大魔王アインズ・ウール・ゴウン、絶体絶命の
「パンドラズ・アクターが直接宝物殿に戻ったようだよ。」
デミウルゴスからそう話し掛けられたとき、アルベドはたちまちにはその意味するところが理解出来なかった。
「それは……どういう意味なのかしら、デミウルゴス?」
事も無げにデミウルゴスは続けた。
「彼はそこへアインズ様を呼ぶだろう。
つまり、我々には聞かせたくない話がある、ということさ。」
やはり悪魔の言わんとするところはよくわからない。
パンドラズ・アクターは、ツアーの娘、コニーが知らせて来たユグドラシルプレイヤーの品定めに竜王国を
「今回の来訪者は、どうやら我らの創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様、タブラ・スマラグディナ様とユグドラシル時代に面識があった者のようだ。」
途端、アルベドの表情が強張った。
有り難くも
「私は先手を打ってこのプレイヤーを討伐するつもりでいる。
なんと!
無断出撃はご法度のはず。
「生真面目な
そうは、思わないかね?」
それはその通りだが、どうしてこの悪魔は私がずっと胸のうち一つに秘めていた懸念について知っているのだ。
「おっと、私としたことが言葉足らずだったね。
アインズ様のお耳に入れるべきでない創造主の言葉を秘してきた、という点では、私も
……そういうことであれば話は早い。
だがこうして飛行する間にも、アルベドは何処かで心に痛みを覚えていた。
特に、アインズから発せられた<
「我らが至高の
とデミウルゴスに勧められてのことではあるが、果たして、目下の自身の行為は適切なものなのだろうか、この悪魔に踊らされているものなのではないか、との思いが払拭できずにいる。
そんな考え事をしていたアルベドは目を伏せていたので、進行方向前方に突如生じた異変に気づいたのはデミウルゴスの方が先であった。
「あれは!」
同僚の声に顔を上げてみると、見間違えようはずもない超位魔法の魔法陣が遠方に見える。疑う余地なく彼らの目的地、竜王国の来訪者の庵があると聞く沼地の辺りだ。しかもそれはたちまちに何らかの
意味するところは一つ。
課金アイテムによる
そして、常識的に考える限りそれを為し得る者は、沼地に潜む
「デミウルゴス、アレはどういうことなの!」
思わずアルベドは振り返ってデミウルゴスにそう叫んだが、振り返ってもなお感じ取れる強烈な閃光を感じ再び進行方向に視線を向けることを強いられた。
「「な!」」
アルベドとデミウルゴスは、二人同時に呆気にとられて声を上げた。
天地を貫いて視界を左右に両断するかの如き光が走ったかと思いきや、超位魔法の光の渦が一瞬で掻き消されたからだ。
「何が起こっているの?」
「急ぎましょう、アルベド!」
遅れて聴こえてきた雷鳴のような爆音の中、二人は謎の光の方向へと飛行速度を増した。
*
「おまえは自分の必殺
ゴーン……
満願成就まで残り時間八秒。
超位魔法<
ダニエルの一方的な勝利宣言が聞こえているのかいないのか、アインズは沈黙したまま高々と天に手を翳し、何の意味があるものか人差し指を突き立てた後、続いて中指を立てて
ゴーン……
繋いだままにしている<
(十二番……って、どれだったっけ?)
……はぁ?
ちょ……おま!……この期に及んで何を言ってやがる!
ゴーン……
ダニエルは既に自身の勝利を確信していた。
「ちょっと煽ってやれば無学歴底辺なおまえが馬鹿の一つ覚えで、おまえだけが完全無欠と思い込んでいる必殺技を繰り出すのはわかっていたことだ。」
一方、アインズの脳内には腐れ縁の相棒の常と変わらぬ調子の能天気な言葉が聞こえている。
(
はははっ!もちろん
……おまえら
ゴーン……
「ムカついてたんだよ、おまえみたいな奴が非公式ラスボスだなんて持て囃されるのがな!
