黒い
「……ん?」
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
特に何をする当てもなく、
聴こえてきたのは聞き覚えのない女の声。
<
ともかくアインズは、応答してみることにする。
「誰?」
(……あー、よかった。応答してくださる
と、喜色の声が届く。やはりまったく聞き覚えのない声色だ。
「で……誰?」
自分の存在を棚上げして気味悪さを感じたアインズは躊躇い混じりにそう尋ねるも。
(あ、ちょっと待っててください。座標はわかりましたんで今から行きます。)
ここはナザリックの心臓部、玉座の間だぞ!
と、思ったのも束の間、突然目の前に<
現れたそれは開口一番、
「え、うそ!
アインズ・ウール・ゴウンの……モモンガさん?」
と驚いている様子だが、驚きっぷりではアインズの方が数段上だった。
「く、く、
一方で、多くは<運営>の考慮漏れから生じた
歌舞伎や人形浄瑠璃において、居ない
今、アインズの目前に立っている。
「駄目元で発した
滅多にあったことではないが、ログイン中の全プレイヤーに緊急の何かを伝える<
ギルドの指輪を除き、アインズ自身の<
「<運営>側の私がお尋ねするのも
と、遠慮がちに<
「いったい、何が起こってるんでしょうか?」
この時点でアインズは、おおよそ事態を把握した。
これも
そして今年はまさに<百年の揺り返し>の年。目前の<
「あー!すいませんがここだとちょっとマズいので、ついてきてくれますか?」
「それは構いませんが。」
そう応じる<
これで……
少なくともデミウルゴスがこれを知れば、きっと想像の埒外の碌でもない事態が
よもや目前の骸骨姿のプレイヤーがそんなことを考えているなど思いも寄らない<
「で。モモンガさんは何が起こっているのかご承知なんでしょうか?」
と、能天気な口調で尋ねてきた。
当たり前のことだがアインズの肉体同様に、氷点下を遥かに下回る気温も吹きすさぶ強風も、何とも思っていない様子の<
「あー、どこから説明したらいいか。」
と、アインズは言い淀む。
決して恐れているわけではない。
ユグドラシルの仕様上、<
「先にいくつか伺っていいですか?」
さしものアインズも、<運営>由来のこの
「あなたの認識としては。
ついさっきユグドラシルが終了した……みたいな感じですか?」
「えぇ、そうです。
サービス終了後、いろいろと後始末がありまして
返答はアインズの予想通りだった。
アインズの理解としては、こちらの世界に顕現したプレイヤーは、自分自身を含め、ユグドラシルにおける
確認する手立ては……。
「本題に入る前に、どうしても必要なので確認させてください。
オレが……出した
「……はぁ?」
アインズの問いに<
「あの……
あぁ、これでほぼ間違いないな、とアインズは確信した。
これまで、他の
「あくまでもオレが理解してる範囲で、の話になりますが、何が起こってるのかを説明します。ちょっと飲み込み難い話だと思いますけど、落ち着いて聞いて下さい。それとメモの用意を。」
「メモ?」
「えぇ、どんな形でもいいのでこれからオレが話すことを、後で振り返れるように書き
しばし<
思った通り、何でも創れちゃうんだよな、とアインズは内心溜息を一つ。
「まず、ここが何処か、という話ですが。
ユグドラシルじゃありません。敢えていうならば、オレたちが生きていた<
こんなことを唐突に言われても、こっちの頭がおかしいと思われるだろうな、とアインズは思うが。
「……モモンガさんがそうおっしゃる、ということは。
信じ難いですけど、きっと本当にそうなんでしょうね。」
たかがゲーム中の非公式ラスボスにそこまで信を置かれても困るんだけどな、と思いつつ、ここを呑み込んでくれるのであれば話は早い、とアインズは安堵した。もっとも、一番受け入れ難いであろう話はここからだ。
「ログオフする手段、はオレの知る限りありません。」
「マジですか!
あちゃー……最後の仕事を終えて、キンキンに冷えたのをきゅーっとやるのを楽しみにしてたのに。」
どうにもこの<
「創ればいいんじゃないですか。
帳面や筆同様、何でも創れるでしょ?」
「いやだなぁ、モモンガさん。もちろん創れますけど、味も香りも酔えもしませんよ!」
「騙されたと思って試してみてください。」
そう言われて<
<ストロンゲスト・ゼロ・トリプルレモン>
と書いてあって、アインズの知識としてそれは、<
……何でも創れるんだから、もうちょっとマシなもの創れよ!
