億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴1000年。
来訪者(ユグドラシルプレイヤー)ダニエル・グレイ、吸血鬼(ヴァンパイア)ラナー・ヴァイセルフの目論見は未だ知れない。


21.道化来たりて笛を吹く(2)

 吸血鬼主従、ラナーとクライムは夜通し森の中を駆け、夜明け前に日中の日差しを凌げる場所を探して休み、また日暮れになって駆ける、を繰り返した。

 下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に過ぎない彼女らは、人間であった時分に比してさほど超越的な身体能力を得ているわけではないので、ラナーのそれが足かせとなって行程はなかなか進まなかった。それでも八日目を過ぎた時分に漸くトブの大森林を抜け、東へ向かって開けた草原へと達した。

 

 ここからの行動は注意を要する。

 

 太陽の直射は彼女らのHP(生命力)を容赦なく加算する。不死者(アンデッド)であるがゆえに彼女らのそれはユグドラシル的には負の値で示され、被害(ダメージ)の都度加算されるそれがゼロに達すれば、すなわちそれは生者における死を意味する。不死者であるがゆえに即そのまま消滅するわけではないが、行動不能に陥れば再びHPを負に転じる回復の見込みは大きくはない。

 ラナーは夜半に達した平原にそのまま踏み込むことは避け、森と平原の位置関係を注意深く観察した。如何せん、不倶戴天の敵アインズ・ウール・ゴウンに何らかの方法によって行動不能に陥れられて以来、九百年近い時間が経過していることを彼女は確信しているので、自身の有する大陸地理の知識がどの程度通用するものかは不確実だ。

 が、彼女が自身の現在位置からもっとも近いと確信しているバハルス帝国の都市トブヴァルト(トブの森)は、伝承によれば初代皇帝の推戴歓呼がおこなわれたと伝わる古都であり、その後どのような経緯を経たとしても帝国民がその都市を完全放棄するなどということは考えにくい。

 

 彼女の直感は、このまま北東に進めばどこかで南北に走る街道に突き当り、その後は街道に沿って北上すれば夜明けまでにトブヴァルトに至ることは出来ないにせよ、農村や小さな衛星市へは辿り着けるはずだ、と算盤を弾く。そこで日差しを避け、適当に()()も済ませ、あわよくば馬車でも調達できれば万全だ。

 

 二人は再び日が暮れるのを待って、ラナーの思案に従い移動を開始した。果たせるかな、街道には突き当たった。誰も通ろうはずもない街道をひたすらに北上したが、なかなか村も町も見えては来ない。このまま夜明けを迎えれば万事休すか、と焦りも見えだした頃、周囲の原野が人手の入った麦畑に転じた。

 さらに幸運なことに、街道の前方、やや高いところに灯りが見える。払暁の見回りに出た農夫のようで、灯りの高さは騎乗しているがゆえであった。

 

「クライムは馬を確保して!」

 

 言うが早いかラナーは駆け出し、農夫に襲いかかった。よもや村に近い街道で払暁に吸血鬼に襲われるなど考えもしなかった農夫に抗う術はなかった。落馬した農夫は必至に抵抗したが、あえなくラナーの喉を潤す糧となった。

 

「……ラナー様。馬を捕らえて参りました。」

 

 少しして馬の手綱を引いたクライムが合流する。ラナーは「あなたも呑む?」ともはや息絶えた農夫を掲げてみせたが、クライムは黙って首を横に振った。

 

 クライムが馬を操ってさらに北に駆ければ、日が昇るよりも先に農夫が発したのであろう村へ辿り着くことが叶った。村の外で馬を乗り捨て尻に鞭打って何処かへと走り去らせた後、廃屋を探して身を潜める。これで今日の日中の日差しを避けることが出来るだろう。

 再び日が暮れた後、見た感じ裕福そうに見えるいくつかの家を巡って衣服や金品を物色した。トブヴァルトの有力者に接触することを目的としている以上、泥まみれの姿は格好がつかない。ついでにまた一人の村人を手にかけ、ラナーは力漲るのを覚えている。

 

 成し遂げずにはおるものか!

 必ず、あの無礼千万無能極まりない骸骨に一泡吹かせてくれよう!

 

 二人はもう一日を廃屋に隠れて過ごした。

 クライムはその間、村の様子が到着した時分と変化したことに気づいていた。おそらくは、ラナーが手にかけたいずれかの犠牲者か、あるいは昨夜の窃盗が露見し、普段そのようなことと縁がないこの閑村は俄に色めき立っているに違いない。家探しの村人が廃屋に踏み込んでは来ないかと気を揉んだが、幸か不幸かそういったことは起こらなかった。

 

 再び日が暮れて二人はさらに北へと街道を急いだ。途中に気づいた石造りの道標が、今夜のうちにトブヴァルトに辿り着けるであろうことを告げている。ひたすらに北へと向かうラナーの背を追いながら、クライムは考えていた。

 

 先の村が今少し北にあって夜明けまでに辿り着くことが叶わず……

 朝の陽光に(あるじ)ともども焼き尽くされていたのだとしたら。

 あるいは、家探しの村人があの廃屋に踏み込み……

 抗う術なき吸血鬼主従の心臓に白木の杭を打ち込んでくれていたならば。

 

 何と幸福だったであろうか!

 

 と。

 

 

                    *

 

 

(アインズ様。

 パンドラズ・アクターから至急宝物殿にて落ち合いたい、との言伝てで御座います。)

 

 ……なんで?

