億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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億劫(おくごう)のオーバーロード

 ピピッ、ピピッ、ピピッ……。

 

「もうそんな時間か。」

 

 骨の指が伸びて目覚まし時計の警鐘(アラーム)()める。

 時刻は現地時間午前四時。大魔王アインズ・ウール・ゴウンの朝は早い。

 

 アインズは自身のこの習慣を、被酷使(ブラック)会社員であったスズキサトルに由来するものだ、と長く考えて疑わなかったものだが、そのスズキサトルすら<現実(リアル)>の自身の中の人によって演じられた化身(アバター)であった、と知った今となっては、どうして自分が今なおそうであるのかよくわからなくなっている。

 

 一方で、いや、やっぱり自分はスズキサトルだったんじゃないのか、と感じるところもなくはない。

 

 その最たるものは、<ギルドの日誌(ログブック)>に刻み込まれているがゆえに色褪せない没入型仮想現実遊戯(DMMORPG)ユグドラシルのサービス終了直前の記憶、ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間の<諸王の玉座>に深く腰掛けた自身が呟いた最期の最後の言葉、

 

「あーぁ、明日も四時起きかぁ……。」

 

である。

 

 あの時点の中の人は、自身の演じるスズキサトル、が演じるところのモモンガ、すなわち只今のアインズが、よもや異世界に渡って云千年の日々を過ごすことになろうとは知りようはずもなかったし、会話に応じることのなかった当時のNPCたちにそんなことを言って聞かせる理由もないから、明日も四時起きだ、などという嘘を敢えて口にする必要はなかったはずだ。

 

 つまり、これは中の人にとっては事実であった、ということになる。

 

 これを皮切りに、同じく<ギルドの日誌(ログブック)>に刻み込まれているがゆえにまるで昨日のことのように思い出すことが叶う被酷使(ブラック)会社員仲間、同志ヘロヘロと交わした愚痴の数々を顧みると、その内容は到底造り話とは思えない詳細(ディテール)が込み入っていて、実際、今このときもその記憶の影響下にあるアインズは、<現実(リアル)>の時分は被酷使(ブラック)会社員であった、という認識に縛られている。

 同様に、ギルド設立以前に遡ることは叶わないが、やはり<ギルドの日誌(ログブック)>にすべて記録されている円卓の間にモモンガが姿を現した時刻を追うと、休日以外はすべて日本時間の20時以降、多くは22時を過ぎてからで、例外的に平日昼間から冒険しているときは、かならず円卓の間で落ち合った仲間に「ようやく代休が取れました」と発言していて、遡って数か月のうちにこれに対応する、休日であるにもかかわらずモモンガがログインして来なかった日が記録されていた。

 

 意味するところは、なぜそうなのかは皆目不明ながら、どうやらスズキサトルが被酷使(ブラック)会社員として奉職していたというのは、まったくの嘘、でもないようなのだ。

 

「さて……と。

 <虚偽情報・生命(フォールスデータライフ)>、<攻性防壁(リアクティブプロテクション)>……」

 

 アインズは、これまたユグドラシル時代からの習慣となる、効果時間一日(いちにち)の各種防御系強化(バフ)を自身に掛け直しつつ考えを進める。

 

 俄かには納得し難いが、どうもかつてのアインズ、モモンガの中の人は、<現実(リアル)>においては、そんなことをする必要もなかったはずなのに、本当に被酷使(ブラック)会社員として働いていたらしい。

 同じく、そんなことを調べる必要性をまったく感じたことがなかったので関心がなかったものだが、<ギルドの日誌(ログブック)>の記憶を辿(さかのぼ)れば、完全に、でこそないものの、当時のモモンガがユグドラシルにどのくらい<現実(リアル)>の現金を以て課金したか、は概ね把握することができる。その総額は、(だい)大人(おとな)がたかがゲームに費やした額面としては馬鹿げたものではあったが、薄給の底辺営業職の給料で賄えないものでは決してなかった。

 が、これには少し例外があって、たった二回のみ、ではあるが、モモンガが空恐ろしい量のユグドラシル金貨の課金調達をおこなった記録があって、一回はルベドの稼働試験をおこなって宝物殿金貨が蕩尽の危機に陥ったとき、もう一回は千五百人の大襲撃の直後、戦死したNPCたちの復活をおこなったときだ。

 これを被酷使(ブラック)会社員の給与で賄ったと仮定すると、優に預貯金すべてを使い果たし翌日からの暮らしが立ち行かなくなってもおかしくない額面に達しているが、モモンガは他のギルメンに何も告げないまま、黙って金貨を宝物殿に納めたようだ。

 

 ここから読み取れるのは、彼はそういった課金に耐える十分な資力を有しつつ、緊急の場合を除いては被酷使(ブラック)会社員として手にできる資金の範囲でユグドラシルを楽しむ、という制約を自身に課していた、ということだ。その動機は、恵まれた出自による嵩上げ(ブースト)を潔しとせず、ただ己の才覚のみでユグドラシルを征すること、に意義を見出していた以外にあり得まい。

 <現実(リアル)>のネットサービス利用の法規制から<運営>にこそ身バレしてしまっていた彼だが、会社勤めもまたおそらくは、スズキサトル、としてこなしていたのではないか。何なら、勤めていた会社それ自体が、彼が立ち上げに関わった企業のいずれかであった可能性もあり得よう。自分自身が経営者の一人であれば、身元不明瞭な自称最終学歴小学校の根無し草を雇い入れることなど容易であったに違いあるまい。

 

 なんて奴だ……我ながら!

 

「<伝言(メッセージ)>。

 ……ニグレド、おはよう。特に何も変わりはないか?」

 

(あたしィィィの赤ちゃあァァァん!)

 

 ……あ、忘れてた。

 今、ニグレド壊れてるんだった!

