億劫のオーバーロード   作:wash I/O

29 / 144
本作転移歴100年代前半の無駄に解像度高めの小話を3話全6回、3日毎に連投します。今話は、時系列的には『憶断のオーバーロード』 https://syosetu.org/novel/288329/ と『憶持のオーバーロード』 https://syosetu.org/novel/295669/ の間のお話と相成りますれば、どうぞお楽しみあれかし。


余2話 転移歴104年 エ・レエブルの春の祝祭(プランタン・デ・レエブル)
エ・レエブルの春の祝祭(1)


 帝国自由都市エ・レエブルは、大陸西部では最も活気のある人間の街だ、と少なくともそこに暮らす誰もがそう思っている。

 

「何だか……街が全体的に(うわ)ついてるな。」

 

 この街において実力首座、と自他ともに認める真銀(ミスリル)冒険者(ヴェンチャー)集団(チーム)<(あけ)薔薇(ばら)>の魔法詠唱者(マジックキャスター)キーノ・インベルンは、夕暮れの街を包み込む常ならぬ雰囲気を感じ取って、ぽろりとそう(こぼ)した。

 

 彼らは、得意先の一つとなる中堅商家を商談に訪ねた帰路にあった。

 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるキーノは、日中の日差しが否応なく彼女に与える害を最小限に抑える魔力を秘めた外套(ローブ)を頭からすっぽりと(かぶ)ってこそいるが、かつて、百年ほど昔、<蒼の薔薇>に在籍した時分のような仮面を付けてはいない。

 

「アァ、キーノ小母(おば)サンハ……」

 

 隣を並んで歩いていた日除け眼鏡(サングラス)をかけた青黒い肌色の大男が、(きっ)と自身を睨みつけるキーノの視線(イビルアイ)を感じて、ムグッ、と言葉を詰まらせる。

 

「ゲフン!ゲフン!

 キ、キーノ……ハ、此処デ迎エル最初ノ春ダカラ知ラナクテ当然ダガ。」

 

 ()いて真名呼び捨て(ファーストネーム)で幼少の自身を可愛がってくれた()()()()に声をかけ直した大男、キーノからすれば戦友(ガガーラン)の忘れ形見となる混血武妖巨人(ハーフウォートロール)ガ・ギンがそう応じると、

 

「春……だから、何だっていうんだ?」

 

と、返されたキーノはその意が()せぬ様子。

 

「そこはエ・レエブルを故郷(ふるさと)とする俺に答えさせてくれ。」

 

と割り込んだのは、<朱の薔薇>の名目上の司令塔(リーダー)リキウス・アインドラ。

 

春の祝祭(プランタン)さ!」

 

 

                    *

 

 

 エ・レエブルが帝国自由都市になったのは八十年も昔の話で、その経緯に関する伝承がどこまで信じられたものやら定かではないが、言葉通りにそれを受け止める限り、当初レエブン侯爵と語らってその領地の買い取りと事後の政局を差配した有志は五家門あって、今では<原初の五家門>と称される。

 後に、彼らが領地買収を斡旋した十一家が加わって、今日(こんにち)<最初の十六参事>と呼ばれる顔触れが揃うのであるが、これも定かではないが、いつからか毎年の春分にこの十六名の遺徳を称揚する祭りがおこなわれるようになった。

 

 エ・レエブルの春の祝祭(プランタン・デ・レエブル)

 

 まことしやかに言われるところでは、そもそもは春分少し前に旧レエブン候領内の町村銘々において年の豊作を祈願した習わしに由来するそうだが、今なお形を変えつつ続くそれらに対し、城塞都市エ・レエブルのそれは、身の丈四メートルほど、<最初の十六参事>を(かたど)ったとされる木像を、各参事……つまり十六人の子孫、またはその後継者に当たる……の支持者たちが山車(だし)に載せて市中を練り歩く催しになっている。

 際してはたくさんの露店が軒を並べ、一日限りのことにはなるが雇われ暮らしの人々も、露店での一稼ぎを目論む者以外はお休みとなり、具体には個人差が大きくあれど参事会議員たちが何やかやと振舞いもばら撒くので、キーノが感じ取った(うわ)ついた雰囲気は、そういったすべてに対する市民の期待感が醸し出したものだ。

