「それでは……緊急の
ナザリック地下大墳墓
かつてのギルメン、至高の四十一人を憚って常には用いられることのないこの部屋に
至高の主、我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンの姿はない。
「まずはアルベドから経緯の報告を。」
デミウルゴスが緊急会の開催宣言に続いて報告を求めると、
「昨日の午後、ナザリック上空に
「何でまた父上はそんなところに?」
思わずパンドラズ・アクターがぽろりと漏らすも。
「ひとまずは黙って聞いてちょうだい。」
と、アルベドに窘められて口を噤む。
「……アインズ様と共にその場に居たのは、ツアーの孫にしてセバスの息子、
「そのプレイヤーは少なくとも敵ではない、と?」
デミウルゴスの問いに、アルベドは言い淀んだ。
「……敵でない、はその通りだけど、正しくは、敵にしようがない、と言うべきかしら。
アインズ様は<絶望のオーラ>全開状態で蹲っておられ、御身の無事を確認した
「<
よもや、一般のプレイヤー同様に渡り来ることがある、とは考えられなかったもので御座いますが。」
と、意を解したのはパンドラズ・アクター。
<
「
「つまり……」
デミウルゴスが、俯き加減に眼鏡の
「……アインズ様は<
「正確なところはアインズ様に伺わなければわからないけれど、
至高の主がそう考えるのは当然、といえば当然ではあるが、さりとて、相談されることがなかったことについては忸怩たる思いもある。
「……ここからが本題よ。」
アルベドはそう言葉を切って、二人の同僚の注意を喚起した。
「私が駆け付けた時点で、畏れ多いことながらアインズ様は錯乱状態に陥っておいでだったわ。たちまちに
常であれば、このような物言いをすればアルベドはたちまちに愛の妄想に陥って心ここに在らずになりそうなものだが、今日に限っては彼女は怜悧を保っている。
「タッチが言うには、きっかけは<
ただならぬ事態と判じた彼は、慌ててツアーに我々の<
「クシキノミヤサマ……とはいったい?」
パンドラズ・アクターが、ぽかん、とした様子で首を傾げる。
「ティトゥスに
知性
二十二世紀の日本は、実態としては列島各所に散在するアーコロジーが極めて独立閉鎖的に機能する一方、日本国としての名目上の体裁は二十世紀中葉に成立した憲法の体制を引き継いでいた。アーコロジー間の交流が、その効率上の問題から情報、物資に限定され、人的移動がほぼないに等しいこの時代において、変わらず日本国統合の象徴とされた皇族は例外的な存在だった。各アーコロジーは、実質的には企業連合体として独立国に近い振る舞いをおこないつつも、皇族の行幸を迎えて自分たちが日本国を構成する一部なのだ、と再確認することを好んだ。
そんな彼らは、アーコロジーから締め出され過酷な環境に甘んじる他なかった下層民、特にその内部での権力闘争を過激な行動によって勝ち抜こうとする一部の
ときの皇太子が兄弟諸共に暗殺されるなど、いったい日本の
「その
では
「冗談はやめて!」
アルベドは屹っとパンドラズ・アクターを睨みつけた。
「事の真偽はともかく、アインズ様がそれをお望みになるようであればこんなことにはなっていないでしょ!」
言われたパンドラズ・アクターは、しゅん、としている。
「少なくとも、ユグドラシルプレイヤーの個人情報にアクセスの権を有していた
「電脳関連の法令により、ユグドラシルを含むネット上のサービスを利用するに際し生体認証による個人特定が義務付けられていたはずだから、
そう言うデミウルゴスには、こちらも常とは異なりまったく表情がない。
「そしてここからが核心なのだけれど。」
「まだ何かあるのですか!」
アルベドの前置きにパンドラズ・アクターが驚きの声をあげるも、アルベドは取り合わない。
「九条
「「!」」
デミウルゴス、パンドラズ・アクターが声をまったく漏らさず、でありながら驚く様子を見せた。
「……そんな偶然、あり得ますでしょうか?」
辛うじてそう問うパンドラズ・アクターに、悲しそうにアルベドが応じる。