 

 ニグレドにこの性癖を与えた創造主タブラ・スマラグディナ、その引き金を二百年毎に引き続ける禁断の愛を育む双子闇妖精(ダークエルフツインズ)を仕込んだギルドの紅三点(こうさんてん)、ぶくぶく茶釜、やまいこ、あんころもっちもち、をはじめとして、アインズは、自身のおかしな性向は<ギルドの日誌(ログブック)>に刻まれたかつての仲間たちのそれに由来するもので、自分自身、スズキサトルはいささか度を逸した吝嗇の()こそあるものの、至って平凡な面白味を欠く常識人であった、と考えてきたものだ。

 が、先程来思索するところの仮説が、まったくの真実でなかったとしてもある程度(まと)を射たものであるのだとすれば、何のことはない、アインズ自身もまた元来随分とおかしな性向の持ち主だった、ということになる。

 

 (いな)

 

 只今の大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、この世界の遍く(もの)たちを凌駕する絶大な力を有しつつ、何一つ思いのままになることなどなく、何なら日々厄介事を抱え込むばかりで七転八倒の云千年を過ごしてきたこと、でありながら、何やかや言いつつもそれを心底楽しんできたのは、まさに、敢えて自身に課する必要もない制約を課してそれでもなお非公式ラスボスとしてユグドラシルを震え上がらせた、文字通り()()()であった彼の在り方こそがその(みなもと)であった、ということになりはしないか。

 

 そんなアインズの思索は、本日のアインズ様当番メイド、リュミエールの入室で断ち切られた。

 彼女たちを前にして余計な考え事に耽っていると、

 

「な、何か(わたくし)に至らぬところがありましたでしょうかー!」

 

と、ヨヨと泣き喚かれることがしばしばあるので、なんでオレがそんなことに気を遣わにゃならんのだ!と思いつつも、アインズは彼女らの前ではなるべく雑念を払って超然とした態度を取るよう努めている。

 幸いにして今朝はそういった事態には至らず、そそと身支度を終えてリュミエールの露払いを受けて執務室に赴いてみれば、そこには愛妃、守護者統括アルベド、ではなく、狡知の参謀デミウルゴスの姿があった。

 

「おはようございます、アインズ様!

 丁度よいところへお越しになりました!」

 

 あぁ……。

 朝っぱらから嫌な予感が最高潮(クライマックス)だ。

 

 そんなアインズの思いを知ってか知らずか……否、デミウルゴスは常に確信犯であるに違いないのである……ささ、どうぞこちらへ!と喜色満面のデミウルゴスに一人掛けの寝座椅子(ソファー)に導かれてみれば、アインズに向かい合う位置に<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>が用意されていて、何故かその上の(ふち)に数匹の恐怖公眷属(ゴキブリ)がこちらに尻を向けて()まっている。

 

「愉快な映像を捉えましたので、新技術の実演(デモ)を兼ねてご覧いただこうかと!」

 

 無闇に楽しげなデミウルゴスは至高の主に有無を言わさぬ勢いで「再生してくれたまえ!」と恐怖公眷属(ゴキブリ)に命じた。すると居並ぶ彼らが一斉に(はね)(ひら)いてブンブンと羽音を立て始め、やがてそれはブーン、という小さな雑音(ノイズ)に収束した(のち)、その隙間から女の子の声が聴こえてくる。

 

(るるる、るんるん♪)

 

 <遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>は何処かのお花畑を俯瞰していて、人間種十代の二人の姉妹と見える少女が鼻歌を口ずさみながら花を()んでいる様子が映し出された。同時にその映像は、彼女らを取り囲むように忍び寄る風体よろしからぬ男たちの姿をも捉えている。

 

 あぁ、出オチだ……。

 

 アインズはギルドの指輪の力で何処かへ逃げ出したい衝動に駆られるが、決してこちらが望んでいるそれではないものの、それでも至高の主を喜ばせたい一心でこれをやっているデミウルゴスに悪くてそれが叶わない。というか、ここであっさり逃げ出せるものであれば、これまでにも避け得た困惑の場面は多々あったのであって、それでも逃げ出せないのが大魔王アインズ・ウール・ゴウンの大魔王アインズ・ウール・ゴウンたる所以(ゆえん)なのである。

 

((きゃぁーーー!))

(お嬢ちゃんたち、怪我したくなかったら大人しくしな。)

(なーに、おめぇらにとっても悪いことじゃねーさ。)

 

 恐怖公眷属(ゴキブリ)の羽音が再生するそのベタな台詞に……これがデミウルゴスの言う新技術、であるらしい……アインズは、あぁ、()()()が来ちゃうパターンだ、と嘆息しつつあったのだが、実際に起った出来事はその想像の斜め上だった。

 

(待てぇーいッ!)

 

 と、何者かの声が割り込む。

 ここまでは想像通り。

 

 だが。

 

(パー、パララパッパー♪パララッパー♪ダンッドンッダンッドンッ!)

 

 勇壮な金管(ブラス)定音鼓(ティンパニ)の連打。

 その旋律(メロディ)は渡辺宙明と山本正之を足して三で割ったようなそれ。

 

(とぅッ!)

 

 水平に切り替わった視点から、お花畑の向こうから掛け声一閃宙返りを打ちつつ飛び出す人影が見えるが、

 

ちゅどーーーんッ!

 

 その飛び出した地点で俄に大きな爆発が起きる。

 

「いや、待て待て!」

「一時停止したまえ。」

 

 ピッ。

 

 耐えきれなくなって叫んだアインズに、デミウルゴスは映像を一時()めた。

 

「いかがなさいましたか、アインズ様?これから面白くなりますのに。」

「いやいやいやいや!おかしいだろ、これ?

 なんで爆発が起こる?どうして劇伴(BGM)が流れてくるんだ!」

 

 至極ご尤もな(あるじ)の突っ込みにもデミウルゴスはどこ吹く風。

 

「あぁ。それはこうで御座います。

 少し巻き戻し、視点をやや後方に下げて再生開始だ。」

 

 キュルルルル……ブーン。

 

(待てぇーいッ!)

 

 <遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)>は、そう声高に叫びながら片手を振り上げて立ち上がる白い甲冑騎士の後ろ姿を映し出すが、その少し後ろの草むらにしゃがんで隠れる黒い影をも捉えている。

 

「な……黒衣(くろご)?」

 

 黒衣(くろご)の手元には蓄音機らしきものがあって、持ち手(ハンドル)がくるくると回されれば、

 

(パー、パララパッパー♪パララッパー♪ダンッドンッダンッドンッ!)