おまえを殺すこの私が、これからは新たなユグドラシルの大魔王だ!」
そんなもん勝手に名乗っとけよ!
っつーか、新たな、が掛かってんのはユグドラシル、と大魔王、のどっちだよ?
ゴズガガーーーーーッン!
突如天地を左右に引き裂かんばかりの眩い稲妻が走る。
何処からともなく聴こえる秒読みの鐘の音は、続く轟音に掻き消された。
と同時に、どうしたことか<
もうもうと
ゴーン……
道化師に覆いかぶさるように乗りかかった
小さな、それでもデータ量だけは
着地に際し、道化師の手中へと柄を差し込まれた小刀の刃先は甲冑武者の左胸、人間であれば
そしてこの
ゴーン……
「ば……馬鹿な!
……グハッ!」
「前回これをやったときの
ゴーン……
「これをオレに試みて返り討ちに遭ったのが……」
その言葉に道化師は驚愕の余り大きく目を見開いたが、最早すべて手遅れだ。
「……おまえで何人目か知りたいか?」
ゴーン……カチリッ。
道化師の首が、かくり、と力なく折れる。
「あ、間に合わなかったか。
まぁ……知ってどうなった話でもないわな。」
アインズがそう呟くと、道化師の身体は音もなく光の粒となって崩れ去った。
「今更だがね。
改めてキミを敵に回したくはないものだ、と思ったよ、アインズ。」
そう言いながら、自身の左の胸元をパンパンと払いつつ
「それはこっちの台詞だ、ツアー!
流石にさっきの
「たまにはやり返してやらないと立つ瀬がなくてね。」
アインズが骨の右手を上げて差し出せば、傀儡もまた右手の
「おまえの嫁さんのお気に入りだったそうだが、悪かったかな?」
「嫁さん?」
ツアーは、唐突に「プレイヤー狩りだ!」と連れ出されたもので、来訪者の庵へ向かって急降下を開始する直前のアインズから即時撤収を含む十六通りの
「この話はそもそもおまえの娘、コニーが持ち込んだものだ。
此処……なんとか王国の王様、がおまえの……嫁さんなんじゃないのか?
コニーからはそう聞いたぞ。」
「あぁ。」
一瞬ぽかんとした様子を見せた傀儡は意味もなく頭の後ろを掻いた。
「ボクら
「コニーは、母は人を見る目がない、と。」
「ははは、あの
アインズとしては「か……課金アイテムだと!」などという白々しいにも程がある演技を
「今回の処置が拙速に過ぎたのはオレ自身認めるところだ。死んだ道化師を憐れに思わんでもないが、対峙して感じた人柄から思えば、放置すれば大なり小なりおまえの嫁さんが厄介事に巻き込まれたのは間違いない。
まぁ、そもそもはオレの勝手でやったことだから、恩に着ろなどというつもりはないし、おまえの助力がなければオレ一人であいつを屠るのは、不可能ではないが面倒だったのも事実だ。詳細を問い
ツアーはアインズのこの物言いを、腕を組みつつ興味深げに聞いていた。
不器用な表現ではあるが、アインズはアインズなりに気を遣ってくれているのだな、と。
「いや、キミの言う通り千年分の借りを返せたのは幸いだ。
その上でお願い事をするのは恐縮なんだが……」
「なんだ?