 

 戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンからのあろうはずもない<伝言(メッセージ)>に、第六階層(ジャングル)で五代目ベラ、ベロと戯れていた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは首を傾げた。常とは異なり、簡素な部屋着を身に纏っている。

 

 自身の記憶が正しければ……ここがいつも不安なのだ!……パンドラズ・アクターはアインズの名代として、ツアーの娘コニーが知らせてきた今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の元へ探りを入れに行っていたはずだ。

 その帰還は相手方から見て不自然に見えぬよう、装備込みでアインズに扮したパンドラズ・アクターが<お助け玉(レスキューボール)>を割りながら転移魔法を用いる振りをすることで為される段取りであり、万が一の敵方逆流に備えて、コキュートス、セバス、四代目マーレ、アウラ同席の(もと)、ナザリック地上部からシャルティアが<転移門(ゲート)>を開くことまで打ち合わせてあったのに、そのパンドラズ・アクターから宝物殿に呼び出される、というのは只事ではない。

 

「ベラ、ベロ、済まんな。急用が出来てしまった。

 また今度、埋め合わせをさせてもらおう。」

 

 初代マーレの顔をした姉ベラがカラリと応じる。

 

「アタシは別に気にしませんので、どうぞアインズ様の思し召しのままにィ!」

 

 初代アウラの顔をした弟ベロがおどおどと突っ込む。

 

「お、お(ねぇ)ちゃん、そ、そんな態度はアインズ様に失礼だよぉ……」

 

 もう、なんか組み合わせがよくわからなくなってきたな、などと思いつつ、アインズは取り急ぎリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で宝物殿へ転移した。

 

 なぜそういうことになっているのか、はよくわからないが、パンドラズ・アクターが自身を宝物殿に呼び出す理由は一つしかない。

 宝物殿に転移できる者はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持つ者のみであり、平時においてそれを常時持ち歩いているのはアインズの他にはパンドラズ・アクターしかいないのだから。

 

 つまりパンドラズ・アクターは、余人を排してアインズのみと話したい場合に限りこの手段を用いるはずだ。

 

「お呼び立てしてしまい申し訳ございません、父上。」

 

 宝物殿へ飛んでみれば、アインズの装備一式にくるまったままに変化(へんげ)を解いたパンドラズ・アクターがいた。

 

「……やらせておいて言うのも何だが。

 滑稽な格好だな。」

 

 パンドラズ・アクターの点でしかない目と口がさらに点になる。

 

「ち、父上!」

 

「冗談だ!

 で、その装備をオレに返そうとしない、ということは、おまえはこの後当初の段取り通りにシャルティアに引っ張ってもらうつもりでいるんだな?」

 

 思わず自身で脱線を誘導してしまったことを反省しつつ、アインズは真剣(シリアス)な口調で本筋への修正を図った。

 

「流石は父上、ご明察で御座います。」

 

 パンドラズ・アクターは、懐からまだ割られていない<お助け玉>を差し出し示して見せる。

 

 <お助け玉>は<伝言(メッセージ)>の劣化版ともいえる存在で、淡く光る硝子玉の形状をしており割ることで事前に決めた相手に位置情報のみが伝達される魔法の道具(マジックアイテム)だ。伝達相手は基本的にシャルティアが設定されており、誰かが<お助け玉>を割ると即座に彼女はその位置情報を知ることが出来る。後はシャルティアがその位置に向かって<転移門(ゲート)>を開けば、<伝言>が使えない者であっても緊急転移が叶う、という代物。

 

「アルベドにも、デミウルゴスにも聞かせたくない話がある。

 そういうことだな?」

 

 そもそもパンドラズ・アクターがアインズに扮してコニーに知らされたプレイヤーを訪ねたのは、当初それを自身でおこなうと主張したアインズに、アルベドが頑なに異を唱えたからだ。

 

「コニーの言の通りであれば、その者はこちらの世界の権力者に取り入ることを指向する知性の持ち主。そのような者は、自ら権力基盤の構築を試みた六大神を例外にこれまで知られておりません。知性を有するがゆえに、たちまちの荒事にはならぬものとは存じますが、至高の御身がそこへ単身乗り込むなど言語道断!」

 

 とは言え、何か探りを入れないことには話は進まないし、コニーが懸念するようにそのプレイヤーが正式に竜王国の宮廷魔術師の地位を得てしまってからでは、安易な手出しは現地勢力との不必要な正面衝突に繋がりかねない。しかも、その国の元首はあのツアーの配偶者だ。

 

「では、(わたくし)めが父……失敬、アインズ様の名代として行って参りましょう。」

 

 これに対し、パンドラズ・アクターが立候補し、アルベドもデミウルゴスもそれならば、と納得したのでこうなった次第だが、帰投後に改めて三賢者で対応を協議することは規定路線であったにも関わらず、パンドラズ・アクターはそれを避けたいと考えたようだ。

 聞けば、パンドラズ・アクターはこのような事態が生じる場合に備え、別途ナザリック外苑へ向けて<脱出(エヴァキュエイション)>の準備もおこなっていたのだそうで、これをたちまちに探知するであろうナザリックの目ニグレドにも事前に話を通していた、というから驚きだ。

 そこからナザリック地上部に恐怖公眷属に守らせつつ隠し置いた自身のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを回収、その所有者の強みを活かして一気に第九階層(ロイヤルスィート)へ飛んだ後は、アルベドとデミウルゴスに見つからぬようにソリュシャンを探し、アインズへの言伝てを頼んで自身は宝物殿へ潜んだのだと言う。

 

「おまえがそこまでする、となると余程のことらしいな。」

 