アインズは口には出さずに内心でつっこむが、その間にも<
「……ぷっはーーーーーッ、うめーーーーーッ!」
……<運営>といえど、
貧乏性ってのは……悲しいものだ。
自分自身を棚上げしてアインズはそんなことを考えていたが、缶の残りを一気に呑み干した彼女は、アインズの呆れた様子に気づいたものか、
「あ、すいません、ちょっと恥ずかしいところ見られちゃいましたね!
よかったらモモンガさんもいかがですか?」
と、もう一本同じものを右手の中に創り出した。
アインズは黙って首を横に振る。
「あ、ストロンゲストゼロはお好きじゃないですか?
だったらお好きなものをおっしゃっていただければ創りますけど。」
そう言われてアインズは、骨の口をパカリ、と開けて、
「飲み食いできないんです、ご覧の通りの骨なんで。」
と
「もうおわかりかと思いますけど、ここではユグドラシルでの
<
アインズは隣の峰に向かってすべてを切り裂く魔法の
山の先端が斬り飛ばされ、たちまちに万年雪が雪崩となって崩れ落ち静寂な山間に轟音が鳴り響いた。
「そ、そんな!魔法が背景を斬り飛ばすだなんて!」
あぁ、そこには気づくんだな。
「そういうことです。この世界の事物はこの世界の現実で、オレたちはその枠外の桁外れの力を有した存在、ということになります。」
<
空き缶はころころと斜面を転がり、未開缶のそれはサクッ、と積もった雪に刺さって立つ。
「で……そんなオレたちが何者か、という話になるんですが。」
ゴクリッ、と<
「ユグドラシルの
「そ、そ、そんな馬鹿な!ちょっと……信じられないんですけど!」
まぁ……そりゃショックだわな。
「名前、教えてもらえますか?」
と、アインズ。
「あ、すいません。名乗りもせずにお話ししてたなんて!
「それ……キャラクタの名前ですよね?
中の人の名前、教えてもらえますか?」
「あ、それは禁止事項なので。」
この杓子定規な社畜め!
「じゃぁ、口にしなくてもいいですから、それが思い出せるかを考えてみてください。」
「……えっ?……はぃ?……わ、私……いったい誰なんですか?記憶喪失?」
「まぁ、ちょっと飲み込み難い話だとは思いますし、オレも最初にこれに気づいたときは正直なところドン引きだったはずなんですけど、今のオレたちは<
「で、で、でも、ユグドラシルでやってた業務は憶えてますよ!
そう!さっきモモンガさんに訊かれたモモンガさんの
「そこです。
オレも自分自身で試したんですが、オレが憶えていることは、すべてユグドラシル時代にギルドで仲間たちと話したことに限られてるんです。オレは数人の仲間に本名が割れていてしばしばそれで呼ばれてたので、<
「……それは、おっしゃる通りです。」
「そして、オレが出した
「ひえーーーっ。」
黒子は頭を
まぁ、無理もないことだ、とアインズは思う。
「そういう都合もあって、オレたちはユグドラシル時代のことは鮮明に憶えている一方で、こちらの世界に来て以降の記憶が続きません。
アインズがそう言うと、黒子は慌ててメモに何かを書き取り始めた。
思った以上に前向きの性格の人物のようでよかった、とアインズは思う。
だが、これから伝える本題を呑み込んでもらわないと、本当にこいつは爆弾になりかねない。
「呆れられる、とは思うんですが。
実はオレ、これをかれこれ四千年近くやってまして。」
「……えっ?……はぁ?よ、よ、四千年?」
「ご覧の通りの
そしてこの世界には、百年おきにユグドラシル終了時点でログインしていたプレイヤーがいたギルドがやって来るんです、未だに何でそんな
「それって……他にもいらっしゃる、ってことですか?」
「そこが問題なんです。」
アインズは腹を括った。
「これもオレの知る限り、という断りがつきますけど、ほとんどのプレイヤーはやって来た途端に自滅するんです。」
「自滅?」
「ユグドラシル金貨の
「あぁ……じゃぁ、まさか!」
黒子は、たちまちにその含意を理解した。
「そのまさかです。ほとんどのプレイヤーは、こちらにやって来た直後にギルド拠点が崩壊して、忠誠を失ったNPCに襲われて死亡します。あ、こちらでは拠点が崩壊しても、拠点NPCは消滅しないんですよ、ただギルドへの忠誠を失うだけで。」
「モモンガさんは?」
「ナザリック地下大墳墓は健在です。これも呆れられるとは思うんですが、オレはナザリックへの思い入れが強すぎて
でも、普通のプレイヤーはそうはいきません。やって来た直後の拠点崩壊を免れたプレイヤーの多くは、拠点を維持しようとして……略奪者に成り果てます。」
「略奪……って、一体誰から?」
