億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴137年。
アインズは現実逃避して回想に耽っている。


2.命継ぐ者(2)

「本当にいいのかい、アインズ?」

 

 白金(プラチナ)の鎧武者が尋ねる。

 対するは、発動待ちの超位魔法が形作るところの目も眩まんばかりに光り輝く巨大な魔法陣にその身を包まれた、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン。

 

「避けて通れる道でなし。

 どーんと来い、ツアー!」

 

「……心得た。」

 

 向かい合ったまま二人は、超位魔法に課せられた満願成就の時間経過を待った。

 そして、

 

「超位魔法、<天地改変(ザ・クリエイション)>!」

 

 突如として雷雲吹き荒び雹混じりの雨が降り注ぐ。

 刹那、白金の鎧武者は大地を蹴って、想像を絶する速度で目前の骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)へと突進を開始した。

 

 

                    *

 

 

 少し時間を遡り、冒頭に見た世紀の対決に至る経緯を振り返ってみよう。

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの二度目となるナザリック居候生活も早数週目に至った。

 今回は、紆余曲折あってアインズ自身がその世話役を買って出たことから、ナザリックの下僕(しもべ)たちは第六階層(ジャングル)を我が物顔で闊歩する竜王とそのオマケ(キーノ)に驚くほど興味関心を示さなかった。逆に、あれほど懐いていた双子闇妖精(ダークエルフ・ツインズ)が顔を見せようともしないことに……後に判明することであるが、これには相応の事情があったからなのだが……ツアーは一抹の寂しさすら覚えていたほどだ。

 

 その例外だったのは守護者統括アルベドで、ある日突如憮然とした表情で第六階層にツアーを訪ねた彼女は、ツアーと二言三言(ふたことみこと)交わした後にこれまた突如としてアインズを震え上がらせるほどに上機嫌となり、以降、折を見てはツアーと短いながらも会話を楽しむようになった。

 また、そのアルベドが居ない間を見計らって、これまたアウラが引き籠もっていることを幸いに恐怖公がキーノを訪ねたことが一度だけ会った。感動の再会に抱擁(ハグ)を交わす……ことは流石になかったが、キーノは「貴方の数々のご助言あって今の私がある」と深い感謝の意を示し、固い握手を……手袋越しではあったが……恐怖公と交わした。

 ちなみに、ツアーの居城を訪ねたキーノに、最早何十代目かわからなくなっているキーノ専属の眷属(ゴキブリ)も密かに同行していたが、城の手前まで至って中から否応なく漂うただならぬ強者の気配に怯え(おのの)いた眷属は、その時点で恐怖公の許しを得て撤収しており、結果的に幸いにもアインズを真犯人とする大爆発の災禍を免れていたのだそうな。

 

 閑話休題(それはさておき)

 ある夜、自室の寝台(ベッド)の上でいつにも増して激しく燃え上がる愛妃を()きながらアインズは、

 

「……なぁ、アルベド。

 あいつ……と何を話したんだ?」

 

と、恐る恐る尋ねてみた。

 

 のであるが、

 

「そ・れ・は……

 内緒よ、ア・イ・ン・ズ!」

 

と踊った声で返されるやそのまま寝台に押し付けられて嵐のような愛撫に晒される羽目となり、(つい)ぞアインズはその全容を知ることが出来なかった。ただただ、アルベドをしてこのような変化を与え得るツアーに対し、畏敬の念が募るばかり。八百年近く生きているのは伊達ではないな、と。

 そして、いつものように満足してすやすや寝息を立てるアルベドにがんじがらめに抱きつかれながら、アインズは不意に思い立ったのである。

 

 いい機会だから、あいつが逗留している間に試してみよう!

 

 

 

「ツアー、ちょっと付き合ってくれ。」

 

 ツアーお気に入りの第六階層(ジャングル)の巨木の木陰に不意に姿を現したアインズは、開口一番そう告げた。了解の返答も待たず、何処ぞへ向かって<転移門(ゲート)>を開き、(いな)とは言わせぬ勢い。

 

 ……まったく気儘なものだ。

 まぁ、世話になっている以上、拒む筋もあるまい。

 

 もう少し微睡みたかったな、と未練がましく思いつつも白金の竜王はその巨躯を震わせて立ち上がった。傍らにあったキーノも黙って後に続こうとするが、<転移門>の前に立つアインズが振り返っておもむろに言う。

 

傀儡(くぐつ)を忘れないでくれ。

 今日はアレが要るんだ。」

 

 <転移門>の先は草一本生えぬ一面の荒野(こうや)で、ツアーはたちまちに此処が人間たちにカッツェ平野と呼ばれる不毛の大地であることに気付いた。一歩踏み出した折、何かを後ろ足の爪先が引っ掛けたのに気づきふと見下ろすと、極最近に鎚か何かで割り砕かれたように見える岩の破片に混じって、何やら細工の施された小箱(こばこ)の残骸があった。

 

 こんなところに何だろう?

 

「では趣旨を説明する!」

 

と、数歩先を行っていたアインズが振り返って声をかけてきたので、ツアーの関心はそちらへと移り、(つい)に自身の居城を爆散させたそれへと返されることはなかった。

 

「まず、傀儡に武装させてオレの前に立たせてくれ。」

 

「ふむふむ。」

 

「次に、オレは領域(フィールド)効果のある害のない超位魔法を発動させる。」

 

「ふむふむ。」

 

「こんなことに課金アイテムを使うのは勿体ないから、発動までは少々時間がかかる。効果が目に見えるまではそのまま待ってくれ。」

 

「ふむふむ。」

 

 聞きながらツアーもキーノも、アインズは一体全体何をしようと言うのか、皆目見当が付かずにいた。

 

「魔法の効果が現れたら、オレに会心の一撃を喰らわせろ。」

 

「ふむふ……は?」

 

 パカリ、とツアーの大きな口が開いた。

 その隣でキーノも同じような顔をしている。

 

「ん?