 

劇伴(BGM)がラッパ口から流れ出し、白い甲冑騎士が飛び上がった時宜(タイミング)()いた片手が何か(ボタン)のようなものを扱えば、さきほどまで甲冑騎士が立っていた場所で

 

ちゅどーーーんッ!

 

と、大爆発が起こった。

 

 (なんー)……じゃこりゃ!

 

 呆れ果てて声も出ないアインズを余所(よそ)に、飛び出して五人の無頼に囲まれた白い甲冑騎士は、アッというまにタコ殴りにされる。

 

(痛い痛い、()めて()めて。)

 

 だが、斬ろうが刺そうがその身が傷つく様子は一切ない。不毛に体力を消費し疲れ果てた無頼たちは、その場にへたり込んでしまった。そうこうするうちに、二人の少女は振り返ることもなく視野の外へ逃げ去って行ってしまう。

 

正義白鉻の竜王(ジャスティスクロームドラゴンロード)タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチある限り、この世に悪は栄えない!)

(パラリラ♪バババンッ!)

 

 別に何をしたわけでもない騎士が誇らしげに勝ち名乗りを上げると同時に、劇伴(BGM)()んだ。

 

「先日、当地の人間種の村で補足された映像で御座います。アインズ様のご期待に沿う仕上がりで御座いましたでしょうか?」

 

 三日月型の笑みを浮かべてそう問うデミウルゴスに、アインズは返す言葉がない。

 辛うじて……

 

「……どうして。」

「はっ?」

 

「どうしておまえはオレがコレを期待している、だなんて思うんだ?」

 

と、問うてみれば。

 

「これは()なことを仰せになります。

 裏方黒子(うらかたくろこ)の身柄をタッチに預けたのは、これをかの(もの)に為さしめることを期してではないのですか?その深慮遠謀にこのデミウルゴス、深く感じ入っておったもので御座います。」

 

と、さも当たり前のように深々と頭を下げるデミウルゴス。

 

 勝手に感じ入っとれ、ボケッ!

 またアレだよな、これを見せればオレが口パカペカペカだと面白がってやってんだよな?そーだよなーーー!

 

 一方で、画面の中ではタッチと黒子の反省会がおこなわれている模様。

 

黒子(くろこ)くん。ちょっと懐古(レトロ)調が過ぎないかね。

 たとえば……そう!菅野よう子とか米津玄師みたいな感じにならないものかな?)

(いや、ちょっとそれはお洒落過ぎて貴方(あなた)には似合わないと思いますよ。と言うか、それ、わかってて言ってますよね?)

 

 何の話をしとるんだ、こいつらは!

 

(では、正義の勝利にいつものやつをやりますか?)

(うむ!)

 

 黒子(くろこ)は両手の中に二本のアルミ缶を創り出し、一方をタッチへ手渡した。

 ぷしゅ、と小気味良い音を立てながらステイオンタブが(ひら)かれ、二人は並んで左手を腰に当て右手で、ぐびぐびっ、と飲み物を(あお)る。

 

((……ぷっはーーーーーッ、うめーーーーーッ!))

 

 タッチのそれはガバッ、と口(ひら)いた面覆い(フェイスガード)の中、奥行きの知れない闇の中へと流し込まれ、なんなら(から)になった缶までその(なか)へと放り込まれた。彼にストロンゲスト・ゼロ・トリプルレモンの味はわかるのだろうか。

 

 まぁ。

 納まるところに納まったのなら……どーでもいいや。

 

 

                    *

 

 

「準備が整ったものか、と存じますので、どうぞ第六階層(ジャングル)へ。」

 

 ひとしきり座卓(テーブル)をバンバン叩きながら泣き笑いしたデミウルゴスが不意に真顔に戻ってそう言うので、アインズは言われるがままに第六階層(ジャングル)の、ツアーのお気に入りの巨木の(もと)へ跳んだ。どうやらさきほどの座興は、何かの準備が整うまでの時間稼ぎであったらしい。

 

「「「アインズ様、お待ち申し上げておりました!」」」

 

 と、喜色満面でアインズの出現を出迎えたのは、守護者統括アルベド、闇妖精双子(ダークエルフツインズ)三世代六名に加えて、()なことに司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスの姿もあった。

 

「……トブの森、南進計画だとぉ?」

 

 唐突な話にアインズは驚きの声をあげる。

 当然のことながらその発議者は森の守護者の任にある闇妖精双子(ダークエルフツインズ)であり、関係者多数が第六階層の住人なのでそこへ集まるのが話が早かろう、とこうなったらしい。

 

「以前から、ピニスンから森の勢力を南へ延ばしたい、という話は聞いてたんですよォ!」

 

 と口火を切ったのは、長老に当たるシニョーラ・フィオーラであった。

 

 曰く、トブの森の木々たちは、アゼルリシア山脈に遮られる北、人間、亜人の文明圏となる東西には()うの昔に見切りをつけていて、未開の大地となる南へ向かって進出できないか、と風任せに種子を飛ばし続けてきたのだが、まったくこれが功を奏す様子を見せないことをずっと疑問に思っていたのだそうだ。

 しばしば……と言っても数十年に一度、という気の長い話ではあるのだが……茶飲み仲間としてピニスンと語らうことのあるシニョーラ・フィオーラとシニョーレ・フィオーレは、ある()、何の気なしにナザリックが気づいたカッツェ平野の秘密、すなわち、湖底に眠る腐乱死体のような竜王(ドラゴンロード)から滲み出す穢水(えすい)が、不死者(アンデッド)を生み出すと共に植物を含む生物の南進を妨げている真因であることをピニスンに告げた。

 

「ト、トブの森の植物にも、い、いろいろとあって……な、中には不浄な環境を好むものもあるんです。」

 

 森は、森自身の力、加えて闇妖精双子(ダークエルフツインズ)の活躍もあって基本的には極めて清浄な土地柄なのであるが、その中でも日陰者となって極限られた不浄の地に暮らすものがあるのだとか。

 

「今はデイバーノックの(いおり)の周りにだけ自生してる子たちなんですがー。」

 

「……デイバーノック?

