウール・ゴウン、と名乗っている。

 アインズ、と呼んでくれ。」

 

「ギルドの名を自身の名に?」

 

「あぁ、その辺りは追々話すことになる。お互いつっ立ったままでも疲れん身体(からだ)だが、どうにも落ち着かんからそこらに腰かけんか?」

 

 そう言いながらアインズは、ちょうどいい具合に地面から一段高い岩場を指差した。

 ジャムは一瞬その真意を疑うような仕草を見せたが、自ら先に腰かけ、手を差し出してアインズにも席を勧めた。

 

「よっこいせ、と。

 わかっていると思うが、こういう形でおまえを招いたのは、こうすれば必ずおまえ自身で出張って来てよもや拒むまい、と思ったからだ。

 つまり……おまえと少し話してみたかったから、ということになる。」

 

「用件を聞こう。」

 

 他人(ひと)のことを言えた義理ではないが、ジャムが、自らは手の内を明かさない主義を徹底する(さま)に、アインズは軽く内心で溜息をついた。

 

「ジャムの目指すところが<巫女(ヴォルヴァ)の布告>の入手、であることはもちろん気づいている。」

 

 会話を成立させるには、害のないところはこちらから手札(てふだ)を切るしかあるまい、と判じたアインズは、核心部分にさらりと触れた。

 

「アインズは……」

 

 自分以外のプレイヤーから求めたままに、アインズ、と呼ばれるのは結構新鮮だな、とほくそ笑む大魔王。

 

「アインズはポアソン・バベルと面識があるのか?」

 

「なんだそりゃ?……あぁ、エドモン・ウェルズのプレイヤー名か。」

 

 ここに至って、初めてジャムは体を、ぴくり、と動かして驚きを示した。

 

「エドモン・ウェルズの名を知っていたのか。日本人のみからなるアインズ・ウール・ゴウン……これはおまえを言っているのではなくギルドのことだが、アインズ・ウール・ゴウンが英字誌を購読していたとは驚きだ。」

 

 ふふふ、とアインズは笑った。

 

「おまえは本当に頭がキレるんだな。」

 

 そう言いながら、所持品(インベントリ)から無造作に紙束を取り出し、ササッ、と目を通す。

 

「おまえも、こちらに渡って来たユグドラシル由来の存在が記憶に難を抱えることには気づいていて、何か対策しているだろう?オレはおまえと話すつもりである程度予習をしてきたが、おまえはそういうつもりで来たわけじゃないだろうから、後で慌てるくらいなら準備しておいてくれて構わないぞ。」

 

 そう言いながらアインズは、取り出した紙束を骨の手の平の中で遊戯札(トランプ)でも扱うかのように整理し始めた。

 ジャムはしばし呆気に取られたのか固まっていたが、ややあって、自身も所持品(インベントリ)から付箋まみれのお絵かき板(エッチ・ア・スケッチ)を取り出して膝に載せる。

 

「では、遠慮なく。」

 

「なんだ……オレよりも随分と体系的(システマティック)にやってるじゃないか。」

 

 と軽口で応じるアインズは、もちろん、ナザリックの誇る神託娘(オラクル)シズ・デルタによってデータベース化された四千年の記憶について、ジャムに教えてやるつもりは毛頭ない。

 

「それはともかくさっきの話だが。

 この世界の言葉が日本語に自動翻訳されることはやって来てすぐに気づいたが、何故そうなのかを考えたりしたことはなかった。日本人だしな、そこは察してくれ。

 これに気づいたのは……そう、オーストラリア人のプレイヤーで、厳密にはそいつのNPCにおまえみたいに頭のキレるのがいて、そいつがおまえの言う英字誌に行き当たってからくりに気づいたという寸法だ。随分と昔の話で、そいつらは(みな)人間種だったから()うに故人だ、残念ながら。」

 

「アインズは、所在を承知しているのか?」

 

「もちろん。からくりに気づいたのはそいつらだが、見つけたのはオレだ。

 <ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>は容易に動かせるような代物じゃなかったからな。安全なところに隠してある。少なくともここじゃないわな。」

