億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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リ・ボウロロープの一件から三ヶ月、吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンと混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンの間柄に一石を投じる終章(エピローグ)


信あれば頼あり(3)

「いらっしゃい!お食事ですか、お泊りですか?

 ……あぁ、<(あけ)薔薇(ばら)>の皆さんでしたらお部屋においでです。お呼びして参りますんで、お掛けになってお待ち下さいな。」

 

 エ・レエブルの<朱の薔薇>の定宿に、リ・ロベルの触れ得ざる者エリュシオンの白い法服の神官戦士(パラディン)ポール・ダラムと軽装の女戦士(ヴァルキュリア)マリア・デルカが突然訪ねて来たのはそれから三ヶ月ほど経った頃のことである。

 

「マズハ、掛ケテクレ。」

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンを伴って階下に姿を現した混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンは、初めて連中とここで出会ったときはダラムも、灰色の魔法詠唱者(マジックキャスター)ピーも、勧めても席にはつかなかったな、と思い出しつつ、食堂で立ったまま待っていた二人をいつものCの字席へ誘った。

 

 意外にも二人は素直にギン、キーノに向かい合う位置に着座した。

 

「ガたちにも、その後の顛末をお知らせすべきか、と思いましてね。」

 

 ダラムはまずそう切り出した。

 

「リ・ロベルの問題の参事会議員は本人を除く全会一致で公職剥奪となりました。流石にこればかりは賽の目で決めたわけではありません。」

 

 クク、とギンは(わら)う。

 

「当人はかなり依存症が進んでいるようで、信用も失い進退窮まっているようです。市井の中毒者は、モサラ参事の意を受けて他ならぬ私が癒やして歩きまして概ね片付きました。

 問題はエ・アセナルの密造拠点の方ですが、ワース子爵とアセナーラ子爵の間で話がまとまるのに二ヶ月かかったそうです。まぁ、これでもこの辺りの貴族の皆さんの調整事の中では段取りがよかった(ほう)ではないか、と思いますが。」

 

「ソレハ、ポールノ言ウ通リダナ。」

 

 ギンは苦笑いを浮かべつつ同意を示す。

 

「アセナーラ子爵は万全を期すべく百余名の歩兵部隊を編成し、ライラの粉末が製造されていると目された村に送りました。これには目附(めつけ)としてクゥエール男爵も数人の部下を連れて同行されたそうです。

 が……結果的に一歩出遅れました。」

 

「……村ハ()抜ケノ(から)、ダッタト?」

 

「いえ。」

 

 敢えてダラムは少し間を置いたように見えた。

 

「そこには麻薬密売に携わっていたと見られる者たちの惨殺死体が転がっていたそうです。栽培を強要されていた村人に生き残りがあって、彼らが言うには……

 

 絶えなき苦難の生と揺るがざる安らかな死、あなたはどちらをお望み?

 

と問う赤毛の女性に、苦難の生、と答えて癒やされたのだとか。」

 

「……<進退を問う赤女狐(めぎつね)>か!」

 

と声を上げたのはキーノ。

 

 かつて旧王国を席巻した都市伝説<神隠し>が鳴りを潜めるのに並行して広まったのが、この<進退を問う赤女狐(めぎつね)>に関する噂だ。多くの場合、略奪や強盗の被害者のもとに現れて当人の進退を問い、それを速やかに叶える妖怪の(たぐい)と見做されている。

 無論その正体は、アインズに生存者の後始末を任せられた戦闘メイド(プレアデス)ルプスレギナ・ベータなのであるが、彼らにそれを知る由はないし、まかり間違ってかの狼女(ワーウルフ)に自身が狐呼ばわりされていることを知られる危険(リスク)を思えば、知らぬが幸い、である。

 

 そして、当然のことながらそれが現れるのは決まって……

 

「<漆黒ノ英雄>、ガ手ヲ下シタ……トイウコトダナ。」

 

 漆黒の全身甲冑を纏い、常人には扱えようはずもない両手剣(グレートソード)を両手に一本ずつ携え、問答無用に賊を一刀両断すると聞こえる未だ正体知られぬ英傑……一説にはアーグランド評議国の竜王だ、という噂もあるが、真相は定かでない……<漆黒の英雄>が立ち去った後だ、とされている。

 

「そういうことになるでしょう。」

 