 何だそりゃ?」

 

 えっ?とシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレ共に、理解を示さないアインズに驚きの顔を向ける。

 

「ずっと昔から、原住民たちにしばしばアインズ様と混同されている気の毒な……ゴホッ!もとい、けしからん骸骨の大魔法使い(エルダーリッチ)ですゥ!」

「た、たいして強くもないですけど、と、ときどき含蓄のあることを言う、面白い人、というか、が、骸骨です。ア、アインズ様は、ご、御承知ではありませんでしたかぁ?」

 

 いつ()にやら長老たちは、ピニスンのみならずデイバーノックも茶飲み友達の一人に加えていたらしい。

 

 まったく……好き勝手なことを。

 とアインズは内心溜息をつくも、それ自体には特に関心はなかった。

 

「これが、そのデイバーノック宅の庭から採取した植物で御座います。」

 

と、二本(つの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)ティトゥスが鉢植えをアインズに差し出した。

 見れば、真っ黒な中に紫の模様が入った大輪の花が咲いていて、一部の株には小さな実が葡萄のように(ふさ)になって実っている。

 

「実はこれは、デイバーノック宅ではほとんど花開くことが御座いませんでした。かの(もの)の振りまく不浄がさほどのものでないゆえ、と考えて御座いますが、試みに朽棺の竜王(エルダーコフィンドラゴンロード)の湯の残り湯で育てたところ、驚くほど見事に咲き誇りまして。」

 

 朽棺の竜王(エルダーコフィンドラゴンロード)の湯、というのは、カッツェ平野のほぼ中央、不死者(アンデッド)を生み出す穢水(えすい)を湛える竜王(ドラゴンロード)の眠る湖の水を汲んで、これを沸かして供されるスパリゾートナザリックの人工温泉である。

 美肌効果に優れるとかで、アルベドをはじめとして(カルマ)(イビル)寄りのナザリック女性陣に頗る好評であり、アインズ自身も気に入っているものだ。

 

「……で、何なんだ?食えるのか?」

 

 今一つ話の流れがよくわからないアインズがそう問えば、

 

「とてつもない毒で、一粒で並みの人間、亜人であれば千人の致死量に足ります。」

 

 事も無げにティトゥスが応じる。

 この時点でアインズの脳裏には、またぞろデミウルゴス案件か!と嫌な予感が漲っているのだが、ティトゥスの報じるところはいささかそれとは趣を異にしていた。

 

「であるがゆえに<換金箱(エクスチェンジボックス)>の評価が高く、ユグドラシル金貨一万枚になります。」

 

「……一房が?」

 

「いえ、一粒が、で御座います。」

 

「……はぁ?」

 

 口パカ、ペカペカ!

 

 俄かに頭が醒めたアインズは、改めて鉢植えを見入るように眺めた。一房にはざっくり百粒は実が()っていて、つまり一房がユグドラシル金貨百万枚に化ける、ということになるではないか。

 

「そ、それはまた景気のいい話だにゃ!」

 

「……はっ?」

 

 思わず噛んでしまったアインズに対し、語尾の「にゃ」に何か深い意味があるのではないか、と糞真面目に考えるティトゥスが首を傾げるが、不毛なすれ違いを予感したものか、愛妃アルベドが助け舟を出す。

 

「それだけでは御座いません。この植物は実りを得るに際し穢水(えすい)を浄化することがティトゥスたちの栽培実験により確認済みです。これを件の竜王(ドラゴンロード)の眠る湖の畔に植えれば、次第に土壌が改良され、トブの森の望む新天地を得ることが叶います。」

 

 あぁ、なるほど。

 漸くアインズの未だ物理的に何処に存在するのか定かでない脳内で、一連の話が一本の筋の上にまとまった。

 

 しかし、だ。

 確かにこれは悪い話じゃない。同盟関係にあるトブの森自身の望みでもあるし、ナザリックに見込まれる利益は相当なもので、しかも結果的に長く不毛の大地であったカッツェ平野が緑化されるのであればこの世界の環境改善の一助にもなる。

 

 が。

 

 これは明らかにこの世界の有り様に対する大規模な介入でもある。ナザリックに金銭的な利益があるから、なおさら、自身の利益のために恣意的な改変をこの世界に加えるのか、の問いはアインズ自身に深く突き刺さった。

 

「……ちなみに。」

 

「「はっ?」」

 

 何か下問したげなアインズに、アルベドとティトゥスが唱和す(ハモ)る。

 

「……おまえらのことだから既に見積もってるんだと思うが。

 仮にこれに着手したとして、カッツェ平野がトブの森の子孫で覆われるのに……どのくらいかかる見込みなんだ?」

 

 これに応じたのはフィオーレだった。

 

「例の実は植えれば翌年には最初の収穫が見込めますけど、第二のトブの森が広がるには、ピニスンが言うには、一万年くらいじゃないか、ということでしたァ!」

 

 い、一万年!

 ……そうだ、あいつらはとてつもなく気が長いんだったな、忘れてたわ。

 

 一万年かかることならば、最早それは……自然の成り行きと同じだわな。

 というか、ナザリックが何をしなくとも連中はそのうちそれを、それこそ向こう数十万年のうちには実現はするんだろう。オレたちはそれを少し手伝ってやって相応の駄賃を受け取るだけ、の話か。

 

「……企図するところは理解した。

 シニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレ、フィオーレ、フィオーラ、アウラ、マーレ、よく話をまとめてくれた。大手柄(おおてがら)だ!」

 

 アインズが骨の諸手を振り上げて威勢よくそう告げれば、

 

「「「ア、アインズ様ァ!」」」

 

と、闇妖精双子(ダークエルフツインズ)三世代六人の十二のつぶらな瞳が感激の視線を至高の主に注ぐ。

 

「ティトゥスもご苦労。研究に功のあった司書たちにも、オレからよろしくと伝えてくれ。」

 

「ははっ!ありがたき幸せで御座います。」

 

 二本(つの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)も恭しく伏礼で(あるじ)の賛辞に答礼を捧げた。

 

「アルベド。次回の三賢者会議(トリニティ)で、何か見落としている危険(リスク)がないか議論の上で最終的な決定にしたいと思う。ついては議事はおまえに任せるから準備を頼む。」

 

「承知いたしました、アインズ様。」

 

 ニコリ、と微笑んで跪礼を執ったアルベドの様子にアインズは、あぁ、これが正解だ!と確信して満足げに頷いた……のも束の間。

 

「ん……<伝言(メッセージ)>か?

