億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴555年。
アインズ不在のナザリック地下大墳墓の幕間劇。


第7話 転移歴555年 世界征服検討予備会
13.世界征服検討予備会


「毎度のことながら前回から随分と間が空いてはしまったがね……始めましょうか、アルベド。」

 

「望むところよ、デミウルゴス。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)円卓の間。

 大半の下僕(しもべ)たちは未だその遺徳を慕われる至高の四十一人を憚ってこの部屋を用いることはないが、守護者統括アルベドと参謀デミウルゴスは、しばしばアインズの不在を見計らって此処で落ち合うことがある。

 ちなみに大魔王アインズ・ウール・ゴウンその人は、シャルティアとコキュートスを伴って南方エイヴァーシャー大森林に潜むと聞く巨大箆鹿(ギガホーンエルク)を狩るのだ、と言って嬉々として出かけて行ったきりだ。

 

「まずはいつものように現状分析から始めよう。

 最初に、直近の騒ぎの元になったバハルス帝国からだが。」

 

「かの愚行……水晶の塔に余計な手出しをして軍団が壊滅した一件の責任の所在を巡って、確固たる道筋を示せなかったことから皇帝権威は失墜。再びの地方分権へ向かっているわね。既にいくつか小競り合いは生じているようだけれど、私たちの関心を呼ぶほどのものではないわ。」

 

 二人がおこなっているのは、仮称、世界征服検討予備会。

 

 アルベド、デミウルゴス共に、(あるじ)アインズがこの世界を征服し支配しようなどということを……面倒臭いから、という身も蓋もない理由で……ゆめゆめ考えてなどいないことは承知している。その一方で、(カルマ)最悪を定められたアルベド、デミウルゴス自身は潜在的にそれを望んでおり、その点については(あるじ)もまた例外ではないだろう、という思いもある。

 なので、いつ何時(なんどき)我儘気儘な主人が「やっぱ世界征服するかー」と言い出したとしても即応可能な備えを怠らないのだ、というのがこの会の大義名分……であるが、有り体に言えばこれは二人の単なる趣味だ。

 

 この間、殊更この話題に関心を持たないパンドラズ・アクターが、玉座の間にあってナザリック防衛の指揮監督を担っている。

 

「残念だけれども、アインズ様を皇帝として推戴する計画(プラン)はまた当分お預けだわ。」

 

貴女(あなた)が本気でそれを望んでいた、とも思えないがね。

 バハルス帝国皇帝、などという称号は、アインズ様に捧げられるには器が小さ過ぎる。」

 

「それはそうだけれど、あの広大な面積を誇る帝国を、最も穏便に支配下に収める手段として有効である点に疑いはないでしょう?」

 

 ナザリックの戦力を以てすれば、一部の竜王(ドラゴンロード)を別にしてこの世界の有象無象を問答無用に蹂躙することが容易であることは、問わずもがなの自明であった。

 

 だが、そんなことをして何の意味があろう。

 それは世界殲滅であって征服ではない。

 

 二人の考える世界征服とは、この世界の竜王を含む普く存在が、彼らの至高の(あるじ)アインズ・ウール・ゴウンのこの上なき偉大さを理解し自ら望んで膝を折る、そのような場面が想定されている。これを実現するためには、この世界の存在たちが、そもそも何に対して恐れ敬い付き従うのか、その理解を欠くことができない。

 

「その点については、先の事件のもう一方の被害者、カルサナス都市国家連合同様だと私は思うがね。」

 

 カルサナス都市国家連合は、便宜上そう呼ばれてはいるものの、その名に対応する政治権力、支配機構が存在するものではなかった。名称にも含まれる通り、これはとある盟約に参加し相互不可侵を誓った都市国家、遊牧部族の総称に過ぎず、国家としての主体は個々の参加者に散在している。

 デミウルゴスの分析するところ、彼らを国家連合に繋ぎ止める動機は、ただただ大昔に彼らが自ら体験した血で血を洗う大戦争への恐怖心、再び同様の愚行に至れば今度こそ自分たちは皆滅んでしまうのではないか、という危惧なのであって、それはそれで合理的な判断ではあろうが、その連合した力を特定の方向へ向けて何かを為そうという(たぐい)のものでは決してなかった。

