億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴808年。
アインズは、エ・レエブルからエ・ペスペルに向かう車窓をツアーと共に楽しんでいる。


19.異世界の車窓から(2)

「おい!何やってんだ、ツアー!」

 

 走行中の列車の客室扉を開いて事も無げに外へ出ようとするツアーを、アインズは慌てて室内へ引き戻した。

 

「……え?」

 

「え?じゃないだろう!

 何をするつもりなんだ!」

 

 問われたツアーは自身の行為に何の疑問も抱いてはいない様子だ。

 

「いや……十分満喫したからそろそろ帰ろうか、と。」

 

 おいおいおい……どこまで勝手気儘、お気楽極楽なんだ、この獣は!

 

「あのなぁ……。」

 

 頭を抱え込みたい気分でアインズはひとまずツアーを無理やり着席させた。

 

「ちょっと頭を冷やして考えてみろ!

 この列車に乗り込むとき、オレたちがクソ目立っていたの……わかってるか?」

 

 ツアーはしばし考え込む仕草を見せた。

 

「物凄い羽飾りのついた夜会服(ドレス)姿の妙齢の女性がいた。

 彼女の方がもっと目立っていたよ。」

 

「そういう意味じゃない!

 おまえだって、こんな全身甲冑で日常暮らす奴が居ないことはわかってるだろ!」

 

「……それはまぁ。

 だからこそキミを誘ったわけで。」

 

「甲冑姿が一人増えて、より目立つことはあっても目立たなくなることなんかあるはずないだろーーー!」

 

 思わずアインズは怒鳴りながらガバッと立ち上がり、勢いで天井に頭をぶつけた。

 ヤバッ……気をつけないと穴を穿(うが)ちかねんな。

 

「ともかく、だ。

 そんな目立ったオレたちを、当然列車を動かしてる連中は憶えてるわな!

 そのオレたちが目的地に着いた列車から消えていたらどう思うよ?」

 

「途中で飽きて飛び去ったのかな、と……」

 

「そんなことが出来るのはオレたちだけだーーー!」

 

 ツアーの能天気発言を中途で遮り、今度は不意に立ち上がって天井にぶつからないよう気遣いながら、それでもアインズは大声で怒鳴った。

 

「当然騒ぎになるわな。

 途中で列車から落っこちたに違いない、大変だ、街道に沿って探さないと!」

 

「……そうかな?」

 

「そうするんだよ、人間って奴は!

 だがクソ目立つ甲冑は探せど決して見つからん。そりゃそうだわな、オレらは列車から落ちたわけじゃないんだから。だが、連中はそんなオレたちの事情なんてわかりっこない。場合によっちゃ、オレたちの甲冑姿の人相書きが作られて『列車から落ちたお客さんです、どなたか行方をご存知ありませんか』なんて書かれて街道に沿ってバラ撒かれることになる。

 この旅に(コニー)を誘うことや、運賃を評議会に無心するのを恥ずかしいと感じるおまえのことだ。

 これだって恥ずかしいと思うだろ!思うよなーーー?」

 

「……ああ、そうだね。

 そんなことになったら、少なくとも今生きている連中が死に絶えるまで、この姿でこの辺を歩こうとは決して思わないだろう。」

 

「なぜ、飛び降りようとするおまえをオレが引き止めたか、理解したか?」

 

「……理解した、けど。」

 

「したけど……何だ?」

 

「そこまでこの世界の有象無象に気を遣っていたら疲れないかい?」

 

 んなこと知るか!

 気を遣ってるのは、ただただおまえの無分別に対してだけだよ!

 

「逆にオレは、世界を護る者を自認するおまえが、まったく気を遣わないのが妬ましいくらいだ!

 理解したなら、せめて次の小休止までは大人しく座っていろ!」

 

 そう言われて、ツアーは肩を窄めて大人しく座席に収まった。

 

 

                    *

 

 

 結局ツアーは次の小休止でも途中下車しようとはせず、腹を括って完乗することを決めたようだった。それはそれでどうなのよ、という気がしないでもないが、ツアーもアインズも時間の浪費、などということを顧みる必要がまったくない存在だ。あと数時間、この列車の客であり続けてはならない理由はない。

 

 再び軌道を欠く石畳の広場へゆっくり入って行った列車を、逆方向からやって来たと見える四頭立ての列車が待ち構えていた。エ・レエブルへ向かうそれとここで行き違うのだろう。見ればあちらは貨車(ワゴン)のみ四両で組成されていて、アインズたちが乗っているような箱型の客車(コーチ)を含んではいなかった。

