億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴137年。
<バベルの災厄>から32年後。


第1話 転移歴137年 命継ぐ者
1.命継ぐ者(1)


「アインズ様がお目通りくださいます。」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 守護者統括にして女淫魔(サキュバス)、そして我らが死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンの事実上の后でもあるアルベドが恭しくそう告げるや、重厚かつ荘厳な扉が音もなくゆっくりと左右に開かれた。

 

 歩み来るは四人の見目麗しい男女。

 

 これを迎える世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に鎮座するところのアインズは、大魔王然と厳かに構えつつも実のところ軽い失見当識(パニック)に陥っている。

 

 え、何これ?

 何が始まるの?

 

 と言うか、あいつら……誰?

 

 

 

 没入型仮想現実遊戯(DMMO RPG)ユグドラシルのサービス終了日、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその拠点ナザリック地下大墳墓と諸共に異世界へ転移した。

 

 ゲームの設定そのままの力とフレーバーテキストに応じた人格を得て顕現したNPCたち。そしてその(あるじ)として君臨するは、ログインしたままサービス終了を迎えたユグドラシル非公式ラスボスとまで呼ばれたモモンガの体に、ユグドラシルの隠し機能<日誌(ログブック)>が蓄えた至高の四十一人の記憶を上書き(オーバーロード)された死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 

 転移者の宿命として短期記憶を維持することが叶わない彼らは、種族特性から定期的に生ある者を屠ることを欲するアインズを満足させつつ、知っては忘れ、知っては忘れを繰り返しながら、この百三十余年の間ナザリック地下大墳墓を維持し続けてきた。

 

 成り行きからこちらの世界における唯一の友人である白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)ツアーとぷらぷら出歩いていたアインズは、戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマから<伝言(メッセージ)>で「刻限ですので至急玉座の間にお戻り下さい」とのアルベドからの言伝てを受け取り、ツアーに別れを告げて慌てて転移帰投したものだが、この三ヶ月がいささか諸事慌ただしかったこともあって、それ以前の記憶はすっかり除去(パージ)されてしまっていた。

 

 待ち構えていた愛妃(アルベド)は小言一つ(こぼ)すでもなく「ささ、どうぞこちらへ」と玉座への着座を勧めるので、下僕(しもべ)を放ってツアーと遊び歩いていた後ろ暗さもあって遂にアインズは、いったいどんな事情で自分はここへ呼び戻されたのか問う機を逸してしまった。

 

 まぁ、今に始まった話でもなし。

 なるようになるさ!

 

と開き直ったアインズは、アルベドの「アインズ様がお目通りくださいます」の第一声に、あぁ、今日ここで誰かと会うのを随分と前に約束していて、自分はすっかりそれを忘れてしまっているのだろう、と得心した。

 至らぬ(あるじ)を文句も言わずに補佐(フォロー)してくれるアルベドにいささか申し訳なさを感じないでもないが、こういった下僕たちの助力あってこそのアインズ・ウール・ゴウンであることは、彼自身のみならず下僕たちも重々に承知してくれていること。よもや彼らもそこに不満はあるまい……と都合よく自分に言い聞かせる。

 

 しかし……だ。

 

 向こうから歩み来る四人……あれは誰だ?

 

 向かって一番右は見間違えようはずもないアインズの右腕、狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスだ。それはわかる。

 

 左の三人は……誰だ?

 いずれもスラリと背の高い妖精(エルフ)

 

 あぁ、そうだ!

 

と、ここ百数十年来の下僕たちから容赦なく浴びせ続けられる無茶振りを捌き続けた結果、ない威厳をあるように保つ術だけには磨きに磨きがかけられたアインズは、その骨の体と身に纏う金糸銀糸に彩られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)を微かにも揺るがすことなく、心の中だけでポンッと手を打つ。

 

 アインズの精神は、ユグドラシルの隠し機能<日誌(ログブック)>が記録した決して消え去ることのないギルド、アインズ・ウール・ゴウンの思い出と、こちらの世界へやって来て以降、知っては忘れ知っては忘れを繰り返す短期記憶から成っている。

 後者の範疇にあることであっても、常に念頭にあって日々の判断の基軸となっている事柄、すなわち、自身がそのような存在であるとの自覚、ゆえのアインズ・ウール・ゴウンの名乗り、アルベドへの愛、こちらの世界で得た友ツアー、辺りはそうそう忘れることは……ツアーにまつわる周辺の知識になってくるとかなり怪しくなってはくるが……ない。

 それ以外のことについては、目下関心が注がれている事柄と直接関係しないことは、たとえそれがどんなことであっても容赦なく短期記憶から遅かれ早かれ押し流されてしまう。

 

 アインズの主観としては、今この瞬間から記憶を遡っていくと、三ヶ月前あたりまでの出来事は概ね憶えているがそれ以前が曖昧で、その先はやたらとはっきり憶えているユグドラシル最終日、アルベドのフレーバーテキストに出来心から修正を加え、そのまま玉座に座って日付変更を迎えた瞬間につながってしまう。

 それではあまりに多くのことに説明がつかず、そして何より、常に意識しているところの「自身はそのような存在なのだ」という自覚があるがために、辛うじてユグドラシル最終日と曖昧な記憶の間に長い時間が経っていることは理解できるものの、その長い時間を自身がどのように過ごしてきたのか、その間に何があったのかを自力で辿ることは不可能だ。

 これはそういうものなのだから仕方がない、と疾うの昔に割り切っていた。

 

 が、その一方で、どうしても割り切れない、と言うか、忘れてしまうことにある種の罪悪感を覚え続けていることの一つに、しばらく会わずにいると闇妖精双子(ダークエルフ・ツインズ)アウラとマーレの成長した容姿をすっかり忘れてしまう、というものがある。

 

 何に代えても愛すべき下僕であるにもかかわらず、だ!

 

 アウラとマーレはこちらの世界へ渡って来た時点、すなわち彼らが創造主ぶくぶく茶釜に与えられた初期設定においては、まだ七十代の少年少女だった。

 そして、大半が寿命を持たぬ異形種からなるナザリックの下僕たちの中にあって二人は例外的に寿命を有する亜人種であり、それゆえに、<日誌>によってアインズの存在しない脳裏に焼きつけられたあどけないその容姿と日々成長する二人の実態は乖離する一方であった。

 

 そうだ、あの短金髪の妖精(エルフ)はアウラとマーレだ!

