億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴1000年。
大魔王アインズ・ウール・ゴウン、絶体絶命の危機(ピンチ)


22.道化来たりて笛を吹く(3)

 漆黒の全身鎧(ヘルメス・トリスメギストス)を身に纏った守護者統括にして至高の(あるじ)アインズ・ウール・ゴウンの事実上の后でもあるアルベドは、青空の(もと)一路竜王国を目指し南へ向かって飛行している。すぐ後ろから、翼を生やし蛙頭に変じた参謀にして狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスが続く。

 

「パンドラズ・アクターが直接宝物殿に戻ったようだよ。」

 

 デミウルゴスからそう話し掛けられたとき、アルベドはたちまちにはその意味するところが理解出来なかった。

 

「それは……どういう意味なのかしら、デミウルゴス?」

 

 事も無げにデミウルゴスは続けた。

 

「彼はそこへアインズ様を呼ぶだろう。

 つまり、我々には聞かせたくない話がある、ということさ。」

 

 やはり悪魔の言わんとするところはよくわからない。

 パンドラズ・アクターは、ツアーの娘、コニーが知らせて来たユグドラシルプレイヤーの品定めに竜王国を(おとな)っていたはずで、帰投の後は改めて三賢者会議(トリニティ)を開催の上で対応を協議するはずではなかったか?

 

「今回の来訪者は、どうやら我らの創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様、タブラ・スマラグディナ様とユグドラシル時代に面識があった者のようだ。」

 

 途端、アルベドの表情が強張った。

 有り難くも(かしこ)き創造主でありながら、どうしても今日(こんにち)の彼女が許せないことを語って憚らなかったタブラ・スマラグディナと知己を有するユグドラシルプレイヤーの存在は、彼女が至高の(あるじ)の耳には決して入れてはならない、と考え続けてきた事が、(いと)しいアインズに届いてしまう危険性を示唆している。

 

「私は先手を打ってこのプレイヤーを討伐するつもりでいる。

 貴女(あなた)も来るかね?」

 

 なんと!

 無断出撃はご法度のはず。

 

「生真面目な貴女(あなた)のことだ。アインズ様のお許しなく勝手な出撃あるべからず、と考えるのはもっともだが、その他ならぬアインズ様のお心をお守りするための出撃、となれば話は別だろう。

 そうは、思わないかね?」

 

 それはその通りだが、どうしてこの悪魔は私がずっと胸のうち一つに秘めていた懸念について知っているのだ。

 

「おっと、私としたことが言葉足らずだったね。

 アインズ様のお耳に入れるべきでない創造主の言葉を秘してきた、という点では、私も貴女(あなた)と同じ立場なのだよ、アルベド。」

 

 ……そういうことであれば話は早い。

 (カルマ)()へ全振りの我々が言うのも可笑(おか)しいが、古人ものたもうたではないか。

 

 ()は急げ、と!

 

 

 

 だがこうして飛行する間にも、アルベドは何処かで心に痛みを覚えていた。

 特に、アインズから発せられた<伝言(メッセージ)>を着信拒否して以降はなおのことだ。

 

「我らが至高の(あるじ)は慈悲深い。事後承諾でお許しいただけるとも!」

 

とデミウルゴスに勧められてのことではあるが、果たして、目下の自身の行為は適切なものなのだろうか、この悪魔に踊らされているものなのではないか、との思いが払拭できずにいる。

 そんな考え事をしていたアルベドは目を伏せていたので、進行方向前方に突如生じた異変に気づいたのはデミウルゴスの方が先であった。

 

「あれは!」

 

 同僚の声に顔を上げてみると、見間違えようはずもない超位魔法の魔法陣が遠方に見える。疑う余地なく彼らの目的地、竜王国の来訪者の庵があると聞く沼地の辺りだ。しかもそれはたちまちに何らかの領域(フィールド)効果を発揮していると見られる光の渦へと姿を転じた。

 

 意味するところは一つ。

 課金アイテムによる発動時間短縮(ショートカット)がおこなわれたからだ。

 

 そして、常識的に考える限りそれを為し得る者は、沼地に潜む来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の他には、彼らの(あるじ)である大魔王アインズ・ウール・ゴウン以外にはありえない。

 

「デミウルゴス、アレはどういうことなの!」

 

 思わずアルベドは振り返ってデミウルゴスにそう叫んだが、振り返ってもなお感じ取れる強烈な閃光を感じ再び進行方向に視線を向けることを強いられた。

 

「「な!」」

 

 アルベドとデミウルゴスは、二人同時に呆気にとられて声を上げた。

 天地を貫いて視界を左右に両断するかの如き光が走ったかと思いきや、超位魔法の光の渦が一瞬で掻き消されたからだ。

 

「何が起こっているの?」

「急ぎましょう、アルベド!」

 

 遅れて聴こえてきた雷鳴のような爆音の中、二人は謎の光の方向へと飛行速度を増した。

 

 

                    *

 

 

 

「おまえは自分の必殺連続技(コンボ)で死ぬんだよ!」

 

 ゴーン……

 

 満願成就まで残り時間八秒。

 超位魔法<因果応報(What goes around comes around)>の効果により、このまま時間が経過すれば、即死耐性侵徹の強化を受けた<真なる死(トゥルーデス)>を喰らうのはそれを放ったアインズ自身だ。

 

 ダニエルの一方的な勝利宣言が聞こえているのかいないのか、アインズは沈黙したまま高々と天に手を翳し、何の意味があるものか人差し指を突き立てた後、続いて中指を立てて∨印(ヴィサイン)を作った。

 

 ゴーン……

 

 繋いだままにしている<伝言(メッセージ)>から相棒(バディ)の声が聞こえる。

 

(十二番……って、どれだったっけ?)

