億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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キーノ・インベルンを戸惑わせる<(あけ)薔薇(ばら)>の司令塔(リーダー)、リキウス・アインドラの真意は何処(いずこ)に?そして我らが大魔王に出番はあるのか?


エ・レエブルの春の祝祭(2)

 双子忍者の沈黙(だんまり)担当クゥイナの後を追って辿り着いた先は、エ・レエブルのあちこちに散在する、雇われ人無産市民が暮らすところの、取り立てて特徴のない集合住宅(インスラ)の一つだった。

 

「何だか……剣呑な様子だな。」

 

 一筋離れた(かど)から様子を伺うキーノがそう漏らすも、共にあるリキウスは、

 

「遺憾ながら思った通りだな。」

 

と返す。

 クゥイナは、ただ黙ったままに、うんうん、と頷くのみ。

 

「思った通り?」

 

「キーノの耳ならここからでも連中の声が聴こえるだろうよ。耳を澄ましてくれ。」

 

「あ……あぁ!」

 

 まだ日が高いので万全でこそないものの、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるキーノ・インベルンの聴力は、並みの人間に比するところではない。少し意識を集中すれば、今回の一件の被害者親子が住まうという住宅入口付近に(たむろ)する破落戸たちの発する声が聴き取れるようになった。

 

「……いい気なモンだぜ。」

「当たり屋、っていうんだろ、こういうの?」

「たんまり詫び(がね)でもせしめようって魂胆だろーよ!」

「どこぞの参事の差し金かもなぁ?」

「てめぇの子どもを出しにしたってんだから呆れた野郎だ!」

 

 ……おいおぃ、なんだこれ?

 

「直接暴力に訴えないだけ、まだまともな連中だ。」

 

 やはり、何でもないという様子のリキウスにキーノは困惑させられる。

 先に<朱の薔薇>を訪ねてきた参事が、何やら自身の企てを通さんとする政争の()にこの親子を供さんとしていたこと、までは理解できた。が、何故(なにゆえ)その巻き込まれ損の親子が無頼の輩に囲まれているのかが理解できない。

 見れば、破落戸たちは何をするでもなく、ときおり親子が暮らすという部屋の辺りを一瞥しては、少なからず通り過ぎる通行人に聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそぼそとさきほど聞き耳立てた会話を続けている。

 それ自体は害のない、むしろそのあまりに卑しい心根に憐れみすら感じる行為でこそあれ、これがかの親子に対する嫌がらせを企図して為されていることは明らかだ。

 

「いったいこれは?」

 

「説明は(あと)だ、制圧しよう。

 一人、話が出来そうなやつを残して、(ほか)は<魅了の魔眼(まがん)>で眠らせてくれ。」

 

 先の聞き耳もそうだが、リキウスには、キーノの自身は好ましく思わないでもない吸血鬼の能力(スキル)の使用を、いささか無遠慮に求めてくるきらいがある。

 無論、それが自身が皆の役に立つ最も大きな長所であることは承知はしているものの、そこはかとなく違和感を覚えないでもない。かつての<蒼の薔薇>のラキュース・アインドラ……自身、信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)であるがゆえに、リキウス同様キーノが人外であることを承知していた彼女が、あくまでも魔法詠唱者としての力量のみをイビルアイに期待していたのと対照的だ。

 

 とまれ、今はそんなことを議するときでなし。

 

 通りすがりを装って歩み出たキーノが不意に破落戸の前で立ち止まったため、

 

「……何だ、おまえ?」

 

と声がかかったが、それまで俯き加減だったキーノが、ふっ、と深く(かぶ)った頭巾(フード)の中からぎりぎり目が合うかどうかほどに視線を上げると、最も整った身なりの男一人を残して(みな)へにゃへにゃと膝を折り、その場へへたり込んだ。

 

「な!」

 

 一人残された男は驚きの声を上げたが、いち早くその死角に駆け込んだリキウスがあっと言う間にその利き腕を捩じり上げ、

 

「怪我をしたくなかったら、ちょっと付き合ってもらおうか。」

 

と、人気(ひとけ)の少ない路地へ引き摺り込んでいった。

 

 ひょい、と壁に向かって突き放し、リキウス、キーノ、クゥイナに囲まれて、男は特に歯向かう様子は見せなかった。しばし卑屈な面持ちで対する三人を品定めする(てい)だったが、やおら何かに気づいた様子で。

 

「あんた……?