 アインズは、パンドラズ・アクターのことを基本的には可怪(おか)しな奴だ、と思ってはいるものの、その知性については他の三賢者(トリニティ)同様に深く信頼している。そのパンドラズ・アクターが冗談のためにここまで大掛かりなことをやってのけるはずもなく、そこには深い意味が隠されているはずだ。

 

「わかっていると思うが、オレはおまえほどには頭の血の巡りがよくはないからな、流れてもないし。多少冗長になっても構わないから順を追って説明してくれ。わからないことがあればオレから質問しよう。」

 

 意外にも、パンドラズ・アクターはいつもの過剰演出(オーバーアクション)を執る素振りをまったく見せない。それだけ彼自身が今回の事態を重要視しているからなのだろう。

 

「コニーの申しましたプレイヤーは確かに居りまして、接触が叶いました。

 おそらくは百レベル(カウンターストップ)に達している道化師(トリックスター)で、ギルド無銘の者(エキストラ)のダニエル・グレイと名乗りました。あちらは父上のことを存じておったようですが、ご記憶に御座いますか?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンと競う可能性のあるギルドであれば中堅どころ辺りまではその構成員から攻略法まで頭に叩き込んでいたアインズではあるが、パンドラズ・アクターが語った名に聞き覚えはなかった。

 それよりも、種族(クラス)の方が気にかかる。道化師(トリックスター)は癖のあるそれで、基本は魔法詠唱者(マジックキャスター)だが使用可能武具に制約が大きいものの野伏(レンジャー)級の肉弾戦もこなす、逆に言えばどちらとしても中途半端な存在だ。一方で、時空間制御系の文字通り一筋縄でない(トリッキーな)戦術を弄する曲者になる。成長が遅いのと、特性上課金無しに上限に達することが難しいのであまり人気はなかったと記憶している。

 

「逆にユグドラシルプレイヤーでオレを知らん奴の方が珍しいだろうよ。」

 

 アインズは横柄にそう言いつつ続きを促した。

 

「ダニエルは、既にギルド資金を枯渇させておりNPCも己で屠ったようで御座います。また、この者は記憶の問題に思い至っておらず、自身がNPCを片付けたことも憶えてはおらぬ様子で御座いました。」

 

 ここまでの話であれば四百年ほど前に出食わし、自身が人肉食に至ることを厭うてアインズの手に掛かって死ぬことを望んだ蟲の死霊使い(ヴァーミンネクロマンサー)と変わるところはない。総じて言えば、ダニエルはアインズがそうであったような、自分がこの世界において何者であるのか、の認識には至れていないことを意味する。

 

 が、アインズは、我儘気儘でこそあれ、そういった自身に都合のよい推測を鵜呑みにするほど能天気ではない。

 

「そいつが一枚上手(うわて)で、すべて承知の上でオレたちを担ごうとしている可能性は?」

 

「それは(わたくし)も懸念したところで御座いますが、ダニエルはこの世界が第二ユグドラシルとでも呼ぶべきものであり、父上が<運営>と裏でつるんでいるのではないか、と疑っておりました。」

 

「ほぅ……それは言われてみれば、なるほど、とは思う疑念だが、これまで聞いたことはないし想像もしなかった類型(パターン)だな。」

 

 アインズは、少なくともこのダニエルというプレイヤーは単なる阿呆ではなさそうだ、と鼻白んだ。突然こちらの世界に投げ込まれて当惑したのはアインズ自身も同様で、<日誌(ログブック)>の秘密に気づくまでにも半年少々の時間を要したはずだ。

 そして、それ以前については、既に記憶には残っていないものの、クソ運営はいったい今度は何をやらかしたんだと自身が苛立っていたであろうことは疑いようもなく、その意味からダニエルには、ギルド維持の初手に失敗している点を除けばアインズと同じ程度の安定した人格、知性が宿っていることは間違いないように思われた。

 

「オレが他のプレイヤーと少なからず出会ったことを話したか?」

 

「問われましたので。」

 

「どの事例(ケース)を話した?」

 

土鬼(ノーム)蟲の死霊使い(ヴァーミンネクロマンサー)で御座います。」

 

 ダニエルがアインズ、すなわちユグドラシル時代のモモンガを見知っていたことを隠さなかったのであれば、パンドラズ・アクターのこの選択は正しい。

 

「おまえは、そいつらもオレを知っていたことを話したか?」

 

 ん?とパンドラズ・アクターが意外そうに顔を突き出す。

 

「話し……てしまいましたが、マズかったで御座いましょうか?」

 

「そうは言ってない、むしろ話して正解だ。

 オレが知りたいのは、ダニエルがその話を聞いてどんな顔をしたかだ。」

 

 パンドラズ・アクターは一時(いっとき)思案する様子を見せた後にこう答えた。

 

「ああ、そう言えば!

 ダニエルは、土鬼(ノーム)の中の人が若い女性でありその者がモモンガ様を見知っていたことを告げたとき、何やら一瞬苛立ちを見せたように思います。(わたくし)にはどのような思慮によるものか思い浮かびませんが。」

 

 パン、とアインズは手を打った。パンドラズ・アクターを名代としたのは正解だ、と。

 

 知性の高さにおいてアルベド、デミウルゴスがパンドラズ・アクターに劣ることは決してない、とアインズは知ってはいるが、アルベドはことアインズに関わる話になると感情を乱高下させる悪癖があるし、デミウルゴスは自身の思い描いた青写真に合わせて現実の側を捻じ曲げる性癖がある。

 対してパンドラズ・アクターは良く言えば平板(フラット)、悪く言えば基本的にはナザリックの維持と創造主アインズの心の平穏以外のことにはほとんど関心がないので、こういう場合に自身の勝手な解釈を加えることなく、わからないことはわからないままに復命して恥じない、という特性がある。

 

「オレの読みが正しければ、そのダニエルとかいう奴は、一番面倒臭い(たぐい)(やから)だな。」

 

 なんと!