 双方の貨車への荷物の積み降ろしを、いつの間にやら集まってきた町の子どもたちが興味深げに遠巻きに眺めている。うち一人の少年がやたらと目立つ白金の甲冑姿に気づいて手を振ると、ツアーもそれに応えるように片手を上げた。喜んだ少年は周囲の子どもたちに声をかけたようで、皆が一斉にこちらに向かって手を振り始める。ツアーも応えて大きく手を振った。

 同じように、街道沿いの田畑の中からこちらに向かって手を振る人間たちをここまでもたくさん見かけた。非都市部の住民である彼らの大半は、一度たりともこの列車に乗ることなくその生涯を終えるのだろう。だが、この列車が今のままの姿であるかはともかく順調に進化発展を続けていけば、あの子どもたちや農夫たち、その子孫あたりが当たり前のようにその乗客となり、馬ではなく機械仕掛けの何かが煤煙を吐きあげながら列車を牽く日が来るのかも知れない。

 

 かつての<現実(リアル)>がそうであったように。

 

「初めて出会ったとき、おまえはオレに、世界を(けが)す者か、と問うたな。」

 

 再び走り出した列車の中で、アインズはツアーにそう声をかけた。

 

「……あぁ、そうだね。

 随分と昔の話だが、昨日のことのように思い出せるよ。」

 

「もちろんオレは憶えていないが、その頃のオレたちがこの世界との付き合い方を試行錯誤していた時分だったことはわかる。オレはオレたちの度外な力がこの世界にとってヤバいことを自覚していたから、おまえとの出会いがあろうがなかろうが、辿り着く先は同じだったろうとは思うが、あのおまえの問い掛けが、少なからずオレの決断を後押ししてくれたのは疑うべくもない。そのことには今も感謝している。」

 

 このアインズの常ならぬ謙虚な物言いに、ツアーは興味深そうに耳を傾けている。

 

「だが、おまえの問いの対象をすべてのユグドラシルプレイヤー、さらにはその背後にいた……その傀儡(くぐつ)にとってのおまえ自身に当たるところの、<現実(リアル)>に暮らした人間(プレイヤー)、にまで広げるとき、オレたちは、おまえの言う通り疑いなく世界を(けが)す者だった。」

 

「それは……どういう意味なのかな?」

 

「言葉通りの意味さ。

 たとえば<現実>には、この列車とは引き比べるのも馬々鹿々しくなるほど洗練された交通手段が存在したが、それを維持運営するために、<現実>の人間たちは際限なく世界を(けが)していた。空気は薄汚れ、空には太陽も星もなく、山は削られ海は濁り、森は枯れ果てて緑は鉢植えの中にしかない。

 わかるか?

 <現実>の人間たちは、自分たちの利便や欲望のために、自分たちの暮らす世界を滅茶苦茶に荒らしまくっていたんだ。オレ自身、それに積極的に加担していたつもりは毛頭ないが、その流れに逆らうことなく、結果もたらされる利益をわずかばかりと言えど受けていた身としては、その責を免れるものでは決してない。」

 

「ブループラネット君だね?」

 

「オレも最初は<日誌(ログブック)>に刻まれたブルプラさんの思い出がオレにそう思わせるんだ、と考えていたが、今は違う。これは、紛うことなくオレ自身が実感するところだ。まぁ、オレがそう実感できるのはブルプラさんのお陰だ、という意味ではおまえの言う通りだがな。」

 

「なるほど、その通りだ。ブループラネット君の考えたところは<現実>における自身の存在をどう評価するか、に留まるものだったろうが、キミはさらにその先へ進もうとしているように思う。」

 

 このツアーの言葉に、アインズは一瞬呻吟した後、こくりと頷いた。

 

「こういうものを見せられると、否応なく考えさせられる。」

 

 アインズは、今一度、決して乗り心地よろしからぬ客室内を見回す。

 それはまだいくらも改善の余地のある粗削りのものに過ぎないが、一方で、かつての<現実>の人間たちが世界を(けが)し尽くした端緒にあったものに相似するのも明らかだ。

 

「知っての通り、オレたちはトブの大森林の守護者たる盟約を結び、以てナザリック地下大墳墓を支える実りを得ている。何者であれ、あの森を分を越えて荒らす奴がいれば、オレたちはそいつらを殲滅することになるだろう。」