 

 同様に、バハルス帝国は一見して中央集権を指向する巨大国家に見えて、実のところ内実はカルサナス都市国家連合に似る、とデミウルゴスは見ている。

 

 建国の経緯もあって、バハルス帝国の民にとって自身の抱える暴力装置、その実態は歴史とともに随分と変遷を繰り返してはいるものの、変わらず軍団(レギオン)と呼称される兵士集団は、何はさておき第一義的にあらねばならぬもの、と観念されている。一枚岩の帝国、は、ただ繰り返し大規模化を指向する軍団の維持運営のために結果的に必要とされるものであって、帝国それ自体を人々が求めているわけでは決してなかった。

 そのような観点において、帝国の人々の基本的な帰属意識は自身の生まれ育った都市村落と紐づいているのであり、その維持の便法として軍団、帝国が希求され、いつしかそれが本質とすり替わるという点は、カルサナス都市国家連合が都市間の紛争を厭うて連合しつつ、連合としての主体的意思を持とうとはしないことに通じている、というのがデミウルゴスの理解だ。

 

 対してアルベドは、少し異なる考え方をしている。

 

「それでも、あれだけの広さの領域を統べる大義名分を備えた称号が前以て存在することの意義は大きいわよ。」

 

 何らかの謀略を以てアインズがバハルス帝国皇帝の称号を得る、という(アイデア)はかねてからアルベドが弄んでいたものの一つだ。

 

 もっとも、本人はもちろん憶えてなどいはしないが、初代ジルクニフ・エル・ニクスから臣民に望まれた皇帝ゆえの苦悩を吐露され、それに共感を覚えたアインズがそんな称号を捧げられたとて素直にその座に収まったはずもないのではあるが。

 

 とまれ。が為に、二百年前の来訪者(プレイヤー)カーター・ツィマーマンのヤチマが持ち込んだ魔法の武具が発見された際も、これが先んじて試みられたものかとアルベドは色めき立ったものである。

 蓋を開けてみればそれは杞憂に過ぎなかったのだが、彼女もデミウルゴスも、特にこれを問題視していたわけではない。仮にそれを為した来訪者がいたとすれば、これを討ってこの世界本来の在り方に立ち戻らせることを口実に、スレイン報国の御旗の(もと)アインズが「漆黒の英雄」として立ち向かえばよい。何ならそのまま漆黒の英雄が皇帝推戴を受けてしまえば……とする戦略も、やはり随分と前から二人の間では既定路線の一つとして意識されていたものになる。

 

「カルサナス都市国家連合はそれを欠くのだから、彼らを支配するには少なくともいくつかの都市を殲滅して我々の力を目に見える形で示す必要があるし、それは全面戦争を引き起こして鏖殺(みなごろし)せざるを得ない局面に至る危険(リスク)もある。そうなれば否応なくツアーを始めとする竜王(ドラゴンロード)とも事を構えることになり、労ばかり多くて実りがないわ。」

 

「それは貴女(あなた)の言う通りだね、アルベド。」

 

 にやり、と最上位悪魔(アーチデヴィル)は微笑む。

 

「水晶の塔の一件を経ても、ついにカルサナス都市国家連合はこれを連合全体の問題としては認識せず、塔の所在地を実効支配する半人半馬(セントール)部族(クラン)に対処を任せたままだ。()()()()半人半馬たちは、最早無人のかの塔を禁足地と定めて今なおあれが目視可能な領域への立ち入りを避けている。

 こういう原始的な連中を直接に相手にするなど馬鹿げた話で、周囲すべてを支配してしまえば、彼らは自然と我らの軍門に(くだ)ることだろう。」

 

「となれば……やはり世界征服の足掛かりになるのが自由都市群だ、というのは揺るがないことになるのかしら。」

 

「そういうことになるだろうね、実力行使の必要もないのだから。」

 

