億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話は、『憶持のオーバーロード』 https://syosetu.org/novel/295669/ の後日譚、『億劫のオーバーロード』第1話の中でツアーが振り返っている逸話(エピソード)になります。


余3話 転移歴107年 昨日の(かたき)(おとな)えば
昨日の敵を訪えば


「そこの人、少し尋ねる。」

 

と背後から声がかかって、二人連れの男は共に後ろを振り返り、声の主の姿を仰ぎ見て一瞬息を呑んだ。

 

「……えらく大層な格好をしてなさるね。今日日(きょうび)冒険者(ヴェンチャー)稼業でもそこまでの備えはせんだろうよ。」

「帝国の軍人さんかい?しかし白金(しろがね)全身甲冑(フリューテッドアーマー)とは……」

 

とまで口にして、男たちは互いに顔を見合わせる。

 

「人探しをしていて。キミたちはエリュ……」

 

 全身甲冑の言葉はそこで途切れた。

 二人連れが彼に背を向けて、ぴゅーっと駆け去ってしまったからだ。

 

「……困ったな。これでいったい何人目やら。」

 

 

 

 港湾都市リ・ロベルは、天然の良港に恵まれることから古くからローブル聖王国に対する海交貿易の拠点であり、また、かつての王都リ・エスティーゼから見れば距離的には遠回りになるものの、最果ての城塞都市エ・アセナルへ至るには海航(かいこう)してこちらの方が早いといった都合もあって、商業交通の要衝として栄える街である。

 帝国自由都市となってからは、エ・レエブル、リ・エスティーゼに倣って似たり寄ったりの寡占共和体制を敷いている。いささか毛色が異なるのは、近頃こそそのような話は聞かなくなったものの、しばしば南方アベリオン丘陵から境を犯して襲う亜人勢力に悩まされた歴史から、他二市が亜人の都市参入に鷹揚であるのに対し、それについてのみは閉鎖的な一面を見せている点だろうか。

 

 そのリ・ロベルの街を、とぼとぼと肩を落として歩く白金(プラチナ)の全身甲冑姿があった。

 アーグランド評議国永年評議員、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンがその巨躯を人目に晒すことを憚って外出に際し<始原の魔法(ワイルドマジック)>で操るところの傀儡(くぐつ)、である。

 

 新調叶ったこの傀儡は、少しばかりの想定外(モモン、ことアインズにそっくり)、こそありはしたが、それでも(しつら)えた本人としては先代のそれよりもしゅっとして格好が良い、と信じて()まないものであり、先程来道を尋ねる市民が悉く中途で逃げ出す理路がさっぱりわからずにいる。

 当地がそもそも亜人種族に風当たりの悪い気風であることは聞き及んではいたが、兜を脱がなければ……脱いでもそこには何もないのであるが……中身が人間であるか亜人であるかはわかるまいに、体躯が優れ過ぎていて、妖巨人(トロール)人食い鬼(オーガ)とでも思いこまれたものだろうか。そういう連中がこういう武具を用いる話はついぞ聞いたことがないものだが。

 

 などと頭を傾げるツアーは、一年と少し前、城塞都市リ・ウロヴァールに単身乗り込んだ彼が、<バベルの災厄>後の混乱を収拾すべく問答無用のアーグランド評議国への編入を宣言した話が当地にも既に伝わっており、がために、白金造りの全身甲冑にその話を思い出した人々が慌てふためいているのだ、というところには思い及ばない。

 

 当初ツアーは、リ・ロベルに来てしまえば、腐れ縁の友人やその仲間のような気配を簡単に辿れるものだろう、と踏んでいた。が、そういう強い()は今のところ感じない。

 在地の人間たち同様に、何処かに一室を借りているのであろう目当ての連中を上空からの哨戒で見つけられようはずもなく、相手が、エリュシオン、と名乗って冒険者の真似事をしていることは聞き及んでいたので、よもや彼らが現地人とは比肩のしようもない強大な力を無遠慮に見せつけているとは思わないものの、さりとて誰に対しても決して遅れを取ることのない冒険者ともなれば既に市内ではその名を知られているに違いないから、道行く人に尋ねれば遠からず案内してもらえるだろうと声掛けをしてはみたものの、そこにまったく実りはなく、むしろ今も、ひそひそと何かを言い交してはそそくさと自分から離れていく街衆に、まるで自身の本来の巨躯を晒してしまっているかのような羞恥心すら覚えている。