 

 そこについてはツアーも異議はないようで、黙って話の続きを待っていた。

 

「森の外については、誰が何をしようがオレの知ったことじゃない。建前上はそういうことになる。が、この列車を発明するに至った人間どもが、あるいはこれから同じような道のりを歩み始める何者かが、<現実(リアル)>の人間(オレ)たち同様に、その利便性を追い求め欲望の赴くままこの世界を(けが)し始めるとき……」

 

 ツアーはアインズの言わんとするところに思い至ったようで、黙ったまま慰めるかのように片手をアインズの肩に掛けた。

 

「それを見て見ぬ振りするのであれば、オレは<現実(リアル)>の鈴木悟が抜け出せなかった(あやま)ちを繰り返すことになるんだろうか?」

 

「本当に、キミはよく見、よく考える。ボクには思い至らなかったことだ。」

 

 ツアーは素直にそう関心して見せた後「だが」と言いながらアインズの注意を惹こうとしてか、一旦アインズの肩に載せた手を引き戻しその人差し指を立てて見せた。

 

「さっき語ってくれた……シンゴー(信号)、だったかな。ベルリバー君の知見があったろう?

 人はどうやっても必ず失敗する、ということを前提せねばならない、というやつだ。

 ボクたちは人ではないが、いくら備えても必ず失敗するし、事故から学び続けていくしかない、という点については同様だ。そうだろう?」

 

「……あぁ、それはそうだな。」

 

「だとすれば、だ。

 前にも同じようなことを言ったような気もするが、この世界の住人たちが図らずも世界を(けが)す者に成り果てることに前以て身構えるのは、欲深、というものではないかな?

 ボクたちはこの世界を好んではいるが所有してはいないし、管理の責を負う者でもない。」

 

 今度は、アインズが無言のまま興味深げにツアーの続く言葉を待つ立場となった。

 

「不幸にして<現実(リアル)>とやらは、キミやブループラネット君が嘆いて見せたところに行き着いてもなお、世界を(けが)す者を歯止めする力を欠いた。

 いや、本当にそうだったのか、実はそういう存在は居てアインズが巡り会わなかっただけなんじゃないか、ということはボクには確かめる(すべ)もないが、少なくともキミたちにとってはそれが真実だったのだろう。

 

 幸いにしてこの世界には……」

 

と、ツアーは立てた人差し指をアインズに向ける。

 

「キミと」

 

 そして自分自身を指差し、

 

「ボクがある。」

 

 ふふふっ、とアインズから笑い声が漏れた。

 

「キミが案じる事態は遅かれ早かれ起こるのだろう、他ならぬキミが予見するくらいだからね。それは事故と同じで本質的に不可避だ。それが起こらぬよう前以て差配するのはボクらの分を超えるが、起こってしまってからそれが本当の破滅に至らないようにするのはボクらの勝手でよいのではないかな、ボクらのお気に入りの世界なのだから。

 もちろん、その過程で少なからぬこの世界の住人が苦しみ、死に、草木は枯れ、大地は荒れるのだろう。だが、それに備えるのは彼ら自身の責によるところで、死に絶えさえしなければ勝手に増えるんだ。これはマズいんじゃないか?と思うことが起こってから考える……で十分なんじゃないかい?」

 

 嗚呼。

 

 こいつは相変わらず妙な竜王(ドラゴンロード)だが、

 至高の四十一人に勝るとも劣らぬ得難い友だ!

 

「……おまえのその突き抜けて楽観的なところは、ときに羨ましくなるな。」

 

「ボクとしては、キミの底知れぬ深読みにあやかりたいことがしばしばあるさ。」

 

 二人は互いに拳を突き出して合わせ、甲冑の籠手がガシャリと音を立てた。

 

 

 

 結局二人はそのまま終着駅エ・ペスペルまで列車を乗り通した。

 

 一旦廃墟となった後にエ・レエブル等の自由都市群の手によって復興の叶ったエ・ペスペルは、他都市との連絡を担う街道を中心部まで引き込む前提で再設計されていて、ほとんど日が沈みかけた夕闇の中、城門を(くぐ)った列車はそのまま街の中央を貫く大通りをゆっくりと進んだ。見れば進路に沿って火の灯った角灯(ランタン)が等間隔に並べられていて、おそらく少なからず行き交う歩行者に列車へ接触せぬよう警告するものなのだろう。