 まだ本題にも入っておりませんのに、とパンドラズ・アクターは驚きを示す。

 

「差し支えなければ向学のためにどのような趣きかお伺いできますでしょうか?」

 

 対するアインズは、どうということではない、という調子で応じた。

 

「今だからこそこうして笑い話にできるものだが、ユグドラシル時代のオレは、周囲のプレイヤーから注がれる視線に悩んでいたものだ。」

 

 父上ほどの御方が他人の視線を気に病まれると?

 

「何せ、本人は少し気が利くだけの小心者が大魔王を器用に演じているに過ぎないのに、誰からも非公式ラスボスだ、と思われていたんだからな!」

 

「……それはご謙遜が過ぎましょう。」

 

 パンドラズ・アクターは素直な感想を返すが、アインズは意に介さない。

 

「NPCは、ある意味純粋な知性だ。おまえやアルベド、デミウルゴスを見ているとつくづくそう思う。が、ユグドラシルプレイヤーは、おまえたちから見れば創造主、神の如き存在、至高の四十一人だのと見えるだろうが、その実はただの人間だ。」

 

 アインズのこの言い様は、まさしく真理を突いたものであったが、であるがゆえに、自身NPCであるパンドラズ・アクターには呑み込み難い話でもあった。

 

「はぁ?」

 

と、思わず間抜けな声が漏れる。

 

「こう言えばわかるか?」

 

 それを特に気にする様子でもないアインズは、片掌を捻って開いて何かを取り出すような仕草をしながらこう問うた。

 

「おまえは自分がどのくらい利口で強いか、よく承知しているだろ?」

 

「まぁ……分相応には心得ておるつもりで御座います。」

 

「そこに、おまえから見て、自分よりも知恵が回らず力も劣る者がいて、そいつがユグドラシル非公式ラスボス、などと大袈裟な二つ名で持て囃されていたら……どう思う?」

 

 パンドラズ・アクターが呻吟することしばし。

 

「……嫉妬、で御座いますか?」

 

「流石はパンドラ、創造主として鼻が高いよ。」

 

 はははっとアインズは笑い、立て続けに神々しい緑色の光に包まれた。

 対するパンドラズ・アクターは、創造主の言葉がよほど嬉しかったのか頬を朱に染めている。

 

「問題は、だ。」

 

 改めてアインズは声色を、真剣なそれに戻す。

 

「ユグドラシルには、オレがどうやっても差しでは勝負にならない強者も少なからずいた。まぁ、そもそもそういう連中と差しで勝負せずとも優位が崩れない、というのがギルド、アインズ・ウール・ゴウンとしての大戦略でもあったんだから、オレはそのことを引け目になど感じはしなかった。

 そして、そういう連中も、オレと差しでやれば勝てる、とは思いつつも、であるからこそ、なぜオレが非公式ラスボスとまで呼ばれるかをよく承知してくれていたから、そのことで反目することはなかったんだ。まぁ、役割(ロール)の棲み分けだわな。オレも、そういう連中の個人戦での活躍を耳にすれば、(おおやけ)に向かって称賛の短評(コメント)を出してみたりと、いろいろ気を遣ったものさ。」

 

 ほーぅ、とパンドラズ・アクターが、(あるじ)の承知していなかった一面に感嘆の声を上げた。

 

「厄介なのは、オレと差しでやり合っても運よく辛勝を拾えれば良いところ、場合によっては足元にも及ばん奴に限ってやたらと自己評価ばかりが高く、モモンガが非公式ラスボスだなんて烏滸がましい、何か運営と裏取引きして不正(チート)でもやってるんだろう、と言い出すことだ。

 オレとしてはそんな連中は(はな)から眼中にないし、むしろ代わってもらえるものなら代わって欲しかったくらいだが、何を言ったところでこういう(やから)の耳には届かん。こいつらは自分の精進不足を合理化するために言っているだけで、現実と向かい合うつもりがそもそもないからだ……というのは、これに気を病んでいたオレを慰めてくれた死獣天朱雀さんからの受け売りだが。」

 

「ダニエルがこの世界にあろうはずもない<運営>と父上の関係に殊更言及してみせたのは……」

 

「そういうことだ、パンドラ。

 恐らくダニエルというのはそういう奴だ。コニーの母親に取り入ろうとしているのも納得がいくだろう?」

 

「仰せ、ごもっとも。」

 

「そいつのギルドがオレを含むアインズ・ウール・ゴウンに対し何やかやと妄想を逞しくして至らぬ自分を慰めつつ刻んだ<日誌(ログブック)>から顕現したダニエルとやらは、最早その認識を自ら改める(すべ)を持つまい。そんなやつがコニーの母親に取り入ったとて何が出来るとも思えん。ここまでの話であれば、捨て置いてかまわん(やから)だ、とオレは思う。」

 

と一息にアインズは結論した。

 

「だが!」

 

 改めて鋭い視線がパンドラズ・アクターへと注がれる。

 

「おまえが、アルベドとデミウルゴスには聞かせたくない、とする本題の内容によっては話は変わって来る。続きを聞かせてもらおうじゃないか。」

 

 嗚呼、父上はまことに楽しそうであられる!

 とパンドラズ・アクターは心浮かれた。

 

 だが。

 これから話す事柄も、お喜びいただけるものだろうか?