 頭一つ抜きんでた力の気配、であれば、両手の指の数を超える候補でこそあれ有限ではあるのだから、これを虱潰しに当たるしかないか、それにしても思いの(ほか)面倒なことになってしまったな、と人通りのない裏路地から一旦上空へ舞い上がろうかとそこへ踏み入れたとき、ツアーは馴染みの、でありながら、少し違和感のある気配を感じて立ち止まった。

 

 思った通り目前に禍々しくも(ひら)かれたのは、位階魔法による<転移門(ゲート)>だ。

 

 そして、竜固有の感覚がかの骸骨(アインズ)やその下僕の少女吸血鬼(シャルティア)の力と識別してみせるそれは、確かに以前、自身の居城と先代の傀儡を跡形もなく吹き飛ばしてみせた魔法詠唱者(マジックキャスター)のものと一致する。

 

(あぁ、向こうから気づいて来てくれたか。)

 

 果たせるかな。

 

 <転移門>を(くぐ)って姿を現したのは、白い法服の神官戦士(パラディン)、軽装の女剣士(バルキュリア)拘束具(ボンデージ)風黒皮鎧の女野伏(レンジャー)、そして……。

 

 かつてツアーの居城を吹き飛ばしてみせた、灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。

 

何者(なにもん)だ、テメーは?」

 

 一歩前に出て随分なご挨拶を投げかけてきたのはその魔法詠唱者だった。肩をいからせ斜に構えて凄んでいる。

 ツアーは、あぁ、やはり彼らも来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の御多分に漏れず、過去の記憶を辿れない存在なのだな、と改めて得心しつつ、素直に、何者だ、の問いに答える。

 

「ボクはアーグランド評議国永年評議員、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン。」

 

「……(ドラゴン)だぁ?

 どう見たって人間か亜人じゃねーか!」

 

 参ったなぁ、ちょっと……想像していなかった返しだ。

 

 こんなことならアインズに勧められた通り、本体で飛んで来た方がよかったかな。この街は大騒ぎになっただろうけども。まぁ、四の五の説明するより見せるのが早かろう。

 

「それはこういうことだ。」

 

と他に人目がないことを確認しつつ、ツアーは甲冑の兜を外して見せた。

 

 当然そこには何もない。

 伽藍洞(がらんどう)だ。

 

「……ん?

 

 えっ!

 

 はぁーーー?」

 

 灰色の魔法詠唱者が随分と驚いてみせる。

 その背後で、神官戦士と女剣士が懐から取り出した書付を手にこそこそと会話をしているのにツアーは気づいた。

 

 あぁ、この連中にも文字通り几()()なあの悪魔(デミウルゴス)と似たようなことをやっている者があるのか。

 

 そうこうするうちに、ちょいちょい、と背後から背をつつかれた魔法詠唱者は仲間を振り返り、神官戦士からの耳打ちを受けた。

 

 しばしの沈黙。

 そして。

 

「その(せつ)は迷惑をかけてすまなかったァ!」

 

 途端に路上で四人の土下座を受けたツアーは、必要もないのに、はーっ、と深い溜息をついて肩を落とした。

 

 

                  *

 

 

「何もないが入ってくれ。

 ……リーマン、帰ったぞ。顛末は見てただろうが、客人だ!」

 

 立ち話もなんだから、とエリュシオンの面々は彼らがリ・ロベルの街で拠点にしている部屋(コンドミニアム)へとツアーを招いた。

 

 とりたてて特徴のない下町(ダウンタウン)の一角、二軒の商店の間のツアーにはいささか手狭な階段を上った左右の二階を彼らは借り切っている。甲冑で()()いて壁を傷つけないよう気遣いながら進むツアーは、その時点で室内に待つ、四人ほどではないが街の人間からすれば頭一つ抜きんでた気配に気づいていた。