 

 ……はぁ?

 ちょ……おま!……この期に及んで何を言ってやがる!

 

 ゴーン……

 

 ダニエルは既に自身の勝利を確信していた。

 

「ちょっと煽ってやれば無学歴底辺なおまえが馬鹿の一つ覚えで、おまえだけが完全無欠と思い込んでいる必殺技を繰り出すのはわかっていたことだ。」

 

 一方、アインズの脳内には腐れ縁の相棒の常と変わらぬ調子の能天気な言葉が聞こえている。

 

(あせ)ったね、アインズ?

 はははっ!もちろん冗談(ジョーク)だ、任せておけ。)

 

 ……おまえら父娘(おやこ)感性(センス)には、ほんっと、付き合いきれんわ!

 

 ゴーン……

 

「ムカついてたんだよ、おまえみたいな奴が非公式ラスボスだなんて持て囃されるのがな!

 おまえを殺すこの私が、これからは新たなユグドラシルの大魔王だ!」

 

 そんなもん勝手に名乗っとけよ!

 っつーか、新たな、が掛かってんのはユグドラシル、と大魔王、のどっちだよ?

 

 ゴズガガーーーーーッン!

 

 突如天地を左右に引き裂かんばかりの眩い稲妻が走る。

 何処からともなく聴こえる秒読みの鐘の音は、続く轟音に掻き消された。

 

 と同時に、どうしたことか<因果応報(What goes around comes around)>が領域(フィールド)効果を発揮していることを示す光の渦が、まるで元から何もなかったかのように綺麗さっぱり消え去った。

 

 もうもうと被雷(ひらい)点に立ち込める土煙の中から現れたのは……

 

 ゴーン……

 

 道化師に覆いかぶさるように乗りかかった白金(プラチナ)の甲冑武者!

 

 小さな、それでもデータ量だけは百レベル(カンスト)プレイヤーにダメージを与えるに十分で、かつ、強制装備の呪いを伴った小刀(ナイフ)逆手(さかて)に構えて、索敵範囲を大きく越える超高空から一気に襲ったものだ。

 

 着地に際し、道化師の手中へと柄を差し込まれた小刀の刃先は甲冑武者の左胸、人間であれば(しん)の臓のある辺りを正しく捉えているが、どうしたことかその傷口は甲冑武者ではなく道化師の胸に開いてどす黒い鮮血を吹き上げている。

 

 そしてこの致命的攻撃(クリティカルヒット)は、正しく領域(フィールド)効果を有する超位魔法を無効化(キャンセル)した!

 

 ゴーン……

 

「ば……馬鹿な!

 ……グハッ!」

 

 白金(プラチナ)の甲冑武者は身を翻して傍らに退(しりぞ)き、入れ替わりにアインズがごぼごぼと口元からも鮮血を溢れさせ始めた道化師に歩み寄って、その耳元で囁く。

 

「前回これをやったときの前衛(アタッカー)暗殺者(アサシン)フラットフットさんだったんだがな。」

 

 ゴーン……

 

「これをオレに試みて返り討ちに遭ったのが……」

 

 その言葉に道化師は驚愕の余り大きく目を見開いたが、最早すべて手遅れだ。

 

「……おまえで何人目か知りたいか?」

 

 ゴーン……カチリッ。

 

 道化師の首が、かくり、と力なく折れる。

 

「あ、間に合わなかったか。

 まぁ……知ってどうなった話でもないわな。」

 

 アインズがそう呟くと、道化師の身体は音もなく光の粒となって崩れ去った。

 

 

 

「今更だがね。

 改めてキミを敵に回したくはないものだ、と思ったよ、アインズ。」

 

 そう言いながら、自身の左の胸元をパンパンと払いつつ白金(プラチナ)傀儡(くぐつ)ツアーがアインズに歩み寄って来た。

 

「それはこっちの台詞だ、ツアー!

 流石にさっきの冗談(ジョーク)は肝が冷えたぞ!」

 

「たまにはやり返してやらないと立つ瀬がなくてね。」

 

 アインズが骨の右手を上げて差し出せば、傀儡もまた右手の籠手(こて)叩いて(ハイタッチで)応える。

 

「おまえの嫁さんのお気に入りだったそうだが、悪かったかな?」

 

「嫁さん?」

 

 ツアーは、唐突に「プレイヤー狩りだ!」と連れ出されたもので、来訪者の庵へ向かって急降下を開始する直前のアインズから即時撤収を含む十六通りの合図(ハンドサイン)復習(おさらい)を強いられた他には、ここに至る経緯を未だまったく説明されていなかった。

 

「この話はそもそもおまえの娘、コニーが持ち込んだものだ。

 此処……なんとか王国の王様、がおまえの……嫁さんなんじゃないのか?

