億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴1000年を越えたいつか、のお話。


最終話 眠りの竜王(ドラゴンロード)
24.眠りの竜王(ドラゴンロード)


 ふと思うところがあって、ここしばらくアインズは白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーに<伝言(メッセージ)>を投げかけているのだが、いずれも応答がない。

 

 どうせ寝入っているのだろう、邪魔しても悪いからまたの機会にするか、を繰り返すこと三ヶ月。流石に心配になってきたアインズは不興を被ることを覚悟の上で、ツアーの鼻先に<転移門(ゲート)>を開きその居城に乗り込んだ。

 

 目に入ったのは予想通り鼻提灯をぷかぷかしながら眠りこけるツアーと、そのすぐ隣でこれを見守るように佇む透き通る薄紅(うすべに)色の鱗を纏った竜王(ドラゴンロード)だ。

 

「おや、アインズさん。思っておったよりも遅いお(たず)ねよな。」

 

「……誰だっけ?」

 

 紅色(べにいろ)の竜王の(まなこ)と口があんぐりと開いた。

 

「父から聞いてはいたが、本当にそなたは……綺麗さっぱり忘れるのよなぁ。」

 

 慌ててアインズは所持品(インベントリ)書付(メモ)を探る。

 こいつはツアーの娘、紅水晶の竜王(ローズクォーツ・ドラゴンロード)コニーだ!

 

「首に……」

 

「……首に?何かえ?」

 

「首に(ふだ)を掛けておいてくれないか。『ツアーの娘コニー』と。」

 

「この世界に相並ぶ者の()らぬ(わらわ)を犬扱いとは……いい度胸をしておいでなこと。」

 

「親父同様に諧謔(ユーモア)(かい)さぬ獣め、もちろん冗談(ジョーク)だ!」

 

「そなたに友として、名前だけでも覚えておいてもらえる身になりたいものぞな。」

 

 はははっとアインズは笑って見せる。

 

「で……親父はどうした?

 寝坊助なのは先刻承知だが、いくらなんでも寝入り過ぎだろう。」

 

「それをそなたに伝えんとて、こうしてお越しを待っておった。」

 

 コニーの語るところはこうだ。

 

 竜王(ドラゴンロード)は基本的には寿命を持たぬ存在であるが、時折彼ら自身が『永い眠り』と呼ぶ深い睡眠を必要とする場合がある。ときに千年に及ぶその眠りの最中に寝首を掻かれて落命する竜王も少なくはないのだとか。父ツアーが永い眠りに落ちたことに気づいたコニーは、アインズが気を揉むのではないかと気遣って、事情を説明すべく来訪を待っていた、と言うのである。

 

 この話を聞いたとき、一瞬アインズは自身が「ツアー、おまえまでもがオレを置いていくのか!」と地団駄踏んでキレ散らかす(さま)を思い浮かべたが、不思議とそれはなされなかった。

 

 考えてみれば、だ。

 

 ツアーは死んだわけではない。千年の後かも知れないがきっといつかまた目を覚ますのだ。

 そして、記憶を維持できない自分は、そのときツアーに再会しても憶えてはいまい。そんな自分に、断りもなく深い眠りに落ちた、とツアーを責める権利などあるだろうか。コニーのことすら憶えていなかったのに、だ。

 

 オレもツアーに感化されて……気長になったのかな?

 

 過去千年の間、邂逅した少なくないユグドラシルプレイヤーが自分、かつてのモモンガを見知っていたのにも関わらず、アインズ自身が相手をまったく知らなかったことも同様だ。

 モモンガが有名人であったから仕方がない、と言ってしまえばそれまでだが、相手の立場になって考えれば、右も左もわからぬ異世界に顕現して、漸くユグドラシル時代の記憶に繋がるプレイヤーと出会ってみれば、自分が一方的にモモンガを知っているだけでモモンガは自分のことを知らないしそもそも関心もなかった、という構図は、ひょっとするとかなり衝撃(ショック)であったかも知れない。

 

「父は、アインズさんがああ見えて寂しがり屋だと気にしておった。このようなことになってそなたも気落ちするやもしれぬが……ん?何をしておいでか!」

 

 コニーはアインズを睥睨しながらその心中を(おもんぱか)っていたものだが、アインズがツアーの周囲を指差す都度、一体、また一体と見るからに屈強そうな不死者(アンデッド)が出現し、ツアーに背を向けて守備する構えを見せるのに気づいて驚きの声を上げた。

 

「そのようなことをせずとも、父は(わらわ)が見ておると言うに!」

 

「いや……コニーもこんな黴臭い城に閉じ籠もっていたら気が滅入るだろ?」

 