 ここ数百年、この議論を繰り返す中で二人の共通認識として確立されているのは、世界征服の最初の一歩として最も相応しいのは、旧リ・エスティーゼ王国の中原、エ・レエブル、リ・エスティーゼ、リ・ロベル、後に加わったリ・ブルムラシュールと復興成ったエ・ペスペルから成る自由都市群である、という見解だ。

 もっとも、実力行使の必要もない、とのデミウルゴスの言にも(あらわ)れているように、彼らが目論んでいるのは軍事力を以ての制圧征服では決してない。

 

 買収だ。

 

 アゼルリシア山脈西方の肥沃な平原に暮らす人々は、リ・エスティーゼ王国建国の時分以来ただただ権利の保障、なかんずく土地の所有権、利用権に対するそれを求め続けてきたものだ、とアルベドは分析していた。

 誰の目から見ても無能極まりなかったヴァイセルフ王家と連なる貴族達に対し、民草が唯々諾々と従って背かなかったのは、偏に彼ら旧支配層が、無理難題を押し付けつつも民草の土地耕作権だけは決して侵さなかったからであり、先祖代々伝わる肥沃な大地の利用権さえ誰かが保障してくれるのであれば、とりあえずは食うには困らないという観念が根強く行き渡っていたからである。

 事実、最終的にエ・ペスペルの殲滅を以てヴァイセルフ王家の終焉に至ったバハルス帝国との戦争においても、無為に兵士として徴用される人々は、バハルス帝国を自身の土地権利を侵害せんとする存在だ、と捉えていたからこそ、守る価値もない王家貴族の盾となって、否、自身の生存権を賭けて戦ったものであった。

 

 それゆえに、ヴァイセルフ王家が倒れた後、バハルス帝国から帝国自由都市なる枠組みが示され、安全保障を名目とした貢納を怠らぬ限り先祖伝来の土地所有権、利用権は勝手たるべし、と触れられた際、旧王国民は随分と拍子抜けを覚えたものである。

 一方でそれは、これまで種々問題はあるにせよこれらの権利を保障していた王族・貴族階層が駆逐されたことを受けて、自らその確保に努めなければならないことをも意味していた。

 であればこそ、政治権力を旧貴族層から引き継いだ新しい支配層、制度上参事会と称した有力商人たちにその政治力の裏付けとなる支持を顕わにすることで、民草は新たな権利保障を求めるに至ったのである。

 

 つまり、その立ち位置(ポジション)さえ買い取ってしまえば、自由都市群とその周辺村落は戦わずしてナザリックの軍門に(くだ)るのだ。

 

通貨膨張(インフレ)を招いては元も子もないから、ナザリックからの資金投下については慎重におこなう必要こそあるけれども、適切にこれをおこなえば百年もかからずに自由都市資産の大半はナザリックの権益を代理する傀儡(かいらい)の手中に収めることが可能よ。

 近来の経済発展に伴って自由都市群の投資市場は活況を呈しているから、むしろその試みは年々容易になっていきつつある、とすら言えるのではないのかしら。」

 

 アルベドは、うふふ、と微笑みながらそう語る。

 対するデミウルゴスはいささか忌々し気だ。

 

「返す返すも忌々しく思うのは、外的脅威に対してほとんど無力な連中がかの経済的繁栄を享受できるのは、ただただアインズ様が度を逸した慮外者を狩りの獲物とすることで無意識下の抑止力となられたこと、加えて、やはりアインズ様の計略により生まれたド・クロサマー王国が連中の潜在敵であったトブの大森林の亜人勢力を統制してきたから、であるのに、連中にその自覚がまったくないことだ!

