億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話は前々話に続き、本シリーズオリジナルの冒険者集団(チーム)<(あけ)薔薇(ばら)>を、主にガガーランの忘れ形見ガ・ギンに照明(スポット)して掘り下げた逸話(エピソード)です。我らが大魔王の出番は御座いませんので悪しからず。3日ずつ開けての3連投となります。


余4話 転移歴126年 (しん)あれば(たより)あり
信あれば頼あり(1)


「お食事中に失礼いたしますが……さぞ名のある冒険者(ヴェンチャー)の方々かとお見受けいたします。」

 

 見たところ四十代半ば、盗賊(シーフ)野伏(レンジャー)(ふう)の男から恐る恐る声をかけられ、

 

「イヤ、モウ済ンダトコロダ。」

 

と、青生々魂(アポイタカラ)級冒険者<(あけ)薔薇(ばら)>の切り込み隊長にして実質的な現首魁(リーダー)でもある混血(ハーフ)戦妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンは、手にしていた茶器(カップ)食台(テーブル)に置いた。

 

「では失礼して。

 思いますに、これから帝国自由都市リ・エスティーゼ、あるいはエ・レエブルへお帰りなのではないか、と。」

 

「エ・レエブル、ダ。」

 

 特に隠し立てすることでもないのでギンはさらりとそう返す。

 

「陸路でしょうか?それとも海路で?」

 

 ふふ、とギンは鼻で(わら)う。

 

「ワカッタ上デ問ウテイルノデハナイノカ?

 見テノ通リ、私ハ妖巨人(トロール)ノ血ヲ受ケテイルユエ、海路ハ好マン。」

 

 実際には個人差もあろうが、一般的に妖巨人(トロール)は水場をあまり得意とはせず、平たく言えば多くの者が水泳が苦手(かなづち)だ。泳げずとも船には乗れそうなものだが、ギンも含め好んでその乗客になる者は少ない。

 

「それはまさに私共(わたくしども)にとっては渡りに船……おっと、船はお好きではないのでしたな!」

 

 面白い男だ、とギンは再び笑みを浮かべた。

 

私共(わたくしども)は旅の者で、これからリ・ロベルへ陸路向かうのですが。」

 

 隣で頭巾(フード)を深く被ったまま生焼け(レア)の鴨をつついていたキーノ・インベルンは、おや?と視線をさきほどまで気にも留めていなかった男の方へ向けた。ぱっと見たところお人好しそうな赤ら顔だが、それが内面を反映したものであるかはわからない。

 そして、彼女が興味を惹かれたのは、当地エ・アセナルからリ・ロベルへ向かうのであれば、たちまちに出る船がないのだとしても海路が早いのは確実なのに、敢えてこの男が、帝国自由都市リ・エスティーゼはともかく、世情不安なボウロロープ侯国を経由する陸路を選んでいる点だ。

 

「差し支えなければ、リ・エスティーゼまでご一緒させていただけないでしょうか。もちろん、正規の護衛料金には手が届きませんが、幾許かのお礼はさせていただきます。」

 

 これ自体はさして珍しい話ではない。

 大陸の都市間を行き交う隊商(キャラバン)は、扱う荷の性格にもよるがそこから生まれるであろう利益に応じた護衛の冒険者を雇うのが一般的で、運ばれた商材が市場に出る際はその護衛料も必要経費として価格に上乗せされる。

 隊商ほどの規模に至らない旅人は、余程の事情がない限りは護衛を雇うと採算が合わないので、危険覚悟で自分たちだけで旅をするか、今、ギンに話しかける男がそうしているように、同じ経路をいくと見える隊商や冒険者に声をかけて便乗の許しを請う。請われた側は、防衛の責を負わぬ前提で無償での同行を許すか、形ばかりの謝礼を受け取って護りの義理を果たす。

