億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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旧ボウロロープ侯領の街道をいく<(あけ)薔薇(ばら)>一行の前に立ち塞がる王国軍歩兵の一個大隊、その真意や如何に?


信あれば頼あり(2)

「男爵、アキリ・クウェールである。役儀により、荷を改めさせてもらう!」

 

 馬上の士官の言葉に、ガ・ギンはたちまちに応じる言葉がなかった。

 

 言葉通りにこれを信じるのであれば、実情としてどうであれ<(あけ)薔薇(ばら)>はボウロロープ侯爵領内の街道を()りて旅する者であり、その街道の権を有する者が求めるのであれば荷改めに応じるのは不文律の義務だ。

 が、このいささか時代錯誤な感も受ける一団がただのなりきり(コスプレ)集団に見えるのもこれまた事実。自分たちが酔狂でそれに付き合うのは勝手だが、たまたま同道を許したのみのネッドたちにそれを()いる謂れはないし、万が一この集団が偽装した賊であれば、おそらく狙いはネッドたちが運ぶ値千金(あたいせんきん)(ぎょく)であり、一つ間違えるとその搾取に助力することにもなりかねない。

 

 力づくで押し通るのは容易いが、であればこそ俄には判じ難い難問だ。

 こんなとき、リキウスが傍らに居てくれたならば……

 

 否、その考えは今、共に在ってくれるキーノ、クゥイア、クゥイナに対してあまりにも礼を失するものだろう。でありながら、この頼もしい三人の仲間が、ことこの手の判断についてはまったく当てにならないのもこれまた事実なので、ここは自分が決断するしかない、とギンは腹を括った。

 

御名(ぎょめい)ハ承ッタ。」

 

 まずギンは厳かにそう言った。

 極めて温厚で理知的なギンではあるが、それに相応せぬ並外れた体格をしているがゆえに、自身が理に適った正論を淡々と述べると、それを聞かされる側からすれば恐ろしい恫喝になってしまう場合もあり得る。ここは慎重に話を進めなければなるまい。

 

「名乗ラセテモラウ。」

 

 相手が荷を改めたい、と既に表明していることはわかっているので、敢えてそのまま名乗りを挙げず、相手にそれに耳を傾けるつもりがあるのかを伺う。

 アキリ、と名乗った士官は意外にも、

 

「承ろう。」

 

と応じた。

 ギンは朗々と告げる。

 

「我々ハ、帝国自由都市エ・レエブル、ノ、青生々魂(アポイタカラ)級冒険者<(あけ)薔薇(ばら)>。私ハ首魁(リーダー)代理、名ハ()、家名ハ(ぎん)。見テノ通リ、戦妖巨人(ウォートロール)ノ血ヲ引ク者ダ。日除ケ眼鏡(サングラス)(はず)サヌハ、我ガ真紅ノ眼差シガ貴殿ヲ畏怖セシメンヲ憚ッテノコトデ他意ハナイ。諒サレヨ。」

 

「ご丁寧な答礼痛み入る。

 不躾ながら、青生々魂(アポイタカラ)、とは耳慣れぬが……如何(いか)に?」

 

 この時点で、少なくともこのアキリという男は賊ではなく、真に貴族だ、とギンは判じた。

 

「我ラハ<バベルノ災厄>ニ際シイササカ功アリテ、エ・レエブル市参事会ノ推挙ヲ以テコノ名乗リヲ許サレタ。疑義アラバ市ニ問イ合ワセルガ(よろ)シカロウ。」

 

相分(あいわ)かった、此方(こなた)の無知を許されよ。」

 

 こう応じたアキリは、すっと右手を払った。

 背後の兵卒が構えていた槍と弓を下げると同時に、ふぅー、と少なからぬ溜息が漏れ聞こえ、途端にアキリは背後を振り返って、コホン、と一つ咳払い。たちまちに兵達(みな)が改めて姿勢を正した。

 

 この様子にギンは、兵たちもまた賊などではなく王国伝統の徴募兵であること、でありながら相応の訓練を受けている者たちであり、馬上のアキリがその信を得ていること、アキリもまた、兵たちに恥をかかせぬよう気遣いする感性が備わっていることを悟った。

