億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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黒い禁忌(タブー)(3)

「あぁ、アルベドぉ!

 ねぇ……もう一回しようよぉ。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの私室。

 

 ツアーの背に載せられてナザリックに帰還したアインズは、すぐさま自室にアルベドを伴って籠もり、それこそ狂ったかのようにアルベドを貪り求め、アルベドもまたこれに応じた。

 

 アインズの死の支配者(オーバーロード)の肉体は、常であれば女淫魔(サキュバス)の淫乱の魔力をすべて弾き返してしまう。唯一の例外として、アインズが自身の()の人格を曝け出している場合……これは外形的にはアインズが鈴木悟、とされる人間の声色と口調で喋り始めることによりそうであると識別されるものだが、只今はその鈴木悟なる人物の実在、に疑義が生じている……に限り、アルベドはアインズに、並の精神であればたちまちにその虜となって廃人と化すであろう絶頂の快楽を与え、束の間の眠りへと導くことが叶う。

 数千年の永きに渡りアルベドはこの方法で、一見野放図でありながらナザリック地下大墳墓を守り抜くべく一瞬たりとも気の休まることのない至高の主に、一時(ひととき)の安らぎを与え続けてきた。

 

 今回も、女淫魔(サキュバス)の魔力に果てたアインズは束の間の眠りに落ちた。

 アルベドはこれを護衛監視すべく数体の八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)をアインズの寝室に配し、自身は今回の危機への対策を議する三賢者会議(トリニティ)へと向かった。

 その八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)から、戦闘メイド(プレアデス)エントマ・ヴァシリッサ・ゼータを介してアインズが目を覚ました旨の報せを受けたアルベドは足早にアインズの私室を目指したが、そこで待っていたのは、鈴木悟の声色と口調で今一度の淫欲の再戦を求める至高の主だった。

 

 それは、アルベドにとっては何にも代えがたい誘惑だ。

 

 女淫魔(サキュバス)である彼女は、その本性に従って愛する男を永遠の性の快楽の世界へ(くわ)え込むことを欲している。そして今まさに、愛するアインズもまたそれを欲しているのだ。

 

 が。

 

 同時に彼女は、()えあるナザリック地下大墳墓守護者統括でもあった。

 

「アインズ様。」

 

 敢えてアルベドは寝台(ベッド)の上に胡座(あぐら)を掻いて笑顔で手招きする骸骨に歩み寄らず、少し離れた場所で跪礼を執る。

 

闘技場(アリーナ)でツアーがお待ちです。」

 

 対してアインズは、逆上するでもなく、まったく関心のない様子で能天気にこう言い放った。

 

「……いーよ、別に待たせておけば。

 さぁ、早く服を脱いでこっちにおいでよー!」

 

 一瞬、言われるがままに応じたい、アインズを優しくその豊満な胸の谷間に沈めて甘えさせ、(あるじ)の心の傷を()やして差し上げたい、との思いがアルベドの頭の中いっぱいに広がるも、彼女は辛うじてこれを(こら)えた。

 

 それは一見、愛に発する思いのようで……真実の愛ではない。

 

「ツアーには此度の一件でご足労をいただいたもの。御身自ら礼を執られませんと、()えあるアインズ・ウール・ゴウンの名が(すた)りましょう。アインズ様のお相手は、ツアーとのお話が終わった(のち)如何様(いかよう)にも務めさせていただきますので。」

 

 顔を伏せたままのアルベドが怜悧な口調でそう告げると、アインズはもそもそと寝台(ベッド)から()り、

 

「アルベドがそう言うんだったら……面倒臭いけど行くかぁ。

 すぐ戻るからここで待っててよー。」

 

と腑抜けた口調で応じ、次の瞬間<ギルドの指輪>の力で跳んで姿を消した。

 

「ツアー……お願い。」

 

 アルベドの藁にも縋らんとするか細い声が、(あるじ)の跳び去った部屋に虚しく響く。

 

 

                    *

 

 

「やぁアインズ、調子はどうだい?」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)闘技場(アリーナ)

 意外にも白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは、常の微睡みの姿勢を取ることなく、その巨躯を屹立させてアインズを待っていた。

 

「あぁ、ツアー。何か面倒をかけてしまったようだな、すまなかった。」

 

 アインズは軽く骨の片手を上げて、常の大魔王然とした傲岸不遜な口調で気のない謝辞を口にする。

 

