億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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城塞都市オークネイスから連れ去られた路上児童(ストリートチルドレン)の返還を求めて触れ得ざる者のもとへ赴くキーノ・インベルンたちの運命や如何に!


9.仏の顔も三度まで

 それは奇しくも、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの呼び出しに応じた来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムの道のりを途中まで辿るものになった。

 

 目指すギルド、(コクーン)の拠点所在地を正しく承知している(もの)は城塞都市オークネイスには誰一人としておらず、唯一わかっているのは、鉄道(しゅまんどふぁ)に沿って東へ進めばきっと突き当たるに違いない、というものだったからだ。

 なので、奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いるところの孤児帰還()()()は、まず第二都市(セコンダチッタ)へ向かう街道を北上し、最初の宿場町(しゅくばまち)で少しの休息を取った。ただいまの一団には、半人半馬(セントール)牛頭人(ミノタウロス)豚鬼(オーク)飛竜(ワイバーン)が加わっており、常の吸血鬼(ヴァンパイア)主従、ユグドラシル忍者自動人形(オートマトン)からなる<黒の百合(ゆり)>のような強行軍は叶わない。

 それでも彼らは、オークネイス出立(しゅったつ)から一日半の(のち)には、道なき道を乗り越えて東西に続く鉄路へと行き当たった。ジャムはこれを西へ、彼のギルドの維持資金の(みなもと)となる鉱山目指して沿ったものだが、キーノたちは東へ、彼のギルド拠点を目指して進むことになった。

 

 彼らの進発に先立ち、オークネイス市役所の端末(ターミナル)から電信(テレグラフ)を通して、鉱山および途中の給水施設へ向けて、<鉄の大蛇>が到着し次第そこで運行を差し止める旨の下知がなされている。

 これは、万が一の衝突に際してアレが出現しては混乱がなお増すことを憚ってのことではあるが、キーノとしては、必ずしも望むところではないものの、これがジャムにとってのギルドの生命線であることは当然承知しているので、最悪の場合の交渉材料になるかも知れない、との思いもあってのことだ。

 

 ぴゅぃーーー。

 

 丸一日東進した頃、上空から鳥の鳴き声を擬した指笛が聴こえてキーノたちは一旦足を()めた。

 飛竜(ワイバーン)を駆って上空から遥か前方を哨戒していた、豚鬼(オーク)のコンコンチキが合図したものだ。

 

「今少し距離がありますが、この先で鉄路が途切れておりますわな。」

 

 舞い降りた乗騎から颯爽と飛び降りたコンコンチキが開口一番に告げる。

 はっきりとはわからないものの、鉄路が途切れている辺りの北側に開口部のある岩山があって、それが目指す触れ得ざる御方の居処(いどころ)ではないか、と彼は言う。

 

「ここで一旦一休みしてから接近しよう。」

 

 既に夕暮れ時であることもあり、キーノがそう提案し受け入れられた。

 半人半馬(セントール)の族長は、肩に掛けていた革鞄からやたらと密度が高そうな干し草の塊を取り出し、長い時間それを()み続けた。彼ら独特の携行食であるらしい。

 牛頭人(ミノタウロス)の戦士は、やはり腰帯を兼ねた小袋(ポーチ)から、干し肉のようなものを取り出して齧り出した。クゥイアとクゥイナが興味深そうにその様子を覗き込むので、堪り兼ねた戦士は一切れずつお裾分けをする。双子忍者はこれを一口で頬張って、クゥイアだけが「Délicieuse(デリシューズ)!」と快哉するも、キーノとしては味がわからんどころか食事も必要じゃないのに他人(ひと)(たか)るなよ、と呆れ顔だ。

 コンコンチキは、飛竜(ワイバーン)の鞍にごちゃごちゃとぶら下がっていた荷物を(ほど)き、自身と乗騎の食事を済ますだけでなく、いつの間にか湯までわかして(みな)に淹れたての茶を配って歩いた。人数分の湯呑(ゆのみ)がちゃんと揃っているのが流石、信頼と歴史の代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)である。 

 

「反応がないのは妙だな。」

 

 眠りを必要とする(もの)たちが仮眠を取っている間、キーノはクレマンティーヌに小声でそう声を掛けた。

 