 そうは思わないかね、アルベド?」

 

 が、アルベドは微笑みを崩さない。

 

貴方(あなた)らしからぬことを言うわね、デミウルゴス。

 まさにすべてはアインズ様の思惑通り。そういったすべての種明かしが自由都市買収完了の暁に公知されるとき、連中がどんな表情を浮かべるかに思いを馳せれば、そんなことに苛立ちを覚える必要もないでしょう?」

 

「嗚呼、私としたことが……。

 まさに貴女(あなた)の言う通りだよ、アルベド!」

 

 己の(ひたい)を打ちながら、デミウルゴスもまた愉快気に(わら)う。

 

「それで……少なからず自由都市の繁栄に寄与している、貴方の息子(アレイン)の国はどうなのかしら?」

 

 アルベドは話題をスレイン報国へと向けた。

 

 大学まで設立され、都市部に至っては読み書き算盤(そろばん)が出来ないと日々の暮らしすらままならなくなった自由都市群では、一定確率常に存在するそこに適応できない人々の不穏分子化があって然りであるが、そういった層を、対外的には弱者、愚者であっても楽しく遊び暮らすことが叶う夢の国、と喧伝されるスレイン報国が引き寄せ、結果的に自由都市群の安定に貢献していることをアルベドは正しく理解していた。

 

「あそこはまだシロクロの国で、()の国ではないがね。」

 

「同じことでしょう?

 本当のところ貴方(あなた)がどう思っているかは知らないし興味もないけれど、あのお嬢ちゃん(シロクロ)が国を統べることに関心がある、とは到底思えないもの。」

 

「ふふ、それも貴女(あなた)の言う通りだね。

 結論から先取りしてしまえば、あそこは滅びるべくして滅びる国だ。アレインはただその最良の滅びへ向けて舵取りをしているに過ぎない。そして彼は、きっとやり遂げるだろう。」

 

「最良の滅び?」

 

 期せずしてデミウルゴスから放言された不穏な言葉にアルベドが疑問を呈した。

 

「以前にも説明したとは思うのだが、些末事だから貴女(あなた)は憶えてはいないのだろう。

 思えばスレイン報国……この場合、法国、と以前の国号で語った方が正しいのやも知れないが、彼らがこうであるのは皮肉としか言いようがない。

 

 考えてもみたまえ、アルベド。

 この世界の存在で、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)(くみ)することに成功した勢力は、知られている限りは彼らのみなのだよ。」

 

「六大神……のことね?」

 

「その通り。今更ではあるが、八欲王に事前に備えることさえ叶っていたならば、我々がこちらに渡って来た時点で彼らがこの世界全土を支配していた、としてもおかしくはあるまい?」

 

 アルベドは少し思案した後、デミウルゴスの言葉に首肯した。

 

「が、仮に八欲王が六大神を屠らなかったとしても、スレイン法国に世界征服は叶わなかっただろう、とも思うのだよ。何故なら、この愚かな連中はただただ異世界からの来訪者に、未来の不確実性を減じることのみを求めたからだ。」

 

 ん?とアルベドが首を傾げる。

 

「わかりにくかったかね?

 これは連中に限った話ではないのだよ。わかりやすいのはアーグランド評議国、そして竜王国だ。

 彼らは仔細は異なるがよく似た物の考え方をしている。社会集団が健全な存続を期するにあたり、もっとも重要となるものが考え抜かれた社会運営制度であることを、彼らはよく承知している。

 特定の聡明な支配者に依存する体制は、寿命に縛られた者には永続が叶わない。だから彼らは、支配の役割を担う個人が世代を交代しても、一定水準の知性さえ維持していれば何とか運営が叶う仕組みを確立したわけだ。」

 

「それは政治の基本ね。」

 

「だが、不確実性は残る。制度は所詮制度、それを運営する者があって初めて成り立つものであり、そして制度は必然的にその者に権力を与えるのだから、権力者が制度を乗り越えて社会を破壊する危険性(リスク)は常に存在する。

 そこで彼らは、自分たちを超越した存在をそこに招くことでこの不確実性を消し去ろうとした。」

 

竜王(ドラゴンロード)?」

 

「その通り!