「気にすることはない、ボクとキミの仲じゃないか。」

 

 応じるツアーも事も無げにそう言う。

 

「……じゃ、そういうことで。」

 

 アインズはそう言うが早いかくるりと背を向けて漆黒の装束(ローブ)(ひるがえ)すが、

 

「待て。」

 

と、ツアーから声がかかってその足を()めた。

 

「……まだ何か用か?」

 

 背を向けたままのアインズが問えば、ツアーはまず、抑揚を欠く口調で実務的なところに触れた。

 

「今回の騒ぎの発端となった裏方(うらかた)黒子(くろこ)なるプレイヤー……いや、彼女は厳密にはユグドラシルプレイヤー、ではないのかも知れないが、彼女はタッチが連れていったよ。あの子に任せておけば、よもや最悪のことには至るまい、とするキミの考えにはボクも同意だ。」

 

 やはり背を向けたまま、相変わらず気のない様子でアインズは言う。

 

「まぁ……収拾がつかなくなれば、タッチは容赦なくアレを消滅させるだろう。<運営>がどうなろうがオレの知ったことじゃない。()れるものならオレがブチ殺してやりたいくらいだが、残念ながらそれは叶わん。」

 

 これに、ハハハッ、とツアーは笑って返した後、笑うのを()めて、

 

「だが!」

 

と言葉を切った。

 一息置いて曰く。

 

「彼女がもたらした、思いもよらぬ真実には向き合わざるを得まい。」

 

 ツアーがそう言うと、漸くアインズはツアーを振り返り、ふぅーーーっ、とする必要もない溜息をひとつ。

 

「あのな、ツアー。」

 

 これに対し、単純な体高差では三倍はあろう高みから、ツアーはアインズに物言いたげな視線を注ぐ。

 

「なんだい、アインズ?」

 

 大魔王は、らしからぬ気弱な言葉を返した。

 

「オレはもう……すべてがどうでもよくなったんだ。余計なお節介は()めてくれ。」

「それは困る。」

 

 屹立したままのツアーは、ぴしゃり、とそう言い切る。

 対するアインズは、骨の腕を左右に広げ手の平を上に向けておどけながら、

 

「心配するな、間違っても世界を(けが)(もの)になんて成り果てることはないし、なんなら今すぐにでもナザリックを自爆させて……」

「アインズ!」

 

 ()(ばち)なアインズの物言いに、強い口調のツアーが割り込んだ。

 

「世界がどうなろうが、ボクの知ったことではない。」

 

 変わらず不動のままアインズを睥睨するツアー。

 これに怖じけるでもなく、ただ俯き加減に変わらず気のない口調のアインズ。

 

「じゃぁ……何なんだ?」

 

「キミには、ボクの好きな大魔王、アインズ・ウール・ゴウンでいてもらわないと……ボクが困る。」

 

「説教に理由づけ、だなんて、おまえらしくないじゃないか。」

 

 ゆっくりと、アインズの何処を捉えるでもない視線がツアーへと向かう。

 これを屹っと受け止めたツアーは、こう応じた。

 

「らしくないのはキミの(ほう)だ。

 知らなかったのかい?キミほどではないがね。ボクは……」

 

 俄にツアーの翼が大きく左右に開かれ、アインズに影を落とす。

 

「……我儘(わがまま)なんだよ!」

 

 はぁ、と再び溜息を吐いたアインズは、骨の指先をひょいと振った。

 たちまちに貴石(きせき)の玉座が生み出され、アインズは横柄にどっかとそこへ腰掛ける。

 

「わかった、話を聞こう。だが……手短に頼むぞ。」

 

 ふふっ、と鼻で(わら)ったツアーは、変わらず屹立睥睨したままにまずこう言った。

 

「ボクがキミのことをわかっているか、と問えば、未だにわからないことの(ほう)が多いことは否めない。が、今この瞬間に限って言えば、ある一面において、ボクは、キミよりもキミのことをよく知っている。」

 

 玉座の肘掛けに肘をついて握った(こぶし)に頭を載せて聞いていたアインズは、やおら骸骨顔を前に突き出し苛立たしくこう叫ぶ。

 

「回りくどい物言いはよせ!