 

「長旅、お疲れ様で御座いました。」

 

 外から駅員に扉を開かれ、アインズとツアーは石畳に降り立った。同様に降車した乗客たちが、銘々に背伸びをしたり屈伸したりして、凝り固まった身体(からだ)(ほぐ)しているのが見える。

 その様子を手持ち無沙汰に眺めていたアインズの視界に、にゅっ、とツアーの白金の籠手が割り込んできた。

 

「……?」

 

「おとぼけはなしだよ、アインズ。」

 

「……何だっけか?」

 

 そんなことをする必要があるとも思えないのに、白金の甲冑はがくりと肩を落とした。

 

「いくら記憶が維持できないキミでも、半日前のことは忘れないだろう?

 剣だよ。ボクの剣!」

 

 あぁ!

 

 ……憶えていやがったか。

 

「そう言えばそうだったな、忘れていたわけじゃないぞ。」

 

 アインズはそう言いながら自身の所持品(インベントリ)から、神器(ゴッズ)級の長大幅広な、ツアーの甲冑と同じ白金(プラチナ)の輝きを放つ両手剣(グレートソード)を取り出し、すっとツアーに差し出した。

 

「……」

 

「どうした、ツアー?」

 

「もう一振り!」

 

 そりゃコイツは忘れんわな!

 

「はははっ、ちょっとした冗談(ジョーク)だよ、ツアー!

 横領(ネコババ)しよう……なんて思ってなんかなかったぞ。」

 

 アインズが後頭部を掻きながら差し出したもう一振りの剣をツアーが憮然とした様子で受け取っていると、遠くから二人に大きな声で呼びかけてくる者があった。

 

「あぁ、()られましたか!」

 

 降車に際して外から扉を開けてくれた駅員よりは格上に見える制服を纏った男が、角灯でこちらを照らしながら駆け寄って来る。

 

「エ・レエブルから<伝言(メッセージ)>が御座いまして、お客様から頂いた運賃が金貨八枚ほど多かったそうです。差額をお返しするように承って参りました。」

 

 何を思ってか、パンドラズ・アクターは届けるように頼んだ金貨よりも少し多目を革袋に詰めてくれていたらしい。中身を(あらた)めることなく渡してしまったものだが、当地の人間たちは随分と律儀なようだ。

 

「とてもよい旅だったよ。

 それはキミが心付け(チップ)に取っておきたまえ。」

 

 さらりと白金の甲冑がそう言う。

 

 ……いや、オレもそうするつもりだったけどさ。

 オレの金貨を当てにしてた奴が先にそれを言うか?

 

「いや、こんなにたくさんはとても!」

 

「では仲間と分けるといい。」

 

 駅員は恐縮しつつそれを受け取った。

 

「ご立派な甲冑姿といい、さぞ名のある冒険者(ヴェンチャー)の方かとお見受けします。お名前を承ってもよろしいでしょうか?」

 

 そう問われて、ツアーは駅員ではなくアインズの方を一瞥した。

 

「伝説……を作ろうかと思うが、構わないかな?」

 

 何をしようとしてるかはおおよそ察しがつくが、大層ご機嫌で結構なことだな!

 まぁ、この旅を楽しんでくれたのであれば幸いだ、と思わないでもないが。

 

 ぷぃ、と顎を振ってアインズは是と応える。

 それを受けて、ツアーは改めて駅員に向き直った。

 

「では我が名を告げよう。

 ボクはアーグランド評議国の永年評議員、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン。こちらは漆黒の英雄モモン。キミたちの供する列車の旅を存分に満喫させてもらった、と関係各位によろしく伝えてくれたまえ。」

 

「……えっ!」

 

 ツアーの名乗りに駅員は目をまん丸に見開いて固まったが、刹那、ツアーはとてつもない速度で上空へ舞い上がった。おいおい……と思いつつも、やむなくアインズもそれに続いて闇夜へと消えた。

 

 それからしばらくエ・ペスペルの街は列車開通以来最大の珍客の話題でてんやわんやの大騒ぎとなったのだが、そんなことは世界二強の竜王(ドラゴンロード)死の支配者(オーバーロード)も、最早関知するところではなかった。

 

 

                    *

 

 