「ナザリックを基準に考えるとそういうことになるけど……アインズさんのとこがおかしいんじゃね?」

 

と事も無げに応じるクレマンティーヌ。

 彼女の見解はある意味(まと)を射ている。ユグドラシルのおける拠点NPCは拠点外に出ることがないため、防衛戦は拠点内に侵入された時点から始まるのが常だ。拠点外まで監視の目を光らせそれに合わせた即応体制を敷くギルドなどそうそうなく、そのような意味でギルド、アインズ・ウール・ゴウンは例外中の例外、ではあったのだ。

 

「そもそもジャムちゃんは<鉄の大蛇>を豚鬼(オーク)たちに任せてるくらいだからさー、ワタシらが近づいた途端に皆殺し、ってのはないんじゃね?」

 

「それは……クレマンティーヌの言う通りだが。」

 

と、言い淀むキーノ。愛人兼参謀の言はもっともなれど、納得はできても不安は消えようもない。

 

「万が一、よ。」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「万が一、ジャムちゃんがアインズさんの言う三手番殺し(スリーターンキル)で仕掛けてきたとして、狙われんのは一番強いキーノちゃんなわけで、既に手の内を承知してるキーノちゃんが慌てふためきさえしなけりゃ、アインズさんに言われた通り、ワタシがキーノちゃんを担いで可戦域から逃げりゃいいんでしょ?大丈夫よん!」

 

 ジャムの誇る切り札について、キーノとクレマンティーヌは、先のセバスを伴っての遠隔(リモート)会見に臨むにあたり、アインズから蘊蓄を聞かされていた。

 

 技能(スキル)<仏の顔も三度まで(Everyone has own breaking point)>は、対象を決めて発動が宣言されると、被対象がそこから数えて三つ目の行動を取った時点で問答無用にその命を奪う。逆に言えば、被術者が心穏やかに何もしなければ……これが存外難しいわけだが……死はやってこない。

 この間に、他の何者かが被術者を術者(じゅつしゃ)の視野外へ運び去ることが叶えば、その時点で術は無効化される。しかも、術者(じゅつしゃ)自身は技能(スキル)発動以降は被術者が死ぬか、目前から消えるまでは何もできなくなるので、物騒ではあるが恐れるほどのものではない、とアインズは(わら)ってみせたのだった。

 

「……他人事(ひとごと)だと思って気楽に言ってくれる。」

 

と、キーノはぼやくが。

 

「んなこたないわよ。アインズさんも、だからこそ裏をかいてワタシが狙われる場合もある、って言ってたじゃなーい。そのときはちゃんと見極めて双子ちゃんにワタシを担がせてよん!」

 

 ぶっちゃけキーノは、それはアインズの趣味的な判断がそう言わせているもので、ジャムが自分たち程度の相手に対してそこまでのことはすまい、と考えている。むしろ、セバスに準じると聞く格闘戦技(かくとうせんぎ)でボコられることの方が心配だ。

 

「荒事にならないことを……祈るしかないよなぁ。」

 

「好んで荒事に首突っ込むキーノちゃんが、よく言うわぁ!」

 

 決戦に向けての覚悟を銘々に固めつつ、二人は互いに顔を見合わせて微笑んだ。

 

 

 

 一夜明けた払暁、一行は東進を再開した。

 二刻ほど線路に沿って歩いた頃だろうか。ふわふわと漂う光があることに誰となく気づく。

 

 鬼火(ウィスプ)

 

 オークネイスから孤児たちを連れ出すに際しても、道案内するかのように多数の鬼火(ウィスプ)が飛んだ、とは聞いていたが、どうやらこれはナザリックにシャルティアがあるように、(コクーン)のNPCであるらしい。

 それはキーノたち一行に気づいたようではあったが、クレマンティーヌが予測したように襲い掛かって来る、ということはなかった。行軍を再開しても行く手を遮る、といったこともなく、ただふわふわと鉄路にそって行ったり()たりを繰り返すのみだ。

 が、これで相手方にこちらの存在が捕捉されたのは疑いない。キーノは、改めて族長と戦士に、自分が指示するまでは決して自らは仕掛けず、また好戦的な態度も控えてくれ、と注意を促し()れられた。

 

