億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話最終回、愛する人を自ら屠った(コクーン)のジャムはどうなるのか?そして、この事件は大魔王アインズ・ウール・ゴウンに何をもたらしたのか?


10.我常に虚空に在って

 自身の仲間であるはずのマルタンを一撃の(もと)に葬った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムは、その光景に呆然とする奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン、その一党に一瞥もくれることなくしばしそのまま佇んで縷々と涙を流していたが、

 

「……ジャネーーーット!」

 

と、唐突に何者かの名を呼んだ。

 ややあって、彼のギルド拠点につながっているのであろう斜坑から、三角帽子(ウィッチハット)をかぶり箒に乗った若く可愛らしい魔女が、ふわふわと漂うように飛んで来た。あれが、ジャネット、であるらしい。

 

「ジャム様、御用の向きは何ですか?」

 

 ジャネットは、ついさきほど主人筋の一人を葬ったジャムに対し、特に何でもないという様子で用件を問うた。あれは、シャルティアほどではないにせよ、いささか頭のネジが緩んだNPCであるに違いない、とキーノは思う。

 

魔女の火祭り(ヴァルプルギス)内に生存している在地の子どもたちをここへ集めよ。」

 

 簡潔にジャムがそう命じると、やはりジャネットは何の疑問もない(ふう)に「いえっさー!」と応じて再び斜坑の中に消えていった。待つことしばし、たくさんの鬼火(ウィスプ)に導かれてわらわらと豚鬼(オーク)、人間の子どもたちが姿を現す。

 

「キーノ・インベルン。」

 

 やはり唐突に名を呼ばれて、キーノはジャムの方へと歩み寄った。

 これを妨げる見えざる手はもうない。

 

「手間をかけるが、生き残った子どもたちはおまえに託す。」

 

と、ジャム。

 

「それは承るが……その……すまない!」

 

 キーノは深く腰を折ってジャムに頭を下げた。

 

「私の思慮の足りない行動のために、おまえにマルタンを……」

 

()めたまえ。」

 

 軽く差し出されたジャムの手の平がキーノに向けられる。

 

「これは私の問題で、おまえには関係のないことだ。」

「で、でも……」

 

 キーノには、少なくともジャムは、マルタンが憎くてこうしたようには思えなかった。

 マルタンのジャムに対する態度があんまりであったのは事実だが、ジャムが滔々と流した涙は、ジャムのマルタンに対する特別な感情の存在を雄弁と語って余りあった。

 

「キーノ・インベルン。

 おまえは本当に心根が優しいのだな。」

 

 相変わらずジャムの表情はいっさい揺るがぬ鉄面皮を保っているが、キーノには不思議と彼が微笑んでいるようにも見えた。

 

「おまえは結果的に私を救った、とも言える。

 そして……アインズ・ウール・ゴウン。」

 

 ジャムは大魔王の名を呼んだ。

 

「聞いているな?

 あぁ、混乱の元になるから姿を現す必要はない。」

 

 その言葉の通り、アインズは隠形(おんぎょう)()くことはなかった。

 ついさきほどまでアインズの気配を真傍(まそば)に感じていたキーノも、今アインズがどこに居るのか、それとも既に居ないのか俄に判断がつかなかった。

 

「おまえにも感謝を捧げよう。

 手間をかけるが、拠点崩壊後の我がNPCの処分はおまえに任せる。」

 

 そう言うと、ジャムは足を地面から浮かせそのまま宙に浮かんで坐禅を組んだ。

 左右、腰の高さに(ひら)かれた指先がそれぞれに(いん)を形作る。

 

「我は(すで)()すべき(ところ)()し、(まさ)()すべき(ところ)()せり。

 常に虚空(こくう)()って、(なんじ)()すを見守らんと(ほっ)す。」

 

 魔法詠唱であるかのようにそんな言葉を唱えると、次第にジャムの姿が薄くぼやけて向こうが透けて見えるようになり、やがてそのまま音もなく空間に溶け込んで消えた。

 あっ、とキーノはジャムのあった位置へと手を差し伸べたが、既に何の手応えもなく、ただ虚しく空気を掴むのみであった。

 

 

 