 そもそも、野盗の(たぐい)といえども返り討ち覚悟で護衛を伴った旅人を襲うことは稀も稀な話なので、実はともかく一見屈強そうな……特にガ・ギンのような巨人であればなおさら……冒険者と共にある旅人が賊に襲われるなどということは滅多に起こりはしない。

 

 が、であるがゆえに、キーノとしては、今、話しかけてきたこの男が、より安全な海路を使わずに敢えて陸路で長い時間をかけてリ・ロベルへ向かうのだ、とする真意を掴みかねていた。

 

「キーノ、ドウスル?」

 

 同じ疑問はギンとて抱いていないはずはないが、彼はそれを口にすることなく、ただ同行許諾の可否のみについてキーノに問うた。

 ここにかつての司令塔(リーダー)神官戦士(パラディン)リキウス・アインドラがあれば言葉巧みに相手の本音を探り当てもしただろうが、今の彼は遥かエ・レエブルの空の下、その能力を市政を司る参事会議員として発揮している。

 

「ま、いいんじゃないか。」

 

 減るもんでもなし、とキーノは答える。

 彼女が発したその声色が、想像以上に幼いことに男が驚いたことにもちろんキーノは気付いていたが、敢えて触れずに、自身のさらに幼い表情を晒さぬよう俯き加減のまま、男にこう問うた。

 

「が、どうして敢えて剣呑な陸路を選ぶのか、だけ訊いてもいいか?」

 

 男は何でもない、という様子で即答する。

 

私共(わたくしども)の雇い主は、以前に船の難破でとんでもない損害を被った経験がありまして。特に今回のように単品で値の張る物を運んでおりますときは、海路に同意してくれません。」

 

「否、ナラ、ソレハソレデ構ワンガ、何ヲ運ンデイルノカ訊カセテクレルカ?」

 

 話の流れで当然生じた疑問をギンが口にすると、男は少しだけ周囲の目を気にする様子を見せた後、懐から恭しく天鵞絨(ビロード)に包まれたそれを取り出してギンとキーノに示して見せた。

 

「無論、こちらで御座いますとも。」

 

 それは、見事な翡翠(ひすい)色の(ぎょく)だった。

 

 

 

 そもそも。

 <朱の薔薇>の一行がエ・アセナルを訪れたのも、(ぎょく)と関わりのある話である。

 

 エ・アセナルは旧リ・エスティーゼ王国最北西端の辺境中の辺境で、今なおアセナーラ子爵家によって統治される小さな城塞都市と、いくつかの村落から成っている。

 そんなエ・アセナルに向けて、古くからリ・ロベルからの海路が維持されてきたのは、当地が山脈を挟んで北方アーグランド評議国に面する玄関口である、というのもひとつにはあるが、基本的には亜人社会で言葉こそ通じるものの意思疎通の難しい同国に対しては、不文律としての相互不可侵が伝統となっているだけで、一部の求道者を除けば交流はほとんどない。

 むしろ実利につながる理由は、当地が旧王国はもちろん、バハルス帝国、遠くスレイン法国、カルサナス都市国家連合においても珍重された、良質の(ぎょく)の産地であったことによる。

 

 随分と昔、キーノ・インベルンが加入する以前の話になるが、エ・レエブルの豪商の依頼を受けた<朱の薔薇>は当地を訪れ、存外商売の才にも通じたリキウス・アインドラの目利きもあって、最も信頼のおける(ぎょく)の卸元との交易血判を結ぶことが叶った。

 この時代、国を跨いで本店支店関係を広げるロフーレ商会のような例外を除けば、都市国家を跨いでの商売は冒険者による仲介を経るのが普通だ。まず交易を望む商人が自都市の冒険者を雇って相手先に種々の条件を託して使いに出す。冒険者は交渉を代行して首尾よく話がまとまれば、冒険者も連名の上で血判が交わされ契約成立となる。この血判状には、どちらか一方が相手の信用を裏切る行為を働くことはすなわち間を取り持った冒険者の顔に泥を塗る行為であると規定され、冒険者からの実力による報復を被るもの、とされる。