 <朱の薔薇>のリキウス・アインドラじゃねーか!」

 

「俺のことを知っているなら話が早い。」

 

 リキウスは腕組みしたまま強い視線で相手を威圧している。

 が、睨まれている男は何の自信があってか怯む様子を見せない。

 

「……どういうつもりかは知らねーが、面の割れた相手なのは幸いさーね。

 オイラはヘンガートナーさんのところで……世話になってるモンだ。それでも事を構える、ってんならいい度胸じゃねーか!」

 

 キーノは、はてヘンガートナーとは誰だろう、と思うが、この文脈からすると、ヘンガートナーも市参事か、そうでなくともエ・レエブルで相応の権力を備えた人物なのだろう、と推測する。

 この思わぬ反撃も、リキウスは読み切っているものなのだろうか?

 

「それはこっちの台詞だ。おまえがその名を口にしたことで裏を取る手間が省けた。」

 

「!」

 

 言われた男は目を真ん丸にして固まっている。

 虎の威を借りる狐が、たちまちに借りて来た猫だ。

 

「あんた、正気か?

 この街でヘンガートナーさんに楯突けば、いくら<朱の薔薇>とて……」

 

「勘違いするな。」

 

とリキウス。

 

「俺はそのヘンガートナーさんに助け舟を出してやろうと言うんだ。」

 

 

 

「キーノには意外に思うかも知れないが、あの馬鹿には決して悪気(わるぎ)があるわけでもないんだよ。」

 

 破落戸の頭目と見做した男に「この件から手を引かないと腕を捻られるでは済まんぞ」と因果を含めて解き放ったリキウスは、小さな紙片に何かを書きつけてクゥイナに託し、自身はキーノと共に定宿に戻った。

 

 ヘンガートナーというのは、参事どころか<原初の五家門>の一角を占めるエ・レエブルきっての大物で、件の事故の山車の一方が彼の家門の始祖を称えるそれであった。

 

「あの馬鹿はヘンガートナーの支持者、というか被保護者(クリエンテス)だわな。あいつ自身が例の山車を押してたかどうかはわからんが、あいつなりに良かれ、と考えてアレをやってたんだろうよ。」

 

 ありとあらゆることが自己責任に帰されるエ・レエブル、そして帝国自由都市では、我が身を己で守る力量のない無産市民は、相手が参事であれその他の有力商人であれ地主であれ、支持することと引き換えに庇護を約される関係を取り結ぶのが一般的だ。

 このとき、支持を受け庇護を与える側が保護者(パトロヌス)、支持を表明し庇護を受ける側が被保護者(クリエンテス)と称されるが、これも決して明文化された契約を伴うものでは必ずしもない。

 

「いいわけないだろ!」

 

とキーノは突っ込むが、やはりリキウスはどうというでもない(ふう)だ。

 

「そもそものアレは疑うべくもなく事故で、誰か一人の責を問う話でもない。直接的なそれは山車を押していた連中に問われもしようが、その監督責任はそれぞれの山車の家門に帰する、とも言えるし、潜在的にそういう危険のある祭りを能天気に毎年楽しんでいるのは他ならぬ街衆自身だ。

 今回の被害者とて責を免れるものじゃ決してない。向かい合った山車が互いに道を譲らなければ、何かあって当然だ。その瞬間に幼い息子から目を離した父親も、完全無謬とは決して言えまい。」

 

「そ、それはそうかも知れないが……」

 

「問題は、だ。」

 

とリキウスは、いつものCの字席の上に肘をついた。

 

「<原初の五家門>や<最初の十六参事>が絡んだこの手の醜聞(スキャンダル)があれば、必ずそれを政争の具にしようとするやつが現れる。実際、俺たちのところにやって来ただろ?