 竜王は本来人間、亜人の営みになど関心を持たぬ存在だが、忌々しいツアーを含め、例外的にそれを楽しむ者もある。その竜王に恭しく礼を尽くし、自ら定めた制度を彼ら自身が遵守していることの監視を彼らは求めた。この方略が絶対的に適切なものだ、と私は思わないが、少なくとも両国共にこの世界で千年の時を越えて安定しているのは事実なのだから、最適解の一つではあったのだろう、と認めるに(やぶさ)かではないのだよ。

 そしてこの逸話の最も重要な点は、彼らは制度の監視を竜王に委ねはしたが、彼らの制度の主体は引き続き彼ら自身であった、という点だ。

 

 対して、スレイン法国もまた、六大神に不確実性の解消を求めたという点では同様でありながら、馬鹿げたことに連中は自らその主体であろうとはせず、ただただ六大神の言い成りになりさえすれば未来の不確実性が消え去るものと思い込んだ……彼らはこれを信仰、と自認していたのだから、信じた、と言うべきだが……ともかく、そうであった。

 こうして育まれた連中の思考様式は、六大神の亡霊が占めていたその座をシロクロが奪取した後もまったく変化していない。連中はただ、言い成りになれる相手を求めているだけで、自ら事の主体になろうという考えを完全に放棄している。

 そんな連中に健全な社会の維持など叶おうはずもない。そしてそんなことは、我が息子であれば疾うに看破していることだろう。だから彼に出来ることは、確実にやって来る自国の滅びを最良のものとすること、しかないのだよ、そもそもね。」

 

 息子が支配者たることが約された国が確実に滅びるのだ、と語りつつもやたらと楽しそうなデミウルゴスをアルベドは訝しく思うが、同時に、そうだ、こいつはこういうヤツだ、という気もする。

 

「その点において、ローブル聖王国は、狙ってそうしたものではないが面白い芽が出ている。」

 

「コキュートスが神様扱いを受けている国ね?」

 

「これがコキュートス自身によって企図して仕組まれたものであったならば、私はナザリック最高の智謀の将の称号を、喜んで彼に譲り渡すだろう。無論、彼にそんな自覚はないのだがね。だが、彼の人徳……蟲徳がなければ成し得なかったこと、であるのは確かだ。

 

 先の竜王の国、スレイン法国との対比で言えば、これまたコキュートスが意図してそんなことを彼らに伝えたはずもないが、結果的にかの国の民は不確実性そのものを受容することを自ら選んだ、と言える。」

 

「四つの(あら)ずの教え……だったかしら?」

 

 この時分、ローブル聖王家は存続こそしていたが、かつて少なくとも王国北部に対しては有していた絶対的権威を失い……否、アルベドも言及した四つの(あら)ずの教えに自ら従ってそれを否定し、国家統合の象徴、立憲君主として振る舞っていた。長く対立関係にあった南部貴族も、結局はこれに倣った。国を席捲したかの教えが、それに背くことを最早許さなかったからだ。

 更には、アベリオン丘陵の亜人連合との間で共有される祈りの言葉、銘々が自ら正義を希求し続けていくべきなのだ、とする信念は、デミウルゴスですら驚かざるを得ない強固な連帯感を現じて、この地域の安寧を支え続けている。

 

「元を(ただ)せば彼らとて、位階魔法のうちたまたま生命を守り癒す神聖魔法と結縁深かった血族を聖なる王族と仰ぎ、その権威に寄り掛かるのみの存在だった、そもそもそれが八欲王によってもたらされたものであることも知らずにね。

 図らずもコキュートスが……引いてはあの狩りに際しコキュートスを供に選ばれたアインズ様が打ち込んだ楔が、ここに画期をもたらしたのだ。歴史上、悟りを開いた聖者は少なからず存在するが、自らの悟りを国の下々はおろか他種族まで分かち与えた聖者はそうはいない。そもそも聖者は国を追われるもの、と相場が決まっているのに、だよ!」

 

 再びアルベドは、ローブル聖王国を変革した聖者を楽し気に語る悪魔を訝しく思う。それはおまえの趣味嗜好とは真逆ではないのか、と。

 もちろんデミウルゴスは、聖王国がアインズの支配下となり自身の気儘な介入が許された暁に、聖なる気概に溢れる同国民を堕落させる愉悦を思い描いて悦に浸っているのだが、そのあまりに回りくどい捻くれた喜びを理解することは、さしものアルベドにも荷が重かった。

 