 で……何なんだ?」

 

「スズキサトル……は、<現実(リアル)>におけるキミの中の人、ではなく、実際にはその弟だった。キミの中の人は、何か思うところがあって自身の弟を演じていたんだな。」

 

 これを、アインズは興味なさげに聞き流す。

 

「ふーん……で?」

 

「だが、すべてが(いつわ)りであったわけではなく、実際には虚実は入り乱れている。

 キミは幼い頃に母と死別した、と語ったが、これは事実だ。キミの父は、母を失ったキミを憐れんで後添(のちぞ)えを迎えたが、サトルはその後添(のちぞ)えの産んだ異母弟で、継母(ままはは)となった女の姓がスズキだったらしい。さしものキミの中の人も、演じる人物を(ゼロ)から作ることは敵わなかったのだろうね。」

 

「なるほどな……流石、オレの中の人だけあって悪趣味極まりない。」

 

 アインズは骨の手でお手上げ仕草(ポーズ)をしながらこれを軽くいなした。

 

「が、<現実(リアル)>のスズキサトルは七歳で病没したそうだ。キミの中の人が敢えてスズキサトルと名乗り、強いて年齢不相応な幼さを備えた人物を演じたのは、世を儚んだ弟への追悼の思いもあって、のことなのだろう。」

 

「オレは不死者(アンデッド)だしな。死人を騙ってた、ってのはお似合いだ!」

 

 ハッ、とアインズは(わら)い飛ばす。

 ツアーはこれを咎めるでもなく、淡々と続けた。

 

「そしてキミの<現実(リアル)>における中の人、黒子(くろこ)とやらがクシキノミヤサマ、と呼んだ人物だが、なかなかに興味深い人間であったようだ。お陰でボクは、長い(あいだ)、どうしてアインズはこうなのだろう、と不思議に思っていた疑問が氷解したよ。」

 

 このツアーの言葉に、ここまで半開きになっていたアインズの骨の口が閉じられた。

 

「キミは憶えてはいまいがね。キミがこちらにやって来た直後のことだ。

 幾度となくキミが楽しげにボクに語って聞かせた話題の中に、当時のバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・エル・ニクスの話がある。キミは随分と彼のことを気に入っていたようだったが、ボクは何故キミが、あの人間にそこまでの強い共感(シンパシー)(いだ)くのか不思議に思っていた。キミがナザリックの絶対支配者だからか、とも思ったが、統治の規模で言えばナザリックは、総火力こそ比べるべくもないが実際には村程度のものでしかないからね。

 だが、クシキノミヤサマ、とやらの逸話を聞いて得心がいったよ。キミはこの名の音だけで彼がどのような社会的立ち位置にあったかがわかるようだが、一旦王族を離れたにもかかわらず、政治的な事情で王家に呼び戻された彼は、でありながら、その立場を利用しようとした形跡がない。むしろ、彼は書物を公刊するに際して常に異なる署名を施して、読者から自身が何者であるかを隠してすらいたようだ。

 そして彼は、自身が予備要員として確保されていた王座に然るべき人物が進められるを認めて世捨て人となり、以降はユグドラシルに耽溺したようだが、そこに加わるに当たっても敢えて死んだ弟の名を騙り、すべての経歴を隠して、まるで無知、無垢な少年のように振る舞った。」

 

 アインズは黙ってツアーの話に耳を傾けている。

 

「すべてに共通するのは、クシキノミヤサマなる人物が、生まれや肩書きから得られる嵩上げを嫌い、ありのままの自分と対してくれる他者を欲していたことだ。ジルクニフ・エル・ニクスに共感したのもさもあらんだよ。彼もまた、自身望んだわけでもない帝位に推され、以降は鮮血帝なる諢名と果たすべき責務を徹して演じ続けた男だったのだから。

 そして、死ぬまで皇帝であり続けざるを得なかったジルクニフに対し……彼も、キミとの出会いの(のち)は明らかに言動が変化しているから、図らずもキミは彼の魂を救ったのだ、とボクは考えているんだが……<現実(リアル)>のキミの中の人は、王族を演じ続ける必要がなくなった時点ですべてを投げ捨て、仮想世界(ユグドラシル)での出直しを決めたのさ。

 スズキサトル、の名でね。」

 

「そんなことは……」

 

と、アインズ。

 

「そんなことはおまえに言われるまでもなく、あの<黒衣(くろご)>から、九識宮(くしきのみや)殿下、と呼ばれた時点で、仔細はともかく察しはついていたさ。そして、それが意味するのは……」

