億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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いつものように三日おきに連投します。


完結話 億劫(おくごう)のオーバーロード
黒い禁忌(タブー)(1)


「……ん?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 特に何をする当てもなく、世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に深く身を任せて考え事をしていた我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、不意に誰かに呼び掛けられたような気がして骨の頭を傾げた。

 

 聴こえてきたのは聞き覚えのない女の声。

 <伝言(メッセージ)>であるのは間違いないが、ニグレドでも戦闘メイド(プレアデス)の誰でもない。仕様上、<伝言(メッセージ)>は面識があってかつ受信拒否されていない相手に対してしか飛ばすことが出来ないはずだ。

 

 ともかくアインズは、応答してみることにする。

 

「誰?」

 

(……あー、よかった。応答してくださる(かた)がいて!)

 

と、喜色の声が届く。やはりまったく聞き覚えのない声色だ。

 

「で……誰?」

 

 自分の存在を棚上げして気味悪さを感じたアインズは躊躇い混じりにそう尋ねるも。

 

(あ、ちょっと待っててください。座標はわかりましたんで今から行きます。)

 

 ()れるわけないだろ!

 ここはナザリックの心臓部、玉座の間だぞ!

 

と、思ったのも束の間、突然目の前に<転移門(ゲート)>を(ひら)くでもなく一人の人影が出現して、驚きの余りアインズは息を呑んだ。

 現れたそれは開口一番、

 

「え、うそ!

 アインズ・ウール・ゴウンの……モモンガさん?」

 

と驚いている様子だが、驚きっぷりではアインズの方が数段上だった。

 

「く、く、黒衣(くろご)だとぉーーーーーッ!」

 

 

 

 没入型仮想現実遊戯(DMMO RPG)ユグドラシルは、その心臓部に自律計算機械(セルオートマトン)的な一面を有しており、その内部の出来事、事物に対して外部から恣意的な介入を許さない、という制約があった。もちろん、すべてはつきつめれば電脳(コンピュータ)上の数値に過ぎないのであるから、それを書き換えること自体は適切な権限さえ有していれば可能ではある。が、それは自律的な秩序を保っているユグドラシルに不整合を生じさせ、これを破壊することを意味したからだ。

 一方で、多くは<運営>の考慮漏れから生じた不具合(バグ)、またはその他の事情により、どうしても恣意的に介入しなければならない場面は多々あって、この場合<運営>は、特権的な能力を有する化身(アバター)でユグドラシルへログインし、その内部から問題解決に当たった。

 歌舞伎や人形浄瑠璃において、居ない(もの)、として扱うことが正しいとされる助演者に因んだ衣装を纏っているがゆえに、<黒衣(くろご)>、と呼ばれたその化身(アバター)が……

 

 今、アインズの目前に立っている。

 

「駄目元で発した一斉送信(ブロードキャスト)に応じてくださったのが、かの有名なモモンガさんとは!」

 

 滅多にあったことではないが、ログイン中の全プレイヤーに緊急の何かを伝える<伝言(メッセージ)>の問答無用の送信が<黒衣(くろご)>に可能であることは、もちろんアインズは承知はしていたが、よもやこちらの世界でそれで呼び掛けられることがあろうとは、今の今まで考えたこともなかったものだ。

 ギルドの指輪を除き、アインズ自身の<転移門(ゲート)>を以てしても侵入不能なナザリック地下大墳墓の玉座の間に直接姿を現したのもさもありなん。<黒衣(くろご)>は、拠点内部を含むユグドラシルのすべての世界(ワールド)の任意地点に()()する特権を有していた。

 

「<運営>側の私がお尋ねするのも可怪(おか)しな話なんですが。」

 

と、遠慮がちに<黒衣(くろご)>が言う。

 

「いったい、何が起こってるんでしょうか?」

 

 この時点でアインズは、おおよそ事態を把握した。

 これも今日(こんにち)に至るまでそんな可能性を(つゆ)とも考えなかった……はずのものだが、ユグドラシル終了時点でログインしたままだった<黒衣(くろご)>が、アインズたち同様にこちらの世界へやって来てしまう、ということはあり得なくはない。

