億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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思いもよらぬ真相に、口パカ大魔王アインズ・ウール・ゴウンがツッコミを入れる。


8.触れ得ざる真相

「悟りを(ひら)いた風体で。

 ……煩悩まみれじゃねーか。」

 

 と、限りなく()に近い呆れた口調の口パカ大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

「ほっとけ!」

 

 と、ジャムに怒鳴りつけられて、固まって沈黙。

 そのまま何の反応もないので、勢い余って告白(カミングアウト)してしまったばつの悪さも手伝って、ジャムは()()ずと、

 

「……ど、どうかしたか?」

 

と、問うも。

 

「いや。」

 

と、アインズ。

 

「この()に及んでそんなベタな駄洒落を言うもんだから、余裕あるな、と。」

 

「……何の話をしている?」

 

「聞きたいのはこっちだ!」

 

 しばしそのまま向かい合う二人。

 何がおかしかったのか、先に気づいたのはアインズの方だった。

 

「あ、そうか!おまえはフランス語で話してるんだったな!

 すまん、今のはオレが悪かった、忘れてくれ!」

 

 駄洒落が成立していたのは自分の頼りない脳内だけだ、と気づいたアインズは、はらはらと骨の手を振って釈明するも、ジャムは訝し気な構えを()く様子がない。

 

「ギルドの仲間にすら打ち明けられなかったことだ。引かれるのは……わかっている。」

 

 ややあってそう言いながらジャムは項垂れる様子を見せたが、これにはアインズが()みついた。

 

「いや、待て待て!おまえは何か勘違いをしているぞ!」

 

「……?」

 

「ユグドラシルなんぞにハマってたくらいだから、おまえも日本がどんなだかはある程度は知ってるだろ?」

 

「……まぁ、通り一遍には。」

 

「日本でオタクをやるのに同性愛(ゲイ)だの獣姦嗜好(ケモナー)だのにいちいちドン()いていたらキリがない!

 アインズ・ウール・ゴウン……あぁ、これはギルドのことを言ってるんだが、我ながらややこしいなぁ……アインズ・ウール・ゴウンも大概おかしな連中ばかりだったし、今もナザリック地下大墳墓には同性愛(レズビアン)幼児性愛(ペドフィリア)死体愛好(ネクロフィリア)を併発してるのとか、近親相姦(インセストタブー)で世代を重ねる双子がいるし、おまえも知るキーノ・インベルンに至っては両刀使い(バイセクシャル)だ。

 少年愛(ペデラスティ)!大いに結構じゃないか!それこそタブラさんがここに居たら、古代ギリシア以来の伝統的な愛の形で、中世以降に声高に叫ばれるようになった男女の、死が二人を分かつまで、と、その気もないのに誓われる、実態としては家父長制度の存続を目的とした欺瞞的な愛よりも、むしろその純粋性において勝るものだ、そうは思いませんかな、それでは皆様ごきげんよう、だ!」

 

 途中から自分でも、いったいオレは何を喋っているんだ、と思わないでもないアインズだったが、対してジャムは、何やらこの発言に感銘を受けている様子。

 

「お、おまえ……」

 

「な……何だ?」

 

「……見くびっていたことを詫びねばならんようだ。

 アインズ、おまえはいいヤツなんだな。」

 

 ピン、とアインズの背筋が伸びる。

 

()めてくれ、オレはノンケなんだ!」

 

 ぷっ。

 

 このアインズの返しに、ジャムは相変わらず平板な表情のままに、それでも確かに吹き出して笑った。

 

「あぁ、すまん。これも考えようによっちゃぁ失礼な物言いだったな。」

 

 と、アインズが生真面目に詫びる様子に、ジャムも軽く手を挙げて「気にしないでくれ」と応じ場が和む。

 

 が。

 

「であればこそ、オレはおまえに、これまで自分からは他のプレイヤーに語ることを避けていた話をせねばならん。」

 

 と、アインズはおもむろに居を正して真摯な口調で言った。

 

「……まずは聞こう。」

 

 と、ジャムも素直に耳を傾ける。

 