 

と、骨の手の平を左右に(ひら)いておどけてみせるアインズに、ジャムは強い口調で迫った。

 

「それを譲ってもらうわけには」

(ことわ)る!」

 

 アインズもまた、ここまでの能天気なお喋りが嘘であるかのように、大魔王然とした威厳でジャムの言葉を遮る。

 

「元はエドモン……いや、ポワ……ゴホッ、とにかくそいつのものだったにせよ、所有者が死んで放置された世界級(ワールド)アイテムの所有権は発見者に帰属して当然だ。だが……」

 

「だが……なんだ?」

 

「おまえがそれを必要とする事情によっては考えてやらんでもないさ。」

 

「それが用件、ということだな?」

 

「先に言っておくが、おまえも既に語らったキーノ・インベルンの他にも、オレにはこの世界にいくらかの友人がいる。そいつらと言葉が通じなくなるのは困る、と言うか面倒臭いから、ジャムに<巫女(ヴォルヴァ)の布告>をくれてやるつもりはまったくない。

 が、おまえがそれを使ってやりたいこと……よもや世界級(ワールド)アイテムを拠点に飾りたいがために欲しがってるわけじゃないだろうから、その事情によっては協力せんでもない、という話だ。ジャムの真に望むところは、<巫女(ヴォルヴァ)の布告>そのものではなく、それを必要とする問題の解決だろ?だよな?そうだよな?」

 

「……そんなことをして、おまえに何の得が」

「おとぼけは()せ!」

 

 アインズの真意を窺おうとするジャムの言葉を、アインズの一喝が遮った。

 

「オレがここで何をしてきたか……だいたいのところは理解してるんだろう?

 あぁ、勘違いしないでくれよ。オレはこの世界の守護者を気取ってるわけじゃないからな。この世界はオレのお気に入りの遊び場(フィールド)で、そこでおイタをやらかすヤツは、ユグドラシルプレイヤーだろうがこちらの世界の住人だろうが、片っ端から屠ってやったもんだ。」

 

 この恫喝に近い物言いに、さしものジャムも言葉を詰まらせる。

 

「だが!」

 

と、アインズ。

 

「オレはまったくの狂人でもないからな!

 同じユグドラシルから来た(もの)同士、話が通じるものなら友好関係、あるいは儀礼的に互いに無関心であってもそれはそれで構わない、とは思ってるんだ。そしておまえは、とっかかりこそ無礼千万だったが、オレはそれで(へそ)を曲げるほど大人げなくはないし、存外話せそうな感じがしたからこうして声を掛けた、というわけだ。わかるか?わかるよなぁ!」

 

 ジャムは押し黙ったまま両手を膝の上に握りしめて、アインズのこの物言いの真意をひたすら考える様子を見せた。矢継ぎ早にアインズは追い打ちをかける。

 

「そして、おまえの真の狙いについても、概ね察しはついている。

 ……聞きたいか?」

 

 おまえが素直に話すのであれば先に話を聞こう、といった(てい)で、ジャムの表情のない顔を覗き込むようにアインズはそう言った。ジャムは黙って片手を差し出し、おまえが先に手札(てふだ)を切れ、と示す。

 

 が、その一言目で、ジャムは身体(からだ)を強張らせることになった。

 

「おまえ……<均衡の天秤(バランス・オブ・バランス)>を持ってるだろ?」

 

「……」

 

「図星のようだな。

 伝説級(レジェンド)アイテム<均衡の天秤(バランス・オブ・バランス)>。事前に設置すれば効果範囲に立ち入ったプレイヤー、NPC、魔物(モンスター)(カルマ)値を強制的に絶対中立(アブソリュートニュートラル)にする、一般的には使いどころのない魔法の品(マジックアイテム)だ、おまえのようなヤツを除いてな。」

 

 アインズが指摘するところは、その習得に自身の(カルマ)絶対中立(アブソリュートニュートラル)に保ち続けることが求められるジャムの属性(クラス)涅槃(ニルヴァーナ)に関するものだ。