 そう言いながらアインズは召喚を続けて、その総数は既に二十体を超えた。

 

(わらわ)はこれも守らねばならんゆえ、引き籠もることは苦には思わんぞえ。」

 

とコニーが懐から取り出して見せたのは、キラキラと輝く真球(しんきゅう)状の卵だ。

 

「それって……もしかして。」

 

 ぽっ、と元から赤いコニーの頬が更に赤味(あかみ)を増す。

 

「そなたの執事(セバス)はなかなかに激しかったぞな。

 上空一万メートルの情事、仔細を聞きたいかえ?」

 

 ぷるぷる、とアインズは顔を横に振りつつ、なおも不死者の召喚を続ける。

 何が悲しくて獣の惚気話、しかもその一方が自身の下僕(しもべ)の下ネタなど聞かされてたまるか、とアインズは話を(そら)しにかかった。

 

「であればなおのこと。閉じ籠もったままだと胎教にも悪かろう!」

 

 コニーは、はて、目前の骸骨は、胎教、という言葉の意味をわかって言っているのだろうか、と首を傾げる。

 

「それにおまえはオレの意図を勘違いしている。

 別にオレはツアーを守りたくてこれをやっているわけではない!」

 

「……では、何のためぞな?」

 

「考えてみろ。百年だか千年だか知らんが、おまえの親父が目を覚ますわな。」

 

「ふむふむ。」

 

「ふわー、よく寝たな、と目を(ひら)けば、自分の周囲をずらっと不死者(アンデッド)の軍団が取り囲んでいるわけだ。寝起きの親父は寝惚けた頭で思うわな。

 

 アインズの野郎、何してくれてやがんだ!と。

 

 ……面白いだろ?」

 

「……そんなことのために魔力を?」

 

「どうせ回復する、元手は無料(ただ)だ。」

 

「ふふふ、まことにそなたは楽しい御仁だ。」

 

「それだけが取り柄だ。」

 

 アインズはそのまましばしコニーと由無し事を語らった。

 

 聞けば、竜王の卵は孵化に三百年ほどを要するのだとか。幼い日のコニーはセバスに対する恋心を、共に卵を温めたい、と表現したものだがこれはあくまでも言葉の綾であり、実際に雄性の竜王が抱卵を含む子育てに関与することはほとんどなく、むしろツアーの(おす)竜王らしからぬ子煩悩ぶりは極めて珍しいものとして一部の交友ある他の竜王の間ではよく知られており、逆に雌性を含め彼らは皆、卵を得た途端に配偶者への興味関心を失うのが普通であるらしい。

 

 自分の娘を「気に入らないなら殺して結構」とかケロッと言っちゃうヤツがそうなの?と、アインズは今更ながらツアーのみならず、竜王という種族全体がよくわからなくなりつつある。

 

 そしてこのとき初めて知ったことになるが、ツアーがさも当たり前のように用い続けてきたユグドラシルプレイヤーの来訪を意味する語彙、<百年の揺り返し>は、本来は雌性の竜王が百年に一度卵の天地を裏返して胚の生育を促す習性を指す言葉であるのだそうな。

 これを知ってアインズは、しばしばツアーが愚痴気味に語った「他の竜王は<百年の揺り返し>に関心を示さない」の要因は、ツアーのこの言葉の選択の不味さもその一因なんじゃないだろうか、と考え込まざるを得なかった。

 

「今後もあるだろう<百年の揺り返し>の最悪の事態(ケース)に備えた戦術の一部は、ツアーの存在を前提にしていた。今は卵のこともあるから構わないが、雛が手がかからないようになったら、おまえにその代わりが務まるか実験に付き合ってもらうぞ。」

 

 緊急のことに備えて<伝言(メッセージ)>の導通を確認し、逆にコニーには数個の<お助け玉(レスキューボール)>を手渡しながらアインズがそう言うと、コニーは、

 

(わらわ)の意を問おうともせんその態度はいささか気になるが、元よりそのつもりゆえそれは構わぬ。が……そなたは(わらわ)のことを憶えておいてくれてかえ?」

 

と問うた。

 

 アインズは、胸を張ってこう答えた。

 

「こう見えて、友の遺した子どもの扱いには慣れているんだ。」

 

 

                    *

 

 

 対外的にはアインズ出撃時の近衛を務めることの多い執事セバス・チャンではあるが、本来の職務は執事であるゆえに、ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のメイドの管理監督である。

 

 その彼がここしばらく疑問に感じているのが、メイドの一部が彼に対してやけに余々所々(よそよそ)しい態度を見せるようになったことで、しかもこれは少しずつ伝染しているように思われた。