 キーノはこれを聞きながら、改めてきっとナザリック地下大墳墓の連中の仕業に違いない、と考えた。

 思えば百数十年前、リ・エスティーゼ王国に点在した<ライラの粉末>の栽培村を犯罪組織<八本指>諸共に壊滅して歩いたのもあいつらだ。今以て何故あの化け物たちがそんなことに熱心であるのかはわからないが、ひょっとすると大魔王アインズ・ウール・ゴウンその人が、麻薬であるとか、そういった(たぐい)のものに何らかの憎悪を抱いているのかもしれない、と。

 

 もっとも。

 

 アインズ、すなわちかつてのモモンガ、鈴木悟自身も疑う余地なく、ユグドラシル、という名の麻薬の重度依存症(ジャンキー)であったのだから、彼に麻薬をどうこう言える義理があったとも思えないが、なればこそ、その提供者であった<運営>に対する筋違いの(うら)(つら)みが、こちらの世界に渡って以降の麻薬密売に対する苛烈な反応の、本人も自覚していない真の動機、である可能性はあるかもしれない。

 

()()ザル(もの)。」

 

 ぽそり、とギンはそう口にした。

 

「触れ得ざる者?」

 

 自分たちもまたギンからはそう呼ばれていることを知らないダラムは、言葉のままに復唱してその真意を問う。

 

「コノ世界ニハ、我々デハ如何(いかん)トモシ(がた)イ存在ガアル。

 私ハコレヲ、触レ得ザル者、ト呼ブコトニシテイル。」

 

「なるほど……言い得て妙、ですな。」

 

「ソシテ……私カラ見レバ、ポール。

 オマエモソノ、触レ得ザル者、ダ。」

 

 何らかの直感を得て、ギンはこれまで敢えて踏み込まなかった一線を越えた。

 隣では、それを察したキーノが、ごくり、と息を呑んでいる。

 

「ヨモヤ、エ・アセナルノ一件ヲ伝エルタメダケニ立チ寄ッテクレタノデハアルマイ?」

 

 そう言いながらギンは、いつも掛けたままの日除け眼鏡(サングラス)を外し、一目で異形の者とわかる真紅の角膜を晒してじっとダラムを見つめた。

 ダラムもまた、しばらくその真意を探らんとせんかの如くギンの真っ赤な瞳を凝視していたが、ややあってそれまで隣で黙っていたデルカと目配せを交わし、こくこくと互いに頷いて意を決する様子を見せた。

 

「やはりガは、私達が思った通りの義人であられる。

 今日は、改めてお願いしたいことがあって参上した次第です。」

 

と居住まいを正す。

 

「……人払イガ必要カ?」

 

「いえ。誰が漏れ聞いたとて、(かい)する者はありますまい。」

 

 どうやらこのエリュシオンの触れ得ざる者たちは、ついにその触れ得ざる所に触れるつもりのようだ、とギンは理解した。聞く方も覚悟を決めて聞かねばなるまい。

 

「ワカッタ、承ロウ。

 キーノ、モ異存ハナイナ?」

 

「あ……あぁ!無論だ、承るとも!」

 

 ギンとキーノもまた、さきほどダラムとデルカがそうであったように一瞬互いに視線を交わし、言わずもがなに腹を括ってその覚悟を共有する。

 

「では……まず最初に、私は嘘をついていたことをお詫びせねばなりません。」

 

 白い法服の神官戦士は、そう語り始めた。

 

 

                    *

 

 

「コ……イ……」

 

 あれは……そう、確かあれはエリュシオンの連中についで仕事に頼まれていた石碑探しの中でも、三つ目のそれを見つけたときだ。

 石碑を見つけるのはいつも双子忍者、クゥイアかクゥイナのどちらかだ。あのときも、どちらかがそれを見つけて、間違いなくそれであるか検分していたときに、クゥイアが何を思ってか石碑を股ぐらを通して逆さに覗き込みながら呟いたのだ。

 

 実のところ、ラナーが石碑に刻んだひらがなが悉く天地逆であったのは、彼女がそれを学んだスレイン法国の古文書においてもそうだったからだ。

 六大神は「神の文字をご教授ください」と乞うたスレイン法国人に対し、彼らと向かい合った状態で普通にひらがなを書いた。法国人は自分たちの目に見えたままの文字を自分たちの文書に記録し、文字を教授する技術についての知識を欠いた六大神は、そこに孕む問題にまったく気づかなかった。

