それは奇しくも、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの呼び出しに応じた
目指すギルド、
なので、奇縁の
それでも彼らは、オークネイス
彼らの進発に先立ち、オークネイス市役所の
これは、万が一の衝突に際してアレが出現しては混乱がなお増すことを憚ってのことではあるが、キーノとしては、必ずしも望むところではないものの、これがジャムにとってのギルドの生命線であることは当然承知しているので、最悪の場合の交渉材料になるかも知れない、との思いもあってのことだ。
ぴゅぃーーー。
丸一日東進した頃、上空から鳥の鳴き声を擬した指笛が聴こえてキーノたちは一旦足を
「今少し距離がありますが、この先で鉄路が途切れておりますわな。」
舞い降りた乗騎から颯爽と飛び降りたコンコンチキが開口一番に告げる。
はっきりとはわからないものの、鉄路が途切れている辺りの北側に開口部のある岩山があって、それが目指す触れ得ざる御方の
「ここで一旦一休みしてから接近しよう。」
既に夕暮れ時であることもあり、キーノがそう提案し受け入れられた。
コンコンチキは、
「反応がないのは妙だな。」
眠りを必要とする
「ナザリックを基準に考えるとそういうことになるけど……アインズさんのとこがおかしいんじゃね?」
と事も無げに応じるクレマンティーヌ。
彼女の見解はある意味
「そもそもジャムちゃんは<鉄の大蛇>を
「それは……クレマンティーヌの言う通りだが。」
と、言い淀むキーノ。愛人兼参謀の言はもっともなれど、納得はできても不安は消えようもない。
「万が一、よ。」
と、クレマンティーヌ。
「万が一、ジャムちゃんがアインズさんの言う
ジャムの誇る切り札について、キーノとクレマンティーヌは、先のセバスを伴っての
この間に、他の何者かが被術者を
「……
と、キーノはぼやくが。
「んなこたないわよ。アインズさんも、だからこそ裏をかいてワタシが狙われる場合もある、って言ってたじゃなーい。そのときはちゃんと見極めて双子ちゃんにワタシを担がせてよん!」
ぶっちゃけキーノは、それはアインズの趣味的な判断がそう言わせているもので、ジャムが自分たち程度の相手に対してそこまでのことはすまい、と考えている。むしろ、セバスに準じると聞く
「荒事にならないことを……祈るしかないよなぁ。」
「好んで荒事に首突っ込むキーノちゃんが、よく言うわぁ!」
決戦に向けての覚悟を銘々に固めつつ、二人は互いに顔を見合わせて微笑んだ。
一夜明けた払暁、一行は東進を再開した。
二刻ほど線路に沿って歩いた頃だろうか。ふわふわと漂う光があることに誰となく気づく。
オークネイスから孤児たちを連れ出すに際しても、道案内するかのように多数の
それはキーノたち一行に気づいたようではあったが、クレマンティーヌが予測したように襲い掛かって来る、ということはなかった。行軍を再開しても行く手を遮る、といったこともなく、ただふわふわと鉄路にそって行ったり
が、これで相手方にこちらの存在が捕捉されたのは疑いない。キーノは、改めて族長と戦士に、自分が指示するまでは決して自らは仕掛けず、また好戦的な態度も控えてくれ、と注意を促し
今少し進むと、鉄路の先に大量の砂利が積み上げられて、そこで終わっているのが見えてきた。
同時に、いくらかの人影が鉄路に沿って動いているのに気づいて、一行は身を低くしてしばらく様子を窺ったが、
「……あれ?」
と、キーノが声を漏らす。
「子ども……よね?」
と、クレマンティーヌ。
鉄路沿いにざっくり十人ほどの
相変わらず
声が届こうか、という距離まで来ても、特に子どもたちはキーノたちに気づく様子がない。逆にキーノたちは、先にコンコンチキが上空から視認した岩山の開口部、が何であったのかを知った。
丁度鉄路に直交するような位置関係になるが、北側に巨大な一枚岩が地面に斜めに刺さったようになっていて、その手前に、地下へと続く幅広い斜坑が口
「おい、おまえ。」
キーノは、一番近いところにいた子どもに声をかけてみた。
見たところ人間種、男。歳の頃は十六、七、といったところか。無心に何かを拾い集めていた少年は、キーノたちの方を一瞥して、
「ん、何?」
と、特に何でもない、といった様子で応じた。
「何をやっているんだ?」
「仕事だよ。」
「……仕事?」
「どうしても鉱石の
少年はそう言うと、再び地面に目を向けて熱心に価値のありそうな石くれを探し始めた。
どういうことだ、これは?