 

 やはりそうだったか、とツアーは息を呑む。

 アインズは、しばし開いた骨の手の平に視線を落として呻吟した(のち)に、重々しい口調でこう言った。

 

「オレが……大嘘(おおうそ)つきの糞野郎だった、ということだけだ。」

 

「なぜ……そう思うんだい?」

 

 優しい口調でツアーが問う。

 

「だってそうだろう!オレは、オレ自身の努力で並び立つ(もの)のないこの力と非公式ラスボスの二つ名を得たと思っていた……思い込んでいたが、実際には<現実(リアル)>での立場を利用して……」

(いな)!」

 

 捲し立てて自分自身の()を鳴らすアインズを、ツアーは強い言葉で()めた。

 

「キミは、やろうと思えば黒子(くろこ)とやらを丸め込んで、云千年に渡って飢え()がれた飲食の叶う身体(からだ)や、アルベドの肉欲に応じ得る受肉を得る選択肢だってあり得たのに、敢えてそれを潔しとせずタッチにその身柄を預けたのだろう?彼女が、クシキノミヤサマ、などと言い出しさえしなければ、ナザリックに戻ったキミは、なんとかいうSF作家の小説を読み漁って記憶を飛ばし、すべてを忘れ去るつもりだったはずだ。

 そんなキミが<現実(リアル)>において<運営>とやらに優遇を求めたはずがないし、そんな人物に<運営>の記憶の一部なりともを引き継いだ彼女が、心からの敬意を示すわけもないだろう?」

 

「……だが!

 オレが、至高の四十一人の仲間たちを欺いていた事実は消え去りはしない!」

「そこだよ、アインズ!」

 

 ツアーは大きな竜の指をアインズに向かって突き立てた。

 

「考えてもみたまえ。どうしてボクがクシキノミヤサマ、なる人物についてこれほど知っているのか、不思議に思わないかい?

 いや、そんなことは説明するまでもなくキミは承知だ。そう、最古図書館(アッシュールバニパル)にその人となりを記した書物があって、これをアルベドたちが見つけたからだ。アルベドはこの発見を、奇跡だ、と言っていたよ。」

 

 アインズは黙ったままツアーを見つめている。

 

「だが、奇跡は書物が見つかったこと、ではないんだ。」

 

「どういう……意味だ?」

 

「いいかい?今のキミが、その意味がわからなかった、というのが重要だからよくよく憶えておいてくれよ。」

 

「?」

 

 ツアーのこの物言いの含意がわからず、アインズは骨の片手を突き出して続きを促した。

 

「クシキノミヤサマ、について書かれた書物……実際には、いくつかの<現実(リアル)>の知られざる裏話を束ねた合本(がっぽん)の一記事に過ぎないが、その書き手は。」

 

 竜の大きな指が一本立ち上がって、アインズの気を惹く。

 

「ウルベオドル……と名乗っている。」

 

 バンッ!

 

と、アインズの握りしめられた骨の腕が玉座の肘掛けを打った。

 

(なん)……だと?」

 

 ツアーは事も無げに続ける。

 

「これを読んだデミウルゴスの評は、皮肉と哄笑に溢れ、知性に劣る(もの)がこれを読めばやんごとなき身分の(もの)に対する読者の冷笑を誘うべく書いたもの、と読めることだろうが、書き手の背景調査にかけた熱量は尋常なものではなく、あらゆる行間にクシキノミヤに対する深い畏敬の念と愛が溢れたもので、文面に現れる冷淡さは、それを自覚する書き手の照れ隠しであるに違いない……だったよ。

 そしてデミウルゴスは、この文章が彼の創造主、ウルベルトくんの手になるもので間違いない、と太鼓判を押してくれた。」

 

「……」

 

「デミウルゴスには、この書物の発行年次を調べてもらった。

 2126年。キミに言うまでもない、とは思うが、<現実(リアル)>においてユグドラシルのサービスが開始されたとされる(とし)だ。意味するところも説明するまでもあるまい。」

 

「……」

 

「ウルベルトくんは。

 <現実(リアル)>のキミが何者であったか、先刻承知の上でキミの仲間になったのさ。」

 

「黙れ。」

 

 再びアインズの腕が玉座の肘掛けを、ダンッと打つも。

 

「黙らないよ。

 これはあくまでもボクの推測でしかないが、書物はユグドラシル開始直前、隠居を宣言して(おおやけ)の場からまったく姿を消してしまったクシキノミヤのその()にはまったく触れていないが、ウルベルトくんが、取材対象としての執着からか、あるいは個人的なこだわりからかはともかく、キミを追ってユグドラシルに参加したのはほぼ間違いないだろう。これはデミウルゴスもそうだと言っている。」

 

「……」

 

「今、キミは不思議に思ったね?