 

 エ・レエブルの統治体制は、そもそも当地が帝国自由都市化の口火を切った存在であり倣うべき前例もなかったことから、帝国自由都市の枠組みがそうであるのと同様に存外野放図なものだ。

 

 まず、参事会議員に俸給的なものは原則としては存在せず、その政治資金、毎年第二帝都エ・ランテルへ送り届ける貢納も含め、すべては彼らの自弁になっている。そんな馬鹿な、と問いたくもなるが、基本的に彼らの資金源は、レエブン候から継承した土地から上がる収穫……彼らは小作人から作物を買い取るが、このとき地代が相殺され極めて割安にそれを入手することができる……そして、その収穫と関係あったりなかったりする商いの利益、同業種や下請け関係で連なる商人組合からの上納金になる。

 無産市民……極めて大雑把な分類(カテゴライズ)ながら、土地を所有せず従って自ら商売しているわけではなく、かつ小作農でもない人々はこう呼ばれる……に納税の(たぐい)が求められることはないが、それに相当するものは参事会を含む商人たちの商品代金にそもそも上乗せされており、これが帝国への貢納を含めた市の財政の原資になっている。

 

 参事会はいろいろな議決をすることが出来るが、そこには如何なる意味にせよ公的強制力がない。つまるところそれは、彼ら自身が実施する事業の(たぐい)を除けば「参事会でこのような次第に相成りました」と公表されるだけのことで、乗るも()るも銘々の自由勝手だ。

 これは、帝国自由都市が帝国軍のような暴力装置を欠くからだが、では、まったく無視できるか、というとそういうわけでもない。

 参事会は有力商人の集いであるがゆえに、たとえば生活必需品の足並み揃えての値上げであるとか、売り惜しみであるとか、より直截的に冒険者を雇っての強制執行などに訴えて出るのも自由勝手なので、そういう面倒事を避けたければ、参事会の決め事には素直に従っておくに越したことはない。

 その議決すらも、エ・レエブル参事会は投票多数決、といった結果が目に見えてはっきりする手段を採らない。誰かの発議に対し、賛成反対の議論が為された後に「まぁ今回はこの辺りが落としどころですかな?」と月当番の議長が問うて、殊更異議が唱えられなければそれが参事会の議決となる。

 

 これは参事の身分、そのものもその例外ではなく、多くの人にとってそれが自然に感じられるがゆえに世襲されることが多々あるが、それは必須ではないし、あまりの放蕩息子でもあれば他参事に阻止されたり、当の本人が周囲の目を憚って断念することもあった。

 参事は、それを肩書きする個人よりはむしろ、その職能を可能とする家門に紐づくものであるから、政治に専念した先代参事が商売を任せていた雇われ人の才覚を買って後継者に据えることもしばしば見られたし、これはと見える偉丈夫を見定めて娘婿に迎える、というのも定石化している。いずれにせよ、他参事から異論がなければそれはそのまますんなりと既成事実化した。

 

 ここでは一事が万事、このような具合だ。

 

 もっともこの背景には、やっている本人たちは生真面目に墨守しているつもりの創始者たちからの訓戒がある。嘘か(まこと)か<原初の五家門>とレエブン候のうちの誰かが遺したとされる格言に、

 

  堅牢な城塞には必ず抜け穴がある。

 

というものがあって、これは今日(こんにち)にあっては、如何に才知を巡らせた決まり事をしようとも必ずそこにはその裏をかく手段があるに違いないのであるから、そんな手間をかけるよりは、むしろ、そこを曖昧模糊としておくことで、銘々に己の才覚で何を為すべきか、為さざるべきか、自ら考えさせるに()くはなし……といった意味合いで理解されているが、そもそもからしてこの格言自体が曖昧模糊としているのがご愛敬だ。

 

 さて、これが帝国自由都市全体で共有されている理念か、と問えばまったくそうでもなく、元の王都リ・エスティーゼは王都であったがゆえに何事にも明文化された触れを期待する気風があり、参事会は成文法を以て市政を取り仕切っているし、議決は起立多数決でおこなわれ誰が賛否のいずれに立ったかは須らく明らかだ。