 コニーからはそう聞いたぞ。」

 

「あぁ。」

 

 一瞬ぽかんとした様子を見せた傀儡は意味もなく頭の後ろを掻いた。

 

「ボクら竜王(ドラゴンロード)はキミたちのように配偶者との精神的なつながりを求めないんだ、獣だからね。ドラウはドラウなりにいろいろと考えてやっているのは承知しているが、是非のいずれにせよボクが口出すのを喜びはしないだろう。」

 

「コニーは、母は人を見る目がない、と。」

 

「ははは、あの()らしい物言いだ!」

 

 アインズとしては「か……課金アイテムだと!」などという白々しいにも程がある演技を()に受けた上に、あの局面で<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>ではなく懐深く踏み込まざるを得ない<真なる死(トゥルー・デス)>が敢えて選ばれたのは何故か、にすら思い至らぬダニエルのような戦略戦術ともに見え透いた底浅い(やから)に心許したドラウディロンに思うところがないでもないが、生来獣であり本来は人間や亜人の社会に関心を持つはずもない竜王(ドラゴンロード)でありながら、たとえお飾りであったとしても国主の役割を担ってそれを果たそうとする彼女は、ツアーの言うとおり彼女なりの努力はしているのだろう、とも思う。

 

「今回の処置が拙速に過ぎたのはオレ自身認めるところだ。死んだ道化師を憐れに思わんでもないが、対峙して感じた人柄から思えば、放置すれば大なり小なりおまえの嫁さんが厄介事に巻き込まれたのは間違いない。

 まぁ、そもそもはオレの勝手でやったことだから、恩に着ろなどというつもりはないし、おまえの助力がなければオレ一人であいつを屠るのは、不可能ではないが面倒だったのも事実だ。詳細を問い(ただ)すでもなくオレの判断を尊重してくれたことには感謝している。」

 

 ツアーはアインズのこの物言いを、腕を組みつつ興味深げに聞いていた。

 不器用な表現ではあるが、アインズはアインズなりに気を遣ってくれているのだな、と。

 

「いや、キミの言う通り千年分の借りを返せたのは幸いだ。

 その上でお願い事をするのは恐縮なんだが……」

 

「なんだ?

 共闘してもらった以上、オレに断る筋なんかないぞ。」

 

「できれば、ドラウにはこの一件にボクが絡んでいたのは内緒にしておいてくれ。

 派手に暴れてしまったからもうバレているかも知れないけどね。」

 

 片手を拝むように差し出してそう言うツアーが、アインズには、しばしば同じようなことを口にしていたギルドの妻帯者組に重なって見えた。なるほど、みんなこんな感じだったのかもな。

 

「わかった、それは貸しにしておこう。

 コニーも、そこを気にしてオレに話を持ち込んだんだ。よく出来た娘じゃないか!」

 

 ふふふ、わははははっ、と二人で愉快に笑い声を上げていると、

 

「「アインズ様!」」

 

と上空から声がかかる。

 

「あぁ、漸く本題の到着だな。

 疲れているかとは思うがツアー、もう少しだけ付き合ってくれ。」

 

「聞いているだけでよいのなら。」

 

()()()のときは、頼む。」

 

「心得てはいるけれど……流石に()()はないだろう?」

 

「あらゆる事態に漏れなく備えるのが、オレ、アインズ・ウール・ゴウンの流儀だ!」

 

 そんなことを言い交わしている間に、甲冑姿のアルベドとデミウルゴスがアインズの前に着地した。それぞれ兜を脱ぎ、人型の容姿に戻して跪礼を執る。

 

「アルベド、デミウルゴス、遅かったじゃないか。

 おまえたちが暗殺しようとしたプレイヤーは、オレが先に片付けてやったぞ。」

 

 な!と二人揃って顔を上げ(あるじ)を見つめるが、アインズは両腕をしっかと組んだまま二人の下僕(しもべ)を居丈高に睥睨していた。

 

「結論から言おう!

 オレに無断で出撃など(もっ)ての(ほか)だ!

 

 何故だかわかるか?

 この世界においてナザリックの力は突出しており、その全責任はオレに帰されねばならん。

 オレの知らぬところでその力が、たとえオレに対する忠誠心によるものであったとしても無分別に行使されるようなことがあれば、ツアーであれそうでなかれ、何者かがそれを世界を(けが)すものだ、と言うとき、オレには返す言葉がない。

 

 わかるか?

 わかるよなーーーッ!」

 

 その言葉を聞いて、二人の下僕(しもべ)はただ(こうべ)を下げて唇を噛んだ。

 反論の余地などなかったからだ。

 

「そして、この際だから言っておく。

 おまえたちのやろうとしたことは、オレからすれば大きなお世話以外の何物でもない!