 

 あ、オレだ……あぁ、エントマか。どうした?

 ふむふむ……はぁ?(なん)じゃそりゃ?

 あー、とりあえずシャルティアには余計なことはするな、と……え?今にも飛び出していきそう?……とりあえずオレが行くからそれまでは何とか抑えてくれ、頼む!」

 

 プツっ、と<伝言(メッセージ)>が途切れた。

 

「エントマはシャルティアと共にナザリック外苑を哨戒中のはずですが。」

 

 既におおよその事態に見切りをつけているアルベドが問う。

 闇妖精双子(ダークエルフツインズ)の新世代、ベロ、ベラが幼く、ナザリックの目ニグレド、爺コキュートスがポンコツと化す時分は、哨戒任務中のシャルティアにはエントマが目付として同行するのがお約束だ。

 

「なんだかよくわからんが人間どもが戦争をやってるらしくて、シャルティアが飛び込もうとしてるらしい。」

 

「……捨ておいてよろしいのではないでしょうか?」

 

 心配そうなアインズに対し、冷ややかに応じるアルベド。

 

「そういうワケにもいかんだろ!

 とりあえずややこしいことになる前に()めてくる。後は頼んだぞ。

 (みな)も今日はご苦労だった。実施はもう少し先になるが計画の細目(さいもく)は詰めておいてくれ。」

 

「「「ははっ!すべては至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様のために!」」」

 

 <転移門(ゲート)>へ飛び込もうとするアインズの背を(つど)う下僕たちの歓呼が襲うが、アインズとしては、むしろ自分こそがナザリックの下僕のために馬車馬のように働く奴隷だ、と思わないでもなかった。

 

 

                    *

 

 

「アインズ様ァーーー!」

 

 エントマの<伝言(メッセージ)>発信座標へ跳んでみればそこはナザリック地上部の南の端、シャルティアの哨戒活動の南限とされている丘の上で、<転移門(ゲート)>を(くぐ)り抜けるや二人の下僕に飛びついて抱きつかれる羽目になった。

 

「では、あちきがこれより華麗にあの連中を蹂躙して参るのでありんすゆえ、どうぞここからご覧になっておっておくんなまし!」

「待て待て!」

 

 ひょい、と飛び出そうとするシャルティアの首根っこをアインズが掴む。

 

(なん)でそーなる!っつーか、おまえが迷い込んだ人間を殺しまくった挙句、ナザリックの所在が人間どもにバレそうになった件を忘れたのか!」

 

と、怒鳴ってしまってから、こいつがそんなこと憶えてるわけないじゃん、と身も蓋もないところに思い至る大魔王。案の定、言われたシャルティアもポカン、としている。

 

「だいたいだな!

 おまえの力は、それに相応しい強大な敵に対して発揮してこそ価値あるもの!

 あんなしょーもない連中をおまえがどーこーせんでもいいだろ!だよな?そーだよなーーー!」

 

 おまえに()らせるくらいならオレが()りたいわーーー!

 

 などと物騒な思いも(いだ)きつつ、アインズはシャルティアたちが見つけた人間たちの集団の方へと視線を向けた。

 

 丘からの距離はおよそ20キロといったところか。よもやあちらからはこちらには気づけまい。

 人間たちに回廊平原と呼ばれるカッツェ平野北側の東西に長い草原で、その東西方向からやって来た軍勢が睨み合っている。

 アインズたちから向かって左、東からの集団は揃いの鉾槍(ハルバード)を肩に掛け、板礼鎧(セグメンタータ)鉢兜(ヘルメット)を纏った軽装刃鋒兵(じんぽうへい)がおよそ百ほど。輜重(しちょう)を兼ねると見える弓兵三百が後ろに控え、幾人かの大得物(おおえもの)を担いだ大鬼(オーガ)の姿も散見される。

 対して西からの集団は、より軽装な皮鎧姿ながら無暗矢鱈と長い槍をやはり肩に掛けた槍兵およそ五百。数十騎の騎兵と、やはり尋常ならざる得物を携えた妖巨人(トロール)が要所に配されている。

 パッと見の印象では数に勝る西軍優位にも見えるが、その基本戦術は槍襖を組んでの突破阻止戦術だろう。対して東軍の刃鋒兵(じんぽうへい)は明らかに殲滅突破に特化した備えで実際にぶつかってみないとどちらに軍配が転ぶかは五分(ごぶ)五分(ごぶ)。そして双方ともに士気、統率ともによく整っているように見える。

 

「ほぅ……か弱い連中にしてはなかなかどうしてお互いに理に適った構えじゃないか。

 シャルティア、エントマ。オレたちはここから高見の見物と洒落こもう。」

 

 元よりアインズがやって来なければ自ら華麗に蹂躙するつもりだったシャルティア、立場上已む無くシャルティアの抑え役に回ったものの叶うものであればお肉を食べたいエントマとしては、別に脆弱な人間の(いくさ)など見物しても面白くも何ともないのではあるが、至高の主に誘われたとなれば話は別だ。

 

 やがて、双方の陣営から太鼓だの喇叭(らっぱ)だのの進軍の合図があって、軍団同士の距離がつまり始めた。いずれも様子見もあってか、得物を進行方向に突き出しての緩歩(かんぽ)前進。

 

 おぉ、いよいよぶつかるか!

 

 アインズ……厳密に言えば、その精神に宿るところの軍師ぷにっと萌えや参謀ベルリバーの記憶が(たか)ぶりを覚え、長くこちらの世界で見る機会のなかった現地人の戦争を見逃すまいと骸骨頭をニュッ、と前に突き出した、そのとき!

 

 どじゃーーーーーん!