 幼かった二人があんなに立派な乙女と青年に成長して、おじさんは嬉しいぞ!

 

 アインズは在りもしない涙腺を緩ませるが、同時に困惑もする。

 

 ……いや、待て待て。

 じゃぁ、もう一人の妖精は誰だ。あんなの、ナザリックに居たっけか?

 

 <日誌>の記憶は絶対で、自身がナザリックの下僕を含むユグドラシルから引き連れた有象無象を決して忘れることはないのだ、とアインズは確信している……ものの、絶対に大丈夫か、と問われれば不安もある。いや、日々の自身の有り様から考えればむしろ不安だらけだ。

 

 何かの拍子に愛すべき下僕の、たとえ一人であってもその存在を失念してしまっているのだとすれば、それは何と罪深いことであろうか!

 

 アインズは、そうと悟られぬよう顔は真正面を向けたまま目線だけを傍らに立つアルベドへと向けてみる。彼女はいつものように涼やかな笑みを浮かべており、主の視線には気づかぬまま優しい眼差しで歩み来る四人を見つめているので、アインズの不安はなお増した。

 アルベドが、ナザリック外の存在にあのような眼差しを注ぐはずもなく、であれば正体不明の妖精もまたナザリックの下僕であるに違いないが、にもかかわらず、自身はそれが誰であるかわからない。

 

 いよいよオレも焼きが回ったか……

 

 さてこの窮地を如何に脱したものか、とアインズは再び視線を歩み来る四人へと向けた。よくよく観察して見れば、何か手掛かり(ヒント)が得られるかも知れない。

 

 ん?

 

 不意にアインズは、デミウルゴスを除く向かって左側の三人が、一様に揃って懐に何かを大事そうに抱えていることに気付く。が、ふんわり柔らかそうな毛布に包まれたそれらの中身は茫として判別がつかない。

 そうこうするうちに四人は玉座のアインズから睥睨される目前の階下に至った。デミウルゴスを除く三人の妖精は、やはり揃って跪礼を執り、同じく一様に大事そうに抱えていた包みをアインズに捧げるが如く頭上へと差し上げる。

 

 そこにあったのは……

 

 あ……赤ん坊?

 

 何、何なのコレ?

 どういうことなの?

 オレどうすりゃいいの?

 

と困惑するアインズに、やはり恭しくアルベドが発した言葉がとどめを刺した。

 

「ではアインズ様。

 命名の儀を。」

 

 ん?

 

 は?

 

 え?

 

 ……エェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 

 辛うじてアインズはその雄叫びを自身の胸中に押し込めることが叶ったが、骨の口はパカリと開き、たちまちにその全身は神々しき緑色の輝きに包まれた。そしてその意識は、この訳の分からぬ事態の手掛かりを求めて……否、この状況から逃避すべく回想へと突入する。

 

 そうだ、ツアーが突然やって来たのが悪い!

 ……いや、それも元を糾せばオレのせい……だったっけか?

 

 

                    *

 

 

最大警戒(フェイタルアラーム)

 北北西よりナザリック地下大墳墓へ一直線に向かってくる飛翔体を検知。

 会敵までおよそ九百秒。)

 

 アインズの直近の最も古い記憶は遡ることおよそ三ヶ月、珍しく憂鬱な気分で考え事をしつつ受け取ったナザリックの目、ニグレドからの空襲警報だ。

 

「ニグレド、ご苦労。

 おおよその高度はわかるか?」

 

(二百メートルほどかと。)

 

「ズバリ聞くが……ツアーか?」

 

(……ツアー、とは?)

 

 こちらの世界へ渡って以降の記憶保持に制約があるのはニグレドとて同じこと。

 今この瞬間のアインズもまた、日頃のあらゆる判断の前提として常にその存在と力を考慮に加えているがゆえにその愛称「ツアー」と大凡(おおよそ)の概略だけは諳んじることが出来るものの、この世界において唯一自身と比肩し得る白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの真名、姿、詳細については所持品(インベントリ)に収めた書付(メモ)に目を通すことなく思い出すことは叶わない。

 

「いや、すまん、ニグレド。忘れてくれ。

 

 デミウルゴスとパンドラズ・アクターにオレの部屋に来るよう伝えてくれ。

 飛翔体については監視継続。急変がなければ脅威なしの判断で構わない。

 いつもありがとう、助かったよ。」

 

(恐れ入ります、アインズ様。

 では。)

 

 プツリ、と<伝言(メッセージ)>が切れた。

 

 ツアーにしてはやけにゆっくりと、しかも低空を飛んでいる。

 ……誰か客を運んでいるのか?

 

 かの竜王が断りもなく余人をナザリック地下大墳墓へ連れ込もうとするなど俄には考え難いが、とまれ、まずは三賢者(トリニティ)に諮って対応を考えるのが先決だ。となれば、あと一人にも声を掛けねばならぬ。

 

「……<伝言(メッセージ)>。

 起きろ!アルベドォッ!」

 

 

 

「それでは、記念すべき第二千三百回、三賢者会議(トリニティ)を緊急開催いたします。

 先に申し上げておきますと、(わたくし)めは是で御座います、アインズ様。」

 

 第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの私室の扉をノックし、入室を許されるやナザリックの参謀デミウルゴスは、開口一番そう言った。

 

 ……まだ何も言ってないのに。

 ま、コイツのことだからニグレドから連絡を受けた時点であらかた先の展開は読んでるんだろうな。

 

 いつものように口をパカリと開いたアインズが二の句を継げずにいると、パンドラズ・アクターが矢継ぎ早に続いた。

 

「ちち……いや、失敬。

 ツアーはアインズ様のご友人に御座いますれば、ナザリックへ招き入れる是非をいちいち私どもにお諮りいただく必要はないものかと。」

 

 この急な招集がどのような意図によってなされたものか、予め把握していたのは息子も同様の様子。

 

「……それは、是、ということでいいのだな?」

 

「Wenn es……

「アルベド!

