「あぁ、アルベドぉ!
ねぇ……もう一回しようよぉ。」
ナザリック地下大墳墓
ツアーの背に載せられてナザリックに帰還したアインズは、すぐさま自室にアルベドを伴って籠もり、それこそ狂ったかのようにアルベドを貪り求め、アルベドもまたこれに応じた。
アインズの
数千年の永きに渡りアルベドはこの方法で、一見野放図でありながらナザリック地下大墳墓を守り抜くべく一瞬たりとも気の休まることのない至高の主に、
今回も、
アルベドはこれを護衛監視すべく数体の
その
それは、アルベドにとっては何にも代えがたい誘惑だ。
が。
同時に彼女は、
「アインズ様。」
敢えてアルベドは
「
対してアインズは、逆上するでもなく、まったく関心のない様子で能天気にこう言い放った。
「……いーよ、別に待たせておけば。
さぁ、早く服を脱いでこっちにおいでよー!」
一瞬、言われるがままに応じたい、アインズを優しくその豊満な胸の谷間に沈めて甘えさせ、
それは一見、愛に発する思いのようで……真実の愛ではない。
「ツアーには此度の一件でご足労をいただいたもの。御身自ら礼を執られませんと、
顔を伏せたままのアルベドが怜悧な口調でそう告げると、アインズはもそもそと
「アルベドがそう言うんだったら……面倒臭いけど行くかぁ。
すぐ戻るからここで待っててよー。」
と腑抜けた口調で応じ、次の瞬間<ギルドの指輪>の力で跳んで姿を消した。
「ツアー……お願い。」
アルベドの藁にも縋らんとするか細い声が、
*
「やぁアインズ、調子はどうだい?」
ナザリック地下大墳墓
意外にも
「あぁ、ツアー。何か面倒をかけてしまったようだな、すまなかった。」
アインズは軽く骨の片手を上げて、常の大魔王然とした傲岸不遜な口調で気のない謝辞を口にする。
「気にすることはない、ボクとキミの仲じゃないか。」
応じるツアーも事も無げにそう言う。
「……じゃ、そういうことで。」
アインズはそう言うが早いかくるりと背を向けて漆黒の
「待て。」
と、ツアーから声がかかってその足を
「……まだ何か用か?」
背を向けたままのアインズが問えば、ツアーはまず、抑揚を欠く口調で実務的なところに触れた。
「今回の騒ぎの発端となった
やはり背を向けたまま、相変わらず気のない様子でアインズは言う。
「まぁ……収拾がつかなくなれば、タッチは容赦なくアレを消滅させるだろう。<運営>がどうなろうがオレの知ったことじゃない。
これに、ハハハッ、とツアーは笑って返した後、笑うのを
「だが!」
と言葉を切った。
一息置いて曰く。
「彼女がもたらした、思いもよらぬ真実には向き合わざるを得まい。」
ツアーがそう言うと、漸くアインズはツアーを振り返り、ふぅーーーっ、とする必要もない溜息をひとつ。
「あのな、ツアー。」
これに対し、単純な体高差では三倍はあろう高みから、ツアーはアインズに物言いたげな視線を注ぐ。
「なんだい、アインズ?」
大魔王は、らしからぬ気弱な言葉を返した。
「オレはもう……すべてがどうでもよくなったんだ。余計なお節介は
「それは困る。」
屹立したままのツアーは、ぴしゃり、とそう言い切る。
対するアインズは、骨の腕を左右に広げ手の平を上に向けておどけながら、
「心配するな、間違っても世界を
「アインズ!」
「世界がどうなろうが、ボクの知ったことではない。」
変わらず不動のままアインズを睥睨するツアー。
これに怖じけるでもなく、ただ俯き加減に変わらず気のない口調のアインズ。
「じゃぁ……何なんだ?」
「キミには、ボクの好きな大魔王、アインズ・ウール・ゴウンでいてもらわないと……ボクが困る。」
「説教に理由づけ、だなんて、おまえらしくないじゃないか。」
ゆっくりと、アインズの何処を捉えるでもない視線がツアーへと向かう。
これを屹っと受け止めたツアーは、こう応じた。
「らしくないのはキミの
知らなかったのかい?キミほどではないがね。ボクは……」
俄にツアーの翼が大きく左右に開かれ、アインズに影を落とす。
「……
はぁ、と再び溜息を吐いたアインズは、骨の指先をひょいと振った。
たちまちに
「わかった、話を聞こう。だが……手短に頼むぞ。」
ふふっ、と鼻で
「ボクがキミのことをわかっているか、と問えば、未だにわからないことの
玉座の肘掛けに肘をついて握った
「回りくどい物言いはよせ!