 以降は、都市間を行き交う旅人に託して商品だけが小口でやりとりされる。こうすることで、強奪による損失(ロス)危険(リスク)が分散、最小化される一方、数年に一度交わされた商品の差し引きの代金が再び信用保証をおこなった冒険者に託されて決算され、これが契約更新の交渉を兼ねる。

 

 今回の<朱の薔薇>の旅がまさにそれで、五年に一度と定めた決済にエ・レエブル側で預かった多額の金貨……エ・レエブルからの商材となる茶葉や衣料と比すれば、(ぎょく)の価格は桁が異なるので金貨は常にエ・アセナルに向かって流れることになるが、もちろんそれ以上の儲けをエ・レエブル側の商人が得ているゆえだ……を届けたもので、帰りの荷は更に五年延長となった契約を記した血判状だけだ。

 この仲介は<朱の薔薇>が預かる信用保証の中でも特に大口のものの一つで、実のところ、彼らをして採算度外視の義侠的冒険をかくも能天気に続けてこられたのも、本件仲介手数料によるところが大きい。

 

「たかが金貨千枚如きのために、うちのギンさんに喧嘩を売る者がいるとお思いで?」

 

 最初の血判状を取り交わした際、それがもたらす益を欲しつつもあまりに高額になることが予想される決済額に尻込みした双方の商人に対し、リキウスはそう大見得を切ってギンを心底呆れさせたものだが、であったがゆえに、リキウス自身が冒険者家業を引退した後も、<朱の薔薇>はその決済を請け負い続けざるを得なかった。

 

「ギンさんは銭勘定には(うと)いところがあるからな。

 これは引退する俺からの(ささ)やかな遺産だと思ってくれ!」

 

 リキウスはそう嘯いて後始末をギンたちに押し付けたのだが、元より収入の多寡にさほど関心があるわけではないものの、さりとて先立つものは必要であり、本件手数料が引き続き<朱の薔薇>の自由度の裏付けであり続けている点については、ギンにも異論はない。

 

 卒なく契約更新を済ませた彼らは一夜の宿を求めた。

 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるキーノ、そしてこの時点ではキーノ、ギンともに承知しないことではあるが、元々はユグドラシル生まれの自動人形(オートマトン)である双子忍者クゥイア、クゥイナは、食事、睡眠はおろか休息すら必要としない身の上だが、屈強でこそあれ生身のガ・ギンは野営続きの旅程に疲労が溜まっていたからだ。

 

 その宿での夕食に際し、三人組の旅人から帰路の便乗許諾を請われた。

 男たちは、引率(リーダー)と見える野伏(レンジャー)はネッドと名乗り、体格は良いがとりたてて戦闘技能を有するに見えないあとの二人はジェイムズ、ルコウルスキ、とそれぞれ紹介されたが、それが本名であるかは何の保証もないし、<朱の薔薇>の面々にとってもさして気に留める必要のあることでもなかった。

 

 翌朝から始まった旅は、三人組を先に歩ませ、その後ろから<朱の薔薇>が続く形を採った。これは依頼者(クライアント)を護衛する際の極標準的な陣形で、守るべき者を常に視野に収めておくことを目的としている。

 ネッドは、<朱の薔薇>の面々、一人につき金貨三枚の進呈を申し出たがこれは謝絶された。さりとて、一緒に歩いてはやるが己の身は己で守れ、というような意図でそうなったものではもちろんない。彼らには、旅の便乗者に礼金を求める習慣がなかっただけの話だ。

 

 前を進む三人のうち、ネッドは腰に小剣(ショートソード)を下げていて懐にも何やら暗器を忍ばせている様子だが、自身の糧食などを詰めた革袋以外には荷物を持たなかった。残る二人、ジェイムズとルコウスキは武装している様子がなく、代わりに大きな行李(バックパック)を背負っていて、どうやらあの中に彼らの商材となる(ぎょく)が収められているらしい。