 

「では、本題に移りましょう。

 実はダニエルに、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを離れ、自身の仲間になれと誘われました。」

 

「……はぁ?」

 

 あまりに想像から逸脱した話の流れに、アインズの骨の口がパカリと開く。

 

 

                    *

 

 

「モモンガさん、私があなたの新しい仲間になりますので、そんな連中とは手を切って此処からの脱出方法を共に模索すべきです!」

 

 アインズに扮するパンドラズ・アクターは、たちまちにはダニエルの言うところの意味が掴めず、そんなところまで(あるじ)を再現する必要もあるまいに、しばし骨の口をパカリと開いて呆けてしまった。

 

「どうにも……ダニエルさんのおっしゃっていることの意味がわからないのですが。」

 

「実は……」

 

とダニエルが神妙に語り始める。

 

「そちらのタブラ・スマラグディナさんとウルベルト・アレイン・オードルさんとは個人的に面識がありまして、私のギルドにお招きして語らったことがあります。」

 

 なんと!とパンドラズ・アクターは内心驚きを隠せないが、それが表面には現れないよう細心の注意を払ってはいる。

 

「そうでしたか。

 それが……先程のお話と、どう関係してくるんです?」

 

 喋りたい側に喋りたいように喋らせる、は概ね知を嗜むナザリックのNPCに共有されている基本戦術の一つだ。

 

「タブラさんとウルベルトさんが、陰でモモンガさんのことをどんな風に言っておられるかご存知でないんですか?」

 

 うーん、この問いにはどう返すのが正しいだろうか、とパンドラズ・アクターは思案する。それぞれの被造物となるアルベド、デミウルゴスの日頃の様子から外挿すれば、多少とち狂っていたとしても、それはそれで仕方がないのではなかろうか。

 

「彼らはギルド長の地位にあるモモンガさんを妬んでいます。本来は自分こそがアインズ・ウール・ゴウンの長であるべきだ、と。言わば獅子身中の虫、というやつですよ。おわかりになりますか?」

 

 いや、蟲ならばコキュートスかたっち・みー様でしょうよ、とパンドラズ・アクターは思うが、もちろん口には出さない。

 

 適当に話を合わせてもう少し様子を見てみるか。

 

 今から口にせんとすることは、いささか下僕(しもべ)、被造物の分に過ぎるような気がしないでもないが、他ならぬ至高の(あるじ)自身が常々口にしていることでもあるし、恐らくは仰せの通りなのだろう、と思わないでもないので構うことはあるまい。

 

「タブラ・スマラグディナ……さんも、ウルベルト・アレイン・オードル……さんも、私よりも遥かに見識豊かで弁も立ち、それぞれに優れた技能(スキル)をお持ちの方々です。彼らにどう思われていたとしても、私は特に気にはしませんが。」

 

 さらりとそう返されて、ダニエルはまるで自身が蔑まれたかのように憤った。

 

「悔しくはないんですか!

 タブラさんは私の前であなたのことを、小卒の知恵足らずの青二才、と言い捨てたんですよ。ウルベルトさんに至っては、モモンガさんを裏で操っている事実上のギルド長は自分である、とも!」

 

 アルベドが我が創造主をそのように考えていることはないだろうが、デミウルゴスについてはそのまんまのような気がするので、パンドラズ・アクターには強いて反論する動機も生じなかった。

 

「まぁ……それは事実ですし。」

 

「モモンガさんは物分りが良すぎる!」

 

 この道化師はどうして欲しいのだろう?

 NPCであるパンドラズ・アクターには、人間由来のダニエル・グレイの物の考え方が理解できなかった。

 

 この辺りが潮時だろうか。

 

「ダニエルさんが私のことを心配してくださるのはわかりました。一度仲間たちと相談してお返事します。」

 

 対するダニエルは、右手を大きく回して自身の胸に当てる礼を執り、極めて真摯な声色でこう言う。

 

「モモンガさんに本当の意味でお味方できるのは私だけです。そのことをお認めいただいた暁には、今はお立場上明かせない<運営>との繋がりについてもお伺いできれば、と。」

 

「はぁ……ともかく、突然お邪魔して失礼しました。」

 

 パンドラズ・アクターは居心地悪く感じながら席を立った。

 歩み去ろうとする背後からダニエルの声が届く。

 

「私と出会ったことはタブラさんやウルベルトさんにはくれぐれもご内密に!」

 

「もちろん、それは承知しています。お気遣いどうも。」

 

 敢えて振り返らずにパンドラズ・アクターは片手を挙げて応じ、ダニエルの庵を出た。

 

 さて、この想定外の事態にどう対処すべきだろうか。ダニエルの言に従う義理などまったくないが、さりとて、タブラ・スマラグディナとウルベルト・アレイン・オードルの名がこうして出てきた以上、これをそのままアルベド、デミウルゴスの耳に入れるなどというのはあってはならぬことだろう。

 そう考えた彼は、事前に準備していた非常時対応手順に沿って無詠唱(サイレント)で<脱出(エヴァキュエイション)>を発動させたのであった。

 

 

 

「わっはっはっはっは!」

 

 パンドラズ・アクターの話が終わるや否や、アインズは両手を叩きながら愉快そうに笑った。

 

「傑作だな!おまえに任せずにオレが行けばよかった!」

 

 が、パンドラズ・アクターにはたちまちにはこの(あるじ)の笑いの意味するところがわからない。

 

「父上、笑い事ではありますまい!」

 

 不意に神々しい緑色の光に包まれてアインズが真顔に戻る。

 

「……そうか?