 その通り。ウルベルトくんの性格を考えれば、その(のち)もキミに対してキミの正体を知っていることを伝えることなく付き合い続けた、というのは大いに考えられるし、むしろ、ユグドラシルで(じか)相対(あいたい)したキミの懐深い人柄に魅入られて、<現実(リアル)>のクシキノミヤを追いかける興味関心を失い、ユグドラシルにおけるキミの第一の友であることを選んだ、といったところではないかと思う。

 だが、そんなウルベルトくんが自身の書物を最古図書館(アッシュールバニパル)に忍び込ませた、というのが納得がいかない。同じ疑問を(いだ)いたデミウルゴスが、司書長ティトゥスに書物の元の持ち主を調べさせた。

 誰だと思う?」

 

「……まさか!」

 

「そのまさかさ、ペロロンチーノくんだよ!」

 

「……」

 

「よもやウルベルトくんがペロロンくんに話したわけはないからね。どうやって、かはわからないが、ペロロンくんはキミが何者であるかに独立して思い至り、ウルベルトくんが書いた書物に辿り着いて……まぁ、これは順序が(ぎゃく)だったかもしれないが、ともかく、これをキミに読ませたいとまでは思わないが、それでも秘密にもしておけなかった彼は、最古図書館(アッシュールバニパル)にこれを忍び込ませ、いつの日かキミがそれに気づけば面白い、と考えたのだろう。如何(いか)にもペロロンくんらしい、と思わないかね?」

 

「黙れ!」

 

 三度(みたび)、アインズは肘掛けを打ち砕かんかのばかりに強く打った。

 

「黙らないよ。

 これを以て推して知るべし、だ。キミはキミが至高の四十一人を欺いていた、と嘆くが、実際には欺いては……欺けてなどはいなかったんだ。(みな)(みな)でもあるまいが、知っている(もの)は知っていた、公然の秘密だったんだよ。」

 

「黙れ黙れ……黙れェーーーーーッ!

 

 突如アインズは、張り裂けんばかりの大きな声で怒鳴りながら<絶望のオーラ>を全開にして立ち上がった。

 やおらその骨の両手が八の字に左右に(ひら)かれる。

 

<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!

 

 たちまちに機械仕掛けの時計がアインズの後背に出現し、

 

 ゴーーーンッ!

 

 満願成就までの所要時間(カウントダウン)を告げる第一の鐘の音が鳴った。

 

 実のところ、発作的に技能(スキル)を発動させたアインズ自身に深い考えはない。これをすれば、自身の手の内を知るツアーは天井を突き破って大慌てで逃げ去るか、あるいは恐るべき始原の魔法(ワイルドマジック)でアインズを消滅させるだろう、と考えていた。

 

 が、実際のツアーの行動は違った。

 

 ゴーーーンッ!

 

 第二の鐘の音と同時にアインズに向かって大きく歩み寄ったツアーは、その骨の手をとって自身に触れさせたのである。

 

()りたければ()るがいい。

 だが、残り十秒間、キミだけにしか出来ない答え合わせをするんだ。魔法を使うのは最後の一秒に取っておきたまえ。」

 

 ゴーーーンッ!

 

「思い出せ、アインズ。<ギルドの日誌(ログブック)>の記憶の中に、キミをクシキノミヤと呼んだ(もの)、あるいはそれを匂わせた(もの)が、ただの一人でもいるか!キミの居ぬ場でそれを語らった(もの)があるか!」

 

 ゴーーーンッ!

 

「そんな(もの)は居ようはずもない!それは何故だ!」

 

 ゴーーーンッ!

 

「それは、ウルベルトくんらのように事情を知っていたかはともかく、(みな)、キミを……」

 

 ゴーーーンッ!

 

「キミ自身が望んだ、スズキサトル、として受け入れると決めていたからだ!」

 

 ゴーーーンッ!