 コンコンチキを先駆けに飛ばして、キーノたち一行(いっこう)は孤児たちを引き連れて帰路についた。

 数え上げてみれば生き残った子どもは百五十名と少しで、オークネイス前市長の見積もりは甘かったようだ。逆に言えば、今少しキーノたちの行動開始が遅れていれば、すべての子どもを食べ尽くしたマルタンが思わぬ行動に出ていた可能性もあった、ということになろう。

 

 子どもたちを引き連れての旅は、キーノたちも中継点とした宿場町までも五日の旅となり、最初の一日目は糧食もなかった。

 自分たちが遅かれ早かれマルタンに脳を(すす)られる運命(さだめ)であったことに思い至っていなかった(もの)たちは「あそこでは美味しいご飯が食べられたのに」と(コクーン)の拠点に戻りたがったものだが、二日目以降、折り返してきたコンコンチキが飛竜(ワイバーン)の背に籠一杯のパン、飲み水を運んで来て、漸く様子が落ち着いた。

 宿場町には、温かい食事と身体(からだ)を洗える湯が用意されていて、キーノはコンコンチキの段取りの良さに舌を巻いた。激情に駆られて踏み込んでしまったものの、自分には孤児たちをオークネイスに連れ帰るとして具体的にどうするか、連れ帰ったとしてその(あと)はどうするのか、について思案があったわけでは必ずしもない。

 

 半人半馬(セントール)の族長すら驚いたことになるが、宿場町には彼の配下のうち子どもの数に等しい百五十余騎が控えていて、銘々にオークネイスまでの道中、孤児たちをその背に乗せた。こんな体験はほぼすべての子どもにとって初めてのことで、中には怖がる(もの)もあったが多くは奇声をあげて興奮し、落ち着いた(のち)は自分を乗せてくれる半人半馬(セントール)と親しく語らった。

 聞けば、コンコンチキから顛末を知らされた新市当局が半人半馬(セントール)の軍団に相談し、誰彼からともなくそうしよう、ということになってこの運びとなったらしい。合わせて、帰還後の孤児たちがたちまちに露頭に迷うことのないよう、しばらくはいくつかの冒険者組合(ギルド)に分かれて寝泊まりできる差配と、その(のち)の恒久的対処についても市議会が既に準備を始めているとのこと。

 

 正直なところキーノは、一番最初に半人半馬(セントール)の集落でオークネイス反主流派の主張を知ったとき、彼らの関心は政敵となる前市長を打倒し権力を奪取することであり、事の真偽はともかく孤児が触れ得ざる者に喰われている、という醜聞(ゴシップ)は、あくまでも目的のための大義名分であって、孤児の命運自体は彼らの関心事ではない、と考えていなくもなかった。今もその判断自体が間違っていたとは思っていないが、いざ事が動いてみれば、大勢(たいせい)は真っ当な方向へ呆気なく進んだ。

 無論これには、彼女が制圧なった市庁舎前で(がら)にもなく振るった熱弁の影響も少なからずある。更には、彼女が数千年に渡って倦みも飽きもせず有志に語って歩いて醸成された下地があってはじめてそれが受け入れられた面も否めず、実際、それが真実であった。

 

 が、キーノがこれを自身の功と誇ることはなかった。

 むしろ彼女は、今回の一件に学び、一層自身の活動を陶冶すべきである、とすら考えていた。

 

 (のち)に城塞都市オークネイスには、不運にも両親を失った子どもを独り立ちが叶うまで保護し教育する施設が設けられることになるが、その呼称、一人ゆく者の園(スクオーラ・インベリーノ)が、自身に由来することを、キーノは長く知ることがなかった。

 

 

                    *

 

 

「……ということがあってな。」

「ふーん。」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、その(あるじ)が日常微睡む謁見の間。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、いつものように前触れもなくふらりと現れて、転寝していた友ツアーに、世界東端(とうたん)での一連の出来事を語って聞かせた。

 

 アインズの情緒的な部分を支えるのは主に愛妃アルベドの任とするところで、彼が心に何かもやもやとしたことを(かか)えた場合、彼女との情事の合間の睦言(ピロートーク)に供されるのが常である。

 が、今回は来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ジャムの内面に迫るに当たり他ならぬアルベドとの関係を出しに使ったこと、それを省いては話が成立しないことに気づかないほどアインズは阿呆ではない。なので、アルベドを含むナザリックの面々には、ただ「(コクーン)の連中は内輪揉めで果てた」ということだけが告げられていた。

 さりとて、どうにももやもやとしたものが晴れないのも事実なので、仔細を忘れてしまう前に、とツアーの元を尋ね問われず語りに語った、といったところ。

 

「何と言うか。」

 

 こいつはどんな反応を示すだろう、と期待半分、不安半分のアインズはない耳を傾けた。

 

「キミたちは存外ボクの娘を好き勝手に使ってくれるものだね。」

 

 ……そこかよ!