 (カルマ)静的(スタティック)能力値(パラメータ)では決してなく、プレイヤーの所業で常に変動する。戦役脚本(キャンペーンシナリオ)の所与の秩序に貢献すれば善寄りに、これに逆らった場合は(あく)寄りに(あたい)は動く。これは個々の戦闘も同様で、アインズ自身、(エクリプス)を目指しての鍛錬(レベリング)においては、(カルマ)(あく)寄りの相手は殺めないどころか会敵すら避ける徹底ぶりだったものだ。

 だが、こと涅槃(ニルヴァーナ)については少し事情が異なり、経験値(EXP)稼ぎに戦闘は欠かせないが、絶対中立(アブソリュートニュートラル)魔物(モンスター)などそうそういないので、常に揺れ動く(カルマ)が目指す属性(クラス)の習得を困難にする。

 

 そこで登場するのが、効果範囲内の存在の(カルマ)値を絶対中立(アブソリュートニュートラル)にしてしまう<均衡の天秤(バランス・オブ・バランス)>である。これを仕掛けて敵を呼び寄せ効果範囲内で狩れば、(カルマ)の変動を伴わない経験値(EXP)稼ぎが叶う。

 

「おまえの故国ではどうかは知らないが、日本人が今のおまえの(なり)を見たら十人が十人、(ほとけ)様だ、ありがたやありがたや、と手を合わせて拝むのは間違いない。そんなおまえが、この世界のすべての存在を、善も悪もない中庸な寂滅へ導こう、と目論むというのは、余計なお節介だとは思うがそれはそれでなくはない話だ。」

 

 膝の上に握り締められたジャムの手が、ぎりり、とより強く閉じたことに、もちろんアインズは気づいている。

 

「が、おまえはそんなことをする狂人には見えん。

 となれば鍵は、おまえがこの場には敢えて伴わなかったもう一人のプレイヤーだ。」

 

 アインズ自身、もし、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの仲間の誰かが共にこちらの世界に渡り来ていたとしたら、誰であるかにもよるがきっと碌でもないことをしでかして、自分はその抑え役に回ったことだろう、という思いは、自分自身の常の行状を棚上げした上で少なからずある。

 

「……参ったな。」

 

 ぽそり、とジャムがこぼす。

 

「ユグドラシル非公式ラスボスの二つ名は、伊達ではないのだな。」

 

「それほどでもあるさ。」

 

と、おどけるアインズ。

 だが、その口調はやおら真摯なものに転じる。

 

「善悪どちらの方向にかは知らんが……そこまで(ひど)いのか?」

 

 そう問われたジャムは、そのまま俯き加減に黙り込んでしまった。

 アインズもまたしばらくは黙って返事を待ってみたものの、早々に痺れを切らしたものか、

 

「あ、(つら)ければ話さなくていいぞ。ただその場合、おまえの問題解決を助けることはできないし、当然<巫女(ヴォルヴァ)の布告>も手に入らない。おまえがそこに敢えて挑むのならオレの敵……ただそれだけの話だ。」

 

と、言葉尻こそ優しいが事実上の最後通牒を突き付けた。

 それでもジャムはしばし沈黙したままだったが、やがて覚悟を決めたものか、これまでの平板なそれとはやや異なった、上擦った口調で語り始めた。

 

「奇妙な巡りあわせだが、それは、いささかアインズ・ウール・ゴウンとも関わりのある話になる。」

 

「オレ?なんで?」

 

「おまえじゃない。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンだ。

 おまえ同様に、ユグドラシル全域に名を馳せた錬金術師がいたろう?」

 

「……タブラさん、だな。」

 

 このジャムの唐突な切り出しに当惑しつつもアインズはそう応じる。

 

「彼は……こちらに来てはいないのか?」

 

「恐ろしいことを言ってくれるな!」

 

 と、骨の手の平をジャムに向かって突き出すアインズ。

 