 何かわかり(づら)いところがあったか?」

 

 おかしなことを言っている当の本人におかしなことを言っている自覚はないようだ。

 

「……いや、言っていることはもちろんわかるよ、アインズ。

 が、意図がわからない。」

 

「ちょっとした実験だ。」

 

「実験?」

 

 意を(かい)さぬツアーに、アインズは実験の目的を語って聞かせた。

 

 ユグドラシルの仕様では、魔法陣の展開によって遠方からでも容易に視認される準備段階(フェーズ)に術者が致命的攻撃(クリティカルヒット)を被った場合、その超位魔法は発動を無効化(キャンセル)されるとともに、首尾よく発動したときと同様の再充填待ち(リキャストタイム)が課せられる。これは術者自身が発動の中断を決断した場合も同じだ。

 発動まで至った超位魔法は、それが一過性のものである場合、最早取り消すことは如何なる手段を以てしても叶わない。一方で、それが継続性の効果を現すものである場合、やはり発動中に術者が致命的攻撃を受けるとその時点で超位魔法の効果は終了する。

 

「問題は、ここで言う『致命的攻撃(クリティカルヒット)』がユグドラシルでは戦闘処理規約(ルール)上自明のもの、とされていて、こちらの世界における定義が曖昧なことだ。」

 

とアインズ。

 

「ユグドラシルプレイヤー、またはNPCの場合、これは致命的攻撃だ、これはそうではない、ということは然るべく判別できる。一方で、ユグドラシル由来でない存在……ユグドラシルプレイヤーに致命的攻撃を与え得る存在は目下おまえしか思い浮かばんが、おまえの放つ攻撃が超位魔法の()()()()『致命的攻撃』に該当するかどうかは自明ではない。

 

 であれば、実験が必要だ。

 そうは思わないか?」

 

 そう言われれば、なるほど、と得心しないでもないツアーではあったが、それを確かめるために自らに(やいば)を向けよとは……やはりアインズの物の考え方は到底、普通、とは隔絶したものだ。

 同時にツアーは、カッツェ平野のほぼ中央、誰人の目も届かぬこの場所が選ばれた理由も理解する。この(たぐい)の実験をおこなうに際し、防諜においてナザリック内に勝るものはないはずだが、ことこの実験については万が一にも彼の下僕(しもべ)の中でも直情的な存在がこの試みに事前であれ事後であれ気づけば、天地をひっくり返す大騒ぎに至るであろうことは想像に難くない。

 

「超位魔法も、おまえに張り倒されて失うHP(生命力)も時間が経てば回復する。

 すなわち、費用(コスト)無料(ゼロ)だ!

 

 ならば、不明瞭なことは暇なうちに確かめておくのがお(とく)、と言うものだ!」

 

「意図はわかったけれど……大丈夫かな?」

 

「何が?」

 

「……いや、もしそれでアインズが消滅してしまったりすると……」

 

「いくつか保険は掛けるので大丈夫だ、多分。」

 

「……多分?」

 

 この復唱による問いかけに、表情を欠くアインズではあるがその微妙な肩の震わせ方から、彼が俄に苛立ったことがツアーにはわかった。思った通り、返された言葉はこうだ。

 

「おまえ如きの一撃に倒れるアインズ・ウール・ゴウンではない!

 

 それに……その程度で倒れるようであれば、どうせこの先やって来るユグドラシルプレイヤーに一敗地に(まみ)れるに決まっている。ならばいっそのこと、おまえに屠られた方がまだマシだ。」

 

「アインズ……」

 

 ツアーはアインズの覚悟のほどに感銘を受けるが、実は当の本人は(決まった、オレ、超格好良(かっけー)!)と悦に入っているだけで、さほど深く考えているわけでもない、などと言うことはツアーの思い及ぶところではない。

 

「今後訪れるやも知れない()()に備え、確認しておく必要がある、ということなのかな?」

 

「ようやく理解してくれたか?」

 

「……それは、つまりボクを共闘の戦力として当てにしてくれている、ということなのかな?」

 

 ツアーのこの言葉には、アインズが応じるよりも先にキーノが目を見開いた。

 

(こいつら……いつの間にそこまでの間柄に?)

 

「居候の恩義はいずれ返してもらう。

 当然のことだと思うが……何か不服が?」

 

 ふふ、アインズらしい物言いだ!

 ツアーはニヤリと満足げな微笑みを浮かべた。

 

「あろうはずもない。

 喜んで実験のお供(パートナー)を務めさせてもらうとも。」

 

「実験だけじゃないぞ。

 この先あるやも知れない……実戦、に際してもだ!

 

 ま、ないに越したことはないがな。」

 

 かくして、アインズとツアーの白金の傀儡は荒野に睨み合うことになった。

 ツアー本体とキーノは、アインズたちが向かい合う射線に対して垂直方向に十分安全余裕(マージン)を取って以降の様子を見守ることとなる。

 

「キーノ。

 傀儡を全力制御するとボク本体が無防備になる。無人の荒野でよもや何もないとは思うけれども、念のために警戒は怠らないでくれるかい?」

 

「あ?……あぁ、ツアー。

 確かに請け負った。」

 

 キーノは即答しつつもいささか疑問に思う。

 ツアーの言葉は本当だろうか、と。

 

 自分如きにこの二人の紛うことなき化け物に対し、僅かなりとも助力できることなどあろうはずもない、と考えて来たし、実際そうだ。が、今、ツアーはキーノが彼の本体を守護することを期待している、と言う。

 

 キーノが疎外感を覚えぬよう配慮してのことだろうか。

 あるいは、自分もまた、この比類なき化け物たちから共闘の戦力として当てにされているのだろうか?

 

 とまれ!