 

 アルベド、おまえはオレがタブラ・スマラグディナを知らない、とでも思っていたか!」

 

 はっ、と再び顔を上げたアルベドの金色の猫の目が驚きの余り大きく見開かれた。常に彼女の創造主のことをタブラさん、タブラさん、と懐かしげに偲ぶアインズが、タブラ・スマラグディナ、と呼び捨てにするのを憶えている限りにおいて初めて聞いたからだ。

 

「おまえが何を考えていたかはわかっている。

 タブラ・スマラグディナが実はオレ、当時のモモンガを、オレの居ない場所では、小卒の青二才、と蔑んでいたことをオレが知れば心痛める、と案じてのことだろうが、まったくもって余計なお世話だ。オレがそれに気づいていなかったはずがないだろう!」

 

「そ、そんな!

 では、アインズ様はどうしてタブラ・スマラグディナ様を今でもお慕いするような申し様をなされるのですか!」

 

 アルベドとしては、アインズが無邪気に敬慕する自身の創造主がユグドラシル時代、しばしばアルベドを前にして当時のモモンガについて悪し様に罵った記憶は、決して知らせてはならない猛毒中の毒であった。

 

「あの蘊蓄野郎がオレを嫌っていたことと、オレがあいつの蘊蓄が好きだったことの間に何の関係がある!」

 

 今度はアルベドの口が誰の目も憚らず大きく開かれる。

 いったい、至高の(あるじ)は何を言っているのか、と!

 

「いいか、タブラ・スマラグディナは実にややこしい奴だったんだ。

 あいつ自身、自分の蘊蓄が皆から迷惑がられていたことは百も承知だった。だが奴は、自らそれを遠慮できるような真っ当な性格も持ち合わせなかった。むしろ、ギルドの皆が奴の蘊蓄について来れないことに捻くれた喜びを覚えていたんだよ。自分の知は誰の追従も許さないものだ、とな。

 ところがだ。オレだけが目をキラキラさせて食いついてくるわけだ、在野とは言え研究者級の奴の知見に対して、小学校しか出ていないこのオレが、だ。もちろん今以てオレは奴がくっちゃべっていたことの半分も理解はできない。が、わからないなりに、オレのまったく知らない世界について雄弁に語る奴の蘊蓄が大好きだったんだよ。

 だが、オレの態度は奴の捻くれた誇り(プライド)を傷つけもしたんだ。理解しているわけでもないのに、わかった顔してニコニコしやがって、ときに生意気にも相槌を打ったり質問してきたりと、小卒のおまえに私の深遠な知の何がわかるんだ!ってな。

 もちろん、オレがこれに気づいたのは、こちらの世界に来て<日誌(ログブック)>に記録された記憶を振り返って初めて、の話になる。オレは逆に、タブラさんに申し訳ない気分になったほどだ。」

 

 アルベドは跪いたまま、ぽろぽろと大粒の涙を流して泣いていた。

 よもや……よもや(あるじ)が決して知らせてはならぬと考えていた輝かしい記憶の中のささやかな、でありながら暗い傷に、自ら気づいて既に乗り越えてすらいたとは!

 

「だがな、オレは一方的にタブラ・スマラグディナに折れているわけでもないんだ。

 奴はあんな感じで、錬金術師として頼られてはいたが、そういう実利が絡まない限りとにかく人望がなかった。ところが、たとえ表向きだけであってもオレをギルド長として立てている限りは、奴はアインズ・ウール・ゴウン至高の四十一人の協力だけは確実に得られたんだよ。

 わかるか?

 これが、至高の四十一人の(かなめ)、まとめ役と呼ばれたオレの力だ。だからタブラ・スマラグディナは、オレがいないところでは好き勝手オレを悪しざまに言ってはいただろうが、ギルドの公の場では決してオレを疎かにはしなかった。それがギルドでの自分の立場の失陥につながると、ちゃんとわかっていたからだ!

 

 そして、これはおまえも同じだ、アルベド!」

 

「え?」

 

「ナザリックの下僕(しもべ)は、銘々はギルド武器の秘密鍵の力で忠誠を植え付けられてこそいるものの、それはギルドに対するそれであって、NPC同士は皆横並びだ。半分はオレのせいだが、おまえを面倒臭いややこしい女だと考えない奴、いるか?いないだろ、常識的に考えて!

 だが、皆、おまえを守護者統括と持ち上げて日々支えているのは、おまえが常にオレの側近くにあって、オレが壊れてしまわないよう最も懸命に支え続けている存在であって、オレもまたおまえを何よりも必要としている、と皆よく知っているからだ!

 

 わかるか?

 わかるよなーーーッ!」

 

 アルベドは膝立ちのままに、驚愕とも法悦ともとれる表情のままわなわなと固まっていた。

 

「そして次にデミウルゴス!」

 

「ハッ!」

 

 デミウルゴスは正座し、背筋をピンッと伸ばして待ち構えている。

 

「おまえに言うことは何もない!」

 

「ア、アインズ様ァ!」

 

 たちまちにデミウルゴスは捨てられる犬の表情を見せた。

 

「……と言いたいところだが、おまえが創造主にも似て自身の真意を見抜かれることを忌むことを百も承知で、オレが笛吹かれ踊らされる者ではなく、むしろ、おまえの吹く笛に合わせて踊ってやっているんだ、ということをこの際言っておく!

