「悟りを
……煩悩まみれじゃねーか。」
と、限りなく
「ほっとけ!」
と、ジャムに怒鳴りつけられて、固まって沈黙。
そのまま何の反応もないので、勢い余って
「……ど、どうかしたか?」
と、問うも。
「いや。」
と、アインズ。
「この
「……何の話をしている?」
「聞きたいのはこっちだ!」
しばしそのまま向かい合う二人。
何がおかしかったのか、先に気づいたのはアインズの方だった。
「あ、そうか!おまえはフランス語で話してるんだったな!
すまん、今のはオレが悪かった、忘れてくれ!」
駄洒落が成立していたのは自分の頼りない脳内だけだ、と気づいたアインズは、はらはらと骨の手を振って釈明するも、ジャムは訝し気な構えを
「ギルドの仲間にすら打ち明けられなかったことだ。引かれるのは……わかっている。」
ややあってそう言いながらジャムは項垂れる様子を見せたが、これにはアインズが
「いや、待て待て!おまえは何か勘違いをしているぞ!」
「……?」
「ユグドラシルなんぞにハマってたくらいだから、おまえも日本がどんなだかはある程度は知ってるだろ?」
「……まぁ、通り一遍には。」
「日本でオタクをやるのに
アインズ・ウール・ゴウン……あぁ、これはギルドのことを言ってるんだが、我ながらややこしいなぁ……アインズ・ウール・ゴウンも大概おかしな連中ばかりだったし、今もナザリック地下大墳墓には
途中から自分でも、いったいオレは何を喋っているんだ、と思わないでもないアインズだったが、対してジャムは、何やらこの発言に感銘を受けている様子。
「お、おまえ……」
「な……何だ?」
「……見くびっていたことを詫びねばならんようだ。
アインズ、おまえはいいヤツなんだな。」
ピン、とアインズの背筋が伸びる。
「
ぷっ。
このアインズの返しに、ジャムは相変わらず平板な表情のままに、それでも確かに吹き出して笑った。
「あぁ、すまん。これも考えようによっちゃぁ失礼な物言いだったな。」
と、アインズが生真面目に詫びる様子に、ジャムも軽く手を挙げて「気にしないでくれ」と応じ場が和む。
が。
「であればこそ、オレはおまえに、これまで自分からは他のプレイヤーに語ることを避けていた話をせねばならん。」
と、アインズはおもむろに居を正して真摯な口調で言った。
「……まずは聞こう。」
と、ジャムも素直に耳を傾ける。
「ジャムは既に、オレたちのこちらの世界に渡って来て以降の記憶が、極限られた期間しか
「アインズはそれを知っている、と?」
「厳密に言えば知ってるわけじゃない。これまでに発見したり実験したりした結果、ほぼ間違いなくそうだろう、とオレが考えていることに過ぎん。
オレは、自ら同じ答えに辿り着けないプレイヤーにこれを語ることは、返って聞かされる
このアインズの物言いに、得心したものかジャムは黙ったまま頷いて続きを促した。
「多分ジャムは、ユグドラシルのジャム、より正しく言うならば<
「……違うのか?」
「結論から言えば、今のオレたちは<
ユグドラシルの隠し機能として、ギルドでの会話や出来事、その他諸々の設定が
おまえのところにも多分いくらか拠点防衛NPCがいて、こちらに来て以来勝手気儘に喋り出したと思うが、あれはNPCの
これがこちらの世界に来て以降のオレたちの記憶が続かない理由でもある。今のオレたちの記憶能力はユグドラシルのキャラクタの
「どうしてそんなことを言い切れるんだ?」
もっともな疑問だ、とアインズは思う。
「簡単な実験で、おまえ自身でも試すことが出来る。
ちょっとショックだと思うが……覚悟はあるか?」
ジャムは、少し考え込む様子を見せたが黙って頷いた。
「そうだな……まず、おまえ。<
「アンヌだが。」
「……あぁ、そうか。おまえら西洋人は普通に友人との会話の中で親の名を出すから憶えてるんだな。」
「まさか……」
「そのまさかさ。オレは、<
「すまない、アインズ。
私への説明の便宜とはいえ、
ジャムは、本当に申し訳なさそうにそう詫びた。
特に気にするでもないアインズは、何か思いついたようで、ポン、と骨の手の平を打つ。
「こうしよう!おまえ、初恋の人の名を思い出せるか?」
「何だ?藪から棒に。」
「いいから言ってみろ。オレに告げるのが嫌なら思い出してみるだけでいい。どうだ?」
ジャムはしばし呻吟したのち、やおら驚きの声を上げた。
「……嘘だろ、オイ!」
「これで身を以て知ったろう。
おまえのことだ。きっと初恋の相手も少年で、ギルドの仲間にその名を告げたことはあるまい。その結果がこれだ。オレも初めてこれに気づいたときには随分とショックを受けた……はずだが、おまえなら、オレがこれを他のプレイヤーに語ることを避けていた理由も自ずと思い至るだろう?」
しばしジャムは無言のまま肩を落としていたが、ややあって。
「……すまない、もう落ち着いた。大丈夫だ。」
と、姿勢を正した。アインズが種族特性に従って感情の揺れが抑制されるように、ジャムもまた、
それが常に
「ここからが本題だ。」
と、改めてアインズは言う。
「
やはりジャムは黙って頷く。
「タブラさんには三人の娘があって……あぁ、つまりあいつが創ったNPCということになるが、その次女が
「……はっ?」
初めてジャムの口が、アインズがしばしばそうなるように、パカリ、と
「卓越した性の技で男の精気を吸い取り骨抜きにする
おまえ……正気なのか?」
それ……おまえが言う?