共闘してもらった以上、オレに断る筋なんかないぞ。」
「できれば、ドラウにはこの一件にボクが絡んでいたのは内緒にしておいてくれ。
派手に暴れてしまったからもうバレているかも知れないけどね。」
片手を拝むように差し出してそう言うツアーが、アインズには、しばしば同じようなことを口にしていたギルドの妻帯者組に重なって見えた。なるほど、みんなこんな感じだったのかもな。
「わかった、それは貸しにしておこう。
コニーも、そこを気にしてオレに話を持ち込んだんだ。よく出来た娘じゃないか!」
ふふふ、わははははっ、と二人で愉快に笑い声を上げていると、
「「アインズ様!」」
と上空から声がかかる。
「あぁ、漸く本題の到着だな。
疲れているかとは思うがツアー、もう少しだけ付き合ってくれ。」
「聞いているだけでよいのなら。」
「
「心得てはいるけれど……流石に
「あらゆる事態に漏れなく備えるのが、オレ、アインズ・ウール・ゴウンの流儀だ!」
そんなことを言い交わしている間に、甲冑姿のアルベドとデミウルゴスがアインズの前に着地した。それぞれ兜を脱ぎ、人型の容姿に戻して跪礼を執る。
「アルベド、デミウルゴス、遅かったじゃないか。
おまえたちが暗殺しようとしたプレイヤーは、オレが先に片付けてやったぞ。」
な!と二人揃って顔を上げ
「結論から言おう!
オレに無断で出撃など
何故だかわかるか?
この世界においてナザリックの力は突出しており、その全責任はオレに帰されねばならん。
オレの知らぬところでその力が、たとえオレに対する忠誠心によるものであったとしても無分別に行使されるようなことがあれば、ツアーであれそうでなかれ、何者かがそれを世界を
わかるか?
わかるよなーーーッ!」
その言葉を聞いて、二人の
反論の余地などなかったからだ。
「そして、この際だから言っておく。
おまえたちのやろうとしたことは、オレからすれば大きなお世話以外の何物でもない!
アルベド、おまえはオレがタブラ・スマラグディナを知らない、とでも思っていたか!」
はっ、と再び顔を上げたアルベドの金色の猫の目が驚きの余り大きく見開かれた。常に彼女の創造主のことをタブラさん、タブラさん、と懐かしげに偲ぶアインズが、タブラ・スマラグディナ、と呼び捨てにするのを憶えている限りにおいて初めて聞いたからだ。
「おまえが何を考えていたかはわかっている。
タブラ・スマラグディナが実はオレ、当時のモモンガを、オレの居ない場所では、小卒の青二才、と蔑んでいたことをオレが知れば心痛める、と案じてのことだろうが、まったくもって余計なお世話だ。オレがそれに気づいていなかったはずがないだろう!」
「そ、そんな!
では、アインズ様はどうしてタブラ・スマラグディナ様を今でもお慕いするような申し様をなされるのですか!」
アルベドとしては、アインズが無邪気に敬慕する自身の創造主がユグドラシル時代、しばしばアルベドを前にして当時のモモンガについて悪し様に罵った記憶は、決して知らせてはならない猛毒中の毒であった。
「あの蘊蓄野郎がオレを嫌っていたことと、オレがあいつの蘊蓄が好きだったことの間に何の関係がある!」
今度はアルベドの口が誰の目も憚らず大きく開かれる。
いったい、至高の
「いいか、タブラ・スマラグディナは実にややこしい奴だったんだ。
あいつ自身、自分の蘊蓄が皆から迷惑がられていたことは百も承知だった。だが奴は、自らそれを遠慮できるような真っ当な性格も持ち合わせなかった。むしろ、ギルドの皆が奴の蘊蓄について来れないことに捻くれた喜びを覚えていたんだよ。自分の知は誰の追従も許さないものだ、とな。
ところがだ。オレだけが目をキラキラさせて食いついてくるわけだ、在野とは言え研究者級の奴の知見に対して、小学校しか出ていないこのオレが、だ。もちろん今以てオレは奴がくっちゃべっていたことの半分も理解はできない。が、わからないなりに、オレのまったく知らない世界について雄弁に語る奴の蘊蓄が大好きだったんだよ。
だが、オレの態度は奴の捻くれた
もちろん、オレがこれに気づいたのは、こちらの世界に来て<
アルベドは跪いたまま、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣いていた。
よもや……よもや
「だがな、オレは一方的にタブラ・スマラグディナに折れているわけでもないんだ。
奴はあんな感じで、錬金術師として頼られてはいたが、そういう実利が絡まない限りとにかく人望がなかった。ところが、たとえ表向きだけであってもオレをギルド長として立てている限りは、奴はアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の協力だけは確実に得られたんだよ。
わかるか?