 後で聞いたところでは、ツアーの来訪に際しエリュシオンの四人は旅の最中で、この部屋に常駐するリーマンと呼ばれた人物から「街にトンでもない化け物がやって来てうろうろしている!」との急報を受け、慌てて転移してきたのだそうだ。

 

「おれがあんたの城を吹き飛ばしたピーだ。」

 

 着席を勧めながら、灰色の魔法詠唱者はそう切り出した。

 

「いつか……いつかこういう日が来るかもしれねーとは思ってたんだ。

 あんたもいろいろ思うところはあろーが、ここはひとつ……」

 

 ん?なんだ、とツアーは首を傾げる。

 

「おれの首ひとつで勘弁しちゃーもらえねーだろーか?」

 

 ……はぁ?

 

「「「ピー!」」」

 

 ピーの後ろで並んで立っていた三人と寝台(ベッド)に横たわったままの一人が俄に色めき立って、ツアーは、やはりユグドラシルプレイヤーと付き合うのは、不可能ではないがなかなか難しいものがあるな、と今更ながら感じていた。

 

「いや。」

 

と、片手を突き出してツアーがピーを制する。

 

「そういうつもりで来たわけじゃない。」

 

「……じゃぁ、今日はどういう用件で?」

 

 ツアーは居住まいを正し、こう言った。

 

「キミたちに、さんきゅー、と言いに来た。」

 

「……はっ?」

 

 まずピーが、続て後ろの四人が一様に口をぽかんと(ひら)いて「この鎧は何を言ってるんだ?」と言いたげな顔をしていたが、しばらくして、女戦士が何かに思い当たった様な表情を浮かべ、

 

「アインズ・ウール・ゴウン様に、次第をお聞きになったんですね?」

 

と問う。

 

 ツアーも含め、他の四人も、たちまちには理路が呑み込めずに当惑の様子を見せたが、女戦士マリア・デルカは、ふふふ、と微笑みながら仲間たちにこう告げた。

 

「こちらの世界の(かた)が、日本人の話す英語を口にされたとなれば、かの死の支配者(オーバーロード)が差配されたことに(ちが)いないでしょう。」

 

 ややあって、残る四人が銘々に「なるほど!」「そうに違いあるめぇ!」「面白い冗談だわ!」「(しか)り、(しか)り!」と納得する(さま)に、ツアーは、かの白衣の美女(アルベド)とはまた少し違った感じだが、彼女がこの面々の知性を担当する者なのだろう、と理解する。

 

 おそらくは。

 <翻訳の神秘>の謎解きをしたのも彼女、であるに相違あるまい。

 

 二年ほど前、突如として世界を襲った、これまで難なく互いに通じていた本来の母語を(こと)にする者たちの間の会話が不能となった事変、通称<バベルの災厄>に際し、問題解決の糸口を大魔王アインズ・ウール・ゴウンにもたらしたのが、このエリュシオンの面々であった。

 結果回復された<翻訳の神秘>の恩恵を、自身も生まれながらにして享受してきたツアーは、一言彼らに直接礼を言っても(ばち)は当たるまい、と考えて、重い腰を上げて今回の訪問に至ったものである。

 

「あなたのような(かた)にお言伝(ことづて)をお願いするのも憚られますが。」

 

とマリア。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様とお語らいの機会があれば、私共(わたくしども)が、御恩に報じることが叶ったことを幸いに感じている、とお伝えください。」

 

 彼女のこの言葉をツアーは興味深く聞いている。

 

 六大神と八欲王の一件から、ギルドを異にするユグドラシルプレイヤーは基本的には敵対関係にあるのだ、ということは理解していた。他ならぬ彼らエリュシオンも、当初はギルド維持資金欲しさに、第三者に使嗾されてのこととはいえアインズ・ウール・ゴウンへ戦いを挑んだものだ。