「この世界には元から住んでいる本来の住人、人間や亜人、その他諸々がたくさんいるんです。オレよりも前にやって来たプレイヤーがちょっとした仕掛けを施して、幸い
極々稀に、ユグドラシルプレイヤーとも互角に戦えるやつも居て、その中でも一番強いやつはオレの友人なんですが、オレは結構この世界が気に入っているんで、その友人と協力して少なくない暴走したプレイヤーを片付けて来ました。結局、今こちらにいるユグドラシル由来の存在は、オレたちナザリックと黒子さん……あと少しいるかも知れませんが、とにかく、オレたちだけ、ということになります。」
「いやぁ……」
後ろ頭を掻きながら黒子はしばし呻吟する様子を見せた
「ちょっと俄には受け入れ難い話ですね。」
と、漏らす。
「無理もないです。オレ自身、よくもまぁこんなことを四千年も、記憶も続かないのにやって来たもんだ、と呆れていなくもないんです。でも、このことは黒子さんに理解しておいてもらわないと後々大きな災いになると思うんでお話ししたんです。」
「ど、どういうことですか?」
黒子はあからさまに動揺を見せた。
まだ、アインズが語ったところの含意には気づいていないようだ。
「まず、黒子さんにも寿命がないですよね。」
「……あぁ、そういうことになっちゃうんですかね、この場合。」
「で、ここが一番重要な点ですが、黒子さんはやろうと思えば、プレイヤーの同意を得てその
「あ……はい、できます。」
「
オレは、自分で言うのもなんですけど、ユグドラシルの制約の中にいる誰に対しても決して負けない自信があります。それは、あちらを立てればこちらが立たずのユグドラシルの仕様を熟知しているからですけど、黒子さんがこれを無視した力を誰かに与えたら、オレであっても手がつけられなくなるでしょう。そして、本当にそんなことがおこなわれたら……おそらくそれは、この世界の終わりです。」
「ひ、ひえーーーっ!」
頭を抱え込む黒子に、アインズは極めて平板な口調でこう告げた。
「正直に言うと、もし出来るのであれば、オレはこの場で黒子さんを殺してしまいたいくらいなんです。」
「ご、ご、御冗談を。」
顔こそ見えないが、その口調から黒子が表情を引き攣らせていることがわかる。
「残念ながら本気です。でも、それは不可能です。オレはプレイヤーで黒子さんは<
でも、本当に勝手な話なんですが、オレはこの世界が気に入ってるんで、黒子さんに事情を理解してもらった上で、今お話ししたことも納得してもらった上で……自重をお願いすることしかできないんですよ。」
「そ、そ、そんな……私いったい、これからどうしたらいいのか……」
黒子はへにゃへにゃ、とその場にへたり込んでしまった。
流石に無理があったか、とアインズは嘆息する。
自分が四千年もの長きに渡ってやってこれたのは、第一にはナザリックの仲間が常に共にあったからであり、第二にはツアーやキーノといったこちらの世界の友人にも恵まれたからだが、より根源的には、自分で自分が何者であるかに気づき、自らそれを受け入れることが出来たからだ。
ユグドラシル非公式ラスボスの勇名を馳せていたとはいえ、さきほど初めて知り合った赤の他人から、おまえの一挙手一投足が世界を滅ぼしかねないから気をつけろ、と突きつけられて、素直に受け入れられる
気は進まないが。
……最後の手段を使うか。
「黒子さん。」
「……はぃ?」
心細そうな声で黒子がアインズを見上げた。
相変わらず顔が隠れている……というか、多分そもそも顔、は存在しないのだろう……ので、中々に内面を推量するのが難しい。
「一つ提案があります。」
「提案?」
「オレの友人を紹介するので、そいつを頼ってもらえませんか。」
「モモンガさんのお友達、ですか?
こちらの世界の?」
「そういうことになります。」
「それって……仮に私が断ったらどうなります?」
「それは……オレに言わせないでください。」
この言葉の意味するところに黒子はいっとき考え込む様子を見せたが、やがて何かを悟ったものか、
「わかりました、お願いします!」
と、力強く言い切った。
刹那、アインズは骨の両手を天高く振り上げ、ありったけの声で叫ぶ。
「助けてーーーっ、タッチーーーーー!」
タッチーーー、タッチー、と
やがて……
ワハハハハハッ!
ゴポッ!
突然、アインズと黒子の背後の雪の中から、土中を掻き分けた
「この世に悪の
善意の
……他に手がないから仕方がないけど。
呼ぶんじゃなかった……かな?
もそもそ、と雪中から全身を現したその姿は、光沢鮮やかな
思わず黒子が叫んだ。
「た、た、たっち・みーさんですか、
……似てるけど違うよッ!