 

「おまえはそう言うが、これはオレたちなりにコニーに気を遣ってのことなんだぞ。」

 

「?」

 

 ツアーは、なんでやねん、という顔をしている。

 

「オレは時折あいつのところに顔を出すが、決まって別れ際の言葉は……」

 

と、アインズは舞妓のように(たお)やかに骨の手の平をくねらせながら、ツアーの娘コニーの口調を真似て見せた。

 

「……既に子を得よう、などという歳でもないが、さりとて独り寝が寂しい夜もあるぞなもし。それともアインズさん。そなたが(わらわ)の一晩の、お相手なりとも、務めてくれよーかぁー?」

 

 ツアーから見たそれは下手糞な盆踊りだ。

 アインズの動きにウケたのか、言葉の(ほう)か、あるいは両方か。ツアーは、ぷっ、と笑った。

 

「実際、あいつのところから戻って来たセバスは頬が痩せこけて見るも無惨な有り様だった。おまえに対してもそうだが、オレは貸し借りが一方に傾くのは好まんから、コニーにもこちらの作戦(ミッション)に協力してもらう、とまぁ、そういうワケだ。」

 

「なるほど、それはセバスには悪いことをしたね。」

 

 どこまで本気で言っているのかは不明瞭ながら、ツアーはそんなことを言う。

 

「気にする必要はない。あいつも役得と思っていなくもなかろうし、これを仕組んだデミウルゴスは終始上機嫌で自室に籠もって床をバンバン叩きながら笑い転げていて、第七階層(溶岩)の住人から山程寄せられた苦情処理にアルベドはてんてこ舞いだったが、そのアルベドも頬をパンパンに膨らませて吹き出すのを(こら)えていた。誰も損はしちゃいないさ。

 ちなみにデミウルゴスはセバスとコニーの情事をまたぞろワケのわからん手段で録画していたようだが、なんなら届けさせようか?」

 

「冗談はよしてくれ!」

 

 ふんっ、とツアーは鼻息を吹いて、アインズはハハハッ、と愉快げに笑った。

 

「で。」

 

 やおら口調が真面目に転じたツアー。

 

「そのプレイヤーは……どうなったんだろう?」

 

 ツアーにとっても、プレイヤーが戦闘によって打ち倒されたわけでもないのに透けて見えるようになってそのまま消えた、という話は興味関心を惹くらしい。

 

「まぁ、ああなるだろう、と予想はしてたんだが。

 正直なところ……わからん。」

 

「予想してた?わからない?」

 

 どちらもツアーにとっては意味不明であるらしい。

 

「うろ覚えだがな。

 あいつの属性(クラス)涅槃(ニルヴァーナ)のフレーバーテキストにはこうあったはずだ。

 

 <すべての煩悩から解脱した彼は、最後に残った欲望、

  一切衆生の救済を果たした暁に虚空へと溶けて消えるだろう。>

 

 ……だったかな。どんなに荒唐無稽なことであっても、ゲーム上意味がなく雰囲気を醸すだけのただの言葉であっても、フレーバーテキストに書かれていることはこちらの世界で現実になる。あいつにとっちゃ、自分で片をつけた友人、そいつがおやつに集めた孤児の解放、が心残りのすべてだったんだろうな。

 あいつが殺した仲間は脳喰らい(ブレインイーター)だったが、同じ脳喰らい(ブレインイーター)のタブラさんが脳味噌食ってんのをユグドラシル時代に見た憶えはない。これも同じことだわな。いや、あいつのことだから隠れて食ってたかもしれんが。」

 

「それで予想していた、と。

 どうなったかがわからないのは、ユグドラシル的には<虚空へと溶けて消える>が無定義だから、ということだね。」

 