これが、至高の四十一人の
そして、これはおまえも同じだ、アルベド!」
「え?」
「ナザリックの
だが、皆、おまえを守護者統括と持ち上げて日々支えているのは、おまえが常にオレの側近くにあって、オレが壊れてしまわないよう最も懸命に支え続けている存在であって、オレもまたおまえを何よりも必要としている、と皆よく知っているからだ!
わかるか?
わかるよなーーーッ!」
アルベドは膝立ちのままに、驚愕とも法悦ともとれる表情のままわなわなと固まっていた。
「そして次にデミウルゴス!」
「ハッ!」
デミウルゴスは正座し、背筋をピンッと伸ばして待ち構えている。
「おまえに言うことは何もない!」
「ア、アインズ様ァ!」
たちまちにデミウルゴスは捨てられる犬の表情を見せた。
「……と言いたいところだが、おまえが創造主にも似て自身の真意を見抜かれることを忌むことを百も承知で、オレが笛吹かれ踊らされる者ではなく、むしろ、おまえの吹く笛に合わせて踊ってやっているんだ、ということをこの際言っておく!
おまえの今回の動機はアルベドとは真逆だ。ウルベルト・アレイン・オードルがオレを使嗾し続けてきたこと、自身をナザリックの影の支配者と嘯いていたこと自体は、気づいている者は気づいていた公然の秘密だ。だからおまえにはあの道化師を殺す動機などない。
おまえが今回の行動に出た理由は、オレがあいつを殺すことを楽しむだろうと予測し、最も劇的に屠る場面を演出するためだ。シャルティアに
「仰せの通りで御座います、アインズ様!」
正座したまま、デミウルゴスは深々と伏礼を捧げた。
「結果的にオレは戦いを楽しんだし、おまえが事に及ばなかったらツアーとドラウに憚ってあの道化師を見過ごした可能性もあるからそのことはとやかくは言わん。
が、これだけは言っておく必要がある。
デミウルゴス、おまえは何故オレがあの道化師を殺すことを即断したか、わかっているか?」
「ムカつく奴だから……と愚考する次第です。」
「大間違いだ、馬鹿者!」
アインズは自信満々に即答したデミウルゴスを大声で罵倒した。
「あの道化師をブチ殺してやったのは、あいつがタブラ・スマラグディナの名を口にしたことで、たとえ一瞬であってもオレのアルベドに
「……なんと!」
「嗚呼、アインズ!」
流石のデミウルゴスも
アルベドは両手を添えた頬を真っ赤に染めて惚けている。
「そしてその点では、アルベドを巻き込んだデミウルゴス!
おまえとて例外ではない!」
堪らずデミウルゴスは正座を解いて後ろへ
ぴくりっ、と
「本当はこの場でおまえを殺してやりたいくらいだが、そんなことをしても何の益もないし、他ならぬオレが困るから、今からする話を聞いてもらうことで罰に代えよう。
いいか?
アルベドがタブラ・スマラグディナをわかっていなかったのと違って、おまえはウルベルト・アレイン・オードルをよくわかっている。そしてわかっているからこそ、おまえが直視できずにいることを敢えて言ってやろう!」
デミウルゴスは腰を抜かしたままアインズをじっと見つめている。
「ウルベルト・アレイン・オードルがオレを使嗾したのは、それ以外、あいつが何かを為す手段がなかったからだ。あいつは雄弁鬼才ではあったが、実際のところは自分の本心を他人に曝け出すことを極端に恐れる
そうしてもなお、その悪魔が誰かとの論戦に破れて自身の全能感に傷がつくことを恐れるウルベルトは、ギルド長であるオレを踊らせる笛を吹くしかなかったのさ。
おまえが、いつもオレたち皆の後ろでやってくれているようにな!」
「ア、ア、アインズ様はご承知だったとおっしゃるのですか!」
「気づかいでか!」
「で、で、では、何故……」
「何故オレがおまえの吹いた笛に合わせて踊るかと問うか!