 そして今年はまさに<百年の揺り返し>の年。目前の<黒衣(くろご)>の言動は、こちらの世界に渡りきた直後の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)のそれだ。

 

「あー!すいませんがここだとちょっとマズいので、ついてきてくれますか?」

 

 ()の鈴木悟の声でそう問うたアインズは、返事も待たずに自ら<転移門(ゲート)>を(ひら)いた。

 

「それは構いませんが。」

 

 そう応じる<黒衣(くろご)>を振り返らずに<転移門(ゲート)>を(くぐ)ったアインズが辿り着いた先はアゼルリシア山脈最高峰の(いただき)。素直に<黒衣(くろご)>がついてきたことを確認した上で、アインズは大慌てで<転移門(ゲート)>を閉じた。

 

 これで……下僕(しもべ)の誰にも気づかれはしなかったはずだ。

 少なくともデミウルゴスがこれを知れば、きっと想像の埒外の碌でもない事態が出来(しゅったい)するに違いない!

 

 よもや目前の骸骨姿のプレイヤーがそんなことを考えているなど思いも寄らない<黒衣(くろご)>は、

 

「で。モモンガさんは何が起こっているのかご承知なんでしょうか?」

 

と、能天気な口調で尋ねてきた。

 当たり前のことだがアインズの肉体同様に、氷点下を遥かに下回る気温も吹きすさぶ強風も、何とも思っていない様子の<黒衣(くろご)>を改めてアインズは観察してみる。

 頭巾(ずきん)から垂れた布で表情は伺えない。ゆったりした袖の下からやはり黒い手甲(てっこう)を嵌めた手が覗き、その細い指先と柔らかな体線(ボディーライン)は女性のそれだ。下半身はやはり黒一色の腹掛(はらかけ)股引(またひき)に黒い足袋(たび)

 

「あー、どこから説明したらいいか。」

 

と、アインズは言い淀む。

 

 決して恐れているわけではない。

 ユグドラシルの仕様上、<黒衣(くろご)>はプレイヤーが自身の秘密鍵で以て承認を与えない限りはプレイヤーに対しては何も為せないはずだからだ。一方で、アインズの如何なる力を用いても……必殺の(エクリプス)技能(スキル)を用いても、<黒衣(くろご)>をプレイヤーの力で撃退することは不可能だ。

 

「先にいくつか伺っていいですか?」

 

 さしものアインズも、<運営>由来のこの化身(アバター)の前で大魔王を演じる気分にはなれず、先程来、完全に鈴木悟の口調で話している。<黒衣(くろご)>が、こくこく、と頷いたのを認めてアインズは問うた。

 

「あなたの認識としては。

 ついさっきユグドラシルが終了した……みたいな感じですか?」

 

「えぇ、そうです。

 サービス終了後、いろいろと後始末がありまして(なか)からその準備をしていたんです。午前0時には基幹システムが停止して強制ログオフされるはずだったんですが、気がつけばまったく見知らぬ場所にいて、ログオフも出来ないし、<運営>ともまったく連絡が取れなくて。」

 

 返答はアインズの予想通りだった。

 アインズの理解としては、こちらの世界に顕現したプレイヤーは、自分自身を含め、ユグドラシルにおける化身(アバター)に<ギルドの日誌(ログブック)>の記憶が上書き(オーバーロード)されることで生じているものだが、こうして彼女が自身の前に姿を現したところを見ると、おそらく<黒衣(くろご)>もまたユグドラシル内ではギルドとして実装されていて、彼等の活動を記録した<日誌(ログブック)>が存在したものなのだろうか。

 

 確認する手立ては……。

 

「本題に入る前に、どうしても必要なので確認させてください。

 オレが……出した不具合報告(バグレポート)を憶えてますか?」

 

「……はぁ?」

 

 アインズの問いに<黒衣(くろご)>は間抜けな声を漏らして首を傾げるも。

 

「あの……(エクリプス)の隠し技能(スキル)二進(にっち)三進(さっち)もいかなくなった人、の話ですか?」

 

 あぁ、これでほぼ間違いないな、とアインズは確信した。

 これまで、他の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に自らこの知識を語ることは可能な限り避けてきたはず……でもないか?……だが、今回(こんかい)ばかりは事情が異なる。この物騒極まりない存在には、自身の何たるかを理解してもらわないと、先々とんでもない爆弾になりかねない。