で……何なんだ?」
「スズキサトル……は、<
これを、アインズは興味なさげに聞き流す。
「ふーん……で?」
「だが、すべてが
キミは幼い頃に母と死別した、と語ったが、これは事実だ。キミの父は、母を失ったキミを憐れんで
「なるほどな……流石、オレの中の人だけあって悪趣味極まりない。」
アインズは骨の手でお手上げ
「が、<
「オレは
ハッ、とアインズは
ツアーはこれを咎めるでもなく、淡々と続けた。
「そしてキミの<
このツアーの言葉に、ここまで半開きになっていたアインズの骨の口が閉じられた。
「キミは憶えてはいまいがね。キミがこちらにやって来た直後のことだ。
幾度となくキミが楽しげにボクに語って聞かせた話題の中に、当時のバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・エル・ニクスの話がある。キミは随分と彼のことを気に入っていたようだったが、ボクは何故キミが、あの人間にそこまでの強い
だが、クシキノミヤサマ、とやらの逸話を聞いて得心がいったよ。キミはこの名の音だけで彼がどのような社会的立ち位置にあったかがわかるようだが、一旦王族を離れたにもかかわらず、政治的な事情で王家に呼び戻された彼は、でありながら、その立場を利用しようとした形跡がない。むしろ、彼は書物を公刊するに際して常に異なる署名を施して、読者から自身が何者であるかを隠してすらいたようだ。
そして彼は、自身が予備要員として確保されていた王座に然るべき人物が進められるを認めて世捨て人となり、以降はユグドラシルに耽溺したようだが、そこに加わるに当たっても敢えて死んだ弟の名を騙り、すべての経歴を隠して、まるで無知、無垢な少年のように振る舞った。」
アインズは黙ってツアーの話に耳を傾けている。
「すべてに共通するのは、クシキノミヤサマなる人物が、生まれや肩書きから得られる嵩上げを嫌い、ありのままの自分と対してくれる他者を欲していたことだ。ジルクニフ・エル・ニクスに共感したのもさもあらんだよ。彼もまた、自身望んだわけでもない帝位に推され、以降は鮮血帝なる諢名と果たすべき責務を徹して演じ続けた男だったのだから。
そして、死ぬまで皇帝であり続けざるを得なかったジルクニフに対し……彼も、キミとの出会いの
スズキサトル、の名でね。」
「そんなことは……」
と、アインズ。
「そんなことはおまえに言われるまでもなく、あの<
やはりそうだったか、とツアーは息を呑む。
アインズは、しばし開いた骨の手の平に視線を落として呻吟した
「オレが……
「なぜ……そう思うんだい?」
優しい口調でツアーが問う。
「だってそうだろう!オレは、オレ自身の努力で並び立つ
「
捲し立てて自分自身の
「キミは、やろうと思えば
そんなキミが<
「……だが!
オレが、至高の四十一人の仲間たちを欺いていた事実は消え去りはしない!」
「そこだよ、アインズ!」
ツアーは大きな竜の指をアインズに向かって突き立てた。
「考えてもみたまえ。どうしてボクがクシキノミヤサマ、なる人物についてこれほど知っているのか、不思議に思わないかい?