 

 突如、両軍がそのまま進めば互いに鉾を交えたであろう辺りにとてつもない落雷があって、びっくりした双方の兵士の多くが尻もちをついて倒れた。

 

「第九位階魔法だとぉ?」

 

 たちまちにそれがこちらの世界の並みの住人には扱えようはずもない第九位階魔法<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>と見抜いたアインズもまた、軍勢とは別の意味で驚きの声をあげるも、何やら心の片隅にひっかかりを覚えて所持品(インベントリ)に記憶の断片を探る。

 

「あぁ……あいつらか。

 っつーか、(なに)やってんだ?」

 

 

 

 かたや、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが傍から興味本位で観戦していようなどと思いもよらない第九位階魔法の使い手、さきほどアインズの個人書付(メモ)の中からその存在を思い起こされたところの奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンは、眷属クレマンティーヌ、双子忍者クゥイア、クゥイナを引き連れて、先程自ら放った雷撃の被雷点近くに姿を現した。

 やおら、まずは東側からやってきた軍勢の方を睨んで大声で叫ぶ。

 

「アホかーーー、おまえらは!」

 

 いまだ大半が尻もちをついたまま動けずにいる軍勢は、何を怒鳴られているものやらさっぱりわからない。

 

「私は、吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルン。

 遥か昔、おまえたちの西へ向けての進出の始祖となったキャラバッシュ・ペシュメルから、おまえたちが道を誤るようであれば(いさ)めてくれ、と頼まれた(もの)だ!」

 

 おぉ!と、キーノのこの名乗りにどよめきが起こった。

 既にキャラバッシュと直接の知己あるものは死に絶えて久しいが、彼らの発地となる城塞都市(カラバッシュグルク)にその名を遺すキャラバッシュを知らぬ(もの)はいない。

 

「どういう行き違いがあったのかまでは知らんが、おまえたちが長い時間をかけて西への血路を開いたのは、こんなつまらない戦争ごっこのためだったのか!違うだろ!それくらい、ちょっと考えればわかるはずだ!キャラバッシュが草葉の陰で泣いているぞ!」

 

 キーノの言葉は余程軍勢の心に響いたと見え、銘々が手にした鉾槍(ハルバード)を地面に置いて、中には伏礼を執ってキーノに敬意を捧げる(もの)もある。

 その様子に溜息を一つついたキーノは、今度は改めて西側から進み来た軍勢に声を掛けた。

 

「おまえたちも!血気盛んなのは結構だが、千年振りの大陸東西の交わりがこの有様(ありさま)とはどういうことだ!先祖たちの勇名が泣くぞ!」

 

 軍勢からはやはりどよめきが起こるも、それは必ずしもキーノの言葉に感銘を受けて、のものではなかった。

 見れば(みな)、キーノの方ではなく、自分たちが歩み来た北西の空を見上げている。

 

 ……ん?

 

 釣られてキーノもそちらの方に目を向ければ、何やら飛来する姿がある。

 あれは……鷲頭天馬(ヒッポグリフ)

 

 そうこうするうちに高度を下げたそれは、西からの軍勢の頭上を飛び越してキーノたちの手前に着地した。

 騎乗していた森妖精(エルフ)と思しき壮年の騎士が、乗騎を降りるや素早くキーノの前に歩み来て跪き、こともあろうかキーノの片手を恭しく取って口づけを捧げる。

 

「な!」

「キーノ・インベルン殿(どの)ですね、お噂はかねがね。

 私は大陸西方を治める騎士、サミュエル・ドゥジエム・デルキュリーゼ。至らぬ()が兵を(いさ)めるべく馳せ参じてくださったことに、厚く御礼申し上げます。」

 

 その態度にキーノは呆気に取られるも、サミュエル二世王(ドゥジエム)は身のこなし鮮やかに続けてクレマンティーヌの前にも跪き、同様に片膝をついて彼女の手に口づけを捧げていた。

 

「御高名は伺っております、麗しの剣士クレマンティーヌ殿(どの)

 サミュエル・ドゥジエム・デルキュリーゼです、どうぞお見知りおきを。」

 

「は……はぁ。」

 

 馴れない扱われ方に虚を衝かれたクレマンティーヌも、キーノよろしく呆気に取られて返す言葉がない。

 二人がどう応じたらよいものやら、と戸惑ううちに、ドゥジエムは自国の軍勢に向けて語り掛けた。

 

「忠実なる兵士諸君!

 キミたちの祖国に捧げる忠誠は疑うべくもないが、それにしても此度の一件は軍を興す前に私に一言相談が欲しかったところだ。東方より(きた)る軍勢は敵に(あら)ず、我らの新たな親しむべき隣人である!」

 

 たちまちに、おぉ!と歓呼が起こって兵たちが口々に、

 

「「二世王万歳(ヴィヴレ・ロワ・ドゥジエム)!」」

「「エルキュル王家に栄光あれ(グロワール・オアラメゾン・デルキュリーゼ)!」」

 

と、快哉を叫ぶ。

 その中にあって、いささかバツが悪そうに佇む、他の兵よりも豪奢な装束を身に着けた男が一人。どうやら功を焦って上申を経ずに軍を動かした将であるらしい。

 

 続けてドゥジエムは、東方の軍勢の前にもただ一人で歩み寄って声を掛けた。

 

「回廊平原に血路を開いた勇敢なる諸君!

 私の不徳もあって、あわやの邂逅となってしまったことをお詫びしたい。

 我が国は、諸君らの勇気を称えてこれを歓迎する!

 末永く共に、繁栄の道を(あゆ)もうではないか!」

 

 その堂々たる姿に、軍勢からも一斉に、おぉ!と喝采歓呼が巻き起こった。

 動き出してしまった軍勢の衝突をたちまちに止めるため、とは言え、短気にも最上位の雷撃を放って威圧してしまったキーノとしては、立つ瀬がなくて後ろ頭を掻いて頬を赤らめる。

 その様子を気にするでもなく、再び麾下の兵士を振り返ったドゥジエムはこう告げた。

 

「忠実なる兵士諸君!

 東方からの客人と共に、肩を組んで凱旋しようではないか!」

 

 これに賛同を示す、おぉ!との歓呼が返されて、双方の軍勢が混ざり始めた。

 

「正直なところ、あんたらとやり合うのは怖いな、と思ってたんだよ。」

「なになに、それはお互い様さ!」

 

 そんな言葉を交わしつつ、総勢千名になろうかと見える集団が西へ向かって行進を始めた。

 これを最後尾から見送るドゥジエムは、改めてキーノに声をかける。

 

「差し支えなければインベルン殿(どの)もご同道いただけませんか?