 あの馬鹿はそれがわかっていて、ヘンガートナーに世話になっている義理があるし、何より人間てやつは、自分が借りを感じている人物が負い目を負ったり、その非を鳴らされるのに、馬々鹿々しくも耐えられない者の(ほう)が圧倒多数だ。自分が責められているわけでもないのに、保護者(パトロヌス)への非難を(おのれ)へのそれとごちゃ混ぜにするんだな。

 そんな具合で、当の本人としては正当防衛くらいのつもりで、火種の親子を街から追い出してしまえば人の噂も七十五日、と考えたんだろうさ。あいつが本物の馬鹿だったら親子を殺して何処かに埋めちまう、ってのもあり得たんだから、まだマシな方、ということになるが。」

 

 本人の自覚の有無はさておき、人を善人と悪人とに二分(にぶん)して考えるきらいのあるキーノは、リキウスが説明してみせる一連の出来事の背景にある人間の機微に、いささかの眩暈を覚えていた。

 

「デ、ドウスルンダ?」

 

と、愉快気なギン。

 こう問いつつも、既に答えは承知であるように見える。

 リキウスもまたそれは承知しているので敢えてここで仔細には触れない。

 

「締めにはギンさんにも付き合ってもらう。」

 

「私ヲ……祭リノ山車ニハ載セナイ、ンジャナカッタノカ?」

 

 ギンの揚げ足取りにもリキウスは悪びれる様子もなく、

 

「自分で押す分には別儀さ!」

 

と、カカカと笑って見せた。

 

 

                    *

 

 

 紛うことなく悪魔である私としては誠に遺憾なことではあるが、呆れたことに、一見どんなに愚かしく拙く悪意に満ちたかのように見える行為であっても、やっている本人は、善かれ、と考えてやっていることがほとんどだ。

 強盗殺人、といった、誰の目にも邪悪な行為でさえ、当人にとっては愛しい飢えた我が子を救うべく肥え太った搾取者を襲う、善きおこない、であるなどといった茶番がざらにあるのは、実に嘆かわしいことだ。

 

 地獄への道は善意で舗装されている、などと言った(いにしえ)の聖者がいたそうだ。

 あるいは、地獄は善意で満ちているが天国は善行で満ちている、とも。

 

 実に腹立たしいではないか!

 

 善意の者を私が招く謂れなどあってたまるかね?

 我が御領たる地獄は、純粋結晶した悪意、で満たされていて然りである!

 

 善なる者の魔王(サタン)御國(みくに)()るよりは、駱駝(らくだ)の針の(あな)(とお)るかた(かえ)って(やす)し!

 善人なおもて堕獄(だごく)()ぐ、(いわん)や悪人をや!

 

 ……おっと失敬、途中から私の趣味の世界へ彷徨(さまよ)い出てしまったようだ。

 

 とまれ。

 極めて逆説的ではあるが、それはまた一つの真理を示してもいるのだよ。

 

 すなわち、人間どもは決して真なる悪には至れないのだよ。

 それこそが、かの儚くも切ない者たちの限界の本質であるのだ。

 

 そして、私がそうであるように。

 また、(なら)べて語るなど(はばか)り多きことながら、我が至高の主がそうであるように、純粋結晶の悪である者だけが……

 

(えっ?

 ……いやぁ、そりゃ(カルマ)が悪に全振りだから、そうだ、と言われりゃそうだけどさ。)

 

 この世の一切合切を引き連れて、禍々しくも呪わしき地獄へ至る門を(ひら)くことが叶うのだ!

 

 キミにも。

 そこに僅かばかりとも参与することが出来る、と……期待するやせずである!

 

 と言ったところで今日の講義はここまでとしよう。

 服を脱いで尻をこちらへ向けたまえ。

 

(はっ?)

 

 我が教えに陶酔するあまり、既に濡れそぼっているじゃないか。

 ご褒美にいきなり入れてやろう。

 

(え?……えぇ!)