 

「あくまでもオレが理解してる範囲で、の話になりますが、何が起こってるのかを説明します。ちょっと飲み込み難い話だと思いますけど、落ち着いて聞いて下さい。それとメモの用意を。」

 

「メモ?」

 

「えぇ、どんな形でもいいのでこれからオレが話すことを、後で振り返れるように書き()めてください。どうしてそうすべきなのか、についてもお話しします。」

 

 しばし<黒衣(くろご)>は腕組みして何やら考え込んでいる様子だったが、やがて両手を突き出してその手の平の中に帳面と筆を()()()()た。

 思った通り、何でも創れちゃうんだよな、とアインズは内心溜息を一つ。

 

「まず、ここが何処か、という話ですが。

 ユグドラシルじゃありません。敢えていうならば、オレたちが生きていた<現実(リアル)>とは別の……異世界、ということになります。」

 

 こんなことを唐突に言われても、こっちの頭がおかしいと思われるだろうな、とアインズは思うが。

 

「……モモンガさんがそうおっしゃる、ということは。

 信じ難いですけど、きっと本当にそうなんでしょうね。」

 

 たかがゲーム中の非公式ラスボスにそこまで信を置かれても困るんだけどな、と思いつつ、ここを呑み込んでくれるのであれば話は早い、とアインズは安堵した。もっとも、一番受け入れ難いであろう話はここからだ。

 

「ログオフする手段、はオレの知る限りありません。」

 

「マジですか!

 あちゃー……最後の仕事を終えて、キンキンに冷えたのをきゅーっとやるのを楽しみにしてたのに。」

 

 どうにもこの<黒衣(くろご)>の関心はあるべきところからややズレている、とアインズは思うも、むしろこれを利用して只今の境遇を身を以て理解してもらうのがいいだろう、と思い至る。

 

「創ればいいんじゃないですか。

 帳面や筆同様、何でも創れるでしょ?」

 

「いやだなぁ、モモンガさん。もちろん創れますけど、味も香りも酔えもしませんよ!」

 

「騙されたと思って試してみてください。」

 

 そう言われて<黒衣(くろご)>は、メモを取れ、と言われたとき同様にいっとき腕を組んで考える様子を見せたが、やがて左手を前に突き出して、その手の中に500ミリ缶が出現した。見ればカタカナで、

 

   <ストロンゲスト・ゼロ・トリプルレモン>

 

と書いてあって、アインズの知識としてそれは、<現実(リアル)>の日本の底辺労働者が好んで、というか、それしか呑めなかった、とりあえず量があって味がしてアルコールでさえあればオッケー、的な安酒の代表格だ。

 

 ……何でも創れるんだから、もうちょっとマシなもの創れよ!

 

 アインズは口には出さずに内心でつっこむが、その間にも<黒衣(くろご)>は、ぷしゅっ、と音を立ててステイオンタブを(ひら)いた。右手で顔の前の布を少し持ち上げ……それでも表情を伺うことはできない……左手に握った缶を口に運び、そこからは、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、と勢いよく呑む。

 

「……ぷっはーーーーーッ、うめーーーーーッ!」

 

 ……<運営>といえど、不具合対応者(デバッガー)は底辺だったんだな。

 貧乏性ってのは……悲しいものだ。

 

 自分自身を棚上げしてアインズはそんなことを考えていたが、缶の残りを一気に呑み干した彼女は、アインズの呆れた様子に気づいたものか、

 

「あ、すいません、ちょっと恥ずかしいところ見られちゃいましたね!

 よかったらモモンガさんもいかがですか?」

 

と、もう一本同じものを右手の中に創り出した。

 アインズは黙って首を横に振る。

 

「あ、ストロンゲストゼロはお好きじゃないですか?

