億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴1000年。
キーノ・インベルンとラナー・ヴァイセルフ、運命の再会。


23.道化来たりて笛を吹く(4)

「あら、お久しぶりね……御主人様。」

 

 ラナーは開口一番、何を気にするでもない口調でそう言った。

 

「ない余裕をあるように見せるのは()めておけ。

 九百年前はおまえを戦友の親友だと思っていたがために遅れを取ったが、そもそも私とおまえとでは潜り抜けてきた修羅場の数が違う。」

 

 キーノはそういいながら、振り返って人差し指で自身の唇を引っ張り、吸血鬼の牙を館の主パクア・ペシュメルに示した。続いて傍らに立つクレマンティーヌもニッと笑ってそれに倣う。

 ラナーの第一声が、自身が連れた来訪者も吸血鬼(ヴァンパイア)であり、それを隠して入室したのであれば疑うべきはどちらだ、との含意をパクアに対して投げていることを見抜いてのことだ。

 

「ペシュメルさんは上に戻っていただいた方がいい。荒事にはならないと思うが、万が一(やかた)に被害を与えた場合は損失は補填させてもらう。」

 

 キーノがそういうとパクアは、

 

「元よりイマザン・エネックより承っていましたのでご懸念は無用です。」

 

と、退出していった。

 

 イマザン・エネックは若かりし日、魔術の修養の過程でキーノたちと知り合い、触れ得ざる者に関する知識の洗礼を受けていた。今日(こんにち)の彼が後進の育成に力注いでいるのも、実のところは永劫の時間の中を自分たちに出来ることをやり続けていくつもりだ、と語ったキーノに感銘を受け、自らもかくあらんと誓ったがためなのだが、彼はそれをキーノに語ることはなかった。

 パクアの持ち込んだ吸血鬼の話に、キーノが可能性の一つとして語った「触れ得ざる者の存在を仄めかして事()さんとする(よこし)まな者」の(たと)えを思い出したイマザンは取り急ぎ仔細を(したた)め、万が一のときの相談はこの方法で、と教えられていた<伝書鳩(ホーミングピジョン)>の魔法で送り届けた。それを読んで、すぐにこれが何者が絡んだ話であるかに気づいたキーノは昼夜を継いで駆けつけた、という寸法である。

 

「私には、問答無用でおまえをただ私に服従する人形に転じる力がある。」

 

とキーノ。

 

「だが、できればそういうことはしたくはない。」

 

 ラナーはまったく表情を変えないままキーノを見据えている。

 

「おまえたちに不用意に不死の生命を授けたことには責任を感じている。節度を守る限り多少の吸血にも眼を瞑ってやるから、どこか人里離れたところで静かに暮らさないか。」

 

 イマザンからの手紙で、ラナーがバハルス帝国領域の権力者を使嗾して再びアインズ・ウール・ゴウンと一戦構えようと考えていることは理解していたので、キーノはまずそう持ちかけた。

 

 無駄だろうな、とは思いつつ。

 

「私は、おまえが勇猛果敢にも髑髏(どくろ)様に戦いを挑んだことは評価しているつもりだ。そんなことを試みて何らかの結果を残した人間は、私の知る限りは十三英雄の他にはおまえしかいない。」

 

 やはりラナーは応答を返さない。

 

「だが、いくら何でも相手が悪すぎる。加えて言うならば、王族出身のおまえにとっては当然の権利に思えるのかも知れないが、無謀な戦いに無関係な人々を巻き込むのは看過できん。」

 

 やはりラナーは応答を返さない。

 

「それに……仮におまえの思惑通りに(いくさ)になっても、連中はただ皆殺しにするだけで何の益もないし、そもそも背後におまえがいることに気づきすらしないだろう。」

 

「それは当然ですわ。私は自身の存在を連中に悟られるような真似はしませんもの。」

 

 ここまで沈黙を保ったラナーは、突如として居丈高にそう言った。

 いや、そういう意味じゃないんだ、とキーノは嗜める。

 

「そもそも連中はおまえのことなんか憶えちゃいない、眼中にないんだよ。」

 

 再び黙りこくったラナーであったが、みるみるうちにその表情が憤怒のそれに変じていくことは誰の目にも明らかだった。

 