「……とまぁ、そんな具合で半日ほどツアーに付き合っていた。

 黙って出掛けたのは、その……すまん!」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 帰投して見れば、本日のアインズ様当番フィースが扉の前で「アルベドがお(かんむり)ですよ」と人差し指を頭の左右に突き立てた身振りで告げていた。

 

 突如のツアーの傀儡(くぐつ)の来訪は無論アルベドを含むナザリック三賢者(トリニティ)は知るところとなっていたが「早くしないと列車に乗り遅れる!」と急かすツアーに負けて、何も告げずに出掛けてしまったのは今思えば軽率ではあった。

 こういうときのアルベドは、満面の笑顔で出迎えてはくれるものの目だけが笑っておらず、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、大魔王でありながらそれを苦手としていた……というか、あのアルベドの冷めた目線はどんな難敵よりも空恐ろしい、ただただ怖い!

 

 執務室に入るや、予想通りの表情で凛と立っていたアルベドに対し、後ろ暗さを誤魔化そうとアインズは一気に今日一日ツアーと過ごした出来事を捲し立て、それでも後ろ暗さが消え去りはしないので、最後に「すまん!」と両の骨の手の平を合わせて愛する守護者統括に頭を下げた。

 

「そ、そ……それは、よろしゅう御座いましたですね、よろしゅう御座いますのではないでしょうか!」

 

 ん?

 

 小言の一つも始まるものかと身構えていたアインズは、アルベドの上擦った声色に恐る恐る顔を上げて見たが、どうしたことか愛妃には外界を身勝手にも彷徨(うろつ)いてきた主人を問いつめる様子はまったくなく、むしろ、何か隠し事が露見しそうでそれを誤魔化そうと慌てているかのようだ。何故だろう?

 

「……そうだ!

 道中見かけてツアーにもアルベドに訊いてみろ、と勧められたんだが。

 オレは髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)なんてものを立ち上げたりしたか、最近?」

 

 車窓に見かけた保線作業を請け負っていると思しき一団について話題にすると、さらにアルベドは目に見えて狼狽える様子を見せた。

 

「ア、ア、ア、()()()()()()、そのようなものにはお関わりではない……と承知しております!」

 

 ……何なんだ、コレは?

 

 ま、いっか。今日はツアーの相手をして疲れた!

 

「……ツアーを伴っての外界の()()で少しくたびれた。

 勝手をした詫びに、その……出血大奉仕(サービス)するから、その……オレの部屋で……なんてどうだ?」

 

 身勝手さではツアーのことを(わら)えないな、と自嘲しつつも、癒やしを求めてアインズは言葉を濁しながらアルベドを誘った。何やら可怪(おか)しな具合ではあるが、これで愛妃は機嫌を直してくれるだろう、と楽観しつつ。

 だが、たちまちに蕩けた表情を見せるかと思ったアルベドは、変わらず当惑の表情を隠しもせず、

 

「い、い、今少し片付けねばならない仕事が御座います。追ってお部屋へお伺いいたしますので、アインズ様は先にお戻りになってお待ちください……では!」

 

と、(きびす)を返してすたすたと執務室から出て行ってしまった。

 

「アルベドも……列車の旅に誘って欲しかったのかな?」

 

 まったく見当違いなことをボヤきながらアインズは自室へ転移する。

 一方、執務室を辞したアルベドは一路第七階層(溶岩)の赤熱神殿を目指していた。

 

「大変よ、デミウルゴス!

 アインズ様はすべてお見通しであられるわ!」

 

 そう叫びながら駆け込んで来たアルベドを、ナザリック地下大墳墓の参謀、狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスは、目を通していた新聞から顔を上げて覗かせつつ胡乱な視線で出迎えた。

 

「何を慌てているのかね、アルベド。

 アインズ様がすべてお見通しであられることは、今に始まったことではないと思うのだがね。」

 

 そう言われればそれはその通りだ、と、アルベドに常の怜悧な思考が回復する。

 

「それはそうではあるけれど……それでも、都市間輸送(インターシティ)株式会社のみならず髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)までもご承知であられるのは尋常ではないわよ。」

 

「嗚呼、まさに端倪すべからざる御方であらせられるとも!」

 

 デミウルゴスは恍惚とした表情を浮かべ、左右に大きく手を開くと同時に手中にあった新聞の紙束を投げ捨てた。

 