 出会いの晩にネッドから示された玉は、片手の平に丁度いっぱい納まるほどの真球で傷一つなかった。それが末端価格で如何程のものになるのか、リキウスならばともかくギンたちには想像がつかないが、彼らが贖えるような額面でないことは確かだ。

 

 城塞都市エ・アセナルはアセナーラ子爵領内でもほとんど南東端に位置するため、旅は一日目の夕刻前にはボウロロープ侯国、とされる領域に至った。

 

 実際のところ既に、ボウロロープ侯国、という国家に実体はない。

 

 遡ること二十年ほど前、突如としてそれまで世界を覆っていた<翻訳の神秘>が失われる事変、通称<バベルの災厄>が発生し、伴って生じた混乱の中、当代のボウロロープ侯爵は行方不明となりそのまま家門は断絶した。その拠点であった城塞都市リ・ボウロロールは事実上の無政府状態に陥っていて、数年おきに侯爵家に連なっていた貴族、またはその傍流を名乗る集団が居座って宮廷ごっこを試みるものの、追って現れる別の同様の勢力に追い払われたり共倒れしたりを繰り返していて、現在誰が実効支配しているのかは、当の領民自身からも含めて正しく把握されてはいない。

 ボウロロープ侯領は旧リ・エスティーゼ王国の貴族領地の中でも最大の面積を誇ったが、海に面する西側三分の一は利用価値の乏しい石灰岩台地で、これがエ・アセナルから南下する旅人を阻んで大きく東へ迂回することを強いるがために、海路リ・ロベル経由の方が早い、という矛盾を生じさせているが、逆にこの台地が海からの潮風を阻むと同時に良質な水を東にもたらすことから旧王国内では最大の穀倉地帯でもある。

 そのような事情もあって、多少暗愚であっても最低限の秩序さえ保証してくれる領主が立ちさえすれば、領民が己を養うには問題はない、という土地柄なのだが、逆に言えば、その秩序が失われるとたちまちに略奪や刈田狼藉が横行することになる。

 四ヶ月ほど続いた<バベルの災厄>の直後は、後に領民たちから漆黒の英雄、あるいは白金(プラチナ)の英雄と呼び習わされ新国王への即位すら望まれた英傑が立って一旦の秩序回復を見たが、その正体、アーグランド評議国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは、隣接するウロヴァーナ伯国の自国編入だけを宣言して帰国してしまったため、取り残されたボウロロープ侯国は、徐々に、だが確実に、無秩序に陥っていった。

 

 一日目の野営に際し、ネッドは「自分たちからも交代で寝ずの番を出す」と申し出たが、何事かあった際に対処できる体力を温存しておいてもらった方がこちらとしては有り難い、と<朱の薔薇>から謝絶された。

 

「そんな。ご馳走になった上でそこまでされては!」

 

と彼らは随分と恐縮して見せたが、結局は素直に従った。

 ちなみにここで言われる、ご馳走、というのは、基本的に血の滴る肉しか口にしないキーノを気遣ってクゥイナが仕留めたヤマドリのお裾分けがあったことを言っている。

 

「さてさて、何事も起こらなければいいけどな。」

 

とキーノは焚き火を前に独り呟いた。

 ギンが休んでいる場合、隣には双子忍者のいずれかが共にあるが、野営中はクゥイアであっても会話がないので、今隣にいるのがどちらなのか、キーノには見分けがつかない。そもそも見分ける意味などなかったのだ、ということにキーノが気づくのは、まだ何百年も先の話になる。

 

 キーノ自身は、賊に襲われることなど心配はしていない。リキウスの言い分ではないが、ギンの存在を認めた上で襲いかかってくるのは正真正銘の馬鹿しかあり得ないし、仮にそんな馬鹿がいたとして、<朱の薔薇>に拮抗できる者などこの辺りに居ようはずもないからだ。

