ピピッ、ピピッ、ピピッ……。
「もうそんな時間か。」
骨の指が伸びて目覚まし時計の
時刻は現地時間午前四時。大魔王アインズ・ウール・ゴウンの朝は早い。
アインズは自身のこの習慣を、
一方で、いや、やっぱり自分はスズキサトルだったんじゃないのか、と感じるところもなくはない。
その最たるものは、<ギルドの
「あーぁ、明日も四時起きかぁ……。」
である。
あの時点の中の人は、自身の演じるスズキサトル、が演じるところのモモンガ、すなわち只今のアインズが、よもや異世界に渡って云千年の日々を過ごすことになろうとは知りようはずもなかったし、会話に応じることのなかった当時のNPCたちにそんなことを言って聞かせる理由もないから、明日も四時起きだ、などという嘘を敢えて口にする必要はなかったはずだ。
つまり、これは中の人にとっては事実であった、ということになる。
これを皮切りに、同じく<ギルドの
同様に、ギルド設立以前に遡ることは叶わないが、やはり<ギルドの
意味するところは、なぜそうなのかは皆目不明ながら、どうやらスズキサトルが
「さて……と。
<
アインズは、これまたユグドラシル時代からの習慣となる、効果時間
俄かには納得し難いが、どうもかつてのアインズ、モモンガの中の人は、<
同じく、そんなことを調べる必要性をまったく感じたことがなかったので関心がなかったものだが、<ギルドの
が、これには少し例外があって、たった二回のみ、ではあるが、モモンガが空恐ろしい量のユグドラシル金貨の課金調達をおこなった記録があって、一回はルベドの稼働試験をおこなって宝物殿金貨が蕩尽の危機に陥ったとき、もう一回は千五百人の大襲撃の直後、戦死したNPCたちの復活をおこなったときだ。
これを
ここから読み取れるのは、彼はそういった課金に耐える十分な資力を有しつつ、緊急の場合を除いては
<
なんて奴だ……我ながら!
「<
……ニグレド、おはよう。特に何も変わりはないか?」
(あたしィィィの赤ちゃあァァァん!)
……あ、忘れてた。
今、ニグレド壊れてるんだった!
ニグレドにこの性癖を与えた創造主タブラ・スマラグディナ、その引き金を二百年毎に引き続ける禁断の愛を育む
が、先程来思索するところの仮説が、まったくの真実でなかったとしてもある程度
只今の大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、この世界の遍く
そんなアインズの思索は、本日のアインズ様当番メイド、リュミエールの入室で断ち切られた。
彼女たちを前にして余計な考え事に耽っていると、
「な、何か
と、ヨヨと泣き喚かれることがしばしばあるので、なんでオレがそんなことに気を遣わにゃならんのだ!と思いつつも、アインズは彼女らの前ではなるべく雑念を払って超然とした態度を取るよう努めている。
幸いにして今朝はそういった事態には至らず、そそと身支度を終えてリュミエールの露払いを受けて執務室に赴いてみれば、そこには愛妃、守護者統括アルベド、ではなく、狡知の参謀デミウルゴスの姿があった。
「おはようございます、アインズ様!
丁度よいところへお越しになりました!」
あぁ……。
朝っぱらから嫌な予感が
そんなアインズの思いを知ってか知らずか……否、デミウルゴスは常に確信犯であるに違いないのである……ささ、どうぞこちらへ!と喜色満面のデミウルゴスに一人掛けの
「愉快な映像を捉えましたので、新技術の
無闇に楽しげなデミウルゴスは至高の主に有無を言わさぬ勢いで「再生してくれたまえ!」と
(るるる、るんるん♪)
<
あぁ、出オチだ……。
アインズはギルドの指輪の力で何処かへ逃げ出したい衝動に駆られるが、決してこちらが望んでいるそれではないものの、それでも至高の主を喜ばせたい一心でこれをやっているデミウルゴスに悪くてそれが叶わない。というか、ここであっさり逃げ出せるものであれば、これまでにも避け得た困惑の場面は多々あったのであって、それでも逃げ出せないのが大魔王アインズ・ウール・ゴウンの大魔王アインズ・ウール・ゴウンたる
((きゃぁーーー!))
(お嬢ちゃんたち、怪我したくなかったら大人しくしな。)
(なーに、おめぇらにとっても悪いことじゃねーさ。)
(待てぇーいッ!)
と、何者かの声が割り込む。
ここまでは想像通り。
だが。
(パー、パララパッパー♪パララッパー♪ダンッドンッダンッドンッ!)