「流石だよ、ツアー。呑み込みが早くて助かる。

 とにかく、あいつはユグドラシル的には死んではいないからな。何かの拍子に戻って来ないとも限らないから、ナザリックの記憶にはあいつの外見、能力、事の経緯は残しておくが、まぁ、よもや役に立つ日は来るまい。」

 

「なるほど、よくわかった。」

 

と、ツアーは大きな竜の前脚を突き出してそう言うも。

 

「でも、ではアインズがどうしてボクを訪ねてきたのかがわからなくなる。」

 

 ツアーとしては、アインズの関心事は、結局どうなったのか、再来の可能性も含めて不明瞭なジャムなるプレイヤーの去就であるように聞こえていたので、そこに問題を感じていないのであれば、ではアインズが何を論じたいのかがわからない。

 そもそも、これまでに撃退されたプレイヤーにしても、消失(ロスト)までに至った(もの)はいないので、然るべき手段を講じさえすれば復活蘇生は不可能ではない。ジャムもそれに準じるものではないのか……アインズの関心事がそこなのであれば、ツアーはそう応じるつもりでいたものだ。

 

「それが自分でわかるくらいなら、煙たがられるのを承知の上でおまえの安眠を妨げには来ないさ。」

 

 ……安眠妨害だとわかってはくれているんだね。幸いだ!

 とツアーは思うも、これは口には出さない。

 

「キミが必要以上に陽気に振る舞うのは、決まって何か不安があるときだ。」

 

「……素直には認め難いが、ツアーがそう言うくらいだからそうなんだろう。」

 

 アインズは、言葉を濁しつつもツアーの指摘を素直に受け入れる。

 

「改めて、この世界においてユグドラシルプレイヤーが否応なく背負わざるを得ない宿痾に思いを馳せている、といったところかな?」

 

「あぁ、そうだな。そうかも知れない。」

 

 そう応じたアインズは、しばし呻吟した(のち)に語り始めた。

 

「ジャムに決して嫌な印象はなかったんだ。むしろ鉄道を敷設して運行を現地人に任せ、互恵関係を結ぶってのはなかなか巧みで感心すらしたさ。実際あいつはオークネイスの支配層からは敬意を以て遇されてたようだしな。鉱山が資金源、ってのは永続性に難ありではあるが滑り出しとしては上々で、オレはあいつとは大地溝帯を境に管轄を区切って、今後現れる無作法な来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に備える協約を結んでもいい、とまで考えていたくらいだ。」

 

「まぁ、キミからしたら、彼らが多少人間、亜人の子どもを喰らったとて知ったことではないよね。キミとてそこについては偉そうなことは言えないのだから。」

 

「そういうことだ。だからオレには、ジャムに追い込みをかける理由なんて一切なかった。」

 

 ちなみに。

 オークネイスの政変(クーデター)の引き金となった、触れ得ざる者が子どもを喰らっている、という噂は、名誉挽回の機会を狙っていた恐怖公がデミウルゴスに唆されて、事態を動かすべく意図的に広めたものであることにアインズは気づいていた。だが、デミウルゴスは(コクーン)の拠点位置を特定しておらず、当然マルタンが子どもを喰らっていたことも知らなかったので、実はこの噂は嘘から出た(まこと)だったのだ。

 一方で、デミウルゴスはまったくの嘘だと思ってこれをやっていたわけでもない。彼は、ジャムの企図が<巫女(ヴォルヴァ)の布告>の入手にあることを看破した時点で、アインズと同様の推理から<均衡の天秤(バランス・オブ・バランス)>との組み合わせが真の目的であることに気づいていて、想定されるもう一人のプレイヤーが喰らっているか否かはともかく現地人を何らかの形で消費しているに違いない、と結論していたのである。

 

「あいつは頭がキレるから、(ほう)ってほけば遅かれ早かれ<巫女(ヴォルヴァ)の布告>に辿り着く可能性は大いにあった。これに不毛な防衛戦を構えるくらいなら、世界を丸ごと改変して仲間を改心させる、なんて馬鹿げたことだと気づかせる(ほう)が話は早い。そう思って、これまで敢えて来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に語ることのなかった()()()()()を教えてやったんだが……見事に裏目に出た。」

 

「裏目かなぁ?結果良ければ、という気がしなくもないが。」

 

「あぁ、そこもおまえの言う通りかもしれん。いや、実際そうだろうよ。」

 