 この時点まで気にもしていなかったが、よく見れば兵たちは(みな)足元が覚束ないほどに震えている。自分たちでは押し(とど)められそうにもないギンとの対峙に緊張を強いられていたがゆえであり、でありながら彼らがアキリが構えを解くことを許すまで逃げ出すことなく踏み(とど)まったのは、(ひとえ)にアキリがそれに(あたい)する関係を兵たちと常日頃から取り結んでいるから、であることは、ギンの目には明らかだった。

 

「貴殿の堂々たる体躯に、よもやとは思えども念には念を入れて敢えて隊を率いて街道を封鎖させてもらった。礼を失する行為であったことは詫びよう。」

 

とアキリ。これにギンはただ黙礼で応じて了解を示す。

 

「で……荷の改めには応じてもらえるだろうか?」

 

 ギンは片手を上げて少し待て、とこれを制した。

 やおら振り返ってネッドに問う。

 

「私ノ見ルトコロ、彼ハ賊ナドデハナイ。関税ナドヲ求メラレルコトガナイトハ言エナイガ、ヨモヤ問答無用ノ押収ハナイト思ウ。無理強イハセンガ、応ジルガ(きち)ダ。」

 

 ネッドは黙って頷き、ギンは後背に提げていた戦槌(ウォーハンマー)を大地に置くことで荷改めの受け入れをアキリに示した。

 

「理解に感謝する。」

 

 アキリがそういうと、やはり方陣の後方にあった数人の官吏らしき男たちが駆けて来て、ギンたちの荷物を改め始めた。食料以外はほとんど嵩張る荷はないので、すぐに問題の(ぎょく)が収まった行李(バックパック)だけが残った。

 

「傷が少しでも入りますと値打ちががくんと下がるものですので。」

 

 そういいながらネッドは地面に柔らかい布を敷いてから、一つ一つ(ぎょく)を布の上に並べていった。その妖しげな薄緑色の光沢に官吏たちの誰もが息を呑むも、これを(ほしいまま)に取り上げる素振りの者はいない。万が一にも傷をつけて代金を請求されては(かな)わない、とでも言わんばかりにおっかなびっくりの検分を終え、アキリに「荷には怪しいものはありません」と復命した。

 これを受けてアキリは、

 

「貴兄らには迷惑をかけてすまなかった。旅の無事を祈っている。」

 

と深々と頭を下げたので、ギンはもちろん、キーノも、よもや秩序崩壊して久しいと聞く当地にこんな時代錯誤な貴族然とした士官がいようとは、と驚きを隠せなかったのだが……。

 

 彼らが真に驚くのは実はこれからだ。

 

 双子忍者の一方が……黙って行動開始したので、クゥイア、クゥイナのいずれであるかは誰にもわからない……ひょいと飛び出すや、妖しげな輝きを放つ(ぎょく)を一つ、行李に収めようとしていた二人の荷担ぎの隙をついて掠め取ったのである。

 

「おぃ!何やってんだ?」

 

 誰もが呆気に取られる中、キーノだけが辛うじてツッコミの声を上げたが、その隣で双子忍者のもう一方がぽそりとひとこと。

 

Une boîte chinois(ユヌボワッシノワ).」

 

 ということは、(ぎょく)を掠めたのは無口なクゥイナ、ということになるが、それがわかったから何だというのか。というか、ボワッ……って何だ?

 

 などとキーノが思い悩むうちにも、クゥイナは追いかけるネッド、ジェイムズ、ルコウルスキをひょいひょいとかわしながら両手の中で(ぎょく)を弄び続けた。

 

 そして。

 

Sésame(シサム), ouvre-toi(ウヴトヮ)!」

 

 クゥイアがそう言い放った瞬間、クゥイナの手の中の(ぎょく)が、ぱかりと二つに割れたのだ!

 

 おいおいおぃ……。

 それ、私たちで弁償できるような値段なのかよ?