 貴女とは、語らいたいことがいろいろあります。」

 

「あ?……あぁ、問題ない、むしろ望むところだ。

 あと、私のことはキーノと呼んでくれて構わない。」

 

「ではキーノ、こちらへ。」

 

 軽く腰を折ったドゥジエムは、執事が客を招くかのような手つきで右手を折り、西へと進む東西混交の軍勢の末尾を指し示した。キーノは「いこうか」とクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナに声を掛け、素直にこれに従う。

 

 が。

 

 何故か当のドゥジエムは、たちまちには彼女らの後に続かない。

 

 

 

「ん?」

 

 この様子を遠目に眺めていた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、期待していた集団戦が始まらなかったことを残念に思いつつ、微かに残る人の心がそれを微笑ましく感じていることにも自覚があったのだが、西へ向かって共に立ち去ろうとする集団の末尾から、まっすぐ自分に向かう視線を覚えて声を漏らした。

 

 見れば。

 

 集団の最後尾に立っている、キーノたちを除けば一際目立った気配を発する森妖精(エルフ)がまっすぐこちらを見つめていて、何なら目が合ったような気がした。

 

 この距離で?

 そんな馬鹿な。

 

 とアインズは思うが、そのまま見つめていれば森妖精はアインズの(ほう)に深々とお辞儀をし一時(いっとき)動かなかったが、やがて何かに満足したものか、何事もなかったかのように鷲頭天馬(ヒッポグリフ)の手綱を引いて西へと向かう集団の後を追い始めたのだった。

 

 

                    *

 

 

「……そんなことがあってな。流石に薄気味悪かったから、シズに頼んでデミウルゴスの日記を調べてもらったんだが、どうもオレはガキの時分のそいつに会ったことがあるらしい。聞いて驚け、母親はユグドラシルプレイヤーで、父親はおまえが随分と気に入っていた混血森妖精(ハーフエルフ)だ。父親から大陸西方の王位を継いだみたいだが、流石お前が目をかけていた男の息子だけあって、なかなか堂々としたモンだったぞ。何でそんな話が、オレが話したはずもないのにデミウルゴスの日記に書いてあるのかは気になるところだが、まぁ、そこは今更だわな。ともかく、キーノたちも元気にやってるようだし、まぁ、おまえもそんなことは気にしちゃいないだろうが、おまえにとっても数少ない古い馴染みだろうから、まったく気にならないわけでもないだろう?」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、その(あるじ)が日常微睡む謁見の間。

 

 アインズは、傍らで大きな鼻提灯を浮かべて眠りこける友に、独り話し掛けている。

 彼の自我崩壊の危機を身体(からだ)を張って食い止めた直後に始まった今回の<永い眠り>から、ツアーはまだ目覚める様子がない。だがアインズは、遠からず英気を養ったツアーが目を覚ますことを知っていた。それに()れるでもなく、友の不在を寂しく感じるでもなく、たまにこうして立ち寄って、何でもない話を独り呟いている。

 

「……とまぁ、今日のところはこんなもんだ。また、おまえのことを忘れてしまう前に立ち寄らせてもらうわ。」

 

 そう言って立ち上がったアインズは、視線を友から周囲へと振り替えた。

 

「おまえらも邪魔して悪かったな、再開してくれ!」

 

「「「ははっ!」」」

 

 ツアーの玉座をぐるりと取り囲む、数え上げるも馬々鹿々しい不死者(アンデッド)の群れが声を揃えて応じ、<転移門(ゲート)>を開いてその(なか)へ歩み去らんとする召喚者の背に、

 

 ♪マイム、マイム、マイム、マイム、マイムベッサッソン♪

 

の歌声が届く。

 

 あぁ。

 この悪戯(いたずら)に、アイツがどう反応するかが今から楽しみだ!

 

 

                    *

 

 

(みな)の者、忠誠の儀を!」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 白衣(びゃくえ)の守護者統括の掛け声に、四千年の(とき)の中、飽くことなく繰り返されてきたそれが始まった。

 

「第一、第二、第三階層守護者にして、ナザリック外苑防衛担当。鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールン、御身(おんみ)の前に!」

 

 <諸王の玉座>に深く腰掛けて忠誠の誓いを捧げられるところの大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、決してこれを聞いていないわけではなかろうが、その思考は内なる思索に向かっている。(ツアー)の命を懸けた諫言で危うく虚無に陥るところを脱したアインズではあったが、今なお自身の前身として実感される人間スズキサトルの非実在、いったいそもそも自分は何者であるのか、という問いは彼の内部で反芻され続けていた。

 

 自分はナザリック地下大墳墓の(あるじ)にしてユグドラシル非公式ラスボス、こちらの世界に渡り来て以降は向かうところ敵なしの大魔王、ナザリックの仲間たちと、そのついでにこちらの世界の有象無象を守り通す(ロール)を演じると誓ったアインズ・ウール・ゴウン。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「第五階層守護者にしてナザリック(いち)の常識人、蟲王(ヴァーミンロード)コキュートス、御身(おんみ)の前に!」

 

 ……それはあくまでも相対的に、であって、おまえも大概だぞ!

 っつーか、人じゃなくて(むし)だし。

 

 図らずもコキュートスは、ナザリック(いち)の常識人、との自認を表明して見せたが、(はた)から見てそれが如何に荒唐無稽であろうとも、こいつはまさにそうあれ、と至高の四十一人から望まれて生まれた存在であり、実際本人もそうあろうと努める(もの)なのだから、こいつ自身がそうだ、と思っていることにはまったく誤りはない。

 オレ自身もまた、ギルド長モモンガ、その中の人と設定されたスズキサトルともに、オレの本来の中の人を含む至高の四十一人から、そうあれ、と望まれて生まれた存在だ。だから、オレが今も自分をスズキサトルだ、と直感的に思っているのは、コキュートスが自身を常識人だと考えているのと、これまた(はた)から見てそれが如何に荒唐無稽であろうとも、本質的には同じことなのだ。

 

「だ、第六階層守護者にして、ナ、ナザリックを支えるトブの森の番人。ア、アウラ・ベラ・フィオーラと、そ、その一族……」

「同じくゥ!ナザリックのお母さん役!マーレ・ベロ・フィオーレとその一族!」

「「「御身(おんみ)の前に!」」」

 

 ……当代のアウラとマーレは性格と男女がひっくり返ってんだっけか?