 

 かくして場面は冒頭に見た世紀の対決に至る。

 

「最後にもう一度確認するけれど。

 本当にいいのかい、アインズ?」

 

「避けて通れる道でなし。

 どーんと来い、ツアー!」

 

「……心得た。」

 

 二人は睨み合ったまま機が(じゅく)すのを待った。

 事情を知らぬ者がこれを見れば、天下分け目の決戦か、と誤解したものだろう。

 

「超位魔法、<天地改変(ザ・クリエイション)>!」

 

 突如として、常のカッツェ平野にあろうはずもない雷雲が吹き荒び、雹混じりの雨が降り注ぐ。

 刹那、白金の鎧武者は大地を蹴って、想像を絶する速度で突進を開始した。

 

(うぉ!

 思ってた以上に速ぇーーーーッ!)

 

 迫りくるツアーの傀儡の予想を大きく超えた迫力に、一瞬アインズは自身の思いつきに端を発したこの実験にいささか後悔を覚えるが、既に賽は投げられた、投げられてしまった。背負った両手剣(グレートソード)が二本同時に居合然(いあいぜん)に振り抜かれ、天地を切り裂かんばかりの渾身の一撃がアインズを襲う!

 

「これが痛み!

 ダメージを負う感……ぐわっ!」

 

 強がって発せられた台詞は途中で遮られ、一旦は衝撃を受け止めた足の裏が終に摩擦を失って体が宙に浮くのをアインズは感じた。

 

(すっげ)ぇーーーーーー!

 金輪際、こいつをキレさせかねない悪戯(いたずら)はしねーぞぉーーーー!)

 

 なんだかよくわからない誓いの言葉を内心絶叫しつつ、アインズは後方へと吹っ飛んでいった。ここで何を誓ったところで、どうせ忘れるに決まっているのだが。

 

 途端!

 

「おぉ!」

 

と快哉を挙げたのはツアーの傀儡であったか、本体か、それともキーノであったか、あるいは当のアインズ本人であったやも知れないが、さきほどまであろうはずもないのに存在していた雷雲が嘘のようにすっかり消え去り、不毛の大地を焼け焦がす日差しが戻って来たではないか!

 

「いやぁ……実験は成功のようだね、アインズ。

 ……アインズ?」

 

 さきほどまでアインズが立っていた地面に巨大なXの字の斬り込みを作ったツアーの傀儡は、そう言いながら顔を上げたが、その視界の中に言葉をかけた相手の姿はない。

 

「ありゃりゃ。

 おーい、アインズ!大丈夫かい?」

 

 白金の傀儡はそのまま前方にぽてぽてと駆け出した。

 5キロほど行ったところにたまたま大地から突き出していた巨岩があり、そこに人型の穴が穿たれている。

 

「おーい、アインズ。生きているかい……はキミに対してはおかしいね。」

 

 自分の発言の可笑しさに、ふふふと傀儡は忍び笑いを漏らしたが、ややあって人型の穴の中から声が聴こえる。

 

「稀有な体験をさせてもらったぞ、ツアー。

 いや、気分爽快だ!」

 

 もそもそ、と穴からアインズが這い出て来た。

 神器(ゴッズ)級の金糸銀糸に縁どられた漆黒の装束(ローブ)にはほつれどころか塵一つすら見えないが、明らかにアインズ自身は腰砕けの(てい)だ。

 

「何なら追加試験をおこなうかい?」

 

「冗談はよせ!

 こんなもの立て続けに二発も耐えられるものか!」

 

 そして二人はハハハハッと高らかに笑い、即座にアインズは件の緑色の神々しい光に包まれた。

 

「即時帰投しよう!

 

 <伝言(メッセージ)>!

 

 あ、シャルティア?

 オレだ。

 

 すまんが第六階層(ジャングル)から<転移門(ゲート)>を開いて出迎えてくれ。

 ……ああ、そうだ。ツアーも一緒だ。

 

 手間をかけて悪いな。

 今度……そうだ、また一緒に狩りに行こう!

 なんか地下の溶岩の中にでっかい魚がいるらしいぞ、詳しくは知らんけど。

 

 あぁ、そうだな。

 よろしく頼む!」

 

 

                    *

 

 

 それからまた数日を経たある日の昼下がり。

 再びアインズはふらりとツアーお気に入りの巨木を訪れたが、訪問を受けた当の本人は気持ちよさそうに転寝(うたたね)している最中だった。

 

 あろうことか、巨大な鼻提灯が膨らんだり萎んだりしている。

 

「……こいつも大概図太い神経をしてるな。」

 

 以前シャルティアがよくそうしていたように……無論、これもアインズはまったく憶えてはいない……微睡むツアーの寝息に合わせて微かに上下する腹の中程にもたれ掛かり上空へと目線を泳がせていたキーノが、アインズの出現に気付いて近づいて来た。

 

「あぁ、キーノ。気にしなくていい。

 急ぐ用事でもなし。

 寝坊助の安眠を邪魔するのは悪いからまた出直す。」

 

 そもそもの目的が「二人で甲冑姿で帝国自由都市の何処かを闊歩して人間の反応を見て遊ばないか」という子ども地味た思いつきだっただけに、アインズはそう告げて立ち去ろうとしたが、

 

「アインズ……様。

 私と……少しお話して……いただけないだろうか?」

 

 キーノはもじもじと下を向きつつ遠慮がちにそう言った。

 

「いいよ、別に。暇だし。」

 

 アインズはさらりとそう答え、ツアーから少し離れた芝生に「よっこらせ」と意味もなく声を出して直に座り込んだ。おずおずとキーノもその近くへと膝を折って座る。

 

「で……何だ?」

 

 ナザリック地下大墳墓第二階層にしばし食客として留まった経験を有するキーノは、その時点では、地下大墳墓、というくらいだから私室が与えられた層の階下か、あるいはもう一つ(した)あたりにアインズが恭しく鎮座する墓所でもあるのだろう、と踏んでいた。

 だから、ツアーの居城を突如襲った轟爆に気を失って後「大変なことに巻き込んでしまってすまなかったね」とツアーに詫びられながら意識を取り戻した巨木の木陰が、よもやナザリック地下大墳墓であろうなどとは夢にも思わなかった。

 何せ見渡す限りの森、森、森。空には太陽が燦然と輝き、日が暮れればまったく見知らぬ星座ばかりではあるが星が(またた)く。これが地下墳墓の情景である、などと想像するものがいるとすれば頭がおかしい、としか言いようがない。しかも、聞けばここは第六階層だ、と言うではないか!