 特にウルベルトさんが、モモンガを裏で操っている事実上のギルド長は自分だ、と嘯く下りと、それに対するおまえの、デミウルゴスについてはそのまんま、という感想が最高だよ!」

 

 (わたくし)……思いはしましたが口にはしておりません、で御座いますよ!

 

「父上はこれをダニエルなる者の虚言とお考えなのですか?」

 

「さぁどうだろうな。ギルトの<日誌(ログブック)>の記憶に縛られる者がつく嘘にしては突飛に過ぎるし、何よりどちらもタブラさん、ウルベルトさんが如何にも言いそうだ!」

 

と再びアインズは声を上げて笑い始める。

 

「いやいや父上、いかんでしょう!

 これが本当だとしたら、ギルドに対する叛逆ではないですか!」

 

「は、叛逆!」

 

 これがツボに入ったのか、なおましてけたたましくアインズは笑った。遂には腹を抱えたまま宝物殿の床の上を転げ回り、やはり神々しい緑色の光に包まれて止まったかと思うと、すっと立ち上がって、オレ何やってたんだっけ?と言わんばかりの呆けた顔を見せる。

 

「父上、冗談ではありませんぞ!

 守護者統括殿と参謀殿の創造主がそれぞれ父上に何やら含むところがあったのだといたしますと守護者統括殿と参謀殿の只今の真意も疑わざるを得ません!」

 

「あー、もー()めてくれ、パンドラ!

 このままおまえのクソ真面目な懸念を聞いていたらオレは笑い死にしかねん。」

 

「この話の、どこが可笑(おか)しいのですか!」

 

 なおもパンドラズ・アクターは顔を真っ赤にして食い下がった。

 それを気にするでもなく、はぁー、と深い溜息を吐いてアインズは漸く落ち着きを取り戻す。

 

「ユグドラシル時代、宝物殿にずっと籠もっていたおまえがわからんのも無理はないが、おまえはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの面々の真のところをわかっていない。」

 

「?」

 

「いいか?

 おまえらNPCと違って、ギルメン、おまえらが恭しくも至高の四十一人と呼び習わす禄でもない連中は、ギルド武器の秘密鍵で忠誠の縛りを受けているわけじゃない。銘々の自由意思でギルドに参加してたんだ。

 そしてギルド長、というのは便宜上の管理者であって、絶対忠誠の対象なんかじゃない。ギルドを組織するからには規約(ルール)上誰かが引き受けざるを得ないもので、面倒臭いからそもそも誰もやりたがらなかった。オレも出来ればやりたくなんかなかった。それを、皆におだてられて祭り上げられたんだ。」

 

「そ、それはそうで御座いましょうが……」

 

「タブラさんもウルベルトさんも稀有な人ではあったが所詮は人間だ。しかも彼らからすればオレは学のないお人好しに過ぎん。愚痴の一つや二つこぼれもするさ!

 

 加えて、だ。」

 

 アインズは強く言葉を切ってパンドラズ・アクターの注意を惹いた。

 

「ここだけの話にしろよ……どうせ忘れるだろうが。

 おまえが会って来たプレイヤーは道化師(トリックスター)だったんだろ?装備はどうだ?やたらと値の張るものをじゃらじゃら身に纏わせてたんじゃないか?」

 

 そんな些末なことを報告した憶えはないのに、まるで見て来たかのように語るアインズにパンドラズ・アクターは点の目を見開いた。

 

「ど、どうしてそれを?」

 

「あれはな、取り回すのにやたらと(かね)……ユグドラシル金貨ではなく<現実(リアル)>の現金の方だ……がかかる種族(クラス)でな、それであまり人気がなかったんだが、敢えてそれを使っているということは、ダニエルは金持ちのボンボンだ。」

 

 でありながら、ダニエルはこちらへの転移直後を乗り切るユグドラシル金貨を所有してはいなかった。

 それは、水晶の塔の邪鏡院玄武や蟲の死霊使い(ヴァーミンネクロマンサー)田中卓と同様に払い戻し(キャッシュバック)がおこなわれたことを示唆しており、つまるところダニエル、厳密にはその背後にあった人物(プレイヤー)にとって、ユグドラシルと自身のギルドや被造物(NPC)に対する思い入れよりも、<現実(リアル)>の現金の方が価値において勝ったことを意味している。

 

「ユグドラシル末期、タブラさんとウルベルトさんはいささか<現実(リアル)>での金回りに困っていた。そのボンボンに(かね)で釣られてそいつのギルドを訪問すれば、お財布のご機嫌取りにオレの悪口(リップサービス)の一つや二つをしもしただろうよ。太鼓持ちの太鼓持ち、とは我が友ながら情けなさに泣けてもくるが、所詮それが<現実>というものだ。

 

 オレがそのことに、千年も経った今になって腹を立てる理由なんかあるか?