「偶然のはずがないでしょ。つまり……そういうことよ。」
「アルベド!」
と、突然強い口調でその名を呼ぶデミウルゴス。
「何か……
「……何のことかしら。」
敢えて涼しげに応じるアルベドに対し、デミウルゴスは食い下がった。
「とぼけるのはよしたまえ。
よしんば<
言われたアルベドは唇を噛む。
「……デミウルゴスに隠し事はできないわね。」
しばしアルベドは立てた人差し指を唇に当て、呻吟する様子を見せた。
そして、明朗な口調でこう言う。
「本当はあなたにだけは伝えたくないの。でも、あなた自身が調べれば結局は行き当たることだから話すけれど、話すまえにひとつだけ約束してちょうだい。」
「言わずともわかる。
もちろんだとも。」
やはりデミウルゴスは、何の感情も垣間見せない能面でそう応じ、アルベドはこれに納得した。
「実物が読みたければ自分で
「
「
「ふふ、彼らの益体もない努力が意外な成果を生むこともあるのだね。」
ここに至って、初めてデミウルゴスは薄い笑みを浮かべたがそれはすぐに真顔に戻る。これを確認した上でアルベドは説明を続けた。
「記事の表題は『幻の殿下、
「して……殿下はいかな御仁、と書かれているのですかな?」
興味深そうにパンドラズ・アクターがアルベドの顔を覗き込んだ。
覗かれた方としては、すでにパンドラズ・アクターが、殿下、と口にする敬意が創造主に向かっているのが否応なくわかるので、いささか心中複雑だ。
「……これもどこまで真実であるかはわからないし、原理的に
九条
「……それはまた!」
嬉しそうなパンドラズ・アクターを無視してアルベドは語り続けた。
「二十歳で
「いやいやいや!」
と、パンドラズ・アクター。
「ちょっと待ってください、アルベド。
俄かに信じがたい
なんでまたそんな御方が……ユグドラシルなんぞに耽溺されたんでしょうか?」
「そこよ。」
アルベドは怜悧な表情を崩さずにそう応じる。
「二十八歳の
「2126年。」
と、たちまちに含意を看破してみせたのはデミウルゴス。
「……ユグドラシルのサービス開始の
「流石ね、デミウルゴス。私もそれで間違いない、と考えているわ。」
「で……アルベドがこれを私から隠そうとした理由は何なのかね?いや、言わずともわかる。
この記事の……執筆名義だ。」
はぁ、と溜息をつくアルベド。
「……覚悟をして聞いてよ。」
と前置きし、アルベドは驚愕の名を告げる。
「な……なんですと!」
「あなた……これをアインズ様に知らせたい?」
デミウルゴスは顔色を失ったまま言葉を返さなかった。
しばしの沈黙。に
「で……どうしましょう、これ?」
「悔しいけれど。」
両膝の上で白魚のような指を血が滲まんばかりに強く握りしめたアルベドが答える。
「アインズ様のご親友のお知恵を借りないわけにはいかないようね。」
*
「アインズについては、もう何を聞かされても驚かないつもりだったんだけれど。
流石にこれは驚くね。」
ナザリック地下大墳墓
アルベド、パンドラズ・アクターは、至高の主の無二の親友である
ツアーは、アルベドに縋りついたままのアインズを二人共に自身の背に乗せてナザリック地下大墳墓へ送り届け、その
「ツアーもそう思われますか!」
アルベドから一通りの説明を受けてツアーが発した言葉に、パンドラズ・アクターは嬉しそうにそう応じたものだが、これにツアーは胡乱な視線を返す。
「……いや。
多分、パンドラくんが思っているのとボクのそれは違うような気がする。」
「そう……で御座いましょうか?」
首を傾げつつツアーの顔を覗き込むパンドラズ・アクター。
「こちらにやって来る以前のアインズの前身の<
そもそもアインズのモノの考え方やここぞというときの
「……まぁ、それはおっしゃる通りで御座いますが。
では、ツアーは何に驚いてるんです?」
パンドラズ・アクターのこの問いに、ツアーは一瞬躊躇ってからこう言った。
「よもや……スズキサトルくんも。」
今一度の
そして。
「アインズの……
この言葉にパンドラズ・アクターは、