 対して同じく王直轄領ではあったが港湾都市であるがゆえに昔から経済実利が街を動かしていたリ・ロベルでは、市の命運を左右しかねない超重大事案こそ合議を原則とするものの、商売の成否は当たるも八卦当たらぬも八卦、の考えからか、議会議決は呆れたことに賽を振って為されるのが常だ。

 

 そして、仔細は異なれども各市に共通しているのは、こうした体制が市民の支持を得ている、という裏付けを要することだった。

 

 参事会議員とその縁者の総数など多寡が知れたもので、圧倒多数の無産市民に囲まれてしまえば抗う(すべ)があろうはずもない。もちろん、ここは()()自由都市であるのだから、ひとたび乱あれば帝国軍が介入はするだろうが、それはあくまでも事後的なことであって、土地財産を略奪され尽くした後に賊を討伐してもらったとて何の益もない。

 ゆえにすべての参事会議員は、何らかの形で「少なくとも私は、あなたからではないかも知れないが、少なからぬ市民の支持を受ける者だ」ということを、常に誇示し続ける必要があるのだ。

 

「有り体に言えば、祭りはそのための方便だ。

 <最初の十六参事>が載った山車を嬉々と押してる連中がいる、ってことは、少なくとも連なる十六参事にはそれだけの支持者がいる、ってことになる。」

 

 <朱の薔薇>の面々は、定宿のいつものCの字席でささやかな夕餉を取りつつ、キーノが疑問を呈した春の祝祭(プランタン)を発端に床屋政談を楽しんでいた。

 

「もっとも、連中の大半は振舞い酒を期待してのことで、そんなことまで考えていようはずもないがな。」

 

とリキウス。

 

「そんなので……いいのか?」

 

と、やはり生真面目に疑念を表明するキーノ。

 

「構ワンサ。」

 

とガ・ギン。

 

「内実、ナドトイウモノハ、結局、誰ニモワカラナイコトダ。

 ガ、山車ヲ押シテイル頭数ハ誰ノ目ニモ明ラカダ。」

 

「街の衆も、決して智者賢人ではないがまったくの馬鹿でもないからな。

 何か参事連に立腹するところがあって、山車を押す者が皆無の祭りとなったことは過去に一度や二度じゃない、って聞くぜ。」

 

 この辺りの事情は、長く封建制社会を渡り歩き、実のところその社会との接点については<蒼の薔薇>のラキュース・アインドラや、流しの仕事を差配してくれた冒険者組合(ギルド)に任せきりであったキーノには、たちまちには呑み込み難かった。

 

「そこにも問題がないわけじゃない。」

 

 問わず語りにリキウスが続ける。

 

「エ・レエブルの参事会議員定数は目下三十三だ。つまり、過半は祭りの山車に載れていないことになる。皆が皆、あんな()()ずかしい扱いを受けることを望んでいるとも思わんがな。」

 

「じゃぁ残りの……えーっと……」

 

「十七。」

 

 双子忍者の会話担当クゥイアが、暗算に手こずるキーノに助け舟を出す。

 

「そう!

 残りの十七人の支持者は……どうするんだ?」

 

「どうもこうもしないさ。どの山車を押さずとも、祭りに顔を出して露店で舌鼓を打ってる、ってのは、少なくとも参事会そのもの、に対する支持表明ではあるだろ?」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか、とキーノは手を叩く。

 

「まぁ、キーノが疑問に感じたところは思案を要するところではあると思う。

 祭りは歴史への表敬でやっていることだから、帝国自由都市エ・レエブル設立の時点で立ってた<最初の十六参事>が山車に載ってる、ってのは理には適ってるさ。一方でそれは、ある種の既得権益として後からエ・レエブルにやって来て加わった参事たちとの間の断絶になってる、ってのも事実だ。

 何せあの、ロフーレ商会ですら山車はないんだからな。」

 

「……そう、なのか?」

 

「キーノも承知の通り……。

 

 おいおぃ、なんだ!その鳩が豆鉄砲を食らったような顔は?

 ……気づいてねーのかよ!ったく困ったもんだな。

 

 いいか?