 それは、迂遠にして壮大な試みであった。

 二人は、転移歴200年代頃から当時はまだ帝国自由都市と呼ばれた人間社会において、実態経済を超えた商取引、投資熱が昂じつつあることを目敏く見抜いていた。これを逆手に取れば、自由都市群を買収し一兵たりとも派すことなく支配下に収めることが可能であることをアルベドは夢想してきたものだが、転移歴750年代を迎えた時分、デミウルゴスが「予備的な実験を始めてみよう」と提案した。

 これに対しアルベドは、アインズの裁可を得ずに現地勢力へ影響行使することに躊躇いを見せたが、デミウルゴスに「直接影響力を行使するわけでは決してないのだよ」と説得された。

 

 それは、随分と昔にデミウルゴスがおこなった悪戯(いたずら)の手法を応用したものだった。

 

 投資で利益を上げるには、何はさておき正確な情報の把握が欠かせないが、基本的に人馬の移動速度を超えて情報がやり取りされることのない自由都市社会に対し、自分たちが圧倒的な有利(アドバンテージ)を得ていることに当然デミウルゴスは気づいていた。影の悪魔(シャドウデーモン)が掻き集めた情報をアルベドに提供し、その怜悧な頭脳と政治勘で相場を読ませれば、先物市場や株価の動向をほぼ完璧に先読みできることはすぐに証明された。

 続いて恐怖公の眷属(ゴキブリ)をエ・レエブルの良かれ悪かれ利に聡い数名の資本家(ブルジョア)の枕元に派し、夜な夜なアルベドが予想するところの高騰しそうな、あるいは暴落しそうな銘柄を囁かせた。果たせるかな、これを夢のお告げ、あるいは自身の予知能力と思い込んだ連中が思惑通りの取引をおこなうようになり、それは、決して莫大でこそないものの着実に利益を上げるようになった。

 無論これは二人の能力限界によるものではなく、あまりに極端な相場操作をおこなうと返って混乱を招き、せっかく御し易い形へと成熟した社会を壊してしまう恐れがあるので、その辺りを巧みに加減したからである。

 二十年ほど経った頃には、それ自体はナザリックの所有するところではないが、アルベド、デミウルゴスの一存でたちまちに市場に投じることが可能なまとまった資金が形成された。デミウルゴスはこれを(ナモン)資金と呼び、アルベドは特にそこにはこだわりがなかったので素直に従ったが、今以て彼の言う「ナモン」が何であるのかは承知していない。

 

 かくしてN資金を得た二人は、実験の駒を第二段階へと進めた。

 続く課題はアルベドの夢想する買収が、実際に機能するかの検証である。帳簿上の出資者筆頭を占めることと、投資された側が出資者の意向に素直に従うか、はまた別の問題だ。観測事実は自由都市民の大半が権利関係に対して比較的忠実に振る舞う内的規範を有していることを示していたが、自身がその当事者となったときに思惑通りに事が運ぶか否かは、やはり実際に試みてみないことにはわからない。

 既に自由都市群において市場に確固たる地位を築いている何かを買収した場合、後々こちらの方針で権利放棄する必要が生じた際にあらぬ悪影響を与えてしまうことを鑑み、実験対象は現時点では存在していないまったく新規な何かである方がよかろう、という点でアルベドとデミウルゴスの意見が一致し、以て二人が注目したのが、自動織機によるささやかな産業革命に挫折しつつも、その開発を通して培われた技術力の投じ先を求めて試行錯誤を繰り返していたアインドラ大学工学部による、軌道により横方向安定性を確保した連結馬車の着想(アイデア)だった。

 その、過去に類例を見ないあまりに突飛なそれは、保守的な傾向の強い自由都市の投資家たちから当初はまったく見向きもされていなかったが、恐怖公眷属に使嗾された幾人かがN資金を投じればあっというまに体裁は整った。設立された都市間輸送(インターシティ)準備会社は、大学構内に試作された実験線を四両立て列車が内覧(デモ)走行した話が新聞報道された時点でエ・レエブルを興奮の坩堝と化し、たちまちに株式会社化された。

 文字通り()()()()()()それに対し、アルベドたちが強いて介入する必要はほとんどなかった。唯一おこなわれたお節介は、難航が予想された街道の改良工事に、やはり同じ手法で使嗾されたド・クロサマー王国の出稼ぎ亜人が投入されたことだ。