 

「クゥイア……読メルノカ?」

 

 石碑自体にはあまり深い関心を持たないリキウスとキーノが、発見地点を地図に書き留めようとするのを余所(よそ)に、ギンはクゥイアに問うた。

 こくこく、とクゥイアは頷く。

 

「意味、ハ(わか)ルノカ?」

 

 ぷいぷい、とクゥイアは首を振る。

 

 ギンには知る由もないことだが、ユグドラシル由来のNPCは(みな)、その標準機能(デフォルト)に従ってユグドラシルの標準語であった日本語ひらがなを読むことは出来る。一方で言語設定(ロケール)français(フランス語)と定められたクゥイアは、発声はできてもその意味を解することができなかった。

 

「声ニ出シテ読ミ上ゲテミテクレ。」

 

 自分でも考え過ぎだ、とは思いつつも、ギンはクゥイアにそう命じた。

 

「コ、イ……イ、ジェ、ニ、コ、イ。」

 

 エリュシオンは、石碑に掘られた文字は知られざる超古代文明のそれだ、と言った。

 実のところギンはこれを真に受けてはおらず、何か事情があって我々には明かせぬ何かなのだろう、とまでは察していたが、その意味こそわからぬものの、異なる言語であれおそらく音韻は共通することになるであろう地名、イジェ、がここに登場することが偶然であろうはずがない。

 

 そう、イジェ、は、<朱の薔薇>とエリュシオンの馴れ初め、彼らからそこまでの道案内を求められた、当時はウロヴァーナ伯国領であった荘園の名だ。

 

 この荘園の名は、少なくともリ・エスティーゼ王国成立以降に与えられたものであるから、その歴史はいくら長く見積もっても三百年以上遡ることはないはずだ。超古代の文明が三百年前までなかった地名に言及しようはずはないから、石碑が超古代文明が残したものだ、という命題の真偽は明白に偽、ということになる。

 連中は、そのイジェの地で決定的な発見に至った、と言っていたが、自分たちがこうして発見した三つ目の石碑に、イジェ、の名が現れるということは、おそらく過去二つも同様であったに違いない。ということは、この石碑は、この文字が読める何者かを()()のイジェへ導くべく設置されたものだ。

 

 そして、意味こそわからぬものの双子忍者がこれを読める、ということは……!

 

 

 

「石碑……ダナ。」

 

とギン。

 

「……お気づきでしたか?」

 

「無論、真ニ意味スルトコロハ(わか)ランガ、薄々ハ。」

 

「流石はガだ。」

 

「世辞ハ無用ニ頼ム。」

 

 この短いやり取りに、エリュシオンが超古代文明の石碑を探している者だと聞かされて素直に信じていたキーノは困惑せざるを得なかった。

 

「石碑は、我々をイジェの村へ(いざな)うべく置かれていたものです。」

 

 さらり、とポールはそう言った。ギンはただ、さもあらん、と頷くのみだが、その地名に心当たりのあるキーノはさらに困惑の度を深めた。

 

 イジェ……は、自身が不用意に不死者(アンデッド)の力を与えてしまった魔女ラナー・ヴァイセルフが、その晩年を暮らした荘園ではなかったか!

 

「これからお話しすることは、俄に信じ難い話かとは思います。

 石碑について既に欺いてしまっている我々の言葉を信じろ、とは申せませんが、今から申し上げることは誓って真実です。」

 

 真摯な口調でダラムはそう言った。

 敢えてギンは言葉を発さず、黙って深く頷いた。

 

 この者たちもまた、相応の覚悟で以て何か秘中の秘を語らんとしていることを否応なく確信させられたがゆえである。

 

「我々は……此処とはまったく異なる別世界からやって参りました。」

 

 端的に結論が示された。

 ギンは表情を変えることなくただ黙って話の続きを待っているが、キーノは目玉が飛び出んばかりで声を出さぬよう(こら)えるので精一杯だ。

 

 ダラムの告白が含意するのはただ一つ。

 彼らは、かの我儘気儘な大魔王同様に、異世界(ユグドラシル)からやって来た来訪者(プレイヤー)だ、ということになる!