 ロフーレ商会は、言うなれば帝国魔法省の出先機関みたいなもんだから……」

 

「え!そうなのか?」

 

「……ギンさん、あんたの小母(おば)さんに何とか言ってやってくれよ。」

 

 ギンは黙ってお手上げの身振り(ジェスチャー)を示し、クゥイアとクゥイナの双子忍者が左右に並んでそれに倣う。リキウスは、キーノにぽかりと一発殴られた。

 

「痛ッ!

 

 ……ともかく、ロフーレ商会はそんなだからいいとして、たとえば……そう、ビョルケンヘイムっていう一癖ある御仁がある。元貴族なのに大して儲かりもしない口入れ屋を営みつつ参事をやってるが、商売柄、存外エ・レエブルはもちろん郊外の町村の日雇い人の信望が厚く、連中が望んでるところをよく承知していて如才なく市政に反映している切れ者だ。

 あいつの山車くらいは加えてやっていいような気がしないでもないな。」

 

「なんで加わらないんだ?」

 

 キーノの返しに再び溜息をつくリキウスに代わって、ギンがこれに応じる。

 

「話ハソウ単純デハナイ。

 ロフーレハ(はず)シテビョルケンヘイムハ加エル、トナレバ、他ノ参事ハドウダ、トイウ話ニナル。ソレニ、帝国ニ係累ガアルノハロフーレ商会ニ限ッタコトデハナイシ、何ナラ<最初ノ十六参事>ニモ少ナカラズアル。

 特ニ目立ッタ害ガナイノデアレバ、今マデ通リガ無難、トナルノハ物ノ道理ダロウ?」

 

「なるほど……(まつ)(ごと)、というのは、なかなかに難しいものなんだな。」

 

「なーに、参事連中は好きでアレをやっているんだから、俺たちが気を揉む必要なんかないさ!

 幸い今のところ急ぎの仕事の予定もないし、キーノも初めての春の祝祭(プランタン)を楽しむといい。」

 

 リキウスにそう言われ、キーノは見た目の……あくまでも見た目の……(とし)相応の屈託ない笑顔で応えた。

 

「あぁ、そうさせてもらおう。楽しみだ!」

 

 が、これは果たされなかった。

 

 一夜が明けた翌朝、参事会議員ではない……つまり平素<朱の薔薇>が得意先としている中堅商人の一人から使いがあって、トブの大森林に面する自身の地所に長く見なかった悪霊犬(バーゲスト)が現れ、小作人三人の命を奪った、と告げたからだ。

 犠牲者が三人に及んでいることから、相手ははぐれの一頭ではなく群れである恐れもあり、更なる犠牲者を防ぐためには、すべてを漏れなく狩るか、確実にトブの大森林に追い返すことが求められるのは明らかだった。

 

 もちろん「楽しみだ!」とない胸を張ったキーノとて、そこにこだわりがあったわけではなく、そもそも永遠の(とき)彷徨(さまよ)い人である彼女に、今年の祭りに執着する理由はない。まったく後ろ髪引かれないわけでもないが、元より魔物(モンスター)退治が呪われた自身の力が最もよく人々の役に立つ天職であることは承知している。

 

 かくして<朱の薔薇>は、エ・レエブル東方の閑村に向かって出立したのである。

 

 

                    *

 

 

 畢竟、人というものは多数集めて一緒に仕事をさせれば、共に何かを成し遂げることよりも他人の足を引っ張ることを好むようになるものだ。これは、私が魂を堕落せしめて奈落へ送ることを欲するのと同様に、生まれながらの彼らの(さが)であるがゆえに、本質的にどうしようもない。

 合議を旨とする政体なれば、これは著しく組織の効率を損ねるから、その監督の責を負う者は虚しくもこれに抗うことを()いられ、実のところさらにこれを監督する者の目を欺きさえすれば必要十分、の真理に気づかぬ者は、ときにその心を病むと聞く。

 

 しかしながら、キミが今、君臨するような専制の政体なれば、本質的にどうしようもないそれは、むしろ積極的に利用すべきなのだよ。

 

 誰かに足を引っ張られたくらいで躓く者は、どうせ物の役になど立たないのだから、足の引っ張り合いで(ふるい)にかけるくらいで丁度よいのさ。キミが自ら首刈る手間が省けてよいだろう?