 おまえの今回の動機はアルベドとは真逆だ。ウルベルト・アレイン・オードルがオレを使嗾し続けてきたこと、自身をナザリックの影の支配者と嘯いていたこと自体は、気づいている者は気づいていた公然の秘密だ。だからおまえにはあの道化師を殺す動機などない。

 おまえが今回の行動に出た理由は、オレがあいつを殺すことを楽しむだろうと予測し、最も劇的に屠る場面を演出するためだ。シャルティアに転移門(ゲート)を開かせさえすれば一足飛びに辿り着けるし、アルベドが命じればシャルティアがそこに異議を唱えるはずもないのに敢えて空路での移動を選んだのは、事態に気づいたオレに追い越しの時間を与えるため……そうだな、デミウルゴス?」

 

「仰せの通りで御座います、アインズ様!」

 

 正座したまま、デミウルゴスは深々と伏礼を捧げた。

 

「結果的にオレは戦いを楽しんだし、おまえが事に及ばなかったらツアーとドラウに憚ってあの道化師を見過ごした可能性もあるからそのことはとやかくは言わん。

 

 が、これだけは言っておく必要がある。

 デミウルゴス、おまえは何故オレがあの道化師を殺すことを即断したか、わかっているか?」

 

「ムカつく奴だから……と愚考する次第です。」

 

「大間違いだ、馬鹿者!」

 

 アインズは自信満々に即答したデミウルゴスを大声で罵倒した。

 

「あの道化師をブチ殺してやったのは、あいつがタブラ・スマラグディナの名を口にしたことで、たとえ一瞬であってもオレのアルベドに(つら)い思いをさせたからだ!」

 

「……なんと!」

「嗚呼、アインズ!」

 

 流石のデミウルゴスも(あるじ)のこの言葉には驚いたようで、ピンッと伸ばした背筋がさらに伸び上がった。

 アルベドは両手を添えた頬を真っ赤に染めて惚けている。

 

「そしてその点では、アルベドを巻き込んだデミウルゴス!

 おまえとて例外ではない!」

 

 堪らずデミウルゴスは正座を解いて後ろへ()()った。

 ぴくりっ、と白金(プラチナ)傀儡(くぐつ)が反応するも、アインズの様子から()()()はないと判断したものか、再び不動となる。

 

「本当はこの場でおまえを殺してやりたいくらいだが、そんなことをしても何の益もないし、他ならぬオレが困るから、今からする話を聞いてもらうことで罰に代えよう。

 

 いいか?

 アルベドがタブラ・スマラグディナをわかっていなかったのと違って、おまえはウルベルト・アレイン・オードルをよくわかっている。そしてわかっているからこそ、おまえが直視できずにいることを敢えて言ってやろう!」

 

 デミウルゴスは腰を抜かしたままアインズをじっと見つめている。

 

「ウルベルト・アレイン・オードルがオレを使嗾したのは、それ以外、あいつが何かを為す手段がなかったからだ。あいつは雄弁鬼才ではあったが、実際のところは自分の本心を他人に曝け出すことを極端に恐れる臆病(チキン)野郎で、であるがゆえに、常に悪魔的な言辞を弄ぶ第二の自分を演じることでしか他人と向き合えなかった。

 そうしてもなお、その悪魔が誰かとの論戦に破れて自身の全能感に傷がつくことを恐れるウルベルトは、ギルド長であるオレを踊らせる笛を吹くしかなかったのさ。

 

 おまえが、いつもオレたち皆の後ろでやってくれているようにな!」

 

「ア、ア、アインズ様はご承知だったとおっしゃるのですか!」

 

「気づかいでか!」

 

「で、で、では、何故……」

 

「何故オレがおまえの吹いた笛に合わせて踊るかと問うか!

 

 答えは簡単だ。ユグドラシル時代のオレ、モモンガがウルベルトの吹く笛を必要としていたのと同様に、オレ、アインズ・ウール・ゴウンは、狡知の悪魔デミウルゴスが吹く笛を必要としているから、に決まってんだろーが!

 

 ウルベルトという男はな、他人(ひと)が知らずのうちに抱え込んでいる欲を見抜くことに矢鱈滅法長けていたんだ。多分、最初はそれを利用して自分の思惑を通していたんだろうが、いつからか他人の欲と自分のしたいことの区別がつかなくなったんだよ。

 笛吹いて他人を踊らせる分には万が一失敗しても失敗したのは他人だ。逆に思惑通りに事が運べば、あれをやらせたのは俺だと勝ち誇ることが出来る。だがちょっと待て。いったいそれは誰がやったことで、誰が望んだことなんだ。あいつは自分が傷つくのを恐れるあまり、そのあたりがわからなくなってしまったのさ。

 だが、あいつは踊らされる側が楽しめない笛の拭き方は決してしなかった。それこそがあいつの……オレが、実は口だけ達者な臆病者だと知りつつも敬愛してやまないウルベルト・アレイン・オードルの才、そのものだったんだよ。

 

 デミウルゴス……おまえにそっくりだろ?