 ……は、どうか?」

 

 パンドラズ・アクターの決め台詞はアインズの無情かつ意識的に声高な后への呼び掛けに掻き消された。

 

「否、で御座います。

 神聖なる我らがナザリックに、現地生物、ましてや獣を招き入れるなど……と申し上げたいところでは御座いますが。」

 

 怜悧な真顔で返答し始めたアルベドが、中途で言葉を切って、にこり、と微笑む。

 

「デミウルゴスもパンドラズ・アクターも異論はないようで御座いますし、(わたくし)とて、たとえ獣であろうとも、アインズ様のご友人ということであれば強いて反対はいたしません。」

 

 かくして。

 かつてアインズたちに続いてこちらの世界へやってきたユグドラシルプレイヤーに居城を吹き飛ばされ這々の体で逃げ込んできたツアーにそうしたのと同様、白金の竜王は第六階層(ジャングル)闘技場(アリーナ)へと招き入れられることになった。

 

 そのときといささか異なるのは、アインズ自身はツアーに<伝言(メッセージ)>を飛ばすでもなく、ナザリック地下大墳墓地上部に出迎えるでもなく、ただ自身は闘技場にあって簡易玉座にふんぞり返り、地上部へ向かって<転移門(ゲート)>を開いて待ち受けたことだ。

 ゆっくりと飛来してナザリックの地上部入り口へと辿り着いたツアー、その本体である白金(プラチナ)色に光り輝く巨大な(ドラゴン)は、そこに開口された<転移門>に気づく。

 

 ……随分と扱いがぞんざいになったものだ。

 まぁ、二度とこういうことがないようにしたい、と大見得を切ってこの体たらくなのだから、ボクにこれに文句を言う筋合いはないよね。

 

 ツアーはとぼとぼと<転移門>を潜った

 

「ナザリック地下大墳墓へようこそ、ツアー!」

 

 着座したままではあるものの、両の骨の手を左右斜めに振り上げた大袈裟な姿勢(ポーズ)と、本人は笑っているつもりなのであろうパカリと開いた骸骨の口に、とりあえず歓迎してくれてはいるようだ、とツアーは内心安堵した。

 同時にツアーは、自身を出迎えたのが前回のナザリック訪問時同様に、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、コキュートスであることに気づく。当然ツアーは、これがアインズなりの配慮であることに、事後ではあるが思い至っていた。

 世界を護る者、を自認するこの世界最強の個を拠点へ迎え入れるに際し、荒事にならない保証はどこにもない。そして、強いてツアーと揉めたいと考えていなかったアインズは、彼が望みもしないのに自ら仕掛けかねないアウラやシャルティアといった直情的かつ情緒不安定な仲間の同席を避け、かつ、万が一戦闘になった際にそなえてツアーの巨躯から放たれる一撃を余裕を以て受け止め得るコキュートスを伴ったのだ、と。

 今回も踏襲されたこの陣容が、単に前例に倣ったものなのか、アインズの戦術原則(ドクトリン)が同じような状況(シチュエーション)に対しては常に同じような最適解を返すからなのか、にツアーはいささか興味を惹かれたが、今は敢えてそこには触れまい、とそれを呑み込んだ。

 

「すまないね、アインズ。急に押し掛けて。」

 

「気にする必要はないさ、オレとおまえの仲じゃないか。」

 

 歓迎してくれたことは有難くはあるものの、あまりに友好的(フレンドリー)に過ぎると返って薄気味悪いな、とツアーは思うも、これも口には出さない。

 

「で、今日はどうした?

 <百年の揺り返し>はまだまだ先だから、よもや居城を吹き飛ばされて、というわけでもあるまい。」

 

 こちらの世界に渡り来て以降のナザリックの歴史は、基本的にはデミウルゴスが生真面目に記録し続けてきた日記に依っている。過去の振り返りが必要となる課題(タスク)が生じる都度これを皆で読み合わせて認識を合わせるのは、ナザリックの戦略の根幹中の根幹だ。

 今もアインズは、突然のツアーの来訪、しかも白金(プラチナ)傀儡(くぐつ)ではなく竜王(ドラゴンロード)の巨躯を駆っての来訪に、デミウルゴスの日記に過去に同様の事例を求め、そこに記録された三十有余年前のユグドラシルプレイヤーによるツアー襲撃と一連の騒動の記憶を基に会話を進めている。

 

「その()()()だよ、アインズ。

 キミに造ってもらった城が突然大爆発を起こしてね。」

 

 はぁ?

 

 出迎えに際してのそれよりも更に大きく開かれた骸骨の口の角度に、流石のアインズも驚いているな、とツアーは判断する。無理もない、かく言う自分も、なんの前触れもなく突如起こった大爆発に一時的にとは言え失見当識(パニック)に陥ったのだから、と。

 ややあって、ようやくアインズが言葉を発する。

 

「それは……災難だったな。

 しかし、心当たりはあるのか?」

 

「いや、まったく。

 しかも、今回は敵と思しき者の気配は一切なかった。

 

 こちらへ向かって立つまでにもかなり慎重に再確認はしたつもりだが、魔法によるそれも含め何も感じないので、今回は一直線にナザリックに向かわせてもらった、という次第さ。」

 

「それにしてはおまえ、随分ゆっくりと低く飛んで来たな。」

 

「あぁ、忘れていた。

 それはこれだ。」

 

 ツアーは闘技場へ入ってきて以来ずっと胸の前で閉じたままだった前足を開いた。そこから二つの人影が、一方はぽとりと、もう一方はガチャリと大きな音を立てて石造りの床に落ちる。自然とアインズの注意は、まずは大きな音を立てた方へと向かった。

 

「あぁ……今回は持ち出しに成功したのか。」

 

 ツアーがあまりに小回りの効かない巨躯のまま外出するのを好まず、何らかの必要に駆られての探索に際しては<始原の魔法(ワイルド・マジック)>を介して操る傀儡(くぐつ)を用いることは初めて出会った時分から気付いていたことだが、アインズの知る範囲において二代目となるそれは、どうしたことかアインズがナザリック外へ狩りに討って出る際の偽装(モモン)と色違いなだけで瓜二つの代物だ。

 

「いや、前回のアレに凝りて他の場所に隠すようにしていてね。

 それで難を逃れたというわけさ。」

 

 チィッ!