 重要なのは、如何に政敵(ライバル)の足引こうとも、最後の最後にはキミの眼鏡に適う以外に活路はないのだ、ということを常に知らしめることだ。そうすれば彼らは、やがて他人の足を引っ張る狡知を少しだけましなことに用いるようになるだろう。

 

 加えては。

 

 他人の足を引っ張らず同僚との協業に努める者は、無能ではなかろうが、そのうちに己のシンパを集めてキミに弓引くこともある。三人あれば派閥が生まれる、とはこのことだ。まともな(まなこ)を以てすれば、(かす)が何人束しようともキミに敵わぬことなど悟れて然りではあるが、頭数でしか優劣を計れぬ凡愚であればこそ彼らは今そこにある地位に甘んじているのであるから、やはりこれは人の(さが)というべきものであって避けがたいのだ。

 無論、そういった連中が徒党を組んで簒奪、政権転覆を目論もうとも、キミが遅れを取ることなどないだろう。が、その殲滅にばかり時間と体力を浪費するのは無粋極まりないし、ましてや、これを繰り返して皆悉く殺し尽くし、無人の野に覇を唱えたとて何の益あろうか。そんなものは茶番だ。

 言うまでもなく、そういった手合いの焙り出しにも足の引っ張り合いは有用だ。密告、告発は、独裁国家の精華だからね。

 

 ただ一つ、例外がある。

 

 他人の足を引くに「この者は害あるものなれば御成敗あれかし」などとキミに訴えてくる者があれば、速やかにその首を刈ってやりたまえ。この者は本来己が狡知を以て為すべきところを、こともあろうにキミに投げつける不届き者だ。

 そして、そのような者の首級こそが、足の引っ張り合いが度を逸して真の停滞にまで陥ることを抑止するのだ。殺しても役に立つのだから、こんな愉快なことはないだろう。

 

 そうは……思わないかね?

 

 

 

「はい、ナモン……。」

 

 教え子(シロクロ)は、うっとりと潤んだ瞳で悪魔(デミウルゴス)をみつめている。

 

 

                    *

 

 

「……あぁ、<朱の薔薇>に御用の向きですかい?

 それはよろしゅう御座いました。丁度夕べ遅くにお戻りになったところで。間もなく皆さん、朝食に降りておいでですよ。」

 

 階下の食堂に入ろうとしたリキウスは、いつもの給仕のそんな声を耳にして「客……か?」と訝しく思った。

 

 彼らに仕事を依頼する者は、普通は(ふみ)を使いに持たせて来訪を乞うのが常だ。なぜなら、自ら定宿を訪ねたとて、そこに目指す彼らが在るとは限らず、ほとんどの場合は空振りに終わるからだ。先の悪霊犬(バーゲスト)狩りの依頼者も、緊急であればこそ言伝ての使いを発したが、それは彼らが不在であれば次なる候補へ続けて駆けることを企図していたがため。

 ましてや、給仕の常らしからぬ丁寧な言葉使いから察すれば、来訪してきたのは使いの者ではなく、見た目卑しからぬ名士であるに違いない。それが早朝から空振り覚悟で自らここを訪ねるとは。

 

 何かあるな。

 

 リキウスの直感がそう告げる。

 

 

 

 <朱の薔薇>が卒なく悪霊犬(バーゲスト)退治を済ませてエ・レエブルに帰投したのは、春の祝祭(プランタン)が終わって二日後の夜半のことだった。

 

「無作法だが、食事をしながら聞かせてもらって構わないか?」

 

 遅めの朝食に食堂へ降りて来たリキウスは、追って席についたギン、キーノ、クゥイア、クゥイナと共に、客と向かい合っている。客は見たところ五十代半ば、といったところで、身なり卑しからぬ相応の財と身分を備えた者のようである。

 

「どうぞご随意に。前触れもせず押しかけたのはこちらですので。」

 

 ギン、クゥイア、クゥイナは、黙って黒パンを齧っている。<朱の薔薇>においては、原則として客との交渉事はリキウスの専権だ。

 キーノは、本来は食事など必要としない身体(からだ)だが、あるべき吸血を忌み嫌っているがために、相応の代替措置は取らなければならない。その辺りを承知している宿の給仕がいろいろと気を遣ってくれていて、今は、血生臭さのやや残る生焼け(レア)の鳩の半身をつつきながら、興味深げに客とリキウスのやり取りに耳を傾けていた。