「ジャムは既に、オレたちのこちらの世界に渡って来て以降の記憶が、極限られた期間しか()たないことに気づいているだろう?それを含め、いったいオレたちは何なのか、という話だ。」

 

「アインズはそれを知っている、と?」

 

「厳密に言えば知ってるわけじゃない。これまでに発見したり実験したりした結果、ほぼ間違いなくそうだろう、とオレが考えていることに過ぎん。

 オレは、自ら同じ答えに辿り着けないプレイヤーにこれを語ることは、返って聞かされる(もの)に害があるだろう、と考えて、敢えてこの知識を語ることがなかった。が、ジャムには聞いてもらった方がよさそうだ、と思うので話す気になった。信じるも信じないも、それはおまえの勝手でいい。」

 

 このアインズの物言いに、得心したものかジャムは黙ったまま頷いて続きを促した。

 

「多分ジャムは、ユグドラシルのジャム、より正しく言うならば<現実(リアル)>に暮らしたジャムの()()()の魂か何かがこちらの世界に渡り来て、ユグドラシル由来の化身(アバター)に宿っている……とまぁ、そんな(ふう)に考えているんじゃないか、と思うが。どうだ?」

 

「……違うのか?」

 

「結論から言えば、今のオレたちは<現実(リアル)>の中の人とは直接には関係がない。

 ユグドラシルの隠し機能として、ギルドでの会話や出来事、その他諸々の設定が日誌(ログブック)として記録されていたようなんだが、オレたちは、その記録から生み出されている。

 おまえのところにも多分いくらか拠点防衛NPCがいて、こちらに来て以来勝手気儘に喋り出したと思うが、あれはNPCの能力値(パラメータ)にフレーバーテキストの記述が人格として被さったものだ。同様にオレたち自身は、プレイヤーの化身(アバター)日誌(ログブック)に記録されたギルメンの語らいや振る舞いがフレーバーテキストとして被さってるんだよ。

 これがこちらの世界に来て以降のオレたちの記憶が続かない理由でもある。今のオレたちの記憶能力はユグドラシルのキャラクタの短期記憶(ワーキングメモリ)に由来していて、その総量に制限がある。使われない記憶から順に除去(パージ)されてその領域が再利用されるから、次から次へと知っては忘れ、知っては忘れを繰り返す……とまぁ、こんなところだ。」

 

「どうしてそんなことを言い切れるんだ?」

 

 もっともな疑問だ、とアインズは思う。

 

「簡単な実験で、おまえ自身でも試すことが出来る。

 ちょっとショックだと思うが……覚悟はあるか?」

 

 ジャムは、少し考え込む様子を見せたが黙って頷いた。

 

「そうだな……まず、おまえ。<現実(リアル)>の母の名を思い出せるか?」

 

「アンヌだが。」

 

「……あぁ、そうか。おまえら西洋人は普通に友人との会話の中で親の名を出すから憶えてるんだな。」

 

「まさか……」

 

「そのまさかさ。オレは、<現実(リアル)>のオレの中の人の母の名が思い出せないんだ。日本人は普通、友人との会話の中でも母親のことはただ、母、とだけ言って名前を出さないからな。当然それは日誌(ログブック)には記録されない。だから、オレは母の思い出をギルドの仲間に語ったことは憶えているのに、母の名だけは思い出せないんだよ。」

 

「すまない、アインズ。

 私への説明の便宜とはいえ、(つら)いことを思い出させてしまったようだな。」

 

 ジャムは、本当に申し訳なさそうにそう詫びた。

 特に気にするでもないアインズは、何か思いついたようで、ポン、と骨の手の平を打つ。

 

「こうしよう!おまえ、初恋の人の名を思い出せるか?」

 

「何だ?藪から棒に。」

 

「いいから言ってみろ。オレに告げるのが嫌なら思い出してみるだけでいい。どうだ?」

 

 ジャムはしばし呻吟したのち、やおら驚きの声を上げた。

 

「……嘘だろ、オイ!」

 

「これで身を以て知ったろう。

 おまえのことだ。きっと初恋の相手も少年で、ギルドの仲間にその名を告げたことはあるまい。その結果がこれだ。オレも初めてこれに気づいたときには随分とショックを受けた……はずだが、おまえなら、オレがこれを他のプレイヤーに語ることを避けていた理由も自ずと思い至るだろう?」