 そしてよくよく観察してみると、メイドたちに順に与えられている一日の休暇が明けると、決まってそのメイドの態度が変わる法則性に気づいたセバスは、いささか礼儀(マナー)に反するとは思いつつも、その日休暇を与えられていたフォアイルの一日を監視してみることにしたのである。

 

「フォアイルちゃん、フォアイルちゃん!」

 

 回廊を歩いていたフォアイルに、分岐路の影から顔を半分だけ出して声を掛けたのは戦闘メイド(プレアデス)の一人、ルプスレギナ・ベータだ。その後ろにはシャルティアも、怪しげな笑みを浮かべながら隠れている。

 

「あら、ルプーにシャルティア。何かしら?」

 

「今日は休暇っすよね?とびっきりのネタがあるんすけど……いかがっすか?」

 

「うひひひひ、でありんす!」

 

「?」

 

 フォアイルは、何のこっちゃ?と思いつつも、順に巡ってくる休暇とは言え特にやることがあるわけでもないので、なんの必要があってか忍び足で進むルプスレギナとシャルティアの(あと)を追った。向かう先は、大浴場スパリゾートナザリックの女湯脱衣場だ。

 

「衝撃的っすよ、覚悟はいいすっか?」

 

 じゃーん!と言いながらルプスレギナが示したのは数葉の写真。

 フォアイルは、たちまちには「何これ?」というポカンとした顔をしていたが、ややあって顔が真っ赤になった。

 

「え、うそ!やだ!そんな……え?うわ!凄ーーーい!」

 

 などと黄色い声を上げながら、ぱらぱらと手元で入れ替えつつ写真を食い入るように見つめている。

 

「何を楽しそうにご覧になっているのでしょう?」

 

と尋ねる声に、フォアイルと一緒にウヒウヒ言いながら写真を覗き込んでいたシャルティアが答える。

 

「現地の雌竜と(まぐわ)う某氏のあられもない姿でありんす!

 セバスも一緒に見るでありんす!

 

 ……ん?

 

 セ、セバスーーーッ!

 

 背後にあったセバスは隠形(いんぎょう)を解いて姿を現した。

 たまらずフォアイルは腰を抜かし、数葉の写真がその手を離れて宙を舞う。

 

「ひ、(ひど)いじゃないっすかー、此処(ここ)女湯(おんなゆ)っすよー!」

 

 抗議するルプスレギナを、仁王立ちのセバスは目線で射殺(いころ)さんばかりに威圧した。

 

他人(ひと)秘事(ひめごと)の盗撮写真を回し見する方々にそんなことを非難される筋合いはないでしょう、(さいわ)いどなたも着衣のままですし。」

 

 睨みつけられたまま動けぬルプスレギナとシャルティアに、じりりとセバスが迫る。

 はったり(ブラフ)だ、とわかってはいるつもりだがその構えは()る気満々で、ルプスレギナもシャルティアも、これをはったりと判じる自身の判断に確信があるわけでは決してない。

 

「尋ねるまでもないような気もいたしますが、この写真の出処を教えてくださるのはどちらですかな?」

 

 ルプスレギナは早々にその眼力に屈して目を(そら)し、シャルティアに助けを求めた。

 実力ではセバスに拮抗するシャルティアではあるが、自身に非があることがわからぬほどポンコツではないゆえか、流石の彼女も強気には出られぬ様子。

 

 (かろ)うじて言い返した言葉がこちら。

 

「そ、そ、そんな眼で睨みつけられても、デミウルゴスからもらったなどとあちきが明かすと思ったら大きな間違いでありんす!」

 

 はぁー、とセバスが深い溜息を漏らす。

 

「……何と申しますか。

 貴女(あなた)も救いようのない(かた)ですね。」

 

「ん?

 

 ……あ゛ぁーーーーーー!

 

 

 

 この後、玉座の間でアインズ、アルベドと語らうデミウルゴスを見つけたセバスは、たちまちに自身の真の姿、金剛石竜王(ダイヤモンドドラゴンロード)に転じて襲いかかるも、これをアインズを狙っての乱心と判じたアルベドの三日月斧(バルディッシュ)初撃(しょげき)を弾かれた。

 続いてアインズが、困惑しつつも的確に<時間停止(タイムストップ)>からの<生気吸収(エナジードレイン)>連続技(コンボ)で無力化し、儚くも制圧された。

 デミウルゴスは無関係を装って退出しようとしたが、アインズに命じられたアルベドによって即座に取り押さえられ、セバスから事情を聞き出したアインズに、玉座の前に二人並んでの正座を命じられる。