 同意しつつもアインズには何か引っ掛かりがある様子。

 

「本質的にはジャム自身の問題だ。こればかりは断言できんが、<現実(リアル)>のジャムは少年愛嗜好の中年男性で、ユグドラシルに参加していた動機も多分それだ。そういうヤツは存外たくさんいたもんだ。そしてあいつは、ユグドラシルのサービス終了直前に、結果的に自ら屠ることになったプレイヤーの未成年の中の人を、自分の住処(すみか)に同居するよう誘っていたらしい。これはオレの倫理観としてもぎりぎり駄目(アウト)だ。

 一方でその少年の(ほう)も一癖あって、こいつはそもそもジャムの中の人の好意に気づいていて、それを利用しておそらくは金銭的な利益をジャムの中の人から得ていた可能性が高い。これまた悲しいかな、男同士で、は珍しくはあるがユグドラシルではしばしばあったことだ。そしてジャムが、一緒に住まないかとまで誘った少年に自らケリを付ける意を決したのは、オレが余計な知恵を吹き込んだせいで、連中のギルドの日誌(ログブック)に記録されていた少年の本音を知ってしまったからなのさ。」

 

「何と言うか……救いのない話だね。」

 

と、溜息混じりのツアー。

 

「連中の自業自得だ、と言ってしまえばそれまで、なのはそうなんだよ。オレが何もしなくても、きっとあいつらは遅かれ早かれ破綻する運命だったんだろうな。

 だがな。」

 

 アインズは一旦言葉を切り、今一度考え込む様子を見せた。

 

「仔細はともかく、連中の<現実(リアル)>の中の人がそうだったのはほぼ間違いない。

 だが、ジャムにせよマルタンにせよ、中の人そのものではなく、むしろ直接には関係がない。

 ジャムは化身(アバター)絶対中立(アブソリュートニュートラル)の影響をもろに喰らって、中の人の毒気が抜けて純愛(プラトニック)の人になっちまった。手の込んだギルド維持手法も、ただただマルタン守りたさから考えたことで、孤児の招き入れもマルタンに唆されて粛々とやったんだろうよ。

 逆にマルタンは、元からジャムの好意に付け入って手段化してたのはそうだろうが、どこまで悪辣だったかはわからん。ジャムがこいつに恋していたのは事実なんだから、うまく立ち回ってたんだろうが、むしろ化身(アバター)の極端な(カルマ)の影響をこちらももろに喰らって、中の人がぎりぎり露見させていなかったドス黒い部分が丸出しになったんだろうな。」

 

 ツアーは黙り込んだままアインズの話に耳を澄まし続けた。

 

「問題はな。

 オレ自身もそうだが、こちらに渡り来たユグドラシルプレイヤーの主観では、ユグドラシル時代の記憶とこちらに渡って来て以降のそれはひと続きに繋がっていて、今でもオレはほんの半年前までは人間、モモンガの中の人だった気分が抜けないんだが、それを振り返っているオレは、間違いなく今ここにいるオレ、アインズ・ウール・ゴウンなんだ。オレは昔からずっとこうだった、こう考え続けてきた、と直感的には思えてしまう。

 だからジャムは、きっと自分のことをマルタンに手を出すことなく優しく見守って来た純愛の紳士で、ユグドラシルのサービス終了日に勇気を振り絞って告白(カミングアウト)したんだと思い込んでいただろうし、マルタンの(ほう)はずっと昔からジャムをいいように手の平の上で転がして財布代わりにしてた、と思っていたはずなんだ、どちらもそんなはずないのにな。わかるか?」

 

「つまり。」

 

と、ツアー。

 

「図らずもキミは、彼らの成り立ちに思いを馳せた挙げ句……自分自身の成り立ちを疑わしく思えてきてしまったわけか。頭が良過ぎるのも考えものだなぁ。」

 

 呆れた口調でそう言えば、

 

「うーむ……頭が良過ぎる、というのはともかく、当たらずとも遠からずといったところかなぁ?