 かつて逗留した第二階層は、キーノの知るどのそれよりも緻密で壮大な造りでありこそすれ、彼女のよく知る地下迷宮(ダンジョン)から逸脱するものでは決してなかった。ところがどうしたことか、その四階層(した)に位置すると言う此処は、どうみても一つの世界だ。それはすなわち、アインズ・ウール・ゴウンは自身の居城の中に世界を一つ所有している、ということに等しい。

 さらに、よもやこの牧歌的な地がナザリック地下大墳墓などという(おぞ)ましくも仰々しい名を冠する場所の心臓部、最下層であるはずもないから、さらに(すう)階層、あるいは数十階層、これと同様の、あるいは更に想像を絶する世界が続いているに違いないのであり、アインズ・ウール・ゴウンは、それらすべてを一手に私有する存在だ、ということを意味する。

 

 魔神に立ち向かった十三英雄との旅が終わって一人になったキーノは、首撥ねられるか白木の杭を心臓に受けぬ限り続く……知る限りツアー以外にそれを成し得る者はなく、キーノが道を踏み外したとてツアーがそれを嗜めることこそあれ問答無用に誅殺しようはずもないから、これは未来永劫、と同じことだ……(とき)を思い浮かべ、自身の人生は既に盛り(ピーク)を越えた、と考えていた。

 最早これ以上の血沸き肉踊る冒険はあるまい。だから、死人(しびと)使いリグリットに<蒼の薔薇>の面々と引き合わされた折も、当初は人生の消化試合の、それも極々限られた一幕を共にする連れ合いだ、程度の認識しか持てずにいた。ツアーから語り聞かされた六大神や八欲王の物語も、決して実感を伴うものではなく、八欲王と対峙した人たちはさぞ大変だったんだろうな、六大神を神と崇め奉った人たちは純朴だったんだな、程度にしか考えていなかった。

 

 アインズ・ウール・ゴウン、との出会いがそれらを一変させた。

 

 キーノはスレイン法国を建国した人々を、純朴、と笑うことが出来ない。その内に星すら(またた)く世界を複数宿(やど)す地下大墳墓を私有する異世界からの来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を神だと考えない方がどうかしている。

 

 だがしかし。

 

 その神は今、キーノの隣で芝生の上に無造作に胡座(あぐら)をかき、神にあるまじく気安い口調で「どうした、早く話せ」と自分に促しているのだ。

 

「……アインズ……様に……その……」

 

「それ、()めろ。」

 

 唐突に突っ込まれてキーノは息を呑んだ。

 

「な、何か……失礼があっただろうか……いや……ありましたでしょうか!」

 

「あのなぁ、おまえ……。

 おまえはオレの下僕(しもべ)でも何でもないだろ?」

 

「……はい。」

 

「アインズ、でいい。」

 

「はぁ?

 いや……そんな、まさか!」

 

「そりゃ、他のオレの下僕の前ではオレの呼び方に気をつけるに越したことはない。万が一シャルティアの前でオレを呼び捨てにでもしようものなら、きっとおまえは欠片すら残らんだろう。

 

 が、オレにとっては、おまえは尋ねてきた友人がたまたま連れ込んだ知り合いでしかない。」

 

「……はぁ?」

 

「そういう奴にそこまで(へりくだ)られて喜ぶほどオレは下品じゃないんだ。

 それとも、オレはそういうのを喜ぶように見えるか?」

 

「いえ!まさか、そんなことはない……です。」

 

「あと、その似合いもしない不自然に丁寧な言葉遣いも()めろ。

 いちいち途中で言い淀んで詰まるから、返って気を遣うわ!」

 

 アインズの物言いはキーノにとってはいちいち驚天動地のものではあったが、同時に、微かにではあるが掴み取りつつあった彼女の思い描くアインズ・ウール・ゴウンの本質、から()れたものでも決してなかった。

 

「で、では……アインズ……さん、とお呼び申し上げる……いや、呼びます。」

 

「……ま、好きにしてくれ。

 で、何だ?」

 

 キーノは、腹を括って語り始める……のだが、たちまちに話の腰を折られる羽目となった。

 

「実は今回ツアーを訪ねて爆発に巻き込まれたのは……」

 

「悪かったな!」

 

「……はい?」

 

「悪かった、と言っている。」

 

「アインズ……さんに詫びてもらうような話では……」

 

「いや、だってそもそもあの爆発は……忘れろ!」

 

「……はい?」

 

「今の話はなしだ!

 他言したら地の果てまで追いかけて行って重力井戸(ブラックホール)へ叩き込んでやる!」

 

 本人は恫喝しているつもりらしいが、キーノにはそれがまるで子どもの強がりのように見えた。

 

「ふふふ……いや、わかった。私は何も聞いていない。」

 

「それでいい。

 話の腰を折ってすまなかったな、続けてくれ。」

 

 この……人は、本当に空前絶後に恐ろしい人だが、同時に実はとても面白くて楽しい人だ、とキーノは思う。本当にどうして、今の今までこのことに気づかなかったんだろう。

 

「ツアーを訪ねたのは、これからの私の身の振りについて相談……というか、報告するためだった。」

 

「その言い様からすれば既に意は決しているのだろう?