 笑うしかねーだろ、常識的に考えて!」

 

 そもそもアインズからすれば、パンドラズ・アクターを介して聞くところのダニエル・グレイの発言は、ユグドラシル時代にも多々見られた敵対ギルドに対する離間工作の中でも、()()(たぐい)に過ぎなかった。こんなものはいちいち()に受けるに及ばない。

 ユグドラシル非公式ラスボスとまで謳われたこのオレに、そんな陳腐な仕掛けを恥ずかしげもなく試みる大胆さに、己の力を過信するこちらの世界の自称強者全般に通底するものをも感じ、今更ながら、嗚呼、皆、根は同じなのだな、と呆れを通り越して感心すら覚えなくもないが、動機はともかくとして、ユグドラシル末期のダニエルがそのための投資として<現実(リアル)>のタブラ・スマラグディナとウルベルト・アレイン・オードルに資金援助をしたのだとすれば、ダニエル、厳密にはその背後にいたプレイヤーは、アインズにとっては親友の窮地に手を差し伸べてくれた恩人、と言えなくもないことになる。

 二人のギルド無銘の者(エキストラ)訪問が事実として、タブラとウルベルトのとことん捻じ曲がった性格からすれば「我らがアインズ・ウール・ゴウンに敵対せんとする輩から金員を騙し取ったとて何が悪い」と確信犯で搾取に及んだのは想像に難くなく、むしろダニエルには申し訳ない気分にすらなってきて、しかもそれが千年も前の出来事であり、その伏線が今日(こんにち)ダニエルの成れの果てにこれをやらせている、というのがあまりに可笑(おか)しくて、アインズは余計に笑いが止まらなかった。

 

 一方、自分自身はNPCであり、創造主たるプレイヤーたちの背後の人間存在を、知ってはいても理解しているわけではないパンドラズ・アクターからすれば、忠誠を誓ったギルドのメンバーであるとは言え、父と慕う自身の創造主(モモンガ)を悪し様に罵ったと聞かされた面々に対して芽生えた猜疑心は、易々とは払拭されない。

 

「しかし父上。タブラ様とウルベルト様が、ダニエルなる者に漏らすべからざるギルドや父上の秘密を明かした、という可能性はなくはないのではないでしょうか!」

 

「ふふ。」

 

とアインズは息子の懸念を鼻で笑う。

 

 そんなものは、ユグドラシル時代に何度も乗り越えて来たものだ。

 オレ、アインズ・ウール・ゴウンはその上に立っている!

 

「もしそうだとしたら、オレもそこまでのギルド長だった、というだけだ。

 そうは思わないか?

 

 それはともかく装備を脱げ。今からそいつを殺してくる。」

 

 あまりにさらり、とそう言われたので、パンドラズ・アクターは一瞬(あるじ)の言葉の意味を理解し損ねた。

 

「え?はぃ?」

 

「何か驚くようなことをオレが言ったか?

 そのダニエル何とかをブチ殺してくるから装備を返せ、と言っている。」

 

「な、な、何でまた唐突に?」

 

「おまえがこの話をアルベドとデミウルゴスに聞かせるべきでない、と判断したのは正しい。

 が、おまえはデミウルゴスを舐め過ぎだ。オレの読みが正しければ、今頃デミウルゴスはアルベドを連れて竜王国への空の旅の途上だな。

 試してみよう。

 

 <伝言(メッセージ)>……応答なし。

 

 <伝言>……こちらもだ。

 

 <伝言>……あ、シャルティアか?オレだ。

 ここ半日の間に誰かを<転移門(ゲート)>で送り出したか?

 ……そうか、いや、いい。邪魔して悪かったな。

 

 とまぁ、そういうわけだ。

 流石のデミウルゴスもシャルティアを巻き込みたくはなかったんだろうさ。お陰で先手が取れる。」

 

「し、しかし父上!」

 

「まだわからんのか、時間がないから急げ!

 後はもう一人の役者にも事前に声をかけておかんとな。」

 

 慌ててアインズの装備を脱ぐパンドラズ・アクターを尻目に、アインズは再び何者かに<伝言>を発した。

 

「よう、オレだ!

 今から行くから傀儡(くぐつ)を起動して待ってろ。

 

 千年分の貸しを一気に返す機会をくれてやる!」

 

 

                    *

 

 

 ズカンッ!

 

 突如高空から落下して現れたアインズが、ダニエル・グレイの庵の目前の沼地に着地し、盛大な水しぶきを巻き上げた。それが静まり終わらぬ内に水煙の中から魔法の詠唱が響き渡る。

 

「<大顎の竜巻(シャークスサイクロン)>!」

 

 巨大な人喰鮫が中をうねり飛び交う竜巻が、一息にダニエルの庵を呑み込んで吹き飛ばす。

 弾け飛ぶ家屋の破片の中から無数の投剣(ジャグラーナイフ)がアインズ目掛けて飛来するが、達する直前に事前に展開されていた<浮遊大機雷(ドリフティングマスターマイン)>が炸裂してすべてを叩き落した。

 

「いきなり何の真似です、モモンガさん!」

 

 反撃を返しておいてなおも話し掛けてくるとはいい度胸だ、とアインズは愉快に感じる。

 

「何の真似もクソもあるか。オレの勝手な都合だがおまえには死んでもらう。」

 

 な!

 

 ダニエルは驚いた。

 先程訪ねてきたときとは随分と様子が違う。モモンガが、ユグドラシル非公式ラスボス、大魔王(ロール)の権化、と数多のユグドラシルプレイヤーの畏怖の対象となりつつも、その中の人は極めて常識人でむしろ気弱で控え目な人物だ、というのは、タブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードルを含め複数から聞き及んでいたことであり、まさに直接会話して得た感覚もそれそのものであったが、今目前にあって全開状態の<絶望のオーラ>を纏ったモモンガは、まさに評判通りの非公式ラスボス、大魔王そのものだ。

 

「タブラさん、ウルベルトさんから何を吹き込まれたのかは知りませんが、私と戦うと後悔しますよ!」

 

「権力者に媚を売って保身を図る道化師風情が、威勢のいいはったり(ブラフ)だな!」

 

 どちらが……どちらが本物のモモンガなんだ?