 今少し進むと、鉄路の先に大量の砂利が積み上げられて、そこで終わっているのが見えてきた。

 同時に、いくらかの人影が鉄路に沿って動いているのに気づいて、一行は身を低くしてしばらく様子を窺ったが、

 

「……あれ?」

 

と、キーノが声を漏らす。

 

「子ども……よね?」

 

と、クレマンティーヌ。

 

 鉄路沿いにざっくり十人ほどの豚鬼(オーク)、人間の子どもが地面を見ながらうろうろしていて、時折腰を屈めて何か拾い上げている。

 相変わらず鬼火(ウィスプ)はふわふわ飛んでいてその数は増しつつあるが、対して衛兵のようなものはまったく現れないので、意を決した一行は、そのまま歩んで子どものところまで近づいてみた。

 

 声が届こうか、という距離まで来ても、特に子どもたちはキーノたちに気づく様子がない。逆にキーノたちは、先にコンコンチキが上空から視認した岩山の開口部、が何であったのかを知った。

 丁度鉄路に直交するような位置関係になるが、北側に巨大な一枚岩が地面に斜めに刺さったようになっていて、その手前に、地下へと続く幅広い斜坑が口(ひら)いている。どうやらこれが、(コクーン)のギルド拠点へつながる入り口であるらしい。

 

「おい、おまえ。」

 

 キーノは、一番近いところにいた子どもに声をかけてみた。

 見たところ人間種、男。歳の頃は十六、七、といったところか。無心に何かを拾い集めていた少年は、キーノたちの方を一瞥して、

 

「ん、何?」

 

と、特に何でもない、といった様子で応じた。

 

「何をやっているんだ?」

 

「仕事だよ。」

 

「……仕事?」

 

「どうしても鉱石の欠片(かけら)がこぼれるからね。もったいないから集めてるんだ。」

 

 少年はそう言うと、再び地面に目を向けて熱心に価値のありそうな石くれを探し始めた。

 

 どういうことだ、これは?

 ジャムは、孤児たちを下働きに迎え入れる、と言ったそうだが、その言葉は嘘ではなかった、ということなんだろうか。

 

 少年は、明らかにキーノに対して「仕事の邪魔をしてくれるな」という空気を醸していたので、キーノは今少し奥手へ進んで、やはり同じようなことをしている豚鬼(オーク)の少女に声をかけてみた。

 

「仕事中にすまないが。」

 

「ん、何?」

 

 反応はさきほどの少年と大差ない。

 

「これが、ここでおまえたちに宛がわれた仕事なのか?ちゃんと食事は取れているのか?」

 

「はっ?何言ってんの、オバサン。」

 

 お……おばさん!

 

 さっ、とクレマンティーヌの手が飛び出して、キーノの右手を押さえた。

 雷撃を放つもの、と懸念されたらしい。

 

 んなわけあるかーーー!

 

 この主従のやり取りにとりたてて関心のない少女が、生気を欠く口調で言う。

 

「街よりはいいもん食ってるよ。お菓子に呼ばれんのが怖いから時間潰しに石拾ってるだけ。」

 

「……お菓子?」

 

「おまえらがここに送り出したんだろ!お菓子にさえ気をつけてりゃ食うにゃ困らねーんだから(ほう)っといておくれよ!」

 

 少女はそう言い捨てると、キーノたちに背を向けて向こうへ行ってしまった。

 

「あの……。」

 

 と、今度は向こうから話し掛けてくる人間の少女がある。歳の頃は十二、三か。

 

「ん?」

 

 キーノがそちらに目を向けると。

 

「どこかに売ってもらっても構わないので、私を連れ出してもらえませんか?」

 

 既にキーノの頭の中は軽い混乱(パニック)に陥っていて、どう返してよいのかたちまちに思い浮かばない。すかさずクレマンティーヌが代わって割って入って、

 

「お嬢ちゃーん、ここのご飯は美味しいんでしょう?何が不満なのかなーーー?」

 

と、敢えておどけてみせた。

 

「お姉さん。」

 

 キーノが鬼の形相になるのに気づいて、慌ててクレマンティーヌがこれを押し(とど)めつつ、顔だけは少女の方に向けて応対する。

 

「はいはい、お姉さんですよーーー。」

 