「あー、そうお考えになるのも無理はないですが他人の空似です。」
「誰が呼んだかと思えばアインズさんではないか。
他人の空似とは失敬な。私がお
「アインズさん?お
あー、面倒
「あー、黒子さん。わけがわからないのはわかります。
まず、さきほども話したように、オレはユグドラシルのモモンガ、では既にないので、こちらではアインズ・ウール・ゴウンと名乗ってるんです。」
「それで……アインズさん?」
「そしてこいつはタッチ。そうです、タッチなんですが、うちのギルドの
「ひえーーーっ!」
ひたすら震え上がる黒子を
不思議と口調が常の大魔王
「して、タッチよ。」
「うむ。」
「おまえのことだ、既に概ね事情は察しているな?」
「
「……返って不安になる物言いだが、まぁいい。
彼女をおまえに預けたい。守ってやって……くれるか?」
タッチはいったん腕を組んで何やら考え込む様子を見せた。
「
「飲み込みが早くて幸いだ。」
「アインズさんの手元で保護せぬのは……何故だ?」
「……わかってて訊いてないか、おまえ?」
「アインズさんとて誘惑に勝てる自信はないのだな。
私はアインズさんのそういう正直なところが……好きだ!」
「……おまえには面倒をかけるが、この借りはいずれ返させてもらう。」
「なーに、お安い御用だ。
彼女は……困っているのだろう?」
バッ、と
アインズもこれに応じて骨の手を振って漆黒の
「「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!」」
アインズは共にタッチの、そしてかつての友の決め台詞を
いっとき顔を見合わせて、ワハハハハッ、と笑う二人。
「念のために訊いておくが、おまえも<永い眠り>につくことがあるのか?」
「世界は眠る
……何をやってんのかは知らんが、相変わらず物騒な話だな。
と、自分自身を棚上げして嘆息する大魔王。
「……まぁ、大丈夫かとは思うが。
万が一眠くなったら、
「任せておけ。」
この二人の会話に、黒子は、ぽかん、とした様子で立ち尽くしていたが、
「そういうわけで、こいつを頼ってください。
ちょっと妙なところはありますが、自称正義の味方なんで黒子さんを守り抜いてくれると思いますし、何より見てて飽きない、と思いますよ。」
アインズにそう言われて、黒子は深くお辞儀をした。
「仰せの通りにいたします。お心遣いに感謝いたします。」
はぁー、これで何とかなりそうだ、とアインズはホッと一息つく。
が。
実は。
真の
「モモンガさん……いえ、アインズさん、とお呼びすべきでしたね。
アインズさんがおられなかったら、私、本当にどうなっていたか。」
「いえいえ、半分はオレの勝手なんで気にしないでください。」
「本当にありがとうございました、
「……はぁ?」
唐突に意味不明の敬称を捧げられて、アインズは間抜けな声を漏らした。
が、これを発した当の本人はまったく疑問に感じていない様子。
「元の<
「何の……話ですか?」
アインズにはさっぱり意味がわからない。
「私、<運営>の一員でしたし、
まぁ……そりゃそうだろうな。
「弊社の……まぁ、私は非正規なんですけど……弊社の
「いや、オレは鈴……」
「もう隠す必要もないですものね。
「……」
「よもや、こんな異世界に渡り来られた後も、生来のご慈愛の御心で世界を安堵なさっておられるとは……私、心の底から感動しました!」
「タッチ。」
「……ん、何かな、アインズさん?」
「殺せ。」
「……はぁ?」
「今すぐそいつを殺せ。」
「「はぁ?」」
タッチと黒子が同時に驚きの声をあげた。
一方の大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、おどろおどろしい紫色の光を放つ<絶望のオーラ>を全開にしつつ声高に叫んだ。
「何ならオレごと巻き込んで、でも一向に構わん!
今すぐそいつをこの世界から消滅させろ!」
タッチは意味がわからず、
「いや待て待て、アインズさん。唐突にどうした?」
と、問いながらアインズに歩み寄るも。
「そいつは世界を
頼むから、今すぐそいつを消してくれ!」
骸骨姿の大魔王は、骨の手で自身の頭を
「これはちょっと……マズいな。
<以心伝心>!
……あぁ、お
あ、切れた。まったく気の短い
待つこと数十秒、三人のある
その竜の背から、一人の白衣の美女が飛び降りて来る。
ナザリック地下大墳墓守護者統括にして大魔王アインズ・ウール・ゴウンの愛妃、
「アインズ様!」
蹲って震える
「アルベド、オレは……オレはアインズ・ウール・ゴウンだよな?そうだよなーーー!」
「気を確かに、アインズ!」
アルベドもまた強くアインズを慈母の如く