「あの骸骨は無礼で……無能な愚か者ですもの、私のことを憶えて……はいないでしょうね。

 その隙をついて、一撃を喰らわせてやるのよ!」

 

 続くラナーの言葉は、必至に冷静を装って語られ始めたことこそわかるが、それはまったく完遂されず、最後は怒鳴り声になった。

 

 だからそういう意味じゃないんだ、とキーノは詰め寄る。

 

「本当に連中はおまえのことなんか相手にしていない。殺す価値すらないと思われたから今まで放置されてただけなんだよ。わからないか?」

 

「私の価値がわからないのは、連中が無能だからよ。」

 

 はーっ、とキーノは深い溜息をついた。

 駄目だ、こいつは現実から目を(そら)し過ぎておかしくなってしまった。

 

「聞いているよ……おまえアインズさんに『口だけの人間に何ができる?』って言われたらしいな。」

 

「な!」

 

 それまで無理矢理にも余裕のある表情を演じていたラナーが、ナザリック地下大墳墓第五階層(氷河)(なが)くそうであったが如く、氷漬けになったかのように固まった。

 

「それ、事実だろ。おまえは本当に口先だけで他人(ひと)を踊らせてきたんじゃないか?

 それは良かれ悪かれおまえの突き抜けた能力だよ。

 

 でも、何でそれを言われてキレるんだよ?

 

 鏡に向かって腹を立てて、無関係な人まで巻き込んで暴れるなんて、馬鹿のやることだ。

 黄金姫、とまで謳われたおまえの才気はどこにいってしまったんだ?」

 

「はーん。」

 

と急にラナーがわかったような顔をする。

 

「アインズさん、だなんて……あなた、あの骸骨にたらしこまれたのね?

 女に成りきれないその貧相な体を(もてあそ)ばれでもしたのかしら?

 所詮は下賤の吸血鬼、(けが)らわしいったらありゃしない!女狐(めぎつね)淫売(いんばい)売女(ばいた)!」

 

 パンッ!

 

 それまで黙って聞いていたクレマンティーヌが、一歩前に出るや無言のままラナーの頬を打った。

 

「それ以上私のキーノちゃんを侮辱したら、吸血鬼になったことを後悔する目に遭わせてやるぞ。」

 

 その声色にはまったく(いか)りがなく、それが返って恐ろしげなものになった。

 が、打たれたラナーは抗議するでもなく、じっとクレマンティーヌを睨み返す。

 

 そのとき!

 

 それまでラナーの傍らで直立不動であったクライムが俄に身を翻しクレマンティーヌへと向かった。そしてその腰に下げられた刺突剣(スティレット)を奪い取り、着座していたラナーを立たせて自身の背後に(かば)う。

 

(……この程度の動きにクレマンティーヌが遅れを取るはずもないのに。)

 

 キーノは疑問に思うが、クレマンティーヌは表情一つ変えない。

 そうする間にクライムは、奪った剣を牽制に振るいつつラナーを後ろへ追いやりながら地下室の壁を背にするところまで下がった。

 

 そして、

 

「ラナー様。

 私はあなたをお慕い申し上げておりました!」

 

と大きな声で叫ぶや、刺突剣の刀身を素手で逆手(さかて)に掴んだ。

 

 意図を察したキーノは、

 

「やめ……」

 

と口にして一瞬の迷いを覚える。

 

 この二人に……もう他に出口はないかも知れない。

 

 果たせるかな!

 

武技(ぶぎ)、<一気通貫(いっきつうかん)>ッ!」

 

 クライムは切っ先を自身の左胸に突き立てた。

 剣はそのままクライムの身体を貫き、後ろに居たラナーの(しん)の臓をも貫いて、後背の壁に当たって止まる。

 

「なっ!」

 

 何か言いたげにラナーは手を前へと突き出したが、二人はそのまま(とき)()まったかのように動かなくなった。

 

 そして。

 

 あっと言う間にばらばらと灰になって崩れ落ち、突き立った刺突剣だけがそこに残された。

 

 しばしの沈黙。

 

「クレマンティーヌ。」

 

 視線を、石壁に突き立つ刺突剣に向けたままキーノが問う。

 

「剣を奪われるのを……敢えて見逃したな?」

 

「そういうキーノちゃんも、敢えて<血の支配(ドミネーション)>で止めなかったじゃん。」

 