答えは簡単だ。ユグドラシル時代のオレ、モモンガがウルベルトの吹く笛を必要としていたのと同様に、オレ、アインズ・ウール・ゴウンは、狡知の悪魔デミウルゴスが吹く笛を必要としているから、に決まってんだろーが!
ウルベルトという男はな、
笛吹いて他人を踊らせる分には万が一失敗しても失敗したのは他人だ。逆に思惑通りに事が運べば、あれをやらせたのは俺だと勝ち誇ることが出来る。だがちょっと待て。いったいそれは誰がやったことで、誰が望んだことなんだ。あいつは自分が傷つくのを恐れるあまり、そのあたりがわからなくなってしまったのさ。
だが、あいつは踊らされる側が楽しめない笛の拭き方は決してしなかった。それこそがあいつの……オレが、実は口だけ達者な臆病者だと知りつつも敬愛してやまないウルベルト・アレイン・オードルの才、そのものだったんだよ。
デミウルゴス……おまえにそっくりだろ?
おまえが一人突出してもオレが後を追うことはないだろう、と見越してアルベドを伴ったのはわかっている。が、それならセバスを連れていくべきだったな。そうすればオレは腹を立てることなどなく、でありながら、おまえと共にあるセバスが何をしでかすか心配で、やはり先手を打ったことだろう。セバスがおまえに素直に従ったとも思えんがな。
だが、デミウルゴスの吹く笛が、オレの愛するアルベドを傷つけるのであれば話は別だ。
今回は見逃してやるが、次はないと思え、この
屹っとアインズに指差されたデミウルゴスは、宝石の瞳からやはり宝石の涙をぽろぽろと溢しつつこう答えた。
「確かに……確かに承りました。次はセバスを伴います!」
「次なんか
それぞれ事情は異なれど混乱の極みにある知の
「どうせ忘れてしまうだろうが、おまえたちであれば己の生命に刻みつけると信じて申し渡す!
おまえたちは、オレを含め至高の四十一人を理想の支配者か何かだと思い込んでいるか、そうでないまでもそうであって欲しいと願っているようだが、それはあくまでも理想であって現実とはほど遠い。
いいか!
タブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードルは言うに及ばず!
今のオレから言わせれば、死獣天朱雀は己の学説が受け入れられないことに拗ねてギルドの連中に説教することで憂さ晴らししていた偏屈爺だ。ブループラネット、ガーネットはただの自然、
たっち・みーは警察組織に適合できなかった跳ねっ返り。やまいこは実際には生徒を殴れない代償行為。ぶくぶく茶釜は性を切り売りしていた自分を慰めるために
その他は推して知れ。どいつもこいつも、本当に碌でもない連中だ。
かく言うオレ、鈴木悟も、<
だが、だからこそオレは、ユグドラシルとギルド、アインズ・ウール・ゴウン以外には何も持たなかったオレだからこそ、この碌でもない連中それぞれの美点を見出し、それはそれは大切にしたものだ。連中も、すべての仲間に対してそれを徹底することができるのがオレだけであることをわかっていたからこそ、碌でもない四十一人の
ただ、それだけのことだ。
わかるか?
わかるよなーーー!
そして、今もそのときから何も変わってはいない。
碌でもない四十一人の碌でもなさを呆れんばかりに引き継いだおまえたちもまた本当に碌でもない連中だが、オレだけは、おまえたち一人ひとりの美点を見出し、楽しく活躍させるために骨折って何ら倦むところがない。
それが出来るから、オレはおまえたちの
だからこそおまえたちは、オレを至高の
違うか?
そうだろう!
こんなことが出来るのはオレだけだ。
オレだけが、ナザリック地下大墳墓をこの千年守り通したのがその証明だ!