 

 とキーノは頭を抱え込むが、どうしたことか、それまでクゥイナを追いかけ回していたネッド、ジェイムズ、ルコウルスキが、壊した(ぎょく)の弁償を求めるどころか(きびす)を返してアキリたちの方陣とは逆方向へぴゅーと逃げ去ろうとしているではないか!

 

 な……何が起こってるんだ?

 

小母(おば)サン、頼ム!」

 

 ギンの大きな声にキーノは(われ)に返った。

 訳が分からないのは相変わらずだが、ギンが何を求めているのかはもちろんわかる。

 

 ふわっ、と羽毛のように軽い(しな)やかなその身体(からだ)が宙を舞い、背を向けて逃げた三人組を飛び越してその目前へ音もなく着地する。すっ、と頭巾(フード)に隠した顔を上げれば……途端に三人組はへにゃへにゃと膝をついてその場にへたり込んだのであった。

 

 その間にも、クゥイア、クゥイナの双子忍者は、何事もなかったかのような平然とした様子でギンに歩み寄り、手中の二つに割れた(ぎょく)を示して見せた。一見、面一(つらいち)の球体に見えたそれは中空になっていて、(なまり)か何かで裏打ちされておりそれは重りを兼ねているようだ。

 

「何カ仕掛ケガアッタノカ?」

 

 どうやら、手順を承知しているものが正しく捻りを加えれば開くようになっていたと見える。これを受け取って検分するところへ、下馬したアキリが駆け寄って来た。

 

「どういうことだ?」

「ムシロ、聞キタイノハコチラノ方ダガナ。」

 

 ギンは片手の上に乗ったそれをアキリに見せる。

 (ぎょく)の内部には油紙で包まれた何かが詰まっていた。

 アキリは即座に官吏を呼び寄せそれを調べさせる。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の鑑定を待たねば断言は出来ませんが、おそらくはこれではないかと。」

 

と官吏が復命する。

 

「魔法詠唱者ガ必要ナラバ、俄ニハ信ジ難カロウガ、我ラガキーノ・インベルンハ第六位階ノ魔法詠唱者ダ。」

 

「だ、だ、第六位階!本当に?」

 

 アキリと官吏はあからさまに狼狽したが、ギンはこれにさらりとこう返した。

 

「驚クノハ当然ダガ、本人ノ前デハ言ワヌコトダ。

 証明ニ、ト、トテツモナイ雷撃ヲ見セツケラレテ、貴殿ラノ心的外傷(トラウマ)ニナル。」

「んなワケないだろう!

 というか、ギン!さっき、どさくさに紛れて私を何と呼んだ?」

 

 <魅了の魔眼(まがん)>で仮初(かりそめ)の支配下に置いた三人組を引き連れたキーノが、不平を口にしつつ合流してきた。慌ててギンは釈明しようとするが、そのとき、彼方から馬の蹄の音が聴こえてきて意識がそちらに向かった。

 

 耳を澄ませばその方角から、何やら、知ってはいるがたちまちに誰のものであるかは思い当たらない、懐かしく感じる男の声がする。

 

「しばらく!その(いくさ)、しばらく!」

 

 アッという間に駆け込んできた一組の男女を乗せた早馬がギンとアキリの間に割り込むような位置を取り、馬上の男はこう告げた。

 

「その巨人は義の巨人なれば、詮議は無用!」

 

 はぁ?

 

 ギンとアキリはほぼ同時に馬上の白い法服の男に視線を向けるが、驚いたことに、その人物はギンにとっては決して忘れようもない神官戦士(パラディン)だったのだ。

 

「ダラム……エリュシオン、ノ、ポール・ダラム、ナノカ?」

 

 ギンは、記憶のそれよりは既に随分と老けて見えるその姿に溜息を漏らした。

 

 

                    *

 

 

「私は、ガも男爵も、その辺りは心得ておいでの(かた)だから慌てなくとも大丈夫、と言ったのですよ。」

 

 ふふふ、と笑いながらそう言ったのは、軽装の女戦士(ヴァルキュリア)マリア・デルカ。

 ギンが長く「リ・ロベルの触れ得ざる者」と評してきた冒険者集団(チーム)エリュシオンの知恵袋にあたる女性だ。

 