 ああ、考えていたことは同じか、とキーノは得心した。

 ラナーにのみ注意を向けていた自分はクライムが剣を逆手に構えるまで気づかなかったが、全体に目を配っていたクレマンティーヌは、おそらくは直前のクライムの目の動きから彼が何を考えどう動こうとしているのかを読んだのだろう。

 

「人様の得物を雑に扱いやがって……刃毀れしてたらぶっ殺してやる、ってもう灰になったんだっけか?」

 

 軽口を叩きながらクレマンティーヌが得物を回収するが、キーノにはその様子が後味の悪さを彼女なりに紛らわしているように見えた。

 

「結局、私ら何しに来たことになるんだろーねー。」

 

 剣に(いた)みがないことを(あらた)めて腰の革帯に留め直したクレマンティーヌが問う。

 

「そうだな……」

 

 仮にキーノたちが駆けつけずとも、トブヴァルトを含む周辺都市にはここ数百年キーノが語らって歩いた触れ得ざる者に関する知識が大なり小なり根付いており、ラナーが如何に巧妙に振る舞おうとも対アインズ・ウール・ゴウンの軍が結成される、などということに至らなかったのは疑いない。

 それを承知の上でキーノが当地へ駆けつけることを決めたのは、偏にラナーの魂を救う最後の機会(チャンス)と踏んだからだが、にべもなく彼女からは拒絶されただけだった。

 

「あの馬鹿を救い損ねただけだな。」

 

 キーノは素直に自身の手が届かなかったことを認めた。

 

あのおっさん(クライム)は救えた、と私は思ってるよ。」

 

 おっさん……て。

 千年前はおまえよりも全然若い小僧だったんだぞ。

 

「キーノちゃんが黄金姫はどこにいった?って問うたとき、あいつの目が変わったもの。」

 

「そう……なのか?」

 

「直前まですべてを諦めきった……それこそ昔のスレイン法国の民みたいな目をしてやがったけど、キーノちゃんがあの糞婆(くそばばあ)に何でキレるんだ、って問い詰めた時、急に目が澄んで意を決した感じになった。で、やるだろうな、と思ったら思った通りに剣を奪いに来たから譲ってやった、というわけよん。」

 

 キーノは改めてクレマンティーヌの眼力に感服する。

 いや、これはいわゆる痘痕(あばた)(えくぼ)、というやつだろうか。

 

「敢えてクレマンティーヌの意見が聞きたい。

 私にラナーを救う手立てはあっただろうか?」

 

 クレマンティーヌはいっとき考える素振りを見せた後に首を横に振った。

 

「今更、だったと思うわ。

 自身世を()ねた気狂(きちが)いだった私が言うのも勝手な言い分だけどさー、もし漆黒聖典にいた頃に、私がこいつは、って認める奴が、ちゃんと私のことを見てくれていて、私のことをわかってくれていたら、あそこまで私がおかしくなる理由もなかったように思ったりもするわけよ、ほんと、勝手な物言いだけどさー。」

 

 敢えて軽口で語られるそれは、キーノにはとても重い言葉に聞こえる。

 

「幸か不幸か、私はキーノちゃんに拾われてそれを初めて得たわけよ。ま、だから今の私は真っ当だ、なんて()()ずかしいこと言うつもりはないけど。で、あの糞婆(くそばばあ)にそういうものってあり得たか、って考えたら、仮にあの骸骨野郎が余計なこと言って追い詰めてなかったとしても、やっぱり駄目だったんじゃない?性根が腐ってたでしょ、アレ。私が言うのも何だけどさー。」

 

 クレマンティーヌは背を向けていたキーノを後ろからそっと抱きしめる。

 

「正直言うとさ、私、キーノちゃんがずっと続けてきたことって意味あんのかな、って疑問に思ってなくもなかったのよ。大した力も持たない連中に、わかるかわかんないかそれこそわかんない話を飽きもせずに説いて歩いてさ。でも、それがあったからこそこうして糞婆(くそばばあ)が余計なことをやらかす前に手が打てたわけじゃない?それって凄いことだと思うよ、おだてるわけじゃなくてさ。

 だから、この上あの糞婆(くそばばあ)を救えなかったなんて気に病むのは欲深だよ。これも私が言えた義理じゃないけど、どうしようもない邪悪、ってあるもんでしょ?それこそキーノちゃんが昔戦ったって言う魔神、みたいな。キーノちゃんのやり方だとそういう連中には常に後手に回る宿命だけどさ、今回は先手を取れたわけじゃない?」