 だったらお好きなものをおっしゃっていただければ創りますけど。」

 

 そう言われてアインズは、骨の口をパカリ、と開けて、

 

「飲み食いできないんです、ご覧の通りの骨なんで。」

 

(おど)けて見せる。

 

「もうおわかりかと思いますけど、ここではユグドラシルでの化身(アバター)技能(スキル)、魔法が、そのフレーバーテキストに謳われた通りの力を発揮するんです。見ててください。

 <現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 アインズは隣の峰に向かってすべてを切り裂く魔法の(やいば)を放つ。

 山の先端が斬り飛ばされ、たちまちに万年雪が雪崩となって崩れ落ち静寂な山間に轟音が鳴り響いた。

 

「そ、そんな!魔法が背景を斬り飛ばすだなんて!」

 

 あぁ、そこには気づくんだな。

 

「そういうことです。この世界の事物はこの世界の現実で、オレたちはその枠外の桁外れの力を有した存在、ということになります。」

 

 <黒衣(くろご)>は、ポトリ、と手にしていた缶を取り落とした。

 空き缶はころころと斜面を転がり、未開缶のそれはサクッ、と積もった雪に刺さって立つ。

 

「で……そんなオレたちが何者か、という話になるんですが。」

 

 ゴクリッ、と<黒衣(くろご)>が息を呑んだのがアインズにもわかった。

 

「ユグドラシルの化身(アバター)に、<ギルドの日誌(ログブック)>の記憶が上書き(オーバーロード)された存在、とオレは思ってます。」

 

「そ、そ、そんな馬鹿な!ちょっと……信じられないんですけど!」

 

 まぁ……そりゃショックだわな。

 

「名前、教えてもらえますか?」

 

と、アインズ。

 

「あ、すいません。名乗りもせずにお話ししてたなんて!

 裏方(うらかた)黒子(くろこ)です。」

 

「それ……キャラクタの名前ですよね?

 中の人の名前、教えてもらえますか?」

 

「あ、それは禁止事項なので。」

 

 この杓子定規な社畜め!

 

「じゃぁ、口にしなくてもいいですから、それが思い出せるかを考えてみてください。」

 

「……えっ?……はぃ?……わ、私……いったい誰なんですか?記憶喪失?」

 

「まぁ、ちょっと飲み込み難い話だとは思いますし、オレも最初にこれに気づいたときは正直なところドン引きだったはずなんですけど、今のオレたちは<現実(リアル)>の中の人とは、直接には関係ないんですよ。」

 

「で、で、でも、ユグドラシルでやってた業務は憶えてますよ!

 そう!さっきモモンガさんに訊かれたモモンガさんの不具合報告(バグレポート)への対応だって……」

 

「そこです。

 オレも自分自身で試したんですが、オレが憶えていることは、すべてユグドラシル時代にギルドで仲間たちと話したことに限られてるんです。オレは数人の仲間に本名が割れていてしばしばそれで呼ばれてたので、<現実(リアル)>でのオレの()()の名前を憶えてるんですけど、多分、デバッガーさん同士、本名で呼び合う習慣なかったんじゃないですか?」

 

「……それは、おっしゃる通りです。」

 

「そして、オレが出した不具合報告(バグレポート)に対応してくれたのは、裏方(うらかた)黒衣(こくえ)さん……男の人だったんです。これも推測ですけど、デバッガーチームの<日誌(ログブック)>にオレの不具合報告(バグレポート)に対応した記録があって、今の黒子さんにとってはご自分の記憶になってるんだ……と思います。」

 

「ひえーーーっ。」

 

 黒子は頭を(かか)えてしゃがみこんだ。

 まぁ、無理もないことだ、とアインズは思う。

 

「そういう都合もあって、オレたちはユグドラシル時代のことは鮮明に憶えている一方で、こちらの世界に来て以降の記憶が続きません。化身(アバター)短期記憶(ワーキングメモリ)の制約があるからです。黒子さんにメモを取ることを勧めたのはこれが理由です。オレ自身、毎朝メモを読み返して今の自分が何者であるかを確認する作業が欠かせません。」

 

 アインズがそう言うと、黒子は慌ててメモに何かを書き取り始めた。

 思った以上に前向きの性格の人物のようでよかった、とアインズは思う。

 

 だが、これから伝える本題を呑み込んでもらわないと、本当にこいつは爆弾になりかねない。

 

「呆れられる、とは思うんですが。

 実はオレ、これをかれこれ四千年近くやってまして。」

 

「……えっ?……はぁ?よ、よ、四千年?」

 