 

と思わずアインズは舌打ちする。

 

「……ん?

 今のは何?」

 

「いや、何でもないんだツアー、気にしないでくれ!

 で、もう一方のそれ……は何だ?」

 

 あわよくば忌々しいかの傀儡が吹き飛んでくれていればよかったものを、との本音を悟られそうになって、アインズは慌てて話題をもう一方の人影に転じた。気絶しているようだが、それは小さなつるぺたな女の子に見える。そして死の支配者(オーバーロード)である彼にとっては一目瞭然なことに不死者(アンデッド)、しかも真祖吸血鬼(トゥルー・ヴァンパイア)だ。

 

「あぁ、キーノだよ。()の悪いことに、たまたま遊びに来ていてね。」

 

「キーノ?

 何だそれは?」

 

 三十年前の騒動の真因の一つでもあった真祖吸血鬼キーノ・インベルンについてはもちろんデミウルゴスの日記に記録されているが、ナザリックからすればその存在は些末なものであり、ツアーの来訪に際して強いて振り返りを要するものではない。

 そして、デミウルゴスの日記から参照されなかったものは、当然のことながらナザリックの面々の誰にとっても記憶されているものではなかった。

 

「……わかってはいたことだが、本当に忘れるんだねキミは。

 説明するのも面倒だから、追々自分の書付なり何なりで調べてくれ。

 

 爆発に際し彼女を守れたのは幸いだった。よもや廃墟に置き去りにするわけにもいかないし、ナザリックに世話になっていた縁もあるから連れて来ても構わないだろう、と思ったんだが、マズかったかな?」

 

 たちまちにアインズはそれが何者であるかを理解することが出来なかったが、脅威に感じるほどの気配があるでもなし、あのツアーがこうして無遠慮に連れ込む知り合いであれば気にすることもあるまい、と判じる。

 

「それは別に構わない。

 しかし……おまえを襲った奴については注意が必要だな。」

 

 ツアーが<百年の揺り返し>と呼び習わすところのユグドラシルプレイヤーの来訪は、周期通りであればまだ六十余年は先の話であるはずだ。無論、可能性だけを論じるのであれば、アインズたちよりも以前にこちらに渡って来ていて今の今までアインズにもツアーにも捕捉されることのなかったプレイヤーの存在は仮定し得るし、こちらの世界の未知の強者、という線もないではなかろう。

 ましてや、ツアーが気配を察知することが事前も事後もまったく出来なかったとなれば、明確な敵対心ある存在であれば恐るべき相手、ということになる。

 

 自然と……本当に極自然と前以て示し合わせたかのように、アインズとツアーの視線はほぼ同時に、傍らで屹立する狡知の参謀デミウルゴスへと向かった。かの者であれば、何か真犯人について既に目星をつけているやも知れない、と。

 だが、こうした場面で常に饒舌なデミウルゴスは口を噤んだまま一言も発さないばかりか、(あるじ)とその友人の視線に気づくやさりげなく視線を(そら)した。心なしか、口元の端が微かに歪んでいるような気がする。

 

 まるで……漏れ出る笑いを必死に噛み殺しているかの如く。

 

「……よもやとは思うが、デミウルゴス!」

 

 声を荒らげたアインズに、デミウルゴスは問いを発せられるまでもなく即答した。

 

「それは御座いません、アインズ様!

 我が創造主ウルベルト・アレイン・オードル様に誓って、()()ツアーの居城を爆破した、などということはない、と申し上げておきます。」

 

 この返しにアインズはいささか驚かされる。悪魔であるデミウルゴスの言葉そのものにまったく信がおけないのは承知のことではあるが、ウルベルトの名を出してまで真を誓う言葉はよもや嘘ではあるまい、と。

 

「そうだよ、アインズ。

 デミウルゴスは紛うことなき悪魔ではあるが、キミの望まぬことは決してしない、という点においてその忠誠は疑うべくもない。もちろんボクもキミを疑ったりなどはしていないよ、デミウルゴス。」

 

 慌ててツアーも執り成しに割って入ったが、これがデミウルゴスにとってはとどめとなった。

 

「も、も、申し訳御座いませんがアインズ様、一時退席させていただいて……構いませんでしょうか?」

 

「……別に構わないが。

 どうした?

 

 その……何だ!

 オレも決して本気でおまえを疑ったりしたわけじゃ……ないぞ。」

 

 アインズは、ツアーの割り込みに、確かに自身のこの言動はデミウルゴスに対してあんまりだよな、と反省すらしつつあり、退席を望むデミウルゴスは自身に腹を立てたものかと気を揉んだのだが。

 

「い、いえ、それは承知しております……おりますが、今は……今は勝手ながらしばしの(いとま)を頂戴したく!」

 

 アインズの返事も待たずにデミウルゴスは残る皆に背を向け、闘技場の通路の一つへとぴゅーっと駆け去って行った。その方向から、なにやら壁をバンバンと叩く音と忍び笑いらしきものが聴こえてくるのは……気のせいだろうか?

 

「何なんだ……あれ?

 

 ゴホンッ!

 ともかく、だ。犯人探しは追々ということにして、城はまた建て直すか。」

 

「いや、アインズ。流石にそれは悪いよ。」

 

 ツアーは遠慮して見せるがアインズはどこ吹く風だ。

 

「オレやおまえと違ってうちの下僕たちは几帳面な連中がほとんどだ。探せば先に建て直した城の図面も遺しているはずだから、今回は前回よりは短工期で仕上がると思うぞ。ま、強いて急ぐ理由もないがな。

 後は……またこういうことがあると物騒だから、不死者(アンデッド)の軍団でも付録(おまけ)に付けて城を守護させてやろうか?」

 

 うーん、とツアーは唸る。

 ただでさえ内面にそぐわぬ勇猛巨躯な外見で真意を誤解されることが多いのに、この上不死者の軍団まで従えては、ユグドラシルプレイヤーの言い分ではないが、まさに悪の親玉そのものではないか。

 

「城の建て直しは甘えさせてもらうが、()()()は遠慮するよアインズ。」

 

「そうか?