 

 そして最後にこう付け加えた。

 

「本当に凄いと思うよ。

 それを一緒にやれたこと、私も嬉しい。」

 

 キーノは自身を抱きしめるクレマンティーヌの腕に片手を添え、振り返って笑顔で答えた。

 

「そうだな、おまえの言う通りだ。

 ありがとう、そしてこれからもよろしく頼む。」

 

 

                    *

 

 

「皆の者、忠誠の儀を!」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 守護者統括アルベド、参謀デミウルゴス、財務責任者パンドラズ・アクターの三賢者(トリニティ)を筆頭に、主だった面々が(つど)って跪礼を捧げている。

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に鎮座しギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの模造品(レプリカ)を恭しく掲げた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、その歓呼に応えた。

 

「皆、よく集まってくれた。

 まったくもって実感が湧かないが、ナザリック地下大墳墓がこちらの世界に渡って来て以来、千年の節目を迎えることが叶った。これは偏におまえたちの尽力あってのことだと感謝している。改めて礼を言わせてもらおう。

 

 本当にみんな、ありがとう!」

 

 滅相もない、すべてアインズ様の威徳によるものです、と広間はざわめきに包まれたが、アインズは軽く片手を挙げてこれを制した。

 

「今日は、この千年の間の<百年の揺り返し>を総括し、これからの千年、万年を見据えての大戦略について、皆の忌憚のない意見を聞きたいと考え集まってもらった次第だ。

 まずはデミウルゴス。振り返り、を頼む。」

 

「ハッ!」

 

 指名されたデミウルゴスはスッと立ち上がり、(つど)った下僕(しもべ)たちに向き直っていつもの左右の手を拡げた姿勢(ポーズ)を取った。

 

「これまでに邂逅したユグドラシルからの来訪者を振り返りますと……。

 まず九百年前のギルド、エリュシオン。愚かにも現地人に使嗾されかの白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)を襲った馬鹿どもですが、アインズ様に成敗された後、そのお慈悲によって生涯を全うすることが叶いました。その子孫と思われる血筋もいくらかあったようですが、既に絶えたようで御座います。」

 

 へぇ、子孫なんていたんだ、とアインズは意外に思う。

 一方で、人間種のみで構成された彼らには、それが運命だったのだろう、とも。

 

「八百年前の仮称動像寺院(ゴーレム・テンプル)、五百年前の同じく仮称水晶の塔は、いずれもその下僕(しもべ)たちが(あるじ)を自ら屠ってしまった事例で、アインズ様のご英断を以て暴走するNPCたちは処分されました。

 遡って七百年前のギルド、カーター・ツィマーマンは、我らナザリック同様に自らギルド維持に成功した稀有な例ですが、プレイヤーであった土鬼(ノーム)は既に寿命を迎え死去したもの、と想定されます。以降、ギルド拠点の所在は今以て明らかにはなっておりませんが、プレイヤーの性向から鑑みて今なお外部と接触することなく維持されているか、人知れず消滅しているものと考えられます。」

 

 あぁ、そう言えばそんなやつもいたな、とアインズは思いを巡らせる。

 今思えばもう少しあのプレイヤーと友好関係の確立を試みてもよかったのかも知れない。いや、そうすべきでない、と考えるに十分な理由があったから自分はそうしなかったのだろう、とも思うのだが。

 

「四百年前のプレイヤー、田中某は、この世界に適応することを拒絶してアインズ様の御手にかかることを望み、アインズ様のお慈悲を以てその望みを叶えられました。居たはずの下僕(しもべ)たちは田中自身によって既に全滅されたものと目されております。

 三百年前の仮称金字塔(ピラミッド)は、不幸にも白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の国に出現して無分別な略奪を試みたため、かのツアーの一撃で滅ぼされました。我々の出番がまったくなかったことが残念でなりませんな。」

 

 いや、関わらなくて済むならそれに越したことはないんじゃね?とアインズは思うが、他ギルドとの対決はユグドラシルNPCである下僕(しもべ)たちにとってはまさに面目躍如の機会であり、そう考える者がいるのも当然ではあろう、とも思う。