「ご覧の通りの不死者(アンデッド)なんで、負けない限り寿命がないんですよ。

 そしてこの世界には、百年おきにユグドラシル終了時点でログインしていたプレイヤーがいたギルドがやって来るんです、未だに何でそんな可怪(おか)しなことになるのかはわからないままなんですけど。」

 

「それって……他にもいらっしゃる、ってことですか?」

 

「そこが問題なんです。」

 

 アインズは腹を括った。

 

「これもオレの知る限り、という断りがつきますけど、ほとんどのプレイヤーはやって来た途端に自滅するんです。」

 

「自滅?」

 

「ユグドラシル金貨の払い戻し(キャッシュバック)、やってたでしょ?」

 

「あぁ……じゃぁ、まさか!」

 

 黒子は、たちまちにその含意を理解した。

 

「そのまさかです。ほとんどのプレイヤーは、こちらにやって来た直後にギルド拠点が崩壊して、忠誠を失ったNPCに襲われて死亡します。あ、こちらでは拠点が崩壊しても、拠点NPCは消滅しないんですよ、ただギルドへの忠誠を失うだけで。」

 

「モモンガさんは?」

 

「ナザリック地下大墳墓は健在です。これも呆れられるとは思うんですが、オレはナザリックへの思い入れが強すぎて払い戻し(キャッシュバック)はしなかったんです。こちらにやって来た時点で(ゆう)にナザリックを百年は維持できる金貨を溜め込んでました。その金貨が尽きる前に、オレはこちらでユグドラシル金貨を得る方法を編み出して、それで今まで拠点の維持が叶ったんです。

 でも、普通のプレイヤーはそうはいきません。やって来た直後の拠点崩壊を免れたプレイヤーの多くは、拠点を維持しようとして……略奪者に成り果てます。」

 

「略奪……って、一体誰から?」

 

「この世界には元から住んでいる本来の住人、人間や亜人、その他諸々がたくさんいるんです。オレよりも前にやって来たプレイヤーがちょっとした仕掛けを施して、幸い(みな)と言葉だけは通じるんですが、言葉が通じるだけで、文化から常識から価値観から何もかもが違いますから自ずと衝突が起きます。

 極々稀に、ユグドラシルプレイヤーとも互角に戦えるやつも居て、その中でも一番強いやつはオレの友人なんですが、オレは結構この世界が気に入っているんで、その友人と協力して少なくない暴走したプレイヤーを片付けて来ました。結局、今こちらにいるユグドラシル由来の存在は、オレたちナザリックと黒子さん……あと少しいるかも知れませんが、とにかく、オレたちだけ、ということになります。」

 

「いやぁ……」

 

 後ろ頭を掻きながら黒子はしばし呻吟する様子を見せた(のち)

 

「ちょっと俄には受け入れ難い話ですね。」

 

と、漏らす。

 

「無理もないです。オレ自身、よくもまぁこんなことを四千年も、記憶も続かないのにやって来たもんだ、と呆れていなくもないんです。でも、このことは黒子さんに理解しておいてもらわないと後々大きな災いになると思うんでお話ししたんです。」

 

「ど、どういうことですか?」

 

 黒子はあからさまに動揺を見せた。

 まだ、アインズが語ったところの含意には気づいていないようだ。

 

「まず、黒子さんにも寿命がないですよね。」

 

「……あぁ、そういうことになっちゃうんですかね、この場合。」

 

「で、ここが一番重要な点ですが、黒子さんはやろうと思えば、プレイヤーの同意を得てその能力値(パラメータ)技能(スキル)、習得魔法、その他諸々を編集できるでしょ?」

 

「あ……はい、できます。」

 

(みな)(みな)、でもないとは思いますけど、黒子さんが今後出会うプレイヤーの中には、黒子さんに取り入って自身の都合のよい改変を求めてくるやつが現れる恐れがあります。

 オレは、自分で言うのもなんですけど、ユグドラシルの制約の中にいる誰に対しても決して負けない自信があります。それは、あちらを立てればこちらが立たずのユグドラシルの仕様を熟知しているからですけど、黒子さんがこれを無視した力を誰かに与えたら、オレであっても手がつけられなくなるでしょう。そして、本当にそんなことがおこなわれたら……おそらくそれは、この世界の終わりです。」