 

 教え子(シロクロ)は、うっとりと潤んだ瞳のままに悪魔(デミウルゴス)に尻を突き出す。

 そしてその抽挿を受け入れ甘い溜息を漏らすと同時に……

 

 突如として目前に現れた、金糸銀糸に彩られた漆黒の装束(ローブ)を纏った骸骨とバッチリ目が合って悲鳴を上げた。

 

「……きゃぁーーーーー!」

 

 

                    *

 

 

「本日は時間を作っていただいて感謝します、ヘンガートナーさん。」

 

 <朱の薔薇>の一同は、クゥイナが届けた会見要請(アポイントメント)を受け入れたヘンガートナーの屋敷を訪ねている。五人は勧められるままに着座しているが、ヘンガートナーは部屋の奥の窓の方へ向かい、杖を片手に佇んでいた。

 

「本題を手短に。」

 

 六十は()うに過ぎている老爺は逆光の中の(シルエット)こそ弱々しくあれ、威勢で負けないために動員されたはずの大男ガ・ギンですら、姿勢を正すことを強いられる独特の威圧感を放っている。

 

春の祝祭(プランタン)の山車の一件です。」

 

「いくら欲しい?」

 

 いきなりそこかよ!とキーノは息を呑んだが、リキウスは調子(ペース)を乱さない。

 

「それは早合点が過ぎましょうよ。」

 

 老爺は無言のまま、杖を軽く振って話の続きを促す。

 

「あなたの被保護者(クリエンテス)が事故の被害者を所払いせんと嫌がらせしているところに行き当たりまして、制圧しました。」

 

 エ・レエブルに司法、警察的な治安機構は存在せず、参事であろうが無産市民であろうが自身の権益を犯す者に対するのは自力救済が原則だ。リキウスの言うところは、当地ではしばしば見られるところの、腕に覚えのある冒険者(ヴェンチャー)による誰に頼まれずともの酔狂、であるに過ぎない。

 

「私が面倒をみてやっている者の中には、そういう無頼もいるだろうな。

 それがどうしたね?」

 

「よもやヘンガートナー参事ともあろう(かた)が」

「命じた証拠でもあると?」

 

 キーノはこの腹の探り合いに、あろうはずもない軽い胃痛を覚えている。

 

「まさか!」

 

とリキウスは軽い笑いをあげる。

 

「ですが。」

 

と、横柄にテーブル上に肘をおいて(たなごころ)を合わせる。

 

「噂を立てる街衆に証拠など不要でしょう。

 それに、ご承知かとは思いますが、我らが魔法詠唱者(マジックキャスター)キーノ・インベルンは、恐ろしくも吸血鬼(ヴァンパイア)です。<魅了の魔眼(まがん)>はご存じですかな?」

 

 おいおいおぃ、完全に脅迫者(ブラックメーラー)のノリじゃないか!

 リキウスはいったい何をするつもりなんだ!

 

 そんなキーノの困惑を余所に、リキウスは続ける。

 

「では、<朱の薔薇>からの提案をお伝えする。」

 

「……提案?」

 

「そう、提案です。

 乗るも()るも貴方(あなた)の勝手。」

 

「……」

 

「ヘンガートナーさんは、ご自身に縁ある山車の関係した事故に不幸にも巻き込まれた被害者を憐れまれて、見舞いを遣わした上で怪我の回復まで困らぬ程度の生活費を工面なさいます。」

 

「……」

 

「ついでにビョルケンヘイム参事あたりにつなぎをつけまして、怪我の回復途上であっても何とかこなせる仕事まで紹介します。」

 

「……」

 

「街衆は(みな)感心いたします。流石は<原初の五家門>に連なるヘンガートナー参事、ご自身に責ある事故でもあるまいに、そのようなご配慮あるとは威徳備えたお(かた)はお振舞が違っていらっしゃる!」

 

「……」

 

「一方の被害者は、己の不注意で失ったものが有徳の参事に補填されただけのことで差し引きゼロ。よもやその(ひそみ)に倣って来年の山車に飛び込む者など」

 

 カツン、と杖が突かれて鳴らされる。

 その辺で軽口は慎め、の意であろうか。

 

「ふん、小賢しい。」

 

 しばしの沈黙。

 

 実のところ、リキウスなどに言われるまでもなく、ヘンガートナー自身にも事故の被害者に幾許かの金員を与えて政争の具に供される芽を断つ着想がなかったわけではない。自助を原則とする帝国自由都市にも、損害賠償、の概念はある。

 が、当地における損害賠償は、あくまでも事前に交わされた契約に謳われる責任の範囲においてなされるものであり、今回のような誰の責とも言い難い事例(ケース)への適用は、返って賠償した側が自身の責を認めた証拠とも見做される恐れもある。過小な金額は新たな論争の芽にもなるし、逆に過大な金額はリキウスも言及したように、それを旨味と見た悪意の追従者を招く可能性もあった。