 敢えてこの言葉を自ら伝えようとはせず自身に言伝を預けるのは、互いに記憶が続かぬ身ゆえ事前の備えなく邂逅すれば再び戦いに陥るやも知れぬことを承知した上でのことだろうが、それでもこうして彼女が()()アインズにこのような言葉を伝えることを希望することが、ツアーには極めて感慨深く思われるのであった。

 

 げに、アインズ・ウール・ゴウンは端倪すべからざる存在である、と。

 

「旦那の城を吹っ飛ばしたおれを、恨んじゃいないのかい?」

 

「キミたちほどではないが、ボクも忘れっぽい性質(たち)でね。

 無論、再戦を望む、というのであれば受けて立つよ。」

 

 なおもツアーの意趣返しを恐れる様子を見せるピーに、ツアーはそうおどけてみせた。

 対するピーは、恐縮しっ(ぱな)しだ。

 

「だ、旦那……ご冗談を!」

 

 ピーは場を取り繕うように、自分たちが彼らを使嗾した魔女アナールが遺した石碑の捜索と破壊を進めていることを、たどたどしくも問わず語りにツアーに語って聞かせた。

 

 ツアーから見てこの人物は、アインズがそうであるような雄弁な男には見えなかった。

 むしろこの瞬間は、無理をして多弁を装っているように見える。

 

 どうやら後ろに見える彼の四人の仲間……ツアーは、彼らがNPCと呼ばれる存在であることを理解している……もそのあたりは同様のようで、さきほどから自身の(あるじ)に心配そうな視線を送っている。

 

 ツアーの知る六大神、八欲王にも同様のNPCがあったが、少なくともツアーの目から見たかのプレイヤーたちは、彼らのNPCを単なる戦力上の前衛として使い潰す立ち位置(スタンス)であるように見えた。

 キーノ・インベルンたち十三英雄と共に立ち向かった魔神についても……それが十三英雄の首魁(リーダー)だったプレイヤー、リク・アガネイアが御し損ねたNPCだったのであろうことも、ツアーは薄々気づいている……その内実がどうであったかはともかく、リクは魔人の殲滅を躊躇わなかった。

 

 (なが)きに渡る人間、亜人社会の観察を通して、一見強面(こわもて)に見える上意下達、専制一枚岩の体制が存外脆弱で、迂遠ながらも下方からの自発的参加を軸とした社会の方が結果的に長命であることを、ツアーは肌で感じ取っている。その機微の詳らかなところは、配偶を除き単立する個たる竜王(ドラゴンロード)であるツアーには、どうしても実感を伴って理解することは出来ない。

 実のところツアーは、アインズとの初期の語らいを通じ、彼がナザリック地下大墳墓の絶対的な支配者であること、愛らしくも空恐ろしい彼の下僕たちが彼に捧げる狂気に満ちた忠誠心に、なんとも危ういものを感じないでもなかったのだが、その思いは、アインズが、絶対支配者であるにもかかわらず常に自身の下僕……仲間に実に(こま)やかな心配りをしていることを知るにつれ、雲散霧消した。

 

 今、目前の灰色の魔法詠唱者……ツアーに対して平身低頭になりつつも決して警戒心を緩めない心配性なこの男は、明らかにツアーの関心を自身に集め、背後のNPC……仲間たちを庇おうと無理をしている、少なくともツアーにはそう思われた。

 その一点においては、この人物は八欲王よりはむしろ、アインズ・ウール・ゴウンに近い感性の持ち主、ということになるのかも知れない。

 

「アインズさんが何を思ってこれをおれたちに勧めたのか、は正直よくわからねーんだ。

 でも今は、有難い(ありがてー)ことだ、と感謝してる。」

 

 ピーは語る。

 

「ユグドラシルでのおれは孤独だった。もちろん、こいつらはいつも一緒だったが、今みてーに共に語らえる存在じゃーなかったんだ、旦那に言っても何のことだかわからんかも、だがな。

 今は違う。こっちに来て、随分と忘れっぽくなっちまったから、実のところ同じところをぐるぐる回ってるだけなんじゃねーか、と思わねーこともねーんだが、それでも、こいつらと共に挑み続ける冒険(クエスト)があるってーのは、本当に有難い(ありがてー)ことだ。」