 

「六百年前、二百年前、百年前については今もっていかなるプレイヤー、ギルド拠点も知られてはおりません。ここまでの傾向から考えて、これらのギルドが自給自足に成功している可能性は極めて低く、今後も警戒は必要でしょうが、おそらくは人知れず滅んだものでしょう。」

 

 そう……この千年を通して痛感されたのは、こちらの世界でギルドを維持していくことの難しさだ。これに自ら成功したのはナザリックの他にはカーター・ツィマーマンしかおらず、そのカーター・ツィマーマンですらナザリックのような永続を望める存在では決してなかった。

 

「そして直近に現れた道化師(トリックスター)ダニエル・グレイ。四百年前の田中同様にギルド拠点を失いNPCも自ら屠ったであろうこの者は現地王族への取り入りを目論見ましたが、アインズ様のご英断を以て……」

 

 ちら、とデミウルゴスの視線がアインズに向かう。

 元より、デミウルゴスがアインズをダニエルとの対決に誘導すべくアルベドを伴って無断出撃に及んだことは不問に付す、と申し渡しているので、アインズは手を振って続きを促した。

 

「……ご英断を以て処分されました。

 以上がおおまかなこの千年の<百年の揺り返し>の振り返りで御座います、アインズ様。」

 

 最後にデミウルゴスは拡げていた手を大きく回して自身の胸元に収める礼をアインズに捧げ、再び跪いた。

 

「うむ、デミウルゴス。過不足なくわかりやすかった、見事なまとめだ!」

 

 いつもこうであってくれれば助かるのに……。

 

「お褒めに預かり恐悦至極で御座います!」

 

 何故ここに限って「そういうことで御座いますね!」で学んでくれんのだ、おまえは!

 ……故意(わざと)だよな、間違いなく。そういうやつなんだよ、デミウルゴスは。

 

 ぷるぷると骸骨頭を振ってアインズは気持ちを切り替え、改めて(つど)下僕(しもべ)たちに向き直った。

 

「これを踏まえて、だ。

 これからのナザリックに資する意見があれば忌憚なく述べて欲しい。」

 

 意外にも最初に発言したのは蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスであった。

 

「私トシテハ、機会ガアレバ敵ギルドトノ全面対決ニ臨ンデミタク思イマス。」

 

 ああ、武人らしい物言いだ、とアインズは得心するも、同時にそれが危険思想であることもわかっている。

 

「如何にもコキュートスらしい、頼もしく思うぞ。

 だがな。」

 

 逆接で継がれる言葉にコキュートスの身が引き締まる。

 

「それこそがユグドラシルの真骨頂である、という点でコキュートスの言は正しい。一方で、ユグドラシルにおいては、それが遊戯(ゲーム)であるがゆえに、ギルド間抗争は互いの力量が拮抗するよう意図的に設計(デザイン)されている。それは本質的に投じた資金(コスト)、すなわちユグドラシル金貨の多寡が勝敗を決することを意味するが、同時にそれは下僕(しもべ)たちの命を的にした消耗戦でもある。

 オレがそんなことを望むとは夢々思わないでくれ。」

 

「コ、コレハ!

 ドウカ私ノ考エ違イヲオ許シ下サイ!」

 

 たちまちにコキュートスは恐懼したが、アインズはすかさず手を振って、違うんだ、と続けた。

 

「もう一度言うが、コキュートスの言は正しい。それは、これからやってくるユグドラシルプレイヤー、NPCもまた同様に考えるだろう、という点においてだ。だから我々はコキュートスの指摘を真摯に受け止め、我々自身にもそれを望む性向があることを素直に認めた上で、相手方のそれの裏をかく物の考え方をしていかねばならん……とまぁ、そういうことになる。」

 

「御教示ゴモットモ、胸ニ刻ミマス。」

 

 そう言いながらコキュートスは言葉通り、自身の甲殻に爪先で何か刻みだした様子。

 つづいて鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールンが声をあげる。

 

「あちきと致しましては、アインズ様がこの世界のためにそこまでお骨折りあらんでもよろしいのではないかと思うのでありんす。」

 

「オレはこの世界のためにやっている、などとは一度も思ったことはないぞ。」

 

 アインズはたちまちにその言を否定した。

 