勇壮な
その
(とぅッ!)
水平に切り替わった視点から、お花畑の向こうから掛け声一閃宙返りを打ちつつ飛び出す人影が見えるが、
(ちゅどーーーんッ!)
その飛び出した地点で俄に大きな爆発が起きる。
「いや、待て待て!」
「一時停止したまえ。」
ピッ。
耐えきれなくなって叫んだアインズに、デミウルゴスは映像を一時
「いかがなさいましたか、アインズ様?これから面白くなりますのに。」
「いやいやいやいや!おかしいだろ、これ?
なんで爆発が起こる?どうして
至極ご尤もな
「あぁ。それはこうで御座います。
少し巻き戻し、視点をやや後方に下げて再生開始だ。」
キュルルルル……ブーン。
(待てぇーいッ!)
<
「な……
(パー、パララパッパー♪パララッパー♪ダンッドンッダンッドンッ!)
と
(ちゅどーーーんッ!)
と、大爆発が起こった。
呆れ果てて声も出ないアインズを
(痛い痛い、
だが、斬ろうが刺そうがその身が傷つく様子は一切ない。不毛に体力を消費し疲れ果てた無頼たちは、その場にへたり込んでしまった。そうこうするうちに、二人の少女は振り返ることもなく視野の外へ逃げ去って行ってしまう。
(
(パラリラ♪バババンッ!)
別に何をしたわけでもない騎士が誇らしげに勝ち名乗りを上げると同時に、
「先日、当地の人間種の村で補足された映像で御座います。アインズ様のご期待に沿う仕上がりで御座いましたでしょうか?」
三日月型の笑みを浮かべてそう問うデミウルゴスに、アインズは返す言葉がない。
辛うじて……
「……どうして。」
「はっ?」
「どうしておまえはオレがコレを期待している、だなんて思うんだ?」
と、問うてみれば。
「これは
と、さも当たり前のように深々と頭を下げるデミウルゴス。
勝手に感じ入っとれ、ボケッ!
またアレだよな、これを見せればオレが口パカペカペカだと面白がってやってんだよな?そーだよなーーー!
一方で、画面の中ではタッチと黒子の反省会がおこなわれている模様。
(
たとえば……そう!菅野よう子とか米津玄師みたいな感じにならないものかな?)
(いや、ちょっとそれはお洒落過ぎて
何の話をしとるんだ、こいつらは!
(では、正義の勝利にいつものやつをやりますか?)
(うむ!)
ぷしゅ、と小気味良い音を立てながらステイオンタブが
((……ぷっはーーーーーッ、うめーーーーーッ!))
タッチのそれはガバッ、と口
まぁ。
納まるところに納まったのなら……どーでもいいや。
*
「準備が整ったものか、と存じますので、どうぞ
ひとしきり
「「「アインズ様、お待ち申し上げておりました!」」」
と、喜色満面でアインズの出現を出迎えたのは、守護者統括アルベド、
「……トブの森、南進計画だとぉ?」
唐突な話にアインズは驚きの声をあげる。
当然のことながらその発議者は森の守護者の任にある
「以前から、ピニスンから森の勢力を南へ延ばしたい、という話は聞いてたんですよォ!」
と口火を切ったのは、長老に当たるシニョーラ・フィオーラであった。
曰く、トブの森の木々たちは、アゼルリシア山脈に遮られる北、人間、亜人の文明圏となる東西には
しばしば……と言っても数十年に一度、という気の長い話ではあるのだが……茶飲み仲間としてピニスンと語らうことのあるシニョーラ・フィオーラとシニョーレ・フィオーレは、ある
「ト、トブの森の植物にも、い、いろいろとあって……な、中には不浄な環境を好むものもあるんです。」
森は、森自身の力、加えて
「今はデイバーノックの
「……デイバーノック?