 正直、どうして自分がこの一件以降、こうもモヤモヤ感じるのかはよくわからないんだよ。」

 

 アインズの口調は俄に柔らかくなり、スズキサトルの()とされるそれに近づいた。

 一方でツアーは、アインズがまさに、そのスズキサトルの()、といったものがかつて<現実(リアル)>に存在したことに疑いを覚えてしまっているのだ、ということに気づいていた。

 

 まったく……世話の焼ける骸骨だな。

 

 そう思わなくもないツアーではあったが、同時に、この比類なき大魔王が、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターといったナザリックの誇る三賢者(トリニティ)にすら諮れずにいることを、自分にだけはこうして相談しに来ることについて誇らしく思わないでもないツアーは、ここは一つ世話を焼いてやろう、と(はら)を括った。

 

「ボクはユグドラシルプレイヤーではないからね、その実のところに思いが及ばないのは事実だ。」

 

と、まず断りを入れた上でツアーは言う。

 

「しばしばボクら竜王(ドラゴンロード)が<永い眠り>に堕ちるのはキミも知っての通りだが。」

 

 この世界の竜王(ドラゴンロード)は、基本的に寿命のない不老不死の存在であるが、数百年に一度、彼ら自身が<永い眠り>と呼ぶその名の通りやはり数百年に及ぶ長い睡眠を取ることがある。この(あいだ)に寝首を掻かれて絶命する竜王(ドラゴンロード)すら過去にあったことをアインズも承知している。

 

「<永い眠り>から醒めたとき、これはボクの主観からすると日常の惰眠と大差はないので、たちまちには長い時間が経ったことに気づかないんだよ。」

 

「そうなの?」

 

 このツアーの告白に、アインズはきょとん、と驚いた様子を見せた。

 

「では何故自分が<永い眠り>に堕ちていたと気づくか、と言えば、訪ねてくる評議国代議員の顔触れがすべて知らない顔に入れ替わっているからだ。どれだけ長寿の種族でも、ボクが眠っている間に死んでしまうからね。」

 

 ツアーが永年評議員を務めるアーグランド評議国においては、傘下の各種族から選出された代議員たちが、定期的に評議員たる竜王(ドラゴンロード)を訪ねて自分たちの政治の監査を受ける習わしである。

 

「あぁ、なるほど。そりゃそうなるわな。」

 

「で、馬々鹿々しくは思いつつも彼らに初対面の挨拶を交わして、ところでボクはどのくらい寝ていたの、と尋ねて初めて自分がどのくらい寝入っていたのかを知るわけさ。」

 

「……なんというか、おまえららしい、っちゃーらしい話ではあるわな。」

 

と、いささか呆れ気味のアインズ。

 

「でも、最近になって気づいたんだが、どうもそういう(ふう)に感じている竜王(ドラゴンロード)は、ボクだけ……ということはなかろうとは思うが、どうも少数派であるらしい。」

 

「……?

 どういうことだ、それ?」

 

「なーに、(たね)を明かせば簡単なことさ。

 ボクが<永い眠り>に堕ちていたと気づくのは、評議国代議員の顔触れが一気に入れ替わったことに気づくからだが、ボク以外の評議員たちはボクの知る限り代議員の名前と顔を憶えていない。」

 

 いつものように、アインズの骨の口がパカリと(ひら)く。

 

「……はぁ?」

 

「より正しく言うならば、寿命の短い人間、亜人との関係性に重きを置いていない、というべきかとは思うが、そういう具合だから、自分が<永い眠り>に堕ちていたと気付かない竜王(ドラゴンロード)も少なくないんだ。

 まぁ、竜王(ドラゴンロード)にとって<永い眠り>はある意味禁忌(タブー)の話題でもあって、そりゃ、自分たちの最大の弱点だからそうなるのも無理はないんだけれども、そんなわけで他の(みな)がどう思っているかの裏取りまではできていないんだが、ボク自身の初めての<永い眠り>から目覚めた(のち)、ボクが眠っていた間にかけた不便を詫びて巡った評議員たちが、揃いも揃って、おまえ何言ってるんだ?な顔をしたのは事実だ。」

 

 ハハハッ、とアインズは笑った。

 

「そりゃ傑作だな!」

 

「キミのことだ。既にボクの言わんとするところには気づいているだろうが……」

 

「よしてくれ、ツアー。そういうデミウルゴスみたいな物言いは!