 

 かくして。(なが)らくデミウルゴスが望んだセバスお説教動画(ビデオ)の更新が叶ったのであるが、そこにはセバスに並んでうなだれるデミウルゴスが共に収まる、というオマケがついたのであった。

 

 ちなみに。

 

 このとき小一時間デミウルゴスとセバスを説教……というかほとんど罵倒し続けたアインズは、不意に神々しい緑の光を発した後ぷいと姿を晦ましたのだが、自室に戻って独り感情抑制されてもなお晴れきらぬ憤りを昇華すべく、所持品(インベントリ)から書付(メモ)短杖(ワンド)を取り出し、ヤりたいときに()れる都合のいい女、の呼び出しを試みた。

 

 こんな気分のときは鯖折りに限る!

 

 ところが、貴重な蘇生アイテムを消費しておこなわれたその行為に実りはなかった。

 

「こ……ここに至って蘇生拒否だとーーー!

 この糞がーーーッ!」

 

 怒り狂ったアインズは力を失った短杖を腹立ち紛れに踏み潰し、書付を<獄炎(ヘルフレイム)>で跡形もなく焼き払った。

 

 このような次第で、クレマンティーヌの名はアインズの記憶から永久に失われたのである。

 

 

                    *

 

 

「どうかね、シズ?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層最古図書館(アッシュールバニパル)

 閲覧室の一つがナザリックの神託娘(オラクル)シズ・デルタの作業部屋に当てられているが、増え続けるデミウルゴスの日記と<索引(インデックス)>に、収納および取り出し効率を維持すべく場当たり的に繰り返された改修で、幾何学的に組み合わされた棚や仕切り壁が地下迷宮(ダンジョン)小型模型(ミニチュア)の如き様相を呈している。

 その中央にあって、機械仕掛けの(アーム)に据えられた専用席に鎮座するシズに問いかけたのは二本(つの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスである。

 

「なんとかなりそう。でも遠からず限界は来る。」

 

 物理的な配置の工夫もさることながら、近年では<索引>を介しての検索も所要時間が馬鹿にならなくなってきたため、ティトス配下の骸骨司書たちから提案された<索引>の分割化(パーティショニング)が試みられている。

 大雑把な着想(アイデア)は、過去の検索傾向から鍵語(キーワード)に重み付けをおこない、従来面一(つらいち)にまとめられていた<索引>を重み別の分冊とし、大半の検索が重み付け「高」の<索引>の範囲で済むようにする、というもので、例えば白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーや、過去千年に邂逅したユグドラシルプレイヤーに関係する語彙は高い重み付けが与えられている、といったものになる。

 これは確かに検索効率の向上に一定の効果を上げたが、かつてに比べれば増加速度はやや緩やかにはなったものの、デミウルゴスの日記の総量は増えることはあっても減ることはないので、シズ自身はこれを付け焼き刃の対応と考えており、ティトゥスの問いに答えた通りどこかの時点で限界がやって来る、と考えていた。

 

「将来的には、ある年次以前のものは破棄……まではしないものの、特別な事情がある場合を除き検索対象としない、といった割り切りが必要になるやも知れんな。つまり、我々の短期記憶と同じような措置を、ナザリックの記憶に対してもおこなう、ということになるが……」

 

「それは危険。本来的にすべての情報(データ)は等価。時系列にせよ、重み付けにせよ、恣意的に設けた検索範囲外に、アインズ様が真にお求めの答えがある可能性は常にある。」

 

「それはその通りじゃが、シズ一人では()つまい。」

 

 この問題解決のため、エドモン・ウェルズのギルド遺構に島流しにされた司書Jが、同地に放置された六体の少年忍者支援部隊(ユニット)を携えてナザリックへと帰還するのは、まだ大分(だいぶ)と先の話になる。

 

 

                    *

 

 

「今日ハ此処マデトシヨウ。」

 

(じぃ)、ありがとうございましたァ!」

「コ、コキュートスさん、稽古、ありがとうございます。」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)闘技場(アリーナ)

 蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスが五代目ベラ、ベロの闇妖精双子(ダークエルフツインズ)に本日の鍛錬の終了を告げた。

 

 五代目ベラはカラリとした性格の女の子で魔獣使い(ビーストテイマー)、ベロはおどおどした感じの男の子で森祭司(ドルイド)と、それぞれ一周回って初代に戻った(てい)を為しているが、まもなく二百歳、胸の膨らみも目立つベラがぽっちゃり丸顔、肩の筋の張りに男らしさを見せるベロがすっと爽やかな細面と、容姿はそれぞれ初代マーレ、アウラを男女を入れ替えて受け継いでいる。