「今思えば、コキュートスに縁した(ネイア)を死ぬにまかせたのは惜しいことをしたものだ。<生まれ変わりの秘薬>なり<堕落の果実>なりで異形種への転生が叶えば、この世界を支配する上で有用な下僕(しもべ)として、アインズ様のお役に立ったことだろう。」

 

「アインズ様がそのような者を必要とされる、とも思わないけれども、貴方(あなた)の趣味的には残念だったのでしょうね。」

 

 シロクロの一件を思えば、アルベドにはデミウルゴスの言がただただ自身の玩具(おもちゃ)ないしは愛人(セフレ)がもう一人欲しかっただけ、のようにも聞こえる。

 

「まぁ、それはこの際どうでもよいことだよ。

 おそらく……否、いつも同じ結論に達しているのだとは思うのだがね。」

 

「ええ、そうね。」

 

 皆まで言わずとも、アルベドにはデミウルゴスの言わんとするところを察することが出来た。

 彼女自身、まさに今そう思っているからだ。

 

「我々がこうして世界征服検討予備会を開いてわかることは、世界征服のための最適の布石は、すべて既にアインズ様ご自身によって為されていて、我々はその後を追っているに過ぎない、という驚愕すべき事実だよ!」

 

「まったくその通りよ。

 憶えてはいないのだけれど、貴方(あなた)も私も、こちらに転移してきた直後は、力づくの世界征服をアインズ様にお勧めしたのでしょうね。」

 

「ああ、私もそうであったろうと思う。今となっては顔から火が出そうになるほど恥ずかしいことだ。幸いなのは、慈悲深いアインズ様は、我々のそういった愚かしさを失念して下さっていることだ!」

 

 いや、それは慈悲深いから、じゃないだろ?

 とアルベドは思うが、強いて突っ込みはしない。

 

 最愛の(あるじ)アインズがこの上なく慈悲深い存在であることは、他ならぬ彼女自身が身を以て最もよく知る事実なのであるのだから。

 

「意味するところは、だ。」

 

とデミウルゴスが一旦言葉を切って間を設ける。

 

「間違いなく、世界征服、はアインズ様の今後の展望の中に組み込まれている!」

 

「それについてはまったく同感よ、デミウルゴス。でも……」

 

「そう……アインズ様はそれを命じては下さらない。

 残念なことだ。」

 

 ふぅ、と溜息をつく悪魔に女淫魔は優し気な笑みを送る。

 

「そう気落ちする必要はないでしょう?

 私たちには無限の時間があり、遅かれ早かれその日はやって来るわ。

 いつ何時(なんどき)御下命があっても即応出来るよう、常日頃からこうしてその備えを怠らぬことこそ私たち下僕(しもべ)の務めであり……喜びでもあるのだから。」

 

「ああ、貴女(あなた)の言う通りだ、アルベド。

 もし、私が気落ちしたように見えたのであれば、それは誤解だ。おそらく我々は、この結論を繰り返し確認し続けて来たのだろうと思うが、そうし続けることが出来ること、それ自体が我々の喜びであり誇りとするところだ。」

 

 デミウルゴスは満面の笑みでそう応え、アルベドの懸念を打ち消した。

 

「今回の検討結果についても、日記に記録しておいてくれるのでしょう?」

 

「もちろん、そこは任せてくれたまえ。

 貴女(あなた)と繰り返し語らってきた世界征服の青写真が陽の目を浴びるその日まで、確実に保全しておくことを約束しよう。」

 

 こうして今回の世界征服検討予備会はその幕を閉じた。

 

 陽の目を浴びるその日、とやらが、果たしてやって来るのか否か、それは誰にも知りようがない。

 

 

                    *

 

 

 転移歴500年代中庸、引き続き繁栄を謳歌していた自由都市エ・レエブルにささやかな産業革命の兆しが見られた。

 

 バハルス帝国が事実上崩壊し大陸西部への影響力を失った結果、かつて帝国への貢納で安全保障を受けていた帝国自由都市は、その従属関係の自然消滅に従って、ただ、自由都市、と称するようになった。