 

 背後の四人が、同意の微笑みを浮かべている。

 その様子はツアーに、今ではキーノ以外は皆逝ってしまった十三英雄……これは後世の人間たちが振り返ってそう呼んだだけで、実際には十三人ではなかったのであるが……を否応なく想起させた。

 

 多くの人間、亜人たちが自身の滅亡の危機と捉えていたそれをこのように思い起こすのは、はて、不適切なのではないか、と考えなくもないのではあるが、十三英雄との冒険の旅は確かに……少なくともツアーにとってはこの上なく楽しかった。当時どうであったかはともかくとして、今振り返ると疑いなくそう感じられる。

 

 一方で、本来自身のみでも魔人を殲滅することが不可能ではないツアーが、敢えて十三英雄との共闘を選んだのは、まったく背景を異にする理由があったのも事実だ。

 

 とある亜人の町で初めて八欲王と衝突した後、彼らはあちらこちらに無作為(ランダム)に出現してはツアーを挑発する様子を見せた。深い考えもなくツアーはこれに逐次応戦したものだが、実はそれはツアーの背景、係累を探るべく意図的になされた陽動であり、一気に反撃に転じた八欲王はツアーの親兄弟を始めとした縁浅からぬ者たちを悉く屠って高らかに(わら)ってみせた。

 以降の記憶はツアー自身もあまり明確ではないのだが、はっきりしているのは自身が八欲王をその一切の痕跡も残さず完全殲滅したこと、疲れ果てて五十年ほど眠りこけたこと、そして目を覚ましてみると、自身と八欲王の戦いの余波で荒廃したカルサナス平原で生き残りをかけた大戦争があり、あわや絶滅寸前のところで今日(こんにち)のカルサナス都市国家連合に至る協約が結ばれたのを知ったことだ。

 

 これに対する反省が、ツアーをして、この世界の他の存在、さらにはこちらの世界の(がわ)に立ったプレイヤーとの共闘を選ばせた。

 

 後になって思い至ったことだが、死者使い(ネクロマンサー)リグリット・カウラウがキーノ・インベルンを宥めすかして人間の冒険者集団(蒼の薔薇)に参加させたのもまったく同じ意図によるものだ。

 圧倒的な力を有する個が個として(ほしいまま)に振る舞うとき、それは周囲に思いもよらぬ影響を及ぼしてしまうことがある。キーノには、自身と比して力においては劣るが、まったく違う生き方、考え方をする者たちと旅してそれを身を以て学ぶ必要あり、と彼女が判じたからだが、思えばツアー自身も、十三英雄との旅がまさにそれであった、と認めざるを得ない。

 

 だが。

 

 それはそれとして、その遠き日の思い出は、不謹慎極まりないとは思いつつも、ツアーにとっては何にも増して楽しかった日々、でもあったのだ。

 

「あぁ、そうだね。」

 

 灰色の魔法詠唱者の独白に、いろいろな思いを重ねつつもツアーはただそう応じた。

 

 一方で、ツアーはアインズから感じるような特別な何か、を目前の五人には覚えない。

 それが何か、と問われれば、彼自身にも答える言葉はないのであるが。

 

「ひとつ、訊いてもいいかな?」

 

 今から問わんとすることは、いささかアインズに対してルール違反であるような後ろめたさも覚えつつ、それでも好奇心が抑えられないツアーは、「何なりと」との快諾を待ってこう問うた。

 

「キミは……ユグドラシルに居た時分から、アインズを知っていたのかい?」

 

「そりゃ旦那ァ、当然でさーな!」

 

 ピーは、何を今更、と言いたげな(てい)を示した。

 

「もっとも、こちらが雑誌(ネットジン)で一方的に知ってただけですがね。」

 

「ねっ……?」

 

「あぁ、こちらの世界にはそういうモンがねーから、旦那にゃー何のことやら、ですわな。

 ……そう!(みな)が知りたがったり面白がったりする話が毎月書物になって手元に届く、そんなモンだと考えてくださいな。」

 

 知りたいことや面白いことがあれば、まず自らそこへ行ったり相手に会ってみればいいのに、不思議な話もあったものだな、などと思いつつも、そこには触れずにツアーは話を進める。

 

「皆が……アインズについて知りたがった、と?