 思うようにすればいいじゃないか。」

 

 嗚呼!

 

 キーノは思う。

 アインズ・ウール・ゴウンは、驚くほどにツァインドルクス・ヴァイシオンに似ている!

 本人たちは決して素直に認めることはないだろうけれども。

 

 だが今、アインズから返された言葉は、単刀直入であることを除けば、ツアーが遠回しに婉曲させつつもキーノに諭して聞かせた答え、そのままだ。

 

「あぁ、その通りだ。既に意は決している。

 だからこそ、それをアインズ……さんに聞いてもらいたい、と思って。」

 

「オレがそれを聞いて……どうする?

 それは()めとけ!と言ったら()めるのか?」

 

「……いや、()めない……多分。」

 

「じゃぁ……何なんだ?」

 

「アインズ……さんが、どう思うか聞かせて欲しい。私はその通り、にはしないと思うが、アインズさんの言葉は後々の私の糧になる、と思う。」

 

 このキーノの生意気な物言いに、アインズは何やら既視感を抱いた。

 不思議と常であれば感じそうな苛立ちはなく、むしろ心地よい共感を覚えるのは何故だろう?

 

「……まぁいい。ひとまず聞こう。

 なるべく簡潔に頼む。」

 

 それまでそっぽを向いていたアインズは、再び「よっこいしょ」と声を出しつつ両の骨の手で自身を支え、滑るようにキーノの方に向き直った。

 

「私の仲間に、アインズさんのことを直接見知りはしないが、ずっと以前からその存在を薄々感じ取っている剛の者がいて、彼はアインズさんのことを『触れ得ざる者』と呼んでいる。」

 

(お、何か格好いいな!)

 

 不意にアインズの口角が上がり、骸骨の相貌からその感情を読み取るのは困難だが、キーノにはそれがニヤけているように見えたので、

 

「アインズ……さん?」

 

と声を掛けると、思った通りアインズの心は斜め少し上で飛んでいたようで、

 

「うぉ!

 

 ……いや、すまん。ちょっと、な。

 聞いているから続けてくれ。」

 

 本当かなー?

 

「私は、この世界における自分の立ち位置をずっと思い悩んできた。」

 

「まぁ……そうなるわな。」

 

 百レベルに達した下僕(しもべ)たちとは比肩するも烏滸がましいが、戦闘メイド(プレアデス)相手であればいい勝負をしそうに見えるこの真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)が、この世界にあって浮き上がった存在になってしまうことはアインズには容易に理解できた。

 

「で、最近気付いたんだ。

 私は、触れ得ざる者と、この世界の人々との、丁度(あいだ)に立つ者だ。」

 

 まったく想像していなかった話の流れにアインズは興味を惹かれた。思わず骸骨の顔がにゅっと前に突き出されるが、それを言葉足らずを指摘されたと誤解したものか、キーノは慌てて言葉を継いだ。

 

「正直、私はこの世界に……ツアーや、アインズさんがスレイン法国の王に据えたシロクロを別にすれば、敵など居ない、と思っていた、思い上がっていた。

 アインズさんに出会って、その認識を大きく覆された……いや、違うな。最初はアインズさんのことも、ツアー同様に単なる例外中の例外として自分を納得させていたんだ。だが、あなたのことを、触れ得ざる者だ、と言う仲間の言葉に諭されて気付いたんだ。」

 

 うんうん、と沈黙したまま頷いてアインズは続きを促した。

 

「この世界には断絶がある。

 

 強い者と弱い者。

 だが、力の有無自体は、密接に関係はするが本質ではない……と思う。

 

 本質的には、知る者、と、知らざる者。

 必然的に強い者は知る者、弱い者は知らざる者であることが多いが、絶対にそうだというわけではない。

 

 私の仲間……友であり親友の忘れ形見でもある勇者ガ・ギンは、弱い者ではあるが知る者だ。一方で、今はどうかは知らないが、初めて相対(あいたい)した時点のシロクロは、強い者ではあったが知らざる者だった。」

 

 ほぅ、とアインズは感嘆の息をつく。

 このツアーの舎弟、ツアーが舎弟と認めるだけあって、なかなか面白いことを言い出す、と。

 

「そして私は、どっち付かずの半端者だ。

 ガ・ギンほど弱くはないが、シロクロほど強くもない。ガ・ギンほど知ってはいないが、シロクロほど知らないわけでもない。

 

 だから、私は迷い続けたのだ……と理解した。

 

 そして悟ったんだ。

 半端者でよいのだ、と!

 

 半端者なればこそ、弱い者の畏怖にも、強い者の孤独にも、知る者の苦悩にも、知らざる者の困惑にも思いを馳せることが出来よう。いや、本当にそんなことが出来るのか、と問われれば今以て絶対の自信があるわけではないが、なればこそ私は、半端者として間に立つことが出来るはずだ。そこに絶対の自信を得てしまえば、最早私は弱い者、知らざる者の言葉に耳を傾けることが出来ない者となり果てるだろうから。」

 

「なるほど、おまえの考えはよくわかった。」

 

 敢えてそこに批評は加えず、理解した旨のみをアインズは示した。

 

「で……具体的にどう身を振るんだ?」

 

 キーノの言っていることはまったくもって真っ当だ。

 が、真っ当なことを言うのと、真っ当なことをやるのとの間には必ずしも明確な相関はない。

 

「アインズさんは当然承知のこととは思うが……いや、世辞はよそう。アインズさんは強い者であり知る者であるがゆえに、過去百余年に渡ってこの世界の弱い者、知らざる者たちにあなたが明に暗に与え続けてきた影響を、必ずしも把握していないし、そもそも興味関心がないと思う。」

 