何だそりゃ?」
えっ?とシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレ共に、理解を示さないアインズに驚きの顔を向ける。
「ずっと昔から、原住民たちにしばしばアインズ様と混同されている気の毒な……ゴホッ!もとい、けしからん
「た、たいして強くもないですけど、と、ときどき含蓄のあることを言う、面白い人、というか、が、骸骨です。ア、アインズ様は、ご、御承知ではありませんでしたかぁ?」
いつ
まったく……好き勝手なことを。
とアインズは内心溜息をつくも、それ自体には特に関心はなかった。
「これが、そのデイバーノック宅の庭から採取した植物で御座います。」
と、二本
見れば、真っ黒な中に紫の模様が入った大輪の花が咲いていて、一部の株には小さな実が葡萄のように
「実はこれは、デイバーノック宅ではほとんど花開くことが御座いませんでした。かの
美肌効果に優れるとかで、アルベドをはじめとして
「……で、何なんだ?食えるのか?」
今一つ話の流れがよくわからないアインズがそう問えば、
「とてつもない毒で、一粒で並みの人間、亜人であれば千人の致死量に足ります。」
事も無げにティトゥスが応じる。
この時点でアインズの脳裏には、またぞろデミウルゴス案件か!と嫌な予感が漲っているのだが、ティトゥスの報じるところはいささかそれとは趣を異にしていた。
「であるがゆえに<
「……一房が?」
「いえ、一粒が、で御座います。」
「……はぁ?」
口パカ、ペカペカ!
俄かに頭が醒めたアインズは、改めて鉢植えを見入るように眺めた。一房にはざっくり百粒は実が
「そ、それはまた景気のいい話だにゃ!」
「……はっ?」
思わず噛んでしまったアインズに対し、語尾の「にゃ」に何か深い意味があるのではないか、と糞真面目に考えるティトゥスが首を傾げるが、不毛なすれ違いを予感したものか、愛妃アルベドが助け舟を出す。
「それだけでは御座いません。この植物は実りを得るに際し
あぁ、なるほど。
漸くアインズの未だ物理的に何処に存在するのか定かでない脳内で、一連の話が一本の筋の上にまとまった。
しかし、だ。
確かにこれは悪い話じゃない。同盟関係にあるトブの森自身の望みでもあるし、ナザリックに見込まれる利益は相当なもので、しかも結果的に長く不毛の大地であったカッツェ平野が緑化されるのであればこの世界の環境改善の一助にもなる。
が。
これは明らかにこの世界の有り様に対する大規模な介入でもある。ナザリックに金銭的な利益があるから、なおさら、自身の利益のために恣意的な改変をこの世界に加えるのか、の問いはアインズ自身に深く突き刺さった。
「……ちなみに。」
「「はっ?」」
何か下問したげなアインズに、アルベドとティトゥスが
「……おまえらのことだから既に見積もってるんだと思うが。
仮にこれに着手したとして、カッツェ平野がトブの森の子孫で覆われるのに……どのくらいかかる見込みなんだ?」
これに応じたのはフィオーレだった。
「例の実は植えれば翌年には最初の収穫が見込めますけど、第二のトブの森が広がるには、ピニスンが言うには、一万年くらいじゃないか、ということでしたァ!」
い、一万年!
……そうだ、あいつらはとてつもなく気が長いんだったな、忘れてたわ。
一万年かかることならば、最早それは……自然の成り行きと同じだわな。
というか、ナザリックが何をしなくとも連中はそのうちそれを、それこそ向こう数十万年のうちには実現はするんだろう。オレたちはそれを少し手伝ってやって相応の駄賃を受け取るだけ、の話か。
「……企図するところは理解した。
シニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレ、フィオーレ、フィオーラ、アウラ、マーレ、よく話をまとめてくれた。
アインズが骨の諸手を振り上げて威勢よくそう告げれば、
「「「ア、アインズ様ァ!」」」
と、
「ティトゥスもご苦労。研究に功のあった司書たちにも、オレからよろしくと伝えてくれ。」
「ははっ!ありがたき幸せで御座います。」
二本
「アルベド。次回の
「承知いたしました、アインズ様。」
ニコリ、と微笑んで跪礼を執ったアルベドの様子にアインズは、あぁ、これが正解だ!と確信して満足げに頷いた……のも束の間。
「ん……<
あ、オレだ……あぁ、エントマか。どうした?
ふむふむ……はぁ?
あー、とりあえずシャルティアには余計なことはするな、と……え?今にも飛び出していきそう?……とりあえずオレが行くからそれまでは何とか抑えてくれ、頼む!」
プツっ、と<
「エントマはシャルティアと共にナザリック外苑を哨戒中のはずですが。」
既におおよその事態に見切りをつけているアルベドが問う。
「なんだかよくわからんが人間どもが戦争をやってるらしくて、シャルティアが飛び込もうとしてるらしい。」
「……捨ておいてよろしいのではないでしょうか?」
心配そうなアインズに対し、冷ややかに応じるアルベド。
「そういうワケにもいかんだろ!