 デミウルゴスは、アインズから与えられた<小鬼(ゴブリン)の角笛>によって初代女王姉妹に召喚されたところの小鬼(ゴブリン)工兵隊の子孫を狙って、無聊を託つ人食い鬼(オーガ)を誘って出稼ぎ建築業(ゼネコン)になる計画(アイデア)をやはり恐怖公眷属(ゴキブリ)を介して吹き込み「傭兵か建築業のどちらかをやって外貨を稼いでみたい」とときの村長に迫らせた。こんな二択を突きつけられて傭兵が是とされるはずもなく、本命の願いはすんなりと受け入れられた。

 ド・クロサマー王国の意思決定層がしばしば短気な実力行使に及ぶことに当然デミウルゴスは気づいていたので、N資金の影響下にある資本家の中でも底抜けに真正直な人物……ビョルケンヘイムとかいう、エ・レエブル筆頭参事を幾人か輩出している信望厚い名門だ……を選び、エ・レエブルにおける代理人(エージェント)に据えた。髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)の誕生だ。その権利が人手に渡って万が一にも小鬼(ゴブリン)たちが粗略な扱いを受けるとややこしい事態に陥る恐れがあるので、こちらは株式公開されなかった。

 都市間輸送株式会社の大株主全員を押さえているアルベド、デミウルゴスが、工事の発注を髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)と決めれば反対できる者などいない。もっとも、仮に入札をおこなったとしても、そもそも収入の多寡に深い関心のない小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)に勝てる同業他社がいようはずもなかったのではあるが。

 

 こうして、およそ十年の工事期間を経て都市間輸送(インターシティ)は貨物専業で部分開業を果たした。最後まで手間取った幾本かの河川への架橋も完了した去年になって、エ・レエブルからエ・ペスペルまでを一息につなぐ旅客輸送がこれに加わった。多額の建設債を興したこともあって目下収支は赤字ではあるが、遠からず黒字に転じることは確実視されており、その証拠に株価は鰻登りで日々最高値(さいたかね)を更新し続けている。

 もちろん、アルベドにとってもデミウルゴスにとっても、究極的には二人がその権利を押さえている株の市場価格などというのはどうでもよいことで、一連の手技によって自由都市民を思いのままに操ることが可能であることが実証されたことに加え、当初はナザリック宝物殿の財を以て買収することが前提されていたにも関わらず、金貨一枚の元手も要さずそれがなし得たことこそが成果であった。

 

 言うなれば、自由都市群はその市場経済のあぶく銭(バブル)に巣食った悪魔たちに魂を喰われた、といったところだろうか?

 

 十二分な結果を得たことでもあるし、そろそろ実験報告(レポート)をまとめ上げ、ナザリックによる公式の人類支配計画として至高の(あるじ)に奏上する頃合いか、何を憚ってかこの世界の無辜の原住民を蹂躙することを好まぬ我らが大魔王ではあるが、この手法ならば是としていよいよ世界征服への第一歩を踏み出す意を決して下さるやも知れぬ、などと議していたところへ、その都市間輸送(インターシティ)によりにもよって白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーと共に乗って来た、と他ならぬアインズに告げられたアルベドは、まさに寝耳に水、驚天動地の心地であった。

 ギルドへの忠誠、それ以上に愛の軛に縛られたアルベドは、アインズに対して嘘をつくことが出来ない。「オレは髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)なんてものを立ち上げたりしたか?」と問われたのは幸いだった。この問いには「否」とだけ答えれば嘘にはならない。「アルベドがやったのか?」と問われれば正直に答える他なく、決してギルドの掟を破ったつもりこそないが、秘密裏に進めていた実験を自ら打ち明けるのと、(あるじ)の下問に対して「実は……」と白状することの間には天地雲泥の差があろう。

 

「アインズ様がお気づきにならぬはずはない、とは思っていたがね。これほど早く全貌を捉えてしまわれるとは……まさにアインズ様は無限に尽きぬ聡明叡智の御方であらせられる!」

 

 アルベドの困惑を余所(よそ)に、デミウルゴスはただただ遍く全てをお見通しと信じる(あるじ)に対して讃嘆の声を上げた。

 

「それは貴方(あなた)の言う通りだけれど……いったいこれからどうするの?」

 

「アインズ様御自身から下問を受けたのだから無理もないことだが、貴女(あなた)らしからぬ狼狽えようだね。」

 

 アルベドの不安をデミウルゴスは事も無げに受け流す。

 