「おまえは知らんだろうが、あいつはトンデモない蘊蓄魔でな。まぁ、今となってはあいつに聞かされた益体もない蘊蓄に幾度となく救われたこともあるから感謝していなくもないが、それでも四千年もあいつの蘊蓄に付き合わされるなんて、いくら好きでも考えたくもない!」

 

 ジャムはアインズの、身も蓋もないタブラ・スマラグディナ評には特に関心がないようで、ぽそり、とこう続けた。

 

「マルタンは、そのタブラの……追従者(フォロワー)だ。

 彼を真似て、彼のようになることを目指していた。」

 

 重苦しく告げられたこの言葉の真意を、たちまちにアインズは悟る。

 

錬金術師(アルケミスト)なんだな。まさか、とは思うが。」

 

 ジャムもまた、言わずもがなにアインズの懸念を理解した。

 

「その()()()だ。

 マルタンは(カルマ)が悪に全振りの……脳喰らい(ブレインイーター)だ。」

 

「……なるほど。」

 

 アインズは曖昧に相槌を返しつつ、確かあったはずだ、と骨の手に束ねた書付(メモ)に視線を走らせ、たちまちにそれを見出した。

 ナザリック転移歴604年に邂逅した、<現実(リアル)>での本名、田中(すぐる)を名乗った蟲の死霊使い(ヴァーミンネクロマンサー)。彼は、種族のフレーバーテキストの記述に従って、人間の死体を貪る身となったことを受け入れることが叶わず、アインズの手にかかることを自ら望んだ。結果的にこれは、アインズにとって自身の手で葬った最初のプレイヤーになったものだ。

 

 ジャムの(かか)えている問題は、どうやらコレの類似であるらしい。

 

「承知かとは思うが、オレも(カルマ)は悪に全振りの死の支配者(オーバーロード)だ。」

 

 どうにも自分らしからぬことを口にしようとしているな、とアインズは思う。

 ジャムはただ黙って続く言葉を待っている様子。

 

「その本能の趣くところに従って、これまでに殺めた命の数は万では利かない。無論、無分別に殺しまくればこの世界を壊してしまうから、それなりに自重してやってきたつもりではあるんだが……」

 

「言わんとするところはわかるしその気持ちはありがたいが、そういう問題じゃないんだ。」

 

と、ジャム。

 

「一度味を知って歯止めが効かなくなったらしい。よりにもよって、好んで子どものそれを頭蓋を割って(すす)()らう。私は……友人のその姿に、これ以上耐えられそうにないんだ。」

 

「マルタン……だったか?

 そいつ自身、未成年なのか?」

 

 過去にも、中の人の幼さを引き摺ってやって来たがゆえに隘路に陥ったプレイヤーは少なからずあった。

 

「十七歳だ。こちらに来て以降、万能感に酔って自制を失っている。

 ギルド拠点を離れようとしないのが唯一の救いだ。」

 

「それを()めるのに、世界丸ごと絶対中立(アブソリュートニュートラル)化とは……」

 

「それも言わんとするところはわかる。

 が、マルタンは、記憶の問題に自身気づいていないようなのに私の意図だけは見抜いていて、一箇所に(とど)まろうとは決してしない。ならば、<均衡の天秤(バランス・オブ・バランス)>をマルタンの手の届かぬところへ置いて、その効果範囲を最大化してしまうに限る。」

 

 あぁ、とアインズは内心深い溜息をついた。

 こいつにとっては無駄にキレる頭が。

 

 返って不幸だったんだな、と。

 

「まー、なんだ。」

 

と、らしからぬ同情を覚えつつ、アインズは躊躇いがちな口調で言う。

 

「おまえが決して遊び半分でないことはよくわかった。

 だからこそ敢えて言うが。

 

 おまえのことだから既に自分で気づいてるだろうが、ここでは同士討ち(フレンドリファイア)が有効だ。

 ……手に余るようならいっそのこと自慢の三手番殺し(スリーターンキル)で」

「馬鹿を言うな!」

 