「お菓子に呼ばれた子で戻って来た子はいないんです。幼い私でも、流石に何が起こっているかくらいわかります。どうして私をこんな目に遭わせるんですか?妓楼に売ってもらっても構いませんから、どうか私を連れて行ってください!」

 

「ほへ?」

 

 間抜けな声を漏らしつつ、クレマンティーヌの顔から表情が消えた。

 

「……参ったね、こりゃ。」

 

 そう呟きながら、クレマンティーヌは突如として腰に提げた刺突剣(スティレット)を抜刀したので、驚いた少女がその場から駆け去る。

 

「クレマンティーヌ様ともあろうもんが、こんなことで頭に血が昇ろうとは。」

 

と、自嘲するクレマンティーヌ。

 察したキーノが慌てて駆け寄るが一歩遅かった。

 

 剣を振り上げたクレマンティーヌが、吠えるような声で叫ぶ。

 

「ムカつくにもほどがあんぞーーーッ!

 聞こえてんだろ?誰か出て()いッ、ぼけーーーーーッ!」

 

 半人半馬(セントール)、族長、牛頭人(ミノタウロス)の戦士、飛竜(ワイバーン)を手綱をしっかと握ったコンコンチキはこの様子に呆気に取られるも、何を為せようはずもない。

 

 対していつの間にかクレマンティーヌの左右に並んだクゥイア、クゥイナは、

 

「クソ野郎ッ!」

 中指を立てる仕草(ジェスチャー)

 

 キーノよりも頭の血の巡りのよい……まぁ、二人とも吸血鬼(ヴァンパイア)なので血は巡ってないのであるが……クレマンティーヌは、この子どもたちの態度から、ここで何が起こっているのかに気づいてしまった。

 

 子どもたちは仕事をさせられている。おそらくは<鉄の大蛇>が運んでくる鉱石の運び()しだ。それに対して食事も……この孤児たちがオークネイスで入手できたそれよりも随分とマシなそれが供されている。それはそれで結構な話だ。

 が、時折お菓子を餌に釣り出される。無邪気な子どもほど、これに応じるものだろう。しかしそれは不帰路(ふきじ)の入り口だ。戻ってきた子どもはいない、というのだからそういうことなのだろう。

 クレマンティーヌ自身、キーノの眷属に迎え入れられるまでは、相手が女子(おんなこ)どもだろうがお構いなしに随分な殺人を楽しんだものであるから、何か義憤に駆られて、というわけではない。

 

 が。

 

 ここで起こっていることを差配する何者かは、子ども殺しを楽しんですらいない。

 ただ淡々と、怖がらせるでも震え上がらせるでもなく()()しているのだ。

 

 そして。

 何が起こっているか理解しない(もの)は順次消費に供され、理解している(もの)は、さりとて抗しようもなくこの僻地から逃げ去る手立てもないので、こうして無力感に(さいな)まれつつ無言の抵抗を試みているのだ。

 

 これに腹を立てる筋合いなんてワタシにゃないのに。

 存外ワタシ、キーノちゃんに随分と感化されちゃったのねん……。

 

「どうした!臆したか、ユグドラシル野郎!」

 

 そんなことを思いつつ、その自嘲を上書(うわが)くように今一度クレマンティーヌは怒声を放った。

 

「……クレマンティーヌ。」

 

 完全に、ではないものの、その内心を悟ったキーノはクレマンティーヌに寄り添ってその腰に軽く手を添えるが、それとほぼ同時に、斜坑の奥から何やらとてつもない気配が近づいて来ることに気づく。

 

 ジャムか?

 いや、そうではない。

 

 力の強さではむしろジャムの方が上だが、ジャムから感じた波も波紋もない水面の如き静けさ、のようなものがまったくなく、ドロドロとした情念とも怨嗟ともつかぬ何かが漂っている。

 

 キーノは手振りでクレマンティーヌに納刀(のうとう)を命じ、他の(みな)に自分の背後に固まるよう促した。

 そうするうちに禍々しい気配はなお近づいて来て、ぺたん、ぺたん、とやや()の抜けた足音を伴うようになった。

 

「キミたちは……何なの?」

 

 斜坑から姿を現したそれは、キーノたちに向かって面倒臭そうな口調でまずそう問うた。

 

 身の丈はキーノに少し勝る程度だが、頭に当たる部分がやたらと大きくてそこから複数の触手が伸びている。見た目で判断するのはどうか、とは思いつつも、生理的にあまりお近づきにはなりたくない、と感じさせる容姿。