「騒ぎに巻き込んだ詫びに、今夜の宿を提供したい。」

 

 アキリにそう告げられ、<朱の薔薇>の一行はネッドたち三人組を連行しつつ、アキリの連れた歩兵団と共にリ・ボウロロールに入市した。

 市街は噂通り(すさ)んでいて目につくのは難民然とした住民ばかりだが、その多くは行進するアキリの一団に気づくと、決して正式なそれではないが礼を執る様子を見せた。それを捧げられるアキリもしばしば下馬して礼を捧げた老若男女に気安く声をかけ「その後難儀はないか」「あの子の病は癒えたか、それはよかった」などと言っている。

 知らぬ間に何か変化があったようだな、とギンは確信していた。

 

「ひとまずはこちらに。」

 

と通されたのは、兵の詰め所になっていると思われる建物で、先に街道でギンたちの行く手を阻んだ者たちと似たような格好をした男たちがいて、やはりアキリが入室すると礼を執った。

 

「大したもてなしも出来ないが。」

 

 席を勧められた<朱の薔薇>には、紅茶と、焼いた麦を鶏卵で固めた菓子が供せられた。茶は良からず悪からずの品で菓子は甘味(あまみ)も少なく素朴なものであったが、供する者の真心が伝わる味だ、少なくともギンはそう感じた。

 

「男爵が街道を南下する巨人一行を臨検すべく大隊を連れに戻った、と耳にして、ガに違いない、ガも男爵も出来た御仁ゆえよもや衝突することはあるまい、とは思いましたが、さりとて万が一のこととなれば話を持ち込んだ我々としても申し訳が立たない、と思いまして、慌てて馬で(あと)を追ったのですが……返って礼を失するものでしたね。」

 

 既に老境に入った風格を見せる白い法服の神官戦士、ポール・ダラムは、マリアの苦言に対してそうおどけて見せた。

 

「いや、ダラム殿のお心遣いはもっともと存ずる。正直なところ、ギン殿と一戦交えることともなればどうなったものか、と気を揉んでいたのでありがたいことだ。」

 

 男爵アキリ・クゥエールもからりとそう応じた後、まだ仔細を呑み込めない<朱の薔薇>に事情を説明し始めた。

 

 曰く、アキリにとっては主君となるアンドルー・ワースという子爵があって、長くボウロロープ侯領東端の自身の封土の維持のみに努めていたが、齢六十を迎えた二年ほど前、自身の今生における最後の仕事と一念発起し、種々問題はあれども恩義のあるボウロロープ侯爵家再興を決意したのだそうだ。

 ワース子爵は領民からは敬愛されていた人物だったので、子爵がそう言うのであれば、これまで子爵の厚遇に農地を安堵されていた恩義は自分たちも同じなので、と領内の若者たちも賛同を示し、野良仕事の都合もあって常に全員が揃うわけではないが、最大三百人の動員が叶う軍勢が揃った。

 

 その訓練と指揮を任されたのが、子爵が、まだ至らぬところが多いとはいえこんな僻地に埋もれさせるには惜しい人材だ、と目していたアキリだった。

 

 半年前、ついに意を決した子爵はリ・ボウロロール市の掌握をアキリに命じ、目論見通り当時城塞都市を占拠していた破落戸(ごろつき)たちを追い払うことに成功、以降、その復興に尽力してきたのであるが、これを資金面で支えてきたのが、以前から商売上の付き合いでワース子爵と少なからぬ関係を結んでいたリ・ロベルの参事会議員ヴァイオレット・モサラなのだという。

 

「我々はそのモサラ参事の依頼で、以前からワース子爵との間をしばしば往還していたのです。」

 

とポール・ダラムは言う。

 

「ナルホド、エリュシオント当地ノ(えにし)ニツイテハ理解シタ。

 デ……今日ノ出来事ハ一体ドウイウ(わけ)ナンダ?」

 

 ギンは素直な疑問を呈するが、これには先にキーノが答えた。

 