 

「オマエタチ、ナカナカ腕ヲ上ゲタナ。」

 

 満足そうにコキュートスが言う。無論、レベル九十に達したばかりの二人がコキュートス相手に一本取る、ということはまだないが、双子ならではの連携攻撃を自在に繰り出す二人に対し、既にコキュートスは四本のすべての腕に得物を構えて応戦することを余儀なくされている。

 

「一族の血が為せる技ですよォ!」

「ね、(ねぇ)さん、そんな言い方は師匠に失礼だよぉ。

 コ、コキュートスさんのご指導が素晴らしいからだと、お、思います!」

 

 フフフ、とコキュートスは愉快げに(わら)った。

 彼自身の記憶としては、アウラ、マーレと言えば常に脳裏に浮かぶ姿はナザリックがこちらに転移してきた直後の少年少女の二人で、しかも今のベラとベロはややそこから長じた上に容姿が入れ替わっているが、同時に昔からまったく何も変わらないのだ、という安心感もある。

 

 ただ一点の例外を除いては。

 

「コノ後、何カ予定ハアルノカ?」

 

「特にはないですゥ。」

「コ、コキュートスさんの見送りついでに、お化けのお(ねぇ)ちゃんのところへ行こうかと思ってました。」

 

 お化けのお(ねぇ)ちゃんと言うのは、幼少の二人を猫可愛がりし、長じて以降はまったく関心を失っているナザリックの目ニグレドのことである。

 

「ウム、デハソノ前ニ少シ付キ合エ。」

 

 コキュートスは、ベラ、ベロを第九階層(ロイヤルスィート)のバーナザリックへ誘った。

 

 

 

「「「乾杯!」」」

 

 コキュートスはジョッキ一杯の生麦酒(ビール)を、ベラ、ベロはコーラの注がれたグラスを交わす。

 

「オマエタチニ大切ナ話ヲシテオキタイ。」

 

 いつになく真剣なコキュートスの声色に、二人はグラスを一旦置いて計四つのきらきらした瞳を(じぃ)と慕う近接戦の師匠へと向けた。

 

「私ハ、ソシテ他ノナザリックノ皆ハ、絶対忠誠ノ縛リヲ受ケテイル。」

 

 こくこく、とベラは頷いた上で言う。

 

「わかっています。(わたし)たちがそれを欠いていることも。」

 

「ウム。」

 

 満足そうに頷いたコキュートスは、今一度ジョッキに残ったビールをぐぃっと煽った上で続けた。

 

「今カラ話スコトハ、私ノ独断デ、オマエタチノ両親ヤ祖父母ガ、丁度今ノオマエタチクライノ時分ニモ言ッテ聞カセタコトニナル。トテモ大切ナコトデアルカラ、心シテ聞イテクレ。」

 

 常ならぬ(じぃ)の物言いに、二人は緊張に引き締まる顔を見せた。

 

「アインズ様ハ、私ガ狩リノ供ヲスルニ際シ、常ニ、万ガ一、アインズ様ガ無分別ナ殺戮ヲ際限ナク(おこな)ウ様子ヲ見セタトキハ、如何ナル手段ヲ以テシテモコレヲ()メヨ、ト仰セダ。」

 

「そ、そ、そんなこと起こり得るんでしょうか、あのお優しいアインズ様に限って?」

 

 不思議そうにベロが尋ねる。

 

「アインズ様御自身ガ、無イトハ言エヌ、ト仰セダ。

 私ハソノオ求メニ忠実ニ従ッテキタシ、少ナカラズソウイッタコトデオ役ニ立ッタコトモアッタノダロウ、ト考エテイル。」

 

 二人は変わらず素直な瞳を師匠に注いでいる。

 

「オマエタチガ狩リノ供ヲ命ジラレルコトハナカロウガ、アインズ様ガ御自身ノ暴走ヲ常日頃カラ忌避サレテイルコトヲ(おもんぱか)レバ、コレハ私ダケニ命ジラレタコトデハナク、ナザリックノ下僕(しもべ)ノ全テニ日々求メラレル責務デアルコトハ明ラカダ。ワカルカ?」

 

「「はいィ!」」

 

 二人は揃って了解を示した。

 

「大切ナコト、トイウノハ他デモナイ。私ヲ含ム絶対忠誠ノ縛リヲ受ケル者ハ、憚リ多キコトナガラ、暴走ナサレタアインズ様ガ暴走ノママニオ命ジニナラレルコトニ逆ラエヌ身ダ。タダ、オマエタチ一族ダケガ、ソノヨウナ場合デアッテモ、アインズ様ノ御命令ニ反スル行動ヲ採リ得ル自由度ヲ有スル。」