 

「我々よりも先に、こちらに来ておられた同邦人があります。」

 

 あぁ、知っているさ。

 アインズ・ウール・ゴウン、だろ?

 

「我々は、石碑で我々をイジェへと導き、その地で我々の来訪を待っていた魔女に使嗾され、その御方(おかた)に戦いを挑みました。」

 

 な!

 

 キーノの中で一気にすべてが一本の糸で繋がって、頭の中では花火が炸裂したかのようにチカチカした幻惑を覚えている。ダラムの言う、魔女、は疑いなくラナーであり、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーに聞かされた、彼の居城を吹き飛ばし、アインズに戦いを挑んで返り討ちにあったプレイヤー、が、まさに今、目前にあるこの連中なのだ、と!

 

 幸か不幸か、ダラムもデルカも見るからに顔面蒼白で挙動不審なキーノに関心を寄せることはまったくなく、ただただ自分たちが義人と信じるガ・ギンが、この途方もない物語をどう受け取るか、だけを注視していた。

 

「コレカラモ、オマエタチノ同胞ハヤッテ来ルノダナ?」

 

 ギンは変わらず平板な声色でそう尋ねた。

 

「私自身、言葉通リニ真ニ受ケテイルワケデハナイガ、六大神、八欲王、口ダケノ賢者、十三英雄ガ戦ッタ魔神、神隠シ……ソレヲ匂ワセル伝説ハ多ク語リ継ガレテキタ。」

 

 それらの名は、記憶の制約を受けるエリュシオンの面々には何であるか判然としないものではあったが、その含意するところはもちろん理解できた。

 

「その異世界の名は……ユグドラシル。

 あなたが私達を含め、触れ得ざる者、と呼ぶ者たちの故郷です。」

 

 キーノは、ついにその言葉、ユグドラシル、がダラムから口にされていよいよ背筋凍る思いでいる。

 一方のギンは、この衝撃的な事実に驚いていないはずはなかろうが、敢えて別の論点に触れた。

 

「魔女……トヤラハ、ドウナッタ?」

 

「触れ得ざる者、が始末なされたもの、と承知しています。」

 

 自身の眷属が消滅したか否かを知ることが出来るキーノは、何処にいるかはわからないものの、今なおラナー、クライム主従がこの世界のどこかに実在していることはわかっているので、この言葉にさらに心胆を寒からしめられた。一体全体、どんな目に遭わされていることやら。

 そんなキーノの内心を知る由もないギンは、しばし沈黙のまま呻吟した末に、突如としてこう言った。

 

「請ケ負オウ。」

 

「……まだ、何もお願いはしておりませんのに。」

 

 そう言いつつも、ダラムはギンが何を言わずもがなに察したかは承知してる様子。

 

「石碑ガ残レバ、続イテヤッテ来ルオマエタチノ同胞ガ道ニ迷ウ……ソウイウコトダナ?」

 

「ご明察です。最早魔女はおりませんが、それゆえに、石碑に導かれ待ちぼうけを喰らわされる同胞が、この世界にどのような心象を抱くかは未知数です。私達はそれを未然に防ぐべく、石碑の発見と破壊を生涯の仕事(ライフワーク)と定めておりました。」

 

 変わらずギンは、平然とした様子で続けた。

 

「悪イノカ?」

 

「……はい?」

 

「常ニ四人連レダッタオマエタチガ、先ノ、リ・ボウロロープ、デモソウダッタガ、二人デイル、トイウコトハ、仲間ノ誰カガ体ヲ悪クシテイルノデハナイカ?」

 

 俄にダラムの表情が曇る。

 

「お察しの通り、永く私達の目を務めてくれたトマス・リーマンがもう長くはありません。ピーとケイトは看取ってやりたい、としばらく旅に出ていません。」

 

「オマエタチホドノ者デモ、天寿ニハ勝テヌカ。」

 

 この言葉に二人は黙礼で応じた。

 これを受けて、より一層強い厳とした口調でギンは宣じた。

 

「オマエタチホドノ強者ガ、自身ノ生涯ヲ賭ケタ仕事ヲ軽々シク引キ継グ、トハ言ワン。

 ガ、善処ハ約束シヨウ。」

 

「一つ、お伺いしてもいいかしら?」

 

 これまでダラムの隣で沈黙を保っていた女戦士デルカが、ここに至って初めて口を(ひら)いた。これに対しギンは黙礼で応じる。

 