いや、そんなことは説明するまでもなくキミは承知だ。そう、
アインズは黙ったままツアーを見つめている。
「だが、奇跡は書物が見つかったこと、ではないんだ。」
「どういう……意味だ?」
「いいかい?今のキミが、その意味がわからなかった、というのが重要だからよくよく憶えておいてくれよ。」
「?」
ツアーのこの物言いの含意がわからず、アインズは骨の片手を突き出して続きを促した。
「クシキノミヤサマ、について書かれた書物……実際には、いくつかの<
竜の大きな指が一本立ち上がって、アインズの気を惹く。
「ウルベオドル……と名乗っている。」
バンッ!
と、アインズの握りしめられた骨の腕が玉座の肘掛けを打った。
「
ツアーは事も無げに続ける。
「これを読んだデミウルゴスの評は、皮肉と哄笑に溢れ、知性に劣る
そしてデミウルゴスは、この文章が彼の創造主、ウルベルトくんの手になるもので間違いない、と太鼓判を押してくれた。」
「……」
「デミウルゴスには、この書物の発行年次を調べてもらった。
2126年。キミに言うまでもない、とは思うが、<
「……」
「ウルベルトくんは。
<
「黙れ。」
再びアインズの腕が玉座の肘掛けを、ダンッと打つも。
「黙らないよ。
これはあくまでもボクの推測でしかないが、書物はユグドラシル開始直前、隠居を宣言して
「……」
「今、キミは不思議に思ったね?
その通り。ウルベルトくんの性格を考えれば、その
だが、そんなウルベルトくんが自身の書物を
誰だと思う?」
「……まさか!」
「そのまさかさ、ペロロンチーノくんだよ!」
「……」
「よもやウルベルトくんがペロロンくんに話したわけはないからね。どうやって、かはわからないが、ペロロンくんはキミが何者であるかに独立して思い至り、ウルベルトくんが書いた書物に辿り着いて……まぁ、これは順序が
「黙れ!」
「黙らないよ。
これを以て推して知るべし、だ。キミはキミが至高の四十一人を欺いていた、と嘆くが、実際には欺いては……欺けてなどはいなかったんだ。
「黙れ黙れ……黙れェーーーーーッ!」
突如アインズは、張り裂けんばかりの大きな声で怒鳴りながら<絶望のオーラ>を全開にして立ち上がった。
やおらその骨の両手が八の字に左右に
「<
たちまちに機械仕掛けの時計がアインズの後背に出現し、
ゴーーーンッ!
満願成就までの
実のところ、発作的に
が、実際のツアーの行動は違った。
ゴーーーンッ!
第二の鐘の音と同時にアインズに向かって大きく歩み寄ったツアーは、その骨の手をとって自身に触れさせたのである。
「
だが、残り十秒間、キミだけにしか出来ない答え合わせをするんだ。魔法を使うのは最後の一秒に取っておきたまえ。」
ゴーーーンッ!
「思い出せ、アインズ。<ギルドの
ゴーーーンッ!
「そんな
ゴーーーンッ!
「それは、ウルベルトくんらのように事情を知っていたかはともかく、
ゴーーーンッ!
「キミ自身が望んだ、スズキサトル、として受け入れると決めていたからだ!」
ゴーーーンッ!
「キミは誰も欺いてなどいないし、キミが彼等を欺いていたのだとしたら、キミもまた、
ゴーーーンッ!
「……そして思い出すんだアインズ!」
ゴーーーンッ!
「こちらの世界に渡り来て、自身が<ギルドの
ゴーーーンッ!
「キミは、アルベドたちに誓ったのではなかったかい?」
ゴーーーンッ!
「自分たちは至高の四十一人の記憶の
ゴーーーンッ!
「
ゴーーーンッ……カチリ。
口パカ!ペカペカーーーーーーーーーーーッ!
アインズの体から
しばしの沈黙。
向かい合った世界最強の二人の間に、永遠にも思われる、でありながら瞬く間の
「……ツアー。」
と、先に名を呼んだのはアインズ。
呼び掛けられたツアーは無言のまま続く言葉を待った。
「……ありがとう、ツアー。」
大魔王が、ぽそり、とそう言う。
「お陰で……迷いが晴れたよ。」
ツアーの大きな口元がニッ、と笑った。
同時にアインズは骨の両手を高々と振り上げた。
「オレは、至高の四十一人の記憶のオーバーロード、大魔王アインズ・ウール・ゴウン!