おまえたちが常にオレのために、と身を粉にしてくれているのは承知している。が、だからこそ、今話した基本中の基本だけは踏み外さないでくれ。アルベドとデミウルゴスがここを踏み外したら、もう
無茶苦茶なことを言っているのは百も承知だが、かつての鈴木悟が至高の四十一人に対してそうであったように、オレもおまえたちをこの上なく当てにしているし大切に思っている。」
アルベドとデミウルゴスは、アインズの心の叫びを聞きながら、滂沱の涙を流していた。
「泣くな!
こんなことを自分で言うのが、どれだけ恥ずかしく馬々鹿々しいことかわかるか?
わかるよなーーー!
だからおまえたちは笑え!楽しめ!
それがオレの唯一の望みだ。
柄でもない大魔王役を果てなく演じ続けることを宿命づけられた、
感極まったアインズは、骨の両の手の平を天に突き上げて叫ぶ。
「喝采せよッ!」
守護者統括と参謀は、言われるがまま泣き笑いながら拍手を打った。
いつの間にか
「いやぁ、アインズ。面白かったよ!
デミウルゴスがキミに説教されたがる、というのも納得がいく。
是非、次の説教にもボクを呼ん……」
「次なんかあってたまるか、ボケーーーッ!」
最早誰の住処でもなくなった沼地に、泣き笑いと拍手が響き続け、やがてそれは神々しい緑色の光と共に
*
後日ナザリックを再訪したコニーが語るには、竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスはお気に入りの道化師が宮廷に姿を現さなくなったことについて、特に気にしている様子はないのだという。
コニーは母にそれとなく、あのお気に入りの道化師はどうした、と問うたが、そう言えば見ていないがおまえはアレが気になるのか、と逆に問われたのだそうだ。聞けば、女王自身道化師の胡散臭さには疾うに気づいていて、それでも
アインズとしては、曲がりなりにも
「で、セバスはおまえに振り向いてくれたのか?」
正直なところどうでもいい、と思いつつ、アインズはコニーにそう問うたが、問われたコニーは、
「父から聞いてはいたが……アインズさんは、いささか
と頬を赤らめた。
おいおい、嫌な予感しかしねーが、大丈夫かコレ?
もしドラウディロンが突如消息を絶ったダニエルを捜索するようであれば、挨拶も兼ねて事情説明に行くべきだろうか、その際ツアーに頼まれたところの、ボクが絡んでいたのは内緒にしておいてくれ、を守れるだろうか、守れないよな、きっと、だって喋っちまった方が面白いに決まってんじゃねーか、などと考えていたアインズであるが、コニーから伝え聞いたドラウディロンの言葉、
「王たる者、頼ってくる者が
を知って、それこそ余計なお世話だろう、と思い直した。
竜王国の住民で、超高空から突撃したツアーが励起させた
いや、場合によっては、ドラウディロンはあのツアーが配偶者と認めた女傑なのであろうから、そもそもコニーを通してツアーやアインズが道化師を見定め然るべく処置することを見通した上で、その存在をコニーに晒していた可能性だってある。
もしそうだとすると、実はなかなか面白いやつなのかも知れない。
憶えていたらそのうち確かめに行ってみるか。
十中八九、忘れるけどな。
竜王国のどこかに在る、と推定されるダニエル・グレイのギルド
一方で、かつての
だが、アインズとしては「そんなこと言われたってなぁ」ではありつつも、仮にそれがダニエル自身が必勝と信じた戦術へアインズを誘導すべく演じられた完璧な芝居であり本心からのものでなかったのだとしても、筋違いの嫉妬に由来する明確な殺意が吐露されたことは嫌な後味を残した。
意味するところはただ一つ。
今後もやって来るプレイヤーの中に、同じ心根の者は必ずいる。
ということだ。
「面倒
でもこればっかりは……どうしようもないよなぁ。」