 オレの種族技能(スキル)での召喚だから費用(コスト)もゼロで遠慮する必要はないんだぞ。」

 

 対するアインズは、言葉通りツアーが自身の好意を遠慮しているものと信じて疑わない様子。

 

「二度も続けて居城を吹き飛ばされたボクが言って説得力がないのは百も承知だが、自分の身は自分で守れるし、実際ボク自身に被害はなかった。死体に囲まれて暮らす、というのも(しょう)に合わないし。」

 

死体(キーノ)を抱えて押し掛けて来た奴の言う台詞じゃないな!」

 

 アインズが今だ気を失ったまま闘技場の石床に転がるキーノを一瞥しながらそう返したので、ツアーは「それもそうだ!」と笑い、アインズもまた上機嫌にハハハと笑った。

 

 

 

 ツアーの居城爆破の真犯人が図らずも()()して来たのは、前回の居候生活時同様にシャルティアを(なだ)(すか)してツアーの世話を任せ、アインズ自身は第九階層の執務室にあって城再建の工兵部隊編成の準備を進めていた折のことだ。

 

「今回も仕込みまするか?」

 

 珍しく最古図書館(アッシュールバニパル)を出て執務室を尋ねて来た骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)司書Jに開口一番そう問われて、アインズは顎が外れんばかりにその骨の口をパカリと開いた。

 聞けば三十余年前のツアーの居城再建に際し、司書Jに命じて自爆機構を秘密裏に仕掛けたのは他ならぬアインズ自身だと言うではないか!

 

 ペカー!

 ペカー!

 ペカーーーーーーーッ!

 

 司書Jの説明によれば自爆機構は彼がアインズに届けた小箱の中の(ボタン)を押せば発動するものであったらしく……そもそも司書Jのこの唐突の来訪の目的は、今回も同じ仕掛けであるのは著しく興を削ぐので、いくつか新趣向(アイデア)があるから好みのものをアインズに選んで欲しい、という呆れたものであった……その小箱が行方不明であることから察するに、持て余したアインズはそれをどこかに隠したものの、何がきっかけになったかは定かではないが事故か偶然に巻き込まれて発動したもの、と考えられた。

 

 なるほど、とアインズは独りごちる。

 

 これで意味不明のデミウルゴスの行動も腑に落ちる。

 恐らくあいつはこの悪戯(いたずら)に当時から気付いていて、今回の唐突のツアーの来訪がそれに起因することも(はな)からわかっていた。にもかかわらず、オレとツアーがあいつに真犯人を問うばかりか、デミウルゴスを疑ったオレをツアーが(たしな)めたことで遂に()()が出来なくなったのか、と。

 自身の無実を訴えるのに仰々しくも創造主ウルベルトの名を持ち出したのも頷ける。そりゃそうだ、真犯人は目の前にいて自身に冤罪を投げかける我が儘勝手な骸骨、その人なのだから!

 

 ペカー!

 ペカー!

 ペカーーーーーーーッ!

 

 それがわかったからとて何だと言うのか!

 エラいことになってしまった。よもやツアーはオレを疑ってなどはいまいが、これが露見すると洒落にならんことになるかも知れない。報復に、<始原の魔法>の一発や二発ナザリック地下大墳墓に喰らっても文句は言えまい。

 

 ん?

 

「……そもそも、なんでおまえはそんなことを憶えている?

 三十年も前の話だぞ!」

 

 こちらに渡って以来の短期記憶が維持できない点については司書Jとて同じはず。

 だが、問われた本人は、何を今更、といった様子でこう返した。

 

何故(なにゆえ)アインズ様は、日記をつける習慣がデミウルゴスの専売特許、とお考えで?」

 

 言われてみればそりゃそうだわな!

 司書Jの知る限り、司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスを含め、最古図書館勤めの骸骨(スケルトン)の多くは日記をつける習慣を身につけていて、個人(プライベート)のそれに加え、最古図書館司書全員で共有されるものもあって日々の研究の蓄積に役立てているのだとか。

 後者に至っては、既に試験的にその一部に対しては、ナザリックの歴史を司るデミウルゴスの日記同様に、神託娘(オラクル)シズ・デルタによる後の検索の便のための索引(インデックス)付与まで始まっているらしい。

 

「……念のために訊くが。

 おまえ、この話を誰か他の者に話したか?」

 

「日記をつけていること、は司書の皆が承知しております。」

 

 無理なからぬところではあるが、未だ司書Jは自身の置かれた微妙な立場に気づかぬ模様。

 

「んなモン、どーでもいいわ!

 い、いや、その……ば、爆破スイッチの件……についてだ。」

 

「まさか!

 アインズ様より承った密命を余人に語ることなど在り得ようも御座いませぬ。」

 

「でかした!」

 

 その日、ナザリック地下大墳墓初の、そして恐らくは最後の転勤辞令が発された。

 

 

 

   司書J。

    その働き勤勉にして優秀につき、

    エドモン・ウェルズ拠点遺構守護の地下聖堂の王(クリプト・ロード)の副官に任ず。

 

 

 

 異動に際し、司書Jには自身が永きに渡って物してきた日記の帯同が命じ……もとい、許された。この何の脈絡もない突如の拝命を受けた当の本人は、

 

「アインズ様が手づから召された僕の副官に任じられ、アインズ様のみならず最早この世界のすべての者にとって欠くべからざる<翻訳の神秘>守護の責をこの身に担いますることは、誠に以て光栄の極み!」

 

と涙こそ出はしないが泣いて()せ喜び、結果的に配下司書の一人を奪われたティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスに至っては、

 

「かようにアインズ様は、決して派手な活躍の場を有さぬ我々のような内勤(うちづと)めの者たちにもこうしてお心配(こころくば)り下さり、司書Jの如くそこに功ある者に対しては然るべく報いて下さる有難き至高の主にてあらせられる。皆の者も司書Jに倣って、いよいよ忠勤に励むように。」

 

と部下たちに督励した。

 もっともその言葉の最後に、

 

「まぁ、皆が皆そうして最古図書館を去ってしまうとワシが困るので……ほどほどにな。」

 