 

「ひ、ひえーーーっ!」

 

 頭を抱え込む黒子に、アインズは極めて平板な口調でこう告げた。

 

「正直に言うと、もし出来るのであれば、オレはこの場で黒子さんを殺してしまいたいくらいなんです。」

 

「ご、ご、御冗談を。」

 

 顔こそ見えないが、その口調から黒子が表情を引き攣らせていることがわかる。

 

「残念ながら本気です。でも、それは不可能です。オレはプレイヤーで黒子さんは<黒衣(くろご)>。何をやっても攻撃は通らないし、そもそも黒子さんにはHP(生命力)がないですよね?

 でも、本当に勝手な話なんですが、オレはこの世界が気に入ってるんで、黒子さんに事情を理解してもらった上で、今お話ししたことも納得してもらった上で……自重をお願いすることしかできないんですよ。」

 

「そ、そ、そんな……私いったい、これからどうしたらいいのか……」

 

 黒子はへにゃへにゃ、とその場にへたり込んでしまった。

 流石に無理があったか、とアインズは嘆息する。

 

 自分が四千年もの長きに渡ってやってこれたのは、第一にはナザリックの仲間が常に共にあったからであり、第二にはツアーやキーノといったこちらの世界の友人にも恵まれたからだが、より根源的には、自分で自分が何者であるかに気づき、自らそれを受け入れることが出来たからだ。

 ユグドラシル非公式ラスボスの勇名を馳せていたとはいえ、さきほど初めて知り合った赤の他人から、おまえの一挙手一投足が世界を滅ぼしかねないから気をつけろ、と突きつけられて、素直に受け入れられる(もの)などそうそうあろうはずもない。ましてや黒子は、ここまでの会話から察する限り、ただ<運営>に雇われていただけの底辺作業者(オペレータ)の女性、でしかないのだから。

 

 気は進まないが。

 ……最後の手段を使うか。

 

「黒子さん。」

 

「……はぃ?」

 

 心細そうな声で黒子がアインズを見上げた。

 相変わらず顔が隠れている……というか、多分そもそも顔、は存在しないのだろう……ので、中々に内面を推量するのが難しい。

 

「一つ提案があります。」

 

「提案?」

 

「オレの友人を紹介するので、そいつを頼ってもらえませんか。」

 

「モモンガさんのお友達、ですか?

 こちらの世界の?」

 

「そういうことになります。」

 

「それって……仮に私が断ったらどうなります?」

 

「それは……オレに言わせないでください。」

 

 この言葉の意味するところに黒子はいっとき考え込む様子を見せたが、やがて何かを悟ったものか、

 

「わかりました、お願いします!」

 

と、力強く言い切った。

 刹那、アインズは骨の両手を天高く振り上げ、ありったけの声で叫ぶ。

 

助けてーーーっ、タッチーーーーー!

 

 タッチーーー、タッチー、と山彦(やまびこ)が山間に響き渡り、しばしの沈黙。

 やがて……何処(いずこ)からか怪しげな謎の高笑いが聴こえてくる。

 

 ワハハハハハッ!

 

 ゴポッ!

 

 突然、アインズと黒子の背後の雪の中から、土中を掻き分けた土竜(もぐら)のように甲冑面が飛び出した。

 

「この世に悪の蔓延(はびこ)る限り、正義の味方は現れる!

 善意の(かたまり)正義白鉻の竜王(ジャスティスクロームドラゴンロード)タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチ、只今参上っ!」

 

 ……他に手がないから仕方がないけど。

 呼ぶんじゃなかった……かな?

 

 もそもそ、と雪中から全身を現したその姿は、光沢鮮やかな白鉻(クローム)の全身甲冑、胸の中央には瑠璃色に輝く蒼玉(サファイア)。昆虫、あるいは(ドラゴン)を想起させる仮面(マスク)は、猛禽の嘴のような面覆い(フェイスガード)顎受け(チンガード)に噛み合っていて素顔を伺わせない。後背には真っ赤な袖なし外套(マント)を羽織って、何故かその背後には<正義降臨>の文字効果(エフェクト)が、一部誤字を含みながらぷかぷかと浮かんでいる。

 

 思わず黒子が叫んだ。

 

「た、た、たっち・みーさんですか、世界最強(ワールドチャンピオン)の?」

 

 ……似てるけど違うよッ!