 

「タブラもウルベルトも、多少知恵は回るが所詮は貧乏人の小倅、下賤の者だ。これからは私が、モモンガさんを真の大魔王として演出(プロデュース)して差し上げよう。悪い話ではないはずだ!」

 

「余計なお世話だ、間に合ってる!」

 

 アインズとしては、これ以上自身の背後で笛を吹く奴(デミウルゴス)が増えるなど真っ平御免だ。

 ダニエルには、よもやアインズがそんなことを考えているなどと知る由もない。

 

「……モモンガさん。」

 

「その名は捨てた。今はアインズ・ウール・ゴウンがオレの名だ。」

 

「な!」

 

 ユグドラシル非公式ラスボスの二つ名のみならず、世界級(ワールド)アイテム十一を独占し、総戦力十傑に漏れるにも関わらず常に怯え慄かれ、百レベル(カンスト)プレイヤー千五百人の襲撃を撃退するという伝説まで成し遂げたギルド中のギルド、アインズ・ウール・ゴウンの名までをも独占するというのか、この小僧は!

 

「それは……小卒風情には過ぎたる名乗りだ、とは思いませんか?」

 

「そういうおまえは日本人の癖にダニエルじゃねーか、ユダヤ教徒でもあるまいによ!

 それ、神には私を裁く権がある、って意味だって、知って名乗ってんのか?

 知らんよな、当然。神に膝を折る道化師なんてちゃんちゃらおかしいぞ!」

 

 他ならぬタブラ・スマラグディナの蘊蓄に由来するこの突っ込みは余程ダニエルの矜持に触ったのか、道化師の厚い化粧に覆われて読み取り難いその表情に俄に明確な苛立ちが(あらわ)となった。

 

「なんだと!学もない小卒の(てて)無し子、営業職の底辺が口を慎め。

 オレは大卒で、父親はアーコロジーの権力者、大金持ちだぞ!」

 

 嗚呼、とアインズは歓喜を覚える。

 オレの勝手で殺してしまうのは少しこの憐れな男、<現実(リアル)>のタブラ・スマラグディナとウルベルト・アレイン・オードルを少なからず救ったに違いないこの男、の()()に悪いかな、と思わなくもなかったが……であっても殺すのは確定事項ではあったのだが……今ので殺すに悔いない存在に昇華してくれた!

 

「方針変更だ。非公式ラスボスを僭称する小僧を傀儡にして<運営>と交渉するつもりでいたが、おまえのような底辺はとっとと片付けて、その実績を以て取り入った方が話は早い。」

 

「好きにしてくれ、おまえが死ぬのは既に確定事項だ。

 <魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)><千本骨槍(サウザンドボーンランス)>!」

 

 ダニエルの周囲の地面から突如無数の骨の槍が飛び出し、そのまま彼を包み込んだが、

 

「おまえのような底辺が非公式ラスボスだ、ってのが昔から気に入らなかったんだよ!

 <空間歪曲(ディストーションフィールド)>!」

 

 物理攻撃の指向性を転換する魔法の効果により、そのすべてがアインズへと向かう。

 しかし!

 

 やはり事前に準備されていた<浮遊大機雷(ドリフティングマスターマイン)>がそれらを轟爆と共に消し去った。

 その瞬間、ダニエルは一瞬アインズの位置を見失った。

 

 しまった!

 

 そもそも<空間歪曲(ディストーションフィールド)>で攻撃を跳ね返すことが読まれていて、前もって二段目まで用意されていた<浮遊大機雷(ドリフティングマスターマイン)>は防御ではなく、こちらに無駄な一手(ターン)を消費させる(かん)に次手に繋ぐための目眩ましだ!

 

 と、気づいたときは既に手遅れ。

 アインズは深くダニエルの間合いに踏み込んでいた。

 

 爆炎を突き抜けて姿を現した骸骨姿の大魔王が叫ぶ!

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!

 <真なる死(トゥルー・デス)>!」

 

 機械仕掛けの時計を背負った死の支配者(オーバーロード)が恐るべき速度で急接近して来て、ダニエルは、その死の指先に触れられてしまった。

 

 猶予時間は十二秒。

 

 だがしかし。

 これこそがダニエルの真の狙いであったのだ!

 

 ゴーン……

 

 手遅れながら(たま)らず飛び退()いて数歩分の間合いを空けた道化師が、ユグドラシルプレイヤーであれば誰でもその意図がわかる構えを取った。

 刹那、巨大な光の魔法陣がダニエルを包み込む。

 

「超位魔法だと?

 十二秒では発動に足りんぞ!」

 

 ゴーン……

 

 だがしかしダニエルの右手にはしっかと、光り輝く砂時計が握られていた。

 

「こいつを忘れているとは、大魔王モモンガも焼きが回ったか?」

 

「か……課金アイテムだと!」

 

 ゴーン……

 

 砂時計が握り割られ、本来要する充填時間が無視されて超位魔法が発動可能となる。

 

「超位魔法、<因果応報(What goes around comes around)>!」

 

 突如二人の周囲が禍々しい光の渦に呑み込まれた。

 

「これで、効果領域(フィールド)内のあらゆる攻撃の因果は逆転する!

 つまり……」

 

 ゴーン……

 

「おまえは、自分の必殺連続技(コンボ)で死ぬんだよ!」

 

 満願成就まで残り時間八秒。

 第九位階魔法を詠唱したばかりで再充填時間(リキャストタイム)待ちのアインズに反撃の手段はない。

 

 アインズは沈黙したまま高々と天に手を翳し、何の意味があるものか人差し指を突き立てた後、続いて中指を立てて∨印(ヴィサイン)を作った。

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