 やはりそれは、彼が強かったから、なのかな?」

 

「もちろんそれもありましょーが、強さ、って意味なら、今のおれは格下げ(レベルダウン)を喰らっちまいましたが、後ろの仲間たちにもモモンガさんと同じ百レベルに達(カンスト)してる(モン)もいます。まぁ、おれたちのはお恥ずかしながら(かね)で買ったんですがね。」

 

 ユグドラシル時代の記憶に触れたがゆえか、ピーは大魔王アインズ・ウール・ゴウンを、当時の名、モモンガで語り始めた。一方、ツアーの関心はそこにはいかず、

 

「買う?」

 

と、最も疑問に感じたところへ向かう。

 

「こちらの世界でも(かね)がありゃ大抵のモンは手に(はい)りましょ?

 ユグドラシルでは強さ、ってのもその一つだった、ってだけの話でさーな。

 さりとて、もちろん(かね)で買えねーモンもありやす。」

 

「それは?」

 

「一つには戦闘の勝敗でさーな。いくら(かね)を積んで強さを買っても、実際の勝負はやってみなくちゃわからねー。より(かね)を積んだ(がわ)が有利なのは間違ぇ(まちげー)ねーですが、勝利そのものは(かね)じゃー決して買えやせん。

 そしてもう一つは世界級(ワールド)アイテム。こればっかりはテメーで冒険するか、既に持ってる誰かを打ち倒して奪わねー限りは手に(はい)りやせん。

 

 ご存知でしたかい、旦那ァ?

 アインズ・ウール・ゴウンの皆さんは、世界級アイテムの所持数じゃぶっちぎりの首座だったんですぜ!」

 

 ツアーには、たちまちには灰色の魔法詠唱者が嬉々と語るところの含意がわからない。

 その困惑を知ってか知らずか、ピーはそのままの調子で喋り続けた。

 

「誰よりも世界級アイテムを持ってる、ってのは、誰よりも多くの冒険の数をこなし、誰よりもたくさんの強敵を打ち倒してきた、ってことなんすよ。」

 

 やはりツアーには理路がわからない。

 

「おれも今になって漸くわかってきたことですがね。」

 

とピー。

 

「人ってのは、短兵急に結果を求めるもんでさーな。ユグドラシル時分のおれもまったくそうで、絶対(ぜってー)に失わねー仲間欲しさに大枚(たいまい)(はた)いてこいつらを設え(しつれー)はしたものの、悔いちゃーいませんが、今思えば、そりゃー虚しい日々でした。

 強さ、ってことなら、アインズ・ウール・ゴウンの皆さんよりもヤバい連中もいくらかおりやしたが、大抵はそういう連中も(かね)に物言わせて贖ったもんでしたし、おれも、世の中そんなモンだと思ってやした。

 アインズ・ウール・ゴウンの皆さんも、そりゃ、中には(かね)積まねぇとどーしよもーねーこともありましたんでいろいろ贖いはされたでしょーが、世界級アイテム所持数ぶっちぎり首座ってのだけは、あの方々が結果じゃなくて、過程を重んじられたからだ、と考えねーと説明がつかねーんですよ。」

 

 あぁ、漸くキミの言わんとするところがボクにもわかってきたよ、とツアーは思う。

 

「しかも、彼らはその過程を……楽しんでいた、と。」

 

 ツアーは、アインズやナザリック地下大墳墓の仲間たちが、七転八倒しつつも常にそう見えることを想起しつつ問う。

 

「あぁ、まさにそれですぜ旦那ァ!