大方(おおかた)想像はつく。

 まだこんなモノがあるとは思いもしなかったが、<ライラの粉末>だ。」

 

 既に鑑定魔法で(ぎょく)に隠されていた中身を把握している彼女がそう言う。

 ライラの粉末、あるいは、黒粉、の通称で呼ばれるそれは極めて依存性の高い麻薬の(たぐい)で、百二十年ほど前の今は亡きリ・エスティーゼ王国を内から蝕んだ害悪の一つだった。

 

「インベルン殿は、お若いのに随分と物知りだな。

 私自身、こんなものは見るのはもちろん、百年前の王国に蔓延っていたなど聞くのも初めてだ。」

 

とアキリが驚く。

 

「大した話じゃない。その場に居たからだ。」

 

()られた……とな?」

 

「我ラガ魔法詠唱者(マジックキャスター)ハ見タ目通リノ存在デハナイ。

 コンナ幼気(いたいけ)ナ少女ニ第六位階魔法ガ扱エヨウハズモナカロウ?」

 

「なんと!」

 

 アキリは驚愕を隠さないが、対してエリュシオンの二人は特にこれに反応を返さなかった。

 さもあらん、とギンは思う。

 

「モサラ参事の政敵となるいささか不行状な者があり、以前からエ・アセナルの奥地で密造されるそれを取り寄せていたようです。本人が勝手に楽しんでいる分には問題もなかったのでしょうが、リ・ロベル市内にも少量ながら出回るようになりました。」

 

 ポール・ダラムが語るところによれば、モサラはそれが誰の仕業で、どこから運び込まれているかは大凡(おおよそ)の当たりこそつけていたものの、決定的な証拠を欠いたままでその罪を問えば、政争の具となってしまうことを案じたのだそうだ。

 

「そこで、あと四人の参事と語らって、一見そうとはわからないが議決されれば結果的にリ・ロベルの港に入る船の荷の検疫を強制できる議案を、それぞれに独立したものを装って参事会に提出しました。これが見事当たり目を引き出して……」

「当たり目?」

 

 なんだそれは?と疑問を呈したのはキーノ・インベルン。

 これには、そう思われて当然でしょう、といった感じでマリア・デルカが答える。

 

他所(よそ)(かた)はたいてい驚かれますし、私も初めて知ったときは呆れた()()ですが、リ・ロベル参事会の議決は賽を振って出た目で決すると聞いています。」

 

「五つも議案を出せばどれかは当たるでしょう。実際二つが議決されたそうです。」

 

 この話もさることながら、キーノは噂に聞いた、自身は初めて相見(あいまみ)えるリ・ロベルの触れ得ざる者、エリュシオンの二人にいささかの緊張を強いられている。

 これまで<朱の薔薇>はエリュシオンから捜索を委託されたところの<石碑>を三度発見しこれを彼らに知らせているが、リ・ロベルへの訪問はリキウスがこれをおこなってギンとキーノは留守番するのが常であり、リキウス引退後に発見はなかったので、キーノ自身は噂には聞かされつつもエリュシオンの面々とはこのときまで直接の面識がなかった。

 見たところ、二人共に腕の立つ老獪な(ヴェテラン)冒険者、という印象だが、あからさまな強さを感じさせないのが返って不気味だ。

 

「後は語るまでもないかとは思いますが。」

 

とダラム。

 

「当然議決の顛末は問題の参事も承知で、さりとて既に依存症に陥っている者は辛抱も出来ませんから、これを陸送するのは間違いありません。」

 

「ダラム殿からこの話を承り、これまでに支援いただいている義理もあるし、何より麻薬のようなものを市井にばら撒く輩は私とて面白くは思わぬゆえ、街道を哨戒して臨検に当たっていた、という訳だ。そこへギン殿が現れたので、これは騎馬三騎で押し(とど)められる相手ではない、と判じ、以てかような仕儀となった次第。

 そちらの、見分けのつかぬ双子殿の機転がなければ危うく見過ごすところだった。改めて厚く御礼申し上げる。」

 