「あー、馬鹿げているのはわかっている!
まぁ、オレは
相変わらずジャムは、ポカン、と口を
何故、唐突にこんな話をし出したのかわからないからだろう、とアインズは思う。
だが、これはジャムにとっては避けて通れぬ道だろう、という確信がアインズにはあった。
「実はな。オレは……厳密に言えばオレの前身となるモモンガは、と言うべきだが、モモンガはユグドラシルのサービス終了直前に、ギルド長権限で彼女、アルベドのフレーバーテキストを改竄したんだ。」
「その
……いい響きの名前だな。」
「ふふ、気を遣ってくれなくてもいいぞ。
いいか、ここが話の肝だからよく聞いてくれ。モモンガは、アルベドのフレーバーテキストの末尾、ビッチである、と書かれた部分を、モモンガを愛している、と書き換えたんだよ。」
「おまえ……異世界転移を事前に知っていたのか?」
「んなわけあるかい!
いや、自分でも何でそんな馬鹿なことを、と今でも思う。実際、こちらに来てから百年くらいの間、オレはずっとアルベドに対して申し訳ないことをした、という思いを
「日本人は未来を生きている、とはよく聞いたものだが、アインズがまさにそれだな。」
「……何とでも言え!
だが、結果的にモモンガのしたことはオレを救ったんだ。こちらの世界で顕現したアルベドは、まさにフレーバーテキストに書かれた通り、オレに無償の溢れんばかりの愛を捧げてくれた。あいつは恐ろしく
くくく、とジャムが笑いを
「笑ってくれて結構だが、ここが重要な点なんだ。」
と、真摯な口調のアインズ。
「オレのユグドラシル最後の記憶が、まさにそれなんだ。オレは長くそれを自身の罪だと思い込んで悶々としていたんだが、アルベドの愛を受け入れてみれば、要するにそれは、<
一旦そこに気づいてしまえば
ピクリ、とジャムの眉が動く。
「心当たりがあるようだな。おまえは本当に頭がキレる、気の毒なほどに、だ。」
じっ、とアインズはジャムを真っすぐにみつめる。
「おまえは自身の秘めたる思いをギルドの仲間に打ち明けられなかった、と言ったな。おまえがそう記憶しているのなら、それは多分事実なんだろう。だが、今のおまえがこうして共にあるプレイヤーへの愛を強く自覚しているということは、おそらくおまえは、ユグドラシル最終日にその思いを
「アインズも恐ろしく頭がキレる。ユグドラシル非公式ラスボス、なんて二つ名はアインズには返って失礼だな。おまえの知性はユグドラシルなんかに
「まさにそこだ!」
やおら、アインズは骨の指先で、
「今、オレがこうであるのは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの至高の四十一人が
だからオレは、モモンガの名を捨てて……アインズ・ウール・ゴウンと名乗るようになった。」
「なるほど、そうつながるわけか。」
「ある意味、オレとおまえには境遇に似たところがある。
が、決定的な違いもあって、アルベドはNPCで、彼女自身のフレーバーテキストにのみ束縛されるから、オレがそこに、モモンガを愛している、と書き込んだからにはそれは最早不変不動の愛だ。そんな
一方で、おまえの愛するマルタン、とやらはプレイヤーだ。今の彼を形作っているのはおまえ同様に、ユグドラシル時代におまえたちのギルドの
「……あぁ、それはアインズの言う通りだな。」
「そして……ここが一番おまえにとってはキツいところになるとは思うんだが。」
アインズは言い淀む様子を見せた。
「……覚悟はできている。続けてくれ。」
ジャムもまた、一瞬呻吟した
「オレは、タブラさんの無暗矢鱈と長い蘊蓄を、当時のモモンガがそこに立ち会っていたかいないかに関わらず、玉座の間と円卓の間で語られたものについては、思い出そうと思えば
ジャムは沈黙したまま
「おまえのことだ。オレの話の含意には気づいただろ?」
そのままジャムは、沈黙したまま
「オレは今、おまえにとてつもなく残酷なことを突き付けた。それはわかっている。
だが、おまえが、愛する
沈黙したまま
……一筋の涙が
「すまん、ジャム。オレはおまえに最悪のことを勧めてしまったようだな。」
すっ、とジャムの片手がアインズに向けて差し出された。
「いや、アインズ。
おまえには感謝を捧げるべきだろう。真実からは……逃れることは出来ないのだから。」
と、そのとき。
アインズが「ん?」と口にしつつ、骨の手の平を骸骨頭の横に添えた。
「あ、すまん、<
……あー、オレだ。何かあったか?……ふむふむ……はぁ?