 そりゃぁ、他にも過程を楽しんでたユグドラシルプレイヤーはたくさんいたでしょーが、誰をも驚かせる結果も伴った(モン)はそーはいやしません。

 

 その中でも、非公式ラスボスと謳われたモモンガさんは特別でした。

 旦那は、千五百人の大襲撃の話はお聞き及びで?」

 

 ナザリック地下大墳墓史上最大の危機、とアインズが認める千五百人の大襲撃については、至高の四十一人を偲んで語る彼の物語の中に幾度となく登場したため、ツアーも大凡のところは承知している。

 

「触り、程度にはね。」

 

「おれは後から雑誌で知った(くち)ですが、ありゃー規約(ルール)違反でこそありゃしませんが、トンでもねーモンだったんですぜ。

 (かね)に物言わせた百レベル(カンスト)の千五百人がつるんでアインズ・ウール・ゴウンを襲ったってー話ですが、襲った(がわ)は本当に容赦がなかった。かのシャルティア・ブラッドフォールンは、彼女を抜くためだけに課金促成された熾天使(セラフ)百人と刺し違えた、ってーことです。」

 

 あのシャルティアが……とツアーは息を呑む。

 そういう話はアインズからは聞いたことがない。

 

「仔細にご興味ありゃー、モモンガさん本人からお聞きになるのが一番でしょーが、おれが言いてぇのは、ナザリック地下大墳墓深奥まで迫った敵を悉く撃退された後のことでさーな。

 アインズ・ウール・ゴウンの皆さんのナザリック地下大墳墓に対する思い入れの深さは、大抵の(モン)は承知しておりやしたからね。それを半ば悪ふざけで集められた(かね)に物言わす連中に蹂躙されて、面白かろうはずもありませんでしょーよ。文句のひとつも言いてぇでしょーよ。

 ところが、最後の敵を蹴散らしたモモンガさんは、死屍累々の中しばし佇まれた後、中継の視線(カメラ)に向けて両の手を掲げ、ただ一言こうおっしゃった、ってー話です。」

 

 

  喝采せよ。

 

 

「おれはこの話を知ったとき、ド偉い(えれぇ)人もいたもんだ、と感心しやした。

 もちろん、このときモモンガさんが何をお考えだったのかはご本人に伺ってみなけりゃわかりゃーしませんし、当のご本人が本当のことを語ってくださるかもわかったモンじゃありやせん。

 

 ですがね、旦那ァ。

 おれはこのとき思ったんですよ。

 

 嗚呼、このアインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんって御人(おひと)は、この()に及んでも誰の期待をも決して裏切らない、伊達と酔狂を備えておいでだ!

 

ってね。

 

 とにかく、モモンガさんはそういう御方だったんです。

 当時のおれはそんなことには思い及びもしなかった、ったー思いやすがね。皆がアインズ・ウール・ゴウンのことを面白がったのは、知りたがったのは、アインズ・ウール・ゴウンとやり合ってみてー、勝ってみてー、ってのもさることながら、それ以上に、あの方々が、モモンガさんが、たくさんのユグドラシルプレイヤーにとって、あやかりてー、なれるものならあーなりてー、と祈りにも似た思いを捧げる……」

 

 捧げる……何だ?

 

「希望、だったから……と思うんでさーな。」

 

 あの恐るべき大魔王が、よりにもよって、希望、とは!

 ツアーは灰色の魔法詠唱者の解するところのアインズ像にいささかの眩暈を感じる。

 

 が、さりとて、強いてそれを否定する気持ちも生じはしなかった。むしろ、靄の向こうにあった覗き見たい何かに、輪郭が加わったかのような錯覚を覚えている。

 

「仔細は覚えちゃいないんですがね。おれがそのモモンガさんに真っ向勝負を挑んだんだ、ってー話を思い起こさせられる都度、正直今でも震え上がっちまうんでさーな。

 でも、そのことを決して後悔しちゃーいません。とんでもねーご迷惑をおかけしちまった旦那の前でこんなことを言うのもどーかってぇ話ですが。」

 

 ツアーは、本当にそんなことはもう気にはしてはいないよ、という意思表示にひょいひょいと片手を振ってみせた。

 

「……でも、こいつらと共にあるギルドを守るべく(はらぁ)括ってモモンガさんに喧嘩売ってよかった、と心底思ってます。

 