「オレの目的はただひとつ、オレとおまえたちのこのナザリックを守り抜くこと、ただそれだけだ。それが結果的にこの世界をも守ることになるのであれば、それはそれで結構なことだ、とは思わないか、シャルティア?」

 

「……ですが、あちきにはアインズ様がお一人ですべてを背負い込んでおられるようで、見ていて()ろうありんす。」

 

 ふふふ……シャルティアですらシャルティアなりにオレに気遣ってくれているんだな。

 

「心配しなくても、皆がこうしてオレを支えてくれるから大丈夫だ。

 それに、だ。

 効率だけを考えれば、この世界をすべて更地に変えて恐怖公の眷属(ゴキブリ)で埋め尽くし……」

 

 ここで、アルベド、シャルティア、フィオーラ、アウラ、ベラが一斉に顔を上げてぎょっとした表情を見せる。

 

「……<百年の揺り返し>を見つける都度片っ端から殲滅するのが話が早いが。

 そんなこと……したいか?」

 

 顔を上げた皆が一斉にぷるぷると首を振って否と応えた。

 

「であれば、多少の手間をかけるのは仕方のないことだ。」

 

「ア、ア、アインズ様ァ!」

 

 続いて声を上げたのは三代目フィオーラ。目下初代アウラ、マーレの子孫は彼女を筆頭に六人いて世代毎に整列するその姿はなかなかに壮観だ。

 

「わ、私の祖父母、両親が守ってきたトブの大森林はナザリックにとって欠くべからざるものですが、そ、それだけに依存する現体制には……その……疑問があります。」

 

 彼女たちはギルド秘密鍵による絶対忠誠の縛りを受けておらず、銘々の自由意志でナザリックに従う存在であるが、であるがゆえに、既定路線に従順に過ぎる他の下僕(しもべ)たちに比して、しばしば自由な視点から言動することがあり、アインズはこれを殊の外重要視している。

 

「うむ、フィオーラの言は正しい。」

 

 と、ここでもアインズは一旦その言を受け止めた。そして続ける。

 

「トブの大森林に万が一があるときの代替策(オルタナティブ)はあって然りで、この点については探索に優れるおまえたち一族の今後の活躍に期待するところ大だ。が、決して(あせ)る必要はない。」

 

「……そ、そうでしょうか?」

 

「パンドラズ・アクター!

 万が一、本日からトブの大森林の実りがなくなったとして、ナザリックは如何ほど()つか?」

 

「裕に五百年は維持可能で御座います。

 ルベド、ガルガンチュアといった金食(かねく)い虫の下僕(しもべ)を動員せぬ前提で、にはなりますが。」

 

 ナザリックの財務責任者が即答する。

 

「そういうことだ、フィオーラ。

 そして加えて言えば、だ。これからやって来るユグドラシル勢もまた、オレたち同様に何らかのユグドラシル金貨獲得手段を渇望するだろう。それを予めオレたちが独占してしまっていれば、無用な争いの種にもなりかねん。だから、あるに越したことはないが、一命を賭してそれを見つけ尽くすような探索はむしろ害があるもの、と考えておいてくれ。」

 

「……あぁ、アインズ様は本当に凄いですゥ!」

 

 隣で控えたフィオーレともどもに、老闇妖精双子(ダークエルフツインズ)は感銘の様子を見せた。

 その後ろで四代目マーレ、アウラも、五代目ベラ、ベロも同様だ。

 

 うーん、壮観だが……同時に眩暈も覚える光景だ。

 

(わたくし)と致しましては、我らナザリックとの共存に至ったギルドが皆無であることが残念でなりません。」

 

と言い始めたのは執事セバス・チャン。たちまちにデミウルゴスの苛立たしげな視線が向かうが、気づいたアインズは片手を挙げてそれを制する。

 

「その点については実のところオレも同感だ、セバス。」

 

 やはりアインズは一旦セバスの言をそのままに受け止めた。

 

「が、これはおまえが考えるよりもずっと難しいものだ。」

 

「左様で……御座いましょうか?」

 

「最初のコキュートスの言にも通じるが、ユグドラシルはギルド同士が相争い競い合う世界だった。大なり小なりそれを引き継いでこの世界にやって来る連中に、善意からであっても一方的に手を差し伸べるのは百害あって一利なしだ。」

 

「ですが、アインズ様はエリュシオンにお慈悲で以て……」

 