 触手つながりで、先に引き合わされたアインズの息子……アインズが自ら創ったNPC……に通じるところがなくもないが、目前のこれと比べれば、アインズの息子の方が愛嬌があるだけましに思えてしまう。

 

 キーノは自身の信条に従って、まずは対話を試みる。

 

「先触れもせずの訪問となったことは詫びる。

 私はキーノ・インベルン。真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)だ。

 おまえは……ユグドラシルプレイヤーだな?」

 

「いやそれ!答えになってないよー。」

 

 触手の怪物は、軽い口調でそう応じる。

 

「家の前で大声で叫んでるヤツがいてさー。唐突に(なが)ったらしい名前を名乗られても困っちゃうよーーー!」

 

 キーノには、相手のこの対応が、()のものなのか、こちらを挑発しているものなのか、たちまちには判断がつかなかった。

 

「それはおまえの言う通りだな。

 私はおまえの仲間、ジャムと面識のある(もの)だ。彼を訪ねたつもりだったのだが……いるだろうか?」

 

 このよくわからない怪物よりは、まだ知的に見えたジャムの方が組みし易かろう、と考えキーノはそう問うたが。

 

「ジャム?

 ……あぁ、あの老狂女(ヴィエイユ・フォル)ね。困ったもんだな、あの()()()()にも。」

 

 ん?

 

 キーノは怪物の物言いにいささか困惑した。

 彼女の理解としてはジャムは明らかに男性であるように見えたが、ジャムの仲間であるはずのこの怪物は、彼のことを年老いた狂った女、と呼び、同時に、おじさん、とも呼んだ。これはどういうことだろうか?

 加えて、これまでに行き会ったユグドラシル由来の存在は、それぞれに若干の違いこそあれ、基本的には同じギルドの仲間であれば強い結束を示すのが常だった。中にはセバスとデミウルゴスのような微妙な関係の(もの)もあるようだが、彼らとていがみ合いながらも互いの能力や役割を尊重しているように見えたものだ。

 が、目前の怪物は、あからさまにジャムを……あの極めて知的で冷静沈着に見えたジャムを、蔑んでいるのがありありと伝わってくるではないか。

 

「キミたちのような連中の相手は老狂女(ヴィエイユ・フォル)にお任せなんだ。

 (いま)彼はいないから、出直すか、自分らで勝手に探してくれる?」

 

 やはり怪物は、再びジャムのことを、老狂女、と呼ぶと同時に、彼、と言った。

 それが、<現実(リアル)>のフランス語における年上の男性同性愛者に対する侮蔑的な呼び名であることなど、キーノには知る由もない。

 

「あぁ、そうすべきならそうさせてもらうが。。

 ジャムには改めて話すから、ひとまずここにいるオークネイスの子どもたちを連れ帰らせてもらいたい。」

 

「……はぁ?何言ってんの?おまえバカなの?」

 

 怪物はキーノの申し入れに、触手だらけの頭を斜めに傾げた。

 

「ボクが(こしら)えたmachine à vapeur(マシーヌ・アヴァプール)は納品済みだろ?

 その代金を返せって、この世界(ワールド)はそういうのがありなわけ?」

 

 途中、意味のわからない()が混じるものの、怪物の言っていることはわかる。こいつは、ジャムがオークネイスに提供した何らかの技術の代金として孤児を受け取ったつもりでいるのだ。

 

「それはおまえの言うところが正しい。後日、ましーぬ……は返却されるだろう。」

 

「別に要らないよ、そんなもん。

 それに、もう随分と食べちゃったから今更返せなんて言われても困るし。まだ食べるし。」

 

 あちゃー、とキーノは手の平で自身の(ひたい)を押さえた。

 (コクーン)のプレイヤーが子どもを食べている、という疑惑を聞かされて以来、ジャムから感じた人柄もあって、何かの間違いではないのか、行き違いではないのか。目前の怪物の姿を見てもなお、見た目からこいつが人食いと判じるのは偏見ではないのか、実は心優しい人物かもしれないじゃないか、という淡い一縷の希望を(いだ)いていたが、当人の、つまみか何かを語るが如き(かる)い口調に、それは儚くも潰えた。

 

 怪物は、そんなキーノの様子には特に関心ないようで、畳みかけるようにこう続けた。

 

「え、何?おまえ吸血鬼(ヴァンパイア)だろ?