ジャムは直感的に、よい報せではなさそうだ、と悟る。
「……ひとまずはわかった。追って指示するまで待機だ……そうだ、決して余計なことはしてくれるな、わかってるな?わかってくれてるよなーーー!」
「何かあったのか?」
そう問うジャムに、アインズは溜息交じりに告げる。
「どうも現地人たちにも気づかれているらしいぞ。
城塞都市オークネイスで
*
市庁舎前の広場に縄を打って座らされた市長以下、市政の有力者たちは、一見して何故自分がこんな目に遭っているのかわからない様子だった。
対して、既に趨勢が決した、と判じた野次馬たちには容赦がない。
「「吊るせーーー!」」
「「首を刎ねろーーー!」」
「「いや、火炙りだーーー!」」
必ずしもこの
「待て待て!」
思わずキーノは、石畳に力なく佇む市長たちの前に立って群衆を制しようと声を張り上げるが、誰一人聞く耳がない。
その光景は、遥か昔、まだ幼かったキーノを
「<
どじゃーーーんッ!
この場に
「私の話を聞け。」
鐘が鳴り
「私は
おまえたちの
そう言いながら、キーノは必死に赤面を
性格的に、彼女は大群衆の前で何かを声高に語るには向いていない。
何て
だが、始めてしまったからにはもう
一方で、彼女の最初の名乗りは決して的を外したものでもなかった。極々一部ではあるが、野次馬の中でも教養に恵まれた
「ゴホッ!
知っている
そう告げたキーノは、続いて打ち据えられたオークネイス市長を指差した。
「これから私が市長に尋問する。
朗々とそう言われて、オークネイス市長は震え上がった。
「今回の騒動が誰に
賛同する
しーん、と静まり返った市庁舎前広場。
ぱち。
ぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱちばりばりばりーーーーー!
と大喝采が巻き起こって、キーノは改めて片手を挙げて
「
そう答礼したキーノは、不安げな表情のオークネイス市長の顔を覗き込み、その瞳を妖しく赤く輝かせた。
「では、市長閣下に尋ねる。」
「はい、何なりとお尋ねください。とっても素敵なキーノさん!」
わははっ、と野次馬から失笑が漏れたが、キーノは睨みつけてこれを黙らせた。
「何故、市長がこうして縄打たれているか、事情を承知しているか。」
「いえ、私にはさっぱりわかりませんです、ハイ。」
ブーブーと
おまえら自身も必ずしもわかってない癖にいい気なもんだ。
「では教えてやろう。オークネイスの市民有志、これに協力して馳せ参じた
人身売買の禁止は、古くカルサナス都市国家連合の憲章にも謳われた当地における
扇情的になることを避けるべく、また、自身が吸血鬼であることを明言した手前もあって、敢えてキーノはそれが食料に供される、とは言わなかった。
「
ここまでのやり取りは、キーノにとっては概ね予想されていた通りであるに過ぎない。
ここからが正念場だ。
「では問いを改めよう。
市長は、触れ得ざる者のところへ赴いた子どもたちが、その後、どうなるのかを承知しているか?」
「……触れ得ざる御方の、ぎるど、と称される拠点において、種々の下働きを務め、食も十分に与えられるもの、と聞き及んでおりました。」
「これまでに送り出された子どもの人数は如何程だ?」
「私の任期においては……」
「延べ人数で。」
「ここ十五年で……二千人は下らぬものか、と。」
おぉ、と群衆からどよめきが起こる。
彼らとて
「二千人の子どもが、ぎるど、で今も働いているのか?」
「いえ、それは……」
「どうした?私の魅力が足りないか?」
今一度キーノは、更に強く妖しい輝きを増した瞳で市長を睨みつけた。
「あぁ、素敵なキーノさん。もちろんそんなわけはありませんですよ。今も勤めておるのは五百人弱ではないでしょうか?」
「……では千五百人はどこへ行った?」
「それは、触れ得ざる御方にお尋ねせねば何とも。」
「おまえはどう思っていたんだ?」
「何を、で御座いましょう?」
「消えた千五百人の子どもの行方だ。」
「まぁ……生きてはおりませんでしょうが、そもそもは
「既にオークネイスにはほとんど孤児の姿を見ないが、さらに触れ得ざる者から子どもを寄越せ、と求められたらどうするつもりだったんだ?」
「それは……たとえば月収が一定水準に達しない準市民に子を持つことを禁じる法を定め、今ある子を取り上げる、などと、幾らでもやりようは御座いますな。」
ブーブーブー、と
「それを、おまえ自身の子が贄になるまで続けるのか?」
「まさか。子が足りなくなれば、未開野蛮の馬っ子でも
ガコガコガコ、と不愉快そうに蹄を掻き鳴らす音!