 頭を下げられたクゥイア、クゥイナは、これにまったく反応を返さなかった。

 慌ててギンが取り繕ったが、これを横で見ているキーノとしては、別にこの二人は何かを気遣ってアレをやったのではなく、単に忍者の眼力でからくりの存在に気づいてしまった以上、()けずにはおられなかっただけなのだろう、と考えており、実際にそれが真相だ。

 

 この後、キーノは引き続き<魅了の魔眼(まがん)>で支配したネッドに、洗い(ざら)い白状させた上でその証言を自ら(したた)めさせ、署名血判を強いた。以て、エ・アセナルの何処に麻薬製造の拠点があるのか、リ・ロベル側で誰がこれを受け取る予定であったか……問題の不行状の参事自身の名こそ出なかったが、仲介していると思しき何人かの商人が明らかになったのでそれで十分だとダラムは請け負った……が明らかになった。

 

 麻薬製造の拠点については、主君に諮った上でアセナーラ子爵に善処を求めることになる、とアキリは言う。元より子爵も自領を発した麻薬が他国に蔓延ることを喜びはしないだろうし、ましてやその持ち出しにエ・アセナル虎の子の(ぎょく)が悪用されたことを知れば、おそらくは激怒して苛烈な処断を加えるに違いない、と彼は予想している。

 

 エリュシオンの二人は、この血判証言と三人組の身柄をモサラ参事に届ければ自分たちの任務(ミッション)が完了となること、多額の謝礼が予想されるので追って分け前をエ・レエブルに届けたいと申し出たが、これはギン、キーノ共に重ねて謝絶した。

 今回の顛末はまったくの偶然で、一つ間違えれば自分たちが麻薬密輸の片棒を担ぐ羽目になったのは明らか、謝礼など受け取れる筋ではない、と恐縮してのことだが、これについてはポール、マリア共に特に反論はせず、自分たちは夜を通して駆けるので先に失礼する、とその場を辞した。

 

 キーノは、今少しエリュシオンの二人と語らってみたい、とは思ったものの、強いてそれを口にすることはなかった。真の力量は未だ不明瞭ではあるものの、少なくとも彼らは大魔王アインズ・ウール・ゴウンのような化け物には見えない。そして、ギンと二人の会話の様子から、(あせ)らずともそのような機会はいずれ訪れよう、と考えたからで、実際、その機会は思ったよりも早く向こうからやって来ることになる。

 

 

                    *

 

 

「それは面白いお話ですわね。」

 

 元<朱の薔薇>の名目上の司令塔(リーダー)、現エ・レエブル参事会議員リキウス・アインドラは、妻子と共に中間層の市民が多く暮らす極一般的な集合住宅(インスラ)の最上階を借り切って暮らしている。一男ニ女に恵まれ、参議会議員活動を補佐する数人の書生、家事手伝いも含め結構な大所帯なのでこれでも手狭なくらいだ。

 その生活費、政治資金は義父ビョルケンヘイム元参事一門の商売上の儲け、<朱の薔薇>がこの旅でも回収したリキウスがこれまでに取りまとめた商いの手数料の一部、などで賄われている。

 

 ギンたちは、エ・アセナルを訪れた当初の目的……若き日のリキウスが成立させた(ぎょく)の取引契約の決済と更新、についてはいちいちリキウスに帰投を報告するようなものとは考えていなかったが、結果的に巻き込まれたリ・ボウロロープでの一件は政治的な色彩も濃厚なため、念のためリキウスの耳にも届けておくがよかろうと判断し、エ・レエブルへの帰着後その足でアインドラ家を(おとな)ったものである。

 

「でも、もっとよい方法がありますのに。」

 

 リキウスの妻で、リキウスに参事会の議席を譲った口入れ業ビョルケンヘイムの末の娘リュシは、一連の話に夫と共に耳を傾け大層面白がった後、にこりともせずにそう語り始めた。

 

「海路封鎖が運び屋の陸路への誘導を狙ったものであるのは誰の目にも明らかなのですから、彼らはそこに自ら飛び込んだりせず、むしろリ・ロベルへ向かう船に積まれたモサラ参事宛ての荷に黒粉とやらを忍ばせればよかったのです。」

 

 ……また始まったぞ、おい!