「敢えて仔細をお尋ねにならず、石碑捜索と破壊の継続に、私達の予想を遥かに越えた即決を以て応じられる、その真意を聞かせていただけて?」

 

 フフ、とギンは微笑む。

 

「ソコニ興味ヲ持タレルトハ思ワナカッタ。

 自分語リニナッテシマウガ、聞イテクレルカ?」

 

「是非とも承りたい。」

 

とダラムも同意する。

 ギンはただ淡々と語る。

 

「見テノ通リ、私ハ人間ト戦妖巨人(ウォートロール)双方ノ血ヲ引クモノダ。(ゆえ)ニ双方ノ社会カラ、少ナカラズ奇異ナ目線ヲ受ケル者ダガ、私ハソレヲ嘆イタコトナドナイ。ムシロ、有リ難イコトダ、ト父母ニ感謝シテイル。」

 

「ありがたい?」

 

 流石のダラムも真意を掴みかねると見えて、言葉のままに復唱してこれを問う。

 

「私ニ対スル初見ノ態度ヲ見レバ、ソノ者ノ底ヲタチマチニ知ルコトガ叶ウカラナ。」

 

「なるほど……ごもっともな識見かと思います。」

 

 決して(つら)いことがなかったわけではあるまいに、このように言い切るギンに、ダラムは感銘を受ける。

 

「憶エテイルカ、初メテココデ言葉交ワシタ日ノコトヲ。」

 

「……もちろんですとも。」

 

 あぁ、また自分は嘘をついてしまった、とダラムは思うが、これは許される(たぐい)の嘘だろう。

 

「アノトキ、リキウスモ私モ、オマエタチヲ恐レル素振リヲ見セナカッタダロウ?」

 

「……えぇ、そう思います。」

 

「オマエタチハ人間ダガ、一角(ひとかど)ノ者デアレバ余所者(よそもの)デアルコト、只者デナイコト、ハ一目(ひとめ)デワカル。ヨモヤ異界カラノ客人、トハ思イ及ビハシナカッタガ、ナレバコソ、リキウスモ私モ、トモスレバ偏見ヤ誤解ヲ受ケガチナ余所(よそ)カラノ客人ヲ厚ク遇シタイ、ト考エタ。

 

 何故ナラ。

 我々モマタ、ソウ遇サレタイ、ト祈リ願ウ者ダカラダ。

 

 オマエタチガ私ニ大事ヲ打チ明ケテクレルノハ、私達ノ祈リ、願イガ、オマエタチノ信ヲ得タ(ゆえ)ト私ハ思ウ。コノ上、何ヲ問イ(ただ)ス必要ガアロウ。ソレハ元ヨリ、私自身ガ望ンダコトダ。」

 

 嗚呼!

 とポール・ダラムは感嘆する。

 

 どうして自分はこの混血(ハーフ)戦妖巨人(ウォートロール)に秘密を打ち明けることを決したのか。

 なぜ、いずれ寿命を迎える自分たちに代わり、後事を託せるのは<朱の薔薇>のガ・ギンの(ほか)にはあるまい、と考えたのか。

 

 自身は、ガが義の人であるがゆえ、と納得したつもりでいたダラムではあるが、ガの言葉がそこに明瞭な輪郭を与えてくれたことに気づいたからだ。

 思えば、自分たちはギルドが維持される限り決して崩れることのない堅い絆で繋がった仲間だ。これ以上何を望むべくもない。だがその一方で、望んで至った地ではないにせよ、命運尽きるまで暮らすことになった当地在住の者たちとの間に、何かしらの断絶を感じないではなかった。仮に心が微かにせよ相通じたとしても、記憶を維持できない自分たちにはその関係もまた維持することが叶わないのだから。

 

 だがこの男、紛うことなき勇の人、義の人、ガ・ギンは、最初の出会いの時点から、我々が明かせぬ秘密を抱え込んでいることを承知の上で、共にあろう、寄り添おう、と祈り願っていてくれたのだ。

 

 ふと、温かい感触を覚えて視線を下に向けると、食卓(テーブル)の下でマリア・デルカが自身の手にそっと手を添えていることに気づき、あぁ、彼女とて同じ思いなのだろう、とダラムは得心する。

 