 

 リキウスの提案は、これを賠償、ではなく補填と捉え、かつ、当面の生活費の提供と怪我を負っていてもこなせる仕事を紹介することにより、金額の妥当性を示しつつ同時にあくまでも自助を促すものだ、とする点が、本件への対処を躊躇っていたヘンガートナーにとって、エ・レエブルの統治理念にも適った解法であった。

 

「……リキウス・アインドラ君、ガ・ギン殿、クゥイア君、クゥイナ君、それに……キーノ・インベルン君。でよかったかな?」

 

 キーノは、(くん)、と、殿(どの)の使い分けが、ヘンガートナーの年齢に対する上下であるならば、私のそれはおかしいぞ!などと思っているが口にはしない。

 

「諸君は紅茶は嗜むかね?」

 

 リキウスがこれに「人並みには」と応じると、老爺は振り返って、

 

「良い物があるので、時間が許すなら一杯飲んでから帰るといい。

 私は次の約束があるので失礼するよ。」

 

と、そのまま部屋を出て行った。

 

 このとき。

 ヘンガートナー翁が「血は争えぬものだ」と、自身の若き日に垣間見、政治家の理想像の一つとして記憶に焼き付けたある人物を想起していたことなど、<朱の薔薇>の面々には知る由もない。

 

 

 

 その後、五人は召使いを連れた執事が供した紅茶を馳走になった。

 ガ・ギンなどはしきりと「高級ナ茶葉ハ違ウナ!」と感心する様子を見せたが、キーノは、確かに得も言われぬ馨しい香りだ、とは認めつつ、やや煮だし過ぎ濃い目で渋くすらあったそれに込められた言伝て(メッセージ)は、果たして賛意なのか嫌味なのか、といっとき頭を捻らざるを得なかった。

 

「リキウス……って、いつもこういう感じなのか?」

 

 帰路、先を行くリキウスと双子忍者……普段はギンにべったりなのに、このときは何を思ってかリキウスの周りをくるくる回りながら歩いている。と言うのも、生来フランス語話者として()()された彼らは、その性向を引き継いで権威、権力を茶化す諧謔が大好きだからなのだが、そんなことはキーノもガ・ギンも知る由もない……を眺めながら、キーノは横に並んで歩くガ・ギンに小声でそう尋ねた。

 

「常ニ、デハナイガ……ソウイウ感ジダ。」

 

 フフフ、とギンは不敵に笑うが、キーノは、はぁ、と息を吐いた。

 

「ドウシタ、キーノ?」

 

「……どうにも引け目に感じてな。

 私は今回の一件、まったく先の見通しが立たず、最後の最後までリキウスの意図がわからなかった。正直今も、なんでリキウスが、義侠心からであるのはわかるが、こんな一文(いちもん)の得になるでもない危ない橋を嬉々と渡ってみせるのかがさっぱりわからん。」

 

「人ハソレゾレニ得手不得手ガアルモノダ。リキウスニ出来ナクテ、キーノニ出来ルコトダッテアルダロウ?」

 

「それも引っ掛かるところだ!

 リキウスは、私の吸血鬼(ヴァンパイア)の力を使うことに躊躇がないように見える。」

 

「……キーノハ、吸血鬼デアルコトニモ引ケ目ヲ感ジテイルノカ?」

 

「そりゃ感じるさ。不死の化け物だぞ、私は!」

 

「私ダッテ、見ル人カラ見レバ化ケ物ダロウヨ。」

 

「ギンは違うだろ!」

 

「ソウカナ?

 キーノハ人間ノ父母カラ生ヲ享ケ、奇縁アッテ真祖吸血鬼ノ力ヲ得タモノダ、ト承知シテイル。

 対シテ、私ハ極一般ノ人間カラスレバ、()()()()(あい)()ダ。」

 

 ……おまえ、それ。

 (ゴ・ギン)(ガガーラン)、どっちがどっちのつもりで言ってるんだ?