「ふふ、随分なことをさらりと言ってくれる……が、まぁ、その通りだ。」

 

 アインズはキーノの指摘を素直に認めた。

 

「ガ・ギンがそうであるように、知る者……まぁ、彼は直接見知っているわけではなく思索からそこに思い至ったんだが、であればこそ、アインズさんと少なからぬ縁を有したがゆえに知っている者、知ってしまっている者は少なからず存在する。

 アインズさんが建国の導きを与えたエモット姉妹に連なるド・クロサマー王国然り。詳しくは承知しないがアインズさんから啓示を受けたと伝わる鮮血帝ジルクニフ・エル・ニクスのバハルス帝国然り。スレイン法国にシロクロを送り込んだのは、六大神を源流とする連中がアインズさんに対して深入りし過ぎることを厭うてのこと、と考えたのだが、あっているか?」

 

 実のところアインズは「ひょっとして、そのドクロサマーってオレのこと?」と言いかけたのを我慢するのが精一杯で、キーノの口から次々とさも当然のように出てくる……アインズ自身はデミウルゴスの日記とシズの検索に頼ることなく思い出すことが叶わない、固有名詞に困惑しつつある。

 

「ま、まぁ……そんなところだ、な!」

 

「まずはその実情を丹念に調べ上げることから始めようと思っている。何事も正しい現状把握から始めなければ、すべては思い込みに発する戯言でしかなくなってしまうからな。」

 

 こ、こいつ……アホの()だ、と思っていた……というか、古い書付(メモ)に「シャルティア以上にアホの()だ」と書いてあるが、実は頭いいんじゃないの……ひょっとするとオレよりも?

 

「その先は今の段階では何とも言えないが、私に出来ることは、この世界の弱い者たちに、知り過ぎることがないよう、また、知らな過ぎることがないよう、明に暗に働きかけることだ、と考えている。

 

 少し自分語りをさせてもらうが、私自身は詳しくは承知していないが、三百八十年ほど昔、私が真祖吸血鬼として覚醒した折、私は自身の生国の人々を随分と殺してしまったらしい。為に私には『国(おと)し』などという馬鹿げた二つ()が捧げられたものだが……」

 

 アインズは「お、それ格好いいな!」と喉まで出かけて慌てて呑み込んだ。

 今はそういう空気じゃない!

 

「……正体が知られる都度、しばしば群衆に囲まれ槍以て追われたものだった。彼らが私に対して何が出来ようはずもないのに。

 だが、アインズさんのことだから私が何を危惧するものかはお見通しかとは思うが、私は彼らを哀れんで言っているのではなくて、もちろん、むしろその逆だ。弱い者、知らざる者は、時として、弱い者、知らざる者であるがゆえに予測不能な突拍子もない行動を取ることがある。」

 

 うんうん、とアインズは頷いて見せるが、実は彼女の話の続きを読めてはいない。

 

「今以て忸怩たる思いを抱いているのは、私、すなわち国堕としであると誤認されて磔にされたり生きたまま火炙りにされた少女たちが少なからずいたことだ。まだ自身の力の何たるかを呑み込めず、ただただ怯えるだけだった私には、何もすることが出来なかった。思い出したくもないが、決して忘れることの出来ない悔しい記憶だ。

 

 ツアーとアインズさんは、今後やって来るであろう新たな来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に備えているのだろう?」

 

 急にそう問われ、アインズは慌てて答える。

 

「ん?

 あ、まぁ……そんなところだ。」

 

「残念ながら私には、ツアーやアインズさんの戦列に加わるほどの力はない、半端者だからな。

 だが、指を咥えて見ているつもりもない。私は私のやり方で、あなたたちには出来ないやり方で勝手に戦列に加わらせてもらうつもりだ。

 

 ツアーもアインズさんも、来訪者に遅れを取ることは決してないと信じているし、結果的にこの世界の弱い者を守ることになるのだろう。が、弱い者からすれば、ツアーもアインズさんも来訪者も見分けはつかず、皆同じだ。ただただとてつもなく強く、理解不能な存在だ。

 そして、ツアーもアインズさんも、来訪者に立ち向かうことに関心はあっても、そこに少なからず巻き込まれる弱い者に関心はないと思う。いや、あなたがまったく弱い者に対して配慮しない、とは考えないが、でも、あまりに強い力を有するが為に、個々の弱い者一人ひとりへの配慮をあなたに求めるのは無茶振りが過ぎるし、それはあなたをこの世界の神として崇め奉るのと同じことになってしまう。」

 

 あぁ、そうだ。

 オレはそんなものになり果てるつもりは毛頭ない!

 

「弱い者は知らざる者であるがゆえに、(おのの)(わめ)き、場合によってはアインズさんたちを背中から撃つことだってあるかも知れない。私に代わって火炙りにされた少女たちのように、混乱(パニック)から益のない生贄の羊に供される者もあるだろう。

 

 私はそういうことを未然に防ぐために、呪われた不死の我が身を使おうと思う。

 

 もちろん、弱い者全員を知る者へと導けるなんて考えてはいない。だが、村に一人、少しだけ知る者がいるだけでもその影響は小さくはないはずだ。その一人から波紋が広がり、無辜の少女を生贄にせんとする群衆を前にして頭を冷やせと一喝する者が現れるかも知れない。

 そういうことに……これから私は取り組もうと思うんだ。」

 

 パンパンパンッとアインズは拍手を贈った。

 

「なかなかに見事な(こころざし)だ。

 だからこそ敢えて問おう!」

 

 さらに少し、骸骨頭をキーノに向けて乗り出して、その瞳を覗き込むようにアインズは問う。

 

「知っての通り、オレは(せい)ある者を屠らずにはおられぬ存在だ。

 おまえのその挑戦は、結果的にオレと衝突し対峙することもあり得るぞ。

 

 覚悟の上で……なのだな?」

 

 ごくり、とキーノは息を呑む。

 が、一拍置いた後、ない胸を張ってこう応じた。

 

「無論だ!