「これはアインズ様からの、そろそろ潮時だ、というご配慮だよ。元より計画の途中放棄は計算されていたことだ。そして、しばらくこの案件から離れてさえいれば、我々は事の次第をすっかり忘れることが出来るのだよ!」

 

 果たしてそんなことでよいのだろうか、とアルベドは一時(いっとき)考え込む様子を見せたが、デミウルゴスの言葉はすべて真実で反論の余地はなかった。

 

「後始末は任せてくれたまえ。

 貴女(あなた)は急ぎアインズ様の元へ向かい、果たすべき努めを果たすといい。」

 

 あら、この男はそんなところまでお見通しなのね、と一瞬アルベドは不快を覚えるが、一方でこのいけ好かない同僚が、果たすべき努め、と秘事(ひめごと)を迂遠に表現する配慮を嬉しくも感じる。

 

「……そうね。ではお言葉に甘えてそうさせていただこうかしら。」

 

「それがいい。そのお役目だけは、私には取って代われないのだからね。」

 

 一言多いわよ、朴念仁!

 

 

 

 都市間輸送(インターシティ)株式会社の株価がエ・レエブル商工取引所の史上最高値(さいたかね)を更新したその日、デミウルゴス影響下にある株主たちがそれを一斉に、かつ、目立たぬように売りに出した。N資金もまた過去最大規模に膨張し、都市間輸送(インターシティ)株式会社の権益はその輝きに目が眩んだ多数の小口投資家たちに分散された。

 あらかた株主の顔ぶれが入れ替わった時分になって、アインズも案じてみせた列車同士の正面衝突事故が、よりによって河川を渡河する石橋の上で発生し死傷者多数を出すに至った。直接の原因は、エ・ペスペル在住の成金が無理を押して割り込ませた貸し切り列車について適切な引き継ぎがなされなかったことだが、革新的な輸送手段と無邪気に列車を賛美していた自由都市々民は扇動的(センセーショナル)な新聞報道もあってあっさりと掌を返した。

 アルベド、デミウルゴスの影響下にあって、たとえたちまちに芽吹かずとも必ず将来の大きな利益を約束するものだと強い意思で臨んでいた元の株主たちとは異なり、ただただ株価の高さに引き寄せられた目下の株主たちにこの惨事を乗り切る胆力など望むべくもなかった。損切り目的に叩き売り同然で株は売りに出され大暴落、事故への対応に大混乱の都市間輸送(インターシティ)株式会社は資金難に陥り列車は全面運行停止、会社は事実上の破産状態となった。

 待っていました、とばかりにエ・レエブル参事会が動き出し、残債処理を引き受ける代わりに改良工事がなされた街道全線の権利を、その保全を司る髑髏様興業(ド・クロサマー・インダストリ)との保守契約も含めて差し押さえた。同時大量輸送の萌芽は絶えても改良なった街道が保全され続ける限り、当面のエ・レエブル、エ・ペスペルの連携に資するもの、との判断あってのことであろうか。

 

 

 

 珍しく失念しなかったアインズから、最古図書館(アッシュールバニパル)で見つかった子供向け鉄道図鑑がツアーの手元に届き、しばらくこれはかの竜王(ドラゴンロード)のお気に入りとなった。

 

 その居城を訪れたアーグランド評議国の代議員たちは、存外器用なツアーが見よう見真似で拵えた<始原の魔法(ワイルドマジック)>を原動力にそこかしこを走行する浮上式鉄道(リニアモーターカー)の模型を目にすることとなるのだが、彼らは「ヴァイシオン卿がまた妙なことをやっている」と呆れるばかりでその価値に気づくことがまったくなく、またしてもこの世界は産業革命の機を逸した。

 

 かくして、アインズとツアーが楽しんだ異世界の車窓は思いの外短命に潰えたのであるが、アインズは当然としてツアーもまた、やたらと無邪気にそれを愛でたわりには元より事物に執着する(さが)でもなし。永い、あまりに永いその生の瞬く間の一幕として忘れ去られていったのである。




<次話予告>

ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの秘密を知る来訪者(プレイヤー)襲来。
千年のときを超えて吸血鬼(ヴァンパイア)主従は雪辱の機会を伺う

億劫のオーバーロード第11話『道化来たりて笛を吹く』

「モモンガさん、私があなたの新しい仲間になりますので、そんな連中とは手を切って此処からの脱出方法を共に模索すべきです!」
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