 

 ベラ、ベロの表情が緊張に強張った。

 師匠の言葉の重みに、否応なしに気づいたからだ。

 

「オマエタチ自身、(カルマ)ハ悪。アインズ様ガ無分別ナ殺戮ニ興ジラレタトテ、喝采コソスレ、ソレニ義憤ヲ(いだ)クコトハナイダロウ。ダガ、今カラ伝エル(じぃ)ノ言葉ハ胸ニ刻ンデオイテクレ。」

 

「承りますゥ!」

「ぜ、絶対に忘れません!」

 

「アインズ様ノ(おこな)イノ()()シヲ、我々下僕(しもべ)ガ判ジルコトナド不可能ダ。

 ガ、コレダケハ思イ巡ラスコトガ叶ウ。」

 

「「それは?」」

 

「此処デオ(いさ)メセネバ、後日他ナラヌ、アインズ様御自身ガオ苦シミニナラレルノデハナイカ、トイウ思イダ。ソシテ、本当ノ意味デコレニ備エ得ルノハ、オマエタチ一族ダケナノダ。」

 

 二人は目をまん丸にしてこの言葉を聞いた。

 

(じぃ)カラ言エルコトハ此処マデダ。ワカッテクレルカ?」

 

「それって……」

 

と躊躇いがちにベラ。

 

「……トンデモなく責任重大、ですよねェ?」

 

「で、でも(ねぇ)さん。コキュートスさんの仰る通りだ、とボ、ボクは思いました。」

 

「ベロ、もちろんわかってるわよォ!

 でもこれは、だからって、はい、わかりました、任せといてくださいィ、なんて安易に言ってはいけないこと。そうは思わない?」

 

「う、うん、ボクもそう思う。わかっているし絶対に忘れないけど、でも、わかった、って言い切っちゃいけない。そういう大切なことだよね!」

 

「フハハハ!」

 

 自身の甲殻に刻んだ記憶に視線を向けていたコキュートスが、不意に大きな声で笑った。

 

「オマエタチノ両親モ、祖父母モ、私ガコノ話ヲシタトキ、マッタク同ジコトヲ言イ交ワシタモノダ!」

 

 二人の顔がパァと明るくなった。

 

「ピッキー、麦酒(ビール)ヲ、グラス三ツ頼ム!」

 

「え、私たちまだ二百にもなってないのに!」

「ユ、ユリ先生に叱られちゃいますよぉ!」

 

「内緒ニシテオケバヨイ。

 祖父母、両親ト同ジ思イニ至レタオマエタチハ、私ノ目ニハ既ニ成人ダ。」

 

 ふふふ、と二人が笑顔で応える。

 

「サァ、乾杯シヨウ。至高ノ(あるじ)アインズ・ウール・ゴウン様ニ乾杯!」

「とってもお強いアインズ様に乾杯ィ!」

「と、とってもお優しいアインズ様に乾杯!」

 

 三人はグラスを交わして一息に麦酒(ビール)を呑み、

 

「「に、(にが)ッ!」」

 

 大人(おとな)の洗礼を受けた二人の漏らした声に、再びコキュートスは満足そうに笑った。

 

 

                    *

 

 

「父上、死都エ・ランテル事件をご記憶ですかな?」

 

とパンドラズ・アクター。

 

「……何それ?」

 

「聞きたく……は、御座いませんか?

 千年前の大陸に暗躍した秘密結社ズーラーノーンの四百年の陰謀史。」

 

「……いや、別に要らんけど。

 

 あー、わかった、そういじけるな!

 はい、聞きたいです、聞かせてくださいパンドラさん!」

 

「あ、父上も聞きたいそうですので。

 お願いします。」

 

「……今のなに?」

 

「こちらの話ですので、どうぞお気になさらず。

 

 それでは聞いていただきましょう、パンドラズ・アクターが一席講じますところの、聞くも涙、語るも涙のズーラーノーン陰謀史、の始まり始まりぃーーーーー!お代は聴いてのお帰りでぇ!」

 

 バンバンッ!

 

(……面倒臭(めんどくさ)っ!)

 

 

 

 バリバリバリッ……チーン!