 

 しばしジャムは無言のまま肩を落としていたが、ややあって。

 

「……すまない、もう落ち着いた。大丈夫だ。」

 

と、姿勢を正した。アインズが種族特性に従って感情の揺れが抑制されるように、ジャムもまた、属性(クラス)特典(ボーナス)で、心の平穏が保たれるのだろう。

 

 それが常に特典(ボーナス)、であるかはともかくとして。

 

「ここからが本題だ。」

 

と、改めてアインズは言う。

 

涅槃(ニルヴァーナ)を極めてるおまえにこんな前置きは不要か、とも思うが、それでも、どうか心の平穏を保ちつつ聞いてくれ。」

 

 やはりジャムは黙って頷く。

 

「タブラさんには三人の娘があって……あぁ、つまりあいつが創ったNPCということになるが、その次女が女淫魔(サキュバス)で、オレの……妻だ。」

 

「……はっ?」

 

 初めてジャムの口が、アインズがしばしばそうなるように、パカリ、と(ひら)いた。

 

「卓越した性の技で男の精気を吸い取り骨抜きにする女淫魔(サキュバス)を妻に?

 おまえ……正気なのか?」

 

 それ……おまえが言う?

 

「あー、馬鹿げているのはわかっている!

 まぁ、オレは死の支配者(オーバーロード)で精神攻撃に対する耐性ではおまえに勝るとも劣らないから、あいつの魔力に囚われて、なんてことはないんだが……尻に敷かれているのは遺憾ながら事実だ。」

 

 相変わらずジャムは、ポカン、と口を(ひら)いたままだ。

 何故、唐突にこんな話をし出したのかわからないからだろう、とアインズは思う。

 

 だが、これはジャムにとっては避けて通れぬ道だろう、という確信がアインズにはあった。

 

「実はな。オレは……厳密に言えばオレの前身となるモモンガは、と言うべきだが、モモンガはユグドラシルのサービス終了直前に、ギルド長権限で彼女、アルベドのフレーバーテキストを改竄したんだ。」

 

「その女淫魔(サキュバス)は、アルベド、というのか?

 ……いい響きの名前だな。」

 

「ふふ、気を遣ってくれなくてもいいぞ。

 いいか、ここが話の肝だからよく聞いてくれ。モモンガは、アルベドのフレーバーテキストの末尾、ビッチである、と書かれた部分を、モモンガを愛している、と書き換えたんだよ。」

 

「おまえ……異世界転移を事前に知っていたのか?」

 

「んなわけあるかい!

 いや、自分でも何でそんな馬鹿なことを、と今でも思う。実際、こちらに来てから百年くらいの間、オレはずっとアルベドに対して申し訳ないことをした、という思いを(いだ)き続けていたんだ。」

 

「日本人は未来を生きている、とはよく聞いたものだが、アインズがまさにそれだな。」

 

「……何とでも言え!

 だが、結果的にモモンガのしたことはオレを救ったんだ。こちらの世界で顕現したアルベドは、まさにフレーバーテキストに書かれた通り、オレに無償の溢れんばかりの愛を捧げてくれた。あいつは恐ろしく前向き(ポジティブ)に、モモンガ様がモモンガ様を愛する運命(さだめ)(わたくし)に与えてくださった、とオレに感謝を捧げさえしたんだ。まぁ同時にオレは、自分を愛せと命じた(もの)なんだから云々、とアルベドに束縛される羽目にもなったんだが。」

 

 くくく、とジャムが笑いを()み殺す。

 

「笑ってくれて結構だが、ここが重要な点なんだ。」

 

と、真摯な口調のアインズ。

 

「オレのユグドラシル最後の記憶が、まさにそれなんだ。オレは長くそれを自身の罪だと思い込んで悶々としていたんだが、アルベドの愛を受け入れてみれば、要するにそれは、<現実(リアル)>ではまったくの孤独でユグドラシルのサービス終了に絶望していたモモンガが、まさに叶うはずもないアルベドの寄り添いを欲していたからなのであって、それが記録された日誌(ログブック)から顕現したオレは、真のところはアルベドの愛を必要としていたのに、なかなかそれを自分では認められなかったのさ。