「やはりツアーもそこが問題だ、とお考えですか?」
と、不安げな表情で問うたのはアルベドだ。
「アインズは、当人はその自覚にいささか欠けるところがあるが、無駄に頭が良過ぎるからね。
何だったっけ?……そう、クシキノミヤサマ、と黒子とやらがアインズを呼んだ時点で、一息にすべてを理解してしまったんだろう。困ったものだ。」
「うーむ、やはり
そう問うパンドラズ・アクターにツアーは、やれやれ、といった感じの視線を向けた
これに黙って頷くアルベド。
「……いいかい、パンドラくん。キミがそう思うのは、クシキノミヤ、とやらが敢えて無邪気で無欲な少年、として演じたスズキサトルの性向を強く受け継いでいるからだよ。自分が実はやんごとなき生まれで、ある日突然それが明かされ晴れ舞台に登る、なんていうのは、誰しもが少年の頃に思い描く夢想のひとつで、パンドラくんにとっても自身の創造主がそうだ、というのは喜ばしいことなんだろう。それはそれで間違ってはいない。
が、アインズ自身にとってはいささかわけが異なる。これまでアインズを支えてきたのは、もちろんキミたちの存在が第一にあるが、より本質的には、ユグドラシル時代を共に過ごした至高の四十一人の仲間たちとの記憶だ。しかし、実際に至高の四十一人と
「スズキサトル様は……父上で御座いましょう?」
「その通り。だが、アインズは気づいてしまったのさ。
そのスズキサトルが、実はクシキノミヤが徹して演じた
ここでツアーは今一度言葉を切ってアルベドの表情を伺った。
アルベドは今にも泣きだしそうな辛い顔を隠しもしなかったが、それでも涙を流すことは
これを見たツアーは、敢えて言葉を継ぐ。
「至高の四十一人に対しての……裏切りなのさ。」
しばしの重苦しい沈黙。
「まぁ、理解は理解として、だ。」
と、ツアーが再び口を
「もっとも楽観的な考え方をすれば、半年もすればアインズはこの出来事を忘れるだろう。だからそれまでじっと待てばいい、というのも一案ではある。」
これに対し、アルベドは潤んだ目で首を横に振った。
「……あぁ、そうだね、アルベド。
きっとアインズはこのことをずっと考え続けるから、何故自分がそんなことを思い悩んでいるのかはそのうち忘れてしまうだろうが、自分が至高の四十一人を裏切ったのだ、という思いだけは
そう言ってからツアーは、ぷるぷる、と首を振った。
「いや、今ボクは嘘をついた。」
これまでお気に入りの木の下で微睡みの姿勢を取っていたツアーが、俄かにその巨体を起こして立ち上がる。
「キミたちがどう思おうが、この世界の有象無象がアインズに滅ぼされようが、そんなことはボクの知ったことではないんだ。」
そう言い切ったツアーは、バッ、と巨大な翼を左右に
「アインズが虚無に堕ちることは、このボクが望まない。
アインズはボクの大切な友人であり、ボクにはかつてアインズが一人で
ツアーの口が大きく
「その借りを返すときだ!」
この言葉に、ついに感情が振り切れたアルベドが大粒の涙をぽろぽろと零し始めたのに気づいて、慌ててツアーは身を低くして顔をアルベドに近づけた。
「泣かないでおくれ、アルベド。まだ、キミの助けが必要だ。まずは種明かしをしてもらおう。」
アルベドの涙でいっぱいの瞳が自身を捉えるのを認めてツアーは問うた。
「いや、概ね察しはついている。どうして遥か昔に<
涙を拭いながらアルベドはこれに大きく頷く。
「だが、これは偶然にしては出来過ぎている。
ボクがアインズから聞かされた至高の四十一人、誰を思い浮かべても、<
アルベドに加え、パンドラズ・アクターもこくこく、と頷く。
「そしてそれは……今ここにデミウルゴスがいないことと関係があるね?」
「
そう告げるパンドラズ・アクターに、
「既に読み終えたよ。」
と、涼やかな声で割り込んだのは、遅れてやって来たデミウルゴスであった。
ツアーは、敢えて何でもないかのような素振りで軽く前片脚を挙げて会釈する。
「やぁデミウルゴス、お久しぶり。」