「ガ・ギン、そして連なる<朱の薔薇>という友を得たことは、私達にとって何物にも代えがたい僥倖です。」

 

 感極まった(てい)でダラムはそう告げた。

 ギンは、

 

「ソレハ……オ互イ様ダ。」

 

とだけ返してニヤリと笑った。

 

 

                    *

 

 

「ギンさん……ごめん。」

 

 エリュシオンの二人が辞した後の話。

 

 後になって思えば、キーノにはダラムとデルカに問いたいことが山程あったはずだが、あのときは流石にそれを口にすることができず「またどこかでばったり再会が叶うといいですね」と笑顔で去っていった二人を見送ることしかできなかった。

 

「何ガダ、キーノ?」

 

 定宿の外に二人を見送った後、ギンとキーノは再びいつものCの字席に並んで座って、異界の友との会見の余韻を感じていた。

 

「ダラムの話に出てきた魔女、な。」

 

 ギンは黙って耳を傾けている。

 

「私が不用意に……吸血鬼の力を与えた者だ。

 今まで黙っていて済まなかった。」

 

「……リ・エスティーゼ王国公女ラナー・ヴァイセルフ。」

 

「知ってたのか!」

 

(いや)

 ダガ彼女ガ、(くだん)ノイジェ荘園ニ隠居シテイタコトハ(ガガーラン)カラ聞イテ知ッテイタカラナ。彼女ニイササカ可怪(おか)シナトコロガアッタコトモ。大凡(おおよそ)ノ察シハツク。」

 

「……」

 

(つら)カッタナ。」

 

「……え?」

 

「キーノガ、無分別ニ吸血鬼(ヴァンパイア)ノ力ヲ他人(ひと)ニ与エルハズハナイ。余程ノ事情アッテノコトカ、姦計ニ陥レラレテノコトダロウ?」

 

 キーノの瞳から、不意に大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。

 

「本当にすまない。どうしても話すことができなくて……」

 

「今、話シテクレタジャナイカ。」

 

「え?」

 

「アリガトウ。

 コノ私ガ、カノ伝説ノ<(あお)薔薇(ばら)>の魔法詠唱者(マジックキャスター)ニシテ、三百年ノ昔、世界ヲ絶望ニ包ミコンダ魔神ニ勇敢ニモ立チ向カッタ十三英雄ノ一人、キーノ・インベルン、ノ信モマタ得テイル(あか)シダ。

 ナントモ嬉シイコトジャナイカ!」

 

「ガ、ガガーランめ、余計なことまで喋りおって!」

 

「他ニモイロイロ、キーノガ真顔デハ聞イテハイラレナイ秘密モ聞キ及ンデイルゾ。」

 

「!」

 

 いったいどれだ、アレか、コレか、まさかアノ……と右往左往するうちに、キーノはギンのこの常ならぬお喋りが、自分の涙を()めるための配慮であったことにはたと気づく。

 事実、大粒の涙は嘘のように何処かへいってしまった。

 

「参ったな……ギンさんには叶わないや。」

 

「ナンダ、ソノサッキカラ……ギン()()、トイウノハ?」

 

 問われて初めてキーノは、無意識のうちにギンを、その幼少の時分に遊んでやったこともある戦友の忘れ形見を、無意識のうちに()()付けで呼んでしまっていたことに気づく。

 

「……おまえは、私なんかが呼び捨てて許される男じゃない。

 エリュシオンの連中との話を横で聞いていて、心底思い知らされたよ。」

 

 フフフ、とギンが笑う。

 

「キーノガ望ムノデアレバソウスルガイイ。

 私ガ妖巨人(トロール)ノ伝統ニ従ッテ、短イ名ヲ至上、トスルノハ事実ダガ、実ノトコロ、私ハ、リキウスニ、ギンさん、ト呼バレルノハ結構気ニ入ッテイタンダ。」

 

 これにはキーノも、あはは、と笑って応じた。

 が、不意にその笑いは()み、キーノは真顔に戻った。

 

「もう一つ……ギンさんに隠していたことがある。」

 

 この際、打ち明けねばなるまい。

 

「……ナンダ?」

 

「<神隠し>あるいは<漆黒の英雄>……ギンさんの言う、触れ得ざる者、についてだ!」

 

 がキーノの、たちまちに食いついてくるであろうとの予想を裏切って、ギンは片手の平を差し出してキーノを制した。

 

「ソレハ……()メテクレ。」

 

「……なぜ?」

 

 どうしてギンは、キーノが胸の内に秘め続けてきた秘密、大魔王アインズ・ウール・ゴウンについて耳を傾けてはくれないのだ?