 一旦そこに気づいてしまえば(あと)はされるがままだ。かくしてオレたちは、こちらの世界では最強の存在となる竜王(ドラゴンロード)からも羨まれるほどの仲睦まじいオシドリ夫婦になった、尻に敷かれてるけどな。オレはそれで満足だ。」

 

 ピクリ、とジャムの眉が動く。

 

「心当たりがあるようだな。おまえは本当に頭がキレる、気の毒なほどに、だ。」

 

 じっ、とアインズはジャムを真っすぐにみつめる。

 

「おまえは自身の秘めたる思いをギルドの仲間に打ち明けられなかった、と言ったな。おまえがそう記憶しているのなら、それは多分事実なんだろう。だが、今のおまえがこうして共にあるプレイヤーへの愛を強く自覚しているということは、おそらくおまえは、ユグドラシル最終日にその思いを告白(カミングアウト)したはずだ。違うか?」

 

「アインズも恐ろしく頭がキレる。ユグドラシル非公式ラスボス、なんて二つ名はアインズには返って失礼だな。おまえの知性はユグドラシルなんかに(とど)まるものじゃない。」

 

「まさにそこだ!」

 

 やおら、アインズは骨の指先で、()っとジャムを指差した。

 

「今、オレがこうであるのは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの至高の四十一人が日誌(ログブック)に刻み込んだ、碌でもないがそれでも恐ろしく重厚な記憶に支えられていればこそだ。オレが、おまえ自身が晒すことを躊躇った性癖をこうやって受け入れることができるのも、偏に、至高の四十一人がおまえに勝るとも劣らぬ癖のある連中で、それをすべてオレが一身に受け継いでいるからだ。

 だからオレは、モモンガの名を捨てて……アインズ・ウール・ゴウンと名乗るようになった。」

 

「なるほど、そうつながるわけか。」

 

「ある意味、オレとおまえには境遇に似たところがある。

 が、決定的な違いもあって、アルベドはNPCで、彼女自身のフレーバーテキストにのみ束縛されるから、オレがそこに、モモンガを愛している、と書き込んだからにはそれは最早不変不動の愛だ。そんな不正(チート)ありか、と問われれば返す言葉もないが、モモンガとてあの悪戯(いたずら)をやらかした時点では、よもやアルベド諸共異世界に飛ばされて尻に敷かれることになろうとは思いもしなかっただろうさ。

 一方で、おまえの愛するマルタン、とやらはプレイヤーだ。今の彼を形作っているのはおまえ同様に、ユグドラシル時代におまえたちのギルドの日誌(ログブック)に刻まれた記憶だ。そして、おまえが自身の秘めたる思いをユグドラシル終了の瞬間まで一切打ち明けることが出来なかったのだとすれば、マルタンにおまえの愛を受け入れる余地があるかについては大いに疑問がある。」

 

「……あぁ、それはアインズの言う通りだな。」

 

「そして……ここが一番おまえにとってはキツいところになるとは思うんだが。」

 

 アインズは言い淀む様子を見せた。

 

「……覚悟はできている。続けてくれ。」

 

 ジャムもまた、一瞬呻吟した(のち)にそう応じる。

 

「オレは、タブラさんの無暗矢鱈と長い蘊蓄を、当時のモモンガがそこに立ち会っていたかいないかに関わらず、玉座の間と円卓の間で語られたものについては、思い出そうと思えば一言一句(いちごんいっく)過たず思い出せるんだ。同様に、オレはタブラさんが、オレが居ないところではオレのことを随分と小馬鹿にしていたことにも気づいた。まぁ、これは実際にオレ自身が無学でタブラさんは突き抜けて博覧強記だったから、別に気にしちゃいないんだがな。」

 

 ジャムは沈黙したまま身動(みじろ)ぎもしない。

 

「おまえのことだ。オレの話の含意には気づいただろ?」

 

 そのままジャムは、沈黙したまま身動(みじろ)ぎもしない。

 

「オレは今、おまえにとてつもなく残酷なことを突き付けた。それはわかっている。

 だが、おまえが、愛する(もの)のためにと、世界を丸ごと変えてしまおう、とまで思い詰めていることを知ったからには、おまえに、おまえ自身の依って立つ記憶と向き合うことを求めざるをえん。」

 

 沈黙したまま身動(みじろ)ぎ一つもしないジャムの閉じられた目から。

 ……一筋の涙が(こぼ)れる!