ジャムは、孤児たちを下働きに迎え入れる、と言ったそうだが、その言葉は嘘ではなかった、ということなんだろうか。
少年は、明らかにキーノに対して「仕事の邪魔をしてくれるな」という空気を醸していたので、キーノは今少し奥手へ進んで、やはり同じようなことをしている
「仕事中にすまないが。」
「ん、何?」
反応はさきほどの少年と大差ない。
「これが、ここでおまえたちに宛がわれた仕事なのか?ちゃんと食事は取れているのか?」
「はっ?何言ってんの、オバサン。」
お……おばさん!
さっ、とクレマンティーヌの手が飛び出して、キーノの右手を押さえた。
雷撃を放つもの、と懸念されたらしい。
んなわけあるかーーー!
この主従のやり取りにとりたてて関心のない少女が、生気を欠く口調で言う。
「街よりはいいもん食ってるよ。お菓子に呼ばれんのが怖いから時間潰しに石拾ってるだけ。」
「……お菓子?」
「おまえらがここに送り出したんだろ!お菓子にさえ気をつけてりゃ食うにゃ困らねーんだから
少女はそう言い捨てると、キーノたちに背を向けて向こうへ行ってしまった。
「あの……。」
と、今度は向こうから話し掛けてくる人間の少女がある。歳の頃は十二、三か。
「ん?」
キーノがそちらに目を向けると。
「どこかに売ってもらっても構わないので、私を連れ出してもらえませんか?」
既にキーノの頭の中は軽い
「お嬢ちゃーん、ここのご飯は美味しいんでしょう?何が不満なのかなーーー?」
と、敢えておどけてみせた。
「お姉さん。」
キーノが鬼の形相になるのに気づいて、慌ててクレマンティーヌがこれを押し
「はいはい、お姉さんですよーーー。」
「お菓子に呼ばれた子で戻って来た子はいないんです。幼い私でも、流石に何が起こっているかくらいわかります。どうして私をこんな目に遭わせるんですか?妓楼に売ってもらっても構いませんから、どうか私を連れて行ってください!」
「ほへ?」
間抜けな声を漏らしつつ、クレマンティーヌの顔から表情が消えた。
「……参ったね、こりゃ。」
そう呟きながら、クレマンティーヌは突如として腰に提げた
「クレマンティーヌ様ともあろうもんが、こんなことで頭に血が昇ろうとは。」
と、自嘲するクレマンティーヌ。
察したキーノが慌てて駆け寄るが一歩遅かった。
剣を振り上げたクレマンティーヌが、吠えるような声で叫ぶ。
「ムカつくにもほどがあんぞーーーッ!
聞こえてんだろ?誰か出て
対していつの間にかクレマンティーヌの左右に並んだクゥイア、クゥイナは、
「クソ野郎ッ!」
中指を立てる
キーノよりも頭の血の巡りのよい……まぁ、二人とも
子どもたちは仕事をさせられている。おそらくは<鉄の大蛇>が運んでくる鉱石の運び
が、時折お菓子を餌に釣り出される。無邪気な子どもほど、これに応じるものだろう。しかしそれは
クレマンティーヌ自身、キーノの眷属に迎え入れられるまでは、相手が
が。
ここで起こっていることを差配する何者かは、子ども殺しを楽しんですらいない。
ただ淡々と、怖がらせるでも震え上がらせるでもなく
そして。
何が起こっているか理解しない
これに腹を立てる筋合いなんてワタシにゃないのに。
存外ワタシ、キーノちゃんに随分と感化されちゃったのねん……。
「どうした!臆したか、ユグドラシル野郎!」
そんなことを思いつつ、その自嘲を
「……クレマンティーヌ。」
完全に、ではないものの、その内心を悟ったキーノはクレマンティーヌに寄り添ってその腰に軽く手を添えるが、それとほぼ同時に、斜坑の奥から何やらとてつもない気配が近づいて来ることに気づく。
ジャムか?