 

「あー、そうお考えになるのも無理はないですが他人の空似です。」

 

「誰が呼んだかと思えばアインズさんではないか。

 他人の空似とは失敬な。私がお祖父(じい)様に似ていて何が悪い?」

 

「アインズさん?お祖父(じい)さん?」

 

 あー、面倒(くせ)ぇ!

 

「あー、黒子さん。わけがわからないのはわかります。

 まず、さきほども話したように、オレはユグドラシルのモモンガ、では既にないので、こちらではアインズ・ウール・ゴウンと名乗ってるんです。」

 

「それで……アインズさん?」

 

「そしてこいつはタッチ。そうです、タッチなんですが、うちのギルドの前衛(アタッカー)だったたっち・みーさんとは別人で、そもそもユグドラシルプレイヤーじゃありません。こちらの世界の竜王(ドラゴンロード)で、たっち・みーさんが遺したNPCを父親とするので面影が似ています。」

 

「ひえーーーっ!」

 

 ひたすら震え上がる黒子を余所(よそ)に、アインズはタッチに語りかけた。

 不思議と口調が常の大魔王(ぜん)としたそれに戻る。

 

「して、タッチよ。」

 

「うむ。」

 

「おまえのことだ、既に概ね事情は察しているな?」

 

天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして()らさず。」

 

「……返って不安になる物言いだが、まぁいい。

 彼女をおまえに預けたい。守ってやって……くれるか?」

 

 タッチはいったん腕を組んで何やら考え込む様子を見せた。

 

異世界(ユグドラシル)からやって来る(もの)たちとの接触を避けつつ健やかに過ごせるよう取り計らえ、ということでよいのかな?」

 

「飲み込みが早くて幸いだ。」

 

「アインズさんの手元で保護せぬのは……何故だ?」

 

「……わかってて訊いてないか、おまえ?」

 

「アインズさんとて誘惑に勝てる自信はないのだな。

 私はアインズさんのそういう正直なところが……好きだ!」

 

「……おまえには面倒をかけるが、この借りはいずれ返させてもらう。」

 

「なーに、お安い御用だ。

 彼女は……困っているのだろう?」

 

 バッ、と袖なし外套(マント)に見える赤い翼を翻すタッチ。

 アインズもこれに応じて骨の手を振って漆黒の装束(ローブ)を翻す。

 

「「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!」」

 

 アインズは共にタッチの、そしてかつての友の決め台詞を唱和し(ハモっ)た。

 いっとき顔を見合わせて、ワハハハハッ、と笑う二人。

 

 (せわ)しなくもペカッて()に戻ったアインズは、最大の懸念事項を問う。

 

「念のために訊いておくが、おまえも<永い眠り>につくことがあるのか?」

 

「世界は眠る()もないほど助けを求める人々で溢れている。」

 

 ……何をやってんのかは知らんが、相変わらず物騒な話だな。

 と、自分自身を棚上げして嘆息する大魔王。

 

「……まぁ、大丈夫かとは思うが。

 万が一眠くなったら、爺さん(ツアー)母ちゃん(コニー)に引き継ぐかして善処を頼む。」

 

「任せておけ。」

 

 この二人の会話に、黒子は、ぽかん、とした様子で立ち尽くしていたが、

 

「そういうわけで、こいつを頼ってください。

 ちょっと妙なところはありますが、自称正義の味方なんで黒子さんを守り抜いてくれると思いますし、何より見てて飽きない、と思いますよ。」

 

 アインズにそう言われて、黒子は深くお辞儀をした。

 

「仰せの通りにいたします。お心遣いに感謝いたします。」

 

 はぁー、これで何とかなりそうだ、とアインズはホッと一息つく。

 

 が。

 

 実は。

 真の危機(クライシス)は、ここからだった。

 

「モモンガさん……いえ、アインズさん、とお呼びすべきでしたね。

 アインズさんがおられなかったら、私、本当にどうなっていたか。」

 

「いえいえ、半分はオレの勝手なんで気にしないでください。」

 

「本当にありがとうございました、九識宮(くしきのみや)様。」

 