 むしろキーノを不安にさせるのは、彼女だけが、当地の人間たちがその正体をツアーだと思い込んだままの全身甲冑姿の英雄が、少なくとも漆黒のそれの方については、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの眷属である可能性を疑い続けているからだった。

 

 今以て理由はよくわからないが、あの我儘気儘な骸骨は悪党狩りを好むらしい。かつて<神隠し>として知られた、彼自身が出御しておこなわれるそれの噂は途絶えて久しいが、この辺りで目下もっともたくさんの悪党が出没するのが今旅する当地であることに疑う余地はないので、もし、ナザリックの連中が今も同じことを続けているのであるとすれば、当然遭遇確率は上がるはずだ。

 

 それにしても……いくら考えても、あの連中の行動原理が理解できない。

 

 シャルティアの底抜けの馬鹿っぷり……キーノと勘違いしてシロクロとか言う森妖精(エルフ)を連れ去った単細胞さを基準に考えれば、そもそもナザリックの連中に一貫した行動原理などというものはないのだ、と考えることはできなくもない。

 一方でキーノは、語らった時間は極僅かではあるものの、大魔王アインズ・ウール・ゴウンその人が、おかしなところがちょいちょいありつつも存外理知的な存在であることにはもちろん気づいていたし、当の本人も「シャルティアはオレの下僕(しもべ)の中では最もおつむの足りん部類だ」と断言したのであるから、むしろシャルティアのお馬鹿っぷりはナザリックの中では例外的なものなのかもしれない。トブの大森林と何らかの盟約を結び壮大な果樹園を経営していることも、彼らが単に思いつきで行動しているわけでないことを示唆している。

 

 物事を単純に善悪二元論で考えがちなキーノからすれば、悪党狩りを好む存在は善、ということになる。

 確かにあの大魔王は、リ・エスティーゼの犯罪組織を人知れず壊滅させたり、ド・クロサマー王国建国を助けたりしたのであって、その結果救いを得た人々からすれば、まさにその行為は善、であったと言えよう。

 だがキーノの直感は、疑いなくアインズ・ウール・ゴウンを純粋真性なる邪悪な存在だ、と告げていた。

 

 いや、待てよ。

 

 邪悪な存在、という意味では、覚醒に際して云万人の人命を吸い上げた真祖吸血鬼である自分自身も、疑いなく邪悪な存在だ。そして、自身が邪悪な存在である自覚があるがゆえに、より邪悪な魔女(ラナー)に一杯食わされたことを例外に自身の依って立つ吸血すら拒み続けてきたものだが、そもそもキーノには吸血に際し、犠牲者を眷属に迎え入れるか、そのままただの吸い(かす)として消滅させるかを選択する自由がある。

 だから時折、本当に時折、星や月の巡りによるものだろうか自身の吸血鬼の本性が突き抜けて活性化されるある時期に、殺しても構わないような真性の悪人であれば吸血して滅ぼしてやっても構わないじゃないか、という思いが脳裏いっぱいに広がって、これを慌てて自ら打ち消す、ということがある。

 吸血の欲望が自らを正当化する詭弁を生んだものだ、と彼女が考えるゆえだが、よもや……とは思うが、実はあのアインズ・ウール・ゴウンも同じような存在だ、と考えることができるのではないか。

 つまり、アインズ・ウール・ゴウンも自分同様に本能的に何者かを殺すことを欲する存在であり……外見から判じればそれは決して的外れな仮定でもないだろう……だが、彼自身もまたキーノ同様に彼のそういった性向に否定的であって、さりとて殺さずにはいられないので折り合いをつけるべく殺しても構わなそうな悪党狩りに興じている、と説明することが可能なのではないか。

 だが、そもそもこの考え方自体が、キーノ自身の本能が、だから私も悪党であれば血を吸ってもよいのだ、嗚呼、血を吸ってやりたい!と訴えるがゆえに弄んでいる詭弁でない保証はどこにもない。

 

「アインズ・ウール・ゴウン……か。出食わしたくはないが、機会があれば今一度語らってもみたいな。」

 

 思わずぽろりとその名を口にしてしまいキーノは慌てるが、隣にいるクゥイア……かクゥイナか、相変わらずわからないが、そのどちらかであるはずの忍者は、キーノの独り言に関心がある様子はなかった。

 

 が!