いや、そうではない。
力の強さではむしろジャムの方が上だが、ジャムから感じた波も波紋もない水面の如き静けさ、のようなものがまったくなく、ドロドロとした情念とも怨嗟ともつかぬ何かが漂っている。
キーノは手振りでクレマンティーヌに
そうするうちに禍々しい気配はなお近づいて来て、ぺたん、ぺたん、とやや
「キミたちは……何なの?」
斜坑から姿を現したそれは、キーノたちに向かって面倒臭そうな口調でまずそう問うた。
身の丈はキーノに少し勝る程度だが、頭に当たる部分がやたらと大きくてそこから複数の触手が伸びている。見た目で判断するのはどうか、とは思いつつも、生理的にあまりお近づきにはなりたくない、と感じさせる容姿。
触手つながりで、先に引き合わされたアインズの息子……アインズが自ら創ったNPC……に通じるところがなくもないが、目前のこれと比べれば、アインズの息子の方が愛嬌があるだけましに思えてしまう。
キーノは自身の信条に従って、まずは対話を試みる。
「先触れもせずの訪問となったことは詫びる。
私はキーノ・インベルン。
おまえは……ユグドラシルプレイヤーだな?」
「いやそれ!答えになってないよー。」
触手の怪物は、軽い口調でそう応じる。
「家の前で大声で叫んでるヤツがいてさー。唐突に
キーノには、相手のこの対応が、
「それはおまえの言う通りだな。
私はおまえの仲間、ジャムと面識のある
このよくわからない怪物よりは、まだ知的に見えたジャムの方が組みし易かろう、と考えキーノはそう問うたが。
「ジャム?
……あぁ、あの
ん?
キーノは怪物の物言いにいささか困惑した。
彼女の理解としてはジャムは明らかに男性であるように見えたが、ジャムの仲間であるはずのこの怪物は、彼のことを年老いた狂った女、と呼び、同時に、おじさん、とも呼んだ。これはどういうことだろうか?
加えて、これまでに行き会ったユグドラシル由来の存在は、それぞれに若干の違いこそあれ、基本的には同じギルドの仲間であれば強い結束を示すのが常だった。中にはセバスとデミウルゴスのような微妙な関係の
が、目前の怪物は、あからさまにジャムを……あの極めて知的で冷静沈着に見えたジャムを、蔑んでいるのがありありと伝わってくるではないか。
「キミたちのような連中の相手は
やはり怪物は、再びジャムのことを、老狂女、と呼ぶと同時に、彼、と言った。
それが、<
「あぁ、そうすべきならそうさせてもらうが。。
ジャムには改めて話すから、ひとまずここにいるオークネイスの子どもたちを連れ帰らせてもらいたい。」
「……はぁ?何言ってんの?おまえバカなの?」
怪物はキーノの申し入れに、触手だらけの頭を斜めに傾げた。
「ボクが
その代金を返せって、この
途中、意味のわからない
「それはおまえの言うところが正しい。後日、ましーぬ……は返却されるだろう。」
「別に要らないよ、そんなもん。
それに、もう随分と食べちゃったから今更返せなんて言われても困るし。まだ食べるし。」
あちゃー、とキーノは手の平で自身の
怪物は、そんなキーノの様子には特に関心ないようで、畳みかけるようにこう続けた。
「え、何?おまえ
おまえが首筋に噛みついて
それともアレ?
やはり一部に意味不明瞭な部分があるものの、この身も蓋もない、でありながら反論の余地のない物言いに、眩暈を覚えたキーノは、がくり、と膝をついた。
確かに、この怪物の主観からすれば、こちらの世界の人間、亜人は食べ物に過ぎず、やろうと思えば問答無用に狩ることもできなくはあるまいに、倫理的な妥当性はともかく真っ当な商取引で仕入れた食べ物を返せと迫られれば、この応じ方がこいつにとっては至極当然のことなのだろう。
このような、埋めがたい
「うるせーよ、ヌルヌル野郎!
ワタシゃ、テメーがヌルヌル気持ち
「はっ?何言ってんの
キーノが衝かれた虚を埋め合わせようというのか、割り込んで啖呵を切ったクレマンティーヌに、怪物は冷淡な言葉を吐き捨てつつ、触手をヌルヌルと動かした。いくつかの腕輪のようなものが嵌っていてそれが扱われたようだ、と思いきや、無数の
「<
素早く立ち上がってクレマンティーヌの前に割り込んだキーノは、自身の持てる最高位の対攻撃魔法防御を展開した。すべての
飛ばされつつもキーノは仲間たちに指示を飛ばす。
「散開だ!クゥイア、クゥイナは族長、
本当はすぐにでもカルネ村へつながる<
そして。
この怪物は、クレマンティーヌの暴言……だよなぁ……にはたちまちにこういう反応を見せたが、キーノに対しては意外にも論理で反論した。意味するところは、怪物はキーノより明らかに強くはあるものの、決してキーノを
意を決したキーノが
怪物は再び腕輪を扱って無数の
と同時に、クレマンティーヌの速力が増す。そもそも加減して走っていて、予測射撃を狂わせる策だ。
が、
「
上空から急降下してきたコンコンチキの
キーノはこの隙を見逃さない。
最大火力で、屠れぬまでも一旦押しのけるのみ!
「<
だが、天を指差してキーノが魔法詠唱する瞬間、怪物の触手が黒光りする何かを、ひょい、と放り投げた。
どじゃーーーーーーーんッ!