 

「本題を。」

 

 相手に名乗らせもせずに、紅茶を飲みつつ前置き不要をリキウスが告げる。

 

「……件の事故の噂は既にお聞き及びで?」

 

「仔細までは知らんが……死んだのか?」

 

「いえ、幸いにして。ですが重傷で一月(ひとつき)は仕事に出れぬとか。本人は元より庇われた子が憐れでなりません。幼いながらも何があったかは理解しているようで、自分のせいで父が苦しんでいると塞ぎ込んでいるとか……不憫なものです。」

 

 キーノは、この要領を得ない会話を不思議な面持ちで眺めていた。

 昨夜遅くに共にこの宿に戻ったリキウスは疲れのままに寝入ったはずで、いつものように恐怖公眷属(ゴキブリ)の影に怯えつつ一夜を寝ずに過ごした自分ならばともかく、リキウスに不在の間に起こった何事かの噂を耳にする機会などなかったはずだが……

 

 一方、リキウスはそんなキーノの様子にはまったく関心がないようで、ほぅ、と客の話に呻吟する様子を見せながら、不意に客にはそうとはわからぬよう双子忍者に何やら目配せした。

 それを受けて、ギンの左右にちょんと座って黒パンを()んでいたクゥイアとクゥイナは、普段はそんなことは決してしないのに、どちらからともなく自ら木皿を奥手の厨房に返そうと席を立つ。

 

「で……用件を伺おうか。」

 

 その様子を目で追いつつリキウスもまた、黒パンを齧りながらそう客に問うた。

 

「そもそもこのような悲劇は、益体もない山車がなければ起こらなかったもの。この際は、このようなことが今後繰り返されぬよう、私は参事会において春の祝祭(プランタン)の<最初の十六参事>の山車の廃絶を発議するつもりでおりまして。」

 

 ここに至ってキーノは、どうやらこの客が市参事の一人であるらしいことに気づく。

 加えて、さきほどから語られる事故とやらが、春の祝祭(プランタン)の山車によって引き起こされたらしい、ということにも。

 

「それで?」

 

 といったことにこの時点で気づくのはリキウスとて同じであるはずだが、当の本人はそんな様子は(おくび)も見せずに、変わらず紅茶を啜りながら気のない様子で応じている。

 

「事は<最初の十六参事>の既得権にも関わりますので、容易には叶わぬものかと。」

 

「そうだろうな。」

 

「ついてはこの発議に、義侠で知られる<朱の薔薇>の皆さんのご賛同とご支援を賜れればと。」

 

 漸くにしてキーノにも事の次第が呑み込めてきた。

 なるほど、この客が真に何者であるかは今以てわからないが、市参事の一角を占めるからには……今の言い様からすれば、客自身はロフーレ商会同様に<最初の十六参事>に連なる者ではないのだろう……それなりに地所を有し手広く商いをおこなう富裕な商人であるに違いない。そのような人物が、祭りに際しての事故に巻き込まれた親子を憐れんで、さらにはその再発防止のために自身よりも大きな力を有した勢力に闘争を挑もうとは!

 

 キーノは、この話をリキウスが快諾することを期待した。

 

 ……のであるが。

 

(ことわ)る。」

 

 変わらず紅茶を手に取りながら、リキウスは平然とそう応えた。

 意表を突かれたキーノは目を真ん丸にしてリキウスの表情を伺うが、敢えて目線を客と合わさずに続く反応を待っている様子で、流石のキーノにもここに割り込むのは憚られた。

 

「……無論、ご承知いただければ相応の謝礼もご用意せぬではありません。」

 

 ん?