「……はぁ?」

 

 唐突に意味不明の敬称を捧げられて、アインズは間抜けな声を漏らした。

 が、これを発した当の本人はまったく疑問に感じていない様子。

 

「元の<現実(リアル)>とは関係なくなっちゃったのなら守秘義務もないんだとは思うんですけど。」

 

「何の……話ですか?」

 

 アインズにはさっぱり意味がわからない。

 

「私、<運営>の一員でしたし、不具合対応(デバッグ)の過程で必要になることもあるので、プレイヤーの皆さんの個人情報にアクセスできたんです。」

 

 まぁ……そりゃそうだろうな。

 

「弊社の……まぁ、私は非正規なんですけど……弊社の(みな)は、最期の最後までユグドラシルを盛り上げてくださった九識宮(くしきのみや)様のご活躍に感謝するとともに、お慕い申し上げていたんです。黒衣(くろご)の仲間たちともしばしば語りあったものです。」

 

「いや、オレは鈴……」

 

「もう隠す必要もないですものね。

 九識宮(くしきのみや)稀仁(まれひと)殿下。やんごとなきお生まれでありながら各方面で業績を残され、政争の具に供されるを憚って若くして隠居なされた(のち)は、ユグドラシルの非公式ラスボスとしてご活躍あらせられました。」

 

「……」

 

「よもや、こんな異世界に渡り来られた後も、生来のご慈愛の御心で世界を安堵なさっておられるとは……私、心の底から感動しました!」

 

「タッチ。」

 

「……ん、何かな、アインズさん?」

 

「殺せ。」

 

「……はぁ?」

 

「今すぐそいつを殺せ。」

 

「「はぁ?」」

 

 タッチと黒子が同時に驚きの声をあげた。

 一方の大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、おどろおどろしい紫色の光を放つ<絶望のオーラ>を全開にしつつ声高に叫んだ。

 

何ならオレごと巻き込んで、でも一向に構わん!

 今すぐそいつをこの世界から消滅させろ!

 

 タッチは意味がわからず、

 

「いや待て待て、アインズさん。唐突にどうした?」

 

と、問いながらアインズに歩み寄るも。

 

そいつは世界を(けが)(もの)……オレの、このオレの世界を(けが)(もの)だ!

 頼むから、今すぐそいつを消してくれ!

 

 骸骨姿の大魔王は、骨の手で自身の頭を(かか)え込みながら、えづくような声色でそう言いつつその場に蹲ってしまった。黒子もまた、アインズのこの突然の豹変に、どうしたらよいかわからずに立ち竦んでいる。

 

「これはちょっと……マズいな。

 <以心伝心>!

 ……あぁ、お祖父(じぃ)様でいらっしゃいますか?ご無沙汰しております、タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチで御座いま……え?誰、って……お祖父(じぃ)様の可愛い孫ですよ!……そう、あなたの娘、コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライスの息子……あぁ、漸くわかってくださいましたか、(ひど)いなぁ。あ、いえ、ちょっとややこしいことになってまして……あぁいえ、母上ではなくてアインズさんです……そう、そのアインズさんがちょっとヤバいことになってまして……いや、勘弁してください。痛そうだし。怖いし……とにかくナザリックとやらから然るべき(もの)を……。

 あ、切れた。まったく気の短い(じぃ)さんだなぁ……」

 

 待つこと数十秒、三人のある(いただき)を焼き尽くさんばかりの閃光が走ったかと思いきや、頭上に巨大な白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)が姿を現し、黒子は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。

 

 その竜の背から、一人の白衣の美女が飛び降りて来る。

 ナザリック地下大墳墓守護者統括にして大魔王アインズ・ウール・ゴウンの愛妃、女淫魔(サキュバス)アルベド。

 

「アインズ様!」

 

 蹲って震える(あるじ)のもとに駆け寄れば、これに気づいたアインズは人目も憚らずに愛妃に縋り付いた。

 

「アルベド、オレは……オレはアインズ・ウール・ゴウンだよな?そうだよなーーー!

 

「気を確かに、アインズ!」

 

 アルベドもまた強くアインズを慈母の如く()きしめると、その胸の中で大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、まるで赤子であるかのように震え続けたのであった。

 

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