 

「キミは誰も欺いてなどいないし、キミが彼等を欺いていたのだとしたら、キミもまた、(みな)に欺かれていたんだ!」

 

 ゴーーーンッ!

 

「……そして思い出すんだアインズ!」

 

 ゴーーーンッ!

 

「こちらの世界に渡り来て、自身が<ギルドの日誌(ログブック)>に刻まれた記憶から顕現した存在だと気づいたとき……」

 

 ゴーーーンッ!

 

「キミは、アルベドたちに誓ったのではなかったかい?」

 

 ゴーーーンッ!

 

「自分たちは至高の四十一人の記憶の上書き(オーバーロード)として……」

 

 ゴーーーンッ!

 

(あるじ)下僕(しもべ)ごっこ遊び(ロールプレイ)を続けるのだ、と!」

 

 ゴーーーンッ……カチリ。

 

 口パカ!ペカペカーーーーーーーーーーーッ!

 

 アインズの体から闘技場(アリーナ)を焼き尽くさんばかりの神々しい緑色の光が放たれ、後背にあった機械仕掛けの時計が雲散霧消した。

 

 しばしの沈黙。

 

 向かい合った世界最強の二人の間に、永遠にも思われる、でありながら瞬く間の時間(とき)が流れる。

 

「……ツアー。」

 

と、先に名を呼んだのはアインズ。

 呼び掛けられたツアーは無言のまま続く言葉を待った。

 

「……ありがとう、ツアー。」

 

 大魔王が、ぽそり、とそう言う。

 

「お陰で……迷いが晴れたよ。」

 

 ツアーの大きな口元がニッ、と笑った。

 同時にアインズは骨の両手を高々と振り上げた。

 

「オレは、至高の四十一人の記憶のオーバーロード、大魔王アインズ・ウール・ゴウン!

 その筋書きを、最初に<現実(リアル)>で書いたのが誰だったか、なんて……」

 

 アインズもまた、ニッ、と微笑みを浮かべる。

 

「今のオレの……知ったこっちゃないわな。」

 

 その穏やかな口調に、これまで居丈高に屹立していたツアーの巨躯が緩み、やがて身体(からだ)を沈めて微睡みの姿勢に転じた。

 同時に、闘技場(アリーナ)の通路から駆け寄って来る(もの)たちがある。

 

「アインズー!」

「アインズ様ッ!」

「殿下ァ!」

 

 アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの、ナザリックの三賢者(トリニティ)である。

 下僕たちの姿を認めるや、アインズはやおら所持品(インベントリ)を探った。

 

 取り出されたのは大きな張扇(はりせん)が三つ。

 一つは自身が掴み、いそいそと残る二つがアルベド、デミウルゴスに配られる。

 

 スパーーーーーン!

 

 三重(トリプレット)張扇(はりせん)がパンドラズ・アクターの頭を襲った。

 

「な、なにをご無体な!」

「無体も(くそ)もあるか!

 オレがそれを嫌がる、とわかっててやってるよな?そーだよなーーーァ!」

 

 触手を振り乱して抗議する息子にアインズは詰め寄り、パンドラズ・アクターの頬が、ぽっ、と朱に染まる。

 

「安心いたしました。いつもの父上……で御座いますな。」

 

「企図したところはわかるがね。それにしても空気を読みたまえ!」

「そうよ!アインズ様が今回の件でどれほどお苦しみになったか、わかっているの!」

 

 デミウルゴス、アルベドが立て続けにパンドラズ・アクターに食ってかかるも、これはアインズが骨の手をひょいひょい、と振りながら割って入って制した。

 

「いや、すまん。

 おまえたちも……心配をかけて、悪かったな。」

 

「「「何を(おっしゃ)います!」」」

 

 ぺこり、と頭を下げた至高の主に、三人はそろって膝を折り改めて忠誠を誓う。

 

「父上は父上、何も変わることは御座いません。

 その我儘を叶えて差し上げることこそ()が喜び。」

 

「至高の主アインズ・ウール・ゴウン様の(あと)にも先にも右に出る(もの)なし。

 我らが至誠はただただ只今ここにおられる御身にのみ捧げられるもので御座います。」

 

(わたくし)が愛し愛される御方は。

 ナザリックの(あるじ)たるアインズ……あなただけよ!」

 

 この様子を満足げに眺めていたアインズは、三人の手をそれぞれに取って立ち上がらせた。

 (みな)の手を集め、これを自身の骨の両手で包んで、

 