 何だか雲行きがおかしいぞ、とキーノは思う。

 

 てっきりこの客も、何らかの義侠心から市民を将来あるやも知れぬ災禍から守るべく言動しているものかと思っていたが、この物言いは、用心棒を雇い入れるそれではないか。

 

「なおのことだ。

 うちのギンさんを祭りの山車に押し立てよう、なんて話には乗れないね。」

 

 どうやらリキウスも、考えていることは同じのようだ。

 ふと目を向けると、ギンの口元がにやけている。

 

「……市民を無用の災禍から守る発議には賛同いただけない、と?」

 

 なおも客は食い下がったが、

 

「あんたが山車の廃止が街の衆を守ることになる、と本気で思うのであればそうすればいいし、()いて反対もしないさ。むしろ、健闘を祈るよ。」

 

と涼しい顔のリキウスに、ここまで平静を装っていた客の表情が俄に歪んだ。

 

「若造がッ!下手(したて)に出ておればつけあがりおって!」

 

 言われたリキウスは顔色一つ変えない。

 

「その様子だと……無理だろうな。」

 

 すっと立ち上がり、右手を宿の出口の方へと振って退出を促す。

 

「ふん!憶えておれよ!」

 

 客もまた席を立ってつかつかと進んだが、出口の扉に手をかけようとしたところ、それが外から(ひら)かれて、すれ違いざまに双子忍者がひょこひょこと入って来た。

 

「?」

 

 客は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、クゥイア、クゥイナともに客に対しては一瞥もくれずにそそくさとギンの左右傍らに着座する。客は、腹立ちまぎれに扉を、バタン、と閉めて出て行ってしまった。

 

 うーん、いったい……何だったんだ、これは?

 

 この一連のやり取りの真のところがわからないのもさることながら、厨房へ向かったはずの双子忍者が客と入れ替わりに外から帰って来るのを見て、キーノは首を傾げる。

 一方、ギンは既に何かを了解しているようで、

 

「ドウダ?」

 

と双子忍者に声をかけた。

 

「多分、駄目ボスの読み通り。」

 

 リキウスの意を察した双子忍者は、この短い時間に客の話の裏取りに走っていたものらしい。クゥイアが街衆の噂をとりまとめて語る事の顛末は、要約してしまえば以下のようなものだった。

 

 春の祝祭(プランタン)(うたげ)(たけなわ)となったとき、とある細い路地で二台の山車が向かい合った。一方は<原初の五家門>に連なるそれであったが、互いに道を譲らず、(つい)にはどちらからともなく無理に押し通ろうとした。

 何とかすれ違えようか、となったときに<原初の五家門>ではない方のそれが倒れ始めた。倒れる先に一人の男児があって周囲の誰もが息を呑んだが、その父親が飛び出して息子を庇った。幸いにして子は難を逃れたが、父親自身は大怪我を負ったのだという。

 

(ひど)い話だな……リキウスはこの話、元から知っていたのか?」

 

 事の次第のみから判じれば、さきほどの客の主張もあながち(まと)を射ていないでもあるまい、と考えつつキーノが問う。

 

「まさか!

 だが、まったく承知していない顔をすれば、あることないこと都合よく吹き込まれるだけだからな。こちらが少しでも知っている(ふう)を装えば、無駄な誇張を聞かされる手間が省ける。」

 

 なんと!

 こうして聞かされれば、なるほど<神隠し>すら言葉通りに受け取らないリキウスらしい、と得心はするものの、顔色ひとつ変えずに腹芸を貫くこの若者に、キーノはただただ驚きを覚えた。ましてや、平行して話の裏取りにクゥイア、クゥイナを走らせていたとは。よくぞ双子もたちまちにリキウスの真意を見抜くものよ、とひたすらに感心する。

 

 だがしかし。

 

「じゃぁ、何で断ったんだ?」

 

 キーノは素直な疑問を口にするも、

 

「おいおいおぃ……」

 

とリキウスは頭を抱える仕草を見せた。

 

「彼ノ目的ハ、祭リノ山車ノ廃絶ニアッタワケデハナイ。」

 

 教示の責務は(われ)にあり、と判じたものか、ギンが説明を代わる。

 

「……本人が、そうだと言わなかったか?」

 

「利害ノ対立スル相手ノ搦手ヲ駆ケ引キノ()ニスルノハ、連中ノ常套スルトコロダ。」

 

「仮に、あいつが本気でその憐れな親子を気にかけていたとして、最初にやるべきは山車の廃絶運動なんかじゃなく、親子に向こう二月(ふたつき)の生活費を用立ててやることだろうよ、俺たちを買ったりせずにな!」

 

 唾棄するようなこのリキウスの口調に、やっとのことでキーノの思考は全貌を把握するに至った。

 