突き進めども突き進めども新たな闇が口を開くばかり、を痛感するアインズであったが、それは同時に、仲間たちと挑み続ける冒険のネタが尽きないことを意味してもいる。そうだ、そうに違いない、と自身に言い聞かせたアインズは、でもやはりちょっと
*
「大変興味深いお話ではありました。
今ここで何を約束することも出来ませんが、ひとまずは預からせてください。」
トブヴァルト執政官の一角を務めるパクア・ペシュメルは、薄気味悪い老婆に対してひとまずそう答えた。
パクア自身はそれを
そんな彼をしても、深夜に突然彼を
曰く、この世界には千年に渡ってありとあらゆる凶事を裏で糸引く大魔王が隠れ潜んでいる、というのだから、普通に聞く分には狂人の戯言だ。
この街でも直近にそれを思わせる事件があったはずだと問われ、そう言えば昨年の暮れに街の一角で大火があって随分と犠牲者が出たことがあった、と答えれば、それを画策した者こそかの大魔王だ、と言う。
では、一昨年の流行り病で随分と人死にが出たのもそうなのか、と問えば、然りと応じられ、パクアは、これは辻の占い師の手口なのではないか、と疑いを抱いた。
そこで、実際には起こってはいない三年前の未だ犯人不明の連続殺人事件もそうか、と問えば、パクア本人はそのからくりを見抜くことが叶わなかったが、彼の微妙な眉の動きから虚偽を見抜いた老婆に、そんなことは起こっていないはずだ、と窘められた。
老婆は自身の腕に剣を当てて血が流れぬこと、そして臆面もなく口腔に備えた牙を晒して見せた。二人は、この大魔王と戦い続けるために自ら
この場に腕の立つ信仰系
さりとて、トブヴァルトにその人ありと謳われたパクアであっても、この無闇に大袈裟な話を自身の一存のみでどうこうすることは叶わず、夜明けを待って信のおける者に諮ってからではないと独断することは憚られた。
パクアは、自身の居館の地下室の提供を二人に申し出、幾日か待たせることになるとは思うがしばらくはそこで日差しを避けて潜んでいて欲しい、と求めた。
対して老婆は、自身は老いさらばえた身であるので求めるところなど僅かではあるが、壮年の身体を備えた従卒には
吸血鬼を自邸に匿うなど、場合によっては自身の政治生命に関わる話ではあるが、であるがゆえに、それを惜しんで手を拱くことはペシュメルの家名にかけて許されない、と考えたパクアは、夜が明けて同じく四騎士の血筋を自称することから親交の厚いイマザン・エネックを訪ねた。
イマザンは長くトブヴァルトの初等学校で教鞭を執った有識者であり、自身第二位階の
パクアは、自身が問題の吸血鬼を自邸地下室に匿っていることを含め、老婆が語ったことを包み隠さずイマザンに明かして助言を求めた。しばし沈思黙考したイマザンはやおら筆と羊皮紙を手に取り「手紙を書かねばならん」と告げた。
パクアは、イマザンの助言で問題が解決することを期待していたので、それが手紙の往復の後になるであろうことにいささか落胆せざるを得なかったが、何やらイマザンは確信を以て事に当たっている様子に見えたので、素直にこれに従うことにしたのであった。
そして、十日と少し経った夜のこと。
「……こちらになります。」
老婆吸血鬼ラナー・ヴァイセルフは、何者かを伴って地下室へ続く階段を
ラナーは、パクアが連れ込むであろうさらに上位の権力を有するものに侮られぬよう、細心の注意を払って自身の姿勢を正し、クライムには傍ら近からず遠からずの位置での直立を命じた。
「失礼いたしますよ、あなたがたに面会を希望される
ラナーは黙礼で応じつつ相手の様子を探った。
そして、少年……ではなかったのだが……の一人が頭巾を脱ぎつつ口にした言葉にはラナーが愕然とすることになった。
「九百年振りだな、ラナー。」
それは見間違おうはずもない、ラナーに吸血鬼の力を与えた