 

「すまん、ジャム。オレはおまえに最悪のことを勧めてしまったようだな。」

 

 すっ、とジャムの片手がアインズに向けて差し出された。

 

「いや、アインズ。

 おまえには感謝を捧げるべきだろう。真実からは……逃れることは出来ないのだから。」

 

 と、そのとき。

 アインズが「ん?」と口にしつつ、骨の手の平を骸骨頭の横に添えた。

 

「あ、すまん、<伝言(メッセージ)>だ。ちょっと失礼するぞ。

 ……あー、オレだ。何かあったか?……ふむふむ……はぁ?(なんー)……じゃそりゃ!」

 

 ジャムは直感的に、よい報せではなさそうだ、と悟る。

 

「……ひとまずはわかった。追って指示するまで待機だ……そうだ、決して余計なことはしてくれるな、わかってるな?わかってくれてるよなーーー!」

 

「何かあったのか?」

 

 そう問うジャムに、アインズは溜息交じりに告げる。

 

「どうも現地人たちにも気づかれているらしいぞ。

 城塞都市オークネイスで政変(クーデター)、だそうだ。」

 

 

                    *

 

 

 市庁舎前の広場に縄を打って座らされた市長以下、市政の有力者たちは、一見して何故自分がこんな目に遭っているのかわからない様子だった。

 対して、既に趨勢が決した、と判じた野次馬たちには容赦がない。

 

「「吊るせーーー!」」

「「首を刎ねろーーー!」」

「「いや、火炙りだーーー!」」

 

 必ずしもこの政変(クーデター)に至った事情を理解しているわけでもあるまいに、権力者が押し寄せた軍団に縄目を打たれた、ただその一事を以て、群衆は処刑を声高に煽った。

 

「待て待て!」

 

 思わずキーノは、石畳に力なく佇む市長たちの前に立って群衆を制しようと声を張り上げるが、誰一人聞く耳がない。

 その光景は、遥か昔、まだ幼かったキーノを国堕(くにお)としと呼んで(おそ)(おのの)いた人々が、あろうことか年恰好の似た子女を次々と火炙りにして彼女に深い心の傷を残したそれを想起させた。

 

 ()っ、とキーノの立てた人差し指が斜め上方(じょうほう)へ突き向けられたのを見て、あっ、と声をあげたクレマンティーヌは咄嗟に耳を塞ぎ、双子忍者クゥイア、クゥイナは互い違いに相方の耳を塞いだ。

 

「<龍雷(ドラゴンライトニング)>!」

 

 どじゃーーーんッ!

 

 この場に(つど)う誰一人として見たことも聞いたこともない強烈な稲妻がキーノの指先から放たれ、群衆の背後にあった鐘楼の先端を捉えた。たちまちに火花をまき散らしながら吊るされた鐘が、ガンゴンガンゴン、と狂ったように鳴り響き、入れ替わりに群衆は水を打ったように静かになった。

 

「私の話を聞け。」

 

 鐘が鳴り()むのを待ってキーノは(みな)に語りかける。

 (いな)、と異議申し立てることができる(もの)などあろうはずもない。

 

「私は真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン。

 おまえたちの(なか)には、私の名を伝承のうちに知る(もの)もあるはずだ。」

 

 そう言いながら、キーノは必死に赤面を(こら)えていた。

 性格的に、彼女は大群衆の前で何かを声高に語るには向いていない。

 

 何て()()ずかしいことを私はやっているんだ!