 是非、おまえの言葉で聞かせてくれ!」

 

と、上機嫌なアインズ。

 やれやれ、とツアーは話を続ける。

 

「つまるところ、ボクが自身が<永い眠り>を挟んで存在し続けていることを知るのは、もちろん一貫した記憶が続いているから、というのもあるが、むしろ周囲との関係性が大きいということだよ。都度それが初期化(リセット)される、という逆説的な形ではあるのだがね。周囲との関係性を重視しない竜王(ドラゴンロード)はこれに気づくことすらない。

 どうだいアインズ?キミたちの<現実(リアル)>からこちらの世界への顕現との、共通性を感じないかい?」

 

「……な!」

 

と、アインズは息を呑んだ。

 

竜王(ドラゴンロード)は何事にも極端だからこういう話になるが、これは人間、亜人の日々の睡眠も、これまたボクには推し量ることしか叶わないが、本質的には同じではないか、と思う。

 彼ら自身、そんなことを自覚的に思い悩むのは余程の変わり(もの)に限られるだろうが、抗えぬ眠気に堕ちて翌朝目覚めたとして、目覚めたのが翌朝だと信じることができるのは、おまえは昨夜から今朝まで寝ていた、と告げる他者がいるからだ。

 目を覚ましてそれを告げる(もの)はおろか、誰ひとりとして知る(もの)のない場所にあれば、自分がどれだけ眠っていたかを知る(すべ)はなく、記憶が続いていることにもさしたる意味はない。記憶はつまりのところ、他者との関係性の記録なのだから。」

 

 こくこく、と頷くアインズ。

 

「キミたちユグドラシルプレイヤーの場合、つまりこの話の睡眠がこちらの世界への転移に相当する。

 そして、プレイヤー主観で一貫して感じられる記憶が、実は(ただ)しく元の中の人のそれと一致するわけではない、というのが問題になるわけだが、これはそもそも問題ではなくて、キミたちは中の人そのものでは決してないのだから、当人が受け入れるか否かはともかく、それはそういうものだ、と割り切る他ない話なのだろう。

 一方で、キミたちの記憶は、限定的ではあるがユグドラシル以来の他者との関係性を正しく記録したものであり、キミを支える至高の四十一人の事績然り、忠実なる下僕(しもべ)諸君との関係性然りだが、今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)についていえば、まさにここに記録されたところの関係性に、必ずしもこちらで顕現した二人の(せき)に帰するものでもなかろうが、それでも致命的な瑕疵が含まれていた、ということになるのではないのかな?

 決してキミを擁護して言うわけではないが、そういう意味で、キミ自身既に気づいているように、キミの介入、無介入に関わらず彼らの運命は決していたし、それを以てキミがキミ自身の記憶に不安を(いだ)く必然性はなかろうし、そもそもキミにキミの記憶に問題のあるやなしやを知る(すべ)はないのだから、そんなことを思い悩む暇でアルベドと愛し合うのがいいんじゃないのかい?」

 

 自身、いささか詭弁に過ぎるかと思いつつそう言い切ったツアーには、この時点では、よもやこれからたったの八十年後に、自ら語ったこの枠組みを揺るがす大事(おおごと)に巻き込まれるなど予想できようはずもなかった。

 

 一方のアインズは、何かが吹っ切れたものか「流石はツアーだ、面白いことを言う、切り口が斬新だ!」と大いに感心して、意気揚々とナザリックへ帰還の途についた。

 竜王(ドラゴンロード)の多くが<永い眠り>に自覚がないのではないか、とするツアーの見解は余程アインズのツボを突いたようで、数日後の三賢者会議(トリニティ)で、アインズはこれを自慢の知の下僕(しもべ)たちに得意げに披瀝したのであるが、三人揃って「そんなことはご教示いただくまでもなくそうでしょうが、それが何か?」な態度で応じられて、しばしアインズは落ち込む羽目になった。

 

 

                    *

 

 

 これから三ヶ月の後、鉱山から供給されていた維持資金を断たれた魔女の火祭り(ヴァルプルギス)は、その蕩尽に伴い呆気なく拠点崩壊を迎えた。

 同時に、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の遺産、蒸気機関とそれによる発電に依存していた電信が動作しなくなった。その動力の源となっていた炉内に封じられていた鬼火(ウィスプ)たちが、忠誠の縛りを()かれて何処かへ逃散してしまったがためである。