と付け加えられはしたのであるが。

 

 

                    *

 

 

「ツアー、大丈夫だからこっちへ来いよ。」

 

 といったような経緯があって、今回のツアーのナザリック居候生活における世話役は、アインズ自身が務めることになった。

 

(これは……ちょっと想像していなかった対応だな。)

 

 対するツアーは、二度目となるナザリック居候生活に、楽しくなくもないが普段使わぬ神経を否応なくすり減らされるシャルティアとの付き合いを覚悟の上で臨んだものだが、よもやナザリック地下大墳墓の至高の主その人に接遇される身になろうとは考えもしなかったことだ。

 

 <転移門(ゲート)>を潜り抜けたそこはアゼルリシア山脈の名もなき高峰に隠れる、ツアーの巨躯を休ませるに十分な広さのある岩棚だった。

 

(さぶ)っ!」

 

 居候の付き人として第六階層(ジャングル)に限っての自由行動を許されたキーノ・インベルンも、ツアーが外界の()から遮蔽されたナザリックにおける窒息を避けるための僅かな息継ぎの間とは言え、一人かの地獄に取り残されるなど以ての外なので付き従ったものだが、たちまちに自身を包み込んだみぞれ混じりの寒風に不平を漏らす。

 当然のことだが、アインズもツアーも何とも思ってはいないようだ。

 

「なんだおまえ。

 不死者(アンデッド)の癖にだらしのない!」

 

 かかか、とアインズは(わら)ったが、顔面蒼白のキーノを気遣ってか今一度<転移門>を開き、やや標高が低く気温も高からず低からず、同じくツアーが身を休めるには十分な場所へと(いざな)った。

 

 ゆっくりと気を深く吸い込んで文字通り一息つきながら、ツアーはアインズの真意を訝しく感じている。

 

 こうして再びの望まれざる居候となり、少なからず身を養う上での助力まで受けている身であれば偉そうなことは言えないものの、当初はツアーの居城を破壊した犯人に強い関心を抱いているに見えたアインズが、一向にそれを追求する様子を見せぬゆえである。

 既に城の再建工事は開始されており、工期は設計過程が省略される都合、前回の半分のおよそ三ヶ月が見込まれている。骸骨(スケルトン)工兵隊を送り込むに際し、ツアーはアインズがそれを待ち受ける監視者の逆探知を当然試みたものと考えてその存否を問うたが、返って来た答えは、

 

「そんな奴居るはず……いや!

 そう……さ、探ってはみたが……いなかった。いなかったんだ!」

 

という怪しいもの。

 そして以降もアインズは、ナザリック地下大墳墓の統治を放り出して……そもそもアインズ自身はナザリックの統治自体にさほど役立っているわけではない、というのはツアーの思い至るところではない……甲々斐々(かいがい)しくもツアーに世話を焼く日々を、一見楽しげに、でありながら、何処となしか後ろ(ぐら)げに過ごしている。

 

(覚悟はしていたが……覚悟していた以上に落ち着かないなぁ。)

 

 だがしかし。

 

 石造りの城の広間に独り鎮座して微睡み、稀に訪れるアーグランド評議国代議員の国勢報告に息を殺して耳を澄ます日常を基本とするツアーにとって、良かれ悪かれ刺激のあるナザリック暮らしと、何にもましてアインズとのやり取りは、大歓迎でこそないものの決して嫌うところではなく、むしろ好ましいものですらあった。

 

「それで……甲冑の中身ががらんどうなのを見せて正体を明かしたら……。

 連中、どうなった?」

 

「どうもこうも。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後は、ひたすら平身低頭さ。

 押し掛けたこっちが申し訳なく感じるほどに……ね。」

 

 ツアーは、三十余年前に自身の居城を超位魔法で吹き飛ばしたユグドラシルプレイヤーを、後日リ・ロベルの街に訪ねた際の出来事をアインズに語っている。

 語られるアインズは最早彼ら五人組(エリュシオン)のことなどまったく覚えてもいないが、自分以外のユグドラシルプレイヤーとツアーの交わりについては興味津々で、楽しげに続きを促した。

 

「キミに教えてもらった、さんきゅー(Thank you)……だったかな?

 思ったほどはウケなかったよ。

 

 考えてみれば、だ。

 ボクが『ありがとう』と言っても彼らには『さんきゅー』と聴こえるに違いないのだから、同じだよね。

 でも、マリア・デルカだけはその意味するところに気付いた。ボク自身が『さんきゅー』と言うと、彼女にはその……にほんじんの話すえいご……とやらに聴こえるらしく、含意に気づいてキミによろしくつたえて欲しいと伝言されたよ。キミに恩返しが出来て本当によかった、と。」

 

 ふふふ、と笑いながらアインズはその話に耳を傾けている。

 

「で……おまえはそいつらを……どう思った?」

 

「そうだね……不躾な物言いにはなると思うけれども、キミたちナザリックほどの興味はそそられなかった、というのが正直なところかな。ボクの城をいきなり吹き飛ばしてみせたわりには、びっくりするくらい彼らは何というか……そう、普通の人たちだった。」

 

「そりゃそうだろうさ。」

 

 アインズは百数十年来書き溜めたツアーとの逸話(エピソード)書付(メモ)を片手に話を進める。

 

「ユグドラシルが、基本的には力を以て他者から奪う世界だったのは事実だ。が、それはユグドラシルの楽しみ方のほんの一部でしかなかった。」

 

 ふむふむ、とツアーは頷く。

 

「オレたちを含め、他のギルドを殲滅出来るようなプレイヤーは否応なく目立つから、どうしてもそれがユグドラシルプレイヤーの標準(スタンダード)であるかのように見えてしまうが、それは観測の誤謬だ。

 他者を打ち倒し奪い取る者は必然的に他のプレイヤーからの怨嗟と羨望の的になるし、それに対して平気でいられる奴は実際のところそう多くはない。だから、多数派(メジャー)という意味で言えば、なるべく他のギルドとは揉め事をおこさないよう配慮しながらこじんまりと日常を楽しむ奴らの方が圧倒的に多数派だった。」

 