「オレたちは至高の四十一人の記憶の上書き(オーバーロード)として。

 (あるじ)下僕(しもべ)ごっこ遊び(ロールプレイ)を続けるのだ!」

 

と誓って見せれば、三人は瞳を潤ませながら深く頷き、アインズは改めて我が身の幸福に感謝を捧げた。

 

「おまえにも改めて礼を言わないとな。」

 

 アインズが背後のツアーを振り返ると、あろうことか白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)は、ぷかぷかと鼻提灯を浮かべて眠りこけている。

 

 口パカ、ペカペカ。

 

「……どういう神経をしてるんだ、こいつは?」

 

 呆れた口調でアインズがそう言えば、

 

「このくらいでないと父上の友は務まりますまい。」

「まったくその通りだが、それにしてもふてぶてしいことこの上ないね。」

「ツアーも今回の一件には体を張って気遣ってくださったもの。しばらくこのままにして差し上げましょう!」

 

と、三賢者(トリニティ)たちも三者三様に、その果たした役目に謝意を捧げつつも呆れ顔。

 誰からともなく笑いがこぼれ、やがてそれは大きな笑いになって闘技場(アリーナ)に響き渡った。

 

 

 

 いくら何でもこれはおかしいだろ、と誰かが気づいたのは三日後の話。

 

 ツアーは闘技場(アリーナ)の真ん中で(あい)も変わらず鼻提灯を浮かべてすやすやと眠っており、竜王(ドラゴンロード)たちがしばしば百年から時に千年眠り続けるという<永い眠り>に堕ちたのは明らかだった。

 問題は、ナザリック地下大墳墓の中にあっては、ツアーといえども世界に満ちる()を吸収することが叶わず、このまま放置すると遅かれ早かれ窒息してしまうことだ。事態に気づいたアインズは、シャルティア、コキュートス、セバスに命じてツアーの巨躯を担がせ、自らツアーの居城に向かって<転移門(ゲート)>を開いて友人を本来あるべき寝床へ送り届けた。

 

「そんなことじゃろう、とは思っておったわ。」

 

と呆れた声で出迎えたのは、ツアーの居城の謁見の間に佇んでいた紅色(べにいろ)に光り輝く紅水晶の竜王(ローズクォーツ・ドラゴンロード)、ツアーの娘コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライスことコニーだった。

 

 曰く、すべての竜王(ドラゴンロード)がそうであるのかはさておき、彼女はこと両親についてはそろそろ<永い眠り>の時期ではないか、と直感的に察することが叶うのだそうで、父ツアーがそうであろうと感じて様子見に居城を訪れてみれば、父が微睡むはずの玉座にその姿はなく、一方で自身の第六感は確実に父が眠りに堕ちていると告げているので、よもや、とは思いつつも、ナザリックで眠りこけているのではないかと気を揉んでいたらしい。

 

「父とて自身がそうであることをまったく予感せぬとも思えぬゆえ、余程のことがあったのであろうな。」

 

 コニーにそう言われて、アインズは改めて危険を顧みずに駆けつけてくれた親友に感謝の思いを(いだ)きつつ、それをコニーに気取られるのも面白くないので、

 

「ははっ、まったくおまえの親父にも困ったもんだな!」

 

と敢えておどけて見せたが、仔細はともかく、コニーは何かに気づいている様子であった。

 

「じゃぁコニー、(あと)は頼んだぞ。」

 

 帰路の<転移門(ゲート)>を開いて足早に立ち去ろうとするアインズ一行に、

 

「いつものように不死者(アンデッド)を遺してはいかんのかえ?」

 

と、コニーから声がかかる。

 アインズは軽く横に顔を向け、片目のみでコニーの姿を捉えて、

 

「……本人からするとありがた迷惑のようだからな。

 親父の守りはコニーの(ほう)でよろしく頼む。」

 

と、骨の片手を挙げて告げた(のち)、<転移門(ゲート)>の中へと消えていった。

 

 もっとも。

 数カ月の(のち)にはこのやりとりをすっかり忘れたアインズによって、眠る竜王(ドラゴンロード)を取り囲む不死者(アンデッド)の積み増しが始まるのであるが、これはお約束、というものであろう。

 

 こうして大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、こちらの世界に渡り来て以来最大の危機を、辛くも乗り越えたのであった。

 

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