「このたびツアーにはアインズ様の窮地に駆けつけてくださり、御礼の申し上げようもありません。」
対するデミウルゴスは腕を胸の前で折って、
「ボク自身の友人のためだ。」
と、事も無げに応じるツアー。矢継ぎ早にデミウルゴスに問う。
「で……キミの所見を聞かせてくれるかな?」
問われたデミウルゴスはしばし呻吟する様子を見せたが、やがて左右に手を
「問題の記事は、一見して皮肉と哄笑に溢れ、知性に劣る
ツアーは正しくデミウルゴスの言葉の含意を見抜いた。
「だが……実際には違うのだね?」
「ご明察です。書き手の背景調査にかけた熱量は尋常なものではなく、あらゆる行間に、
「なるほど……。
で……書き手の名は?」
「アルベド。」
突如デミウルゴスはアルベドに問い掛けた。
「ツアーにはどこまで話したのかね?」
「
ハッハッハッ、と
「ツアー、あなたの聡明さには私ですら舌を巻くよ。」
ツアーは大きな手の平をひょいひょいと振る。
「世辞はよせ、デミウルゴス。
で、書き手の名は?」
この問いにキリッ、とデミウルゴスの表情が引き締まった。
しばしの呻吟。やがて意を決したように、その名が告げられる。
「記事署名には。
「……キミの判断は?」
「疑いなく。
我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様……の手になるもの、で間違いない。」
「ボクがアインズから聞いたウルベルトくんは、自分で書いたものを
「……当ててみたまえ。」
ツアーは、確信をもってアインズのかつての友の一人の名を告げた。
デミウルゴスは視線を逸らして唇を噛む。
「……お見事です。」
「この勝負、勝った!」
やおらツアーは力強くそう断言するも、屹っとデミウルゴスはツアーを指差す。
「待ちたまえツアー。大枠においては私もあなたの考えにまったく同感だが、<アインズ・ウール・ゴウンの
「……デミウルゴスは勝算を如何程に見積もっているんだい?」
「九対一、で勝ちだ。」
「では勝負すべきだろう?」
突如としてデミウルゴスが髪を振り乱して叫んだ。
「至高の主アインズ・ウール・ゴウン様と我らがナザリック地下大墳墓の命運を、獣
しばしの
意外にもこれを
「……これは失礼を。
そう言いながら、ぺこり、と一礼。
応じるツアーに
「無理もないことだ。キミの思いはわかっている……つもりだ。
そしてボクもまた、今回の一件には一命を賭す価値がある、と考えている。」
「ツアー。」
改めてデミウルゴスがツアーを仰ぎ見る。
その姿勢は常になく真摯なもので、左右の手は体側に添えて指先まで真っ直ぐ伸ばされていた。
「アインズ様のためであればこの身を焼いて悔いない私ですが、こと今回の一件に関してだけは、私の言葉はアインズ様には届きますまい。なぜなら私はアインズ様の一部に過ぎず、只今のアインズ様は、アインズ様と対等に向かい得る
そしてデミウルゴスは……ツアーの前に膝を折った。
「ツアーに、お願い申し上げます。
どうか我が至高の主に……隘路から脱する一筋の光明を!」
悪魔から捧げられた祈りにも似た声に、ツアーは優しい口調でこう返した。
「どうか立ってくれ、デミウルゴス。
ボクは、アインズのことが好きな、彼の友の一人であるに過ぎない。」
そして、大きな指先が跪いたままのデミウルゴスの肩に優しく触れる。
「キミと同様に……だ。違うかい?」
しばしデミウルゴスは跪礼のまま動かなかったが、やおらツアーの指を取ってスッ、と立ち上がり、
「ここでしばしお待ち下さい。我らがこちらへやって来た直後、アインズ様がご自身の秘密にお気づきになられた経緯を記した日記を持って参ります。おそらくは御入り用かと。」
これにツアーは満足げに頷きつつ、
「助かるよ、デミウルゴス。でも、ボクはキミたちの文字が読めないんだが。」
「もちろん代わって読んで差し上げますとも!」
ニッ、と互いに笑みを浮かべて見つめ合う悪魔と
その隣で、不意にアルベドが片手を自身の耳に当てた。
「急いで、あまり時間はないわ。
アインズ様が……お目覚めになったようよ。」