 それまで、微かに肩を震わせ手を握りしめる他にはまったく情動を外へ向けて示さなかったジャムが、大声で叫びながら立ち上がった。流石のアインズも少しだけ驚いて身を仰け反らせる。

 

 だが、本当にアインズを驚かせたのは。

 ……続くジャムの言葉の方だった。

 

「俺は彼を……愛しているんだ!」

 

「……はぁ?」

 

 いつものように大魔王の骨の口が、パカリ、と(ひら)く。

 

 

                    *

 

 

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンも加わった、半人半馬(セントール)五百騎からなる城塞都市攻略軍がオークネイスに辿り着いた時点で、そこは既にただならぬ雰囲気に包まれていた。

 

 決して騒然としていたわけではなく、むしろ各戸の鎧窓は固く閉じられ、事情のわからぬ一般市民が固唾を()んで様子見をしている物言わぬ緊迫感が漂っていて、でありながら時折、剣が剣に(はじ)かれた鋭い音や、鎧を纏った(もの)が石畳を駆ける際に独特の鈍い音が漏れ聴こえてくる。

 半人半馬(セントール)はその体格差、機動力もあって、一般論としては豚鬼(オーク)、人間の兵の五人力(ごにんりき)といったところになるが、それはあくまでも野戦での話であって、ところによっては狭量な路地も多い城塞都市では地の利に欠くところも多々あった。

 市街乱戦ともなれば収拾がつかなくなることは(はな)から承知されていて、彼らは敢えて堅く閉じられていたわけでもない城門から踏み入ることなく、その門前で隊列を組んで中の様子を窺う構えを見せた。それであっても、彼らの弓の腕前はよく知られているので威圧には十分だ。

 

 幾度となく半人半馬(セントール)の族長が控える本陣に、豚鬼(オーク)あるいは人間の斥候らしき兵が駆け込んで来て市内の現況を報せる様子を、キーノは自身の(はや)る気持ちを押さえつつ見守っていた。

 

 目下の戦略目標、オークネイス市長の身柄を捉える、のみであれば、魔法で不可視化した自分が忍び込んでやってしまうのが手っ取り早いし、そうすれば無駄な怪我人や死人を出さずに済む。

 だが、安易にそれをしてしまえば、オークネイス市民からすればそれは何の脈絡もなく唐突に下される天からの裁きのようなものだ。クレマンティーヌはこの戦いは「落としどころをみつけるための儀式」だと評したが、互いに知らぬ間柄でもない市民、同じカルサナスの地に暮らす部族が、命を賭して市長、ひいてはその背後にある触れ得ざる者に異議を申し立てている、その絵面(えづら)が、今後も続いていく街のために必要なのだ、ということはキーノも既に理解はしている。

 

「……それは重畳だな。私も手勢を率いて後詰しよう。

 後は任せるが、大丈夫だな?」

 

 半人半馬(セントール)の族長が何度目かとなる報せを受けて何やら差配している様子にキーノは気づいた。

 

 彼らは族長を、十数年に一度の非殺傷武具を用いておこなわれる過分に儀礼的な(いくさ)で選出する。

 候補者たちは定められた随員を率いて野戦を戦い、最終的にそれは二名の猛者に絞られる。最後は族長候補二名が互いに七本の鏑矢(かぶらや)のみを携えて決戦に及び、勝者が新たな族長となる。その最初の仕事は、目前の敗者の健闘を称えて自らの腹心に迎えること、さらには先に敗れ去った候補者たちの集落を自ら巡って膝を折り、以降の治世への協力を仰ぐことだ。

 実際、(いま)平原に残り、万が一の急変に備えて残留部隊とそれに守られる女子(おんなこ)どもを率いているのがその決戦の敗者であり、さきほど族長が「後は任せる」と声を掛けた相手は族長候補だった(もの)のうちの一人だ。

 このようにして育まれる彼らの結束は矢鱈滅法強靭なもので、互いの利害得失に()って流動的なオークネイスの人々の比ではなかった。

 

「キーノ・インベルンにも同行をお願いしたい。」

 