 なんだよその、マーレが()()()()役、ってのは!

 

 オレ固有の事情があるとすれば、オレは非公式ラスボス、モモンガであると同時にギルド長、スズキサトルでもあったことだ。アウラとマーレが二人一組で自己認識を強固にしているように、オレも終始、最強無敵の怪物(モンスター)としてのモモンガと、何の()()もない普通の会社員スズキサトルの両極端な二面で自己を規定し続けてきた。

 そのいずれもが実体を欠く虚構の産物だ、と知らされて、それでもなおオレが崩壊してしまわなかったのは、ただ(ひとえ)に、オレを支え続けようとしてくれるこいつら、そして(ツアー)の献身的な愛に支えられてのことでそこには感謝しかないが、であるからこそ、オレは、どうして自分はこうなんだ?これでいいのか?と(おのれ)に問い続けることを()めることができずにいる。

 

「宝物殿領域守護者にしてナザリックの金庫番。至高の主の愛して止まぬ一人息子にしてナザリックの御曹司。魔法の品(マジックアイテム)の専門家にして……」

 

 ……無視!

 

 考えてみれば、今自分がこうであるのは何故なんだ、という問いに、答えられる奴なんてそうそうはいない。むしろ、ギルドの日誌(ログブック)、そしてオレ自身の記憶にこそ残らないもののデミウルゴスの日記としてほぼ完全に今に至る自分の歴史を辿ることが出来るオレは、極めて稀な存在だ、と言えるだろう。

 そこには、今のオレがこうして考えるに至っているすべてが記録されていて、オレにはそれを隈なく検討するに足る無限の時間がある。にもかかわらず、オレはこうして自分に問い続けることを()めることが出来ない。

 

「第七階層守護者にして至高の主の無二の親友ウルベルト・アレイン・オードル様の生まれ変わり。最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴス、御身(おんみ)の前に。」

 

 ……こいつに限っては、普通だと返って不安になるな。

 

 いつだったかデミウルゴスから、気を抜けば同じところをぐるぐる回り続ける羽目になるぞ、と脅されたことがあったような気がするが、結局オレは同じところをぐるぐる回り続けている。

 あいつの懸念……本当に懸念して言ってんのか、ウルベルトさんがそうだったようにオレをあらぬところへ誘導せんと弄ぶ詭弁じゃねーのか、は相変わらずひっかかるところではあるが……はもっともとして、一方で、こういう言い方もできるんじゃないだろうか。

 

「ナザリックの執事にして至高の主の無二の親友の娘婿。竜人セバス・チャン、御身(おんみ)の前に。」

 

 ……デミウルゴスと張り合ってんのか、それ?

 

 同じところを永遠にぐるぐる回り続ける(もの)

 一念に億劫(おくごう)の心労を尽くし続ける(もの)

 

「あなた様の最愛の妻アルベド、御身(おんみ)の前に!」

 

 ……いや、そうだけどさ。

 守護者統括は外さないでくれる?収拾つかなくなるから!

 

 それこそが大魔王アインズ・ウール・ゴウンである、と。

 あ、アルベドの夫、じゃなくて……いや、それもそうなんだけど、ぐるぐる回る(ほう)ね。

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

   死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 飽くことなく繰り返されてきた忠誠の歓呼を受けて、それを受けるべくアインズの骨の右手が軽く持ち上げられたが、それは常のように胸の前で()まることなく、そのまま進んで骸骨頭の側面に添えられた。

 

「ニグレドか?オレだ。どうした?」

 

 <伝言(メッセージ)>を受け取っての所作である。

 ナザリックの目、ニグレドは、今このときにあっても第五階層の自身の在所で監視の目を光らせていた。

 

「ふむふむ……はぁ?ナザリックに侵入者だぁ?

 んなわけねーだろ、シャルティアはここにいるぞ!」

 

 アインズの認識としては、ナザリックに外部からの侵入を許す抜け穴は、黒衣(くろご)を唯一の例外に、シャルティアが不注意から<転移門(ゲート)>で招き入れることしか思い浮かばない。それを察してか、シャルティアがいささか不服()な表情を浮かべるも、これに気を()める(もの)などいようはずもなし。

 

「……はぁ?

 出現点は女風呂だとぉ!」

 

 ペカペカと緑と紫の()()じった光を放ちつつがなり立てる至高の主に、玉座の間に集った階層守護者をはじめとする面々も騒めき始めた。

 

「アインズ様、女風呂となれば(わたくし)が陣頭指揮をとり、シャルティア、アウラ、戦闘メイド(プレアデス)を率いて先陣を務めさせていただきます。」

 

 早くも所持品(インベントリ)から三日月斧(バルディッシュ)を取り出しつつアルベドがそう告げるも、

 

「いやいやいや!

 みんなここに集まってんだから入浴中のヤツなんかいないだろ!

 全員で行くぞ、オレに続け!」

 

 そう言いながら玉座から立ち上がったアインズは、ずかずかと歩き始めた。

 すべての下僕たちが目の色をギラギラさせながらこれに続く。本来、ナザリック地下大墳墓の防衛者たれ、と生み出された彼らにとって、侵入者の迎撃は面目躍如の最たるものだ。

 

 そして。

 

 スパリゾートナザリックの女湯に踏み込んだ彼らは、<朽棺の竜王(エルダーコフィンドラゴンロード)の湯>から顔を覗かせる一頭のドラゴンと対面することになる。これが何者であるかは言わずもがなであるが、さしもの大魔王アインズ・ウール・ゴウンもこの時点では、彼女、キュアイーリム・ロスマルヴァーが彼に恋着し、ひとつ間違えれば世界を滅ぼしかねない愛妃アルベドとの全面対決に至ろうなどと予測できようはずもなし。

 はてさてそれが如何な顛末に至るかについては、紙幅の都合もあるので聡明なる読者諸兄の想像するところにお任せし、足掛け四千年に渡ったこの物語の幕を閉じることとしよう。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の、(きよ)(ただ)しく馬々鹿々しいごっこ遊び(ロールプレイ)永遠(とわ)に続く。

 

 

                    完

 

 




これでおわりです、ごきげんよう、さようなら。
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