 

「アインズ様は、いくら可愛らしいとはいえ貴女(あなた)如きにかかずらうほどお(ひま)ではありませんでしょう。」

 

 惰性から今も専属監視を続ける眷属(ゴキブリ)を通じてこの様子を垣間見る恐怖公が、そう呟いたことなどキーノには知る由もない。

 

 恐怖公が……

 キーノを可愛らしい、と思っていることも!

 

 

                    *

 

 

 ちょんちょん。

 

「アァ、気ヅイテイル。

 ……キーノ、ハドウダ?」

 

 いつものように左肩にちょこんと乗ったクゥイナに頬を(つつ)かれて、ぽそり、とギンはそう言った。

 

「ずっと付いてくるな。」

 

 エ・アセナルを離れて四日目、八日を想定していたリ・エスティーゼまでの行程の中程、今日の昼頃にはかつての国都リ・ボウロロールを通過しようか……目下の同市で宿など求められようはずもなく、立ち寄る理由はまったくなかった……などと考えていた午前中に、<朱の薔薇>の面々は何者かに並走を受けていることに誰からともなく気づいていた。

 

「騎馬が二乃至(ないし)三。半刻前に駆け去った者一騎。」

 

とギンの右肩のクゥイア。

 

「手勢を集めに走ったか?

 妙だな。こちらが隊商でもあればともかく、ギンを見て敢えて手勢を集めてまで事を仕掛けるか?」

 

「前ノ連中ノ荷ノ話ガ何処カデ漏レテイテ、ノコトヤモ知レンナ。」

 

 宝物の(たぐい)は、ときに人の損得勘定を狂わせる。

 ギンは、クゥイアを走らせて先をいく三人組を足止めさせ、追いついて事情を説明した。

 

「トイウ次第ダガ、心当タリハアルカ?」

 

 なお付かず離れずで伴走する者に気取られぬよう、敢えて歩みを()めずにギンは問うた。

 ジェイムズ、ルコウルスキはただ黙々と歩き続けるのみで、これに応じたのはネッドだ。

 

「ご承知の通りかなり高価な物であるのは事実ですし、防諜万全であったかと問われれば決してそうだとは申せません。皆さんを巻き込む形になってしまったことは何とお詫びを……」

 

「いや、それは構わない。おまえたちが狙われてのことか、も今の時点では判断がつかんからな。」

 

とキーノ。

 

「乗リカカッタ船ダ。安全ハ保証デキンガ、今カラ言ウコトヲヨク聞イテクレ。」

 

 ギンは、相手方に騎馬がある以上背を見せて逃げるのは論外であるので、<朱の薔薇>は半弧を描く陣形を採るので三人組は常にその内側にあるように、恐怖に負けてそこから飛び出した場合、(かたき)はとってやれるが守ることは叶わない、と告げた。

 三人組も、真意のほどはわからないが、ただ黙って頷いて了解を示す。

 

「クゥイア、クゥイナ、降リテ両脇ヲ固メテクレ。

 キーノハ、私ガ言ウマデハ先制ハ控エテ欲シイ。」

 

「承知。」

 敬礼。

「承知した!」

 

 以降は会話なく、七人はただ黙々と街道を進んだ。

 

「アン?」

 

 頭一つ抜き出たギンが前方の異常に気づいて声をあげたが、その調子が明らかな危険に気づいてのものでないことにキーノが隣を見上げてその表情を伺う。ギンは顔を前の方に突き出して、さらには道中ずっとかけていた日除け眼鏡(サングラス)を一旦外して改めて前方を凝視していた。