 

 おまえが一人突出してもオレが後を追うことはないだろう、と見越してアルベドを伴ったのはわかっている。が、それならセバスを連れていくべきだったな。そうすればオレは腹を立てることなどなく、でありながら、おまえと共にあるセバスが何をしでかすか心配で、やはり先手を打ったことだろう。セバスがおまえに素直に従ったとも思えんがな。

 

 だが、デミウルゴスの吹く笛が、オレの愛するアルベドを傷つけるのであれば話は別だ。

 今回は見逃してやるが、次はないと思え、この臆病(チキン)野郎!」

 

 屹っとアインズに指差されたデミウルゴスは、宝石の瞳からやはり宝石の涙をぽろぽろと溢しつつこう答えた。

 

「確かに……確かに承りました。次はセバスを伴います!」

 

「次なんか()らんわ、ボケーーーッ!」

 

 それぞれ事情は異なれど混乱の極みにある知の下僕(しもべ)二人の前に悠然と立ちはだかったアインズは、改めて威を正した。

 

「どうせ忘れてしまうだろうが、おまえたちであれば己の生命に刻みつけると信じて申し渡す!

 

 おまえたちは、オレを含め至高の四十一人を理想の支配者か何かだと思い込んでいるか、そうでないまでもそうであって欲しいと願っているようだが、それはあくまでも理想であって現実とはほど遠い。

 

 いいか!

 

 タブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードルは言うに及ばず!

 今のオレから言わせれば、死獣天朱雀は己の学説が受け入れられないことに拗ねてギルドの連中に説教することで憂さ晴らししていた偏屈爺だ。ブループラネット、ガーネットはただの自然、軍事(ミリタリ)おたく。ぷにっと萌え、ベルリバーは自身の戦略戦術眼を<現実(リアル)>で試みる度胸を欠いたネット弁慶に過ぎん。

 たっち・みーは警察組織に適合できなかった跳ねっ返り。やまいこは実際には生徒を殴れない代償行為。ぶくぶく茶釜は性を切り売りしていた自分を慰めるために愉快(コミカル)キャラを装っていただけの憐れな女だ!

 

 その他は推して知れ。どいつもこいつも、本当に碌でもない連中だ。

 

 かく言うオレ、鈴木悟も、<現実(リアル)>では家族、友人はおろか言葉交わす知り合いすら欠き、誰からも居ない者と扱われるド底辺だった。

 

 だが、だからこそオレは、ユグドラシルとギルド、アインズ・ウール・ゴウン以外には何も持たなかったオレだからこそ、この碌でもない連中それぞれの美点を見出し、それはそれは大切にしたものだ。連中も、すべての仲間に対してそれを徹底することができるのがオレだけであることをわかっていたからこそ、碌でもない四十一人の(かなめ)として、オレをギルド長として持ち上げてくれたし、利用もした。

 

 ただ、それだけのことだ。

 わかるか?

 わかるよなーーー!

 

 そして、今もそのときから何も変わってはいない。

 

 碌でもない四十一人の碌でもなさを呆れんばかりに引き継いだおまえたちもまた本当に碌でもない連中だが、オレだけは、おまえたち一人ひとりの美点を見出し、楽しく活躍させるために骨折って何ら倦むところがない。

 

 それが出来るから、オレはおまえたちの(あるじ)たり得るんだ!

 だからこそおまえたちは、オレを至高の(あるじ)だと持ち上げるんだ!

 

 違うか?

 そうだろう!

 

 こんなことが出来るのはオレだけだ。

 オレだけが、ナザリック地下大墳墓をこの千年守り通したのがその証明だ!

 

 おまえたちが常にオレのために、と身を粉にしてくれているのは承知している。が、だからこそ、今話した基本中の基本だけは踏み外さないでくれ。アルベドとデミウルゴスがここを踏み外したら、もう()められる奴はいないはずだからな。

 無茶苦茶なことを言っているのは百も承知だが、かつての鈴木悟が至高の四十一人に対してそうであったように、オレもおまえたちをこの上なく当てにしているし大切に思っている。」

 

 アルベドとデミウルゴスは、アインズの心の叫びを聞きながら、滂沱の涙を流していた。

 

「泣くな!

 こんなことを自分で言うのが、どれだけ恥ずかしく馬々鹿々しいことかわかるか?

 わかるよなーーー!

 

 だからおまえたちは笑え!楽しめ!

 それがオレの唯一の望みだ。

 

 柄でもない大魔王役を果てなく演じ続けることを宿命づけられた、

 億劫(おくごう)死の支配者(オーバーロード)に……」

 

 感極まったアインズは、骨の両の手の平を天に突き上げて叫ぶ。

 

「喝采せよッ!」

 

 守護者統括と参謀は、言われるがまま泣き笑いながら拍手を打った。

 いつの間にか白金(プラチナ)傀儡(くぐつ)が、アインズから「万が一オレがデミウルゴスを殺してしまいそうになったときは()めてくれ」などと物騒なことを頼まれていたのもすっかり忘れて、二人に加わり一緒に並んで惜しみない拍手を送っている。

 

「いやぁ、アインズ。面白かったよ!