その筋書きを、最初に<
アインズもまた、ニッ、と微笑みを浮かべる。
「今のオレの……知ったこっちゃないわな。」
その穏やかな口調に、これまで居丈高に屹立していたツアーの巨躯が緩み、やがて
同時に、
「アインズー!」
「アインズ様ッ!」
「殿下ァ!」
アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの、ナザリックの
下僕たちの姿を認めるや、アインズはやおら
取り出されたのは大きな
一つは自身が掴み、いそいそと残る二つがアルベド、デミウルゴスに配られる。
スパーーーーーン!
「な、なにをご無体な!」
「無体も
オレがそれを嫌がる、とわかっててやってるよな?そーだよなーーーァ!」
触手を振り乱して抗議する息子にアインズは詰め寄り、パンドラズ・アクターの頬が、ぽっ、と朱に染まる。
「安心いたしました。いつもの父上……で御座いますな。」
「企図したところはわかるがね。それにしても空気を読みたまえ!」
「そうよ!アインズ様が今回の件でどれほどお苦しみになったか、わかっているの!」
デミウルゴス、アルベドが立て続けにパンドラズ・アクターに食ってかかるも、これはアインズが骨の手をひょいひょい、と振りながら割って入って制した。
「いや、すまん。
おまえたちも……心配をかけて、悪かったな。」
「「「何を
ぺこり、と頭を下げた至高の主に、三人はそろって膝を折り改めて忠誠を誓う。
「父上は父上、何も変わることは御座いません。
その我儘を叶えて差し上げることこそ
「至高の主アインズ・ウール・ゴウン様の
我らが至誠はただただ只今ここにおられる御身にのみ捧げられるもので御座います。」
「
ナザリックの
この様子を満足げに眺めていたアインズは、三人の手をそれぞれに取って立ち上がらせた。
「オレたちは至高の四十一人の記憶の
と誓って見せれば、三人は瞳を潤ませながら深く頷き、アインズは改めて我が身の幸福に感謝を捧げた。
「おまえにも改めて礼を言わないとな。」
アインズが背後のツアーを振り返ると、あろうことか
口パカ、ペカペカ。
「……どういう神経をしてるんだ、こいつは?」
呆れた口調でアインズがそう言えば、
「このくらいでないと父上の友は務まりますまい。」
「まったくその通りだが、それにしてもふてぶてしいことこの上ないね。」
「ツアーも今回の一件には体を張って気遣ってくださったもの。しばらくこのままにして差し上げましょう!」
と、
誰からともなく笑いがこぼれ、やがてそれは大きな笑いになって
いくら何でもこれはおかしいだろ、と誰かが気づいたのは三日後の話。
ツアーは
問題は、ナザリック地下大墳墓の中にあっては、ツアーといえども世界に満ちる
「そんなことじゃろう、とは思っておったわ。」
と呆れた声で出迎えたのは、ツアーの居城の謁見の間に佇んでいた
曰く、すべての
「父とて自身がそうであることをまったく予感せぬとも思えぬゆえ、余程のことがあったのであろうな。」
コニーにそう言われて、アインズは改めて危険を顧みずに駆けつけてくれた親友に感謝の思いを
「ははっ、まったくおまえの親父にも困ったもんだな!」
と敢えておどけて見せたが、仔細はともかく、コニーは何かに気づいている様子であった。
「じゃぁコニー、
帰路の<
「いつものように
と、コニーから声がかかる。
アインズは軽く横に顔を向け、片目のみでコニーの姿を捉えて、
「……本人からするとありがた迷惑のようだからな。
親父の守りはコニーの
と、骨の片手を挙げて告げた
もっとも。
数カ月の
こうして大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、こちらの世界に渡り来て以来最大の危機を、辛くも乗り越えたのであった。