 

「ドウモ……妙ナ具合ニナッテキタゾ。」

 

「……そのようだな。ちょっとこれは……想像していなかった事態だ。」

 

 キーノも自分たちの行方を遮る存在に気づいてそう漏らす。

 街道に立ち塞がっていたのが、槍衾を構えた目測百人強の軽装歩兵だったからだ。

 

 

 

 はて、どうしたものか。

 とギンは呻吟しつつ、片手を挙げて一旦皆の歩みを制し、自身は日除け眼鏡(サングラス)を掛け直した。

 

 百歩も歩けばかち合うであろうそれは、横二十人ほどが五列になった典型的な槍衾の方陣だ。身につけている革鎧は、不揃いながらも伝統的な王国軍徴用兵の軍装。その背後に二十人ばかりの既に長弓を構えた弓兵が見える。まだ矢は引かれてはいないが、然るべき号令がかかれば一斉射は出来るだろう。

 

 無論、ギンが得物の戦槌(ウォーハンマー)を即座に構えて突進すれば中央の数人を薙ぎ払って一気にこれを崩すのは容易だ。矢の二、三本は喰らっても、痛くなくはないが大した怪我にはならない。ここにキーノが雷撃(ライトニング)でも一発放てば一息に片はつく。三人組が無傷かどうかは運次第だが、クゥイア、クゥイナに明示的にその防護を命じれば、彼らにまで届く矢は一本とてあるまい。

 つまるところ、これは戦力、戦術的には<朱の薔薇>にとって深刻な事態では決してなかった。

 

 問題は、曲がりなりにもこれが実体を失って久しいとはいえボウロロープ侯国としての軍事力発動なのだとしたら、これを問答無用に押し通る行為はどのような事由があるにせよ、侯国側から見れば賊、敵対行為と判じられても文句が言えないことだ。

 ましてや、目前の彼らが知っているかどうかはともかく、自身が少なくとも帝国自由都市群では相応の有名人であることには自覚があるので、一旦事を構えてしまってからの知らぬ存ぜぬが通らないのは予想がつく。場合によってはエ・レエブルとリ・ボウロロールの間の政治問題に発展しかねない。

 一方で、そこまでは当然相手方にも読めるから、<朱の薔薇>がそう考えて無理を通そうとはしないと考えた上での賊の欺瞞工作、という可能性も否定はできないことになるが、しかしそんなことに百人以上の人員を動員できる野盗、というのもちょっと想像し難いのもこれまた事実。

 

 幸いなのは、同じことを考えてか、あるいは余りの想像の埒外の事態に固まってのことかは定かでないが……おそらくは後者だろう……キーノ小母(おば)さんが無理に押し通る構えを見せないことだ。その持てる力からすればやむを得ないことながら、キーノ・インベルンに自身無自覚なままに力任せで問題解決を図るきらいがあることは元より承知している。

 

 そうこうするうちに馬の蹄が聴こえて、おそらく先程来伴走してきた者たちであろう、やはり王国風のこちらは正規の騎兵軍装を纏った二騎が、大きく迂回して前方の方陣の左右にそれぞれついた。これは明らかに軍隊の流儀だ。

 やがて、方陣の背後からじゃーんと銅鑼の音がして、槍衾が決して整然と、ではないが、おずおずと左右に(ひら)き、奥手からやはり一騎の騎兵が進み出てきた。馬上の人物は随分と若い男性だが、明らかに士官服とわかるぱりっとした装束を身につけている。

 ギンはその士官に、出会ったばかりの時分の、弟子であり親友でもあるリキウス・アインドラに顕著であった、過分に粋がった向こう見ずの若者特有の姿を重ね見ていた。

 

 その騎兵は、二馬身ほど方陣の前に出て馬を止め、ギンたちに向かって高らかにこう告げる。

 

「男爵、アキリ・クウェールである。役儀により、荷を改めさせてもらう!」

 

と。

 

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