 デミウルゴスがキミに説教されたがる、というのも納得がいく。

 是非、次の説教にもボクを呼ん……」

 

「次なんかあってたまるか、ボケーーーッ!」

 

 最早誰の住処でもなくなった沼地に、泣き笑いと拍手が響き続け、やがてそれは神々しい緑色の光と共に()んだ。

 

 

                    *

 

 

 後日ナザリックを再訪したコニーが語るには、竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスはお気に入りの道化師が宮廷に姿を現さなくなったことについて、特に気にしている様子はないのだという。

 

 コニーは母にそれとなく、あのお気に入りの道化師はどうした、と問うたが、そう言えば見ていないがおまえはアレが気になるのか、と逆に問われたのだそうだ。聞けば、女王自身道化師の胡散臭さには疾うに気づいていて、それでも下手(したて)に出て尻尾を振っている間は弁の立つ面白い輩ではあるし、調子にのって分を弁えぬ言動に転じるときは自ら屠ってやるつもりだったのだとか。

 アインズとしては、曲がりなりにも百レベル(カウンターストップ)に達していたダニエル・グレイを、ツアーならまだしもドラウディロンが討ち取れたものだろうか、返り討ちになったのが関の山ではないか、と疑問に思わないでもなかったが、仮にそうなっていたとすれば、またぞろツアーがブチ切れてアインズがやったよりももっと剣呑な死に様をダニエルに与えたに違いなく、そういう意味で、あの道化師はドラウディロンの宮廷に取り入ることを目論んだ時点で詰んでいたのかも知れない、と考えている。

 

「で、セバスはおまえに振り向いてくれたのか?」

 

 正直なところどうでもいい、と思いつつ、アインズはコニーにそう問うたが、問われたコニーは、

 

「父から聞いてはいたが……アインズさんは、いささか配慮(デリカシー)を欠きやる。」

 

と頬を赤らめた。

 

 おいおい、嫌な予感しかしねーが、大丈夫かコレ?

 

 もしドラウディロンが突如消息を絶ったダニエルを捜索するようであれば、挨拶も兼ねて事情説明に行くべきだろうか、その際ツアーに頼まれたところの、ボクが絡んでいたのは内緒にしておいてくれ、を守れるだろうか、守れないよな、きっと、だって喋っちまった方が面白いに決まってんじゃねーか、などと考えていたアインズであるが、コニーから伝え聞いたドラウディロンの言葉、

 

「王たる者、頼ってくる者が何人(なんぴと)であれ耳は傾けるが、去る者はいちいち追いはせぬ。」

 

を知って、それこそ余計なお世話だろう、と思い直した。

 竜王国の住民で、超高空から突撃したツアーが励起させた光の柱(プラズマ)と轟音に気づかなかった者はいないだろうし、ドラウディロンもそれは同じだろう。コニーに対してそれに触れなかったのは、彼女もまた、コニーが自身を気遣ってツアーと、居ないはずはないツアーに連なるユグドラシルプレイヤーを頼ったことに気づきつつも、そこに触れても詮無しと判じたものかも知れない。

 いや、場合によっては、ドラウディロンはあのツアーが配偶者と認めた女傑なのであろうから、そもそもコニーを通してツアーやアインズが道化師を見定め然るべく処置することを見通した上で、その存在をコニーに晒していた可能性だってある。

 

 もしそうだとすると、実はなかなか面白いやつなのかも知れない。

 憶えていたらそのうち確かめに行ってみるか。

 十中八九、忘れるけどな。

 

 竜王国のどこかに在る、と推定されるダニエル・グレイのギルド無銘の者(エキストラ)の拠点遺構の捜索は、主に恐怖公眷属によって継続されているが成果は上がっていない。そもそも、ダニエルがまったく別の地で拠点崩壊を迎え何らかの偶然で竜王国に至った可能性も少なくはないので、発見は望み薄であろうとされており、その点については他ならぬアインズ自身もさしたるこだわりはなかった。

 一方で、かつての蟲の死霊使い(ヴァーミンネクロマンサー)のように相手から乞われたわけでもなく、ただただ自分自身の意思のみで人間由来であることがほぼ間違いないユグドラシルプレイヤーを屠ってしまった、という事実は、しばらくアインズの頭の片隅で燻り続けたが、どうせ忘れてしまうのだ、と本人は割り切っている。

 だが、アインズとしては「そんなこと言われたってなぁ」ではありつつも、仮にそれがダニエル自身が必勝と信じた戦術へアインズを誘導すべく演じられた完璧な芝居であり本心からのものでなかったのだとしても、筋違いの嫉妬に由来する明確な殺意が吐露されたことは嫌な後味を残した。

 

 意味するところはただ一つ。

 今後もやって来るプレイヤーの中に、同じ心根の者は必ずいる。

 

ということだ。

 

「面倒(くさっ)

 でもこればっかりは……どうしようもないよなぁ。」

 

 突き進めども突き進めども新たな闇が口を開くばかり、を痛感するアインズであったが、それは同時に、仲間たちと挑み続ける冒険のネタが尽きないことを意味してもいる。そうだ、そうに違いない、と自身に言い聞かせたアインズは、でもやはりちょっと(つら)いので、慰めてもらおうとアルベドと落ち合うことを考え始めた。

 

 

                    *

 

 

「大変興味深いお話ではありました。

 今ここで何を約束することも出来ませんが、ひとまずは預からせてください。」

 

 トブヴァルト執政官の一角を務めるパクア・ペシュメルは、薄気味悪い老婆に対してひとまずそう答えた。

 