 おまえが首筋に噛みついて(ちー)()うのはアリで、ボクが頭蓋かち割って脳味噌(すす)んのはナシとか、そういうやつ?それどういう差別主義者?

 それともアレ?Tofunazi(トフナジ)なの?この世界にもそんなバカいるの?吊り目(ユーブリデ)の真似して豆乳固めたヤツ食いたいなら邪魔しないから勝手に食ってろよ、ボクは脳味噌食べるからさーーー!」

 

 やはり一部に意味不明瞭な部分があるものの、この身も蓋もない、でありながら反論の余地のない物言いに、眩暈を覚えたキーノは、がくり、と膝をついた。

 確かに、この怪物の主観からすれば、こちらの世界の人間、亜人は食べ物に過ぎず、やろうと思えば問答無用に狩ることもできなくはあるまいに、倫理的な妥当性はともかく真っ当な商取引で仕入れた食べ物を返せと迫られれば、この応じ方がこいつにとっては至極当然のことなのだろう。

 このような、埋めがたい断絶(ギャップ)に不必要に衝突しないように、と説いて歩いた自分が、そこに真正面からぶつかっていったとは……滑稽にもほどがあるではないか!

 

「うるせーよ、ヌルヌル野郎!

 ワタシゃ、テメーがヌルヌル気持ち悪い(わりー)からぶっ飛ばしてやりたいだけさね!」

 

「はっ?何言ってんの雑魚(ざこ)が。」

 

 キーノが衝かれた虚を埋め合わせようというのか、割り込んで啖呵を切ったクレマンティーヌに、怪物は冷淡な言葉を吐き捨てつつ、触手をヌルヌルと動かした。いくつかの腕輪のようなものが嵌っていてそれが扱われたようだ、と思いきや、無数の光弾(こうだん)がそこから放たれてクレマンティーヌに襲い掛かる。

 

「<上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)>!」

 

 素早く立ち上がってクレマンティーヌの前に割り込んだキーノは、自身の持てる最高位の対攻撃魔法防御を展開した。すべての光弾(こうだん)が過つことなく着弾し、魔法の盾は一瞬で消失、被害(ダメージ)こそないが、キーノとクレマンティーヌは共に反動で後ろに飛ばされた。

 飛ばされつつもキーノは仲間たちに指示を飛ばす。

 

「散開だ!クゥイア、クゥイナは族長、牛頭人(ミノタウロス)を守れ!コンコンチキは一旦上空へ!」

 

 本当はすぐにでもカルネ村へつながる<転移門(ゲート)>を開きたいところだが、一旦この怪物に一撃を喰らわせて距離を取らないとそれは叶いそうもない。

 

 そして。

 

 この怪物は、クレマンティーヌの暴言……だよなぁ……にはたちまちにこういう反応を見せたが、キーノに対しては意外にも論理で反論した。意味するところは、怪物はキーノより明らかに強くはあるものの、決してキーノを()()だと舐めてはいない。攻撃は……通るはずだ。

 

 意を決したキーノが合図(ハンドサイン)を送ると、素早く刺突剣(スティレット)を両手に抜刀したクレマンティーヌが真横に駆け出した。怪物と一定距離を保ち円を描く軌道で、その姿はかつての二つ名、疾風走破そのもの。

 怪物は再び腕輪を扱って無数の光弾(こうだん)を放った。

 と同時に、クレマンティーヌの速力が増す。そもそも加減して走っていて、予測射撃を狂わせる策だ。

 が、光弾(こうだん)追跡能(ホーミング)を有するようで、クレマンティーヌを弧を描いて追いかける。

 光弾(こうだん)がクレマンティーヌの背に追いつくか、と思われたそのとき!

 

(あね)さん、(つか)まって!」

 

 上空から急降下してきたコンコンチキの飛竜(ワイバーン)がクレマンティーヌの動線上を横切り、彼女は咄嗟にその足を掴んだ。それを認めるや飛竜(ワイバーン)は一気に急上昇、光弾(こうだん)は急旋回して後を追うが、射程距離があるのかその途中で(はじ)けて消えた。

 

 キーノはこの隙を見逃さない。

 最大火力で、屠れぬまでも一旦押しのけるのみ!