 と、ギンとキーノは顔を見合わせる。

 

「しかし、それでは黒幕自身は黒粉を手に入れられまい。」

 

と真顔でリキウスがツッコミを入れるも、リュシはやはりまったく表情を変えることなくこう言った。

 

貴方(あなた)は清廉潔白が過ぎます。何のための権力ですか?政敵に濡れ衣を着せた後、自身は何食わぬ顔でその荷を参事の権で差し押さえればよろしいでしょう?」

 

「ゴ、ゴモットモ。」

「あははは……はぁ。」

 

 リュシ・アインドラは、物事を成すための段取りに強い関心を示し、実際にそこに誰もが目を見張る能力を発揮する一方、その結果何が為されるかについてはまったく関心を示さない特異な性向の持ち主で、ギンもキーノも、これまでにうんざりするほどそれを見せつけられ続けてきたため、愛想笑いで応じるほかなかった。

 

 この奇矯な女傑に惚れ込んだ夫、リキウスだけが上機嫌で、

 

「リュシが俺の妻であることが幸いだ。

 敵に回したらエラいことになるからな!」

 

と、惚気(のろけ)なのか痘痕(あばた)(えくぼ)なのかよくわからないことをのたまい、これもギンとキーノをいつものように呆れさせた。

 

「仔細は掴んでいなかったが。」

 

と改めて真顔に戻るリキウス。

 

「リ・エスティーゼ、またはリ・ロベルの参事の息のかかった者が旧ボウロロープ侯領に影響力を発揮しようとしている、という噂は、実は以前からあったんだ。」

 

「ダロウ、トハ思ッテイタガ。」

 

 ギンも、薄々はそういうこともあるだろう、と考えていたらしい。

 

「もっとも、俺たちエ・レエブルに、そこに文句を言う筋合いはない。

 <バベルの災厄>後、リ・ブルムラシュールに対して最初にそれをやり始めたのは、相手側から求められてのこととはいえ、(ほか)ならぬ俺たちエ・レエブルなんだからな。」

 

 今なお混乱するボウロロープ侯領、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)の計らいでアーグランド評議国に吸収されたウロヴァーナ伯領に並び、旧リ・エスティーゼ王国貴族領由来の三大勢力の一角であったブルムラシュー侯国は、<バベルの災厄>後の事態収拾にエ・レエブルの支援を求め、エ・レエブルは侯爵を事実上廃立すると共に国都リ・ブルムラシュールの共和都市化を目論んだ介入に乗り出し、<朱の薔薇>もそこに少なからず関わった経験を有する。

 が、これは以降二十余年、あまりよい成果を上げてはいなかった。エ・レエブル、リ・ロベル、リ・エスティーゼの三都市が、前例のない帝国自由都市化に自ら試行錯誤せざるを得ず、図らずもその試行錯誤こそが今日(こんにち)の実りに繋がったのに対し、リ・ブルムラシュールは既に三つの成功例が目に見えている状態でこれに取り組み始めたがために、どうしても安易に期待される結果だけを先取りしようとする輩が跋扈して、内実の伴う意識改革が進まないからだ、とリキウスは考えている。

 

「クウェール男爵、とやらは秀才であっても夢見がちな坊々(ボンボン)貴族だろうから……」

 

 それ、おまえが言うのか?と言いたげな胡乱な視線がほぼ同時にギンとキーノから向けられたが、リキウスにそれを気にする様子はない。

 

「……自分たちがリ・ロベルの支援を受けていることを隠そうとすらしなかったのだろうが、リ・ロベルの触れ得ざる者、エリュシオンの連中は、<朱の薔薇>がこれを知れば当然俺の耳に届くことも念頭にあるだろうから、これは何らかの政治的伝言(メッセージ)、と受け取るべきだろうな。」

 

「アマリ深ク考エタクハナイガ、私モソウ考エテ立チ寄ラセテモラッタ。」

 

 ギンは、確かにかつての、出会ったばかりの時分のリキウスはアキリ・クゥエールとよく似ていた、とは思うものの、今のリキウスは似て非なる者だ、とも思う。その頼もしい姿が、ただただ嬉しく誇らしい。