 オークネイスの豚鬼(オーク)、人間たちは、蒸気機関が湯を沸かすことで駆動していることには気づいていたので、これを補完することができないか試行錯誤をしてみはしたものの、そもそもマルタンが設計した機関は鬼火(ウィスプ)の永続性を前提としていたためか燃料を()べる機構を欠いており、また、こちらの世界に機関を駆動するに足る熱量を有した化石燃料が知られていないこともあって、<鉄の大蛇>は儚くも無用の鉄屑と化した。

 唯一(ゆいいつ)電信に見られた、言葉を符号化することで機械的に遠方(えんぽう)へ伝達する、という発想は受け継がれ、(のち)に城塞都市オークネイスと傘下の第二都市(セコンダチッタ)第三都市(テルツァチッタ)第四都市(クアルタチッタ)を中継所を介しながら綱で繋ぐ通信網が整備され、当地の政治経済の発展に大きく寄与することとなった。

 

 拠点崩壊を察知したナザリック地下大墳墓は速やかにその制圧に乗り出し、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは定石に従って最早従うべき(あるじ)も秩序も失ったNPCたちを殲滅すると共に、その遺留品を回収した。

 当然のことながら何よりも貴重な<換金箱(エクスチェンジボックス)>が接収されたものの、既に本来の力を失ったギルド武器の他には目ぼしいものは見つからなかった。ジャムたちは、転移直後は宝物殿に賢明にも残したユグドラシル金貨で食いつなぎ、鉱山への鉄路を拓いてその運用が安定するまでは手持ちの魔法の品(マジックアイテム)を換金することで当座を凌いでいたらしい。

 拠点内からは夥しい数の頭蓋を割られ中身を(すす)られた子どもの遺骸が見つかった。元からの構造であるのかは定かでないが、拠点内の動線は外部に接する側と玉座の間のある側で綺麗に二分割されていて、外側部分には孤児たちが寝泊まりし食事を供されていたと思しき空間があった。

 対してマルタンは玉座の間(がわ)に籠もっていたようで、こちらには工房があって造りかけの蒸気機関が数台発見された。どうやらマルタンはそれを拵えながら食欲を覚える都度、外側へ出掛けていってはお菓子を餌に子どもを内側へ連れ込み、脳味噌を喰らった後は遺骸を処分するでもなく放置していたようである。

 ナザリックによっておこなわれた後始末はこういったものだったので、現地人に供された蒸気機関に潜んでいた鬼火(ウィスプ)、拠点から鉄路に沿って哨戒に当たっていたそれらについては放置された。特段知性も有さないそれらは誰にとっても脅威とはならないだろう、と見做(みな)されたがためであるが、ジャムから「不死者(アンデッド)の濃厚な気配のある場所を探せ」と密命を受けた魔女エレインだけは、何故自分がそんなことをし続けているのか、そもそも何を探していたのか、を失念して以降も世界を彷徨い(つづ)けることになった。

 

 キーノ・インベルン率いる<黒の百合(ゆり)>は、オークネイスの情勢が安定したのを見届けた(のち)にこの地を離れた。

 魔女の火祭り(ヴァルプルギス)の斜坑前での決戦の(あと)、特にアインズからは事情説明のようなものもなく、彼女らとてそんなものは期待していなかったので、キーノ、クレマンティーヌの視点からは、どうしてこういう顛末になったのか、今一つ合点のいかないものが残ったことは否めないのだが、それもまた、彼女らからすれば何を今更だった。

 

 かくして世界はひとときの平穏を取り戻した。

 まったく想定外の来訪者を得て、でありながらこちらの世界の原住民たちが誰一人知らぬままにトンデモない事態が進行するのは、これより八十年ほど先の話となる。

 

 

                    完

 




<次話予告>

足掛け四千年に及んだ大長編、終に完結。

そいつは世界を(けが)(もの)……オレの、このオレの世界を(けが)(もの)だ!
 頼むから、今すぐそいつを消してくれ!


 完結話『億劫(おくごう)のオーバーロード』


「アインズが虚無に堕ちることは、このボクが望まない。
 アインズはボクの大切な友人であり、ボクにはかつてアインズが一人で(かか)え込むには余りにも大きな葛藤(ジレンマ)(かか)え込んだ際、眠りこけていて寄り添えなかった前科がある。今こそ……」

 ツアーの口が大きく(ひら)き、第六階層全体に響き渡る咆哮をあげた。

「その借りを返すときだ!」


二月吉日公開予定。
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