 

「<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>!」

 

 だが、天を指差してキーノが魔法詠唱する瞬間、怪物の触手が黒光りする何かを、ひょい、と放り投げた。

 

 どじゃーーーーーーーんッ!

 

 渾身の最大級雷撃魔法は、何故か怪物を捉えず、放り投げられて随分離れたところに立った黒光りする棒に被雷(ひらい)した。

 

「そんなのみえみえだよー。何のために無駄話に応じたと思ってんのさ?

 巧みに偽装はしているようだけれど、動きを観察すればおおよそのレベルは想像がつく。しかもボクにはキミの魔法の手札(カード)は丸見えで、最大火力のそれを使ってくることがわかってさえいれば対策はいくらでもあるのさ。そんなこともわからないなんて、バカなの?」

 

 怪物がそうおどける間にも、互いに正反対の方向から族長が三連射した矢と、牛頭人(ミノタウロス)が投擲した戦斧(バトルアックス)が怪物を襲うが、これはいとも容易に左右外側の触手に(はじ)かれ、防いだ側は屁とも思っていない様子。

 

「干からびていて美味しくなさそうだけど、吸血鬼(ヴァンパイア)の脳味噌を試してみるのも悪くないかな。」

 

 第九位階魔法を放った直後のキーノは、再充填待ち(リキャストタイム)で<脱出(エヴァキュエイション)>はおろか、魔法の盾(マジックシールド)の展開もままならない。

 幸いなのは、目前の怪物はキーノ以外の仲間たちについては、そもそも舐めてかかっているがためか関心を示さないことだ。ここは我が身を盾に(みな)だけでも逃がす一手か、とキーノは覚悟を決めた。

 

 が。

 よもや数千年に渡って旅した自身の最期が。

 怪物に生きたまま脳味噌を啜られる、などというものになろうとは!

 

 (いな)……それはそれで分相応ではあるのかもしれないな。

 

 と、ぎりぎりいっぱいまでは抗おうと腹を括った……そのとき!

 

「マルターーーーーンッ!」

 

 鉄路の続く西の方角から、声がした。

 続いて、しゅたたたた、と、アインズの下僕(しもべ)セバス、ソリュシャンと共にその来訪を待ち受けた際にも聴いた、軽快な足音がだんだんと大きくなってくる。

 

「あの役立たずの老狂女(ヴィエイユ・フォル)め、どこをほっつき歩いていやがったんだ!」

 

 目前の怪物が悪態をつくのが聞こえる。

 

 ジャムか!

 だが、この局面において、彼の出現は吉報なのか?それとも凶報?

 

 ぴた、と足音が止まると、筋肉質ながら痩せた身体(からだ)に粗末な黄褐色の布を(まと)い、くるくる巻き毛が印象的な来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムが、キーノと向き合う怪物の立ち位置に対し、丁度正三角形の頂点を作る場所に佇んでいた。

 

「マルタン。」

 

 再びジャムは何者かの名を呼んだ。

 確証はないが、この怪物の名がマルタンなのだろう、とキーノは(かい)する。

 どうも両者の間には、ナザリックのセバスとデミウルゴスに劣らぬ緊張関係があるらしいことにはキーノも思い至ってはいるが、意外にもマルタンと呼ばれた怪物は、ジャムに阿る様子を見せた。

 

「何処行ってたんだよー、ジャム。

 変な連中に絡まれて困ってたんだよー。」

 

 ……なんだこれ?

 

「この世界の原住民への対処はキミの担当の約束だよね?

 キミの剛腕で、ちゃちゃ、と片付けちゃってよ!」

 

 甘えるかのような声色でそう言うマルタンは、キーノからすれば違和感しかない。

 明らかにマルタンは、この場に居なかったジャムを小馬鹿にするような言辞を弄していたというのに。

 

 そこが付け入りどころか!

 

「ジャ、ジャム!そいつはおまえが居ない(あいだ)におまえのことを……ムグムグ。」

 

 子どもが友だちの悪さを大人に言いつけるような物言いに後ろめたさを覚えつつも、他に打てる手がないので敢えてキーノはそう口にしたのだが、中途で何者かに口を塞がれて言葉が出なくなった。

 

 が、自分の口を塞いだ何者かの姿は見えない。

 そして頬に感じるひんやりとした細く硬い指の感触……(ほね)の指?