 つまりはこうだ。

 

 参事本人が出張って来る、という定石を踏まないやり方に胡散臭さを感じ取ったリキウスは、故意に突っ慳貪な態度で応じて相手の本音が何処にあるかを探っていたのだ。参事は、義侠心の強い<朱の薔薇>が憐れな親子への同情から味方につく、と踏んでいて、だが、その実は<朱の薔薇>の威風を借りて<最初の十六参事>に何らかの交渉を迫り、自身の利を満たした後は自ら調停者(フィクサー)顔で我々を宥める役を買ってでる……と。

 

「まったく……政治というヤツは悪魔の(わざ)だな。」

 

 溜息交じりにキーノはそう呟いたが、リキウスはなおもどうということはない、といった(てい)で、

 

「そうでもないさ、お陰でこの一件に気づけた。」

 

と言う。

 

 え?

 あいつの依頼は断ったんじゃないのか?

 さりとて逆に<最初の十六参事>に味方する理由がリキウスにあるとも思えないが……

 

「当然見て来たんだろ。破落戸(ごろつき)が囲んでたか?」

 

 リキウスの問いに、クゥイナが無言のまま、こくこく、と頷く。

 

「ギンさんは……目立ち過ぎるからお留守番だな。

 キーノ、付き合ってくれ。クゥイナは道案内を頼む。」

 

 漸く話に追いつけた、と思った矢先に振り落とされたキーノは、そう言いながら颯爽と歩き出したリキウスの後ろを慌てて追った。

 

 

                    *

 

 

 他人(ひと)に何かやらせたいことがあるとき、こいつは阿呆に違いないのだから、と手取り足取り事(こま)かに指図したくなるのが人情だが、多くの場合、それは得策ではない。

 人間、というものは根が怠惰だからね。指図を過少に評価して、その一部のみを果たした後に「仰せの通りに致しましたが」などと嘯かれるのが関の山。無論、そんな阿呆は首刈ってしまえばよいのだが、そんなことを繰り返すのも時間と労力の無駄というものだ。

 

 このような輩には、やらせたいこと、そのものではなく、その結果得られる実りを命じるのがよい。

 たとえば真にやらせたいことがA地点からB地点に対し架橋することだったとしよう。この場合「A地点からB地点に対し架橋せよ」と命じれば、それは為されるやも知れないが、堅牢さを欠いてたちまちに流されるやも知れぬし、物の用に立たぬ矮小なそれが捧げられることもあるだろう。

 だからこの場合「A市とB市の連携を末永く密にせよ」などと命じてやるのがよい。A地点からB地点の架橋はその実現手段の一つではあるが唯一のものでもあるまい。命じられた側は、架橋がその手段と気づけば十全なそれをおこなおうし、稀にはより適切な手段を講じることもあろう。

 結果が気に入らなければ成果だけは頂戴して問責して首刈ればよいし、そもそもの架橋がやってはみたが最適解でなかった場合にその責を負わせることもキミには自由自在だ。

 

 つまるところ、命じるところは大きければ大きいほどよい。

 彼らは被支配者であり、支配者に命じられることを求める者なのだから、その求めに遠慮なく応じてやるに()くはないのだよ。

 

 逆に、それをしなかった場合に被る災厄をちらつかせてやるのも効果的だ。

 先の例であれば、A市からB市への定期輸送の任を背負わせればよい。橋のない河川を越えてそれをおこない続けるのは至難だから、自身が責を問われぬよう万全の架橋がなされようし、より適切な手段の創意があるやも知れぬのは先に同じだ。

 愉快であるのは、本人は自身の利益のためにやっているつもりになることだ。人は、自身の利益につながると信じることにはやたらと熱心になるものだが、ほとんどの場合、それは誰かによってそうだと信じ込まされたことをやっているのであって、やり遂げたことが本人の利益となることなどないのだよ。

 

 そんなことがあるとすれば、だ。

 

 彼は彼自身の支配者であるのだから。

 そうでないからこそ、彼はただキミの命じるところを待つ者なのだから。

 

 

 

「はい、ナモン……。」

 

 引き続き教え子(シロクロ)は、うっとりと潤んだ瞳で悪魔(デミウルゴス)をみつめている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。