 アインズ自身、当初はツアーから伝え聞いた八欲王や魔神の逸話(エピソード)に引きづられて、今後やって来るユグドラシルプレイヤーは少なからずこちらの世界に災厄をもたらす存在になるだろう、と考えていた。

 

 だが、落ち着いてよくよく考えてみれば、キャラクタやギルドの成長に必要な投資(コスト)の高さを思えばユグドラシル時代からして自身の存在自体を質にかけて投機的な戦闘を仕掛けるプレイヤーは、課金次第で何でも取り戻せると割り切った極一部の狂人だけだ。自身の行為の持続可能性(サスティナビリティ)に関心を持たなかった八欲王などは、その(たぐい)(やから)だったに違いない。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウン、そして、おそらくはスレイン法国を建国し徴税によるギルド維持を試みた六大神もそうだったろう、とアインズは考えているが、自身の育てた分身(アバター)下僕(NPC)、ギルド拠点に愛着のある真っ当なプレイヤーであれば、もっと慎重に行動し、この世界との関わり方も良かれ悪かれ何某(なにがし)かの創意工夫を凝らしたものになって当然だ。

 異世界転移の条件がユグドラシル終了時点をログインしたまま迎えたこと、であったとすれば……それで間違いなかろう、とアインズは確信しているが……転移者が自身を含めユグドラシルへの未練を捨てきれなかった上位プレイヤーに偏るであろうことは否めないが、そうであっても、八欲王や六大神、そしてアインズ・ウール・ゴウンのような強面のギルドがやって来るよりは、ツアーが「普通の人たち」と評したエリュシオンのような、他者との闘争を避ける傾向を有した一般的な常識人プレイヤーがやって来る確率の方が圧倒的に高いはずだ。

 

 <翻訳の神秘>をこの世界にもたらしたエドモン・ウェルズ然り、<現実(リアル)>の知識をいろいろな形で遺した牛頭人(ミノタウロス)口だけの賢者然り、やや毛色は異なるが、ツアーやキーノとともに暴走NPCに立ち向かってこの世界を守ろうとした十三英雄の首魁(リーダー)リク・アガネイア然り。

 

(ゆえ)に<百年の揺り返し>恐れるに足りず、などと嘯くつもりはないが、ユグドラシルに最期まで固執したがためのこちらの世界の存在に比した圧倒的な強さを別にすれば、その中身がおまえの言う通り、普通の人たち、であることは驚くようなことじゃない。

 

 ……あ、すまん、ツアー。

 おまえの話を聞くつもりだったのに、途中からオレが語ってしまっていたな。」

 

「いや構わないよ、アインズ。キミの話はいつも本当に面白い。

 

 ……ついでに訊かせて欲しい。

 ボクはキミのことをまったく普通の人、だとは思わない。以前キミは、<現実(リアル)>のキミは物売りだった、と聞かせてくれたように思う。」

 

「オレ、そんなこと言ったっけかな?

 まぁ、その通りだ。」

 

「とすると<現実>のアインズは、キミにしか扱い得ないようなよほど特殊な何かを売っていたのかい。そういった経験がキミに、ボクをして、普通の人、だとは思わせない何かを与えたのかな?」

 

 くくく、とアインズは苦笑する。

 

「よしてくれ、ツアー!デミウルゴスでもあるまいにそういう買い被りは。

 <現実(リアル)>のオレは文字通り普通の人……いや、普通以下の人だった。」

 

「……キミが普通以下?

 俄には信じられないな。」

 

 目をまん丸にしているツアーを余所に、アインズは一時呻吟する様子を見せた。

 

「強いて……強いてオレが他のユグドラシルプレイヤーに決して劣ることのない点を挙げるとすれば、だ。」

 

 敢えて言葉を切ったアインズに、ツアーの好奇心に満ちた視線が注がれる。

 

「……オレが稀有なまでの貧乏性だ、ということかな。

 平たく言えば、ケチ、ということになるが。」

 

「二度もボクの城を建て直してくれるアインズが……ケチだって?」

 

「何度も言わせるな、無料(タダ)だと言ってるだろ!

 

 いいか?

 ナザリック地下大墳墓を維持し続ける限り一定のユグドラシル金貨は必要だ。そしてナザリック在る限り自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)は員数を満たすべく湧き続けるんだよ。そして、オレにはナザリックを維持しない、なんて選択肢はないんだから骸骨は言わばそのオマケだ。であれば、使わないと損だろ?」

 

 ツアーには、たちまちにはアインズのこの理屈が呑み込めない。

 

「おまえの城に護衛を付けてやろうか、と言ったのも同じ理屈だ。

 オレは種族技能(スキル)で一定時間毎に上位不死者(アンデッド)費用(コスト)無し(ゼロ)で召喚できる。召喚しようがしまいが時間は経過していくんだから召喚しないと損だ。が、だからと言って一定時間毎に上位不死者を召喚し続けていたら、この世界はアッという間にオレの生み出した不死者で埋め尽くされてしまう。」

 

 傍で聞いているキーノのこめかみを冷たい汗がスーッと流れたことに、アインズが気づく様子はない。

 

「いくら勿体ないからと言ってそんなことをするほどオレは馬鹿じゃない。

 が、そうして召喚される不死者を使っておまえに恩を売れるのであれば、無駄になっている召喚枠が利益に転じることになる。これは得だ。だから提案した。

 おまえが要らん、と言うのであれば無理に勧めはしないが。」

 

「あぁ、そうだね。それは遠慮しておくよ。」

 

 恩を売れるのであれば、などと言われて「はい、そうですか」とそれを買う筋合いはない。

 

「ユグドラシルでのオレは、<現実>での食事を我慢してまで課金ガチャを回したものだが、確率統計的に勝算のないガチャは決して回さなかった。S(スーパー)S(スペシャル)R(レア)を引き当てる可能性がほとんどゼロなのに運営を肥え太らせる理由はない。

 逆に、一定額以上課金さえすれば確実にSSRに至ることが確信出来るのであれば、<現実>のオレが大して旨くもなく一食二食抜いたところで死にはしない飯に(かね)を使ってその機会を逃すのは馬鹿げた話だ。」

 