渾身の最大級雷撃魔法は、何故か怪物を捉えず、放り投げられて随分離れたところに立った黒光りする棒に
「そんなのみえみえだよー。何のために無駄話に応じたと思ってんのさ?
巧みに偽装はしているようだけれど、動きを観察すればおおよそのレベルは想像がつく。しかもボクにはキミの魔法の
怪物がそうおどける間にも、互いに正反対の方向から族長が三連射した矢と、
「干からびていて美味しくなさそうだけど、
第九位階魔法を放った直後のキーノは、
幸いなのは、目前の怪物はキーノ以外の仲間たちについては、そもそも舐めてかかっているがためか関心を示さないことだ。ここは我が身を盾に
が。
よもや数千年に渡って旅した自身の最期が。
怪物に生きたまま脳味噌を啜られる、などというものになろうとは!
と、ぎりぎりいっぱいまでは抗おうと腹を括った……そのとき!
「マルターーーーーンッ!」
鉄路の続く西の方角から、声がした。
続いて、しゅたたたた、と、アインズの
「あの役立たずの
目前の怪物が悪態をつくのが聞こえる。
ジャムか!
だが、この局面において、彼の出現は吉報なのか?それとも凶報?
ぴた、と足音が止まると、筋肉質ながら痩せた
「マルタン。」
再びジャムは何者かの名を呼んだ。
確証はないが、この怪物の名がマルタンなのだろう、とキーノは
どうも両者の間には、ナザリックのセバスとデミウルゴスに劣らぬ緊張関係があるらしいことにはキーノも思い至ってはいるが、意外にもマルタンと呼ばれた怪物は、ジャムに阿る様子を見せた。
「何処行ってたんだよー、ジャム。
変な連中に絡まれて困ってたんだよー。」
……なんだこれ?
「この世界の原住民への対処はキミの担当の約束だよね?
キミの剛腕で、ちゃちゃ、と片付けちゃってよ!」
甘えるかのような声色でそう言うマルタンは、キーノからすれば違和感しかない。
明らかにマルタンは、この場に居なかったジャムを小馬鹿にするような言辞を弄していたというのに。
そこが付け入りどころか!
「ジャ、ジャム!そいつはおまえが居ない
子どもが友だちの悪さを大人に言いつけるような物言いに後ろめたさを覚えつつも、他に打てる手がないので敢えてキーノはそう口にしたのだが、中途で何者かに口を塞がれて言葉が出なくなった。
が、自分の口を塞いだ何者かの姿は見えない。
そして頬に感じるひんやりとした細く硬い指の感触……
(口出しは無用だ、あいつのしたいようにやらせてやれ。)
と、耳元で囁く声。
これは……大魔王アインズ・ウール・ゴウン?
<
「ねージャム、頼むよ。ボクが戦闘向きでないのは承知だろう?
むしろキミの不在の間、拠点を守ったボクを褒めておくれよー。」
マルタンのあまりの豹変ぶりに、キーノは呆れを通り越して苛立ちを覚えていた。
そして、これに丸め込まれてしまうのだとしたら、存外怜悧聡明に見えたジャムは。
なんと哀れなヤツなんだ!と。
「そうだな。とっとと片付けよう。」
ぽそり、とそう告げたジャムは、左右の手を大きく回して天を仰ぐ。
「おいおいジャム。この程度のヤツにそんな大技を使わなくても……」
マルタンの言葉はそこで途切れた。
大きく回した手を胸の前に納めて
「<
これが噂の
「はぁーーー?
テメェ、何やってんだよ
突如マルタンはジャムに罵倒を浴びせたが、同時に、
チーーーーーン
と、涼し気な
マルタンは大慌てで触手を振り乱し、キーノたちを攻撃したとき同様に腕輪を扱った。
回避不能の
チーーーーーン
(大丈夫だ、あいつはこの程度じゃ
再び耳元から、いささか悲しげに聞こえる大魔王の囁きがあったのは、
果たせるかな、無数の
頭上の
「わかった!わかった!
リエージュのテメェの部屋に住んでやるし、舐めてもやるし尻穴に
チーーーーーン
ジャムの頭上の
刹那の一閃!
定規で引いたかのような揺らぎひとつない真っ直ぐな光線がジャムの瞳から放たれマルタンの眉間を貫くや、パンッ、と触手の怪物の
この光景を、キーノは愕然としたまま眺めていたが、ふと気がつけば、既に再び閉じられたジャムの瞳から、滔々と涙が溢れている。
(今は何も言うな……そっとしておいてやれ。)
耳元の囁き声にそう窘められ、キーノはジャムに駆け寄ることすら叶わなかった。