 チャリ。

 

 

                    *

 

 

「飽きもせず、また増やしてこられたのですか?」

 

とアルベド。

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 豪華な寝台(ベッド)の上で、安楽椅子と化したアインズに愛妃アルベドがもたれかかりつつそう尋ねた。

 

「どうせ無料(タダ)だしな。」

 

 アルベドが言っているのは、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが永い眠りに堕ちて以降、しばしばアインズがツアーの居城を訪ねては上限一杯の不死者(アンデッド)を召喚して置いて帰ってくること、についてである。

 一度だけアルベドはアインズに付いて様子を見に行ってみたが、最早ツアーの巨躯を視野に捉えることは叶わず、互いに肩を組んでぐるりとツアーを取り囲んだ死の騎士(デスナイト)が、その時点で六段積み上がって壁のようになっていた。その他の不死者多数がありとあらゆる場所にひしめいており、謁見の間は足の踏み場もない有様。

 

「獣とは言え、お寂しゅう御座いましょう。」

 

「ん?

 そんなことはないぞ、オレにはアルベドがいるしな。」

 

 さらりとアインズは答え、アルベドは、あらまぁお上手、と頬を赤く染める。

 

「あいつのことを完全に忘れる前にこれを繰り返しておけば、少なくとも、目を覚まして再会したとき名前まで忘れてしまっていて礼を失する、などということはないだろう?」

 

 はて、至高の(あるじ)は自身が四半期に一度のお約束として繰り返しているこれが、礼法に適う行為であると本気で思っているのだろうか?

 

 そんなわけないわよね。

 

「とっとと目を覚まして欲しい、というのは偽らざるところだ。

 コニーは思ったよりはやるが、まだまだツアーの代わりにはならん。」

 

 アインズは、ツアーの娘である紅水晶の竜王(ローズクォーツ・ドラゴンロード)コニーとしばしば落ち合って、自身の個人書付(メモ)に記録していたツアーと検証済みの共闘戦術の再現を試みている。成功率は三割と少し、といったところで、ツアーに比して成長も経験も不足するコニーは、まったく当てにならないわけでこそないものの、ツアーの代理としては明らかに力不足だった。

 

「それに……獣とは言え雌だ。

 あれと行動を共にするのは、どうにもアルベドの手前気が引けて、な。」

 

 うふふ、とアルベドが笑う。

 

(わたくし)、獣如きに焼き餅なんて焼きませんですわよ。」

 

と言った(はな)から、ズゴッ、と強烈な肘打ちがアインズのみぞおちを襲い、何の防具も身につけていない裸のアインズはHP(耐久力)の一割弱をごそっと持っていかれたのを感じた。

 

 ぐはぁ!怖ぇーよ!

 これだからツアーに早く目を覚まして欲しいんだってば!

 

「正直に言えば、だ。」

 

とアインズ。

 

「ツアーが永い眠りとやらに入ったとコニーに知らされたとき、ツアー、おまえもオレを置いていくのか、かつての仲間たち同様に!と憤りを覚えたのは偽らざるところだ、と思う。」

 

 その言葉を不安に感じたのか、アルベドが身をよじってアインズに向かい合った。

 (あるじ)の目線は斜め(うわ)(そら)に向かっていて、何やら思いを馳せている様子。

 

「だが、不思議と腹が立つことはない。

 考えてみれば、だ。せいぜい一年程度の記憶しか保てないオレは……まぁ、オレたち皆がそうなわけだが、その記憶の一番古い時点にユグドラシル時代の記憶一式を持って突然生まれた者だ、と考えても辻褄は合う。」

 

「デミウルゴスの日記が御座いましょう?」

 

「それだって怪しいものだ。日記自体がオレたち同様にすべて書き込まれた状態で突然現れた、と考えることも出来るし、そもそもデミウルゴスが書き残したことがありのまま真実だ、と信じる理由もない。」

 

世界五分前仮説(ファイブ・ミニュッツ・ハイポセシス)……で御座いますね?」

 

「あぁ、バートランド・ラッセル……だったか?

 タブラさんの蘊蓄で、アダムとイヴに(オムファロス)があったか、の下りで聞いた憶えがあるな。」

 

 先の道化師(トリックスター)の一件以来、アルベドは自身の創造主の名をアインズが口にしても、特に(わだかま)りを感じることがなくなった。

 

「その真に含意するところはオレ如きにはわからん。

 だが、至高の四十一人との黄金の日々が、かつて<現実(リアル)>で実在したものであろうが、<日誌(ログブック)>に仕込まれた偽の記憶だろうが、オレが勝手に思い描いている妄想であろうが……只今のオレが至高の四十一人の記憶に支えられていて、今なおあの碌でもない連中を身近に感じることだけは事実だ。