 

「ダガ、私ハ何モ引ケ目ニナド感ジテハイナイ。

 愛情ヲ注イデクレタ父母、若干ノ違和感ヲ隠シキレズモ分ケ隔テナク付キ合ッテクレタ帝都ノ幼馴染、ソシテ、ヨク遊ンデクレタ……イロイロナ事ヲ語ッテ聞カセテクレタ、キーノ小母(おば)サンガアッテ今ノ私ガアル。何ヲ恥ジル必要ガアロウ。」

 

 さしものキーノも、この文脈での小母(おば)さん呼びに噛みつくことはなかった。

 

「ソウイッタ記憶ノ積ミ重ネ(オーバーロード)ガ今ノ私ヲ動カシテイル。

 ソシテ、ソレハ、リキウス、トテ同ジコトダ。」

 

「リキウスも、同じ?」

 

「アァ、話シテイナカッタカ。

 リキウスノ祖父モ市参事ダッタンダ。リキウスノ父親カラ聞カサレタ話ダ。」

 

「……はぁ?」

 

 キーノは思いもよらない話に困惑する。

 市参事は、基本的にはある程度の土地財産を有した者が務めるもので、貴族の血筋を引くとはいえ、リキウス自身を含め今日(こんにち)のアインドラ家にそんなものがあろうはずもなく、逆にそんなものがあれば、安宿に雑居する暮らしなどしてはいないはずだ。

 そもそもキーノは、リキウスのことを、かつてのラキュースがそうであったように、心根は卑しからずとも、血筋の良い夢見がちな坊々(ぼんぼん)だ、とさしたる根拠もなく考えていた。

 

()シクモソレハ、春ノ祝祭(プランタン)ト関ワリアル話ニナル。」

 

 ガ・ギンは、エ・レエブルにおけるアインドラ家の歴史を語った。

 

 今に至る始祖、キーノも面識のあった今や伝説の金剛(アダマンタイト)級冒険者アズス・アインドラは、よく稼ぎはしたが使う方も人並み外れて派手だったので、リ・エスティーゼ王国が瓦解した時点で王直轄領内に領地を有していたアインドラ家が、その権利と引き換えに得た金員は既に故人だったアズスの借財の返済に充てられ、アインドラ家は無産市民として新たな歩みを始めた。

 リキウスからみて曾祖父の代にアインドラ家は、悪気(わるぎ)なく始祖の勇名を未だ利用せんとする周囲の人々を厭うて、その居をエ・レエブルに移した。そこに入り婿として迎えられたのが問題の祖父で、自称白金(プラチナ)級冒険者の信仰系魔法詠唱者(マジックキャスター)として街衆の信望厚い人物だったらしい。

 

 この祖父が子、すなわちリキウスの父を得て冒険者稼業を引退した時分、今から遡って五十年と少し前に、それまでにも幾度となくあった春の祝祭(プランタン)が無人となる騒ぎが起こった。

 

 直接のきっかけは、突如としてアゼルリシアの鉱山が枯渇したこと……つまり、呆れたことに元を糺せばアインズたちが悪い!……によりブルムラシュー侯国から流れ込んだ失業者が多数あって、その影響からか「参事会に無産市民を代表する者がないのはおかしい」という声が俄に大きくなったことだった。当初市参事会はこの要求を荒唐無稽、と無視していたが、無人の春の祝祭(プランタン)を迎えて慌てて態度を一変させた。

 こうして三十三番目の参事<護民官(トリビューン)>の席が設けられた。護民官は無産市民から選出されるもの、とされ……例によってその選出方法は明文化されていない……原則自弁の参事たちとは異なり市予算から俸給が出る。一方で、世襲、継承は一切認められない、という、落としどころとしては妥当なもので、街衆もこれに留飲を下げて翌年の春の祝祭(プランタン)は活況を取り戻した。

 

 そして、初代護民官に推し挙げられたのが、他ならぬリキウスの祖父だったのである。

 

「ダガ、結果的ニソノ職責ハ、リキウスノ祖父ヲ苦シメタ。」

 

「……苦しめる?