とりあえずややこしいことになる前に
「「「ははっ!すべては至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様のために!」」」
<
*
「アインズ様ァーーー!」
エントマの<
「では、あちきがこれより華麗にあの連中を蹂躙して参るのでありんすゆえ、どうぞここからご覧になっておっておくんなまし!」
「待て待て!」
ひょい、と飛び出そうとするシャルティアの首根っこをアインズが掴む。
「
と、怒鳴ってしまってから、こいつがそんなこと憶えてるわけないじゃん、と身も蓋もないところに思い至る大魔王。案の定、言われたシャルティアもポカン、としている。
「だいたいだな!
おまえの力は、それに相応しい強大な敵に対して発揮してこそ価値あるもの!
あんなしょーもない連中をおまえがどーこーせんでもいいだろ!だよな?そーだよなーーー!」
おまえに
などと物騒な思いも
丘からの距離はおよそ20キロといったところか。よもやあちらからはこちらには気づけまい。
人間たちに回廊平原と呼ばれるカッツェ平野北側の東西に長い草原で、その東西方向からやって来た軍勢が睨み合っている。
アインズたちから向かって左、東からの集団は揃いの
対して西からの集団は、より軽装な皮鎧姿ながら無暗矢鱈と長い槍をやはり肩に掛けた槍兵およそ五百。数十騎の騎兵と、やはり尋常ならざる得物を携えた
パッと見の印象では数に勝る西軍優位にも見えるが、その基本戦術は槍襖を組んでの突破阻止戦術だろう。対して東軍の
「ほぅ……か弱い連中にしてはなかなかどうしてお互いに理に適った構えじゃないか。
シャルティア、エントマ。オレたちはここから高見の見物と洒落こもう。」
元よりアインズがやって来なければ自ら華麗に蹂躙するつもりだったシャルティア、立場上已む無くシャルティアの抑え役に回ったものの叶うものであればお肉を食べたいエントマとしては、別に脆弱な人間の
やがて、双方の陣営から太鼓だの
おぉ、いよいよぶつかるか!
アインズ……厳密に言えば、その精神に宿るところの軍師ぷにっと萌えや参謀ベルリバーの記憶が
どじゃーーーーーん!
突如、両軍がそのまま進めば互いに鉾を交えたであろう辺りにとてつもない落雷があって、びっくりした双方の兵士の多くが尻もちをついて倒れた。
「第九位階魔法だとぉ?」
たちまちにそれがこちらの世界の並みの住人には扱えようはずもない第九位階魔法<
「あぁ……あいつらか。
っつーか、
かたや、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが傍から興味本位で観戦していようなどと思いもよらない第九位階魔法の使い手、さきほどアインズの個人
やおら、まずは東側からやってきた軍勢の方を睨んで大声で叫ぶ。
「アホかーーー、おまえらは!」
いまだ大半が尻もちをついたまま動けずにいる軍勢は、何を怒鳴られているものやらさっぱりわからない。
「私は、
遥か昔、おまえたちの西へ向けての進出の始祖となったキャラバッシュ・ペシュメルから、おまえたちが道を誤るようであれば
おぉ!と、キーノのこの名乗りにどよめきが起こった。
既にキャラバッシュと直接の知己あるものは死に絶えて久しいが、彼らの発地となる
「どういう行き違いがあったのかまでは知らんが、おまえたちが長い時間をかけて西への血路を開いたのは、こんなつまらない戦争ごっこのためだったのか!違うだろ!それくらい、ちょっと考えればわかるはずだ!キャラバッシュが草葉の陰で泣いているぞ!」
キーノの言葉は余程軍勢の心に響いたと見え、銘々が手にした
その様子に溜息を一つついたキーノは、今度は改めて西側から進み来た軍勢に声を掛けた。
「おまえたちも!血気盛んなのは結構だが、千年振りの大陸東西の交わりがこの
軍勢からはやはりどよめきが起こるも、それは必ずしもキーノの言葉に感銘を受けて、のものではなかった。
見れば
……ん?
釣られてキーノもそちらの方に目を向ければ、何やら飛来する姿がある。
あれは……
そうこうするうちに高度を下げたそれは、西からの軍勢の頭上を飛び越してキーノたちの手前に着地した。
騎乗していた
「な!」
「キーノ・インベルン
私は大陸西方を治める騎士、サミュエル・ドゥジエム・デルキュリーゼ。至らぬ
その態度にキーノは呆気に取られるも、サミュエル
「御高名は伺っております、麗しの剣士クレマンティーヌ
サミュエル・ドゥジエム・デルキュリーゼです、どうぞお見知りおきを。」
「は……はぁ。」
馴れない扱われ方に虚を衝かれたクレマンティーヌも、キーノよろしく呆気に取られて返す言葉がない。
二人がどう応じたらよいものやら、と戸惑ううちに、ドゥジエムは自国の軍勢に向けて語り掛けた。
「忠実なる兵士諸君!