 

「それは考えすぎでしょう。」

 

とリュシが、やはりまったく表情を変えずに割り込む。

 

「エリュシオンとやらは、ギンさんのお人柄に信を置けばこそ包み隠さず事情を明かされたもの。ギンさんが貴方(あなた)に伝えるべきと判じるのであればそれはそれでよいとお考えになったもので、伝わることを前提としていた、と考えるのは思い上がりですよ。」

 

 この(ひと)の物言いは、本当に身も蓋もないな、とキーノは苦笑するが、ことエリュシオンについては実のところリュシの考えは的を射ていた。そもそもエリュシオンにとってリ・ロベルで請け負う事物はすべて、彼らが自身の生涯の仕事(ライフワーク)とするところのついで仕事、でしかないのだから。

 

 一方、リキウスは妻に反論を試みる。

 

「それは、俺も信用されている、ということにはならないのか?」

 

 やはりリュシは表情ひとつ変えない。

 

貴方(あなた)は嘘つきですから。」

 

「いつ俺が嘘をついた?」

 

貴方(あなた)は常日頃から、私が世界で一番可愛いと。」

 

 いったい我々は何を聞かされているんだ、とギンもキーノも頭を抱えざるを得ない。

 リュシは、決して醜女(しこめ)ではなかったが、とにかく感情がまったく表情に出ないので、特にキーノにとっては不気味な存在でもあった。かの魔女ラナー・ヴァイセルフですら使嗾を試みる相手に応じた表情を種々使い分けたものだが、果たしてリュシは、同様の意図から敢えて能面を演じているのか、それとも……そもそも本当に情動が稀なのか?

 

「愛ゆえの盲目を嘘呼ばわりされては敵わんな。なぁ、ギンさんもそう思うだろ?」

 

 ギンは、こっちに振ってくれるな、と迷惑げな眼差しでこう応じた。

 

「自身ヲ盲目ト認メル男ニ、世界デ一番可愛イト評サレル奥方コソ気ノ毒ダ。」

 

「……ははは!こいつは一本取られたぜ!」

 

 その後、アインドラ家と<朱の薔薇>の面々はささやかな夕食を共にし、その席上リュシから第四子懐胎が告げられて、こんなのでヤることはヤってんのかよ!と、ギン、キーノはさらなる困惑へと突き落とされる羽目になる。

 

 

 

「ギン……は、そういうのないのか?」

 

 アインドラ家からの帰路、歩きながらキーノがギンに問う。

 

「ソウイウノ、トハ?」

 

戦妖巨人(ウォートロール)の適齢期に詳しくはないが、ギンもいい歳だろ?

 何ならあのゲ、とかいう義兄弟に村の綺麗どころでも紹介してもらって。」

 

 フフフ、とギンは苦笑する。

 

「彼女ラニモ伴侶ヲ選ブ権利ガアル。

 人間ノ血ガ交ジッタ私ハ喜バレマイヨ。」

 

「ド・クロサマー王国に生まれ育った連中が、人間にせよ妖巨人(トロール)にせよ、そんなことを顧慮するとも思えないがな。それに、妖巨人(トロール)の婦女であれば、伴侶選定の第一義は、見た目よりもまず強さだろ?その点だと、ギンに並ぶ者はそれこそゲくらいしかいないんじゃないか。」

 

 キーノの言っていることが正論であることをギンは百も承知しているが、彼からしてみれば、それはあまりキーノの口から聞きたい言葉ではなかった。

 

 改めて、フフフ、と苦笑してこう嘯いてみせる。

 

「第一、アインドラ家ノアレヲ見セラレタ後ニ、()イテ嫁ガ欲シクナルト思ウカ?」

 

「……ふふ、あはは!それはまったくギンの言う通りだな!」

 

 かくして、天然系朴念仁吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンは、(つい)ぞギンの複雑な胸の内を慮ることが叶わなかった。無論ギンもまた、そんなことは欠片も期待してはいなかったことだろう。

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