 市参事、というのはそんなに大変な仕事なのか?」

 

「イヤ、リキウスニ似テ正義漢ダッタ祖父ハ、熱心ニ取リ組ンデ街衆ノ境遇改善ニ少ナカラズ貢献シタラシイノダガ……」

 

 あるときリキウスの祖母、つまりアインドラ家の直系となる祖父の妻が、祖父に「もうそんな仕事は辞めるべきだ」と訴えたのだという。その理由は、彼女が、我々はアインドラ護民官を支持する者だ、と騙って強請(ゆす)(たか)りを働く無頼の存在を聞きつけたからだった。

 これはリキウスの祖父に大きな衝撃を与えた。無論、これが彼が命じたものであろうはずもなく、ヘンガートナーがそうであったように、その責が名を騙られた参事に求められるなどということはないのであるが、そもそもからして祖父自身がアインドラの家名の有する権威を当てにして婿入りしたことに自覚があったがために、痛くその心を傷つけたのである。

 速やかに職を辞した祖父はあっという間に衰え、孫、つまりリキウスの誕生を待たずに世を去った。この逸話は、父を通して、ある種の訓戒として息子リキウスに語り継がれたのであるが、これを聞いていたリキウス本人の受け取り方は、父の期待したところとはやや違ったらしい。

 

 アインドラの血筋を求めてエ・レエブルを訪ねたガ・ギンがリキウスと知己を得、意気投合してクゥイア、クゥイナと共に<朱の薔薇>を結成したとき、自身は職人であったリキウスの父は、真っ向から反対こそせぬもののあまり良い顔をせず、際して一連のアインドラ家の今に至る歴史をガ・ギンに語った。

 これにガ・ギンは大いに面喰って、アインドラ一門に仲間を求めた自身の無邪気さを恥じ入りさえしたものだが、当のリキウス本人は、

 

「俺は俺なりのやり方で、アインドラの血筋と折り合いをつけるつもりだ。」

 

と父に応じ、以て自身の歩まんとする道に了解を引き出したのである。

 

 ちなみに、三十三番目の参事会議席<護民官>は、今も続いて存在はするものの、街衆の関心を失ってあっという間に形骸化してしまい、今では形式的な労働組合長として、比較的余裕のある暮らしを営む雇われ人の間で押し付け合われるものになってしまっているのだそうな。

 

「なんと……そんな背景があったとはな。」

 

 キーノは、今回の一連の出来事と見事に符合する物語に感嘆の声を上げた。

 まだ青臭いところがないでもないリキウスではあるが、自身の言に(たが)わず、確かに彼なりにアインドラの血筋と折り合いをつけているのだ、と。

 

「人ニ歴史アリ、トデモ言ッタトコロカナ。

 ソシテソレハ、キーノ小母(おば)サントテ同ジダロウ?」

 

 ギンは、ニッと笑って見せ、キーノもそれにニコリと微笑み返す。

 

「あぁ、ギンの言う通りだ。

 (あと)……その、小母(おば)さんは()めろ。」

 

 こうして改めてキーノ・インベルンは、折に触れて企図せず己の視座に新たな光を差し込んでくれる新たな仲間たちのある幸福を、深く、深く噛みしめたのであった。

 

 

 

 この後。

 

 リキウスに後ろ盾を断られた某参事が、逆恨みから「吸血鬼を市外に退去させるべし」との発議を参事会でおこなったが、どうせ年甲斐もなくあの可愛らしいお嬢さんに懸想(けそう)して、むべなく断られての逆恨みだろう、と鼻で(わら)われて面目を失い、以てこの一件は<朱の薔薇>の耳に入ることすらなかった。

 

 さらに数日を経たある日のこと。

 

「久々の大仕事だ!」

 

と上機嫌で定宿に帰ってきたリキウス。

 

「エ・ランテルと行き交う隊商が、エ・ペスペルの城外で野営するに際し何やら馬鹿でかい化け物が廃墟をうろつくのを目撃しているそうだ。未確認だが恐らくは集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)。夏の季節風でカッツェ平野の瘴気でも吹き込んだものかね?」

 

 ふむふむ、と皆が話の続きを待つ。

 

「捨て置いたとて害あるものでもないだろうが、将来的にエ・ペスペルを再興したいという話は以前からある。で、この際は、という話になって、有徳の参事ヘンガートナーさんは私財を(はた)いてその討伐をお抱えの金剛(アダマンタイト)級冒険者にお命じになった。