「連中は例外中の例外だ。あいつらはそもそもユグドラシルプレイヤーとは到底認め難い連中だった。むしろオレが、あいつらを冒険を嗜むユグドラシルプレイヤーへと導いてやった、と言った方が正しい。逆に、純粋にユグドラシルプレイヤーであってもカーター・ツィマーマンのように、強いて他ギルドとの交流を望まぬ者もいよう。

 困った人がいれば助けるのは当たり前、を旨とするおまえの気持ちはわからんでもないが、必ずしも(みな)(みな)助けを求めているわけではない、ということは頭に置いておけ。」

 

「はっ、御教示に厚く御礼申し上げます。」

 

「そして、セバスの言に学ぶ点があるとすれば、オレたちはこの千年、邂逅したプレイヤーから助けを求められる事例(ケース)を想定していなかったが、実際にはいささかおかしな形ではあったが、セバスも触れたエリュシオンや殺してくれと迫った田中のことを思えば、そういう可能性も少なからずある。これら全てを救ってやる必要もないだろうが、然るべき援助の備えがあってもいいかも知れない。どうだ、アルベド?」

 

「仰せごもっともかと。相手が個別に異なるギルドで御座いますから一様に対処することは叶わぬと存じますが、そのような事態が生じてから場当たり的に対応することを思えば、事前にいくつかの類型(パターン)に応じた枠組み(スキーム)を整えておき、それらを組み合わせて臨機応変に適用することはナザリックの益にも繋がるもの、と考える次第で御座います。」

 

 愛妃の怜悧な応答にアインズは満足げに頷いた。

 

「詳細については三賢者会議(トリニティ)で継続協議だな。」

 

「はい!それで、よろしいのではないでしょうか!」

 

 最後に再びデミウルゴスが挙手する。

 

「キーノ……インベルンはいかがいたしましょう?」

 

「……何だ、それは?」

 

 例によって例の如く、アインズにはそれが人名であることすらたちまちにはわからない。

 

白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの舎弟、で御座います。

 アインズ様の思惑通り、七百年前あたりからこの世界の住人側に立って来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に備える活動を続けておる由。」

 

 オレの思惑?

 誰かもわからんのに?

 

「買い被りはよせ、デミウルゴス。

 オレはそんな奴のことは……」

 

 知らない、と言おうとしたアインズに対し、畳みかけるようにデミウルゴスが応じる。

 

「ご冗談を、アインズ様!

 かの(もの)は、五百年前の水晶の塔に際しては事前に現地人への警告をおこなって被害を最小限に留め、四百年前の田中に際しては同様に現地人を避難させたのみならず、我々が田中を捕捉するキッカケともなりました。最近では、九百年前にエリュシオンを使嗾した下等吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に始末をつけたようで御座います。

 

 これがアインズ様の深慮遠謀の為せる(わざ)でなくして、一体何であり得ましょうか!」

 

 途中からデミウルゴスはアインズではなく集う下僕(しもべ)たちの方へ向き直り、得意の左右に大きく手を開いて演説する(てい)を採ったので、続いて下僕たちから沸き上がった「おぉ!」「流石はアインズ様!」とのどよめきに、アインズはこれを打ち消す時宜(タイミング)を逸してしまった。仕方がないので、軽くノっておく。

 

「さ、流石はデミウルゴス、よくぞ我が計を見抜いた!

 アレはそのまま放置しておけばよい。勝手に我々の役に立ってくれるだろう。」

 

「ハハッ、すべては我らが至高の(あるじ)アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」

 

 うーん、何だかよくわからないがデミウルゴスが納得したのならそれでいいか。

 後で書付(メモ)を辿ってみよう、十中八九忘れるけどな。

 

「こうして振り返ってわかるのは、だ。」

 

 問わず語りにアインズは言う。

 

「オレたちは、ツアーを通じて知った六大神や八欲王の事例(ケース)に学び、三賢者(トリニティ)の知力を結集して、かなり綿密に来訪者の類型(パターン)を洗い出した上で待ち受けた……つもりだった。が、この千年を振り返れば、出会ってしまえば、なるほどこういうこともあり得るか、と納得のいくものばかりだが、当初想定されなかった現れ方が多くあった。