 あなたであれツアーであれ、戦わねばならん、となれば、決して勝ち目がなかろうとも挑むとも。

 

 そういうことはない……と信じてはい……ますけれども。」

 

 威勢よく始まったその宣言はやや尻すぼみになったので、アインズは、キーノに対して礼を失さぬよう、声色に気を遣いつつ、それでもハッハッハッと愉快げに笑った。

 

「いい話を聞かせてもらった。」

 

 アインズのその様子にキーノは一旦安堵する仕草を見せたが、目前の骸骨がまばゆい緑色の光に包まれた後に居住まいを正したのに気付いて、改めて相対した。

 

「だからこそオレは、おまえに一つ言っておかねばならんことがある。」

 

 否応なく、キーノは緊張を強いられた。

 

「オレは今おまえが話してくれたことも、そしておまえのことも、遠からず忘れる!

 

 あぁ……そんな寂しげな顔をしてくれるな。おまえに関心がないとか、嫌いだから、とかそういうのじゃないんだ。オレはそういう存在なんだ。記憶が維持できない。長くて一年、慌ただしい出来事が続けば三ヶ月も前のことはすっかり忘れてしまう。」

 

「……え?」

 

「オレだけじゃない、ユグドラシルからの来訪者は皆そうだ。

 幸いにしてオレはそのからくりに自ら気付いた。そしていくつか手を打っている。

 

 が……それも決して万全ではない。

 

 たとえば一年後にこの世界の何処かでおまえとバッタリ出食わしたとしよう。その瞬間、オレはおまえが誰だかわからないし、もちろん今聞いた話もすっかり忘れている。ナザリックに連絡を取れば過去の記録を遡っておまえが誰であったか調べることは出来る。が、おそらく今おまえから聞いた話がナザリックの歴史に記されることはないから、それはオレ自身からは遠からず永遠に失われるんだ。」

 

 キーノはこのアインズの告白を、目をまん丸にして聞いていた。

 

「だが、このことを知っていれば、おまえ自身は何かしら対策することは出来るだろう。だから今こうして話している。おまえも承知している通り、オレはオレたちについての情報を如何なる形であれ、この世界の存在に開示することを好まない。この記憶の問題を知っているのは、オレの知る限りはやはり自らそこに思い至ったツアーと、そして今これを知ったおまえだけだ。その意味するところを夢々忘れないでくれよ。」

 

「あぁ、もちろん……もちろんだとも!」

 

「念のために申し置くが、これはこの世界の存在に対してのみならず、おまえが今後知己を得るやも知れぬユグドラシルプレイヤーに対しても、だ。

 無論これは、それに気づかないユグドラシルプレイヤーに対するオレたちの優位性(アドバンテージ)を維持するため、というのもあるが、それ以上に、オレ自身の経験から言えば、この忌々しい事実に自ら辿り着けないプレイヤーは、きっと他人からその知識を与えられてもただただ困惑するばかりで、むしろ思いがけない災厄を引き起こすだろうからだ。心してくれ。」

 

 嗚呼……

 キーノは感嘆する。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは、まことに端倪すべからざる存在だ、と。

 

「……お節介ついでにもう一ついいか?」

 

 やや遠慮がちにアインズがそう言うので、キーノは可笑しくなって思わず、ふふふ、と笑いを零してしまい慌ててそれを(こら)えたが、咎められる様子はない。

 

「アインズさんの助言(アドバイス)であれば、有り難く承ろう!」

 

 それは、キーノとしてはあまり聞きたくはない話だった。

 

「おまえ、頑なに吸血を避けてるだろ?

 あれは……よくないぞ。」

 

「……そう……だろうか?」

 

「オレが覚知(かくち)するおまえのレベルは六十強だ……あ、これじゃおまえらには実感が湧かんか?

 

 ……そう!

 オレが丁度百だ。対してお前が六十と少し。

 

 わかるか?

 わかるよなー!

 

 ところが、だ。

 実際のおまえが発揮するところの力は五十レベルをやや下回って見える。これは、おまえが真祖吸血鬼としての自らの体が求めるところに長年逆らってきた結果、だとオレは思う。」

 

「あぁ……それは……アインズさんの言う通りだ、と私も思う。」

 

「手当たり次第に血を吸って歩け、などと言うつもりはもちろんないし、おまえが自身が人間ではないことをちゃんと真正面から受け止めていることもわかるが、それにしても折り合いは付けた方がいいぞ。

 

 たとえば……だ。

 おまえ、好きな男はいないのか?」

 

 唐突にまったく予想外のことを問われてキーノは硬直し、赤面する。

 

「な、な、何なんだ、藪から棒に!」

 

「……おまえ、実質的にはオレより長く生きてるくせに存外初心(うぶ)なんだな。」

 

()っといてくれ!

 いや……その……恋をしたことがないわけじゃない。おたくのマーレにも……その……淡い恋心なら抱いたことはある。」

 

「はぁ……?

 ()めとけ()めとけ!

 

 オレが言うのも何だが、考えようによっちゃーあいつはオレ以上の化け物だぞ。」

 

「あぁ、承知している。気付いて肝が冷えたよ。」

 

 ハハハッ、とアインズは笑う。

 

「まぁ、おまえの気持ちはわかる。おまえに伍する吸血鬼(ヴァンパイア)との出会いなど望むべくもないし、人間の男に恋をしても死別は確実なんだから恋のしようもない……とまぁ、そんなところだろ?