「ありがとう、証言はこれで十分だろう。」
「「吊るせーーー!」」
「「首を刎ねろーーー!」」
「「いや、火炙りだーーー!」」
再び群衆から断罪を求める声が上がるも、
「静まれ!」
キーノの一喝に、今度は
「この男の市長の職を
だが、罪を
理由は簡単だ。こいつは確かに心根清らかではなく図らずも
「それこそが罪だ!」
と、何処かから野次が飛ぶ。
敢えてキーノは、野次を飛ばした
「それはそれで一理ある。それを理由にこの男の首を
だが、私の目から見れば、いつの間にやら
凄みを増した声で一喝するキーノ。
「おまえたちも!
……裁きの
呼応して、私たちがその実働部隊だ、おまえらを殺すのに何の遠慮もなく、むしろ殺したくてうずうずしているぞ、と言わんばかりの狂喜の表情を浮かべたクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナがキーノの前に、すっ、と抜刀して姿を現したので、その迫力に
「……では、以降のことは反主流派の諸氏に委ねたい。
危険を顧みず、不義を糺すべく立ち上がった彼らと、カルサナスの民の連帯を願って馳せ参じた
そう言いながらキーノが片手を高々と振り上げると、それを合図に広場に拍手喝采が巻き起こり、反主流派の領袖、
俯き加減に立ち去るキーノの顔が、羞恥心が振り切って
やがて野次馬たちが満ちた潮が引くように次第に姿を消していって、城塞都市オークネイスは平穏を取り戻した。
市長は自ら引責辞任を申し出てこれが
キーノは、触れ得ざる者、ジャムに対しては自分が
「我らを、天恵に頼る
そもそも
同様に、今回の騒動に静観を保った冒険者の一部からも、
「おまえたちの気持ちはわかるし、むしろそれは正しい。」
キーノは一旦
「だが、厳然たる事実としては、触れ得ざる者は決して衆を頼ってどうにかなるような生易しい相手でもないんだ。軍勢を以て彼らの拠点を囲めば全面的な反撃を引き起こし、場合によってはオークネイスどころかカルサナスの民が根絶やしにされる恐れすらある。」
このキーノの言に反論するものはなかったが、それでも彼らは、子どもたちの奪還をキーノに丸投げすることだけは受け入れがたい
「では、こういうことでいかがでしょうか?」
と、折衷案を示したのは、
結果的に彼は、今回の騒動の決着をつけた英雄になったが、その余りに後先考えない投機的な行動については市の主流派、反主流派から少なからぬ苦言が呈され、言われた本人もそれについては反省している様子だった。
「触れ得ざる御方、に戦いを挑むのではなく、
この提案は、そもそもこういった交渉に長けたコンコンチキの物腰の柔らかさも手伝って、すんなりと
かくして、交渉団の顔触れとしてはキーノたち<黒の
「いよいよヤバいときには私の転移魔法で緊急脱出となるが、行き先は大地溝帯の遥か西、こちらへ戻って来るには数ヶ月を要する長旅になるが、覚悟はいいんだな?」
最後にキーノがそう問うと、族長、
「「「望むところ!」」」
と応じ、かくして七名と一頭は、混乱冷めやらぬオークネイスの後事を暫定新市長の手腕に託し、触れ得ざる者の拠点目指して出立することとなったのである。