 リ・エスティーゼ王国滅亡に際し廃墟と化したエ・ペスペルを復興し衛星都市として確立した後、大陸西部随一の学府アインドラ大学を擁するエ・レエブルはあらゆる分野で躍進を遂げ、遂には<現実(リアル)>における蒸気機関に相当するものこそ生まれはしなかったが……そもそもこちらの世界にはいわゆる化石燃料の存在がこの時点で知られていない……自動織機に似たものが発明されるに至った。

 エ・レエブルの有識者たちは、これこそ歴史に画期を為すものぞ、と色めき立ったのであるが、ここに思わぬ障壁が立ちはだかり、意外なことにそれは他ならぬスレイン報国だった。

 

 エ・レエブルが頭一つ抜きんでているものの、リ・ロベル、リ・エスティーゼの経済的勃興は著しく、それは必然的に各域内における貧富の差の拡大を招いた。だがしかし、不思議なことにこういった場合につきものの貧民窟(スラム)の形成といった現象は見られなかった。

 これら自由都市群は長らく「銘々がその責を負う限りにおいて自由勝手」を理想と掲げてきたため、この時点においても公に治安維持の軍や警察を運営するという発想を欠いており、今なお個々人、特に冒険者(ヴェンチャー)の矜持にその辺りを依存する危うげな体制を採り続けていたのであるが、ここに貧民窟が形成されその住民が日々の糊口をしのぐべく安易な手段に手を染め始めれば、到底対処は不可能となる、はずだった。

 

 が、そうしたことは起こらなかったのだ。

 皇子アレインの噂が自由都市群に伝わって以降、主に自由都市で食い詰めた者たちの多くがスレイン報国へ移住していったからである。

 

 民、というものは、ときに為政者よりも目敏(めざと)い。

 弱者、愚者がそのままに楽しく遊び暮らせる国を造るのだ、とするアレインの真意……果たして本当にそうなのだろうか?……が母に告げられたのは触れ得ざる塔事件の後の話であるが、自由都市民の多くはもっと早くから、スレイン報国がそれを指向していること、国家と慈悲深い皇子がすべてを差配してくれる夢の国であるらしい、ということに気づいていた。

 一方で、自由都市群の為政者たちも当然この人口流出には気づいていたが、移住していく者の大半は、そのまま都市内に留まられても遅かれ早かれ厄介事の火種になりそうな連中ばかり、と、これを気にも()めなかった。

 

 そして、自動織機の発明を受けてその動力源としての安価な労働力が求められた時点で、エ・レエブルには、自動機械の採算に合う賃金で割に合わない仕事を引き受ける無能は最早一人も残ってはいなかったのである。

 

 無論、聡明なエ・レエブルの資本家(ブルジョア)たちはこの程度で諦めることはなく……と言うか、開発に投じた資金を何とか回収すべく、エ・レエブル傘下の町村に、機織りの労働環境を劇的に改善するであろう発明の売り込みを図ったが、これが捗々しくない。

 そもそもそういった町村に暮らす人々は、エ・レエブルのような生き馬の目を抜く自由競争社会を潔しとせず、旧王国時代以来の牧歌的な暮らしを好んだ人々だ。彼らは「これを導入して日々の労働を楽にせよ」と迫る売り込み人(セールスマン)の考えがまったく理解できなかった。

 機織りは農閑期や長雨で野良に出られない際の趣味を兼ねた小遣い稼ぎであり、そもそも苦になどしてはいない。何が悲しくて、その趣味を取り上げられた上に先祖伝来の田畑を売り払ってまで訳のわからぬ機械なんぞを贖わねばならんのか、と。

 

 かくして、エ・レエブルに見えた産業革命の萌芽は、虚しくも忘れ去られていったのである。

 

 ところで。

 

 結果的に自由都市群の産業革命を阻んだ夢の国、スレイン報国は、果たして本当に夢の国であったのだろうか?