 

 あ、すまんな、ズケズケと女の子に酷いことを言ってるような気もしてきたが。」

 

 実際キーノはアインズの配慮(デリカシー)に欠ける発言にいささかうんざりしつつあったが、それを指摘するまでもなく自ら詫びられて、この比類なき大魔王でありながら、破天荒に気さくな人柄に心が緩んだ。

 

「無論、それを無理強いするつもりなんかないが、たとえば好きになった奴がいたとして、そいつがおまえが永遠に伴侶とするに値する者だ、と思えるのであれば、そしてそいつもまた、おまえと共に永遠に在りたいと応えてくれるのであれば、眷属に迎え入れても構わんじゃないか。ある意味、それは真祖吸血鬼であるおまえだけに許された特権でもある。それを行使せんのは……何というか、損だろ?」

 

「よもや……」

 

「ん?

 よもや、何だ?」

 

「よもや、アインズさんからそんなことを言われるとは考えもしなかった。」

 

「まぁ、本質的にはオレの中身はおっさんだ。

 で、おまえは、実際にはオレよりも長く旅していることは知っているが、見た目だけはちっこい女の子だ。

 

 おっさんは、女の子にこういう余計なお節介を焼くものだ、と相場が決まっている!」

 

 そのとき、アインズは自らの内なる声を聞いた。

 

 古来、吸血鬼は多少の異同こそあれ多くの文化文脈で語られてきました。その意味するところがおわかりですかな。つまりそれは、我々が永遠に在り続けるところに対して抱く憧れ、同時にそれを忌み嫌いもする矛盾した思いを象徴しておるわけです。

 

 調停者(フィクサー)であることに自身の利を求める者は、たとえどれだけ調停者の才に恵まれていようとも結局は調停者としては挫折するものです。真に調停者足り得る資質として無私が求められるのは誠に感慨深い……そうは思いませんか?

 

 モモンガさんだけ可愛い女の子にお説教してるの、ズルくない?

 

 嗚呼!

 みんなも大なり小なりキーノのことを気に入って、お喋りしたくて出てきたんだな。

 まぁ、妻帯組を除けば、こんな若い女の子に縁のなさそうな人ばっかりだったし……。

 

 覗くのは私の最も好むところではあるが、女の子を覗く趣味はない。

 

 くノ一、は本来は女の隠語で、女忍者じゃない、って知ってた?

 

 ご存知でしたか?会社は社員の生き血を吸って永遠の若さを保つんですよ。

 

 メイド服……の採寸させてもらえますか?

 

 弱い者、知らざる者を助けるのは当たり前!

 

 殴ってもわからない(やから)にどうするかって?もちろんもう一発殴るのよ!

 

 お嬢さん……そのつるぺたな胸を、おじさんにペロペ……

 

ペロロンチーノ(弟よ)、黙れ!」

 

 突然アインズがそう怒鳴ったので、びっくりしたキーノは後ろへひっくり返ってころころと転がった。と同時に、これまですやすやと寝息を立てていたに見えたツアーから、わっはっは、と笑い声が上がる。

 

「お、おま……ッ!

 いったいいつから聞いていた!」

 

 ツアーは敢えてその問いには答えずに、ふふふ、と笑ってこう言う。

 

()が来ていたのだね。

 ぺロロンくんが何と言ったか当ててみせようか?」

 

「よせよせ!

 多分おまえが想像している通りだが、キーノに聞かせるのはあんまりだ!」

 

 このアインズの返しはよほどツアーのツボに嵌ったらしく、その巨躯に見合った大きな口をこれでもかと開いて、わははははっ、と笑い続けた。釣られてアインズも、遅れて事情のわからぬキーノもそれに加わる。

 

(今回の居候は思わぬ成果を得た。

 お気に入りの城ではあったが、爆散したとて何を嘆くことがあろう。

 

 建てたのはアインズ、吹っ飛ばしたのも故意ではなかろうがアインズ。

 そして建て直すのもアインズだ……ボクは何も損はしていない。

 

 ん……妙なところがアインズに似てきたかな?)

 

 よもやツアーがそんなことを考えているなど(つゆ)とも知らぬアインズは、いずれすっかり忘れ去ってしまうこのひと時を、思う存分楽しんだのであった。

 

 

                    *

 

 

 そんなこんなでアッという間に三ヶ月が経った。

 

 実際には、他にもいろいろな実験をアインズとツアーはおこなったし、キーノも交えてよしなしごとを語らいあったが、それらは(つぶさ)に語るには及ばない。お揃いの甲冑姿をキーノに大爆笑され、キレて発作的に超位魔法<失墜する天空(フォールンダウン)>を喰らわせてやろうと魔法陣を展開したところを、これを食い止めんとしたツアーの再びの会心の一撃で吹き飛ばされたのもご愛嬌だ。いや、アレはマジで死ぬかと思ったぞ!

 

 とまれ、工兵隊を監督していたソリュシャン・イプシロンからの<伝言(メッセージ)>で新たな居城の完成の報を受けたアインズは、ツアーとキーノを送り届けがてら自身もその見物に出かけたのだが、新築の城内見学の中途でナーベラル・ガンマからの即時の帰投要請を受け取ったのであった。

 

 まぁ、いろいろと慌ただしく困惑させられた三ヶ月ではあったが、楽しかったなぁ……

 

「アインズ様。」

 

 もうちょっと余韻に浸らせてくれよ。

 

「アインズ様!」

 

 いいじゃないか、時間は有り余るほどあるんだから、ケチ!

 

「アインズ様、命名の儀を!」

 

 ……え!

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>にふんぞり返って回想という名の現実逃避に浸っていたアインズは、守護者統括アルベドの声に現実……いったいぜんたい、どれがアインズにとっての現実なのであろう?……に引き戻され(われ)に返った。

 

 な……何ということだ。

 

 目下の状況を理解する手掛かり(ヒント)を求めて回想していたのに、何の役にも立たなかったじゃないかー!

 

 ペカー!

 ペカー!

 ペカーーーーーーーッ!

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンの受難は今しばらく続く。

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