キミたちの祖国に捧げる忠誠は疑うべくもないが、それにしても此度の一件は軍を興す前に私に一言相談が欲しかったところだ。東方より
たちまちに、おぉ!と歓呼が起こって兵たちが口々に、
「「
「「
と、快哉を叫ぶ。
その中にあって、いささかバツが悪そうに佇む、他の兵よりも豪奢な装束を身に着けた男が一人。どうやら功を焦って上申を経ずに軍を動かした将であるらしい。
続けてドゥジエムは、東方の軍勢の前にもただ一人で歩み寄って声を掛けた。
「回廊平原に血路を開いた勇敢なる諸君!
私の不徳もあって、あわやの邂逅となってしまったことをお詫びしたい。
我が国は、諸君らの勇気を称えてこれを歓迎する!
末永く共に、繁栄の道を
その堂々たる姿に、軍勢からも一斉に、おぉ!と喝采歓呼が巻き起こった。
動き出してしまった軍勢の衝突をたちまちに止めるため、とは言え、短気にも最上位の雷撃を放って威圧してしまったキーノとしては、立つ瀬がなくて後ろ頭を掻いて頬を赤らめる。
その様子を気にするでもなく、再び麾下の兵士を振り返ったドゥジエムはこう告げた。
「忠実なる兵士諸君!
東方からの客人と共に、肩を組んで凱旋しようではないか!」
これに賛同を示す、おぉ!との歓呼が返されて、双方の軍勢が混ざり始めた。
「正直なところ、あんたらとやり合うのは怖いな、と思ってたんだよ。」
「なになに、それはお互い様さ!」
そんな言葉を交わしつつ、総勢千名になろうかと見える集団が西へ向かって行進を始めた。
これを最後尾から見送るドゥジエムは、改めてキーノに声をかける。
「差し支えなければインベルン
貴女とは、語らいたいことがいろいろあります。」
「あ?……あぁ、問題ない、むしろ望むところだ。
あと、私のことはキーノと呼んでくれて構わない。」
「ではキーノ、こちらへ。」
軽く腰を折ったドゥジエムは、執事が客を招くかのような手つきで右手を折り、西へと進む東西混交の軍勢の末尾を指し示した。キーノは「いこうか」とクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナに声を掛け、素直にこれに従う。
が。
何故か当のドゥジエムは、たちまちには彼女らの後に続かない。
「ん?」
この様子を遠目に眺めていた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、期待していた集団戦が始まらなかったことを残念に思いつつ、微かに残る人の心がそれを微笑ましく感じていることにも自覚があったのだが、西へ向かって共に立ち去ろうとする集団の末尾から、まっすぐ自分に向かう視線を覚えて声を漏らした。
見れば。
集団の最後尾に立っている、キーノたちを除けば一際目立った気配を発する
この距離で?
そんな馬鹿な。
とアインズは思うが、そのまま見つめていれば森妖精はアインズの
*
「……そんなことがあってな。流石に薄気味悪かったから、シズに頼んでデミウルゴスの日記を調べてもらったんだが、どうもオレはガキの時分のそいつに会ったことがあるらしい。聞いて驚け、母親はユグドラシルプレイヤーで、父親はおまえが随分と気に入っていた
大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある
アインズは、傍らで大きな鼻提灯を浮かべて眠りこける友に、独り話し掛けている。
彼の自我崩壊の危機を
「……とまぁ、今日のところはこんなもんだ。また、おまえのことを忘れてしまう前に立ち寄らせてもらうわ。」
そう言って立ち上がったアインズは、視線を友から周囲へと振り替えた。
「おまえらも邪魔して悪かったな、再開してくれ!」
「「「ははっ!」」」
ツアーの玉座をぐるりと取り囲む、数え上げるも馬々鹿々しい
♪マイム、マイム、マイム、マイム、マイムベッサッソン♪
の歌声が届く。
あぁ。
この
*
「
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
「第一、第二、第三階層守護者にして、ナザリック外苑防衛担当。鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールン、
<諸王の玉座>に深く腰掛けて忠誠の誓いを捧げられるところの大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、決してこれを聞いていないわけではなかろうが、その思考は内なる思索に向かっている。
自分はナザリック地下大墳墓の
「第五階層守護者にしてナザリック
……それはあくまでも相対的に、であって、おまえも大概だぞ!