 既にツアーはぽかーんと口を開いているが、アインズはそれにも気づく様子はない。

 

「そうして手にしたSSRを使うか、と問われれば、使い切りアイテムであれば使えない。

 何故ならオレは度を逸したケチだからだ。

 

 だからオレは、手にしたSSRを消費することなく、同時に、入手に要した労力を相殺(ペイ)する利益を生み出すにはどうすればいいか、に知恵を絞る。

 

 一事が万事この調子だ。

 その恩恵を一身に受けておいて言うのも何だが、オレには<二十>を使って位階魔法をこの世界にもたらした八欲王の考えがまったく理解できない。<二十>は失うべからざるU(アルティメット)R(レア)で、これを惜しげもなく使うなんてのは正気の沙汰じゃない。

 だが連中は使った。

 直接の動機は最早知る(すべ)もないが、突き詰めれば、それは連中が後先を考えない発想の持ち主だったからだ……とオレは考えている。それが、無分別な略奪に乗り出した理由だ、ともな。

 

 オレはそうじゃない。

 <二十>は決して使わないし、無分別な略奪など思考の埒外だ。

 

 オレにとってこの世界は、望まずに転がり込んだSSRのようなものだ。

 オレのもの、ではないけどな。

 

 それを無分別な略奪で荒廃させるなど論外だ。ここにはいろんな奴がいて、愚かなことも賢いことも、それぞれにオレの想像を超えたことをやらかしてオレを楽しませてくれる。それを自ら荒らして回るなんて馬鹿げた話だ。オレたち以外に誰も居なくなった草一本生えない世界を冒険して何の意味がある?

 

 だからオレは、如何にしてこの世界を(けが)すことなく、それでいてどうすればオレの受け取る利益が最大になるかを考えることに死力を尽くす。それがオレの流儀だからだ。」

 

 一気に語ったアインズは、一息置いて最後にこう付け加えた。

 

「オレにとっては、これが……これこそが普通なんだ。

 他の連中が何故そうしないのか、そこがオレには……わからん。」

 

「……なるほどアインズ。

 キミの言っていることは半分も理解できないが、結論にだけは共感するよ。」

 

 この、世界二強の対話に、キーノ・インベルンは興味深く耳を傾けている。

 その大部分の意味するところは彼女にもよくわからない。

 

 かつて自身が命懸けで立ち向かった魔神、その戦いを率いたリク・アガネイア、位階魔法をこの世界へもたらした八欲王、そして今目前にあるキーノの知る限り最強最悪の大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、この世界の存在の理解の範疇を超えた異世界からの来訪者であることは承知していた……つもりだ。

 

 キーノは、彼らが度外の力を有するが故に、この世界を救う使命を帯びた……今以て彼女はそうであったと信じている……リクを例外に、自分を含むこちらの世界の存在とは、会話こそ可能であれ本当の意味での相互理解は不可能なのだ、と思っていた、思い込んでいた。実際、キーノはアインズに対し一定の畏敬の念を抱きつつも、その真意については自身の思い及ぶところでは決してないのだ、と考えることで自分自身を納得させていた。

 

 だがしかし。

 

 さきほどからアインズがツアーと語らうところのそれは、自分が考えていたものとはいささか異なるものであるように聞こえてならない。

 ツアーが検分したところ、対してアインズが語るところを要約すれば、ユグドラシルプレイヤーは度外の強さを誇りはするが、一部例外がありこそするものの、大抵の場合において中身は「普通の人」なのだと言う。

 

 そんなことがありえるだろうか?

 

 そして、アインズが問わず語りに語ったところの、彼自身が自身を普通だ、とする考え方は、言わんとするところはわからないでもないものの、日常の一挙手一投足から世界を質にかけての決断までそれに従うとするアインズの物言いは、彼女にとってまた、お世辞にも普通とは思えないものだった。

 その一方で、傲慢不遜で我儘気儘な存在だと思っていた……思い込んでいたアインズが、彼なりに常に最善……必ずしも善を目指しているとも思えないので、最適、が妥当かも知れないが……を求め続ける者であり、彼自身と少なくともツアーに対してやはり彼なりに誠実であろうとしていることは疑うべくもない。アインズが傲慢不遜なのであればキーノとて傲慢不遜であるし、アインズが我儘気儘なのであればキーノとて我儘気儘であろう。

 つまるところ、有する力の大小を除けば、アインズもまたキーノ自身と何ら変わらぬ存在なのだ。

 

 どうしてこんな簡単なことに、今の今まで気づかなかったのだろう?

 

「十分に気は養えたか、ツアー?

 あまり長く出歩くとまたぞろデミウルゴスに痛くもない腹を探られる羽目になる。」

 

「あぁ、ボクはもう十分だ。心遣いに感謝するよ、アインズ。」

 

 ツアーが片目を瞬き(ウインクし)ながらそう応じる。

 不意にアインズの視線が、これまでないものかの如く振る舞っていたキーノへと向けられる。

 

「キーノも腹が減ったろう。

 何なら帰路に適当な人間の村にでも立ち寄って、二三人見繕って吸うか?」

 

「なッ!

 そんなことするわけない……です……よ。」

 

 一瞬頭にカッと血が昇ったキーノではあったが、中途からは努めて平静に言葉を返した。たとえ自身と何ら変わらぬ存在であろうとも、(たわむ)れにも喧嘩を売ってよい相手でないことは百も承知だ。

 

「……あぁ、おまえは吸血鬼(ヴァンパイア)の癖に菜食主義者(ベジタリアン)だったっけか。

 いや、肉は食うから菜食主義者はおかしいか?

 

 ナザリックに戻ってから、また何か食事を届けさせよう。

 食いたいものはあるか?」

 

 対するアインズは、あくまでも訪ねてきた友人に付随したおまけ、としてキーノを扱っている様子。

 

「え……いや、都合のつくものであれば何でも……構わないです。」

 

「遠慮する必要はないんだぞ、こちらもどうせ無料(ただ)なんだからな!

 わっハッハッハッハ!」

 

 笑いながらアインズは身を翻し、帰路の<転移門(ゲート)>を開きつつある。

 その後姿をキーノは呆然と眺める他なかった。

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