 だが、始めてしまったからにはもう(あと)には退()けない。

 

 一方で、彼女の最初の名乗りは決して的を外したものでもなかった。極々一部ではあるが、野次馬の中でも教養に恵まれた(もの)、様子見に後から加わった冒険者、憲兵隊(カラビニエリ)の士官、そして縄を打たれている市長までもが、あぁ、この愛らしい少女があの伝説の予言者、キーノ・インベルンなのか、と敬意とも恐怖とも好奇心ともとれる視線を一斉に注ぎ、以て静寂は保たれたがキーノの羞恥心は破裂寸前だ。

 

「ゴホッ!

 知っている(もの)もあるかとは思うが、私には<魅了の魔眼(まがん)>の力がある。魅入られた(もの)は私の意のままだ。」

 

 そう告げたキーノは、続いて打ち据えられたオークネイス市長を指差した。

 

「これから私が市長に尋問する。(みな)からすれば、私は何でも彼に言わせることができるのだからその証言は信用には値しないかも知れない。が、一度私に魅入られたものは、私に対しては決して嘘をつくことが出来ない。」

 

 朗々とそう言われて、オークネイス市長は震え上がった。

 

「今回の騒動が誰に(とが)あってのことかは、私が市長に仔細を問うてから考える、でも遅くはないはずだ。(みな)で彼の証言に耳を澄ませ、(のち)にどうすべきかを銘々判じて欲しい。

 賛同する(もの)は手を打って応じよ!」

 

 しーん、と静まり返った市庁舎前広場。

 

 ぱち。

 ぱちぱち。

 ぱちぱちぱちぱちばりばりばりーーーーー!

 

と大喝采が巻き起こって、キーノは改めて片手を挙げて(みな)を制した。

 

(みな)の理解に感謝する。」

 

 そう答礼したキーノは、不安げな表情のオークネイス市長の顔を覗き込み、その瞳を妖しく赤く輝かせた。

 

「では、市長閣下に尋ねる。」

 

「はい、何なりとお尋ねください。とっても素敵なキーノさん!」

 

 わははっ、と野次馬から失笑が漏れたが、キーノは睨みつけてこれを黙らせた。

 

「何故、市長がこうして縄打たれているか、事情を承知しているか。」

 

「いえ、私にはさっぱりわかりませんです、ハイ。」

 

 ブーブーと糾弾(ブーイング)があがるも、キーノはこれを無視した。

 おまえら自身も必ずしもわかってない癖にいい気なもんだ。

 

「では教えてやろう。オークネイスの市民有志、これに協力して馳せ参じた半人半馬(セントール)は、おまえがオークネイスの身寄りのない子どもたちを触れ得ざる者に売り渡した、と難じている。心当たりはあるか?」

 

 人身売買の禁止は、古くカルサナス都市国家連合の憲章にも謳われた当地における絶対禁忌(タブー)の一つで、大抵の(もの)にとってそれは倫理的な判断の明確な基準になる。

 扇情的になることを避けるべく、また、自身が吸血鬼であることを明言した手前もあって、敢えてキーノはそれが食料に供される、とは言わなかった。

 

孤児(みなしご)たちを触れ得ざる御方のところへ幾度となく送り届けたのは事実ですが、決して金員は受け取ってなどおりませんぞ。あれは、触れ得ざる御方の善意で申し()されたことです。」

 

 ここまでのやり取りは、キーノにとっては概ね予想されていた通りであるに過ぎない。

 ここからが正念場だ。

 

「では問いを改めよう。

 市長は、触れ得ざる者のところへ赴いた子どもたちが、その後、どうなるのかを承知しているか?」

 

「……触れ得ざる御方の、ぎるど、と称される拠点において、種々の下働きを務め、食も十分に与えられるもの、と聞き及んでおりました。」

 

「これまでに送り出された子どもの人数は如何程だ?」

 

「私の任期においては……」

 

「延べ人数で。」

 

「ここ十五年で……二千人は下らぬものか、と。」

 

 おぉ、と群衆からどよめきが起こる。

 彼らとて路上児童(ストリートチルドレン)をめっきり見なくなったことに気づかなかったはずはなかろうに、改めて数を示されれば反応はこうだ。

 

「二千人の子どもが、ぎるど、で今も働いているのか?」

 