っつーか、人じゃなくて
図らずもコキュートスは、ナザリック
オレ自身もまた、ギルド長モモンガ、その中の人と設定されたスズキサトルともに、オレの本来の中の人を含む至高の四十一人から、そうあれ、と望まれて生まれた存在だ。だから、オレが今も自分をスズキサトルだ、と直感的に思っているのは、コキュートスが自身を常識人だと考えているのと、これまた
「だ、第六階層守護者にして、ナ、ナザリックを支えるトブの森の番人。ア、アウラ・ベラ・フィオーラと、そ、その一族……」
「同じくゥ!ナザリックのお母さん役!マーレ・ベロ・フィオーレとその一族!」
「「「
……当代のアウラとマーレは性格と男女がひっくり返ってんだっけか?
なんだよその、マーレが
オレ固有の事情があるとすれば、オレは非公式ラスボス、モモンガであると同時にギルド長、スズキサトルでもあったことだ。アウラとマーレが二人一組で自己認識を強固にしているように、オレも終始、最強無敵の
そのいずれもが実体を欠く虚構の産物だ、と知らされて、それでもなおオレが崩壊してしまわなかったのは、ただ
「宝物殿領域守護者にしてナザリックの金庫番。至高の主の愛して止まぬ一人息子にしてナザリックの御曹司。
……無視!
考えてみれば、今自分がこうであるのは何故なんだ、という問いに、答えられる奴なんてそうそうはいない。むしろ、ギルドの
そこには、今のオレがこうして考えるに至っているすべてが記録されていて、オレにはそれを隈なく検討するに足る無限の時間がある。にもかかわらず、オレはこうして自分に問い続けることを
「第七階層守護者にして至高の主の無二の親友ウルベルト・アレイン・オードル様の生まれ変わり。
……こいつに限っては、普通だと返って不安になるな。
いつだったかデミウルゴスから、気を抜けば同じところをぐるぐる回り続ける羽目になるぞ、と脅されたことがあったような気がするが、結局オレは同じところをぐるぐる回り続けている。
あいつの懸念……本当に懸念して言ってんのか、ウルベルトさんがそうだったようにオレをあらぬところへ誘導せんと弄ぶ詭弁じゃねーのか、は相変わらずひっかかるところではあるが……はもっともとして、一方で、こういう言い方もできるんじゃないだろうか。
「ナザリックの執事にして至高の主の無二の親友の娘婿。竜人セバス・チャン、
……デミウルゴスと張り合ってんのか、それ?
同じところを永遠にぐるぐる回り続ける
一念に
「あなた様の最愛の妻アルベド、
……いや、そうだけどさ。
守護者統括は外さないでくれる?収拾つかなくなるから!
それこそが大魔王アインズ・ウール・ゴウンである、と。
あ、アルベドの夫、じゃなくて……いや、それもそうなんだけど、ぐるぐる回る
「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
飽くことなく繰り返されてきた忠誠の歓呼を受けて、それを受けるべくアインズの骨の右手が軽く持ち上げられたが、それは常のように胸の前で
「ニグレドか?オレだ。どうした?」
<
ナザリックの目、ニグレドは、今このときにあっても第五階層の自身の在所で監視の目を光らせていた。
「ふむふむ……はぁ?ナザリックに侵入者だぁ?
んなわけねーだろ、シャルティアはここにいるぞ!」
アインズの認識としては、ナザリックに外部からの侵入を許す抜け穴は、
「……はぁ?
出現点は女風呂だとぉ!」
ペカペカと緑と紫の
「アインズ様、女風呂となれば
早くも
「いやいやいや!
みんなここに集まってんだから入浴中のヤツなんかいないだろ!
全員で行くぞ、オレに続け!」
そう言いながら玉座から立ち上がったアインズは、ずかずかと歩き始めた。
すべての下僕たちが目の色をギラギラさせながらこれに続く。本来、ナザリック地下大墳墓の防衛者たれ、と生み出された彼らにとって、侵入者の迎撃は面目躍如の最たるものだ。
そして。
スパリゾートナザリックの女湯に踏み込んだ彼らは、<
はてさてそれが如何な顛末に至るかについては、紙幅の都合もあるので聡明なる読者諸兄の想像するところにお任せし、足掛け四千年に渡ったこの物語の幕を閉じることとしよう。
大魔王アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の、
完
これでおわりです、ごきげんよう、さようなら。