 お陰でおれは、こいつらと本当の意味での仲間、共に冒険を楽しめる仲間になれやした。

 おまけにギルド維持資金まで工面していただいちまったようで、本当にモモンガさんにゃー頭があがりやせん。」

 

「ピー。今はアインズさん、と名乗っておいでですよ。」

 

 不意に背後の白服の神官戦士から声がかかり、ピーは「そうだった、そうだった」と愉快げに手を打つ。

 

「アインズさんにゃー、毎朝毎夕有り難い(ありがてー)ことだ、有り難い(ありがてー)ことだと感謝の祈りを捧げさせてもらってまさーな。ま、どうせまた、忘れちまうんですがね。」

 

 カラリ、とそう笑ってみせる灰色の魔法詠唱者とその仲間たちに、ツアーは戸惑いと……若干の共感を覚えたことを否めなかった。

 

 

                    *

 

 

「今日は突然押しかけてすまなかったね。」

 

 ツアーがそう言って辞する旨を告げると、ピーたちは、本来は自分たちの方から詫びを入れにいくべきであったのに本当に申し訳なかった、と再び恐縮する様子を見せた。

 

「改めて、名を訊いておいていいかな?」

 

 席を立ちつつのツアーのこの問いにピーは慌てて、

 

「名乗りもせずに語らってたなんて、トンだ失礼を!」

 

と自らも立ち上がり、改めて自身と仲間たちの名を告げた。

 

「おれはピー。白い法服の男はダラム、女戦士はデルカ、艶っぽい野伏(レンジャー)はケイト、後ろに寝てるのはリーマンだ。リーマンは寝転んだままで無礼千万だが、そういう設定なんで勘弁してやってくれ。」

 

 そうおどけつつもピーは、この白金の傀儡の言い様は、おそらくは今生の別れを告げるものなのだろう、と自ずと悟る。

 

「きっと旦那もアインズさん同様、寿命なんてモンたぁー無縁の御方なんでしょうな。

 (さち)多からんことをお祈りいたしやすよ!」

 

 やはりカラリとしたその物言いに、悠久の(とき)を生きる自身からすれば残り僅かでしかない余生を生きていく彼らに、だからこその儚くも眩しい輝きをツアーは覚える。

 

 実のところ、<現実(リアル)>において極々一般的なオーストラリアの社会的上位者(エスタブリッシュメント)であったピー、ことデイヴィッド・ホーソンは、ユグドラシルにおいて物言わぬNPC(仲間)たちに聖句を語りかける日々を過ごしており、ギルドの日誌(ログブック)に刻まれたその記憶に縛られる彼は、まったくの異世界となるこちらに渡って来て以降も、その真に意味するところを理解していたかどうかはともかく存外素直に死後復活の教説を受け入れている。

 そんなピーからすると、永劫の(とき)(しゅ)の恩寵を待つでもなく彷徨(さまよ)い続けざるを得ないツアー、そしてアインズは、むしろ救われざる憐れむべき対象なのですらあって、であるがゆえの心遣いが彼をして「(さち)多からんことを」と祈らしめたのであるが、そんなことに思い及ぶはずもないツアーはただ一言、

 

「……さんきゅー。」

 

とだけ返して、リ・ロベルの街を(あと)にした。双方予期した通り、以降も再会は果たされることがなかった。

 

 もっとも。

 

 このあとリ・ロベルの街では、相次いだ白金の全身甲冑武者の目撃談に「かのアーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)が、我らがリ・ロベルも併呑せんと暗躍するものか!」と大騒ぎになったのであるから、再訪が果たされなかったのは街衆にとっては(さいわ)いであったのかも知れない。

 

 もとよりそんなことは、この世界の普く存在に深い興味関心を寄せつつもその実どこかが野放図に欠落している白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの、知ったことではなかった。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

交錯するキーノ・インベルン、そして巨人ガ・ギンの思い。
後世の大事件へと繋がる伏線が明らかとなる群像劇。

億劫のオーバーロード余4話『(しん)あれば(たより)あり』

(わか)ラナイモノヲ(わか)ロウトスレバ、気ガ狂ウ。
 ナレバ……無知デアルニ()クハナイ。」
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