 族長が言うには、ほぼほぼ思惑通りに事が進んだようで、オークネイス市長を含む主だった有力者は市庁舎に囲まれ、その門前で双方百人ほどの主流派、非主流派の憲兵隊(カラビニエリ)が睨み合っているらしい。寄せ手は血戦を厭うて投降を呼びかけてはいるもののたちまちに応じる気配がないので、駄目押しを要するといったところ。

 この事態に族長は、自軍から三十騎を割いて自ら赴く決断を下した。ついてはキーノにも見届け人として同行を求めたい、とのこと。

 

「懸念されていた冒険者の介入はなかったそうだ。当地では名の知られた牛頭人(ミノタウロス)の戦士が、いきりたつ(もの)たちを押さえてくれたらしい。あるべきところにあるべき(もの)があるものだ。そうは思わないか?」

 

 道すがら、族長は緊張の面持ちこそ解かぬものの、心持ち穏やかな笑みを浮かべてキーノにそう言った。

 

「あぁ……おまえの言う通りだと私も思う。」

 

 そう返したキーノは決して族長に阿ったわけではなく、これは彼女自身、永い旅路を通して心の底から実感されるところだった。

 不死(アンデッド)の肉体と第九位階魔法までをも操る自身の力は、この世界のあらゆる(もの)を凌駕する存在でこそあれ、たかだか一人の女の手が届くところなど僅かなものでしかない。

 大昔、まだ幼かった彼女は、少なからず秀でた力を有する自身が何事をも捻じ伏せねばならぬ、それが、顕現に際して幾万の命を吸い上げた罪深き(おのれ)に課された義務である、と考えていたこともあったが、数々の感謝を捧げるべき出会いを通して、彼女自身がそれに気づく目を持っていなかっただけで、力無き人々の中にも、力がないなりに、否、その(もの)にしか為せないやり方で、何とかしよう、何とかならないか、と最善を尽くす人々があることを学んだ。

 同時にそれは、彼女自身もまた、彼女だからこそできること、彼女にしかやれぬことを以て、永い旅路の中で彼女を支え、そして先に去って逝った人々への報恩とすべきであることを意味していよう。

 

 既に大勢(たいせい)が決したと見たものか、気の早い野次馬がちらほら現れる中、キーノたち一行は市庁舎へ粛々と歩みを進めた。

 辿り着いてみればその場を包む空気はひりひりとした殺気立ったもので、門前で整列不動のままに睨み合う双方の憲兵隊(カラビニエリ)は、立てた方盾(シールド)に肘をつき抜刀こそしてはいないものの、火種が放り込まれれば一触即発、乱戦に陥るのは間違いない雰囲気。その危険(リスク)は、対峙の時間が長引いて疲弊が降り積もるほどに増す一方だ。

 蹄の音も高らかに半人半馬(セントール)三十騎が寄せ手の後背に居並べば、市庁舎を背にした守り手側に動揺が広がったのは明らかだった。が、彼らからすれば目前の一団は不法に市庁舎を占拠せんとする暴徒に過ぎず、立て籠もった豚鬼(オーク)の有力者たちが投降の意思を示さぬ以上、自身の(せき)に忠実足らんと欲すればただ持ち(こた)えるしか選択肢はない。

 

 キーノは、何か自身に事態を動かす一手が為せないものか、と思案はしてみたものの、何をやっても乱戦に陥るオチしか思い浮かばす、そうなってしまえば民同士の戦いには無介入と族長に誓った言葉も嘘になってしまうのでたちまちに為す(すべ)がないのは居並ぶ兵たちと同じ立場だった。

 さりとてこのまま放置すれば、遅からず最悪の事態に至るも必定。何とかならないものか、と呻吟することしばし。

 

「「ん?」」

 

 野次馬たちの発する騒めきの向こうに、キーノとクレマンティーヌの吸血鬼(ヴァンパイア)ならではの鋭敏な聴覚が接近する風切り音を捉えたのはほぼ同時だった。

 誰もに先んじて音源の方向に視線を向けた二人は、やはりほぼ同時に、建物の隙間を縫うように翼を(ひら)いて飛来する大きな影を認めた。

 