 これは言うなれば、ユグドラシルの多様性がそれだけの幅の広がりを持っていた、ということになるが、それゆえにオレたちは、さらに研究精進を進め、どんなギルドが転移して来ようとも常に一歩先んじるナザリック、如何なる事態に対しても耐え得るナザリックの構築を続けねばならん。わかるな?」

 

 改めて(つど)下僕(しもべ)を一望したアインズは、高らかに告げた。

 

「今日は節目としてこのような場を設けたが、銘々に何か気づきがあったときは遠慮なくオレに知らせてくれ。おまえたちが共にある限り、ナザリック地下大墳墓は永久に不滅である、と確信したぞ!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 再びの忠誠の歓呼を受けて、アインズはこの身の幸福を噛み締めた。

 

 

                    *

 

 

 その夜。

 

 愛妃アルベドの淫魔(サキュバス)の魔力にひとときの微睡みに落ちたアインズは不思議な夢を見た。ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの至高の四十一人が円卓の間に一堂に会している。

 

「生意気な青二才、と思っておりましたが、モモンガさんが我が娘婿とは鼻が高いですな。」

 

(まこと)に以て。裏で笛吹いて踊らせてきた者としても誇らしい限りですよ。」

 

「モモンガさんのギルド長就任を後押しした甲斐がありました。」

 

「ナザリック地下大墳墓は、最早この世界の自然の一部みたいなもんですね。」

 

「すべては剣の道に通ず!」

 

「己を知る者は百戦危うからず、とはまさにモモンガさんのこと。」

 

「殴って殴って、そして互いに殴り合うのよ!」

 

「メイドたちに今少し活躍の機会を!」

 

「社員が皆楽しく働ける職場……羨ましいです。」

 

「正体を知られぬ正義の味方、まさに理想!」

 

「引き続きやっちゃいなよー、モモンガさーん!」

 

「弟よ、(あお)れ!」

 

 皆さんも……一緒に楽しんでいただけましたか?

 

「この際です。」

 

 とウルベルトの声。

 

「モモンガさん御本人もそれをご希望のようですし、我らの総意をもって正式にモモンガさんがアインズ・ウール・ゴウンの名を継がれることを承認したいと思いますが……皆様はいかがですかな?」

 

「「異議なし!」」

「「アインズさん!」」

 

 満場一致で採決がなされた。

 

「共にあれぬことが残念ではありますが、我らが被造物が引き続きアインズさんをお支えすることでしょう。」

 

「娘と……末永く面白可笑しくやってくださると嬉しいですぞ。」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」

「「死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」

 

 当然、このような会話が<日誌(ログブック)>に刻まれていようはずもなく、これは自身の願望を幻に見ているものだろうか、とアインズは思うが、元より真偽などどうでもよいことだ。

 

 それを言ったら、今在るこの世界、そこで過ごしてきた千年もまた、ユグドラシル終了の瞬間に鈴木悟が見ている夢、幻であるかも知れない。

 

 ただ。

 

 それらが自分と共に在ると感じる限り、ごっご遊び(ロールプレイ)を清く正しく馬々鹿々しくも続けるだけだ。

 

 ふと気づくと、いつものように上気した陶酔の表情を浮かべるアルベドが、寝台(ベッド)の上に自身を組み伏せていた。

 

「本当にありがとう、アルベド。」

 

 思わず真摯な声色の感謝が漏れる。

 

「……いかがなさいましたか、アインズ様?」

 

「お陰でよい夢が見れたよ。」

 

 敢えてその内容をアルベドに語ってやる必要もあるまい。

 

「それはよろしゅう御座いました。」

 

 アインズは、なお自身は満足しきっていない様子のアルベドを骨の腕で優しく包み込み、耳元で囁いた。

 

「今度はオレが奉仕させてもらう番だ。」

「嬉しいわ、アインズ。優しくしてね。」

 

 はて、この至福の一時(ひととき)も夢、はたまた幻であろうか。

 その内部に囚われ続けるアインズ自身に、その真偽を明らかにする(すべ)はない。




<次話予告>

ナザリック千年紀遂に完結。

「ツアー、おまえまでもがオレを置いていくのか!」

億劫のオーバーロード最終話『眠りの竜王(ドラゴンロード)

「そしてアルベド。
 今この瞬間のオレにとっては、おまえと愛を交わすことだけがすべてだ。」
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