 同様に、縦横無尽に飛び回り傀儡を操るツアーがかつて存在していようが、いなかろうが、あいつとの共闘の歴史が本当だろうが、オレの妄想であろうが……オレが不死者(アンデッド)の山に(うず)もれさせてやっている眠れる竜王(ドラゴンロード)が存在し、今もオレがそいつの目覚めを楽しみに待っていることは疑いようのない事実だ。

 

 結局のところ、今この瞬間がすべてだ。

 

 今このときに億劫(おくごう)があり、

 億劫(おくごう)はただ今このときのためにある。

 

 過去がどうだった、などということでいちいち心を動かすのは無意味だ。

 これも死獣天朱雀さんあたりからの受け売りかも知れんが、オレ自身は、自分が実感していることだと思っている。」

 

 アルベドは、彼女が力を抜いてうつ伏せにもたれかかり易いように微妙に姿勢を調整しつつ、超然とそう語って見せた愛する至高の主にうっとりとした視線を向けた。

 

「それでよろしいかと存じます……よろしいのではないでしょうか!」

 

「そしてアルベド。

 今この瞬間のオレにとっては、おまえと愛を交わすことだけがすべてだ。」

 

 そう言いつつも、アインズが常にナザリック地下大墳墓の永続、下僕(しもべ)幸福(しあわせ)、その他取るに足りないくだらぬ有象無象を並行して考え続けていることは百も承知のアルベドではあるが、そんなことは問題ではない。

 

 アルベドにとってもまた、この瞬間、アインズを愛していることだけがすべてなのだから。

 

「うれしいわ、アインズ!」

「うおっ、いきなりおま……あっ……凄いよ、アルベドォ!」

 

 

                    *

 

 

 幾百年か、あるいは幾千年か経たある日。

 

 いつものように白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの居城、謁見の間に転移したアインズは、いつもと様子が異なることに気づく。あいも変わらずツアーが鼻提灯をぷかぷかさせながら眠りこけているのは変わらないが、そもそもそれが目に留まることが異常だ。ツアーの巨躯を含め、すべてがアインズが飽きも凝りもせず召喚し続けた不死者(アンデッド)の群れに埋もれて久しいのだから。

 

 どうしたことか、それらの不死者が一体たりともその場に居なかった。その代わり、壁という壁が超高温で何かが焼きつけられた煤で真っ黒になっている。

 

 竜の吐息(ドラゴンブレス)か!

 遂に目覚めたツアーは、謁見の間を埋め尽くした不死者に気づくや一息に薙ぎ払ったのだ。

 飽きもせずに不死者を積み増しすべく再訪する腐れ縁が、確実にそれに気づくと知った上で。

 

「ツアー、狸寝入りは終わりだ。

 傀儡(くぐつ)は錆びついてないだろうな。よもや共に開発した共闘戦術を忘れたとは言わせんぞ。」

 

 パンッ、と鼻提灯が割れ、アインズに近い方の片目が静かに開く。

 

「キミに物忘れをどうこう言われる筋合いはないと思うがね。」

 

「ふふ、当てにしているぞ。

 寝起きで悪いが来訪者(プレイヤー)狩りだ!」

 

 ふわぁー、とツアーが大きな口を開けて欠伸を一つ。

 

「まったく、今なお世界は騒々しいのだね。」

 

「今なお楽しみに満ちている、と言って欲しいものだな、ツアー。」

 

「……まったくキミときたら。

 よろしい、今日は特別にボクへの騎乗を許可しよう。

 死の支配者(オーバーロード)竜騎士(ドラゴンライダー)と洒落こもうじゃないか!」

 

「そいつはいい、寝坊助を待ちくたびれた甲斐がある!」

 

 颯爽とアインズがその背に飛び乗ると、白金(プラチナ)の竜王は巨大な翼を開いて一気に急上昇を開始した。くるくると身を翻しながら城の構造物を回避し、ほんの一瞬で城外、陽光の降り注ぐ雲ひとつない青空の下へ踊り出る。

 アインズは確かに、自身の跨る下に頼もしい竜王の体躯を感じ、非常識な空中機動に応じた反動を覚え、途轍もない飛翔速度に見合う向かい風を受けた。

 

 これが夢、幻であるだろうか?

 いや、それはどちらでもよいことだ。

 

 今このとき、こうして此処に在ることがすべて!

 

「あらためて……おはよう、アインズ!」

 

「おはよう、ツアー!」

 

 高らかな笑い声を発しながら、骸骨を背に乗せた竜はこの世の何人(なんぴと)たりとも縋り付けぬ速度で遥か彼方へと飛び去った。

 

 彼らの冒険は、それを望む誰かがある限り果てなく続くだろう。

 

 

 

               億劫(おくごう)のオーバーロード

 

                    完

 

 

 

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