「「「うおぉ!」」」

 

 睨み合った憲兵隊(カラビニエリ)の丁度(あいだ)飛竜(ワイバーン)が通り抜け、流石にこれは誰も想定しなかった事態のようで、どよめきをあげながら双方一歩下がった。逆に後方にあった半人半馬(セントール)たちは、これこそ我らが腕前の見せどころ、とばかりに一斉に矢をつがえる。

 

「クレマンティーヌ!」

「あいよ!」

 

 キーノは愛する眷属の名を呼び、視線を交わして気脈を通じた(のち)

 

()るな、敵じゃない!」

 

と、<飛行(フライ)>の魔法で中空に舞った。

 だが、その静止も虚しく、三十騎の一斉射が放たれ、その場で大きく宙返りをうった飛竜(ワイバーン)へ向かう。

 

「チッ!」

 

 一瞬出遅れたことを悔やみつつも、キーノは射線(しゃせん)上に一人立ちはだかる。

 

「<風の精霊の盾(イージス・オブ・シルフ)>!」

 

 渦巻く風が飛竜(ワイバーン)に向かった矢を四方八方へと飛散させ、ただの一本も的に届いたものはなかった。一方、まき散らされた矢は、流れ弾となって野次馬の頭上(ずじょう)へ注ぐも!

 

「ほいよっと!」

「あらよっと!」

 無言……。

 

 阿吽の呼吸で飛び上がったクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナが銘々の得物で矢を(はじ)き、(から)くも野次馬たちは被弾を免れたが、勢い余ったクレマンティーヌはそのまま人だかりの中に落下してしまう。

 

「うわっ!」

 

 幸か不幸かクレマンティーヌの下敷きになった豚鬼(オーク)の男があって、不意の衝撃に大怪我を負ったものと勘違いして身を丸くしていたが、恐る恐る目を開けば、目の前には豊満な人間の女の尻がある。

 

「あらいやん!ごめんあそばせ!」

 

と、クレマンティーヌが飛びのけば、豚鬼(オーク)は顔を真っ赤にして鼻の下を伸ばした。

 

 そうこうする間にも、キーノによって一斉射を免れた飛竜(ワイバーン)は市庁舎の上階に取りつき、強靭な下肢の爪で壁を突き破った。やおら顔をその中に突っ込み、じたばたと暴れたかと思えば顔を出して、見れば小太りのこれ見よがしに豪勢な紳士服を着た豚鬼(オーク)をその口に(くわ)えている。

 

「キーノ・インベルン様!」

 

 飛竜(ワイバーン)に騎乗した人物が、風除け眼鏡(ゴーグル)を外しながら大きな声で叫んだ。

 

「市長の身柄は押さえましたぜ!」

 

「やはりコンコンチキか!無茶をする!」

 

 キーノはそのままコンコンチキとその乗騎(じょうき)のいる傍へ着地し、振り返って叫んだ。

 

「勝負はあった!双方、武器を置いて三歩引き下がれ!」

 

 振り返って階上を仰ぎ見、自分たちの依って立つところであった市長が飛竜(ワイバーン)口中(こうちゅう)でじたばたしているのを見て、まず、市長派の憲兵隊(カラビニエリ)が盾と剣を床に置き、三歩下がって両手を挙げた。

 一瞬遅れて、決して元々は僚友であった目前の部隊とぶつかりたい、とは思っていなかった反主流派の憲兵隊(カラビニエリ)たちが、決して我々は追い打ちなどしないから死兵と化してはくれるなよ、と祈る気持ちで武器を床におき、やはり三歩下がって整列した。

 最後に、第二射に備えていた半人半馬(セントール)たちが族長の号令一下(いっか)その構えをとき、膝を折ってその場にしゃがんで、睥睨威圧の意思がないことを示した。

 

 かくして、オークネイス市庁舎制圧戦は、ほぼ無血開城に近い形で幕を下ろしたのである。

 

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