 

「……覚悟ガナイ。」

 

「えっ?」

 

「キーノガ<神隠シ>ニツイテ何カ察シテイルコトハ承知シテイル。

 ダガ……怖インダヨ。」

 

 ギンの言葉はキーノを大いに驚かせた。

 

「でも、おまえはエリュシオンの連中の話を受け()めたじゃないか!」

 

「連中トハ心ガ通ウ。」

 

と、ギン。

 そして不意に目線を落とし、自身の大きな両の手の平を見つめながら語る。

 

「長ク……キーノ小母(おば)サント再会スル以前カラズット、<神隠シ>ノコトハ考エ続ケタキタ。真相ヲ知リタイ、トイウ思イガアルノモ偽ラザルトコロダ。」

 

「ならば!」

 

(いな)!」

 

 常ならぬ大きな声を張り上げてギンは再びキーノを制した。

 

「エリュシオンノ連中ハ、何ヲ考エテイルノカ(わか)ルンダヨ、ソレガ正シク彼ラノ意ヲ捉エテイルカハトモカク、理解シタ気分ニハナレルシ、返ッテクル反応モ想像ノ範疇ダ。

 

 <神隠シ>ハ、マッタク理解不能ダ。

 

 市井ノ無知ナ者タチガ囃シ立テルヨウニ、正義ノ味方ダ、ト考エルノモヨカロウ。ダガ、キーノニハ想像ガツクカ?何故圧倒的ナ力ヲ有スルデアロウ<神隠シ>ガ、麻薬密売ナドトイウ下ラナイ小悪党ニ対シ、カクモ苛烈ニ振ル舞ウノカ。

 

 栽培ニ従事シテイタ農夫ガ助命サレルノハ何故ナンダ?

 

 事情ハドウアレ、旧王国ノ法デアレバ、麻薬ハ使ッタ者モ、売ッタ者も、作ッタ者モ問ワレル罪ハ同ジダ。

 何故、<神隠シ>ハ一方は断罪シ一方ハ助命スルンダ?

 彼ラノ運命ヲ()カッタモノハ何ダ?

 

 何ヲ基準ニ裁キ、何ヲ引キ金(トリガ)ニ行動シ、何ヲ目的ニソノ存在ヲ我々カラヒタ隠スノカマッタク理解デキナイ圧倒的強者ガ潜在スル世界デ……

 

 正気デイラレル理由ガアルカ!」

 

 キーノは深く息を呑んだ。

 ギンが、確かに怯えているように見えたからだ。

 

「コノ状況デ正気保ツ方法ハ(ふた)ツシカナイ。

 <神隠シ>ニ(まさ)ル力ヲ手中ニ収メルカ。ダガ、実際ニハソンナ手段ハアロウハズモナイ。

 トナレバ答エハ唯一(ただひと)ツ。

 

 無知デアルコトダ。」

 

「ギンさん……」

 

「稀ニ雷ニ打タレテ死ヌ者ガアル。理由ハ(わか)ラナイガ、我々ガ常ニソレニ怯エテ暮ラスコトハナイ。何故ダ?ソレハ雷ト対話可能トハ誰モ考エナイカラダ。タダソウ有ルモノ、ハドウシヨウモナイ。

 

 雷ニアッテハ無知ハ救イダ。

 <神隠シ>ハ違ウ。

 

 骸骨姿トハイエ、人形(ひとがた)ヲ採リ対話デキルヤニ見エル。

 事実、鮮血帝ハソレヲ成シタト聞クガ、サモアリナンダ。私ニハ鮮血帝ガマッタク理解デキナカッタ。父母ト、連ナル私ニ惜シミナイ愛情籠モッタ眼差シヲ注ギツツ、同時ニ彼ハ、我々ニ対シテ本質的ニハ無関心デ、ムシロ、我々ヲ透カシテ遠ク彼方ヲ眺メテイルカノヨウダッタガ、ソコニマッタク矛盾ガナカッタ。後ニモ先ニモ、アンナ印象ヲ受ケル人間ニハ出会ッタコトガナイ。

 

 同様に、<神隠シ>ガ、何ヲ考エ、ドウ判ジ、何ヲ以テ屠ル者カハ、マッタク不明ダ。ダラム、デルカ、トハ対話ガ成立シタガ、私ハ、<神隠シ>ト対話シタトテソレガ成ルト俄ニハ思エヌ。(わか)ラナイモノヲ(わか)ロウトスレバ、気ガ狂ウ。

 

 ナレバ……無知デアルニ()クハナイ。」

 

 キーノには、ギンにかける言葉がみつからなかった。

 よもや……よもやギンが、触れ得ざる者について、ここまで考え詰めていようとは!