 まぁ、決して腕に覚えがないわけでもないんだろうが、元より名前倒れの連中だ。そして、相手は動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)とは比べるも烏滸がましい化け物中の化け物と来たモンだ。」

 

「我々ニ支援要請ガアッタ……トイウコトダナ?」

 

とガ・ギン。その口許には既に不敵な笑いが(こぼ)れている。

 見た目にそぐわず極めて温厚、理知的な人物でこそあれ、その血筋が、本能的に戦槌(ウォーハンマー)を振り翳しての闘争を求めているのもこれまた事実。

 

「そういうことだ。しかも依頼料には随分と色がついている。借りは早めに返しておきたい、ということなんだろうが、なかなかに老獪な御仁だよ、アレは。

 対するこちらは、俺の神聖魔法は当然として、何と言っても心強い不死者(アンデッド)の専門家がいる!」

 

 さて、ここで言われる不死者とは、討伐すべき獲物のことを言ったものか、それとも?

 とまれ最早キーノは、リキウスのこういった物言いにもわだかまりを感じることはない。

 

「ふふ、望むところだ!」

 

 <朱の薔薇>は新たな冒険へ出立する。

 

 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の初撃を打ち払ったガ・ギンに続き、自信満々に放った<悪霊退散(ターン・アンデッド)>が物の見事に耐久(レジスト)され顔面蒼白となったリキウスを、渾身の<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>で救ってキーノが留飲を下げたオチ、はご愛敬というものだろう。

 

 

                    *

 

 

 スレイン報国神都大神殿地下、六大神ギルド遺構のとある一室。

 

 名もなき非常勤政治顧問としてそこを訪ねる腹心、狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスの(あと)をちょっとした悪戯心(いたずらごころ)から追った大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、自らに<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を施し、呆れたことにスレイン報国国家元首人の子シロクロのすぐ後ろにちょこんと座って、デミウルゴスの講義を共に拝聴していた。

 

 あぁ、デミウルゴスの話はやっぱり面白いよなぁ!

 

と能天気に楽しんでいたものの、唐突に二人が()に及ぶに至り、流石にこれをこのまま出歯亀(でばがめ)するのはいかんだろう!と大魔王らしからず妙なところに気を遣って即時撤収を試みた……までは良かったのだが、そもそもまったくの想定外であったこと、さらには前戯もなしのいきなりの挿入を目前に見せつけられ慌てたものか、誤って隠形を解いてしまい、丁度雌犬の構え(わんわんスタイル)でデミウルゴスに背後から突き貫かれるシロクロと、真正面から顔を合わせる羽目になってしまう。

 

「……えっ?」

 

「きゃぁーーーーー!」

 

「ア……アインズ様?」

 

 この(かん)にも、デミウルゴスの腰は前後にかくかくと動いている。

 

 しばしこの状態が続いた後、アインズは交わる下僕たちの前に静かに土下座をし、

 

「ごめんなさい!」

 

と詫びるが早いか「ごゆっくりどうぞ」と言い残して<転移門(ゲート)>に消えた。

 

 シロクロは一瞬何かを口にせんとしたが、至高の御方に自身の秘め事を顕わに目撃された羞恥心の喚起せしむるところか、押し寄せた快楽の波に吞まれて、どうでもよくなって果てた。

 

 デミウルゴスは、至高の主に倣ったかの如く口をぽかんと(ひら)いたまま、それでも腰を前後にかくかくと振り続けていたが、

 

「なるほど、そういう事で御座いますね!」

 

と叫んで果てた。

 

 よもや、至高の四十一人の重厚な記憶の積み上げ(オーバーロード)に支えられる死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンの叡智を以てしても、この一事が、遥か千年の(とき)を経て、かのアルベドをして執事セバス・チャンに叛意ありと心胆寒からしめた情事盗撮事件の伏線になろうとは、思い及ぶはずもなし。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

帝国自由都市リ・ロベルに白金(プラチナ)の傀儡が一人降り立ち人探し。

億劫のオーバーロード余3話『昨日の(かたき)(おとな)えば』

(ドラゴン)だぁ?
 どう見たって人間か亜人じゃねーか!」

 参ったなぁ、ちょっと……想像していなかった返しだ。
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