 パクア自身はそれを()に受けておらず、先祖のいずれかがどこかの時点で騙ったものと疑っているが、帝国中興の祖鮮血帝初代ジルクニフを支えた四騎士の一人に源流を求める家名……当人が絶倫の人としても知られたため、子孫を騙っても最も自然に思われるものとしてしばしば多用されがちな……ペシュメルは、彼にいささか過分に思われる地位をもたらしたが、それが分相応であるか否かはともかく、それに恥じない努力はしよう、と彼は心がけている。

 そんな彼をしても、深夜に突然彼を(おとな)った怪しい二人連れ、老婆と従卒主従の語るところは容易に呑み込めるところではなかった。

 

 曰く、この世界には千年に渡ってありとあらゆる凶事を裏で糸引く大魔王が隠れ潜んでいる、というのだから、普通に聞く分には狂人の戯言だ。

 

 この街でも直近にそれを思わせる事件があったはずだと問われ、そう言えば昨年の暮れに街の一角で大火があって随分と犠牲者が出たことがあった、と答えれば、それを画策した者こそかの大魔王だ、と言う。

 では、一昨年の流行り病で随分と人死にが出たのもそうなのか、と問えば、然りと応じられ、パクアは、これは辻の占い師の手口なのではないか、と疑いを抱いた。

 そこで、実際には起こってはいない三年前の未だ犯人不明の連続殺人事件もそうか、と問えば、パクア本人はそのからくりを見抜くことが叶わなかったが、彼の微妙な眉の動きから虚偽を見抜いた老婆に、そんなことは起こっていないはずだ、と窘められた。

 

 老婆は自身の腕に剣を当てて血が流れぬこと、そして臆面もなく口腔に備えた牙を晒して見せた。二人は、この大魔王と戦い続けるために自ら吸血鬼(ヴァンパイア)に身を堕としたのだ、と語る。

 この場に腕の立つ信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)があれば……実際呼び寄せるのは容易なことだ……問答無用に討伐されかねない素性を堂々と示す様は、不思議な説得力をその主張に与えていた。

 さりとて、トブヴァルトにその人ありと謳われたパクアであっても、この無闇に大袈裟な話を自身の一存のみでどうこうすることは叶わず、夜明けを待って信のおける者に諮ってからではないと独断することは憚られた。

 

 パクアは、自身の居館の地下室の提供を二人に申し出、幾日か待たせることになるとは思うがしばらくはそこで日差しを避けて潜んでいて欲しい、と求めた。

 対して老婆は、自身は老いさらばえた身であるので求めるところなど僅かではあるが、壮年の身体を備えた従卒には(つら)いところもあろうから、と死刑囚を一名下げ渡してもらえると有難い、と応じた。パクアはこれについても即応を避け、たちまちには生きた家畜を追って届けるのでそれで凌いで欲しいと返した。

 

 吸血鬼を自邸に匿うなど、場合によっては自身の政治生命に関わる話ではあるが、であるがゆえに、それを惜しんで手を拱くことはペシュメルの家名にかけて許されない、と考えたパクアは、夜が明けて同じく四騎士の血筋を自称することから親交の厚いイマザン・エネックを訪ねた。

 イマザンは長くトブヴァルトの初等学校で教鞭を執った有識者であり、自身第二位階の魔法詠唱者(マジックキャスター)でもある。退職後も、個人的に都市の次世代を担う若者の育成に少なからず骨を折る有志であり、パクアはその識見を高く買っていた。

 パクアは、自身が問題の吸血鬼を自邸地下室に匿っていることを含め、老婆が語ったことを包み隠さずイマザンに明かして助言を求めた。しばし沈思黙考したイマザンはやおら筆と羊皮紙を手に取り「手紙を書かねばならん」と告げた。

 パクアは、イマザンの助言で問題が解決することを期待していたので、それが手紙の往復の後になるであろうことにいささか落胆せざるを得なかったが、何やらイマザンは確信を以て事に当たっている様子に見えたので、素直にこれに従うことにしたのであった。

 

 

 

 そして、十日と少し経った夜のこと。

 

「……こちらになります。」

 

 老婆吸血鬼ラナー・ヴァイセルフは、何者かを伴って地下室へ続く階段を()りてくる館の主人パクアの気配に気づいた。扉はパクアが信の証しとして施錠しなかったが、逆に言えば、それはラナーの側も来客を拒めないことを意味する。

 ラナーは、パクアが連れ込むであろうさらに上位の権力を有するものに侮られぬよう、細心の注意を払って自身の姿勢を正し、クライムには傍ら近からず遠からずの位置での直立を命じた。

 

「失礼いたしますよ、あなたがたに面会を希望される(かた)をお連れしました。」

 

 ラナーは黙礼で応じつつ相手の様子を探った。薄茶(ベージュ)頭巾(フード)付き外套(マント)を羽織った出で立ちは外聞を憚ってのものか。だが、取り合わせが妙だ。長身のおそらく女に少年が三人。権力者とその付き人、にしては不自然な取り合わせだ。

 そして、少年……ではなかったのだが……の一人が頭巾を脱ぎつつ口にした言葉にはラナーが愕然とすることになった。

 

「九百年振りだな、ラナー。」

 

 それは見間違おうはずもない、ラナーに吸血鬼の力を与えた真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンその人であったからだ。

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