 

 ギンにとって、触れ得ざる者は、まさに、()()()()()者だったのだ。

 

「簡単ナ解法モナクハナイ。理解不能デ圧倒的ナ力ヲ振ルウ者……古来ヨリ(これ)ヲ、神、ト呼ブ。触レ得ザル者ハ神ダ、ソレデモ構ワナイノダ。

 ダガ、()ベテノ神ガ、遍ク生キトシ生ケル者ヲ愛シテイル、ト考エルノハ余リニ(おさな)カロウ。私ニハ、<神隠シ>トサレル神ニ、(ほか)ナラヌ私自身ガ対峙スル覚悟ガナイ。願ワクハ、対峙スルコトナク生涯ヲ終エタイ、トスラ願ウ。

 

 ダカラ私ハ……キーノ、ノ話ヲ聞クコトガデキナイ。

 不甲斐ナイ私ヲ、ドウカ許シテ欲シイ。」

 

「許すも何も……」

 

 キーノは静かに立ち上がり、ギンの大きな背中をそっと抱きしめる。

 

「私の方こそ詫びねばならん。これは真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)の力を与えられた私ならではの冒険(クエスト)であって、誰彼もに分かち合うことを求めるものでないことは(はな)から承知していたつもりだったのに……ついついギンさんに甘えてしまった。」

 

 ギンの大きな背中が震えているような気がする。

 ああ、遠い昔、こんな(ふう)に何かに怯えたギンを慰めてやったことがあったかも知れない。

 

「そして、私からもありがとう、だ。

 ギンが自身の弱さをこうして私に示してくれるのも、私がギンの信を得ているからだ。そうだろう?」

 

 フフ、とギンはいつもの微笑みを浮かべた。

 

勿論(もちろん)ソウダトモ、キーノ小母(おば)サン。」

 

「……その小母(おば)さん、は()めろ。な!」

 

 

 

 こうして二人はさらに絆を深め合うこととなった。

 

 が。

 

 実はガ・ギンは、貴女(あなた)はまだ、そこまでの私の信を得てはいない、とも考えていた。

 触れ得ざる者に怯える自身の弱さを晒してもなお、貴女(あなた)にだけは明かせぬ秘密がある、と。

 

 そして、ガ・ギンはその秘密をキーノに打ち明けることなく、百五十年ほど(のち)に天寿をまっとうすることになるのだが、天然系朴念仁吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンは、戦友の忘れ形見であり子どもの時分に遊んでやったこの優しい巨人が幼少以来、キーノ・インベルンを一人の女として深く、深く愛していたのだ、ということに、(つい)ぞ思い至ることがなかったのである。

 

 ガ・ギンが、その生涯において漏れなく魔女ラナー・ヴァイセルフが遺した石碑を破壊し尽くしたかは定かでないが、少なくとも後世において、旧ウロヴァーナ伯領イジェ荘園に触れ得ざる者が繰り返し現れた、とする記録はない。

 

 疑う余地のない事実は唯一つ。

 

 ガ・ギン渾身の戦槌(ウォーハンマー)の一振りが、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城を木っ端微塵に吹き飛ばしたこと、ただそれだけである。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

飽きることなく繰り返される忘却と発見の日々を、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは果たしてどのように過ごしているものか?

「あ、シズ?
 ……そうオレ、オレ。そう、出先からー。」

 億劫のオーバーロード余5話『日常的でない日常』

「<心臓掌握(グラスプハート)>!」

 そのときコキュートスとナーベラルは、蚯蚓に向かって何かを掴み取らんと突き出されたアインズの骨の腕が、無数に分裂する様を見た。

 その姿は、さながら千手観音!

7月吉日公開予定。
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