「いえ、それは……」

 

「どうした?私の魅力が足りないか?」

 

 今一度キーノは、更に強く妖しい輝きを増した瞳で市長を睨みつけた。

 

「あぁ、素敵なキーノさん。もちろんそんなわけはありませんですよ。今も勤めておるのは五百人弱ではないでしょうか?」

 

「……では千五百人はどこへ行った?」

 

「それは、触れ得ざる御方にお尋ねせねば何とも。」

 

「おまえはどう思っていたんだ?」

 

「何を、で御座いましょう?」

 

「消えた千五百人の子どもの行方だ。」

 

「まぁ……生きてはおりませんでしょうが、そもそもは孤児(みなしご)で御座いますから、オークネイスのさらなる繁栄のための礎となったと思えばさしたる問題では。」

 

「既にオークネイスにはほとんど孤児の姿を見ないが、さらに触れ得ざる者から子どもを寄越せ、と求められたらどうするつもりだったんだ?」

 

「それは……たとえば月収が一定水準に達しない準市民に子を持つことを禁じる法を定め、今ある子を取り上げる、などと、幾らでもやりようは御座いますな。」

 

 ブーブーブー、と糾弾(ブーイング)が強まる。

 

「それを、おまえ自身の子が贄になるまで続けるのか?」

 

「まさか。子が足りなくなれば、未開野蛮の馬っ子でも(さら)ってくるなど、打つ手はいくらでも御座いましょう。」

 

 ガコガコガコ、と不愉快そうに蹄を掻き鳴らす音!

 

「ありがとう、証言はこれで十分だろう。」

 

「「吊るせーーー!」」

「「首を刎ねろーーー!」」

「「いや、火炙りだーーー!」」

 

 再び群衆から断罪を求める声が上がるも、

 

「静まれ!」

 

 キーノの一喝に、今度は(みな)が素直に押し黙った。

 

「この男の市長の職を()くのはおまえたちの好きにすればいい。

 だが、罪を(あげつら)って命奪うのはこの私が許さん。

 理由は簡単だ。こいつは確かに心根清らかではなく図らずも(よこしま)な企みを語ってはみせたが、それは着手されていないし、孤児の送り出しも前任者の方針を引き継いだものに過ぎん。」

 

「それこそが罪だ!」

 

と、何処かから野次が飛ぶ。

 敢えてキーノは、野次を飛ばした(もの)ではなく、(つど)う衆を見回しながらこう応じた。

 

「それはそれで一理ある。それを理由にこの男の首を()ねたいのであればそうするがいい。

 だが、私の目から見れば、いつの間にやら路上児童(ストリートチルドレン)が姿を消したにもかかわらず、この騒ぎに至るまで無関心だったおまえたちも同罪だ。その責を市長のみに負わせようとするおまえたちに、私はいささか(いら)ついている。」

 

 凄みを増した声で一喝するキーノ。

 

「おまえたちも!

 ……裁きの(いかづち)を甘んじて受ける、ということでよいのだな?」

 

 呼応して、私たちがその実働部隊だ、おまえらを殺すのに何の遠慮もなく、むしろ殺したくてうずうずしているぞ、と言わんばかりの狂喜の表情を浮かべたクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナがキーノの前に、すっ、と抜刀して姿を現したので、その迫力に大勢(たいせい)は決した。

 

「……では、以降のことは反主流派の諸氏に委ねたい。

 危険を顧みず、不義を糺すべく立ち上がった彼らと、カルサナスの民の連帯を願って馳せ参じた半人半馬(セントール)たちに惜しみない称賛を!」

 

 そう言いながらキーノが片手を高々と振り上げると、それを合図に広場に拍手喝采が巻き起こり、反主流派の領袖、半人半馬(セントール)の族長がこれに答礼すると共に、既に身を翻して軍勢の中へ紛れんと歩み出したキーノの背に、深々と立礼を捧げた。

 俯き加減に立ち去るキーノの顔が、羞恥心が振り切って吸血鬼(ヴァンパイア)のくせに真っ赤になっていたことに気づく(もの)は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 やがて野次馬たちが満ちた潮が引くように次第に姿を消していって、城塞都市オークネイスは平穏を取り戻した。