 

(口出しは無用だ、あいつのしたいようにやらせてやれ。)

 

と、耳元で囁く声。

 これは……大魔王アインズ・ウール・ゴウン?

 

 <完全不可知化(パーフェクトアンノウンアブル)>か!

 

「ねージャム、頼むよ。ボクが戦闘向きでないのは承知だろう?

 むしろキミの不在の間、拠点を守ったボクを褒めておくれよー。」

 

 マルタンのあまりの豹変ぶりに、キーノは呆れを通り越して苛立ちを覚えていた。

 そして、これに丸め込まれてしまうのだとしたら、存外怜悧聡明に見えたジャムは。

 

 なんと哀れなヤツなんだ!と。

 

「そうだな。とっとと片付けよう。」

 

 ぽそり、とそう告げたジャムは、左右の手を大きく回して天を仰ぐ。

 

「おいおいジャム。この程度のヤツにそんな大技を使わなくても……」

 

 マルタンの言葉はそこで途切れた。

 大きく回した手を胸の前に納めて(いん)を組んだジャムが、小憎らしい少女吸血鬼(ヴァンパイア)ではなく、自分の方を向いたからだ。

 

「<仏の顔も三度まで(Everyone has own breaking point)>!」

 

 これが噂の技能(スキル)か、とキーノは息を呑むが、それはマルタンも同じである模様。

 

「はぁーーー?

 テメェ、何やってんだよ馬鹿(ばか)野郎!」

 

 突如マルタンはジャムに罵倒を浴びせたが、同時に、

 

 チーーーーーン

 

と、涼し気な(りん)の音が何処からか鳴り響き、ジャムの頭上に(あか)りが一つ(とも)る。

 

 マルタンは大慌てで触手を振り乱し、キーノたちを攻撃したとき同様に腕輪を扱った。

 回避不能の光弾(こうだん)身動(みじろ)ぎ一つしないジャムに襲いかかると悟ったキーノは、再充填待ち(リキャストタイム)で魔法の盾が展開できないことを百も承知の上でジャムを守るべく飛び出そうとするが、やはり目に見えない何者かに強い力で()()められてそれが叶わない。

 

 チーーーーーン

(大丈夫だ、あいつはこの程度じゃ()られはせんさ。)

 

 再び耳元から、いささか悲しげに聞こえる大魔王の囁きがあったのは、(りん)の音とほぼ同時。

 果たせるかな、無数の光弾(こうだん)がジャムに降り注ぎその身体(からだ)轟爆(ごうばく)(つつ)まれて一瞬見えなくなるも、晴れた土煙の中から傷だらけながらも(いん)を乱さず組んだままのジャムが姿を現した。

 

 頭上の(あか)りは、一つ増えて今や二つだ。

 

「わかった!わかった!

 リエージュのテメェの部屋に住んでやるし、舐めてもやるし尻穴に小汚(こぎたね)ぇテメェの一物を受けてもやるから、とっとと(じゅつ)()きやがれ、この糞老狂女(ヴィエイユ・フォル)!」

 

 チーーーーーン

 

 ジャムの頭上の(あか)りが三つになり、ゆっくりと堅く閉じられていた瞼が(ひら)く。

 

 刹那の一閃!

 

 定規で引いたかのような揺らぎひとつない真っ直ぐな光線がジャムの瞳から放たれマルタンの眉間を貫くや、パンッ、と触手の怪物の身体(からだ)は呆気なく(はじ)けて砕け散り、やがてその破片は光の粒となって消えていった。

 

 涅槃(ニルヴァーナ)技能(スキル)三手番殺し(スリーターンキル)と謳われた<仏の顔も三度まで(Everyone has own breaking point)>の、恐るべき問答無用の殺傷力!

 

 この光景を、キーノは愕然としたまま眺めていたが、ふと気がつけば、既に再び閉じられたジャムの瞳から、滔々と涙が溢れている。

 

(今は何も言うな……そっとしておいてやれ。)

 

 耳元の囁き声にそう窘められ、キーノはジャムに駆け寄ることすら叶わなかった。

 

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