 

 ここに一つ興味深い数字がある。

 実はスレイン報国は、国号変更以来、皇子アレインの登場を経てもなお、その統計上の総人口がほとんど増減していない。

 

 少なくない移住民を受け入れ続けているにも関わらずだ。

 

 そもそも前身となるスレイン法国が、六大神のギルド維持資金を捻出すべく建国されたこともあり、伝統的に同国では上意下達(トップダウン)の計画経済が採用されている。

 つまり、かつてはユグドラシル金貨に<換金(エクスチェンジ)>される物資、六大神身罷って後はそれを踏襲して徴収された上層部が陰謀を推進するために必要な生産量がまずあって、その生産が民に求められる。民側には、取るに足らぬ我が身が神に応えるにはこれのみがその道ぞ、と動機付けされているので、黙々とその要求が処理され続け、民はその余剰でもって自らを養った。

 

 そして総人口は、この経済がうまく回る程度に常に調()()されていたのだった。

 

 報国に国号が改まって後は、内部にいる者で気づく者はいまいが、これがより悪辣になった。各々の民が要求される生産量は、それを浪費していた六色聖典がいなくなったことにより過分に軽減されはしたものの、並行して始まった人口流入は否応なく経済の均衡(バランス)を攪乱する。

 が、表向きは不意の流行り病であるとか、自然災害であるということになってはいるが、恣意的な間引きがおこなわれていることに、気づく者は気づいていた。実際、秘密警察的な性格も有していた六色聖典の解散以降、報国内では人の子シロクロの国家運営に疑念を抱いた人々による少なくない抵抗運動(レジスタンス)が存在した。

 

 だが、そこに参与した人々に自覚はなかったであろうが、実はこの運動は、呆れたことに国家によって運営されていた。

 

 建国以来の歴史の積み重ねもあって勤勉実直な性向を有する報国民の中からは、少なくない聡明な人材が輩出され、中でも体制への迎合の才を発揮したものは次々とシロクロに首刈られる国官の補充に充てられたものであるが、そうでない者は、本人の意図とは関係なく自然とこの抵抗運動に吸収されていくことになる。そして多くの場合、巧みな扇動を受けて以下のような思想を胚胎するに至る。

 

 今は雌伏のとき。

 たとえ一時は賊の汚名を被ろうとも、報国民解放活動の資金を得る義賊たるべし。

 

 かつて大陸の多くの陰謀の輸出元であった法国は、報国に改まって後は野盗の産地となり、彼らは隣接するアベリオン丘陵やエ・ペスペル、エ・ランテル周辺へと散っていく。その多くは、そもそもうまくは()()()()()()()差配されているがゆえに在地の亜人勢力や冒険者に撃退されるのであるが、中には成功を収め一大勢力に成長するものもあった。

 すると、これをデミウルゴスが捕捉して、嬉々として至高の(あるじ)の狩りの獲物に捧げるのであるから、やられている方はたまったものではない。たまったものではないが、気づいたときは既に手遅れで、後進にこれを伝える術もなく、そもそもこの構造に気づける者はここには陥らないのである。

 

 かくして。

 

 報国に流れ着いた食い詰め者は、これさえやっておけば楽しく遊んで暮らせる、とされた銘々の能力に余裕をもって差配された仕事を淡々とこなし、そこから一歩足を踏み外せばいつの間にやら誰にも気づかれることなく間引きされている、という境遇に甘んじることになった。

 そして、野盗に陥れられる者同様、そもそもこの構造に思いが至るものは決してそこには陥らないのであるから、必然的に、アレインが愉快げに語ったように、弱者、愚者、無能だけが上澄みのように濾しとられ、楽しく遊び暮らしながら只今のスレイン報国の生産全般を支えているのである。

 

 これを地上の楽園、夢の国、と評するか否か、についてはなかなかに難しいものがあると言えよう。

 

 そして次なる動乱は、奇しくもこの巧みに組み上げられた構造を引き金(トリガ)にして起こるのである。




<次話予告>

六百年振りに故国の土を踏むクレマンティーヌを、来訪者(プレイヤー)()国の闇が困惑させる。

億劫のオーバーロード第8話『死肉喰らい』

「ねー、いいじゃん!
 丁度あの子たちも居ないんだしさぁ!」
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