 市長は自ら引責辞任を申し出てこれが()れられ、今回の政変(クーデター)を率いた反主流派の領袖が、主流派の顔触れも麾下に招き入れつつ、当面の暫定市長を引き受けて事態の収拾を図ることが合意された。

 

 キーノは、触れ得ざる者、ジャムに対しては自分が路上児童(ストリートチルドレン)の帰還の交渉に赴く、と申し出たが、これには半人半馬(セントール)の族長が異議を唱えた。

 

「我らを、天恵に頼る(もの)と考えて欲しくはないものだ。」

 

 そもそも路上児童(ストリートチルドレン)豚鬼(オーク)、人間の子どもたちであり、半人半馬(セントール)がその奪還に執着する理由はないようにキーノには思えたものだが、よくよく聞けば、少なくとも族長自身は今回の出陣を、大昔、空飛ぶ船、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)水晶の夜(クリスタルナイツ)の空中戦艦に一族が草原を追われた際、これを市外に庇護したオークネイスに対する義理を果たすもの、と観念していたものらしい。

 同様に、今回の騒動に静観を保った冒険者の一部からも、路上児童(ストリートチルドレン)の消失には気づいていたのに、そこにまったく問題意識を(いだ)かずに今日(こんにち)を迎えてしまったことへの穴埋めをしたい、との申し入れがあった。言うまでもなく、キーノの演説に感化されたものだ。

 

「おまえたちの気持ちはわかるし、むしろそれは正しい。」

 

 キーノは一旦(みな)の訴えるところを認めた上でこう続けた。

 

「だが、厳然たる事実としては、触れ得ざる者は決して衆を頼ってどうにかなるような生易しい相手でもないんだ。軍勢を以て彼らの拠点を囲めば全面的な反撃を引き起こし、場合によってはオークネイスどころかカルサナスの民が根絶やしにされる恐れすらある。」

 

 このキーノの言に反論するものはなかったが、それでも彼らは、子どもたちの奪還をキーノに丸投げすることだけは受け入れがたい(てい)を示した。

 

「では、こういうことでいかがでしょうか?」

 

と、折衷案を示したのは、代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)のコンコンチキだ。

 結果的に彼は、今回の騒動の決着をつけた英雄になったが、その余りに後先考えない投機的な行動については市の主流派、反主流派から少なからぬ苦言が呈され、言われた本人もそれについては反省している様子だった。

 

「触れ得ざる御方、に戦いを挑むのではなく、孤児(みなしご)たちの返還を求める交渉団を派遣する、というのでは。もちろんその筆頭はキーノ・インベルン様にお願いするほかないとは存じますが、各勢力の代表も一団に加わる、ということで。」

 

 この提案は、そもそもこういった交渉に長けたコンコンチキの物腰の柔らかさも手伝って、すんなりと(みな)に受け入れられた。

 かくして、交渉団の顔触れとしてはキーノたち<黒の百合(ゆり)>の四人に加え、半人半馬(セントール)の族長、冒険者を代表して牛頭人(ミノタウロス)の戦士、オークネイスからはこれを提案したコンコンチキの七名に決まった。

 (いな)。正しくは七名と一頭、というべきで、コンコンチキの騎獣、飛竜(ワイバーン)もこれに加わる。これは触れ得ざる者の拠点への肉迫(にくはく)に際して上空から哨戒ができること、事態急変に際し素早くオークネイスに報せに飛ぶことができること、が意識されてのものだ。

 

「いよいよヤバいときには私の転移魔法で緊急脱出となるが、行き先は大地溝帯の遥か西、こちらへ戻って来るには数ヶ月を要する長旅になるが、覚悟はいいんだな?」

 

 最後にキーノがそう問うと、族長、牛頭人(ミノタウロス)の戦士、コンコンチキは揃って、

 

「「「望むところ!」」」

 

と応じ、かくして七名と一頭は、混乱冷めやらぬオークネイスの後事を暫定新市長の手腕に託し、触れ得ざる者の拠点目指して出立することとなったのである。

 

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